大石泉「携帯が壊れた」 (21)

まえがき

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・地の文
・申し訳程度のシリアス
・アイドルたちがアイドルになる前のお話

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「あっ」

それは言い訳のしようもなくただ単に反射でこぼれてしまった無防備な声だった。
視線を注ぐ先には私の手をすり抜けた携帯があって、芸術的なことにその真下には水たまり。
脳は処理落ちを起こしたようにスローモーションで、どうにかそれを視界に捉えようと追いかけ続けて。
だけど残念ながら、反射神経とかがとっさに私を動かしてくれることはないらしい。
そして重力とはこの地球にある限りあらゆる物体に適応されるものである……まあ、つまり。

ぼちゃん。

と、痛快な、それでいて悲痛な音を立てて、いまや喋る事すらある文明の利器はまさしく物言わぬ文鎮になった。



「やっちゃった…………」

とりあえず回収した携帯の様子を見る。
ちなみに、パソコンと比べてそこまでこだわりはないので流行に合わせてスマートフォンだ。
買ってもらったのも最近のことなのでそれなりに新しい。
ホームボタンを押しても電源ボタンを長押ししてもうんともすんとも言ってくれない今となっては、
ただただ虚しいばかりだけど。
家に帰ったら充電ケーブルを繋いでみたりして、マニュアルを読みながらやれるだけのことはやろうと思うけど、
正直なところ望み薄だった。
油断して歩きスマホなんてするものじゃない。
世の中理不尽なもので、いつだって教訓を実感するのは手遅れになってからなのだ。

「夏休みの最初からこれかぁ……幸先悪いなぁ」

暑さに加えて想定外のハプニングを貰ってものすごく気が滅入る。
あまり外に出たいとは思わないこの季節、当然ながら理由があっての外出だ。
その理由というのは、私が中学三年生であるということと、夏休みというイベントを照らし合わせれば
多くの人が想像できるだろう。
そう、受験勉強……塾の夏期講習だ。
……だから、私の足取りの重さ加減についてはそっと察してほしい。
ただ、泣き面に蜂な今の私にうってつけの心のよりどころも私の行く先にはあるので、
心情的には鉛くらい重たい足をどうにか動かすことにした。
二人には悪いけど、ちょっと愚痴を聞いてもらうことにしよう。

「えぇ!?携帯、落として壊れちゃったの?」
「いずみにしては珍しいポカやなあ。疲れてたん?」
「いや、そんなつもりは無かったんだけど……気を抜いてたのかも」

おおよそ予想通りの反応を返してくれた二人はさくらと亜子、学校と学年が同じの昔馴染みで、その辺りの縁で塾も同じ。
志望校も……一応、同じだ。今のところは。
とにかく、もうだいぶ気心の知れた仲だから、こういうトラブルごとの話をするにはうってつけだったりする。
学校や塾についてから授業が始まるまでの雑談の時間は心のオアシス。
重い気分を引っ張ってさらにヘビィな授業を受けたくはないよね。

「確かアレ、まだ買ったばっかりよね?なら保険とか利くだろうからちゃんと調べとき。結構その辺のサポート不親切なことあるから」
「ん、ありがと。買った時についてきたものは一通り取っておいてあるから、確認しておく」
「アコちゃんは抜け目ないよねぇ。やっぱり頼りになるぅ」
「モチのロンやで!そういう無駄はどんどん削らんとな!」

あっはっはー、と豪快に笑ったところで周りの視線に気づいて、居心地悪そうにちょっと縮こまる。
そんな亜子の様子に、つい吹き出してしまった。

「ちょっとー、笑うことないじゃない、ねぇ?」
「いやいや、だって、ねぇ?……ふふっ」

私と亜子に同時に同意を求める視線を向けられたさくらは、困ったように誤魔化し笑い。
そして。

「で、でもぉ、私も今のアコちゃん、ちょっと面白かったかなー……って。えへへ」
「うあー、さくらの裏切り者ぉー……」

2対1。多数決に敗北した亜子は、机に突っ伏して轟沈した。

流石に受験期の夏期講習ともなるとハードさもひとしおで、私たちが解放されるのは
折角長くなった日も完全に落ち切ったような時間になる。
帰り道も途中までは三人一緒。
日差しがない分帰りはちょっとだけ楽だけど、行きと比べて結構疲れてるから大差ないかも。

「あーうぅー……勉強したことがざるみたいに抜け落ちちゃう気がするぅ」
「さくらにとって勉強はざるの細かい網の目もくぐり抜けるくらいの扱いなんやなぁ……」
「まさしく詰め込み、って感じだよね。一度に全部覚えるのは無理でも、何度も覚えなおして身につけないと」
「でもさ、これに加えて学校の宿題もあるんだよぉ……?もーやになっちゃう」
「だぁー!もうやめやめ!せっかく今日は勉強から解放されたのにこんな話ばっかりしてたら気が滅入るわ!」

最初に悲鳴を上げたのは亜子だけど、三人とも心は一緒だった。
さて、どうにかして話題を逸らそう……と無言の同意があったうえで。
困ったことに話題とは考えようとしてしまった時点で浮かばなくなるものだ。
会話のない空白。これはこれで気まずい。

「ぐぐぐ……しくじった」
「会話って、一回流れを切っちゃうとたまにこうなるよね」
「私もう、疲れ切った頭を使いたくないー。冷たくてあまーいアイスとか食べたいな」
「そういう誘惑に負けると、お財布が軽くなっていくんやで……」
「うっ」
「それにこの時間に間食すると、いろいろ気になるよね……」
「うぅー……ふたりともひどい」

つい二人で集中砲火したら、さくらがへこんでしまった。
早めに機嫌を直してもらわないと、さくらはたまーに爆発する。
いや、怒っても怖いというよりは可愛らしいんだけど、結構長続きするからなだめるのは大変だったりするのだ。

「あー、そうだね。おすすめのアイス屋さん知ってるから、今度みんなで食べに行かない?」
「ほんと!?」

でまかせである。そういうのに詳しいのは私よりもむしろさくらだ。
亜子には一発でばれてしまいそうなごまかしだけど、視線を向ければ合点承知とばかりに
共犯者の笑みを浮かべてこっそり親指を立てていた。

「へぇー、そうなんか。そう言うくらいだから、いずみの奢りで?」
「そんなわけないでしょ」
「えー、私も奢ってほしいなぁ」
「さくらも乗らないで。私のお財布事情だってそんなに余裕ないんだから」
「ま、仕方ないなぁ」
「でも楽しみだね!アイス食べるためにふたりとお出かけなんて、ちょっとぜーたく?」

どうしよう、でまかせだったのにうやむやにしづらくなってしまった。
考えが甘かった。さくらのキラキラした笑顔は、こういう時にすごく困る。
……うん、亜子も露骨に目を逸らしてるし。
これは、そうだね。
巷で話題のアイスクリーム屋さんを探すっていう、夏休みのタスクが一つ増えたみたい。

「……駄目だ。もう完璧に駄目になってる」

家に帰ってから、沈黙した携帯をマニュアル片手にどうにか復旧できないかと試してみていたけど、
どれも空振りに終わってしまった。
やっぱり耐水を謳っていない機械に水は大敵だったらしい。
諦めて次は保証書やら何やらを探してみよう。
保証期間は……問題なし。あとは水没に保証が利くかどうかだけど……。
目が痛い。ここまでの作業でだいぶ疲れたらしかった。
塾帰りにこれ以上アナログの小さな文字と格闘する時間は取りたくないなぁ。
かといってデジタルの作業ならやれるかというと、それはそれでちょっと重たい。
――休みは長いし、今日はもう寝ちゃおうかな。
使いすぎると気づいたら手遅れになりかねない理論を、休みが始まったばかりという余裕から振りかざしてみる。
ぼふ、とベッドに転がれば体が沈み込む感覚が心地よく、眠気はすぐに訪れてくれた。





「んん…………」

おぼつかない意識が、ちょっとずつ目を覚ましていく。
カーテンの隙間からは明るい日差しが漏れていて、セミの声も聞こえてきた。

「あれ……もう、9時?」

壁にかかった時計を見て、違和感。
おかしい、夏休み中はアラームを8時に……。

「ああ……そうだ、携帯」

壊れた携帯が目覚ましになってくれるはずもない、実にシンプルな答えだった。
休みだからと言って生活リズムは崩したくない。さもないと夏休み明けが大変なのだ。
仕方ない、目覚まし時計も部屋のどこかに置いてあるだろうし、後で探さないと。
それにしてもこうしてミスが続くと疲れてるのかな、と自分で心配になってしまう。
ああ、でも暑くてバテてるのは事実かも知れない。
目覚ましと清涼感と活動に必要な水分を求めて、私はリビングへと足を向けることにした。

さて、昨日の調べものの続きをして、どうやら負担はほとんどなしで修理してもらえることがわかった。
そのことをお父さんとお母さんに伝えて、携帯を壊してしまった不注意に軽くお叱りを受けながらも
自力で調べたことを褒められて。
私だってもう子どもじゃないのに、なんて言いながらちょっと嬉しかったことはさておき。

数か月前までは当たり前だったのに、携帯電話がないということが思いの外不便であることもわかってくる。
携帯なんてなくてもノートPCがあれば大体のことは何とかなる、とはその便利さを知る前の私の言。
確かにできないことは多くない……けど、やっぱり快適さはけた違いだ。
ふとした時にさっと起動して調べものをして、またすぐにスリープさせられる、というスムーズさは替えが利かない。
ノートPCも持ち運べるけど起動するには落ち着いた環境が欲しいし、いくら軽量化が進んでいるとはいえ少し重い。
そして失われた手軽さが一番問題になるのは、SNSだ。
一応PCにもインストールはしてあるけど、作業中は集中したいので通知を切ってしまっている。
気付いたら返すようにはしているとはいえ、間が空いてしまって会話が弾まない、というパターンが増えそうなものだ。
もっとも、没頭していると携帯があってもなくても通知に気付けず返信が遅れてしまうことは多々あるのだけど。

とりあえず、さくらに自分からメッセージを送っておきながら、その返信が30分前に来ていたことに
たった今気付いた体たらくについては、ぜひとも反省したい。

『そういえば、携帯壊れちゃったからすぐには返事できないんだっけ。ゆっくりまってるからねぇ』

と、可愛い顔文字付きで気遣われてしまったことも、かな。

些細なハプニングやトラブルに彩られながら、気づけば夏は深まっていく。
だからといって壊れた携帯に感謝をするつもりはないけど、飽きない日常のおかげで私は目を逸らしていられた。
改めて対面して、直視することを強いられるその時までは。

「大石さん、やっぱり志望校のランク、もう1、2段階上げられると思いますが……」
「学力的にはそうだと、わかっています」
「どうしても、そこがいい?」
「…………はい」

肯定した。でも、迷っていた。迷ってしまっていた。
先生のいう事はもっともで、私が志望校にしている場所は私の成績を見るに、既に合格圏内だ。
わざわざ塾に通わなくても、自学自習の範囲で受かってしまえるくらい。
それに、少し専門的な学校、レベルの高い授業にも興味はあった。
……だけど。
幼馴染で、親友の二人の顔が浮かぶ。
三人で決めた場所だった。私は大丈夫だけど、亜子にとっては少し高めの目標で、
さくらはかなり頑張らなきゃ届かないところだった。
私に合わせて選んでくれた場所を、二人だって他に行きたい場所があったかもしれないのに、
そこと定めてくれた目標を、私はやすやすと飛び越えてしまおうとしている。
それが申し訳ないし、嫌だった。

「それなら、せめて。受験だけでもしてみませんか?受かっても入るかどうかは最後まで変えられます。選べるに越したことはありませんよ」
「そう、ですね」
「そうでしょう?でしたら、一つ上のクラスでの授業を受けてみませんか。恐らく、そちらの方が大石さんのレベルに合っています。」
「……考えてみます」

遠回しな肯定。
お互いに譲歩した位置、だろうか。それとも私が上手く乗せられただけかな。
塾として欲しいのは生徒が良い高校へ合格したという実績だ。
それ以上でもそれ以下でもなくて、だからその後どうするかは干渉しない。
これはお互いにとって都合の良い部分を受け取るギブアンドテイクで、とても合理的。
それでも胸が痛むのは。
二人を裏切る可能性を捨てることができなかったからなんだろう。

私の選択は、思いの外すぐ私たちに影響を与えてきた。
塾のクラスが変わるということは、授業の合間に亜子やさくらと駄弁る時間も少なくなってしまう。
それくらいなら承知の上だったけど、授業の時間そのものまで違うとは思わなかった。
行き帰りくらいは一緒にしよう、なんて考えていたのに、そもそもそれ以前の問題だ。
直接会う機会が少なくなって、SNSでのやりとりはおぼつかない。
そうなったのは、私がレベルの高い高校を受けるため、だなんて。
これじゃあまるっきり、二人を捨てたみたい。
……そんなつもり、ないのに。そんなことしたいだなんて、思ったことも。

本当にない?

不意に冷たい問いが頭に浮かぶ。
ううん、自分からそうしたいと願ったことは絶対にない。
だけど、天秤にかけたことは。
自分のこの先と親友とをはかりに乗せてどちらが傾くか、考えたことは、ある。
それどころか、今も天秤は不安定に揺れ続けている。

それは、二人を裏切ること?

だとしたら、やめたい。だとしても、やめられない。
これはきっと私だけじゃなくて、私たちにとって大事なことだから。

……ああ、だから。
このまま少しずつ疎遠になって、私の心の中で二人が占める割合が軽くなって。
そうやって天秤が独りよがりに答えを出すのが、嫌なんだ。
なら、ちゃんと話さなきゃ。大切な親友に、この気持ちを、この悩みを。

決めるのは、それから。

ちょっとした下調べを済ませて、さあ腹を割って話そう……と、私ひとり意気込むわけだけど、問題はその手段で。
会って話すには時間を合わせようとすると難しくなる。
休みの日ならその点は問題ない。ただし休みは多くないし、すぐでもない。
そうすると電話で話すのが妥当だけど、携帯は修理の真っ最中で使えない。
手段は限られているようで、しかしそれは自然と私の中で定まった。

「お母さん、昔の連絡網ってどこかにしまってあるよね?」
「ええ、確かリビングの戸棚の……どこだったかしら。確か、上から三番目くらいに入れたままになってるはずよ。……どうしたの?」
「ううん、ちょっとね」

お母さんに教えてもらった場所を探せば、確かに何年か分の連絡網がすぐ見つかるようにしまってあった。
最近は社会的にいろいろ難しいらしくて、紙の連絡網が配られることはなくなってしまったのだけど。
もう少し漁ればもっと昔のも出てくるだろう。ただ、今はこれで十分かな。
つまりそういうこと。携帯電話じゃないなら固定電話という、簡単な話だ。
携帯の番号は今や登録したものを呼び出すだけだから自分で覚えてないし、こういう手段を頼ることになる。

確か……そうだ、小学校の6年生のときは二人と同じクラスだったっけ。
宿泊行事があるから、同じクラスであることを喜んでいた覚えがあった。
リビングにある電話の子機を持ち出して、自分の部屋の机に3年も前の連絡網を広げる。
ええ、と。二人の番号は何処だろう。
こういうのは確か団地とかである程度まとまってるから……なんて、連絡網をなぞって名前を探していると、ひどく懐かしい気持ちになる。

昔はこうやって遊びに誘ったりするのも当たり前だった。
あのころは連絡網の並び順なんて全然気にしたことはないし、どの連絡網のどのあたりに
誰の番号が載っているか、ものによっては番号そのものまで覚えていた。
でも今は、こんな事情でもなければ進化した文明の利器に頼ればいい。

それになんというか、気恥ずかしいし。
まさしくこんな機会でもなければ、だから、折角だし昔みたいに話してみたいなって。
そう思ったのが一番の理由かもしれない。

「ん、あったあった」

最初に見つけたのは亜子の名前。正直ちょっとほっとした。
先に話すなら亜子かなぁ、と漠然と思っていたからだ。
さくらはまっすぐすぎて、まだ整理できていない想いを伝えようとするのはちょっとつらい。
かといって、さくらの名前を先に見つけたのにそれを飛ばしてしまうのも嫌だった。
私以外誰も気づかない、誰も気にしないような些細な事だって、わかってはいるけど。

「すぅ、はぁ……」

間違えないように番号を何度も何度も反芻して、深呼吸。
やっぱり、緊張する。
気心の知れた友人に電話するだけだけど、その“だけ”が思いの外重たい。
よし、と意気込んで電話番号を入力。ぴ、ぽ、ぱ、というちょっと古めかしい電子音が小気味よく響いた。
4,5回ほどコール音を繰り返し、がちゃりと応答を告げる音がする。

「もしもし、土屋ですが」
「もしもし、――中学校の大石泉と申します。土屋亜子さんはいらっしゃいますか?」
「ん、いずみ?亜子だけど、どしたん?」
「あ、亜子だった?えっと、ちょっと話したいことがあるんだけど、今時間いいかな」
「わかった、大丈夫やで。それで、わざわざ電話までかけてきたご用件は?」

今になって、他愛のないやりとりも惜しくなってしまう。
でも、それで目的を見失ったまま与太話をするだけなら電話した意味がないから、ちゃんと用件を告げた。

「相談、したいことがあるんだ」
「……ふむ?お小遣いがピンチー、とかだったら私直伝の節約術と前借り術を伝授してあげるけども」
「ううん。……もうちょっと、シリアスな話かな」
「あー……ごめん、変な茶化し方しちゃったわ」
「いいよ、大丈夫」

多分、少しだけ落ちてしまった声のトーンから何かしらを察してくれたのだろう。
おどけて、そのくせすぐ反省して。
いつもの……いや、いつもそうではないけど、私のよく知る亜子だ。

「進路の話。……今更、迷っちゃっててさ」
「ああ……せやろなとは思ってたよ。塾のクラスも変えたくらいやし」
「……怒ってる?」
「まあ、少しはなぁ」
「ごめん」

出せた声は小さく、か細く。もうちょっとしっかり謝りたかったのに。
受話器から聞こえるちょっとざらついた声は、それでも優しげな響きと共に、でも、と続ける。

「でも、許す。こうしてちゃんと私に相談しようとしてくれたんやからね。」
「……!うん、ありがと」
「それで、さ。いずみはどうしたいの?」
「どうしたい、か。亜子やさくらと一緒の学校には通いたいんだ。でも、将来のこと、考えると……不安になる。
今から、一つでも高い場所に行くべきなんじゃないかって」
「ん、いずみがそう考えるのも、わかるよ。私だっていずみが抱えてる事情とか、知らないわけじゃないし」

そう、私たちは多分、おたがい家族の次に近い場所にいる幼馴染だ。
私の事情を知っているから、亜子は……そしてさくらも多分、私の言葉には理解を示してくれる。
だからそのまま口にしたりしないけど、引き留めたい気持ちだって伝わってくるに決まってるんだ。
いっしょにいたい。その気持ちは同じで、それだけを見つめていられない苦さも、一緒に感じていて。
でも。

「だけどね、亜子……」
「いずみ、これだけは絶対忘れないでね」
「……うん。なあに、亜子?」
「いずみが、私が、さくらが。どんな道を選んだとしても、私たちは幼馴染で、親友なのは変えたくないってこと」
「……っ……、うん……。わざわざ確認しなくても、わかってる、よ」

ああ、もう。
そんなこと、そんなこと。
当然じゃないか。そんなの、疑う余地もどこにもなかったじゃないか。
もしかしたら疎遠になっていくんじゃないかって?ありえない。
亜子がくれた言葉と、私のこの気持ちが、天秤に乗っかり続ける大切な重みを証明しているんだ。
物理的な距離が離れても、それが全部になんてならない。そうだよね。そうなの。
……だから、それじゃあ、不覚にもちょっとだけ震えちゃう声といっしょにもう一つの相談をしよう。
もっともっと身近な未来の相談を。

「ねぇ、亜子。次の休みに三人で遊びに行かない?」
「……ん、いいねいいねぇ。どこか行くアテはあるん?」
「うん、一応、ね。この前さくらとアイスの話をしたじゃない。それで、折角だから近場で美味しいところ調べてみたんだ」

先ほどまでの下調べはこれのこと。
交通費を含めた値段とかも考えながら探して、ちょうどよさそうなお店を一つ見繕っていた。

「なるほど、嘘からでた真ってやつやなぁ。いずみも律儀なことで」
「亜子だって、ちょっと気にしてたでしょ?」
「う、まぁ、確かにね?さくらのあの笑顔は反則でしょ……」
「同感。それで、亜子は予定とか大丈夫?」
「当然よ。ちょっとした用事くらいだったらスルーしてそっちに行くくらいやわ」

打てば響く、とばかりに返してくれる言葉が心地いい。
お店の名前を伝えたら、ネットからクーポンまで見つけてきてくれて。
ほんと、抜け目ないと思う。
場所と値段で絞り込んで評判を調べはしたけど、クーポンとか、実際に行く時のことまでは考えてなかった。
そもそもネットでクーポンの発想がなかったかも。近代的になったなぁ、なんて。

「それじゃ時間とかもだいたい大丈夫そうね。予算も抑えめだし」
「美味しさについては、口コミを信じるほかないかな」
「そこのスリルも楽しむってことで。まあいずみが見つけたお店だし、信じてるよ。……そしたら、さくらへの連絡はどうするん?」
「私から伝えるよ。手間だけど……さくらにもちゃんと私から話したいから」
「せやね。……そうやったね。ちょっと野暮ったいこと聞いたわ」

亜子の言葉はちょっと遠くへ向けたような声音で、いつもよりしっとりした抑揚で。
多分あんな風に真面目な話をしたからなんだろう。
私の言葉の調子も、いつもより少し変になってる自覚はあるし。
そうやって調子外れに二言三言挨拶をして、通話を切った。

ほう、と、ひとつ大きく息をつく。
別に大した話をしたわけじゃない。
それなりに大それた決心のもとこうやって話を持ち出したけど、交わした言葉の数はさして多くはないだろう。
だけど、なんだかそれで十分だった。
それにやっぱり私たちは3人で。
亜子の言葉と、さくらの言葉。ふたつ合わせて私が欲しがっている気持ちになるんだと思う。

もう一度、連絡網に視線を落とす。
さくらの名前もさっと見つかったので、今度は躊躇いなく番号を入力……とはいかなかった。
中学3年生は気難しいのである。さくらはあんまりそんな感じじゃないけど。
なんて話そうか、とか。やっぱり考えてしまうもので、一度考え出すとまとまるまで不安に襲われてしまう。

ああ、でも、さくらとの会話はよく話題が脱線するんだった。難しく考えるとむしろ
ドツボに嵌って取り返しがつかなくなる。
そんなことを思い出して苦笑した後は、番号を入力する指も軽かった。
さっきも聞いたコール音。何度か同じ音色を繰り返して。

「はぁいもしもし、村松ですぅ」

なんというか、一発でさくらだとわかった。
声の感じは電話越しだからちょっと違って聞こえるのだけど、雰囲気がもうそのままさくらだ。
さくらのお母さんは結構きびきびとした感じの人だから、その対比も相まって脱力してしまうほどにわかりやすい。
亜子の時にわかったことだけど、友人に対して改まった敬語を使うのは結構恥ずかしい。
相手がさくらだと確信できたからには、普通に話すことにしよう。

「もしもし、泉だよ。さくらに用があって電話したんだけど、今大丈夫?」
「あっ、イズミン?うんうん、大丈夫だよ!ちょっとまってねぇ」

次いで、ぱたぱたという慌ただしい音と、扉が開閉する音。
さくらの部屋に場所を移したのだろう。多分長電話するつもりで。

「おまたせー。イズミンナイスタイミングだよ。これで宿題をやらない言い訳ができちゃう」
「まったくもう、さくらってば……。あんまりサボってると後が大変だよ?」
「そこはほら……イズミンとアコちゃんっていうすっごく親切で頭のいい友だちがいるから、ね?」
「ね?じゃなくて。わからないところは教えてあげるけど、見せてあげたりはできないからね?」
「わかってるよぅ……。でも教えてはくれるんだよね!」

はいはい、と呆れた風を装って生返事のふり。
実際のところ。あー、用件も伝えられてないなぁ、なんて考えながら話している辺り、
ふりというよりは本当の生返事になっているかもしれない。
さくらと交わすゆるい会話の、シリアスな話をしようという私の意志を揺らがせる力は亜子との会話のそれ以上で。
これもまた、先に話をするのは亜子の方がいいという理由だった。
後ろ髪を引かれる。すごく。でも、日常はこの話を終えた後にたっぷりと摂取しよう。
意気込んで、言葉を探した。

「ねえさくら、ちょっとだけ、真面目な話をして、いい?」
「んん?……いいよぉ、大丈夫。どしたの?」
「受験のこと。ああ、受験勉強とかじゃなくて、私の進路のこと、かな」
「イズミン……」
「えっと、何も言わないで塾のクラス変えたこと、ごめんね?……私も、こんなに会う機会が減っちゃうなんて思わなくて」
「ううんううん!いいんだよぉ!ほら、だってイズミン頭いいし、私じゃどんなにがんばっても上のクラスになんていけないし、すごいことだって!」

痛い。肯定する言葉が、ちくちくぐさぐさ。
ああ、亜子は優しかったんだなぁ、って。気づいてしまう。
さくらの言葉は、私を否定しないその言葉は、どうしてか心に突き刺さるばかりだ。
誤魔化しとか気遣いだけで出てきた言葉じゃないって、わかっちゃうから。
そう思う気持ち、そう思わなきゃいけないって気持ちも、さくらが抱える本心だって。

「でもね、私……進学先、決められないでいる。多分、しばらく決められない」
「そんなの、すぐに決めなくても大丈夫じゃなあい?」
「でも、いつか決めなくちゃいけなくて。そのいつかまでに、決めきれる自信もないの」
「そうかなぁ?イズミンはしっかりしてるから、いざって時はびしっと決めてくれると思うんだけどぉ」
「わかんない。どっちが大事かなんて、単純に比較できないんだもの」
「……イズミン、もし、もし、だよ?イズミンにやりたいことがあって、三人で一緒の学校よりもやりたいことが出来る場所があるなら」
「…………」
「気、遣わないでね?」

そんな、言葉っ……。
ああ、ああ、こんなんじゃあぐちゃぐちゃだ。
どんなに心で繋がったって、会って、話して、一緒に居たいと思う気持ちを抑えられない。
同じ朝に目を覚まして、同じ道を歩いて、同じ電車に乗って、同じ学び舎で、同じ授業を受けて。
ぜんぶぜんぶ、魅力的に映って仕方ない。
怒られた方が安心して、認められた方が傷ついて、気を遣うなと頼まれればふたりへの想いが止まらない。
どうしてこんなにも、ぐちゃぐちゃで、あべこべなんだろう!

空いた手が振り上がる。どこかにこの激情をぶつけたかった。
だけど、振り下ろせない。受話器を通じて、さくらがすぐ隣にいるから。
行き先を失った想いが溢れ出て、視界はぼやけるし声は震えるしで、もうどうしようもない。

「っ、さくら、あこ……」
「なぁに、イズミン?」
「わたし、きめられないよぉ……」
「……時間、いーっぱいあるよ。だから、私とアコちゃんがイズミンを大事に思ってる気持ちも、イズミンの気持ちも、伝えて、整理する時間、まだたくさん」
「うん……」
「ね、今度のお休みとか、どこかに出かけようよ。楽しいこと、しよぉ?」
「うん、それなら、ね……。さっきあこと相談して、いっしょに、アイス食べにいこうって」

ぐす、と嗚咽を漏らしながらのおぼつかない受け答え。
返ってくるさくらの言葉は、それでもどこかうれしそうで。
なんでだろ。
なんでこんなに簡単に、涙が止まらなくなっちゃうんだろう。
心は全部ブラックボックスで、私自身にもそのアルゴリズムを見せてくれない。
ものごとは論理的に考えるものだ。なのにそれは私をめちゃくちゃにかき乱す。
だから迷ってしまう。決められなくなる。
いっそどちらかしか選べなくなれば、すっぱりと諦められるのだろうか。
……それは逃げてるだけか。

「それじゃあイズミン、また今度会おうねぇ」
「うん、ばいばい、さくら」
「ばいばぁい」

あれ、もうお別れの挨拶だ。
おかしいな、さっきまで何を話していたか、全く思い出せないよ。
電話が切れる。つー、つー、というちょっとやかましいはずの音も遠く。
私は両手をぶらんと放り出して、座り込んだまま呆けている。
ふたりと話して、それで結論が出る事はなかった。
むしろ悩みは深刻化して、私の頭を埋めていく。
でも、それが正しいんだと思う。
天びんが軋むのは、両の皿に乗せたものの重さを、ちゃんと認識できた証拠だから。
悩んで、泣いて。たぶんそれくらいがちょうどいいんだ。


「あ、やっと見つけた。亜子ー、さくらー」
「あっ!もー、おそいよイズミンー!」
「ごめんごめん。集合場所勘違いしちゃってて」
「携帯、もう直ってるんよね?連絡してくれればすぐだったのに」
「…………あっ」

壊れたときはいろいろ不便で困っていたのに、直ったら直ったで存在を忘れてしまっているあたり、
どうやら私と携帯の相性は良くないらしい。
約束通りの休日のお出かけ。
まあ、ものの見事に最初から遅刻してしまったわけだけど。
ともかく、色々と気分転換には悪くないわけで、結構楽しみにしていた。
考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、それを置いて遊ぶ日が一日くらいあってもいい。

「時間も勿体ないし、行こ行こ」
「そうだねぇ、出発進行ぉー!走るよーっ!」
「といっても、駅はすぐそこなんだけどね」

きーん、と両手を広げながら走っていくさくらに苦笑しながら追いかける。
改札を抜けて、予定より一本遅い電車に乗って4駅ほど。
都会というほどではないけど、そこそこに賑わっている場所がここだった。
目的地は駅を出てから徒歩10分くらい、だったと思う。

「道順は……サイトに地図とか載ってたかな」
「住所は載ってるだろうし、最悪地図アプリに入力すればええんやない?」
「ん……あぁ、あったあった。載ってたよ、地図」
「ふふん、つまり私はぁ、イズミンについていけばいいんだね?」
「こら他力本願」
「えっへへー」

とはいえ今回のお出かけでさくらはゲストみたいなもので、私と亜子が企画者側であることは間違いなかったりもする。
さてはて、到着したのは小洒落た喫茶店風のお店。
この辺りだと比較的有名らしいけど、ぱっと見た感じ人の列ができている、というほどではなくて一安心。
流石に、うだるような暑さの中で列を作るのは遠慮したかった。

「わぁー、おっしゃれー」
「せやなぁ。ちょっと肩身が狭い感じがするわ」
「そんなに気にしなくても。あ、はい、3人です。お願いします」
「イズミン……慣れてる?」
「現代っ子って怖いわあ」

お店に入ってそそくさと人数を告げる。
二人からの奇妙な視線を感じながら、案内されたテーブルへ。
営業スマイルだとしても綺麗な笑顔の店員さんに会釈を返してメニューを広げた。

「やっぱりプログラミングやってると、こういうお店にプレッシャー感じなくなるん?」
「そんなわけないでしょ。ほら、メニュー見て」
「おー……きらびやか」

色んなフレーバーのアイスクリームやパフェなんかが所狭しと載せられたメニューは、
見ているだけでそそられるものがある。
ただ、目を輝かせてメニューをにらむさくらの様子を見て、私は選ばなくても大丈夫そうだ、と。
そんなちょっとした経験則も含んだ予感がした。
ドリンクだけ心の中で決めてしまって、さくらを観察する。
予想通りというかなんというか、既にうんうんと唸っていた。
待っていても決まらないような気がするので、少し急かしてみる。

「さくら、決まった?」
「えぇっとぉ……もうちょっと待って!しょしかんてつのアイスクリームにするか、それともごーせいにパフェにするか……悩むよぉ」
「……いつものさくらやな」
「だね……。しかも具体的なメニューじゃなくて最初で躓いてる」

要するに、ことスイーツに関してさくらはとんでもなく優柔不断なのだ。
メニューを絞ってきた辺りで私と亜子が助け舟を出すのがいつもの流れ、なのだけど。
今日に関してはよりどりみどりなものだから、選択肢が3つになるまででも時間がかかりそう。
アイスとかパフェの類を、一人一品以上は……あんまり考えたくない。
量が多いと食べ終わる前に溶けて凄惨なことになる未来が見えて仕方がないから、やっぱり駄目だろう。

「……亜子」
「長丁場になりそうやね……さくら、メインは良いから先にドリンク決めて」
「う……はぁい。それじゃあ、私はホットココアで」
「私は……せやな、とりあえずオレンジジュースにしとこか」
「私はアイスティー。それじゃ、飲み物だけ注文しよう」
「二人とも、アイスを食べるのに冷たい飲み物ぉ?アコちゃんはオレンジジュースなんて、あまーいアイスを食べるんだよ?すっぱいよ?」
「それじゃあ、さくらはどのアイス食べるか、すぐ決められるん?」
「うっ……ごめんイズミン、私アイスココアにする」

まあ、つまり。
三人とも、一杯目のドリンクはアイスの注文の前に無くなるものと見ている訳だ。

「……うん、決めた、決めたよぉ……。どうにか、みっつ」
「お疲れ。それじゃあ三人で頼もうか」
「でもでも、ほんとうにいいの?ふたりだって食べたいものとか」
「ええよええよ。もともとさくらを連れてくために来たみたいなものだし」

さくらの断腸の思いの成果を三品、それとドリンクのおかわりを注文して、またしばし待つ。
それでも、あれやこれやと注文を検討していた時間と比べれば、随分と短い待ち時間なんじゃないかな。
とはいえちょっと手持ち無沙汰。そんな中で口を開いたのは亜子だった。

「ねえいずみー、さくらー、ちょっとした儲け話というか……夢を追ってみない?」

唐突な話に首をかしげていると、亜子はスマートフォンの画面を私たちに差しだす。
画面に映し出されていたのはどこかのウェブサイトで、その内容は。

「アイドル、オーディション?」
「個性と絆と愛らしさ、3つの魅力で3人組。アイドル界に新たな波を巻き起こす新風を目指してみませんか?……ねぇ」
「どう?」
「どう、と言われても……私たち、受験生だよ?」
「アイドルかぁ……憧れるよねぇ」

亜子はうんうん、と機嫌よさげに頷く。
さくらはともかく、私の反応は無視しているんじゃないだろうか。

「もちろん、私だって考えなしに突拍子もなくこんなことを言ったわけじゃなくてね?ほら、これ見て」
「オーディション日程……えっ、2週間後じゃない!それこそ無謀でしょ!?」
「ふっふっふ、甘い甘い。なんとこのオーディション、ダンスとか歌とかそういうのを重視せず、3人組としての華とか関係とかを見るって書いてあるのよ」
「えーっと、つまりぃ?」
「狙える、ってこと。日程も運よく塾の休みと重なったし、チャンスがあるならやってみたい」

亜子の声音はまじめそのもの。
時折口にする冗談のような儲け話の時とは、全然違う。
どうしてか、本気で私たち3人でアイドルを目指してみよう、と。そう言っているのだ。
でもそれは下手をすれば、いや、上手くいってしまったら私たちの将来を揺るがすことだ。
亜子だってわかってるはず。

「亜子、本気なの?」
「うん。ふたりが嫌なら絶対にやらないけど、価値はあるって断言できる。このオーディションの主催、346プロなんよ。……聞いたことはあるでしょ?」
「えっ、それってあの、シンデレラプロジェクトの!?」
「……!」

聞いたことなら、当然ある。というか、誰もが知っている有名プロダクションだ。
その挑戦が、いかに無謀で、どれだけ背伸びしたものであろうか。
本当に、驚きしかない提案だ。

「もし受かったら、ほぼ間違いなくアイドルとしての道が開かれる。私たちの年齢で、子どもなりに社会に立てるんや、いずみ」
「亜子、それって……!」
「それに、それだけじゃなくて。あーいや、むしろこっちの方が私的には大事なんだけど……。オーディションのキャッチフレーズがええなぁって、そう思ったんよ」
「さんにんいっしょ、だよね?」
「そう、それ!結果がどうなっても、私たち3人はこんなに仲良しなんやでー、って、そういうのを伝えられたら、それだけで嬉しいと思うのよ」

……ずるいなぁ、亜子は。
びっくりするような切り口から、私が欲しいものを全部手に入れるチャンスを見つけてきて。
どんなに勉強ができても、機械を思い通りに動作させられても、亜子と同じことはできそうにない。

「もし、もし、だよ?私たちがそのオーディションに受かったりしたらぁ……それって、私たちの仲良しさをみんなに知ってもらえるってことだよね!」
「そう……なるのかな。どうだろ、亜子?」
「そうに決まってるやろ!このオーディションはそういうものだから、ねぇ?」
「だよねだよねぇ!それに、アイドルだよ?きらっきらだよ?そうなれたら、すっごく嬉しいなぁ!」
「そっか……それじゃあ、目指してみようかな。仲良しアイドル3人組?」

私がそう言うと、二人の顔もぱぁ……っと輝いて。
なんだかなぁ、まだ出ることを決めただけなのに。
折角だから頑張ってみよう、なんて、何を頑張るのかもわからないけど思ってしまった。

「お待たせいたしましたー!」
「ん、来たみたいだよ……へぇ」
「おぉー!美味しそう!」
「ええやんええやん。彩りもいい感じやし、さくらのチョイスの勝利やね」

まるで図ったようなタイミングでカラフルなアイスクリームや、パフェ、アイスケーキが運ばれてくる。
今度はホットで注文した飲み物も一緒にテーブルに置いて、ウィンクと共に店員さんは戻っていった。
ううん、そういえばレビューに店員さんがかわいいとか、そんなようなことも書いてあった気がする。

それはさておき、悩んだだけあって見栄えと贅沢さ、それにバランスの良さもばっちりだ。
王道のバニラとチョコのアイスクリームに和のテイストを加えた抹茶アイスの3点盛りと、
生クリームと糖分たっぷりで甘々のパフェ、口直しに程よい酸味が期待できそうな苺のソースに彩られたアイスケーキ。
弱めの冷房が効いていて涼しすぎない店内も、アイスを味わうにはちょうどいい。
だけどやっぱり、あたたかい飲み物があってこそ、この贅沢さを満喫できるんじゃないだろうか。

「おいしそう……!ねね、はやく食べよう?」
「そうだね、すぐに溶けちゃうわけじゃないけど、私も早く食べたいな」
「ん……よし、写真も撮ったし、ほな、いただきまーす!」
「いただきまぁす」
「いただきます」

それぞれ思い思いのアイスにスプーンを向ける。
さくらはパフェに、私と亜子はバニラアイスに。
口に含むとさらりと溶けて冷たさと程よい甘さが届いてくる。
美味しい。ひとくちでみんなして顔をほころばせている、それくらいには。
一口食べたら、もう止まらなかった。

糖分過多に見えるパフェも甘すぎないギリギリのラインで作られてるし、
それを食べた後の苺のアイスケーキは期待通りのすっきり感も良い。
時折温かい飲み物で小休止を挟んだり。
全員、冷たい物を勢いよく食べて頭痛を起こすお約束もやった。さくらだけ3回くらい。
美味しい美味しい、と食べ続けるうちに、その量はどんどんと減っていって。
気付けば本当にあっという間に、3人分のアイスクリームを食べきってしまっていた。

「ふぅー……ごちそうさまでしたぁ。しあわせ……」
「いやー、ほんまにいいお店見つけたなぁ、いずみ」
「これなら、また来るのもいいかもね」
「私もまた来たーい」

食後の至福感を味わいながらのんびりと駄弁ること数分。
気付けばそれなりにいい時間で、そろそろお店を出ようという空気になる。
まだまだ長い日はようやく沈み始めたくらいだけど、それはやっぱりそれなりに遅い時間になりつつある証拠で。
やっぱりメニューに悩んでる時間が長すぎたのかなぁ、なんて話しながら帰りの電車に揺られる。

最寄りの駅まで帰ってきて、3人そろって家路を歩きながら、胸にあるのは満足感。
それと、これからへのちょっとした期待。

「ね、さくら、亜子。……アイドル、なろっか」
「いずみ?急にどうしたん?」
「改めて、本気で私たち3人でアイドルやってみたいな、って思ったから」
「えへへぇ、それじゃあ猛特訓だね!あと2週間しかないんだから」
「特訓って言っても、何するん?さっきも言ったけど、歌とかダンスはあんまりやらんで?」
「えーっとぉ、それは……ほら!思い出のエピソード探しとか!」
「ふふ、そんなことしなくても。自然体の私たちが誰よりも仲良しだよ」

私の言葉に二人とも目を見開いて言葉を止めて。
それで、自分が結構恥ずかしいことを言っていたことに気付く。
これまたみんなで顔を赤くして、でもきっとこんなのは夕焼けのせいに違いないんだ。
3人で笑いながら、追って追われて、走り出す。
特に理由なんてない。ただなんとなく、そうしたかったから。
そうやって走っていった先に、何かが待っていてくれるのだろうか。
ともかく、今考える事なんて一つくらいだ。

願わくば、この先もさんにんいっしょで笑っていられることを。



おしまい

そんな訳でここまでお読みいただきありがとうございました。
ちょっとでも楽しんでいただけたら幸いです。

ニューウェーブは……思いのほか謎の多いユニットでした。特に泉の弟とか。
色々と知らないことも多い子たちなのでどこかしらに粗があったら申し訳ないです。

ついでに過去作宣伝をば。と、言っても一作だけですが。

二宮飛鳥「彼女はまるで」相葉夕美「お花のようでした」
二宮飛鳥「彼女はまるで」相葉夕美「お花のようでした」 - SSまとめ速報
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