勇者「結婚しろ」 魔女「なんでだよ!!」 (255)
勇者「試練の塔制覇したじゃん」
勇者「この塔の最上階までたどり着けたら魔女が願い事叶えてくれるって言ってたよ?」
魔女「確かにそうですけど。 でもあくまで叶えられる範囲でと言いましたよね?」
勇者「叶えられるだろ」
魔女「叶えられません」
勇者「別に魔法で出来ない事を願ってるわけじゃない」
魔女「一人の女として出来ないと言ってるんです!」
勇者「我儘なやつだな」
魔女「どっちがですか」
勇者「いいから俺と結婚しろよ」
魔女「誰がするか!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493985844
勇者「何がダメなんだ」
魔女「貴方は勇者で魔王を倒した男ですよね?」
勇者「あぁ、そうだな」
魔女「私は魔女で魔王の配下の1人ですよ?」
勇者「元だろ?」
魔女「だとしても貴方は我が主の敵とも言える存在なのですよ?」
勇者「お前は魔王から離反していただろうが」
魔女「な、なぜそれを……」
勇者「これでもう何も問題ないな、俺と結婚しろ」
魔女「はぁ、めんどくさいですね。 魔法で記憶弄って街まで吹き飛ばしますよ」
勇者「やめとけ、俺にはこの全ての魔法を斬る伝説の剣がある」
勇者「お前の魔法は俺にはきかん」
魔女「あぁもう本当にめんどくさいな!!」
勇者「諦めろ、お前は俺に勝てないんだ」
魔女「ぐぬぬ……」
勇者「お前は俺の言うことを聞くしかない。 そういうわけで結婚しろ」
魔女「しません」
勇者「俺のなにが嫌なんだ? 顔もいい、背も高い、金もある、強さも世界一だぞ」
魔女「私の塔をいとも容易く、しかも1人で攻略したところです」
勇者「ただの僻みじゃないか」
魔女「そもそもですね、この塔は色んな人が挑戦してくるんです」
魔女「みんなが貴方みたいにバトルジャンキーじゃないんですよ」
勇者「というと?」
魔女「この塔の魔物は普通の人を即死させないような難易度でなければいけないんですよ」
魔女「でもそれだと貴方にとっては温すぎるみたいですね」
勇者「なるほどな、つまり難易度の設定と俺の強さが合ってなさすぎたと言いたいのか」
魔女「そういうことです。 貴方用に塔の難易度を変えておきますので、それをクリア出来たら結婚しますよ」
勇者「ほう、言ったな?」
魔女「ぐっ…… い、言いましたとも! クリアできたら、ですよ!」
勇者「よし、じゃあまた明日くる」
魔女「ふっ、望むところですよ」
勇者「じゃあまた明日な」
魔女「いえ、もう貴方とは二度と会うことはありませんよ。 さようなら」
………………………………
……………………
…………
……
勇者「よしっ、制覇したぞ」
魔女「おかしいっ!!」
勇者「さ、約束通り結婚しろ」
魔女「何かの間違いです!! だって貴方にはその剣があるから物理強めな奴ばっかり配置したんですよ!?」
魔女「動く石像沢山作って、転移の罠も用意して、友達の暗黒騎士さんも呼んだんですよ!?」
勇者「用心しながら進んだ昨日より、ノリノリだった今日の方が早かったな、記録更新だ」
魔女「おかしいです」
勇者「さぁ、結婚しろ」
魔女「その願いは受け付けられません」
勇者「おい、昨日約束しただろ」
魔女「願いには限度ってものがあります。 無理なんです」
勇者「実は結婚してるとか?」
魔女「配偶者はいません」
勇者「恋人が?」
魔女「いませんね」
勇者「なら何も問題は無いじゃないか」
魔女「あ、ありますよ!」
勇者「どんな?」
魔女「そ、それはですね……」
魔女「私、実は400年生きてるんですよ」
勇者「へぇ? の割に見た目は18歳くらいだが」
魔女「身体は魔法で昔から成長を止めてるだけです」
勇者「魔法って万能なんだな。 その美しい見た目も魔法で変えてるのか」
魔女「失礼な人ですね。 地ですよ地!」
勇者「マジか。 長いこと旅してきたがお前ほど美しい女性は見たことがないぞ」
魔女「そ、そうですか? ありがとうございます」
勇者「あぁその長くて美しい銀色の髪に吸い込まれるような蒼い瞳、そして絹のような白い肌」
魔女「褒め殺しても結婚しませんからね」
勇者「ちっ。で、さっきの400年生きてることのどこが問題なんだ。 俺は年齢なんて気にしないぞ」
魔女「私は年上が好みなんです。 貴方まだ20歳でしょ」
勇者「お前より年上のやつがいてたまるか。 俺は気にしない、だから結婚しろ」
魔女「400年経ってから来てください」
勇者「鬼かお前は」
魔女「それはどちらかと言うと貴方です」
勇者「お前頑固すぎるぞ」
魔女「貴方が強引すぎるんだよぉ!!」
勇者「……ちょっとは譲歩しろ」
魔女「絶対に譲れないものを譲れと言われても無理ですね」
勇者「分かった、じゃあこうしよう」
魔女「……なんですか」
勇者「お前は俺と1年、俺になにか危険があれば守ってくれ」
魔女「なんですかそれ」
勇者「つまり、この塔を離れて俺の側で共に暮らせということだ」
魔女「うーむ」
勇者「それなら別に叶えられる願いだろう」
魔女「うーんそうですねぇ」
確かにこれはかなり願いとしての譲歩だ
魔女にとって1年など瞬きの時間なのだ、決して長い時間ではない
彼女は息を大きく吸い、そして吐き出した
その吐息の中に諦めを含んで
魔女「分かりました、では1年貴方の側で仕えましょう」
勇者「よし」
魔女「そういえば名乗っていなかったですね私はサーシャと申します」
勇者「そうか、俺は勇者アルスだ」
魔女「ではよろしくお願いしますねアルス」
勇者「よろしくサーシャ。 気が変わったら俺と永遠になってくれてもいい」
魔女「するか!!」
魔女「アルスって普段なにしているんですか」
勇者「一応身は王都アリアハンに置いてある」
勇者「そこで兵の稽古つけたり、王に雑用頼まれたりする事もあるな。 旅をしていることもまぁ多い」
魔女「へーそうなんですね」
勇者「魔王が死んだとはいえ魔物はまだまだ多いからな、トラブルは耐えない」
魔女「そういうものなんですね」
勇者「何とかできないのか?」
魔女「出来ますよ? ただそれは貴方との契約範囲外です」
勇者「ケチだな」
魔女「貴方の要求が毎回高度すぎるんですよ」
勇者「とりあえずこれから王都まで戻る」
魔女「あ、転移魔法使えるんですね」
勇者「いや使えないよ。 ここまで走ってきた」
魔女「え? この塔ってアリアハンからかなり離れてますよね」
勇者「本気で走れば1時間で着く」
魔女「いやいやいや!! 馬を全力で飛ばして1日はかかりますよ!?」
勇者「馬と一緒にするな」
魔女「なにこの人怖いんですけど」
…………………………………………
勇者「帰っきたぞ殿下」
国王「おぉ、早かったなアルス。 ん? そちらの美しい女性は?」
魔女「お初にお目にかかります国王陛下。 私は試練の塔の主人である南の魔女、サーシャと申します」
国王「あの塔の魔女だと?」
勇者「あぁ、俺が願いで側に置くことにした」
国王「なっ…… 馬鹿者!! 魔女といえば魔王の配下なのだぞ! それを城内に入れるとは何事か!!」
勇者「大声出すなよ殿下。 こいつは魔王から離れた裏切りの魔女だ」
勇者「それに俺がこの伝説の剣を持っている限りこいつは俺には逆らえない。 俺がこいつを監督すれば文句はないだろ?」
国王「魔法をすべて切り伏せる伝説の剣、無名か。 はぁ……アルスがそこまで言うのなら私は受け入れるがな」
国王「くれぐれもその魔女が悪行を働かないように目を離すな」
勇者「当然」
国王「そして魔女ということは伏せておけ。 それこそ狩られかねん存在なのだ。 魔女という身分は伏せ、宮廷に仕える魔法使いということにしておこう」
勇者「サンキュ殿下」
魔女「国王陛下のご配慮、痛み入ります」
国王「良い。 窮屈な生活にならないように配慮はするが、そちらでも気をつけるのだぞ」
勇者「おう。 じゃあ行くぞサーシャ」
魔女「ご好意恐れ入ります。 失礼致しますわ国王陛下」
魔女「いくら勇者とはいえ、一国の国王にあの態度はいいんですか?」
勇者「公の場ならともかく、あんなのプライベートみたいなもんだ。 そこまで固くならなくていいんだよ」
魔女「国王陛下は懐が広いのですね。 私のことも受け入れてくださいましたし」
勇者「はっ、どうだかな。 俺が魔王討伐で出立する時はほんの少しの金しかくれなかったぞ」
魔女「アルスはそういう事いちいち覚えてるタイプなんですね」
勇者「若い俺に絶望を与えるには十分すぎる仕打ちだったと思うが?」
魔女「昔の話を蒸し返すのはモテませんよ」
勇者「お前が嫁にくれば問題ないだろ」
魔女「沈黙魔法かけるよ!?」
「あぁ勇者様こんなところに!」
勇者「ん?」
「カイン将軍がお呼びです!」
勇者「あーそういえば稽古つけてやるって言ってたわ」
「はっ! 訓練所のグラウンドでお待ちです!」
勇者「はぁ、分かった。 あとで行くと伝えておいてくれ」
「はっ! 失礼致します」
勇者「めんどくさいな」
魔女「お仕事ですか?」
勇者「あぁそうだ」
魔女「くふふ、頑張ってくださいね」
勇者「何言ってんだ、お前も行くんだよ」
魔女「なんでだよ!」
勇者「なんでこのクソ暑いのに俺だけ動かなきゃいけないんだ。 道連れだ」
魔女「横暴だ……」
魔女「あそこですか?」
勇者「そう、あのめっちゃ日が当たるところだ」
魔女「って、行かないんですか?」
勇者「少し涼んでからいこう」
魔女「えー…… アルスは怠け者なんですね」
勇者「力は温存しておくタイプなんだ」
苦笑する彼女は、日差しが厳しい中訓練に励む兵たちを眺める
アルスも同じようにそれを見ると赤髪の将軍、カインが兵の切り込みを素早く弾いて剣を落とさせたところだった
カインはうちの兵軍最強の剣士だ
先も略奪の限りを尽くした国際指名手配の盗賊団がうちに流れてきた際、カインが率いる小隊がそれを壊滅させた功績は記憶に当たらしい
魔女「強いですねあの、赤髪の方」
勇者「あぁ、うちのエースだからな」
魔女「なるほど。 それならあの強さは納得です」
勇者「お前に剣士の強さが分かるのか?」
魔女「えぇ、長く生きてますからね剣術も少しだけやってました。 あの将軍には…… 勝つのは少し難しいかな」
勇者「ふーん。 ちなみにあいつより俺の方が遥かに強いぞ」
魔女「え゛」
勇者「鼻くそほじりながら勝てる」
魔女「う、嘘ですよね? 魔法とか使ってっていう話ですよね?」
勇者「んなわけないだろ」
魔女「うーわー…… 私はどうやったら貴方に勝てるんですか」
勇者「勝てないからやめとけ。 大人しく結婚しろ」
魔女「しないよ!!」
顔を赤くして怒る彼女をみて思わず笑いがこぼれる
サーシャがふくれたまま横目で見てくる。 出会ってから数回繰り返したこの挨拶がわりの、からかいが楽しくてしょうがない
勇者「そろそろ訓練に行ってやるか…… あーめんどくさい」
魔女「頑張ってください勇者様」
勇者「からかうなよ」
魔女は木陰でアルスたちの訓練を眺めていた
アルスが連れてきた謎の美女は兵士達の視線を釘付けにし、訓練に身が入っていない輩を勇者は完膚なきまでに叩きのめした
そうしてアルスたちが訓練を行って3時間ほど経ち、日が傾いてきて今日の訓練を終えようとした時間
一人の兵が血相を変え、訓練所に駆け込んでくる
「伝令! 隣のレーベの村近郊警戒中の兵士より、ゴブリンの大量の群れが村に接近中とのこと!」
将軍「なに!?」
「数が多く、村に駐屯している兵たちだけでは対応出来ない可能性が高いとのことです!」
将軍「すぐに救援に向かう! 各兵馬を用意しすぐに出立する!」
勇者「俺らも行くぞ」
魔女「私もですか」
勇者「当たり前だ、お前が行かなくて誰が俺を守るんだ」
魔女「貴方なら守る必要が無いくらい強いんじゃないですか」
勇者「いいから乗れよ。 馬には?」
魔女「乗ったことありますよ、バカにしないでください」
アルスは近くの馬に乗り、サーシャに手を差し出す
彼女は一切の躊躇いもなくその手を取り、勇者の後ろに座って彼の身体に腕を回した
勇者「先に行くぞカイン!」
将軍「我々もすぐに向かいます! お気を付けて」
アルスは馬を限界まで早く走らせる
レーベの村までは徒歩なら半日ちょっと、馬なら飛ばせば三時間もかからない
サーシャは振動にやられた腰をさすりながら、アルスに声をかける
魔女「ゴブリンってそんなに危険なんですか」
勇者「魔物の中では脅威度は最も低いやつ
だ。 背丈も子供くらいしかなく知性も低い」
勇者「だが武器を持っている沢山の子供が強い殺意を持って向かってくると考えれば恐ろしさは分かるか?」
魔女「なるほど、訓練を積んだ兵士はともかく普通の人には危険ですね」
勇者「そういうことだ。 ゴブリン1体1体はともかく、群れを作って行動するからな。 その数厄介だ」
魔女「なるほど。 下級魔物とはいえ舐めちゃいけないってことですね」
勇者「そういうことだ。 まして今回は数が更に多いということだからな。 油断はできない」
勇者「急ぐぞ、舌を噛むなよ」
魔女「はい」
村に近づくと問題のゴブリンの大群が視認できた
通常であれば数体で群れを作るゴブリンが百体を超える数でまとまっている
群れの先頭の方では兵士がゴブリンたちの足を止めようと奮戦しているものの、ゴブリンの膨大な数に押されて一人、また一人とどんどんと倒れていく
魔女「まずいですよ」
勇者「分かってる」
アルスは馬から飛び降りると群れの中に突っ込んでいく
気が付くのが遅れたゴブリンは驚きの表情のまま顔面を真っ二つにされて血を噴水のように吹き出しながら倒れる
その間にもアルスは踊るように剣を振るってゴブリンたちを次々に屠っていく
サーシャが馬を木に止めている間にアルスはさらに敵陣深くまで斬り込み、群れの隊列が大きく崩れていた
だがアルスの強さを恐れたゴブリンたちはバラバラに動き始め、ある者はアルスに向かい、またある者は迂回をしながら村を目指して走っていく
勇者「ちっ!!」
八方からゴブリンが一斉に襲いかかり、アルスは足止めを余儀なくされる
一刀で数体をまとめて倒すも、息をつかせずにゴブリンが次から次に向かってくるため、村に走っていったゴブリンのもとへと行くことが出来ない
焦りばかりが募っていく
額に嫌な汗が浮かび、剣を握る手に力が入る
勇者「やばいな」
個々の能力は大したことがない
だがそれでも数の暴力というものは脅威であり、さすがの勇者も苦戦を強いられていた
魔女「手助けはいりますか?」
勇者「頼めるのか!?」
魔女「本当に危なくなったら助けてあげますよ」
勇者「畜生だな猫の手も借りたいというのに」
だが軽口を叩いている間にもゴブリンたちはどんどんと村へ近づいていく
さすがのアルスも笑えない状況になってきたことに口数はどんどんと減っていく
アルスの周りにいよいよゴブリンの死骸の山が築かれてきた時、騎馬隊を率いたカインが到着する
将軍「アルス様!」
勇者「遅いぞカイン!!」
一目で戦況を理解した将カインはどんどん兵士達に指令をしていく
将軍「村に向かっているゴブリンを最優先に撃破しろ。 後ろから追撃するのももちろん、前に先回りし挟撃していけ」
将軍「アルス様への援護は最小限で構わん。 あとは村へと向かい村民の避難を誘導しろ。 俺は遊撃する」
指令を受け散った兵士達によりゴブリンは瞬く間に数を減らしていく
アルス単独では不利であった戦況は一転、ゴブリン殲滅は時間の問題だった
勇者「ふぅ」
魔女「なんとかなりそうですね」
勇者「結構危なかったぞ」
魔女「数の暴力は本当に恐ろしいですよ。 人間がかつて一国の兵団で魔王を討伐しようとした時もいい線行ってましたし」
勇者「元主君を倒すのにいい線とか言うのはどうなんだおい」
魔女「……ん? 転移魔法を探知しました」
勇者「なに?」
魔女「ここに転移魔法で転移してくる者がいるようです」
サーシャがそう言った束の間、空間に大きな紋章が浮かび上がる
その紋章はどんどん大きくなり、ついには端から端を視界に捉えられないほどにまで膨れ上がった
勇者「なんだこれは!」
魔女「まずいですよ、こんな大掛かりな転移魔法、かなりまずいです」
勇者「なにがまずいんだ全然分からないぞ!」
サーシャからの返答はなかった
ただそれは見ればわかるものだったからだ
先は百をせいぜい超すほどのゴブリンの群れだった
この転移魔法から現れたのはゴブリンだけではなく狼や鳥、ゾンビなど多様な魔物たちが混ざりあった千を優に超える軍勢だった
視界を埋め尽くす魔物魔物魔物魔物
暗くなった夜の世界に、蠢いていた赤い数千の瞳が一斉に動き出した
あまりの数の差に兵たちに絶望の色が拡がる
たかが十数人の兵がどうにかできる戦況ではなかった
だが兵たちの後ろの村には数千を超える人たちが魔物の襲撃に怯えている
ここを突破されることは村民たちが喰い尽くされ怯えが絶望へと変わることだ
それだけは絶対に阻止しなければならない
将軍「なんとしても引き止めろぉー!! 気合入れろやぁぁ!!」
「「応ッ!!」」
勇将の一声で兵たちに気合が入る
皆の殺気が一気に膨れ上がり、そしてそれが引き放たれる間際、サーシャが口を開いた
魔女「私がやります、皆さんは下がっていてください」
将軍「なに?」
魔女「私が広域戦術魔法で一気に壊滅させます」
勇者「だそうだ。 全員下がれ! 勇者命令だ!!」
将軍「アルス様! こいつは信じられるのですか!?」
勇者「出来なきゃどっちにしてもやばいんだ、言う通りにしようぜ」
将軍「くそっ、頼むぞ女の魔法使い」
魔女「任せてください。 これは私よ得意分野ですから」
サーシャが魔法の言葉を紡いでいく
柔らかく、誰もが聞き惚れる声
だがそれは同時に冷たい声音でもあり悲しみや怒り、そして悲哀が混じっているのを魔法に詳しくないアルスでも感じる
言葉が紡ぎ終わりサーシャが両手を掲げると魔物の軍勢の足元がキラキラとガラスのように光る
空から見れば大きな文様が描かれているのが見えたのだろう
紋様はあっという間に拡がり、そして輝きを増していく
将軍「これほどの広範囲魔法陣……! 信じられん!」
勇者「おいおいこりゃすごいな」
サーシャは静かに目を閉じる
彼女が腕を勢いよく振り下ろすと紋様の輝きは最高潮を迎え、同時に劫炎が立ち上った
真っ青な炎が立ち上がり魔物たちの体を包み込んでいく
炎に包容された魔物はたちまち炭へと形を変え、そしてそれすら形を留めない
炎が鎮火した時、そこにあったのは魔物の死体はなく、草原が大量の塵の山へと変わっている様子だった
魔女「……ふぅ」
魔女「さすがに疲れますねこれは」
夜が明け、すっかり日が昇ってから城へと戻ったきた将軍とアルス、サーシャは事の顛末を王へと報告した
国王「なるほど皆よくやってくれた。 今回のことはどう考える?」
勇者「裏で他を引いている誰かがいるのは確実だな」
将軍「あんな数の魔物を用意し、転移魔法を使える者です。 その力の強大さは計り知れません」
勇者「だがそんなどデカイこと、個人の力で可能なのか?」
話を突如振られたサーシャは苦笑しながら答える
魔女「長い時間をかけて用意をすれば個人でも可能でしょうが、それよりも組織で行動していると考える方が自然でしょうね」
国王「うーむ…… つまりどこかの誰かにこの国は狙われているということか」
将軍「そう考えるのが自然であると考えます」
勇者「だが不可解なことはある。 それだけの魔物を用意していながらなぜレーベの村を襲わせた?」
国王「というと?」
魔女「最初から国が狙いだったのならこの王都を直接攻撃すれば良かったはずなのです。 だとすれば考えられることは……」
将軍「今回の魔物の襲撃事件は宣戦布告、挨拶がわりの攻撃だった可能性があります」
国王「うーむ……」
勇者「あれほどの戦力を用意できるという脅しでもあるわけだ。 これから気を引き締めなきゃまずそうだぞ」
魔女を除く一同の顔に緊張が走った
胃を痛めた国王が、腹を擦りながら皆を労う
国王「これ以上ここで空論を重ねても仕方がなさそうだ。 しばらくは厳戒態勢で防御を固めるしか行くしかあるまいよ」
国王「皆ご苦労だった。 ゆっくり体を休めてほしい」
報告を終え、シャワーを浴びたアルスはサーシャに呼び止められる
勇者「なんだお前待ってたのか? シャワーは浴びないのか」
魔女「保清魔法がありますから別に入らなくても困らないんですよ」
勇者「便利なもんだな」
魔女「それでですねアルス?」
ふわふわと宙に浮きながら、アルスを覗き込んだサーシャは申し訳なさそうに声を潜める
魔女「私今日どこで寝ればいいんですか」
あぁ部屋を貰っていなかったのかと得心がいったアルスは、浮かぶサーシャの手を取り引き寄せる
勇者「俺の部屋で寝ればいいだろ?」
魔女「ですよねーそう言われると思いました」
勇者「嫌なのか」
魔女「だって何されるか分かったものじゃないですし」
困ったような顔を浮かべながらも口角が上がっているサーシャも案外こういう話が好きなのだろう
勇者「婚前交渉は嫌だと? 案外純粋なんだな」
魔女「誰がするか!!」
勇者「いずれ結婚するんだ、早いか遅いかの違いだ」
魔女「するなんていつ私が言ったか!? 言ってみろこのこの!」
アルスの肩を掴んでグラグラと揺らし、アルスはあははと笑いながらなされるがままにされている
その余裕がなんかムカつく、と呟いたサーシャは再びふわふわと宙を漂った
魔女「今日のあの魔物と転移魔法、もしかしたら他の魔女の仕業かもしれません」
勇者「お前以外にも魔女はいるのか?」
魔女「えぇ、私は南の魔女。 あと東西北にそれぞれ任された魔女がいますよ。 魔王の配下にいましたから一応は皆顔見知りです」
勇者「ふーん。 というか、そもそも魔女ってのはなんなんだ」
魔女「皆元人間ですよ。 個々に事情があって魔王に付き従う代わりに強大な魔力を分けられた魔法使いです」
勇者「その中の強い魔力を持つ魔女の1人が今回の騒動を起こしたと」
魔女「あくまで可能性の話ですからね」
勇者「なるほど、それは恐ろしい話だ。 下手をしたら残りの魔女3人が手を組んでいる可能性だってあるわけだしな」
話しているうちに勇者の部屋の前につく
アルスはサーシャの腕を引き、お姫様抱っこをするように抱える
苦笑しながらも腕の中に収まる彼女はアルスの部屋の中へと入っていった
また今度
お読みいただけたら幸いです
サーシャは誰の目から見ても明らかに不機嫌な様子だった
この1週間であの魔法使いがアルスのお気に入りだということは城内ですぐに広まった
というのも2人はまるで赤子を連れる母親のようにいつも一緒にいるためだ
そりゃ噂も立つものだろう
いつもアルスにからかわれているサーシャのことを不憫に思う者もいれば、その光景を微笑ましく見ている者もいる
さらに兵士達の訓練にアルスと共に彼女も来るため、彼女も徐々に馴染んで兵と話すことも多くなっていた
だが今日は誰も怒りに震える彼女に声をかけることが出来ない
白い頬が怒りのために赤く染まり、握り拳はわなわなと震えていた
カインが何かあったのかと聞こうと彼女に近づくと、小声で呪詛を呟いていることに気がついてしまい、そっと引き返す
将軍「あれはダメだ、声をかけたら呪われるぞ」
兵の皆が生唾を飲む
彼らの胸中は、事を起こしたのだろうアルスへどうにかしてくれという祈りで満たされていた
勇者「おいサーシャ!!」
城の部屋の窓から飛び降りてきて、こちらも烈火の如く怒ったアルスがサーシャの名を大声で呼ぶ
明らかに不機嫌そうに振り向いた魔女は、聞く者の肝を冷やす冷淡な声で応えた
魔女「なんですか痴れ者め」
勇者「お前俺の部屋呪ったな? ドアが動かなくて出れなかったんだぞ」
魔女「さて、なんのことやら」
勇者「しかも家具が俺のことを潰そうと動いてきたんだぞ! なんで俺は自分の部屋でサバイバルしてるんだ」
魔女「ふん」
勇者「正直に白状しろ。 サーシャがやったんだな?」
魔女「知りません」
誰が聞いてもそれが嘘だと分かる
白々しいほどにとぼけた彼女にアルスは堪忍袋の緒が切れた
両の拳で魔女のこめかみをグリグリと圧迫する
急所を万力で抉られる彼女は先ほどの怒りはどこへやら、目尻に涙を蓄えながら許しを乞う
魔女「痛い! 痛い痛い痛い!!」
勇者「素直に謝っておくべきだったな」
魔女「ごめんなさいごめんなさい! 私がやりました!!」
勇者「最初からそう言えばいいんだよ」
魔女「痛いっ! 頭なくなっちゃいます!」
勇者「反省してるのか?」
魔女「いーたーいー! いい加減に離せっ!!」
ようやく地獄から解放されたサーシャは耳まで真っ赤にしながら溢れた涙を拭った
訓練所でじゃれつく2人にカインは呆れながらも話を聞かなければ兵たちの気が済まないだろうことに溜息をつく
将軍「なにしてるんですかお二人とも」
魔女「聞いてくださいよカインさん! 今朝アルスの部屋に行ったら抱きつかれて逃げられなくされてからくすぐられまくったんですよ!?」
魔女「まさに悪魔の所業です」
勇者「ただの挨拶じゃないか」
魔女「あんな過激な挨拶があってたまるか!」
将軍「俺にはイチャついてるようにしか見えませんが……」
魔女「笑えませんよそれ」
勇者「まぁ俺は満更でもないぞ」
魔女「しつこいくらい求婚してこられてこっちは困ってるんだよぉ!」
………………………………
今日も今日とでいつも通り勇者と将軍、兵たちの訓練を見ていた魔女は暇を持て余す
迷い込んできた野良猫に手を伸ばし、喉元を撫でてやると、猫は線のように目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす
魔女「お前は可愛いなぁ」
ぶにゃぁと思っていたよりも野太い鳴き声に苦笑し、たるんだお腹をたぷたぷすると、驚いた猫はそそくさと逃げていった
再び暇になってしまったサーシャは思いつく
アルスはあちらで兵に熱心に剣の稽古をしており、相手をしてくれる様子ではない
ならばと一息ついている将軍に手合わせを願ったのだ
魔女「カインさん、私に剣の修行をつけてくださいませんか」
将軍「え、サーシャ殿が?」
魔女「日頃の鬱憤を体を動かして発散したいなと」
将軍「それはいいが…… サーシャ殿は剣術を使えるのか?」
魔女「えぇ、昔少しやっておりましたので」
将軍「なら、アルス様と手合わせすればいいのでは?」
魔女「嫌ですよ、俺が勝ったら結婚しろとか言いそうですもん」
乾いた笑いをあげるサーシャに、カインも苦笑する
傍から見ていれば恋人のようにも見えるのだが、サーシャはアルスのことなど眼中に無いのだ
アルスも苦労するなと同情してしまう
カインが剣を構えると、サーシャも兵から剣を借りて中段で構える
様になっている構えにカインは少し驚く
達人の域に達しているカインだからこそ、サーシャの構えに隙がないことがよく理解できる
これは油断をしていい相手ではない
己の中での警戒レベルを上げ、神経を研ぎ澄ませる
カインは兵たち相手にする時のあくびが出るような振りではなく、手練でさえ集中してないと一撃で決着がつくような速さで剣を振り下ろす
それを確認したサーシャは右に体を引きながらカインの剣を横から刃を当てその上を滑らせる
必殺の一合を見事に捌いて見せたサーシャに、兵士達から驚きの声が上がった
それどころか次は反撃と言わんばかりにサーシャは踏み込む
右、左、斜め上段
速度の乗った剣線は無駄な動きが少なく、しなやかに剣が伸びる
カインはそれを捌きながら時折カウンターの剣を振るうもサーシャは難なくそれをかわし、しかも攻撃の手を緩めない
これは本格的に遊んではいられない、とカインは柄を握る手に力を込め、さらに剣のスピードを早める
速さとはすなわち威力と言っても過言ではない
体重なども威力に結びつくが、最もベーシックに考えると剣の走る速さこそが威力と言える
カインの膨大な運動エネルギーが乗る剣戟はまともに受けたら刃どころか手首がいかれてしまうような威力だ
しかし先のように横から剣を当てても勢いに負けて絡め取られてしまう
ほんの一瞬でそこまで判断したサーシャは剣を当てるのを諦め、後ろに飛んでリーチから離れる
だがカインもそれをみすみす見逃すほど優しくはない
一歩前に大きく踏み込んで距離を詰めての斬撃は最早剣先が見えないほど速い
打ち合うのも避けるのも不可能な一撃だとサーシャは理解する
ただ剣術の練習をしていただけでは確実に剣を当てて防御するしかないのだろう
だが実戦の経験上で裏付けられた判断力は身体をそのようには動かさせない
サーシャは詰まったリーチから更に前に一歩を詰めカインの懐に潜り込む
将軍「なにっ!?」
カインの手首を掴み剣を力技で止める
その間にサーシャは引いていた剣を思い切り突き出した
まさに回避不可能のカウンター
剣先がカインの脇腹を貫く瞬間、カインは足を持ち上げる
蹴りがサーシャの腕を跳ね上げさせ、剣は明後日の方向に突き出された
魔女「あっ!?」
将軍「今のは危なかったぞ」
魔女「うーんやっぱりダメでしたか」
サーシャも剣に自信がなかった訳では無い
だがやはり長年のブランクと地力の差は埋めようがなかった
ジンジンと痛む腕をさすりながら少し残念そうに唇を突き出す
将軍「肝を冷やした…… 魔法使いなどやめて剣士としても充分やっていけるな」
魔女「じゃあ魔剣士ということで」
只者ではないことは分かっていたが女でありながら剣の腕も立つ彼女にカインは驚きを隠そうとはしない
ニコニコと笑うサーシャにカインは底知れぬ恐怖に近いものを感じた
将軍「昔、剣を持って戦いに身を置いたことがあるんだな?」
魔女「えぇ、昔の話ですが」
遠い過去を思い出すかのように、目を細めた彼女に声がかけられない
風が銀色の髪を揺らしながら、少し切なげな顔をした彼女のこの一瞬を絵画に残すことが出来たのならその画家は伝説となるだろう
勇者「何やってんだお前」
魔女「いてっ」
兵を叩きのめしてこちらにきていたアルスがサーシャの頭を軽く小突いた
頭をさすりながらわざとらしく頬を膨らませた魔女は、悪戯をする子供のようなキラキラとした表情に変わる
魔女「貴方を倒すためにカインに剣術を教わることにしたんです」
勇者「へぇ?」
将軍「え」
魔女「魔法では貴方と相性が悪いので剣で正々堂々叩きのめします」
勇者「残念だがそりゃ無理だろうな」
魔女「え?」
勇者「カインに楽々勝てないようじゃ俺の一撃すらかわせないぞ?」
魔女「……嘘ですよね?」
将軍「……本当だ。 俺はアルス様に昔から一回も勝ったことがない」
将軍「というよりアルス様に本気を出されると一撃も見えずにやられて いる」
魔女「えぇー……」
勇者「魔法を斬るこの無名もあるしな? お前じゃ無理だ」
魔女「ひどいぃぃぃぃ」
頭を抱えた彼女はわめき、そして、力尽きた
…………………………
城の中を散歩する二人
今日も日差しが気温をぐんぐんと上げ、歩いているだけで汗が吹き出してくる
勇者「暑い」
魔女「そうですね」
勇者「サーシャは暑くなさそうだな」
魔女「……魔法って便利なんですよ」
勇者「おい。 まさかお前涼しくなるような魔法を使っているのか?」
魔女「はて、何のことでしょうか」
勇者「俺にも使え! 命令だ!」
魔女「そんなものは契約の範囲外です」
勇者「お前はいつもそうやって!!」
魔女「ちょっと!! 暑いからひっつくな!!」
揉み合ってわちゃわちゃとじゃれ合う二人に声がかけられた
声の主を見ると細足が露出されるようにデザインされたドレスを纏う可愛らしい女がいた
美しいサーシャとは対照的な可愛らしい女性だ
美魔女がいなければ男の視線を釘付けにするであろう
しかし美しい魔女の前ではどんな女でも霞んでしまうのだ
勇者「あぁ、姫か」
姫「アルス! あなた他の女を連れてるなんて信じられない!」
勇者「他の女って俺はお前と結婚するなんて言った覚えはない」
姫「何を言ってるんですか! あなたが魔王を倒した暁には私を妻に迎えさせるとお父様が仰っていたではありませんか」
勇者「俺は嫌だ」
魔女「結婚を誓った方がいらっしゃったんですね。 可愛らしい方ではありませんか」
勇者「外面だけな」
魔女「え?」
姫「……アルス? どうして? 私はこんなにあなたを愛しているのに」
勇者「ナリー、俺の話を聞いてくれ」
ナリーと呼ばれた姫は、名を呼ばれたことで顔を綻ばせる
愛しの彼の声を味わうように耳を傾けた
勇者「俺はこいつと結婚する」
魔女「しないっての!!」
いつもの夫婦漫才はこの場では笑えなすぎた
その言葉を聞いたナリーの顔から笑顔がどんどんと消え、ついには顔を伏せてしまったからだ
魔女「姫様、違うんですよこれはアルスがふざけているだけで」
勇者「俺は本気だ」
魔女「少し黙れよややこしくなるからぁ!」
姫「……どうして」
魔女「え?」
姫「アルス、どうして? 私は本当にあなたの事を愛しているの」
勇者「あぁ、嫌という程分かってる」
姫「私はあなたのことが好きで好きで堪らないの! あなたさえいてくれたら私は姫なんて立場だって、お城だっていらない!」
姫「ううん、あなたがいるのなら国だっていらないわ」
勇者「そりゃまずいだろ」
姫「ねぇ、アルス? 私のこと、好き?」
勇者「さっきも言ったが俺はこいつと結婚する。 お前とは付き合えないし結婚も出来ない」
姫「その女と結婚……?」
魔女「ちょ、ちょっとまずくないですかこれ」
勇者「諦めろ、いずれこいつの目には止まってたんだ」
姫「お前か…… お前がアルスを唆したのかこの泥棒猫め!!」
魔女「わ、わぁー」
姫「待っててねアルス。 私がこの女を殺して助けてあげるから」
魔女「ちょっとどうするんですかこれ」
勇者「逃げるか」
姫「お前なんかにアルスは渡さないっ!!」
勇者「死ぬ気で走れよ? アリアハンのバーサーカー武闘家といえばこいつだぞ」
魔女「ちょっと!! そういうの先に言ってくださいよ!!」
姫「なんで逃げるのアルス! 私のこと嫌いになるなんて絶対に許さないんだから!!」
魔女「ちょっと!! あの人ナイフ持ってますけど!」
勇者「ああ、昔よくナイフで刺されかけた」
魔女「よく生きてますね」
勇者「命の危険がいつもあるからあいつとはいたくないんだよ」
魔女「…………」
魔女「ええいめんどくさいですね!」
魔女「えいっ!」
バーサーカー姫に紋様が光る
ナリーは咄嗟に避けようととするがサーシャの魔法発動の方が早かった
ナリー「なっ…… ぁ……」
勇者「なにしたんだ?」
魔女「魔法で眠らせました。 こんな危険な人が姫とか大丈夫なんですかこの国」
勇者「大丈夫じゃないだろ」
魔女「アルスが姫と結婚すれば済む話では?」
勇者「ていうかそれはまずいだろ。 俺が姫と結婚したらアリアハンに完全につくってことだ」
勇者「魔王を倒す力を持つ俺が一国に加担したらどうなるかって話だ。 俺が他国から魔王の再来扱いされてもおかしくない」
魔女「あぁ、なるほど」
勇者「普段アリアハンにいることが多いが、一応中立の立場なんだ。 要請があれば他の国にも行くしな」
魔女「政治的な問題があるんですね」
勇者「そういうことだ。 だから俺は姫とは結婚出来ないんだよ。 個人的にお断りだしな」
勇者「そういうわけでサーシャ、俺と結婚しろ」
魔女「なんでそうなる」
くくっと笑う彼女はアルスに抱き寄せられる
彼女は抵抗せずに彼の腕の中に収まるが苦笑を隠そうとはしない
勇者「俺は真面目だ」
魔女「知ってますよ」
アルスがサーシャに唇を重ねる
お互いの体温を交換し、徐々に熱を帯びてくる
小さな彼女の体を強く抱き締め、サーシャは弓なりに体を反らせて口付けを激しくさせた
魔女「苦しいですよ」
勇者「俺は本気だ」
魔女「さっき聞きました」
普段とは違う真面目な瞳に彼女は目を離せない
顔が近付き、そうすることが分かっているかのようにお互いに口付けをかわした
勇者「結婚する気になったか?」
魔女「さぁ……」
彼女は困ったように苦笑する
口付けを拒否して逃げることだって出来るがそうはしない
自分でも分からないのだ、なんで受け入れたのか
だが結婚や恋人のようになりたいかと言われるとそれも違う気がするのだ
魔女「よく分かりませんね」
勇者「そうか」
アルスは彼女の柔らかい髪を撫でる
気持ちよさそうにサーシャは目を細めて彼を見つめた
また、彼女に顔が近づけられる
しょうがないですね、と小さく呟く
少し背伸びをして彼女はアルスに自分から口付けをした
また夜に更新するかもです
魔女「なにしてるんですか?」
勇者「手紙を読んでるんだ」
魔女「手紙?」
勇者「あぁ、俺が魔王を倒す旅をしている間に助けた人からよく手紙が届くんだ」
勇者「もちろん、会ったことない人からも来るんだがな」
魔女「魔王討伐の感謝の手紙ということですか?」
勇者「そういうことだ」
魔女「え、それでもかしてその山のような手紙を全部読んでるんですか?」
勇者「当たり前だ。 書いた人の気持ちが詰まってるからな」
魔女「ふーん。 いいとこあるじゃないですか」
勇者「お前は俺をなんだと思ってるんだ。 それに手紙にはその地域の情報が書かれていることも多いからな」
勇者「何かあったらまた助けに行けるだろ?」
魔女「勇者様かっこいー」
茶化すサーシャの頭を小突く
やっと山のような手紙を読み終えて、事務書類に取り掛かる
どれもこれもつまらなくて眠たくなるようなものだ
元々こうやって頭を動かすより身体を使っている方が好きなのだ。 集中力も続かなくてなかなか捗らない
勇者「なぁサーシャ」
魔女「はい?」
勇者「お茶」
魔女「私は侍女かっ!」
苦笑しながらもふわふわと浮きながら部屋にあったお茶を淹れるサーシャ
だが彼女は魔女らしく、お茶になにか魔法を掛けるように小声で呟いている
勇者「おい、なにしたんだ?」
魔女「それは飲んでからのお楽しみですよ」
魔女の差し出したお茶は特に変わった様子はない
匂いも普通だし見た目の色にも変わりはないようだ
恐る恐る口をつけ、喉を鳴らす
勇者「うん、うまいな」
魔女「ありがとうございます」
すぐに飲み干し、もう一杯と要求する彼がおかしくて魔女は腹を抱えて笑う
魔女「もう、ゆっくり飲んでくださいよ」
勇者「いつもと同じ茶とは思えない。 これが魔法なのか?」
魔女「まさか、美味しくするにはコツがあるんですよ」
勇者「それは?」
魔女「秘密ですけど、あえて言うなら愛情ですかね」
勇者「よし、今すぐ結婚しよう」
魔女「するか! ちょっとそれ言われるの待ってましたけど」
ケラケラと笑う二人
アルスはサーシャの手を引き、本当に愛おしそうにその顔を見つめる
見たことがない愛情に満ちた顔にサーシャはぎょっとするがその腕に体を預けた
魔女「仕事、してください」
勇者「無粋なやつだなお前は」
再び事務作業にアルスは没頭する
先までとは違い、集中して書類に目を通すことが出来ているようだ
サーシャがお茶にかけた魔法は覚醒魔法だ
眠気から覚醒させるのももちろんだが、元が意識を集中させる効果の魔法のためこういった使い方もできる
アルスが仕事に励んでいる様子を見て満足そうな顔をしたサーシャはまたふわふわと宙に浮きながら本を読む
そうしてサーシャの本をめくる音だけが響く静かな室内
そんな穏やかな時間がたっぷりと過ぎてから部屋のドアがコンコンコンとノックされた
夜になってからの来訪者など珍しい
勇者「誰だ?」
姫「私です、ナリーです」
勇者「ちょっと待て、すぐに開ける」
来客はどうやらバーサーカーナリーのようだ
2人で部屋にいるところを姫に知られ、事態がまずくなることを危惧したサーシャは転移魔法を発動させようとする
だがナリーが勝手に扉を開け放ち、部屋に入ってきてしまう
集中が乱されたサーシャは魔法を不発にさせ、初歩的なミスに彼女は苦虫を潰したような顔になる
勇者「おい、ナリー!」
姫「なぜ待つ必要があるのです?」
姫「あ」
勇者「…………」
魔女「……はぁ」
姫「やはりそういうことでしたかアルス」
勇者「おいナリー! やめろナイフを納めるんだ!」
姫「アルス、嫌ですよ私を裏切るなんて許しませんからね」
魔女「……本当に好かれてますね」
勇者「笑い事じゃないが」
ジリジリと距離を詰めてくるナリーに、2人も後ずさる
サーシャが椅子に足をぶつけ、意識がそちらに向いた隙にナリーが走る
魔女「なっ……!?」
姫「死になさい泥棒猫!」
勇者「ちっ!」
ナイフがサーシャに届きそうなところでアルスは魔女を抱えて避ける
咄嗟のことでうまく着地が出来ないサーシャをアルスは抱きとめた
魔女「あ、ありがとうございます」
勇者「油断するなよ死ぬぞ」
魔女「剣客かっ」
ナリーは姿勢をゆらりと直す
空振ったナイフを見つめ、そして手で目を覆って泣き始めた
姫「どうして……どうしてっ!!」
姫「アルスはどうして私のことをそのように抱きしめてはくれないのですか!!」
勇者「……ナリー」
姫「子供の頃、私とあなたは確かに愛し合っていましたわ…… それでも何度も身分が違うからと諦めようとしました」
姫「でもあなたが勇者となって、戻ってきて……やっと結ばれても良くなったというのに!! なんであなたは私を選んでくださらないのですか!!」
姫「そんなどこの馬の骨とも分からない女と恋仲になり、幸せそうなあなたを見るくらいなら……」
姫「ここであなたの不幸せを呪って死んだ方がマシです」
勇者「やめろナリー!!」
姫「さようならアルス……」
喉元にナイフの切っ先を当て、そのまま突こうとした彼女の腕は止まる
まるで見えない糸で彼女の腕がそれ以上自分を傷つけさせないようにしているかのように
姫「な、なぜ……?」
勇者「これは……?」
魔女「申し訳ございません姫。 誠に勝手ながらあなたを呪わせていただきました」
姫「なに……?」
魔女「あなたに先ほど魔法をかけた時、同時に不殺の呪いをもかけさせていただきました」
魔女「もちろん、その呪いによって自分を殺すこともできません」
姫「お前は…… お前はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」
魔女「お前はどこまで愚かな姫なのか!!」
姫「……っ!?」
魔女「あなたがアルスを愛しているのは分かります」
魔女「だからといってアルスや、誰かを、まして自分を傷つけていい理由にはなりません」
姫「…………」
魔女「あなたは彼に愛される努力をしなさい! 今は手に入らないものを無理やり手に入れてもそれに価値はありません」
魔女「あなたはアルスが欲しいのではないでしょう? アルスと2人で作る幸せが欲しいのではないのですか?」
姫「ぐっ……」
魔女「なら、そんなに無理やりアルスを手に入れようとしてもあなたの願いは叶いはしません」
姫「でもあなたがいる限りアルスは私には振り向いてくれないっ!!」
魔女「私を超えるいい女になればいいだけの話ですよ。 もちろん私だってあなたに負けるつもりはありません」
姫「…………」
魔女「アルスを支えることも出来ないのなら手を引きなさい。 王族と伝説の男なのですよ? あなただけが一方的に相手を求めるのは筋違いです」
姫「…………」
魔女「分かったのなら今日はお休みください姫殿下」
姫「くっ……悔しい…… 悔しいほどあなたカッコイイです」
魔女「え?」
姫「悔しいですけどあなたの方がアルスを支えるのに十分すぎる人だと思いました」
姫「あなたのことを見ていればいずれはアルスのことを支えられるような女になれる気がしました」
魔女「へ?」
姫「でもやっぱり今のままではあなたの事が憎くてたまらない、これはどうしようもないんです」
姫「本当はアルスに飲ませようとしたんですけど……」
ナリーは懐から紫色の瓶を取り出し、その中に入っていた液体を1口飲んだ
姫「うっ……」
魔女「なにを!?」
姫「ふふ、これで私はあなたを見ていられます。 いずれあなたを超える女になってみせますわ」
姫「では、おやすみなさい」
彼女は荒々しくドアを閉める
姫には相応しくない嵐のようにそのまま廊下を走って帰っていったようだ
魔女「な、何だったんですか今の」
勇者「サーシャ」
魔女「はい?」
勇者「ナリーに負けないって言ってたけど、ってことは俺と結婚する気になったってことだな?」
魔女「言葉の綾だよっ!!」
勇者「で、さっきナリーが飲んでたこれはなんだ?」
魔女「解析しますか?」
勇者「頼む」
魔女「うーん…… 惚れ薬、ですね」
勇者「はぁ!?」
魔女「何を思ってこれを姫殿下が飲んだのかは不明ですが」
勇者「あいつの考えはよく分からん。 常人には理解できないよ」
魔女「あなたは常人じゃなくて超人じゃないですか」
こめかみを押さえて座り込んだアルスにサーシャが自然と身を寄せる
膝の上に彼女を迎え自然とサーシャも彼の首に両手をまわし抱き合った
魔女「これ結構強い成分ですよ?」
勇者「おいおいそんなもの飲んで大丈夫なのかあいつ」
魔女「今頃部屋で悶絶しているかもしれませんね」
勇者「ふーん」
アルスはまじまじとその小瓶を見つめた
中に入っている液体はまだ十分すぎるほどにある
勇者「なぁサーシャ」
魔女「はい?」
振り向いた彼女の腰を抑え、小瓶を無理やり口にねじ込む
突然液体が口の中に入ってきたことでサーシャは大きくむせた
顔を赤くして咳き込み、ようやく息が吸えるようになった彼女はキッとアルスを睨みつける
魔女「なにするんですか!!」
だがその顔は次第にだらしがなく破顔していく
目はとろんとして、口も半開きのまま頬が上気している
彼女がいくらか飲んだ惚れ薬が既に回ってきているのは明確だった
今まで見たどんなサーシャの顔よりも彼女は牝の顔をしていた
にっこりと本気で笑ってから、でも少し恥ずかしそうに目を伏せた彼女は呟く
魔女「アルス……だいすきですよ……?」
また明日
魔女「ううーーーあーー」
勇者「どうした?」
魔女「なにしてくれるんですか! これすんごい強い薬なんですけど!?」
勇者「つまり?」
魔女「うー…… 落ち着かないんで抱きついてもいいですか」
勇者「おいで」
魔女「んきゃー」
嬉しそうに奇声を発しながらアルスに抱きつき体を密着させる
胸板に頬擦りしながら、茹でダコのように顔を真っ赤にしたサーシャがまじまじと見つめてきた
勇者「なんだ」
魔女「ちゅー……してください」
魔女「ああーーーやっぱりだめ!! 止められなくなりそう!」
勇者「大変だな」
魔女「誰のせいだ!!」
魔女「うー…… せめて抱きしめててくださいね」
魔女「これ、まだ魔法耐性がある私だからこれで済んでますけど普通の人だったらあっという間に理性飛んでますよ」
勇者「お陰でいいもんがみれた」
魔女「このあんぽんたん!!」
顎に綺麗なアッパーが決まり思わず仰け反るがすぐに魔女に抱きとめられる
ぎゅっと腕に力が入り、それに応えるようにこちらも力を入れて抱きとめる
魔女「離れちゃだめ」
勇者「お前が殴るんだろ」
魔女「誰のせいですか」
勇者「俺だな」
魔女「全く……。 あー……全身が熱いです」
勇者「ふーん?」
魔女「な、なんですか?」
勇者「おい、こっち向け」
魔女「や、やだ! 今アルスを見たら我慢出来なくなっちゃう……!」
彼女に手を伸ばすと強く払われた
先も言っていたがキスをしようものなら、自分を抑えられなくなるのだろう
俺に触れられるのを嫌がり、腕の中でもがいていた
魔女「この薬の魔法構成を解読して、解毒しますから」
勇者「別にそのままでもいいぞ」
魔女「よーくーなーいー!!」
くるりと腕の中で180度周り、アルスを背にしながら魔法構成の解読を始める
意識を集中させるサーシャだが、時折頭を振って煩悩を打ち払っているようだ
あーあー言いながら身体をくねらせる彼女を腕で押さえつける
ビクッと一度体を跳ねさせ、恐る恐るこっちを振り向いたサーシャの口に口付けをした
魔女「な、なにするんですか!」
勇者「キスだな」
魔女「お、おおおお落ち着けアルスー!」
勇者「お前が落ち着け」
魔女「はぁっ…… はぁっ…… 解読、できました」
勇者「お前息荒いぞ」
魔女「薬がまわってしまって…… すぐに解毒しますから、んにゃぁっ!?」
彼女の髪をかき分けて耳朶を唇に含む
素っ頓狂な声をあげて、猫のように飛び跳ねた彼女は部屋の端っこまで飛んでいき、蹲る
魔女「な、ななななななにすりゅんですか!!」
勇者「噛んでるぞ」
魔女「それどころじゃないです!!」
口から泡を吹き出して耳を落ち着きなく触る彼女がたまらなく可愛い
魔女「本当に……我慢出来なくなっちゃう」
勇者「俺は構わんぞ?」
魔女「私は構うんですよ。 結局この気持ちだって薬のせいなんですよ?」
そうだ、これだけ俺を求めて、でも必死に押さえつけようと彼女は戦っているんだ
それを面白半分で彼女の箍を外して行為に及んでしまったのなら……
俺はきっと後悔するのだろう
俯く俺に彼女が近づいてくる
今更になって自分のしたことに負い目を感じていることすらも見透かされているような瞳
その瞳に自分の情けない姿が映し出されるような錯覚がして、目が離せない
魔女「もう、反省してくださいね」
勇者「あぁ、悪かったよサーシャ」
魔女「今回だけは許してあげます」
優しい表情をみせる彼女に俺は釘付けにさせられる
なんと美しいのか、言葉では表すことが出来ない
ただ愛おしい気持ちが溢れて、めちゃくちゃに抱きしめてしまいたかった
サーシャが俺の首に腕を回して抱きしめてくれる
暖かな彼女の胸の中に埋められ、とくとくと鳴る彼女の心臓の鼓動が俺の気持ちを落ち着かせた
魔女「じゃあ、解毒しますからね」
彼女の体を柔らかい光が包み込む
彼女の唇を塞いだ
微笑を浮かべながらサーシャも逃げることなく、唇を重ねたままお互いの熱を混ぜ合わせる
愛し合うふたりが自然とそうするように、抱きしめ合い長い長いキスをしていた
薬を解毒した彼女は仁王立ちで俺を見上げていた
背が俺よりも低いためどうにも威圧感がないのだ
頭に手を置いてやるとそれを払われる
魔女「何か言うことは?」
勇者「ない」
魔女「あれよ!! 謝れよ!!」
勇者「サーシャ」
魔女「なんですか」
膨れ面のままぶっきらぼうに答える彼女の腕を引きベッドに押し倒す
不意のことに驚いたサーシャは目をまん丸にしている
だが俺はそれを笑ったりはしない
薬が切れた今、彼女は素面だ。 彼女が俺を受け入れるのか、それとも避けるのかそれが知りたかった
魔女「おーい落ち着けー」
勇者「サーシャ」
魔女「だめ。 吹き飛ばしますよ?」
彼女は白い目で俺を見る
だがそれを無視して彼女の柔らかい唇に今日何度目かのキスをした
小さくため息をついて受け入れた彼女は、果たして俺にどこまでを許してくれるのだろうか
いや、俺は分かっていた
彼女はこれ以上俺を受け入れることはないと
もしそれ以上を望んでいるのなら、先ほど薬が効いていた時に我慢をする必要はなかったのだから
彼女の股ぐらに手を這わせる
ぐっしょりと濡れた下着が手に触れた感触に満足して、俺は魔女の一撃にのされた
朝日が眩しく、いやいや目を開ける
目の前視界いっぱいに、こちらをじっと見つめるサーシャがいた
何も言わずに蒼い瞳が俺を射抜いており、気まずいことこの上ない
勇者「おはようサーシャ」
魔女「変態」
勇者「蜜を溢れさせていた奴が何を言う」
魔女「もう1回ぶっ飛ばされたいんですか!?」
勇者「それは勘弁してくれ」
魔女「あれは惚れ薬のせいですからね」
朝からキャンキャンと喚く彼女をみて思わず笑ってしまう
彼女は自分で魔法を使っておきながら、後から責任を感じてこうしてずっと見ていてくれたのだろう
ふぁっと無防備にあくびをする彼女を抱きしめると彼女も俺に腕を回してきた
魔女「眠いです」
勇者「一緒に寝るか」
魔女「あなたはさっきまで寝てたじゃないですか」
勇者「隣にサーシャがいると分かってればもっと気持ちよく寝れただろうな」
魔女「何言ってるんですか」
勇者「本当の話だ。 少し眠ろう」
魔女「んもー…… しょうがないですねーあなたの腕の中は落ち着きますし」
勇者「俺に嫁げばいくらでも腕で抱いてやるぞ」
魔女「ぶっ飛ばされたりなかったのかな」
彼女を抱いて再び目を瞑る
普段はしない二度寝が、彼女を交えることでこんなに満たされるものだとは思いもしなかった
少し腕の力を強めて彼女を抱くと、小さく息を漏らした彼女はこちらに向き直る
魔女「こういうのも悪くないです」
勇者「だな」
吐息がかかる距離まで顔を近づけたまま、お互いに眠りの中へと落ちていく
あとから聞いた話だがその後いつまでも起きてこないアルスの様子を侍女が見に来たそうだ
二人を見てまぐわった後と勘違いし顔を真っ赤にしながら部屋を後にしたとのことだった
アルスはそれを聞いて腹を抱えて笑っていたが、サーシャは眉を顰めて膨れていた
また夜に元気があれば書きます
勇者「ロマリア国から救援要請?」
国王「あぁ、何でもロマリアの水源から毒が検出されるようになったそうだ」
勇者「そりゃまずいな」
国王「ロマリアの軍隊が調査を進めたそうだがどうにも問題があるらしい」
勇者「どんな?」
姫「どうやらその水源の近くに魔物が住んでいるそうなんですが…… 強力な結界が張られていて近づけないそうなんですの」
勇者「ふーん」
魔女「いや、ふーんじゃなくて…… 私を助けてください」
姫「サーシャ…… あなたの肌すべすべで気持ちいいですわ」
魔女「ってちょっと! 姫殿下!? どこ触ってるんですか」
前の惚れ薬のせいか、やたらナリーがサーシャに懐いていた
ベタベタとくっつかれサーシャは心底嫌そうにしてるのだがそれを気にしないあたりがまたナリーらしいのだ
勇者「じゃあつまりこの無名でその結界を切り開いてこいということですね?」
国王「そういうことになる」
勇者「兵は貸していただけるので?」
国王「残念じゃがあくまで勇者個人への依頼だな。 だが助っ人を用意してくれているそうだ」
………………………………
魔女「で、国王陛下が言っていた強力な助っ人ってどんな人なんですかね」
勇者「知らん」
その助っ人とやらと落ち合う場所に来ているのだが、一向に現れない
もうかれこれ半日近くここで待っているが、現れるのは野うさぎか狸くらいだ
勇者「遅い」
魔女「そんなにイライラしないでくださいよ」
サーシャはふわふわと逆さに浮きながらアルスの黒い髪を撫でる
イライラとした彼の表情をみて思わず苦笑する
少し毛質が硬い彼の髪を指に巻き付けて遊んでいると、アルスがサーシャを抱き寄せて少し乱暴な口付けをした
魔女「んーっ…… 落ち着きました?」
勇者「お前が結婚すると言ってくれれば落ち着く」
魔女「相変わらず無茶苦茶だ!!」
勇者「キスもして床を一緒にする仲じゃないか」
魔女「嘘を混ぜるなぁ!!」
サーシャが襟元を掴んでぶんぶんと揺さぶる
揺れる視界の中で恐らくその助っ人とやらが来たのが見えた
遠目から見た人影に嫌な予感がした
そしてそれが近づきはっきりと視界に捉えられるようになるとアルスは頭痛を覚えてこめかみを押さえる
その様子を見たサーシャが不思議そうな目で俺の顔をのぞき込む
魔女「どうかしました?」
勇者「サーシャ、何も言わずに抱きしめてくれ」
魔女「えぇ…… なんとなく嫌です」
勇者「なんでお前がここにいるんだ」
魔法使い「あら、久々の再会なのにその言い草はなんなのかしら?」
魔女「あなたが助っ人さん?」
魔法使い「えぇそうよ。 私はドロテア、昔このバカと旅したわ」
魔女「というと、かつて魔王を倒したっていう?」
勇者「あぁ、俺と魔王討伐したパーティの1人だ」
魔法使い「それにしても…… ふーん? あんたこんな可愛い子捕まえてラブラブしてるわけ?」
勇者「俺の嫁になる予定だ」
魔女「嘘つくなぁ!」
勇者「嘘じゃないんだが?」
魔女「都合よく記憶ねじ曲げないでくれませんか?」
勇者「昨日一緒に寝ただろう」
魔女「わーっ!! わーっ!! 合ってるけど違う!!」
魔法使い「ふふ、仲いいのね」
勇者「おう。 お前とよりはな」
魔法使い「あら、私があなたのお世話してあげたの忘れたのかしら?」
勇者「魔物ごと俺を焼き付くそうとしたの間違いだろう」
魔法使い「サーシャちゃんだったかしら? アルスに何かされたらいつでも呼んでね」
魔女「はいっ! 一緒に悪の権化を倒しましょう」
勇者「なに共闘してんだお前ら」
魔法使い「こいつひどい男よ? 騙されちゃダメ」
魔女「酷いんですか。 道理で! 私もよく無理やりプロポーズされます」
魔法使い「こいつの甘い言葉に騙されちゃダメよ?」
魔女「心得ておきます」
勇者「はぁー。 こうなるのが嫌だったんだよ」
魔女「なんか懐かしいわねこうやってアルスのこと馬鹿にするの」
勇者「……そうだな、よくお前にからかわれた」
昔を懐かしむように優しい顔をしたアルスとドロテア
その輪に入れないことが少しサーシャは寂しく、そんな感情を抱いた自分に苦笑する
魔法使い「ティアと私でよくこうやってアルスを馬鹿にして、アルスがふくれっ面になるの楽しんだなぁ」
勇者「ティアか、今も教会にいるのか?」
魔法使い「みたいよ」
勇者「そうか……」
魔法使い「ふふ、気になるんだー?」
勇者「まぁ、な?」
魔女「そのティアさんってどなたなんですか?」
魔法使い「ティアはねパーティの1人で賢者をやってたの。 んで、こいつの昔の女」
魔女「へええええええええ」
勇者「昔の話だ」
魔法使い「ちなみに私もこいつのこと好きだったのよ?」
魔女「え?」
魔法使い「でもティアに譲ったわ。 あー勘違いしないでね? 私もうこいつのことなんか興味無いから」
勇者「ふん」
魔女「へーモテたんですねアルス」
魔法使い「そりゃ顔もいいし勇者様だし? モテモテだったわよー」
魔女「意外です」
魔法使い「今でもそれなりにモテるでしょ? 多分サーシャちゃんがいるから他の女がより付けないだけよ?」
魔女「あぁ、私のことはお構いなく?」
勇者「構うわ」
魔法使い「あはは。 でもねこいつ……ティアと手繋ぐタイミングとか抱きしめる時ってどうすりゃいいんだって聞いてきたのよ! 情けないのってなんの!」
勇者「おい!!」
魔女「うわぁ」
魔法使い「そんなの男ならガツンといけって話よね!? もう昔は本当に女々しかったんだから」
魔女「意外すぎる!」
勇者「色々あったんだよ」
魔法使い「ふふ、そうね」
ようやく結界にたどり着き、それをみた魔法使いが声を上げる
魔法使い「はー…… これはすごいわねー…… こんな大きくて複雑な結界張るの超大変よ?」
勇者「そうなのか?」
魔女「いやだーこれ張ったやつ心当たりがあるよー行きたくないよー」
勇者「なんだ、結界貼ったヤツが分かるのか?」
魔女「こんな大掛かりな結界張るのなんて魔女くらいなもんですよ」
勇者「あぁなるほど」
魔法使い「魔女? 魔女ってあの魔王の遣いの?」
魔女「えぇ…… とりあえず行きましょうか」
アルスが無名で結界に触れる
するとそれはたちまち魔法の構成をずたずたに切り裂き、無効化させることに成功した
魔女「この先にいるかもしれないのは東の魔女です」
勇者「前にそういえば南がどうとか言ってたな」
魔女「ええ魔女は東西南北それぞれを任された4人がいます。 恐らくはその1人でしょう」
魔法使い「でも待って? ロマリアって西の国よね? なのに東の魔女なの?」
魔女「魔王が死んで皆自由になったんでしょう、誰がどこで遊んでるか誰も分かりませんよ」
勇者「遊ぶってみんなそんなもんなのか」
魔女「自由人ばっかりです」
魔法使い「へぇ、サーシャちゃん魔女のこと詳しいのね」
魔女「えぇ、まぁ」
ドロテアにはサーシャが南の魔女だとは伝えていない
わざわざ言う必要もないだろうし、それに魔王討伐に燃えていた俺達なのだ、魔女と知ったら攻撃してもおかしくないと考えたからだ
勇者「やっとついたか?」
資料に書いてあった水源はこの大きな泉だ
ここから様々な水脈に乗ってロマリアなどの水源になるそうだ
そしてその自然溢れる泉の横に不自然にログハウスが立っていた
勇者「なんだこれ?」
魔女「家、ですね」
魔法使い「な、なんなのここ」
魔女「とりあえず入りましょうか」
ドアノブを回して建物に入る
部屋に広がる様々な臭いが鼻を突く
甘ったいもの、酸っぱいもの、腐臭
そんなものが織り交ざった臭いが鼻腔をつき、思わず胃から何か上がってきて、慌ててそれを押しとどめた
同じようにドロテアは青い顔をしているし、サーシャに至っては不機嫌な顔を隠そうともしない
東の魔女「あ~サーシャちゃん、こんにちはぁ~」
魔女「相変わらずですね、なんですかこの臭いは」
東魔「ちょっとね~研究してたの~。 あ、今お茶入れるねぇ~?」
魔女「いえ、結構ですから。 こんな臭いところで胃になにかを入れられないですよ」
東魔「そ~ぉ? 慣れたら全然平気だよ~? むしろ癖になるっていうか~」
魔女「はいはい」
勇者「お、おいサーシャ、こいつが東の魔女なのか?」
魔女「えぇ、そうですね」
東魔「はい~初めまして~。 東の魔女の、アイリスですぅ~」
魔女「この子は自然の力を使う魔法が得意なんですよ」
東魔「えへへ~。 最近は死んだ動物や人を動かす魔法を作ってるんだよ~?」
東魔「こんな感じで~ほら、おいで~」
アイリスが呼ぶと死肉で出来たのだろう、体がずたずたに崩れ、目が腐り落ちた犬のようなものがタタタと走って寄ってきた
勇者「うわっ」
魔法使い「いやぁー! 無理無理!」
魔女「これはないですよアイリス」
東魔「えぇ~? 可愛いのになぁ~」
屍犬を膝の上に乗せ、試験管から謎の液体を口に含む
ぷはーと一人場違いな程に幸せそうな顔をしたアイリスにサーシャはイライラをぶつける
魔女「で、あなたはここで何をしてるんですか」
東魔「え~だから研究だよぉ?」
魔女「この泉から出る水に毒が混ざっていると聞いて調査に来たんですよ」
東魔「毒~? 知らないよぉ?」
魔女「本当にですか?」
勇者「嘘をつくなよ魔女。 正直に話さないと良いことは無いぞ」
東魔「わぁ~それ無名だぁ本物初めて見たよぉ~」
勇者「吐け、お前がここにいるということはお前以外に犯人がいるとは考えにくいんだよ」
東魔「待って待って~その刀仕舞ってよぉ」
東魔「本当に何も知らないんだってば~」
刀を突きつけられているのに恐れなど微塵も感じていなさそうなふわふわとした、マイペースなアイリスに調子が狂う
ドロテアをみると彼女も困ったように眉を顰めた
魔法使い「シラをきるつもりかしら?」
東魔「ふえぇーん信じてくださいよぉ」
勇者「拷問するか」
東魔「やめてくださいよぉ~」
魔女「まぁまぁアルス待ってください。 この子は研究者としては一流ですがあくまでそれだけです。 何かの秘密を守るための崇高な心持ちなんかないです」
魔女「だからもし何かやっていたのなら、すぐに白状すると思います」
東魔「サーシャちゃ~んありがとぉ~」
魔女「でも原因がアイリスじゃないとしたら…… なんなんでしょうか」
東魔「あ」
勇者「なんだ?」
東魔「あ~……」
魔女「なんですかその、あ。って」
東魔「え、えっとね怒らないで聞いてくれる~?」
魔女「場合に寄ります」
東魔「この前、自然界で取れる一番強い王毒を採取できたんだけどね~」
東魔「いつの間にかそれ無くしちゃってたの~。 もしかしたらそれが泉に悪さしてたりして~……」
魔女「…………っ!」
東魔「痛い! 痛い痛い離してサーシャちゃ~ん!」
魔女「あなたのおっちょこちょいのせいでどれほどの人が苦労してると思ってるんですか!」
東魔「ごめんなさ~い!」
魔法使い「……あの子すごいわね魔女にごりごりゲンコツしてるわよ」
勇者「怖いけどあいつはそこがいいんだよなぁ」
魔法使い「え、あんたってMだったの」
アイリスが解毒薬作ってますからぁと言い、それが出来るまでアルスとドロテアは二人で泉にきていた
サーシャはアイリスの見張りだ
魔法使い「なーんかこうやってゆっくりするの久しぶりだわ」
勇者「お前魔王倒してから何してたんだ」
魔法使い「旅してた時と変わらないわ。 旅して魔物を倒して倒して倒しまくってた」
勇者「お前らしいな」
魔法使い「でもねーなんかさ…… すごい虚しくって」
勇者「うん?」
魔法使い「せっかく平和になってきたはずの世界でなんでまだ私は戦ってたんだろうって」
魔法使い「一緒に笑える仲間もいなくてさ……」
勇者「じゃあもうそんな旅辞めたらどうだ?」
魔法使い「そうだね…… いっそのこのどっかに身をおこうかな」
勇者「そうしろよ」
魔法使い「……はぁいい男でもいれば楽しいのにね」
勇者「お前ならすぐ見つけられんだろ」
魔法使い「さぁ、どうかしら」
魔法使い「ねぇアルス? あなたティアと何があったの?」
勇者「何って?」
魔法使い「あんなにベタベタ仲良くしてたのに、最後の方は全然そんなこと無かったじゃない。 ティアも何も言わなかったし」
魔法使い「あれ、別れてたんでしょ?」
勇者「そうだな」
魔法使い「どうして別れたのよ」
勇者「そんなこと聞きたいのか?」
魔法使い「気になるじゃない」
勇者「……怖かったんだ。 魔王と戦って俺達がみんな無事に帰れるとは限らなかった」
魔法使い「そうね…… 実際ギリギリの戦いだった」
勇者「もし、俺が死んだらティアが悲しんで堪らないんじゃないかって」
魔法使い「…………」
勇者「だから、最も近しいティアを遠ざけたんだ。 たとえ俺が死んでもティアが少しでも悲しまなくて済むように」
魔法使い「馬鹿ね、あなた」
勇者「そうだな、今思うと馬鹿だったと思う」
魔法使い「ねぇ、ティアがまだアルスのことを思い続けてるって言ったらどうする?」
勇者「…………」
勇者「どうもしないさ、俺とティアは終わったんだ」
魔法使い「そう……」
魔法使い「じゃあ私がやっぱりあなたの事を好きって言ったら?」
勇者「は?」
魔法使い「……実はあれから、やっぱりアルスを諦められてなかったって言ったら……私のこと選んでくれるのかしら」
勇者「…………」
勇者「ドロテア……俺は」
魔法使い「なーんてねっ! やめてよそんな顔」
魔法使い「……ただの冗談よ。 忘れて?」
勇者「……あぁ、分かった」
魔法使い「ふふ、アルスの面白い顔見れちゃった」
勇者「勘弁してくれ」
風が二人の髪をなびかせる
草木が揺れて音を鳴らし、俺らは自然と沈黙する
少し気まずい沈黙の間は時間がたたない
ドロテアは横で泣いていた
目尻を手で拭い、真っ赤にした鼻をすする
だが俺は彼女を抱きしめることが出来ない
この手は他の女を抱くためには使えないのだ
俺は心を決めた魔女の笑う顔を思い浮かべ、拳を握った
魔法使い「ごめん…… ごめんねアルス」
勇者「…………」
魔法使い「あと少ししたらまたいつもの私だから…」
魔法使い「やっとちゃんと失恋できたから……」
魔法使い「だから、今だけは泣かせて……」
あれから何分経っただろうか
目を真っ赤に腫らしたドロテアは笑っていた
いつもの彼女の少し意地の悪い笑顔ではなく、本心からの本当に笑っているのだと分かった
魔法使い「あースッキリした」
勇者「おう」
魔法使い「全く、こんないい女を振るなんていい度胸してるわね」
勇者「自分で言うなよ」
魔法使い「ふふ。 アルスには今はあの子がいるのよね」
勇者「あぁ俺はサーシャに一途だからな」
魔法使い「もうびっくりするくらい綺麗な子ね。 本当に同じ人間なのかと思っちゃったわよ」
勇者「……実はな昔旅してる時にあいつが空を飛んでいるところをたまたま見たんだ」
魔法使い「へ?」
勇者「一目惚れだったよ。 旅が終わったら探そうって思ったんだ」
魔法使い「へぇー。 まぁあんな綺麗な子見たら惚れるわね」
勇者「世界中色々なところ探し回ったんだけど手がかりはなかった。 そんで考えたのが試練の塔だったんだ」
魔法使い「あー…… あの攻略できれば魔女が願いを叶えるっていうあそこ?」
勇者「あぁ、それであの子を探してもらおうと思ったんだ」
勇者「奇跡だと思ったよ。 探してた女が目の前にいたんだからな」
魔法使い「え、ちょっと待って? 魔女がいるはずの塔にサーシャがいたってこと?」
勇者「そう、サーシャは南の魔女だ」
魔法使い「あー…… 道理でね。 あの子うまく隠してるけど流れる魔力がとんでもないもの」
勇者「そうなのか」
魔法使い「私じゃなきゃ見抜けないわよ。 どんな凄腕の魔法使いかと思ったら…… そう、魔女なのねあの子」
勇者「驚かないのか?」
魔法使い「今更そんなことで驚かないわ。 何年危ない旅してきたと思ってるのよ」
魔法使い「でも、そっかアルスはもう心に決めた人がいるんだ」
魔法使い「でも、その割にサーシャちゃん嫌がってない?」
勇者「……なぁ、あれって本気で嫌がってると思うか?」
魔法使い「知らないわよそんなの」
勇者「……嫌われてるのかな」
魔法使い「はぁ、あんたまた女々しいモード発動してるわよ」
勇者「む……」
魔法使い「男ならガツンといく!! でしょ?」
勇者「あぁ、そうだな」
魔女「おふたりさん、お待たせしました」
東魔「ごめんなさい~少し手間取ってしまってぇ……」
魔法使い「ふふ」
勇者「…………」
魔女「あのーなんですか?」
勇者「サーシャ」
魔女「はい?」
とぼけたような表情の彼女を思い切り抱き寄せ、唇を奪う
突然のことにサーシャは一瞬固まるも、すぐに俺を付き飛ばそうとしていやいやをする
魔女「ぷはぁっ、なにするんですか!!」
勇者「サーシャ、お前のことが大好きだ。 俺と結婚しろ」
魔女「いきなりだな!! 本当になんなんだ!!」
顔を真っ赤にしながら、俺の首を両手で閉めて揺さぶる
勇者「ぐぇー」
魔女「あなたはいつもそうやっていきなり!!」
魔法使い「ふふ、愛されてるじゃないサーシャちゃん」
東魔「わぁ~サーシャちゃん素敵ですねぇ」
魔女「どこがですかー!!」
勇者「そろそろ離せ、死ぬ」
魔女「このっ! このっ!」
アイリスがビーカーに入った液体を泉に垂らす
だが泉に特別なにか変わった様子はない
勇者「大丈夫なのかこれで?」
東魔「はい~大丈夫ですよ~。 しばらくすればすっかり毒気はなくなると思いますぅ」
魔法使い「うん、よかった」
魔女「アイリスはいつもおっちょこちょいなんですから……」
東魔「はい~……今回は本当にすみませんでしたぁ」
魔女「じゃあこれで一件落着ですね帰りましょうか」
東魔「はい~よかったら、また遊びに来てくださいね~?」
勇者「あぁそうだな」
魔女「あの変な臭いは勘弁してくださいね」
魔法使い「ばいばーい」
東魔「お気をつけて~」
魔女「ちょっと、あんまり近寄らないでください」
勇者「なんで」
魔女「またさっきみたいにいきなりキスされたら、たまったものじゃありません」
勇者「気にするなよいつもの事じゃないか」
魔女「やめろぉー!!」
魔法使い「本当、仲良しね」
魔女「う゛~~~」
魔法使い「じゃあ私はロマリアに報告しにいくから」
勇者「あぁ、じゃあなドロテア」
魔女「お気をつけて」
魔法使い「サーシャちゃん、ちょっと耳貸して」
魔女「はい?」
魔法使い「アルス、本気であなたのこと愛してるわよ?」
魔女「はは……よく分かってます」
魔法使い「本当はサーシャちゃんもアルスのこと好きなんでしょ?」
魔女「え゛!? そうなんですか?」
魔法使い「ふふ、サーシャちゃんの顔みたらすぐ分かるわよ」
魔女「私がアルスを? んー……?」
魔法使い「ま、よく考えなさい」
魔法使い「でも何かあったらすぐ駆けつけるから!」
魔女「ふふ、頼もしいです」
魔法使い「じゃあねサーシャちゃん」
魔女「はい」
勇者「なぁ、ドロテアとなにコソコソ話してたんだ?」
魔女「女の秘密です」
勇者「なんだそれ」
魔女「ちょっと、なんで手繋いでくるんですか」
勇者「いいだろ別に」
魔女「いいですけど。 って、あーそうやって恋人繋ぎにする」
勇者「いいだろ?」
魔女「いいよ?」
勇者「キスしても?」
魔女「……しょうがないなぁ? いいよ」
また明日か明後日
陽も沈み、すっかり暗くなった街をカインは歩いていた
酒場や食事処以外の店は閉まり、家々には明かりが灯る
直属の上司ということではないが、旧知の仲であるアルスと、街に繰り出して酒場にでも行こうと話していたのだが、彼のお付きのサーシャが彼を引っ張って行ってしまったのだ
仕方なく彼は一人で街を彷徨う
立場的には俺の方が上なのだが、彼女にはなぜか逆らえない
普段は温厚で優しい印象の彼女だが、一度スイッチが入ってしまえば……
彼女の奥底にあるものは冷血で恐ろしいものな気がしてならないからだ
故にあまり彼女は、いや元々女はあまり得意ではなかった
大通りを外れ、一本の細道に入った
小さな飲み屋や、娼館など大人しか入れない店が立ち並ぶ
すると目の前の店に明かりが灯り始めた。 営業を開始したようだ
「そこのお兄さん、よかったら今晩のお供にどうですか?」
将軍「娼館か」
「えぇ、うちは貴族もお忍びで来られるほどの良い娘を取り揃えております。とびきり美しい子が入りましてね、まだ指名もないのでお安くしますよ、良ければいかがですか?」
彼は娼館に足を運んだことは無かった
決して女に興味が無い訳では無い
だが己を常に高みへと鍛え抜くために剣を振るい続けてきた
そのためか女の身体に性をぶつけたいと衝動に駆られたことも無ければ、愛しの女に床で焦がれたこともない
行為自体はしたことがあるが彼にはそこまで魅力を感じることは無かったのだ
この受付の男に言われて興味を引かれたのはただの気紛れだ
ただなぜかこれを断ってまた歩みを進めてはいけない気がしたのだ
大きな寝台とソファが置かれた部屋に案内されここで待つようにと言われる
照明が最低限で、部屋が黒で統一され、どこか淫靡で落ち着かない
気を紛らわすためにグラスに氷を注ぐ
すると柔らかい声がかけられた
部屋に入ってきた女に彼は目を見開いた
腰まで伸びる長い黒髪を揺らしていて、その瞳は全ての光を吸い込むかのように暗い
来ているドレスも暗めの紫で、豊かな胸元を大きく露出させて、身体のラインを強調するデザインは彼女のスタイルを表す
腰は細く締めただけで折れてしまいそうな程で白い足はすらりと伸びて長い
サーシャを初めて見た時もその美貌に驚いたが、カインにとってはこの娼婦を見た時の方が遥かに衝撃だった
サーシャが絶世の美女であるなら、この娼婦は傾世の美女といったところか
カインは一目でこの娼婦に心を奪われていた
人生初めての、本気の恋だった
固まるカインの横に娼婦が座り、彼の目をじっと見つめる
彼女もまた、カインに見蕩れ焦がれるような眼差しを向けていた
お互いの瞳をみつめ、そして抑えきれない思いが二人を包み込む
腕の中で娼婦は彼を求めるように手を背中に這わせ、彼の存在を確かめるように強く抱きしめた
「あっ…… ごめんなさいお仕事……」
将軍「あぁ」
彼女が名残惜しそうに彼の身体に手を置き、離れる
少し恥ずかしそうにはにかみながら彼女は名を名乗る
「私はシャーリーという名で働いています。 でもあなたにはその名で呼んでほしくないと思いました」
将軍「え?」
「リリスと申します。 初めてのお客様で緊張していますが、宜しくお願い致します」
彼女が酒を注ぎ、二人で持ったグラスを合わせて乾杯する
娼婦「ふふ、緊張しちゃいます」
将軍「あぁ、俺も娼館には初めて入ったから同じだ」
娼婦「あら、そうなんですか? 意外です」
将軍「軍務に身を置いているからな。 怖い上司に見つかったらどやされる」
娼婦「ふふ、なら忍んで来なければなりませんね」
リリスが微笑むと彼の胸は締め付けられた
何でもない会話が彼にとっては耳触りのいい最高の言葉だった
酒飲みで様々な美酒を飲んできた彼だったが彼女が入れてくれた酒はどんなものよりも美味く、また気持ちよくなれた
娼婦「ふふ、よくお飲みになられるんですね」
将軍「そうだな、酒は剣の次に好きだ」
娼婦「剣に妬いてしまいます」
将軍「本気か?」
娼婦「ふふ、それは貴方がお考えになってくださいな」
将軍「んぅ…… だが剣よりも君のことが好きになってしまったかもしれん」
娼婦「まぁ、私は本気に受け取ってしまいますよ?」
将軍「構わないさ」
娼婦「……嬉しいです」
身を寄せてきた彼女の肩を抱く
上目遣いで見つめられ、睫毛が長いなと少し場違いなことを思った
互いがそうするように、自然と二人は口付けをする
娼婦「ご無礼を承知で申し上げさせて頂きます」
将軍「あぁ、なんだ」
娼婦「私はあなたが欲しくなってしまいました」
将軍「光栄だ。 だが君は俺に何をくれる?」
娼婦「私の身体と、囁かな私の愛を」
彼女は口付けに熱情を込める
舌を絡め合い、唾液を交換するように愛を込めた
翌日もカインはあの娼館に足を運んでいた
カインを見た娼婦は分かりやすいほどに表情を明るくする
それが偽りのない笑顔であることは明らかだった
カインも連られて笑みがこぼれ、二人は引き寄せられるように抱きしめ合い再会を喜んだ
娼婦「また来てくださって嬉しいですカイン様」
将軍「あぁ、君に会いたくてな」
娼婦「カイン様? 君ではなく、また昨日のように名前を呼んでください」
将軍「リリス」
娼婦「はいっ」
破顔する彼女の髪を撫でる
嬉しそうに目を細める彼女がただただ愛おしかった
額と額を合わせてお互いを呼び合う
この時が永遠に続けばいいのにと思う
そして寝台で絡み合い、時間はあっという間に過ぎていった
カインは今日もいつも通り兵士達の訓練を行っている
暇なアルスがまた遊びに来て新兵たちを鍛えてくれて、それをまたサーシャが見に来ていた
いつもの光景
繰り返される毎日でも、今日はどこか色付いて見える
夜になればまた彼女に会えると、そう考えただけで生きていることが楽しくてしょうがなかった
一段落つき、兵達に休憩を告げる
自分も木陰に座り、一息ついているとサーシャから珍しく話しかけられた
魔女「アルスさん大丈夫ですか?」
将軍「なにがだ?」
魔女「ちゃんと夜休んでます?」
将軍「ん? 普通に休んでるが」
魔女「そうですか。 ならいいんですけど」
将軍「なんだ、アルス様に言われたのか」
魔女「なんでですか」
将軍「なんだ、違うのか」
苦笑の表情ですら彼女は美しい
だがそれでもカインにとっては、リリスの方が魅力的に見えた
今日も彼女に会いに行こう
そう思うと不思議と力が湧いてくる
彼は張り切って、再び訓練に戻るよう号令をかけた
彼は晩に、相も変わらず娼館に足を運ぶ
だが現れたリリスはカインを見るなり涙を零して彼に抱きついた
驚いたカインは突然のことに固まり、ようやく彼女の細い身体に腕を回した
娼婦「ごめん、なさい……」
将軍「どうしたんだリリス」
娼婦「……笑わないで聞いていただけますか」
将軍「約束しよう」
娼婦「ふふ、やっぱりカイン様はお優しいですね」
娼婦「……カイン様以外の人と体を重ねるのが苦痛でしかないのです」
将軍「…………」
娼婦「私は娼婦です、カイン様以外ともまぐわねばなりません……。 でもそれが本当に嫌なのです」
娼婦「目を瞑ればカイン様のお顔が浮かびます…… でも目を開けると知らない男が私の体に触れているのです」
娼婦「私は…… これに耐えられないのです」
娼婦「貴方様だけの女になれたらどんなにいいことでしょうか」
将軍「…………」
彼女の悲痛な叫びにカインはかける言葉を見つけられなかった
彼女の体を抱き、泣き止むまで抱きしめている事しか出来なかった
ここから連れ出すことが出来たのならどんなにいいことだろうか
だがカインにはその勇気がなかった
彼女の人生は彼女のものだ
知り合ってまだ3日とも立たない自分が彼女の人生を決めていいはずがない
彼もまた苦しんだ
愛しい女が他の男に股をまさぐられているのだ
目を背けてきた事実に胸が張り裂かれそうな感覚を覚え、顔が険しくなる
娼婦「ごめんなさいカイン様」
将軍「いや……」
娼婦「どうか、今日は私をカイン様で満たしてくださいませ」
娼婦「私の身も心もカイン様のものですわ。 私を愛してください」
明くる日、彼はまたサーシャに声をかけられた
魔女「カインさん、本当に大丈夫ですか?」
将軍「寝不足なんかではないぞ」
魔女「うーん…… はて、なんでしょうかそれ」
サーシャに指を刺され、胸元に痣があるのに気がつく
少しドキッとしたが、その痣すら彼女と繋がった証であり、彼は嬉しく思った
将軍「さぁ、なんだろうな」
魔女「夜遊びは程々にしてくださいね」
将軍「アルス様には言わないでくれよ?」
魔女「言おうものならアルスに扱かれますね」
将軍「サーシャ殿がアルス様と恋仲になれば済む話だ」
魔女「なんでそうなる!!」
将軍「アルス様を差し置いて恋人が作るのは命懸けだ。 というわけでサーシャ殿がアルス様と恋仲になればいい」
魔女「いーや!!」
その晩も彼は足を運んだ
彼女に一時の安らぎを与えるために
最早自分が彼女に会いたいという片想いの感情ではなく、彼女のために何かしたいと、相手主義の考えに変わっていた
これが愛するということかと自嘲気味に笑い、いつもの受付の男に声をかける
だが返ってきた返事は予想だにしないものだった
「リリス、いえシャーリーなら今日は来ていません。 私も困っているんですよ勝手に休まれてしまって」
カインは嫌な予感がした
彼女は娼婦の仕事を嫌っていた。ならば彼女は一晩休み、明日になればここに来るのだろうか?
自分以外の男に抱かれ続けるのが耐えられなくなっているのだとしたら?
自惚れではなかった。 最早確信していた
ここで彼女を待っていても、二度と会えないと
将軍「リリスの家を教えろ!」
「こ、困りますお客様! いくらなんでも娼婦の家を教える訳にはいきません!」
将軍「俺はアリアハン将軍のカインだ。 特例だ、彼女に取り急ぎ用事がある!」
将軍「速やかに情報を提供しろ。 これは命令だ」
職権を乱用してでも彼女に会いたい一心だった
教えられた家は寂れた街はずれにある小さな部屋。 コンコンとノックをすると、彼女がドアを開ける
娼婦「……っ!? カイン様!?」
将軍「会いたかったぞリリス」
娼婦「だめっ!!」
だが彼女は慌ててドアを閉めようとする
それをカインは手でドアを掴んで空いている手で彼女を力一杯抱いた
娼婦「お離しくださいカイン様!」
将軍「断る。 なぜ俺を拒絶する」
娼婦「……どうして家が分かったんですか」
将軍「受付の男に吐かせた」
娼婦「……乱暴ですね」
将軍「リリスに会うためだ」
娼婦「…………」
彼女は今にも泣きそうな、悲痛な面持ちで部屋に迎え入れた
娼婦「ごめんなさいカイン様、私はやはり貴方様を思いながら他の男に抱かれるのは耐えられませんでした」
将軍「なら、なぜ俺に一言もなく去ろうとした」
娼婦「私はこの身体を売る生き方しか知りません。 なのに貴方様以外と体を重ねられないのなら生きてはいけません」
将軍「…………」
娼婦「私は貴方様を心より愛しておりました。 貴方様と一緒なら何処へでもついていけると思いました」
娼婦「でもカイン様は私を店から連れ去ってはくださらなかった…… ならば生きるために私は他の店で働くしかないのです」
娼婦「カイン様のことを忘れて元の生活に戻ろうと……」
将軍「それで俺の前から姿を消そうとしたのか」
娼婦「えぇ…… そうです」
娼婦「私は……貴方様に焦がれすぎました。 もうどうすれば良いのか分からないのです」
カインは彼女を力の限り抱きしめた
体をくの字になるまで抱かれた彼女は苦しそうにしながらも、彼に腕を伸ばす
そうして応えてくれただけで彼の心は満たされた
将軍「俺が弱かっただけだすまない、リリス」
将軍「俺は君を愛している。 だから俺と一緒になってほしい」
娼婦「本気のお言葉ですか?」
将軍「昨晩言いたくても言えなかった言葉だ。 だが今なら心の底からそう言える」
将軍「俺だけの女になり、添い遂げてほしいんだ、リリス」
娼婦「はは、夢みたいです。 私、カイン様と一緒になれるのですか……?」
将軍「あぁ」
娼婦「嬉しくて、何も言えませんよ」
二人は甘く蕩けるようなキスをかわす
涙の筋を指で拭うと彼女はとびきりの笑顔で彼を求めた
その晩二人は朝日が上るまで愛し誓い合った
勇者「なに、カインが?」
魔女「そうなんですよ、生命力が無くなっていってるんです」
勇者「……特別変わった様子はないが」
魔女「えぇ、本人も思い当たる節はなさそうなんですよね。 病気ということもなさそうですし、寝不足でもない…… うーん」
勇者「そういえばこの前あいつの部下から娼館から出てくるところを見たと聞いた。 それじゃないか?」
魔女「性交であんなに生命力が削られるとは思えないんですよね。 なんか日に日に死に近づいてるんですよ」
勇者「……どういうことだ」
魔女「彼になにか危険が迫っている可能性があります。 それも私達どころか本人に知覚できないレベルですよ」
勇者「かなりまずい事態になっているかもしれないということか」
魔女「そういうことです。 なので私が彼を尾行してみたいと思うんです」
勇者「あぁ、いいんじゃないか。 カインには悪いが非常事態だからな。 俺も行こう」
魔女「なんでですか! アルスはお留守番です」
勇者「危険があったらお前だけじゃ危ないだろう」
魔女「あなたまでついてきたら怪しまれますよ。 私のこと信用してくださいよ」
勇者「…………」
魔女「何かあったら魔法で知らせますから、ね?」
勇者「ふん」
ふわふわと浮く彼女の髪を指に巻き付ける
されるがままになってもアルスの眉間のシワが無くならないことにサーシャはビクビクしながら、彼の眉間にキスをした
勇者「こっちだろう」
後頭部を押さえられ、乱暴に口付けをされる
ジタバタと暴れるがアルスは離さず不満をぶつけるかのように長く長くキスをした
勇者「気をつけろよ」
魔女「うんっ」
夜通し愛し合い、眠りに落ちていたカインは昼間になってようやく目を覚ます
腕の中には愛しいリリスが小さな寝息を立てて眠っている
その頬に手を伸ばそうとしたがとてつもない身体の倦怠感を覚えた
とても自分の身体とは思えないほどに頭から爪先まで重たい
肩で息をしているとリリスが目を覚ます
娼婦「カイン様…?」
将軍「あぁ、すまない起こしてしまったか」
娼婦「いえ」
二人はそうするのが自然というように唇を重ねる
晩にあれほどしたにも関わらず、リリスは嬉しそうに目を細めた
娼婦「カイン様……」
将軍「リリス」
娼婦「……んっ。 もっとしてください」
将軍「欲しがりだな」
娼婦「カイン様ですから」
将軍「あぁ、愛しているよリリス」
娼婦「こんな幸せが許されるんでしょうか」
二人はそうしてたっぷりとじゃれ合ってから服を着て、家を出た
将軍「俺の家で暮せばいい」
娼婦「はい……!」
将軍「だが入り用なものもあるだろう。 買い物でも行くか」
娼婦「デート、ですね?」
将軍「ははっ、そうだな」
娼婦「やった!」
自然と腕を絡ませる二人
だがカインは倦怠感で歩いているのもしんどい状況だった
身に覚えがないだるさで背中に汗が伝う
彼女に悟られないよう、務めて平常心を装う
娼婦「ねっ、カイン様はお料理されますか?」
将軍「一通り調理器具は買って自炊もしたんだが、続かなかったな」
娼婦「ふふ、らしいです。 では私が腕によりをかけてお作り致します」
将軍「料理が得意なのか」
娼婦「楽しみにするよーにっ」
彼女は本当に幸せそうだった
そんな彼女の優しい笑顔を見ているだけで心は洗われ、これからの2人の生活を夢に見ると楽しみで胸が高鳴る
愛する人を手に入れるとこうも幸せな気分になるのかと、彼はこの歳で初めて知った
魔女「カインさん」
将軍「なんだサーシャ殿か」
勇者お気に入りの魔法使いが空から降りてくる
彼女がここに来たことに俺はひどく不安に駆られた
偶然居合わせた訳では無いのだろう
この凄腕の魔法使いが、辛そうな面持ちで俺の前に降り立つということは……これから不幸を告げられることだと
そういう不安はなぜか必中するのだと
魔女「カインさん、体調は…… 良くなさそうですね」
将軍「…………っ!」
娼婦「カイン様、お加減が!?」
魔女「なぜカインさんがここ最近そこまで生命力を失っていったのか分かりましたよ」
魔女「その女、淫魔ですよ」
将軍「……っ!?」
娼婦「…………」
魔女「いえ、詳しくいえば半魔と言ったところでしょうか」
将軍「だから、どうしたのだ」
魔女「このままだと、カインさん…… その女に殺されてしまいますよ」
将軍「…………」
魔女「淫魔は性交にて男の精力、つまり生命力を奪って殺す魔物です」
魔女「その血を半分受け継ぐ彼女があなたと体を重ね続けたらどうなるかは分かるでしょう」
将軍「…………」
娼婦「……うそ」
魔女「悪いことは言いません、その女から手を引きなさい」
将軍「断る」
娼婦「カイン様!」
将軍「俺は彼女と生きると決めた。 彼女と添い遂げると誓った」
将軍「その邪魔をするなら斬る」
魔女「反逆者となり下がるつもりですか」
将軍「彼女を守るためならば厭わん」
魔女「…………」
魔女「今すぐその剣を収めてください。 そうすれば私も忘れましょう」
将軍「何度も言わせるな、断る」
将軍「ここで彼女を諦めて一人で生きるくらいなら、サーシャ殿を斬って反逆者となり二人で逃げた方がマシだ」
魔女「…………」
娼婦「ま、待ってください! 私が半魔など何かの間違いではないのですか!?」
娼婦「今まで娼婦をやってきて、私と床を共にして死んだ者などいません!」
魔女「それはあなたが半魔故に淫魔の力が弱いからです。 一度行為をしたところで死にはしないでしょう」
魔女「ですが彼のように何度も体を重ねれば別です」
魔女「もう、立っているのもしんどいのでは? カインさん」
将軍「…………」
娼婦「そんな、嘘ですよねカイン様!」
将軍「…………」
魔女「はぁ、半魔のあなた、お父上は?」
娼婦「母が身篭った時に亡くなったと聞いています…… はっ!?」
魔女「お父上と母君は愛し合ったのでしょう。 人間と淫魔という種族を超えて」
魔女「ですが事に及べば亡くなるのは明らか。 お父上はあなたを身ごもらせて愛を永遠のものとしたのではありませんか」
娼婦「うそ、うそだ……」
将軍「…………」
魔女「受け入れなさい。 あなたは半魔なのです。 人間とは相容れない存在なのだと」
娼婦「いやだ……嫌です…… 私はカイン様とやっと出会えたというのに」
娼婦「こんなのあんまりですよ……」
魔女「…………」
魔女「あなたは、半魔であることを受け入れないのですか」
娼婦「…………」
魔女「本当の自分のことを知って、半魔であることを望まないのですね?」
娼婦「……どういう…?」
魔女「あなたは人間として生きたいと、願うのですね?」
娼婦「はい…… 人間として、カイン様と愛し合うことが出来たならどんなにいい事か」
魔女「カインさん」
将軍「……?」
魔女「あなたはこの半魔と一生を添い遂げる覚悟があるのですね?」
将軍「当たり前だ」
魔女「ならば私が彼女を救ってみせましょう」
将軍「なに?」
娼婦「……え?」
魔女「あなたを命を捨ててまで孕ませた父と、淫魔としてではなく人間として育てた母に感謝した方がいいです」
魔女「なんと尊く、美しいご両親でしょうか」
娼婦「…………」
魔女「いいですか、これは呪いです。 あなたとカインが死ぬまでお互いを結びつけるものです」
魔女「どちらかが欠ければどちらも存在を出来なくなります。 いいですね?」
将軍「あぁ」
娼婦「はい」
サーシャは彼らの手を繋がせる
そして魔法陣を構成し、その陣が彼らの体内に入り込んだ
体内が魔法陣によって書き換えられる
血が互いを結び付けさせ、その血に魔法陣が刻まれていく
魔女「貴方達は永遠の結び付きを手に入れる。 半魔の血と、カインの血をそれぞれに半分ずつ分け与えました」
魔女「半魔のあなたはさらに淫魔の力を薄め人間に近づきました」
魔女「ですがカインさん、あなたは淫魔の血が入り、人間ではなくなりました」
魔女「お互いに人間ではない半端者同士です。 ですがお互いがお互いを愛し続けるなら、淫魔の力は作用しあって釣り合い、力に殺されることはないでしょう」
将軍「……俺が淫魔に?」
魔女「四分の一、ということです」
娼婦「……あ」
魔女「あなたには申し訳ないことをしたと思っています。 例え知らなかったとはいえ、ご両親から受け継いだ身体を勝手に書き換え存在を変えてしまったのですから」
娼婦「いいえ、感謝の言葉もありません」
魔女「……どうぞお幸せになってください。 恋のキューピッドはお暇します」
将軍「……ありがとうサーシャ殿。 礼を言っても言い足りないくらいだ」
娼婦「ありがとうございます、サーシャさん!」
魔女「ふふ、カインさん、あんまり、胸の痣は見せつけない方がいいですよ」
将軍「…………」
娼婦「あ、あぅ……」
心の中で空を飛んでいったサーシャに感謝の言葉を祈る
彼女によって不可能だった二人を結びつけてくれたのだから
隣の顔を真っ赤にして俯くリリスと永遠を遂げようと
人目もはばからずカインは彼女にキスをした
また明日
魔女「私ちょっと試練の塔に戻りますね」
勇者「なんだ、ホームシックなのか」
魔女「帰ってもいいんですか?」
勇者「だめ」
苦笑した彼をみて吹き出すサーシャ
その様に少し気恥しさを覚えて頭をかくとそれをみてまた魔女は笑った
魔女「ひーっ、おもしろいです」
勇者「そりゃよかったな」
魔女「どこかの村か分かりませんけど噂を聞いて塔に大群で押し寄せてきてるみたいで」
勇者「ただの人間にあの塔を制覇できるとは思えないが」
魔女「えぇ、ただでさえ危険なんですけどあなた用に難易度上げたままだったのを忘れていまして」
勇者「おい、かなり危ないぞそれ」
魔女「というわけですぐに塔に戻ります! 用事もあるのでそのうち帰ってきますね」
勇者「気をつけろよ」
久しぶりの一人の生活だった
別にサーシャと寝食を共にしている訳では無いがなんとなく彼女がいないというのは寂しくもあり自由を感じる
彼は一枚の手紙を手に取った
それを見たアルスはすぐに無名を担いでこの手紙の主の元へと向かった
「このように皆、アネモネ、と呟いて目を覚まさないのです」
勇者「…………」
「医者や街の魔法使いに見てもらいましたが、どこもおかしい所はないと」
「もう街では10人以上が同じようにアネモネに取り憑かれて目を覚ましません。 どうかお力をお貸しください勇者様」
勇者「分かった、皆はこうなる前にどこに行ったとか何をしたとか共通点はあるか?」
「はい、実は昼の二時頃に大通りを歩いていたということが分かっています」
勇者「暑い」
時刻は依頼人が言っていた2時の少し前
真夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、皮膚をじりじりと焼いていく
地面は熱され、陽炎が立ち上っている
蝉の鳴き声が煩わしく響き、人々の喧騒も相まって力強く生命を感じさせた
だがそれもずっとここにいれば、耳は慣れてしまう
蝉の声も、人の歩く音も、店主が張り上げる声も、子供の泣き声も耳には残らず通り抜けていく
強い日差しは陽を生み、それによって作られた陰は黒く全てを吸い込む
ふと自分の影を見つめていると、意識がそこに吸い込まれていくような不思議な感覚に陥っていく
まるで高いところから下を見つめているような、そんな摩訶不思議な感覚
暑さで頭が動かない
耳が、目が本当の情報を脳に伝えてくれない不思議な感覚
頭がボーッとする
焼かれていく肌を守るように木陰に入ろうと考える
夢かうつつか、そんな曖昧な意識の中で木陰を探した
木陰?
木陰とはなんだ?
はっと意識を戻した時、目の前に広がるのは墓地だった
先程まで自分がいたはずの街の喧騒は身を潜め、街どころか知らない墓地に自分はいた
混乱し、無名を手にかけたところで目の前には喪服の黒いドレスを着た女がいた
喪女「アネモネを探しているんです」
勇者「アネモネ?」
喪女「ええ、花のアネモネ」
運良く、自分は事件の大きな手がかりを掴んだようだ
目を覚まさない人たちがつぶやくアネモネという単語をこの女は確かに言った
自分もおそらく術かなにかにハマったのだろうが…… それは仕方がない。 なんとか解決する他ないのだから
喪女「アネモネという花をご存知ですか?」
勇者「あぁ、知っているよ」
喪女「良かった」
勇者「で、そのアネモネとやらがなんで必要なんだ?」
喪女「さぁ、そんなこと忘れてしまいました」
勇者「はぁ?」
喪女「こうして私は、この世界で夏を繰り返しているのです。 アネモネは春の花」
喪女「また、もう一度アネモネの花を見たいのです。 願いはそれだけです」
勇者「繰り返す夏の世界……?」
なるほどどうやらここは現実とは別の特別な空間か
彼女はここで来ない春を焦がれ、アネモネを見たいと願い続けているのか
そうしてこの女の願いに当てられ、アネモネをこの空間で探し続けることになった人はいつの間にか現実から魂が抜けてこの世界に閉じ込められたと言ったところか
勇者「わかった、俺が探そうそのアネモネを」
喪女「ありがとうございます」
草一つ生えない墓地を出て、草原に出る
緑に色づいた木々や花々が咲き乱れているがここからそんな簡単にアネモネが見つかれば苦労はないだろう
ブラブラと左右を見ながら歩いてまわるがやはりどこにもアネモネの花はなかった
暑い……
やはり夢の世界とはいえ、真夏の世界だ、暑さはピークに達している
太陽が空高く、小さな人間を見下すようだ
勇者「あちぃ」
草原を抜けるとそこは海だった
下は断崖絶壁、地平線は遥か遠く、どこを見ても海が続くだけだった
崖周りをしばらく歩き続ける
虫の声すらなく、ただひたすらに木々と海、そして照りつける太陽
早くも同じ光景に飽きていた
さっさとアネモネを見つけてどうにかしたい
そう思いながらだらだら歩き続けてアルスは気がついた
ここは島のようだ
外周を歩き続け、そして同じ場所にまた戻ってきていたのだ
日の傾きからして一時間ほど歩いたのだろうか、それほどの時間でまわれてしまう小さな島
だがそこでふと気がつく
地平線の奥に島が見えたのだ
先は見えなかったはずの島が確かにそこにはあった
勇者「なんだ、いきなり島が見えたぞ」
だがあそこまで泳いでいくのはかなりの骨だろう
まずはこの島をもう少し探検することにした
花々が生い茂る草原をかき分けて進む
あまりの鬱陶しさにアルスは無名を抜き、草花を切り開きながら歩き続けた
しばらく歩いただろうか
すっかり服が泥と葉で汚れてうんざりしていると、先程切った花の元へと戻ってきた
予想はしていたがここには墓地か草原しかないようだ
うんざりしてため息がつく
勇者「あー…… なんなんだこの島は」
日が傾いていきた時、いきなり視界が暗転した
強烈なめまいと吐き気を覚え、足が地面を離れ地面に伏せる
耐え難いほどの眠気に意識が遠のき、無意識に彼はアネモネと呟いた
彼は目を覚ます
日が焼け付くようにさし、汗が服を濡らしていて不快感を覚えた
当たりを見回すとどうやらあの墓地のようだった
墓地で昨日と同じ黒いドレスの身を包んで佇む女に話しかけた
勇者「この島にアネモネはあるのか」
喪女「さぁ」
勇者「お前以外に人はいないようだがここはどこなんだ」
喪女「さぁ」
勇者「お前は俺をここに閉じ込めて何がしたい?」
喪女「アネモネを見たいのです」
勇者「そればかりだな。 自分で探さないのか?」
喪女「ふふ」
勇者「答えないか」
彼女を見限り、歩みを進める
昨日切り開いた草原は何も無かったかのようにそこに草花が生い茂っていた
もううんざりだ
無名を引き抜き、集中する
このあらゆる魔法の自称を切り裂く無名ならこの異空間を切り開けると考えた
だが剣を振ってもただ虚しく空を切るだけだった
思っていた効果を得られず、意気消沈するが仕方がない
おそらくこの空間の主であるあの喪女を殺せばどうにかなるだろう
そして必殺の一閃が彼女の首をはねた
すると昨日と同じように視界が暗転する
強烈なめまいと吐き気によりまたも地面に伏せた
グラグラと揺れる視界の中ではねたはずの喪女の顔が動く
喪女「アネモネ」
アルスは目を覚ます
嫌な汗が服を濡らしており不快感をまた覚える
当たりを見回すとやはり墓地だ
そして先首を刎ねたはずの喪女が何事もなく佇んでいる
勇者「うそだろ」
喪女「どうかなさいましたか?」
勇者「お前はさっき俺が殺したはずだ」
喪女「はて、なんのことでしょうか」
勇者「くそ…… 見つけるまでループするのか」
喪女「アネモネをもう一度」
勇者「あぁ、分かってる」
勇者「だがこの島にはないんだろう?」
喪女「さぁ?」
勇者「…………」
アルスは海に向かって歩いていった
断崖絶壁のこの崖から飛び降りれば、もうこの島に戻ってくるのは不可能だろう
だがあの島にいたままではアネモネを見つけられるとは思えなかった
昨日水平線にから見えた島は、今は見えない
そのままじっとそこでしばらく待っているとようやく願っていた島が見えた
勇者「よし」
アルスは海に飛び込む
波が立つ中、海を必死に泳いだ
見える島を目指して泳ぎ続ける
高い波は泳ぎづらく、アルスの体力をどんどんと削っていった
それでもアルスは泳ぎ続けた
もう海に飛び込んで何時間が経っただろうか日が沈みかけていた
急激にめまいと吐き気を自覚する
身体から力が抜け、海の中へと沈んでいく
あぁ、またダメだった……
溺れて肺の中に水が入り込んでくる
息苦しさで酸素を求めるように口を動かした
勇者「アネモネ」
目を覚ます
焼け付くような日差しにやはり寝汗による不快感を覚えた
勇者「あれは蜃気楼か……」
普通なら水平線から見える程度の距離である島ならばたどり着いててもおかしくは無かったはずなのだ
それでも近づいても近づいても近づけないあの島は夢か幻か
光の異常屈折による蜃気楼だろう
万事休す
あとはあれだけ生い茂る草花をかき分けてアネモネを探すくらいしか手段はなさそうだ
だがそれも望み薄だろう
そんなことでアネモネが見つかるなら、苦労などないはずなのだ
それでもやらねばなるまい
喪女に恨めしい想いをぶつけながら草原に、足を運んだ
木々、草花をかき分けアネモネを探す
だが見つからない
そしてまた日は傾いた
勇者「アネモネ」
また目を覚ます
日はまた傾いた
アネモネ…
目を覚ます
日は傾いた
アネモネ……
目を覚ます
日は傾いた
アネモネ………
同じことを何度繰り返しただろうか
目を覚ました時の雲の形すら覚えてしまった
結論からいえば草原にアネモネはなかった
アネモネが、ここにはない
アネモネ
アネモネ
アネモネ
アネモネはどこだ
変化のない毎日
探しても見つからないアネモネ
孤島で閉塞された世界
まさしく地獄だった
アネモネさえ見つかれば
アルスは呟く
勇者「アネモネ」
草原の花を切る
これはアネモネじゃない
勇者「アネモネ…… アネモネ……」
木を切る
もちろんこれもアネモネじゃない
勇者「アネモネ……どこだ」
崖を調べたがない
ならばと海に飛び込む
もちろん海の中にアネモネなど生えているはずはない
アネモネ………………
彼は目を覚ます
いつもの寝汗、晴れ渡る空と太陽
見慣れた墓地、黒いドレスの喪に伏せる女
もううんざりだった
アネモネが見つからない
勇者「アネモネ……」
なにかに縋る思いで、全て諦めた思いで、どうしようもない破壊衝動で
様々な思いを抱えてアルスは墓標を切り刻む
大きな石で出来た墓標は豆腐のように切り刻まれ、彫られた"名前"はもう読むことは出来ない
墓場にあった墓標をすべて切り崩した
だがそれでも事態は何も進歩しない
無意味にボーッと立ち尽くし、夏の熱気に身を包む
あぁ、やっぱりダメだった
このままでは元の世界に戻ることが出来ない
元の世界……
元の世界?
元の世界とは、なんだ?
頭がボーッとする
夏の熱気にやられすぎたのだろうか、思考は全く纏まらず、ただ使命感だけが頭の中を占めていた
勇者「アネモネ…… アネモネを見つけなきゃ」
彼は目を覚ます
もうあたりを見回すこともない
勇者「アネモネ」
勇者「アネモネ…」
勇者「アネモネはどこだ……」
訳もなく、フラフラと歩いた
崖につき、海を見下ろす
勇者「アネモネ……ない」
気に登って島を見渡してみた
勇者「アネモネ……」
墓場に戻り、墓標を見てみた
勇者「アネモネ……」
その墓標を見た時に勇者は気がつく
この墓標に刻まれた"名前"はアネモネだった
勇者「アネモネ……?」
喪女「ふふ、思い出しました。 それは私の名ですね」
勇者「あ?」
アネモネ
それは花の名であると同時に、今は亡き国王妃の名前だったことを思い出す
勇者「国王の、奥さん?」
喪女「えぇ、そうね」
アルスはやっと手がかりを見つけた
この黒いドレスの喪女は、ナリーを産んですぐに亡くなったという元国王妃だ
国王妃はアネモネという名前を取り戻したのだ
元国王妃「そうでした、私は彼にいつもアネモネの花を貰っていました」
勇者「花を?」
元国王妃「ええ、アネモネの花はとても美しく、毎年楽しみにしておりましたわ」
元国王妃「私がナリーを生んで、体がもたずに亡くなる時、私はもう一度アネモネの花を見たいと彼に言ったんです」
勇者「…………」
元国王妃「ですが季節は夏、アネモネなど生えているわけもありませんでした」
勇者「そうか」
元国王妃「そして気がついた時にはこの島で私はずっと一人でここにいます」
元国王妃「アネモネをまた見られることを夢見て」
勇者「娘より、アネモネが大事なのか」
元国王妃「あぁ、ナリー。 今はもう大きくなっているのでしょうね」
元国王妃「美しい良い子になったかしら」
勇者「可愛らしいが…… 中身は少し過激になったな」
元国王妃「ふふ、それでもいいのです、あの子が元気でいてくれたのなら」
元国王妃「私は死した者。 うつつを生きる子を求めるのは酷でしょう」
勇者「お前はアネモネを求めているだろうが」
元国王妃「ふふ、そうですね。 アネモネを求めていた理由をあなたのおかげで思い出せました」
アネモネという人はいても、アネモネの花はない
やっと手がかりは掴んだのに肝心のアネモネはやはり見つからない
また無為に時間ばかりが過ぎていった
勇者「なんでないんだアネモネ……」
アネモネ国王妃の秘密が明らかになった今、なにかこの空間に変化があると思ったが何も変わらない
また戻ってしまった日々にすぐにアルスは疲弊した
何か、変化が欲しい
彼は無名を見る
手汗が柄に滲み、刃に陽の光が反射して煌めいた
頭が動かない…… ボーッとする
意識せずとも変化を求めすぎた彼はその胸を刀で突き刺そうとする
そこに懐かしい声が響いた
魔女「なにしてるんですかアルス!!」
勇者「んぁ……? アネモネ?」
魔女「はぁぁ!? 私の名前忘れたんですか!?」
魔女「サーシャだよばかぁっ!」
頭をがしがしと揺さぶられ、徐々に意識がはっきりとしていく
目の前にいる愛した女が本物だということが分かり、決壊したダムのように涙が止まらなくなっていた
勇者「サーシャ…… サーシャなのか」
魔女「うぇっ!? なんで泣くんですか!?」
勇者「サーシャ……」
魔女「えぇっ! な、泣かないで!? え、えぇどうしよう泣かないでくださいよぉ」
勇者「お前が泣かせたんだろ」
魔女「おかしいっ!! 本当それはおかしい!!」
子供のように泣き出したアルスを、彼女が普段は絶対に見せないような慌てっぷりで抱きしめる
胸に顔をうずめて強く抱き締めるアルスを、彼女は優しく抱き彼の頭を撫でた
魔女「全く…… 帰ったらお説教ですよ」
勇者「お前、どうしてここに?」
魔女「現実じゃアルスが倒れてアネモネって呟いててもう大騒ぎでしたよ」
勇者「あぁ」
魔女「カインさんが、アルスが倒れて心置き無く結婚できるって言ってました」
勇者「あの野郎、殺す」
魔女「あはは」
魔女「でも本当にこの空間に入り込むの苦労したんですからね」
勇者「ありがと」
魔女「さぁ、さっさと出ますよ」
勇者「アネモネ」
魔女「だからサーシャだよぉっ!!」
勇者「いって。 違う、アネモネを見つけなきゃいけないんだ」
魔女「あぁ、そういうことですか」
勇者「殴られ損じゃないか」
魔女「それなら、ここですね」
サーシャは魔法で墓を掘り起こしていく
死人の墓を暴くという暴挙以外の何者でもない行為を、いとも容易く行うサーシャにさすがのアルスもドン引きしている
土を被った真っ黒な棺を開けると、そこには真っ白なアネモネが埋め尽くすように入っていた
それをみたアネモネ妃は静かに涙を流す
魔女「国王殿下はアネモネ妃が亡くなった時、アネモネの花を持ってこれなかったことをひどく後悔されたようです」
国王妃「…………」
魔女「あくる春に国中のアネモネの花を墓に供えたそうです。 そして今でも春になると王家の墓の前はアネモネの花が咲き誇っています」
魔女「全ては亡きアネモネ妃のために、国王殿下がされたことです」
国王妃「そうですか…… 彼はアネモネを持ってきてくれたのですね」
勇者「…………」
国王妃「やっとアネモネを見ることが出来ました。 これで成仏できそうです」
魔女「全く、無関係な人を巻き込まないで欲しいですね」
勇者「本当だぞ」
魔女「あなたは自ら巻き込まれに言ったんですから、お説教です」
勇者「…………」
目を覚ますと嫌になるほど見慣れた雲と暑い日差しはなく、久しぶりの自室だった
横を向くとカインやナリー、ドロテアまでいる
そして俺に跨るように冷たい目で見てくるサーシャもいたが、そっちは恐ろしくて見ることが出来ない
将軍「あぁ、よかったアルス様」
姫「アルスーッ!!」
魔法使い「全くなにやってんのよあんた」
魔女「はいはい、じゃあお説教タイムに入るのでみなさんは出て行ってくださいねー」
サーシャに促されるまま部屋から追い出される皆
魔女が恐ろしく冷たい笑顔を浮かべながらこちらに来る
恐ろしくて直視ができない
魔女「色々言いたいことはあります」
勇者「あぁ」
魔女「なんで私を待たずに一人で行ったのかとか、危ないことを何でも自分で解決できると思うなとか」
魔女「あなたに何かあったら心配するだろとか、結局用事が終わらずにあなたのところに駆けつけたから何も終わってないとか」
魔女「せっかく助けに行った私の名前を間違えたとか」
魔女「でも、いいです。 あなたが無事だったので」
勇者「…………」
魔女「本当によかった……」
勇者「泣いてるのか」
魔女「誰のせいだ!」
勇者「悪い」
魔女「ほんとだよばか」
勇者「ありがとうサーシャ」
魔女「次こうやって一人で突っ走ったら許さないですから」
勇者「お、おう」
魔女「分かってるんですかね。 あなたが誰かに殺されるくらいなら私が殺してあげますから」
勇者「……本気で言ってないよな」
魔女「本気ですよ」
勇者「じゃあその前に結婚しよ」
魔女「このタイミングでいいますか? 頭おかしいですよまったく」
魔女「ねぇ、アルス」
勇者「なんだ」
魔女「この前のカインさんとリリス。 今回の国王夫婦のこと」
魔女「どちらも愛が原因というか、強い意味がありましたよね」
勇者「そうだな、カインとリリスは種族を超えた愛」
魔女「故アネモネ王妃は愛する夫からの贈り物」
勇者「それがどうしたんだ」
魔女「憎しみは強い力を持ちますが、愛っていう感情もまた強い力を持つんですね」
勇者「そうかもしれないな」
魔女「憎しみっていうものはよく分かるんです。 でも私は誰かを愛するっていうのがまだ良くわかりません」
魔女「……アルスが私のことを好いてくれているのはなんとなく分かります」
魔女「でも私はその気持ちが分からないんです。 ごめんなさいアルス」
勇者「構わんさ。 まだ時間はたっぷりある」
勇者「俺のそばにいてくれればいい」
魔女「んっ……」
抱き寄せられ、身を寄せ合う二人
サーシャは戸惑っていた
400余年生きてきた中で恋などした事がない
恋についての知識は本で読んで知っている
愛し合う人々を見て学んでいる
だが自分にもその感情が宿っているとは自覚が出来ないのだ
分からない、けど
こうして抱き合って口付けをかわすことは
悪くは無いのだ
また明日(2回目)
魔女「いやです」
勇者「なんで」
魔女「服なら間に合ってます」
勇者「お前のは見てるだけで暑いんだよ」
魔女「私は涼しいのでいいです」
勇者「うるさい、うだうだいわずに来い」
魔女「やめろぉー!!」
勇者「自分の足で歩くか、俺に引きずられるか、抱っこされるな選べ」
魔女「……歩きます」
勇者「おう」
魔女「横暴だぁ……」
掴まれていた腕を払うと彼女は子供のように舌を出した
活気ある通りを歩く
ここは以前、アネモネの花の空間に引きずり込まれた場所で少し苦い思い出の場所だ
だが隣には真夏にも限らず涼しい顔で歩く魔女がいる
何かトラブルが起きても俺とこの子がいれば平気だろう
横顔をじっと見つめていると、視線に気がついた彼女が、ん? と少しおどけた顔で見上げてくる
なんでもないその顔が美しくて見蕩れていたとはいえず、誤魔化すように彼女の髪を手で崩した
魔女「なにするんですかぁ!」
勇者「なんとなくな」
魔女「なんとなくでするなっ!」
街ゆく人々は皆彼女に視線が釘付けになる
本人は全く気にしていないようだが、やはりこの埒外の美貌をもつ美魔女には男も女も魅了されてしまうのだろう
勇者「お前、よく見られるな」
魔女「あなたが頭をぐしゃぐしゃにするからですよ」
勇者「サーシャが綺麗だからだ」
魔女「な、なんですか? 褒めたって攻撃魔法しか出ませんよ」
勇者「いらん」
勇者「そういえば400年前はお前みたいに綺麗な人ばっかりだったのか?」
魔女「え? いえ、そんなことないですよ。 今と変わらないです」
勇者「そうなのか」
魔女「知ってます? 貴族とか王族って見た目がいい人ばかりじゃないですか」
勇者「そうだな」
魔女「その理由考えたことあります?」
勇者「見た目がいい人同士が子を成すからだろ」
魔女「もちろんそれもありますよ。 でもそれだけじゃないんですよ」
魔女「祝福魔法がされてるんですよ、身分の高い家系は」
勇者「なんだそれは。 聞いたことないぞ」
魔女「今は失われた魔法ですからね。 それによって良い家柄では見た目が美しい子が生まれやすいんですよ」
勇者「それがずっと受け継がれてると?」
魔女「ですです」
勇者「ふーん」
魔女「ちなみに私は400年前、アリアハンの王家に生まれた妾の子ですよ」
勇者「……はぁ!? お前、王家の子なのか!?」
魔女「えぇ、色々ありましたけど。 生まれは400年前の国王の子です。 祝福がたまたま強くかかって生まれたようで、そのせいでかなり国が荒れました」
勇者「うわぁとんでもないこと聞いたわ」
魔女「秘密ですよ?」
勇者「おう…… ってことはだぞ?」
勇者「神の祝福の勇者と、強い祝福受けたお前が結婚したら子供はどうなる?」
魔女「人類史上最高に可愛い子が生まれるかも知れませんね」
勇者「よし結婚しろ」
魔女「するか」
いつものやり取りにカラカラ笑う彼女は今日も美しい
大通りの一軒の服屋にはいる
貴族が買い物に来るような仕立てのいい物が置いてある店だ
中はマネキンにドレスが着せてあり、そのどれもが一級品のものであるのは誰の目に見ても明らかだ
魔女「で?」
勇者「お前に合う服を見繕うんだ」
魔女「だから服には困ってないと言ってます」
勇者「少し黙れ」
魔女「少しは話を聞けっ!」
アルスは色々なドレスを手に取り、サーシャの体に合わせていく
マネキンのようになされるがままにされるサーシャはげっそりとした顔で呻いている
勇者「うーん…… この黒い方と白い方どちらがいいだろうか」
魔女「自分で買うので自分で選ぶばせてください」
勇者「それは構わんが俺も買うぞ」
魔女「着るとは言ってません」
勇者「着なきゃどうなると思う?」
魔女「店員さーん、この人勇者じゃなくて魔王ですー!」
勇者「うーん、よし両方買おう」
魔女「って待ってくださいよ裾短くないですかそれ」
勇者「流行りだ。 お前は足が長いんだから出していけ」
魔女「お腹の風邪ひいたらアルスのせいです」
勇者「お前でも風邪なんて引くんだな」
魔女「……引かないんですよねぇこれが」
勇者「……なんなんだ」
「採寸してオーダーメイドでも作れますが」
勇者「よし」
魔女「ええっ! いやです!!」
勇者「じゃあお願いします」
「畏まりました」
魔女「いやだ、いやだぁー……」
別室に引きずられて、たっぷりと体をいじられたのだろう
出てきた魔女は濡れた猫のように頼りない姿になって出てきた
勇者「なんだその顔は」
魔女「…………」
勇者「ふむ、お前ちゃんと食ってるのか? 腰細すぎだぞ」
魔女「ほっとけ」
勇者「なのに意外と胸がある」
魔女「ちょっと、どこ見てるんですか」
勇者「ふむ」
魔女「早く帰りましょうよー」
勇者「最後にこれだけ着てくれ」
魔女「うわーん」
城に戻ってきたサーシャはげっそりと疲れていた
彼女は、アルスに言ってはいなかったが連日徹夜で新たな魔法を開発し、構成を考えていたのだ
ぐったりと疲れているところにアルスに連れ出されてまさにげっそりである
死人のような覇気のなさに彼女を知る城の者たちは驚いて目を丸くする
魔女「あー暑い」
将軍「おう、サーシャ殿」
魔女「あー……カインさん」
将軍「ど、どうしたんだ」
魔女「ちょっと徹夜続きのところをアルスにトドメを刺されまして」
将軍「あぁ……」
サーシャの苦労が分かってしまい、カインも溜息が漏れる
暑さにもやられたのか、彼女は石に足を取られ、もつれさせた
カインが彼女を抱きとめ引き寄せる
腰に腕を回し、近づいた顔と顔
見ていた周りの兵士達から黄色い歓声が上がった
魔女「あ、ごめんなさい」
将軍「いや、怪我はないか?」
魔女「大丈夫ですよ。 少し休みたいと思います」
将軍「あぁそうするといい」
フラフラと頼りない足で部屋へと帰っていく彼女
周りの兵士から親しまれる将軍はやし立てられる
「リリスさんに言いつけなきゃな」
将軍「勘弁してくれ。 それよりアルス様にバレたら殺される」
「ははは」
この時はまだ、彼は笑っていられた
すぐに烈火の如く怒り狂ったアルスがやって来て、皆を震え上がらせたのはしばらく城の中で話題となった
やっと部屋で休もうとしたサーシャは外行きの服を脱いで、ネグリジェを羽織った
魔女「あー……3日ぶりのベッドだぁ」
ベッドに頭からダイブして目を閉じる
すぐに眠気が彼女の意識を沈めていく
眠りとうつつの合間、まどろみの中でコンコンとドアがノックされる
やっと寝かけたのに、と憤慨する彼女は無視を決め込んだが、ドアの奥から震える声で用件を伝えてきた侍女のただならぬ雰囲気に彼女は顔を顰めた
………………………………
魔女「お呼びですかアルス様」
不機嫌な声音を隠そうともせずに彼女は寝台に座って書類に目を落としているアルスを睨んだ
彼は無言で手招き、書類を置いた
魔女「もう、なんのご用ですか?」
勇者「お前、いいご身分だな」
魔女「はい?」
彼は乱暴に彼女の手を引き、バランスを崩した彼女は彼に激突する
されたことのない暴力的な抱き寄せ方に目を丸くした彼女は彼を見上げた
その手にあったのは銀色の腕輪
それを彼は、サーシャの右腕に嵌めた
怪訝に思った彼女はすぐにその意味に気がつく
魔法を構成することが出来ないのだ
体内の魔力が纏まらず自分にかけていた守護魔法さえ音を立てて崩れていく
魔女「アルスッ!!」
勇者「俺が旅で手に入れた封魔の腕輪だ。 魔法の絶対防御の防具だが、自分も魔法が使えなくなる代物だ」
魔女「なにするんですか!」
非難の声をあげ、彼を睨みつけようとしたサーシャは戦慄する
今まで見たこともない怒気を孕んだ顔でアルスは彼女を見下ろしていたからだ
彼のこんな表情はみたことがなく、彼女の人生以来初めて本物の恐怖を覚えた
膝が震え、全身に鳥肌が立ち力が入らない
鋭い彼の瞳に吸い込まれ、目をそらすことが出来ないのだ
魔女「アルス……?」
声は震えてとても自分の声とは思えなかった
喉がかすれ、声が出ない
勇者「お前はこの前、人を愛する気持ちが分からないと、そう言ったな?」
勇者「俺は気長にお前を待つつもりだったが…… まさか他の男に手を出す奴だとは思っていなかったよ」
魔女「な、なにを?」
目をそらしたくても、顎を掴まれた顔は動かすことが出来ない
血の気が目に見えるほどに引いていき、真夏なのに寒さすら覚える
勇者「俺はお前を他の男にやるつもりはない」
サーシャは初めて事態の理由がわかった
先のカインに抱きとめられ顔が近づいたのをアルスが見て誤解をしたのだろう
弁明の言葉を言おうとするが彼は止まらない
サーシャの両の手首を纏めて彼は左手で掴み身動きを取らせない
空いている右手が横腹から脇、そして胸元まで伸びる
魔女「あっ……いや……」
恐怖に震える子供のように彼女は怯える
だが瞳に映る魔物のような男の怒気は収まるところを知らなかった
耳朶を噛まれながら耳元で囁かれる
勇者「お前が分からないようだから、分かるように骨の髄まで刻み込んでやる」
魔女「ひゃぁっ…… やだ、やだぁ……」
身をよじる彼女は、顔面蒼白となって震えている
目には涙が浮かび、いやいやと頭を振りながらアルスを視界に入れないように目を強く瞑っていた
勇者「おい」
顔を軽く叩き、きつけるが彼女のパニックは止まらない
叩かれたことに気付きもしないのか、ガタガタと震えは止まらず、痙攣発作のように泡を吹きながら目は半開きになった目は焦点を合わさない
魔女「やめてっ!! いやだぁっ!」
魔女「助けてっ! いやぁっ!!」
封魔の腕輪を持ってしても、周りに魔力が溢れる
制御されずに放たれた魔力は部屋の中を、暴風の嵐の中のようにする
紙が空をまい、窓がガタガタと揺れ、ついには割れる
装飾品が割れ、机すらも床を離れて浮き上がった
彼女のパニックは収まらない
ガクガクと震えながら溢れる涙が頬を伝う
押さえつけていた彼女の腕を離し、震える体を強く抱きしめた
だがそれでも彼女は止まらない
勇者「サーシャ」
魔女「うあぁっ! やだぁ! ごめんなさいっ! アルス、やだっ!!」
勇者「サーシャッ!!」
強く名を呼ばれ、彼女から溢れ出す魔力は止まる
怯えきった目で恐る恐るこちらを見た彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになり魔女ではなくただのか弱い女の子の姿だった
その頬を、確かな暖かい手で撫でる
勇者「サーシャ、すまなかった」
魔女「ひぁっ……」
再び彼女を引き寄せ、腕の中に収めた
震える小さな背中を軽く叩きながら、空いた手で綺麗な銀髪を撫でる
魔女「ひっ、うぅっ…… ひっく……」
勇者「…………」
魔女「うわぁぁん…… ひっぐ、えぐっ……」
彼女は魔女になって初めて本気で泣いた
止まらない涙が彼の胸を濡らすが、そんなことをアルスは気にせず強く抱きしめた
泣き止むまで彼は抱きしめ、暖かい手で頭を撫で続けた
勇者「すまなかった、分からせてやるだけのつもりだったんだが」
魔女「ほ、本気で怖かったっ!」
勇者「悪い」
頭を下げた彼に、彼女は目を丸くした
今まで言葉で謝られることはあったが、初めて彼が素直に頭を下げたのだ
魔女「いえ、こちらこそ、すみません」
勇者「サーシャが謝ることじゃない」
魔女「頭、あげてくださいよ」
彼の首に抱きつき、その額にキスをする
目を真っ赤にした彼女がアルスの唇を奪った
熱を持った唇は強く押し付けられお互いをついばむように激しく絡む
魔女「……ぐすっ」
勇者「…………」
魔女「アルスが怒ってた理由、誤解ですから」
勇者「なに?」
魔女「私が寝不足で足をもつれさせたのを、カインさんが支えてくれただけです」
魔女「見てる角度が悪かったら…… 抱き合ってキスしてるように見えたのかも知れませんケド」
勇者「あー…… そうだったのか」
魔女「私がこうやってキスするの、アルスだけですよ」
魔女「え、もうボコボコにしてきちゃったんですか」
封魔の腕輪が外され、痺れる手を揉みながら彼女はまたも驚かされた
勇者「悪い」
魔女「それはカインさんに言ってくださいよ…… うわー私のせいでごめんなさいだ」
勇者「治してやってくれ」
魔女「そうします」
勇者「何か言うことはあるかと問うたら、何も弁明することはありませんと言われた」
魔女「あるだろ! 弁明しかないだろ!!」
勇者「もう少しでリリスにも告げるところだった」
魔女「やめてくださいよあの二人は離れられない運命になってるんですから」
勇者「俺とサーシャみたいにな」
魔女「どこも運命じゃないですねそれ」
サーシャは寝台に横になる
震えていた自分の体を抱きなから布団にくるまった
魔女「なにしてるんですか。 アルスも寝るんですよ」
勇者「…………」
逆らえない彼は彼女に促されるまま横になる
サーシャは彼の腕の中に這いより、その腕の中に収まると満足そうに鼻を鳴らした
魔女「あったかい……」
勇者「暑いだろ」
魔女「涼しくなる魔法かけてあげますから、こうしててください」
勇者「…………」
魔女「なに、いやなんですか? 私をあんなに泣かせておいて」
勇者「はいはい」
魔女「はいは1回」
勇者「はーい」
魔女「殴るよ」
勇者「はい……」
魔女「ふん……」
勇者「……サーシャ」
魔女「はい?」
勇者「俺は、お前を愛してるんだ、どうしようもなくな」
魔女「……私も」
勇者「え?」
魔女「私も、きっと愛してるんだと思います」
勇者「お前……」
魔女「多分、好きです」
勇者「待ってくれ、感動して泣きそうだ」
魔女「ちょ、ちょっとやめてください! 多分ですから!!」
魔女「考えたんですよ、アルスが私以外の女を抱いてるところを」
魔女「そしたら、すごく胸が痛くて、悲しくて…… ああやって怒ったアルスの気持ちが分かりました」
魔女「これがただの独占欲なのか愛なのか分かりませんけど、でもどっちにしても今まで味わったことのない気持ちです」
魔女「だから、この素敵な気持ちを、好きって言うんだと思っておきます」
魔女「だから……その……」
魔女「好きですよ、アルスっ」
魔女「アルス!?」
勇者「な゛んだ……?」
ドアをすごい勢いで開けて入ってきた魔女にアルスは顔を顰めた
魔女「あ、なんだ風邪ですか」
勇者「なんだって……ゲホッ、な゛んだよ」
魔女「いえ、生命力が弱まってるのを感知して飛んできたんですよ」
勇者「ビビるだろ゛、ドアは、ノックして開けろ」
魔女「はーい」
ぷかぷかと浮かびながら部屋の窓を開ける魔女
そのままテキパキと動いていく
魔女「もーアイリスの部屋みたいに空気悪いですよ」
勇者「ほっとけ」
魔女「あはは、ほっといたら寂しいくせに」
勇者「んぅ……」
水差しを手に取り、中身を窓から捨てる
魔法で作った水を新しく水差しに溜め込み、彼の体を支えながらゆっくりと飲ませた
魔女「うわっ、あつ!」
勇者「風邪だ、から゛な」
嗄れた声にサーシャは苦笑する
額と額をくっつけ、あちーと言いながらパタパタと手で仰いだ
魔女「ちょっと大丈夫ですかこれ? 熱が出すぎると人間って死んじゃうんですよ」
勇者「知らん゛」
魔女「んもーお腹出していびきかいて寝るからです」
勇者「ん゛なわけ、あるか」
カラカラと笑いながら彼女は彼の服を脱がせていく
汗に濡れた寝間着を脱がせるとただ、それだけで肩で息をしている彼を支えた
魔女「はい、着せますからね」
勇者「すまないな、めまいがして」
魔女「大丈夫ですよ、はい」
ようやく着替え終わったアルスを彼女はまたゆっくりと寝かせた
魔女「侍女に声をかけて氷枕持って来ますら」
子供を諭すような優しい声音に彼は安心する
頬に伸ばされた手がひんやりと冷たく、気持ちがよかった
再び眠りに落ちていったアルスをみて、サーシャはその頬に口付けする
そして氷枕を貰いにいこうと部屋を出て、再び戻ってきた時にはアルスの姿はそこにはなかった
魔女「くそぉっ!!」
将軍「落ち着くんだ」
怒り狂ったサーシャが魔力を溢れさせながら水差しを叩き割る
侍女は怯え、控える兵士達も緊張した面持ちで彼女を見守った
将軍「アルス様はいつ?」
魔女「ついさっきです。 私が部屋を開けた5分ほどでいなくなりました」
将軍「ご自分でどこかに行かれたということは?」
魔女「とても動けるような体調じゃない! ベッドだって全く乱れていないんです!」
魔女「誰かが連れ去ったに決まっています!!」
悲痛な彼女の叫び声に部屋には緊張が走った
カインの傍に立つリリスでさえ、彼女の怒り様に身体を震わせる
魔女「力技ですが探知魔法でアルスを探します」
将軍「もし国外までいかれていたら?」
人や物探しに使うような探知魔法は長い距離を使えないということはこの世界の常識だった
せいぜい徒歩1日分、同じ街での中での探し物というのが本来の使い方だ
それを心配したカインに、魔女の瞳をしたサーシャが睨みかかる
魔女「無理にでも見つけ出します。 見つけ次第奪還しに行きますよ」
将軍「分かった」
有無を言わさない彼女の迫力に後ろにいた誰も反論など出来るはずもなかった
サーシャは集中する
魔法の範囲を広げつつ、見逃さないように全てを見通していく
アリアハンの国にはいない
街道、森の中、洞窟全て見ていくが近場にはいないようだ
探すのに膨大な魔力を使い、しかも範囲全体を視野に入れるため脳がはち切れそうになるこの魔法
だが彼女は魔法の手を休めるわけにはいかない
隣町にもなにもなかった
山を越え、海をも越えていく
ここまでで既に時刻は正午を超えた
焦るな、見逃したらそれこそ手はつけられない
全身から汗が吹き出し、彼女の美しいドレスは水を吸い重たくなる
脳内を掻き毟りたくなるほどの不快感と焼け付くような焦燥感
いない、いない、いない!!
色々な街を見た
でも彼はいないのだ
どこだ、どこにいる!!
目と魔法は休められない
一度発動し、取りやめたらまた一からやり直しになってしまう
サーシャは頭がおかしくなりそうにながら必死でアルスを捜す
そしてついに見つけた
いたっ!!
そう叫んだ時には侍女が走り兵たちを呼びに行く
カインもゆっくりと立ち上がりサーシャを労った
肩で息をするサーシャは、虚ろな目で言葉を紡ぐ
魔女「砂の街、アッサラームです」
魔女「そこで、戦ってます」
突如転移魔法で連れてこられた知らない石畳の床
目隠しをされ、両手足はしばられ身動きが取れない
用心深い犯人は猿轡まで噛ませ、魔法を詠唱させられないようにしていた
「こんにちはアルス様」
勇者「んー! んんっ!」
聞こえてきたのは若い男の声だ
その声には転移魔法による疲労の色が濃く、ややイライラしている様子を隠さない
「あなたには、死んでいただきたいんですよね」
勇者「んんっ!! んーーー!!」
「まぁ、少し聞いてくださいよ。 僕の話もさ」
アルスにいきなり左足に激痛が走った
焼け付くような痛みに彼はナイフかなにかで突き刺されたのだと分かった
勇者「んんんーーー!!!」
「少しは話を聞いてくださいよ、ね?」
同じように右足を刺され、そしてわざとゆっくりそのナイフを揺らす
肉を抉られ、そしてそのナイフを引き抜き回復魔法をかけられる
「さ、分かりました? あなたの生死は僕の手の中にあるんです」
「ここで殺さないのは僕の気まぐれ。 少しでも生き延びたいのなら僕の話聞いてくれますよね?」
勇者「…………」
「いやぁー話が分かる人で良かったー!」
「苦労しましたよ、あなたの水差しに薬を混ぜるのは。 そして動けなくなって頂いたはいいんですけどあの魔女がねぇ」
勇者「…………」
サーシャのことを魔女と知っているのは俺しかいないはずだ
なのにそれでも魔女だと知っているということは、こいつは別の魔女に入れ知恵されたということだ
かなり、厄介なことになっているのは明らかだった
「隙をつくのに苦労しました。 上手くいってよかったですよ」
勇者「…………」
「僕としてはあなたにここで死んでいただきたいんですけど、あのお方が余興を楽しもうと煩くてですねぇ」
勇者「…………」
こいつは三流だな
勝ったと慢心して情報をペラペラと喋る愚か者
チャンスがあれば抜け出すが……
なにしろ体がだるくて頭もろくに動かない
ならサーシャが見つけてくれるのを信じるしかないだろう
彼女を信じて、自分はなるべく情報を引き出しつつ時間を稼ぐしかない
「さぁ、生きたいなら自分で剣を持って戦ってくださいね」
「そのフラフラの体でどこまで戦えるか、見物ですね」
勇者「………?」
目隠しを乱暴に取られるとそこはコロシアムだった
そこでやることなど、一つだろう
「ですが、あなたも相当に強いですからねぇ」
「これをあげますよ」
勇者「んんっ!!?」
次は足に針を刺された
そこから少しピリッと痺れるような感覚を覚えた
考えるまでもなかった、これは神経毒かなにかだろう
なるほど時間がかかればどんどん麻痺していくというわけだ
勝ち続けてもこの毒が回ればいずれ動けなくなり負けるということか
どこまでも舐めたことをしてくれるやつだ
「では頑張ってくださいね」
拘束具がすべて取られ、無名の代わりのショートソードを放り投げられる
勇者「はぁっ、はぁっ、お゛前何者だ」
「別にそれは言っていいと言われてますしね。 いいでしょう教えてあげますよ」
「僕は北の魔女の僕と言ったところです」
勇者「ははっ、よ゛く魔女にモテるな」
「羨ましい限りですね」
「では、頑張って生き延びてくださいね。 それでは」
盛られた毒による感冒症状でで身体はフラフラだ
相棒の無名ではなく頼りないショートソードを引きずりながら闘技場に入っていく
すると満員になった観客席がわぁっと湧き上がる
くそったれと吐き捨て、気だるく剣を構える
勇者「かがってこい゛」
………………………………
わああああああっ!!
アルスがまたも魔物を切り伏せ、観客たちが盛り上がる
血振りをした剣は、既に刃がぼろぼろになっている
下手な剣の当て方をしたら折れてしまいそうだ
そして体力ももう少しで底をつきそうだ
戦い始めてどれだけの時間が経っただろうか
毒によってどんどんと悪くなっていく一方の体調は、全身に重りをつけられているかのように重たい
しかも徐々に神経毒が回ってきたのか、手足が痺れて油断をしたら剣を手放してしまいそうだ
そんな、満身創痍な状況で新たな魔物が放たれる
手が6本、それに全て剣を携えた魔物の騎士だ
ここに来て、とんでもない魔物と対峙していよいよアルスは死を覚悟する
剣を落とさないよう両手で握って構え、強敵を見据えた
動き出した騎士に隙はない
上段に構える2本
中段から突き刺すように構えられた2本
下段から全ての攻撃に対応出来るよう構えられた2本
どう攻めるか、考えている暇はない
騎士の突進を横に回避した瞬間、下段から切り上げられる
剣を横から叩き、滑らせていなすが、構え直す間もなく上段から剣が振り下ろされていた
体を捻って回し蹴りの要領で騎士の腕を弾いてその剣戟を逸らすが次は横から3本の剣が振られている
勇者「こりゃ厳しいな゛」
勇者「ライデイン゛」
勇者だけが使える雷魔法は薄暗いコロシアムの中を昼間のように明るく照らした
轟音に思わず身を震わせながら皆身を屈める
雷は魔物に直撃し、あまりの威力に魔物が怯む
白煙をあげながら体の一部を焦げさせた魔物は前を向く
そこには既に剣を振るっている勇者がいた
右手の上中段の腕をまとめて両断する
血飛沫と、醜い叫び声をあげた魔物が痛みにのたうち回る
勇者「お゛前の剣借りるぞ?」
柄から折れてしまった剣を投げ捨て、魔物が担いでいた剣を新たに構えた
怒り狂った魔物は肉薄し、一振り、二振りとどんどんと剣が走る
それを確実に捌きながら身を翻す
剣戟を避けて、回転しながらの一閃
勇者「ギガスラッシュ」
光に輝く剣が魔物を薙ぐ
キラキラと光の粒子が舞い、ぱりぱりと小気味の良い音を立てる
神の一撃ともいえるその技を持ってして魔物は息絶えた
魔力はまだある
だが体力はついに限界で立っているのもやっとだ
神経毒がまわり、ついには剣を落としてしまう
あぁ、やばい
意識が飛びそうだ
そう呟いた瞬間、新たな敵が放たれた
それは半霊の体に恐ろしい骸骨の顔面、青白い炎を纏うリッチだった
勇者「ま゛じか」
ギェェアアアアアア!!
魔物の聞く者を震わせる憎悪の声に会場は静まり返った
リッチが持つ骸骨の杖が振るわれると豪炎が放たれる
これを避けるのは、今の自分の体力では難しいだろうと分かっているアルスはその炎の中を突き進んでいく
身が焼かれ、皮膚が溶けて筋肉が焦げていく
熱によって無理やり収縮させられる筋繊維に鞭打ち、地獄の中を歯が砕けるほど食いしばりながら突き進む
薄くなった酸素を、吸い求めるようにひたすら前へ
そして悲鳴をあげる体を気合で動かし、強く一歩を踏み込む
煌めく剣閃
アルスの埒外な力で振るわれた剣は音すらも置き去りにする不可視の剣戟
硬度が極限まであげられたリッチですら骨肉を断たれ、血のような青白い光を撒き散らして悶えた
だがアルスもまた度重なる連戦で体力は限界を超えている
霞んで揺れる視界の中で敵に向かってひたすら剣を振るう
だが目の前の魔物はなかなか倒れてはくれない
リッチの魔力が膨れ上がった
だが避けている余裕すらもない
骸骨の下顎がかちかちと噛み合った
発声器官などなくても、音にならない言葉だとしてもそれが強力な呪いの言葉だと本能で分かる
聞いたもの全てを死に招き入れる災厄の言葉、即死魔法
耳を塞いでも既に遅かった
心臓に誰かが手を伸ばしてくるような不快な感覚
殺される、と分かる最悪な気分だ
心臓が握りつぶされる
胸がぎゅっと締め付けられドクドクという鼓動を無理やり押さえつけられる
肺も息を吸わず目の前は真っ暗になっていく
負けないという意志が砕けそうになる
だがこいつを倒して、なんとしても帰らねばならない
もう一度、愛しの魔女に会うために
もう一度、短気な魔女に求婚をするために
いつか、愛しの魔女と愛の言葉を囁き合うために
最後の力を振り絞って、全ての力をこの言葉に乗せて
ギガデイン
眩く目を開けていられないほどの幾筋もの光がリッチに降り注ぐ
その轟音と衝撃は会場にいる観客すらも吹き飛ばすほどだ
雷の嵐が止み、白煙の中に雷の残滓が残る
リッチは跡形もなく消し飛んでいた
だがそれと同時にアルスもまた即死魔法により心臓の動きが止まっていた
血が胃液と混ざりどす黒くなって口から溢れた
静かに彼は目を閉じる
将軍「全員動くなっ!!」
アリアハンの兵たちが会場を取り囲む
そしてカインを始め、兵たちが続々となだれ込んだ
魔女「アルスっ!!」
そして魔女もまたコロシアムに入る
真ん中で血を吐いて倒れる彼に魔法を使うのも忘れて走り寄った
魔女「アルスっ!! アルスっ!!」
魔女「あぁ、待って、いやだ死なないで」
魔女「起きて、お願い! アルス、だめ」
魔女「どうして、私を置いていかないで!」
魔女「蘇生魔法、私じゃ使えないよ…… 誰か、誰か! お願いします、誰か!!」
「ふわははは!! 無駄だ! この街の僧侶は既にこの街を見限って旅立ったわ!!」
カインに取り押さえられた北の魔女の僕はアルスの亡骸を抱くサーシャに、絶望的な言葉を突き刺す
魔女「黙れええっ!!」
「ふわははは!! ざまぁみろ!!」
魔女「アルス、やだよ…… アルス……」
魔女「嘘だと言ってよ…… これからじゃないですか」
魔女「私が生きてきた400年の意味があなたといたら分かると思ったんですよ。 これからあなたと生きていこうってそう思ってたんですよ」
魔女「私たちの幸せを見つけていきたいって、そう思ったんですよ」
魔女「好きです…… 今なら心の底から本当にそう言えますよ」
魔女「なのに、なのになんで起きてくれないんですか! どうして聞いてくれないんですかっ!!」
魔女「あなたと沢山話したいこと、いっぱいあるんです。 あなたに好きって言いたいんです、聞きたいんです。 あなたと色んなことをしたいんです」
魔女「なのに、こんなのってあんまりですよ……」
魔女「アルス…… 結婚しろって、言ってくださいよ」
魔女「ふざけて、いつもみたいに怒らせてくださいよ」
魔女「一緒にこれからのことを夢見させてくださいよ……」
魔女「アルス…… いやぁっ……」
魔女「死んじゃ、嫌だぁ……っ!!」
彼女の悲痛な叫びをコロシアムにいる誰もが聞き入った
すすり泣く彼女に声をかけられる者などいる訳もなく、皆が勇者の戦う姿を声を上げて喜んで見ていたことを恥じた
魔女「アルス……アルス……」
勇者の亡骸を抱きしめて、声を上げて泣く彼女は魔女ではなく一人の女だ
ようやく魔女としてではなく、一人の女としての生き方の喜びを知った側から、彼女はそれを失った
一人の女がコロシアムに入ってくる
真っ直ぐに闘技場へと降り立ち、サーシャの肩に優しく手を置いた
賢者「大丈夫です、彼は死なせません」
魔女「え……?」
賢者「どうかご安心ください。 神は私をここに導いてくださいました」
魔女「あなたは……」
賢者「私は修道院にて賢者を務めております、ティアと申します。 かつてアルス様と共に魔王を打ち倒した1人です」
魔女「あぁっ…… アルスは……助かるんですか……?」
賢者「えぇ。 神がまた彼に生命の息吹を吹き込んでくださいます」
賢者は優しい声で命の言葉を紡ぐ
聞くだけで心地よく、癒されていくような不思議な感覚
その音が魔に殺された者の耳にも届き、生命を吹き込んでいく
生命の旋律は心臓の音を奏でさせる
柔らかな光が冷たくなった体を暖め、血を通わせる
ふわりとアルスの身体が浮き、彼の目が開いた
勇者「あ……?」
魔女「あぁっ…… アルス……」
魔女「アルスッ……!!」
魔女「よかった…… 本当によかった……」
魔女「本当に助からないと思いました……! もう二度と抱きしめてもらえないんだと思いました……」
勇者「あぁ、すまない」
魔女「許さない、絶対に許しません」
魔女「こんなに悲しい思いさせて、絶対に許さないです」
勇者「じゃあ、責任取るよ。 俺と結婚しよ」
魔女「ぐすっ…… それについては検討させてください」
勇者「なんだよ……」
思い切り抱きついて泣く彼女を彼は抱きしめる
密着しない部分がないように、頭から足まで絡めてお互いの生を確かめ合うかのように強く強く抱き締めた
生き返らせてくれたのだろう、久しぶりに会うティアに礼を言う
勇者「ありがとうティア。 お前がいなければどうなってたか」
賢者「いいえ、アルス様。 あなたが戦い抜いた一秒が。 彼女の愛と信じた結果が、こうしてあなたに再び生を取り戻せたんです」
勇者「はは、相変わらずだな。 言ってることが難しいんだよ。 もっとシンプルにいこうぜ」
賢者「お二人の力が奇跡を生んだのですよ」
魔女「奇跡……?」
賢者「はい」
勇者「ティアの蘇生がすごいだけなんだけどな」
魔女「ねえええええ台無しだよっ!?」
賢者「生き返ることを信じる思いがなければそんな奇跡起きませんよ」
魔女「はぁ、もうあなたって人は……」
勇者「ははっ、助けに来てくれるって信じてたぞサーシャ」
魔女「……調子いいんだから。 はぁ、おかえりなさいアルス」
勇者「ただいま、サーシャ」
明日は更新なし
起きると外は明るく太陽もかなり高いところまで昇っていた
隣には猫のように丸くなって安らかな寝息を立てている彼女がいた
体を起こすと布団がめくれ、外気に触れて冷たく感じたのか体をさらに丸めて小さく呻いた
一糸纏わぬ姿はそれだけで美しく、どんな絵画の中の女よりも美しい
頭を撫でると、彼女は目を薄らと開け寝ぼけ眼で俺を見る
勇者「おはよう」
魔女「おはよ……」
再び重たい瞼が閉じようとしていく
彼女はやはり寝起きが悪いのだ、いつもなかなか覚醒しきらない彼女は、昼寝を邪魔されて不機嫌になる子供のようだと思う
睡魔に負けじと、必死に目を開けようとするのだが、開いては閉じてを繰り返し、やはり瞼は徐々に閉じられていく
勇者「起きろ」
魔女「んぎゃっ!」
脇腹を指先でつつく
突然のくすぐったさに彼女の身体が跳ね、ヘッドボードに頭を打ち付けてゴンっと音を立てる
魔女「ぐぉぉぉ……」
頭を押さえて蹲る彼女をみて、アルスは大人げなく爆笑するが、彼女は短気なのだ
厄介なことに寝起きだろうが魔法は詠唱できるのである
勇者「どうすんだこの部屋」
魔女「私は悪くないです」
勇者「激しすぎるんだよ」
魔女「じゃあ怒らせないでください」
勇者「…………」
魔女「なんか、初めてした次の朝って幸せいっぱいって感じで本には描かれるじゃないですか」
勇者「…………」
魔女「ぜんっぜん幸せじゃない!!」
勇者「愛してるよサーシャ」
魔女「遅くない!? 今求めてないよその言葉!」
勇者「カインに聞いたぞ。 俺の亡骸を抱いてありったけの愛の言葉を叫んでたらしいな」
魔女「んなっ!?」
勇者「なぜ死んでる俺には言えて、生きてる今言えないんだ」
魔女「魔女は気難しいんです」
勇者「いいからこい」
魔女「……許すまじカインめ」
恨めしい顔をしながら、しょうがなく愛しの彼に抱かれる
だがそんなこともすぐにどうでもよくなったようだ
好きな人に包まれる
自然と求めるように彼の背中に手を回し、唇を重ねた
勇者「ん?」
普段口付けをする時は、目を瞑っている彼女が、じっと目を見つめてきていることに気がついた
優しい瞳がきゅっと線のように細くなり笑みが零れていく
魔女「愛してますよアルス」
城の中を手を繋いで二人は歩く
すれ違う者達が驚いた顔をするが、すぐに笑みに変わっていくのは気のせいではないはずだ
サーシャもそれに気がついたのか、斜め上にこちらを見ながら、少し恥ずかしそうに笑った
魔法使い「あら、あらあらあら?」
魔女「あ、ドロテア」
魔法使い「ちょっとちょっと、そういう感じになったの?」
魔女「えぇ、まぁ」
勇者「こいつ、夜は激しいタイプだぞ」
魔女「はぁぁっ!? 何言ってるんですか!?」
顔を真っ赤にしながら胸板をボコボコ殴りまくる彼女は呻く
魔女「信じられないこの人……」
魔法使い「仲が良くてなによりじゃないの」
魔女「もうこのお城に住めません」
勇者「逃がさないけどな」
魔女「またそういうこと言う!!」
魔法使い「あっはは! いいなぁ幸せそうで」
魔女「どこがですかぁぁっ!!」
頭を抱えて蹲った魔女をアルスは引きずっていく
魔法使い「ティアならしばらくここにいるって」
勇者「分かった」
魔法使い「後で私も顔出すわ」
賢者「おはようございます」
勇者「おはようティア」
魔女「おはようございます」
賢者「お身体は何ともありませんか?」
勇者「あぁ、ありがとうティア。 改めて礼を言わせてくれ」
魔女「本当にありがとうございます」
賢者「いいえ、私はお手伝いさせて頂いただけですよ」
勇者「本当に世話になった」
賢者「ふふ、サーシャ様の想いの力ですわ」
魔女「…………」
勇者「なぁ、それみんなが言うんだけどこいつ何言ってたんだ」
賢者「それは御本人からお聞きくださいませ」
魔女「黙秘します」
勇者「言え」
魔女「言わないっ!!」
賢者「一つ言えるのは、アルス様はとても想われているということですよ」
勇者「……そうなのか」
魔女「こっち見るな!」
賢者「ふふ、想い人の前で素直になるのは難しいものですわね」
勇者「……素直になれよ」
魔女「いつも素直です」
勇者「それはこっち向いてから言え」
魔女「…………」
勇者「というかお前でも蘇生魔法使えないんだな」
魔女「魔法の質が違うんですよ。 教会の人々が使うのは神の力を借りる神聖魔法です」
魔女「私やドロテアさんのような魔法は世界に溢れる魔力を単純に力に変えて事象を及ぼすものなんです。 似てるようでその本質は全く違うんですよ」
勇者「ふーん」
魔女「だから私が使う回復魔法とティアさんが使う回復魔法は別物なんです」
魔女「応用が利くのは私たちの魔法なんですけどね。 神聖魔法は世界の法則をまるっきり無視した埒外のものなんですよ」
忌々しげに吐き捨てるサーシャをみてティアが笑った
恐らくティアはサーシャが魔女であることに気がついているのだ
それでも、ティアは一人の助けを求める力ない女として接し、助けを差し伸べた
その彼女の変わらない優しさに俺は少し嬉しくなった
魔女「何笑ってるんですか?」
勇者「ティアが相変わらず優しいと思ってな」
賢者「いいえ、神の教えを信じる者であれば当然のことです」
魔女「え、今の話の中でそう思うことありましたか」
魔女「今お茶を入れますね」
賢者「あ、いえお気になさらないでください」
魔女「しますよ……」
苦笑する魔女は、いつもなら自信満々で我最強という感じだがどうにもティアには頭が上がらないようだ
ざまぁみろ俺の仲間はすごいんだぞ、と思って見ているとまるで俺の心を読んでいるかのように冷たい目で睨みつけられた
魔法使い「お、集まってるわね」
勇者「よぉ来たのか」
魔法使い「だって久しぶりにティアに会いたいんですもの、ねーティア」
賢者「ねー」
魔女「わっ、じゃあ積もる話もあるでしょうしココアでもいれますね」
魔法使い「いいわねー賛成」
賢者「ご馳走になりますわ」
魔女「はい」
勇者「居心地悪い、帰りたい。 嫌な予感しかしない」
魔法使い「何言ってんの、楽しくお話するだけじゃない」
勇者「絶対そんなわけない」
魔法使い「でね、よくティアがカインにちょっかいかけられてたのよ」
賢者「懐かしいですわね」
勇者「あれは完璧ティアに惚れてたからな」
魔女「へー4人は幼馴染みなんですね」
魔法使い「でね、カインがついにティアを泣かせたことがあったのよ」
賢者「そしたらドロテアったら、魔法でカイン様をボコボコにしてしまいまして」
魔女「うわぁ」
勇者「あいつの女嫌いはこいつのせいだ。 嫁が見つかってよかったよ」
魔法使い「え゛、あいつ結婚したの?」
賢者「私は拝見させて頂きましたよ。 とてもお綺麗な方ですね」
勇者「あぁ、淫魔と結ばれた」
魔法使い「はあぁぁ!? なんだって淫魔? 死んじゃうじゃない」
魔女「私がなんとかしました」
魔法使い「へえ…… 魔女ってすごいのね」
サーシャがぎくりと息を飲んだ
ドロテアの爆弾投下にティアも見つめてくる
当の魔女が苦笑し、隠しきれないと観念したのかゆっくりと頷いた
魔法使い「あーやっぱり? 私でさえ出来ない事サラッとやるんだもんこの子。 ただものじゃないわよ」
賢者「私は一目見た時から分かりましたわ。 とても長い間苦しんだ人なのだと」
魔女「あはは、気のせいですよそれは」
魔法使い「でもそっかーアルスは魔女を選んだのね」
積極的に魔女の話を掘り下げようとしないドロテアに俺は感謝した
きっと人々の中に魔女という本当の自分を隠して生活するのはサーシャにとって負担なのだ
しかしそれを打ち明けることで人々から忌み嫌われることも知っている
その両方の心配をたった一言二言で楽にしてくれた彼女には頭が上がらない
勇者「結婚しろって言ってもこいつは首を縦には振らないが」
魔女「それとこれとは別ですから」
サーシャも安心しているようだ
自分のことを知られても、恐れない友達にこいつらならなってくれるかもしれない
それが堪らなく嬉しくてドロテアとティアに心の中で礼を言った
魔法使い「アルスの恥ずかしい話してあげよっか? 私らなんでも知ってるわよ」
賢者「意地が悪いですわ、ドロテア」
勇者「やめてくれ」
渋い顔をするアルスを見て思わず吹き出してしまう
彼の弱みを握って、からかえるのならと思い話を聞き出すことにした
魔女「聞きたいです!」
魔法使い「アルスといえばあれよね、しゃっくり」
勇者「本当に勘弁してくれ」
賢者「ふふ、あれは可愛らしい話ですわね」
顔を手で覆い、項垂れる愛しの彼が堪らない
普段はすかしてるくせにこういう人間らしい表情もするんだと思うと愛しむ気持ちが膨らんできた
魔法使い「アルスったら子供の頃しゃっくりを百回したら死ぬってのを信じてたみたいでね」
魔法使い「数えてたら90を超えても止まらなかったらしいのよ。 そしたら私の前で大泣きし始めて!」
賢者「その後とても慌てた様子で教会に駆け込んできて懺悔を始めるものですから。 もうおかしくて」
魔法使い「その時のアルスの絶望しきった顔と来たら…… ぷくく」
賢者「神父様も困っていらっしゃいましたね」
魔女「あはは、おもしろいですねそれ」
勇者「はぁ……」
魔法使い「あとはねー」
勇者「まだあるのか!!」
楽しいお茶の時間は終わり、お開きになる
次はお菓子を持ち寄ろうと約束し、年頃の女子達に混じり400を超えた魔女は友情を育んだようだ
勇者「はぁ疲れたな」
魔女「楽しかったじゃないですか」
勇者「ひたすらいじられる俺の気持ちにもなれ」
魔女「あはは。 前にアルスが言ってた、賢者とドロテアにずっといじられてたっていうのが分かりました」
勇者「いつもあんな感じだったよ」
魔女「そうなんですね」
以前ドロテアを含めた3人で泉に調査に向かった時に感じた、パーティを組んでいた過去の仲間達だけの絆
そこに今の自分は入り込めずにどうしようもなく感じた疎外感は今はなかった
その仲間内の輪が開かれて自分も溶け込めたというそんな暖かな気持ちにサーシャは顔を綻ばせる
勇者「どうした?」
魔女「今日は私の知らないアルスの一面を知れました」
勇者「そりゃよかったな」
魔女「もっと好きになれたような気がします」
勇者「気のせいだと困るんだが」
魔女「あはは、そうですね」
笑いながら彼女は、横に並ぶ俺に体当たりをしてくる
体重の軽い彼女にやられても、よろめくことは無いのだがなんとなく尻で同じようにやり返した
魔女「きゃあっ!」
体をよろめかせた彼女が怒ってまた体当たりをしてくるのを、すっと身をずらして避け抱きしめる
腕の中で小さな悲鳴をあげる彼女にキスをした
自然にそれに応えてくれる彼女がただただ愛おしい
離したくない
このまま抱きしめて口付けをしたまま時間が止まればいいと本気でそう考える
魔女「うへへへ」
勇者「なんて笑い方だ」
魔女「幸せですね」
勇者「だな……」
彼女の小さな手が俺の腕に触れる
後ろから人の気配を感じ、渋々腕を離した
勇者「部屋に行くか」
魔女「そうですね…… あ、でも明るい内はダメですよ」
勇者「何も言っていない」
魔女「そういう目をしてた」
勇者「…………」
図星を突かれたのがなんだか悔しい
拳を握ると彼女が狼狽え出すのはいつものことだ
魔女「あーだめですよゲンコツは! やだー! ……いだいっ!!」
魔女「っあぁぁぁ……」
目に涙を浮かべながら彼女が怒る
これもいつもの事だ
魔女「バカになったらどうするんですか!」
勇者「俺が面倒を見てやる」
魔女「そこじゃない! この、私もゲンコツする! 頭出せ!」
勇者「チビじゃ届かん」
魔女「はぁぁぁぁ!? 私は平均的ですよ!!」
顔を真っ赤にして怒る彼女の頭を撫でると徐々に怒りの炎が沈静化していくのもいつもの事だ
赤い顔が段々といつもの白い顔になっていく
サーシャ、と名前を呼ぶとゆっくりと振り返る
彼女の薄い唇にキスをした
不意打ちの口付けに彼女は顔を再び真っ赤にしていく
普通に口付けや抱擁を交わしても彼女は生娘のような反応は見せない
だがこうして心の準備がない不意打ちですると彼女はとても恥ずかしがるのだ
これは最近知った事だ
誰にも教えるつもりは無いが……
また明日
魔女「アルスって王子様ってよりお姫様寄りですよね」
勇者「は?」
魔女「私の方がピンチに駆けつける王子様っぽいです」
勇者「……たまたま上手くいかなかっただけだ」
先日のアネモネ、コロシアムの件を思い出して顔を顰める
どちらもサーシャがいなければ自分は助からなかっただろうことは分かっていて、それについて感謝もしている
だが自分の格好のつかなさに深い溜息をついた
プライドの高い彼を見下すようなことを言ってしまったことを少し彼女は後悔し苦笑を浮かべたが、彼に歩み寄りその頭を抱いた
魔女「私が守ってあげますよ」
勇者「なら俺がお前を支えよう」
魔女「わっ! わあああっ! かっこいいです!」
魔女「もっかい言ってください!」
勇者「その寝起きの悪さをどうにかしたらな」
魔女「それとこれとは関係ないっ!!」
魔女「あ、でも逆に言えばそれしか欠点がないいい女ってことですよ」
勇者「あと短期だしすぐ暴力に走るし、実は口が悪いのを敬語で誤魔化してるだけだし、俺の言うことは聞かないし、人参食べないし、色んな面での危機感がないし、魔力の制御が時々甘いしあとは」
魔女「あーーーもういいですから本当に」
魔女「ふん」
勇者「そんなこと気にならないくらい良い女なんだがな」
苦笑する彼の言葉に、頬を赤らめた魔女は破顔した
魔女「……照れました」
勇者「俺も恥ずかしかった」
魔女「えへへ」
書類仕事を片付け、長い時間机に向かって凝り固まった肩を伸ばす
日も落ちかけて空が赤く染まってきたことにようやく気がつく
仕事に没頭してしまうと時が経つのが本当に早いのだ
戦いの中では意識が加速して時間は経たないものだが、書類仕事はまた別のようだ
腰をひねり、バキバキと小気味よく音が鳴るのを、本を読んでいたサーシャが吃驚した様子で顔を上げた
魔女「なんですか今の音」
勇者「俺の鬱憤の音」
魔女「結構弾けましたね」
仕事を終えて構ってもらえるのかと、宙を浮きながら首に腕を回してくる
いつものようの膝の上に彼女を抱き、その首元に顔を埋めた
くすぐったそうに笑う彼女は身を捩りながら逃げだす
勇者「なぁサーシャ」
魔女「はい」
勇者「少し夕暮れを見に行こう」
俺の提案に花のように微笑む彼女
彼女の右手を取り、城の階段をあがりバルコニーへと出た
夏のむっとした空気も幾らか和らぎ、ひぐらしが鳴いて秋の訪れを予感させる
目の前には朱色に輝く空と、その光に照らされる雲
青と黄色、朱の混じり合う空は自然が織り成す芸術だ
感嘆の息をつくと彼女は絡ませた手を離さずに、彼の腕に身を寄せた
魔女「とても綺麗です」
勇者「そうだな」
魔女「400年、私はこの変わらない夕陽を見てきました」
勇者「…………」
魔女「でも、それだけ生きてきた中で一人で見たものは、アルスと見れた今日の夕陽ほど綺麗だと思ったことはないです」
勇者「俺も、同じ気持ちだ」
魔女「はい……」
陽の光に照らされた彼女の白い頬は朱く染まる
その頬を撫でると猫のように目を細め、愛おしそうに手を重ねる
勇者「お前の方が夕陽なんかよりよっぽど綺麗だな」
魔女「あはは、恥ずかしくないんですかそれ」
勇者「少しな」
魔女「でも、嬉しいです。 愛する人にそう褒められるのは本当に気持ちがいいものですよ」
彼女が手をとるとふわりと二人の体が浮く
驚くアルスの顔を見てサーシャが微笑んでそれを見た
手を繋いだまま、二人はぐんぐんと高度を上げていく
雲と同じほどの高さまで来た時、彼は息を飲んだ
足元に広がる城と街
そして大きな世界
空を飛ぶ鳥達しか見ることが出来ない光景に言葉が出なかった
サーシャも横でその美しい世界に浸るように口を閉ざす
日がさらに沈んで世界の色がさらに赤くなっていく
勇者「綺麗だ…… それしか言えない」
魔女「アルスが魔王から守った世界ですよ。 この世界はこれだけ美しいんです」
勇者「あぁ、そうか」
魔女「……世界もあなたも、素敵ですよ」
二人は互いの身体を抱き合った
互いを余すところなく絡め合い、愛を確かめる
胸の中に収まる魔女は幸せそうに息をついた
………………………………
魔女「っていうことがあったんですよー!!」
魔法使い「ラブラブじゃないの」
娼婦(仮)「ロマンチックですね」
賢者「聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまいますわ」
魔女「ぷはぁっ…… で、カインさんはリリスとうまくやってるんですかー?」
将軍「この流れで俺に振らないでくれ」
娼婦「あぅ……」
魔法使い「えー聞きたいわねそれ。 運命で結び付けられた二人の生活」
魔女「本当ですよ何恥ずかしがってるんですかー!」
魔女「色欲を抑えられず……毎晩夜伽を、いたぁっ!?」
勇者「お前は少し抑えろバカ」
魔法使い「あ、アルスやっほー」
俺が合流する頃にはすっかり出来上がっていたサーシャがいた
大酒飲みのドロテアが皆に声をかけ、急遽街の酒場で集まって飲んでいるのである
カインに連れられてリリスまでいるのはいつもの事でこの2人は本当に仕事中以外は常に一緒にいる
朝一緒に来て、夕方になれば二人で帰るのだ。 それだけいてよく飽きないものだなと思う
勇者「お前、酒弱いって前に言ってなかったか」
魔女「ドロテアにエールを飲まされて、苦かったのであげましたー。 今ジュース飲んでますよー」
勇者「それも酒だ」
魔女「ありー?」
魔法使い「あっはは、サーシャ本当にそれちょっと飲んだだけで酔っ払ってるんだもんおもしろいわ」
魔女「えー? 私酔ってりゅんですか」
勇者「呂律回ってないぞ」
魔女「か、滑舌が…… 詠唱をかんだら魔法使い失格です」
がっくりと項垂れるサーシャの感情に揺られて制御できなくなって漏れだした魔力によって空いた盃がふわふわと宙を漂う
ドロテアなんかそれみて爆笑し、ティアに宥められているほどだ
魔法使い「本当にサーシャの魔力は並外れてるわね。 意識しないで物を浮かすってどんだけよ」
魔女「褒められましたよアルス! もっと飲むー!」
勇者「やめとけって。 あと多分褒めてない」
魔女「あ、でもアルスお酒ないから持ってきてあげます」
サーシャが店員が持っていた盃を魔法で無理やり引き寄せると、店員とそれを見ていたほかの客から驚きの声が上がる
もう呆れて言葉も出ない
魔女「はいっ、かんぱーい!」
勇者「……乾杯」
「「乾杯」」
皆でグラスを合わせ、酒の席に交じる
ティアも顔を赤くしており、早くも水に手を伸ばしている
だがサーシャは酒を飲み続ける
こいつは酒に吞まれるタイプなんだろう
強くもないのにどんどんと流し込んでいくのだ
魔法使い「そういえばアルスから聞いたわよ、前に惚れ薬飲まされたんだって?」
魔女「そうっなんですよ!! アルスふざけて私に惚れ薬飲ませたんです」
魔女「しかもあの赤兜の芽ですよ?」
賢者「えぇっ、それはすごいですわ」
娼婦「その赤兜の芽っていうのは?」
魔法使い「呪術に多く使われるアイテムね。 相手を魅了させる効果が強いのよ」
賢者「そんなもので作られた惚れ薬ですか…… すごそうですわね」
魔女「すごかったー…… 私はよく耐えました」
勇者「あれは傑作だったな」
魔女「笑い事じゃないよ!! 理性を保ってた私を褒めてください」
勇者「そうならない方がおもしろかったけどな」
魔女「畜生め!」
賢者「うー…… 頭痛くなってきましたわ」
魔女「あれれー? ティアお酒弱いですねぇ?」
勇者「お前が言うな」
魔女「私って弱いんですかー?」
勇者「弱いだろ」
魔女「えー? 私が弱いと思う人ー」
魔女「って全員っ!? そんなのおかしいですっ!」
勇者「お前、怒ると酒が浮くからやめろ」
将軍「サーシャ殿、落ち着いてくれ」
魔女「カインさん! 私知ってるんですからね!」
魔女「いつもあなた甘い香り漂わせてきて……」
魔女「香を炊きながらしないでくださいよ! 毎朝あなたの香りが気になるんです!」
娼婦「あぅ…… ごめんなさいそれは私が好きで……」
勇者「やめないかサーシャ。 人の営みに口を出すもんじゃない」
将軍「リリス、俺は好きだぞあれ」
娼婦「そうですか、気に入ってもらえてたのなら嬉しいです」
魔女「かぁーーーイチャイチャとしてますよ!!」
賢者「落ち着いてください、サーシャ」
魔法使い「もうなんでもいいから飲め飲めーサーシャ!」
娼婦「あ、カイン様。 汚れてらっしゃいます」
将軍「すまないなリリス」
娼婦「そんな、手を握られるほどのことなどなにも……」
将軍「お前がそばにいてくれるだけでいいんだ」
娼婦「カイン様……」
魔女「誰か止めてくださいよこのバカップル」
魔法使い「すごいわね、見てるこっちが恥ずかしくなるわね」
賢者「微笑ましいではありませんか」
魔女「え、微笑ましいですか?」
勇者「あの堅物のカインが家だとこんなんなのかと思うと笑える」
魔法使い「ティアにぞっこんだったのに、大人になったのね」
賢者「昔の話ではありませんか。 蒸し返すのは可哀想ですわ」
魔女「ねぇアルス? なんか、寂しくなったので私もああやってほしいです」
勇者「タチの悪い酔っ払いを抱くのは俺には無理だ」
魔女「ひどいですよね聞きました?」
魔法使い「愛されてるじゃない」
賢者「ねー」
魔女「愛してるんですか?」
勇者「あぁ、一目見た時からな」
魔女「……ぷしゅー」
魔法使い「あはは、ご馳走様」
ベロンベロンに酔っ払って、宙に浮きながらバランスが取れずに回り出した魔女を捕まえてとりあえず部屋に送っていくことにしてみんなに挨拶をした
部屋につき、彼女をベッドに寝かせるとまたうまく魔力が制御出来ずに布団を抱いたまま浮き出して天井にぶつかった
それどころかさっきよりも悪く、部屋の壺やら服やら水差しやらが、酔っ払い魔女と同じように浮きはじめたのだ
魔女「アルスーあそぼー」
勇者「遊ばない。 早く寝ろ」
魔女「いーやー」
駄々っ子のように手足をばたつかせる
その感情の揺れに応じて部屋を飛びまわる物たちが暴れ始めた
勇者「おい、浮いてるの戻せ」
魔女「誰が浮かせてるのー?」
勇者「酔っ払いだ」
魔女「あはは、酔っ払いはティアだねー」
勇者「お前だ」
浮いて放浪してた彼女の手を引き抱き寄せる
400年生きてきた割に子供っぽすぎる彼女は腕の中で楽しそうに暴れる
果たしてこの魔女は本当に俺よりも年上なのだろうか
魔女「んきゃー!」
勇者「ほら落ち着け」
魔女「やだぁ」
勇者「言うこと聞け」
魔女「あははっ、どこ触ってんのー」
魔女「ぼふんっ」
布団に向かって腹から着地した彼女はスプリングで跳ねた
びたんびたんと、地上に打ち上げられた魚のように足をばたつかせて、こっちに来いと誘う
勇者「元気だなおい」
魔女「アルス様ぁ」
勇者「ティアの真似か? 似てないぞ」
ケラケラと笑う彼女に体重をかけないようにおぶさる
彼女は両足で俺の体を捕まえ、手で彼の顔を引き寄せて無理矢理に唇を重ねて笑った
魔女「アルス、暑いから服脱いでいいですか?」
勇者「無防備すぎるぞ?」
魔女「それはアルスだからですよ?」
勇者「襲われても知らんぞ」
魔女「いつもそう言って優しいの知ってるもん」
彼女は跨るアルスの胸元を触れた
その白く細い手は胸元から下腹部へするりと伸びていく
魔女「私は、アルスのものだから」
魔女「いつも私のためにしてくれるの、すごく嬉しいよ」
魔女「でも、私を好きにしていいのはアルスだけなんだから」
魔女「私のことなんか考えずに好きにしていいよ?」
勇者「どうなってもしらんぞ」
魔女「たまには、ね?」
魔女は時々、見た目の年齢にはそぐわない神秘的な顔を見せる時がある
いつもは気品に溢れ、花のように暖かく微笑んでいる彼女だが、稀に遠いなにかを思い出すような、澄んだ瞳をすることがあった
窓際でソファーに座りながら浅い眠りに落ちていた彼女がふと顔を上げた
そして、様々な感情が入り交じる不思議な表情を浮かべ、彼女は窓の外の世界を見た
その美しい横顔に見蕩れ、目を離せなくなる
当の彼女はそれに気が付き優しく微笑むといつもの彼女の雰囲気に戻る
魔女「なんですかそんなにジロジロ見て。 顔になにかついてます?」
勇者「大きな目と、うるさい口」
魔女「整った鼻は?」
勇者「あっちに落ちてたぞ」
魔女「気付いたなら拾ってきてくださいよ……」
軽い冗談を交わすとすっかりいつものサーシャだ
だが、今日はなんとなくずっと疑問に思っていたことを聞いてみたくなった
勇者「なぁ、お前は400年も生きて何をしてたんだ?」
魔女「なんですかねー……空見てましたね」
魔女「あとは人間が好きなんですよ」
彼女はまた、先の複雑な顔になる
憂い、悲しみ、寂しさ、喜び、慈しみ
様々な感情が瞳に浮かび上がり消えていく
そんな不思議な力を感じさせる強い瞳だ
魔女「聞きたい?」
勇者「そうだな」
魔女「じゃあ少しだけ長い話になりますから。 お茶入れますね」
サーシャはアリアハンの国王の妾の子として生まれた
幼い頃から見目麗しく、祝福が濃く現れていたのは明白でそのためにも生まれつき魔力が大きく王室抱えの魔法使いをも遥かに凌駕していた
その生まれ持った美貌と才に当時の国王妃は嫉妬に狂った
国王と国王妃は互いに子にも恵まれた
だがたった1人のサーシャに国王妃は全てを持っていかれたような気に陥っていた
国王はまたサーシャを愛した
従順で、だが子供らしく向日葵のような暖かい笑顔を振りまき、明るく人懐こい性格も相まって城の者からも愛されていた
勤勉に勉学に励み、魔法の訓練も怠らない
それどころか独学で世界の法則を暴き、魔法構成を組んで新魔法の開発に没頭した
誰もが幼い彼女のことを認めた
国王妃が生んだ王子や姫がいたにも関わらず、サーシャは城に住むもの達から絶大な支持を受けており、また国王も彼女を特別に愛した
国王妃はそれが堪らなく不快だった
妾の子よりも自分の子の方が劣っているという現実に耐えられなかった
そして国王妃は気が狂っていくことに誰も気が付かずに時間はたっていく
サーシャが16歳を迎えてしばらくした日の午後いつものように魔法書をたくさん積み上げて彼女は図書館に篭っていた
本を写していると気がつけば夕陽に空は染まっている
凝った肩をほぐすように二度三度腕を回して本を片付ける
自室で読もうと思った本を何冊か手に持ち、廊下を歩いているとすれ違った兵が部屋まで手伝うことを申し出る
彼女はそれをやんわりと断り、いつも仕事で身を粉にして働く彼を一言労った
恭しく頭を下げた兵士にそんな事しないでくださいと慌てる彼女の様子はとても王家の血筋を引く者とは思えず、その親しみやすさから人気を博している
その様子をみて面白くないと呟いた国王妃は限界を迎えた
突如、懐に忍ばせた短剣でサーシャに切りかかったのだ
明らかな殺意の目を見て、サーシャは身動きができず、深々と刃物は彼女を切り裂く
胸を大きく切られ、血が溢れる
突然のことに何も出来ずに狼狽えたサーシャは胸から溢れた血を見て、感情が爆発した
恐怖、絶望、悲しみ。 そんな感情によって魔力が揺らぎ、彼女の銀色の髪を膨らませる
再び切りかかってきた国王妃の短剣を、溢れ出した魔力が絡めとり、大きく弾いた
そして気がつくと国王妃の胸には深々とナイフが突き刺さっていたのである
胸のナイフを驚愕の瞳で見た国王妃は膝から崩れ落ちる
すぐに瞳の輝きが濁っていく国王妃を見てサーシャは我に返った
魔女「国王妃陛下!」
国王妃「私を呼ばないで……」
そして一言、国王妃はサーシャに向かってざまぁ見なさいと呟いて息を引き取った
サーシャは国王妃を殺した大罪人として祭り上げられた
事の顛末を見ていた兵士が国王妃から切りかかったと弁明してもそれは国民の大多数の怒りの声に掻き消され、サーシャを極刑にすることが決定された
彼女は絶望していた
自分は何一つ悪いことなどしていない
自分の見た目がいいから、生まれ持った魔力が大きいからという理由だけで嫌われ、あまつさえ殺されかけた
真実は正当防衛である
だがそれを信じる者など城にいる極小数の者だけだ
国中が怒りに燃え、少女を殺せと声をあげる
彼女はこの城から見る夕陽が好きだった
だがバルコニーから下を見れば怒りたった人々が妾の子を殺せと、サーシャを殺せと泣き叫んでいた
怒りに燃える国民の目に彼女は耐えられるはずもなかった
愛してくれた国王や母を捨てようと、逃げ出そうと決心するのは早かった
彼女は城から飛び出してあてもなく空を飛ぶ
そして運が悪く魔王に出会ってしまった
魔王「この世界が憎いか」
少女「……憎い」
魔王「貴様を陥れたあの女の家族に、国民に復讐をしたいか」
少女「したい……」
魔王「ならば私の下に付けば力をくれてやる。 その力で奴らを屠ってやれば良い」
魔女「うそだよ、復讐なんかしたくない……!」
魔王「なに?」
少女「殺したい、でも殺したくないの」
魔王「貴様のうちに高ぶっているこれは憎しみの気持ちではないのか? これ程までに禍々しい魔力を漏らしながら殺したくないと言うか」
魔女「許せない、絶対に。 私の全てを奪ったあの女のことは許せない」
少女「でもあの人は死んだ…… 他は誰も悪くない」
魔王「だから殺したくないと?」
少女「……そう。 私はみんなの事、国民のことが大好きだから。 殺せるわけがないよ」
魔王「つまらんな。 殺しほど楽しいものはないぞ?」
少女「私は人として堕ちようとは思わない」
魔王「ふむ…… あぁ、我は思いついたぞ。 お前の代わりにあの国を葬ろう」
少女「なっ!? なんでそうなる!!」
魔王「ただの気まぐれよ。 お前がやらないのなら、我がやるだけのことだ」
魔王「だが、もし貴様が人を辞め私のような魔物に頭を垂れて忠誠を誓い、堕ちるのならば見逃してやろう」
少女「穢らわしいぞ魔の王よ……!」
魔王「貴様が一言、我に忠誠を誓い、魔女となることを望めば救ってやると言っているのだぞ? 破格の条件ではないか」
少女「……はぁ。 分かった」
こうして少女は形だけは魔王に忠誠を誓い、魔女へと成った
言葉では忠誠を誓うも、その心がないことは魔王は知っていた
ただそれでも彼女が人から魔女になった事で魔王の心は満たされた
人の心を操るなど容易い
絶望の前には誰もがひれ伏すのだ
世界はその強い感情に抗えない
そう考えた魔王は世界規模での娯楽を開始する
気まぐれで街を燃やし、人を弄んだ
世界はすぐにでも手に入れられる
だがそうしないのは、それもまた気まぐれ
400年後、自分に刃を向ける神の祝福を得た男が自分の元まで来るように仕向けたのも気まぐれ
そしてまたその男に殺されたのもただの気まぐれだった
それはまた別の話でこれが1番よく知っていることだろう
魔王が娯楽に興じる間、魔女になった彼女は塔を立てて、城から見るのと同じ夕陽を見ているのが好きだった
魔女になって100年が過ぎた頃だ
アリアハンの国王は既に3代ほどが代わり、サーシャのことを覚えているものなど誰もいなかった
誰かが勝手に言い始めた、塔を登りきれば願いが叶うという噂のせいで塔へと集まる人間が増えていた
それ自体は別にサーシャはさして興味が無い
ただ人々がまたこうして自分の元に集まろうとしてくれていることは嬉しかった
だが彼女は再び自分が傷つくのもまた、不安に感じてしまう
あのように人間にまた裏切られるくらいならば
誰かと仲良くしようなどとは考えない方が結果的に幸せになれる
そう信じて彼女は一人塔の頂きで人々を見ていた
そして初めて、塔を制覇した者が現れた
魔女「こんにちは」
黒いドレスを着た魔女は、制覇者に頭を下げた
突然のことに面を食らったのは制覇者だけではない
サーシャもまた驚いていた
塔を登りきってきたのは女だった
腰に剣を差した魔剣士の女は慌てて自分も頭を下げるとサーシャは思わず笑ってしまう
魔女「まぁ、お茶でも飲みましょうか」
魔剣士「お、お茶が出るんだ……」
魔女「お菓子もありますよ」
魔剣士「至れり尽くせり!」
魔女「宜しければお夕飯も召し上がられますか?」
魔剣士「いいの!?」
魔女「はい、初めての客人ですから。 もてなさせて下さい」
魔女と魔剣士は話に花を咲かせた
近頃の世界の近況、国内で起きた事件、仲間とのちょっとした笑い話
様々な話を魔剣士の女はサーシャにしてくれた
その話は魔女の心を踊らせた
長年人間に焦がれる本心をひた隠しにし不干渉を貫いてきた魔女には外の世界の話が面白くて堪らなかった
魔剣士「そういえばこの塔を登ったら願いを叶えてくれるんだよね?」
魔女「なんかそういうことになってるみたいですね。 私そんなこと言ったことないんですけど」
魔剣士「えー、そうなの?」
魔女「でもせっかく登ってきて頂いたのに茶菓子だけではね…… いいですよ叶えられることでしたら」
魔剣士「ほんと! じゃあ友達になろ!?」
魔女「だめです」
魔剣士「まさかの即答!? なんで!?」
魔女「私がここに住むのはなるべく人間と干渉をしないためです。 あなたと友達になったら意味がなくなるじゃないですか」
魔剣士「えーやだ。 友達になるまで何回でも来るから」
魔女「あの、話聞いてました?」
魔剣士「私がここに自由に来れるようにしてくれ! それが願い!」
魔女「また来たのエラ」
魔剣士「こんにちは。 今日は私もお菓子持ってきたよ」
魔女「はぁ、あなたもよく飽きずに来ますね」
東魔「サーシャと友達になりたいからさ」
魔剣士はあれから、こうしてよく遊びに来ていた
いつもお茶を飲んでのんびりしているだけだ
エラはアリアハンで兵士長として働きながら暇を見つけては通い詰め、仲間内からは男ができたなどと噂されていたようだが本人は全く気にしていないと言っていた
サーシャはなんだかんだ言いつつもエラがしてくれる話が好きだった
ずっと暇を持て余した彼女は、エラの話はまるで物語のように輝いて聞こえる
空を見ながら彼女の話に耳を傾けるのが堪らなく愛おしい時間だった
それをエラも分かっているのかニコニコと笑いながら一緒にお茶菓子をつまむ
魔剣士「サーシャ、ここにずっとこもってて暇じゃないー?」
魔女「暇といえば暇ですけど…… もう慣れましたよ」
魔剣士「うーんたまにはさ、ここから出ようよ」
魔女「出てどこに行くんですか」
魔剣士「アリアハン」
魔女「絶対嫌です」
魔剣士「私といれば大丈夫でしょ」
魔女「大丈夫じゃないです」
魔剣士「なんで!」
魔女「魔力の制御が下手なんですよ。 なにか起きた時アリアハンを滅ぼしかねません」
魔剣士「もしそうなったら私がサーシャからアリアハンを守るから大丈夫だって」
魔剣士「ね?」
魔女「んもー、わかりました」
魔剣士「やった」
エラのしつこすぎる説得によってサーシャはついに折れた
魔力をある程度抑える装飾品をつけていけば何かあっても容易には暴走しないだろう
少し心配は残るが何かあればエラに止めてもらおうと、そう思い彼女を見ると同じことを考えていた彼女がグッと親指を立てた
ちょっとかっこいい
魔剣士「どう?」
魔女「久しぶりですねぇーあんまり変わらない」
魔剣士「あはは、そうなんだ。 ねぇ、あっちの食べ物美味しいからいこ!」
魔女「あぁちょっと、そんなに引っ張らないでください」
二人は街を楽しんだ
食べて、飲んで、はしゃいで、買い物をして、人と話して、笑いあった
魔女になる前は何気なくしていたことが、こんなにも楽しいことなんだとは思わなかった
100年ぶりの刺激にサーシャは心が震えていた
魔女「エラ、本当にありがとうございます」
魔剣士「え、なにーいきなり」
魔女「すごく、すっごく楽しいです!」
魔剣士「あはは、そりゃそうでしょ! あんな高いだけの塔に篭ってたら腐っちゃうってば」
魔女「それもそうかもしれないですね」
魔剣士「本当は簡単にお城には入れないんだけど、今日は特別にお城に入れてあげるよ! そこからみる夕陽が本当に綺麗なんだよ」
魔女「えぇ、知ってますよ。 本当に美して…… 言葉では言い表せないほど」
魔剣士「あれ、見たことあんの?」
魔女「昔に……」
魔剣士「そっか! でもついでだから行こうよ!」
魔女「えぇ、行きたいです」
塔へと向かう道で悲鳴が昼間の通りに響いた
声がした方に行くと、兵士が楕円状に広がり、一人の男を囲んでいた
しかしその男の腕には幼い女の子が捕えられ人質にされていた
その女の子の顔は恐怖によって引き攣っており泣くことが出来ないほどの恐怖が浮かんでいた
「動くんじゃねえ!! 動いたらこいつの頭と体がおさらばすんぞ!」
魔剣士「あいつは……!? 連続幼女誘拐殺人で指名手配されていた男だ!」
魔女「そんな凶悪犯なんですか?」
魔剣士「あいつによってもう十人近くの女の子が殺されている……! くそっ!」
魔女「ふーん」
サーシャは男を目掛けて指を指した
すると男の頭がまるで内側から何か爆発が起きたかのように弾けた
脳みそや骨、脳漿が撒き散らされ、一瞬遅れて生ぬるい血が噴水のように吹き出した
女の子はもろにそれを浴びて、声にならない悲鳴をあげる
群衆や兵士達が、呆気に取られる中サーシャは何事も無かったかのように女の子に近づき、そっと浄化魔法で女の子を綺麗にする
魔女「さ、これで大丈夫ですよ」
「い、いやああああああ!!!」
魔女「うぇっ!?」
「きゃぁぁぁぁ!! 助けてぇっ!!」
女の子の悲鳴に連鎖するように、周りからも同じように悲鳴があがった
バケモノを見るかのような数十の目がサーシャに突き刺さる
なぜ? 自分は女の子を助けただけなのに
何故こんなにも、怯えられなければいけない?
兵士達がサーシャに剣を向ける
皆明らかな殺意を持って剣を構えていた
魔女「どうして?」
「くそ、化け物め!!」
魔剣士「待ちなさい、私は王国兵団、兵士長のエラだ、この人は私の知り合いだ!」
「エラさん!?」
魔剣士「サーシャ、あんたなにしてんの!」
魔女「どうして……?」
魔剣士「は?」
魔女「どうして? どうして!?」
魔剣士「ちょっと、落ち着いてサーシャ!」
魔女「私、あの子を助けただけなのに!」
「何が助けただこの人殺し!!」
「あんな酷いことをしなくてもよかっただろう!!」
魔女「え……?」
非難の目が突き刺さる
サーシャは蹲り、頭を両手で抱えた
魔女「殺すのがいけないの? だって即死させないとあの子が道連れにされる可能性だってあった!」
魔剣士「落ち着いてサーシャ! 魔力が乱れてる!」
魔女「ああああああああっっ!!」
魔力を抑えるアクセサリー類が砕けた
それと同時に爆発的に放出された魔力によって近くにいた兵士達は吹き飛ばされる
魔女「……ああああ……!」
魔剣士「サーシャ、だめ!!」
サーシャは自分の周りに8つの光球を出現させる
それには魔力が塊となって込められており爆発すればこの周辺を吹き飛ばすことをエラは瞬時に悟った
魔剣士「サーシャ!!」
紫電を放出する魔女をエラは抱きしめた
触れているだけで皮膚が焼かれ、絶叫したくなるほどの痛みを堪えてサーシャに呼びかけ続ける
魔剣士「サーシャ、あんたいい加減にしなさいよ!」
魔女「あああああ!!」
魔剣士「止めなさい! あんたの大好きな人たちを傷つける気なの!?」
魔女「あああ……」
魔剣士「ぐっ…… あんたはこんな事がしたくて生きてきたんじゃないだろう!!」
魔女「あ……」
魔剣士「サーシャぁ!」
肺までも焼かれ、血と一緒に言葉を吐き出したエラをみてサーシャはようやく気を確かにする
口から血を吐き出して倒れているエラに慌てて治癒魔法をかける
魔剣士「あほサーシャ…… 死ぬかと思ったわよ」
魔女「ごめんなさい、ごめんなさい……」
魔剣士「いいわよ別に」
魔女「もう、私に近づかないで」
魔剣士「はぁ? ふざけんなっての…… 今更何いってんの」
魔剣士「私かあんたが死ぬまで、ううん、死んでからも友達でいてやるんだから」
魔剣士「……あ、私らもう友達でしょ?」
魔女「……うん」
魔剣士「ちょっとやめてよ今の間はなによ」
エラは涙を流し続けるサーシャを思い切り抱きしめた
その細く、悲しみで揺れる背中をさすった
サーシャは小さく呟いて転移魔法を使った
そしてサーシャは二度とアリアハンや人間界に降りようとはしなくなった
エラもそれ以上は無理強いはせず、また前と同じように彼女に会いに塔へと通いつめた
魔剣士「そういえば今日はこんな話を聞いてきたよ」
魔女「なになに?」
魔剣士「んっとねー、昔の王家の女の子の話なんだけど」
サーシャの顔が見る見るうちに暗くなっていく
エラが語った話はまさに人間の時の自分の話だった
国王妃を殺したところまで彼女が話すとついに魔女は声を絞り出す
魔女「それ、私ですよ……」
魔剣士「えぇっ!? そうなの!?」
魔女「人々に嫌われた少女は城を逃げ出したんです。 そして100年後に降り立って二度と人間界には近づかないと決意したって話」
魔剣士「まぁまぁ。 出ていったあとの話には続きがあんのよ」
魔剣士「国王の耳についに現場を見ていた兵からの目撃情報が入ったのさ」
魔剣士「国王は少女がそんなことをするはずが無い子だということを思い出し、追い詰めてしまった自分をとても恥ずかしく思ったんだってさ」
魔女「…………」
魔剣士「愛しの妻と子供を同時に失った国王は悲しみ、そして国民に大々的に少女が悪くなくて国王妃の暴走だったのことを伝えたみたい」
魔女「だからなんだって言うんですか……」
魔剣士「人々はいなくなってしまった少女にずっと謝りたかったみたいでね~、夕暮れの時間になると皆が手を止めて少女が好きだった夕陽に向かって祈ってたんだって~」
魔女「なんですかそれ……」
魔剣士「ちなみにだけど、この前助けた女の子、あんたにお礼言ってたわよ。 怖かったけど助けてくれてありがとうって」
魔剣士「お母さんなんか泣きながらお礼言ってたわ。 あんたのやり方は凄かったけどそれでも助けたのは、確かだから言っておくわね」
魔女「…………」
魔剣士「んで、さっきの話に戻るけど国王はいなくなってしまった少女を思って肖像画を描かせたそうだ」
魔剣士「今も宝物庫にあるその絵の裏には国王からのメッセージが書かれているそうだよ」
魔女「遅いですよ……そんなの。 もう100年も前の話です」
魔剣士「そんな事言わずにさ。 ねぇサーシャ、見に行かない?」
魔女「宝物庫なんて入れるわけないじゃないですか、ダメですよ」
魔剣士「えーそんなぁ」
魔女「でも、ありがとうございます。 おかげで人間のことやっぱり好きでいられそうです」
魔剣士「サーシャ…… 抱きしめていい?」
魔女「うん……ありがとうエラ」
魔剣士「あんたは二度も人間に裏切られてる。 それでも人間を好きでいられるのってすごいと思う」
魔剣士「でもそんなに自分を怖がらないでよ。 私がここにいるよ?」
魔女「……うん」
魔剣士「あんたが暴走したら前みたいに止めてみせるよ。 絶対に」
魔女「ありがとう、でも私はやっぱり街には降りないわ」
魔女「こうして友達が来てくれるんだもの。 こんな幸せ他にないわ」
魔剣士「……泣かせるなよばかサーシャー!」
魔女「それからやっぱり人間は素敵だなって思いながらずっと塔で暮らしてました」
勇者「それから俺が来るまで街には1度も降りなかったのか?」
魔女「ええ。 エラが生きている間ならともかく、その後は国王妃やあの女の子みたいにうっかり人を傷つけるのが怖かったんですよ」
魔女「エラが死んでからはそれが嫌でずっと篭ってたのに……」
勇者「俺が連れ出したからな」
魔女「私の400年はなんだったんだって話です」
勇者「大変だな」
魔女「他人事じゃないです。 もし私が暴走したら……」
勇者「俺にお前を殺させるな。 自分で努力して制御くらいしてみろ」
魔女「……はい」
勇者「さて、いくか」
魔女「え、どこにですか」
勇者「宝物庫」
国王に宝物庫に入る許可を貰いに行くと二つ返事で許可をされ、隣に控えていた兵士が驚いていた
ありがたく宝物庫に入るといわゆる一面が金銀財宝、というわけではなく、かなり綺麗に整理されている
細工箱など色々開けてみたいものはあるが迂闊に触るのもまずいだろう
そして宝物庫の奥、陽の当たらない場所に赤色の布をかけられているものを見つけた
勇者「これじゃないか?」
魔女「本当に見るんですか?」
勇者「お前のために描かれたものだろう見なくてどうする」
魔女「うーなんか見たいような見たくないような…… 分かります?」
勇者「分からん」
丁寧に布を取るとそれを見た二人は思わず息をついた
城のバルコニーから城下町と夕日を眺める銀髪の女の後ろ姿
いつも彼女がそうしていたような空間が切り取られて時を封じ込めたような絵画だ
後ろ姿だけでも神秘的なものを感じさせ、また夕日も色濃く描かれていて見るものを魅了する魔性の絵がそこにはあった
魔女「綺麗ですね」
勇者「だな……」
ほう、と小さく息をつく彼女の肩をそっと抱いた
俺の胸に寄りかかる彼女の瞳は涙に揺れていた
勇者「裏、見てみるぞ」
絵を持ち上げ、ゆっくりとひっくり返す
キャンパスの裏には一言、手書きのメッセージが書かれていた
暑がりの娘へ
お腹を出して寝て、夏風邪をひかないように
父より
たった一言のメッセージだった
それを読んだサーシャは両手で顔を覆う
胸に広がる懐かしい記憶
それはいつも考えていた不幸な家族の記憶ではなく、愛してくれた父や仲間との忘れかけていた暖かなものだ
胸が、心が暖かい
自然と涙が頬を伝い、止まらなくなった
優しく抱きしめた彼の体に腕を回す
ぎゅっと握ったまま、涙が流れなくなるまで二人は体を重ねた
………………………………
宝物庫を出て部屋に戻ってきた二人は自然と手を繋いだまま床に入る
魔女の顔にはもう涙は浮かんでいなかった
魔女「えへへ…… 年甲斐もなく感動しちゃいました」
勇者「お前から年の話が出ても400歳超えだとは信じられん」
魔女「超年上だよ! 敬え!」
勇者「腹出して寝るのは昔からだったのか」
魔女「はっ!! 忘れてくださいぃ……」
勇者「お前が腹出してたら俺が直してやる」
魔女「……厄介なことに寒がりなので冬は温めてくださいね」
勇者「弱点多いな……」
魔女「……くっついて欲しいんだよ分かれ」
勇者「なんか言ったか?」
魔女「なんでもないです」
勇者「おやすみ甘えん坊さん」
魔女「ぬわぁっ!? なんで聞こえないふりするんですか!!」
勇者「…………」
魔女「ちょっと寝るなぁー!!」
勇者「冗談だ」
魔女「もう…… ばか」
また明後日か日曜日
魔女「海ですか」
勇者「あぁ、夏だぞ? 行かなくてどうする」
魔女「まぁアルスが行きたいと言うなら止めませんけど」
勇者「お前も暑い暑いとうるさいじゃないか」
魔女「そもそもアリアハン国が暑すぎるんですよ」
宙に浮きながらサーシャはくるくると回っている
部屋の窓は全て開けて風通しを良くしてはいるが、元々の気温が高すぎる
サーシャは普段は魔法で体感温度を下げているようだが、眠っている間はそれが使えないらしくよく文句を言っているのは俺以外知らないだろう
塔の魔法の限りを尽くした快適な生活ではなく、慣れない南の国の気候は彼女には堪えるのだろうということは想像に難しくない
勇者「海で泳げば涼しくもなるだろうさ」
魔女「……私泳げないんですよねぇ」
勇者「そうなのか」
アルスの顔が新しいおもちゃを与えられた子供のように明るくなった
自分の失言で言葉にならない恐怖感のようなものを覚えたサーシャは思わず地面に降り立ち、後ずさる
魔女「い、嫌ですからね!? 私は泳ぎませんからね!」
勇者「まだ何も言ってないぞ?」
魔女「そのまま何も言うな!!」
勇者「泳ぐ練習をしにいくぞ」
魔女「うわああぁぁぁっ……」
頭を抱えて呻く彼女の頭を軽く撫でて誰か呼んでくると声をかけると、のっそりと彼女は顔をあげた
魔女「道連れを連れてきてください……」
それを聞いたアルスは声を上げて笑いながら部屋を出て後ろを横目で見る
残された彼女はアルスが座っていたベッドの足をガシガシと蹴っていた
勇者「おー海だな」
賢者「潮の香りが良いですわね」
魔女「あっつ……」
魔法使い「サーシャ、さすがにテンション低すぎないかしら?」
魔女「はしゃぐ歳じゃないんですよ」
勇者「400歳しっかりしろ」
魔女「若造が何を言うかっ!!」
勇者「普段子供っぽすぎるお前が言うか?」
魔女「はぁぁっ!?」
いつものように小馬鹿にされた魔女が額に怒りを顕にして右上を睨む
怒ってるぞティア、と罪を擦り付けようとするアルスの横腹を魔女がつついた
涼しい顔をしてそれを流すアルスの顔面に魔女は軽くパンチをしようとするがひらりと簡単に交わされ、思わず溜息を落とす
魔女「私って子供っぽいですかね?」
魔法使い「サーシャを一番よく知る男が言うのよ? ならそうなんでしょ」
魔女「あの人の目は曇りガラスで出来でるんですか?」
不機嫌な声音を隠そうとしない彼女にドロテアは苦笑した
砂浜に穏やかな波が打ち付ける
照りつける陽の光を海面が反射し、夏の力強さを映し出すが、その海岸には人影はない
普段は人々で賑わう海岸のことを思い出し、不審に思ったアルスが口に出すも、どうでもいいとドロテアが一蹴した
敷物を砂浜に敷いて四隅を脱いだ靴を重石代わりにして留める
荷物を置き、一息ついていると女人たちがするすると服を脱ぎ始めた
下に着ていた面積の小さい布だけを纏った姿になり、いけないと自重の思いを抱きながらも視線は離せなかった
黒い水着がサーシャの銀髪と白い肌を引き立たせ、その程よく大きい胸の存在感を主張させる
細くくびれたウエストには無駄な脂肪などは一切ついておらず、彼女の悩ましい肢体にアルスの目は釘付けになり、息を飲んだ
魔女「な、何か言ってくださいよ」
勇者「ご馳走様」
魔女「な、なんですかそれやらしい!」
勇者「生サーシャって感じがする」
魔女「生ってなんだよっ!!」
勇者「いいだろ、見られて減るものじゃあるまいし」
魔女「生命力吸われてる感じがします」
勇者「俺の精力は回復していくな」
魔女「最低かよ……」
魔法使い「私たちのことは無視なんていい度胸じゃない?」
賢者「まぁまぁ良いではありませんか。 アルスはサーシャのことしか目に入らないようですわ」
魔法使い「胸!? 胸の差なのかしら!」
勇者「お前にもきっと小さい胸が好きって素敵な男が現れるよ」
魔法使い「ぜんっぜんフォローになってないわね」
賢者「あはは……アルス様さすがにそれはひどいですわ」
魔法使い「本当よ。 信じられないこいつ」
勇者「分かったから落ち着け。 気温が上がるぞ」
魔法使い「そんな力あるわけないじゃないの」
魔女「あー暑い……焼けるので私は木陰で休んでますね」
勇者「何言ってるんだ。 やることがあるだろ」
魔女「やめて、聞きたくない」
勇者「ここに何しに来たのか忘れたのか」
魔女「避暑ですっ!」
勇者「泳ぐんだよ」
魔女「やだよっ! なんでわざわざ泳がなきゃいけないんですか!」
勇者「道連れも連れてきたじゃないか」
魔女「……ならお聞きしますけど、お二人は泳げないんですよね?」
魔法使い「私は泳げるわよ?」
賢者「私も」
勇者「あ、道連れじゃなかったな。 鬼が増えただけだったな」
魔女「畜生じゃないですか」
ドロテアが顔を真っ赤にしながらビーチボールを膨らませそれを弾ませて遊んでいると、木陰で干物になっていたサーシャがようやく重い足を動かした
焼け付くような熱さの砂浜に長方形のコートを書き、そこを半分割するようにドロテアが土魔法を使ってポールを作り、橋渡すようにロープを張った
じゃんけんでチーム分けを行い、アルスとティア、サーシャとドロテアに分かれた
勇者「よーしいくぞー」
始めにボールをトスし、緩やかな弧を描いて向こうコートに吸い込まれていく
ドロテアがレシーブし、器用にサーシャの真上に上がった
魔法使い「行け、サーシャ」
魔女「……あつー」
驚くほどやる気にギャップがある向こうチームにティアが苦笑を零した
サーシャはカカシのように突っ立っているだけで、飛んできたボールが頭に当たり、ポンと跳ねた
魔女「…………」
魔法使い「あら、サーシャったら」
勇者「おーい、やる気出せよ」
賢者「サーシャ、一緒に遊びましょう?」
魔女「……あついんですよ。 省エネ最高です」
勇者「400歳になるとこうなるのか」
魔法使い「サーシャ、ちょっと」
魔女「……はい?」
こちらに背を向けて、こそこそとヒソヒソ話を始める二人
どことなくティアを見ると目が合い、見合わせたティアは柔らかく微笑んだ
そしてはっとなにかに気付いた顔をして、荷物の中に置かれていた水を持ってきてくれる
賢者「脱水になりませんよう、お飲みください」
勇者「あぁ頂くよ。 ティアも気をつけるんだぞ」
賢者「もちろんですわ」
俺と同じコップを使ってティアが水を飲んだ
間接キスだな、と何の感慨もなくぼんやりと考えているとサーシャの方からとてつもない殺気が放たれた
ティアは突然の事に顔を引き攣らせ、サーシャとドロテアは不吉な笑みを浮かべてこちらをじっと見ている
勇者「なんだよおい」
魔法使い「さぁ? ちょっとビーチボールを楽しむだけよ」
魔女「えぇ、そうですよ」
勇者「なのになんだよその顔は」
賢者「サーシャに嫌われちゃったでしょうか」
勇者「そんなんで嫌うほどあいつはガキじゃねえだろ」
カンカンと陽が照りつけ、立っているだけで汗が吹き出してくる
ビーチボールの砂を軽く払い、アンダーハンドでサーブをした
魔法使い「ほっ!」
魔女「たぁっ!!」
魔法使いは先ほどと同じくいいところにトスを出した
その気になればジャンプしてスパイクすら打ち込めそうなほど高く上がったボールは、太陽と重なりその影を曖昧にする
眩み、薄く閉じた目は信じられないものを映し出した
突如ボールが驚くべき加速をして降下したのだ
いきなりのことで回避行動すら取れないアルスの顔面に直撃した
その強烈なボールは、アルスの体を砂の上でバウンドさせるほどの威力を持っており、地面で干からびたミミズよろしくアルスはのびていた
魔女「よっしゃー!」
魔法使い「やるじゃないサーシャ!」
勇者「な、なんだ今の……」
賢者「だ、大丈夫ですかアルス様!?」
勇者「あぁ、平気だ。 驚いただけだ。 それにしてもあいつ魔法を使ったな?」
賢者「えぇ、そのようです」
勇者「あいつのあの顔…… 上等だ、やるぞティア!」
賢者「えぇっ!? 相手は女の子ですよ!?」
勇者「心を決めろ。 このままだとやられるぞ」
賢者「……はいっ」
ニヤニヤするのを隠そうともしないサーシャにサーブボールが渡る
女の子よろしく、アンダーハンドのふんわりとしたサーブは最頂点に達するやまたも急降下して砂浜に落ちていく
勇者「させるかっ!」
アルスの恐るべき脚力は高速のボールの落下点へと体を潜り込ませる
レシーブの構えで、アルスが来るべき衝撃に備えて腰を落とすとボールは突如軌道を変える
手にあたるその瞬間、ボールは見えない何かに打ち出されるようにVの字を描いて跳ね返り、アルスの顎を打ち抜いた
勇者「がはぁっ!?」
賢者「アルス様っ!!」
魔女「あっはは! いい気味です!」
魔法使い「うわー、あんたえげつな!」
いつの間にか砂浜横たわっていた体を起こすと、強烈なめまいと痛みで頭がガンガンと揺れている
歯を食いしばりながらサーシャを怒気をこれでもかと含ませて睨みつける
常人であれば顔面蒼白もののそれに、サーシャはビクッと身体を跳ねさせたが猫のように素知らぬ顔をして再びボールを構えた
勇者「サーシャ、来るならこいよ」
魔女「…………」
勇者「俺はお前のサーブを絶対に受け止める。 そして……」
魔女「そして……?」
勇者「お前の顔面に勇者直伝最強本気スパイクをお見舞いしてやる」
魔女「大人気ないっ!」
勇者「こっちのセリフだ」
弧を描いたサーシャのサーブはやはり急降下する
それを片手で払うように裏拳で迎えるが、またもボールは空中でベクトルを変える
だがそんなことは予想済みだ
アッパーの要領でボールと顔面の隙に拳をねじ込む
ボールを捉えると思った瞬間、さらにボールは跳ね、空中で上下左右物凄い速度で不規則に打ち出されていた
弾けるように動くボールは時折こちらに向かって飛んできて迎撃すれば逃げ、と何度も繰り返し状況は膠着する
魔女「ちっ! 化け物なんですかあなたは!」
勇者「ふんっ」
目にも留まらぬ速さで飛び続けるボールはアルスによって完封されていく
彼に触れられればたちまちボールの支配権は移り、サーシャたちは反撃されるだろう
アルスに捕えられるよりも速く、ボールを地面に叩きつけるか、アルスを撃ち抜くかしか選択肢はない
魔女「ドロテア!」
魔法使い「ええ! 分かってるわよ」
何度目かのボールの弾丸を捕らえるべく、返す腕の掌底で打つ
しかしその腕は砂浜から伸びる1本の砂の蔦で絡め取られた
やられたっ!
冷や汗が吹き出し、徐々に近づくボールがやけにスローモーションに見える
咄嗟に上段蹴りを放つもそれは間に合わないのは自分がよくわかっていた
これはかわせないとそう悟った瞬間、足の力がふわっと抜ける
羽が生えたように軽くなり、しかし力は衰えている訳ではない
勇者「ナイスだティア」
賢者「神の御加護があらんことを」
ボールはサーシャの手によって避ける間もなく、蹴りによって軌道を帰ることになる
ホームランのように高く打ち上がった瞬間、既にアルスは上空でそれを待ち構えていた
魔女「なっ!?」
魔法使い「速いっ!」
渾身の一人ボレーシュートが炸裂する
空気を切り裂くほどの蹴りによってボールは形を大きく歪めて、力を溜め込む
そして砲弾のように放たれたボールは一直線にサーシャを目掛けて飛来する
賢者「ちょっと、やりすぎですわ!」
魔女「ひっ!?」
引き攣ったサーシャは一歩も動けない
ボールが加速してネットを超える瞬間、大きな光の壁が姿を現した
壁によって弾き返されたボールは勢いをそのままに、砂浜へと激突する
衝撃によって砂煙が舞い上がり、それが晴れた頃に皆が見るとボールが2mほどもクレーターを作り、その中心地で破裂していた
魔女「まさか遊びで対物理防御魔法を使うことになるとは」
魔法使い「いぇーい」
魔女「いぇーい」
勇者「なんだこれは」
賢者「あはは……」
頭を抱えて目眩を覚えた俺は、やはりティアに水を勧められるのであった
不毛な戦いが終わり、アルスにおんぶをするように首に掴まりながらサーシャは海上遊泳を楽しんでいた
腰まである長い髪を束ねて顕になった首筋にアザがあった
それに気がついてるのはアルスだけでいつそれを教えてやろうかと彼は悩んでいた
魔女「涼しいですねー」
勇者「気持ちいいな」
魔女「アルスの背中快適です」
勇者「頼り甲斐のある背中だろう?」
魔女「亀に乗ってお城に連れていかれる昔話の気分です」
勇者「俺は亀なのか」
魔女「私はお爺さんになるんですね」
勇者「中身はお婆さんだから安心しろ」
魔女「この距離からなら魔法外さないからね!」
勇者「溺れるぞ」
魔女「浮くから大丈夫!」
勇者「海に引きずり込んでやろう」
魔女「末代まで呪います」
勇者「お前が結婚してくれないと俺で血は途切れるな」
魔女「脅迫!?」
魔法で浮力を強くしているサーシャに向き直り、抱きしめ合いながらいつものように口付けを交わす
ただ、捕まろうとしているのかいつもより少し強く抱きしめられている
それがおかしくて吹き出すと、魔女は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった
魔女「塩辛いキスはもうしません」
勇者「地上に戻ればしてくれるんだな」
魔女「やぶさかではないです」
勇者「素直だな」
魔女「スッキリしたので」
勇者「顔面にボールを叩き込んでくれたからな」
魔女「も、もう忘れましょうよ、ね?」
勇者「お前が結婚してくれると言ったらな」
魔女「またそれか!!」
勇者「実際、なんで結婚が嫌なんだ」
魔女「……そうですねぇ」
魔女「私の400年生きてきた意味が分かるまで結婚によって生き方を縛られたくないんですよ」
勇者「それだけか? そんなの俺は大概のことは許容するが」
魔女「でもそれが、400年生きてきた意味がまさかただの色恋だったとしたら…… やりきれないじゃないですか」
勇者「そういうもんか? 結論に至るまで遠回りしすぎただけの話だろ」
魔女「それに遠からずあなたは私よりも早く死んでしまいます」
魔女「別れは辛いですよ。 あなたが私より早死するのは確実なので…… だから生を共にすると誓うのは別れを誓うのと同じで辛いんです」
勇者「別れなんて遅いか早いかの違いだ。 誰にも等しくあるものだ」
魔女「あなたのことを思って、あなたが死んだ後何百年も生きるなんて辛いじゃないですか」
勇者「なら、俺が死んだらお前も後を追えばいい」
魔女「え?」
アルスの目は本気だった
気休めや冗談、そんな類のものは一切なく真っ直ぐにサーシャを貫いた
魔女「あぁ……まぁそういうのもありですか。 長い人生を自分の手で幕引きというのも悪くは無いですね」
勇者「なんなら俺が殺してやってもいいぞ」
魔女「……病んでるんですか?」
勇者「本気だ」
魔女「分かってますよ。 ただ、そうですねぇ……」
魔女「いえ、悪くないですね。 あなたのために残りの人生を少なくするというのも」
勇者「それが人の自然の姿だ」
魔女「でも少し考えさせてください。 ここでは返事はできません」
勇者「いいさ、お前はもう俺のもんだからな」
魔女「それってどういう……」
勇者「ここに、その証がある」
首筋をとんとんと指で叩く
ボケっと呆けた彼女は、得心がいったのかみるみるうちに顔を赤くして茹でダコのようになる
魔女「髪、下ろします」
勇者「胸元につけていいか?」
魔女「……夜まで待って」
勇者「よし」
また今度
仕事が忙しくなり更新遅くなります
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません