実況「日本は金メダルを狙えると思いますか？」

解説「今大会は株式会社カローシと株式会社ウツビョーから、二選手が参加していますが……」

解説「二人とも生粋の社畜でありますので、十分射程圏内じゃないかな、と考えております」

実況「“社畜”は『休日出勤ダッシュ』『対上司会話キャッチボール』『残業マラソン』の三種目からなり」

実況「三種目の成績の総合点で順位が決まります」

実況「なお、選手たちには特殊なウイルスが注入され、体温が３８．５℃の状態で競技を行うことになりますが」

実況「この３８．５℃という体温は、選手にとってはいかがなものでしょうか？」

解説「平熱ですね」

実況「平熱！　微熱ですらないと！？」

解説「ええ、いかなる体調の時でも、会社を休まないというのが社畜の必須条件です」

実況「なるほど！　――お、まもなく競技が開始される模様です！」

実況「まずは、ロシアのシゴトスキーが登場だぁっ！」

……

……

……

……

男「……」ｻﾞｯ





実況「他国の選手たちが競技を終え、いよいよ日本の二選手が登場します！」

実況「一番手は、株式会社ウツビョー所属の納期守（のうき まもる）選手！」

解説「納期選手は常に納期に追われてきた経験から、スピードに優れています」

解説「その持ち味をいかんなく発揮してほしいですね」

実況「さぁ、まずは『休日出勤ダッシュ』から始まります！」

男「……」ｽｰｽｰ

ﾋﾟﾘﾘ…





実況「さあ、ぐっすり眠っているところで携帯電話が鳴り出しました！」

解説「ここはできればスリーコール以内に取って欲しいところです」

男「もしもし」ﾊﾟｯ





実況「早い！　ワンコール鳴り終わる前に取りました！」

解説「目覚めてから通話まで０．１秒とかかってないでしょう。素晴らしいスピードですね」

課長『納期君、休みのところ悪いが、すぐ出てきてくれ』

男「かしこまりました！」ﾊﾞｯ





実況「いい返事ですね～！」

解説「ええ、少しぐらい嫌な顔をしてもおかしくないですが、全くしていません」

解説「まさに社畜の鑑といえるでしょう」

男「……」ﾊﾞﾊﾞﾊﾞｯ





実況「クローゼットを開け、瞬く間にスーツに着替えます！」

解説「ここはさすがに手慣れてますね」

女「あなた、今日は休みなんじゃなかったの？　買い物に連れてってくれるっていったのに！」

男「会社から呼び出しが入った」

女「私と仕事、どっちが大事なのよ！」

男「仕事」




実況「即答だぁ～！　一切迷いがありません！」

解説「いいですねえ～、これでこそ社畜です！」

実況「離婚をまったく恐れていませんね」

解説「ええ“俺は会社と結婚している、お前はしょせん二号だ”といわんばかりの迫力です」

子供「パパ、今日はボクと遊んでくれるっていったじゃん！」

男「ポケモンでもやってろ」





実況「一蹴です！　まさに一蹴！　我が子だろうと容赦なしです！」

解説「投げやりにポケモンを勧めるというのもかなりの好ポイントですよ。こういう細かいところ大事です」

男「行ってきます」ｻｯ





実況「ここで出勤終了！　タイムは……１分０３秒６６！　驚異的なタイムが出ました！」

解説「速いですね～、まさに光の如しです」

解説「ですがこれで満足せず、残り二種目に臨んで欲しいと思います」

男「おはようございます、課長」

課長「おはよう」





実況「さぁ、二種目目、『対上司会話キャッチボール』が始まりました」

実況「この競技は、上司とどのような会話にするかで、得点が決まります」

解説「出だしは慎重にいきたいところです……」

課長「ところで……」

男「なんでしょう？」

課長「実はウチの娘がね……○○大学に合格したんだよ」

男「本当ですか！？　おめでとうございます！」





実況「おっと！　○○大学……なんとも微妙な大学です！　無名ではありませんが、有名でもない！」

解説「貶すのは問題外ですが、褒めすぎても嫌味になります。うまく切り返して欲しい」

男「○○大学といえば、そういえば有名人の××の出身校でしたよね」

課長「おお、よく知ってるね！」

男「××の後輩になるなんて、羨ましいですよ」

課長「ハハハ、そうだろう？　娘も喜んでるよ」





実況「――うまい！　有名人で攻めていった！」

解説「よく研究していますね。おそらく取引先などの情報も熟知しているのでしょう」

男「ぜひ娘さんになにかお祝いをしたいんですが……」

課長「おお、そうかね！　ではシャネルのバッグなんかを頼むよ！」

男「分かりました！」





実況「決めたぁーっ！　自分から進んで上司の娘さんにプレゼント！」

実況「自腹切ったぁーっ！」

解説「これが日本の伝統文化ハラキリですね」

実況「世界よ、これが日本だ！」

男「娘さんのために、今日は早めに帰宅されては？　後は私がやりますから」

課長「そうかね？　悪いね！」





実況「落ち着いて、最後も締めてきました！」

解説「社畜特有の自己犠牲精神を存分に発揮してきました。完璧な終わり方だったと思います」

実況「金メダルにグッと近づきましたね！」

解説「そうですね、この緊張感をキープして三種目目もきっちり決めて欲しいところです」

……

……

実況「さぁいよいよ三種目目、『残業マラソン』です」

実況「この競技では、選手が頭に集中力を測定する機械を取りつけ、ひたすら残業をこなします」

実況「そして、集中力が一定値を下回るまで残業を続けるという内容です」

解説「これまでの最高記録はジャマイカのモーレツ選手の６時間２５分１８秒ですが……」

解説「納期選手にはぜひとも６時間といわず７時間を狙って欲しいと思います」

男「……」ｶﾘｶﾘｶﾘ





実況「始まりました！」

解説「いいですね、落ち着いています。オリンピックの大舞台という重圧を感じさせません」

男「……」ｶﾘｶﾘｶﾘ





実況「１時間経過しましたが、衰えがありません！　黙々と残業を続けています！」

解説「素晴らしい集中力です。おそらく相当な量のサビ残をこなしてきたのでしょう」

解説「会社に泊まり込むことも日常茶飯事だったのではないでしょうか」

実況「さあ、このまま記録を伸ばして欲しいところ！」

男「……」ｶﾘｶﾘｶﾘ



実況「３時間経過！　まったく表情が変わっていません！」

解説「いいですね、この調子でいって欲しいです」



男「……」ｶﾘｶﾘｶﾘ



実況「６時間経過ァ！　勢いが止まらない！」

解説「これは最高記録を狙えそうですね」

男「……」ｶﾘｶﾘ



ビーッ！



実況「ここで終了！　記録は……なんと１１時間５６分１７秒！」

解説「これは素晴らしい！　これが日本が誇る社畜です！」

実況「納期選手の表情は、もっとやれるのに……といった風にも見えますよね」

解説「そうですね、まだまだ余力はあったように感じます」

実況「納期選手は三つの種目、全て完璧ともいえる内容でしたが……」

実況「これは……今のところ一位は間違いないんじゃないでしょうか！？」

解説「そうですね。まず間違いなく、一位についていると思います」

実況「残るはもう一人の日本選手、カローシの休日零（きゅうじつ れい）選手のみ！」

実況「休日選手にもメダルを獲って欲しい！」

実況「さぁ――」

実況「あっ、たった今、速報が入りました！」