西住みほ「三国志です!」4 (50)

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トリつけ忘れましたが作者です

時は漢の建安5年。

圧倒的な戦力をもって荊州を降伏させたカチューシャ軍は、江東も一飲みにすべく、大船団をもって前進を開始。江東軍も、都督の逸見エリカ率いる船団を迎撃に出し、今ここにかの「赤壁の戦い」の戦端が開かれようとしておりました。

『激戦です!』

――カチューシャ軍総旗艦――

カチューシャ「いい風じゃない!やっぱり、天もカチューシャの覇道を望んでいるのね!」

ノンナ「荊州の兵によれば、この時期は毎年北から南に向かう風が続く、とのことです。カチューシャ」

カチューシャ「いいの!この時期に出兵を選んだカチューシャを後押ししてるってことなんだから!……それにしても、おっそいわね。先頭の荊州水軍は何をしているのよ」

ノンナ「長江のことなら知り尽くしている、と指揮官は豪語していましたが」

カチューシャ「なーんかあいつ、信用できないのよね……って、なんだかこれ、違う方向に流されてない?」

ノンナ「流れの向きが変わったようですね……一応、確認させましょう」

アリサ「ちょっとちょっと!どうなってるのよ!ここで流れが変わるなんて、聞いてないわよ!」

荊州兵「どうしますか?湖に入ってしまったみたいですけど……」

アリサ(全く、なんてことなの!『長江のことならお任せください!』なんて言った手前、『江東水軍のせいで、港の周囲以外のことは調べられていません』なんて絶対に言えないじゃない!)

アリサ「とにかく!一刻も早くもとの流れに戻るのよ!長江の流れに乗れば、あとは江東まで一直線のはずなんだから!」

小梅「エリカさん、敵は予想通りに洞庭湖に迷い込んだそうです」

エリカ「ふん。やっぱりね。長江の流れはあいつらが思うほど単純なものじゃない。無数の支流や流れの変化があるのよ。それを利用すれば、こうしてショートカットして、敵のすぐそばまで気づかれずに近寄れるわ」

小梅「はい。私たち江東水軍なら、たとえ霧や夜の闇の中でも、隊列を組んで自由自在に進むことができますから」

エリカ「あいつらは私たちを舐めすぎているのよ。全艦攻撃準備。江東水軍の恐ろしさを、北方の奴らに思い知らせてやりなさい。……PANZER VOR!」

荊州兵「て、敵襲です!」

アリサ「なんですって!流れに逆らって進むしかないはずなのに、なんでそんなに早いのよ!」

荊州兵「敵、大型艦を先頭に隊列を組んで向かってきます!」

アリサ「とにかく、迎撃するのよ!こっちは圧倒的な大軍、ここでへまをやらかしたら、どうなるかわかったもんじゃないんだから!」

荊州兵「は、はい!」


エリカ「遅いわね。各艦、大型艦を盾にしながら進みなさい。敵の目を引きつけておいて、小型船で敵をひっかき回すのよ」

アリサ「ガッデム!なんであんなに統率のとれた動きができるのよ!船でうちの陸軍より隊列が整ってるって、いったいどういうことよ!」

荊州兵「大型艦が攻撃を吸収している間に、速度に優れた小型船がこっちの船を取り囲んで沈めてくる……すごい練度ですね」

アリサ「敵を褒めてる場合!?とにかく数はこっちの方が多いんだから、手近な目標に向かって撃って撃って撃ちまくりなさい!」

小梅「エリカさん!旗艦がこんなに前に出たら危険です!」

エリカ「何言ってんの!江東水軍は徹底的に戦うんだから!一番性能のいい私の船が前に出るのは当然でしょ!」

江東兵「敵艦隊、隊列が乱れています。どうしますか?」

エリカ「当然、突撃よ!」

カチューシャ「……いったい、荊州軍はなにをやってるわけ!?陣形がメチャクチャじゃない!」

ノンナ「敵の動きに全く対応できていません。……カチューシャ、念のために旗艦をお下げになっては?」

カチューシャ「ダメよ!そんなことをしたら動揺が広がって、下手したら総崩れになるわ!」

ノンナ「ですが、カチューシャ」

カチューシャ「荊州軍だって後がないことはわかってるはず。それにこの数の差じゃ、敵はせいぜいひっかき回すぐらいしかできないわ。だからこそ、ここで浮足立っているところを見せるべきじゃないのよ」

ノンナ「しかし……」

カチューシャ「それに、カチューシャの側にはノンナがいるわ。万が一のことなんて起こるわけがないじゃない!」

ノンナ「……はい。必ずやお守りいたします」

江東兵「都督!ひときわ大きい船が見えます!」

小梅「エリカさん!あの鎌とハンマーの旗に、ひときわ高い楼台……カチューシャ軍の旗艦だと思われます!」

エリカ(悔しいけど、大きさが違いすぎてこの船だけじゃどうもできないわね)

エリカ「小梅!弓を貸しなさい!」

小梅「はい!」

エリカ(カチューシャ!まずはこの矢文を受け取りなさい!)

キリキリ…… シュッ!

エリカ「さすがにそろそろ敵も体勢を立て直してくるわ!全軍、退却!」

カチューシャ「なにか申し開きがあるなら、言ってみなさい」

アリサ「……敵の動きが予想以上に早く、対応しきれませんでした」

カチューシャ「……戦いは時の運。江東水軍に歯が立たなかったことについてはまあ許してあげてもいいわ。でも、湖に迷い込んだことはどう説明するの?」

アリサ「申し訳ありません!」

カチューシャ「いい?カチューシャの心はシベリア平原のように広いわ。……本当だったらカチューシャ軍らしくシベリア送りにする」

アリサ「そ……、それだけは!」

カチューシャ「だけど、一度だけ荊州らしい罰にしてあげる。『反省会』よ」

アリサ「……ありがとうございます!」

カチューシャ「ただし、ノンナと二人でね。……ノンナ、任せたわよ」

ノンナ「はい。……それでは、行きましょうか」

アリサ「ひぃぃ……!」

カチューシャ(敵の指揮官からの矢文……『江東は、ボルシチみたいな田舎臭い味よりも、あんこう鍋を囲むことを選ぶわ。狼の牙に身をさらしたこと、せいぜい後悔しなさい』ですって!?)

カチューシャ「いいじゃない。カチューシャをコケにした罪は重いわよ……」クシャッ

――江東水軍本拠地・柴桑――

杏「いやー、さすがは江東水軍。最強の名に恥じない強さだね」

みほ「ええ。まさかここまでの強さだとは……、正直、驚きです」

杏「ま、そうでないと困るしねー。おっ、都督様が帰ってきたみたいだよ」

エリカ「とにかくけが人の救護を最優先に!水軍の船員は代えが効かないのよ!」

みほ「エリカさん、大勝利と聞きました。おめでとうございます」

エリカ「大したことじゃないわ。こっちを舐めきってた敵に、少し思い知らせてやっただけよ」

杏「またまたー。あの大軍相手にそうそうできることじゃないでしょー……だけどさ、あのカチューシャがこれぐらいで引き下がるとは思えないんだよね」

エリカ「当然ね。統一のための最後の戦いと言ってるくらいだもの。ここで退くようなことはことはまずないわ……戦略の再検討が必要ね。軍議を行うわよ。二人とも、早くしなさい」

杏「え?だけど、水戦の戦略でしょ?大洗軍は水戦の手伝いはできないよ?」

エリカ「何を言ってるの!同盟軍なんだから、あなたたちの意見も聞くのは当然じゃない!ほら、行くわよ!」

みほ「ええ、行きましょう」

杏(あれれ……逸見ちゃんって、大洗軍のこと見下してるって話じゃなかったっけ……ま、いいか)

エリカ「緒戦はものにしたとはいえ、カチューシャ軍は大軍よ。これぐらいの損害じゃ全く効いてないわ」

まほ「ああ……すぐに体勢を立て直して……いや、体勢を崩せたかどうかも怪しいな」

小梅「敵はこちらの上流に位置しています。それにこの季節、こちらは常に風下に立つことになります」

エリカ「ええ。もし流れに乗って一気に攻めてこられたら、こっちは全滅覚悟で戦いを挑むしかないわ」

みほ「……ですが、それはないと思います」

まほ「みほか。なぜそう思う?」

みほ「敵の大部分は北方の兵です。……恐らく、南方の水や食べ物が体に合わずに体調を崩す兵も多く出ているでしょう。それに、対した損害なくここまで来たカチューシャ軍には勝負を焦る必要がありません」

杏「荊州の兵糧も手に入れてるしね」

みほ「そのうえ、江東水軍の強さを思い知らされたはずです。ここで無理に攻めてくるよりも、どこかに陣を築いて水軍の訓練を進め、確実に勝てる状態を作ってから攻め込んでくると思います」

まほ「なるほど……、20万の陣か」

小梅「そうなると、場所の候補は限られてきますね」

エリカ「鳥林(うりん)か、陸口(りくこう)」

杏「だったらさ、位置的に近いこっちが先にどっちかを取れれば、残ったほうにカチューシャ軍を誘導できるんじゃないの?」

小梅「鳥林なら、逆にこっちが流れと風を背にして戦えます。ここでにらみ合う形になれば、どこかにチャンスがあるかも……」

エリカ「……残念だけど、それはできないわ」

みほ「はい。エリカさんの言う通りです」

エリカ「カチューシャ軍に陸口を取られれば、やつらは陸路でここまで来れる……陸戦じゃ勝ち目はないのよ」

まほ「不利を承知の上で、こっちが陸口を取るしかない」

杏「ありゃりゃ……やっぱ、そううまくはいかないか……」

エリカ「そうと決まれば話は早いわ。全軍、陸口へ移動。カチューシャ軍がこっちに来る前に、要塞化しておくのよ」

――カチューシャ軍総旗艦――

カチューシャ「見なさい!これがカチューシャ戦術の粋を集めた、最強の陣形よ!」

ノンナ「これは……驚きました。まさか、これほどの陣をお築きになるとは」

カチューシャ「カチューシャはね、水戦においても天才なのよ!」

ノンナ「はい。水軍の訓練も少しずつではありますが、効果を上げてきています」

カチューシャ「いいじゃない!……江東軍め、見てなさい!準備ができ次第進撃して、向こう岸のちんけな陣地なんて吹き飛ばしてやるんだから!……キャッ!」

グラッ

ノンナ「カチューシャ!大丈夫ですか?」

カチューシャ「うう……、あとはこの揺れさえどうにかできれば言うことはないんだけど」

ノンナ「ゆっくりお休みになることもできますからね……そういえば、そろそろ本日のお昼寝のお時間では」

カチューシャ「もー!子ども扱いしないで!」

――江東軍本陣――

エリカ「ああもう!なんなのよあの陣は!あんなのを築かれたら、こっちは手出しのしようがないじゃない!」

エリカ(それに、長期戦を続けるにはこっちの物資も心もとないし……)

小梅「エリカさん、みほさんがお話がある、と」

エリカ「みほが?いったい何の用よ?」

小梅「なんでも、『エリカさんのために策を持ってきました』と」

エリカ「策ぅ?まあいいわ。聞いてあげるぐらいはしてあげようじゃない」

みほ「エリカさん、私もこの戦いが始まってから、お姉ちゃんに水戦について少しずつ教わっているんです」

エリカ「へえ、そうなの。……感心なことね」

みほ「ありがとうございます。それで、ちょっと思ったことがあるので、水戦のプロであるエリカさんに聞いていただきたいのですけど」

エリカ「そんな、プロだなんて……、聞いてあげるわ。言ってみなさいよ」

みほ「水戦で一番必要な武器……、それは、矢ではないでしょうか?」

エリカ「まあ、正解ね。正直、矢がなくっちゃ水戦はやりようがないわ」

みほ「わあ、やっぱり!それじゃ、もうひとつ聞いてもらっていいですか?」

エリカ「はいはい、何よ」

みほ「矢、足りてないですよね」

エリカ「……!隊長から聞いたの?」

みほ「いえ、言ってみただけです」

エリカ「カマをかけたってわけね。……その通りよ」

みほ「私が調達してきたいんですが、いいですか?」

エリカ「調達って……あのねえ、100本や200本用意したところで、大した意味はないのよ?」

みほ「わかってます。……そうですね、10万本の矢を、3日以内に」

エリカ「10万本!?ちょっとあなた、本気で言ってるの?そんなことできるわけないじゃない!そんなことに割く人手はないわよ?だいたい、あんたみたいな頼りない子が……」

みほ「いえ、できます。……そうですね、もし失敗したら、エリカさんの言うことをなんでも一つだけ聞きます」

エリカ「ぜひお願いするわ」

みほ「わあ、ありがとうございます!それじゃ、お姉ちゃんと、船を何隻かお借りしてもいいですか?」

エリカ「隊長を?……まあ、それぐらいならいいけれど……いい、あんまり危ないことはするんじゃないわよ」

みほ「心配してくれるなんて、エリカさんって優しいんですね」

エリカ「バ、バカ……あんたは同盟軍の軍師だから……それだけよ!」

まほ「話はついた?」

みほ「はい。こんなこともあろうかと、いろいろやっておきましたから」

まほ「いったい何をしたの」

みほ「……船の上にボコのぬいぐるみを立てて、と。はい、これで準備完了です」

まほ「立てて、というより串刺しになってるようにしか見えないのだけど……ちょっと待って、なぜ一つエリカのぬいぐるみが入っているの?」

みほ「じゃあお姉ちゃん、船室で思い出話でもしよっか♪」

まほ「…………そうね」

まほ「まさか、みほが大洗軍の軍師になるとは、驚いたわ」

みほ「うん。自分でも少し驚いてる。会長が直接登用しに来てくれたのもあるけど……やっぱり、どこかで自分の力を試してみたかったのかな」

まほ「そう……昔はやんちゃだったみほが、軍師の道を選ぶなんて」

みほ「お姉ちゃんこそ、江東でこんなに重く用いられているなんて、すごいよ」

まほ「先主のころの江東には、文官が不足していたから……ところでこの船、どこに向かっているの?」

みほ「え?敵陣だよ?」

まほ「……あなたは何を言っているの?」

みほ「うーん……そろそろ夜も明けてきたし、霧が出てるとはいえ気付かれる頃だと思うんだけど……」

まほ「話を聞いて」

荊州兵「対岸から敵船です!」

アリサ「敵船?この陣に近づくなんて、バッカじゃないの!?」

荊州兵「いかがいたしますか?」

アリサ「決まってるでしょ!矢の雨を降らしてやるのよ!」

荊州兵「イエス!マム!」

ザザザザザザ!

みほ「うーん、さすがカチューシャ軍。惜しみなく矢を撃ってくるね」

まほ「まあ、物資は有り余っているだろうから」

みほ「……うん、そろそろ頃合いかな」

荊州兵「敵船、対岸へと引き返していきます!」

アリサ「あっははは!思い知ったか弱小め!」

エリカ「隊長!みほ!」

小梅「お二人とも、無事だったんですね」

まほ「エリカ、小梅。……どうしたの?」

エリカ「二人が敵陣に向かったって聞いたから……」

小梅「エリカさんが全軍突撃して助けに行くって言うから……」

みほ「エリカさん……ご心配、ありがとうございます。約束の10万本の矢、確かに調達してきました」

エリカ「……船の上のぬいぐるみに、大量の矢が」

みほ「わあ、思った通り……ハリネズミボコだぁ!」ウットリ

小梅「凄い……!確かに、これを引き抜けば全部で10万本はありそうですね!」

エリカ「ふ、ふん……この程度、ちっともすごくなんて……ってこれ!なんで私のぬいぐるみが交ざってるのよ!」

まほ「さすがはみほだな」

小梅「ええ!みほさん、ありがとうございます!」

エリカ「ちょっと!話を聞きなさいよ!」

みほ「エリカさん、そんなに熱くならないでください……ほら、リラックスして……」ボソボソ

エリカ「だ、だから耳元でしゃべるにゃぁ……」

みほ「いいんですよ?そのまま気持ちよくなりましょう……?」

まほ「……小梅、兵を呼んできてくれ。矢を引き抜く作業に移らなくては」

小梅「……そうですね」

}ピャァァァァ……

――カチューシャ軍総旗艦――
カチューシャ「ノンナ!名案を思いついたわ!聞きなさい!」

ノンナ「カチューシャ、食べながらしゃべるのは行儀が悪いですよ」

カチューシャ「今私たちが最も警戒すべきなのは、誰だと思う?」

ノンナ「……江東水軍都督、逸見エリカ、でしょうか」

カチューシャ「その通りよ!そこで、逸見エリカ……エリーシャの友達を向こうの陣に送り込んで、弱みとかを探らせるの!総指揮官の友達だもん、ある程度自由に動き回れるに違いないわ!」

ノンナ「なるほど。かしこまりました」

カチューシャ「どう?これで敵もカチューシャの知略の高さに恐れをなすで……キャッ!」

グラッ

ノンナ「カチューシャ!」

カチューシャ「あ、ありがと、ノンナ」

ノンナ「いえ……ですが、食事は零れてしまいましたね」

カチューシャ「もー!ホントにこの揺れ、なんとかならないかしら!」

――江東軍本陣――

エリカ「直下!久しぶりじゃない!」

直下「エリカさんこそ、お元気で何よりです!……それにしても、江東水軍の都督だなんて、すごいです!」

エリカ「そんなことないわ。さ、積もる話もあるでしょう。さ、こっちへいらっしゃい」

杏「ありゃりゃ、逸見ちゃんったら、大喜びだ。……で、あれ誰?」

みほ「直下さん……エリカさんの古いお友達だそうです」

杏「ふーん、古い友達かぁ……怪しいね」

みほ「はい」

杏「このタイミングで訪ねてくる友人ってさ、もう完全にカチューシャの回し者だと思うんだけど、どうだろう?」

みほ「その通りだと思います」

杏「やっぱ、そうだよね……ま、逸見ちゃんもこんな罠に引っかかるほど間抜けじゃないとは思うけどさ」

みほ「ええ。きっとこの策を逆用する方法を考えているはずです」

杏「ま、『同盟軍の都督サマ』のお手並み拝見といこうか……あれ?西住ちゃん?」

エリカ「本当に久しぶりね……私の手料理でもてなしてあげるわ。期待してなさい」

直下「いいんですか!?エリカさんのハンバーグ、すごく楽しみです!」

エリカ「ずっと会ってなかったものね。腕によりをかけてあげる」

みほ「…………」イラッ

杏(……あーらら。知らんぷりしとこっと)

直下「しかし、これが噂の江東水軍ですか……素晴らしい練度ですね」

エリカ「日々の訓練を重ねてきているだけよ……ほら、あんな風にね」

直下「すごい!揺れる船の上から矢を放って、的に当てるなんて!」

エリカ「大したことではないわ。ちょっとした理由があって、矢はたくさんあるもの。訓練には事欠かないわ。もちろん戦いにもね」

直下「へぇ……何ですか?その『ちょっとした理由』って」

エリカ「それはあなたとはいえ、教えるわけにはいかないわ……さ、話の続きは私の天幕でしましょう?」

直下「ホントにあのときは困りましたよ!直した矢先にまたやられちゃうんですから!」

エリカ「ええ、そんなこともあったわね……あら?誰かしら?」

みほ「すみません、エリカさんに少し用事が……」

エリカ「みほじゃない……で、なんの用事よ?」

小梅「えっと、それは……ここではちょっと……」チラッ

直下(私には聞かれたくない話……何だろう?)

エリカ「……ごめん、後にできない?見てわかるように、古い友人が訪ねてきているの」

みほ「そんな!私よりその人を優先するんですか?昨日の夜だって二人であんなに楽しんだのに!」

エリカ「……!な、何を言ってるの!嘘をつかないでちょうだい!」

みほ「嘘だなんて……私に囁いたあの言葉は、エリカさんの嘘だったんですか!?」

直下「あ、あの……エリカさん、私のことなどお気になさらず、どうぞ!」

エリカ「ちょっと、なにか誤解してるんじゃないでしょうね!……ああもう、まずはあいつをとっちめてやらないと。少し失礼するわ」

直下(あれはたしか、大洗軍の軍師……まさか、エリカさん……)

エリカ「ちょっと!どういうつもりよ!」

みほ「どういうつもりだなんて、そんな……私はただ、エリカさんがあの場を離れる口実を作ろうと……あの人、カチューシャさんのスパイですよね」

エリカ「……あなたも気づいてたのね」

みほ「はい。おそらく、天幕の中に何か罠が仕掛けてあるんですよね……偽のお手紙とか」

エリカ「ええ、その通りよ。今頃、必死で探し回っているでしょうね」

直下(今がチャンス!きっとこの辺を探せば、なにか見つかるはず……)

ガサゴソ

直下「あった!えーっと……こ、これは!今すぐ帰って報告しないと!」

エリカ「ごめんなさい、待たせたわね……あら、どうかしたの?」

直下「い、いえ!何でもないです!そ、それじゃ、そろそろ私、行かなくちゃいけないところがあるんで!」

エリカ「そう。帰るというなら止めはしないけど……気を付けるのよ。またいつでも来るといいわ。こんどこそご馳走してあげる」

直下「は、はい!ありがとうございます!それじゃ!」

エリカ「あの反応、見つけてくれたみたいね」

みほ「はい」

エリカ「……でも、他にもっといい口実があったでしょ」

みほ「いえ。あれも策のうちです。……恐らく直下さんは『江東水軍の都督は大洗の軍師に骨抜きにされている』とカチューシャさんに報告するでしょう。敵の油断も誘えて、一石二鳥の作戦です」

エリカ「だから!それじゃ私の汚名が天下に伝わっちゃうじゃない!」

みほ「やむをえません……勝利のためですから」

エリカ「勝利のためって言っても、あんたねえ!……ちょっと、何する気よ……」

みほ「ほら、いいんですよ……本当に骨抜きになっちゃいましょう……?」

ピャァァァァ……

――カチューシャ軍総旗艦――

アリサ「あ、あの……どうして呼び出されたんでしょうか……?」

ノンナ「……これからあなたに、いくつかの質問をします。正直に答えていただけますね?」

アリサ「は、はい」

ノンナ「それではまず一つ目……先日、敵の小舟が数艘、わが軍の陣地に近づいてきたそうですが、これにどのように対処したのですか?」

アリサ「それはもう、矢の雨を降らせてやりました!」

カチューシャ「ふーん……矢の雨を、ねぇ」

ノンナ「二つ目です。……入ってきてください」

直下「はい。失礼します」

ノンナ「あなたが江東軍の陣地から持ってきたものを見せてください」

直下「こちらです」

カチューシャ「この手紙に見覚えはあるわね?」ペラッ

アリサ「て、手紙!?いえ、こんなもの、見たことありません!」

カチューシャ「ふーん、そう。『先日の10万本の矢の贈り物、お気に召していただけましたでしょうか?いずれ機会を見て反乱を起こし、カチューシャを討ち取ってそちらに参ります。お待ちください。荊州軍司令官・アリサ』」

アリサ「そんな!?身に覚えが!」

カチューシャ「あっさりと降伏したと思ったら、そういうことだったのね。ま、少しは野心があったみたいでうれしく思うわ」

アリサ「違います!敵の計略です!」

カチューシャ「別に、どっちでもいいわ。あなたには特別な仕事を用意してあるの」

アリサ「仕事ですか……?」

カチューシャ「そう。シベリアで木の数を数える仕事をね。それじゃ、こいつを連れてきなさい!」

アリサ「ほ、本当に違うのにぃぃぃ!」

カチューシャ「まったく。ああ、あなたもご苦労だったわね。また頼むわ」

ノンナ「こちらが約束の報酬です」

直下「ありがとうございます!」

ノンナ「……それにしても、本当に彼女は敵に通じていたのでしょうか?」

カチューシャ「どっちでもいいわ。だいぶ訓練を積んで、水軍も育ってきた。もうあいつは必要ないもの。あーあ。エリーシャもミホーシャに骨抜きにされちゃう程度の敵だったわけだし、なんだか眠くなってきちゃったわ」

ノンナ「お休みの用意はできています。カチューシャ」

――江東軍本陣――

杏「逸見ちゃんの計略、うまくいったんだって?」

みほ「はい……ですが、もしかすると、カチューシャさんは気づいていた可能性があります」

杏「ま、それなりに時間がたったからね。そろそろ自前の水軍も育ったころかぁ」

みほ「ええ。……決戦の時は近い、と思います」

杏「決戦かぁ。ま、ここまでよく来れたよ。あともうひと踏ん張り、がんばろっか」

小梅「みほさん、エリカさんが呼んでます」

みほ「あ、はい。今行きます!」

杏「いってらっしゃーい。……さて、そろそろうちの軍も準備が必要かな」

エリカ「私の計略が成功したわ。敵の水軍指揮官アリサはシベリア送りになったそうよ」

みほ「はい、そのようですね」

エリカ「……ところで、水戦の勉強は順調かしら?」

みほ「そうですね……ある程度は、モノにできたと思います」

エリカ「そう。じゃあ、ちょっとした遊びをしましょう」

みほ「遊びですか?」

エリカ「そうよ。今から私とあなたで、対岸のカチューシャ軍を打ち破る方法を手のひらに書くの」

みほ「へぇー、面白そうですね」

エリカ「でしょう?ほら、これを使って書くといいわ」

みほ「ありがとうございます。……はい、書けました!」

エリカ「私も書けたわ。それじゃ、見せ合いましょうか」

みほ「はい。せーのっ……」パッ

エリカ「やはり。同じ文字ね」

みほ「ええ。『火』です」

エリカ「20万の大軍を破るには、火攻めしかないわ。だけど、このままじゃそれは実行できない。一艘に火をつけたところで、他の船は逃げ去ってしまうもの」

みほ「それと、風ですね。この時期に火攻めをかければ、こちら側の陣に火が燃え広がってしまいます」

エリカ「ええ。でも、それを解決できる方法が見つかったの」

――カチューシャ軍総旗艦――

ノンナ「カチューシャ、客人が来ています」

カチューシャ「客?いったい誰よ?」

ノンナ「はい。その前に……荊州の、蝶野亜美はご存知ですか?」

カチューシャ「ああ、あの人物鑑定の。大洗の軍師、ミホーシャのことを『臥龍』って言った人でしょ?得られれば天下を取れる、なんてバカな話、カチューシャは信じてないけど」

ノンナ「はい。その蝶野亜美です。……では、もう一人、得られれば天下を取れると評された人物がいることをご存知ですか?」

カチューシャ「ううん、知らないわ」

ノンナ「『鳳雛(ほうすう)』の冷泉麻子。彼女が策を携えて、カチューシャにお会いしたいとのことです」

カチューシャ「すごいわマコーシャ!兵法についても、政治についても、こんなに深く話せる相手は久しぶりよ!」

麻子「……そんなことはない。私くらいならばそこら中にいる……『臥龍』の西住さんとかな」

カチューシャ「さあ、もっとじゃんじゃん料理を運ばせるわ!いっぱい食べるのよ!」

麻子「いや、もう食事はいい……それより、ケーキはないのか?」

ノンナ「取り揃えてあります……こちらをどうぞ」

麻子「おお!」

カチューシャ「さあ、ロシアンティーもお飲みなさい!……きゃあっ!」

麻子「…………こんなに大きな船だというのに、随分と揺れるんだな」

カチューシャ「全く!本当に嫌になっちゃうわよ!食事を邪魔されるだけならまだしも、兵達の船酔いも全然治まらないんだから!」

麻子「……そうか。喜べ。私の策というのは、ちょうどそれについての策だ」

カチューシャ「なんですって!早く聞かせなさい!」

麻子「そう焦るな。……船が揺れるのは、なぜだと思う?」

カチューシャ「なぜって……そりゃ、水の上だからでしょ」

麻子「そうだ。なら、陸の上と同じにしてやればいい。……船と船を、鎖で繋ぎ合わせるんだ。そうすれば、ある程度揺れは治まるだろう」

カチューシャ「船同士を鎖で!?」

麻子「ああ。大船を中央にして、すべての船を繋ぎ合わせる。それが揺れを鎮める方法だ」

カチューシャ「……そんな方法があったのね!ノンナ、聞いたでしょ!?今すぐ鎖を用意させなさい!」

ノンナ「はい、直ちに」

麻子「これで、一食分の代金くらいにはなったか?」

カチューシャ「もちろんよ!さすがは『鳳雛』のマコーシャ!これで兵達の船酔いも治まって、ようやく対岸の江東軍を踏みつぶしてやれるわ!」

麻子「それは何よりだ……カチューシャ、お前は何のために統一をするんだ?」

カチューシャ「何のために?決まってるじゃない!戦乱を終わらせるため……そして、カチューシャの力を天下に知らしめてやるためよ!」

麻子「……そうか。わかった。それでは、私はこれで帰らせてもらうぞ」

カチューシャ「もう帰っちゃうの?このままカチューシャのところに仕官しても構わないのよ?」

麻子「……いや。私はおばぁが『おまえもいい加減どこかに仕官しろ』とうるさいから、一度試しに来てみただけだ。あまり長居する気はない」

カチューシャ「……そう。わかったわ。それじゃ、カチューシャが江東軍を一飲みにして、天下が定まったらまた来なさい!」

麻子「ああ。……天下が定まったらな」

麻子(ふぅ……上手くいったみたいだな。まさか、おばぁの見舞いに行くのに江東水軍の船を使わせてもらった恩を、こんな形で返すことになるとは)

ダージリン「少々、お待ちになってもらえるかしら?江東の回し者さん?」

麻子「……!」

ダージリン「『船同士を鎖で繋ぎ合わせるように』と全軍に通達が出たの。あなたの差し金でしょう?」

麻子「……さあな。私は船が揺れなくなる方法を進言しただけだ」

ダージリン「互いにつながれた船団……そんな状態で火攻めを受けたら、たまったものではないでしょうね?」

麻子「勘ぐり過ぎだ。だいたい、この風向きで江東軍が火攻めを使うはずがないだろう」

ダージリン「ええ。そこが解せないわ……ただ、彼女たちはここが地元だもの。何か、私たちの知らないことを知っていても不思議ではなくて?」

麻子「……なら、それをカチューシャに進言すればいいだろう」

ダージリン「あらあら……別に私は、江東軍の火攻めを防ぎたいわけではなくってよ?」

麻子「何?」

ダージリン「ここでカチューシャ軍が勝てば、乱世はこれで終わり。平和な世がやってくるわ。……でもそれでは、面白みに欠けると思わない?」

麻子「……思わないな。眠い時には寝たいだけ寝ていられる、平和な世の中の方が何十倍もマシだ」

ダージリン「あら、そう。……私たちだけがこの陣から離れて、火攻めに合わないですむ方法……考えてくださる?」

麻子「……嫌だと言ったら?」

ダージリン「そうね……あなた、この状況で私から逃れて生きて帰ることができるほど、腕が立つとお思いかしら?」

麻子(聖グロリアーナ軍、ダージリン……かつて最強と言われた武将、アールグレイの元配下……逃げるのは無理だな)

麻子「わかった。教えてやる……そうだな。『西域に反乱の兆しがあり、許昌を落としかねない』とでも言ってみろ。さすがに全軍を退却させることはしないだろうが、機動力に優れた聖グロリアーナ軍だけは押さえに回される可能性が高いだろう……ほら、これでいいか?」

ダージリン「ええ。感謝するわ。……行ってよくってよ。おみやげは必要かしら?」

麻子「いや、遠慮しておこう。……フィッシュ&チップスは口に合わない」

ダージリン「あら、そう。それでは、ごきげんよう」

麻子(消えた……?いや、気配を絶ったのか。恐ろしい奴だ)

麻子「悪いな、カチューシャ。お前の語る『統一』が、私にとっては恩を返すことより魅力的に映らないんだ。……さて、あとは風を待つだけ、か」

みほ「次回、ガールズ&パンツァー『バトルシップ・ウォー!』」

今回は以上です。
次あたりでいったん完結予定。
お読みいただきありがとうございました。

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