少女「『わがまま王様と悪い魔女』」 (140)
むかしむかしあるところにわがままな王様がいました。
わがままな王様はとにかく気まぐれで、いつも自分勝手なことばかり言ってはみんなを困らせていました。
例えばある時は……
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王様「騎士長! 騎士長はおらんか!」
騎士長「は、ここに」
王様「ワシは退屈じゃ。国一番を決める武術大会を開け!」
騎士長「御意。さっそく手配します」
王様「いやそれでは面白くない」
騎士長「では?」
王様「東の国との合同大会……いや戦争じゃ! 東の国に戦争を仕掛けよ!」
騎士長「……」
王様「急がんかノロマ! さっさと行って滅ぼしてこい!」
騎士長「御意……」
またある時は……
王様「料理長よ! どこにおる!」
料理長「はいはいここにおりますよ」
王様「ワシは腹ペコじゃ。何かおいしいものを出せ」
料理長「では雄鶏の香草焼きを作ってまいりましょう」
王様「この大ばか者! 雄鶏の香草焼きなんて珍しくもなんともない!」
料理長「で、では?」
王様「クジラ」
料理長「クジラ……」
王様「の、でっかい卵焼きが食べてみたい! すぐに用意に取り掛かれぇぇい!」
料理長「クジラの卵!? そんな阿呆な……」
王様「阿呆?」
料理長「いえ何でもございませーん!」
とにかく毎日がこんな具合。
みんなはうんざりを通り越してこれが普通ぐらいになっちゃって。
わがままさえなければいい王様なんですけどね。
王様の優しい顔を見られる人はそう多くはありません。
というよりこの国では一人だけ。
王様の孫娘一人だけでした。
侍女「姫様、王様がいらっしゃいましたよ」
姫「本当だどうしよう……」
侍女「どうしようも何も普通にしてればいいと思いますが」
姫「気構えが必要なんだよおじいさま相手には」
王様「おおーい孫娘ー! 孫娘やーい!」
侍女「さ、姫様、深呼吸」
姫「いや別にそこまでは。……はーい、こちらですー!」
王様「やあやあ花のように愛らしく太陽のように美しいワシの孫娘や」
姫「会うたび会うたび同じ言葉で私を誉めそやしてくださるおじいさま、ごきげんよう」
王様「やだなワシの可愛い孫娘、美しいものはしっかり美しいと言わなくては」
姫「過剰なくらいにありがとうございますおじいさま」
王様「なにをしておったね?」
姫「みんなでお茶を」
王様「うむうむ、よきことじゃ。ワシは散歩をしておったよ」
姫「いい天気ですものね」
王様「しかし少し日差しが強すぎるきらいがある。おいそこの、少し太陽を遮れ」
侍女「無理です、飛べませんので」
王様「ワシに逆らうかっ!」
姫「わたしの侍女に無茶言わないでくださいませおじいさま」
王様「ふん、命拾いしたな下仕え」
侍女「価値あるものは生き延びますゆえ」
王様「ぐぅぅっ……」
姫「お、おじいさま、またあの話してくださらない? わたしのお気に入りのあの話」
王様「おや、また聞きたいのかい孫娘や」
姫「ええ、だってとても素敵な話だもの」
姫(あとこの空気に堪えられないもの)
王様「ううむ、しかしなあ」
姫「お願いお願い」
王様「わかったわかった仕方ないな。では始めるぞ。むかしむかしあるところに……」
王様の話はこう始まります。
むかしむかしあるところに優しい王子様がいました。
優しい王子さまは思いやりと勇気に満ち溢れ、まわりのみんなに慕われていました。
「あ、王子様こんにちは!」
「ごきげんよう!」
「今日もいい天気ですね!」
「転んで怪我などなさらぬよう!」
実際は転んで怪我なんてドジはしません。
でもお城の中しか知らないフリをした王子は、真剣に「わかったよ!」とうなずいてみせました。
本当はお城を抜け出すことなんて日常茶飯事だったんですけどね。
さて今日も外へと繰り出した王子様、森の方へと向かいます。
木々の間を歩いていくと突然視界が開けて、お花畑が広がりました。
そこにいたのは花のように愛らしく太陽のように美しい女の子。
顔を上げて王子の方に目を向けました。
娘「あら、また来たのね」
王子「いやあお城は窮屈で」
娘「王子さまは大変ねえ」
王子「ここに来ると気が休まるよ」
娘「こんなに綺麗なところだものね」
君も綺麗だよ。
いや君の方が綺麗だよ。
僕は君に会いに来たんだ。
王子はそれが言えません。
ほんの短い一言二言なのに。
娘「なあに、変な顔しちゃって」
王子「べ、別に」
娘「座ったら?」
王子「そうだね」
娘「なんでそんなに離れるの?」
王子「じゃあこれくらい?」
娘「じゃあって?」
王子「さあ……」
娘「変なの」
王子「わ、笑うなよ!」
王子はこの時間が好きでした。
お城にいるときはお行儀良くしていなければなりませんが、ここでは子供らしくしていてもよかったからです。
二人は一緒に長い時間を過ごしました。
川に行ったり、ごっこ遊びをしたり。
夜はお城にいなければなりませんが、いつか一緒に星を見ようとも約束しました。
王子「絶対だよ」
娘「うん。いいよ」
王子「よぅし、そうと決まったら計画を立てないと!」
娘「……」
王子「爺やはちょっとボケが入ってるし見回りは怠け者が多いから…………どうかした?」
娘「あ……ううん。何でもないよ」
王子「じゃあまた明日!」
娘「うん」
でもその明日は訪れませんでした。
女の子が消えてしまったからです。
お花畑には誰の姿もありませんでした。
次の日も、その次の日も。
人をさらう魔女が出たと聞いたのは、それからしばらく後のことでした。
王様「……孫娘は眠ってしまったか」
姫「ううん……」
侍女「仕方ありませんよつまりませんもの」
王様「首をはねられたいか?」
侍女「滅相もない。それにしてもその話、いつもそこで途切れますよね。続きはあるのですか?」
王様「どう思う?」
侍女「ないのでしょうね」
王様「……」
侍女「とても中途半端な話です。物語として完結していない。作った人は三流作家なのでしょう」
王様「我が孫娘を部屋に連れていけ。今すぐにだ」
侍女「承知いたしました」
王様「中途半端。物語として完結していない。三流作家」
王様「ふん。その通りだろうさ」
王様「なぜならこれはワシの話なのだから」
その夜、王様の孫娘がさらわれました。
悲鳴を聞いた者もなく、ただ窓だけが開け放たれて。
誰もが魔女の仕業と言っています。
王様は当然激怒します。
早く姫様を助けなければ。
物語はここから始まるわけです。
つづく
王様「騎士長! 騎士ちょおおぉぉう!」
騎士長「は、ここに」
王様「魔女の討伐命令は出したか!?」
騎士長「今朝の時点で」
王様「そうかならいい!」
騎士長「よいので?」
王様「いやよくない! それならばなぜまだ孫娘が戻ってきておらんのだ!」
騎士長「は……それが少々問題が起きておりまして」
王様「問題? 申してみよ!」
騎士長「こちらをお取りくださいませ」
王様「剣? うちの軍のか」
騎士長「はい」
騎士長「どうぞ抜いてみてください」
王様「っ……抜けぬ!? 抜けぬぞ!」
騎士長「は。このようなことが軍全体で起こっているのです」
王様「何だとぉ……?」
騎士長「我が軍の剣は一本たりとも抜剣することができません」
王様「一本たりとも……?」
騎士長「ええ。それどころか今調べさせておりますが、この国全体を見ても抜き放つことのできる剣がないかもしれません」
王様「何ぃ!?」
王様「つまり……」
騎士長「そう、つまり我々は現在武装を封じられた状態です」
王様「そ、そんな」
騎士長「しかしとりあえず分かったことが一つ」
王様「?」
騎士長「これは明らかに魔法を扱う者の仕業ということ」
王様「そんなことは分かっておるわ馬鹿者!」
騎士長「いえしかし、魔女と呼ばれる者のうち真に魔法に通ずるのはほんのわずか」
王様「何が言いたい」
騎士長「この辺りで本物の魔法を使えるものはただ一人、沼地の魔女でしょう」
王様「!」
沼地の魔女。
魔法を悪用し人をさらう恐ろしい魔女。
それは王様にとって最も憎むべき相手でした。
王様「沼地の魔女……あやつめ、このワシからまたも大事なものを奪い去ろうというのか」
騎士長「……」
王様「おとなしくしておるからと見逃してきてやったがもう限界じゃ! さっさと行って滅ぼしてこい!」
騎士長「ですから武器がないのです」
王様「知ったことか! 素手であの首をもいでやれ! 八つ裂きにせよ!」
騎士長「しかし……」
王様「うるさいうるさい、さっさとせぬと首をはねるぞノロマ!」
騎士長「御意……手配いたします」
王様はイライラと広間を歩き回ります。
孫娘のことが心配で心配でなりません。
お腹を空かせてはいないかな。
怖がって震えてはいないかな。
そんなことを考えていると、王様のお腹が鳴りました。
王様「……料理長! 料理長!」
料理長「はい王様、なんでしょう?」
王様「ワシは腹が減ったぞ何か作れ!」
料理長「はい王様! ……と言いたいところなんですが。少々問題が起きておりまして……」
王様「なんだお前もか」
料理長「はいぃ。実は鍋がどいつもこいつも大食らいになっちゃって。材料を入れてもなくなっちゃうんですよー!」
王様「ええい魔女か! なんと小癪な!」
これはのんびりもしていられなくなったようです。
王様は料理長を大鍋に突き落とすと階段を駆け下ります。
向かう先は軍の演習場。
急いで大空の下に駆け出ました。
王様「騎士長! 騎士長! 騎士長?」
騎士長「……はいなんでしょう王様」
王様「何故そんなところに転がっておる?」
騎士長「鎧が急に重たくなったので」
王様「なに、重たく?」
騎士長「動けません」
王様「脱げばよいではないか」
騎士長「脱げません。魔法です。他の兵士もみな同じ状態で」
王様「何ぃ! では……」
騎士長「わが軍は今、完全無欠に無力です」
王様「ええい魔女め! 何たることだ!」
王様は今度は階段を駆け上がりました。
孫娘の部屋に飛び込んで、声を大きく張り上げます。
王様「侍女よ! 侍女はおらんか! この際お前でも仕方ない、孫娘を取り戻しに行ってこい!」
召使い「あの方なら昨日実家に帰られましたよ」
王様「何ぃ!?」
召使い「なにもこんな大変なときに帰らなくったっていいのにねえ」
王様「っ……」
召使い「王様?」
王様「ええいあの女! ぶっ殺してやる!」
錯乱気味に叫んだ王様は、しばらく考え込みました。
これからどうするべきなのか。
どうすれば孫娘を助けられるのか。
でも本当は答えは分かり切っていて、あとは覚悟を決めるだけでした。
王様「ふん、役に立たないクズどもめ。こうなったらワシが一人で何とかしてやるわい」
王様「抜け穴はちゃんと昔のままじゃのう。これなら問題なく外に出られそうじゃ」
「王様!? 王様がいらっしゃらないぞ! どこにもいない!」
王様「わめけわめけ愚民ども、お前たちが惑っているうちに全て終わらせてやるから見ておれよ」
王様「帰ってきたら役立たず共はまとめて打ち首にしてくれるわ」
王様「ではいざ行かん魔女退治! 覚悟せよ邪悪な化け物女め!」
王様「うおおおお!」
雄叫びと共に王様は城壁の穴から飛び出します。
向かう先は森の沼地の魔女のところ。
とりあえず抜けない剣と底なし鍋とを手に持って、王様は一目散に森へと飛び込みました。
王様「さてやってきたが森の中。どちらへ向かえばいいのやら」
王様「皆目見当もつかんわい」
王様「うん? あちらに誰かおるな」
進んでいった先の木の根元に、誰かが座っているようでした。
王様が近づくとその誰かは顔をこちらに向けます。
フードを目深にかぶったなにやら怪しい人物です。
王様「おいそこの怪しい奴、名を名乗れ」
商人「私は商人でございます」
王様「女か」
商人「ええ。国から国へと渡り歩いて不思議な道具のやり取りをしております」
王様「不思議な道具?」
商人「はい。例えばこちらこの絵本」
王様「何の変哲もない絵本じゃないか」
商人「そう見えるでしょう? ですがひとたび開いてみますと……」
王様「ぬ、まぶし……!」
「今日は何して遊びましょうか」
「僕はごっこ遊びがいいと思う!」
「どんなごっこ遊びする?」
「勇者様が魔女からお姫様を救う話!」
何かが見えたような気がしました。
王様「――くっ、やめんか本を閉じよ!」
商人「どうですお気に召しましたか王様?」
王様「! 貴様、魔女だな。ワシを幻惑しおったな!」
商人「滅相もありません。私はしがない商人ですよ」
王様「信じられるかこんな気味悪いものを出しおって! 成敗してくれるからそこになおれい!」
震える手で剣を抜こうとする王様ですが、柄はびくともしませんでした。
王様は焦りで怒り狂います。
王様「くそ! くそ!」
商人「おや剣が抜けないのですか?」
王様「魔女めぬけぬけと!」
商人「ダジャレは好きではありません」
王様「違うわ!」
商人「これをお使いなさいませ」
そう言うと商人は香水のような物を剣の上から振りかけます。
するとあら不思議、王様の手の中で何の抵抗もなく剣が抜けたではありませんか。
王様「な……!?」
商人「どうです驚かれました?」
王様「お前……やはり魔女……」
商人「相手を手助けする魔女がおりますか?」
王様「だ、だが」
商人「これは物をはがす香水です。東の国では糊付けを解くときに今でも重宝されていますよ」
王様「……そうなのか?」
商人「信用されてないならばそうですね、これをタダであなたにあげましょう」
王様「なに?」
商人「商人は信用が命。信用を得るためならばこれくらいのことはいたします」
王様「本当か?」
商人「信用が命と申し上げました。嘘をつくことはいたしません」
王様「う、うむ。ならばもらってやろうではないか!」
商人「ありがたき幸せ。次回からもごひいきに」
王様「気が向いたらな。では」
商人「あ。お待ちを。こちらもお持ちになってくださいませ」
王様「さっきの絵本? いらんぞそんなもの」
商人「ぜひお持ちになってください。私の献上品を恩と思っていただけるなら」
王様「しかしなあ」
商人「ぜひぜひ」
王様「でもワシいらんし」
商人「これだからわがままジジイは」
王様「え?」
商人「申し上げるのが遅れましたがそちらの絵本、あなた様の道しるべとなってくれるはずです」
王様「道しるべ?」
商人「きっとあなたの行くべきところへと導いてくれるでしょう」
王様「絵本が?」
商人「絵本が。さあさ持って行った持って行った」
王様「おおう!?」
どん、と追い立てられるように数歩進んで振り返ると、もうそこには誰の姿もありませんでした。
首を傾げた王様は、手の中の絵本を見下ろします。
ひっくり返すとそこには地図。
沼地までの道筋が、大まかに描かれていました。
つづく
王様「ええと、この大木を回り込んで」
王様「それからこの二股の道を右に……いや左か?」
王様「微妙にゆがんでいていまいち判別しづらい……」
王様「ええいくそ、この地図まったく役に立っておらんぞ!」
地図を頼りに歩いていた王様ですが、いつの間にか道を外れてしまっていました。
今歩いているのがどこなのか、もはやまったくわかりません。
帰り道すらどちらやら。
王様「ううむ参った。これでは孫娘のところにも行けんわい」
王様「どこぞにここらの道に明るいものはおらんだろうか」
王様「料理長の奴はよくこのあたりに食材探しに来ていたらしいが」
「でもその人、あなたについてきてくれたかしら」
王様「ふん、この国でワシに逆らえるものなどおるものか」
「そうね、あなたすごく偉くてわがままになっちゃったものね」
王様「誰がわがままかっ……んん?」
声のした方に顔を向けますが、そこには誰もいませんでした。
おかしいなあと首をかしげます。
確かに誰かがいたように思ったのですが、今思い返すと風の音だったようにも思えます。
王様は気のせいか、と再び歩きはじめました。
王様「しかしこのまま進んでも森ばかり。水のにおいもしてこんわ」
王様「道を間違ったのは多分確かなのだからして引き返すべきかもしれんのう」
王様「ううむ仕方ない。面倒くさいが」
狼「こんにちは」
王様「うおお!?」
振り返った先には丸々と太った狼さんが立っていました。
王様「な、なんだ貴様は!」
狼「わたしはこの森に住む狼です」
王様「そんなことは見ればわかる! さっさとどこかへ消えてしまえ!」
狼「そんなぁひどいですよわがまま王様ー」
王様「ち、近寄るな! 近寄ったら輪切り肉にしてやるぞ!」
狼「輪切り肉! おいしそうだあ!」
とびかかってきた狼さん。
王様は慌てて飛びすさって剣を抜き放ちます。
狼さんは少し驚いたようですが、焦らずじりじりと距離を詰めてくるようでした。
狼「王様ぁそんな怖いもの出さないでくださいよー」
王様「……」
狼「そんなものでは私を止めることなんてできないですしー。分かってるでしょ?」
王様「く……」
万事休す。
王様は覚悟を決めました。
こうなったら死を恐れずに戦うべきです。
邪魔な鍋を捨てようとして……
王様(鍋? そうだ!)
狼「では、いっただっきまーす!」
王様「ちょぉっと待ったあぁっ!」
狼「?」
王様の頭に、このときすごくいい考えが浮かんでいました。
王様「狼よ、よく聞け。ワシはお前に食われるなど死んでもごめんだ」
狼「ええ? でもぉ」
王様「でもじゃない! だからワシは死ぬ気で抵抗してやるぞ! しかし……」
狼「なんです?」
王様「どう考えてもワシの力ではお前に勝てるとは思えない」
狼「でしょうね」
王様「だがその場合お前も無傷ではいられまい。だから一つ提案がある。ワシを満足させてくれればお前はワシを食べていい」
狼「満足ですか?」
王様「うむ。ワシは小さいころから野イチゴを腹いっぱい食べたかったのだがお城の者が許してはくれんかった」
狼「それはかわいそうですねえ」
王様「いわく、ばっちいらしい。まあともかく、ワシは野イチゴを腹いっぱい食べてみたいわけじゃ」
狼「そして満足すれば私はあなたをたべてよいと」
王様「そういうことじゃ」
狼「キャッホーッ!」
王様「この鍋を使え」
狼「アイサー!」
狼は鍋に野イチゴを溜め始めました。
あの底なしの大鍋に。
もちろんいつまでたってもいっぱいになんてなりません。
狼「あれれぇ、おかしいですねえ……」
王様「……」
狼が首を傾げている間に、王様はこっそりその場を後にしました。
つづく
王様「ふうやれやれ、まったく肝が冷えたわい」
王様「しかしはて、あの流れはどこかで覚えがあるような……」
王様「ううむわからん。まあよいわ」
王様「さてだいぶ引き返してきたぞ」
王様「ん、あれはさっきの大木じゃな」
地図の道に戻ってきた王様は、今度は間違えないように進みます。
丘を越え、川を渡ってずんずん先へと進みます。
今度はしっかり沼の方へと向かっているようで、次第にあたりの緑の密度が増してきました。
王様「これはもうすぐ沼地に違いない」
王様「この岩を曲がれば……」
王様「曲がれば……」
王様「……」
行き止まりでした。
慌てて地図を確かめます。
王様「どういうことじゃ。あともう少しで魔女の根城なのに」
王様「この道をこう行って、こう来て」
王様「……?」
王様「……???」
確かに地図の通りに来たはずでした。
でもなぜでしょう、地図を見ているとなんだか自信がなくなるのです。
本当に自分は地図の通りに来たのだろうか、そもそもこの地図は本当のものなのだろうか。
なんだかいろいろなものが曖昧になってしまうのです。
王様「困ったことだ、ワシはどうすれば……はっ」
『その絵本はきっとあなたの行くべきところへと導いてくれるでしょう』
王様「あの商人はそんなことを言っていたか」
王様「ううむあまり気は進まんが……えい!」
王様は掛け声とともに絵本を開こうとしました。
しかしその前になんと紙の隙間から何かが飛び出てきたではありませんか。
その影は地面に降り立つと、鋭い視線をこちらに向けます。
鎧「お前が沼地の魔女様に楯突くわがまま王か」
王様「なんじゃいきなり人をわがまま呼ばわりなど! お前は何者じゃ!」
鎧「俺は魔女様に使える地獄の騎士。煉獄に鍛えられしこの剛剣で貴様の息の根を止めに参った」
王様「ぬうう……!」
鎧「どうした恐ろしいか」
王様「真顔で恥ずかしいことを言う奴が怖くないわけあるか!」
鎧「俺を侮辱するか!」
王様「素直な感想じゃ!」
鎧「なら仕方ない!」
地獄の騎士は剣を構えて足を横へと踏み出します。
王様もそれに合わせて間合いを取りつつ腰の剣を抜きました。
睨み合い、
王様「……うおおおおおお!」
鎧「フッ!」
同時に飛び出しました。
一合、二合と打ち合って、力が完全に拮抗します。
王様はわがままだけど、剣術の修業は真面目にやったのです。
王様「くっ、やりおる……」
鎧「お前もなかなかねばるじゃないか」
王様「……やッ!」
王様は隙を突き何度も騎士に斬りつけます。
しかし鎧や兜が邪魔をして、なかなか傷を負わせることができません。
王様「くそ、卑怯だぞ!」
鎧「お前も着てくればよかったものを!」
王様「森歩きに鎧とか馬鹿か!」
鎧「俺を侮辱するか!」
王様「事実じゃ!」
鎧「ならば仕方ない!」
騎士の一撃が王様を木の幹に叩きつけました。
王様はあまりの痛みに動けません。
相手はとどめを刺すために近づいてきます。
鎧「ではわがまま王よ、安らかに眠るがよい」
王様「くそお!」
剣を振るいますが弾かれて飛んでいってしまいました。
これで終わりか。
王様は藁にもすがる思いで懐に手を伸ばします。
何かあるはず。
ナイフか懐剣か針かあとは何でもいいから硬くて重いものが。
手に触れたものはそのどれでもないようでしたが王様は死に物狂いでそれを敵に投げつけました。
びしゃ。
何やら水っぽい音が聞こえました。
鎧「ぬ!?」
王様「お?」
鎧「ぬおおおおお!?」
王様「……」
騎士の鎧がはがれて落ちていました。
そうです、王様が投げつけたのはあの不思議な香水入りの瓶でした。
鎧「お、俺の自慢の鎧が……」
王様「……なんというか、お前」
鎧「なんだ!?」
王様「中身は細っこいのう……」
鎧「うるさい! 侮辱か!」
王様「見たまんまじゃ」
鎧「くそおおおお死ねえええええ!」
王様「うお!?」
冷静さを失った地獄の細騎士が剣を振り上げて襲いかかってきます。
王様は慌てて逃げ出そうとしました。
しかし、向こうの方から同じように怒り狂って走ってくる誰かがいます。
狼「王様あぁぁぁひどいじゃないですかあぁぁぁ!」
王様「しまった気づかれたか……!」
鎧「殺してやるううぅぅ!」
狼「いただきますううううぅぅ!」
王様「あわわわ……!」
もう王様にはどうすることもできません。
観念して目を閉じます。
その時手から絵本が滑り落ちました。
まぶたの向こうに光がはじけて……視界いっぱいを埋めました。
少女「むかしむかしあるところに優しい王子様と美しいお姫様ががいました」
少女「二人は仲良く暮らしていましたが、ある時それを妬んだ魔女がお姫様をさらってしまいました」
少女「勇敢な王子さまはお姫様を助けるために立ち上がります」
少女「不思議な商人に助けられ、狼の牙を知恵でくぐりぬけ、地獄の騎士をやっつけて魔女へと迫ります」
少女「しかし魔女の棲み処へ辿り着くには、どうしても必要なことがありました」
商人「ようこそ」
狼「ようこそ王様」
鎧「ようこそ試しの間へ」
王様(ここはどこじゃ……? どこまでも白くて何もわからん……)
商人「王様」
王様(何じゃ)
狼「大事な人に会いたいですか?」
王様(当たり前じゃ)
鎧「では私たちにその覚悟をお示し下さい」
王様(覚悟? 示す?)
商人「まず」
商人「魔女様に会いたければそのマントを私にください」
王様は迷いました。
しかし孫娘を助けるためならばとマントを渡しました。
狼「次に」
狼「その剣を私にください」
王様はすごく迷いました。
これがなければ戦えないからです。
しかし孫娘に再会するためならばと剣を渡しました。
鎧「最後に」
鎧「その王冠を私にください」
王様はとてもとても迷いました。
これは自分が自分であるためにどうしても必要なものに思えたからです。
しかしそれでも孫娘に会うために、王冠を渡しました。
商人「おめでとう」
狼「おめでとう王様」
鎧「どうぞ先へとお進みください」
気づくと白い場所に王様一人でした。
そして目の前には扉が。
取っ手に手をかけると隙間から一際強い光が差します。
王様は目をつむって扉を開け放ちました。
王様「……」
王様「ここが……」
沼地。
鬱蒼と緑の濃い草が生えていました。
濁った水面にはごぼごぼと気泡が湧いているところもあり、何やら不気味なところです。
王様は沼の岸辺に立っていました。
ふと目を横にやると、黒い影がそこにいます。
王様「……」
魔女「よく来たねえわがまま王様」
王様「……」
魔女「一人で来るとは勇敢なことだ。それともついてきてくれるほど家臣に慕われてはないのかい?」
王様「……」
王様は何も答えません。
無言のまま魔女に向き直ります。
魔女は警戒しませんでした。
だって王様は何も持っていませんでしたから。
マントも剣も王冠すらも失って、王様はもう王様ですらなかったかもしれません。
でもだからこそわかることもありました。
魔女「惨めなことだよ本当に」
王様「そうでもないさ」
魔女「……?」
王様「君が呼んでくれたから。それに、だからこそ一人で来たんだ」
その瞬間、魔女の姿が変わりました。
可愛らしくも美しい女の子の姿になりました。
あの頃のまま、少しも変わりない姿に。
王様「久しぶりだね……」
娘「……ええ」
王様「君が魔女か」
娘「そう」
王様「そしてこれで物語が終わるのか」
王様の手の中に金のナイフがありました。
あの不思議な絵本と同じ色でした。
絵本のナイフ。
王様は一歩を踏み出します。
王様「君がいなくなって寂しかったよ。もう会えないんだって分かってとても悲しかった」
娘「……」
王様「でも、そうか、君が魔女だったか」
娘「そうよ、ごめんなさいね」
王様「正直、傷ついた」
娘「でもこれで終わり」
王様「そうか、終わりか……」
女の子の目の前に立って、王様は手の中のナイフを見下ろしました。
これを彼女の胸に突き立ててれば確かに終わるのでしょう。
そして孫娘は帰ってくるのでしょう。
王様はナイフを投げ捨てました。
王様「会いたかった……! 会いたかったよ……!」
娘「……」
王様「会えてよかった。本当に、会えてよかった……!」
娘「……」
膝をつき女の子の手を取って泣きじゃくる王様を、悲しそうな目が見下ろしました。
娘「やめて。お願いだから立ちあがって」
王様「僕は君を殺したくなんかない……」
娘「でもそうしないとあなたの大事な人は帰ってこないわ」
王様「君だって大切な人だ」
娘「……ありがとう。それを聞けただけで満足よ」
そして彼女はナイフを王様の手に渡します。
切っ先を自分の胸に向けて導きます。
娘「さあ」
王様「ぐ……」
姫「やめて!」
王様「!」
姫が飛び出してきて王様にしがみつきました。
涙の浮かんだ目で王様を必死に見上げます。
姫「やめて、おじいさま。精霊さんも、もういいでしょ」
娘「でも……」
姫「でもじゃない。こんな形はやっぱり駄目だよ」
王様「……孫娘や。どういうことなんだい?」
姫「わたしはこの子に頼まれたの。お花の精霊さんに」
王様「花の、精霊?」
精霊娘「……」
姫『あなたは誰?』
精霊娘『あなたのおじいさまとと親しかったものです。こんな夜更けにお邪魔したうえ図々しいとは思うのですけれど……』
姫『何?』
精霊娘『わたしのわがままを手伝ってはいただけないでしょうか』
王様「わがまま……」
姫「おじいさまたちが子供の頃、一緒にやっていたごっこ遊び、覚えてる?」
王様「むかしむかしあるところに優しい王子様と美しいお姫様が……」
精霊娘「……」
姫「それをもう一度やりたかったんだって……だからわたしは手伝ってあげることにしたの。騎士長さんも料理長さんも侍女さんも手伝ってくれたよ」
王様「え、奴らもか?」
姫「地獄の騎士さんと狼さんと商人さん」
王様「ああ……そう言われれば」
王様「しかしなぜごっこ遊びなど」
姫「それは……」
精霊娘「最後だから」
王様「え?」
精霊娘「死ぬときぐらい、最高の思い出に浸りたいじゃない……」
その瞬間沼地の風景が一変しました。枯れた花だけの荒れ地へと。
娘が力尽きたように倒れます。
王様はその傍らに膝をついて顔を覗き込みました。
力を失って白いばかりのその顔を。
精霊娘「花が枯れればわたしに生きる力はない……あの時、住む世界が違うからと離れたことは後悔してるわ。……ごめんなさい」
王様「いまさらだ」
精霊娘「そうね、いまさら過ぎるわね。でも死ぬって時になると悔いばかりが浮かんでくる……」
王様「ワシも悲しく思っとる。いきなり別れることになってしまってとんでもなく性格がゆがんだよ」
精霊娘「ふふ……とてもわがままになっちゃったものね……」
王様「はは。もうしみついてしまって治りそうにないよ」
精霊娘「……本当にごめんなさいね」
王様「いいや謝ることはないさ」
精霊娘「え……?」
王様「わがままになったからこそ諦めなくてもいいこともあるからのう」
王様は立ち上がって金のナイフに飛びつきました。
柄と刃をつかんで折ると、ナイフは絵本の姿に戻ります。
王様は忘れてはいなかったのです。
その絵本はきっとあなたの行くべきところへと導いてくれるというその言葉を。
王様「ならば連れていけ! わしらの行くべきところへと! ワシはこのままさよならなんて死んでもごめんじゃ!」
精霊娘「……!」
姫「あ……」
その光は今までと比べるとささやかなものでした。
王様と女の子をだけを包んで、そしてしずかに消えました。
二人と一緒に消えました。
姫は慌てて残された絵本へと駆け寄ります。
近寄った先で、絵本が勝手にぱらぱらぱら。
最後のページで止まります。
姫「……!」
姫「綺麗……!」
そこには満天の星空を眺める王子様と女の子がいました。
あの日果たせなかった約束を、二人は絵本の中で果たしたのです。
そしてこれからは二人はずっと一緒。
ずっとずっと一緒です。
少女「むかしむかしあるところにわがままな王様がいました」
少女「わがままな王様は本当にわがままでわがままで、諦めるべきところで諦めませんでした」
少女「その甲斐あってか本当なら一緒になれない女の子と一緒になることができました」
少女「めでたしめでたし」
少女「『わがまま王様と悪い魔女』、本当の題名は『優しい王子と花の精』」
少女「おしまい」
お読みサンクス
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