櫻井桃華「年の数だけ、薔薇を頂戴?」【モバマス】 (34)


「ねぇPちゃま、年の数だけ薔薇をちょうだい?」

「歳の数…… 12本か?」

「ええ」

「ふ、なるほどな。 12本のバラ一つ一つに想いをを込めて…… ダーズンローズか」

「そのとおりですわ♪」


わたくしの声がどうにも上ずってしまっているのに、少しだけ恥ずかしさがありました。

けれど、それも嬉しさでかき消えて。

わたくしに笑いかける彼は、少しばかりかがんでくださって、そのお顔がわたくしの頭よりも少し高い位置に浮かびます。

キラリと光る口もと。そのもう少し上にある瞳には、今日もわたくしへの愛がきらめいているかのよう。

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「しかし、お届けしてしまってもいいのかい?」

「あら、アナタから見てわたくしはまだ小さな子供なのでしょうか?」

「いや、立派なレディさ」

「ふふふ、お世辞でも嬉しいものですわね」

「そうかい? 僕は本気だけれど」

「あら、まぁ」


彼の気取った声に、わざとらしく大げさに驚いて見せましょう。

このくらいなら、まだまだジョークを返す余裕が有るのですよ、と。

この程度ではわたくしはころっといきませんのよ、と。

そう伝えるために。


彼の顔を、こっそりこっそり上目遣いで覗き見ます。

高まった期待を知られてしまうのが恥ずかしいから、そう、こっそりと。

けれどそんなことはお構いなしとこちらを見つめるPちゃまと、バッチリと目が会ってしまいました。

まるで空気ごしに、目と目でキスをしたみたい。

わたくしは、まぁ、と言ってから少しだけ開いたお口のまま、動けなくなってしまいます。


「おや、どうしたんだい?」

「あ……」

「寂しそうな唇だ」

「そんな……」


そっとわたくしの口元に添えられたPちゃまの親指。

それはびっくりするほど熱くて、ごつごつと堅くて、普段見ているわたくし自身の指とは少しも似てなくて。

そう、まるで別の生き物のようです。


「君の魅力の前では時間なんて、関係ない。 誓ってあげよう。 今、ここで」

「Pちゃま……」


さっきまでの嬉しさとは異なるなにか。

Pちゃまの声に、初めて感じるその“なにか”に、頭の中でゾクゾクとした震えを感じました。

だんだんと迫ってくるPちゃまのお顔。

身長の違いのせいで大きく開いていた距離が、5分の1になったころ。

彼の大きな手に包まれていた顎が意識もしていないのに、受け入れるように上がって。

わたくしは初めての――――


「――大人のキスを……」

「待って、待っててください」

「あら、ちょうど今いいところでしたのに」


タチバナさんが、その両の手の平をわたくしに向けて突き出します。

指の間から見えるそのお顔は、レモンを入れる前の紅茶のように真っ赤です。

そう、今まさにわたくしが手に持っている紅茶のように。

……そうと気が付くと、カップを片手に気持よく語っていた空想は香りとともに空へと消えて。

目の前の真っ白のテーブルと、ティーセット、それからいつ見てもよく整備された我が家のお庭が見えてきました。


「それで今朝のことでしたっけ? それ、どこまでが実際にあったことですか?」

「歳の数だけバラをちょうだい? までですわ」

「最初も最初じゃないですか!」

「どうどうどう、声を張るのはみっともないですわよ?」

「うぐぅ……」


お仕事の始まる前のちょっとしたお茶会。

本日はオリも悪く、ご一緒できたのはタチバナさんだけでした。

静かに優雅に、紅茶を楽しみながらお互いのプロデューサーをお待ちしていたというのに、タチバナさんたら声を張り上げて……

ちゃんとお腹から声を出さないと、喉を痛めてしまいますわ。

その声が届いたのか、生け垣のむこうから頭だけ出ていた庭師の方と目が会います。

今日もありがとうございますわ。

ちょっとした目礼で感謝を伝えてから視線をもどせば、涙目でこちらを見つめるタチバナさん。


「……で、本当はなんて言って返されたんです?」

「バラ? 歳の数? なんだ、節分の豆みたいだなぁ、と」

「うわぁ」

「Pちゃまもなかなかユーモラスなお方ですわね」

「……うっわぁ」


ニヘラと笑ったPちゃまの顔が浮かびます。

あの締りのない笑顔をするとき、Pちゃまはいつもわたくしの予想を外してくださるの。

とってもお気に入りの表情です。


「本気で言ってるんですか? それ」

「本気とは?」

「その、ユーモラスとか……」

「ええ、どう考えてもデリカシーが足りないだけ、ですわね♪」

「…………」


Pちゃまを真似て、ちょっぴり外した答えを用意してみましたが、お気に召してはくださらない? 

タチバナさんのつぐんだ口の代わりに、そのうらめしげな目が何かを訴えます。

あらあらそんなにねっとりとした目で舐められては、パンケーキに乗ったハチミツをこぼした時のようにお口の周りがべたつきますわ。

もちろん、わたくしはそんなヘマはいたしませんの♪


「…………♪」

「…………」


何も言わずににっこりと笑って見せても、外れない目線の言葉。

ふふ、わかっております。

わかっておりますが。


「それでいいのです」

「へ?」

「伝わっていないことくらいわかっておりますわ」

「それなら!」

「それでも、はしたなくても、たわむれで心のカケラを伝えてみてもいいとは思いません?」

「え? ……でも、えっと……ですが……!」


もごもごと動くお口と一緒に、今度はなんだかムッとした目で見つめられます。

今日のタチバナさんのおめめは、本当におしゃべりだこと。


どうしてそんなにも意固地になるのでしょう? 

わたくしはわたくし、タチバナさんはタチバナさん。

おかしなことを言ってる自覚はあります。

アナタはそうなんですね、その一言で終わりますのに。


「……でも、そんなの意味なんかないです」

「あら、タチバナさんはそう思うのね」


キッ! と今までと比べるでもなく、タチバナさんの今日のお口が細く鋭くなりました。

そんなに、責められるにはいささか心外ですわ。


「だって、どうせ、大人は……わたくし達の気持ちなんて……勇気なんて……」

「それでも、いいではありませんか」

「いいって、そんな簡単に……!」

「わたくしはただこの溢れ出る気持ちを抑えきれないだけですわ!」


この情熱に、意味なんか求めません。

それは野暮というものです。


それに……

今回は、もしかしたら気がついてもらえるかもと思うのは。

なかなかハラハラして楽しいんですわよ? 

こればかりは、ヒミツにさせていただきますが。

近頃キレイにできるようになったウィンクでバッチリと決めて差し上げれば、タチバナさんの疲れた顔が返ってきました。


「……なんだか呆れました」

「では、わたくしの勝ちですわね♪」

「どうしてそうなるんですか、全く……」

「乙女はいつでも、戦争ですわ!」

「……むぅ」


逃げるように視線を泳がせたタチバナさんは、そのままテーブルの脇に鎮座していたタブレットヘ指先を滑らせます。

わたくしは紅茶を手にとって見せつつも、こっそりと片目で、タチバナさんの様子を伺ってみました。

案の定、その手元は左右に意味もなく動くだけ。

興味をなくしたと伝えたいのでしょうが、この子はすぐにタブレットに逃げようとするから……

この子のプロデューサーもよく言っている、ちょっとだけ治すべき点の一つです。


「それで、だーずんろーず、でしたっけ?」

「ええそうですわ。 dozen, rose」

「今、調べます……あれ? 花嫁の方がブーケトスで投げる花束のことだったんですか?」

「そうされることも、多いようですわね」

「でも、それなら……」

「あら、少々お待ちくださいまし」


ちょうどその時、控えていた執事がそっと横に近づいてきました。

なんでも、わたくしのPちゃまがいらっしゃったとのこと。

つい今しがたから、なぜか怪訝そうな顔をしたタチバナさん。

彼女を残してわたくしは先にお仕事に向かいましょう。

申し訳ありませんが、このお話の続きはまたあとで。

Pちゃまがこちらまでたどり着くのにはまだ、時間がかかるはず。

その間に、少しだけ身だしなみを整えまして……


「……桃華さんのプロデューサーが、ついたんですか?」

「ええ、お迎えです。心苦しいですがタチバナさん、あなたのプロデューサーがいらっしゃるまではお一人で……」

「なら、桃華さん隠れてください」

「え?」

「いいから早く!」

「あ、あわわわ」


わけもわからぬうちに両手で肩を大きく引かれて、いきなり机の下に押し込められてしまいました。

慌ててスカートの裾を手元に手繰り、地面についてしまわないように気をつけます。

せっかく整えていた髪も、ムリに押さえつけられた際に少し崩れてしまいました。

もう、これからPちゃまとお会いするというのに、いったいどうしたのでしょう? 

すぐに出ようかとも思いましたが、あちらから歩いてくる足はPちゃまの……

こんな時ばかり、お早いのですから……

いくらなんでも、机の下から這い出る瞬間を見られるのは恥ずかしいですわね……


「あれ? 桃華は」

「トイレです」

「そうか」


タチバナさん! なんてことを言いますの! 

仕方がないと、息を潜めていたら、これです。

予想していなかった恥ずかしさでお顔が熱くなります。

Pちゃまもそんなに簡単に納得なされて……もう! 


「ところで桃華さんのプロデューサーさん、一つお聞きしたいことがあるんですが」

「なんだ、あらたまってどうした? 橘ちゃん」

「いえ、この前のウェディングイベントの時の話なんですが」

「ああ、あの時の」

「裕美さんにブーケトス、させてましたよね」

「関ちゃんに? おう、まぁ確かにしたが、それがどうした?」


ふいに頭の中が外の会話で占められて、髪を整えていた手が止まります。

そういえば以前、あの企画の統括として裕美さんの衣装設定を手伝ったとは聞きました。


あら? それならもしかして、と、ひとつの疑問が浮かびます。

頭のなかのひらめきの電流が体のほうへ漏れだして、手足がぴくりと動きます。

そしてそのひらめきが口から出る前に。


「なら、ダーゼンローズって知ってます?」

「ああ、もちろん知ってるぞ?」


答えが天板の向こうから降ってきました。


「あんまり有名でもなんだけど、橘ちゃんも知ってるんだな。博識だね。感心感心」

「…………へぇ」


あら、あらあらあら! 

その答えは、まるでわたくしの期待していたものそのもので。

あっという間にわたくしの頭のなかでキレイなお花が咲き誇ります。


「でも、桃華さんは」

「ん?」

「アナタがそれを知らなかったと、話していましたよ?」

「……あー」


「桃華が、それ話したの?」

「つい、さきほど」

「桃華が欲しがった時に、とぼけちゃったのも?」

「はい」

「ごめん、ならヒミツにしといてくれないかな」

「……どうしてです?」

「そりゃまぁ……なぁ?」


Pちゃまの困った声が耳に染み込みます。

視界にはいつも同じ高さに揃えられた芝生か、テーブルの足かタチバナさんのおヒザか、はたまたとおくの生け垣か。

とにかく、Pちゃまのお顔が見えない分、そのお声にのった感情が、直接わたくしの心の中に響いていきます。


「桃華に、恥ずかしがてったのがバレちゃうだろ?」

「……っ!!」


大きく、ハッという音が響きました。

息を飲んだのはタチバナさん? それともわたくし? 

とにもかくにも、今の一言で感情が高ぶって仕方ありません。

Pちゃまは、恥ずかしがってくれていた。

わたくしを一人の女性として見てくれていた。

その事実が嬉しくて嬉しくて仕方がありません。

心臓がさっきからバクバクとうるさくて、溜まりに溜まったあの人の声で、今にも爆発してしまいそう! 


……もう、こんなところにはいられません! 


「Pちゃま!」

「も、桃華!?」


驚いたPちゃまの顔。

それを少しでも強く見つめたい。

一瞬だけ、お外の眩しさに目を細めますが、すぐにお顔を立て直します。

机の下ではあまり感じられなかった風が、いつもよりずっと気持ちいい。

その風に背中を押されるように……いえ、押していただく必要なんてありません。

わたくし自身の中から吹く、わたくし自身の勢いを背中に。

だけど、前のめりにならないように、すこしだけ胸を張って姿勢を正して。

動きで気を引くために髪をそっとかいてみせて、堂々と、Pちゃまの前へ。


「……え? あ、桃華? なんで机の下から?」

「ふふふ、そんなことはどうでもいいの。……ねぇPちゃま?」

「お、おう?」

「12本のばら、綺麗ですわよね?」

「いや、まぁ……そうだな。そうかもな。うん」


その返事に、わたくしの心はまるでお水をもらったお花のように満足します。

その満足に浸ったまま、わたくしは何も言わず、Pちゃまの目を見つめます。

Pちゃまの額には一筋だけで光る冷や汗があるように見えましたが、光の加減のせいだったのでしょうか。すぐにみえなくなってしまいました。

それでもたった今、ゴクリと喉を鳴らしたのを見逃しはいたしません。

ふふふ、こんなに動揺したあの方を見るのは初めてです。

表向きだけは平静を取り戻したように見せているPちゃまも、いまだ声は発しません。


「も、桃華さん……!」

「タチバナさん?」


そこへ、こそこそと耳に口を寄せるタチバナさん。

ちょっと、耳がくすぐったいですが、今の高揚した気持ちにはなんのその。


「さっきは、知られてないほうが良いって言ってたじゃないですか」

「理解して頂いているに越したことはありませんわ!」

「……だまされてたんですよ?」

「そんなことより大事なことがありますの!」

「…………」


もちろんタチバナさんの言っていることもわかります。

だからちょっとしたイジワルも込めて、大きな声で胸を張って。


「今まで、Pちゃまはわたくしの愛に気がついていてくれていたの」

「…………」

「だけど、困ってしまって、はぐらかした」

「…………」

「わたくしを傷つけないようにと、気を使ってくれました。……こんなにうれしいことがありまして?」

「……うぅ」


そのうめき声にこもっているのは筋の通らないことを言っているわたくしへの困惑でしょうか、それとも理不尽に言い倒されたことへの悔しさでしょうか。

ごめんなさいね? 

少しだけ心の中で謝りつつも、わたくしとPちゃまの間に入るその体を、いま加減できる限りの優しい力で押しのけて。

さぁ! 


「Pちゃま、お仕事に向かいましょう?」

「あ、ああ……すまん」

「なにを謝っていらっしゃるのかわかりませんわ♪」


自分の言葉のおしりが、葉っぱにあたる雨粒のようにはずんでいます。

向き直って声を出せば、それにすぐに気が付きました。

どうにも抑えきれない嬉しさはふわふわと、心の泡はゆっくりゆっくり漂うように、激しくはないけれどしっかりしっかり。

Pちゃまの想いに浮かれて飛びます。


「ところで、今朝話したバラは用意してくださって?」

12本のですわよ?

「……もちろんだ。帰りに取りにいくと、花屋さんにいってある」

「ありがとうございます」


わたくしの密かな心を込めた花束でしたのよ? 

今度はそんなイジワルは言いません。

もう今に至っては、いえ、それどころか最初から、密かなものなんかではありませんのでしたが。


「ああ、そうです、ところで……」

「な、なんだ?」


そんな緊張なさらないで? 

イジワルはいたしませんといったじゃないですか。

あら? 口には出していませんでしたっけ? 

まぁいいですの。

ただちょっと、ホントの気持ちを、少しだけ、分けて欲しくて……


「その花束から一本、アナタの胸にバラを挿してもいいでしょうか?」

「……それなら、ポケットに水を張っておかなきゃあなぁ」


わたくしの精一杯の質問に帰ってくるのは、いつものように見当違いでデリカシーにかける返事。

ニヘラとだらしなく、しかしほんのすこしだけ引きつった笑顔に、頭のなかでピコンと小さくて明るい豆電球がつきました。

ああ、なるほど、なるほど……♪


「Pちゃま、そのお顔は……」

「ん?」

「……なんでもありませんわ♪」


恥ずかしさをごまかす時のお顔でしたのね? 

そう思い至ったと、Pちゃまがそんな顔をしていると、ばらしてしまったらもう見えられなくなってしまうかもしれません。


だからわたくしは何も言わずにクスクスと笑いました。

怪訝な顔でこちらを見るPちゃまの目を、じぃっと長く長く見つめて差し上げます。

するとどうでしょう。耐えられないかのようにまたあのニヘラと垂れたような笑顔が返ってきました。


あらあら。

このお顔は、やっぱりわたくしのお気に入りですわね♪

胸の中でだけこぼした囁きに、わたくしもきっと少しだけ、ニヘラと笑ってしまいました。


おわり!

がわいい……

これはニマニマが止まらん乙

はぁーかっわええなおい

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