モバP「遅く起きた日は」 ライラ「お出かけですよー」 (27)

読んでないとわからないかもしれない前作
モバP「遅く起きた朝は」
モバP「遅く起きた朝は」 - SSまとめ速報
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「準備できたか? ライラ」


「はいですよー」


「よし、行くか」


「おーらい、でございます」


2,3日続いた雨に洗濯物を溜めさせられたりもしたのだが、結局、今年はあまり雨は降らなかったな。短めの梅雨が明け、よく晴れた空、気持ちの良い風。絶好のお出かけ日和だ。


「荷物は……いらないか。財布と携帯だけ持ってこう」


近くと言うほどではないが、日帰りで行ける範囲には大型の水族館や、国内屈指の遊園地などもあるのだが。



どこに行こうか。なんて、まるで恋人のような会話だなあ。なんて思いながら、相談をして。


「人がたくさんだと目が回ってしまうですよー。ライラさんはのんびり歩きたいです」


との事で、近くを散歩する事になった。この辺りは住宅街と言うには少し寂しいが、その分公園や雑木林には歩けばすぐに突き当たる。


いつもは駅まで足早に進む道でも、のんびり歩くとまるで違う通りのように思え、何となく楽しくなってくるのは休みの日だからだろうか。それとも、並んで歩いてくれる可愛い子がいるからか。


「どこに向かっているですか?」


「少し歩いた所に大きな公園があるんだ。ボートはお金がかかるが、他はタダだぞー」


「おー、タダでございますですか。それはおトクでございますねー」


そんな他愛ない会話をしながら15分ほど歩き、目当ての公園に到着した。


比較的大きな自然公園で、ジョギングコース、ボートに乗れる池、動物ふれあいコーナー等様々なものがあり、知名度は有名どころには負けるが、お金をかけずに1日過ごせると人気のスポットだ。


「ふー……日差しが強いからか、これだけでも結構疲れるなあ。ライラは大丈夫か?」


「はいです、鍛えているですから」


額に少し汗が浮かんでいるが、息は切れてない。やっぱりダンスって凄い。


「今度一緒にやるですか? トレーナーさんも、プロデューサー殿は運動不足だと言っていたですよ」


余計なお世話だ。


「遠慮しとくよ。流石に若い女の子に混じってワチャワチャやるのは精神的にクるものがある」


それに、運動しないのではなく、する暇がないのだ。
まあ、取れてせいぜい10分かそこらの時間で何ができるとも思えないが。


「朝夕に10分ずつでも、散歩する事から始めましょう、との事ですよ」


おっと、いい読みしてやがる。


「ライラさんも一緒にお散歩、しますです?」


なんと甘美な誘惑か。だがしかし、良識ある大人としては屈するわけにはいかない。


「気持ちはありがたいけど、朝は早いし夜も遅いからな。帰れない時もあるし、日常的な運動ってのも結構難しいんだよ」


これは単なる言い訳であるが。


「とりあえず今日はのんびり過ごそう。と言うか、せっかくの休みなのにそんな疲れる事を考えるのはよそう」


「おー、そうでした」



ずっと入り口で突っ立ってるわけにもいかんしな。そう言って、並んで歩き出す。休日という事もあってか、親子連れ、ペットの散歩、ジョガー、実に様々の目的の人がいる。
子供たちの笑い声がよく通って聞こえてくる。賑やかなのは嫌いではない。


「かわいいなあ」


はしゃぐ子供達を見て、思わず声に出す。


「ありがとうございますです」


「えっ」


「えっ」


「……」


「……」


何の事かとライラを見る。視線が合うが、すぐにライラが何かに気づいたように目を反らす。


「すみません、ライラさんの事ではないのですね」


そう言って顔を伏せ、少し震えた声で続ける。


「お子様達の事でございますですよね」


おお、ライラが照れ……か? 照れてるのか? これ。珍しい事もあるものだ。


「いや、そうだな。ライラももちろん可愛いよ」


そう言うと、ライラが勢いよくこちらを向き、距離を詰めてくる。お前そんなに素早く動けたのか。


「本当でございますか?」


「俺がお前に嘘を言った事があるか?」


これも珍しく、ジトリとした目線をこちらに向けてくる。睨んでいるつもりだろうか。


「質問に質問で返してはダメでございますよ。それと、ウサミンさんは17歳でした」


あー、そう言えば。いつだったか、うっかり漏らした事があったっけ。


どうやら菜々の言葉の方が信頼性は高いらしい。これも緻密な設定の為せる業か。それとも、案外信用ないのだろうか。後者だったらお兄さん泣いちゃう。


「悪い悪い、そうだったな。でも、ライラが可愛いと思うのは本当だよ。でなけりゃ、アイドルになんて誘ってないさ」


これは紛れもない本心であるのだが。


「そうですか? ……えへへ、そうでございますかー」


先程とはうってかわって、ウヘヘと擬音が付きそうなほど、ゆるい笑顔を見せてくれている。
こんな一言でここまで喜んでくれると、男冥利に尽きると言うものだが――



――ワンッ!



思考が突然に打ち切られる。すぐ後ろから聞こえてきた鳴き声は、聞き覚えのあるものだった。


「ばっ、ハナコ、ダメだって! 待て、待って! ちょっと!」


直後に聞こえてきた声――これも聞き覚えのある声だった――と、茂みから飛び出して来た二つの影。どちらも知っている物だった。


「何してんだ、奈緒……と、ハナコ?」


「あ、あはは……おはよう、ライラ、プロデューサーさん。じゃ、私はこれで――」


「待てコラ」


慌てて去ろうとする襟首を掴んで引き戻す。


「いつから見てた? それと、何でここにハナコがいるんだ。気持ちはわかるが、誘拐はいかんぞ?」


「するか! 昨日から凛と加蓮がウチに泊まってるんだよ!」


顔をサッと赤くして、早口で捲したてる。


「凛の両親が旅行に行くとかで、ハナコと一緒に加蓮の家に泊まる予定だったんだよ。そしたら加蓮が、『あ、そう言えば私も両親が旅行にいくんだったー、うっかりー。という訳で、泊めて奈緒ー♪』とか言い出して押しかけてきてさー……いや、迷惑って訳じゃないんだけど、こっちにも準備ってものがあるし……」


どんどん声が小さくなっていって、後半は殆ど聞こえなかったが。


「随分と嬉しそうだな」


「は、はァ!? 何言ってんだよ、そんな訳ないだろ!? 凛も加蓮も年上を敬うって事を知らないんだよ! お母さんからあたしの小さい頃の話聞き出そうとするし、アルバムは勝手に見るし、ベッドに入ってくるし……今度プールでの撮影があるからって、み、水着まで引っ張り出して着せようとしてくるし……」


あー、うー、と、悶えるように絞り出す。


「まあ、嫌じゃないし……た、楽しいけどさ」


怒ったような、笑ってるような、そんな一人百面相。


「奈緒さんは可愛いですねー」


「ああ、可愛いな」


「ちょっ、ライラまで!? 何言ってるんだよ、あ、あたしが可愛いとか……もう、バカ」


お、沈んだ。耳まで真っ赤だ。


ワン!


「ほら、ハナコも可愛いってよ。」


「言ってないだろ!? あんた、犬語わかんのかよ!」


「え、お前わかんないの? アイドルなのに?」


「アイドルはそんな万能な言葉じゃない!」


凹んだりツッコんだり忙しいやっちゃなあ。ところで、だ。


「ハナコがこっちに来てる訳はわかったが、何で一人で散歩してるんだ? 凛と加蓮はどうした」


「昨日、かなり遅くまで騒いでたから、まだ寝てる。あたしは、ほら……日曜だしさ。ハナコもずっと籠に入ってて、遊びたそうにしてたから。勿論、凛に許可はもらったよ」


半分夢の中だったけどな、と苦笑しながら答える。




「ああ、なるほど。家はここから近いのか?」


「走って20分くらいかな? 休みの日にはたまに来るんだ。最初は家の周りをちょっと走るだけのつもりだったんだけど、ハナコが随分はしゃぐもんだからさ。あたしもちょっと、身体を動かしたくなっちゃって」


そう言って照れたように頬をかく。ウチのアイドルは真面目だなあ。


「で、ジョギングしてたら聞き覚えのある声がしてさ。面白そ……じゃなくて、真面目そうな話してたから、声掛け辛くて」


今更取り繕わんでもいい。


盗み聞きしてたってわけか。まあ、往来であんな話をした俺にも責任はあるが……。


「どの辺から聞いてた?」


「ライラももちろん可愛いよ」


キリッとした表情で声色を作る奈緒。物真似のつもりか。そんなだったか? 俺。


堪えきれずに、二人でプッと噴き出す。聞かれたのが奈緒だけでまだ良かったな。凛と加蓮に知られたらどうなってた事か。


「できればこの事は事務所の連中には……」


「わかってる!わかってるよ、誰にも言わないから。これでも口は堅い方だよ」


ただ、と付け足して。


「他の誰にも言わないから、友紀さんにだけは言わせて? もしくは恵磨さん」


ふざけんな、ウチの喧伝担当ツートップじゃねえか。五分で事務所全体に広がるわ。


「えー、じゃあ誰に言えばいいんだよ。休日にライラとプロデューサーさんが公園デートしてたって。あ、もしかして朝から一緒だったりする? まさか、お泊まり……」


「なわけないだろ。誰にも言わないでくれ、頼むから。ほら、今度飯でも奢ってやるから」


「ちぇー、つまんないの。まあいいや、そろそろ凛達も起きるだろうし。そろそろ帰ろうか、ハナコ……って、あれ、ハナコ?」


そう言って辺りをキョロキョロと見回す奈緒。預かり物だし、迷子になったら一大事だ。


「探すの手伝おうか。いいよな、ライラ――ライラ?」


気付くとライラも姿を消している。まさか一緒にどこか行ったか?


―――


予想に反し、一人と一匹はすぐに見つかった。


ワンッ!


わん、でございますか?ハナコさんの言葉は難しいですねー。


ワンワン!


おー、わんわん、でございますよー。ライラさんはわんわんわん、です


クゥーン


あはは、くすぐったいでございますですよ。ハナコさんはモフモフですねー。


ワン!


近くの広場で、天使が2人、戯れていた。


「あたしが言うのもなんだけど、ライラも大概可愛いよなー……写真撮っとこ」


「馬鹿野郎、ウチのアイドルは漏れなく全員可愛いぞ」


「そういう事を臆面もなく言っちゃうのがなー……」


カッコいいだろ?


「いや、若干キモい」


ぐぅっ! 現役女子高生に言われると結構なダメージがありやがるな……。


「女子高生って、菜々ちゃんとしょっちゅうこんなやり取りしてるじゃん。というか、そういうのがダメなんだって。ライラの前じゃ紳士気取ってるのになあ」


ハハハ、ナンノコッチャヤネン。


「ライラにはバレてないと思うけど、ライラだしなあ……。まあ、頑張ってよ。プロデューサーさんはともかく、ライラが悲しむのなんて見たくないからさ」


何をどう頑張るのかは、さっぱり! 全く!! 分からない!!! が、後半は全くの同感である。


「さて。ハナコー、そろそろ行くぞー!」


「あっ、バカお前、俺まだ写真撮ってないのに!」


「……後で送るよ。じゃあな、プロデューサーさん、ライラもありがとなー」


「ナオさん、ハナコさん、さようならですよー」


写真送れよ、絶対だぞ! と目で訴えつつ、並んで手を振り見送る。偶然の出会いに感謝しないとな。


「ハナコさんは可愛いですねー。ライラさんのじんせいせっけいに加えますです」


「人生設計? そんなもんあるのか」


「はいです。緑の丘の上の白い家に、素敵な旦那様と住みますです。子供は2人で、ペットにハナコさんを迎えるですよー」


思わず頭を抱える。何だそのメルヘン全開の設計は。またもや菜々に吹き込まれたか。


「いえ、これはハスミさんでございますです」


なんだそうか。ならいいや。いや、よかないけど。あの子もなーんか世代がズレてんだよなあ。菜々と違って一般常識からは外れていないが。


「ハナコを迎えるってのは難しいけど、他にも可愛い動物はいっぱいいるぞ。犬でも猫でも、ほら、ちょうどそこにふれあいコーナーが……」


――くう。話を遮って、可愛らしい音が聞こえた。


「すみません、ライラさんはお腹が空いたですよー」


朝にボウル山盛りのアイス食ったのに、もうか。とは、口にはしない。プロデューサーは紳士たれ。


「はは、なら先に食事にしようか。俺も少し喉が渇いた」


――――


公園内のレストハウスでしばし休憩。昼時だが、人はまばらだ。確か、弁当を持ち込んでる人が多いんだったかな。


俺は甘ったるい温めのカフェオレ、ライラはたこ焼きと焼きそば、アイスを食べている。


よくそんなに入るなあ。いや、この食べっぷりは見ていて気持ちが良い。健啖なのは良い事だ、うん。


「一口いかがですか?」


じーっと見つめる俺に、どう勘違いしたのかライラがたこ焼きを差し向けてくる。せっかくだし、一つ貰うかな。


「お、いいのか?ありがとう。うん、美味……熱ぁ!!」


吐き出すのだけは辛うじて堪え、水を一飲み。店で売ってるたこ焼きって何でこうも熱いんだろうか。お前よくそのペースで食えるな……。


? 美味しいですよ?


……そうか、それは良かった。


ソースの味が濃く、白いご飯が欲しくなってくる。俺も何か食べるかな。




―――


「ふう、満腹ですよー。ごちそうさまでございます。」


ライラはあれから更にハンバーグ定食とコロッケを平らげ、少し膨れたお腹をさすっている。


満足して貰えたようで何よりだ。さて、腹ごなしに少し歩こうか。


「今日はいい日でございますねー。いい天気ですし、ナオさんとハナコさんと会えました。ご飯も美味しかったですし、言う事なしでございます」


ヘイヘーイ、満足するのが早いよライラさん。お楽しみはこれからだぜ。


「とりあえず園内マップは貰って来たけど、どれか行きたいところあるか?」


「おー、そうでございますねー。ライラさんはボートに乗ってみたいですよ」


ボートか、よしきた。




―――


キコキコキコ……


一定のリズムで音が鳴る。少し錆びているのか、ペダルが重い。


「見てください、かもさんが着いてきてるですよー」


「すまない、俺の分まで見ていてくれ」


ぶっちゃけ余所見してる余裕はない。


ええい、くそ。アヒルボートしか空いてないのは誤算だった。


手漕ぎならば大丈夫だろう、などと根拠の無い自信もあったのだが。運動不足の身に足漕ぎは結構辛い。と言うか膝がガクガクしてきた。あかん、あかんてこれ。


「大丈夫ですか? 代わるですか?」


「なん、の、これ、しき……!」


歯を食いしばりペダルを漕ぐ姿を見かねてか、ライラが声をかけてくる。


頑張れ俺、ここが意地の見せ所だ。


「おー、一周してきましたですね。お疲れ様でございます」


「は、はは、余裕、余裕……」


そんなに大きくない池で助かった。些か時間はかかったが、無事に一周漕ぎ切れた。ああ、筋肉痛が怖い。今度菜々におすすめの整体聞いとこう。


「ジョギングコースもあるのですよね」


「ある、けど……今は勘弁してください」


「それは残念でございます。でしたら次は……」




―――


「おー……おおー……」


くりくりの瞳が更に大きく丸くなっている。

ふれあい動物コーナー……と言うか、もはや小さめの動物園だな。ウサギ、フェレット、モルモットから、犬や猫、更にはヘビや亀までを飼育している、ごった煮感溢れるスペースだ。


「みなさん、ちっちゃくて、もふもふで……とても可愛らしいですよー」


丸まったウサギを膝に乗せ、転がすようになでながら、油断しきったデレデレの笑顔を見せてくれるライラ。


そんな君が一番可愛いよ☆ とは口が裂けても言えないが。


「チエリさんにそっくりですねー」


「ああ、ウサギの格好してたっけな。今度ライラもやってみるか? 可愛い動物コスプレショー」


「わたくしですかー?」


ほう、と首を傾げる。


「ああ、個人的に見てみたいってのもあるが、ライラなら、色々似合いそうだ」


「動物さんの格好ですかー、それは楽しみでございますねー」


「せっかくだし、地元アピールとかしてみるか。ドバイにはどんな動物がいたんだ? アラブだと、やっぱりラクダとかガゼルとかか?」


「んー……あまり日本と変わりませんですよ。野生の動物さんは殆ど見ませんでした」


何だそうなのか。まあ、砂漠のど真ん中の都市だしな。


得心し、ドバイ感は出せないか、どんな格好が似合うかなと考えていると、ああでも、とライラが思い出したように付け加える。


「パパのお友達にライオンさんを飼っている人がいたですよ」


「ライオン!?」


「ヒョウさんを飼っている人もいましたです。背中に乗せてもらった事もあるですよー」


人を背中に乗せられるサイズのイグアナがいるのか。ドバイは凄いな大きいな。


「ヒョウさんと言ってもコハルのペットではなくてですねー」


ああうん、わかってる。ヤダ、ドバイ怖い。




―――


~♪


そうこうしている内に、やわらかな音楽と共に、アナウンスが流れてきた。夕方と言うにはまだ早いが、どうやらそろそろ動物コーナーは閉園のようだ。


「結構長居できたなあ。正直あまり期待してなかったけど、リスさんもモルモットさんも超可愛いかった」


「名残惜しいですねー、きっとまた来ますですよー」


小動物にもキッチリ別れの挨拶をして回るライラ。


うーん、絵になる。さて、気持ちはわかるが、そろそろ帰ろうか。歩きだし、少し早めに戻らないとな。

「15分位でこれたですよ?」


「おいおい、ここがウサミン星だって事を忘れたのか?電車で帰れば1時間だぞ」


できれば暗くなる前には家に着いているように送り出したい。


「むー……まだジョギングをしていないでございますです」


勘弁してください死んでしまいます。


「それはまた今度な」


いつになるかは分からないけれど、と付け加える。


「はいです、約束ですよー?」


ス、と差し向けられた小指に自分の指をそっと絡める。これくらいならいいだろう。……いいよね?


「ああ、約束だ」


「えへへ、楽しみにしてますですよー」


この笑顔は裏切れないよなあ。……頑張ってみるか。




―――


「ライラ、良ければウチで晩飯食ってかないか?」


帰りの道すがら、声をかけてみる。この時点で、結構心臓がドキバグ状態なのは内緒だ。


「おや、よろしいのでございますか?」


「さっき早めに帰らないと、なんて言って即翻すのもどうかとは思うが、ほら、日も長いし、なんなら俺が車で送っていけばいいしな」


若干詰まりながら、早口でまくしたてる。


「朝はライラに用意してもらったからな。そのお返しって事で……どうだ?」


「お誘いは嬉しいのですが。それだとお出かけと合わせてお返しが二つになってしまいますですよ」


お返しなんか関係ねぇ、デートくらいいつでも付き合ったらぁ!! とは言えんな、さすがに。


「なら、お出かけは洗濯のお返しって事にしよう。で、こっちは朝食のお返しだ」


「おー、そうでございますか。でしたら、謹んでお受けいたしますです」


そう言ってペコリと頭を下げるライラ。こうした所作の一つ一つが堂に入っており、育ちの良さを伺わせる。


多分本人は何を食べても喜んでくれるんだろうが、それに甘えるのも良くないよな。


「久々に本気で料理して見るか」


「本気でございますですか。熱血でございますねー」


「たまには使ってやらないと、道具も錆びるしなあ。帰りにスーパー寄っていいか? せっかくだから色々買って行こう、アイスとか」


「アイスですか! それは良い考えですよー」


嬉しそうに、少し早足になる。お前道わからないだろうに、先行くなよ。


「むむむ、スーパーへの道は……サイキック何とかで見通して見せますですよ」


「お前あちこちから変な影響受けすぎだ」


ほら、こっちだよ。そう言って、ライラの手を取る。驚いているようだが、顔は見ない。つーか見れない。


どうだ、結構自然な流れで行けたんじゃないか? 頑張ってる、俺頑張ってるよ奈緒!




―――


手を繋ぎ、お互い無言のまま歩く。とてもじゃないが顔は見れない。気まずい訳ではない、落ち着いた静かさだ。


「少し、お話をしてもよろしいでしょうか」


ライラが、ポツリとつぶやくように言う。


なんだろう、改まって。続きを促すと、静かに話始める。


「わたくしは、パパと喧嘩してこの国に来たですよ。最初はとても不安だったです。一緒に来てくれたメイドさんはいるですが、パパやママと離れて暮らすことになって、分からない事ばかりで……。お家賃もお支払い出来なくなってしまいそうでした。」


結構大変な事を言っているはずなのだが、とてもそんな緊張感は感じない、いつものゆったりとした声色だ。


「そんな時に、あなたに声をかけていただきました。初めはアイドルと言うものが何なのかもわかりませんでしたですが、お金を稼いでお家賃を支払えれば良いと思っていたですよ」


そういやそんな誘い文句だったか。一歩間違えれば怪しい商売の勧誘だな。……いや、仕事内容を知らない少女をお金で誘うのは完全にアウトか。


「ですけど、アイドルはとても楽しかったです。素敵な衣装を着て、たくさんの人に喜んでもらえて、ご褒美にアイスも貰えます。とても素晴らしいお仕事でございますです」


あ、この流れはヤバい。


「改めて、ありがとうございますです。わたくしをアイドルにしていただいて、本当に感謝しているでございますですよ」


深々と頭を下げるライラ。ダメだ、泣きそう。


「確か、最初に声をかけかけてきたのはライラだったよな」


何とか震える声を絞り出す。


「おや、そうでしたか?」


「ああ、ライラさんとお話ししませんかーって。ちゃんと、全部、覚えてる」


だから。改めて向き直る。


「俺からも、ありがとう。アイドルになってくれて。ライラをプロデュース出来た事は、俺に取って本当に幸運だった」


あー、駄目だ、涙出てきた。


「おー、よしよし。アナタは泣き虫でございますねー」


そうやって優しく頭を撫でてくれるライラ。駄目だこれ、止まらない。


「ライラ、俺、俺は……」


「大丈夫ですよー」


遮るように。小さな子をあやすように、ライラが言う。


「ライラさんは、アナタのアイドルです。これからも、ずっと」




―――


「あー……久し振りに泣いた。」


結局あのまま、往来でライラに縋るようにしてたっぷり10分は泣いてしまった。鏡を見たら、眼が真っ赤なんだろうな。


運良く誰にも見られなかったが、たまたま誰も通りがからなかったのか、見て見ぬ振りをしてくれたのか。前者だといいなあ。


「うふふ、可愛かったですよー」


いやもうホント勘弁してくれ。


ライラの言葉から引退を想像してしまって、それに引っ張られてそれっぽい台詞を言ってしまい、結果感極まって泣いたとか、羞恥で[ピーーー]る。


「死んでしまうのはダメですよー。冗談でも、めっ、でございます。でも、普段のプロデューサー殿と違って新鮮に見えますです」


「悪いな、こっちのが素なんだ。いつもは紳士の皮を被ってただけだ」


担当アイドルに礼を言われたくらいで泣いちまうくらい、ペラッペラの皮だけどな。


「よくわかりませんです。どちらもアナタではないのですか?」


まあ、そうなんだけど。気になる女の子の前でカッコつけるのって男のスタンダードだし。
ただ、それがバレたら死ぬほど恥ずかしいよねってだけで。


「しかし、晩飯どうすっかなあ。スーパー行きそびれちまったよ」


「わたくしは何でも美味しくいただけますですよー」


そりゃあお前さんはそうだろうがね。せめて美味しい料理を作って食べてもらいたいと言うこのこの男心を……はあ、もういいか。冷蔵庫の中何があったっけなあ。



―――


クズ野菜がいくらかと、豚肉の細切れ、そして卵。


結局俺が作ったのは、信頼と実績のチャーハンだった。


まあ、ライラは美味しい美味しいとかなりのペースで全量召し上がられたのだから良しとしよう。


「それでは、そろそろお暇しますですよー」


食事を済ませ、のんびりとした一時。一息ついたところで、ライラが立ち上がりカバンを持ってくる。


何でそんなに持ってきたってレベルの大カバンだ。つーかそれ抱えて電車乗ってきたのか。


「何が入ってるんだ?そのカバン」


「乙女の秘密、でございますです」


そうですかトランクケースすごいですね。


「それほどでもない、でございます」


変なスラングばっかり詳しくなっちゃってこの子はもう。


「随分重そうだけど、大丈夫か?」


「はいです、こう見えてライラさんは力持ちですよ」


ふんす、と袖捲りをして見せる。力こぶできてへんで、真っ平らですべっすべやんか、君。



駅まで送るよ。そう言うのが当然だ。と言うか、例え断られようが駅までは勝手に付いていくつもりではあるのだが。


ふと、イタズラ心が芽生えた。なあ、ライラ。


「はい、なんでございますかー?」


「良ければ、泊まっていくか?」


お、動きが止まった。いぇーい、いたずら大成功。そう言って終わりにしようと思っていたのだが。


「よろしいのでございますか?」


えっ


「それでは、お世話になりますですよ」


深々と頭を下げるライラ。


「こんな事もあろうかと、お泊まりセットは用意してありますです」


えっ


「よろしくお願いいたします」


顔を上げ、満面の笑みでそう言う。ああ、誰がこの笑顔を曇らせる事ができようか。


いいだろう、やってやるぜ。プロデューサーの紳士力を見せてやる。


俺の(理性との)戦いはこれからだ!



この後滅茶苦茶お泊りした


終わり

読んでくれてありがとうございました。千葉勢を未央にするか奈緒にするか迷ったけど、KNK(急に奈緒が来たので)。

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