佐久間まゆ「君が思い出になる前に」 (7)


佐久間まゆ「おはようございます、Pさん。まゆ、あなたのためにお弁当を作ってきましたよぉ…」

P「いや、折角で悪いが今日は昼から出るんだ。外で食べてくるよ」

まゆ「そう、ですか…残念です。ところで今日はいつ頃お帰りですか?」

P「時間が読めないんで何とも…それよりまゆは早く帰らないとだろ?親御さんが心配するぞ」

まゆ「でも…」

P「お願いだから待たずに帰ってくれ。待たれると仕事もやりづらくなるんだよ」

まゆ「ご、ごめんなさい…私、そこまで考えてなくて…」

P「わかってくれ」

まゆ「はい…」








ちひろ「今日は一段とまゆちゃんに厳しいですね」

P「いや…もう流石に放置できない段階ですし…」

ちひろ「そうですね…第三者の私から見ても、こう…まゆちゃんの気持ちが伝わってきますからね」

P「クソッ、こんなつもりじゃなかったのに…」

ちひろ「人の気持ちばっかりはコントロールできるものじゃありませんから」

P「ええ…それでちひろさん、例の話はまとまりそうですか?」

ちひろ「おそらく、社内的にも認められるかと」

P「そうですか…喜んでいいのか、悲しむべきなのか」

ちひろ「『悲しい』って目が語ってますよ」

P「ハハ…俺も感情隠すの苦手なんですよねえ」

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まゆ「プロデューサー交代、ですか?」

P「ああ…急な話ですまないな」

まゆ「何でっ…!いやですよぉ、まゆ、Pさんじゃないと、まゆは…」

P「わかってくれ、上の意向もあるんだ」

まゆ「だって、そんな、まゆは…Pさんと離れるなら、アイドルやってる意味が…」

P「俺だって離れたくないんだよ!!」

まゆ「…!Pさん…」

P「なんで離れなきゃいけないか、わかるだろ?」

まゆ「はい…わかり、ますよぉ…まゆは、Pさんのことなら、何でも、わかりますから」

P「そう、俺だってまゆのことはわかってるつもりだ。他の誰より」

まゆ「だからこそ、なんですよね」

P「ああ…せっかく軌道に乗ってきたアイドルが、寄り道なんてしちゃいけない」

まゆ「どうしても、ダメなんですかねぇ…」

P「どうしてもダメだ」

まゆ「そう、ですよね…」

P「すまん…」

まゆ「ご、ごめんな、さい…涙が、止まらなくてっ…」

P「そうだよなぁ…そうなるよな」

まゆ「ご、ごめんなさ、もう、出ますね…」

P「待ってくれまゆ!最後に一つだけ我儘を聞いてほしいんだ」

まゆ「何、でしょうか…」

P「無理なお願いだとは思うんだが、その、もう一度だけ笑ってほしい」

まゆ「…ふふ、Pさんは、やっぱり少し変わってますねぇ…また、会いましょうね」

P「ああ、また、いつか、きっとな」

まゆ「ふふ…」


ちひろ「今日でまゆちゃんがいなくなって半年ですね」

P「…そうですね」

ちひろ「私たちの判断は、いえ…あなたたちの判断は、正しかったのでしょうか」

P「どうなんでしょうね…何にせよ終わったことです」

ちひろ「…終わってなんかないですよね」

P「どういう意味ですか」

ちひろ「知ってますよ、プロデューサーさん。空き時間になるといつもそのPCでまゆちゃんの情報調べてるの」

P「…放っておいてくださいよ」

ちひろ「そろそろ前に進まないと、プロデューサーさんの気持ちも、まゆちゃんの気持ちも、報われませんよ」

P「わかってます…わかってるつもりです」

ちひろ「簡単に折り合いがつく問題ではないですが…」

コンコン

ちひろ「どなたか訪問の予定ありましたっけ?」

P「いえ…今日はお客さんが来ることはないかと」

ちひろ「誰でしょう…入ってもらわないとわかりませんね」

P「どうぞ!」

まゆ「失礼します…」

ちひろ「まゆちゃん!?どうしたんですか!?」

まゆ「実はその…色々と事情がありまして…」

ちひろ「何かあったんですか?」

まゆ「別のプロデューサーさんの下で色んな仕事をさせていただいたのですが、以前あった『覇気』というか『凄み』がなくなったと言われてしまって…」

ちひろ「あら…そうなんですね」

まゆ「それから、ついさっき、『元のプロデューサーの所に戻らないか?』と打診されまして…」

ちひろ「それで居ても立ってもいられず駆け出してきた、ということでしょうか…」

まゆ「はい…何というか…出戻りみたいで恥ずかしいのですが」

P「まゆ」

まゆ「…! はい」

P「お帰り」

まゆ「Pさん…!」

ちひろ「ふふ…私は少し外の空気でも吸ってきた方が良さそうですね。と、その前に」

P「ちひろさん、何ですかこれ」

ちひろ「見ての通り、今朝のスポーツ新聞ですよ」

P「何でまた急に」

ちひろ「いいから芸能面を読んでみてください」

P「なになに…元アイドル歌手が結婚?知り合いの男性と?」

ちひろ「まゆちゃんも、ずっとアイドルができるわけではないですからね。そうですね…トップアイドルになってから華々しく引退、なんてどうでしょう」

P「はぁ…何年先になるかわからないですねそれは」

まゆ「まゆは!まゆは何年でも待てますよぉ…!」

P「そうか、まゆ。実はな」

まゆ「はい…」

P「俺もだ」

まゆ「Pさん…!」

P「あーあー、こりゃ明日から忙しくなりそうだな!」

まゆ「そうですねぇ。でも、無理はしちゃいけませんよぉ…?」

P「わかってる、もう無理はしないさ。色々とな」

まゆ「ふふ、それでこそまゆのPさんです」

P「うん、そうだな…うん。これからも頑張ろうな、ずっと」

まゆ「ええ、ずっと。ずっとですよ?」

おわり

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