橘ありす「プロデューサーさんがちくびからパスタを!?」 (25)


普段和やかな空気に満ちている事務所は異様な雰囲気に包まれていた。

泣き叫ぶ子供たち。その場でおろおろしている年長者たち。

そして。

半裸で自らの乳首を執拗にひねり、つまみ、大声で叫んでいる、彼女たちのプロデューサー。

遅れて事務所にやってきた橘ありすは、そのあまりに凄惨な光景をただ呆然と眺めるしかなかった。



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「ありすちゃーーん」

ありすの体に飛びついてきた小さな人影が一つ。彼女の同僚である市原仁奈の顔は涙でべとべとになっていた。

「プ、プロデューサーがおかしくなってしまったでごぜーますよ! うわああああああん」

泣き続ける仁奈の頭を優しく撫でながら件のプロデューサーを見る。昨日まで頼もしくありすたちを支えて続けてくれた頼もしい存在。そんな彼が今、乳首をつまみ雄たけびをあげるだけの生き物になり果ててしまっている。

「これはいったい……」

「さっきからずっとあの調子なのよ」

ありすの掠れ声に応えた速水奏はクイッとプロデューサーへ顎をしゃくる

「ありすちゃん。あれをよーくご覧なさい」

「?」

奏の指示に従い、じぃ~とプロデューサーを観察することに努めたありすは、

「あ、あれは!!」

彼女が言わんとするものを把握し、声を上げた。



パスタだ。

プロデューサーの乳首からちろちろと、パスタが流れ出ていた。

血、だろうか。彼が出したパスタは例外なく赤く染まっている。

人間の乳首からパスタが出てくるなどふつうあり得るはずもない。
こんな不可能を現実にしうる存在といえば……。


「志希さん! 志希さんはどこにいますか!!」

ありすは叫ぶ。

一ノ瀬志希。彼女を置いてこの状況を説明することはできないと、少なくともありすはそう判断したのだ。



「ここにいるよ~ありすちゃん」

予想に反し、ゆったりとこちらに歩いてきた博士のような白い服を着ている志希。

「志希さん! これはいったいどういうことですか!」

まだ黒幕が志希だと判明したわけではない。
これは願望だ。
もし志希がこの出来事を仕組んだのであれば、この状況を打破する手段を彼女は持っている可能性が高い。
もし彼女が無関係でなければプロデューサーは……。


「うん、ありすちゃんのご明察の通り、プロデューサーを開発したのは志希ちゃんでしたー。ぱちぱちぱち」

ありすの心境を嘲笑うかのように乾いた拍手が鳴らす志希を鋭い目つきで睨む。

「でもねー。頼んできたのはプロデューサーからだよ。あたしは一応止めたんだけどね」

「えっ?」

聞き間違いだろうか。プロデューサーから頼んできた?

「乳首からパスタを出すなんて荒技、当然体に悪いに決まってるからねー。今も相当負担がかかっていると思うよ」

「そ、そんな。なんでプロデューサーさんはそんなことを……」

「……」

しばらく沈黙が続いた後、天才科学者の冷たい声がありすに降り注いだ。




「君のためだよ、ありすちゃん」


頭を殴られたような衝撃が走る。
私のため?
言葉の意味が理解できず呆然と顔を上げると志希の底の知れない瞳とぶつかった。

「プロデューサーのところに行ってあげて。彼もあなたを待ってる」

優しく背中を押される。
震える足をなんとか踏ん張り、雄たけびの鳴るほうへと歩き出す。


ドクンドクン。

プロデューサーに近づくたびに、心臓の鼓動が早くなる。

どうして私なんかのために?
なんで乳首からパスタを?

さまざまな疑問が頭の中をぐわんぐわんと走り回る。


「……プロデューサーさん」

ついぞ答えがでることなく、プロデューサーのもとにたどり着いてしまった。

「あ、ありす……」

プロデューサーの虚ろな瞳がありすの姿を捉えた。

「どうして、こんなことしてるんですか」

ありすのその声は彼女自身でもわかるくらい震えていた。

こわい。

このまったく意味のわからない状況の行きつく先。その答えを知ることは齢12の子供でしかないありすにとってあまりに過酷すぎたのだ。


――君のためだよ、ありすちゃん


だけど、ここで逃げるのは背中を押してくれた志希や事務所の仲間たち。
そして今まで支えてくれたプロデューサーに対してあまりに失礼だ。

覚悟を決め、彼の言葉を待つことにした。


「今日は……父の日、だろ」

プロデューサーのその答えを聞いた刹那、ありすは事の顛末を理解した。

「ご両親は忙しくてお祝いできないっていうお前の顔が切なくて。俺にできることはなにかないのかって」

プロデューサーの瞳から透明な液体がとめどなくあふれ出す。そしてそれはありすも同様であった。

「俺にできることは1日中お前にパスタを食わせてやることだけだった」

なんてことはない。彼はありすのことを思うがゆえに自らをパスタ製造機に改造したのだ。
いったいそのとき彼は何を思っていたのか。考えるだけでありすは胸がしめつけられた。


プロデューサーはありすの手をとり、自らの胸に当てる。


「ありす。俺の乳首をひねってくれ」


彼は真摯な目でありすを見つめて言葉を続ける。

「乳首をひねるとパスタがでてくる。俺の体はそうできている。だから頼む。お前の手でひねってくれ」

「で、でもそれじゃプロデューサーさんの体が」

志希によるとパスタ製造は体に負担がかかるという。
現に彼自身がひねっていたとき苦痛のあまり雄たけびをあげていたではないか。
そんな苦痛をプロデューサーさんに与えてまで私はパスタを食べていいのだろうか。


「行きなさい、ありすちゃん!」

「文香さん!」

突如あらわれたありすの敬愛する同僚、鷺沢文香の激励がとぶ。

「パスタを食べなさい! 誰かのためじゃない。あなた自身のために!!」

歯を食いしばる。もう迷うな。覚悟を決めろ、橘ありす!

ありすはプロデューサーにとびかかり、彼の乳首を90度ひねった。


「あああああああああああああ!!!」

咆哮とともに赤色のパスタがまるで捕獲したての魚のように暴れながら次々にでてくる。1本たりとも逃さぬよう皿にのせ、

「いただきます!」

いざ実食!

ずずず、とパスタを口に運んだありすはカッと目を見開く。

「こ、これは!?」

思いのほかにのどごしのよい麺もすごいのだが、ありすが驚いたのはそこではない。


「いちごパスタ!!!」


ありすの歓声にプロデューサーの口がにやりと歪む。
なんと赤く染まっていたのは血ではなく、彼が錬成した苺だったのである。
彼女の大好物であるイチゴパスタ。それも彼の命を等価交換に生成された魂のイチゴパスタ。
おいしくないわけがなかった。ありすはあまりの幸せに破顔する。

ああ、プロデューサーさんありがとう。いちごパスタを食べさせてくれて。
ああ、プロデューサーさんありがとう。こんなごちそうを錬成できる体に改造されてくれて。

万歳! 万歳! ちちの日万歳! いちごパスタ万歳! 

彼女はおかわりをするべくプロデューサーの乳首を120度ひねった。


……。

三十分後。

先程までの喧騒がうそのように静まり返った事務所には、お腹をさすり幸せそうに微笑むありすと、半裸で荒い呼吸を繰り返す男の二人しかいなくなっていた。

「プロデューサーさん。ほんとにもうお仕事に行って大丈夫なんですか?」

「心配するな。大丈夫だって」

スーツに着替えたプロデューサーはありすの手を握る。ありすもまた力強く握り返す。
その様子はパスタを経て深まった二人の絆を象徴していた。

「さあ、仕事だ。気合をいれるぞ!」

「はいがんばりましょう。プロデューサーさん!」


血を分けたお父さんではないけれど。
それでもプロデューサーさんは私たちアイドルのお父さんです。
いつもありがとう、お父さん。

心の中で呟いたありすは、一際彼の手を強くにぎるのであった。


以上です。

今日はちちの日です。普段照れくさくて言えない父親への感謝の言葉を口にするいいチャンスかもしれませんね。



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