神谷奈緒「箱の中にいる」 (95)


アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作SSです

よろしくお願いします

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──中庭──

テクテク…

奈緒「はぁー。寒ー」

奈緒(とっとと事務所に行って暖をとりたいぜ)

奈緒「……ん?」

?「こんっ」

奈緒「……!?」

?「こんこんっ」タタッ

奈緒「あ、ちょ!」

奈緒「……行っちゃった」


──事務所──

奈緒「でさ、中庭を突っ切ってここに来る途中、珍しい動物に出会ったんだよ」

加蓮「珍しい動物?」

奈緒「あれは多分、狐だった!」

加蓮「狐……」

未央「狐ってこの辺りに生息してるんだ」

奈緒「そうだと思う。色が狐っぽかったし、私も信じられなかったけど、こんって鳴いてたし」

加蓮「……だと思うとか、っぽいとか、随分と曖昧な言い方だね」

未央「寝ぼけてたんじゃないの、かみやんー?」クスクス


奈緒「そんなこと……多分、ないよ」

加蓮「怪しー」フフッ

奈緒「し、信じられないっていうなら、今から探しに行こうぜ!」

未央「探しにって、中庭に狐を?」

奈緒「おう!」

ガチャッ

凛「おはよー」


未央「しぶりん、おはよー」

奈緒「いいタイミングで来たな凛。今から中庭に行くぞ!」

凛「中庭? いや、雪積もってたよ?」

奈緒「ああ、だからこそだ。足跡が残ってるかもしれない今がチャンスなんだよ!」

タタタッ

加蓮「……別に信じてないとは言ってないのに。奈緒ったら猪突猛進なんだから」

未央「てなわけで今から私たちは狐捜索隊だよー。出発だ、しぶりん!」

凛「どうやら私は最悪なタイミングで来ちゃったみたいだね」トホホ…


──中庭──

奈緒「いないなー」

未央「こっちのもいないですぜ、かみやん隊長」

奈緒「凛の方はどうだ?」

凛「足跡の1つもない、キレイな雪景色だね」

奈緒「そうか……うーむ、この辺りに逃げ込んだと思ったんだけどなぁ」

加蓮「狐って警戒心が強い生き物だって聞いたことあるよ。人間に見られて、もう中庭から出て行ったのかも」

奈緒「でもあたし、確かに見たんだぜ?」

加蓮「それはわかってるよ。……さっきのはちょっとからかっただけ。信じてないとは言ってないでしょ?」

奈緒「……」

加蓮「気にしたなら謝るから、事務所に帰ろ?」

奈緒「うん」ショボン

加蓮(……そんな顔しないでよ、もう)


凛「……あと少しだけ探そうか」

奈緒「え?」

加蓮「凛……」

凛「まだ10分も探してないじゃん。私も狐、見てみたい」

未央「うんっ、私も狐見たい! 見つけたらゆっくり近づいて、捕獲して事務所のペットにするの!」

凛「それは狐がかわいそうでしょ」コツン

未央「てへへっ」

加蓮「……しょうがない、探すよ奈緒。でも探すと決めたからには全力だからね。狐が見つかるまで探し続けるんだから」クルッ

奈緒「みんな……うん! 頑張って狐を見つけよう!」


ガサガサ…

未央「うーむ。見つからないねぇ」

凛「そろそろ仕事の時間だから、今日のところは一旦事務所に戻ろう」

加蓮「続きはまた明日だね」

奈緒「ありがとうな。私のわがままに付き合ってくれて」

凛「私は私が狐を見たいから探すだけだよ。みんなもそうでしょ」

未央「そうそう!」

加蓮「早く帰ろう。事務所に誰もいなくて、プロデューサーさん困惑してるかもしれないし」

奈緒「ああ、そうだな。急いで戻ろうっ」

タタタッ

奈緒「……あれ」

奈緒(そういえば、卯月の姿を見てないな)


──事務所──

凛「まだプロデューサー来てなかったね」

加蓮「もうすぐ来るでしょ。座って待ってよ」

奈緒「……」キョロキョロ

未央「かみやんどうかした?」

凛「事務所の中でも狐探し?」クスッ

奈緒「いや、なんでもない」


──帰り道──

凛「お疲れさま。明日もトライアドでレッスンあるよね?」

加蓮「うんあるよ。それに狐探しもね?」

凛「ふふ、忘れてないよ。何時に集合すればいい?」

奈緒「朝早めってだけで特に時間は決めてないなぁ。未央にもそう伝えてあるんだ」

凛「そっか。じゃあそこらへんは各自適当にってことで。じゃあね、また明日」

奈緒「1人で帰るのか?」

凛「うん。なんで?」

奈緒「いや、別に……」

凛「お疲れさま、加蓮、奈緒」フリフリ


──翌日──

奈緒「よう加蓮。おはよう」

加蓮「おはよう。もう来てたんだ。ふふ、随分早いね?」

奈緒「はっはっは。なんたって未央いわく私は隊長だからな! 隊長が遅れをとるわけにはいかないぜ!」

加蓮「あはは、よく言うよ」

奈緒「えへへ……」

テクテクテク

凛「お待たせ、2人とも」

未央「私たちも相当早く来たつもりなんだけどな~」

奈緒「凛、未央……よし、これで全員揃ったな! 今日も捜索を頑張っていこう!」

オーッ!


ガサガサ ザクザク

加蓮「未央。霜柱を踏む音、なるべく立てないようにして。狐は物音に特別敏感らしいから、怖がって逃げちゃうよ」

未央「あ、ごめん。つい無意識で」

加蓮「狐の聴覚を侮っちゃいけないよ。イヌ科なのに、嗅覚より聴覚の方が鋭いくらいなんだから」

未央「へぇ~……かれんって狐に詳しいね」

加蓮「ふふ。そりゃあ昨日の夜にネットで調べたからね」

凛「狐ってイヌ科なんだ。これはますます見たくなってきたよ」ワクワク

奈緒「さすが凛。そこに食いつくんだな」

凛「……未央の案、悪くない気がしてきた。事務所のペットにして、いずれはうちのハナコとツーショットを撮って……」

未央「ちょ、ちょっとしぶりん! 昨日の私のあれは冗談だからね?」

凛「ふふ、わかってるよ。私のも冗談」

奈緒「目が本気だったぞ……」

加蓮「みんな。しゃべってないで狐を探すよ。時間は限られてるんだからねっ」


キョロキョロ

奈緒「……」

未央「かみやん、何か見つけたの? 門の方を見つめてたみたいだけど」

奈緒「……いや、今日も見かけないなって思ってさ」

未央「見かけないって狐を?」

奈緒「いや、卯月を」

未央「……ん?」

奈緒「卯月っていつもあの門からやってくるよな。そろそろ来てもいい時間だし、気になっちゃってさ」


未央「……いや、かみやん。しまむーは」

凛「未央」タタタ

未央「どしたのしぶりん、そんなに急いで?」

凛「あっちで動物の毛みたいなものを加蓮が見つけたんだ。未央、虫眼鏡持ってきてたよね?」

未央「うん、あるよ!」

凛「奈緒も一緒にこっちに来て。もしかしたら、すごい手がかりかもしれないよ」

タタタッ

奈緒「どの毛だ?」

加蓮「これ。一本だけだけど、少なくとも人間の毛じゃないから」

未央「未央ちゃんに貸してみなさい! どれどれ、ふむふむ……」


凛「どう?」

未央「さっぱりわからん。ていうか拡大しただけじゃ、素人の私に判別なんてできない!」キリッ

凛「……じゃあなんで虫眼鏡なんて持ってきたの」

未央「そっちの方が探索隊っぽいから!」

加蓮「子供か!」

未央「そりゃあ15歳ですし」フフッ

凛「……奈緒、見てわからない? これが狐のものかどうか」

奈緒「うーむ。はっきりといたことは言えないが……でもこれは、違う動物の毛のような気がするな」


奈緒「この毛は少し黒くて長すぎる気がする。あたしが見た狐はもっと薄い色をした小さいやつだったはずだから」

加蓮「そっか……」

凛「重要な手掛かりだと思ったんだけどねぇ」

未央「ま、でもさ、中庭に野生動物がいてもおかしくないことの証明ではあるんだし、成果なしってわけじゃないでしょ」

奈緒「……ああ、そうだな!」

凛「いいこと言うじゃん未央」

未央「えっへっへ。もっと褒めてくれてもいいんだよっ」

加蓮「ちょっとちょっと。動物の毛を見つけたのは私なんだけどー?」

未央「バレたか」

加蓮「バレバレ!」

アハハ…


凛「今日の探索はこのぐらいにして、そろそろ事務所に行こうか」

未央「そうだね。私もう指がかじかんじゃって!」

加蓮「先に行ってヒーターの前取っちゃおーっと」タタッ

未央「あ、ずるいよかれん!」タタタッ

奈緒「……」

奈緒(卯月、今日も来ないみたいだな)

凛「私たちも急ごう、奈緒」

奈緒「……ああ」

タタタ…


──帰り道──

凛「じゃあね、また明日」

スタスタ

加蓮「レッスンは順調そのもの。狐探しも動物の毛を発見できたし、昨日よりは前進できてる。うん、いい感じだ」ニコニコ

奈緒「へへ。本当に真剣に狐探しをしてくれてるんだな。ありがとう、嬉しいよ」

加蓮「言ったでしょ、探すからには全力だって」

奈緒「あはは、そうだったな……でも、無理はしなくていいんだぞ」

加蓮「無理って?」

奈緒「あたしが狐を探そうって言い出したのは、あたしの発言がみんなに信じてもらえなかったのが、寂しかったっていうのが理由だから……」

加蓮「あはは、やっぱりそうだったんだ」


加蓮「でも、狐探しはもう私たち4人全員の目標。そうでしょ」

奈緒「うん。あたしが言いたいのは、あたしに気を使って無理はしてほしくないっってことだ」

加蓮「奈緒に気を使う人なんて、私たちどころかプロダクションの中にもいないと思うけど」フフッ

奈緒「な、なんだとー!」

加蓮「えへへ……少なくとも私は狐探しに本気だよ。やるって決めたからには、曖昧な結果で終わるの嫌だし」

加蓮「このまま見つからないままじゃ、まるでシュレーディンガーの猫だ」

奈緒「シュレーディンガーの猫?」


加蓮「うん。ネットで狐のことを調べていた時、偶然見つけたんだ話なんだけどね」

加蓮「猫が箱の中にいる」

加蓮「その猫は5分後に50パーセントの確率で死んでしまう」

加蓮「5分後にその箱を開ければ、猫の生死を確かめられるけど」

加蓮「逆に言えば箱を開けるまで、猫が生きてるし、同時に死んでもいる状態が続くって話。えへへ、面白いでしょ」

奈緒「……」

加蓮「奈緒の記憶が50パーセント正確だとして、中庭には狐がいて、同時に狐なんかいないんだよ」

奈緒「……難しい話だなぁ」


──翌日──

奈緒「さて、昨日は動物の毛を見つけて、狐の発見に1歩前進したわけだけど」

未央「もう動物がいそうなところは、大体探し終わっちゃったね」

加蓮「狐の巣らしきものもないし……中庭以外を探す?」

凛「それはさすがに範囲を広げすぎだよ。ちょっと待ってね」ガサゴソ

加蓮「何その袋?」

凛「家からドッグフードを持ってきたんだ。狐もイヌ科なら、きっと食べてくれると思って」

未央「おー、しぶりんやるー!」

加蓮「餌を仕掛ければ、探す場所をぐっと少なくすることができるね!」

奈緒「悪いな凛。ペットフードだって安いものじゃないのに……」

凛「いいのいいの。家の倉庫に大量にあるやつだから」


バラバラバラッ

未央「コンビニで買ってきた紙皿の上に、フードを撒いて……」

奈緒「アリ避けのスプレーを周りに降りかける」シュー

凛「こうすれば、中庭を汚すこともないからね」

加蓮「このセットを10個ぐらい中庭に作ろう。そうしたら、中庭を散歩しながら狐探しができるよ」

奈緒「凛は本当にいいものを持ってきてくれたな! よし、この功績をたたえて……」

凛「たたえて?」

奈緒「狐捜索隊副隊長に昇格だ!」

未央「ぱちぱちぱちー!」

凛「……なにそれ」

加蓮「ふふっ。おめでとう、副隊長」

凛「もう、からかわないでよっ」

アハハ…


加蓮「中庭にドックフードを仕掛ける作業、まとまって動くと時間がかかりそうだから、2手に分かれてやろっか」

未央「いいねー。私かれんと行くー!」

奈緒「いいのか? 平隊員同士じゃ力不足じゃないかー?」

加蓮「奈緒、調子乗りすぎ」

奈緒「あはは、悪い悪い」

凛「それじゃあ私たちは左回りで中庭を歩くから。未央加蓮チームは右回りでよろしく」

未央「ラジャー!」ビシッ

加蓮「仕掛けてる途中でもし狐を見つけたら、お互い電話で知らせようね」


テクテクテク

奈緒「歩いてるとこの寒さも、意外と気にならないもんだ」

凛「初日は雪が積もってたしね。それと比べたら、今日は夏みたいなもんでしょ」

奈緒「夏は言い過ぎだが……しかしあれだな、今から思えばあたしは無茶苦茶を言っていたな。あんな寒い日に一緒に動物を探してくれだなんて」

凛「最悪のタイミングで事務所に来ちゃったと思ったもん。ま、今じゃ狐探しは、私たちみんなの目標だけどね」

奈緒「えへへ。そうだな」

凛「狐を探し始めてからもう3日目だし。みんな意地でも見つけてやろうと、やる気だよ」

奈緒「3日かぁ。早いもんだ」

テクテク…ピタ

奈緒「……」

凛「何、急に立ち止まっちゃって」


奈緒「あの門、いつも卯月が使ってる入り口だよな?」

凛「うん」

奈緒「チラチラ確認しながら歩いてたんだが、卯月がいつまでたってもやって来ないんだよ」

凛「……」

奈緒「昨日も一昨日も卯月のことを見ていない。それこそもう3日目だ、卯月が姿を消してから」

凛「うん、そうだね」

奈緒「卯月がいなくなったことについて、凛は何か知っているのか?」

凛「知ってるよ」

奈緒「……教えてくれ。卯月はどうしたんだ?」


凛「……卯月はね、家族で旅行に出かけたんだよ」

奈緒「旅行?」

凛「うん、旅行。だから事務所には来れないし、学校も休んでるんだ」

奈緒「……なんだ。旅行かよ」ホッ

凛「なんだって、何?」

奈緒「私はてっきり……ほら、卯月って真面目だからさ、何日も出社してないのが大事に思えてたんだ」

凛「事件に巻き込まれたのかもって?」

奈緒「ああ、そんなところ」


凛「……卯月のこと、そんなに気にしてくれてたんだね」

奈緒「当たり前だろ。同じアイドルの友達なんだから」

凛「でもほら、私や未央はともかく、奈緒は毎日卯月に会うってわけじゃないでしょ」

奈緒「気にならないほうが無理な話だ。トライアドに加えて未央と毎朝会っているのに、卯月だけいないんだから」

凛「あーなるほど。そういう勘違いね」クスクス

奈緒「でも、勘違いでよかったぜ……」

凛「狐を見たのは奈緒の勘違いじゃありまんようにー」テクテク

奈緒「そ、それはきっと大丈夫だ!」タタッ


バラバラッ シューッ

凛「よし、これで終わりだね」

奈緒「加蓮たちの方は終わったかな?」

加蓮「凛ー、奈緒ー!」タタッ

凛「お、噂をすれば」

加蓮「そっちのチームもこれで最後みたいだね」

未央「急がないと! そろそろプロデューサーが事務所に来る時間だから!」

奈緒「え、もうそんな時間だっけか!?」

未央「うんっ、みんな走るよ!」


──事務所──

加蓮「はあ、はあ……」

奈緒「疲れたー」

未央「まだプロデューサーはいないみたいだね」ハァハァ

凛「みんな悪いね。あまったドッグフードを持ってもらっちゃって」

加蓮「何言ってるの。手分けして持つのは当たり前でしょ」

奈緒「余った分は持って帰るのか?」

凛「うん。倉庫に戻しておくんだ」

未央「悪いねしぶりん。帰り道大変そう……」


凛「帰りは1人でも全然大丈夫だよ。今みたいに走るわけじゃないんだからさ」

奈緒「なんならあたしと加蓮が遠回りして……」

凛「平気だって。考えてもみてよ、行きはこの倍の量を1人で持ってきたんだよ?」

奈緒「あ、そっか」

凛「もう。奈緒って、優しいんだか抜けてるんだかわかんないよね」クスクス

未央「その両方じゃない?」

加蓮「あはは、言えてる」

奈緒「お、お前ら、好き勝手言いやがって!」カァー

アハハハッ


──帰り道──

奈緒「今日は副隊長殿のおかげで、捜索方法に革新が生まれたな」

加蓮「明日の朝に中庭を歩いてみて、ドックフードが食べられてるようなら、いよいよ狐の発見が近いかも」

奈緒「ああ、明日が楽しみだ」

加蓮「狐探しは早起きの習慣になるのも良いよね。仕事がいつもよりはかどる気がするよ」

奈緒「確かにな。あたしもこの3日で髪の毛にツヤが出てきた気がする」

加蓮「どれどれ」ペタペタ

奈緒「なっ、ちょ! どうして眉毛を触んだよ!」

加蓮「だってツヤが出てきたっていうから……」

奈緒「髪の毛だっつってんだろ!」

加蓮「えへへ」


──翌日──

凛「今日は4人で歩こうか。探す場所は決まってるし、分断する必要はあんまりないだろうから」

テクテクテク

加蓮「でね、奈緒の眉気のツヤったらすごいの。もうキューティクル全開って感じで」

未央「え、本当?」ペタペタ

奈緒「何言ってんだ加蓮! 未央もペタペタすんな!」

凛「未央、眉毛から手を離して」

奈緒「そうだそうだ、言ってやれ凛!」

凛「申し訳ないけど、奈緒の眉毛はトライアドの所有物だから」

奈緒「何言ってんだお前!」


奈緒「ったく。バカやってないで、ドックフード確認するぞ」

ハーイ

加蓮「……あら」

未央「うーん、これは」

凛「減ってないね」

奈緒「減ってないし、微動だにしてないな」

加蓮「狐どころか他の動物も食いつかなかったってこと?」

未央「うーむ。とりあえず、別のドッグフードも確認してみよっか」


ザッ

凛「どう?」

未央「いや、変化なし」

加蓮「もう5、6個見たけど、1つも食べられた様子はないね」

奈緒「予想外の不作だな。少しぐらい引っかかると思ってたけど……」

凛「アリ除けのスプレーが余計だったのかもしれない」

加蓮「あー、狐は鼻がいいから」

奈緒「なるほどな。狐だけじゃなく、野生動物は異物に敏感だからな。そういう意味じゃ当たり前の結果、なのかも」

未央「でもスプレーはしょうがないよ。中庭を汚すわけにはいかないし」


凛「野生動物が異物に敏感っていうなら、ドックフードが異物じゃ無くなるまで待つしかないね」

奈緒「異物じゃなくなるまで? どういう意味だ?」

凛「つまり、何もしないってことだよ。私たちは中庭を歩いて回って、皿を確認する」

未央「これ以上手は加えずに、私たちはルーチンワークをこなすってことだね」

奈緒「あー、動物が慣れてくれるまで待つ作戦ってことか。確かに特別なことをしなければ、いずれ動物の警戒心は解けそうだ」

加蓮「昨日までの3日間は動きすぎたのかもしれない。それで狐が中庭から出て行ったとも考えられるし」

奈緒「なるほどなー」

凛「これからも狐の探索は続けるけど、ドックフードに何か変化が起こるまでは、やることは確認作業だけにしよう」

奈緒「そうだな、そうしよう」


テクテクテク

奈緒「しかし、歩いて見て回るだけだと暇だな」

加蓮「もはやただの散歩だもんね」

未央「いやいや、散歩を侮るなかれだよ、かれん!」

加蓮「侮るも何もあるの?」

未央「散歩道を極めた者は、その身にゆるふわオーラを纏うことだろう。byあーちゃん」

加蓮「なにそれ」フフッ

凛「私も散歩は好きだよ。ハナコを連れての散歩も全然苦じゃないし」

加蓮「それはハナコが一緒だからでしょ」

奈緒「いっその事ハナコをここまで連れてきて、散歩と捜索をいっぺんにやっちゃうっていうのはどうだ?」

凛「あはは。さすがに事務所までは連れてこられないよ」


凛「あ、でも狐を捕まえることができれば、いずれはこの中庭で、狐と散歩することができるのか。良いかも……」

未央「いつの間にかしぶりんの方が、私より捕獲に乗り気になってるよね?」

凛「そんなことないよ。……もし事務所で飼えないようなら家に持って帰ろう。幸い倉庫にはドックフードがたくさんあることだし」ブツブツ

未央「そんなことあるじゃん!」

加蓮「取らぬ狐の皮算用だね」

奈緒「取っちゃダメだし、皮にして売るのはもっとダメだけどな……」

テクテク

未央「よし、確認終わり。全皿変化なしでーす」

加蓮「それじゃあ今日はここまでだね。明日も頑張ろうね、みんな」


──翌日──

奈緒「……」

奈緒(卯月、まだ旅行から帰らないのかな?)

未央「かみやーん!」

奈緒「おう未央。おはよう」

未央「おはよう! かみやん1人?」

奈緒「うん。あたしと未央で1着と2着だ」


未央「門の方をじっと見てたよね。しぶりんとかれんって、あっちから来ることあったっけ?」

奈緒「いいや、あたしが気にしてたの卯月のことだから」

未央「しまむー?」

奈緒「いつ帰ってくるんだろうなぁ。早く卯月にも狐のこと話したいぜ」

未央「……うん。早いところしぶりん家から出て来れるといいんだけど」

奈緒「ん?」

未央「もちろん私は、しぶりんのことを信用してるけど」

未央「でも、客観的に見たときに、しぶりんがやってるのは監禁だからさ」

奈緒「?」


タタタ…

加蓮「お待たせー」

凛「ごめんね、少し遅れちゃった」

未央「もー、遅刻は重罪ですぞー?」

加蓮「重罪って、私たち罰せられるの?」

未央「罰として、かみやんの眉毛の所有権をトライアドから剥奪する!」

凛「な、なんて酷いことを!」

加蓮「この鬼!」

未央「そしてその所有権をニュージェネに移す……」

凛「まあ、悪くないかな」クルッ

加蓮「裏切り者!」

ハハハ…


テクテクテク

加蓮「私、もう一度狐について調べてみたんだ。今度はネットだけじゃなく本も使って」

凛「へぇ、すごい。さすが加蓮」

加蓮「狐の習性を知っておくのは悪くない案だと思ったから。散歩しながら頭に入れられるし」

未央「おー! 助かる助かる!」

奈緒「ありがとな、加蓮」

加蓮「って言っても、2日目に話した情報の補足みたいなものだけどね。その中でも実用性がある話をするなら、狐の足跡には特徴があるらしい」

凛「特徴?」

加蓮「うん。肉球は4つで、縦に長く、細く長い爪が伸びてるんだ」

未央「どの動物でもそんなもんなんじゃないの?」

凛「犬も猫も肉球は4つで、爪も持ってるもんね」


奈緒「となると、見分けるポイントは、足跡が小ぶりで細長いってところかぁ」

未央「うーん、足跡の微妙な違いを私たちが見分けられるかな?」

凛「難しいと思う。黒い毛を見つけているから、中庭に狐以外の動物がいることはまず間違いないだろうし……」

加蓮「ふっふっふ。単なる足跡の場合なら、それを私たちが何の動物か判別することは確かに無理かも」

凛「単なるって……別の足跡があるってこと?」

加蓮「私が足跡の中でも注目したのは……狐が走った時の足跡なんだ!」

奈緒「走った時……」


加蓮「4足歩行の哺乳類の走り方には、歩き方よりもそれぞれの特徴が出る」

加蓮「ほら、犬と猫と兎の走り方を想像してみて。全然動きが違うし、着地の足もそれぞれバラバラじゃん」

加蓮「犬は前足と後ろ足が直線になるように走る。猫は後ろ足が前足の線より少し外にずれる。兎は言わなくても違いがわかるよね?」

加蓮「これだけで大体の区別ができる。狐はイヌ科だから、当然直線的な走りになる」

凛「なるほど。足跡って聞くと歩く方を想像しがちだけど……」

未央「より動きに変化が出る走りの方に注目したってことか、かれんやるー!」

加蓮「ふふ。トライアドでステップの練習をしている時に考えついたんだ」

加蓮「私と凛と奈緒。小さなステップにほとんど違いは出なくても、体全体を使った大きな振り付けを行った際には、それぞれの個性が出てくる」

加蓮「そのタイミングのズレを修正して踊るのがアイドルのするべきことだけど……今回はそれは逆手に取ったってわけだね」


奈緒「直線に走った痕があれば、その先にいるのが狐ってことか?」

加蓮「ううん、まだまだヒントはあるよ。奈緒、自分がこう言っていたこと覚えてる?」

 奈緒『この毛は少し黒くて長すぎる気がする。あたしが見た狐はもっと薄い色をした小さいやつだったはずだから』

奈緒「覚えてるぞ。でも、それがなんだ?」

加蓮「狐が小さいやつだったという発言。さて、この情報から私たちは足跡のどこを見るべきでしょう?」

凛「……足跡の間隔、だね」

加蓮「その通り! 足跡自体は、走ると潰れてしまうから、その形から何の動物かを読み取るっていうのはできなくなるんだけど」

加蓮「でも、足跡の間隔からその動物の大きさを特定することができる!」

未央「走り方での判別方と併用して、足跡から「イヌ科の小さい動物」を探せるってことか!」

凛「中庭に狐以外の動物がいるといっても、そこまで特定できれば誤認の確率はかなり減るね」


奈緒「なんかよくわからんが、加蓮すげーな!」

加蓮「えへん……まあ、狐が走ったとしても地面に足跡は残りにくいと思うけどね。体重軽そうだし」

凛「雪が積もったのは初日だけだしね」

加蓮「だからこれはあくまで知識として頭に入れといてほしいんだ。ドックフードを確認しながら、周りの泥か何かもチラッと見る、みたいな」

未央「ふふっ。オッケー」

テクテク

未央「しかしステップの動きから発想を得るなんて、かれんは策士ですなぁ」

凛「普段から他人の色んな部分をよく観察してるもんね」

加蓮「なんかチクっとくる言葉だね、凛?」

凛「そうかな?」クスッ


奈緒「でも本当すごいよ。あたしなんか、昨日餌が全く減ってなかったから、ちょっと諦めムードだったもん」

加蓮「えー? 隊長がそんなやる気でどうすんの?」

奈緒「やる気っていうか、初日にみんなに言われてた通り、やっぱり記憶は曖昧だしさ。もう4日経つし……」

加蓮「あー……探してからもう5日目だったっけ」

凛「奈緒の気持ちもわかるよ。狐が中庭にいるかどうかは別にして、私たちが見つけることが難しいことに変わりはないからね」

未央「かれんのアイディアはすごく良かったけど……」

ザッ

未央「それと、ドックフードを食べてもらえることとは別問題だもんね」

加蓮「ここも変化なし、か。周辺の土にも特に跡はついてないみたい」

凛「これが最後の仕掛けだったよね。今日はもう終了しよっか」

奈緒「おう。お疲れさまー」


──帰り道──

バイバーイ

加蓮「じゃ、私たちも帰ろっか」

奈緒「おう」

ツカツカ

奈緒「……」

奈緒(今日は加蓮、すごいやる気だったなぁ)

奈緒(加蓮だけじゃない、凛も未央も日に日にやる気が上がってきてるみたいだ)


奈緒(私はどうだろう。正直、見つけるのは難しいんじゃないかと思い始めている)

 加蓮『でも探すと決めたからには全力だからね。狐を見つけるまで毎日探し続けるんだから』

 加蓮『少なくとも私は狐探しに本気だよ。やるって決めたからには、曖昧な結果で終わるの嫌だし』

奈緒(……加蓮のことだから、本当に狐を見つけるまで毎日探し続けるんだろうな)

奈緒「……」

奈緒(でもあたしは、狐がいてもいなくても、そんなのどっちでもいいじゃないかとも思ってるんだ)

奈緒(あたしが嬉しかったのは、みんながあたしのことを信じて、一緒に狐を探し始めてくれたことだから)


加蓮「どうかした?」

奈緒「ん?」

加蓮「なんか上の空って感じだったけど」

奈緒「……なあ加蓮。狐って、本当にいると思うか?」

加蓮「え?」

奈緒「みんながあたしのことを信じてくれた。それはすごく嬉しかったよ」

奈緒「だけど、あたしを信じるのと、狐が本当にいるのかどうかは別の問題だ」

 未央『かれんのアイディアはすごく良かったけど……』

 未央『それと、ドックフードを食べてもらえることとは別問題だもんね』

奈緒「もし、見つからなかったらどうする。中庭に狐がいなかったら、加蓮はどうする?」

加蓮「どうするも何も……私は見つかるまで狐を探し続けるだけだよ。中庭に狐がいるかどうかわかるまで、毎朝来て、狐を追いかけるつもり」


加蓮「……シュレーディンガーの猫の話覚えてる?」

奈緒「うん」

加蓮「あれ、私使い方間違ってたんだ。誤用の方を正しいと勘違いしちゃってたみたい」

奈緒「?」

加蓮「猫が箱の中にいる」

加蓮「箱を開けるまで、猫は生きているし、同時に死んでいる状態が続く」

奈緒「うん」

加蓮「そんな話、ありえると思う?」

奈緒「……どうだろう」

加蓮「”いやいやそんなわけないじゃん、そんな話ありえないよ!”」

加蓮「っていうツッコミが、シュレーディンガーの猫の話の、本来の使い方なんだって」


奈緒「……」

加蓮「どっちかなんだ、狐はいるのか、いないのか。いるのかいないのかはわからないけど、その両方じゃない」

奈緒「……難しい話は、あたしにはよくわからないよ」

加蓮「難しくなんかないって。私たちがすることは結局、ただ中庭を探すことなんだから。それで真実を確かめられる」

奈緒「……」

加蓮「明日からも頑張ろうね、奈緒」

奈緒「うん、頑張ろう……」


──翌日──

スタスタ

未央「かみやん、おはよー」

奈緒「おはよう未央」

未央「今日も早いね。ごくろうさま、隊長」

奈緒「ふふ。未央も十分過ぎるほど早いよ」

未央「今朝は一段と冷えるねー。カイロが入ったポケットから手を取り出せない~」ブルブル

奈緒「服の内側に貼り付けてくればよかったのに」

未央「あー、かれんスタイル?」

奈緒「あはは、本人は嫌がるけどな」

未央「ふふふっ」


未央「はぁー。吐く息も今日はすぐ白くなる気がする」

奈緒「……なあ」

未央「?」

奈緒「卯月のことについて、ちょっと聞きたいんだけどな。……確か、凛の家から出てこれるといいとか、どうとかって」

未央「うん。心配だよね、しまむーもだし、しぶりんのことも……」

奈緒「卯月は凛の家に泊まってるってことか」

未央「泊まってるって言い方が正しいのかは微妙だけど。端的に言えば、しまむーはしぶりんに監禁されているんだ」

奈緒「か、監禁?」

未央「会社にも学校にも行けないで、しぶりんの家に閉じめられてるんだもん。監禁でしょ」


奈緒「その、卯月が凛の家に監禁されてるってことが、よくわからないんだけど。凛は自覚があって、卯月を自分の家に閉じ込めてるのか?」

未央「? そりゃそうでしょ」

奈緒「……本当の話なのか?」

未央「いくら私でも、冗談でこんなことは言わないよ」

奈緒「卯月は今も、凛の家に閉じ込められているのか?」

未央「うん」

奈緒「……」


パラパラ…

未央「あ、雪だ」

奈緒「……結構大粒だな」

未央「私傘持ってきてないや。かみやんは?」

奈緒「私もない。とりあえず、事務所に避難しよっか」

──事務所──

加蓮「おはよー。あー、さむさむ……」

凛「急に雪が降ってきてびっくりしたね」

未央「2人ともおはよー」

奈緒「こっち来な。ストーブの前、あったかいぞ」


ゴォー

加蓮「あったか~い」フフッ

凛「気持ちいいね」

奈緒「2人とも、風邪ひかないようにな。濡れた服はすぐ脱ぐんだぞ」

加蓮「……奈緒、お節介焼きのお母さんみたい」

凛「むしろ、おばあちゃん?」

奈緒「な! あたしは純粋にお前たちのことを心配してだなぁ!」

加蓮「ふふっ。わかってるわかってる」

凛「ありがとね、奈緒」


奈緒「ったく……」

未央「でも、天気予報にない雪だからビックリしたよねー。降り止む気配ないし、今日の狐探しは中止かな」

凛「仕方ないね」

加蓮「あ、でも、雪が積もれば、明日は狐の足跡がつきやすくなるのか」

未央「おお! そうすれば昨日かれんが言ってた足跡判別方がぐっと現実的になるね!」

凛「そう考えると、この雪はラッキーなのかも」

加蓮「だねー」


奈緒「明日が勝負どころになりそうだな」

加蓮「雪が積もればの話だけど……明日で探し始めてからちょうど1週間だし、積もって欲しいところではある」

未央「節目ってわけですな」

加蓮「となると、準備が必要だね。雪の中でも歩きやすい靴とか、色々」

凛「……あっ」

奈緒「どうした?」

凛「雪が積もったら中庭のドッグフードがダメになる。回収してこないと」

加蓮「雪が止んでから行って、今仕掛けてあるやつは捨てちゃえば?」

凛「勿体ないよ、1口も食べられてないのに。ハナコにはあげられないけど、狐用の仕掛けにはまだ使えると思うからっ」ダッ

奈緒「ちょっと、凛!」


ザッザッザッ

凛(えーと、場所は確か……)

バサッ

凛「あ、奈緒」

奈緒「何も持たず飛び出して……事務所に予備用の傘があることぐらい知ってるだろ?」

凛「傘を持って追いかけてきてくれたんだ」

奈緒「それにこれもな。はい、餌を入れるビニール袋。お前ポケットの中にドッグフードを詰め込むつもりだったのかよ」

凛「ごめんごめん。そういうこと考える前に走り出しちゃったから」

奈緒「勿体ない精神は大事だが、焦って転んだりしてみろ、そっちの方がよほど大事になるんだからな」

凛「……奈緒ってほんとにお母さんみたい。ふふ、ありがとう」

奈緒「いいから、さっさと回収するぞ」


ガサガサ…

凛「これで最後だね。じゃあ、事務所にもどろっか」

奈緒「ああ、そうだな」

ザクザクザク

奈緒「……」チラッ

凛「……」

奈緒「……なあ凛。もう一度聞いてもいいか」

凛「ん?」

奈緒「卯月のことだ。卯月って、家族で旅行中なんだよな?」

凛「うん、そうだよ?」


奈緒「旅行先がどこか、凛は知ってる?」

凛「知らない。でもきっと遠いところだよ。だってもう、何日も事務所に来てないんだもん」

奈緒「……」

凛「卯月が帰ってきたら、今までのこと話そうね。奈緒隊長が狐を見つけて、4人で毎朝捜索してること」

奈緒「ああ、そうだな……でもな凛、あたしは」ピタッ

凛「?」

奈緒「あたしはな、狐がいてもいなくても、そんなのどっちでもいいんだよ」

奈緒「狐のことなんかよりも、ハッキリさせなくちゃいけないことがある」

奈緒「凛、お前の家に卯月が監禁されてるっていうのは本当なのか?」


凛「……え、なにそれ」

奈緒「未央から聞いたんだ。卯月は今、お前の家にいると」

凛「ふーん。でも、卯月は旅行に出かけたんだよ? 旅行に出かけながら、私の家にいることはできないよね」

奈緒「当たり前だろ」

凛「じゃあ、どっちかが嘘のことを言ってるってことになるね」

奈緒「ん……」

凛「だって私は卯月は旅行に行ったって言ったんだよ。でも未央は私の家に卯月が閉じ込められてるって言ってるんだ。奈緒はどっちが嘘で、どっちが正解だと思うの?」

奈緒「どっちって……そんなのあたしにわかるわけないだろ。だから今、こうしてお前に聞いてるんだ」


凛「だから、卯月は旅行に出かけたんだって、私はそう言ってるんでしょ」

奈緒「……」ポカーン

──事務所──

凛「ただいまー」

奈緒「ただいま」

加蓮「おかえり。ほら、早くストーブの前に」

凛「ふふ。今度は加蓮お母さんだね」

奈緒「ああ、加蓮おばあちゃんだ」

加蓮「どっちでも構いませんよーだ。ほら、あったまりなさい、2人とも」


ゴォー

加蓮「2人が中庭に行ってる間に、私と未央で考えたんだけどね」

未央「明日はこれまでにない大掛かりな準備をしようと思うんだ」

奈緒「準備?」

加蓮「そう。明日は勝負の日になりそうだから」

未央「私は網、かれんは動物図鑑、しぶりんとかみやんにはドッグフードを持ってきてもらおうと思ってるの」

凛「ドッグフードね。わかった」


奈緒「ちょっと待て、あたしの家にはドックフードなんてないぞ?」

加蓮「知ってるよ。奈緒には凛の家に行って、荷物運びを手伝ってもらおうと思ってるの」

未央「4日前はしぶりんの厚意に甘えすぎたからね。餌をしぶりん1人で運んでもらうのは、やっぱ負担になっちゃうと思うからさ」

加蓮「餌代は明日全員で割り勘する。明日は午前に仕事は入ってないし、凛の家に寄ってから来ても、時間に余裕はあるから。頼めるかな、奈緒?」

奈緒「なるほどな。そういうことならあたしは構わないぜ」

凛「ありがとうみんな。よろしくね、奈緒」

奈緒「おう、任せとけ!」


ゴォー…プスプス

加蓮「灯油切れだ……私、給油してくるよ。えーと、灯油があるのは……」

凛「会議室の近くだったと思う。私も一緒に行くよ」

加蓮「ありがとー」

スタスタ

未央「あの2人は、気の利くいいお嫁さんになりますなぁ」ニマニマ

奈緒「……」チラッ

未央「どしたの?」

奈緒「あのさ。卯月のことなんだけどさ……」


奈緒「凛は、卯月は家族で旅行に出かけたって言ってるんだよ」

未央「え?」

奈緒「旅行に行ってるから仕事も学校も欠席してるんだって。未央は、これについてどう思う?」

未央「どう思うも何も……」

奈緒「未央はあたしに言ったよな。卯月は凛の家にいるって。閉じ込められているって」

未央「言ったよ」

奈緒「それは本当なのか?」

未央「それは本当だよ。しまむーは、しぶりんの家に閉じ込められているんだ」


奈緒「でもそれだと、凛の話と食い違うじゃないか」

未央「そうだね。旅行に出かけながら、しぶりんの家にいることはできないから」

奈緒「だろ……」

未央「私としぶりん、どちらかが嘘をついているってことになる」

奈緒「……どっちが嘘をついてるんだ?」

未央「そんなの、私にわかるわけないでしょ」

奈緒「なんで?」

未央「……しまむーは、しぶりんの家に閉じ込められている」

奈緒「うん……」


ガチャッ

加蓮「おまたせー」

凛「よいしょ……」

ガコン …ゴォー

未央「ふっかつふっかつ! 文明の利器に感謝だね~」

凛「文明の利器の前に、まず私たちに感謝して欲しいんだけど?」

未央「あはは、ごめんごめん。ありがとうしぶりん、かれん!」

凛「ふふっ。よろしい」

加蓮「奈緒もちゃーんと感謝してね?」

奈緒「おう、サンキューな」


ゴォー…

未央「部屋もあったまってきたことだし、狐探しのミーティングはここらへんでおしまいかな」

加蓮「そうだね。明日は決着をつけるつもりで頑張ろう」

凛「うん、頑張ろう」

ガチャッ

未央「あ、プロデューサー!」タタタッ

凛「おはよう。ふふ、あったかいでしょ」

加蓮「先にストーブつけて待ってたんだ」

奈緒「……」


──帰り道──

凛「じゃあ奈緒、明日の朝に私の家に来てね」

奈緒「わかった、また明日な」

ザクザクザク

奈緒「……」

加蓮「狐、明日で見つかるといいね。見つかるまで探すとは言ったけど、早いに越したことはないからさ」

奈緒「だな……」

奈緒(どっちなんだろうか。卯月は旅行に行っているのか、凛の家に閉じ込められているのか)

奈緒(凛が正しいことを言っているのか、未央が正しいことを言っているのか)


ツン

奈緒「わっ」

加蓮「また上の空になってた。私の隣ってそんなに退屈?」

奈緒「た、退屈じゃないぞ。私がただ考え事をしていて」

加蓮「へぇ。奈緒でも考え事することあるんだ」

奈緒「あるわ!」

加蓮「ふふ、冗談冗談」

奈緒「全く失礼な……」


加蓮「水臭いじゃん。悩みがあるなら、私に相談してよ」

奈緒「……悩みっつーか、なんつーか」

加蓮「違うの?」

奈緒「あたしだけの問題じゃないから、他人には話しにくいことなんだ」

加蓮「別に、何から何まで具体的に説明しろとは言ってないでしょ」

奈緒「……」

奈緒「じゃあ、例えばの話だけど」


奈緒「猫が箱の中にいる」

加蓮「うん」

奈緒「1人の友達は、猫まだ生きてるって言っていて」

奈緒「もう1人の友達は、猫はもう死んでいるって言っている」

加蓮「……」

奈緒「あたしは2人の言っていること、両方を信じたいんだけど、でもそれはできない」

奈緒「だって、生きていながらも死んでいるなんて、そんなのありえないから」


加蓮「……」

奈緒「あたしはどっちの友達を信じればいいのかな」

加蓮「……正しい方を信じればいいと思うけど」

奈緒「でも、どっちが正しいかなんて、あたしにはわからないじゃないか」

加蓮「箱を開ければわかるでしょ」

奈緒「え?」

加蓮「奈緒が箱を開ければハッキリするでしょ。何が正しいのか、誰が正しいのか」

奈緒「……」

ザクザクザク…

加蓮「結局、狐っていたのかな」

奈緒「さあな」


──翌日・凛の家──

ピンポーン

凛「はい」ガチャッ

奈緒「凛ー、おはよー」ブルブル

凛「うわ、寒そう。入って入って」

スタスタ

凛「私の部屋でお茶でも出すよ」

奈緒「ありがと……」ブルブル

凛「こっちこそありがとう。寒い中、よく来てくれたね」


──凛の部屋──

凛「部屋の中で待ってて。急いでお湯を沸かしてくるから」

奈緒「悪いな、助かるよ」

凛「うん。寒かったらエアコンいじっていいから。じゃ」

ガチャッ

奈緒「……遠慮なく温度を上げさせてもらう」キョロキョロ

奈緒「あった、これがリモコンだな」

チャリン

奈緒「?」


奈緒「リモコンの隣に鍵が置いてある。”倉庫用”……?」

 凛『もし事務所で飼えないようなら家に持って帰ろう。幸い倉庫にはドックフードがたくさんあることだし』

奈緒「……」

ガチャッ

凛「コーヒーとクッキー持ってきたよ。……奈緒、そこで何してるの?」

奈緒「いや、エアコンのリモコンを探してて」

凛「あ、そっか」


モグモグ

凛「これ食べ終わったら、もう出発しちゃおっか。未央たちはまだだろうけど、待たせるのも嫌だしさ」

奈緒「そうだな。えっと、倉庫はどこだ?」

凛「裏口を出てすぐだけど……なんで?」

奈緒「前に言ってたじゃんか。ドッグフードは倉庫に大量に置いてあるって」

凛「ああ……でも今日運ぶ分は、もう店前に出してあるから」

奈緒「そっか。サンキューな」

凛「ううん」


奈緒「……悪いけど、トイレを借りたいから先に外に出ていてくれないか」

凛「トイレの時間ぐらい待つよ?」

奈緒「いや、外で待っててくれ」

凛「? 別にいいけど」ガチャッ

バタン

奈緒「……」

ガチャッ タタタッ


──倉庫──

奈緒「……」

カチャカチャ ガチャン

ギィ…

奈緒「……」

奈緒「……そうか」

奈緒「お前、そこにいたんだな」


?「こんっ」



おわり


お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました


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