王様「なんと……床に伏せったと申すか」
賢者「いえ、今は一人で劇場に足を運んでおります」
王様「は?」
賢者「最近は見目麗しい踊り子の方が入ったらしく、大変眼福だと」
王様「魔王討伐の旅はどうなっているのだ」
賢者「勇者無しでは魔王の手掛かりをやはり見つけられませんね」
王様「賢者よ、そなたを疑うわけではないがそれは……」
賢者「はい」
王様「……仮病の類ではないのか。まさか他国の期待も背負うておるにも関わらず、堕落を?」
賢者「それは違います陛下」
賢者「彼は心の病を患っているのです」
~王都郊外~
賢者「ただいま帰りました」ガチャッ
賢者「陛下は元気そうでしたよ、ゆっくり休んで旅の事は忘れろと言っていました」
賢者「……勇者?」キョロキョロ
賢者(部屋の中に満ちるこの饐えた臭い……まさか)
賢者(……!)
勇者「……zzZ」ズズッ ズビ-
娼婦「んん……あんた誰ぇ?」
賢者「彼のお供をしている者です、お仕事ご苦労様でした」ペコリ
娼婦「なにアンタ、変な女ね」
賢者「貴女も仕事ですので。それはそうとこちらは礼金です、お引き取り下さい」ジャラッ
娼婦「うわ、良い金額出すわね。別にこっちから誘ったから礼とか良いのに」
賢者「ええ、ですから早くお引き取りを」
< バタンッ
賢者「さて……覚醒薬の臭いが酷いのでお掃除しますか」
賢者「勇者、勇者起きてください」ユサユサ
勇者「んー。なんだよ……ぉ……」
賢者「ベッドで寝て下さい、私はお片付けするので」
勇者「……あー……」フラリ
勇者「…………王様、怒ってたろ」
賢者「いいえ。勇者の事を心配してゆっくり休めとだけ言っていました」
勇者「……は、そうかよ」
< フラフラ……ドサッ
賢者「明日は雨らしいですので、そのままゆっくり寝ていいですよ」
< 「……んーー、わかった」
賢者「はい」
賢者「……」ザッザッ
賢者(不安を消す、薬でしたか)
賢者(どの程度の効果があるのかは知れませんが……勇者の顔色が悪くなっていた)
賢者(こんなものに頼らないと、彼はもう……?)ペロ
賢者(……こんな物が無いと、彼は……)
< ガシャァンッ!!
賢者「っ、ああ……割ってしまいました」
賢者「……」チラッ
< ズズ-ッ…ズビ-ッ……
賢者「……はぁ」
賢者「嫌な事は続く、そうですね。その通りです……勇者」
●
< チュン…チュンチュン……
賢者「……ん」モゾッ
賢者(…………寒い)
賢者(……あれ、もう朝? しまった勇者の朝ご飯を作ってない)ムクリ
賢者「勇者は……」
< ザバ-ッ
賢者(井戸場ですか。良かった、それほど起きるのが遅かったわけではなくて)
賢者「はぁ……さて、彼の昨晩の夕食がなんだったか聴きますか」
賢者(……いけない。独り言が増えている、これは彼と同じ兆候だ)
賢者(しっかりしろ、私がどういう立場か思い出せ)パシンッ!
賢者(心の病は薬ではどうにもならない、私が……彼を支えないと)
勇者「はぁっ……はぁっ……」シコシコシコシコ
勇者「うぅ……賢者、ごめんな……ごめんな……」シコシコ
勇者「俺、こんなんで……ごめんなぁぁあ」シコシコシコシコ
勇者「は、ぅうっ……おっう♥」シコシコ…ビュッ!ビュルルッ!
勇者「はぁ……はぁ……」ビュ-ッ ビュッ タパパッ
賢者「すっきりしましたか」
勇者「ああ……」
勇者「!?」
賢者「しかし水汲みに使う桶にはかけないで欲しかったですね、こんな濃いのを」スッ
< ピチャッ…パクッン
賢者「ん……甘い。今日は果物を控えましょう、勇者」
勇者「あ、ぁあ……桶汚してごめんな賢者」
賢者「大丈夫ですよ、ちょっと拭えば取れますから」ピチャピチャ
賢者「……ん、コクン」
賢者「あなたが健康で、私は嬉しいです」
賢者「ごちそうさまでした。勇者は今日はゆっくりしていて下さい」
勇者「あれ……どこか行っちゃうのか賢者」
賢者「今日は王都の方でお買い物を」
勇者「……そうか」
賢者「夕食までには戻りますのでご心配なく」
賢者「今日は雨ですし、勇者も戸締りには気をつけてください」
勇者「わかった。道中気をつけろよ」
賢者「まぁそこは大丈夫です」
< ガチャッ…バタンッ
賢者「……」
賢者(今日は心配するだけの気力がある、ということですか)
賢者(日によってムラがあるのは一体……?)
~~酒場~~
剣士「なぁ、勇者まだ落ち込んでんのか?」
拳闘士「どうして俺達は会っちゃいけねーんだ」
賢者「勇者は療養中ですので」
僧侶「そうは言っても私も心配です。たとえ神殿で祝福を受けた賢者さんが診てるとはいえ……」
賢者「彼は安静にしなくてはいけません、前史においても例の無い病なのですから」
剣士「……そこだよ、俺達はそこが腑に落ちないんだよ賢者」
僧侶「前例の無いような病なのに私達に何もさせないのは、どうしてですか」
拳闘士「何か隠してねーか賢者」
賢者「……」
賢者(言っても分からないから、近付かせたく無いんでしょうに)
拳闘士「だんまりか……あぁくそ、ちょっと吸わせて貰うぜ」シュボッ
僧侶「ああっ! 貯金から勝手にまたそんな高そうな葉巻を買って!」
拳闘士「旅の資金には触ってねーよ!!」
剣士「勇者が病気で倒れてから始めた冒険者稼業で稼いだんだもんな」
賢者「……!」カタン
僧侶「賢者さん?」
賢者「すみません、煙草はだめなんです」
僧侶「あれ、でも賢者さん以前は吸っていませんでしたか」
賢者「賢者になってからは吸ってなくて……本当なら臭いも問題ないのですが」
拳闘士「……勇者の体に障るのか?」
賢者「何と言いますか。そのようなものです」
● ● ●
賢者「……」スタスタ
賢者(少し遅くなってしまいましたが、まだ夜も浅いですし大丈夫なはず)
賢者(ただ、煙草)すんっ
賢者(僧侶に香水を借りて体に吹き付けてはみましたが、あれで勇者も嗅覚が鋭いお方です)
賢者(わからないと……いいな)
< ガチャ
賢者「ただいま戻りました」
勇者「あ、お帰り賢者」
賢者「ありがとうございます、勇者は何か作っていたのですか?」
勇者「うん。ちょっとした硝子細工だよ、この家の裏手にカマドがあってそれを掃除して使ってみたんだ」
賢者「……あの煤が溜まっていたカマドをお一人で?」
勇者「ああ、それよりこれどうかな。上手くできたと思う」スッ
賢者(ステンドグラス、それもランプ……上手いものですね)
賢者(…………けれど)
賢者「大変良い出来だと思います、あなたにもこんな趣味の才能があったんですね」
勇者「やぁ、そうかな」
賢者「ところで一つお聞きしますが、今日は食事をちゃんととっていましたか?」
勇者「……」
勇者「食べて……ないな」
賢者「……」
勇者「……」
賢者(……いけない。咎めているような空気になってしまった)ハッ
賢者「お腹、空きましたよね。今から用意するので待っていて下さい」
勇者「いやっ! 俺……その、賢者に迷惑をかけるわけには……ッ」
勇者「ごめんごめんごめん……! 俺の分は俺が作るから、大丈夫。大丈夫っ」ポロポロ
賢者「勇者」
勇者「えっ」
< ガシッ
< 「ん……♡」チュ…チゥゥ…ッ
「は……ん、む……んゅ……」チュクッ…レロ…♡ チュピ…クチュクチュ
賢者「……ん、ご飯の支度をしたいので手伝ってくれますか?」チュパッ
勇者「ぷはっ……あ、ぁぁ……うん。手伝うよ」
賢者「ありがとうございます、それと」ぎゅっ
賢者「『続き』は……ご飯の後でいいですね?」ボソッ
勇者「……」コクン
< カチャン
勇者「ごちそうさま」
賢者「食器はそちらに置いておいて下さい、もし可能ならお風呂にでも入っていては?」
勇者「ん、じゃあそうするよ」
勇者「……ありがとう、賢者」
賢者「……」
< キュッ! ジャ-ッ…
賢者(……勇者は)
賢者(この世界に、勇者は一人しか生まれず。そして勇者にしか魔王は倒せない)
賢者(魔王と勇者は百年に一度だけ同時に生まれるが故に……彼は生まれながらに魔王を倒す宿命を負っている)
賢者(だから、仕方ないのだと。そう誰もが彼に言っていた)
賢者(私は言っていなかったけれど、それは私が他者に無頓着だっただけ)
賢者(彼の味方はいなかったし、彼に自由は無かった……だからかもしれない)
賢者(勇者は病んでしまった)
< カチャ-ンッ!
賢者「……よかった、割れてない」スッ
賢者「……」カチャジャブジャブ
賢者(病んだ、と言っても。彼は重圧に押し潰されたわけじゃない)
賢者(ただ彼はいつも何かに苦悩する様になり、不意に躊躇う事が増えた)
賢者(自信などは特に初期の頃に失われ、気力の低下が彼をほぼ毎日眠りにつかせてしまう)
賢者(回復魔法も、薬も、精神的治療法も……何も彼を救う事はなかった)
賢者(私が賢者になって直ぐだったから、もう二ヶ月経とうとしている)
賢者(もしこのまま彼が戦えなくなってしまったなら、世界は……どうなってしまうんだろう)
賢者(私は後どれくらい彼の傍に居れるのだろう)
< パリンッ
賢者「……」
賢者(今度、私のマグカップを作ってもらおうかな)
賢者「お待たせしてしまいました、勇者」
賢者「……」
勇者「……zzZ」スヤスヤ
賢者(ほんの十数分なのに、寝てしまった)
賢者(そうか。昼間は硝子細工を弄っていたから寝てないんだ……)
賢者(彼の心身はやっぱり最低でも15時間の休息が必要。無理をさせてはいけない)
勇者「スゥ…スゥ……」
賢者(……勇者)
賢者(私はあなたの役に立てていますか)
――??の夢――
『また来たのか……懲りないな』
『まぁ仕方ないよな。
君は勇者として選ばれた、私は魔王として選ばれた』
『この関係は覆しようが無いし、君と私の相性は過去最悪だ。
君の有する権能の制約は君を孤立させるが……代わりに私を確実に弱体化させる。
だが私の権能は君を孤立させ、そしてこうして蝕む事ができる』
『さて、互いに表舞台では引き篭りの身だ。
今夜君に見せるメニューを教えてあげる所から始めるとしようか』
『んん? なんだい、聞こえないな。
止めないよ、私は君が諦めるまでコレを続けるとも。
怖気付くならそれまでさ……そら、まずはこれだよ』
『タイトル――――【壊れた遊び人の娘】、だ』
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