三船美優「ビフォア ザ シンデレラ」 (42)
モバマスss
地の文有り
書き溜め有り
一部、既存の設定を無視しています
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P「……よし、こんなものかな」
パソコンで作成したイベントの資料を事務所の共有フォルダに移して、退勤の準備を始める。
腕時計を確認すると、まだ約束の時間まで余裕はあるものの、待ち合わせをしていることを考えると、早めに到着するぐらいがいい。
P「すみません、お先に失礼しますね」
同僚のちひろさんに声をかけると、彼女は意味ありげに笑ってみせた。
ちひろ「あれ、今日は早いんですね。いいひととデートですか?」
P「ええまあ、そんなところです」
負けじと意味ありげに笑ってみせたが、冗談だと思われたのか、軽くいなされてしまった。
決めておいた時間の二十分前に待ち合わせ場所に到着すると、既に彼女はそこで待っていた。
スマートフォンを触ったり音楽を聴いたりしているようでもなく、ただ目の前を横切る往来を、そこを走る車の流れをぼんやりと眺めているようだった。
P「美優」
傍まで駆け寄り、声をかける。名前を呼ばれた彼女は、未だ心ここにあらずといった様子でこちらに振り向いた。
美優「あ、Pくん」
一拍遅れて彼女が微笑む。
美優「久しぶり。私のこと、まだ覚えてる?」
P「ああ、一目でお前だってわかったよ」
数年ぶりに会った彼女は、綺麗な見た目はそのままに、少しやつれているように見えた。
俺がまだ幼かったころ、隣の家に住んでいた同い年の女の子が彼女だった。
同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通い、俺と彼女はどこにいても、いつも一緒に過ごしていた。
年齢が上がるにつれて、男女の無意識的な隔たりが同年代の友達の間で形成されつつあった中でも、俺と彼女は仲が良いままだった。
そうして彼女と過ごすうちに、俺は自然に彼女のことを好きになっていたのだと思う。
自惚れでなければ、恐らくそれは両想いだったのだとも思う。
予約したレストランに入る。橙の照明が良い雰囲気を醸し出している。
P「会うのは大学以来だっけ」
注文を終えてしばらく沈黙が続き、先に口を開いたのは俺だった。
美優「そうだね。もう四年ぐらいかな」
P「ああ、うん、それぐらいになるのか」
会話が途切れる。彼女の方も笑顔でこそいるものの、どこかその表情は浮かない。
沈黙に耐えられなかったのは、またしても俺の方だった。
P「今日は、一体どうしたんだ?」
正面から彼女を見据えると、彼女の視線は所在なげに揺れた。
美優「……うん、あのね」
彼女がなにかを言おうとしたのと同じタイミングで、注文した料理が運ばれてきた。
二人して困ったように笑いながら、先に食事を済ませることにした。
俺と彼女が十歳だったときに、家庭の都合で彼女が転校することになった。
引っ越し先は、子供が気楽に行けるほど近くはなかったが、それでも新しい住所を教えてもらった。
たとえ日常的に会えなくたって、手紙や電話のやり取りならできる。
何通もの手紙が二人の間で交わされ、何時間となく通話をした。
時間の経過とともにその量自体は次第に減っていったが、関係は繋がったままだった。
そして、大学に進学した俺は、そこで同じ大学に合格した彼女と再会を果たす。
彼女が上京して一人暮らしを始めることは知っていたが、進学先までは聞いていなかった。
お互いに、相手のことにはすぐに気がついた。
八年ぶりに見る彼女は、まだ微かにあどけない雰囲気を漂わせていながらも、思わず息を呑むほど綺麗になっていた。
しかし俺達は、以前のような関係には戻れなかった。再会した喜びに勝って、八年という広大な時間が二人の間に寝そべっていた。
話しかけたくても、なにをどう話せばいいのかがわからない。気恥ずかしさが、俺の足を止めた。向こうから話しかけてくることもなかった。
それ以降、大学で顔を合わせても、一言二言、当たり障りのない言葉を交わすぐらいで、結局卒業するまで、まともに話せたことはなかった。
気がつけばいつの間にか、メッセージのやり取りすら途絶えていた。
美優「懐かしい! 向かいに住んでたおばあちゃんのことだよね? まだあのおばあちゃん元気にしてるのかな」
P「正月に実家に帰ったときに会ったぞ。まだまだ元気そうだった」
美優「また会いたいな。でも私のこと、覚えていないかもだよね……」
P「そんなことないって。絶対」
美優「……そうだと、いいんだけど」
ゆっくりと料理を堪能して、少し値の張るワインを開けると、自然に会話は小さいころの思い出話になっていた。
大学生だったころは世間話もできなかったなんて到底信じられないぐらい、打ち解けることができていた。
一つ一つ思い出を取り出しては、二人でああだった、こうだったと懐かしむだけで、えもいわれぬ幸福感が去来する。
美優「……Pくんはずっと昔から、私のことを守ってくれてたよね」
P「なんだよそれ。そうだったっけ」
美優「そうだよ。ほら、小学校のキャンプのときとか」
P「ああ、肝試しのやつか」
まるでそれはタイムカプセルを開けるかのような、そんな心地。
P「……なあ」
美優「うん?」
だからこそ俺は、確かめたくなった。
P「どうして俺達は大学で、こうならなかったんだろうな」
なぜ、気の置けない関係に戻れなかったのか。
美優「きっとね、私はびっくりしてたんだと思う」
少しの間考える素振りを見せてから、彼女は呟いた。
P「びっくり?」
美優「うん。私の記憶の中にいたPくんと、久しぶりに会ったPくんがあんまりにも違ったから、どう話せばいいか、わからなかったの」
そう言って、彼女はくすぐったそうに笑う。
P「俺、そんなに変わってたかなあ……」
美優「うん。かっこよくなってたよ。あのときも、それに、いまも」
P「え、あー、そうかな」
顔に血が上るのが感覚的にわかる。内心の高揚を悟られまいと、グラスを傾けた。
彼女の方も、俺のことがどうでもよくなったとかじゃなくて、ただどう接していいかわからなかっただけだったようだ。
そう思えただけで、俺は肩が軽くなった気がした。
P「そういえば、今日はなんの用があって呼んでくれたんだ?」
会話がひとしきり盛り上がった後で、そもそも俺は、どうして彼女と会っているのかが聞けていないままだったことを思い出した。
俺が尋ねると彼女はふっきれた表情をして、かぶりを振った。
美優「もういいの。Pくんとお話しできて、それで十分だから」
P「……美優?」
彼女の言葉に不穏な気配を感じ取った。
P「なにか、あったのか?」
彼女は、緩やかに目を伏せた。
美優「私、Pくんと離れ離れになってからも、何度か引っ越ししたじゃない?」
P「ああ、たしかそうだったな」
美優「きっとそのせいだけじゃないとは思うんだけど、でも私、友達っていうのがあまりできなくてね」
酔って頬に赤みが差した彼女の口から、自嘲的なため息が漏れる。
美優「ちょっとだけ、人付き合いに苦手意識ができたの」
美優「いま勤めている会社でも、あんまり同僚のひとと馴染むことができなくて」
美優「頑張って、話しかけるようにもしてるんだけど、なんか要領悪くってね」
美優「やっぱり、元からそういうのが向いてないのかなぁって、そう思うと、ちょっぴりしんどくなっちゃうの」
そう言いながら頬を掻く彼女は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
P「……美優」
美優「あ、ご、ごめんね? こんな愚痴を聞かせるつもりはなかったんだけど」
焦ったように彼女が謝ってくる。
P「そうじゃなくて」
美優「……なに、かな」
P「辛かったんだな、色々と」
心の底から、そう思った。
美優「あの、いや、辛いとか、そんなのじゃ、」
彼女は慌てて俺の言葉を否定しようとした。
しかしその言葉を言い切らないうちに、彼女の目元から涙が堰を切ったように溢れ出した。
美優「あ、あれ……? どうして……? せっかく、せっかくPくんに会えて嬉しいはずなのに、」
彼女がその白くて長い指の腹で何度も涙を拭っても、一向に止まる気配はなかった。
美優「いや、止まらない、どうして、どうして……」
P「美優」
美優「ご、ごめんなさい、なんでだろ」
P「美優!」
身を乗り出して、彼女の手首を掴む。
それは、紛れもない彼女からのSOSだった。
その委細はようとして知れないが、彼女はもう少しで折れてしまうところまできていたのだ。
そして、そんな彼女が助けを求めたのは、俺だった。
それは、紛れもない彼女からのSOSだった。
その委細はようとして知れないが、彼女はもう少しで折れてしまうところまできていたのだ。
そして、そんな彼女が助けを求めたのは、俺だった。
ごめんなさい、重複してます
美優「あ……ああ……」
彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
ずっと心の奥底に溜め込んで知らないふりをしていたであろう感情が、そこにはあった。
美優「いやあ、見ないで」
彼女は身体をひねって、その顔を俺から背けた。
P「いいからこれ、使って」
ポケットから取り出したハンカチを無理やり彼女に握らせて、俺は座席に座る。
P「少ししたらここを出よう、落ち着ける店を知っているから」
彼女はなにも答えず、ただ微かに頷いた。
P「この店は仕事上がりによく立ち寄るんだ」
俺が彼女を連れてやってきた先は、大人組のアイドルと飲むときに利用するBARだった。
美優「…………」
彼女はあれから殆ど口を利かなくなった。
店の奥のテーブル席に腰掛けて、彼女の顔を見つめる。
視線が絡まって、彼女は小さく息を呑んだ。
P「いままで、よく頑張ったな」
美優「……え?」
彼女は拍子抜けした声を出した。突然そんなことを言われたものだから、当然の反応だろう。
P「俺はお前の過去に対して無理に干渉するつもりはないし、お前本人じゃないから辛さを全部わかってやることもできない」
P「だけどお前はお前なりに、ここまで頑張ってきたんだろ? だったら、せめて俺だけはお前を労いたい。……っていうのは、おかしいかな」
いまの自分に言える精いっぱいのことを伝えた。
美優「……どうして」
掠れた声で、彼女は呟く。
美優「どうして、Pくんは優しくしてくれるの?」
P「頑張ったことは、必ず報われなきゃいけないって、俺は思うんだよ」
P「誰かの為に頑張っているひとこそ、俺は労ってあげたいんだ」
自分で言いながら、自分の言葉を反芻する。
この言葉は、俺がプロデューサーという仕事に真剣に向き合うことを誓った理由に直結している。
俺自身、最初はプロデューサーという仕事に、あまり乗り気ではなかった。
可愛いアイドルが売れて、そうでないアイドルは売れない。そこにプロデューサーの手腕なんて、絡まないものだと思っていた。
結果からいうと、当時、俺が担当していた何人かのアイドル達は、輝きを放ちきるまでにドロップアウトしてしまった。
俺だって彼女達の為に、頑張って仕事を取ってきてはいたのだが、人気に火がつくよりも先に、彼女達の心が折れてしまったのだ。
もう頑張れないと言って去ってしまった彼女達の涙を見て、俺は自分の身の振り方を改めて考え直した。
アイドルは、彼女達は、応援してくれるファンに向けて、夢や希望を与える。
その為に、日々何時間もトレーニングを重ね、歌やダンスを覚え、気の遠くなるような努力の果てに、完成したものをファンに届ける。
そのアイドルを一番近い距離で支えることができるのが、プロデューサーであることに気付くまでに、俺は長い時間を要した。
プロデューサーは、アイドルの仕事を取ってくることだけが仕事じゃない。
ファンレターや声援を受けてなお、挫けそうになるほどの彼女達の頑張りを優しく受け止めて、労うことだって大切な仕事だ。
ファンを笑顔にするアイドルが笑顔でいるからこそ、素敵なライブはそこに生まれるのだから。
それはなにも、アイドルに限ったことじゃない。
努力は結果を約束するものじゃなくても、決して、なかったことにはならないからだ。
P「お前の努力はきっと、無駄になんかならない」
アイドルを全力で支えているうちに、ふと、以前よりも人生を楽しいものだと感じられるようになった自分がいた。
それはきっと、アイドルを支えていながら、同時にアイドルに支えられているということなのだ。
誰かに支えられることで、少しでも心の荷が軽くなるというのなら、俺はなにも厭わない。
美優「……Pくんはやっぱり」
涙に滲んだ声で、彼女が笑いかけてくる。
美優「ずっと昔から、私のことを守ってくれるね」
その笑顔は、俺の胸に強く焼き付いた。
そしてその微笑みを目にした瞬間、俺は、まるで雷が直撃したかのような天啓にうたれた。
もう、このこと以外にはなにも考えられないほどの、圧倒的な衝撃。
生ける伝説と呼ばれている敏腕プロデューサーが、かつてこれと同じような天啓にうたれたとき、次のように叫んだという。
「ティン」ときた、と。
大きく一度、深呼吸をする。
P「美優」
美優「どうしたの?」
P「いや、三船美優さん」
俺は居住まいを正して、言い直した。
美優「は、はい」
彼女も俺につられてか、背筋を伸ばした。
懐から名刺入れを、その中から名刺を一枚取り出して、彼女に差し出す。
P「シンデレラに、なってみませんか?」
ここまでは、彼女が舞踏会の階段を駆け上がるまでの物語。
ここから、灰を被っていた彼女が、誰もが見惚れるお姫様に変身するまで、もう少しだけ紆余曲折があるのだけど。
それはまた、別のお話。
以上で終わりです
ここまで目を通していただいた方に感謝します
キャラもののssなのにきちんとキャラクタを活かしきれてなくてなくて、美優Pさんごめんよ……
話の構成もぜんぜんなってないので、次があれば、もっと頑張ります
大体27あたりのことがいいたかっただけです……
コメント有難う、嬉しいです
一応この前に書いたものも宣伝しておきます
森久保乃々「十年目の夜」
森久保乃々「十年目の夜」 - SSまとめ速報
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