三船美優「世界の合言葉は紅葉」 (28)
モバマスSSです。
かえみゆです。
アーシュラのSF小説やサガフロ2と内容は関係ありません。
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「たくさん星を数えた方が勝ちです」
ガラス張りの天井の遥か向こうに広がった作り物の星空を指差してあなたは言った。
今日は年に一度の宇宙展覧会で、私たちの住む街では大勢の人がこの日を楽しみに暮らし、
そして夜空を輝かせるためのロケットを飛ばす。
残念ながら私と楓さんは抽選から外れてしまったから自分の星を見ることはできなかったけれど、
たとえ見知らぬ他人のでたらめな星空でも、その多彩で時に独創的な光の粒を地上から見守るのは不思議と心が落ち着いた。
「負けたらどうなるんですか?」
「美優さんには今日ここに泊まってもらいます」
「私が負ける前提じゃないですか」
ベッドで並んで寝転ぶあなたの方を振り向くと、あなたはもう空に集中して数を数えている。
「あッ、ずるい」
私も急いで無数の光の粒を数えていく。
けれど黒のスクリーンに映し出された人工星は時々制御を失ってゆらゆら移動するから正確にカウントするのは至難の業だった。
たまに余興で流れ星が横切ったりするとそっちに気を取られてしまい、また最初から数え直すはめになる。
頑張って目を凝らすけれど私にはせいぜい一〇〇個が限界だった。
ふと視線を感じて横を向くとあなたと目が合う。
あなたはすでに勝負に飽きて私が一生懸命星を数えているのを満足そうに眺めていた。
「なに飽きてるんですか。これじゃ勝負になりませんよ」
「じゃあ美優さんの勝ちでいいですよ」
「なんですか、それ」
私が呆れてそっぽを向くと、あなたは体を寄せながらねだるように言う。
「私、負けましたから。今夜は美優さんの言うこと、何でも聞いちゃいます」
「じゃあまず私の下着を脱がそうとするの止めてください」
「もう、いけず」
「そんな事より、ほら。せっかくの大展覧会なんですから、夜空を楽しみましょうよ」
星たちは今まさに人々の夢を空に描き出している最中だった。
この年に一度のイベントは、大半の人にとっては祈りを捧げたり家族で過ごしたりするための大切な日でもある。
とはいえ、私と一緒にこの日を祝うためだけにあなたが無理矢理スケジュールを調整したと聞いた時は、
なんだか悪いことをしてしまったみたいで素直には喜べなかった。
あなたはこの街で一番の有名人で、望めば私なんかよりもっと素敵な人たちと楽しい人生を過ごせるはずなのに、
あなたはいつも私に構ってばかりいる。
私は、私のせいであなたが自分の役割を忘れてしまうのではないかと思って怖くなる。
「明日もお仕事、早いんでしょう? こんなに遅くまで起きてていいんですか?」
「平気ですよ。移動時間で少しくらいは眠れますから」
「ダメです。ゆっくり寝てください。ただでさえ忙しくて普段あまり眠れてないんだから」
「あ、見て、ほら。星座がひとつ出来上がりましたよ。あれは何座なんでしょう……?」
あなたは枕元にあるラジオの音量を上げて子供みたいにはしゃぐ。
『ぴいいいがああああ──ざざざざざ──ザザッ只今南──に見えます大きく円を描くような形の星座は第九地区にお住まいのニナ様より、名前は「パンケーキ座」です──素朴で大変素晴らしい──ザッ──お次に……あっ、線が途中で途切れてしまっていますね、装置の故障でしょうか……えー、本日ご紹介します新星座はあと七件ございますが少々遅れが出ている模様で──……ザザッ、ザザザざぴゅうううううがががががが……』
「どうしたんでしょう? 電波が悪いのかしら……」
「あっ! 楓さん、あれ!」
私が天井を指差したのと、あなたが空を見上げたのは同時だった。
夜のスクリーンの片隅で、小さな星が二つ、コツンとぶつかって粉々に砕けた。
◇◆◇◆
街は相変わらず夜の静けさに満ちていた。
私は人工星から降り注ぐ僅かな光を頼りにして、暗闇の先へ進んでいくあなたの後ろに付いて歩いていた。
展覧会の夜にこうして外を出歩いてるのは私たちくらいだろう。
あなたが「墜ちた人工星を見に行く」なんて急に言い出さなければ私だってこんなことはしたくない。
事故で一時中止になった展覧会はしばらく経って再開した。
空を見上げると瞬く星たちは光のラインを射出し、目的の星座を形作ろうとモゾモゾしている。
きっとラジオではその新星座が作られていく様子を淡々と実況しているに違いない。
砕けた二つの小さな星はもう誰も関心を抱いていなかった。
「着きましたよ」
あなたがそう言って連れてきた場所は、ひらけた丘の上だった。
「遠くまでよく見えますね。こんな場所があったなんて知らなかった」
「私は子供の頃、よくここで天然の星を見ていました。今はもう人工星しかないけれど、昔はもっとたくさんの天然星たちがこの夜空を覆っていたんですよ。例えばあの地平線にだって無数の星が輝いていたんですから」
展覧会のために打ち上げられるロケットは普通、空の限られた部分にしか星を作らない。
それ以外の空間はすべて真っ黒に塗りつぶされた闇だ。
だからこんな風に空一面を眺められる場所に来ると人工星たちがあまりに作り物っぽく見えてしまうから、
大抵の人は家に丸くくり貫いた展覧会用の窓を作る。
「昔は人工星じゃないたくさんの星たちが夜空に浮かんでいたなんて、ちょっと信じられません」
「美優さんも一度見たら感動すると思いますよ。人工星よりもずーっと遠くの方で光っていて、しかも天の川っていう光る運河があったり……」
そこまで言いかけて、あなたは「あッ」と息を呑んだ。
「星が墜ちてくる」
小さな火の玉が地平線の彼方へ落ちていった。
宇宙の暗闇に飲み込まれるように、それは次第に光を失って消えていった。
「本物の流れ星ですよ」
「あれがそうなんですか?」
「ロマンチックですよね」
「ロマンチック……ってなんですか?」
私がそう言うとあなたはなぜか怒ったように丘の草原に座り込んで黙ってしまった。
私はよく分からないままあなたの横に同じように腰を下ろして夜空を見上げた。
そうしている間にも人工星たちは光の線で結ばれていく。
ふいにあなたは私に寄りかかって切なそうに手を握った。
「美優さん、私なんだか眠くなってきちゃいました」
「だから言ったでしょう。いつもお仕事大変なんだから、たまの休みくらいはしっかり寝てください」
「うん……」
それきりあなたは何も言わなくなった。
私の肩にもたれかかって気持ち良さそうに寝息を立てている。
私は呆れながらあなたをそっと抱きかかえて膝枕を貸してあげる。
その安らかな寝顔の愛おしさに、つい指先で触れそうになるのを我慢する。
そんな事をすればきっと、あなたの夢を見る機械は壊れてしまうから。
◇◆◇◆
テレビを見ていた。
『――本日のゲストはこの方、高垣楓さんにお越しいただきました!』
『よろしくお願いします』
『もはや知らない人はいない世紀末歌姫、しかも最近は女優としても大変活躍されているということで』
『はい。今は「雪の華」というミュージカルで主演を』
『これがね、とても素敵な舞台で。私も観に行きましたよ、初日に!』
『ありがとうございます』
『いやもう、チケット取るのが大変で大変で……というか公演真っ最中なのに無理言って番組に出演してもらっちゃってね、ほんと。すみませんね……とってもお忙しいんでしょう?』
『そうですねえ。でも忙しいなりに、楽しいこともたくさんありますよ。この前なんて――』
ラジオを聴いていた。
『続いての一位は……なんと八週連続、高垣楓より「Nation Blue」です!』
『九位の「こいかぜ」も前代未聞の五〇週連続ランクインと、世紀末歌姫の勢いは一向に衰える気配がなく――』
雑誌を読んでいた。
『巻頭特集! 高垣楓の魅力に迫る!』
……
……――
――――――
仕事から帰り、アパートの自室で夕飯の支度をしていると、玄関のベルが鳴った。
あなただとすぐに分かった。
「どうしたんですか?」
「美優さん」
目の前にいる私の存在を確かめるように名前を呼んだ。
どうしてか私も、数年ぶりにあなたと再会したような気分だった。
私は部屋着の上に使い込んだボロボロのエプロンをかけていて、あなたはさっぱりしたシャツをおしゃれに着崩していた。
プライベートではあまり見かけない格好で、お化粧もいつもと違っていた。
とても可愛くてかっこよかったから、私はあなたが突然訪問してきた事よりもそっちの方がよほどびっくりしたくらいだった。
まるで芸能人みたい。
「いい匂い。今晩はシチューですか?」
部屋に上がる様子もなく言った。
「ええ、そうですけど……」
玄関の扉が自然に閉まっていく。
私がそれ以上、何も言わないうちにあなたは何気ない仕草で私の唇にキスをした。
知らない香水の匂いがした。
「チューしちゃいました。シチューだけに……ふふっ」
私は時々、あなたが何を考えているのか分からなくなる。
そして、そんなあなたにどこまでもついて行きたくなる。
「本当にどうしたの?」
「美優さんにお願いがあるんです」
もう一度、キスされた。重なった唇は、今度はしばらく離れなかった。
私はその静かさの中に意味を探した。
それは諦めにも似た悲しみと、ひとかけらの情熱だった。
「私と一緒にこの街を出ましょう」
◇◆◇◆
季節の巨大なうねりが街を支配するようになってどれくらい経っただろう。
一昨日は秋の終わりだった。
『今日から明日にかけ、全区的な冬模様となるでしょう。時折南方から強い春風が吹く恐れがあります。また第九地区では午後、一時的な夏波が予想され……』
季節予報士によると、今月いっぱいは最小で三日周季の波が続くらしい。
幸い、私たちが住む第二地区は気温の変化はそれほど激しくないから、気をつけるのは雨天や気圧くらいのものだ。
それでも三日毎に季節がコロコロと変わるのは気が滅入るし、四季の逆流現象なんていう物騒な災害も起きたりして、
この街の住人にとっては、周季が短くなるというのは基本的に悪いことでしかない。
このめまぐるしい季節の移ろいを無邪気に喜んでいられるのは、広場や公園で元気に遊んでいる子供たちと、それからあなたくらいだ。
「何もこんな時に外へ出なくても……ほら、雪も降ってきましたよ」
「こんな時だからこそ、ですよ。変化のない旅なんてつまらないじゃないですか」
「はあ……」
街を出て、どこへ行くかは聞かなかった。
あの展覧会の夜のように、ただあなたの後ろについて行くだけだった。
私は持てるだけのお金をポーチに詰め込み、作りかけのシチューをそのままにしてアパートを出た。
もう二度とここへは戻って来ないような気がした。
「この格好、ヘンじゃないかしら」
急いで着替えたのは秋用の服で、ベージュ色をしたハイネックのニットに、下は動きやすいスキニージーンズだった。
念のため冬用のダウンも羽織っていた。
「全然ヘンじゃないですよ。美優さんらしくて……でも、その靴はどうにかした方がいいかもしれませんね」
「あっ、サンダル……」
私たちはまず靴屋へ向かった。
あなたは仕事用の大きなキャリーバッグを引いていて、私がその横に並んで歩いていた。
日はすっかり暮れて、街灯が行き先を照らしていた。
辺りの民家から夕飯のおいしそうな匂いが漂ってくる。
お腹空いてきました、と言うと、私もです、と返された。
それならせめてシチューを一緒に食べればよかったのに、と思った。
けれど私もあなたも、家に戻るなんてことは考えもしなかった。
夕闇に静まり返った大通りの靴屋は閉店時間ギリギリだった。
店員さんがカーテンを閉めている最中で、私たちは遠慮がちに中へ入って行った。
二人でブーツを選んでいると店内の照明がパチ、パチと消えて、私たちのいるレディースコーナーだけが煌々と照らされた。
あなたが選んでくれた靴を履いて、鏡の前に立ってみる。
スポットライトの中に佇んでいたのは一人の冴えない女だった。
もう一人は舞台袖で難しそうな顔をして私をじっと見ている。
「美優さん、次はこっちを履いてみてください」
あなたは高そうなブーツを手に取りながら言う。
「この際だから、うんと良い靴を買っちゃいましょう。お金は私が払いますし」
「そんなのダメです。約束したじゃないですか、お金のことで私に気を遣わないでほしいって」
「気を遣ってるんじゃなくて、これは私からのプレゼントですよ。新しい美優さんと新しい私たちの人生への」
私は曖昧に返事をした。
それはつまり、プレゼントならありがたく受け取るにやぶさかでない、ということの意思表示だった。
「どっちでもいいですけど、早く買って出ましょう。店員さんに悪いですよ……」
外は雪が降り始めていた。
私は新品のブーツで雪の足跡をつけながらあなたの横を並んで歩いた。
おしゃれで、履き心地のいい、素敵な靴だった。
でも、ガラスの靴を履く役割は、ほんとうはあなたのものなんですよ。楓さん。
◇◆◇◆
バスに乗って隣の第三地区へ向かった。
雪がみるみるうちに積もって夜の景色を白と影の平坦な模様に変えていた。
「だいぶ降ってきましたね。車もあまり通ってないみたい」
あなたは呑気に言った。
私はまだ、私たちがどこへ行こうとしているのか知らないのだ。
乗客は私たちのほかに誰もいない。
わざわざ真ん中辺りの窮屈な座席に二人でぴったりくっついて座った。
青白い蛍光に満たされた車内は単調な意思に従って揺れる一つの細胞だった。
その息苦しいほどに濃い細胞液は私たちを異化し、洗い流された人生は毛細血管を巡ってこの街の一部になる。
窓際の席で外を眺めているあなたの顔が夜の窓に反射して雪景色の中に浮かんでいた。
その瞳に映るひとかけらの情熱はまだ、あなたと私の世界を隔てている曖昧な膜を透明なままにしてくれている。
「美優さん?」
「えっ? あ、はい」
「次の停留所で降りますから」
私は言われるままに小銭を用意した。
バスは聞いた事もない地名の、見た事もない場所にゆっくり停車した。
精算機にお金を入れて運転手に一礼し、あなたに続いて下車すると空気がほんのり冷たかった。
淋しいくらい幅の広い道路がなだらかな丘陵に沿って前と後ろにまっすぐ続いている。
辺りには目立った建物もなく、雪明りに目を凝らすと道路の脇には背の高い木立がその奥にある小さな集落や景色を覆い隠してしまっていた。
第三地区は工業区で、ここはその団地から少し離れた幹線道路ということだった。
歩道にやわらかく積もった雪を踏みしめる。
星のない闇からぬるい牡丹雪が規則正しい速度で降り注いでいる。
バスが震えながら去った後、私とあなたの二人だけの夜道だった。
弱々しい光りを足元にこぼす街灯、物言わぬ停留所の標識、待つ人の代わりに厚く積もった雪を座らせている哀れなベンチ、
そしてノイズ交じりの静寂――あなたは言った。
「この近くに美味しいおでんの屋台があるんですよ」
私は「うん」と答えた。
しばらく歩くと、人気のない自然公園に出た。
大きな池があり、そのほとりには短い秋季のために枯れ切らなかった広葉樹が雪を被ってうなだれていた。
遊歩道の景観照明にライトアップされた白い雪の花は満開の桜並木のようだった。
私たちは思わず息を潜めてそこを歩き過ぎた。
音を立てないように、彼らを驚かせてしまわないように。
でも本当のところは、そんな気遣いは無用だったのだ。
あらゆる言葉が時間を支配できないのと同じように、自然もまた、その残酷な法則には逆らえない。
どこか遠くで枝の折れる音がした。
名前のないおでん屋さんは公園の隅にぽつんとあった。
白熱電球のやわらかい光りに誘われるようにのれんをくぐると、中に店員さんの姿はなかった。
代わりにカウンターには出来たての料理とお酒が二人分置いてあった。
それはとても分かりやすい兆候だった。
「あら、気が利いてますね」
あなたは言った。
それから私も促されるまま席に着き、乾杯して、美味しい料理とおでんを食べた。
予感と確信は揺らめきながら一つに重なり、もはや両者を見分けるのは困難だった。
それはきっと私を脅かすためにささやき出したものの、あなたが楽しそうに話す声と心地良いアルコールの毒、
そして私自身の鈍感さによって束の間の発現を免れ、今はただ闇の中へ押しやられているにすぎないものだった。
その後、再び二人で冬の公園を歩いていた。
私は相変わらずあなたについて行くだけだった。
けれど、私より少し速く歩いて行くあなたの背中を見て、
ふいに胸をよぎる不安と切なさをとうとう心の外に追いやることができなかった。
そして、そんな一対の孤独の中にあって、ようやく私は、今日初めてあなたを心から愛したいと思った。
私の指先は自然にあなたの手のひらに触れ、それから細部の輪郭をなぞるように、そっと指を絡ませた。
私は、こんな当たり前の結論を導くために自分がどれほど回りくどい手順を要したか考えて恥ずかしさに眩暈がしそうだった。
あなたはちょっと驚いたように立ち止まって私の方を向いた。
そして母親が子供に言い聞かせるように、あなたと目も合わせられない私の、燃えるように熱い頬へと顔を近づけて言った。
「この区画に私のセーフハウスがあるので、今日はそこで寝ましょう」
私は「うん」と答えた。
すごく綺麗
2人しかいないような世界で2人きりというのすごくいいよね
もし過去作あったら教えてください
乙
>>25
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SF要素は少ないですが最近ではこんなのも書いてました。
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