GIRLS BE NEXT STEP『ラクダのアイドル』 (305)



     『笑えないラクダと笑えなかったラクダ』




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1483363374

ほたる「白菊ほたる13歳です。あの……よろしくお願いします」

 目の前の少女は、そう言って頭を下げた。
 この状況は、私にとって好ましいものではない。
 なにより予定外だ。
 そして事前情報に誤りがある。
 履歴書から目を上げ、私は言った。

P「アイドル志望の新人の面接、と私は聞いていたんですが」

 少女は一瞬の間を空けて、慌てて頭を下げた。

ほたる「その、自分でも自分の立ち位置といいますか、そういうのをその……なんて言ったらいいのか」

 私は彼女の履歴書に、再度目を落とした。
 白菊ほたる――芸能歴約一年。
 以前の所属は、ペルム・コーポレーション。記憶に新しい、先日倒産した芸能事務所だ。
 いや、その前もある? 石墨プロ……ここも倒産したんじゃなかったか?
 ん? まだその前があるだと?

P「シルルというのは、確か……」

ほたる「あ、はい、その……倒産しました」

 なんだって?
 それじゃあこの娘は、所属する事務所がことごとく倒産しているわけか。

ほたる「なんていうか、私のせいなんじゃないかと……そ、そんな私ですけど、やっぱりアイドルの夢をあきらめられなくて……!」

P「あなたのせい?」

 その言葉に、私は興味を覚える。
 この少女には、何か秘密があるのか?
 芸能事務所が倒産に追いやられる、そういう事情があるのだろうか。
 もしかして、特別な過去や身分が!?

ほたる「私が所属するたびに事務所が倒産してしまって……きっと私の不幸が、その……それで」

 なんだ。
 それはただの思いこみだ。
 私は興味を失った。
 私は運勢とか、超常的なものを信じてはいない。そういうのは、まやかしだ。
 つまり目の前にいるのは、ただのアイドル志望の女の子にすぎない。
 ならば、通常の手続きをとるまでだ。

P「では。芸能界経験のある新人アイドル志望者、として扱います」

ほたる「え?」

P「珍しいですが、前例がないわけではありませんから」

ほたる「あの……それはつまり、お話を聞いていただけるんです……か?」

 おかしな事を言う少女だ。
 それが目的ではないのだろうか?
 それにそもそも、既にこうして私は彼女の話を聞いているではないか。

ほたる「前の事務所がなくなってから、いくつも事務所を回ったんですけけど、どこも面接もしてもらえなくて……」

P「お話は伺います。あなたを――先程も言いましたが、芸能経験のあるアイドル志望者として」

ほたる「あ、ありがとうございます!」

P「まだあなたを、ウチの所属にすると言っているわけではありません。そこは間違えないように」

ほたる「わ、わかってます。ありがとうございます!」

 何に対する礼なのだろうか?
 まあいい。こちらとしては、通常の手続きをとるだけだ。

P「特技は?」

P「趣味は」

P「自己PRをどうぞ」

 少しおどおどはしているが、まあ緊張の為だろう。
 容姿も悪くない。
 ただ気になる点もある。

P「笑ってみてください」

ほたる「え……」

P「? 笑顔です。笑ってみてください」

ほたる「え、あ、はい。その……こ、こう……ですか?」

 彼女の表情は、一般的には『おびえ』と称される類のものだった。

P「なんていいますかその……もっと、こう……」

ほたる「こう……」

 それは……困り顔というのではないか?
 しかしちょっと興味深い。
 悪くない容姿に、笑わない少女。
 事務所がいくつも倒産しても、そして面接を断られても諦めない--根性。
 いや、私は元来そういう熱血とか根性とかいうものの信奉者ではない。それらは時に戦略や判断を誤らせる。
 しかし……
 目の前の不安でたまらない表情の割に、諦めない目をしているこの少女は、ちょっと――悪くないと思った。

 あまり人を試したりするのは好きではないが、ちょっと確かめてみたくなった。

P「何か歌ってみてもらえますか」

ほたる「え……」

P「アイドル志望なのですから」

 さて、どうだろうか。
 歌えといっても、ここは応接室だ。
 音源などなにもない。
 彼女は――

ほたる「ありがとうございます!」

P「ん?」

ほたる「初めてです。私の歌を聞いてくださる面接は」

P「……そうですか」

ほたる「あの、何を歌ってもいいんですか?」

P「ええ」

ほたる「では、アイドルの歌ではないんですけど……ラクダの歌をうたいます」

P「……ラクダの歌?」

ほたる「♪
ここは砂漠さ 足下は砂の海
私はラクダ 今日も歩いていこう
砂漠の海に 足が焼けるけど
旅はまだまだ 始まったばかり

ここは砂漠さ 頭上は燃えるお日様
私はラクダ 今日も歩いていこう
お日様が燃えて 汗も涙も
カラカラになるけど 足を止めない

ここは砂漠さ 夜は凍える
私はラクダ 今日も歩いていこう
冷たい夜は みんな寄り添い
朝がくれば また歩きはじめる

ここは砂漠さ 草も木もない
私はラクダ 今日も歩いていこう
体も心も 乾いてしまったけど
背中の中に 夢だけはある♪」

 初めて聞いた歌だったが、悪くない。
 伸びやかな歌声。おだやかな曲調。
 歌詞も味わいがある。

ほたる「あの……以上です」

P「あなたが作った歌、なんですか?」

ほたる「あ、いえ……母が作った歌みたいです。赤ん坊の頃から、子守歌がわりに聞かせてもらってました」

P「お好きなんですか?」

ほたる「ラクダが……ですか? はい」

P「そうですか」

ほたる「小さい頃から、近所にいましたから……」

P「え?」

ほたる「あの……ラクダが」

 ……動物園でも近くにあるのかな?
 ラクダ、か……確かラクダは……

P「そういえば」

ほたる「え?」

P「中東では、過酷な砂漠を旅するラクダは、忍耐の象徴だそうです」

ほたる「忍耐……」

P「何かで聞いたことが、あります」

ほたる「……ありがとうございます!」

P「え?」

ほたる「私、負けずにがんばります!」

 えーと……
 あ。
 いやいやいや、俺はなんとなく思い出しただけで、激励とかそういうつもりで言った訳ではない。
 喉までそう出かけたが、少し嬉しそうに両の手のひらを固く握りしめたこの少女に、俺はそうは言えなくなっていた。

P「では結果は後日」

ほたる「は、はい。よろしくお願いします」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


P「色々と話が違うんじゃないですか?」

ちひろ「え?」

P「そもそも今日は、先日のオーディションに合格した新人アイドル候補生との面談じゃなかったんですか?」

ちひろ「まだ本人が来ていませんから、時間があると思いまして。それで」

P「はあ、遅刻ですか?」

ちひろ「いえ。なにしろ遠いですから」

P「遠い?」

ちひろ「福岡からですから。着いたらとりあえず事務所に来るように、とは伝えてあるんですけど」

P「福岡から!? 一人で上京してくるんですか!?」

ちひろ「大丈夫ですよ。中学生とはいえ、しっかりしている娘ですから。場所やアクセス方法も伝えてありますし」

 いくらしっかりしていても、まだ中学生の女の子に迎えもやらずに待っているとは!

P「移動手段は? 飛行機ですか? 新幹線ですか?」

ちひろ「えっと……あ、来たみたいですよ」

松尾千鶴「失礼します。本日よりお世話になります、松尾千鶴と申します。よろしくお願いします」

 ノックの後ドアを開けて現れたのは、色白の肌にショートカットで、意志の固そうな瞳と眉をした少女だった。
 一見して美少女であることは間違いないが、その表情は堅い。
 背筋がピンと張っていて、姿勢もいい。中学生と聞いていたが、その姿勢の良さで背も高く見える。

ちひろ「改めて紹介しますね。福岡支社でのオーディションに補欠合格した、松尾千鶴ちゃんです」

 いや、待て待て。ちひろさんが今言った情報は、俺の事前情報と食い違いがあるぞ。

P「補欠合格?」

ちひろ「ええ。不思議ですよね、千鶴ちゃんこんなに可愛いのに」

 ちひろさんは、千鶴と紹介された少女の肩を抱く。
 彼女はというと、傍目にも大袈裟に映るほど慌てているようだ。

千鶴「可愛い? 可愛いって言われた? 社交辞令? それとも本当に? ど、どうなの……?」

 まっ赤になりながら、独り言を呟く。
 本人は気づいていないようだが、考えていることを口に出してしまうタイプらしい。
 そういえば俺もよく他人から、本を読んでいると声に出して読んでいると指摘されるが……
 いや、今はそれはどうでもいい。

P「補欠合格、とは俺は聞いていませんが」

ちひろ「それがですね」

 ちひろさんは肩を竦めて言った。

ちひろ「福岡オーディションでの合格者は1名だけの予定でしたが、急遽2名になったんです」

P「それが、彼女……ですか」

ちひろ「はい。合格者には及ばないにしても、不合格というだけで終わらせるには惜しい逸材だ、ということで」

 俺はもう一度、彼女に目を戻した。
 整った顔立ちに、意志の強い瞳。
 間違いなく美人。
 しかし、どことなく何かが気になる。

千鶴「あの、こちらが……?」

P「紹介が遅れた。俺が君のプロデュースを担当する。よろしく頼む」

千鶴「は、はい! お願いします」

 深々と頭を下げる千鶴。
 礼儀正しい娘だ。
 こういう娘は、得てして素直で物わかりがいい。

 が、彼女は得てしていなかった。

P「とりあえず、互いのことをよく知ろうと思う。まずはレッスンを中心にやっていく」

千鶴「ひとつ、聞いておきたいんですけど」

P「……なんだ?」

千鶴「私のこと、どう思いますか?」

P「まだ知り合ったばかりだろう? 無論、事前資料に目を通してはいるが、それも正確ではなかったようだし」

千鶴「私、自分はアイドルにはなれないと思っているんです」

P「なに?」

千鶴「いつも表情は固くて、クラスメートからも『お堅い』とか『意固地』とか言われてて、自分でも自分を可愛くないなと思っていて」

P「……それで?」

千鶴「可愛いか可愛くないか、第三者の目で判断してもらおうとオーディションは受けたんです。結果は……そういうことです」

P「君は可愛い」

千鶴「え? ええっ!? 可愛い? やっぱり? でも……でもでもでも」

P「少なくとも、福岡オーディションを受けた娘の中で上位2人に入るぐらいには。だから君は今、ここにいる」

千鶴「それは違います」

P「と、いうと?」

千鶴「私は本当は、失格しています。不合格なんです」

P「……どうやら、福岡オーディションは俺の知らない事がたくさんあったみたいだな。ちょっと話してくれないか」

千鶴「はい」

 千鶴が話してくれた福岡オーディションでの出来事は、なかなか興味深いものだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


司会「では、2次試験を行います。2次試験の内容は、ズバリ『笑顔』です」

千鶴「笑顔……」

司会「審査員の質問に、笑顔で答えていただきます。ではエントリー1番から」

千鶴「笑顔? 笑顔ってどうすればいいの? え? ど、どうしよう。笑顔だから、笑えばいいのよね。ええと、ええと……笑う……笑う……なにか面白いことを……面白いこと……」

司会「はい、では7番の方」

千鶴「面白いこと……犬の尻尾が白いと尾も白い……当たり前よね。なにが面白いのかしら……」

司会「7番さん? そこのあなた!?」

千鶴「え? あ、はいっ! な、7番。松尾千鶴です!」

審査員「……君」

千鶴「はい!」

審査員「笑顔は?」

千鶴「そ、そうでした! えっと、えっと……笑顔……笑顔……」

審査員「質問を始めたいんだが、笑顔は?」

千鶴「は、はいっ! 笑顔です!」

審査員「……いや、恐い顔じゃなくて、笑顔だよ笑顔。アイドルの基本」

千鶴「これ、笑えていないでしょうか?」

審査員「悩んでるみたいに見えますね」

千鶴「あの」

審査員「なんでしょう?」

千鶴「笑顔って、どうすればいいんでしょうか?」

審査員「は」

 周囲からクスクスという笑い声が聞こえる。
 司会者も他のオーディション参加者もみな笑っている。
 ああ、そうか。あれかな。あれが笑顔かな。

 顔が赤くなるのが、自分でもわかる。
 思わず下を向く。

審査員「はい、結構です。では次の方」

司会「はい。では8番の方」

 自分の番は、それで終わってしまった。
 プロの、専門家の目から見て自分がどうなのかを知りたくて受けたオーディションだったが、とんだ恥をかいてしまった。
 出された課題すらこなせなかったのだ。善し悪し以前の問題だ。
 暗鬱として帰り支度をしていると、3次審査への合格者が発表された。

司会「名前を呼ばれた方は、3次予選へと進んでいただきます。えー、2番、4番、5番。それから……7番、12番……」

千鶴「え?」

 貼りだされた紙を見る。確かに7番と書いてある。

「7番だって」「あの娘、笑えてなかったじゃない」「あれでしょ、同情票ってヤツ?」

 なるほど。
 多少、ムッとしないではなかったけど、ヒソヒソと聞こえてくる声に自分でも納得できた。
 けれど自分は、自分が本当に可愛いかを知りたくてこのオーディションを受けたのだ。
 だから、まっとうで正直な審査をして欲しかった。
 ダメならダメと言って欲しかった。

   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


千鶴「その後も私はなぜだか残って、最終的には合格はしませんでしたけど、特別枠とか急に司会の人が言い出して、それで……そういうことです」

 聞いていて、彼女がいかに自分に自信を持っていないかということはよくわかった。
 第一印象から感じた違和感の正体もわかった。この娘は、自分が可愛いという事を信じられないでいる。

 だが、笑顔ができなかったというのは彼女には悪いが、俺にとっては少しばかり痛快だった。
 この業界、面白くも楽しくもないのに笑顔だけは上手いヤツがどれほどいることか。
 この目の前の気丈で、それでいて自信のない少女が上手く笑えずまっ赤になって俯いたのだ。ちょっとそれは見たかった。
 そしてその時の表情故に、彼女はきっと笑えなかったのに、その審査を合格したに違いないのだ。

千鶴「同情して、大目にみていただいたことには感謝をしますが、私は規定を満たせませんでした。本来ならその場で失格していなければならなかったと思います」

P「それは違う」

千鶴「え?」

P「福岡支社の連中は、きちんと職務をこなした。その結果で君はここにいる。そこに一片の疑念もない」

千鶴「でも!」

P「登極せし者は即ち王」

千鶴「え? あ、それは……」

P「意味がわかるのか?」

千鶴「正当な手続きを経て王に推戴された者は、その出自や過程にかかわらず王である……はい、わかります」

P「君は正当にオーディションを受け、そしてそれを経てここにいる。誰にも文句は言わせない。なにより君がそれを負担に思う必要もない」

千鶴「……はい」

P「それだけだ。ミーティングを続けよう」

千鶴「は、はい……」

P「そうだ。もう一度、最初の質問に答えておこうか」

千鶴「え?」

P「君のことを、どう思いるか? という質問だ」

千鶴「はい」

P「可愛いよ。君は、可愛い」

千鶴「ほ、本当に!? 可愛い? プロの人に可愛いって言われた? 本当に? でも……」

P「君は努力すればきっと、誰もが可愛いと認めるアイドルになれる」

千鶴「本当ですか!?」

 千鶴はこの時、初めて大きな声を出した。
 俺は思わず、苦笑した。

P「これから、よろしく頼む」

千鶴「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる千鶴。

P「そう言えば、書道が特技だと書いてあったが」

千鶴「はい」

P「ひとつ、書いてみてもらおうかな」

千鶴「あ、じゃあ用意を」

P「道具はあるのか?」

千鶴「一式、持ってきています。こんなすぐに使うと思っていませんでしたけど」

 荷物の中から、丁寧に包まれた風呂敷を広げると道具一式を取り出し、墨を磨り始めた。

P「本格的だな」

千鶴「こうして墨を磨っていると、心が……落ち着きます」

 心なし嬉しそうに、それでいて真剣に千鶴は墨を磨っている。
 表情は笑顔ではないが、楽しそうだ。
 この娘の大好きなことを見つけられた。
 今日は大きな収穫があったと言えよう。
 今後、彼女とやっていくための、大きな収穫だ。

千鶴「なんて書きましょう。やはり、登極せし者すなわち王、とでも?」

P「いや。そうだな……じゃあ、笑顔、と」

千鶴「え?」

P「君はそこから始まった。それを忘れずにいこう」

千鶴「……はい」

 一瞬、面食らったような顔をした千鶴だったが、改めて頷くと虚空で筆を動かすと、半紙に『笑顔』と書いた。

 達筆だが、やや当たりが強いな。
 俺は、そう思った。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


ちひろ「ところで昨日面接した志願者は、どうされますか?」

 それから2日後、ちひろさん聞かれた。
 聞かれるまでもなく、報告をしないといけないと思っていた所だ。
 志願者……白菊ほたるといった、あの少女だ。

P「俺が『いい』って言ったら、あの娘をウチの所属にしてもらえるんですか?」

ちひろ「ええ」

P「え?」

 初耳だ。そんな権限が、俺にあるのか?

ちひろ「1人ぐらいなら、自分でスカウトした枠として、プロデュースしてもいいんですよ? もっとも、継続してその娘がウチと契約していくかは別ですけど」

P「要は、ダメならお払い箱ですか」

ちひろ「現実にはそこまでドライじゃありませんよ? 会社としても、担当者としても一度でも一緒にがんばれば、仲間意識も出てきますし」

 俺は頷く。特にウチの会社はそういう面ではドライではなく、むしろウエットだ。

P「問題は……本人ですか」

ちひろ「ええ。売れないとやめちゃう娘って、結構多いですから」

P「それはともかく、じゃあ白菊ほたるを採用してもいいんですね?」

ちひろ「プロデューサーさんが、担当されるなら」

P「望むところです」

 無論だ。他のやつなんかに、あの娘の担当をやらせたりはしない。
 俺は彼女の歌を思い出していた。
 ラクダの歌か……変わった娘だ。
 だが、ちひろさんが言うようにアイドル候補生としてウチの担当になってもデビューできなかったり、デビューしても売れなくて辞めてしまう娘は多い。

 そんな中、白菊ほたるは何度挫折しても諦めなかった娘だ。
 その熱意を、俺は買いたい。
 奇貨居くべし、だ。

ちひろ「でも新人候補生を一度に2人も担当することになりますよ? プロデューサーさん、大丈夫なんですか?」

P「大丈夫です、そのぐらいは」

ちひろ「それと念のために申し上げますけど、白菊ほたるちゃんはプロデューサーさんのスカウトではなく、ウチに応募してきた娘をプロデューサーさんが面接採用した形ですから」

P「それがなにか?」

ちひろ「まだプロデューサーさんのスカウト枠は残ってます。もう1人、スカウトしてもいいってことですよ」

 冗談めかして笑うちひろさんだったが、俺もこの時はまだ本当にその枠を使う日が来るなどとは夢にも思っていなかった。

 翌日俺は、白菊ほたるに電話をかけた。

ほたる「はい。白菊です。あの……採用の件ですよね?」

P「そうです、白菊ほたるさん。我が社は、あなたと正式にマネジメント契約を結ぶ用意があります。つきましては……」

ほたる「ほ、本当ですか!?」

P「……本当です。近日中に、こちらへおいでいただければ、詳しい説明をいたしますが」

ほたる「あの、これからうかがってもよろしい……ですか?」

P「今日……ええ、構いませんよ。本日の何時頃になりますか?」

ほたる「これからすぐに向かいますが……何もなければ午後の早い時間に着くと思いますけど、何もないということはないと思いますので、夕方になるかも知れません……」

 意味を理解するのにしばらくかかった。
 いや、実際にはその意味を理解できていない。
 なんだ? 何もないということはない、というのは。

P「今、どこにいるんですか?」

ほたる「鳥取です。すぐに飛行機のチケットをとりますから」

P「……鳥取!?」

 詳しく聞けば、前回も母親と上京してあちこちの事務所を飛び込みで回っていたそうなのだ。
 私は、いつでも待っている旨を彼女に伝えて、電話を切った。

P「まさか、それほど……」

千鶴「? どうかしたんですか?」

P「いや。そうだ、千鶴には話しておくが、俺は2人のアイドル候補生を担当することになった」

千鶴「もしかして、1人は私ですか?」

P「そうだ。そして、もうひとり。白菊ほたる、という娘も担当をする」

千鶴「その娘と、私は一緒にやるんですか?」

P「ん?」

千鶴「2人組のアイドル、なんですか?」

P「いや……」

 そういうことは考えてはいなかった。
 単に専属ではなく、他にも担当がいるということを説明するだけのつもりだったが。
 ふむ……

P「千鶴とほたるのユニット、か……」

千鶴「やっぱり、そうなんですか?」

P「千鶴、笑顔はできるようになったか?」

千鶴「え? えっ!?」

P「レッスンにも入っていただろう? どうだ?」

千鶴「それはその……まだ、です……」

P「ふうむ」

千鶴「な、なんだろう。もしかして今、私を黙らせるための話題だった? やっぱり笑顔ができないとアイドルにはなれない? 可愛くなるのは無理……?」

 千鶴は何かをブツブツ言っていたが、私はそれをほっておいて少し考えた。
 共に笑うのが苦手な2人が、上手くかみ合って一緒に努力し合ってくれるなら……それも、アリだろうか。

P「試して……みるか」

 夕刻と言うにはもう遅い時間、ほたるはようやくやって来た。

ほたる「すみません。遅れました」

P「かまいませんが……何かあったのですか?」

ほたる「飛行機が遅延して……移動の乗り換えも間違えてしまいまして……」

P「やはり、迎えにうかがうべきでしたね。申し訳ありません」

ほたる「え? え、あ、いえ、そ、そんなこと……」

P「ご両親から、電話をいただきました。改めて鳥取へもご挨拶を含め、契約等でうかがいますが、あなたをよろしくと言っていただきました」

ほたる「あ、はい。聞いています。これから、よろしくお願いいたします」

P「寮へご案内する前に、少しいいですか?」

ほたる「は、はい」

P「笑顔」

ほたる「え?」

P「先日、お会いした時にもお願いしましたが、笑顔。できるようになりましたか?」

ほたる「練習……しました」

P「では、見せていただきましょうか」

ほたる「こう……で、どうでしょうか……?」

 点数でいえば20点というところだろうか。
 笑っているといえなくもないが、無理矢理感が漂う。

千鶴「プロデューサー、レッスン終わりました」

P「ちょうどいい。千鶴、午前中に話していた、白菊ほたるだ」

千鶴「……ふうん」

 ジッとほたるを見る千鶴。

ほたる「あの……こちらは?」

P「松尾千鶴。君と一緒に、私が担当をする。よろしく頼むな」

ほたる「は、はい。あの……よろしくお願いいたします」

千鶴「どうしよう……」

ほたる「え?」

千鶴「やっぱり可愛い……私なんかと違う……やだ、やっぱり私、可愛くない……でも……私も担当してもらってるし、だから……でも……」

ほたる「あ、あの……」

P「気にするな。独り言は、千鶴のクセみたいなものだ」

 そうは言ったが、このままでは埒があかない。

P「千鶴!」

千鶴「ハッ!?」

P「ほたるを寮に案内してやってくれ。数日とはいえ、千鶴が先輩になるんだからな。色々と教えてやってくれ。部屋とか詳しいことは、寮母さんに連絡してある」

千鶴「わかったわ。行きましょう、白菊さん」

ほたる「あ、はい。よろしく……お願いいたします」

 電車に揺られながら、千鶴はほたるを見つめる。

千鶴「……」

ほたる「あの。な、なにか?」

千鶴「いいえ。可愛いな、って思っただけ」

ほたる「え?」

千鶴「あなたが、よ。やっぱりアイドルを目指そうって娘は、違うのね……」

ほたる「あの、ま、松尾さんもアイドル候補生じゃ……」

千鶴「……そうなのよね。信じられないけど」

ほたる「松尾さんも……」

千鶴「なに?」

ほたる「可愛いと……思います」

千鶴「……」

ほたる「あの、松尾さん?」

千鶴「可愛い? 可愛いって言われた……本当? 本当に……? 挨拶代わり? お世辞? でもでも……」

ほたる「あ、あの」

千鶴「ハッ!?」

ほたる「松尾さん、本当に可愛いと思います。というか、美人だと」

千鶴「そ、そう。ま、まあよろしく」

ほたる「はい。よろしく……お願いします」

千鶴「あ、あの」

ほたる「え?」

千鶴「名前、で……」

ほたる「は、はい」

千鶴「名前で……いいから。呼ぶの」

ほたる「え? あ、は、はい。じゃあ、千鶴さん」

千鶴「私もほたるちゃん、って呼ぶから」

ほたる「はい」

千鶴「一応、私が先輩になるのよね? 確か、一日であっても先に芸能界に入ったら先輩だってプロデューサーが言ってたし」

ほたる「ここでは……そうなりますよね」

千鶴「だからなんでも聞い……ここでは?」

ほたる「あ、あの、私……ここ以前にも芸能事務所に所属してた事があって……」

千鶴「えっ!?」

ほたる「そ、その前にも事務所に……そ、その、倒産しちゃったんですけど……」

千鶴「え、ちょっと待って! その……つまり、芸能界的には……私より先に?」

ほたる「そ、そんな。所属はしてましたけど、デビューもしてなかったし、その……」

千鶴「失礼しました!」

ほたる「えっ!?」

千鶴「今後はご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします、ほたるセンパイ!」

ほたる「えー!?」


P「帰ってないってどういうことですか!?」

ちひろ「言葉通りです。いくらなんでも遅すぎるかな、と」

 ちひろさんによると、この時間になってもまだ千鶴とほたるは寮に帰ってきていないそうだ。
 不安が胸をよぎり、千鶴のスマホに通話してみる。

千鶴「はい。松尾です」

P「千鶴か? 今、どこにいる?」

千鶴「それが……ええと、私にもよくわからないんです」

P「なんだって? どういうことだ?」

千鶴「乗り換えしようとしたら、集団客に巻き込まれて……さっきアナウンスがあった駅、なんて名前だっけ? え? 御嶽駅?」

P「御嶽駅!? 奥多摩じゃないか!!」

 結局俺は、車を急いで走らせ、2人の元へ急行した。
 が、なかなか合流できない。

P「それで? 今はどこなんだ?」

千鶴「とりあえず駅に降りましたけど、軍畑っていう駅みたいです」
千鶴「間違えました。軍畑は次の駅で、今いるのは二俣尾という駅みたいです」
千鶴「たびたびごめんなさい。軍畑が次の駅というのは上りでの話で、実際には今いるのは沢井という駅みたいです」

 俺は散々迷い、沢井駅に着いてからも様々なトラブルで、ようやく2人に会えたのは1時間以上過ぎてからだった。

P「とにかく無事に合流できて……なによりだ……」

千鶴「すみません。なんだか、些細な間違いを沢山してしまって」

P「いや、俺も軽率だった。まだ慣れてない千鶴に、初めてのほたるを案内させるべきじゃなかった」

 千鶴が1人で上京してきたのを、批難できる立場じゃない。
 運転しながら、俺は2人に言った。

千鶴「私も不注意でした。話に夢中になってて」

ほたる「私の……せいです」

千鶴「え?」

ほたる「私の不幸が……それで……」

 またほたるの不運が始まったが、言われてみれば彼女は数々の所属事務所倒産を経験し、そして今回上京してくるに際しても交通トラブルに巻き込まれ、今またこの状況だ。
 そう言いたくなる気持ちもわからないではない。
 おそらくこうした経験が、彼女にとっては日常茶飯事なのではないだろうか。

千鶴「不幸?」

ほたる「私、不運体質なんです。いつも私の周りに、その……不幸なことが」

千鶴「そうなの? でもそういうの、あまり気にしない方がいいわよ」

ほたる「でも……」

千鶴「何でも気にしすぎるのはよくないから」

 どうやら千鶴は、ほたるの不運体質のことをあまり気にしていないというか、深く理解はしていない。
 冷静というか、合理的な考え方をする娘のようだ。

P「今日はもう遅くなったし寮には俺が連絡しておいたが、夕食の時間は終わってしまったようだから、食べて帰るか」

 俺は街道のファミレスに車を停めると、2人を連れて入店した。

千鶴「すみません。ご馳走になってしまって」

ほたる「ごめんなさい……」

P「気にするな。経費で落ちるし、育ち盛りの有望な新人を腹ぺこで帰しては申し訳ないからな」

千鶴「それはやはり、プロデューサーとしてですか?」

P「いち社会人として、だ。だから遠慮なく好きなものを頼め」

 食事が終わると、俺は口を開いた。
 この際だから、言っておこう。
 俺はこの2人に大いに期待をしている。

P「俺は……な」

千鶴「え?」

ほたる「?」

P「俺は、笑顔さえできたら、2人はトップアイドルになれると思ってる」

千鶴「ほ……」

ほたる「本当ですか!?」

P「ああ。これだけは、忘れないでいてくれ。君たち2人がアイドルとして成功する、その鍵は……笑顔だ。笑えなかった千鶴とほたる。君方が、それを克服した時、2人は、間違いなくアイドルとして大成する」

 千鶴とほたるが顔を見合わせ、そして頷き合う。
 先が見えないくらいの暗がりの中、空の雲の隙間から、陽光がちらりと彼女達を照らした。そういう表情をしている。
 だが――

 辛いが私は、真実を告げなくてはならない。

P「ただし……」

千鶴「え?」

ほたる「え?」

P「それが……できなかったら、その時は……」

 ほたるは視線を落とした。
 そう、彼女はわかっているのだ。

P「君達は、高いランクのアイドルには……なれないだろう」

 一瞬驚きの表情を見せると、千鶴は肩を落とした。
 笑顔は何より千鶴が苦手とする……いや、できないことなのだ。

P「しかし心配は要らない」

 俺がいる――その言葉を飲んで、俺は続けた。

P「厳しいことを言ったかも知れないが、それだけが2人の課題だ。無論、レッスンしたり鍛えなければならないことは多い。しかし、2人ならそれは超えていけるはすだ。つまり、問題はひとつだけ、ひとつだけなんだ。それが……」

ほたる「笑顔……」

千鶴「やってみる。がんばります。笑顔、できるようになります」

P「……期待している」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


千鶴「ここがほたるちゃんの部屋ですって」

ほたる「ありがとうございます。千鶴さん」

千鶴「ちょっと、お話していってもいい?」

ほたる「え? あ、はい」

千鶴「笑顔……どうすればできるのかしら」

ほたる「あの……私、考えたんですけど」

千鶴「え!? なになに!?」

ほたる「この寮、事務所に所属している候補生が他にもいるんですよね?」

千鶴「うん。あ、そうか!」

ほたる「はい。誰かに秘訣とか、コツを教えてもらえたら……」

千鶴「そういうことなら、考えがあるわ」

ほたる「本当ですか!」

千鶴「あまり話したことはなかったんだけど、食堂とかで食事をしてると、他の娘たちってやっぱりみんな可愛いのよね」

ほたる「それは……やはりみなさん、アイドル候補生とかアイドルになった人でしょうから……」

千鶴「それでやっぱり、みんな可愛く笑うのよ」

ほたる「わかりました、千鶴さん。それをお手本にさせてもらうわけですね」

千鶴「ええ。加えて、ちょっと話とか聞けたら、絶対参考になると思うの」

ほたる「ええ! じゃあ……明日の夕食の時にさっそく……」


ほたる「うわ……」

千鶴「すごいというか、ちょっと圧倒されるのよね。全員アイドルの候補生かアイドルだから、可愛い娘ばっかりこんなに一堂に集まってて」

ほたる「なんだか私、場違いな気がしてきました……」

千鶴「だ、だから私もあんまり話しかけられなくて……」

 俯いて話す2人の横に、2人の娘がやって来た。

智香「ここ、空いてるかなっ?」

千鶴「あ、は、はいっ! ど、どうぞ」

まゆ「ありがとうございますねぇ」

ほたる「あ、若林智香さんと、それに……」

千鶴「ね、ねえねえ。ほたるちゃんの横に座った娘、私どこかで見た気がするんだけど」

ほたる「佐久間まゆさんです。読者モデルをしていた人ですから、千鶴さんもどこかで見たことあるんじゃないかと思います」

千鶴「ちょ、ちょっと話しかけてみてよ」

ほたる「わ、私……そ、その……緊張しちゃって……」

まゆ「どうかしましたかぁ?」

千鶴「あ……え、ええと、あの、失礼を承知でうかがいたいんですけど!」

智香「?」

千鶴「どうすれば、お2人のように可愛くなれるか、可愛く笑えるか、教えていただきたいんです!」

智香「笑う……? 笑うのは、こう……」

千鶴「いえ、智香さんができるのは先ほどから見ていてわかってるんです。でも私、どうしても笑えなくて」

まゆ「そうなんですかぁ」

ほたる「私も……ずっと練習してるんですけど、どうやっても上手く笑えないんです」

智香「うーん。そう言われても……ねえ、まゆちゃん」

まゆ「あのですねぇ」

ほたる「は、はい」

まゆ「お2人はいったい、どういう練習をしてるんですか? 笑顔の練習って」

千鶴「それはこう、鏡とか見ながら……」

ほたる「はい。なるべく笑ってみようと……」

まゆ「……まゆは、ですねぇ」

千鶴「え? あ、はい」

まゆ「小さい頃から、お母さんにもお父さんにも『まゆちゃんはかわいいねえ』って言われて育ったんですよぉ」

ほたる「それは……本当に可愛いですから……」

まゆ「幼稚園では何人もの男の子から『まゆちゃんだいすき』とか『ぼくとけっこんして』とか言われて」

智香「わかる。わかるよっ☆」

まゆ「小学校や中学校でも、ずっとみんなに『可愛い』って言われ続けて、まゆは自分が可愛いって事に疑問とか感じたこともなかったんですよぉ」

千鶴「はあ……なんだか羨ましさを通り越して、すごいです」

まゆ「でも……」

ほたる「え?」

まゆ「あの人に出会って……あの人に見つめられて……まゆ、初めて『自分は可愛いのかな?』って、疑問を持ったんですよぉ。そして、『この人に可愛いって思われたい』って」

智香「あ、プロデューサーさんだねっ☆」

まゆ「えへへ。だから今は、あの人に誉められるとうれしいんですよねぇ。自然と、笑顔になっちゃいますねぇ」

千鶴「……ええと、どういうこと? どういうことだろ? プロデューサーに誉められればいいってこと? そうなの? どうなの?」

まゆ「何が嬉しいかは、人それぞれでしょうけど、つまり楽しくないと笑えないって、まゆは思いますねぇ」

ほたる「楽しくないと……笑えない?」

智香「うん。鏡をじっと見てても、楽しくはないでしょっ? アタシも誰かを応援していると、自然に笑顔になっちゃうんだっ☆」

千鶴「それは……はい。鏡を見てもそこにいるのは自分で、見てると可愛くないんじゃないかな……って不信感がどんどんと」

まゆ「あなたは可愛いって、まゆは思いますよぉ」

千鶴「え? えっ!?」

まゆ「うふふ。もっと自分に自信を持ってくださいねぇ」

智香「鏡じゃなくって、楽しいことを探した方がいいよっ☆ じゃあ」

ほたる「あ……あ、ありがとうございます!」

千鶴「参考になりました!」


ほたる「いい人たちでしたね」

千鶴「本当。なんだかもっと早く、話しかけてみればよかったなあ。あの佐久間まゆさんが、私のこと『可愛い』って言ってくれて……なんだか、ちょっとだけ自信が出てきた気がする」

ほたる「千鶴さんは、美人だし可愛いと思います……」

千鶴「う、うん。な、なんだかまだ完全には信じられないけど、あ、ありがとう」

ほたる「楽しいことを……探す……」

千鶴「なにがあるかな……楽しいこと……」

ほたる「千鶴さんは、可愛くなりたいんですよね?」

千鶴「え? なんで? どうしてわかってるの? わかってないはずなのに。バレてないはずなのに」

ほたる「わかってます。千鶴さん、可愛いのに……真面目ですから、可愛い格好とか恥ずかしいんですよね」

千鶴「うう……そ、そうよ。本当はもっとこう……可愛い服とか着てみたいけど、そういうのは……」

ほたる「アイドルになったら、ものすごく可愛い衣装がたくさん着られるんですよね」

千鶴「う、うん。だからその……応募した面もあるというか、第三者に見て欲しかったのも本当だけど、アイドルになれたら……可愛くその……」

ほたる「わかります……私も可愛くなりたいです」

千鶴「そうよね。うん、私も」

ほたる「楽しいことの件は、明日プロデューサーさんにも相談してみましょう」

千鶴「そうね」


P「楽しいから笑う、だから楽しいこと……か」

 先輩アイドルに秘訣を教わる……か、なかなかいい所をついてるし、2人とも積極的に何かをやろうとしているじゃないか。
 2人とも成長している。

ほたる「でも、それが何かがわからなくて……」

P「楽しいことは難しくても、好きなことならどうだ? ほたる」

ほたる「好きなこと……ですか?」

千鶴「ほたるちゃん、アレよ! ラクダよ!!」

ほたる「それは……ラクダは好きですけど……」

P「どうした?」

ほたる「それが笑顔とつながるかは、わからないです……」

P「ふむ。千鶴は、書道とか」

千鶴「書道は……好きですけど……」

P「なんだ?」

千鶴「好きですけど、その書道が堅いというか、書道が好きな私が堅いんじゃないかと、つまり書道が好きな私は堅くて、でも書道は好きだし……」

ほたる「プロデューサーさん。あの、千鶴さんは本当は、可愛い衣装に憧れてるんです」

P「そうなのか。というか、それは女の子ならアイドルの可愛い衣装というのは、みんなある種の羨望の的じゃないのか」

千鶴「書道は堅いけど私は好きで、その私は堅いから書道は好きなわけだし、堅いのは書道か私か、それが……」

ほたる「私も、大好きですし、憧れます。でも千鶴さんは、生真面目な性格ですからそういう可愛い衣装を着るのが……怖いんじゃないかと」

 まだそれほど長くはないつきあいだが、ほたるはなかなか千鶴のことをわかっているようだ。
 千鶴はそもそも、自分の可愛さに疑問を持ちアイドルのオーディションを受けたと言っていたが、確かになりたくなければオーディションなど受けるわけがない。
 千鶴は--誰かに背中を押して欲しかったのだ。
 怖じ気付く自分の背中を。

P「そういえば千鶴の筆致は、ちょっと当たりが強かったな。そういう堅くて憧れを認められない部分と、恐がりだけど諦められない部分があるのかもな」

ほたる「あきらめられないのは……私も同じです」

P「……そうだったな。よし、千鶴!」

千鶴「ハッ!? あ、あれ? 私、何を必死で考えていたんだっけ……」

P「ついてきてくれ。ほたるも一緒に」

千鶴「え?」

ほたる「は、はい……」


ちひろ「はい。よりどりみどり、ふかみどりよ!」

ほたる「うわあ……」

千鶴「すごい……これみんな、本物の衣装なんですか?」

P「そうだ。この中から、どれか着てみるといい」

千鶴「え?」

ちひろ「千鶴ちゃんのサイズだと、リーディングスターはちょっと小さいかな? それよりも可愛さを強調してシュガーガーリッシュとか」

千鶴「私が着るんですか?」

P「ほたるもな」

ほたる「いいん……ですか?」

ちひろ「ほたるちゃんは普段からゴシックロリータっぽい服だから、それを活かした衣装がいいですかね」

P「着替えたら、レッスン場に戻ってきてくれ」


P「ほう。似合うじゃないか」

千鶴「恥ずかしい……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい」

ほたる「……」

 延々と「恥ずかしい」を繰り返す千鶴と、恍惚の表情のほたる。
 共に似合っている。さすがはちひろさんの見立てだ。

P「千鶴!」

千鶴「ハッ!? は、はいっ!!」

P「似合ってるぞ」

千鶴「嘘じゃ……ないですよね」

P「嘘じゃない」

千鶴「変じゃ……ないですか?」

P「似合っている」

 千鶴は、その場にペタンと座り込んだ。

千鶴「嬉しい……です」

P「ほたるも嬉しいみたいだな」

ほたる「ずっと……憧れてました。こういう衣装に……アイドルになることに……」

P「その喜びを、2人とも噛みしめながらだ」

千鶴「え?」

P「歌ってみてくれ。そうだな……ほたる、ラクダの歌だ」

ほたる「あの……歌うんですか?」

P「ああ。それから千鶴」

千鶴「? はい」

P「千鶴は今からほたるが歌う歌に合わせて、踊るんだ」

千鶴「ダンス……ですか?」

P「ああ。基本のステップ、できるようになったんだろ? それを組み合わせてみてくれ」

ほたる「じゃあ……歌いますね」

千鶴「へ、変でも笑わないでくださいね。プロデューサー」

ほたる「♪

ここは砂漠さ 足下は砂の海
私はラクダ 今日も歩いていこう
砂漠の海に 足が焼けるけど
旅はまだまだ 始まったばかり

ここは砂漠さ 頭上は燃えるお日様
私はラクダ 今日も歩いていこう
お日様が燃えて 汗も涙も
カラカラになるけど 足を止めない

ここは砂漠さ 夜は凍える
私はラクダ 今日も歩いていこう
冷たい夜は みんな寄り添い
朝がくれば また歩きはじめる

ここは砂漠さ 草も木もない
私はラクダ 今日も歩いていこう
体も心も 乾いてしまったけど
背中の中に 夢だけはある♪」


 ほたるの歌声に合わせ、千鶴は踊った。
 最初はガチガチの基本ステップを踊っていたが、ほたるに合わせて少しおどけだす。
 俺はレッスン場の鏡を千鶴に指さす。
 ハッとして鏡を見る千鶴。
 千鶴は少し頬を染めて――少しだけ笑った。
 ほたるも小さく笑った。
 2人とも、楽しそうに、そして少しだけ笑っていた。

ほたる「千鶴さん、素敵でした。綺麗で、可愛かったです」

千鶴「ほたるちゃんも、ね。いい歌ね。ラクダの歌」

 ようやく2人は、笑顔が出来るようになってきた。
 アイドルになる、その理想と希望が2人を成長させている。
 2人とも本物のアイドルになってきた、そう感じる。

P「さて、2人に話がある。これからのアイドル活動について、だ」

ほたる「は、はい」

P「俺は2人が別々に活動するより、一緒にやった方がいいと思っている」

千鶴「それはつまり、コンビを組むってことですか?」

P「そうだな。2人のユニットだ」

千鶴「私はその……や、やりたいです。ほたるちゃんとユニット」

P「ほたるはどうだ?」

ほたる「私は……その……」

千鶴「ほたるちゃんは、嫌? 私と一緒は?」

ほたる「私は、千鶴さんのことすてきだと思っています。美人だし、笑えたらきっと……かわいいに違いないって。でも……」

千鶴「なに?」

ほたる「私の不幸が、千鶴さんにうつったら……千鶴さんまで一緒に不幸に……アイドルになれなくなったら……私……」

千鶴「私は、そうは思わない」

ほたる「え?」

千鶴「そもそも私は、笑えなかったかのに候補生になった。プロデューサーは、正当にオーディションを受けて受かったんだから堂々としてればいいと言ったけど、私はそうはできない」

ほたる「あ、でも、それは……」

千鶴「運とか不運があるなら、私がここに来られたのは運が良かったから。あなたもそうよ、ほたるちゃん」

ほたる「わ、私が……?」

千鶴「本当に運が悪いなら、ここに来られてない。2つも事務所が倒産して、それでもここに来たんだからもう、自分が不幸とか考えるのはやめるべきよ」

ほたる「あの、2つじゃなくて3つですけど……でも……」

千鶴「私たち2人、笑えなかったし、笑えない。でも、それでもここまで来られたのよ」

ほたる「そんなこと、考えたことありませんでした。でも、私は本当に色々と不幸で……」

千鶴「わかった! じゃあ、こうしましょう」

ほたる「え?」

千鶴「私は不幸とか信じない。だから、証明してみて」

ほたる「証明……あの、どうやって……」

千鶴「私とユニットを組んで! それで、私たちがトップアイドルになれなかったら、私も負けを認めて信じるから。これは私たち2人の、賭けよ」

 勢いよく言ったものの、千鶴の顔は真っ赤になっている。
 ほたるも気づいているんだろう。千鶴は今、精一杯恥ずかしさを押し殺して、言ったのだ。
 照れ屋の千鶴らしく、もって回った言い方で。
 しかし、照れ屋の千鶴らしくないほど一生懸命に。

P「さて、どうする? ほたる」

ほたる「あの……私、千鶴さんとユニットを組みたくないわけじゃなくて……その、千鶴ちゃんに迷惑をかけたくなくて……」

P「千鶴は今、ほたるに証明してみせろと言ってるんだ。さあ、どうする?」

 困った顔のまま、俯いていたほたるが千鶴の方に向き直った。

ほたる「私……私も、千鶴ちゃんと一緒にアイドルや、やりたいです……!」

 ようやく、ほたるはそう言った。

 千鶴は、ホッとしたようにほたるに歩み寄ると、右手を差し伸べた。

千鶴「がんばりましょう」

ほたる「はい……一緒に」

 2人は笑っていた。
 俺は初めて2人が自然に笑っているのを見た。
 それは、これまで見たことないような……

 自然で、素敵な笑顔だった。

 俺の確信は、やはり正しかったのだ。
 この娘たちが、この笑顔をいつでも出せるようになれば、それだけで大きな、この芸能界でトップへと登っていくための大きな武器となる。

 さて、果たして2人は、それができるだろうか……?



千鶴「えっ!? 私たち、笑ってました!?」

ほたる「ほ、本当に?」

 心からの喜びは無意識だったとみえて、後で2人に「今のはいい笑顔だった」と告げたところ、2人は驚いたようにそう言った。

P「ああ、いつだか言ったこと。間違いじゃなかったって、俺は安心したよ」

千鶴「それって、私たちが笑顔を会得したら」

ほたる「トップアイドルになれる、ってことですか?」

P「ああ」

千鶴「そうか……はい」

ほたる「がんばります」

P「さて、2人がユニットを組むに際して、ひとつ決めなければならないことがある」

千鶴「え? なんですか?」

P「ユニット名さ」

ほたる「ユニット名……私と千鶴さんのですか」

P「そう。俺が決めてもいいが、やはり2人に考えてみて欲しい。自分たちらしいユニット名を」


千鶴「ユニット名……私、そういうの考えるの向いていない気がするのよね。ほたるちゃん、どう?」

ほたる「え、あの……私も……それにその……私が名前をつけたりしたら、なにかよくないこととかおきたりするかも……」

千鶴「そんなことはないと思うけど、なかなか難しいわよね」

ほたる「プロデューサーさんが、私たちに必要なのは笑顔だとおっしゃってましたよね」

千鶴「? ええ」

ほたる「何かこう、笑顔とかそういうユニット名はどうですか?」

千鶴「笑顔……ね。なんか漢字二文字だけって、どうなのかしら」

ほたる「あまり聞いたことないですね。そう言えば」

千鶴「あ、じゃあ普通のユニットってどんな感じなのが多いの? 私、そういうのには疎くて」

ほたる「え……そうですね、今はやっぱり英語のユニットが多いかも知れないですね」

千鶴「レッド・ホット・チリ・ペッパーズとかブラックサバスとか?」

ほたる「それは聞いたことないですけど、色のついた名前のアイドルユニットだと、私たちの事務所だとピンクチェックスクールとか……」

千鶴「……うわ」

ほたる「え?」

千鶴「なんかもう、聞いただけで可愛いって感じがすごいわね……」

ほたる「あと、ピンクドットバルーンってユニットもありますね」

千鶴「もうそれ、絶対可愛いわよね。名前から伝わるわ」

ほたる「そうですよね。ユニット名って、大事なんですよね」

千鶴「私たち、そういうの似合うのかしら……」

ほたる「似合うように、なりたい……です」

千鶴「ちょっとやってみようか?」

ほたる「え?」

千鶴「ほら、立って」

ほたる「え? え?」

千鶴「私たち、ピンクチェックスクールです! よろしくお願いします!!」

ほたる「……え?」

千鶴「ほら、ほたるちゃんも」

ほたる「え……あ、はい。ピンクチェックスクールの……白菊ほたる……です」

千鶴「……」

ほたる「……」

千鶴「なんか……」

ほたる「しっくりきませんね」

千鶴「まあ私たち、ピンクでもチェックでもないから……」

ほたる「……こういう言い方をすると、千鶴さんに失礼かもしれませんけど」

千鶴「え?」

ほたる「私たち、まだまだ未熟で、アイドルなんておこがましいかも知れません」

千鶴「それは認めるわ」

ほたる「でも、夢は……あります。笑顔ができて、可愛くなれて……なりたいって夢は」

千鶴「うん」

ほたる「そういう気持ち……ユニット名にできたら、私たちに合うんじゃないでしょうか」

千鶴「気持ち……そうね、心意気を込められたら……そうだ!」

ほたる「あの……千鶴さん、なにを……」

千鶴「待ってて。今、墨を磨るから」

ほたる「え?」

千鶴「心意気を表すなら、文字にするのよ。文字にするなら、書道よ」

ほたる「はあ……」

千鶴「はい、できた。じゃあほら、ほたるちゃん」

ほたる「わ、私が書くんですか? こういうのは、千鶴さんが……」

千鶴「私も書くけど、まずはほたるちゃん」

ほたる「……でも、なんて書きましょう」

千鶴「なんでもいいわ。思ってること、心にあること、好きなこと、ユニット名とかから一端はなれてもいいから」

ほたる「そうですか? じゃあ……」

千鶴「ら・く……だ?」

ほたる「好きなんです。ラクダが」

千鶴「そうだったわね。ラクダの歌もとっても良かったし。ラクダ……漢字で書くと、こう……」

ほたる「駱駝? 私、初めて漢字でラクダって見ました」

千鶴「あまり見かけないわよね」

ほたる「すごいですね、千鶴さん。字もきれいですし……」

千鶴「ありがとう。笑顔もこのぐらい、上手く出来たら……」

ほたる「……」

千鶴「ごめんなさい。愚痴っぽくなっちゃって」

ほたる「いえ」

千鶴「駱駝って、英語だとなんて言うんだっけ?」

ほたる「確か……キャメルとか……」

千鶴「スマイルキャメルとか」

ほたる「語感はいい気がしますね」

千鶴「そうね……でも、なんかこう……違うという気も」

ほたる「千鶴さんも、何か書いてみてください」

千鶴「え?」

ほたる「ほら、心意気とか」

千鶴「……そうね。じゃあ」

ほたる「……」

千鶴「……」

ほたる「夢……」

千鶴「うん。希望、とか、理想、でも良かったんだけど、なんとなく……」

ほたる「はい。願いとか、目標みたいな、そういうことですよね」

千鶴「そうそう! なりたい自分みたいなもの……そういうのを込めたつもりなの」

ほたる「すごいです……この字、とても美しく見えます」

千鶴「そ、そう? 夢……でも、ドリームってしちゃうとさっきほたるちゃんと言ってたような事が入らなくなる気がするわね」

ほたる「もっと積極的にというか、元気よく、そして理想に向かってるようなのが……」

千鶴「理想……笑顔?」

ほたる「私たちそういう、可愛い女の子になりましょう。私も……なりたいです……」

千鶴「可愛いアイドルの……女の子に、私たちが……あ!」


P「決まったのか? ユニット名」

ほたる「はい。ええと、ユニット名は……」

千鶴「GIRLS BE(仮)です!」

P「……なんだその、(仮)は?」

ほたる「決意と、理想の女の子になるという夢を込めたんですけど……」

千鶴「な、なんか大それてる気もしてるのと、もっといい名前を後から思いつくかも、って考えたら……」

P「まあいい。じゃあ2人は今日から、GIRLS BE(仮)だ」

千鶴「はい!」

ほたる「はい」

 なんとなく気弱な気がしないでもないが、本日ここに松尾千鶴と白菊ほたるのユニット、GIRLS BE(仮)が結成されたのだ。

 千鶴もほたるも、少しずつ笑顔ができるようになってきた。

千鶴「楽しい……と思えるようになってきたんです。アイドルとしてがんばるのが」

ほたる「はい。笑顔……まだまだかも知れないですけど、楽しいから笑えるようになってきました。

 よし。そろそろ、この2人を本物のアイドルとして仕事をさせてみようじゃないか。



     『強い目をしたラクダ』


ほたる「お仕事……ですか?」

P「そうだ。まあ、単独ではないから、緊張する必要はない……が」

千鶴「お仕事……私が……私が? え? 人前で? どうしよう……どうしよう……」

ほたる「だ、大丈夫でしょうか。なにかよくないことが……」

 2人は相変わらずだ。
 笑顔はできるようにになってきているとはいえ、彼女たちの本質的なところは、依然変わっていない。

 いや--むしろ無理に変える……変わる必要はないのか。

 2人とは、そうして出会い、そしてここまでやってきたんだから。

P「しっかりしろ、千鶴! ほたる!」

千鶴「ハッ!?」

ほたる「は、はい」

P「レッスンを活かす機会だ。それに今回はまだ、ウチの顔見せ的な興業でメインじゃない。しかし、2人はいずれはそのメインにもなっていくんだぞ」

ほたる「……」

千鶴「どうしたの? 大丈夫?」

ほたる「私……夢でした。アイドルになって、舞台の上で光に包まれて歌って、踊るのが……」

 既に泣きそうなほたる。
 千鶴もその姿に、感じるものがあるようだ。無理もない、千鶴はほたるの過去と、それでもアイドルという夢を諦めきれなかったという経緯を知っているのだ。

P「過剰に緊張する必要はない。ただメインではないにしても、大きなチャンスだ。しっかりやっていこう」

千鶴「は……はい!」

ほたる「それであの、どこでのお仕事なんですか?」

P「ああ……」

 2人が俺を見つめる。

P「北陸……金沢と富山だ」

 珍しくほたるが、強く俺に進言してきた。
 現地には前乗り……つまり前日からの移動を主張してきたのだ。

ほたる「私が一緒だと……何が起こるかわかりませんから……」

 また、違う視点から千鶴も前乗りには賛同した。

千鶴「現場を見ておきたいです。いきなりだと、緊張しちゃうかも……」

 ふむ……
 3人分の宿泊費はそれほど問題ではない。
 それで2人の不安が軽減されるのなら、前乗りも悪くないかも知れない。

ちひろ「構いませんけど、他のメンバーやスタッフは当日入りですよ?」

P「わかってます。まあ、観光というわけにもいかないでしょうが、2人の不安を少しでも和らげられたら、と思いまして」

ちひろ「私が同行できればいいんでしょうけど……」

P「いえ、大丈夫です」

ちひろ「上手く……いくといいですね、千鶴ちゃんとほたるちゃん」

P「……ええ」

 レッスンはした。
 上達もした。
 心得も教えた。
 それでも拭えないのが、不安というものだ。
 まして2人は……自分に自信を持てない。そういう娘たちだ。

P「せめて、俺だけは2人を信じてやろう」

 そう、ここで俺まで不安になってはいけないのだ。
 あの2人は――できる。


 黄金週間、我が社は新人アイドルのツアー興業を行った。
 新人だけでなく、既にデビュー済みの娘も帯同しツアーを盛り上げつつ、新人の娘らの顔見せをしていくというのが狙いだ。

P「結局、(仮)は取れずじまいか」

 ツアーのパンフ冊子を見ながら俺は言った。
 そこには千鶴とほたるの写真と名前、そしてGIRLS BE(仮)と書かれている。

千鶴「GIRLS BE(仮)、で定着してしまいそうな気もしますね」

 軽口めいて千鶴は言うが、根が真面目な彼女が真剣な表情で言うので、なんとなくこちらも不安になる。
 いや、不安は厳禁だ。

ほたる「今回のステージが成功したら……」

千鶴「え?」

ほたる「上手くいったら取る、ってというのは……どうでしょうか……?」

P「ほう」

千鶴「いいと思う!」

ほたる「ほ、本当ですか……?」

千鶴「ええ。そうしましょう、いいステージにできたら私たち、GIRLS BEよ!」

ほたる「はい……がんばります。どうか……どうか、悪いことがおきませんように……どうか……どうか……」

 言い聞かせるように呟き続けるほたるを、千鶴は優しく見つめながらも余計なことは何も言わなかった。
 千鶴は優しい娘だ。ここで変に慰めるような事を言うのは、ほたるの為にならないばかりか余計に気を遣わせてしまう。
 それが、わかっているのだ。


千鶴「こ、ここ!? ですか……?」

ほたる「思ったより……あの……大きい会場ですね」

 俺は頷いた。約二千席のハコだと聞いていたが、目の当たりにすると確かに大きい。

P「ここが、富山芸術文化ホール。通称、オーバード・ホールだ」

千鶴「……む」

P「?」

千鶴「無理……無理無理。こんな会場で、歌うとか踊るとか無理よ。絶対無理」

 千鶴の言葉に、俺はため息をつく。
 ある意味、新人らしい。
 しかし今はトップアイドルと呼ばれる娘らも、こういう第一歩を乗り越えてきた……はずなのだ。

P「あのな、千……」

ほたる「大丈夫です」

千鶴「えっ!?」

ほたる「私たちは、実力はあります。そうですよね……? プロデューサーさん」

P「もちろんだ」

 千鶴とほたるの頭に手を置き、俺は言った。

P「レッスン通りにやればいい。それに、バックダンサーとしても出演するが、2人だけでやるのは一曲だけだ」

千鶴「それはそうだけど」

P「レッスン通り、とはいかないかも知れない。だが、とりあえず練習した曲を歌えれば、明日はそれでいい」

ほたる「え?」

P「出来を気にすることはない、ってことさ。観客の前で歌った、その事実だけでいいんだ」

千鶴「出来は気にせず、一曲を歌いきる」

ほたる「そして、踊れればいいんですね」

P「そうだ。音程を外してもいい、歌詞もトチったっていい、ダンスを間違えてもいい。ただ……最後までやりきれ」

千鶴「それで、いいんですか?」

P「新人を見せるのが今回の興業だし、お客さんもわかってる。だから適当でいいというわけじゃないが、今ある実力を精一杯出しての失敗は、寛容に見てくれるはずだ」

ほたる「やっぱりそういうの、わかるものなんでしょうか? 同じ失敗でも、適当にやってるのと一生懸命なのと」

P「観客は一番鋭い」

 そう、会場に足を運んでくれるお客さんには、すべてが伝わってしまうものだ。

P「だから明日は、とにかくやりきれ。初めてのステージにミスなんて、つきものだ。もしミスがなかったら……そうだな、帰りの足は2人ともグリーン車にしてやる」

 軽口のつもりで言ったが、千鶴は存外に神妙な顔だ。

ほたる「あの……」

千鶴「えっ!? どうしたの、ほたるちゃん」

ほたる「その……さっきから、すごい視線をその……感じませんか?」

 言われて気がついたが、誰かの強烈な視線を感じる……
 振り返ると、1人の少女と目があった。

 一瞬、相手は怯むような表情をしたものの、そのままこちらを見つめ返してきた。

千鶴「なにか怒ってるのかしら?」

ほたる「なんでしょう……もしかしてまた私の不幸が……」

 俺は肩をすくめると、少女に向かって歩きだした。

P「何か用かな?」

裕美「……もしかして明日、ここに出演する人ですか?」

P「ああ。まだ新人ですが、よろしくお願いします」

 少女は俺の言葉を聞くと、千鶴とほたるに目を移した。
 それにしても、すごい目力だ。
 決して睨んでいるわけではないが、その目にまず圧倒される。

裕美「あの」

千鶴「え? あ、はい」

ほたる「なんでしょう」

裕美「明日はがんばってください。2人とも。あの、私……応援します」

千鶴「え? あ、ありがとう……」

ほたる「ございます」

裕美「私、アイドルって人たちに興味があって……みんな綺麗で、笑顔とかも素敵で」

千鶴「え、ええと……」

ほたる「笑顔は……ど、どうかな、私たち」

裕美「いいえ。2人とも、とっても綺麗ですぐに明日出演される人だってわかって。その……すごいな、素敵だなって、うっとり見つめちゃってたんです」

 うっとり!?
 思わず声に出しそうになったのを、俺は慌てて飲み込んだ。
 どちらかと言えば、先程のこの娘の視線は『凝視』と呼ばれるそれだった。

裕美「明日、楽しみにしています。それじゃあ」

 ペコリと頭を下げると、少女は小走りに去っていった。

千鶴「えっと。ファン……に、なってくれたのかな」

ほたる「そうなんでしょうか……」

P「みたいだぞ」

ほたる「えっと……なんていうか……」

千鶴「嬉しい……です」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


P「ちひろさん。これ……」

ちひろ「どうかしましたか?」

P「衣装のアクセが足りません。ブレスとネッカチーフが」

ちひろ「ええっ!? 待ってください……無いです。リストに載っていません」

P「ちょっと伝票をとリストを……そんな……」

 不思議なミスだ。衣装発注を済ませ、そのチェックはしていたものの、それを移送する伝票が他の伝票と混じってしまったのだ。
 確かこの時、ほたるが伝票を……いや、ほたるの不幸体質など、俺は信じないが……。

ちひろ「どうしましょう。なしでいきますか?」

P「いや……それがないとあの衣装は間の抜けた……いや、ぼやけた衣装になってしまう」

ちひろ「では……」

P「まだ本番まで、時間はあります! 街へ出て、合うものを探してきます」

ちひろ「え? あ、プロデューサーさん!」

P「千鶴とほたるに、心配するなと言っておいてください!」

 俺は街へと走り出した。
 アクセサリーショップのある目抜き通りに出ると、俺は次々と中を覗いた。

P「これは……大きさが合わない。これも……」

 慌ただしく店の商品をひっかき回していると、俺は誰かにぶつかってしまった。

裕美「きゃっ!?」

P「おっと」

 俺は倒れそうになる相手の腕を、慌てて掴んだ。

P「申し訳ありません。急いでいたもので……あれ?」

裕美「あ、昨日の……」

 相手は、俺の顔をまじまじと見て言った。
 相変わらず、目力が強い。
 だが、もうわかっている。この少女は、気の優しい、そして穏やかな娘なのだ。
 ただ、その瞳だけが強い……いや、それは欠点や短所ではない。
 むしろ、その中にある輝きは、年齢に不釣り合いとすら思える美しさだ。
 しかしそうした強く、大きな瞳の力は、少女らしい幼さを持つ彼女にとってまだ負担が強いのかも知れない。
 そうじゃない、君のその魅力は、しかるべき者がそうと伝わるように……

裕美「あ、あの……?」

 彼女の瞳の色が、驚きから困惑、そして不審へと変わっていくのを俺は見た。
 そうだ、今は彼女に見とれている時ではない。

P「すみませんでした。実は衣装に足りないアクセサリーがあって探しに来ていたんですが、なかなかピッタリしたものがみつからなくて」

裕美「……あの」

P「ん?」

裕美「それってあの、昨日のお2人の……?」

P「ああ。急遽2人に会うアクセサリーが必要に……いや、それはどうでもいい。あなたは、地元の方でしたよね。他にアクセサリーの店を、ご存知ありませんか?」

裕美「……」

P「?」

裕美「あ、あの……」

P「なんでしょうか?」

裕美「ちょっと、見て欲しいんだけど……」

 彼女は少し視線を落とすと、肩から下げていたバッグをぎゅっと掴んでいた。
 俺は時間をきにしつつも、彼女を隣のカフェに誘った。

裕美「その……これ……別に使って欲しいとかそういうことじゃなくて、昨日あれから作ってみたからそれで」

P「これ……君が?」

 彼女が取り出したのは、ブレスレットとチョーカーだった。
 シンプルなデザインに色々な飾りがつけてある。けれど、少しもゴテゴテしていない。
 確かに千鶴にもほたるにも、似合いそうだ。

裕美「あの2人、こういうの似合うかな……って思いながら作ってみたの」

 しかしこれは驚きだ。
 あの短い時間、2人と会って話をしただけで似合うアクセサリーとか作れるものだろうか。
 俺はその疑問を口にする。

裕美「2人とも、可愛いって思ったから。似合いそうなのを想像して作ったんだけど……」

P「すごいね。まさしくピッタリだよ」

裕美「え? あ……でも、材料は安物よ? ここなんかも本物じゃなくてコットンパールだし」

P「いや、綺麗だよ。これ、使わせてもらってもいいのかい?」

裕美「はい。そもそもあの2人に渡したくて……でも、どうしようかと思っていたから」

P「お礼はまた、改めてさせていただきます」

裕美「そんな」

P「連絡先とか、教えていただけますか」

裕美「あの、今日は私も観に行こうとおもってたんだけど……」

P「あ、ではこの名刺を。見せたら楽屋まで来られるようにしておきますから」

 俺は白紙になっている名刺の裏に自分で名前を書き込み、少女に渡す。

裕美「あ……う、うん」

P「ではこれ、お借りします」


ほたる「あ、プロデューサー」

千鶴「心配しましたよ。来ないんじゃないか、って」

P「悪い。待たせたか」

千鶴「いえ。なんでも、足らないアクセサリーがあったとか聞きましたけど」

ほたる「あの。もしかしてまた、私のせいで……」

P「いや、そうでもないぞ。こういうの、怪我の功名……いや、不幸の功名っていうのかもな」

千鶴「え?」


   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


ほたる「うわ……これ、とっても綺麗です」

千鶴「サイズもピッタリ。衣装にも合ってない?」

ほたる「はい。でもこれ、私のと千鶴さんの、少し違いますね」

P「すごいだろ」

千鶴「ええ。まるであつらえたみたいです」

P「あつらえたのさ」

ほたる「え?」

P「俺が、じゃないぞ。昨日のあの娘、覚えてるだろ?」

千鶴「あ、あの目の、なんていうか……つよい」

ほたる「もしかして、あの娘が? これを作ってくれたんですか?」

P「会えたのは偶然だけど、な。昨日あれから、お前達2人のことを思い描きながら作ってくれたんだそうだ」

千鶴「……これ、宝物です。私、これを付けて今日はがんばります」

ほたる「……はい。私も」



智香「はーい。ではここでご紹介しちゃいますっ☆ アタシたちの後輩で、期待の新星GIRLS BE(仮)の登場でーす」

 ややまばらな拍手に迎えられ、千鶴とほたるがステージに上がっていく。
 意外に緊張した素振りはないが、千鶴の第一声は……

千鶴「でゅ、どうりょ。私たち、がGIRLS BE(ガリ)……

ほたる「あの……」

 いかん。完全に緊張している。

智香「あー。すごく緊張してるね。よーし、2人とも深呼吸深呼吸っ☆」

千鶴「え? はい! スーハースーハー」

ほたる「すぅはぁすぅはぁ……」

まゆ「はぁい。吸ってぇ……吸ってぇ……吸ってぇ! 吸ってぇ!!」

千鶴「スーーー……って、そんなに吸ってばっかりいられませんよ!」

智香「あ、落ち着いたみたいだね」

ほたる「え? あ、ほんとです……」

まゆ「じゃあ改めて、自己紹介しないといけませんねぇ」

千鶴「は、はい。みなさん、私たち2人は、GIRLS BE(仮)です。変わったユニット名と思われるかも知れませんが、これには理由があります」

ほたる「私たちは……可愛いアイドルになりたくて、そういうアイドルを目指してきました……それがGIRLS BEという部分です」

千鶴「でも今はまだ(仮)、です。だけど今回、私たち決めました。今日、いい歌と踊りができたら、(仮)を取ろうって」

ほたる「みなさん。今日はみなさんに、この私たちの(仮)を取ってもらうために着ました。お願いします!」

 緊張がほぐれた2人は、歌い始めた。
 多少、音程が乱れたが、まあまあ満足のいく出来だった。
 終了後、会場からは初めてにしては大きな拍手がおこった。

「GIRLS BEー!」

 何人かが、そう2人にそう言ってくれた。
 キョトンとしていた2人だったが、すぐに意味を飲み込んだ。

千鶴「ありがとうございます! 私たち……」

ほたる「今日から……GIRLS BEになります!」

 会場はまた、大きな拍手に包まれた。
 そう、今日から2人は、GIRLS BEになる……なったはずだった。


P「まあまあだったな。大きなミスをせず、やりきれたのは誉めてもいい」

千鶴「ありがとうございます。でも……」

P「ん?」

ほたる「最初……緊張してしまって……智香さんとまゆさんがいなかったら、どうなっていたか……」

P「よし。それがわかっているなら、満点だ」

ほたる「え……?」

P「言っただろ。最初は誰だって緊張する。やりきるだけでいい、って。だけど2人は、やりきった上に大事なことをわかっている」

千鶴「もしかして、失敗したかもしれないってことですか?」

P「俺もというか、会社側も新人をフォローするためにベテランをつけてくれてる。その助けがあって助かったということがわかってれば、それでいい」

ちひろ「あの……お客さんが来てますよ。プロデューサーさんの名刺を持って」

P「そうだった。2人とも、今日助けてくれたもう1人の娘がいたんだ」

裕美「失礼します。あの、お、お2人ともすごく可愛くて良かったです」

千鶴「あ。どうもありがとう、アクセサリーすごく可愛いくて助かったわ!」

ほたる「本当に、ありがとうございます」

裕美「ううん。役に立って良かった。このにアクセサリーも、2人に似合っててすごく可愛かったから、私も嬉しい」

千鶴「あなたが可愛いから、このアクセも可愛いのね。きっと」

裕美「……ほんと?」

ほたる「はい。私も……そう思います」

裕美「私、目つきがきついってよく言われてて……私……私も可愛くなれたらなあって……」

千鶴「可愛いわよ?」

ほたる「ええ。瞳もつよくて、輝いてるみたい」

裕美「……ほんとう?」

P「確かに君の目は力強い。だが、きついというのは、違うな」

千鶴「ほら、プロのプロデューサーもそう言ってるわ」

ほたる「プロデューサーを、信じて」

裕美「あの、私……同級生がこの間、アイドルにになる為に上京して……その時にみんなが……」



「裕美ちゃんもアイドルとかいいんじゃない?」
「うん。美人だし」

「あら、関さんがアイドルはどうかしら……」

「えー?」
「美人じゃない?」

「関さんはほら、目つきがきつくていっつも怖い顔してるじゃない。アイドルっていうのは、どうなのかしらねえ……」



裕美「私……やっぱりそうかな、って……」

P「いや。目の力が強くても、怖くみられない方法ならあるぞ」

裕美「え?」

P「笑えばいいのさ」

千鶴「あ、笑顔」

ほたる「はい……!」

裕美「笑顔……?」

P「ちょっと笑ってみてくれるかな?」

裕美「わ、私……笑顔って苦手で……笑顔を作ろうとすると、相手を睨んでるって言われて」

千鶴「ちょっといい?」

裕美「え?」

千鶴「あなたの作ってくれた、このアクセサリー。ほら!」

 千鶴は踊りだした。
 なんだ。本番よりもいい出来だ。
 俺が苦笑いをすると、ほたるも合わせて踊りだした。手にはこの娘の作ったアクセサリーがある。

ほたる「どう……?」

裕美「わあ……私のアクセが……」

 少女は笑った。
 ほんの一瞬。
 自分の作ったアクセが、アイドルという場で輝くのを見たのだ。
 会場でももしかしたら、この娘は笑っていたのかも知れない。

ほたる「今……笑ってました」

千鶴「うん! すっごく可愛かった! ねえ、プロデューサー!」

 俺も見た。
 ほんの一瞬だが、輝くような笑顔を。
 この強い瞳の少女の笑顔に、俺の胸は高鳴った。
 千鶴に言われるまでもない。

P「あなたのお名前は?」

裕美「関……関、裕美です」

P「関さん。あなたもアイドルになりませんか? もしその気がおありなら、私はあなたと契約をしたい」

裕美「出来ると思うの? 目つきのきつい、私がアイドルに」

P「君はなれる。俺たちと一緒に、アイドルとして輝いて欲しい。お願いです!」

 裕美は、千鶴とほたるを見た。
 2人は頷く。

裕美「私……なりたい」


 俺はその日のうちに、裕美のご両親に会い、状況を説明した。
 はじめはご両親も驚いていたが、裕美が黙ったまま両親をジッと見つめると、2人とも認めてくれた。

 裕美は一週間後に上京してくることになった。


千鶴「GIRLS BE(仮)から(仮)が取れて、私たち2人GIRLS BEになるはずだったけど、3人になってGIRLS BEですね」

ほたる「こういうきっかけって、なんだか嬉しいです。私の不幸でアクセサリーがなかったのかと思いましたけど、そのお陰で、あたらしい仲間ができました」

P「そうだな」


 GIRLS BE(仮)は、GIRLS BEとなった。
 金沢での興業も盛況に終わり、俺たちは帰京した。


P「さて、まず裕美には笑顔の特訓だ」

裕美「あ……うん」

P「前に言ってたな。笑顔が苦手だ、って」

裕美「私……目つきがきついから……目が合った人から『こわい』って言われちゃって……」

千鶴「プロデューサー。裕美ちゃんにも、私たちの時みたいにラクダの歌とか」

P「うむ、それもいいが裕美はまたちょっと違う傾向の悩みみたいだしな」

ほたる「怖いって言われるのが……怖いんですよね」

裕美「……」

P「強すぎる光は、時にそういう気持ちに人をさせる。薬だって強すぎれば体に害をなす。だがな、それを調整できれば、この上もなくすばらしいものになれる」

裕美「ほ、ほんとうに!?」

P「実際、裕美の美的センスは素晴らしい。あのアクセからもわかる」

千鶴「そうよね。手先が器用なだけじゃなくて、ああいうの本当にセンスだわ」

P「アクセサリー作りは、裕美の趣味なんだな?」

裕美「うん。可愛い物を作るのが、好きなの」

P「……自分用にアクセを作ったことは?」

裕美「ある……けど」

P「それをつけて、どう思った?」

裕美「わからない……」

ほたる「わからない?」

裕美「鏡の中の私は、なんか……すごい目で見てくるし……」

千鶴「それはその……見てくるわよね」

 裕美は決して目つきが悪いわけではない。ただ、つよい目の力を持っているだけだ。
 そう、その力を良い方向に向けられたら……

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


若葉「あ。みなさん、こっちですよ~」

雫「今日はよろしくお願いしますねー」

 3日後、俺は同じ事務所の日下部若葉さんと、及川雫の動物園一日園長の仕事に、GIRLS BEの3人を同道させてもらった。
 仕事ではないが、同じ事務所の後輩の為とお願いしたら、若葉さんはふたつ返事で引き受けてくれた。

若葉「お姉さんに任せてください~」

千鶴「それでプロデューサー、動物園で何をするんですか?」

P「若葉さんのアシスタントや補佐が名目だが、裕美の特訓が主な目的だな」

裕美「私の?」

P「特別に、お願いしてある」

雫「楽しみですー♪」

裕美「?」



若葉「では私はここで。雫ちゃん、裕美ちゃんのことたのみますね~」

雫「はい。私も楽しみなんですー」

裕美「あの、プロデューサー? 何をするの?」

P「ここにはな、牛がたくさん飼われていて触れあえるのがウリなんだ」

裕美「牛?」

雫「牛さんは、体は大きいですけど臆病ですから、驚かさないようにしてあげてくださいねー」

裕美「え? で、でも、私の目を見たら、その……牛さんは怖がるんじゃないかな」

雫「大丈夫ですよー」

 雫が太鼓判を押してくれたが、牛というのは間近に見ると、予想以上に大きい。

千鶴「ちょ、ちょっと。本当に大丈夫なの!?」

ほたる「ひ、裕美ちゃん。無理しなくても……」

裕美「ほんとう……大きい……」

雫「はい。この牛さんは、男の子なんですよー」

裕美「……あ」

雫「大丈夫だから、撫でてあげて」

裕美「う、うん」

千鶴「裕美ちゃん。だ、大丈夫?」

裕美「うん……。思ったより恐くない。それになんだか、優しい目……」

雫「牛さんは、ものすごく優しいんですよー。それで、恐がりなんです」

裕美「ほんとうに? でも、私と目があったのに、全然こわがらないよ?」

雫「うふふ。それはー……裕美ちゃんが怖くないって、牛さんにはわかってるんですよー」

ほたる「うん。きっとそうですね……動物は、そういうの人間よりちゃんとわかるの……かも」

裕美「うれしい……あ、ありがとう……ね」

 裕美が牛の背を撫でると、その牛は「もぉ~」と鳴いた。
 本当に、裕美のことがわかっているようだ。

P「裕美、もっとよく牛の目を見てみるんだ」

裕美「……き、嫌われないかな?」

雫「大丈夫ですよー。ほら」

裕美「う、うん」

 裕美がジッと牛の瞳を見つめた。
 いつだったか千鶴やほたるを見つめていた、あの真剣な眼差しだ。
 その瞬間--

裕美「きゃっ!」

 牛はまた「もぉ~」と鳴くと、裕美の頬をペロリと舐めた。

裕美「び、びっくりした……でも……えへへ。ありがとう」

 裕美が再び、牛の背中を撫でた。
 その顔は、笑顔だ。

千鶴「裕美ちゃん……」

ほたる「笑えてる……笑えてるよ、裕美ちゃん」

裕美「え? ほ、本当?」

P「裕美、これ以上ないぐらい公平な審査員だっただろ?」

裕美「え?」

P「裕美が可愛いっていう、証明のさ」

千鶴「そうね。言葉は通じないし、嘘も誤魔化しもきかない動物が、裕美ちゃんに見つめられても怖がらなかった」

ほたる「それどころか……舐めてくれました」

P「裕美も、嬉しかっただろ。それが。だから今、笑ってる」

裕美「そう……そうなの? 私、笑えてる? 牛さん? 私、可愛い? ほんとなの? 嬉しい……ありがとう!」

 裕美は牛の背に、顔を押しつけた。
 ここからではその押しつけられた顔の表情はわからないが、牛は嬉しそうにまた「もぉ~」と鳴いた。


若葉「どうでしたか? 裕美ちゃんは」

P「おかげさまで。ひとつのきっかけを得られた、と思います」

若葉「よかったです~。実は私、ちょっと羨ましかったんですよ~。裕美ちゃん、とっても綺麗で、大人びた瞳ですから~」

裕美「私は、若葉さんが可愛くて羨ましいな」

若葉「可愛い……誉め言葉としてうかがっておきますね~」

雫「うふふ。私も牛さんと久々に触れあえて、嬉しかったですよー」

ほたる「あ!」

千鶴「どうしたの? ほたるちゃん」

ほたる「ラクダ……」

 ふと見ると、俺たちはラクダのコーナーにさしかかっていた。
 ラクダがのんびりと、歩いてる。

P「おお、本物のラクダか」

ほたる「はい。久しぶりに……見ました。なんだか……元気が出てきました」

千鶴「あんな風に歩くのね……ねえ、ほたるちゃん。歌おうよ」

ほたる「え?」

千鶴「ラクダの歌」

ほたる「ええと……はい。裕美ちゃんも、ね」

裕美「うん」

 千鶴とほたると裕美は歌いだした。
 どうやらいつの間にか、千鶴とほたるにラクダの歌を教わっていたらしい。
 若葉さんと雫が、手拍子をした。
 歌う千鶴もほたるも裕美、そして聞いている若葉さんに雫も笑顔だ。

「ンゴォォォオオオォォォオオオオオオォォォオオオオオオーーーッッッ!!!」

 最初は何かと思ったが、みればラクダがいななきのように、鳴き声をあげていた。
 目は我々の方を見ている。

裕美「あはは。私の歌の、最初のファンだね」

 そう言う裕美は、輝くような笑顔だった。

P「いや、裕美の最初のファンは俺だ」

裕美「え?」

P「千鶴もほたるも、一番最初のファン一号は俺だからな」

裕美「……うん」

千鶴「はい」

ほたる「ありがとう……ございます」


 裕美もどうやら、笑顔のきっかけをモノにできたようだ。
 これからは--猛レッスンあるのみだ。


P「チャンスだ」

 俺の言葉に、3人はキョトンとする。

P「仕事だぞ。ドラマの仕事が入った」

千鶴「えっ!?」

ほたる「わ、私たちがドラマに出るんです……か?」

裕美「ほ、ほんとうに?」

P「いやまあ、ドラマと言っても役名もない、いわゆる『通行人A』みたいなもんだ」

千鶴「なんだ……でもそうよね、まだまだ無名の私たちがいきなり主演なんてありえないもの」

ほたる「でも……嬉しいです」

裕美「うん。プロデューサー、ちらっとでもテレビに出るってことなんだよね?」

P「ああ。それにな、3人が後にトップアイドルになったりしたら、お宝映像として注目されるようになるかも知れないんだからな」

千鶴「そういえば、この間アメリカの次期大統領に決まったドナルド・トランプも、映画にチラッと出てた事があるのよね」

裕美「あ、ニュースで見たかも知れない」

ほたる「後のスターも、昔は無名時代があったって、聞きますよね」

P「そうだ。そしてそういう事から注目され、次の仕事に繋がったりもするんだ。今回は台詞もない、ほんとうに通行人的な役だが、キッチリこなさないとな!」

千鶴「は、はい!」

ほたる「がんばります」

裕美「なんだ嬉しいな」

千鶴「え?」

裕美「笑顔……練習したの。いかせるかも」

P「そうそう。その件だけどな」

ほたる「なんですか?」

P「この役、3人とも笑わなきゃいけないからな」

千鶴「えっ!?」

P「メインキャストのバックで楽しそうに談笑している女子中学生の集団、そういう役だからな」

裕美「じゃあ、さっそく笑顔の出番なんだ」

ほたる「……今なら」

P「ん?」

ほたる「できる……気がします。3人で練習した、笑顔が……」

 見違えた。
 苦労して、時には涙を流しながら、それでも3人は笑顔を自分のものにしようとがんばった。
 まだ、完璧じゃないかも知れない。
 けれど今のほたるを、その苦労と努力がまだ淡いがそれでも自信となって彼女を支えている。
 今までやってきたことは--

 無駄じゃなかった。

千鶴「……そうね。むしろ、いい機会だと思わないといけないのよね。がんばらなきゃ……がんばらないと……」

裕美「うん。やってみる。お仕事で、笑顔」

 台詞も演技の注文もない、ただ楽しそうにしてればいいだけの、役名もないドラマの仕事。
 難易度が低い割に、チャンスに繋がるいい仕事。
 その時までは俺も、そう思っていた。

裕美「あ、主演は岡崎泰葉ちゃんなんだ。女子高生探偵役、かあ」

千鶴「本当だ。あの天才子役の……って言っても私と年齢はひとつしか違わないのよね。しかも、相手がひとつ上」

ほたる「芸能界に入って、確かもう10年なんですよね。すごい……」

P「まあ実際には、岡崎泰葉とドラマの中でのやりとりはない。でも、全体がどういうストーリーで、どういう場面で自分たちが出るのかは大事だからな」

 3人に台本を配りながら、俺は言った。

裕美「この付箋が貼ってあるのが、私たちの出番?」

千鶴「ええと……あ、書いてある。女子中学生ABCが、笑いながら歩いてる、か……」

ほたる「や、やってみましょう……!」

裕美「ええと。誰が、Aをやる?」

千鶴「ここはこの私、不肖松尾千鶴が」

ほたる「千鶴さんは、Bがいいと思います」

千鶴「え? どうして?」

ほたる「美人ですから。千鶴さんは」

千鶴「え?」

裕美「美人だから……B。えへへ」

千鶴「駄洒落じゃなーい! もう……うふふ」

ほたる「おもしろく……なかったですか? ふふっ」

 見違えたのは、ほたるだけじゃなかった。
 3人は、今俺の目の前で笑っている。
 この3人がこの笑顔で、歌って踊るなら、最高だろう。

P「その調子で頼むぞ」

千鶴「はい!」

ほたる「はい」

裕美「うん」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


裕美「すごいね。スタッフの人、たくさんいる」

千鶴「うん。やっぱりドラマの収録って、すごいね」

ほたる「どうか、なにもありませんように……」

 ドラマ収録当日の現場、3人は以外にも落ち着いている。
 まあ、ほたるの心配癖も、いつもの平常運行としておこう。

P「お、監督さんだ。よし、挨拶に行くぞ」

千鶴「はい!」

P「どうも、今日はウチの娘がお世話になります?」

監督「ん? ああ、どうもどうも。この娘たち? うんうん可愛いし、初々しくていいねわネ」

千鶴「松尾千鶴です。よろしくお願いします!」

ほたる「白菊ほたるです。あの……よろしくお願いします」

裕美「関裕美です。あの、がんばる……ます」

監督「よろしくよろしくネ」

「泰葉ちゃん、入りまーす!」

P「お、主演女優のお出ましか」

千鶴「私たち、泰葉ちゃんにも挨拶とかした方がいいんでしょうか?」

P「いや、直接絡みがあるわけでもないし、俺がしておく」

監督「泰葉ちゃーん、久しぶり。今日はよろしく頼むわネ」

泰葉「わあ、ご無沙汰いたしています。今日は監督さんと久しぶりのお仕事で、私もマ……母も楽しみにしてたんですよ」

監督「あらぁ、嬉しいこと言ってくれるわネ。そうそう、今ねえ企画してるアタシの新作なんだけど、泰葉ちゃんにも出演してもらえたらって思ってるのよネ」

泰葉母「そういうお話は、私を通していただきませんと」

監督「あーら、お母様もお久しぶり。もちろんよぉ」

泰葉母「じゃあ泰葉ちゃんは、本番まで集中してなさい。お母さんがどんな作品か、聞いておきますから」

泰葉「うん……はい。お願いします」

P「すみません。今日、出演させてもらう娘達のプロデューサーですが」

泰葉母「え? 共演の予定がありましたかしら……?」

P「いえ。ほんの通行人役ですが、ご挨拶をさせていただこうと思いまして」

泰葉母「そう。ご丁寧にどうも。泰葉は今、本番前で集中しておりますので、私が代わりに承っておきますわ……あの娘たちかしら?」

P「はい」

泰葉母「……ふうん」

P「? なにか?」

泰葉母「みなさん、女優志望なのかしら?」

P「いえ。本業はアイドルです」

泰葉母「……そう」

P「今日は勉強させていただくつもりです」

泰葉母「……あの」

P「は?」

泰葉母「アイドルというのは……」

P「? はい」

泰葉母「……大変なんでしょうね」

P「え?」

泰葉母「あ、いえ、この世界で頑張るというのは、どこも同じですわよね」

P「それは確かに。ですが、3人ともよく努力していますし、私の期待に応えてやってくれてます」

泰葉母「……そうですか。では、私はこれで。それで監督さん……」

岡崎泰葉の母親は丁寧に頭を下げると、再び監督の方に向き直った。
一方、岡崎泰葉は別室で休憩を……
ん?

泰葉「……!」

 なんだ?
 岡崎泰葉は、何かをジッと見つめてる。
 その表情は、驚きとそして……
 若干の恐怖にも似た、恐ろしいものでも見るかのような目をしている。
 視線の先にいたのは……

ほたる「なにも起きませんように……なにも起きませんように……」

 ほたるだった。

P「? 知り合いなのか? 2人は」

 そんな話は聞いた事がなかったが……

泰葉母「あら泰葉ちゃん、まだそんな所にいたの? ほら、今のうちに休憩しておきなさい」

泰葉「……うん。あ、いいえ、はい。マ……お母さん」

 泰葉は俺に気づいたようで少し会釈をすると、母親と控え室に入っていった。
 その顔は、祖気ほどとは違い、なんだか笑っているように見えた。


監督「じゃあみなさんは、ここで楽しそうに笑っててネ」

千鶴「はい!」

監督「特に注文はないから、好きにしてていいから」

裕美「はい」

監督「2つだけ注意して欲しいのはネ、あまり大声で笑わないことと、カメラの方を見ないことネ」

ほたる「はい。景色になるんですね」

監督「あら、あなた初めてじゃないの? よくわかってるわネ」

ほたる「オーディションは受けたことがありますから……駄目でしたけど」

監督「わかってるならいいわ。じゃあ、もうすぐ本番だから」

裕美「ほたるちゃん、景色になるってなに?」

ほたる「うん。あのね、観客が見るのはやっぱり主となる登場人物で、私たちみたいな名前もない役の人に目がいくと、かえって邪魔になっちゃうって教わったの」

千鶴「そうか。本当に見て欲しい所が見てもらえなくなっちゃうのね。そういうこと、プロデューサーは教えてくれませんでしたね」

P「うむ、すまん」

裕美「でもそうか、あんまり私たちが大声を出したりすると、そっちをつい見ちゃうんだね」

P「カメラを見るな、ってのも同じだろうな。目が合うとそちらが気になるからな」

ほたる「こういうのを、景色になるって言うんです」

千鶴「え、待って。待ってよ……ええと笑顔で、笑って、でも大声で笑わず、カメラを見ないで……か、カメラってどこ!?」

裕美「どうしよう。私も緊張してきちゃった……」

「泰葉ちゃん、はいりまーす!」

P「お、本番だ。がんばれよ、3人とも」

千鶴「ハッ!? も、もう!?」

裕美「どうしよう……」

P「この間の」

ほたる「え?」

P「練習、あれをあのままでいいから」

千鶴「この間の……」

裕美「練習……」

ほたる「ええと……あ、千鶴さんがBの……」

「はい。ほんばーん!」

裕美「あ、ふふっ。私、Aかな? Cかな?」

監督「スタート」

千鶴「そうねえ。裕美ちゃんは、三番目にGIRLS BEに入ったから、Cで」

泰葉「……」

監督「? カット! カーット!! どうしたの、泰葉ちゃん? 本番よ?」

泰葉「え? あ、す、すみません!」

「おいおい、泰葉ちゃんがNGだってよ」「いつ以来だ?」「というか、初めて見たぞ」「あの天才子役が……」

 スタッフがザワつく。
 下を向く、岡崎泰葉。
 だが俺は気づいていた。
 岡崎泰葉は、GIRLS BEの、ウチの3人の方を見ていたのだ。
 視聴者どころではない、出演している岡崎泰葉がこちらを気にしたのだ。

P「ウチの娘たち、声が大きかったですかね?」

監督「え? そんなことないと思うわ。あの娘たちは、今の感じでいいからネ」

P「わかりました」

ほたる「あの、どうかしたんですか? もしかして私たちが……やっぱり私の不運が……」

裕美「そうなの?」

P「いや、傍目から見ていてそんな感じはなかったし、監督さんも違うと。単純に岡崎泰葉のNGらしい」

千鶴「あの天才子役でも、そんなことあるのね」

P「だな。だからまあ、3人も緊張しなくていいぞ」

千鶴「もうしてません。その、プロデューサーのアドバイスのおかげで」

ほたる「はい。楽しいです、3人での練習」

裕美「今ならもう、楽しければ笑えるから」

P「俺の思った通りだな、できると信じてたから余計なことは言わなかった」

千鶴「本当ですか? なんだか、無責任っぽく感じましたよ?」

ほたる「私は……信じてます、プロデューサーさんを」

裕美「私は……うん、私も」

千鶴「待って! それじゃあ私だけ信じてなかった見たいじゃない。私は……私だって……」

 赤くなる千鶴に、ほたると裕美は笑った。笑われて、千鶴も吹き出す。

P「よし、じゃあその調子で」

 再びスタッフが持ち場につく。

監督「じゃあテイク2……スタート!」

泰葉「……私、見たんです。あの時」

監督「カット。泰葉ちゃん? 今日、どうしちゃったの?」

泰葉「いえ……すみません。次は大丈夫です」

 まただ。
 カットの直後、岡崎泰葉はまた3人をちらりと見た。
 撮る側としては、演出的な意味があるのでは……と観客に思わせてしまう、やってはいけない動きだ。

監督「泰葉ちゃん、一旦休憩入れちゃう?」

泰葉「いえ。すみません、もう平気です」

 言葉通り、次は泰葉は完璧に台詞も演技もこなした。
 だが、去り際またこちらをチラリと見た。
 今度はほたるだけでなく、俺たち全員を見ていた。

いったんここで止まります。
読んでいただいて、ありがとうございました。
SSの中で登場する歌は、すべて架空の歌で実在はしません。

※訂正
>>33
× P「ああ。これだけは、忘れないでいてくれ。君たち2人がアイドルとして成功する、その鍵は……笑顔だ。笑えなかった千鶴とほたる。君方が、それを克服した時、2人は、間違いなくアイドルとして大成する」
○ P「ああ。これだけは、忘れないでいてくれ。君たち2人がアイドルとして成功する、その鍵は……笑顔だ。笑えなかった千鶴とほたる。君たちが、それを克服した時、2人は、間違いなくアイドルとして大成する」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


 ブーブーエスから俺宛に、バイク便が届いた。
 先日のドラマの青録り、すなわち編集が終了した本編のみのドラマだ。
 俺は急いで袋からDVDを取り出すと、3人に声をかけた。

 事務所で俺たちは、岡崎泰葉主演のドラマを見始めた。
 彼女たちの出番が近づくにつれ、なんだか緊張してきた。いや、それは3人も同じみたいだ。

千鶴「そ、そろそろ、よね」

ほたる「はい。ここで泰葉演じる高校生探偵が、後に犯人とわかる人と会話をするシーンですから……」

裕美「ええと。あ、次よね」

 場面が変わった。
 あの時の岡崎泰葉のセリフが、聞こえてくる。

泰葉「まるでわかってないわね。わ、か、っ、て、な、い」

裕美「……あれっ!?」

ほたる「え……」

千鶴「え? ええっ? お、終わり……?」

 映っていなかった。
 この泰葉のバックで笑っているはずの、千鶴も、ほたるも、裕美も、映ってはいなかった。
 いや、よく見ればアングルがあの時のカメラ位置と違う。

P「別カット……か!」

ほたる「え? あ……プロデューサー!?」

 俺は背広をひっ掴むと、ブーブーエスに車を走らせた。
 電話なんてまだるっこしい。いや、直接言ってやらなくては、気がおさまらない。
 あの3人が、どれだけ苦労して笑顔の練習をしたか。
 あの3人が、どれだけこの仕事を楽しみにしていたか。
 あの3人に、俺は何て言ってやればいいのか。

 俺は蹴やぶるように、ドアをあけて件の監督に詰め寄った。

P「どういうことですか!?」

監督「?」

P「観ましたよ、DVD。何が気に入らなかったのか、それはわかりません。わかりませんが、あれはあんまりです! あの娘達は、必死で自分に向き合ってきました。3人とも自信がなく、それでも自分の求める理想の自分になろうとがんばってきたんです!」

監督「……」

P「そりゃ完璧ではなかったかもしれません! 端役といえど、完璧を求めたかったかも知れません! ですが、俺にはあの笑顔のどこが悪いのかわかりません!! ええ、わかりませんとも!!」

監督「……」

P「1人は、自分でも可愛くなれるかも知れないという、淡い期待にたった1人で福岡から上京しました。1人はプロダクションが3度つぶれてもあきらめませんでした。1人は、自分の魅力にコンプレックスを持ってその自分を理解しようとしてたんです」

監督「……」

P「その3人の努力を、あんな形で無にされたんじゃ黙っちゃいられません!!」

監督「……」

P「俺は……俺は……とにかく俺は納得できない!!!」

監督「……」

 監督はデスクに座ったまま両腕を組み、その上にアゴを乗せてこちらを無言で見上げている。
 落ち着き払い、そして俺の話を聞き入っているのだ。

 なんだ? この無言と態度は?
 もしかして俺、ちょ、ちょっと……いい過ぎたかな--?

監督「お話はそれだけ?」

P「え? あ、いえ……いや、まあその……」

監督「じゃあワタシからもいいかしらネ?」

P「は?」

監督「DVDと一緒に送ったワタシの手紙、読んでいただけたのかしら?」

P「え? て、手紙?」

監督「返事を急ぐから、わざわざバイク便を使ったのだけど」

P「な、なんですって?」

監督「いいから一旦戻って、手紙を読んでから出直しなさい! 早く!! いそいで!!!」

 口調は荒っぽいが、監督は明らかに笑っていた。

 俺は首をひねりながら、大慌てで事務所に戻り、DVDの入っていた袋を逆さにひっくり返した」

裕美「どうしたの? プロデューサー」

ほたる「まさかやっぱり、私のせいで……」

P「なになに……拝啓……貴事務所の3人の出番ですが、一緒に送りましたDVDの最後にも該当のシーン入れておきましたが、スタッフ全員でプレビューした結果、その可愛さと楽しそうな雰囲気、そして笑顔にどうしても目がいってしまうため景色としては不適切であると判断するのやむを得なしとの結論に至りました」

千鶴「そうか。それで、私たち映ってないんだ……」

裕美「ちゃんと、笑顔はできてたんだよね?」

 がっかりした千鶴の肩に、不安そうに裕美が手を置く。
 が、手紙にはまだ続きがある。

P「つきましては、かくの如き逸材を景色としての通行人で終わらすのはもったいなく、また我々のドラマの質のさらなる向上のため、甚だ異例かつ急な話ではございますが、現在作成中の5話の脚本を変更し、改めて配役をした上でご出演をいただけませんでしょうか……」

ほたる「えっ!?」

P「取り急ぎ、DVDは送らせていただきましたが、本件に関しお早いご検討とお返事をお待ちしております――監督」

裕美「え、と……つまり、私たちドラマに……出られるの? しかも、通行人じゃなくて!?」

P「そう……みたいだ……や、やった……やったぞ!! やったーーー!!!」

千鶴「うそ……え、本当に!?」

ほたる「夢みたい……」

 3人が抱き合った。
 それぞれの目から、涙がこぼれる。

 3人になり、(仮)の取れたGIRLS BEが、世に認められた瞬間だった。

 そして俺は――

P「あ! 俺は……謝らないと!!」

 再び今度はブーブーエスに車で飛んでいった。
 ニヤニヤと笑う監督さんに頭を下げまくると、それから具体的なドラマ出演の話をした。

 GIRLS BEの3人は、そのままアイドルグループGIRLS BEの本人役として出演が決まった。
 主演である岡崎泰葉との絡みはないが、物語に少しではあるが絡む、セリフもある役だ。

千鶴「松尾千鶴、って書いてある……うわあ、どうしよう」

裕美「私の名前も……『裕美「じゃあ聞いてください」 満面の笑顔』だって!」

P「喜ぶのは早いかも知れないぞ」

ほたる「え? もしかして私の不幸が、また……?」

P「ほたるの力が招いた事態、ということならそうかも知れない」

ほたる「それって、あの……」

P「今回は通行人役じゃないし、セリフもある。3人はこれから演技力レッスンで特訓だ!!」

ほたる「え? あ……は、はい!」

千鶴「大変な特訓になりそうね。ふふっ」

裕美「さーすが、ほたるちゃんの不幸のチカラだね。えへへ」

ほたる「……ご、ごめんね。私の不幸が……ふ、ふふっ」

 3人は笑った。
 強くなったな。3人とも。
 そう思うと、俺も思わず笑みがこぼれた。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


千鶴「私たちの歌を聞いていただいて、ありがとうございます!」

裕美「これから、握手会をおこなうね!」

ほたる「よろしく……お願いします!」

 ライブのシーンから、握手会にシーンに変わり、そこで爆発が起こる。
 3人は警備員に誘導され、逃げる。
 そこへ男の影が忍び寄る……



P「緊張感があっていいシーンだったな」

千鶴「撮ってる時は無我夢中でしたけど、なんというかこうしてドラマで観ると、すごいです」

裕美「曲はダイジェストになってるけど、ちゃんと私たちが歌ってるシーンもあって嬉しい」

ほたる「なんだか……一流アイドルになったみたいです」

 事務所でドラマを観賞し、俺たちは感慨にふけっていた。
 猛特訓をして出演したドラマ。
 出番は5分にも満たないシーンだったが、3人はかなり目立ついい役所だった。

 ドラマの放送の後、ネットでは「あのアイドル役は誰?」とちょっとした話題になった。
 ドラマの感想を綴るブログが、GIRLS BEの事を記事にしてくれ、そこへ富山や金沢の会場に来てくれていたファンの人が書き込みをしてもくれた。

 GIRLS BEは、アイドルとして次第に世間に認知されるようになってきた。
 3人もアイドルらしくなってきた。

P「俺も……がんばらないとな」




     『人形のラクダ』



 3人とも、がんばっているし、レッスンは上手くいっている。
 仕事も入ってくるようになった。
 ファンも少しずつ増え、自信もついてきた。

 なにより――3人は笑顔を覚えた。

 目に見える、そして目には見えない有象無象が、微かな手応えとして俺にも、そして彼女たちにも感じられるようになってきている。

 季節はもうすぐ、夏になろうとしていた。

 そんな時、俺は社長に呼び出された。

 ウチのプロダクションは、なかなか大きな事務所だ。所属アイドルも多いし、スタッフもそれに比例して多くなる。
 つまり、いちプロデューサーに過ぎない俺が、社長に呼び出されるなどありえない事態だ。

 いい予感などしない。
 さりとて、何か問題を起こしたという自覚も覚えも、これまたない。

 どこか不安を抱えながら、俺は社長室のドアを叩いた。

 社長「入りたまえ」

 P「失礼いたします」

 社長「岡崎泰葉、という娘を知っているか?」

 開口一番に問われたのはそれだった。

 岡崎泰葉?
 あの――?

 社長「どうだね?」

 P「もちろん、存じ上げています。有名な子役……いや、もう子役ではありませんよね。女優……ですか」

 社長「面識は?」

 P「は?」

 そりゃあ、会った事はある。
 先日のドラマの主役だったのだから。
 だが、それが?

社長「あるのだね?」

P「はあ。先日、私の担当するアイドルがドラマに出演しまして、そこで」

社長「ふうむ」

 社長は、少し考え込んでいた。
 さっぱり、わけがわからない。

社長「これはまだ、極秘事項だが――」

P「? はい」

社長「岡崎泰葉は、アイドルに転向する」

P「は? はあ」

 それはまあ、そういうこともあるだろう。
 天才子役とはいえ、いつまでも子役ではいられない。
 子役もいつかは、大人になっていく。
 それが子役のキャリアから大人の女優になっていくのか--
 または他の道を探していくのか--
 いずれにしても、それがどうしたというのだろうか。

P「ネームバリューもある娘ですし、話題には間違いなくなるでしょう。私の担当アイドルも、同時期のよいライバルとして負けないよう……」

社長「そうじゃない」

P「は?」

社長「かいつまんで説明するが、岡崎泰葉君は個人事務所の所属だ――だった」

 愕然とした。
 今の社長の一言で、俺は事態をあらかた飲み込んだ。

 個人事務所の所属、ではなく所属だった、ということは今現在は違うという事だ。
 そして今、社長は岡崎泰葉を、岡崎泰葉君と呼んだ。
 つまり――岡崎泰葉は、ウチの所属となったのだ。
 おそらくそういうことだろう。

社長「察したか?」

P「何があったんです? 岡崎泰葉の母親は、確か有名なステージママじゃなかったんですか?」

社長「その母親が、大手芸能事務所と揉めてな。いや、それはウチじゃないぞ」

P「圧力がかかったんですね?」

社長「はっきり言えば、そういうことだ。アイドル活動には不案内だった母親は、大手芸能事務所に娘を入れようとした。それだけなら別に良かったが、今まで通り娘やそのユニットを自分が直接プロデュースをしようとした」

P「それはまあ……事務所としては今まで外部にいた人間が、事務所の力を使って好きにしようとしたら……」

社長「事務所側は、岡崎泰葉君に対して圧力をかけて芸能界から干すと母親を脅した。母親は、揉めたのは自分だから自分が身を引けば泰葉君には圧力をかけさせないよう啖呵を切った、とこういうわけだ」

P「芸能界も色々ありますから」

社長「力関係、利権関係、パイの取り合い、そういうものは確かにある。昔ほどではないにしても」

 社長は少しだけ遠くを見つめる目をした。
 社長が現場でバリバリやっていた頃は、今以上に熾烈なやりとりもあったのだろう。

社長「それはともかく、ステージママは去り岡崎泰葉君に対する圧力はなくなった。しかしその大手に泰葉君を今更入れる気にはなれない、と母親は言っている」

P「それで、ウチ――ですか」

社長「厳密には違う」

P「? と、仰いますと?」

社長「君だ」

P「俺……いや、私がなにか?」

社長「向こうが君を名指しで指名してきた。君にプロデュースをして欲しい。そういうご要望だ。それなら我が社に移籍する、と」

P「……はあっ!?」

社長「君の言を借りるなら、ネームバリューもあり話題には間違いなくなる娘だ。私としても、断る理由はなかった」

P「いや、待ってください! 俺は……社長も、ご存知でしょう?」

社長「そんなことは関係ない」

P「そ、それに今俺は、3人を担当していまして」

社長「ならばその内の誰かを、担当から外すかね?」

P「とんでもありません!」

社長「ならば今日から君の担当は、4人だ。いいか? これは業務命令だ」

 社長からの話は、予想だにしないものだった。
 あの、岡崎泰葉を!? 俺が担当!?
 なんで俺なんだ!?

P「……言ってもしかたないか」

 なにしろ業務命令なのだ。それはそうだろう、岡崎泰葉というネームバリューのある娘は、事務所としてはそれは欲しい。
 その為の条件というなら、社長が俺に業務命令を出したのは、それはそれで理解はできる。

P「だが、なんで俺を……?」

裕美「プロデューサー?」

P「……」

ほたる「あ、あの、プロデューサーさん?」

P「……」

千鶴「プロデューサー!」

P「ハッ!? お、おお。なんだ?」

千鶴「なんだじゃありませんよ、今日はレッスンを見るって言ってたじゃないですか。それなのに、上の空じゃない」

P「あ、ああ。悪い。その……ちょっと、な」

ほたる「もしかして……私のせいでなにか悪いことが……? もしかしてまた倒産……!?」

P「違う! あ、いや。そうだ、ほたる」

ほたる「は、はい……?」

P「岡崎泰葉、知ってるよな」

 この間の岡崎泰葉の視線を思い出し、俺はほたるに聞いてみることにした。
 もしかしてそこに、今回の件が関係してるのかも知れない。

ほたる「え? はい。この間のドラマで」

P「いや。それ以外で。それ以前に会ったことはあるのか?」

ほたる「? はい」

P「やっぱり知り合いなのか?」

ほたる「え……いいえ」

P「違うのか?」

ほたる「前に、舞台のオーディションを受けた時に、主役が岡崎泰葉さんでしたから、審査員をしていたのを見たことはありますけど……知り合いとかではないです」

P「そうなのか? その時、何か話とかは?」

ほたる「いいえ? 私はその……オーディションは落ちちゃいましたし……」

P「ふむ……」

ほたる「あ、でも」

P「ん?」

ほたる「その後も、時々オーディションの会場でお見かけすることはありました。お話とかはしたことなかったですけど」

 ますますわからなくなった。
 特に知り合いというわけでもなく顔見知り程度のほたるを、岡崎泰葉はなぜあれほど見ていたのか――

千鶴「なんですか、プロデューサー。岡崎泰葉さんがどうかしたんですか?」

P「うむ……実はな、ウチの事務所に移籍してくることになった。あ、だがまだ公にはなっていないからな」

裕美「そうなの? じゃあ一緒にお仕事することもあるのかな」

千鶴「どうかしら。私たちとは、担当の人が違うんでしょうし」

P「あー……いや、それが、な」

千鶴「え?」

P「それが……岡崎泰葉も、俺が担当する……らしい」

ほたる「え?」

裕美「ええ?」

千鶴「ええぇぇーー!!」

P「み、みんなの担当も継続して引き受けるから、心配は要らないから」

千鶴「そういう問題じゃありません!」

P「え?」

千鶴「プロデューサー、岡崎さんにかかりっきりになっちゃうんじゃないですか……?」

 うっ。鋭いな、千鶴。
 そもそも俺は、じっくり1人を育てるつもりだった。
 そこで、ほたるを面接して予定が変わった。まあそれでも2人ならと思っていたら、裕美が現れてスカウトをした――せずにはいられなかった。
 気がつけば3人もアイドルを担当しており、今また新たに芸能界で知らぬ者はいないであろう、あの岡崎泰葉の担当まですることになったのだ。
 この俺が、だぞ。
 できるのか――? 俺。

裕美「そうなの?」

ほたる「せっかくいいプロデューサーさんに担当してもらって、デビューもできたのに……やっぱり私……私のせいで……私の不幸が……」

P「だ、大丈夫だ!」

 俺は慌てて言う。

P「全員、きちんときっちりと担当する。約束だ」

千鶴「もしかしてプロデューサー、岡崎さんをGIRLS BEに入れるつもりじゃないですよね!?」

P「え? あ、いや、そんなつもりはないが……」

ちひろ「あのープロデューサーさん?」

P「え? あ、ははは、はい」

ちひろ「来客です。アポはないけれど、お目にかかれますかと」

 助かった。ここは一旦、撤退だ。

P「いいですとも。どなたです、お客さんは」

ちひろ「それが……びっくりですよ。あの、岡崎泰葉ちゃんなんです!」

P「岡崎……」

 俺の背中に、3つの視線が突き刺さっているのがわかる。
 振り返らずに、俺は頭を下げた。

P「ちょ、ちょーっと行ってくる……な」


泰葉「突然、失礼しました。ご迷惑ではなかったでしょうか?」

P「あ、いや、ええと……いえ、気にしなくていい……です」

 岡崎泰葉とは初対面ではなかったが、柔らかな物腰にしっかりとした口調で喋る彼女に少し圧倒される。
 さすがの貫禄というべきだろうか。

泰葉「お話をうかがっはておられるかとは思いますが、まずはご挨拶をと思いまして。これからどうぞ、よろしくお願いいたします。岡崎泰葉です」

 ハキハキとそう言うと、彼女は頭を下げた。
 子役として長くこの世界にいる娘だ、如才がない。
 なさ過ぎる。

P「簡単に経緯は聞いていますが、本当に俺が担当でいいんですか?」

泰葉「はい。お願いします」

P「お母さんのようにはあなたをプロデュースできないかも知れませんが、俺なりに一生懸命やろうと思います」

泰葉「マ……母は、かえって良かった、と言っています」

P「え?」

泰葉「女優になりたかった夢を、私が代わりに叶えてくれた。自分はそれで十分だ、と」

P「そうなんですか……」

泰葉「芸能界の嫌な部分も見たし、自分はもういいと。あなたの道を自分ですすんでお行きなさい、と」

P「アイドルへの転身や移籍に関して、色々あったとは聞いています」

泰葉「この世界に長くはいますが、何分不勉強でアイドルのことは何もわかりせんので、どうぞよろしくお願いいたします」

 流石の受け答えだ。やはりこれまで担当してきたどの娘とも違う。
 しかし――
 それが全部いいかといえば、俺はそうとは思えない。

P「では、さっそくですが」

泰葉「なんでしょうか?」

P「笑ってみてもらえるかな」

 俺のリクエストに、一瞬泰葉の時間が止まった。

泰葉「笑……う?」

P「ええ」

泰葉「あの、これってアイドルと関係ある事なんですか?」

P「関係もありますが、一種の恒例行事的側面もありまして」

 それまで穏やかではあるが、貼り付けたような微笑で受け答えしていた泰葉が、初めて困惑の表情を見せた。
 が、すぐに軽く頷くと言った。

泰葉「では――笑います」

 こぼれるような、満面の笑み。
 まるで映画のワンシーンだ。
 これまでのどの娘とも――ほたるとも千鶴とも裕美とも違う。
 だが……

泰葉「どうですか?」

 個人的好みを言えば、俺はさっき泰葉が見せた困惑の表情の方が好きだ。
 今泰葉は、真顔で俺に問いかけてくる。
 それは泰葉の笑顔が、演技であったという事実を際立たせる。

泰葉「よく……なかったですか?」

 この娘は、俺が泣けと言えば涙を流して泣くだろうし、怒れといえば心にまったく怒りがなくても怒ってみせるだろう。
 それはすべて演技だ。
 いや、演技が悪いわけではない。泰葉のこの技術は、それはそれで得がたいものだ。

 ただ俺は……泰葉を本当に笑わせてみたい、そう思った。

泰葉「あの……」

P「そういえば、白菊ほたるを知っているんですか?」

 俺は話題を変えるために聞いてみた。
 気になっていることでもあった。

泰葉「……知っています」

P「先日のドラマでの現場で、随分と気にしていたように見えたんだが」

泰葉「実は」

P「ん?」

泰葉「あなたにプロデュースをお願いしたいとマ……母に言ったのは、私なんです」

 なんだと?
 泰葉が言い出したことだったのか?

P「それは、なぜだ?」

泰葉「あなたが、白菊ほたるさんのプロデューサーだと知ったからです」

 わけがわからない。
 2人の間には、何か確執があるのか?
 それにしては、ほたるは泰葉のことをあまり知らないようだし。

P「何があったのか、教えてくれないか」

泰葉「あれは……1年近く前の事だと思います」

   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


岡崎母「今日は審査員のお仕事だけど、まあ泰葉ちゃんは座っていればいいのよ。審査は監督さん達にお任せすればいいの」

泰葉「はい。ママ」

岡崎母「何人か中学生の娘も受けるみたいだけど、合格した娘のことはよく覚えておきなさいね」

泰葉「はい。私のライバルになるのよね?」

岡崎母「そうよ。こうしたオーディションから勝ち上がってくる娘には、特に注意をなさい。手強いライバルとして、泰葉ちゃんに立ち向かってくるかも知れないんですからね」

泰葉「オーディションに落ちた娘は、気にしなくていいの?」

岡崎母「この世界はね、泰葉ちゃん。勝たないと明日はないの」

泰葉「勝たないと……明日はない……」

岡崎母「前に何度も話したわよね? 負けたら明日は来ないの。もうこの世界にはいられない。だから泰葉ちゃん、あなたも気を抜かずに頑張らないといけないのよ」

泰葉「わかったわ。ママ」

岡崎母「落伍者は気にしなくていいわ。それよりも、勝ち残った娘に負けないようにしなさいね」

泰葉「はい。ママ」



ほたる「白菊ほたる。あの……13番です」

 あ、可愛い。
 一目でそう思いました。
 私は初めて参加者のプロフィールに目をやりました。

泰葉「芸能事務所シルル所属。白菊ほたる。13歳……」

監督「はい、じやあ次の人」

泰葉「あ……」

 ちょっと話してみたかったな。
 そう思ったが、彼女の番は終わっていた。

泰葉「まあ、いいか」

 あの娘が勝ち残れば、嫌でも現場で会うことになるだろう。
 その時は、ライバルとして。
 自分が勝たなくてはいけない相手として。

監督「泰葉ちゃん、どうかしたのかい?」

泰葉「いいえ」

監督「そうかい? 少し、元気がないように見えたけど」

泰葉「大丈夫です」


司会「では続いての配役の発表です。主演の泰葉ちゃんの親友役は……」

 もしかして……
 ちょっとだけ、私は期待しました。
 もしかしてあの、白菊ほたるさんじゃ……
 会場には、彼女がいた。目を閉じて、祈るように手を組んでいる。

 そして、合格者の名前が呼ばれた。
 その名前は――白菊ほたるさんじゃありませんでした……

 ほたるさんは、ガックリと肩を落とし、泣きながら去っていきました。
 私は少し残念だけど、ちょっとだけ安心もしていました。
 あのほたるさんを、ライバルにしなくて済んだから。

泰葉「さよなら……」

 もう会うこともないであろう、白菊ほたるさん。


 それからしばらくして、芸能事務所シルルが倒産したと私は聞きました。
 シルルと聞いて思い出したのは、白菊ほたるさんでした。

泰葉「ママの言った通りだ。白菊ほたるさんは、オーディションには落ちたし、事務所もなくなってしまった。やっぱり、負けたら明日はないんだ……」

 ところが――

岡崎母「今度のお仕事は、舞台の『奇蹟の人』よ。もちろん泰葉ちゃんならできるとわかっているけど、難しい役よ。がんばってね」

泰葉「ええ、ママ……あ!」

岡崎母「どうかしたの? 泰葉ちゃん」

泰葉「あの娘……」

岡崎母「? オーディションに来てた娘たちね。みんな泰葉ちゃんに適わなかった、落ちちゃった娘たちよ」

 信じられませんでした。
 そこにいた内の1人は……
 間違いなく、あの白菊ほたるさんでした!

 なんで?
 どうして?

 負けたんじゃないの?
 事務所だって倒産しちゃったんじゃないの?

 あなたに明日は、もうないんじゃないの!?

 どうして、ここに……いるの――?


 私は監督さんに頼んで、その時のオーディションの資料を見せてもらいました。

泰葉「白菊ほたる――石墨プロ所属……移籍したんだ」

 私は恐くなりました。
 ママの話と違う。負けたはずなのに、まだがんばってる。
 今回も私が勝ったけど、また私と闘っていた。

岡崎母「どうかしたの? 泰葉ちゃん」

泰葉「あ、ママ……ううん。なんでもない」

岡崎母「そお? なんだかとっても、嬉しそうだったけど」

泰葉「? そんなことない。さ、帰ろうママ」

 嬉しそう? 私――嬉しそうだったの?


 その時の舞台、奇跡の人は公演途中でお屋敷の使用人役の娘が急遽降板しました。
 誰か、代わりの人が必要になったんです。

監督「まあ大きい役ではないし、代役を選ぶのも難しくはないか」

泰葉「あの……監督さん」

監督「ん? なにかな、泰葉ちゃん」

泰葉「その……代役、もし良かったら、白菊ほたるさんはどうでしょうか? この舞台のオーディションを受けていた娘なんですけど」

監督「白菊ほたる……はて、印象にないな」

泰葉「石墨プロの娘なんですけど」

監督「あー……そりゃ駄目だよ、泰葉ちゃん」

泰葉「え? どうしてですか?」

監督「石墨プロは、倒産したよ。一昨日だったかな」

泰葉「えっ?」

監督「別段、経営が悪いとも聞いてなかったからボクも驚いたんだけどね」

泰葉「じゃあ、所属していた人は……」

監督「さあ。あれ? その白菊さんって、泰葉ちゃんと友達かなにかなの?」

泰葉「いえ。そうではないんですけど」

 奇跡の人のオーディション帰りに見かけた、白菊ほたるさん。
 もしかしてあれは、幻……いえ、気のせいだったような気すらしました。
 そう、だって――

泰葉「負けたら、明日はないんだから……」


 それからまたしばらくしてから、私はティーンファッションの広告のお仕事をやることになりました。
 私の他にも何人か芸能事務所に所属している娘たちが来ていました。
 そしてその中に――

ほたる「どうか選ばれますように……お願いします……お願い……」

 あの、目を閉じて祈るいつもの姿があったんです。
 私は悲鳴を上げそうになりました。
 どうして!? どういうこと!? なぜここにいるの!?

岡崎母「泰葉ちゃん、泰葉ちゃんにしては子供っぽいお仕事だったかしら?」

泰葉「ううんママ。そんなことない」

岡崎母「ふふ、そうみたいね」

泰葉「え?」

岡崎母「なんだか泰葉ちゃん、嬉しそうよ。いつもより」

泰葉「別に……そんなことないと思うけど」

 結局、その時も白菊ほたるさんは、選ばれませんでした。
 私は彼女と、お話をする機会もありませんでした。

 それから1ヶ月ほどした頃でしょうか。
 また……白菊ほたるさんの所属していた事務所が倒産した、と私は聞きました。


泰葉「今度こそ……さすがに三度も所属事務所が倒産したら、もう……」

 自分でも、どうして白菊ほたるさんがこんなに気になるのか、わかりません。
 でも、なんとなく寂しくなったのは確かです。

 そして先日――私は白菊ほたるさんと、四度目の出会いをしました。

 頭がどうかしたんじゃないのかしら。
 私は目を疑いました。
 しかも今回は、オーディションではなく現場です。
 役名もない端役かも知れないけど、確かに出番はある。

泰葉「負けた……はずなのに……明日はない……はずなのに……」

 彼女をよく見ると、今までは1人でいたのに、仲間らしき娘が2人も側にいました。そしてもう1人――

泰葉「これまでとは、違うみたいね」

 私は自分で言ったその言葉の大きさに、後で気づきました。


泰葉「脚本の変更? これ……この役!?」

岡崎母「まあ泰葉ちゃんの出番には関係ないから、そんなに気にしなくていいのよ。なんでもちょっと使ってみたくなったって監督さんが仰ってて」

泰葉「役名……ある。白菊ほたる、本人役……」

 もうオーディションで落ち続けていた彼女じゃない。
 思いもしなかった出演。
 そして抜擢。
 何があったの?
 あなたに何が起こったの?

 知りたい――!

泰葉「負けても……明日がくるの? あなたには――きたの?」

   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


泰葉「業界に詳しい人に、色々聞きました。そしてわかったのは、白菊ほたるさんにはあなたというプロデューサーがついた。その事実です」

 泰葉の話に、俺は言葉が出なかった。
 別に俺は、何かをしたわけじゃない。至って普通にプロデュースをしただけだ。
 だが、ほたるのこれまでの苦難を、それを見てきた人物からの話でいかに苦しかったかを改めて思い知った。

 そして目の前の天才子役の少女に対する認識も、ちょっと変わった。
 この娘は、優しい。そして、優秀だが――意外に孤独だ。

P「先程の、君の笑顔だが」

泰葉「え? あ、はい」

P「あれでは、だめだ」

泰葉「どこが、でしょうか」

P「君にそれを教える専門家がいる。ついて来てくれ」

 俺は泰葉を連れて、レッスン場へ戻った。
 そう、ウチにはこの手の専門家がいるのだ。

裕美「あ、戻ってきた」

千鶴「プロデューサー、私たちは岡……」

P「紹介しよう」

 突然の本人登場に面食らっているGIRLS BEの3人に、俺は言った。

P「今日からGIRLS BEに加わる、岡崎泰葉だ。新人で、色々わからないことも多いと思うが、みんな先輩として教えてやってくれ」

泰葉「岡崎泰葉です。これからみなさん、よろしくお願いいたします」

 俺の紹介を受け、よどみなく頭を下げる泰葉。
 俺に対し、疑問も不満の表明もない。
 そう、この娘は大人の都合に合わせることに慣れているのだ。

千鶴「く、加わるってさっきはプロデューサー……」

裕美「あ、ええと、あの……よろしくお願いします」

ほたる「お願いします……」

P「泰葉、住む所はどうする? この3人は寮に住んでいるんだが」

泰葉「そうですね。では、私もそうします。住所を教えてもらえますか? マ……母に頼んで荷物は送ってもらいます」

P「ほたる」

ほたる「え? は、はい?」

P「頼む」

ほたる「え?」

P「寮のこと、教えてやってくれ」

ほたる「私が……ですか? あ、あの……」

泰葉「よろしくね。白菊さん」

ほたる「あの……その……よろしく……お願いします」

千鶴「ちょっと、プロデューサー」

 千鶴が俺の手を引っ張り、レッスン場の隅に入れていく。

千鶴「話が違うじゃないですか!」

P「確かにそうだし、申し訳ないとも思っているが、泰葉と面談して決めた」

千鶴「横暴です!」

P「まあ、そう言うな。彼女に色々教えてやってくれ」

千鶴「教える……? あの、逆じゃないんですか?」

P「千鶴は、俺が泰葉をGIRLS BEのメインにするんじゃないかと思ってるみたいだが、それは違うぞ」

千鶴「別にそんなことを考えてたわけじやないですけど、なんかこう……後から来て……なんていうか、大物が……」

P「天才子役、岡崎泰葉という肩書きを一旦忘れてくれ。今あそこにいるのは、16歳の新人アイドル志望の岡崎泰葉という、ただの少女だ」

千鶴「はあ……」

 改めて千鶴は、泰葉に視線を移す。

泰葉「うん。うん、そう。だから私もその寮に入るわ。悪いけど、荷物は送って欲しいの。うん。うん、そうだけど全部は……そう、ベッドにある子はみんなお願い。あ、後ね」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   

ほたる「あの、ここが泰葉さんのお部屋になるそうです。私は向かいですから……」

泰葉「ありがとう。へえ……思ったより広いんだ」

ほたる「え、ええ……」

泰葉「……」

ほたる「……」

 無言の時間が過ぎる。
 お互い聞いてみたいことがあるが、きっかけが見つからない。

裕美「あの……いいかな?」

泰葉「あ、はい。どうぞ入って」

裕美「何かお手伝いすることあるかな、と思って」

泰葉「ありがとう。荷物はまだ届いてないし、そもそもそんなに大荷物にはしないつもりだから、大丈夫よ」

裕美「そうなの?」

泰葉「せっかく来てくれたなら、何かお話でもどう」

裕美「うん。あの、岡崎さんは笑うの得意なの?」

泰葉「……もしかして、プロデューサーさんに言われた? 関さんも」

裕美「あ、裕美でいいよ。同じユニットの仲間だし、ね」

泰葉「仲間……」

ほたる「あの、どうかしました?」

泰葉「う、ううん。そうね、みんな名前でいいわよね。私のことも泰葉、でいいから」

裕美「じゃあ泰葉さんだね。ええと、プロデューサーさんに?」

泰葉「今日、いきなり言われたの。笑ってみてください、って」

ほたる「私は……最初にプロデューサーさんに面接してもらった時、うまく笑えなくて……」

泰葉「そうなんだ。でも、受かったのよね?」

裕美「私も……ずっと目つきが悪くて怖い顔って言われてたから、笑顔って苦手で。でも憧れてて」

泰葉「やっぱり言われた? 笑って、って」

裕美「うん。でも、できなかったの」

泰葉「松尾さんも、そうなのかしら」

千鶴「ええ」

泰葉「あ、松尾さん。ちょうど良かった」

千鶴「私も」

泰葉「?」

ほたる「あの、千鶴さんも名前で呼んでいいってことだと思います」

泰葉「そう。じゃあ千鶴ちゃん」

千鶴「ちゃ、ちゃん!?」

泰葉「一応年下だから……だめだったかな?」

千鶴「い、いいえ。芸能界でも先輩ですし、どうぞちゃんづけで! ええ!!」

ほたる「裕美ちゃん。もしかして千鶴さんって、泰葉さんに対抗心もってるのかな……?」

裕美「そうなのかな。でも千鶴さんは、アイドルやGIRLS BEとしては先にやってるし……」

泰葉「千鶴ちゃんも、プロデューサーさんにやらされた? 笑顔」

千鶴「あ……ええと……」

泰葉「上手にできた?」

千鶴「それが……私は、オーディションで笑顔がその……できなくて……」

泰葉「そうなんだ」

千鶴「や、泰葉さんは!?」

泰葉「え?」

千鶴「泰葉さんは、笑顔どうなんですか?」

泰葉「今日、プロデューサーさんにやらされたんだけど……だめだって言われて」

ほたる「泰葉さん。あの……その笑顔、私みてみたいです」

裕美「あ、私も。天才子役って言われてる泰葉さんの笑顔、見てみたい」

泰葉「うん。じゃあ……」

千鶴「!」

ほたる「……!」

裕美「うわあ……」

泰葉「……どうかな?」

ほたる「す、ずこいです。本当に幸せそうで……私、見てるだけで幸せな気分になってきました……」

裕美「なんだか、周りにお花が見えたみたいな気がするの」

泰葉「千鶴ちゃんは、どうだった?」

千鶴「……い」

泰葉「え?」

千鶴「すごい……あんなの私、できない……どうしよう……せっかく笑顔できるようになってきた気がしてたのに……すごい……かわいい……すごい……」

泰葉「?」

ほたる「あ、あの。千鶴さんは……」

裕美「独り言がクセっていうか……」

泰葉「そうなんだ。でもプロデューサーさんは、この笑顔じゃあ駄目だって……」

裕美「なんでなんだろうね……?」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


 さすがに泰葉は芸能界が長いだけあって、アイドルとしてのレッスンは初めてでも、基礎ができている。
 また、その経験を活かす術も知っている。
 実際歌にしてもダンスにしても、千鶴やほたるに裕美に引けを取らない。
 だが――

千鶴「……泰葉さん。この曲は、私がセンターなんですから、私に合わせてもらえませんか!?」

泰葉「でもそれだと全力をだせていないから、パフォーマンスのレベルを下げることにならないかしら」

千鶴「どういう意味ですか……?」

泰葉「持ちうる全力を尽くさないと、最高のパフォーマンスにはならないと思う」

千鶴「そりゃあ私たちは、泰葉さんから見たらレベル低いかも知れませんけど、全員が息を合わせる必要があるんじゃないんですか!?」

泰葉「それじゃあ勝てないわよ」

千鶴「勝ち負けとか、アイドルに関係あるんですか!?」

泰葉「勝たないと、意味がないの」

裕美「うーん……と、勝つって言っても私たちユニットメンバーだよ?」

千鶴「そうよ。チームワークが大事でしょう!?」

泰葉「でも、個々の実力がなければどうにもならないと思うし、それに私たちはみんなライバルだから」

千鶴「ライバル?」

泰葉「ええ。ユニットの中でも、競争していかないと」

 高い能力を、泰葉は見せたがる。
 それもあって特に千鶴とレッスンで衝突をしている。

ほたる「あ、あの……プロデューサー。と、止めなくていいんですか?」

P「そうだな。ほたる、止めてくれ」

ほたる「え?」

P「その方がきっと、効果がある」

 狐につままれたような顔をしていたほとるだが、意を決すると泰葉に言った。

ほたる「あの、泰葉さん……そのぐらいで、やめてください……」

泰葉「え? あ、うん……わかったわ……」

裕美「?」

千鶴「ちょっとプロデューサー!」

 俺は千鶴に引っ張られ、レッスン場の隅に連れていかれる。

千鶴「泰葉さん、レッスンしてても自分中心ですし、ダンスとか全然合わせようとしてくれないし!」

P「下手なのか?」

千鶴「え?」

P「泰葉のダンス、千鶴たちに比べてどうなんだ?」

千鶴「下手ではないですけど……アイドルとしてのパフォーマンスとは違うけど、ダンスの経験も色々あるって言ってましたし」

P「じゃあ、千鶴たちも負けないようにしないとな」

千鶴「ぷ、プロデューサーはやっぱり、泰葉さんをGIRLS BEのメインにするつもりなんですね!?」

P「よりレベルが高いものを目指すのは、当然のことだと思っている」

千鶴「……もういいです!」

 千鶴の憤りもわからないではない。
 だが、単純に技術の問題なら、ここで妥協をするべきではない。
 本当の問題は、もっと別の所にあるのだから。


裕美「朝練!?」

千鶴「うん。私たち、泰葉さんに負けないようもっとレッスンするべきだと思うの」

ほたる「え、と……つまり自主練習ってことですか?」

千鶴「そうよ。朝、早く起きてダンスとかボイストレーニングをするの」

裕美「うん。そういうの、いいと思う」

千鶴「でしょ?」

裕美「泰葉さんね、レッスン終わっても残って色々やってるし、私もレッスンだけでいいのかな、って思ってたから」

千鶴「……それ、本当?」

裕美「ええ。だから私たちも、何かやろうって賛成。泰葉さんに負けないよう、頑張りたいな」

千鶴「そうなんだ……泰葉さん……。ほ、ほたるちゃんはどう思うの?」

ほたる「何かを練習するのは、私も……賛成です」

千鶴「よーし! しゃあ明日の朝は、6時に裏庭に集合!! 泰葉さんに負けないよう、がんばるわよ!!!」



 翌朝。

泰葉「あら? みんなも自主トレ?」

千鶴「や、ややや、泰葉さん!?」

泰葉「? ええ。どうかしたの?」

裕美「もしかして泰葉さん、いつも自主トレをしてるの?」

泰葉「ええ。私はみんなより遅れて入ったんだから、みんなに負けないようにみんなよりがんばらないと」

ほたる「すごいです……」

泰葉「そうでもないよ? お仕事が入ったら、色々と備えなきゃいけないし」

千鶴「いつも、そうなんですか?」

泰葉「え? レッスンとか? まあ、うん。そうかな。自分で考えて、自分から動かないとこの世界では勝てないから」

千鶴「……泰葉さん! いいえ、泰葉センパイ!!」

泰葉「え? せ、先輩?」

千鶴「私、甘かったです。泰葉センパイのこと、誤解してました。甘くみてました」

泰葉「せ、センパイはやめてよ。ね、ね」

裕美「私も!」

泰葉「え?」

裕美「泰葉せんぱい、って呼んでもいいかな?」

ほたる「うん。やっぱり泰葉せんぱいは、すごいです。改めて……尊敬しました」

泰葉「ほ、ほたるちゃんまで。な、なんだかその、先輩とかよばれるの、なんかこう……落ち着かないからやめて」

千鶴「お願いします! 泰葉センパイ!!」

裕美・ほたる「「泰葉せんぱい!!!」」

泰葉「や、やめてーーー!!!」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


泰葉「今のとこ、裕美ちゃんとほたるちゃん、ちょっとタイミング遅くなかった?」

裕美「そ、そう?」

ほたる「もう一呼吸、早く出る方がいいですか?」

千鶴「うん。泰葉さん、歌い出しの時に合図とか出した方がいいですか?」

泰葉「どうかな? 一連の流れと合ってないと、駄目だろうし」

 泰葉がGIRLS BEに加わり1週間。
 GIRLS BEのレッスン風景は変わった。
 元々の千鶴とほたると裕美のやり方に、泰葉が加わっただけではない。
 泰葉のやり方に、3人が合わせたのでもない。
 両者が、共に変わった。
 別段そうなるだろうと、思ったわけでも期待したわけでもない。
 言ってみれば、嬉しい誤算だ。
 思っていたより4人は上手くかみ合っている。

 だが――

P「まだ泰葉の笑顔は、本物じゃない……」

千鶴「あ、プロデューサー」

P「うまくやってるようだな」

千鶴「まあ……ええ。なんだかんだ言っても、泰葉さんはすごいです。色々お手本というか、参考になります」

P「泰葉は、千鶴たちをお手本にはしているのか?」

千鶴「えっ!?」

P「千鶴、泰葉に教えてやってくれ。笑顔を」

千鶴「それなんですけど、プロデューサーは泰葉さんの笑顔の何が不満なんですか?」

P「ということは、千鶴も見たな? 泰葉の笑顔を」

千鶴「はい。なんていうか……いいです、言います。ああいう笑顔がしたいってずっと私が思い描いていた笑顔でした。泰葉さんの笑顔は」

P「あれはな、千鶴。機械仕掛けみたいな笑顔だ」

千鶴「え……?」

P「泰葉は別に嬉しくなくても、楽しくなくても、悲しくったって笑える。あの笑顔ができる。長年の努力と研鑽で手に入れた、技術の笑顔だ」

千鶴「それだって、すごいじゃないですか」

P「もちろんすごい。誰にだってできる事じゃない」

千鶴「それなのに、駄目なんですか?」

P「泰葉が本当の笑顔を理解した上でなら、泰葉の大きな魅力になる。だが、今のままではだめだ。なあ千鶴、俺は泰葉に千鶴みたいに笑って欲しいんだよ」

千鶴「そんなの……」

P「今の泰葉は、人形だ。機械じかけの、な」

千鶴「人形……」

P「笑えなかった千鶴が、努力と苦労をしてできるようになった笑顔。俺は千鶴の笑顔が好きだ」

千鶴「え? ええっ!?」

P「ほたるや裕美の笑顔も、な。じゃあ、頼んだぞ」

千鶴「ま、待ってください。そんなこと言われてもどうしたらいいのか……」

P「俺が今言ったこと、よく思い出してくれ」

 俺は営業の為に、外回りに出た。
 泰葉が加わったGIRLS BEに、出番を用意してやらなきゃならない――


裕美「プロデューサーさん、そんなこと言ってたの?」

千鶴「どう思う?」

ほたる「泰葉さんみたいな笑顔がしたいっていう千鶴さんの気持ち……私、わかります。でも、プロデューサーさんは泰葉さんに私たちみたいな笑顔をさせたい……」

千鶴「逆よね。絶対」

裕美「プロデューサーの言ったことを、よく思い出せって千鶴さんは言われたんだよね」

千鶴「? ええ」

裕美「泰葉さんは、面白くなくても笑えるんだ」

千鶴「え? あー……そ、そうね。そう言ってたわね」

ほたる「私たちは、楽しいって思うことを見つけて……経験して、笑えるようになってきました」

千鶴「泰葉さんは、楽しくなくても笑えるってことね」

ほたる「泰葉さんが、楽しいと思える事ってなんでしょうか?」

裕美「私もそれ、知りたいな。きっとプロデューサーは、そういう笑顔を泰葉さんにもして欲しいんだよ」

千鶴「泰葉さんの、楽しいこと……ね」


千鶴「泰葉さん。ちょっといいですか」

 千鶴が泰葉の部屋のドアをノックする。
 なんだか中でドタドタという音がしたかと思うと、かなりしてからドアが開いた。

泰葉「な、なに?」

千鶴「あの、ちょっとお話したいんですけど、いいですか?」

泰葉「あ……う、うん」

 泰葉の部屋に入ると、ベッドの上に何かが置かれている。
 それはダンボールで、中が何かはわからない。

千鶴「それ、なんですか?」

泰葉「……なんでもないわ。それより、お話って?」

千鶴「あ、はい。その……泰葉さんは、趣味とかないんですか?」

泰葉「え?」

千鶴「趣味とか、何か好きなこととか」

泰葉「そういうのは、ないかな。ずっとお仕事ばかりしていたし」

千鶴「でも、プライベートな時間もあるでしょう?」

泰葉「そ、そういう時も自主的なトレーニングとか台本読みとか……」

 泰葉がチラリとベッドの上を見る。

千鶴「箱の中は、なんですか?」

泰葉「な、なんでもないわ」

千鶴「でもどうしてベッドの上に?」

泰葉「……千鶴ちゃん、真面目だしおしゃべりじゃないから、教えてあげてもいいわ」

千鶴「あ、はい。できれば」

泰葉「子供っぽいって、笑わないでね」

 泰葉は箱から何かを取り出した。

千鶴「……家? あ、ドールハウス」

泰葉「私の……趣味なの。小さい頃から、お仕事が上手にできると、ママが買ってくれるの。人形を」

千鶴「ママ?」

泰葉「あ、やだ! 人前では言わないようにしてるのに……ち、千鶴ちゃん。このことは……」

千鶴「い、言いません。泰葉さんは、仲間なんだから」

泰葉「仲間……」

千鶴「なにか?」

泰葉「仲間って、なにかなあ……って」

千鶴「なにかなあ、って。同じユニットじゃないですか」

泰葉「今までは……おなじ作品に出演してても周りはみんなライバルだった」

千鶴「でも今は、アイドルなんですし」

泰葉「……それが、よくわからないのよ……」

 泰葉はドールハウスから人形を取り出した。

泰葉「この子は、カノープス。それからこっちはスピカ、それでこっちはアリオト」

千鶴「全部、星の名前なんですね」

泰葉「すごい! わかるんだ」

千鶴「ええ。まあ、名前だけは」

泰葉「私、星も好きなの」

千鶴「そうなんですか。でも、こういう可愛らしい趣味、羨ましいです。私は書道が趣味なんですけど、なんかお堅くて……あ、いや好きは好きなんですけど、そういうのかせ趣味だから可愛いとか憧れるけど無理かなって思ったりしてて」

泰葉「そうなの? でも書道とか千鶴ちゃんに似合ってるわよ」

千鶴「裕美ちゃんなんか、アクセサリー作るのが趣味だし上手いし女の子らしいし……ねえ泰葉さん、2人も呼んでいいですか?」

泰葉「え?」

千鶴「なんだか、もう少しこうしてお話したくて……みんなも一緒はどうかな、って思いまして」

泰葉「いい……わよ。2人なら」

 この夜、4人は遅くまでおしゃべりをして過ごした。
 なんとなく親しくなった気がしていた泰葉の、色々な話を聞いて色々な面を知った。

 お仕事は、母親が所属していた小さな劇団の台本を、泰葉が聞いただけで覚えてしまったのに気づいた母親に始めさせられたこと。
 お仕事ができると、母親がよろこんでくれたこと。
 周りはライバルで、勝ち抜くように教育されたこと。
 楽しかったこと。
 嬉しかったこと。
 辛かったこと。

 この日、4人は友達になった。


P「そうか、それでなんとなく雰囲気が更に良くなったわけか」

千鶴「はい。でも、楽しかったんですけど、泰葉さんが本心から笑ったとは……」

P「通しをやらせても、まだ自分が目立とうとしてるな」

 俺は、泰葉だけを残らせてレッスンを終了させた。

P「ユニットの中でも競い合うことは大事だ。だがな、泰葉」

泰葉「なんですか?」

P「それは勝つとか、負けるとかじゃない」

泰葉「じゃあ、なんでしょうか?」

P「高めあうということと」

泰葉「それと?」

P「認め合うことだ」

泰葉「そのどちらも、勝ち負けで決まることじゃないんですか?」

P「泰葉は、負けたことはないんだな?」

泰葉「だからこそここまでやってこれた、その自負はあるつもりです」

P「ほたるのことを、どう思う?」

泰葉「ほたるちゃんは……よく、わかりません」

P「泰葉は、ほたると友達になりたかったんじゃないのか?」

泰葉「それは……」

P「ところで今度の仕事、花火大会前のステージなんだけどな」

泰葉「え? あ、はい」

P「ほたるがセンターやるから、泰葉バックを頼む」

泰葉「それは、私よりほたるちゃんが勝っているということですか?」

P「センターとバックの関係は、勝者と敗者でもなければ、主従関係でもない」

泰葉「……」

P「実際に現場で本番になれば、わかる」

泰葉「……そうですか」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


千鶴「会場、大きいですね」

裕美「と、いうよりステージが広いね」

 今回は野外ステージで、しかも大勢の観客を相手にしている為、設置されているステージは広めだ。

泰葉「立ち位置はどうしますか?」

P「予定と変わりないが、センターの位置はやや前めにしよう。ステージが広いから、全員が広がりすぎると個々が孤立して見えてしまうから、泰葉は後ろ目にしてほたるに近づくポジションどりで」

ほたる「なにもおこりませんように……私がセンターなんです。悪いことがおこりませんように……」

 祈るように繰り返すほたるに、背後から泰葉が手を伸ばしかける……が、逡巡した末に無言でその手を引っ込めた。

裕美「ほたるちゃん、緊張してるみたい……大丈夫かな」

P「大丈夫だろう」

千鶴「プロデューサー、根拠があってのことなんですか?」

P「ほたるは舞台に上がれば、堂々としているからな」

千鶴「それが根拠ですか!?」

P「いつもそうだろう?」

千鶴「それは……まあ」

裕美「うん。本番だとほたるちゃん、リハとは違うんだよね」

泰葉「本当に……?」

P「ああ。今日は、ほたるをよく見ておくんだな」



 花火大会に先立ち、まずはGIRLS BE NEXT STEPか舞台に上がり、歌を披露した後で注意事項のアナウンスをする。
そして、花火が打ちあがる。
 段取りとしてはこうだ。
 楽曲は3曲ほどだが、周囲が暗くなってからの開始であるため、照明効果が使われる。
 今までの仕事の中では、かなり大がかりなステージとなる。

ほたる「み、みなさーん。GIRLS BE NEXT STEPです! 今日は、げんかい公園花火大会に私たちが地上から花を添えたいと思います。聞いてください『うたう自鳴琴(オルゴオル)』です」

 普段、やや萎縮した口調のほたるだが、舞台の上では意外と堂々としている。
 MCもなめらかだ。

ほたる「♪

 あなたの声を聞くの
 そして歌うわ
 悲しい時も 明るい時も♪」

 歌声も、伸びのあるトーンが夜の帳に響く。
 こういう雰囲気の場に、ほたるの歌声はとてもマッチしている。

 泰葉はというと、主にほたるをサポートして、背後写りをしつつダンスをする。
 最初はあの、泰葉得意の笑顔だったが、時間が経つにつれ変化が訪れた。

P「疲れ……ではないだろうが……」

 泰葉は次第に、真剣な顔つきになる。
 視線が観客を向いていない。


P「ほたるを見てるのか!?」

 確かに、ほたるをよく見ろとは言ったが……
 見過ぎだろう。

P「後で説教だな」

 だが2曲目に入った所でトラブルが発生した。
 発生源は、ほたるだ。
 こうなるとさすがと言うべきか、ほたるの不運は現在進行形で活躍中の面目躍如だ。

 踊っているほたるのヒールが……突然折れた。

ほたる「あっ……!」

泰葉「ほたるちゃん!」

 転びそうになるほたるを、泰葉が後ろから支えた。
 近くで踊っていただけでなく、ほたるを凝視していたのが幸いした。
 しかも丁度、間奏中だ。

ほたる「泰葉さん……ありがとうございます」

泰葉「ううん。大丈夫?」

ほたる「はい。でもこのヒールじゃあ、動けません……」

泰葉「大丈夫」

ほたる「え??」

泰葉「支えててあげるから」

ほたる「そんなの……悪いです」

泰葉「いいから。ほら、始まるわ」

 ステージ脇からは2人が何かをヒソヒソと話しているのだけがわかった。
 曲を止める指示を出すこともできたが、2人の様子を見ていてそれはやめた。
 代わりに千鶴と裕美に、舞台を広く使えとハンドサインを出す。
 泰葉がダンスから抜けるであろう事を予期したからだ。

 ほたるは歌い出した。
 泰葉が後ろから支えている。
 センターが動けなくなった分を、バックの千鶴と裕美がダンスで盛り上げた。
 2人は、寄り添うようにしていた。そしてやがて、一緒に歌い出した。
 泰葉ほどの娘が、嫌な顔もせず黒子に徹している。

 いや――

P「笑って……る。泰葉が……」

 千鶴と裕美にもわかったようだ。
 2人はちょっと驚くと、釣られるように笑った。
 さしものほたるの不幸も、その日はそれ以上なにもしなかった。
 ライブは成功に終わった。


ほたる「ごめんなさい、泰葉さん。本当に……ごめんなさい!」

泰葉「え? あ、いいのよ。気にしないで」

ほたる「でも、泰葉さんアイドルとして初舞台だったのに、私のせいでほとんど何も……」

泰葉「……ほたるちゃん」

ほたる「え?」

泰葉「私、楽しかった」

ほたる「……え?」

泰葉「確かに私、今日は結果的に何もしてないも同然なのに、楽しかった」

ほたる「どうして……?」

泰葉「なんでかな? 私ね、これまでずっと主役だったの。主役でいつづけることが、勝つことだと思っていた。でも……でも、ね。今日はすごく楽しかった」

千鶴「楽しかった……ね。だからなのね」

泰葉「え?」

裕美「笑ってたよ、泰葉さん。それもね、すっごい可愛い笑顔だった」

泰葉「……え? 私が?」

P「本当は、説教をするつもりだったんだが……」

ほたる「あ、プロデューサーさん。あの、ごめんなさい。私の不幸が……」

P「泰葉。ほたるを見過ぎだ」

泰葉「……すみません」

P「が、そもそも俺がよく見ろと言ったんだし、そのお陰で助かったわけだしな」

千鶴「そうね。ほたるちゃんが転ばなくて、良かったわ」

P「それで、どうだった? ほたるは?」

泰葉「……不思議でした」

ほたる「え? 不思議?」

泰葉「レッスンでは、私の方が歌唱力もダンスの実力も上なんじゃないかと思ってました。でも、本番の舞台だと……目がはなせませんでした。素敵だと思いました」

P「負けた、と思ったか?」

泰葉「……わかりません。でも、私は勝てていないと思います」

P「それが……認め合う、ということだ」

泰葉「あ……」

P「勝てていない、でも楽しかったんだろ?」

泰葉「……はい。なんていうか、支えているだけなのに、ほたるちゃんの歌が……ほたるちゃんに向けられる声援が……自分のじゃないのに、まるで自分のことみたいに嬉しくて……初めてです。人の成功が、自分の事みたいに嬉しかったのは」

P「それが、仲間さ」

泰葉「仲間? 仲間……」

P「ユニットは、お互いが高め合わなくてはいけない。だが、勝つとか負けるとかじゃない。ユニットは、仲間なんだから」

千鶴「泰葉さんの笑顔、可愛かったです」

泰葉「え? か、可愛い?」

裕美「うん。とーっても。ね!」

ほたる「私も……見たかったです。

泰葉「可愛い? 私が? みんな……仲間……そう……なのかな」

 大人の指示通りに動く、人形みたいだった泰葉が、今は子供みたいに見える。
 その泰葉の周りには、笑顔の仲間がいる。

P「ようやく、泰葉もユニットの一員になったな」

 1週間後、GIRLS BEは新メンバーを加えたユニット名を『GIRLS BE NEXT STEP』に改名した。
 次の一歩……

 ラクダたちは、また歩き出した。





     『ラクダたちの影』


 GIRLS BE NEXT STEPに、初めてテレビの歌番組の仕事が入った。
 泰葉のネームバリューはもちろんあるが、今回すんなりと決まった理由はやはり元々のGIRLS BEの知名度が高まっていたこともある。

千鶴「と、とうとう歌番組にアイドルとして出演するのね」

泰葉「楽しみです。歌やダンスで出演するのも、4人でテレビに出演できるのも」

裕美「うん。泰葉さんが一緒だと、心強いな」

千鶴「そうよね。また色々と教えてくださいね。泰葉センパイ」

泰葉「歌番組は、私も初めてだから」

ほたる「……」

裕美「どうしたの? もしかして、体調が悪いの?」

ほたる「なんだか……恐いです。こんなにお仕事が上手くいって、アイドルとして活動できるなんて……」

千鶴「そういう風に考えない方がいいわよ? もうほたるちやんは、不幸なんかじやないのよ、きっと」

泰葉「ほたるちゃんは……」

ほたる「え?」

泰葉「私の、ライバルで仲間で……そして、お手本なの」

ほたる「え? そんな、泰葉さんが私なんかを……」

泰葉「だから、負けたくないけど、一緒に勝ちたい」

ほたる「……私も……です」

千鶴「あ、私も忘れないでよ」

裕美「じゃあ、4人で。ね♪」

 4人は手を取りあった。
 笑いあう彼女達が、俺には眩しかった。
 そして俺は、忘れていた。

 ステージの上は、光り輝いている。
 だが――

 その光と同じだけ、影も潜んでいる……ということを。


千鶴「プロデューサー、レッスン終わりました。私も帰ります」

P「お、片付けご苦労さん。気をつけて帰るんだぞ」

千鶴「はい。いよいよ明日ですし、今日ははやく寝ます」

P「ああ。期待してる」

千鶴「私、この事務所に入れて良かったてす。1人で上京してきて不安もありましたけど、ほたるちゃんに会えて、裕美ちゃんも加わって、泰葉さんと一緒にできて、本当に幸せです」

P「全部、千鶴の努力の賜物さ」

千鶴「……」

P「ん?」

千鶴「どうしよう……言った方がいいの? 言おうか……でも……どうしよ……」

P「何か言いたいことがあるのか?」

千鶴「ハッ!? あ、その……プロデューサーに」

P「うん?」

千鶴「プロデューサーに、担当してもらえて良かった……です。これは本当に……そう、思って……ます」

P「……ありがとう」

千鶴「夏休みなので、1泊で帰省したんですけど」

P「ああ。そうだったな」

千鶴「ずっとお世話になってる書道教室の先生が、私の書を見て『上達してる』って」

P「そうなのか? レッスンが忙しくて、書道はなかなかできないんだろ?」

千鶴「そうなんですけど『当たりが柔らかくなった』って」

P「千鶴が笑えるような、素直な可愛さが出せるようになったからだな」

千鶴「そうなんでしょうか」

P「なあ、千鶴」

千鶴「は、ははは、はいっ!」

P「俺はな、大したプロデューサーじゃあない」

千鶴「そんなこと……」

P「でも時々……千鶴たちのお陰でな、なんだか敏腕プロデューサーにでもなったような、そんな錯覚すらすることがある」

千鶴「敏腕ですよ。プロデューサーは」

P「……だから、ありがとうな」

千鶴「……はい」

P「4人とも、笑顔が上手くなった。自然で、美しい笑顔だ」

千鶴「今なら……もう、笑えます。いつでも」

P「それなら……俺があの時に言ったこと、覚えているか?」

千鶴「笑顔さえできたら、私たちはトップアイドルになれる。そうでしたね」

P「ここからは、俺の仕事だ。日本……いや、世界中の人に4人の笑顔を見せる」

千鶴「私は、実はまだ信じられません。今でも心は、自分が可愛くない、可愛くなりたいと思っていた時のままなんです」

P「変わらなくてもいいさ」

千鶴「いいんです――か?」

P「千鶴も、ほたるも、裕美も、泰葉も、そのままでいい。いや、そのままなのに笑顔を覚えた。それで十分だ」

千鶴「今の私で、いいんですね?」

P「これは俺の言葉じゃないが、こう言った人がいる。『トップアイドルになった時、変わるのはトップアイドルになった娘じゃない。彼女の周囲だ』--ってな」

千鶴「少し怖い気がしますけど、でも……私たちが変わらないならそれは嬉しいです」

P「さ、もう帰らないとな。寮の門限だろ?」

千鶴「はい。お話できて良かったです。明日は、がんばります!」

 笑顔で千鶴は去っていった。
 本当に、素敵な笑顔ができるようになった。

 千鶴だけじゃない。
 他の3人もだ。

P「明日が、楽しみだな」

 千鶴の後ろ姿に、俺まで自信がでてきた。

 だが――

P「ん?」

 その時、俺は気づいた。

P「なんで千鶴は、1人で上京してきたんだ……?」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   

ほたる「ブーブーエスに、出演する為に来られるなんて……夢みたいです」

裕美「私、名前でしか聞いた事なかったけど、ここでいつも見てるテレビが放送されてるんでしょ? なんだか不思議だな」

千鶴「ついにここまで来た、って感じがするわね」

泰葉「あ、ここは社員食堂も美味しいけど6階の『ランフリング』ってお店のオニオングラタンスープが美味しいのよ」

千鶴「さ、さすがに慣れてるわね。泰葉先輩は」

ほたる「頼もしい……です」

裕美「うん。それだけでなんか、ちょっとホッとする」

泰葉「じゃあ行きましょう」

千鶴「ええ。GIRLS BE NEXT STEPの第一歩よ!」

ほたる「それってつまり……」

裕美「GIRLS BE NEXT STEP FIRST STEP?」

千鶴「構文的には、FIRST STEP OF GIRLS BE NEXT STEPになるのかしら」

泰葉「定冠詞も付けましょうよ。THE FIRST STEP OF GIRLS BE NEXT STEP」

裕美「長すぎない? ふふっ」

ほたる「ふ、FIRST STOPにならないといい……ですけど」

裕美「もう、またすぐほたるちゃんは!」

千鶴「そうそう。良くないよ、ほたるちゃん」

泰葉「今ここからGIRLS BE NEXT STEPの伝説が始まるんだから」

ほたる「ご、ごめんな……さい」

 シュンとするほたるに、3人が笑い。ほたるもつられて笑った。


ちひろ「リラックスできてるみたいですね」

P「あ、ちひろさん」

ちひろ「ちょっと用事があって来たんですけど、確かみんなが来る時間かなと思いまして」

P「ちょうど良かった。ひとつ、聞きたいことがあるんですが」

ちひろ「なんですか?」

P「千鶴のことなんですが、どうして彼女は1人で上京してきたんですか?」

ちひろ「もう中学生だし、大丈夫だからと本人もご両親も……」

P「そうじゃなくて、ですね」

ちひろ「あ……」

P「千鶴は特別枠のオーディション合格者で、確か補欠合格の扱いでしたよね? じゃあ本来の合格者、その娘はどうしたんですか?」

ちひろ「ええと……」

P「俺の知る限り今年、千鶴以外に福岡から上京してきた娘はウチにはいないはずですが」

ちひろ「……引き抜きです」

P「引き抜き!? だって、ウチの福岡支社のオーディション合格者でしょう?」

ちひろ「そうですけど、合格後すぐにその娘に接触したようなので、仕方なかったんです。その時点ではまだウチと契約を交わしたわけではないですから」

P「そりゃそうかも知れませんが、この業界だって仁義というか礼節ってものがあるでしょう!? ルール違反ではなくても、そういう信用問題に関わるようなことをするなんて!!」

ちひろ「トレインです」

 ちひろさんのその一言に、俺は溜息をついた。
 トレインは、都内に数ある芸能プロダクションでも最大手のひとつだ。
 その営業手法は極めて強引で、時に反則スレスレの手段をとってくることもある。
 しかも大手であるので、それがまかり通っているのだ。

P「なるほど、それでわかりました。そりゃあ、相手が悪い」

ちひろ「社長も、いざとなれば相手がトレインでもやり合う心づもりはある、と。ただ福岡オーディションからの引き抜きの一件ではまだ引き下がっておくと仰って」

P「やるなら、社運を賭けることになりかねませんからね」

ちひろ「泰葉ちゃんの件では、少しばかり溜飲も下げられたみたいですし、福岡の借りを岡崎で返した、とか言って笑っておられましたよ」

P「岡崎って泰葉ですか!?」

 俺の脳裏に、いつぞや社長に呼ばれた時の事が蘇る。
 もしかして……

P「泰葉に圧力をかけて、母親をステージママからおろした大手プロダクションというのは」

ちひろ「ええ。トレインです」

 業界最大手であり、しかも強引な手法をとってくるプロダクションか。

P「嫌な、相手だな……」

ちひろ「でもまあ、違法なことはしないですし、あくまでも『強引』ぐらいのことですから。社長も『相手にすることはない』って仰ってました」

P「そうですね。それがいいんでしょう」

 今はそんなのを相手にしている暇はない。
 それよりも、GIRLS BE NEXT STEPの4人だ。


司会「はい。では本日は、初登場。GIRLS BE NEXT STEPの4人です」

千鶴「よ、よろしくお願いします!」

司会「それじゃあ、自己紹介をお願いしようか」

千鶴「は、はい。GIRLS BE NEXT STEPの松尾千鶴です」

裕美「千鶴さん、千鶴さん、笑顔、笑顔」

千鶴「ハッ!? あ、これから応援をよろしくお願いします」

 裕美に声をかけられ、千鶴が笑う。
 多少緊張は見られるが、恥ずかしそうに笑う千鶴は可愛かった。

P「あれが千鶴のいい所だな。自信がないから照れ屋だったのが、笑うと可愛くなる」

ほたる「GIRLS BE NEXT STEPの白菊ほたるです。その……よろしくお願いします」

 ほたるは千鶴と同様、自信なさげで名前の通り儚さすら感じる。でもそんな彼女が笑うと、ホッとする。

裕美「GIRLS BE NEXT STEPの関裕美です。これからよろしくお願いね」

 裕美はここ一番で物怖じしない所がある。もともと綺麗な顔立ちに、瞳の力強さが際立つ。その彼女が笑えば、誰も目が離せなくなる。

泰葉「GIRLS BE NEXT STEP、岡崎泰葉です。アイドルとして、これから4人でがんばります」

 泰葉は自然体になった。どんな感情も演技で表せていた彼女だが、今は演技じゃない。そして発言もすべて本心だ。

司会「4人とも可愛いね」

ほたる「あ、ありがとうございます」

司会「元々は3人組のユニットで、GIRLS BEだったんだよね?」

裕美「うん。そこに泰葉さんが加わって、GIRLS BE NEXT STEPにステップアップしました」

千鶴「つまり、GIRLS BE NEXT STEP STEP UPですね」

ほたる「むしろ、STEP UP OF GIRLS BE NEXT STEPかも……」

泰葉「定冠詞を付けたら、THE STEP UP OF GIRLS BE NEXT STEPになりますね」

司会「あはははは。長すぎるでしょ、ユニット名」

千鶴「ともかく、4人になって私たちチームワークもばっちりです」

司会「よーし。じゃあ聞かせてもらいましょう。GIRLS BE NEXT STEPで『君は虹を見たか』」

千鶴「夢をみたか夢を♪ 消えない夢を♪」

ほたる「涙より冷たい雨の♪ その後で♪」

裕美「綺麗な七色♪ 重ねすぎた灰色の空♪」

泰葉「君は見たか♪ 虹を、消えない虹を♪」

 収録は無事終わった。
 プロデューサーである俺から見ても、いい出来だった。
 4人も手応えと、充実感を感じている。

泰葉「良かったよね? みんな、堂々としてたもの」

裕美「うん。私、ちゃんと笑えてたかな。不機嫌そうじゃなかった?」

千鶴「大丈夫。裕美ちゃんも、私も。みんな、ね」

ほたる「こんなに順調なんて……嘘みたい……です」

P「文句の付け所のない出来だった。4人とも」

 4人は顔を見合わせると、満面の笑みで頷き合った。
 そう、4人はレッスンと笑顔で繋がった絆で万全になった。
 後は――俺の仕事だ。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


千鶴「あ、ごめんな……あ!」

 収録後、千鶴が誰かとぶつかりそうになり、頭を下げる。が、突然その動きが止まる。

「あら。ふうん……ほんとにアイドルやってるんだ」

千鶴「……え、ええ」

 ぶつかりそうになった相手は、千鶴とほぼ同年代と思われる少女だった。
 そして相手は、1人だけではなかった。

「誰? 知り合い?」

「ほら、前に話したじゃない。福岡の、お情けで合格にしてもらったって娘。ふふっ」

「ああ。あの娘が……あら?」

裕美「あ……」

「関さん!? あなた……へえ」

「もしかして、目つきの悪い同級生って……」

「元、同級生ね。関さんがアイドル……ま、目つきがキツいのは、変わってないのね」

裕美「……」

「そしてそちらは……元、天才子役さんじゃない」

泰葉「……トレインへ移籍しなくて、悪かったとは思ってます」

「あーら、いいのよ。お陰でずっと有望な人たちと組めたから。あなたこそ大変ね。意地張って、そんな娘やプロデューサーなんかとしか……おっと、失礼。ふふふ」

ほたる「あ、あの……お久しぶり……です」

「……まだやってるの? アイドル」

ほたる「あ……」

「また事務所を倒産させちゃうんじゃないの?」

P「そのぐらいにしておいてもらおうか」

「……まあいいわ。失礼しまーす」

 4人の少女は不敵に笑うと去っていった。
 見たことがある。確かトレインの新人ユニット『EXプレス』の4人だ。
 トレインが猛烈に売り込みをかけており、最近はテレビによく出ている。無論、事務所の力だけではなく、彼女達自身にも実力は間違いなくある。

P「千鶴、福岡オーディションの時の合格者ってのは……」

千鶴「さっきの……彼女、です」

P「それから裕美の話してた、アイドルになる為に上京した同級生もいたんだな」

裕美「……うん」

泰葉「私と話してたのは、トレインから移籍を打診された時、一緒に組む予定だった娘です」

P「そして、ほたると話していたのは……」

ほたる「前の事務所で一緒だった人……です」

 運命とは、こうも皮肉なものなのか。
 上手く回り始めた4人に、突然それぞれの過去の影がライバルとて現れたのだ。
 そして4人が4人とも、知り合いが同期の他社ユニットとして現れたことに、俺は少なからず驚いた。

 千鶴、ほたるも、裕美も泰葉も俯いてしまった。
 俺は、泰葉と千鶴の頭に手を置いて言った。

P「GIRLS BE NEXT STEPが、さ」

泰葉「えっ?」

P「4人が……トップアイドルになったら、さっきの娘たちは……どんな顔するだろうな」

裕美「それは……」

P「見てやりたくないか?」

ほたる「えっと、あの……」

千鶴「いいですね!」

ほたる「ち、千鶴さん……」

泰葉「ええ。なんか色々言ってたみたいだけど、これで私たちがトップとっちゃったら、どんな顔するのか、見てみたいです」

千鶴「補欠合格も、まんざらじゃないって見せてあげたいです」

裕美「私は……そんな、見返すとかそういうのじゃないけど……うん、トップアイドルにはなりたい。私でもなれるって、彼女に見せてあげたい」

P「ほたるは、どうだ?」

ほたる「……はい。4人で……トップアイドルに……なります!」

 4人は顔を上げた。
 GIRLS BE NEXT STEPに、というよりは俺に、新しい目標がひとつ増えた。

 トレインのEXプレスの4人に、GIRLS BE NEXT STEPかトップアイドルになるところを見せて、どんな顔をするか見てやるのだ。



 結論から言うと、俺のこの目標は叶うことく終わるのだが、GIRLS BE NEXT STEPと俺の5人は、それぞれの絆を強くしたのだった。

 歌番組そのものは成功し、かなり話題にもなった。
 ネットでは彼女達の情報が飛び交い、注目も集まった。

 俺は期を逃さず、握手会やミニライブを開催し、たちまちGIRLS BE NEXT STEPは人気が出てきた。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


P「えっ!? ドラマの主題歌とタイアップの話があるんですか?」

ちひろ「ええ……そうなんですけど……」

P「? 何か問題でもあるんですか?」

ちひろ「それが……代理店がGIRLS BE NEXT STEPとEXプレスでどちらにしようかと、スポンサーに両提案してるみたいで……」

P「EXプレス……」

 なんとなく、嫌なものを感じる。
 しかも両天秤にかけられているということは、彼女達との直接対決ということにもなる。
 トップアイドルになってEXプレスがどんな顔をするのかを見る。というのが目標ではあったが、こんなに早く直接対決する羽目になろうとは……

ちひろ「結果として、代理店さんの提案で、スポンサーのお偉いさんにプレゼンをするということに」

P「……望む所です。勝って、EXプレスとトレインに実力を見せつけてやりますよ」


 1週間後、俺たちはスタジオに赴いた。
 EXプレスとそのプロデューサーは先に来ており、俺は一応挨拶をした。

「なかなかご活躍のようで。本日は、よろしく」

P「こちらこそ」

重役「ではちょっと、歌ってみてもらえるかな」

千鶴「はい。今日は一生懸命がんばります」

 4人の歌は、ダンスも含めてもう安心してみていられる。
 笑顔もいい。以前の4人とは見違えるようだ。
 壁にもたれて眺める俺も、目を細めるしかない。

重役「いやあ、いいね。じゃあ次はEXプレスさん」

「はい」

 EXプレスの実力もやはり、素晴らしい。
 素質や才能に加え、きちんと基本も押さえている。
 負けたとは思わないが、実力はGIRLS BE NEXT STEPと伯仲しているんじゃないだろうか。

裕美「どうだったかな、プロデューサー」

P「綺麗だったぞ」

裕美「えっ!? あ、うん。嬉しい」

P「もとから美人だったが、裕美は可愛くなった」

千鶴「あの……」

P「わかってる4人とも、だ」

泰葉「私、楽しかったです」

P「そうか……そうだな、泰葉の笑顔も良かったぞ。楽しんでたな」

ほたる「……」

P「どうかしたのか? ほたる」

ほたる「今日、自分でもすごく上手くできた気がします……でも」

P「でも、なんだ?」

ほたる「これで……この出来で駄目だったら、どうしようって思ったら……」

裕美「大丈夫だよ、ほたるちゃん」

ほたる「え?」

裕美「きっと大丈夫。だから……ね」

ほたる「うん……」

 やがて、スポンサーの重役がやって来た。

重役「あー、今回のタイアップの件ですが」

ほたる「お願い……お願いします……神様……」

重役「今回は、EXプレスさんにお願いしたいと思います」

千鶴「え……」

重役「いやあ、双方共に素晴らしかったですし、正直悩みました。どちらを選んでも申し分なかったのですが、今回我が社の新商品は速さがウリなので、それならEXプレスという名前とも合致しているだろうとそういう次第で」

 EXプレスとの直接対決は、残念な結果に終わってしまった。
 だが、救いもある。

泰葉「……負けてない。負けてないですよね、私たち」

裕美「え?」

泰葉「実力では負けてなかった。そうですよね、プロデューサー。たまたまスポンサーの新商品とEXプレスの名前が一致したというだけですよね?」

P「ああ。まあなんていうか……運が悪かったな」

 ガターン。
 俺の言葉に、ほたるが手にしていた荷物を落とす。
 目が虚ろだ。

千鶴「ほたるちゃん?」

ほたる「運……」

 しまった。自分の不運をいつも気にしているほたるに、運云々は禁句だったかも知れない。

ほたる「みんなが、プロデューサーが、負けたくないって思っている相手に……運で……負けちゃった……私の……私のせいだ……」

裕美「だ、大丈夫だよ。たまたまだよ、ね」

泰葉「そうよ、ほたるちゃん。またがんばろう」

ほたる「運……運ってなんですか……」

 ほたるは両の瞳から涙を流すと、その場に崩れ落ちた。



ほたる「そんな、いいもの……私には、一度もなかった……」 



 泣き崩れるほたるは立ち上がれず、俺と泰葉が抱えるようにしてスタジオを後にした。

 そして次の朝、ほたるは書き置きを残して消えてしまった――

P「いなくなったって、ほたるがか!?」

千鶴「書き置きが……」

 寮に急行した俺に、千鶴が手紙を手渡してくれた。


 千鶴さん、裕美ちゃん、泰葉さん、それからプロデューサーさん、突然いなくなってごめんなさい。
 私はアイドルをやめて、家に帰ります。
 本当はもっと、はやくやめるべきだったかも知れません。
 私の不運が、きっと悪かったんです。
 これからも、一緒にいるとみなさんを不幸にするかも知れません。
 今までは、自分が不幸になっても、夢を諦めたくない一心でがんばりました。
 でも、大好きなみんなを私の不幸で辛い目にあわせるのは耐えられません。
 みんなを不幸に巻き込みたくありません。
 だから私は、アイドルをやめます。
 みなさん、今までありがとうございました。
 みなさんの活躍を祈っています。
 さようなら――ほたる

裕美「ほたるちゃんの馬鹿……馬鹿、馬鹿馬鹿! 笑顔が上手に出来なくても……可愛くなれるって……アイドルになれるって証明しよう、って言ってくれたのに……約束したのに……一緒にアイドルになろう、って……」

 裕美が手で顔を覆って泣き始めた。

泰葉「ほたるちゃん……負けても明日があるって私に教えてくれたのは、あなただったのに……」

 泰葉も泣きそうだ。

千鶴「プロデューサー!」

P「……なんだ?」

千鶴「こんなの勝手です。やめるにしても……もっとみんなで話し合って、ちゃんとやめるべきです。こんなの勝手です。急すぎます!」

 千鶴だけは、気丈に声を上げる。だが言うまでもなく、その目はまっ赤だ。

 3人ともそれぞれ、悲しんでいる。
 それが痛いほど伝わってくる。
 俺にはそれが、わかった。

P「さて……どうする?」

泰葉「どうする、って……」

千鶴「ほたるちゃんがいないなら、もうGIRLS BE NEXT STEPは終わりです」

裕美「え?」

千鶴「3人で新しいユニットにしましょう。GIRLS BE NEXT STEPは、今この場で解散です」

泰葉「ま、待って。それは確かに、そもそも千鶴ちゃんとほたるちゃんが結成したGIRLS BEだけど……」

裕美「う、うん。本当に……ほたるちゃん、やめちゃうの? GIRLS BE NEXT STEPもやめちゃうの?」

千鶴「本人がやめるって言ってるのよ。まあ……戻って来たいって言うなら戻って来てもいいけど……」

P「よおし、じゃあそこの所を確認しないとな」

泰葉「え?」

P「本人に聞いてみよう。本当にやめるのか、GIRLS BE NEXT STEP解散でいいのか」

裕美「聞いてみるって……確かほたるちゃん、鳥取が実家なんだよね? 鳥取までみんなで行くの?」

千鶴「行くの……行けるんですか!?」

P「まあ行ってもいいが、そんな必要はないだろうな」

裕美「?」

P「3人とも、そろそろほたると付き合いが長いだろ。甘く見るなよ、ほたるの……不運を」

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


泰葉「プロデューサーさん、もうお昼ですよ? ほたるちゃんは早朝に寮を出たみたいですし、今から空港に行っても……」

裕美「やっぱり鳥取まで行くの?」

P「それよりも、ほたるに会えたら3人はどうする? どうしたい?」

泰葉「それは……やっぱり戻って来て欲しい、と」

裕美「うん。一緒にやりたい」

千鶴「私は反対です」

裕美「え? 千鶴さん?」

千鶴「ほたるちゃんは、私との賭けを無視していなくなっちゃったのよ。勝手に。そんなの私、許せません」

P「ほう。じゃあ千鶴は、ほたるに会ったらどうする?」

千鶴「もう今からじゃあ会えないと思いますけど、そうですね……詰問します。どういうつもりなのか、その存念を。返答次第では、GIRLS BE NEXT STEPはこのまま解散です」

泰葉「そんな……厳しすぎるわよ、千鶴ちゃん」

千鶴「こういうことをうやむやにしては、いけないと思います!」

P「そろそろ空港に着くな」

裕美「でももうほたるちゃん、鳥取に着いてると思うよ」

P「さて、どうかな」

 空港に着いた俺たちは、発着状況を確認する。
 やはり、思った通りだ。

裕美「え?」

泰葉「鳥取の……鳥取砂丘コナン空港だけ、全便欠航!?」

P「本来俺は、運とかなんとか信じないんだけどな、ほたると関わっているうちに宗旨替えした。ただ、ほたるは不運なんかじゃないと思うが」

ほたる「み、みんな……!」

裕美「あ、ほたるちゃん」

泰葉「心配したのよ……あ!」

千鶴「ほたるちゃん!!!」

 ほたるの姿を見つけた千鶴が、走り出した。
 と、ほたるに抱きついて声を上げて泣き始めた。

千鶴「行かないで……行かないでよ……一緒に……一緒にがんばったじゃない。トップアイドルを目指そうって言ったじゃない……ほたるちゃんがいなくなっちゃったら……あなたがいなかったらアイドルなんて続けられないわよ……うわあああーーーん」

ほたる「ち、千鶴さん……私……私……」

 強がっていた千鶴が、ほたるの姿をめにした途端、堪えきれずに走り出し抱きついた。
 泣き出してしまった。

ほたる「私……逃げちゃって……でも……でもやっぱり……」

千鶴「私と一緒に、アイドルをやってよーーー!!!」

 千鶴の叫びに、ほたるも泣き出した。

ほたる「ごめんなさい。千鶴さん……私、やっぱり……アイドルをあきらめられません」

千鶴「うん……うん! うん!! やろう、一緒に。4人で!!!」

 裕美と泰葉も、2人に抱きついた。
 4人は空港の一角で、泣き続けた。

 俺は周囲に気を配りながら、4人が泣き止むのを待った。
 空港という場所柄、別れの涙は珍しくないのだろう。泣いている4人はそれほど人目をひかなかった。



 8月も終わろうとする、この夏の暑い日。
 彼女たちGIRLS BE NEXT STEPはファンも知らない所で解散し――その日のうちに、再結成された。

 雨降って地固まるというが、4人の絆は更に強まった。

 仲間を思って歩みを止めたラクダは、その仲間のラクダに再び立ち上がらせてもらった。

 4人のラクダのアイドルたちは、再び歩み始めた。
 もう、迷いはない。


 彼女たちの、快進撃がはじまった。





     『走り始めたラクダたち』


※訂正
>>181
× 花火大会に先立ち、まずはGIRLS BE NEXT STEPか
○ 花火大会に先立ち、まずはGIRLS BEが

×ほたる「み、みなさーん。GIRLS BE NEXT STEPです!
○ほたる「み、みなさーん。GIRLS BEです!

申し訳ありませんでした。

 GIRLS BE NEXT STEPの快進撃が、始まった。

 テレビに出れば、息のあったやりとりを見せ、笑顔をふりまいた。
 CDはこの時代としては異例なセールスを記録し、握手会やライブも大盛況だ。

P「はい。ありがとうございます。ええ。あー……いや、基本的にGIRLS BE NEXT STEPは4人での出演をお願いしておりまして。はい。お願いいたします」

 彼女たちが忙しくなるにつれ、1人でもいいから、という出演以来も多くくるようになった。
 だが俺は、4人をなるべく一緒に仕事をさせるようにしていた。
 彼女たちが最高のモチベーションとパフォーマンスを発揮するのは、4人でいる時だ。
 互いが互いを引き立て、そしてフォローしあっている。

司会「ここだけトーク。先ずは最初のお題は……『本音がダダ漏れ』? これ、誰?」

千鶴「あ……はい……」

司会「千鶴ちゃん?」

裕美「もうね。すごいの、みんなでファミレスとか行くんだけど」

司会「ファミレス行くの!? GIRLS BE NEXT STEPが?」

泰葉「行きますよ? ファミレス」

司会「なに頼むの?」

千鶴「最初はドリンクバーを頼んで」

司会「ドリンクバー! え、ちょっと待って。GIRLS BE NEXT STEPがドリンクバー行くの?」

裕美「オリジナルブレンド作ったりするよね」

司会「私が混ぜると、なんだか黒くなっちゃうんですけど……」

泰葉「不思議よねー」

裕美「千鶴さんは何がいいか、メニュー見ながらずっと独り言を言ってるの」

司会「え? あれにしようかこれにしようか、とか?」

ほたる「泰葉さん、やってみてください」

泰葉「うーんと……レッスン後だから少しぐらいカロリー摂ってもいいわよね……あ、リンゴのパイ美味しそう……でもドリンクバーでジュースとっちゃったし……ここはフードを軽めに……パスタ? うどん? このうどんスパって何かしら……どれにしよう……どれにしようどれにしよう……」

千鶴「ちょっとー!」

裕美「再現度たかーい」

千鶴「え? 本当に私、あんな感じなの?」

ほたる「あ……はい」

司会「嘘をつけない感じなんだね」

泰葉「そこが千鶴ちゃんのいいところです」

千鶴「うーん。まあそれなら……いい……のかな?」

司会「それじゃあ次のお題は……『不運体質』? これ、ほたるちゃんでしょ?」

ほたる「あ、あの……『誰?』って聞かれると思って、手を挙げる準備をしてたんですけど……」

千鶴「まあこれは、有名ですから」

司会「これ話ではよく聞くんだけど、ホントのとこどうなの?」

ほたる「もう今なら、笑ってもらえるというか……笑ってもらいたいんですけど、かなり……」

裕美「よくね、黒猫が目の前を横切ると縁起が悪いって言うじゃない?」

司会「あー、言うね」

裕美「この間なんか、ほたるちゃんの前で黒猫が反復横跳びしてたもん」

司会「あはははははは! 反復横跳び……ダメだ、お腹痛い」

裕美「こう……こうね。ぴょんぴょん、って」

千鶴「しかもですね」

司会「あーおかしい。なんですか千鶴ちゃん」

千鶴「黒猫が、複数なんですよ」

司会「あはははははははははははは!! ふ、複数? 黒猫が?」

千鶴「3匹ぐらい。こう……ぴょんぴょん」

泰葉「ぴょんぴょん」

裕美「ぴょんぴょん」

司会「あははははははははははははははは!!! 実演はやめて! 実演は!!」

千鶴「ぴょんぴょん

泰葉「ぴょんぴょん」

裕美「ぴょんぴょん」

ほたる「ぴょんぴょん」

司会「4匹になってるじゃない! あはははは」

 4人とも成長している。4人なら物怖じせず、テレビに出演してトークもできる。
 そしてステージでは、楽しく美しいライブを抜群のコンビネーションでやってのける。

 人気はうなぎ登りだ。
 テレビに出れば高視聴率を稼ぎ、ライブは常に満席でチケットを取るのが困難になっている。
 GIRLS BE NEXT STEPと4人の名前は、日本中に浸透していった。

P「はい。もしもし。え? あ! はい、そうです」

 こうして秋、GIRLS BE NEXT STEPが日本中を席巻し、そして冬がやってくる頃、俺に一本の電話がかかってきた。

 俺は電話が終わると、レッスン場へと足を向けた。
 最近はレッスンよりも、現場の仕事が多い彼女たちだが、今日は時間をとってみっちりとやるつもりだった。

智香「と、これがバク転だよっ☆」

裕美「すこーい。本当にバク転できるんだ!」

智香「本番のステージでは危ないし、なかなかやる機会はないんだけどねっ☆」

泰葉「私もできるかな。こう……視線とかどこ見てますか?」

ほたる「泰葉さん……その、危ないです」

千鶴「そうですよ。いきなりは危ないですから」

P「集まってるな」

泰葉「あ、おはようございます。プロデューサーさん」

裕美「今日は久しぶりに、直にレッスンを見てくれるんだよね?」

ほたる「楽しみ……です」

千鶴「遅いですよプロデューサー、トレーナーさんもダンスの特別コーチをしてくれる智香さんも、さっきから待っていてくれて……」

P「もうしわけありませんが――」

智香「えっ?」

P「少し、時間をいただけませんか? 大事な用件ができまして。トレーナーさんも、すみません」

智香「えっと……、わかりました。みんな、後でねっ☆」

 トレーナーさんと智香がレッスン場から出ると、俺はレッスン場のドアを閉めた。

千鶴「えっ? プロデューサー?」

ほたる「なにか……あったんですか?」

泰葉「ほたるちゃん、心配しない方がいいわ。でも、どうしたんですか?」

裕美「プロデューサー?」

P「いい知らせと悪い知らせがある」

 殊更、おどけた口調で俺は言った。

P「どちらから聞きたい?」

ほたる「あ、じゃあ……いい知らせから聞きたいです」

 俺は頷いて言った。

P「日本ゴールドディスク大賞の新人賞部門に、君たちGIRLS BE NEXT STEPがノミネートされた」

千鶴「えっ!?」

ほたる「日本ゴールドディスク大賞って、年末にテレビ中継もされる権威ある賞ですよね?」

裕美「毎年テレビで見てるよ。それに私たちも……出るの!? うわあ」

泰葉「やったわね。私も嬉しいです」

P「出るだけじゃない」

泰葉「え?」

P「まだノミネートされただけだが、目指すは当然……最優秀新人大賞だ」

ほたる「最優秀……」

裕美「……新人大賞」

泰葉「それはつまり、今年の新人で一番になるって事ですよね」

千鶴「私たちが……今年の新人アイドルの中で一番に? でも、もしそうなったら……」

P「4人は間違いなく、トップアイドルとして認められるだろうな」

 漠然とした夢だった、トップアイドルの座。
 今それが、実現可能な、具体的な成果として目の前に現れようとしている。
 4人はみんな、目を輝かせた。

泰葉「やりましょう! 日本ゴールドディスク大賞、最優秀新人大賞!」

裕美「とっちゃおう。みんなで!」

千鶴「そうよね。その気にならなきゃ、賞なんて穫れないわよね! がんばろう!」

 泰葉も裕美も千鶴もよくわかってるな。
 そう、穫りに行く気概がなければ、賞なんて穫れるもんじゃない。

P「あのEXプレスも候補に入っている」

泰葉「じゃあ……余計に負けられないですね」

ほたる「それで、あの……」

裕美「どうしたの? ほたるちゃん」

ほたる「悪い方の知らせというのは……」

P「そうだったな」

 心配するな、ほたる――
 これだって、そんなに悪い話じゃないさ……

P「今話した通り、GIRLS BE NEXT STEPはトップアイドルまであと一歩のところまで来ている。この賞は、この賞だけは、絶対に穫らなくちゃいけない。2位に価値がないとは言わない。だが、記憶にも記録にも残るのは、大賞の1組だけだ」

千鶴「確かに去年の大賞とか新人大賞が誰だったかは覚えてるけど、ノミネートされたの他に誰がいたかって聞かれると……」

裕美「うん。大賞は去年だけじやなくて、一昨年でも覚えてるけど……」

P「加えて新人大賞というのは、新人の年……つまり一生に一度しか受賞できるチャンスはない。今回このチャンスを逃してはならない。絶対に」

泰葉「じゃあ今回は、勝つための戦いですね」

P「4人は今や実力をつけた。笑顔も覚えた。チームワークも申し分ない。賞を穫るための実力は間違いなくある。だが、ただひとつだけ……ひとつだけ、不安要素がある」

ほたる「あの、それは……」

P「それが、悪い知らせだ」

千鶴「いったい、なにが……」

 俺は今まで4人に話していなかった事実を、話さなくてはならない。

P「不安要素というのはな……俺だ」

ほたる「え?」

P「こういう賞穫りレースというのは、経験がモノを言う。賞を穫る為にどういう活動をすべきなのか、どういう実績が加味されるのか、どういう点がアピールポイントになるのか。そうした知識や経験が必要だ。闇雲にただがんばればいいってもんじゃない」

裕美「うん。でも、そういうのはプロデューサーが教えてくれるんでしょ?」

P「俺は……俺には教えられない」

泰葉「えっ?」

P「俺は……普段は偉そうにみんなをプロデュースしてるが、なんの……なんの実績もないB級プロデューサーなんだ」

千鶴「え? どういうことですか?」

P「言葉通りの意味だ。俺はこれまでも、何人もアイドルのプロデュースをしている。だが――これまでトップアイドルと呼ばれるような……何かの賞を穫ったようなアイドルを担当したことは――ない」

 俺は名刺入れから、自分の名刺を取り出した。

P「プロデューサーの名刺というのはな、表には名前の他に所属プロダクションや部署や地位が書かれている。そして裏は……」

 俺の名刺の裏側――そこには何も印字されていない。真っ白だ。

P「そのプロデューサーの実績が印刷されているものなんだ。見てくれ、俺のこの名刺の裏を。真っ白だろう? 俺はこれまで、なんの実績も積めてない、二流もいいとこのプロデューサーだ」

裕美「そんなこと……」

P「こんなプロデューサーでは、新人大賞を穫れるかはあやしい。いや、無理かも知れない」

千鶴「でも、プロデューサー!」

P「いや、大丈夫だ。ショックを受けたかも知れないが、手はあるんだ」

泰葉「どういうことです?」

P「ゴールドディスク大賞の要項をよく読んでみた。ノミネート後に対象組のメンバー欠員は構わないが、増員や変更は認められないとある」

ほたる「?」

P「つまりだ、今からGIRLS BE NEXT STEPに誰かを新メンバーとして増やしたり別の誰かとチェンジすることは認められない」

泰葉「まあそれは、そうですよね。賞がとれそうだから、メンバーを変えるというのはフェアじないと思いますから」

千鶴「欠員は認められてるのは、怪我や病気だってありえるからよね」

P「ああ。だがポイントはそこじゃない。要項のどこを見ても、担当プロデューサーについての言及はないんだ」

裕美「えっと、どういうことかな?」

P「今からGIRLS BE NEXT STEPの担当プロデューサーが交代しても、問題はないってことだ」

ほたる「え……!」

P「ウチのプロダクションには、経験豊かな俺より優秀なプロデューサーがいる。新人大賞を穫ったグループを担当してた人もいる。それ以外にも、俺にプロデュースを教えてくれた人が、今はプロダクションの社長をやってはいるが現場からは一線を退いていて、その人に頼んでみても……」

裕美「いや!」

P「え?」

裕美「私を見つけて、アイドルにしてくれたのはプロデューサーでしょ? 私、プロデューサーがいい」

P「いや、裕美。冷静になって考えてくれ。これは賞を穫る為に必要なことなんだ。GIRLS BE NEXT STEPが新人大賞を穫る、それがそれが一番大事なんだ」

千鶴「でも!」

P「待て千鶴。急なことで戸惑いがあるのはわかるが、とにかく4人で考えてみてくれ。なにより、賞を穫ったらまた俺が担当に戻ってもいいんだから」

 まだ何か言いたげな千鶴を、泰葉が肩に手をおいて引き留めた。

P「考えておいてくれ」

 俺は4人だげで考えられるよう、レッスン場を去った。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


ちひろ「いいんですか? そんなこと言って」

P「いいんです。それより、ウチであの娘らを担当してもらえそうな実力のあるプロデューサーを教えて欲しいんですが」

ちひろ「プロデューサーさんは、それでいいんですか?」

P「俺なんてどうでもいいんです。今はあの娘らの事が、一番なんです」

ちひろ「あの娘たちは、プロデューサーさんに担当してもらいたいと思ってますよ。きっと」

P「え?」

ちひろ「私も……売れはしませんでしたけど、プロデューサーさんが担当で良かったです」

P「……今でも、色々と後悔がよぎります。もっと上手くプロデュースできていたら、と」

ちひろ「あれが私の実力だったんですよ。結果をプロデューサーさんのせいにしたりはしませんし、あの娘たちも一緒ですよ。きっと」

 そうだろうか。
 今、彼女たちはアイドルとして岐路に立っている。
 一方の道は間違いなくトップアイドルに通じている。
 なって欲しい。
 叶えて欲しい。
 夢を――トップアイドルになる夢を。


 こんな俺でも夢をみていた。
 業界の誰もが認める、トッププロデューサーになる。
 ……そんな、大それた夢だ。

 それでも、いつか……いつかはトップアイドルと呼ばれる娘を育て上げ、プロデュースしてトッププロデューサーと呼ばれたい。
 そんな夢を持っていた。
 大した実績がなくても、必死にこの業界で足掻いてきたのだ。

 だが――現実にその『いつか』が、目の前に見えてきた時、俺の胸に去来したのは……自分のことなんてどうでもいいという感情だった。

 あの娘たちがトップアイドルになれるなら……EXプレスに勝ち、最優秀新人大賞が穫れるなら……

 俺なんて、どうだっていいんだ……

智香「あ、レッスン終わりましたよっ☆」

P「あ、ああ。ありがとうございました。若林さんも忙しいでしょうのに」

智香「いいえ。ダンスは大好きですし、みんなと踊れて楽しかったですから」

P「あの娘たち……どんな様子でした?」

智香「それが……アタシがレッスン場に入った時は、なんか深刻な雰囲気でしたけど、泰葉ちゃんが『これはチャンスよ』とか言ってて、しばらくしたらみんな元気になって、レッスンも盛り上がりましたよっ☆」

 チャンスか……さすがに泰葉はわかっていた、ということか。
 少しだけ安心し、俺は事務所を離れた。

 翌日、俺の元に4人がやって来た。

P「結論は出たか?」

千鶴「結論って、なんのです?」

P「昨日、話しただろう? プロデューサーを他の人と代わるという話だ」

泰葉「そんな話、しましたっけ?」

P「なに?」

裕美「それよりも、プロデューサーに見て欲しいの」

P「? 何をだ?」

ほたる「これ、みんなで作りました」

 そう言うと4人は、何かを俺のデスクに広げた。いや、それはデスクには乗りきらないほどの大きさだ。
 模造紙に、何かが書かれている。

P「『祝! 日本ゴールドディスク大賞最優秀新人大賞受賞!! GIRLS BE NEXT STEP!!!』……」

泰葉「こういうの作って掲げると、気合いが入ると思って」

ほたる「あの……願い事を過去形にして冷蔵庫に貼ると、その願い事が叶うって聞いたことがあって……」

千鶴「気合い入れて、書きました!」

裕美「空いてるスペースに、私がアクセサリーのパーツでデコったんだよ」

 大書された文字の下に、それぞれの名前が書いてある。
 岡崎泰葉――松尾千鶴――関裕美――白菊ほたる――そして……

P「俺の名前が……」

千鶴「そりゃあ、私たちのプロデューサーですから」

泰葉「仲間はずれは、可哀想よね」

裕美「5人で賞をもらいたいから」

ほたる「迷惑……でしたか?」

 これが、4人の答えなんだろう。
 俺は胸が熱くなった。

P「これで賞が獲れなかったら……どうする?」

泰葉「獲ればいいんですよ」

P「簡単に言ってくれるな」

千鶴「信じてますから」

P「……」

裕美「うん。私たち、みんなそうやってきたから」

P「そう……だったか?」

ほたる「あの……お願いします!」

 ようやく――俺の腹も決まった。
 いいだろう。
 やってやろうじゃないか!

P「よし、獲るぞ……新人大賞」

ほたる「は、はい……!」

 俺はできるだけ渋い顔を作って彼女達に言った。

P「だがやはり問題があるな」

千鶴「えっ!?」

P「こんな大きな模造紙を貼る冷蔵庫が……ないな」

泰葉「あ……」

裕美「あはは。本当だ……あはははは」

 裕美を皮切りに、全員が笑った。俺も笑った。
 俺たちは、模造紙をレッスン場に貼りだした。裕美がみつけてきた、小さな冷蔵庫のおもちゃが端にくっつけてある。
 当然、他の娘たちも見るが気にしないことにした。

 もう決めたんだ。
 やるしか……ない!

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   


 日本ゴールドディスク大賞の表彰式は、12月30日にある。
 実質あと1ヶ月しかない。
 スケジューリングはうまっており、簡単には動かせない。
 しかもお正月の特番の前撮りが始まってしまう。この特番の収録というのがやっかいで、多数の芸能人が集まる為に融通がきかず、また長時間の拘束となるのが常なのだ。

 では表彰式までに、何ができるのか。
 いや、そもそも何をしなくてはならないのか。
 それは俺にはない。俺の持っていないノウハウだ。

 俺は社内を駆けずりまわった。
 ゴールドディスク大賞の新人大賞をとったことのあるアイドルを担当していたプロデューサーや、関係者に話を聞いて歩いた。

 そしてわかったことがいくつかある。それは--

 日本ゴールドディスク大賞、特に新人大賞は、裏工作の余地がほとんどないというのが、まず一点。
 かつてはCDなどの音楽媒体の売り上げと、審査員の合議で決まっていたそうだが、CDが売れない時期が訪れネットを介したデータでの販売が大きな勢力となったことと、一時期賞を巡る不正が取りざたされた為、賞の選定方法が見直された。
 結果、CDなどの売り上げに加え、ネットでの売り上げ。
 そして審査員は、完全に第三者が行うこととなった。

 そしてゴールドディスク大賞はテレビ中継されるが、ここに視聴者からの投票が加わる。
 テレビリモコンを操作して投票するわけだが、これは当日のパフォーマンスが大きく票数に影響する。
 最初から誰に投票するか決めている視聴者もいることはいるだろうが、やはり当日の放送を見て決める人は多い。
 前評判の高かった新人が、当日ミスをしたり、機材トラブルでほ満足なパフォーマンスを行えず、大賞を逃した例も多い。

 以上を踏まえ、冷静に現状を分析する。
 まずCDなどの売り上げだ。
 GIRLS BE NEXT STEPは、EXプレスには残念ながら及ばない。
 これは事務所の力が大きい。EXプレスは、当初から大規模なキャンペーンをうち、広告費の額が大きかった。
 逆に言えば、そうであるのに今こうしてEXプレスを相手に賞レースに参加していること自体が快挙でもあるのだが、我々が目指しているのは大賞なのだ。敢闘賞じゃない。
 審査員は、音楽業界の関係者が選ばれている。作曲家や名のあるプロデューサーなどだ。彼らの表は透明化されており、利害関係で票を投じることも無いとは言えないが、誰が誰に何点を投票したかは視聴者に丸見えであるため、露骨に利害関係で採点はすまい。
 なにより読めないのは、視聴者投票だ。

P「要するに、当日のパフォーマンスに賭けるしかないのか……」

 結論は実にシンプルだった。
 12月30日に、すべてを賭ける。

P「だがしかし、それで……いいんだろうか」

 決めたはずの俺の心がもゆらぐ。
 他の……もっと優秀なプロデューサーなら、この状況下で何をするのか。
 そして、当日どんなパフォーマンスをすればいいのか。

 思い悩んで答えが出ず、俺は深夜のプロダクションオフィスで、天井を睨んでいた。
 と、ドアが開き意外な人物が入ってきた。
 社長だった。

社長「土下座をしたら賞をやる、と言われたら君は土下座をするか?」

 いきなりの第一声がこれだ。

P「ごめん被りますね」

社長「ほう、土下座は嫌か?」

P「土下座ぐらいなんでもありませんが、土下座でもらった賞なんて、あの娘たちにやりたくないです。あの娘らだって、喜ぶはずもない」

社長「満点の回答だな。そうだ、それでいいんじゃないか?」

P「え?」

社長「君の担当アイドルが喜ぶ賞を、とればいいんだ」

 目が覚めた気がした。
 そうだ。そうだった。
 取り方にこだわる気持ちが、簡単な事を忘れさせていた。
 あのに娘たちが--喜ぶようにしてやればいいんだ。

P「ありがとうございます。さすが、社長ですね」

社長「所属アイドルはみな、娘みたいなものだ。そして君は、息子みたいなもんだ」

P「額面通り、受け取っておきます。そして……親孝行、してみせますよ」

社長「……期待している」

P「それにしても、こんな夜中まで社内においでとは思いませんでした」

社長「……君の担当、GIRLS BE NEXT STEPの4人な」

P「は?」

社長「いい娘たちだ。君も……がんばれ」

P「はあ……」

 社長はそれだけ言うと、去っていった。

 次の日、俺は4人を集めた。

P「ゴールドディスク大賞の表彰式で、どんなことをやりたい?」

千鶴「え? 曲は『虹をみたか虹を』ですよね?」

P「それも含め、やりたいことを言ってみてくれ。なんならほたる、ラクダの歌でも歌うか?」

ほたる「え!? あ、それは……」

泰葉「なんです? ラクダの歌って?」

裕美「あ、泰葉さんは聞いたことないんでしたね。ほたるさんのプライベートな持ち歌です」

千鶴「ラクダの歌は私も好きですけど、表彰式のパフォーマンスって大事なんじゃないですか?」

P「賞をとれるかは、それで決まると言っても過言じゃないかもな」

泰葉「それならやっぱり、一番人気のある私たちの持ち歌をやるべきなんじないですか?」

P「それも選択肢のひとつだ」

裕美「? 新人大賞、とりにいくんじゃないの?」

P「もちろんだ。だがな、みんなが覚えた笑顔、あれは結局なんだった?」

千鶴「え? おかしいんじゃなくて、楽しいから笑う……」

ほたる「好きなこと、楽しいことを、やろう……」

裕美「楽しい自分をみつけよう……」

泰葉「楽しい自分を信じよう……」

P「そうだ。つまり、GIRLS BE NEXT STEPが最高のパフォーマンスをするのに必要なことは、4人が楽しむことだ」

 少々格好をつけて言ったが、なぜか4人はクスクスと笑う。

P「なんだ?」

泰葉「いえいえ、なんでもありません。そういう心配というか、心構えはわかってます」

P「え?」

千鶴「表彰式、楽しみです。私たちみんな」

P「不安とかはないのか?」

裕美「だって……ね、ほたるちゃん」

ほたる「あ……うん。不安はないです」

 わけがわからない。
 なんだ? この4人の落ち着きは。

 まあいい。そんなに楽しいなら、俺がわざわざ不安にすることもあるまい。

裕美「あ、プロデューサー。でも、やりたいこと言ってもいいの?」

P「あ? ああ。なにかあるのか?」

裕美「私、『虹をみたか虹を』でセンターやりたいな」

泰葉「え?」

裕美「あの歌、私好きなの。でもセンターは千鶴さんだから、私がセンターやってみたい」

千鶴「待って、待って。ここは慣れている私が」

泰葉「それなら私もあの歌、センターやりたいです」

千鶴「ちょっと、泰葉さんまで」

泰葉「間奏のダンス、私のパートやってみたいって言ってたでしょ? 代わってあげるから」

裕美「私もやりたーい」

千鶴「いやいや、私が」

ほたる「あの……間をとって、私がセンターというのは……」

千鶴「えーー!?」

 ……4人に相談したのは、失敗だったかな。
 だが、本当に楽しそうに笑う4人に、俺も苦笑しながら肩を竦める他なかった。

 それにしてもなんだろう、彼女達のこの落ち着きと――笑顔は。

 運命の12月30日がきた。
 エントリーされたアーティストは、専用車が迎えに来る。

P「高級車で新国立劇場入り……か。なんだか信じられないな」

裕美「え? ここ冷蔵庫とかついてるの?」

泰葉「中は……ジュースいっぱいあるわね」

千鶴「あ、私オレンジ!」

ほたる「オードブルも……ありました」

 この期に及んでも、4人は余裕だ。
 まるで遠足かなにかにでも行くかのようだ。

P「ほどほどにしておくんだぞ」

 舞踏会へ行くシンデレラは、もう少しおしとやかではなかったのだろうか?
 いや……

P「これで……いいのかも知れないな」

 俺ははしゃぐ4人を、頼もしく眺めた。
 楽しめと言われても、緊張が先に立つような一世一代の舞台へ向かうのだ、固くなってもおかしくはない。
 だが4人は、心底楽しそうだ。

 俺は、余計な口出しは止めておくことにした。

泰葉「それでは、GIRLS BE NEXT STEPの新人大賞を祝して!」

ほたる「泰葉さん。あの……まだです」

千鶴「そうですよ。ここは、GIRLS BE NEXT STEPの新人大賞を祈願して」

裕美「かんぱーい」

P「……頼もしすぎる」

 新国立劇場に到着すると、すぐにリハーサルが始まる。
 新人賞にノミネートされているのは、5組。GIRLS BE NEXT STEPは抽選の結果、最後の5番目の登場となった。

ほたる「5番目でした……」

 賞レースでは実は、後になるほど不利だ。
 そう先輩プロデューサーから聞いていた俺は、内心動揺している。だが、クジを引いたのがほたるでもあり、俺は何も言えなかった。

千鶴「5番目っていうのは、どうなんですかプロデューサー?」

 聞くな千鶴。今それを俺に……

泰葉「うーん。不利なんじゃないかなあ、こういうのインパクト大事だし、そうなると最初が有利だろうし」

 泰葉、さすがに鋭いが正直すぎだろ……

ほたる「いつもすみません。私の不運がご迷惑をおかけいたしまして」

裕美「いえいえ。よろしいんですのよ。おほほほほ」

 ほたると裕美が、大袈裟におどけてみせる。
 釣られて千鶴と泰葉も笑い出す。

 さすがにおかしいんじゃないのか?
 この1ヶ月、不思議には思っていたが今日はいよいよおかしさが最高潮に達している。

P「な、なあみんな。なにがそんなに楽しいんだ?」

千鶴「え?」

P「緊張してないのはいいことだが、なんというかその……あまりにも楽しそうで、な」

泰葉「ええと、ですね……それは……」

裕美「まだ秘密。ね?」

ほたる「そうですね……はい、あとで……です」

 ふむ……
 それがなんであるのかはわからないが、やはりなにか根拠のあることなのだ。
 それならそれでいいだろう。俺は余計な詮索はしないことにした。
 いや。この際、彼女達がリラックスしていてくれるのなら、それがなんであったってかまいはしない。
 このまま――舞台へ上がらせてくれ。

P「EXプレスがトップバッターか……」

 リハが始まり、最初にやってきたのはEXプレスだった。
 大賞を競い合うライバルではあるが、さすがに素晴らしいパフォーマンスを披露する。
 やはり彼女たちに勝つのは、容易ではない。まさに一分の隙もない、完璧だ。

「GIRLS BE NEXT STEPさん、お願いしまーす」

 スタッフの声に、4人が舞台へ上がる。
 身びいきではないが、彼女たちも素晴らしい。レッスン通りだ。

P「おそらく、GIRLS BE NEXT STEPかEXプレスが大賞だな」

 リハの段階では、俺はそう考えていた。

 そして、本番がやってきた。

司会「さあ、それでは新人賞です。ノミネートされたのは今年は5組。まずは……」

 次々と紹介されていく各アーティスト。
 GIRLS BE NEXT STEPの4人も、笑顔で紹介を受けた。

司会「まずはEXの4人。曲は『三角関係の合同条件』です」

 一番有利なトップバッターで登場したEXプレス。
 既に新人らしからぬパフォーマンスだ。
 素質に加え、そうとうなレッスンと場数を経験したのは間違いないだろう。
 見れば、EXプレスに続いて登場する予定の各組は青ざめている。

P「ウチの4人は……」

千鶴「色とか選べるのかな?」

裕美「それがね。黒だけなんだって」

泰葉「それはまあ、仕方ないと思うな」

ほたる「でも、画像でもいいんだそうです……」

 相変わらずの余裕。いや、他の各組のパフォーマンスを見てすらいない。

P「みんな、そろそろ前の組が終わるぞ。準備しろ」

千鶴「はーい。じゃあみんな、日本ゴールドディスク大賞用かけ声、いくわよ」

P「ほう、そういうのあるのか」

裕美「今日用に、みんなで考えたんだ」

P「そうか」

泰葉「いくわよ。千鶴ちゃーん」

千鶴「はーい」

P「……ん?」

千鶴「ほたるちゃーん」

ほたる「はーい。裕美ちゃーん」

裕美「はーい。泰葉さーん」

泰葉「はーい。じゃあみんな……せーの!」

千鶴・ほたる・裕美・泰葉「あーそーびーまーしょー♪」

 手を繋ぎ、4人は笑顔でステージに走っていった。

P「遊ぶ……? 変わったかけ声だな」

 楽しそうだからいいか、そう思っていた俺だったが、彼女たちは本気だった。

司会「で続いてはGIRLS BE NEXT STEP。曲は『虹を見たか虹を』です」

 4人が位置につく。それを見て俺は……卒倒しそうになった。

P「裕美が……センターだと!?」

 会場にはもちろん、GIRLS BE NEXT STEPの熱烈なファンも応援に来場しており、そのファンからどよめきが聞こえた。
 この曲は千鶴がセンターだ。裕美がセンターポジションにいるのを見たことのあるファンはいないだろう。
 俺だって見たことない! レッスンの時ですら!!

裕美「♪
夢をみたか夢を♪ 消えない夢を♪
涙より冷たい雨の♪ その後で♪
綺麗な七色♪ 重ねすぎた灰色の空♪」

 おいおい! 冒頭のフレーズは、全員が代わる代わる歌うはずだろ!! 全部、裕美が歌うのか!?
 ダンスも普段と違う。3人がいつもと違うステップやフリを、それぞれが好き勝手にやっている!?

 だが――不思議と息は合っている。
 お互いがお互いの動きを把握している。
 そして今度はセンターが入れ替わった。

ほたる「君は見たか♪ 虹を、消えない虹を♪」

P「今度は、ほたるがセンターか……」

 もはや、何が起こっても動揺はない。
 なにしろ、何から何までもが今までやってたこの曲とは違うのだ。

 と、そのフレーズの終わり際、泰葉と千鶴がほたるの周りをダンスしながらグルグルと回り出す。しかも何かをアピールしている。観客やカメラにではなく、ほたるに。
 ほたるはちょっと嬉しそうに困り顔をすると、マイクを泰葉に差し出す。
 嬉しそうな泰葉に、ちょっと肩を落としでも笑う千鶴。
 そして泰葉が歌い出した。

P「歌う順番まで、アドリブなのか!!」

 そう、彼女たちは本気だった。本気で遊んでいる。本番の舞台の上で!
 しかし大丈夫なのか? レッスンでやってないようなことを、本番でやるなど……
 
 大丈夫ではなかった。

P「あっ!」

 ほたると千鶴が、後ろ向きで接触した。
 泰葉はなんとかバランスを保ったが、ほたるは尻餅をついてしまう。
 だが……

 歌っている千鶴は、相変わらず楽しそうに笑っている。
 ほたるもちょっと困ったように笑い、そして千鶴が助け起こした。
 大丈夫? というような仕草を千鶴がすると、ほたるはぐっとガッツポーズをした。
 カメラが寄ってる。
 踊りながら2人は笑って、そしてお互い『ごめんね』という仕草をした。
 その間、裕美が大きく動いてダンスをする。
 寄っていたカメラがパンをした。
 そしてまたセンターが、ほたるになる。
 4人は完全にスタッフを引っかき回していた。
 いや、遊んでいるのだ。
 最後は全員がユニゾンで歌った。ダンスもピタリと合っている。
 それまでが好き勝手だっただけに、それは美しく――決まっていた。

 俺はハラハラはしたが、満足していた。
 こんな4人を見たのは初めてだった。
 
 戻って来た4人前転の頭を、俺は代わる代わる撫でた。

P「やってくれたな!」

 苦笑いが漏れる。

泰葉「みんなで楽しもう、って」

千鶴「ええ。じゃあどうしようかって考えてたら」

裕美「えへへ。みんなで遊べたら、楽しいかなって思ったの」

ほたる「だから細かい事は決めずにステージに上がって……それぞれが何をするのかは、お互いに内緒で……」

P「もしかして、4人とも妙に本番を楽しみにしていたのは……」

千鶴「はい。それもあります」

泰葉「お互い内緒だけど、みんなが何をするのか想像するの楽しかったですし」

P「他のエントリー組は、眼中になかったというか見てもいなかったのは……」

ほたる「3人に集中してないと……だって、なにするかわからなかったから……」

P「最初に裕美がセンターになったのは……」

裕美「私、提案者なんだもん」

 やられた。
 完全にやられた。
 痛快だ。実に、痛快だ。
 俺はもう一度4人の頭を撫でた。
 なんという心地よい敗北感だろう。
 4人に完全にやられたのだ。俺は。


 このパフォーマンスは、ファンのみならず審査員にも、そしてテレビを観ていた視聴者にも楽しさが伝わったに違いない。
 なぜなら、日本ゴールドディスク大賞、新人大賞は……



司会「今年のゴールドディスク大賞、新人大賞に選ばれたのは……GIRLS BE NEXT STEPの4人です!」

 千鶴は一瞬驚き、泰葉は当然という顔で微笑み、裕美は満面の笑みで万歳をし、ほたるは笑顔で涙を流した。
 4人は司会に促され、席から立ち上がると舞台に上がった。
 その時、彼女たちはEXプレスの4人の前を通り過ぎた。
 GIRLS BE NEXT STEPの4人がトップアイドルになった時、EXプレスの4人がどんな顔をするのか。結局それは、わからず終いだった。
 千鶴も、ほたるも、裕美も、泰葉も、EXプレスの4人には一顧だにせず、舞台へ上がった。そう。もうEXプレスは、4人にとって眼中にはなかったのだ。
 そしてそれは、俺も同様だった。
 俺は4人から目が離せなかった。
 ついにトップアイドルとなったGIRLS BE NEXT STEPの4人の姿を、おれは涙にかすみそうになるその姿だけを、必死で追っていた。

司会「おめでとうございます。受賞の喜び、どなたにお伝えしたいですか」

千鶴「まずは応援してくださったファンのみなさん」

泰葉「それから支えてくださった家族に伝えたいです」

裕美「それから、プロデューサー」

ほたる「うん。プロデューサー……いつも、ありがとうございます」

司会「それではその方々に向けて、伝えたいことを」

ほたる「ええと……今の気持ちは嬉しいけどそれだけじゃなくて……とても言葉にできないんです。だから……言葉の代わりに、歌で……お伝えしたいと思います」

 ほたるがそう言うと、4人は音程を合わせだした。
 そして、アカペラで歌い始める。


千鶴「♪
ここは砂漠さ 足下は砂の海
私はラクダ 今日も歩いていこう
砂漠の海に 足が焼けるけど
旅はまだまだ 始まったばかり♪」

ほたる「♪
ここは砂漠さ 頭上は燃えるお日様
私はラクダ 今日も歩いていこう
お日様が燃えて 汗も涙も
カラカラになるけど 足を止めない♪」

裕美「♪
ここは砂漠さ 夜は凍える
私はラクダ 今日も歩いていこう
冷たい夜は みんな寄り添い
朝がくれば また歩きはじめる♪」

泰葉「♪
ここは砂漠さ 草も木もない
私はラクダ 今日も歩いていこう
体も心も 乾いてしまったけど
背中の中に 夢だけはある♪」

千鶴・ほたる・裕美・泰葉「♪
ここは砂漠さ 草も木もない
私はラクダ 今日も歩いていこう
体も心も 乾いてしまったけど
背中の中に 夢だけはある♪」

P「ラクダの歌、か……そうだな、あの4人に相応しい」

 4月に出会った、千鶴とほたる。そこへ裕美が加わり、泰葉がやってきた。
 ここまで約9ヶ月。
 笑えなかったラクダ、笑えないラクダ、笑うのが苦手なラクダ、そして機械仕掛けの人形のラクダ。
 4人は出会い、そして一緒に歩いた。
 辛い時も、苦しい時もあった。
 だが、彼女たちはその歩みでこの頂点にたどりついたのだ。
 トップアイドルという頂点に。

P「9ヶ月……ずいぶんと――」

 俺は笑った。

P「足の速い、ラクダたちだったな……」


裕美「これでプロデューサーも、トッププロデューサーだね」

 表彰式が終わり、戻って来て裕美が開口一番に言った。

P「え?」

ほたる「泰葉さんが言い出したんですよ。これはチャンスだ! ……って」

P「どういう意味だ?」

泰葉「プロデューサーの名刺の裏に、私たちの名前を最初にプレゼントしちゃおうって話ですよ」

千鶴「私たちの名前、これからずっとプロデューサーの名刺の裏に書いてもらえるんですよね!?」

P「もしかして……ステージに上がる前に4人が楽しみにしていたのは、遊ぶことだけじやなくて……」

裕美「うん! プロデューサーに初めてのトップアイドル担当の肩書きを、みんなでプレゼントしよう!! って」

千鶴「嬉しくないですか? 嬉しいでしょう?」

ほたる「迷惑じゃなかったら……私たちの名前、ずっと……名刺の裏に載せてください!」

泰葉「それを楽しみに、私たちがんばったんですから!」

 胸からわき上がった熱い感情が、とうとう俺の両目から溢れていった。
 4人は笑った。
 泣きながら、笑っていた。

P「ありがとう。4人とも……」

 俺たちは5人、抱き合って泣いた。
 悲しみなど一欠片もない、喜びと感謝と達成感の涙だった。



 この年、彼女たちGIRLS BE NEXT STEPは日本ゴールドディスク大賞 新人大賞を受賞した。




     『逃げたいラクダ』


 新年――

P「はい。はい、いつもありがとうございます。ええと……その日はちょっとスケジュールが詰まっておりまして。はい。はい、ああ、それならなんとか」

ちひろ「プロデューサーさん、レコード会社から担当者の方が」

P「とりあえず応接室へ!」

 いつだったか俺が言った、誰かの言葉は本当だった。
 GIRLS BE NEXT STEPがトップアイドルとなり、彼女たちを取り巻く環境は一気に変わった。
 仕事は多忙を極め、スケジューリングは、困難な俺の仕事となりつつある。
 だが、彼女たちは少しも変わらない。成長はしたが、それ以外は出会った頃のままだ。
 千鶴は、やや柔らかくなったものの、相変わらずお堅いところがあり、独り言も多い。
 ほたるは、引っ込み思案のままだが、自分の不運を話のネタとして提供できる強さも身につけつつある。
 裕美は天真爛漫で、おだやかさは変わらない。そして時々、強い瞳で俺に対峙してくれる。
 泰葉は、勝つことに対する意欲は失わない。だが、負けることも恐れなくなった。

 4人のお陰で、俺は世間から名プロデューサーと呼ばれるようになった。
 とんでもないことだ!
 俺も何も変わっていない。
 敏腕プロデューサーなんかじゃない。変わったのは、世間の見方だ。

 日本ゴールドディスク大賞の表彰式でGIRLS BE NEXT STEPの歌った『ラクダの歌』は大反響を呼んだ。
 しかしもともとがほたるの母親の作った歌なので、誰もその素性を知らず、ネットなどでも誰の何の歌かが話題となった。
 問い合わせは俺の元にひっきりなしに来るようになり、ついにCDが発売されることが決まった。予約だけで、大ヒットが見込まれるらしい。


 4人のお陰で、俺は世間から名プロデューサーと呼ばれるようになった。
 とんでもないことだ!
 俺も何も変わっていない。
 敏腕プロデューサーなんかじゃない。変わったのは、世間の見方だ。

 日本ゴールドディスク大賞の表彰式でGIRLS BE NEXT STEPの歌った『ラクダの歌』は大反響を呼んだ。
 しかしもともとがほたるの母親の作った歌なので、誰もその素性を知らず、ネットなどでも誰の何の歌かが話題となった。
 問い合わせは俺の元にひっきりなしに来るようになり、ついにCDが発売されることが決まった。予約だけで、大ヒットが見込まれるらしい。


 激務の日々、俺は疲れると自分の名刺入れから名刺を取り出す。
 その裏には……
 『201X年日本ゴールドディスク大賞 新人大賞GIRLS BE NEXT STEP(松尾千鶴・白菊ほたる・関裕美・岡崎泰葉)担当プロデューサー』と書かれている。
 毛筆で、書いたのは千鶴だ。それが印刷されている。
 聞けば、4人は社長にこのデザインを直接お願いしたらしい。あの時、社長が夜中に俺の所にわざわざ直接やって来た謎が解けた。
 これを眺めると疲れた身体が、ほぐれていく。自然に頬が緩む。
 この肩書きを鼻にかけるつもりは毛頭ないが、それでも喜びが胸に溢れる。

ちひろ「また、名刺の裏を見てるんですか?」

 ちひろさんが、からかうように笑う。

ちひろ「社長が呼んでますよ。プロデューサーさんを」

P「わかりました」

 なんだろう?
 しかし今日は、それほど不安はない。

 だがそれは、大きな間違いだった。

社長「まずは改めて、日本ゴールドディスク大賞 最優秀新人大賞、おめでとう」

P「おそれいります。すべてはGIRLS BE NEXT STEPの4人と、社長をはじめと社全員の力だと感謝しております」

社長「次は、新人大賞ではなく大賞だな」

P「努力して参ります」

社長「それを目指すに際して、だ」

P「は?」

社長「GIRLS BE NEXT STEPに更にメンバーを追加してみては、どうだろうか?」

P「え? い、いや、それは……」

社長「岡崎泰葉君の時は業務命令だったが、今回のは違う」

P「……と、おっしゃいますと?」

社長「あくまでも、提案だ。いや、依頼と言ってもいい」

P「依頼……ですか?」

社長「知り合いの姪ごさんでね。地元のローカルCMでアイドルの真似事みたいなことをやったところ、なかなか好評で、その知り合いが本格的にアイドルとしてやってみたらどうかと相談してきてね」

P「はあ。しかしその……いきなりGIRLS BE NEXT STEPに加入するというのは……」

社長「うむ。だからそれは、本人に会ってみて君が決めればいい。さっきも言ったが、これは命令ではない。ただ、個人的見解から言えば、極めて君好みの娘なんじゃないかと私は思うんだがね」

P「はあ……それで、その娘の名前は?」

社長「森久保……森久保乃々という」

 聞けば森久保乃々は、今もう我が社に来ているという。
 業務命令ではないとは言うが……さて。

P「お待たせしました……ん?」

 応接室には誰もいない。

P「おかしいな。帰ってしまったか?」

乃々「こ、ここ……です……」

 声がする!
 どこだ? まさか、透明人間ということはあるまいが……

P「どこです? どこにいるんですか?」

乃々「あの……で、デスクの下に……」

P「こんな所に……なにかありましたか? まさか地震とか?」

 いや、別段ここに来る途中に揺れとかは感じなかったが。

乃々「いえ、あの……なんていうか……見つかりたくなくて……」

 机の下から、女の子が這い出して来る。
 カールした紙が印象的な、見るからに可愛い女の子だ。
 だが……

P「あの」

乃々「は、はい……」

P「何を見ているんですか?」

乃々「べ、別に……」

 俺と目を合わせようとしない少女。

乃々「そ、その、もりくぼは別にアイドルとかしたくなくて……そもそも1回だけという話だったのに……か、可愛い衣装はその……嫌じゃないですけど、目立ったりするのは……あう」

P「……」

 これは、社長にしてやられたかな?
 可愛い容姿に、果てしなく後ろ向きな姿勢。
 だが……この娘は、アイドルに向いている。そして心の底ではこの娘もきっと……

P「アイドルになったら、君に可愛い衣装をたくさん着せてあげよう」

乃々「あの、それはその……嫌じゃ……ないんですけど……」

 少女は、相変わらず目を逸らしたまま頬を赤らめ、かすかに笑った。

 いいだろう。採用だ!

乃々「あ、あの……ど、どこへ行くんです……か?」

 俺は乃々を、レッスン場に連れて行った。
 今日は全員、自主トレに来ているはずだが……いた!

P「みんな!」

千鶴「あ、おはようございます」

ほたる「自主トレ……見に来てくれたんですか?」

裕美「あはよう、プロデューサー。あれ? その娘は?」

泰葉「もしかして」

P「みんなに新しいメンバーを紹介しよう。今日からGIRLS BE NEXT STEPに新たに加わる、森久保乃々だ」

乃々「え?」

千鶴「……またですか? もう、プロデューサーは」

ほたる「でも……ちょっと嬉しいです。新しい仲間」

裕美「うん。よろしくね」

泰葉「負けないわよ。よろしく!」

乃々「え? あの? GIRLS BE NEXT STEPって……あの? え? え? えええ???」



 この森久保乃々は、予想以上に様々な問題をGIRLS BE NEXT STEPにひきおこし、一波乱も二波乱もおこし、やがては大騒ぎへと発展していくことになると、この時点では俺も考えもしなかったのだが――
 それはまた、次の機会にお話しようと思う。
 今回はここで一旦、筆を置くことにしよう。




 これは、芸能界という砂漠を、背中にためた夢で歩いたラクダたちの物語だ。

 そして――ラクダたちの旅は、終わらない。

 続きの旅の話は、また……別の機会に――



     Fin.   

※訂正
>>278
×P「おそれいります。すべてはGIRLS BE NEXT STEPの4人と、社長をはじめと社全員の
○P「おそれいります。すべてはGIRLS BE NEXT STEPの4人と、社長をはじめ社全員の

以上で終わりです。
お付き合いいただいて読んでいただき、本当にありがとうございました。
なお、SSの中で登場する歌は、すべて架空の歌で実在はしません。

※訂正
>>276はないものとしてください。重複しています。
申し訳ありません。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom