※ 前スレ
ゾンビ娘「レイ○されました」賢者「人聞きの悪いこと言わないで」
ゾンビ娘「レイ○されました」賢者「人聞きの悪いこと言わないで」 - SSまとめ速報
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収まりきらなかった。
夢を見ていた。
誰かが見るはずだった、誰かが見ていた、そんな夢を。
少し前、赤色に沈めた意識の中で見た、小さくて愛しい……迷子の夢。
――――
―――
―‐――――
ゾンビ娘「ここは……?」
いったいどこだろう。
どこかの森の中?
淀みなく流れる小川の、その分水嶺の上に私は立っている。
雰囲気だけで言えば、
■■様と再会した日に見た夢と似ている。
けれど、こんな風景を見たことは無い。
生物の姿を探して辺りを見回すと、
ちょうど自分の真後ろに、人の姿があった。
「………」
誰だろう? 枝分かれした小川のその畔で、小さな子が足を抱えて泣いていた。
思わず、私は声をかけた。
ゾンビ娘「……どうしたんですか?」
「………………。 ――…っ、……」
私の声に反応したその子は、濡れた瞳を精一杯見開いた。
驚いたように固まって、動かずに私の顔を覗き込むその顔は、幼い。
しかし、それはきっと彼なんだと、私は確信できた。
ゾンビ娘「どうして、泣いているんですか?」
幼子に問い掛けるように、私は目線を合わせる。
「 」
対する彼は、無音を口にした。
言葉が、私に届かない。
けれど、なんと言っているのか、
何を零したのか、解ったような気がする。
「どうして……」と、顔を歪め……――その目から自身の弱さをさらけ出した。
「 ッ っ!! 、 っっ!?
っ っ 、 っ!!?」
彼は、ただ泣いていた。
想いの丈を全て、吐き出していた。
嘘を吐き続けていたその口から、本心を吐き出していた。
何を言っているのか聞こえるはずが無いのに、不思議と泣き声だけは聞こえていた。
「もういやだ」「疲れたんだ」って。
輪郭が定まらない酷く曖昧な身体で。年相応の高い声で泣いている。
自信が無く、自身が無いその声は、彼の姿に比例するように弱々しく、そして儚げだった。
ゾンビ娘「ねぇ、■■様……」
流れ出る彼の弱さに、そっと手を添える。
彼の泣いた顔なんて、初めて見たような気がする……。
ゾンビ娘「あなたは私に、全部を見せてくれていたわけじゃ、ないんですね……」
……ごめんなさい。
私は何の根拠も無いのに、あなたが強い人だなんて、勘違いしていた。
どうして今まで、そんな勘違いを抱えたまま平然としていられたのだろう。
自身を省みた羞恥で、身体が火照る。
けれど、指先に触れる雫はそれ以上に熱く、
添えた掌が「君との約束を守りたかった」と呟く彼の言葉を支えた。
ゾンビ娘「……はい」
私を支え続けた別れ際の一言が、私という存在が、彼を苦しめていた。
始まりはきっと私にあって、終わりもまた、私にあった。それが彼をここまで弱らせた。
だから私には、何も言う権利なんて―――。
そう、私は思っていたはずなのに…。
「こんなに苦しいなら……あんな約束、しなければよかった……」
――― ぺちっ
気がついたら、彼の弱さを受け止めていた手が、彼の頬を打ち付けていた。
ゾンビ娘「…ぇ、あ……」
一度手を上げてしまうと、自分では止めることができない。
頬を、腕を、胸を。何度も叩いては、次第に力が抜けていく。
弱々しい力で叩き続けて、その場へ押し倒した彼に馬乗りになる。
ゾンビ娘「…ぁ……?」
そこまでして、最も致命的な力が抜けた。
視界が歪んで、彼の身体に雫が跳ねる。咄嗟に顔を覆っても、既に見られていた。
小さな夢の空間で、二人の子供が泣いている。
辛いからじゃない。
苦しいからじゃない。
私が悲しんでいいわけでもない。
それでも。どうしても。
ゾンビ娘(私が人として生きる時間をくれた言葉を、否定して欲しくなかった……!)
すすり泣くことしか出来なくて、溢れる涙をひたすらに隠し続けた。
2人の涙が混ざり合って、分水嶺を流れていく。
涙が新しい流れになるまで、2人の子供はずっと泣き続けていた。
―――ス…
ゾンビ娘「……?」
「………」
ふと、彼の手が私の髪を梳る。
その左肩に、私のつけた花が咲いているのが見えた。
途端に、こんな時でも慰められてばかりの自分を情けなく思う。
ゾンビ娘(どうして私はいつも、■■様から貰ってばかりなんでしょう……)
失くした記憶の代わりも、この気持ちも。
みんなみんな、何もかもが■■様から私に教えてくれたもの……。
この命だって、いったいいくつ貰ったのか、今更数え切れない。
ゾンビ娘「ねぇ、■■様? 私は、貴方に何が返せますか……?」
もちろん私の問いが届いていることなんて無いのでしょう。
これまでも、そして今も、彼はちぐはぐな答えを用意している。
彼は、「自身が無い、不甲斐ない足取りでも、自分の足で歩んでみる」と言った。
ゾンビ娘(だったら、私に出来ることはただ一つ)
歩みを続けるその横で、精一杯勇気付けよう。
「がんばれ」じゃ味気なくて、きっとそれだけでは物足りない。
足取りが覚束ないなら寄り添おう。自信が無いなら背中を押そう。
そして最後に―――
ゾンビ娘「自身が無いなら、名前を呼んであげます」
あなたの、名前は―――
―――――――
―――――
―――
ゾンビ娘「" アルト "」
賢者「それ、は……?」
ゾンビ娘「なんて顔してるんですか……。自分の名前に、違和感でも?」
賢者「いいや、そうじゃないよ…そうじゃない、けど……」
上擦って、情けない声が出る。
この抑えきれない感情には、なんと名付ければよいのだろう?
彼女の口から、初めて「僕」の名が呼ばれた。ただそれだけ。
その名が「僕」であるという確証は無いのに、僕の空隙にかちりと納まる。
代替でも贋作でもない、僕だけの名前だった。
賢者「どうして……その名を…」
こう言っては何だけど、教えたことは無かったはずだ。
いや、教えたことはあったのかもしれない。
ただ、それを忘れているだけで。無かったことにされているだけで。
これは、そういう契約だったはずなのだ。
僕はもうかつての『賢者』ではない。半分、魔王が混ざってしまっている。
だから、勇者としての名前を剥奪された。その名は、無かったことにされてしまった。
そして管理者としての「僕」は、名付けられることなくこの世界に産み落とされた。
なのに、それなのに……。
彼女が呼んだその名は、僕のための名前だと確信できる。
名前は、甦りの際、何の抵抗も無く女神に捧げた。
ろくでなしの母親に名付けられたそれに、何の思い入れも無いと手放した。
しかし、「僕」という自我を構成するものの中で、以外にもコレは多くを占めていたのかもしれない。
いつからか分からなくなっていた『自身』が、形作られていった。
彼女はそれを見て、人懐っこい笑みを浮かべる。
教える側に回ることがそんなにも嬉しいのか、自慢げに口を開いた。
ゾンビ娘「知りませんでした? 骨っ子以外、全員知って――― 」
―――ギギ、ッ
その時、不意に何かが破綻する音が響く。
ゾンビ娘が言い切るのを待たず、僕らの顔は凍りついた。
彼女の身体が、急に軽くなった。
―――「ここまでですね」
―――「ここまで、だね」
絡めた視線が心をつなぐ。
その背中で燃えているから、
その背中に触れているから、互いに分かってしまった。
理を外れかねない力。
刻印の再生を以ってしても……命を繋ぎ留める限界がやってきていた。
ゾンビ娘「ごほ…っ」
一気に血の気が引いて、ゾンビ娘の顔が蒼白になっていく。
新しく吐き出したそれが唇に紅を引きながら、
涙で潤む彼女の瞳は、じっと僕だけを見つめていた。
ゾンビ娘「ッ、は…っ ―――ね、賢者様…… 顔、もっと近くで、見た…いです……」
賢者「……こう?」
虚ろになっていく瞳の、
その睫毛が数えられるほど、顔を寄せる。
咳き込む度、顔に血生臭い息と飛沫がかかる距離。
頬に添えられた掌が力無くずり落ち、肩の辺りで引っ掛かった。
ゾンビ娘「…んー、ケホッ ……なみ、だ…で、グシャグ シャじゃないですか……」
もう少し何とかしろとでも言いたげな、不満の声。
「無茶を言うな」と笑い掛けて、僕もゾンビ娘に言い返した。
賢者「そう言う君だって、お互い様じゃないか」
ゾンビ娘「あ~? そう、いうこと…言います……?」
賢者「…仕返しだよ。いつも…みたいな?」
ゾンビ娘「仕返し……」
次第に死相に近づいていく彼女の顔が、少しだけ柔らかく歪む。
苦しみを忘れたようなその表情は、見惚れるほどに健気な、恋する少女のもの。
彼女はそのまま、首に回した手で賢者を引き寄せた。
ゾンビ娘「じゃ、あ…… 私も『仕返し』…ですっ」
賢者「ん、む……!?」
一呼吸の合間すらつかず届けられた、唇への柔らかい感触。
塞がれた二枚舌の減らず口に、血の味が広がる。
まるであの時僕がしたような、有無を言わさぬ強引な口付けだった。
―――ただ、僕のしたそれとの差異が一つだけ。
賢者「ッッ!?」
重ねただけでは飽き足らず、
唇を割り開いて、口の中にゾンビ娘が入ってきた。
根底にあるのは、死に瀕した彼女の
「少しでも長く、深くつながっていたい」という願い。
賢者にだってそれは分かっている。
だから、応えた。
―――ちゅ、ち、ぢゅる……
ゾンビ娘「んっ ふ…… コフッ んぅ……っ」
精一杯、我慢しているのだろう。
けれど、彼女は時折押さえ付けた様に咳き込んで、溶けた鉄を流し込んでくる。
それを不快に思うことは微塵も無く、
ただひたすらに、彼女の血を味わい続けた。
………思えば、彼女との色事はいつも血の匂いがする。
薄い舌が粘膜をくすぐる度、どろどろに溶けた鉄が、唾液と混ざって糸を引く―――。
ゾンビ娘「…っは―――」
しばらくして、崩れ落ちるように解放された。
口の端には、血とも唾液ともつかぬ赤い泡が付着している。
彼女が始めて、彼女が終わらせ……彼女が終わった。
名残惜しそうに喉を鳴らしたきり、ゾンビ娘は動かなくなった……。
「――――」
賢者「………」
確かめるように、彼女の身体を強く抱き締める。
温かくて、柔らかくて。
眠っていると言われれば、信じてしまいそうになる。
それでも、抱き締めたゾンビ娘の瞳は、もう何も映していなかった。
少しずつ死んでいく心をどうすることもできず、
冷めて塵になっていく赤色を、指先でぬちぬちと捏ね繰り回す。
君も、カードも、ウィップも……みんな居なくなってしまったこの世界に、僕が心から笑える日は来るのだろうか。
呆けたように見上げた秋の空で、鈍色の雲が丘の向こうに覗いていた。
見下ろしたゾンビ娘の顔は、別れた日のように笑っている。
僕も同じように、その凶刃を掴むことが出来たのなら……。
―――ザァァァァァァァァ……
詮無きことを巡らせる間に、風が彼女を冷ましていった。
賢者「うぁ…あ……」
嫌だ…… こんなのは嫌だ……
心の中で繰り返しても、結果は変わらない。
何度リセットしても口付け以前に戻れず、結末はすべて彼女の死に収束する。
その度に彼女は満足そうに笑い、僕は悲しみに暮れた。
そうか、これが君の抱えた、残された側の想いなのか……。
僕は納得して、項垂れた。
彼女は最期に、僕の腕の中で眠った。
いつかのように青白い顔と腐った身体で起き上がってくることは、二度と無い。
渇いていく掌の代わりに……カラカラだったはずの僕の舌が、潤っていた。
また来週。おやすみなさい。
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