渋谷凛「金縛りしてごめん」 (91)


アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作SSです

よろしくお願いします

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──砂浜──

ザザーン ザザーン…

未央「白い砂浜、青い海!」

奈緒「そして後ろにそびえるのは……」

卯月「私たちが泊まる旅館ですっ」

キャッキャ

凛「全く、この暑い中で元気なんだから」

加蓮「はしゃぐ気持ちもわかるけどね。ここ最近、息がつまるようにレッスン漬けだったから」


奈緒「それを気遣ってこんな良い場所を用意してくれたんだよなー。本当、プロデューサーさんには感謝だぜ」

凛「合宿に来たってことは忘れないようにね。ほら、旅館に戻るよ」

未央「えー、もうちょっと海見てようよ」

凛「海なら部屋の窓からも見れるでしょ」スタスタ

未央「もー。海を見るっていうのは、波の音を聞くってことでもあるのになぁ」

タタタッ

加蓮「私たちも行こっか」

卯月「はいっ」

奈緒「おう」


──庭──

加蓮「庭も広いね。玄関まであんなに遠いよ」

奈緒「凛と未央はもう入ったみたいだな。部屋割りどうすんだろ、取った部屋2つだろ」

加蓮「先に行った2人と私たちで分ければいいんじゃない?」

奈緒「それでいいな。よろしく、卯月」

卯月「はい、よろしくお願いしますっ」

奈緒「卯月寝相悪いか?」

卯月「寝相は普通だと思いますけど、寝癖の方が」

奈緒「あーわかる~。癖っ毛気味だと朝辛いよな」

卯月「そうなんですよ。私家からドライヤー持ってきちゃいました」


──旅館──

卯月「この時期ですからね。寝癖は頑固になりがちです。根気よく戦いましょう」

奈緒「雨が降らないことを祈るばかりだなー」

加蓮「寝癖談義はそれぐらいにして。ほら、この部屋だよ」

ガチャ

卯月「わぁ~」

奈緒「海が見えるー!」

加蓮「素敵な眺めだね。凛たちの部屋は隣だよ」

奈緒「じゃああっちの部屋からも海が見れるな。あたし、ちょっとお邪魔してくるよ」

タタタッ


加蓮「全く奈緒ったらはしゃいじゃって」

卯月「えへへ、いいことです。確かに私たちは合宿に来ましたけど、1番の目的はレッスンの疲れを取ることですから」

加蓮「さっすが。ニュージェネの年長者は言うことが大人っぽいね」

卯月「はい、お姉さんですからっ」

加蓮「海見て「わぁ~」って感動してたけどね」

卯月「あはは……」

加蓮「何かあったときは頼むよ、お姉さん」

卯月「もちろんです。島村卯月、頑張りますっ」


──凛たちの部屋──

ガチャ

奈緒「よーす。こっちの部屋はどんな感じだ?」

未央「かみやん! 最高の眺めだよ、ほら窓見て」

奈緒「おおー、確かにすごい。確かにすごいが、うちの部屋から見る海の方がより雄大だな」

未央「なんですとー!」

キャッキャ


凛「2人は元気だね……」

未央「うん。しぶりんはクールだね、こんな時ぐらいリラックスすればいいのに」

凛「……ま、確かにね」

奈緒「凛は力の抜き方が下手だからなぁ」

未央「夜はまくら投げやろうよ!」

凛「3人で?」

未央「いや、しまむー達も呼んで5人全員で!」


奈緒「全員と言えば、プロデューサーさんは何日後に合流するんだっけか」

凛「3、4日後って言ってた気がする。合流っていうか車で迎えに来てくれるだけかも。スケジュール過密だって言ってたし」

奈緒「相変わらず多忙なんだな。私たち以上にあの人に休暇を与えて欲しいぜ」

未央「だからこそ、そのプロデューサーがくれたこの羽伸ばし期間を、私たちは全力で楽しまなきゃ!」

凛「でも体裁は合宿なんだから、少しはレッスンしなくちゃだよ?」

未央「しぶりんは固く構えすぎ。ほい、かみやんパス!」バッ

奈緒「わっ」ボフッ

未央「まくら投げの前哨戦だよーっ」

奈緒「やったな未央~!」 ブンッ

アハハハ


──夕方──

奈緒「旅館は文句もつけようもないほどキレイでいい場所なんだが……夕飯が出ないのが玉にきずだな」

加蓮「いいじゃん。10分も歩けば色んなお店がある商店街に着くんだから」

ザワザワ

卯月「なに食べましょうか。凛ちゃん、どのお店に行きたいですか?」

凛「うーん、何でもいいかな。私あんまりお腹空いてないし」

奈緒「テンション低いぞ凛。こういうときは、土地ならではのものを食べるのが通ってもんだぜ」

加蓮「名産品とかあるの、ここ?」

奈緒「知らん」

未央「あ、看板見て。この土地は昔からナマコ料理が有名らしいよ」

奈緒「……」


──そば屋──

奈緒「いやー食った食った。やっぱり麺類って最高だな。当たり外れがない」

加蓮「前言撤回早すぎでしょ……」

未央「しぶりん本当にお腹空いてなかったんだね。半分食べて、残りは私にくれるなんて」

凛「まあね」

卯月「……」

奈緒「この後どうするか。もちろん2軒目3軒目的な意味で!」

加蓮「奈緒ったら。アルコール入ってるわけでもないのにテンション上がっちゃって……」

未央「私はとことん付き合うぞーっ」

凛「……ごめん、私は先に旅館に帰るね。ちょっと疲れちゃったから」

卯月「あ、じゃあ私も凛ちゃんと一緒に帰ります」


バイバーイ

凛「……無理して私についてこなくても良かったのに」

卯月「いえ、私がしたいことですから」

凛「……そう」

ザワザワ

卯月「結構人がいるんですね。このあたりって観光名所だったりするのかな」

凛「どうだろう。私たちの旅館に、人はそんなに多く泊まってなかったはずだけど」

卯月「今日が特別人が多いのか、私たちの旅館がすごく穴場なのか……」

凛「……ごめん、人混み歩くの疲れる。あっちの公園脇の歩道の方に行っていい?」


──公園──

凛「ちょっと休憩。ベンチに座らせて」

卯月「あ、はい……」

凛「……肩、借りてもいいかな」

卯月「えっ!?」

凛「ダメ?」

卯月「だ、ダメじゃないですけど……どうぞ」

凛「……」トン

卯月(……凛ちゃんの頬、真っ赤だ。もう夕暮れで気温はそんなに高くないのに)


卯月「おでこ、失礼しますね」ピトッ

卯月「り、凛ちゃん、すごい熱じゃないですか!」

凛「……」ボーッ

卯月「ど、どうしよう、旅館の人に電話するか、救急車を」

凛「……そういうのはいい。寝れば元気になると思うし」

卯月「歩けますか?」

凛「ちょっとキツイかも……」

卯月「でも、ここで寝てしまうと体を冷やしてしまいます。毛布がある旅館まで私がおんぶしますね」

凛「おんぶまではしなくて大丈夫。肩組んで、 歩かせて……」


──旅館・凛たちの部屋──

ゴロン

卯月「未央ちゃんたちに今メールを送りました。これ飲んでください、お水です」

凛「うん、ありがとう卯月」

卯月「……少し様子が変だとは思ってたんです。凛ちゃん、熱があったんですね」

凛「隠してたわけじゃないんだ。ちょっと気分が悪かっただけで、まさか熱があったなんて」ハァハァ

卯月「きっとレッスン漬けがたたったんです。猛練習の後の合宿だったから……もっと私が気をつけるべきでした」

凛「ううん、卯月は悪くないよ。私が自分自身に鈍感だっただけ」

ガチャッ

未央「しぶりん大丈夫?」

奈緒「熱があったんだってな。気づけなくて悪かった」

加蓮「見舞いにナマコの串焼き買ってきたよー。いる?」

凛「いらない……」


モグモグ

奈緒「重体じゃないようで良かったが、明日からどうするよ」

未央「朝にレッスンする予定だったけど、しぶりん抜きでやってもね」

凛「ごめんねみんな……」

奈緒「謝ることはないぜ。もともとこの合宿は、疲れを取ることが1番の目的だったんだ」

加蓮「そうそう、気張りがちな凛だもん。むしろ今みたいに、布団で寝転がってるぐらいが丁度いい休養だって」

凛「……うん」

加蓮「私たちは私たちで自由に羽を伸ばさせてもらうから」

未央「海に入ったり!」

奈緒「ナマコを食ったりな」


加蓮「それじゃおやすみ~」

バタン

凛「カーテンで部屋分ける?」

未央「風邪を移さないか心配してくれてるの? 私は平気だよ」

凛「そっか……」

未央「そもそも熱の原因は夏風邪なのかな」

凛「わからない。商店街に行く途中から、急に体が重くなった感じがして」

未央「いわゆる疲れがどっと出たってやつなのかねぇ。旅館に来るまでのバスとか元気そうに見えたけど」

凛「……もう寝るね。おやすみ」

未央「うん、おやすみ」


──夢──

凛『……ん。あれ、ここは?』

卯月『次、凛ちゃんの番ですよ』

凛『卯月? それにここは……バスの中だ』

奈緒『ババ抜きの途中でぼーっとすんなよな。これはポテチを賭けた真剣勝負なんだぜ』

凛『……そっか、ここは夢か。えーと、はい』ヒョイ

未央『ぐわー! なぜそこがババじゃないとわかったー!』

凛『その1つ隣がババでしょ。はいあがり。夢の中じゃ1位抜けも簡単だね』

加蓮『おし~。私後1枚だったのに』

楓『勝負の世界はシビア凛ですね。ふふっ』

アハハハ…


奈緒『楓さんと小梅の2人は次のサービスエリアで降りるんですよね?』

楓『はい。美優さんと待ち合わせて、みなさんとは別のホテルに宿泊します』

ツンツン

凛『ん?』

小梅『凛ちゃん、ちょっと、いいかな……』

凛『何、小梅?』

小梅『凛ちゃんたちが泊まる旅館。少し、気をつけたほうがいいと思う……』

凛『なんで?』

小梅『あの旅館には、悪霊が住んでるから……』


──朝──

凛「……」ボーッ

未央「しぶりんおはよう。よく眠れた?」

凛「どうかな。夢見てた気がするから、ちょっと浅めかも」

未央「どんな夢見たの?」

凛「夢っていうか、昨日のことを思い出してた感じ」

未央「あー、そのタイプの夢ね。夢って昼間までの記憶を元にして作られるらしいからね」

ガチャ

加蓮「2人とも起きた?」

未央「うんっ、ばっちし起きてるよー」

加蓮「これから朝食食べに行こうと思ってるんだけど、2人も一緒にどうかなって」

未央「おー、行く行く!」

凛「私はもうちょっと布団にいようかな」


バタン

凛「……」

 小梅『凛ちゃんたちが泊まる旅館。少し、気をつけたほうがいいと思う……』

 小梅『あの旅館には、悪霊が住んでるから……』

卯月「凛ちゃん?」ヒョコ

凛「わっ、卯月!」

卯月「さっきから何度も話しかけてるのに、凛ちゃんぼーっとしてましたよ」

凛「ごめん卯月。気がつかなくて」

卯月「熱は……もうないみたいですね」ピトッ


凛「卯月は朝食食べに行かないの?」

卯月「はい。凛ちゃんと一緒にいますっ」

凛「気を使わなくたっていいのに。ただでさえ迷惑かけちゃってるんだから」

卯月「私がしたいことです。それに、私はニュージェネで一番お姉さんですから。凛ちゃんの看病をするのは当然のことです」

凛「……ありがとう」

卯月「いいえ。加蓮ちゃんに許可をもらって、昨日のポテチを頂いてきました。一緒につまみましょう!」

凛「そっか、昨日のババ抜きって結局加蓮が勝ったんだっけ」

卯月「はい。凛ちゃんも惜しかったんですけど、あと1枚のところで未央ちゃんからババを引いちゃって」

凛「そうだったね。夢では1位だったんだけどなぁ」

卯月「?」

凛「ふふ、なんでもない」


パリパリ

凛「昨日のバスで、小梅にさ」

卯月「小梅ちゃん?」

凛「こんなことを言われたんだ。『この旅館には悪霊がいる』って」

卯月「悪霊……」

凛「オカルトを信じてるってわけじゃないんだけど。夢で思い出したから、ちょっと気になって」

卯月「小梅ちゃんが言うことが本当なら、気をつけるべきですよね」

凛「そうだね、塩でも撒こうかな。この塩味のポテチでも効果あるかな?」

卯月「あはは。効果はわかりませんが、女将さんに叱られちゃいそうですしやめておきましょう」


オーイ オリテコレルカー

凛「奈緒の声だ」

卯月「私が行ってきます。凛ちゃんは安静にしていてください」

スタスタ

凛「……」

未央「しぶりんのためにパラソル借りてきたんだ」

卯月「これなら日陰ができて、ビーチで一緒に遊べるかもしれません!」

加蓮「凛、降りてきなよ」

凛「なるほど、そういうことね」フフ

スタスタ


──海──

未央「それそれっ」バシャ

卯月「きゃ、冷たいです」ウフフ

未央「しまむー、あっちの岩陰の方を探索だ!」

卯月「ラジャーですっ」

タタタッ

加蓮「いやぁ若いっていいねぇ。冒険だねぇ」

奈緒「高1が何を言ってんだか」

凛「2人は海に入らなくていいの?」

加蓮「私たちは砂のお城でも作ろうかと思って。凛もそのパラソルの下から私たちの作品を見ててよ」

奈緒「よっしゃ、アナ雪みたいなの作ろうぜ!」


凛「……」

ザザーン ザザーン…

凛(波の音は気持ち良い、けど)ボー

凛(少し気分が悪いな。さっきまで調子良かったのに)

ピト

凛「ん?」

卯月「ジュース買ってきましたっ」

凛「卯月……未央は?」

卯月「今かくれんぼの途中なんです。これ飲んでください、みんなには内緒ですよ」

凛「……ふふ、ありがとう」


卯月「遠目から見て、少し顔色が優れないように見えたので気になって来てみたんです」

凛「あー、うん。実は少し気分が悪くて」

卯月「やっぱり……」

凛「夏風邪にしては体調の浮き沈みが激しい気がする」

卯月「まさか本当に悪霊の仕業だったり?」

凛「わからないけど、考えてみると妙なんだ。昨日だって夕飯を食べに行ってから急に気分が悪くなったし」

卯月「さっき部屋にいるときは熱もなく元気そうでしたよね。旅館の中にいる分は割と平気なのに、外に出た途端に体調が悪化する……」

凛「不思議な話だ」

卯月「私もう行きますね。そろそろ未央ちゃんがこっちを探しに来ると思うので」

タタタッ


凛「……」

奈緒「おーい凛、この砂の城見てくれよ!」

加蓮「なかなかのものが出来たでしょ」

凛「……へぇ、いい感じじゃん」

奈緒「写真撮って楓さんたちに送ろうぜ」

加蓮「いいねぇ。右からパシャリ。左からパシャリ。ついでに凛もパシャリ!」

凛「わっ」

奈緒「いい感じのが撮れたな。凛もパラソルの下だと上品なお嬢様って感じだ」

加蓮「本当だね。この砂のお城に住んでても全く違和感ないよ」

凛「褒めてるのそれ?」クス


卯月「みなさーん」タタッ

奈緒「お、卯月と未央だ」

未央「そろそろ旅館に戻ろっか」

加蓮「そうだねー。城も無事に完成したし」

未央「うおー、すごーい!」

加蓮「部屋の窓からも見れるかな? 行って見てこよっか、卯月」

卯月「はいっ」

タタタッ

奈緒「あたしパラソル返すついでに、適当に5人分のお昼ご飯買ってくるよ。みんなは部屋でくつろいでてくれ」

凛「いいの? 悪いね奈緒」

未央「頼みましたぞかみやん隊長!」


──卯月たちの部屋──

加蓮「あー、あれだ。すごくちっちゃいけど、あの砂浜にポコっと出たやつがあたしたちが作った砂の城だね」

卯月「わ~。なんだか感動しちゃいますね」

加蓮「ふふっ。波で明日には消えちゃってるだろうけど、写真も撮れたし、いい思い出になったなぁ」

卯月「私も未央ちゃんと遊んで、楽しい思い出になりましたっ」

加蓮「うんうん。凛の調子が戻ったら、5人一緒でも遊びたいね」

卯月「はいっ」ニコッ

加蓮「そうだ。お昼の前だけど、ポテトチップス食べちゃおっか」

卯月「ポテトチップス?」

加蓮「昨日のババ抜きで勝ち取ったやつ。……あれ、ここに置いといたはずなのになくなってる。卯月知らない?」

卯月「いえ……」


未央「かみやんから電話ー。2人ともお昼何食べたい?」ガチャ

加蓮「お、奈緒買いに行ってくれたんだ。やさしー」

卯月「私はなんでもいいです。近くで買えるものを買って来ていただければ」

未央「今コンビニにいるって。私はパン頼んだけど、かれんは?」

加蓮「適当に~って伝えといて」

未央「了解~」

バタン

加蓮「で、なんの話してたんだっけ?」

卯月「あはは……」


イタダキマース

凛「もぐもぐ」

未央「おー、今日は食欲あるじゃんしぶりん!」

凛「部屋にいる時は元気でいられるみたい。自分でも不思議なんだけど」

加蓮「リラックスできてるってことじゃない?」

奈緒「私のチョイスが絶妙だったから、箸が進むのかもな」アハハ

卯月「このサンドイッチ美味しいです。はい凛ちゃん、あーん」

凛「いや、あーんとか恥ずかしいから……ていうかなんで私に?」

卯月「食べて体力つけないとですから!」

加蓮「ふふ、卯月は本当にお姉さんだね」

アハハハ…


──夜──

未央「よっしゃ、また1位!」

奈緒「人生ゲーム強いな未央」

加蓮「ねえ、そろそろ終わりにして今日はもう寝ない? 私眠くなってきちゃった」ファーァ

未央「もうこんな時間なんだ。まくら投げやりたかったけど……それは次の機会だね」

凛「長いことお邪魔したね。それじゃあ、未央と部屋に戻るよ」

奈緒「おう、また明日な」

卯月「また明日ですっ」

バタン


──凛たちの部屋──

未央「おやすみー」

凛「うん、おやすみ」

カチッ

凛「……」

凛(部屋で遊んだ午後は、熱が上がった感じもしないし体のダルさもなかった)

凛(まるで誰かが、この部屋に私を留まらせるように仕向けてるみたいだ)

 小梅『あの旅館には、悪霊が住んでるから……』

凛(……まさか、考えすぎだよね)


ゴソゴソ

凛「……未央?」

未央「ぐー、ぐー」

凛(未央じゃない。でも今確かに、誰かが布団を踏む音がした)

ゴソゴソ ゴソゴソ

凛(こっちに近づいてくる。そんな、まさか本当に)

凛(悪霊が……)


卯月「凛ちゃん」

凛「……!?」

卯月「たくさん汗かいてますね。やっぱりまだ体調がすぐれませんか?」

凛「……ど、どうして卯月がここに?」

卯月「昼間のお話の続きをしようかと思って。その、悪霊のことについて……」

凛「……もう、ビックリさせないでよ」ホッ

卯月「ごめんなさい。未央ちゃんを起こさないように抜き足差し足で来たから。もしかしてその冷や汗、私のせいですか?」

凛「もしかしなくてもそうだよ。……でも私もちょうど卯月と話したいところだったんだ。ここじゃうるさいから、一旦外に出よっか」


──廊下──

卯月「旅館とか、泊まりに来た建物の廊下ってワクワクしますよね」ワクワク

凛「……わからなくはないけど、今は深夜だからね。ワクワクってよりかはドキドキかも」

卯月「あはは、どっちも素敵です」

凛「奈緒と加蓮には言ってから来たの?」

卯月「いいえ。お2人とも寝ていたので、黙って凛ちゃんたちの部屋まで来ました」

凛「まさか悪霊について相談してくるとも言えないしね」

卯月「ふふ、そうですね」


──ラウンジ──

ガコンッ

凛「ミルクティー買ってきたよ。飲む?」

卯月「ありがとうございます。凛ちゃんはコーヒーですか?」

凛「私はスポーツドリンク。ほら、塩入ってるから」

卯月「ええ……」

凛「幽霊について旅館の人にも話聞いてみたいよね。昔事件があったかどうか、とか」

卯月「悪評につながるようなことは話してくれなさそうな気もしますが……」カチッ

凛「誰にも言わないって約束すればきっと教えれくれるよ」

卯月「うーん。どうですかねぇ」ゴクゴク


凛「もし本当に悪霊がいるんだとしたら、この建物に何か因縁があるんだと思う」

卯月「なぜですか?」

凛「この建物の中に出ると急に気分が悪くなるんだ。私をこの建物に引き止めようとしているのかも」

卯月「だとしたら怖いですね。すでに凛ちゃんに悪霊が憑いちゃってるってことですから」

凛「私の身に起こってるのは、割と深刻な問題なのかも。今はここに泊まってるからいいけど……」

卯月「なるほど。この合宿が終わって旅館から離れる時、ですね」

凛「うん、どうにかしてそれまでに解決しなきゃ。協力してくれる、卯月?」

卯月「もちろんです!」


スタスタ

卯月「でも、協力すると言っても私は何をすればいいんでしょうか」

凛「話相手がいるってだけで心強いんだよ。悪霊のことは私と卯月と小梅しか知らないはずだから」

卯月「未央ちゃんたちには話さないんですか?」

凛「今はやめとく。このタイミングで霊にとり憑かれたなんて言ったら、本当に病院送りにされかねないからさ」

卯月「あはは……確かにそうかもです」

凛「卯月は私の話をよく信じてくれたね?」

卯月「凛ちゃんは嘘をつかないって知ってますから。それに小梅ちゃんの霊感は当たると、寮の美穂ちゃんからよく聞かされていますし」

凛「なるほどね」


卯月「歩いて何か気になるところはありましたか?」

凛「ううん。今日の探索はこれぐらいにしよっか。もう深夜だし」

卯月「そうですね。明日に備えてもう寝ましょう」

凛「今日のことはみんなに秘密ってことで。もちろん、解決したら話すつもりでいるけどね」

卯月「そうですね。私と凛ちゃんだけの秘密です」ニコッ

凛「……」

卯月「凛ちゃん?」

凛「いや……あのさ卯月。まだちゃんとお礼言ってなかったよね」

卯月「え?」


凛「昨日、そば屋から1人で帰ろうとした私を助けてくれてありがとう」

凛「無理についてこなくていい、なんて不愛想なこと言ったけど、本当は卯月が付いてきてくれてすごく嬉しかったんだ」

凛「今だってこんなに助けられてる。本当にありがとう、卯月」ニコ

卯月「……」

凛「じゃ、そういうことだから。おやすみ」クルッ

卯月「あの、凛ちゃん……」

凛「何?」

卯月「あ……いえ、なんでもないです」


──朝──

奈緒「ふぁーあ……ん?」

ピコピコ

奈緒「楓さんからメールだ。昨日の写真への返信だな。『素敵な砂のお城、凛ちゃんのお肌は真っ白』だって、はは……」

奈緒「あれ、楓さんの後に小梅からもメールが来てる。……ん、どういう意味だこれ」

加蓮「奈緒おはよ~」

奈緒「ああ、加蓮おはよう」

卯月「おはようございます」

加蓮「卯月も起きたか。ちょうどいい、これから凛たちの部屋に行くぞ」


──凛たちの部屋──

トントン …ガチャ

未央「ふぁーあ。早いね3人とも。朝ごはん?」

奈緒「それもだが、凛あてに小梅からメールが届いたんだよ」スッ

未央「んー? なになに……」

小梅『凛ちゃんへ。気をつけて、悪霊は友達に化けて現れる』

未央「……どういう意味?」

奈緒「知らん。でも多分、凛に見せれば通じるんだろ」

未央「ふーん? じゃあまあ、しぶりんに見せておくよ。携帯貸して」

奈緒「おう」

バタン


未央「しぶりーん。起きてる?」

凛「……ん」ゴシゴシ

未央「かみやんの携帯置いとくから。先頭のメール読んでおいてね。私先に洗面台使うからー」

凛「んー、わかった……」

スタスタ

未央(……あ、クリームもう切れてる)

未央(カバンに替えあったっけ)チラッ

フワフワ

未央「……」

未央(私もまだ相当寝ぼけてるな。携帯が浮いて見えるなんて)

未央(まあいいや。しぶりんのクリーム借りちゃおー)


凛「……眠いけど、起きなきゃ」ムクッ

凛「えーと、奈緒の携帯の先頭のメール、だっけ?」ピッピッ

楓『素敵な砂のお城、凛ちゃんのお肌は真っ白』

凛「……朝一でこれ見せられて、私どうリアクションすればいいの」

未央「しぶりんお待たせ。メール見た?」

凛「あ、うん。見たよ」

未央「どういう意味なのかな」

凛「うーん、彼女には彼女の世界があるとしか……」


──砂浜──

サクサク

未央「買ったものを砂浜で食べ歩き。いやぁ優雅な朝ですな」

奈緒「そうか。結局凛にもあの内容の意味はわからなかったのか」

凛「うん。携帯返すね」

奈緒「おう」

卯月「凛ちゃん、歩けるぐらい体調が戻ってよかったです」

凛「少しだるい感じはあるけどね。でもこのぐらいの距離なら、建物と離れても苦しくはないから」

卯月「距離って?」

凛「ほら、昨日話したじゃん」

卯月「?」

凛「あ……ごめんごめん。なんでもないよ」

凛(そうだった。昨日の深夜のことはみんなに秘密なんだった)


加蓮「奈緒、ポテト1本あげるからたこ焼き1個ちょうだい」

奈緒「なんだその不平等貿易は。断固拒否する」

加蓮「えー、ケチ」

奈緒「ケチとはなんだ!」

加蓮「奈緒にはボランティア精神が足りないよ。ほら、あそこにいる人を見てみて」

大女将「……」

加蓮「あんなにご高齢なのに朝からゴミ拾いをしてる。あれぐらいの慈悲の心を持たなきゃダメだよ」

奈緒「お前が言うな!」

大女将「……私も別に、ボランティアでゴミを拾ってるわけじゃありませんけどねぇ」

加蓮「あ、聞こえてましたか……」

凛「謝りな、2人とも」


女将「いいえ。お客様が謝るだなんてとんでもない」

未央「お客様?」

加蓮「ってことはあなたは」

大女将「ええ。ここの旅館の大女将をやっております。あいさつは女将の方がしましたので、会うのは初めてでございますね」

奈緒「なるほど。大女将さんだったんですか」

加蓮「ボランティアじゃないって言ったのはそういうことね」

凛「海をきれいに保つことで、お客さんがやってきてくれるってことなのかな」

卯月「これもお仕事のうちなんですねぇ。お疲れさまです」ペコ

大女将「いいえ、これは仕事ではなく……贖罪なのですよ」

凛「贖罪? 何の?」

大女将「死なせてしまった、お客様への」


シーン…

未央「し、死なせてしまったって……」

大女将「……今よりマナーの悪かった時代、砂浜には拾えないほどたくさんのゴミが散らばっていました」

大女将「ある日、ゴミにつまづいて頭を打ち、1人のお客様が亡くなってしまったのです」

大女将「ちょうどあなた方と同じ歳頃の女の子でした」

凛「……」

大女将「その女の子は何日もお泊りになっているお客様でした。何日も、たった1人で……」

大女将「両親の仕事の邪魔だからこの場所に預けられたんだと、悲しげに話されていたのをよく覚えています」

大女将「女の子はいつも寂しそうでした。海に来た観光客とおしゃべりするのが毎日の日課で……亡くなった日も、そのために砂浜に出たのです」


大女将「女将として、お客様の孤独を埋められないどころか、命さえもお守りできなかった」

大女将「今でも私は夢に見ます。若かりし私に、楽しげに話しかけて下さる女の子の姿を」

大女将「贖罪というのはそういう意味です。それでは……」

サク… サク…

加蓮「……奈緒。ポテト5本あげるよ」

奈緒「いいんだ加蓮。1本と交換しよう」

未央「この旅館にそんな悲しい事故があったなんてね」

卯月「はい。お祈りを捧げましょう。天国の女の子が幸せでいっぱいでありますように……」


──凛たちの部屋──

未央「かみやんとナマコ食べに行くけど、しぶりんも行く?」

凛「いや、私はいいや」

未央「そう。もしかして体の具合悪いの?」

凛「ううん、今は平気。自分の体調のこともだんだんと分かってきたんだ」

未央「そっか、気分悪いときは強がらないで正直に言うんだよ。じゃあ行ってきます」

凛「うん。いってらっしゃい」

バタン


凛「……」

卯月「凛ちゃん」

凛「あ、卯月。また来てくれたんだ」

卯月「はい。きっと色々と話したいことがあるんじゃないかと思って」

凛「そうだね。大女将さんの話は衝撃だった」

卯月「私たちと同年代の女の子が亡くなったんですものね。私も驚きました」

凛「私も卯月と同じ気持ちで祈ったよ。せめて天国では、寂しい思いをしてないといいな」

卯月「そうですねぇ」


凛「……ふぁーぁ、ちょっと眠くなっちゃった。卯月は? 昨日遅かったでしょ」

卯月「いえ、私は特に眠気はありません」

凛「そっか。少し居眠りしてもいいかな?」ゴロン

卯月「はいどうぞ。……ふふ、加蓮ちゃんの言った通りですね」

凛「加蓮?」

卯月「初日の夜に、布団の凛ちゃんに言ったことですよ」

 加蓮『気張りがちな凛だもん。むしろ今みたいに、布団で寝転がってるぐらいが丁度いい休養だって』

卯月「あの日より今の方が、凛ちゃん息の抜き方が上手みたいです」クス

凛「あー……確かにそうかも」

卯月「おやすみなさい、凛ちゃん」

凛「うん、おやすみ」


──夕方──

未央「それではみなさんお待ちかね、まくら投げ大会を開催したいと思います!」

パチパチパチ

凛「……ん、何の騒ぎ?」ムク

奈緒「目を覚ましたか凛。今起こそうと思ってたところだったんだ」

凛「まくら投げがどうとか聞こえてきたけど」

未央「今から宴会場に行ってまくら投げ大会をするの。部屋の中じゃさすがに危ないからさ」

加蓮「何か賞品とかあったりするのー?」

未央「優勝賞品は『1日部屋を独り占めできる権利』だよ。まあ、みんなには関係のない話だけどね」

卯月「どうしてですか?」

未央「ふっふっふ……この未央ちゃんが優勝するに決まってるからだよ!!」


──宴会場──

未央「ぎゃーっ」バフッ

奈緒「最下位じゃねーか! って、ぐわーっ」バフッ

凛「わ、当たった」

加蓮「容赦ないね凛。未央に続いて奈緒まで、しかもそんな豪速球で仕留めるなんて……」

凛(そんなに力を込めて投げてるつもりないんだけどな)ヒュ

…ギューン!

加蓮「軌道が変わ──きゃっ」バフッ

凛「……残るは卯月だけだね」

卯月「あ、あわわわ」ブルブル

凛「……」


凛「……やー」ポーン

奈緒「まくらを上に放り投げた! あんなん卯月にキャッチしてくれって言ってるようなもんじゃんか!」

加蓮「卯月に甘いんじゃない凛ー?」ブー

凛「だって部屋独り占めとか興味ないし」

卯月「よ、よーし。これなら私でも捕れるはず……?」ピタ

卯月(あれ、体が動かない)

ボフッ

卯月「わふっ!」

未央「しまむー選手これをエラー、顔面に直撃だ! 優勝はしぶりん選手ー!」

凛「え……」


──凛の部屋──

未央「今までお世話になりました。実家に帰らせていただきます」ペコ

凛「変な言い方しないでよ」

未央「えへへ、それじゃ私しまむーたちの部屋で今日は寝るから。おやすみしぶりん」

バタン …シーン

凛「……広い部屋を1人で使えるっていうのは、そりゃあ悪くない気分だけどさ」

凛「こんなに静かなんじゃ、優勝賞品なのか罰ゲームなのか分からないね」

 大女将『その女の子は何日もお泊りになっているお客様でした。何日も、たった1人で……』

 大女将『両親の仕事の邪魔だからこの場所に預けられたんだと、悲しげに話されていたのをよく覚えています』

凛「……」


卯月「何かお悩みですか、凛ちゃん」

凛「わっ、卯月。もう、いつもいきなり現れるんだから」

卯月「えへへ。なんとなく悩んでるんだろうなってことが気配でわかるんです」

凛「……亡くなった女の子の話なんだけどさ」

卯月「はい?」

凛「もしかしたら悪霊の話と、結びついてるんじゃないかなって思って」

卯月「……女の子は事故で亡くなったと大女将さんは言ってましたよ」

凛「そうだけど、死因じゃなくてさ。むしろそれまでの生活の方に未練があったんじゃないかなって」


凛「この部屋は、1人で過ごすには広すぎるもん」

卯月「……」

凛「今日も一緒に建物内を探索しよ。みんなが寝てから昨日のラウンジに集合ね」

卯月「はい、わかりました。……1人が寂しいのなら、私がこっちの部屋で一緒に寝ましょうか?」

凛「ありがとう、でもいいや。一晩だけでもその女の子の気持ちを自分で体験してみたいから」

卯月「……そうですか」

凛「なんで卯月が寂しそうなの?」クス

卯月「いえ。では私、部屋に戻ってますね」

バタン


──夜──

凛(誰もいない部屋で1人。私が考えていたのは、亡くなった女の子のこと)

凛(両親に邪魔者扱いされてこの場所に預けられたんだと言っていた)

凛(私はそれは、邪魔者扱いなんじゃなくて大事にされてた故の行為だったんじゃないかとも思う)

凛(本当に邪険に思っていたんだとしたら、こんな良い旅館でわざわざ1部屋を貸し切ったりしないだろうから)

凛(でも女の子が本当に欲しかったのは、いい部屋よりもいい景色よりも、両親と一緒にいる時間だったんだよね)

凛(おしゃべり好きのお嬢様、か。そういう意味じゃ、ちょっと卯月に似てるのかも)

凛(……卯月に似てる?)

 卯月『何かお悩みですか、凛ちゃん』

 凛『わっ、卯月。もう、いつもいきなり現れるんだから』

凛「……いやいや、そんなまさか」


──ラウンジ──

卯月「あ、凛ちゃん」

凛「卯月。早いね」

卯月「今日はどこを探索するんですか?」

凛「砂浜を歩いてみよう。女の子は、あそこで亡くなったっていうし」

──砂浜──

サクサク

卯月「夜の海ってキレイですけど、ちょっと怖いですね」

凛「だね。涼しくて風は気持ちいいんだけど、海は真っ黒だ」


サク…

凛「ん?」

大女将「あら、あなた方は今朝の」

卯月「大女将さん。こんな時間までゴミ拾いですか?」

大女将「はい。と言っても、もう拾うゴミも落ちてないんですがね」

凛「お疲れ様です」

大女将「いいえ。前にも申し上げた通り、これは贖罪なのですから……」

卯月「……」


大女将「もし。そっちの背の低い方のお嬢さん」

卯月「え、はい?」

大女将「替えのトングを、あっちの階段の方に置いてきてしまってねぇ。取りに行って下さるととても助かるのですが」

卯月「あ、はい。トングですね、わかりました」

タタタッ

大女将「……さて、ピアスのお姉さん。亡くなった女の子の話には実は続きがあります」

凛「ん?」

大女将「女の子はこの世に未練を残し、幽霊となって旅館に留まりました」

大女将「そして気に入ったお客様にとり憑いては、お客様が大切に思っている人に化け、旅館に閉じ込めようとする悪霊と化してしまったのです」

大女将「悪霊がよく化けるのは、自分と同じ年ごとの女の子……」

凛「どういうこと?」

大女将「やはり気づいていませんでいたか。先ほどのお嬢さんはあなたの友人ではなく、友人に化けた幽霊の姿なのです」


キョロキョロ

卯月(トング見当たらないなぁ)

凛「……ねえ」ザッ

卯月「あ、凛ちゃん」

凛「……トングは大女将さんの気のせいだったって」

卯月「そうだったんですか。なくしたわけじゃなくてよかったです」

凛「もう一周歩こうか、砂浜」

卯月「え、いいですけど。どうして?」

凛「考えてみれば、もう旅館に来て3日目の夜……いや、4日目の朝だ。今日の昼にはプロデューサーが来て、私たちは帰らなくちゃいけない」

卯月「……」


サクサク

卯月「プロデューサーさんには事情を説明して、私たちは旅館に留まったほうがいいと思うんです」

凛「……」

卯月「今ここから離れたら、凛ちゃんの命が危険です。未央ちゃんたちだけ先に帰ってもらって、私たちはここに残りましょう」

凛「……きっと女の子の幽霊は優しいから、苦しめても命を取るまでのことはしないと思うよ」

卯月「そんなこと、わからないじゃないですか」

凛「わかるよ」

卯月「どうして?」

凛「だってあんた優しいもん。ポテチ持ってきてくれたり、ジュース買ってきてくれたりしてさ」

卯月「……!!」


凛「2日目から私の前だけに現れた卯月は、あんたが化けていた姿だったんだね」

卯月「あ、あの……」

凛「いいんだ。あんたにも事情があることは、もう知ってるから」

卯月「……」

凛「事情を知ってる上で尋ねるけど、どうして成仏しないでここに留まってるの?」

卯月「天国に行って友達ができなかったら、また寂しい思いするのかと思うと、怖くて」

凛「……」

卯月「それに幽霊って色々と便利なんです。人に化けられるし、眠気も感じないしで」

凛「へぇ。それはちょっと羨ましいな」

卯月「一緒に幽霊になりますか? とり殺してあげましょうか?」

凛「い、いや、それは遠慮するけど……」


凛「別に幽霊のままでいたいならそれでも構わないけどさ、あんまり人に迷惑がかけちゃダメだよ」

卯月「すみません。寂しがり屋なもので……」

凛「あんただって悪霊呼ばわりは嫌でしょ。小梅にそう言われるなんて、相当なもんだと私は思うよ」

卯月「そうですね。これからは生活を改めたいと思います」

凛(生活って……)ハハ

卯月「……凛ちゃん、本当に今日帰ってしまうんですか」

凛「まあね。この数日はゆっくりと休めたから、またレッスン頑張らないと」

卯月「勝手にとり憑いた私が言うのも変ですが、凛ちゃんほど話していて楽しかった子は過去にもいなかったほどです」

凛「その言葉は嬉しいけど、それはあんたが卯月の姿をしていたからだよ」


卯月「……」

凛「あ、ごめん。言い方が悪かったかな」

卯月「いえ。凛ちゃんの言う通りです。だって──」

 凛『今だってこんなに助けられてる。本当にありがとう、卯月』ニコ

卯月「あの笑顔は私にじゃなく、本物の卯月ちゃんに向けられたものだったんですよね」

凛「……うん」

卯月「面と向かって話していても、それは私と喋っているわけじゃなくて、私の顔をした人に向けて言葉を発しているわけです」

卯月「ここにいたままじゃ私、いつまでたっても独りぼっちなんですね」

卯月「今決めました。私、成仏します」

凛「そうだね。それがいいと思う」


キラッ

凛「朝日……もうこんな時間なんだ」

凛「ねえ、今日ぐらい一緒の部屋で寝ても……」

シーン

凛「……」

未央「おーいしぶりーん!」タタタ

凛「あれ、未央」

未央「しぶりん早起きだね。それとも、1人だと寂しくて眠れなかったとか?」クス

凛「……まあそんなところ」

未央「え?」キョトン


──卯月たちの部屋──

奈緒「おかえり未央、凛。散歩気持ちよかったか?」

未央「まあね~」

加蓮「未央ってば、藍子の趣味が移ったんじゃない?」

未央「あはは、そうかも」

卯月「プロデューサーさんから連絡があって、今日のお昼にキャンピングカーで迎えに来てくれるそうです」

凛「そっか。長いようで短かった3泊4日だったね」

未央「何言ってんのしぶりん。まだ合宿は終わってないでしょ」

凛「確かに。私の体調も治ったし、最終日ぐらいレッスンを……」

未央「よし、これから商店街で最後の食べ歩きだー!」

オー!

凛「……あはは」


──商店街──

凛「ん、ナマコって意外と美味しいね」モグモグ

奈緒「だろ~?」

加蓮「あれ、卯月は?」

未央「歩き疲れちゃったから、公園で少し休んでるって」

──公園──

卯月「はぁ、はぁ」

卯月(どうしちゃったんだろう私。急に気分が悪くなって……)

凛「卯月ー」タタタ

卯月「あ、凛ちゃん」

凛「大丈夫? 疲れたから休んでるって聞いたけど」


卯月「えへへ。なんででしょうね、急に息が上がっちゃって……私も夏風邪を引いてしまったんでしょうか」

凛「……ごめん。私もわざと苦しめてるわけじゃないんだけどさ」

卯月「え?」

凛「卯月にはたくさん謝らなくちゃいけないことがある。ちゃんと謝ってから、成仏しようと思って」

卯月「?」

凛「勝手に姿借りちゃってごめんね。この人カッコよかったから、つい話してみたくてさ」

凛「加蓮のポテチのことも謝らなくちゃ。結果的に濡れ衣着せたみたいになっちゃったね」

凛「それとまくら投げの時、金縛りしてごめん。独り占めできる絶好のチャンスだと思ったんだ」


凛「それらのお詫びってわけじゃないけど、今から卯月にちょっとしたプレゼントを送るよ。卯月、目を瞑って」

卯月「え?」

凛「早く」

卯月「あ、はい……」スッ

卯月「……」ドキドキ

ボフッ

卯月「わふっ!」

卯月「うぅ……これは、まくら?」

凛「卯月ー。プロデューサー迎えに来たよー」タタタッ

卯月「凛ちゃん。あれ、あれ?」キョロキョロ


──車──

ゴー

卯月「ごめんなさい。私公園でぼーっとしていたみたいで」

凛「ふふ。その気持ちわかるな。私もこの数日間、夏の暑さのせいでおかしな夢を見ていたみたいだったから」

卯月「あはは。夏風邪が完全に治ったようで良かったです」

凛「うん……卯月、そのまくらどうしたの?」

卯月「それが寝ぼけて旅館から持ってきちゃったみたいなんですよ。今度泊まるとき返さないと」

凛「そうなんだ。でもいい旅行の口実ができたじゃん」

卯月「あはは、そうですね」

凛「その時は私も誘ってよ」

卯月「もちろんです」ニコ


楓「2人はこの数日間で、さらに仲が深まったみたいですねぇ」スッ

凛「あ、楓さん」

卯月「楓さんたちのホテルはどんな感じでしたか?」

楓「いい場所でしたよ。ね、小梅ちゃん?」

小梅「うん……でも、凛ちゃんの写真が送られてきた時は、ビックリした……」

凛「加蓮が撮ったやつだよね。ビックリって何が?」

小梅「……ううん、無事に解決したなら、それが一番」エヘ


奈緒「プロデューサー、ナマコの串焼き食べるか?」

加蓮「こら奈緒。運転中に気が散るようなことしないの」

未央「みんなお土産は買った? ちなみに私は、ポジパにわかめせんべいを買った!」

卯月「私はピンチェのみんなに、お揃いの貝殻のストラップを買いましたっ」

凛「しまった」

未央「どしたの?」

凛「私トライアドにお土産買うの忘れた」

未央「そ、それは大変だ……ってなんでやねん!」

凛「ふふふっ」

アハハハ!


楓「みなさん、良い合宿になったみたいですね」

小梅「……楓さん、少しホッとしてるみたい」

楓「ふふ、わかりますか。実は少し心配していたんです」

小梅「誰を?」

楓「凛ちゃん。凛ちゃんは、肩の力の抜き方があまり上手くありませんから」

小梅「……楓さん、優しいね」

楓「いえ。でも今の彼女を見ていれば、そんな心配は最初から杞憂だったとわかりますね」


楓「”つかれ”の取れた良い笑顔です」

小梅「……ふふっ」

楓「?」



おわり


お疲れさまでした

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