櫻井桃華「わたくしの初恋」 (26)

これはまだわたくしが幼くものを知らなかった頃のはなしです

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初等部を卒業してすらいなかった頃の話です。
当時、わたくしはアイドルというものをしておりました。
……はい、そのアイドルです。
嘘のような話ですが、本当のことです。
わたくし自身、夢か幻だったのではないかと思うときもあります。
けれど、わたくしがアイドルだったという証しは、世のあちらこちらに残っております。
……もしかしたらあなたも、その証しをどこかでご覧になったことがあるかもしれませんね。

さて、話を進めましょう。

当時のわたくしは、アイドルとしてのパートナーたる殿方のことをお慕いしておりました。

……はい、わたくしをアイドルの世界へ導いてくださった方です。
ここでは仮に、Pと呼びましょうか。

Pさんはとても優秀な方でした。
わたくし以外にも複数のアイドルを導いておりましたが、その誰もが輝いていたのです。

彼に連れてこられたものの中には、一見すると平凡で特徴のないものも多くありました。
しかし、彼にかかるとその誰もが魅力的な人物へと変わるのです。
それはまるで魔法のようでした。

Pさんの元には様々なアイドルがおりましたが、彼は誰かを特別扱いすることはありませんでした。
それはわたくしも同様です。
その人の人気や、後ろだてに左右されず、皆を同じようにに扱いました。

……お仕事の量や内容だけはその限りではありませんでしたが、アイドルというものを考えると致し方ないことでしょう。

そんな彼でしたから、思いを寄せる方は少なくありませんでした。
ですが、彼はそれらをすべて冗談目かし、交わすのです。
わたくしも、幼いながらに彼に何度も思いを伝えました。
あるときなど、思い切って婚約を迫ったこともあります。
しかし、Pさんはわたくしが年を重ねて成長したら考える、などと、当たり障りのない言葉を返すだけでした。

それでもわたくしは彼を慕い続けました。
当時のわたくしは、将来彼と結ばれることをなんら疑っていなかったのです。

……そう、あのときまでは

秋の夜長のときです。
彼の家族が交通事故を起こしました。

事故が起きた当初、そのことを知るのは一握りの者だけでした。
とはいえ、彼をひと目見れば、何かが起きたことは、幼いわたくしですら容易にわかりました。
それほどに、当時の彼は追い詰められていたのです。
やがて、彼の家族が事故のために莫大な賠償金を背負ったことは誰もの知るところとなりました

それを知ったわたくしの行動は早いものでした。
お父様に彼へお金を貸してもらえるもらえるよう頼んだのです。
……しかし、お父様の反応は芳しくありませんでした。
わたくしは憤慨しました。
Pさんにそれだけの価値がないと言われたような気がしたからです。

わたくしは彼がいかに素晴らしい人物であるかを言葉の限り訴えました。

その熱意……いえ、頑迷さに充てられたのか、お父様はある日わたくしに話してくれたのです

いわく、彼はそれだけの人物である、しかし、お金の重みは彼を変えてしまうだろうと。

わたくしにはその言葉が理解できませんでした。
お父様により詳細に教えて頂くよう頼みましたが、言葉を濁すだけで、答えてはくれませんでした。

……ですが、最後には彼への援助を約束してくれたのです。

重石をなくした彼はまた元の魔法使いへと戻ったように見えました。

……けれど、それは誤りでした。
彼は別の重石を課せられただけだったのです。

しばらくすると、彼の変貌は明らかになっていきました。

彼がかける魔法は以前とかわらず、輝きを引き出しました。
……ただし、わたくしだけはその魔法をかけてもらえなくなったのです。

彼は目に見えてわたくしをひいきするようになりました。
他のアイドルを追いやってわたくしに仕事を与えました。
わたくしは何度も彼に同じように扱ってくれるように頼みました。
けれど、彼が変わることはありませんでした。

やがて、わたくしはお父様の言葉の意味を理解しました。
そして、考えたのです。
彼から重石を取り除く方法を。

わたくしは、彼に言いました。
将来、結婚しましょうと。

……その時の彼の顔はいまだに忘れられません。

さて、これ以上を語る必要はないでしょう。

………そうですね、それでもひとつだけ言うなら

わたくしはアイドルをやめました

おわり

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