二宮飛鳥「彼女はまるで」相葉夕美「お花のようでした」 (45)

・ちょっと長め
・地の文系
・多分シリアス
・ちょっとキャラ濃いめのプロデューサー

この辺りが駄目そうな方にはあんまりお勧めできないかもしれません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466944885

階段を登り、備え付けられた窓から差し込む日差しに目を細めながら扉を開く。

快晴の青い空の下、太陽の光を浴びてご機嫌な彼女は、まさしく花そのものだった。

事務所の屋上、ボクのお気に入りの場所の一つ。

その一角には大きめのプランターが幾つも並べられたガーデニングスペースが拵えてあり、結構な存在感を放っている。

その主であり、ちょうど今踊るように植物たちの世話をしている彼女こそが、相葉夕美……ボクとユニット「ミステリックガーデン」を組み、ステージを共にする相方だ。

彼女はCDデビューの時期、という意味だけでいうなら同期にあたるのだろう。それ以上の接点は、直接的には存在していない。

だけどボクは、彼女のことを少しだけ一方的に知っていた。

この場所で物思いに耽る時、いつだって視界に彩をもたらす花々。

数ヶ月に一度、季節に応じてそのレパートリーも変わっているらしいそれが、ボクの興味を引きつけることは少なくなかった。殆ど1人で育てているという彼女も含めて、だ。

「やあ。手伝おうか?」

「あっ、飛鳥ちゃん!んー……うん、折角だからお願いしちゃおうかなっ。水やりがまだなんだ」

さて、普段ならもっと遅い時間か天気が悪いときに足を向けるこの場所。

しかし今回は話が別。ユニットを組むのだから親睦を深めるために、という名目で花の世話を一緒にしようと申し出たのはボクだ。

とりあえずガーデニングスペースの片隅に置かれているじょうろに、水道から水を汲んでくる。鍛えていない細腕にはちょっと重い。

「夕美さん、一つ確認をしていいかい。……そう、水やりをあまり要求しないのは、これと、この花だったかな?」

「そうそう、合ってるよ!えーっと、ちょっと待ってね。……うん、こっちは土が乾いてきてるから少しだけお水をあげて欲しいな。他のお花はちょっと多めなくらいでも大丈夫」

土に指で触れて様子を確認してから、夕美さんはそう答える。

ボクのような素人の身にとって、こういった的確な指示はこれ以上なくありがたいというもの。

教わった知識の反復はできてもまだ不安もあるし、その場その場での判断は彼女に任せるしかないのだ。

勿論、それに甘んじることなくボク自身ができることを増やしていきたいのだけど。

じょうろを傾けて、伝えられた通りになるよう水をやる。

水を浴びて光を反射する苗は、それぞれ成長の具合や形状は違っているものの、健やかに枝を伸ばし葉を増やしていた。

さて、ふと思いついてしまった言葉遊びを隣にいる彼女に投げかけずにはいられないのは、ボクの悪癖の一つかもしれない。

「こうして見てるとさ、いつか花開くときの為に育ちゆく花々はボクたちに似ている、と。そう思わないかい?」

「!……ふふ、飛鳥ちゃん、プロデューサーとおんなじこと言うんだね」

「おや、そうなのかい?あのプロデューサーらしいといえば、そうかもしれないが」

「うん。美化活動で公園のお花の世話をしてたときにね、きれいなお花ですねーって話しかけてくれて。育てるときの苦労とか、きれいに咲いてくれた時の嬉しさを話したら、似てますねって言って名刺をくれたんだ。それが、私がアイドルを始めたきっかけ」

少しだけ意外な方向に向かったこの話題、しかしまた少し彼女を知ることができたのは嬉しかった。

ひとしきり語り終えた彼女は、ボクに視線を向ける。その瞳はきらきらと輝いているようにも見えて、少しだけ眩しい。

「ねぇ、飛鳥ちゃんはどうしてアイドルになったの?聞かせて欲しいなっ」

次いで矛先は話題を変えぬままボクへ。

しかし、アイドルになる前のボクのことはあまり思い出したくない。だって、あまりにも狭かったのだ。暮らすセカイも、構築できた人間関係も、きっと心も。

かといって、はぐらかすのも申し訳なかったから、昔には極力触れずきっかけだけ。

「プロデューサーがボクに似てると思ったから、かな。ああ……うん、ボクに言葉を投げかけたのが、プロデューサーだったからなんだろうね。アイドルのスカウトではなかったとしても、それは些細なことさ」

「あ、でもそれわかるかも。アイドルだから、じゃなくて、プロデューサーだから、なんだよねっ」

「そういうこと。そして、もっと大事なのは……今さ。毎日が充実してる。楽しいんだよ。キミとこうして花々の世話をしながら語らうのが、ね」

思えば、我ながら少々ストレートな台詞だ。そんな言葉ばかり口にさせられてしまうのは彼女の人柄ゆえだろうか。

ほんの少しだけ頬を紅潮させながら「お上手だね」なんて微笑む姿は、同性ながらにどきりとさせられるだけの魅力があった。

そう、羨ましくなるほどに。

相葉夕美というアイドルの魅力は、そのどれもがおおよそボクが持ち得ないものだ。

とても快活で明るく、まっすぐな人柄。それでいて美しい花に棘があるように、あるいは毒を持つ花があるように、刺激的な一面も兼ね備えている。

もちろん、ボクにも彼女にはない魅力があることだろう。足りないパーツをお互いに補うように、二つの魅力を引き立てあう。

それこそが、ボクたちミステリックガーデンに求められていることだと、ボクは思っている。

飛鳥ちゃんはきっと、驚くくらいに飲み込みが早いのだと思う。

成長期、なのかなぁ。いい土と、お水と、太陽を浴びてどんどんと育っていくようなイメージ。

二人で育ててるお花は最近になって蕾が膨らみ始めた。私たちのユニットも、きっとそのくらいの立ち位置にいる。

一緒に育てよう、という話をはじめに聞いた時にはちょっと驚いたけど、飛鳥ちゃんは私に教わったこと、飛鳥ちゃん自身が調べたことをとても丁寧に、そして繊細に実行してる。

もう私抜きでもきちんと育てられるんじゃないかな、と思ってしまうくらいには、飛鳥ちゃんはお花を慈しんで、育ててくれていた。

それはそれで、少し寂しいんだけどね。落ち着いているように見えて興味津々で、熱心に私の話を聞いてくれて、それをすぐに吸収していく。そんな姿はいつまでだって見ていたいくらいだった。

だからかな、浮かれてしまっていたのかもしれない。

『一つ、他の花々と様子が異なる花があるんだ。写真を送るから、何かすべきことがあったら伝えてほしい。」

ソロでのお仕事の現場にいる私に飛鳥ちゃんから届いた、そんな文章のメール。

添付されていた画像は育てているお花のうちの一つ。葉の一部はしおれて褐色になっていて、茎の根元が赤っぽく変色していた。

範囲は狭いけれど、それは間違いなくあるお花の病気の症状。

細菌性のものだから他のお花にうつってしまう前に摘み取らないといけない。早いうちに見つけられたから、それは今からでも間に合うはず。

すごく残念なことなのだけど、少しだけ嬉しかった。何故って、理由は2つあって。

飛鳥ちゃんが本当にお花のことをよく見てくれているのだと改めて実感できたから、そして、また飛鳥ちゃんに頼ってもらえたから。

そんなことに跳ねた心を咎めながら、メールの返信を綴っていく。

そう、重ねるようだけど、私は浮かれていたのだと思う。

「えっ?」

「いや、妙なことを頼んですまない。この天気にも関わらず飛鳥が屋上から降りようとしないんだ。夕美からも声をかけてやって欲しい」

夕立のなか事務所に戻ってきた私に伝えられた言葉。

プロデューサーさん曰く、もう2時間以上も何をするでもなくただ屋上にいるのだという。

雨が降り始めたのは30分ほど前。何の理由もなしにそうしているとは思えない。

もしかして。心当たりはあったけど、それはあまりに些細なことで。

でも、思い出してしまったんだ。

昔の自分。頑張って育てていたお花を初めて枯らしてしまった時のこと。

幼い私は悲しくて、悔しくて、わんわん泣いてた。ごめんなさい、って、お花に謝りながら。

そんな想いを彼女が抱いていたとして、どこに不思議があるだろう?


気付けば、私は早足で事務所の階段を上っていた。

もし、飛鳥ちゃんが何か言葉を待っているのだとすれば、それはきっと私のそれだと思うから。

でも、屋上の扉を開いた瞬間、ほんの少しだけ頭が真っ白になった。

何故って、だって。

寂しげな表情で空を見上げる飛鳥ちゃんが、余りにも儚げで。

全身びしょ濡れのその姿が、まるで泣いているように見えて。

そう、今にも散ってしまいそうだったのだ。

なにか声をかけなきゃ、という正体の掴めない焦りに反して紡ぐべき言葉は見つからず、呆けたように口を開いた私を彼女は視界に収めた。

「……やあ。キミに望まれたことは、ボクなりに果たすことができたと思う」

「っ……」

最初の一言。何よりも最初に告げられた言葉は、私の想像が正しいことを証明するようで。

「…………うん、ありがと。お仕事があってそっちに行けなかったから、助かっちゃった」

結局、ありきたりな感謝の言葉しか出てこなかった。

もちろんそれは紛れもない本心。でも、何かもっとかけるべき言葉があるんじゃないか、そう思わずにいられない。

「…………」

「…………」

気まずい沈黙。視界は飛鳥ちゃんを中心に右往左往して、その右手に辿り着いた。

その手の中に収まっているのは摘み取られたそれであろうお花。

根っこも含めて殆ど傷らしい傷も残っていない、どれだけ丁寧に摘み取ったのかと否が応でも想像させる一本のお花が、右手にゆるく握られているのが見えてしまった。

「飛鳥ちゃん、それ……」

「ああ、伝えられた通りにしたまでは良かったんだけど、弔い方までは知り得なかったから、ね」
まるでなんでもないかのような調子。強がっているように見えてしまうのは、気のせいだろうか。

「でも、こんな雨の中ずっとだなんて……」

「雨は好きだよ。こういう時はなおさらさ。洗い流して、禊いでくれるのは、そう……。いや、そうだね、手についてしまった土かな?」

無理やりに濁したような言葉と笑みは、ごまかすためのものなのに、何もごまかせていないよう。

ああ、もう。飛鳥ちゃんのいじらしい姿に、止まっていた足は動かし始める。

「夕美さん?」

飛鳥ちゃんの隣に立って、少しでも安らいでほしくて、ゆるく笑う。うまくできてるといいけど。

そのまま、飛鳥ちゃんの右手をお花ごと包み込むように握った。

冷たくて、私のそれよりほんの少しだけ小さな手。重ねた手から少しでもなにかを共有したくて、私は彼女に触れていた。


言葉も交わさずに、ただふたりで雨に打たれること幾分か。

気づいたら飛鳥ちゃんの左手も私の手に添えられていて、感じる体温も同じくらいになったところで、飛鳥ちゃんが口を開いた。

「もう大丈夫。心配をかけて、すまなかったね」

「……ううん、いいんだよ。それに、謝るのなら私だって」

「謝らないでほしいんだ。これは必要なことだったんだろう?なら、謝る必要なんてどこにもないさ」

私の言葉を遮って飛鳥ちゃんはそう言うけど、素直に頷けないのは、仕方がないことだと思う。

それでも、その言葉を受けてなお申し訳なさそうな顔をし続けるよりは、どうにか切り替えたほうがきっといい。

「それじゃあ、降りよっか。二人ともびしょ濡れになっちゃったし」

「ああ。戻ったら、コーヒーの一杯でも貰うとしよう」

「それと、そのお花。本当なら土に還してあげたいけど、そこから病気が広まっちゃうかもしれないの。……でもね、方法よりも、ちゃんと心を込めることの方がずっと大事なんだよっ。だから、大丈夫」

「そうかな。……ああ、夕美さんが言うならそうなんだろう」

気に病んでは欲しくなかった。お花のことを思う余りに傷ついてしまうのは、誰も望まないことだから。

「ねえ夕美さん、咲くことのできなかった花は何を思うのかな」

「きっと悔しくて、悲しいと思う。でもね、育ててくれた人への感謝は、愛を注いでもらえたことへの喜びは、なくなったりしないって、信じてるよっ」

……ああ。

ボクを見据えるその姿を見て、自らの思慮の浅さにようやく気づいた。

心底から心配そうで、僕を気遣うような優しさと、憂いの表情。

これからボクがどんな言葉を発しても、彼女はそれを歪めてしまうことだろう。

この少しだけ曇った心を、彼女なら晴らしてくれると思っていた。でも、どうやら逆になってしまいそうだった。

本当は気づいていたはずだった、これはやりすぎだ、って。

それでもボクは口を開く。

やめようと思い立つには、余りに今更だった。



――どうして、ここまで裏目にばかり出てしまうのだろう。

不和なくおしまいにすることもできただろう。それを、ボクの幼さが許容できなかった。

でも、それだけ。お互いにちょっと苦い思いをして、今度こそおしまい。

そうなると信じていたのに。


早めに切り上げざるを得なくなったレッスンの後、ぽっかりと空いてしまった時間を何時ものように屋上で過ごす。

生憎と清々しいくらいの晴天で、それに対して思うことはあの日もそうであればよかったのに、ということくらい。

「っ……!」

ふらり、と。大きく身体を揺らしてそのまま座り込む夕美さんの姿。

まだ目に焼き付いて離れないその映像が、フラッシュバックしてボクを苛む。

そう、こんなにも空虚な時間を過ごすことになった理由。

それは、夕美さんが高熱で倒れたという至極単純なものだ。

あの日身体を冷やしたのが原因の一つだと考えるのは、さして飛躍した発想でもないだろう。

ボクのように、雨を浴びるのに慣れきってしまっている筈などなかったのだ。

……ああ、全く。

やめてほしい。

なんであの、土を掘り返して抜き取った感触まで思い出してしまうのか。

それはまるで、花の病と彼女の病を重ねるようで。

でもそれなら、摘み取られるべきだったのはボクの方だろう。

ボクの余計な感傷が彼女に枷を与えてしまったのだから、例えが噛み合っていない。

それとも理屈の問題じゃなくて、ただ単にボクが連想したから重なってしまうだけの話なのか。

ひどく嫌になる。自己完結するだけなら可愛げのあるマイナス思考に、夕美さんを巻き込んでいる自分が。


ぎぃ、と金属がこすれ合う音。前振りもなく響いたのはこの場所への来客を伝える音だ。

柵の向こうのビル群に向けていた視線を、来訪者のいるであろう方向に翻す。

そこにいるのは、スーツ姿の見慣れた男性。フォーマルな服装に反して、どうしてかその雰囲気は少々怪しげである。率直に言うと似合わない。

「……おや、どうしたんだいプロデューサー」

「様子見だ。お前のことだからどうせここで腐っていることだろうと思ったが……正解か」

開口一番、随分な言いようだ。それも間違っていないあたり性質が悪い。

とはいえ、認めるのもどうかと思ったので口を尖らせて文句を言うことにする。

「……担当のアイドルが傷心だと思うなら、もう少し言い方があるんじゃないかい?」

「そう答えられるだけの元気があるなら、大丈夫だろうさ。それとも、飛鳥の心情を鑑みて、夕美が今どうしているかについては触れない方が良いか?」

「う……」

このプロデューサーは、ボクを言い負かす時に限って容赦がない。

いま一番気にしている事柄を引き合いに出されたら、これ以上何も言えないじゃないか。

「よろしい。……さて、まあ、深刻な事態にはなってない。だからそこは安心しろ」

彼は満足げに頷くと、切り替えるようにそう言葉を続けた。

第一に心配するな、と告げるあたり理解っている。真っ先に欲しい言葉を寄越してくれるこの男は、やはりボクのプロデューサーだ。

「大事をとって救急車に運ばせこそしたが、ただの高熱らしい。熱が引くまで……そうだな、3、4日も休めば復帰できるんじゃないか」

「不幸中の幸い、と言うべきかな。レッスンの日程はどうなるんだい?じき少しずつ仕上げていかなければならない時期と記憶してるけど」

「可能な限り調整するが、予定よりレッスンの回数が減ることは覚悟しておけ。それを補うのはお前たちの努力だ」

改めて、少し安心する。ハードスケジュール程度で代償が支払えるというなら、それを厭う気などさらさらなかった。

夕美さんも付き合わせてしまうという事実がちくりと胸を刺すが、きっと許してくれるだろうと信じてみる。

「なあ飛鳥。実に今更な問いだが、夕美とユニットを組んでみて、どうだ?」

不意にプロデューサーは話題を変える。

どう、という具体性を持たない問いに対して、まず最初に浮かんだのは。

「きっと上手くやっていけると思ったけど、少し失敗した」

「そうか。その失敗を受けても、上手くやっていけるって考えは変わってないか?」

「……不安がないわけじゃない。でも、そうだと信じたいね」

夕美さんがボクをどう思っているのか、そこに疑いは持ちたくなかった。考えれば考えるほどに、彼女はボクのためを想ってくれていると実感する。

「うむ。飛鳥、お前はちゃんと夕美を信頼しているし、歩み寄ろうともしていた。それならお前のその不安は、どこからくるものだと思う?」

なんとなく、これが一番重要な問いであると感じた。

今、ボクがこうしているその根本は何か。

とはいえ、ボクの中で原因が夕美さんにないのなら、それはつまり、ボクの在り方の問題で。

「……そうか。ボクは夕美さんに寄りかかってしまっていたんだね」

自覚した。ボクの抱く想いが、あの雨の日の行動が、夕美さんに甘えきったものだったと。

ボクだけが、夕美さんから色んなものを貰っていた。

それが時に夕美さんの負担になっていたことに気づかずに、だ。

だからもう受け取るだけの一方通行は嫌だ。当然だろう。ボクは、対等に理解しあいたいのだから。

……でも、それならボクは何を返せるのだろうか。お返しにできるだけの何かを持ち合わせているのだろうか。

「…………」

「おい、飛鳥」

「え、ああ。何だい?」

「結論を出したようでいて、考え込み続けてるお前に釘を刺したいだけだ」

「……ん、すまない。キミと対面しているというのに一人のセカイに入ってしまうのは、些か考えが足りなかったね」

「色々と考えるのは悪いことじゃあない。しかし、今のお前は実に視野が狭いな。他にも見るべきものは、あるはずだろう」

皮肉めいた笑みをこぼしながらの台詞には少々ばかり引っかかる。

本当にこの男はこまめに聞き捨てならないことを言ってくれるのだ。

初対面の時にはもっと耳障りの良い言葉を並べてきた記憶があったのだが。

と、突っかかっても良いのだけど、簡単にやり返されたのはついさっきの話だ。同じ轍を踏むと更にからかわれてしまう。

「助言をどうも、意地悪なプロデューサー」

「多大なる感謝と賛辞として受け取っておこう。さて、用は済んだ。次の予定までにはちゃんと戻ってこいよ」

ほんの少し織り交ぜた抵抗心も軽くいなしたまま、言いたいことだけ言ってプロデューサーは去っていった。

ボクが言うことでもないが、素の彼はあまり褒められた性質の人間ではないと思う。とはいえ、あれで仕事は手際良くこなすし、驚くほどに聡いと感じることも少なくない。

立派と言うには捻くれているが、まあちゃんとプロデューサーではある。

まったく、と苦笑して空か景色でも眺めようと振り返る途中。


視界に色が生まれた。

「あ……」

緑に埋もれながら存在感を放つ橙と紫。まだその殆どがつぼみのままである中、片手で数えられる程度の数だが、確かに。

小さな花が咲いていた。

ボクと彼女が共に想いを注いだ結晶が。

……ああ、プロデューサーに笑われるわけだ。

なんだ、すぐそこにあるじゃないか。

今、ボクにできること。ボクにしかできないこと。

それは、そう……。

「もしもし、飛鳥ちゃん?夕美だよ。……えっと、調子はどう?」

「……こっち?うん、少し楽になったよ。こっちは大丈夫。……そっか、よかった」

「えっ、レッスンの予定?……うん、うん。……わかった。私も早く治さなきゃね」

「はーい。それじゃあ、またね」


ちょっと意外だった。というより、拍子抜けしたのはほんとう。

レッスンの途中で倒れちゃって、病院に運ばれて家に帰ってから半日ちょっと眠って。

次の日になった朝、一度だけ飛鳥ちゃんに電話をかけた。

絶対に気にしているだろうと思っていた。雨に濡れた昨日の今日で体調不良で休んだ、なんてなれば飛鳥ちゃんも察してしまうからと無理をして、その結果目の前で倒れてしまったのだから。

心配ないと伝えるため、という以上にむしろ飛鳥ちゃんが心配だった。

でも、スピーカーを通して聞こえた声は落ち着き払っていて、これからのことを話す余裕も感じられるくらい。

だから、ちょっとだけ空回りした気分になる。

そんな、なんとなく燻った想いを抱えて、早く治れ早く治れー、と念じながらベッドに寝転がることだいたい3日。

ようやく気持ちに身体が追いついてくれたらしい。

つまり、手元の体温計は平熱を示している、ということだ。

よしっ、と小さくガッツポーズ。

病み上がりなのだから、なんて言われそうだなぁ。そんな考えが頭をよぎったものの、これ以上休んでいたくもない。

昨日の時点で既に進めていた身支度を整え、そそくさと家を出た。

大学の講義と、事務所までの移動時間は慣らし運転。

午前を過ごしきった感じだと、どうやら問題なく本調子らしくて安心した。

事務所に着いたらプロデューサーさんに迷惑をおかけしましたと挨拶。レッスンの時にはトレーナーさんにも伝えないとね。

そうしてまた、いつものように屋上へ続く階段を登っていく。

特別な理由もきっとないはずなのだけど、いつもの日課を日課としてできることを楽しみにしていた。

ひんやりと冷たい金属のドアノブに手を触れ、扉を開く。

「…………!」

目に映ったのは、色とりどりの花々だった。

満開とまではいかないものの、植えた数の半分以上はその花を咲かせているように見える。

傍には真剣な面持ちで花々を指さし観察している様子の飛鳥ちゃんの姿もあった。

どうしてか、すぐに声をかけられない。飛鳥ちゃんの邪魔をしないためだろうか。それとも。

僅かにのぞかせる、彼女の穏やかな微笑みのせいだろうか。

「ああ、夕美さん。ようやく治ったんだね。……どうだい。まだ7分咲きといったところか。でも、なかなか様になってるんじゃないかな?」

「……あ、そ、そうだね!ぜんぶ咲ききるのももうすぐだと思うし、楽しみだなっ」

結局飛鳥ちゃんから話しかけられることになって、我に返る。

どうして言葉に詰まったんだろう。

心のうちを少し探ると、答えらしいものはすぐに見つかる。

――ちょっと、寂しい。

彼女の元へと歩みよるとそのついでに、お庭の花々の、毎日やる必要のあるような手入れは行き届いていることが窺い知れた。

このお花たちが咲いたその瞬間は、飛鳥ちゃんだけのものだと思うと。

彼女は、この小さなお庭を一人で育てられるほどになったのだと思うと。

成長を喜ぶと共に、ちょっとだけ心が満たされない心地がするんだ。

「夕美さん?まだ本調子じゃないのかい?」

「ううん、もうばっちり。むしろやる気が有り余ってるくらい」

と、飛鳥ちゃんにとって私は病み上がりだった。

些細なことで変に心配をかけてもいけない。

大丈夫だよ、と力こぶをつくるポーズで大げさにアピール。

そのついでに、少し話題を変えてみることにした。

「飛鳥ちゃん、今咲いてるお花のなかだと、どれが好きかなっ?」

「ん、ボクの好みか……。うん、これと、これの二つかな」

指し示されたのは、少し離れた場所に咲いたオレンジと紫のお花。

特別目立っているわけじゃないけど、飛鳥ちゃんは躊躇いなくそのふたつを選んだ。

「へぇ……どうして?」

「ボクが咲いているのを見つけた最初の花だから。それに……いや、こっちはいいか」

「えー、途中で止められると気になるよー」

飛鳥ちゃんは少しの間唸り、小さな声でぶつぶつと何事か呟いたのち……ようやく観念したような様子で言葉を続けた。

「……似てると思ったんだ。この二輪の花が、ボクと夕美さんに。だから嬉しくて。……それだけ、さっ!」

頬をほのかに染めてそう話すと、飛鳥ちゃんはそのまま跳ねるように駆けて屋上の出口へ。

「じゃあ、ボクは先に戻っているから」

「えっあっ、うん!」

返事も待たずに、飛鳥ちゃんは扉をすり抜けて階段を降りていってしまった。

あっけに取られてから、聞かなくてもいいこと聞いちゃったかなと反省。

でも数秒遅れて、飛鳥ちゃんの言葉を改めて反芻した。すると、あったかい気持ちに包まれて。

「ふふ、ふふっ……そっかぁ」

無性にそうしたくなって、紫に咲いた飛鳥ちゃんをつんつんとつついた。

くすぐったそうにゆらゆらと揺れる姿に、またなにか湧き上がってきて、にへらっと笑ってしまう。

「よし、がんばろっ!」

意気込んで、ひとつ伸びをする。

もう一度この小さなお庭を眺めて、私も屋上から降りることにした。

一旦ストップ。もう全て書ききってはいるのですが、用事があるので続きは後で。
ここまででおおよそ5分の2くらいです。

再会ー。最後まで投下しきっちゃいます

「それじゃあ始めよう。せーの……1、2、3、4!」

飛鳥ちゃんの声と手拍子に合わせてステップを踏み始めた。

CDプレーヤーから流れる音楽に合わせて歌いながらも、それに合わせて身体を四方に揺らす。

ただひたすらに集中して。動きの流れ、曲調と動きの緩急を意識しながらコンクリートの床を蹴り、踊る。

そうして、まずは一曲分。

「ふう……どうかな?」

「ふむ、そうだね。Bメロの最初、以前トレーナーにも指摘を受けていた部分が不安定になっていたように見えたかな。あとは……ボクにはちょっとわからない」

「ありがと。そしたらまずはそこの克服から、だね」

沈みかけの夕陽を浴びつつ、ペットボトルのお茶を飲んで一息。

私と飛鳥ちゃんは屋上で、有り体に言うと自主トレーニングに励んでいた。

正確には私の練習に飛鳥ちゃんが付き合ってくれている、というのが正しいのだけど。

LIVEは近づいてる、にも関わらず困ったことに私の仕上がりは上々とは言えなくて。

――はじめは飛鳥ちゃんより私の方が進みが良かった。
でもやっぱり、高熱で休んでいた時期が大きかったのかな。飛鳥ちゃんはその間に苦手としていた振り付けを克服して、私をリードできるようにまでなっていた。

負けていられないと意気込んだはずなのに、どうしてか進歩は遅々としている。

と、まあそんな事情があって、少しでも多く練習する時間がほしかったんだ。

「そろそろ日が暮れるぞ。まだ続けるってのなら教えてくれ」

届いた声の主はプロデューサーさん。なにやら大きめの荷物を抱えて屋上までやってきた様子だ。

飛鳥ちゃんは、どうする?と目で問いかけてきている。

「えーっと……もう少しだけやらせてください。飛鳥ちゃんも付き合わせちゃって大丈夫?」

「ああ、ボクは構わないさ」

私たちの返答にプロデューサーさんは満足そうに頷いて、抱えていた荷物を降ろした。

「そう言うと思っていた。うむ、せっかく骨を折って持ってきたこれが無駄にならなかったのは重畳だな」

「それは……?」

「ビデオカメラ。それと三脚だな。夕美ひとりで踊るのはあまり実践的ではないし、飛鳥がその場で見るだけ、というよりは自分で自分の動きを確認した方がやりやすいだろう?」

つまり、私と飛鳥ちゃんの二人で踊って、それをビデオカメラで撮影して確認するということらしかった。

本番は当然私一人で踊るわけじゃないし、いくらでも見返せるのはやっぱり助かるわけで。

「ありがとうございます!それで、使い方を教えてもらっていいですか?」

「ああ、撮影は俺がやろう。その辺りは任せておけ」

「おや、キミとて暇な身ではないんじゃないかい、プロデューサー?」

「この位の時間なら工面できるさ。それに、俺の目で直接お前たちの様子を確認しておきたかったところだ」

なんて話をしながら、プロデューサーさんはてきぱきとカメラのセッティングを進めている。

「飛鳥ちゃん、今日は一つの曲に集中したいんだけど……」

「わかった。夕美さんのやりたいようにしてくれていいよ」

言いつつ、なんとなく振り付けをなぞるように身体を動かす。

指摘された部分。そこは私がメインになって、サビに向けて勢いを強めていく大事なパートだった。

この前は動きが小さくなっていると注意されたから、なるべく大きく動くように心がけたのだけど、それによって軸がぶれてしまったらしい。

よし、反省。次こそは同じミスをしないように心に留める。

「よし、準備OKだ。そらそら、最初のポジションに着け」

「はーい」

「了解した」

飛鳥ちゃんと並んで立ち、最初のポーズ。やっぱり隣に誰もいない時とはまた感覚が違う。

「よし、始めるぞ。1、2、3、4!」

プロデューサーさんの掛け声と共に音楽が流れ始めた。

今度は2人の距離感も大事になる。近すぎず、遠すぎず。2人であることを活かすための動きに加えて、体の軸から手先足先まで意識を巡らせて、動きを極力丁寧に。

それでいて小さくまとまってしまわないように踊らないといけない。さらには歌もあるのだ。

並大抵のことじゃないけど、それでも目指すべきところには近づいているはず。

不安と雑念を追い出すように数分前になぞったダンスを再びこなしきった。

「……よし、撮影は概ね問題なしだ。2人とも、出来を確認してみるといい」

プロデューサーさんはそう言って私たちにタオルを渡すと、ビデオカメラの前から退いて私たちのスペースを作った。

汗を拭きながら2人してその小さな画面を覗き込む。

もしかしたら、こうして後から客観的に自分たちの動きを見るのは初めてかもしれない。

「ふむ……。あ、少し戻してもらっていいかな」

「ん、飛鳥ちゃんも思った?」

なんとなく、2人の動きや立ち位置のバランスに違和感を感じた部分。

どうやら飛鳥ちゃんも、背後の気配から察するにプロデューサーさんも同じものを感じていたらしい。

「う……これ、私の方がちょっとズレてるみたい。んん、ままならないなぁ」

「いや、動きは確かに夕美さんが少し早くなってしまっているけど、ボクの立ち位置にも問題がありそうだ」

「あ、ほんとだ。……うわあ、こうやって見ると小さなミスがいっぱいある。」

細部にも気をつかっていたはずなのに、行き届いていない部分はたくさんあった。どちらかというと、やっぱり私の方が多めに。

「全体の流れは十分に掴めているはずだ。あとは、少しでも完成度を高めるよう努めればいい。……技術の面だけの話をするなら、だが」

「それはつまり、それ以外の問題があるという事かな。例えば、精神面とか」

飛鳥ちゃんの問いかけに、プロデューサーさんは考えるような仕草を見せる。

普段から即断即決、という雰囲気の人だから、こういう様子はちょっと珍しい。

「……少しその傾向があるな、とは。特に、夕美にだな。体調を崩してから少し焦ってたりはしないか?」

「焦って……ううん、どうだろう。そこまで強く焦りを感じてるつもりはないんです。」

早く飛鳥ちゃんに追いつきたいと思ってはいる。でも、そのために無理を通そうとしているつもりはなくて。

ただ、こうやって自主的に練習をしているのは、焦っているようにも見えてしまうんだと気づいた。

「そうか。……なんだろうな。まだ少しだけ、二人のパフォーマンスに齟齬があるように見える。」

「ふむ……齟齬か。プロデューサーがそう言うくらいだ。ボクらはお互いと、自分と向き合う必要があるのかもしれないね」

「向き合う、かぁ」

「言うだけ言っておいてなんだが、話半分で受け取っておいてくれ。不安を煽るような真似になっちまったら心苦しい」

その言葉を最後に、自主トレはお開きの流れになった。

そうして飛鳥ちゃんと他愛のない話をしながら家路につく。

帰ってきてからやることも、コピーしてもらった撮影データを見てああでもないこうでもないとメールし合うことだった。

どこにミスがあった、次はこうしようと一つ一つ課題をまとめていって、そろそろいい時間だから区切りにしようという雰囲気がお互いの文章に現れてきている。

そんなところでふと、プロデューサーさんの言葉が頭の中に引っかかった。

焦っているんじゃないか、そうでなくても、なにか技術以外の問題を抱え込んではいないか、と。

そんなつもりはないのだけど、自分でも気づけていないだけじゃないかと言われると、不安になる感覚。

……いけないいけない。気にしすぎないように、ってプロデューサーさんも言っていたのに。

でも、漠然とした不安は緩やかながらしっかりと私の思考を進めさせる。

『ボクはそろそろ寝ることにするから、明日、またゆっくり考えよう。
もし心配事があったら、ボクにも共有してくれると嬉しいな。だって、ボクたちは支え合って咲く二輪の花なんだから』

届いたおやすみの挨拶。返信を忘れていることに気づいて文章を考えようとしたのだけど。

……あれ?

なんでもない、ほんの少しの比喩をまじえた飛鳥ちゃんらしい文面。

なのに、何故か感じた違和感。それを追いかけようとした瞬間に。

思考の歯車が、がちりと切り替わる感覚がした。

……いけない。これは、駄目。

思考を進めちゃいけない。思考を止めちゃいけない。
頭の中で相反する警鐘をけたたましく鳴らせながら、それでもその正体に手を伸ばそうとする。

指先で触れているのに、上手く掴めないようなもどかしさ。

でも、掴めばその手をずたずたに傷つけてしまいそうな予感があった。

そんな危うげななにかを絶対に見失うなという声も聞こえる。どうしようもない二律背反。

結局、思考は続いていた。

私は何を感じたんだろう。

心配事……飛鳥ちゃんに相談、かぁ。でもそれは余りにも漠然としていて、相談するのは難しい。
でも、お互いに支え合うなら、漠然としていても……。支え合う?


…………あ。

「ーーっ!!」

……そうして、わかってしまった。

――夕美さん、一つ確認をしていいかい

だって、飛鳥ちゃんの成長はまるで伸び盛りの花々のようで。

――雨は好きだよ。こういう時はなおさらさ

それでいて、美しさと儚さをもっていて。

私はそれに並んで咲くもう一輪の花であったはずなのに。

どうして、自分も花を育てる側であるなんて勘違いをしてしまったんだろう。

飛鳥ちゃんに頼られたいと、ずっと思っていた。

でもそれは、飛鳥ちゃんに私を頼る理由を求めることと同じで。

つまり私は、心の底では彼女を信じられてなどいなかったのだ。

「え、ぁ、嘘……私、そんな……?」

寂しい、だなんて生易しい感情じゃない。もはや私は、依存して欲しいとさえ思っていた。

こんな歪なものを抱えて、飛鳥ちゃんのことばかりを見て。

自分のことなんて何も見えていなかったのに。

……ああ、ああ。それだというのに、私はさも飛鳥ちゃんと信じ合っているだなんて思い込んで。

それは、なんて非道い勘違いだろうか。
あまつさえ私は、差し伸べられた手を無視していることにすら気づいていなかったんだ!

「…………どう、しよ」

ぼふ、とベッドに倒れこむ。

ひどく暗然とした気持ちが重くのしかかって、身体を、気持ちを沈めていく。

明日、どんな顔をして会えばいいんだろう。

何食わぬ顔をして隠す?そんな器用なこと、私には無理だよ。

だって、今まで私はそれに気づくこともできなかったんだから。

こんな私が、飛鳥ちゃんにどう接していいかなんて見当もつかない。

それがたまらなく不安で。

この不安が飛鳥ちゃんを信じきれていない何よりの証拠なんだ、って、突きつけられているかのようだった。

「休もうかな……」

……え。

私、今、なんて……?

口をついて出た言葉が、信じられない。

でもそれは、本当に何も意識せずに発された、どうしようもないほどに言い逃れのできない本音だったんだ。

認めたくなんてないのに、1度気づいてしまえば私の嘘はどんどんと剥がされていく。

「は、は……最低だ、わたし」

でも、このまま休んでしまったら、もう私は立ち直れない。

そんな確信があった。

だから、この重たくて全然綺麗じゃないものを抱えてでも、事務所には行こうと思うんだ。

決定的に私たちがすれ違うその時まで、惰性でもいいから。


思考と自己嫌悪に、深く深く。それは、暗い海へと沈んでいくようだった。

――ねぇ、それなら一緒にこの意識も沈めてよ。

私のだめな部分も全部まとめて眠らせてよ。

目が覚めたら、ちゃんとあの子と向き合える私でいさせて。

彼女が風邪をひいていた頃にボクが思い込んでいた、その何倍も。

今の夕美さんは、枯れてしまいそうだった。



「…………」

「ねぇ、夕美さん」

「……え、あ、うん…………。あ、どうしたの、飛鳥ちゃん?」

「えっと……。いや、なんでもない」

事務所のソファに座ったままうわの空で、ボクの言葉にも数拍子遅れて返事を返す夕美さん。

どうしたの、なんて聞きたいのはボクの方だ。

昨日まではなんともなかったはずなのに、今日の彼女の様子ははっきり言って異様だった。

ただぼーっとしているだけだったなら、心配こそすれここまでの違和感を感じたりはしない。

それよりもむしろ。

表情が、仕草が、声のトーンが、暗く無気力であることが、まるで彼女が彼女でなくなってしまったようでひどく恐ろしいのだ。

だって、ボクの知る夕美さんという人は、いつだってその奥底に眩いまでの光をたたえている人だったから。

しかも、しかもだ。話しかけてきたボクに対応しようとしたその一瞬だけ、かすかにその明るさを取り戻そうとするのだから、やっていられない。

よりにもよって彼女は、こんな有様でありながらそれを取り繕おうとしているのだ。

デスクからこちらの様子を伺っているプロデューサーに目をやっても、複雑な表情で首を横に振るだけ。

余りにも唐突で大きすぎる変化に、ボクらは手の打ちようを失っていた。


ぱちんっ、と音が響く。

見れば夕美さんが自分の頬を両手ではたいていて。

「……そろそろレッスンの時間が近づいてきたから……。行かなきゃ、だねっ?」

「あ、ああ……。そうだね。プロデューサー、行ってくるよ」

何だい、それは。そんな無理やりに切り替えたような。

頭に浮かんだ言葉を、口に出せない。
言ってしまえば、取り返しのつかないことになってしまうような気がしたから。

正直なところ予感はしてたことだけど、今日のレッスンはそれはもう散々だった。

夕美さんの動きは精細を欠き、時折レッスンを始めたばかりの頃のような大きなミスもしそうになっていた。

かく言うボクも、それに気を取られてかなり出来の悪い動きを晒してしまったわけだが。

ともかく、こんな状態の夕美さんをずっと見ているのは余りにも耐え難いのだ。

彼女が何を抱えているかなんてわからない。問えばもっと苦しくなるのかもしれない。

それでも、その領域に踏み込みたかった。

ひとりとふたりの違い。数字の上ではたったの1でも、それが途方もなく大きい。

ボクはずっともうひとりに支えられてきたから、今度はボクがもうひとりとして支えられるように。

覚悟を決めて、声をかけた。

「夕美さん、夕涼みがてらに散歩でもしないかい?」

都会の道は人が多くて雑多なものだから、歩くことそのものを目的に歩くにはそんなに向いていないと思う。

ゆえに、事務所近くをふらつくときは、いつもここと決めた場所があった。

徒歩だいたい20分。ちょっとした空き時間に向かうことはできないけど、それはもうとっくに諦めている。

ゆったりとした歩調の中、会話は殆どない。

些細な内容でも何か話しかけられればいいのだけど、なにせボクにはそういうボキャブラリーの持ち合わせがないのだ。

ちらりと隣を歩く夕美さんを横目で見る。

目が合ってしまった。やはり元気はなく、不思議そうな視線。

慌てて目をそらす。ふ、と小さく息を吐く音が聞こえた。

「あともう少しで着く頃だ。もしかしたら、目的地にも気づいているかな?」

「……ん」

誤魔化しも兼ねた問いかけにも、しかし彼女は小さく頷くのみ。

この程度でめげるつもりはない。きっとあそこにたどり着けば、何かを感じてくれるはず

ここまで30分かけて歩いてきた道を、さらに10分くらい歩き続ける。

ペースを上げる理由は、どこにもなかった。

「着いたよ。と言っても、またここを散策するわけだけどね」

「ここは……自然公園?」

都会にありながら多くの緑に触れられる場所。

一部の施設を除いて入園無料で遅くでも入れるのがありがたい。
寮を通じてプロデューサーに伝わると面倒だから門限は守るけども。

落ち着いて考え事をしながら歩くのにもってこいだし、夕美さんの琴線に触れるものも、ひとつふたつくらいはきっとあるだろう。

木々は夕陽で茜色に染まっていた。風が涼しく、ざあざあと葉の擦れ合う音が心地いい。

だから、こんな良い空気を台無しにしないために努めて明るく。

「さて、改めて歩こうか。そうだね、シンプルに推奨される散歩コースがいいだろう」

「ん、わかった。……あ」

「どうかしたのかい?」

「ううん。ただ、土の匂いがしたから」

そう言って彼女は大きく息を吸い込む。

緩慢な動作。だけど、その中に無気力とは違う、落ち着いた雰囲気がほんの少しだけ見えた気がした。

気のせいじゃないなら嬉しい。

こうやって、彼女が少しでも安らいで、元気になってくれるなにかを、少しずつ手繰り寄せていきたいんだ。

「見所も時間もまだたくさんある。ここの魅力を、ゆっくり堪能するとしよう」

自惚れてもいいだろうか。自問に、肯定で自答する。

「あ……」

「さ、往こうか」

ボクは彼女の手を引いて、歩き始めた。

ゆるく、希薄なつながり。強く触れてしまうことは躊躇われて、結局これが今のボクの精一杯。

それでも彼女がほんの小さな力で握り返してくれるから、ボクは彼女のために頑張れるんだ。

「ここには魚も泳いでいて、たまに何匹か水面から顔を出したりするんだ。なかなか、シュールながらもいい光景だよ」

「ただただ広い芝生の真ん中で、寝転がって空を見ると、言いようもなく落ち着く。セカイを贅沢に使っている心地になるんだ」

「色んな花が植えてあるね。少し前までのボクにとって、花は眺めるものでしかなかったんだよ。
この手で育てて色んなことを知ったから、もっと愛おしく思えるのさ」

ボクという人間は、こんなにも饒舌だっただろうか。

大きな反応が返ってくるわけでもないのに、握った手から感じるわずかな変化が欲しくて口を開いてしまう。

らしくないのに、やめられない。

「この公園で遊具が置いてあって、いわゆる公園って雰囲気の場所はここだけだね。
まあ、どれも流石にもう僕の身体には小さいけど、ね」

「ね、飛鳥ちゃん」

小さな意志の灯った声に立ち止まる。

「ありがと」

夕美さんは小さく囁くと、触れ合う程度に握っていた手を解いた。

そして1歩、2歩、3歩とボクから離れたのち、向き直る。

その手は胸元でぎゅっと握られていて、そんな彼女の姿を見て、本題に入るのだと悟った。

手を伸ばしただけじゃ届かない距離。それはきっと、物理的な意味だけを表すものじゃないのだろう。

「……ん、私も、何を話していいのか、まだちょっと迷ってるけど」

前置き。語り始めた彼女の表情は、生きているけど晴れてはいない。

「これから、飛鳥ちゃんに非道いことを言うと思う。だけど、どうか聞いて欲しい……ううん、ほんとは聞いて欲しくなんてない。
でも、たぶん私はそれを話さなきゃいけないから」

それは覚悟していたことのはずだった。

それでも、怖い。

どんな言葉を突きつけられてしまうのか、怖くてたまらない。

だとしても、聞き届けよう。受け入れよう。

夕美さんが、どれほどの恐怖と戦ってこの言葉を紡いだのか、計り知れないそれを思うだけで、この不安を些細なことだと笑い飛ばせる。

「わかった。聴くよ、全部」

頷きあう。夕美さんは胸元でもう一度手を握りなおして、口を開いた。

「私はね、最近の飛鳥ちゃんのことを、疎ましく感じてたんだ」

「……っ」

最初の一言。

それだけで、物の見事に揺らされてしまった。

些細な恐怖だと、張った去勢は簡単に崩れる。でも、耳を塞ぐなんてことはありえないんだ。

「飛鳥ちゃんは何も悪くないんだよ。だって、私が勝手にそんなことを思ってるだけだから」

「でも、ボクを遠ざけるだけの理由があったんだろう?」

「……そうだね。なんだと思う?……なんて。身勝手だもん。わからないよ」

「飛鳥ちゃんが私より先に行っちゃったから、だなんて」

彼女はひどく自嘲的に言葉を続けていく。

ボクに頼りにされて嬉しかったと。

でも、そればかりをボクに求めてしまっていたのだと。

そして、ボクが1人でも色々なことをできるようになってから、満たされない欲求に気付かぬまま苛まれていたのだと。

「ユニットを組んで、一緒に頑張ろうって、そう言い合ったはずなのにね。
気づいたら、飛鳥ちゃんの努力の成果も認められないくらいに、私は歪んでたの」

声を震わせながら話を区切る。

ショックだった。憤る心もある。だけど、その怒りの矛先は夕美さんじゃない。

これが、夕美さんだけの問題であるものか。

だって、ボクは寄りかかっていた。ボクにできないこと、それを補って余りある優しい存在に甘えていた。

プロデューサーのおかげで気づくことができて、心構えを正して、全部解決した気になっていたのだ。

夕美さんは今、そんなボクに振り回された結果として苦しんでいる。全部を自分のせいにして!

「……失格、だよ、ねっ……。こんな、めちゃくちゃなのに、私っ……それでも飛鳥ちゃんに、嫌われたくないだなんて……!」

涙交じりの声に息が詰まる。

……ああ、彼女はこんなにもボクを想っているのに、どうして気づけていないんだろう。

嫌う事なんてできるはずが無い。だってボクは、ボクは……!

「夕美さんっ!」

彼女の目の前まで近づいて、触れた。
片方の手は胸元に添えられていた彼女の手を包み、もう片方の手は彼女の瞳に触れてその雫を拭う。

「失格だなんて言わないでくれ。そんなこと、ボクは思えない」

「飛鳥、ちゃん……?」

触れてもらった安心と嬉しさを、何度だって返したい。

壊れてしまいそうな彼女を、留めるように包みたい。

もっと強く、踏み込むことを許してほしい。

「夕美さん、ボクはキミが好きだよ。ふさぎ込むことがあっても、ボクを疎む心があったとしても、全部まとめて、好きでいるから」

理屈が通ってなくて滅茶苦茶でも、ボクの奥底を吐露しよう。

どうか、キミも受け入れて。

「夕美さんが心の底からボクを信じてくれるまで、ボクは夕美さんを信じ続ける。絶対さ」

だって本当にどうしようもなく、キミのことを信じてしまったから。

我儘にも、共にいたいと願ってしまったから。

「事務所の屋上で、2人で花を育ててきた。上手くいかないこともあったけど、みんな咲けたんだ。だからきっと、ボクらだって咲ける」

その思いの丈をもって彼女の心に届くなら、いくらでも言葉を尽くそう。

「だからさ、改めて」

最初からでも、構わないよ。

「ボクとユニットを組もう、夕美。2人で同じステージに立って、輝きたいんだ。他でもない、キミと」

「…………」

沈黙。伝えたいことはいくらでもあるけど、これ以上はいらない。

今はただ、期待を込めて返ってくる言葉を待つだけで、十分だ。

「……飛鳥ちゃんは、ずるいよ」

「そう、かな」

「うん。だって、似合っちゃうんだもん。そういう、かっこいい台詞が。そんな風に言われたら、さ」

「こちらこそお願いします、って、応えたくなっちゃうよ……!」

「っ……!」

その笑顔は、今まで見たどんな彼女の表情より素敵で。

「私、頑張るよっ。不思議なんだ。今なら、飛鳥ちゃんを大好きになれるって、そんな気がするの」

「……ああ、きっと、ボクらは今よりずっと通じ合える」


だから、ボクらはようやく始まったんだ。

決め事じゃないお互いの意思で。

二宮飛鳥と相葉夕美のユニット、ミステリックガーデンを結成しよう。

「おはようございますっ!」

事務所について第一声。そこにいる人みんなに通るような大きな声で。

ほんの少しのざわざわが、一瞬だけ静まり返った。

くるりと見回す。少しびっくりした様子の子たち、事務員さん、そんな中平然と微笑む飛鳥ちゃん。

一番おもしろかったのは、プロデューサーさん。驚きやら何やらをない交ぜにした見たことの無い表情をして固まっている。

飛鳥ちゃんはくすくすと笑いながらプロデューサーさんに近づき、一言。

「どうしたんだいプロデューサー。随分とキミらしくない呆け方をしているようだが」

「…………いや、大したことでは、無い、が……。……ああ、そうか」

目元を抑えて数秒後には、何時ものプロデューサーさんに戻っていた。少し悔しそうではあるけど。

飛鳥ちゃんの方は飛鳥ちゃんの方で立ち直りが早い、と不満げである。

「折角だ。夕美、少し来てくれ」

「はーい」

「ふむ、それならボクは……」

「おい飛鳥帰ろうとするな。お前にも関係のある話だ」

プロデューサーさんのデスクに近づくと、書類の束の中から一枚の紙を引っ張り出し、私たちに見せてくれた。

「これは?」

「ステージ衣装のデザインだ。デザインそのものはこれでほぼ決まっているが、一つお前たちの意見を仰ぎたい場所がある。」

私と飛鳥ちゃんでところどころ違う部分のあるそのデザインは、よく見ればそのモチーフがすぐに伝わってきた。

「成る程、確かにふさわしい衣装だね。それで、ボクらは何を決めればいいんだい?」

「色だ。そう、この部分……二人で好きな色を決めてくれ。そうだな……あまり長い時間は待てないが、明日くらいまでなら」

「それなら、今すぐにでも決められます!ね、飛鳥ちゃん!」

「ああ、そうだとも」

ついプロデューサーさんの言葉を少しだけ遮ってしまいながらも、飛鳥ちゃんと目を見合わせ笑いあう。

迷う必要なんてどこにもない、明快な答えを、私たちはもう持っていた。

プロデューサーさんはまたも虚を突かれたようにほんの少し硬直したけど、すぐさま愉快そうに笑いだす。

「ふ、了解した!ならこっちもすぐに連絡を入れよう。1日でも早くお前たちが衣装に袖を通せるように、な」

さあさあどいたどいた、とあわただしく書類を捲り始めたプロデューサーさんを邪魔しないように、私たちはデスクを離れる。

「今日のプロデューサーさんは、普段と比べると百面相みたいな感じがしちゃうね」

「それだけ、ボクたち、と、いうより夕美さんか……を心配していたんだろう」

「そっか。うん、後で改めて、お礼を言わなきゃ」

気付けば自然と私たちの足は屋上へ。

いつもの場所。今の私たちには、昨日までと違った顔を見せてくれるんじゃないか、って、そんな予感があった。

扉を開く。意外と風が強くて、目を細めた。

そうしてガーデニングスペースに向かおうとしたのだけど。

「あ……」

漏れた声は、どちらのものだったのだろう。

風にあおられて舞い上がる花びらは、きっと既に一度地に落ちたもの。

「そっか……。もう、花終わりのお花もあるんだね」

まだ咲いているお花もあれば、しぼんでしまったり、散ってしまったりしたお花もあるらしかった。

1週間くらいしか咲いていられないお花も多いのだけど、その1週間すら私たちにはあっという間で。

この景色を想像することなんて、できなかったんだ。

「……夕美さん。花は、さ」

「……ん、どしたの?」

少し寂しげに、飛鳥ちゃんは語り始める。

「ボクは、花っていうモノは散り際が一番綺麗なんだ、って、漠然と思っていたんだ」

それは、何の不思議もない考え方。

特に、どんな人にだって親しまれている桜の花についてはそうだと思う。
咲き誇る花だけじゃなくて、その花びらを散らす姿も楽しまれている。

「でも、違った。いや、ボクはこの光景をとても美しいと感じている。
だけど、この感覚は。ボクが今まで持っていたイメージとは、まったく異なるものだったんだ」

飛鳥ちゃんのイメージ、感じたものが全部わかるわけじゃないけど。

お花に対する理解が、愛情が、飛鳥ちゃんの中でもっと深まったような気がして、嬉しい。

「花終わりからしばらくすると、種が摘めるんだよ。そうやって摘み取った種をまた植えて、育てることが出来るの」

「そうやって、繋がっていくんだね」

「うん。でね、これがすごく面白いんだけど、そこから咲くお花は、前に咲いたお花とちょっとだけ違う部分があったりするんだっ!」

飛鳥ちゃんは私の言葉を聞くと、感慨深げに2度ほど頷く。

そして、楽しそうに私に向かって言葉を返すのだ。

「ボクが思いつきで言った言葉は、思いの外的を得ていたらしい。」

「ああ、アイドルと花はよく似ている、という話さ。」

それは少し懐かしい響きの言葉。

飛鳥ちゃんと、プロデューサーさんの二人が抱いた、お花に対する感想だった。

プロデューサーさんは多分、お花を育てることとアイドルのプロデュースを重ねたのだと思う。

じゃあ、飛鳥ちゃんは?

「詳しく聞かせてほしいな。この前は、うやむやにしちゃったから」

「ああ、キミが望むなら、語るとしようか。なに、簡単な話さ。ボクらは沢山の人に支えられてアイドルとして輝ける。
そこまでの過程、進み具合はみんながみんな同じではないし、どんな輝きを示せるかも、また人によって大きく異なる。
それは花の成長と、開花に似ていると思ったんだ」

「でも、それだけじゃなかった。ステージが終わって、ボクらは普通の少女に戻る。
でも、そのステージで作り出したセカイが、魅了したファンたちが、ボクらの新たなステージへの道を作ってくれる。
まるで、落とした種が芽吹くように、ね」

お花とアイドル、その両方を知っているからなのか、胸にすっと入ってくるたとえ話だった。

まして、今回のステージ衣装のデザインを見てすぐの、今だからこそ。

「ふふ、それじゃあステージで、いーっぱい咲かなきゃねっ!」

「そうだね。誰の目も惹きつけて離さない、華やかで凛とした、そんな花に」

二人で頷き合う。

それじゃあ、いつものようにお花のお世話をしよう。

私たちによく似たお花が、健やかに咲き続けて、たくさんの種を撒くことのできるように。

「今日は、どれくらいの人が見に来てくれるかな」

「チケットの売れ方からすると、殆ど満席になりそう、だってさ」

「ふふ、燃えてきたね。私たちのパフォーマンス、見せつけちゃおう」

「ああ。ボクらの歩んだ軌跡全てで、ステージを沸かせてみせようじゃないか」

LIVE当日。ボクらの闘志は十二分に満ちていた。

衣装を身に纏い、開演は直前。ステージの静かな熱気も既に感じられる。

「気合十分だな。さて、準備はいいか?」

そんなボクらに、プロデューサーも不敵な笑みを浮かべて声をかけてきた。
いわゆる悪人顔に近しい物すら感じてしまうが、その裏の意思は伝わってくる。

「もちろん。コンディションは完璧さ」

「はい。二人ともばっちりですっ!」

彼は満足そうに頷き、言葉を続ける。

「お前たちは、このステージに立つまでに様々な苦難を乗り越えてきた。
二人ともよく知っていることだろうが、雨風に負けずに育ってきた花は強く、美しい。
……さあ、満開に咲いてこい!このステージがお前たちの花園だ!」

「ああ!」「はいっ!」

プロデューサーの言葉が終わると共に、ステージに最初の曲のイントロが流れ始めるのが聞こえてくる。

そうして、ボクらは駆け出した。

曲の始まりに合わせて、ボクらは歌いながらステージに登場する。

歓声、だが、まだ足りない。

ステージには花々をモチーフにしたようなオブジェと、カラフルなライト。

そこに立つボクらの衣装もまた、植物を彷彿とさせる緑を基調にしたものだ。

予想通りの満員御礼に、闘志はさらに奮い立つ。

曲はAメロからBメロに移り変わろうとしていた。

ボクらは互いに片方の手を高く掲げ、繋ぎ合わせる。そのままつないだ手を中心に回るようにステップ。

その最中、一瞬だけ目があった。自信に満ちた表情、その瞳に映るボクも、同じ姿。

言葉はいらない。それだけで、ボクたちは通じ合える!

ステップの流れを残したまま2回ほどターンし、ステージの奥側へ。ボクは観客に背を向ける形になる。

ここから、夕美さんの見せ場。大きな動きと共に歌う彼女の主旋律を支えるように、ボクの歌声を重ねていく。

レッスンの時に苦戦したパート。ボクの視界に夕美さんは映らない。だけど、何の不安もない。

だって信じているから。夕美さんは当然のように観客の視線を釘づけにしていく。

曲調はサビに向けてどんどんと勢いを強める、そして……。

Bメロからサビに向かう一瞬の間、そこでステージを彩るライトが落ちた。

誰もがそれに気を取られる中、ボクと夕美さんは並び立つ。

そして、衣装の仮留めを外し、叫ぶ。

「さあ、花開くボクらに魅了されろっ!!」
「さあ、花開く私たちを見ていてねっ!!」

瞬間、大音量のサビと共に再び灯るステージライト。

ボクらの衣装は裏地として隠された色を解き放ち、まさしく“開花”した。

数秒のうちに二転三転する状況、ステージに咲いたオレンジと紫の花をみて、皆が理解する。

このステージは、今この瞬間に始まったのだと――!

LIVEは、本当に瞬く間に過ぎ去っていった。

歓声に次ぐ歓声、ボクらの魅力を、抜群のパフォーマンスを、この場の誰もに見せつけた。

そして気づけば、次の曲が最後だった。

「なあ、花っていうものが蕾を開いて咲き誇った後、どうなるのか。キミたちは知っているだろう?」

「……そう、儚くも、お花はその命を散らして、終わりを迎える。私たちも、同じなんだよ」

「つまり、次の曲がこの花園の最期を飾る、というわけさ。それでも」

「花は、散る瞬間が一番美しい」「花は散る瞬間が一番美しい」

声が重なる。

考えて、準備してきたはずのセリフなのに。

ステージに立って自らが口にすると、これが最後なのだと、今更のように強く実感する。

「だからさ、すべて見届けていくと良い!」
「ミステリックガーデン、このお花畑の、最後の一咲きを!」

曲が流れ始める。

今まで全部が全力だった。だけど、それでも最後は尚更に全力で歌おう。

美しさも、悲しさも、花の全てを凝縮したその瞬間を、ボクらの全てで表現するために。

「ふぅ……終わった、んだね」

「ああ……。全てを出し切れた、と、思うよ」

LIVEを終えての舞台裏。体力の殆どを使い果たした私たちのもとに、プロデューサーさんがやってきた。

「お疲れさん。ほら、水分補給はちゃんとしておけ」

渡されたドリンクを二人で飲む。

冷たさと、ほんのちょっとの甘みが体に染みわたって、活力が戻ってきた。

改めて、プロデューサーさんの方を見たのだけど。

「……で、なんでキミはそんなにも底意地の悪そうな顔をしているんだい。
普段のLIVE終わりにだって、流石にそこまで酷くはなかったと思うけど」

「おっと、そんなつもりはなかったんだがな。そんなに顔に出ていたか?」

まあ、ある意味ではとってもいい顔をしていた気がする。

プロデューサーさんらしいといえばらしいのだけど、そう言ってしまうと失礼なんじゃないかな、なんて思ってしまうようなタイプの。

「いやなに、どうも嬉しい誤算がやって来てくれそうな気がしてな」

「ええっと……?嬉しい、誤算?」

「おうとも。もうしばらく、ここで休んでいるといい」

そうして、プロデューサーは一歩離れる。ものすごーく悪そうな顔はそのままに。

言われた通り、首をかしげながらもその場で息を整えたり、すこし目を瞑ってみたり。

飛鳥ちゃんの様子を見ても、彼女もまた何のことだかはわからないみたい。

「プロデューサーさん、このままここに居ても……」

痺れを切らしてプロデューサーさんに声をかけようとしたちょうどそのタイミング。


――アンコール!アンコール!アンコール!

「えっ……!」

それは、届いた。

会場から湧き上がるアンコール。そんな話、聞いていない。

「な、なあ、プロデューサー。アンコールなんて予定にあったのかい?」

「いや、それならお前たちに伝えていたさ。これは完全に想定外。……俺も、こんなのを見るのは久しぶりだよ」

「これは、お前たちが純粋に勝ち取ったアンコールだ。だからこそ、応えてみたいと思わないか?」

プロデューサーさんの言葉、直ぐそこからずっと聞こえているみんなの声。

……力が出てこない筈がないよねっ。

「飛鳥ちゃん……行こう!」

「無論さ!……だが、ところで、口上はどうする?こんな状態にふさわしい、花にまつわる言葉はあるかな?」

「えっと、そうだなぁ……。意味はちょっと違うけど、二度咲き、あとは返り咲き、かな?」

「成る程……ふふ、それでいこうか。あとはアドリブで、楽しくなってきた!」

「よし、行ってこい!これは正真正銘、お前たちだけのステージだ!」

プロデューサーの声に押されて私たちはもう一度ステージに立った。

「みんな、ありがとーっ!!」

「キミたちのおかげで、ボクらは今ここに返り咲いたのさ!」

「ほんとなら咲くはずのなかった花。だけど咲かせてくれたみんなのために、精いっぱい輝くよ!」


それは、成熟しきっていない稚拙なものだったのかもしれない。

でも、咲けたこと、その事実だけあればなにもいらないよ。

だって、ただ私たちらしく、ただここにいるみんなのためにやったパフォーマンスは。


最高に楽しくて、最高に盛り上がったんだ!

彼女たちは種の時からずっと、芽が出て、蕾になって、そして花を咲かせる夢を秘めている。

その過程の一つ一つ。何もかもが尊いのだ。

そんな夢が鮮やかに咲き誇り、儚く散ったその先には。

「飛鳥、夕美。先日のステージは、実に見事だった。
……ああ、ミステリックガーデン、その姿をぜひ見たいと多くのオファーが来ている。くく、忙しくなるぞ」

命をめぐらす様に、新しい夢の種が地に落ちる。

また何度でも、神秘の花園に彩は灯るだろう。


「次は、どんな花を咲くのかな」

「まだ、わからないけど。でもきっと、もっともっと素敵なお庭ができるはずっ!」




おしまい

と、言う訳でミステリックガーデン、ゆみあすなお話でした。

私自身ssを書き馴れておらず、投下の経験も少ないので改行とか粗があるかと思います、

また、ssというには長めのお話でしたが、最後まで読んでいただけたなら幸いです。

個人的にとても推していきたいユニットなので、興味を持っていただけたら是非に何かしらの発信を。

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