道明寺歌鈴「Wo es war,soll Ich werden.」 (28)

道明寺歌鈴ちゃんのSSです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1499661183


ゆらゆらと湯気を立てている琥珀色の紅茶を一回、二回とかき混ぜ。作られた渦の中心にポトリ、ポトリと角砂糖を三個、四個。

渦に飲まれたそれが溶け切るのを見守ったら再び角砂糖をポチャリ、ポチャリと紅茶の中に。両手で抱えるように、温かさを確かめるようにティーカップを持って口元へ。

ふー、ふーっと息を吹きかけてから一口含んでその甘さを味わってごくりと飲み込みます。

「……あの、歌鈴ちゃん?」

呼ばれて目を開くと目に映るのは藍子ちゃん。何故かこちらを心配しているような彼女に、なにかと首を傾げます。

「そんなにお砂糖を入れて平気なんですか……?」

藍子ちゃんからの質問に答えるように紅茶を一口飲んで微笑み。

「一口飲んでみますか?」

「え、じゃあ……」

差し出したカップを受け取った藍子ちゃんが一口。ごくりとそれを飲んだ藍子ちゃんが「すごく甘いですね」とボソリと呟きました。

返されたカップを受け取って両手で抱えて、琥珀色の液体に映る自分の顔を見て。

「甘いけれど、ライブの前にはこれを飲むって決めてるんです」

「そうですか」

と、言うと優しげな目で私を見る藍子ちゃんに思い出すのは、ライブの前にいっつもこれを飲ませてくれたプロデューサーさんのこと。

これを飲むようになったきっかけは───




──────


「大丈夫、大丈夫よ歌鈴」と自分で自分を励まして。それでも身体の震えは全然止まりませんでした。


頭に浮かぶのは初ライブでのこと。
それは先輩アイドル、ニュージェネレーションの前座でしたが、初めてステージにあがる私にはとっても緊張していました。

プロデューサーさんや、このライブの主役である卯月さんや凛さん、未央さんのニュージェネレーションの皆さんが大丈夫だと励ましてくれましたが、緊張しきっていた私はステージの上で転けまくってしまう、自己紹介の時点で噛みまくり、歌ってる最中にも歌詞を間違えたりと散々なものでした。


プロデューサーさんやニュージェネレーションの皆さんが、「最初はみんなこんなものだ」「初めてで失敗しない方がおかしい」などと慰めてくれましたし、ライブを身に来てくださったファンの方々も「頑張れ」や「大丈夫」と暖かい言葉をかけてくださいました。

だけど私にとってはそんな方々の視線も応援も蔑みに見え、支えてくれているプロデューサーさんやニュージェネレーションの皆さんの視線や言葉も嘲笑に思えてしまいました。

決してそんなことはないのに、私はそう捉えてしまって。



その日から私はプロデューサーさんをこれ以上失望させるわけにはいかないと、ひたすらレッスンに励みました。


元アナウンサーの川島瑞樹さんに噛まないようにと滑舌の練習を。


ダンスに打ち込んできて、ステージで踊りたいからとアイドルになった水木聖來さんにファンの方々を魅せるような踊り方を。


たくさんの人々の前で応援していて、今はファンの皆さんを応援している若林智香さんに大勢の人の前でも緊張しない方法を。


常に自分の可愛さに自信を持っていて、それを誇って体現している輿水幸子ちゃんに自信の持ち方を。


そうしてたくさんの人々の、本当にたくさんの人々の助けを得て、今日に備えてきました。


なのに、それなのに、私の身体はがたがたと震えて、頭が真っ白になって。

川島さんから、聖來さんから、智香さんから、幸子ちゃんから、大丈夫だって太鼓判を押されたのに。

あんなに頑張ってきたのだから大丈夫だって言われたのに。私の中なら彼女たちから教えてもらったそれらが抜けていくような感覚に襲われます。

どうして、大丈夫、って自分に言い聞かせるように何度も何度も。

けれど自分を励ます「大丈夫」という言葉がこの上なく薄っぺらく思えてしまいます。

>>1
大和撫子がドイツ語を使うとは(@_@)


そんな状態で私は立っているだけでやっとでした。

もう始まってしまう。あと5分もないのに、あと少しであの光り輝くステージの上に行かないといけないのに。
そう思えば思うほど私の身体は震えが激しくなってきました。

そんな時でした。プロデューサーさんからぽんと肩を叩かれ、紙コップに注がれた紅茶を渡されました。

ゆらゆらと白い湯気を立てるそれを手に持ちながら少し熱いその温度を感じながら、じっとプロデューサーさんを見つめます。プロデューサーさんもそんな私をじっと見つめてきていて。


お互いになにも言葉を発さずにいて、その沈黙に耐えきれなくなったのは私の方でした。

気まずくて、こんなに弱い私のことを責めているんじゃないかって思えてきて、渡された紅茶を口にしました。

そうしたら、とっても甘くて。私の知ってる紅茶とは全然違ったので思わず吹き出してむせてしまいました。

ゴホッ、ゴホッと咳き込みながらプロデューサーさんに抗議の目を向けます。すると彼は、

「歌鈴が今日のことで緊張して昨日の昼からなにも食べてなかったから、せめて糖分だけでもって思ったんだよ」

と、困ったような顔で言いました。


そんな彼の言葉に私はまたしても驚かされて。なんでそんなことが、なんで私が緊張でご飯を食べれていないことを知って、と考えたところで。

ああ。彼も、私のことを見ていてくれたんだ、って気付きました。

私がアイドルのみんなから色々なことを教わっている時にもプロデューサーさんは私のことをしっかり見てくれて、それで大丈夫だって判断したから、私は今ここにいるんだって気付かされました。


「ありがとう、ございます」

と小さく呟いて、両手で持った紅茶を一息に飲み干します。
紅茶と一緒に、あの時ドジばっかりしてしまった道明寺歌鈴と、ここまで必死に手を伸ばし続けた道明寺歌鈴を飲み込んで、私は私なんだって言い聞かせるように。

やっぱりそれは胸焼けしそうなくらい甘くて、だけど何処かほろ苦くて。それでも不思議と頭が冴えてきて、身体の震えも治まりました。


ステージに向き直って目を瞑ると、

『こんなに頑張ってきたんだもの、歌鈴ちゃんなら大丈夫よ』

『歌鈴ちゃんが目一杯頑張ってきたのは私が、わんこが知ってる。だから大丈夫!』

『一緒にたーくさん努力したんだから、きっと実るよ☆』

『歌鈴さんはボクほどではないですが、可愛いんですから多少のドジをしたってその可愛さを引き立ててくれますよ!』

と、私をこのステージへと見送ってくれた彼女たちの姿が。

「……よしっ」

頬をぺちんと叩いて自分に鼓舞を。さっきまでとは違って「大丈夫」という言葉もすんなりと私の中へと染み渡りました。


スタッフさんからもうステージにあがらないとと急かされます。プロデューサーさんに紙コップを押し付けて、告げます。

「プロデューサーさんっ! 新しく生まれ変わった道明寺歌鈴、しっかり見ててくだた……くださいねっ!」

大事なところで噛んじゃったけど、もう落ち込まない。
だって、私は道明寺歌鈴だから。ドジをしても大丈夫。ドジをしてもそれが私の個性なんだって、胸を張って言えることに気付いたから。それに、プロデューサーさんが、みんなが一緒にいるから!


光溢れるステージの上へと。

「みなさーんっ! でんきでっ……んんっ、噛んでませんよ。大切なライブのMCで噛むわけ……でも一応もう一回。みなさーんっ! 元気ですかー! 今日は楽しみましょうねーっ!」

うん、決まりましたっと小さくガッツポーズ。ちらりと袖を見るとプロデューサーさんだけじゃなくて、川島さん、聖來さん、智香さん、幸子ちゃんが。
みんな嬉しそうに笑っていて。あぁ、アイドルって、楽しい。そう心の底から思えて、気付けば自然に身体が動いていました。




──────



「歌鈴ちゃん?」

「ふぇ!?」

と、あの時のことを思い出していたら目の前に藍子ちゃんの顔が。驚いて変な声をあげてしまいました。

「もうステージに行かないと」

そう言われて時計を見るとライブが始まるまで後僅かでした。ちょっと感傷に浸りすぎちゃったかな、と苦笑いしながら残った紅茶を飲み干します。

何度も何度もライブをして慣れたつもりだったけれど、相変わらず胸焼けしそうなくらいに甘い、けれどやっぱり未だにほろ苦いその味を噛み締めてステージへと。

「歌鈴ちゃん」

「なんでしゅ……なんですか?」

「今日のライブ、楽しみましょうね!」

「…! もちろんですっ!」



──────



「お、お疲れ様でふ……」

「お疲れ様、歌鈴ちゃん。ふぅ……」

ライブ終わり、くたくたとなって控え室でぐったりとしているとガチャとドアの開く音が。

藍子ちゃんが息を飲み、彼女のプロデューサーさんでしょうかと目を向けると。

「お疲れ様、歌鈴」


「プロデューサーさん……っ!」

一ヶ月程前から出張へ行っていたプロデューサーさんがやってきました。まさか今日やってくるなんて聞いていなかったので喜びやら嬉しさやら恥ずかしさやらがごっちゃ混ぜになります。

「あの時とは全然違ったな。とても良かった」

褒められて嬉しくなって。ここまで育ててくれたのは貴方なんですよと言いたいけれど、目の前が滲んでしまって言葉にならなくて。


プロデューサーさんと藍子ちゃん、いつの間に来ていたのか藍子ちゃんのプロデューサーさんまで戸惑っているのが分かります。ぽたぽたと涙が零れ落ちてしまいます。

私を心配する藍子ちゃんの声に大丈夫というようにこくりと頷いて、涙を乱暴に拭います。

呼吸を整えるように深く息を吸って、プロデューサーさん、と呼びかけて、私は。




「プロデューサーさんっ! 貴方の育ててくれた、アイドル・道明寺歌鈴のこと、これからもよろしくお願いしまつっ……お願いしますねっ!」


以上です。
読んでくださりありがとうございました。
歌鈴ちゃんシン劇2期出演(ほぼ決定)おめでとう!

前作です。
道明寺歌鈴「短冊に願い、貴方の側に」
道明寺歌鈴「短冊に願い、貴方の側に」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1499436028/)

>>14
タイトルで話が浮かんだのでそこは申し訳ない…日本語にするとちょっとかっこ悪いですし

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