青葉「司令官夫妻の日常」 (65)

タイトルは青葉ですが、叢雲メインです。
地の文ありです。

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 ども、恐縮です、青葉です。

 当鎮守府は大規模作戦を直前に控え、緊張状態にあります。

 特に着任して間もない艦娘達は、1分1秒を無駄にせんと、練度向上に必死です。

 みなさん一生懸命なのはとても良い事なんですが、なんだか肩に力が入り過ぎている様に見えます。

 なので、作戦発動の直前ではありますが、何かみなさんの心が和む様な記事を書きたいと思います。

 肝心のネタなのですが、いかんせん作戦前という事もあり、なかなか適当なものが見つかりません。

 ということで、今回は当鎮守府の司令官夫妻を追っかけてみようと思います。

 司令官は昨年、初期艦の叢雲さんとケッコンし、晴れて夫婦の関係になりました。

 犬も食わないと揶揄される程のお二人のやりとりは、もはや当鎮守府の名物と言っても差し支えありません。

 そんなお二人がケッコンすると発表した時、みなさん「まだしてなかったの?」とか「やっと?」とか、
 今更感溢れる反応をされていましたね。

 そんなこんなでみんなから愛されている司令官夫妻のプライベートに迫ってみましょう!

 プライバシーですか? 公人である司令官にはそんなもの存在しないので大丈夫です!

――――1010 潜水艦隊部屋

・昨日は出撃お疲れ様でした。帰投は日付を跨いだと聞きましたが、司令官へ報告はされましたか?

 したよー。

 昨日の0時から提督は非番って聞いていたから、報告は後日になると思っていたんだけど……

 いでっ! ろー!! 何するでちか!!

 今青葉さんの取材を受けてる最中でち!!

 後で遊んであげるから、あっち行ってて!

 全く……気が付いたらうちの鎮守府の悪い所ばかり学んで……

・ええと、その時の司令官の様子について教えてください?

 ごめんなさいでち。提督の様子ね。

 一昨日提督から、東部オリョール海での原油の確保を命じられて出撃したの。

 本来ならば同日23時頃には帰投する予定だったんだけど、途中荒天で海が荒れて、近海の島で立ち往生しちゃって。

 結局、帰投は2時を過ぎてしまったんでち。

 日付が変わった0時から提督が席を外すって聞いていたから、ドックに戻ったらすぐに艤装の修理に入るかと思ったんだけど、
 執務室への出頭を命じられたの。

 僚艦を先に入渠させて、ゴーヤだけで執務室に向かったんでち。

 ドックに入った通信は提督の声だったから、提督まだお休みされてなかったみたい。

 ゴーヤ達が遅れた所為でご迷惑お掛けしてしまったから、申し訳なくって急いで執務室に向かったの。

 執務室に着いて、何回かノックをしたんだけど、反応がなかったんでち。

 かすかに話し声が聴こえたから、中には居るんだなって思って、ドアを少し開けて覗いてみたら、
 提督と叢雲さんが執務机を挟んで言い争っていたの。

「潜水艦隊の報告は私が聞くわ。あんたはさっさと家に帰って休みなさい」

「駄目だ。お前こそ0時から休暇だろ? 早く家に帰りなさい」

「あの……お二人ともお休みなんですから、お帰り頂いて大丈夫ですよ?」

「大淀は黙っていなさい」

「大淀さんは黙ってて」

「ええと……はい……」

 提督と叢雲さんは0時からお休みだから、代わりに大淀さんが執務室に詰める予定だったはずでち。

 その大淀さんも、まさか二人共残って艦隊の帰還を待つとは思わなかっただろうから、困惑しているみたい。

 完全にとばっちりでち……大淀さんかわいそう……

「艦隊の帰還を待つのいいけど、非番の時位はちゃんと休みなさい。あんたがそんなんじゃ、艦娘達も休み辛くなるでしょ」

「もっともではあるが、疲れて帰って来た時に司令官が休んでいたら艦娘達に悪いだろう」

「殊勝な心掛けね。だけど限度があるわ」

「これだけは譲れないな」

「勤務中なら何も言わないわ。けど、あんた久し振りの休暇でしょ。ここでちゃんと休まないと、来週からの作戦にも影響するわ」

「そうだな。だが、休暇よりも艦娘達を労う方が大事だ」

「ほんっと融通利かないんだからっ!! あんた、最近ちゃんと家に帰って寝てないでしょ!?」

「執務室のソファーで寝ても変わらん」

「そういう問題じゃないわっ! どうしてあんたはいっつもいっつも……」

「お前こそ……」

 あー、また始まってる。

 作戦の報告に行くと、いっつもこんな感じでち。

 大淀さん、間に挟まれて苦笑いしかできないみたい。

 あの二人、こんな感じで喧嘩をする振りをして、自分が相手をどれだけ大事に思っているか、伝え合っているんでち。

 素直に心配だって言えば良いのに。

 愛の形にも、色々あるんでちね……

 結局、作戦結果の報告は3時を過ぎてから始まったの。

 巻き込まれる方の身にもなって欲しいでち……

――――取材を終えて

 いやー喧嘩する程仲が良いって言葉を体現している様ですね。

 話を聞いている限り微笑ましいんですが、巻き込まれた大淀さんとゴーヤさんからすれば堪ったものではないでしょうね。

「でっちーーーー!! まだーーーー!?」

「ぐはぁあっ!! ろー!! いい加減にするでち!!」

「あははっ、こっちだよー」

「待ちなさいっ!!」

 あらら、行っちゃいました。

 潜水艦組は仲が良さそうですね。

 こちらも喧嘩する程ってやつでしょうか。

 さてさて、次の現場へと急ぎましょう!

――――1330 甘味処 間宮

・司令官夫妻は最近来店されましたか?

 お二人ですか? 昨日来店されましたよ。

 時間は確か、お昼過ぎだったかしら。

 来店される時は、食堂でご飯を食べてから来られるんですよ。

 大体一週間に一度位ですかね。

・昨日は何を頼まれたんでしょうか?


 提督はチョコレートパフェを頼まれていましたね。

 甘いものがお好きみたいで、必ずパフェを頼まれるんですよ。

 失礼かも知れないんですけど、見た目からは想像がつかなくて可愛らしいですよね?

 叢雲さんはコーヒーを頼まれてましたね。

 叢雲さん、コーヒーがお好きなんですよ。

 駆逐艦の子は苦手な子が多いのに、大人びてますよね。

・どんな会話をされてましたか?

 そうですねえ、確かこんな感じだったと思います。

「あ、提督、いらっしゃいませ」

「こんにちわ、間宮さん」

「こんにちわ」

「いつもの席、空いてますよ」

「ありがとうございます。行こう」

「ええ」

 お二人は来店された時、必ず店内奥の窓際の小上がりに座られます。

 なんでも、窓から見える景色がお好きなんですって。

「お待たせしましたー」

 提督にはパフェを、叢雲さんにはブレンドのコーヒーを。

 知らない人が見たら、注文逆なんじゃないかって思ってしまう様な光景ですね。

「久し振りのパフェだっ! 頂きます!」

 両手を顔の前で合わせた後、凄い勢いでスプーンを口に運んでいました。

 本当にお好きなんですね。

「がっつかないのみっともない」

 叢雲さんが眦を上げて提督をいさめます。

 何か親子の会話みたいで微笑ましいですね。

「あむあむ、うまいなあ」

「こら、ほっぺたにクリームついてる。行儀悪いんだから」

 提督の頬に付いたクリームを、叢雲さんが紙ナプキンで拭いました。

 提督も特に抵抗しない所を見ると、普段もあんな感じなんでしょうか。

 何か、見てるこっちが恥かしくなってきますね。

「そんなに好きなら毎日食べに来れば良いのに」

「それは駄目だ」

「どうしてよ」

「俺が毎日パフェを食ったら、艦娘達が食べられる分が減る」

「うちの食糧事情はそんなに悪くないわよ。あんたが毎日食べる分位あるはずだわ」

「気持ちの問題だよ」

「ふうん……くっそ真面目なんだから」

「ほっとけ」

「ほっとくわ」

 なるほど、毎日来られないのはそういうお考えがあったからなのですね。

 なんとも提督らしいな、と納得してしまいました。

 その後二人は無言で食べ続けていました。

 提督は相変わらずにこにこしながらパフェを頬張っています。

 叢雲さんは、その様子を見ながらコーヒーを啜っていました。

 まるで手の掛かる子供を眺める様な、優しげな視線を向けていたのが印象的でしたね。

 まさかこんな顔をするなんて。

 着任して間もない頃の気が立っていた時期を知っている身としては、ちょっと想像がつかなかったですね。

――――取材を終えて

 いやー司令官の意外な一面を知る事ができましたねー。

 それに、叢雲さんの優しい表情というのもなかなか想像できません。

 言葉を交わさずとも分かり合える関係、熟年夫婦もかくやって所でしょうか。

 間宮さん、ご協力ありがとうございましたー。

 さて、次の現場に参りましょう!

――――1650 明石の酒保

・司令官は最近来店されましたか?

 はい。昨日の夕方頃にいらっしゃいました。

 叢雲さんも一緒でしたね。

・何を買われていたんですか?

 ティッシュとか、トイレットペーパーとかの日用雑貨とお酒ですね。

 うちの鎮守府ってお酒が飲める所少ないじゃないですかー。

 ご自宅での晩酌用に、定期的に買いに来られますねー。

・お二人はどんな様子でしたか?

 そうですねー、いつもの様に叢雲さんが尻に敷いている感じでした。

 提督も満更じゃなさそうでしたね。

 お似合いですよね、あの二人。

・お二人の会話の内容を、覚えてる限りで大丈夫なので詳しく教えて下さい。

 お二人は来店されてすぐに日用品コーナーへ向かわれました。

 基本的に買うものは叢雲さんが決めて、提督は荷物持ちに徹していましたね。

 叢雲さん、お買い物早いんですよ。買う商品が決まってるみたいで、すぐに選んで次の売場に向かってました。

 だから提督も嫌な顔せずお買い物に付き合うんだと思います。

 お酒のコーナーに差し掛かった所で、ちょっと面白い事がありました。

 ご存知だとは思うんですけど、提督お酒が大好きなんですよ。

 特にビールが好きみたいなんですが、普段は節約の為に発泡酒で我慢されてるんですよね。

 なので、今日も叢雲さんはいつも飲んでる発泡酒の銘柄をカゴに入れたんです。

 その後、叢雲さんが買い忘れがあったって事で日用品コーナーに戻られました。

 その隙に提督が発泡酒を売場に戻して、替わりにビールをカゴの中に入れたんです。

 叢雲さんが戻った時、すぐにばれてましたけどね。

 まあ、カゴの中にはお酒しか入ってなかったんですから、誰でもわかると思いますが……

「どういうつもり?」

 叢雲さんが提督を睨み付けます。

 深海棲艦も裸足で逃げ出す暴虐的な視線、恐すぎますね。

 提督はすぐに目を逸らしました。

 艦娘である私でも直視できない程の圧力でしたし、仕方がないかなあと。

 このまま諦めちゃうのかなって思った時、ビールを棚に戻そうとする叢雲さんの腕を提督が掴みました。

 叢雲さんの視線が更に凄みを増します。

 提督手が震えていました。思わず応援したくなりましたね。

「叢雲、お前にはまだ伝えていなかったが、このビールは俺が世界で一番好きな銘柄なんだ」

「それで?」

 提督が説明を試みます。徹底抗戦の構えです。

「この銘柄は国内産の摘みたてホップを生のまま使用した限定品なんだ。
 もちろん出荷数も少ないから、今を逃したら来年まで飲めなくなる」

「そうなるわね。それで?」

「だから、あのー……是非今年も頂きたいなーと思ったのですが……」

 最初の勢いはどこへやら、声が段々と尻すぼみになっていました。

 そしてまさかの敬語です。

 お二人の力関係が良くわかりますね。

「……」

「……」

 叢雲さんは説明を一通り聞いた後、黙り込んでしまいました。

 何も言わないのが逆に恐いです。

「ねえ」

「!! はいっ」

 提督驚き過ぎです。直立不動です。

 先日行われた大規模作戦前の決起集会で、壇上に立って艦娘達を鼓舞していましたが、
 その時よりも姿勢が良かった様な気がします。

「あんたが今我慢すれば、他の娘達がそのビールを楽しめるわよ?」

「……」

 痛い所を突かれました。

 艦娘達の事を第一に考える提督、大ダメージです! 何も言葉を返せません!

 遠くてはっきりとは見えなかったんですが、かすかに目に涙を浮かべている様でした。

 何も言い返せない提督は、肩を落として上目遣いで叢雲さんを見つめ続けます。

 その姿は、なんだか捨てられた犬を連想させました。

 背中に哀愁が漂っていましたね。

 しばらく無言で睨み合った後、

「はあ……仕方がないわね、今回だけなんだから」

 深く溜息を吐いた叢雲さんが、折れる事になりました。

 その言葉を聞いた提督、花が咲く様な笑顔です。

「本当か!? ありがとう叢雲! 愛している!!」

「っ……黙りなさい! 人前よ!?」

 叢雲さん顔真っ赤になってました。意外とチョロいんですね。

 でも人前かどうかを気にするって事は、二人きりなら良いんでしょうか?

 普段どんな会話をされているのか、気になりますね。

 結局、提督の願いは聞き入れられ、念願の限定醸造ビールを購入される事になりました。

――――取材を終えて

 今回もお二人の意外な一面を知る事になりました。

「こちらで買い物される時は、いつもそんな感じなんですか?」

「そうですねえ、提督がおねだりされる事は珍しいんですけど、いつもそんな感じでイチャイチャしてますよ」

「なるほどー」

 なんだか司令官夫妻のイメージが段々変わってきてしまいました……

 私が知らなかっただけで、普段から甘甘な様子を周囲に見せ付けているんでしょうか。

 もしそうであったら、この記事の存在理由が問われる事になってしまいますね……

 まあ、深く考えるのはよした方がいいですね。

 次の現場が最後ですか。

 気を抜かずに行きましょう!


――――1930 鳳翔の小料理屋

・司令官は最近来店されましたか?

 はい。昨日ご夫婦でいらっしゃいました。

 大規模作戦前という事で、お二人とも多忙でいらっしゃいましたから、久し振りのご来店でしたね。


・どんなご様子でしたか?

 提督は明日のお昼までお休みという事でしたので、やっと酒が飲めるって嬉しそうにされていました。

 最近はほぼ一日中執務室に詰めてらっしゃいますから、お酒を控えられているんでしょうね。

 叢雲さんも久し振りのご来店でした。

 以前は度々来て頂いていたんですが、最近はお忙しかった様でしたし。

 顔が見られて嬉しかったです。


・どんな話をされていたか、聞かせて下さい。

 そうですね……

 最初お二人はビールで乾杯をしていました。

 お二人ともお酒がお好きということで、早いペースでジョッキを空けていましたよ。

 二、三杯ビールを飲まれた後、提督は日本酒、叢雲さんはワインを飲まれていました。

 この辺りはいつも通りですね。


 ただ、来店されてから2時間程経った位でしょうか。

 ちょっと叢雲さんの様子が怪しくなってきました。

 最近は秘書艦業務以外にも多くの仕事を任されていると聞いていましたから、
 もしかしたらお酒を召し上がるのは久々だったのかもしれません。

 しばらく振りのお酒を、以前と変わらないペースで飲んでいたから、体がびっくりしてしまったのでしょうね。

 顔は真っ赤で、目の焦点も合っていませんでした。

 そこからは……もう、凄かったですよ?

 急に笑い出しちゃって。

 座敷に割座で座られていたんですが、ご自身の太腿をぺしぺし叩いて笑っていらっしゃいました。

 お隣に座られている提督の顔を指差して笑っていたのですが、何が面白かったのでしょうかね?


「叢雲、これ以上飲まない方が良いんじゃないか?」

「くふっ……あはは、なによ、るっっさいわねぇ……」

 提督がこれ以上は飲まない様いさめましたが、叢雲さんは一向に聞いてくれません。

 激務でストレスが溜まっていたのでしょうか……

「お前、だいぶ酔ってるぞ?」

「こんなの酔ったうちはいらないわ! あんたがあれこれ仕事ふってくるせいで、
 お酒のむひまだってなかったんだから!」

「それはまあ、申し訳ない所ではあるんだが……」

「だいたい、あんただってろくに休んでないじゃない。家にだってぜんぜん帰ってこないし……」

「……すまん」

「ふん、わかってるわよ。戦場出ない自分より、艦娘達のやすみをゆうせんさせたいって事でしょ?」

「ああ、その通りだ」

「あんたのおかげで、私も寝る時間をいただいてるってこともわかってる。
 他の娘達だってあんたにかんしゃしてる。でもね……っ」

「……? おい、叢雲……」

「っ……ひっく」

 あらあら、叢雲さん泣き出しちゃいました。

 お酒を入れて感情が昂ぶってしまったんでしょうか。

「あんたがたおれでもしたら、誰がかわりをつとめるのよ? あんたはもっと自分をだいじにしてよ! 私達にたよりなさいよ!」

「十分頼りにさせて貰ってるつもりなんだがなあ……」

「ぜんぜんじゃない! 本来は秘書艦がやる様な雑事も全部じぶんでやろうとして! なによ、そんなに私達がしんようできないの!?」

「それは違うぞ、叢雲」

「わかってるわよ!!」


 酔っ払っているからでしょうか。

 なんだかおっしゃってる事が支離滅裂になっている様な気がします。

 提督の事を心配するお気持ちが逸ってしまったんでしょうかね。

 叢雲さんは溢れてくる涙を拭こうともせず、ただただ涙を流すばかりで。

 両手は強く握り締められて、膝の上に置かれていました。

 提督の負担を減らしてあげられない事が、よっぽど悔しいんでしょうね。

「……叢雲、こっちに来い」

「ん……」

 提督は息を強く吐いた後、叢雲さんの両脇を抱えて、胸に寄せました。。

 ご自身の足の上に叢雲さんを座らせ、両腕で背中を覆う様に抱きしめます。


「ごめんな、いつも心配掛けて」

 体の小さい叢雲さんは、すっぽりと提督に包まれます。

 普段だったら手が出ている様な状況ですが、その時は何も言わずに身を寄せていました。

「……ほんとよ。やっぱり、あんたは私が教育してあげないとだめなんだから……」

「そうだな」

 叢雲さんの口癖に、提督も苦笑いを抑えられない様でした。

 提督は背中に回していた右手を叢雲さんの頭へと持って行き、優しく撫で付けます。

 叢雲さんは気持ちが良かったのか、頭を少し揺らしていましたね。

 しばらく無言でそうしていた後、叢雲さんのすすり泣く声は、いつの間にか寝息に変わっていました。


 提督は叢雲さんを抱えたまま立ち上がり、こちらへと向かってきます。

「ごめんなさい鳳翔さん、お騒がせしちゃって……」

「いいえ、他にお客様もいらっしゃらなかったので、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。これ、お勘定です」

 そういって、お食事代金より多目のお金を渡されました。

「今日は両手が塞がっててお釣が受け取れないから、そのまま貰って下さい」

 提督が来店された時は、いつもなんだかんだ理由を付けてお金を多く置いていかれます。


「でも……」

「じゃあ、また来た時に受け取りますよ」」

 そんな事言って、次に来た時は忘れたって言って受け取ってくれないんです。

「次は絶対に受け取って頂きますからね」

「覚えていたら受け取りますよ」

 もう……

「じゃあ鳳翔さん、ごちそうさまでした」

「ありがとうございました。叢雲さんにも宜しくお伝え下さい」

「わかりました。それでは、お休みなさい」

 そう言い残して、お二人はご自宅へとお帰りになりました。


――――取材を終えて

 いやいやいやいや、これはまたお熱い……!

 叢雲さんがどれだけ司令官を心配されているのかが、良くわかるお話でした。

 聞いているだけで興奮してきますね!!

「叢雲さんは酔われると素直になるんですねー」

「そうですねえ……あそこまで酔っていらっしゃるのは私も初めて見ました」

 自分にも他人にも厳しい叢雲さんの甘える姿なんて、滅多に見られるものではありません。

 今度私もお店で張り込んでみようかと思います。

 さて、これで全ての取材が終わりました。

 ネタとしてはなかなかのものが集まりましたが……

 でも、これらは全て人から聞いたもの。

 やはり記者たる者、自らが見聞きした出来事も、記事に盛り込まなければいけませんよね。


――――0020 執務室前

 ということで、執務室へとやって来ました。

 時刻は夜半を過ぎる所。

 通常であればこの辺りの時間で、当日分の執務は終了しているはずです。

 もちろん、イレギュラーな事態が発生していなければ、ですが。

 この時間であればお二人のプライベートな会話も聞けるかもしれません。

 執務室のドアに耳を寄せると、お二人の会話がかすかに聞こえて来ました。

 まだ中にいらっしゃるみたいですね。

 気付かれない様にそっとドアを開けてみましょう。


 わずかに開けたドアの隙間からは、応接用のソファーに座った司令官の姿が見えました。

 腕を組んで何かを考えてらっしゃるのでしょうか。

 険しい表情をされていますね。

「コーヒー、飲むでしょ?」

「ああ、ありがとう」

 そこにカップを載せたトレイを持った叢雲さんが現れます。

 叢雲さん、ご自分で飲み物を淹れるんですね。

 以前は司令官がご自分で用意していると聞いたのですが……

 ケッコンすると変わるものなんでしょうかね。


 司令官は目の前のテーブルに置かれたカップへと右手を持っていきますが、途中で動きを止めました。

 あれは……手が震えてる?

 遠目からでもわかる程、大きく震えた右手。

 司令官は左手で押さえ付けますが、止まる所か左手も一緒になって震えています。

 怪我? 病気? 何にしろ尋常な状態ではありません。

 隣に腰掛けている叢雲さんもその様子を見ていましたが、特に慌てた様子を見せません。

 どういう事でしょうか……?

「不安なの?」

「……ああ」

「作戦前になると手が震えるの、いつまでも直らないわね」

「そうだな……」


 我が鎮守府はこれまでに実施された大規模作戦において、筆頭の戦果を上げています。

 各所に設置されている鎮守府の中で、艦娘の在籍数が最大である事、
 抜きん出た練度を誇る事が取り沙汰されますが、理由はそれだけではありません。

 その戦力を最大限活かす、司令官の存在があってこそ、我が鎮守府は最強であり続けられるのです。

 司令官が着任して以降、当鎮守府では一人の轟沈も出していません。

 潤沢な資源を背景に、徹底した安全策を執っているのです。

 資源の管理、調達は全て司令官によって行われています。

 以前は大本営から資源が支給されていた様ですが、当鎮守府の資源調達が軌道に乗った後は打ち切られてしまいました。

 曰く、他の鎮守府に比べて自給能力に優れている為、支給は必要ないと判断されたとのことです。

 通常の艦隊運用であれば、大本営からの支給上限以上の備蓄は不要ということらしいのですが、
 司令官はそれを良しとしませんでした。

 余剰がなければ、安全策が執れないからです。

 司令官は徹底した資源管理を行いました。

 艦娘達の練度、得手不得手、気性など、あらゆる要素を勘案して、過不足のない艦隊運用によって不要の出費を抑えると同時に、
 情報を可能な限り収集し、高効率の遠征計画を策定、資源の調達にも勤しみました。

 それは、自身の心身を文字通り削ったものであると伺っています。

 結果として、当鎮守府は他に例を見ない程の潤沢な資源量を確保するに至りました。


 司令官がご自身を酷使される一方で、私達艦娘には週に一日半、必ず休暇が与えられています。

 他の鎮守府がどの様な運用をされているのかは良く知りませんが、
 毎週必ず休暇を与えられるというのは珍しいと聞きました。

 遠征部隊の帰投が深夜に及ぶ事もありますが、司令官は必ず執務室で待機し、報告を聞きます。

 そして、夜分遅くまでご苦労と、艦娘たちに労いの言葉を掛けるんです。

 ゴーヤさんが帰還した時も、そんな状況だったのでしょうね。

 まさか、数少ないご自身の休暇まで削られるとは思いませんでしたが。

 この様に、余裕のある資源と艦娘たちを第一に考える姿勢が艦娘達の士気を上げ、
 戦果に繋がるという好循環を実現できているのが、我々は第一線を走り続けられている真の理由であると私は考えています。


 それを可能としているのは、司令官の存在であるという事を、
 当鎮守府に所属している艦娘であれば誰しもが知っていると思います。

 艦娘達の事を兵器としてでなく、一人の人間として接し、決して無理はさせない。

 些細な問題であってもないがしろにせず、真摯に取り組む。

 そして、どんな逆境に立たされても、決して弱音を吐かず、前を向き続ける。

 そんな司令官に、好意を持っている艦娘は多いと思います。

 かくいう私もその一人ですしね。

 しかし今、私の眼前には大規模作戦を目前に控えて不安に苛まれる、一人の人間としての司令官がそこにいました。

 顔は蒼白く、手の震えも未だ収まっていません。

 今まで見た事がない司令官の様子を前に、私も動揺を隠せませんでした。


「……ふう」

「……」

 そんな司令官の様子を見ても、叢雲さんは顔色一つ変えずにコーヒーを啜っています。

 あんな状態の司令官を放っておけるなんて、どういう事なんでしょうか?

 このまま放置するのであれば私が……と考えていた時、叢雲さんは傍に置いてあったファイルを手に取り捲り始めました。

「我が鎮守府は現在、開設以来最大の資源量を貯蔵しているわ」

「……」

「これは無補給で敵に一ヶ月間全力攻撃を仕掛けられる量に相当する。
 今までの大規模作戦は長くても三週間程で終了していた事を考えると、一週間分の余裕があるという事よ」

「今回も三週間で決着するとは限らない」

「黙って聞きなさい。今回の作戦は比較的規模が小さいと大本営から発表されているわ。
 今回よりも規模が大きいとされていた前作戦の終了後も、資源には余裕があったんだもの。
 かなり悪い状況を想定しても、枯渇するまでは行かないはずよ」

「……ああ」


「現在の艦娘の在籍数は百人を超え、練度も高い水準に達しているわ。
 改装も全て終了し、士気も高い。若干緊張しすぎているきらいがある位かしら。
 とにかく、今現在考えられる限りでは最高の状態で作戦を迎えようとしているという事よ」

 叢雲さん、みんなの雰囲気を知っていたんだ……

 さすがに秘書艦を長く勤めていらっしゃるだけありますね。

「しかし……まだ俺にできる事が」

「ないわ。言ったでしょ、考えられる限り最高の状態だって」

 叢雲さんが、震えの収まらない司令官の右手を、両方の手で包みました。

「大丈夫よ。あなたは自らの頭脳、身体の全てをなげうって準備を行ったわ。
 そして、その結果はこれ以上ないって位に万全の状態。文句の付け様もないわ。後は、私達に任せなさい」


「……」

「まだ何か不安なの?」

「今回も全員無事で切り抜けられるだろうか……? 俺は、誰一人として失いたくない」

「大丈夫よ。あの娘達は、私が守るわ」

「しかし、それでもしお前を失ってしまったら、俺は……」

「はあ……女々しいわね」

 そうぼやいた後、叢雲さんは握っていた司令官の右手を、自らの胸に当てました。

 なんって大胆なんでしょうっっ!!

 カメラを持ってこなかったのがほんっっっとうに悔やまれます!!

「いてっ」

 あっと、ドアノブに頭をぶつけてしまいました。

 興奮しすぎですね。


「……」

「叢雲?」

「私の鼓動、感じるかしら?」

「……ああ」

「私は、あなたを残して死なないわ。絶対に」

「……」

「艦娘達は私が守る。そして、私も死なない。これまでの大規模作戦の全てを生き抜いた、
 あなたの妻であるこの叢雲が、勝利を約束してあげる。これでもまだ不安かしら?」

「……わかった。今回も、宜しく頼む」

「任されたわ。あなたはここで、私達の帰りを待っていなさい」


 お二人の根底にある互いへの信頼とでも言うのでしょうか。

 その一端を、垣間見られた様な気がします。

 こんなんじゃあ、間に割って入るなんて、できそうもないですね。

 元々そんなつもりはありませんでしたが、これ程の結び付きを見せられると、少し妬けてしまいます。

「こっち、いらっしゃい」

「……おう」

 ああっと叢雲さん、このタイミングで司令官の頭を胸に抱き寄せました!

 司令官恥ずかしそうにしながらも甘んじて受け入れます!

 凄まじい程の母性です!

 かすかな違和感が一瞬頭を過ぎりましたが、目の前の素敵な光景を前にどうでも良くなってしまいました。


 カメラがないから、せめて目に焼き付けんとばかりに見つめていると、

「!!?」

 司令官の頭を抱き締めながら、叢雲さんがドアの方向へ顔を向けてきました。

 まずいですバレてます!

 盗み見する私と目を合わせながら、叢雲さんは何かを伝えようとしました。

 声は発さず、唇の動きだけで、

 そこでまっていなさい

 と言われた様な気がしました。

 どうしましょう……

 このまま知らない振りをして逃げてしまいましょうか……

 でもでも、そんな事したら明日どんな仕打ちに遭うかわかりません。

 とりあえず、叢雲さんの言う通りに外で待っている事にしましょう……


 執務室のドアをそっと閉じ、壁に背を預けて待っていると、叢雲さんが出てきました。

 怒っているかな、と思ったんですが、表情を見る限りいつもと変わりません。

 助かったんでしょうか……

「青葉さん」

「はいっ」

 名前を呼ばれただけなのに、何故か背筋を正して直立してしまいます。

 酒保での司令官のお気持ちが、今ならとっても良くわかりますね。

「ご用があるのなら、ちゃんとノックをして下さい」

「あー、はい、すいませんでした……」

 普通に怒られました。

 何か、自分より見た目が幼い駆逐艦の子に怒られるってのは、結構くるものがありますね……

 いけない何かに目覚めてしまいそうです。

 とは言え、さすがに覗き見はやりすぎたなと反省しました。


「それで、お願いなんですけど」

 叢雲さんが少し声を潜めました。

 中にいる司令官に聞かせたくないのでしょうか。

「今見た事は、記事にしないで欲しいの」

「……はい」

「あれ、反対されると思ったんですが」

「いえ……今の司令官のご様子を軽はずみにみなさんにお伝えしてはいけないかなと思いまして……
 興味本位で覗いてしまって、本当にごめんなさい」

 さすがの私でも今回の事を記事にするのはためらわれました。

 みんなの心を和ませる所か、動揺させる事になってしまいそうです。

 叢雲さんは私が素直に折れた事に、驚いた様子でした。

 なんか、普段どの様に思われているのかが、想像付いてしまいますね……

「いいえ、ご理解感謝致します。あいつ、今ちょっとナーバスになってて。
 私以外にあんな姿を見られたなんて知ったら、落ち込んでしまいそうで……」

 司令官に私が盗み見している事を知られない為に、抱き寄せて視界を塞いだという事だったんでしょうかね。

 恥かしがり屋の叢雲さんらしくない、大胆な行動だなって思っていたのですが、得心がいきました。


「そうだったんですか……すいません、司令官がそんな状態なのに、私達、全く気が付きませんでした……」

 先日廊下ですれ違った時もいつも通りでしたし、今日取材した中でも、疲れた様子見せたという事は聞きませんでした。

 司令官、私達に気付かれない様に無理をされていたんでしょうか。

「みんなには悟られない様に振舞っていましたから……
 心配掛けたくないんですって。ほんっと頑固なんだから……」

 叢雲さんは悪態を吐いていますが、瞳には優しさが湛えられています。

 そんな司令官の事も愛おしいって、顔に書いてあるみたいです。


「でも、いいなあ叢雲さん。私達も、司令官の事支えてあげたいです!」

「あいつがここの司令官を務めていられるのはみんなのお陰よ」

「そうじゃなくって、もっと直接的なやつがいいです!」

「駄目よ」

 即答されました。

「ええっ!? なんでですか?」

 私の反論に、叢雲さんは少し考える様な素振りを見せた後、

「だって……」

 自身の左手を胸の前まで持ち上げ、

「それは、妻の務めですから」

 薬指にはめられた銀色の輝きを見つめながら、そう呟きました。

「見せ付けてくれますね~」

「そうです見せ付けてるんです」

 普段だったら絶対に言わない様な事を口にしてくれました。

 叢雲さんの頬は、明かりが消えた薄暗い廊下の中にあっても、赤く染まっているとわかる程上気しています。

 これはあれですね、自分の発言の恥かしさに気が付いてないヤツですね。

 明日の朝思い出して、布団の中でゴロゴロ転がっちゃうはずです。

 今の発言が記事に載せられないのが残念で仕方ありません。


「改めてなんですが、今夜の事は……」

「ええ、わかっています。“今夜の事は”記事にしません」

「ありがとうございます」

 私に礼を言った後、叢雲さんは執務室へと戻っていきました。

 さて、今回の取材はこれにて終了ですね。

 最後のネタは残念ながらお蔵入りになってしまいましたが、内容が内容です。仕方がないでしょう。

 今夜の事は記事にできませんが、「それ以外の事」については何も言及されませんでした。

 つまり、記事にしても問題ないって事ですよね?

「この青葉、不肖の身ではございますが、艦隊の士気向上の為、一働きさせて頂きます!」


 翌朝、徹夜で仕上げた艦隊新聞を食堂の掲示板に貼り付け、みなさんの反応を伺っていました。

 内容は『司令官夫妻の日常』と題し、昨日の取材結果を余す事なく詰め込んだ自信作。

 食い付きは中々良く、気が付けば黒山の人だかりとなっていました。

 普段の記事もこれだけ反応があると嬉しいのですが、それは置いておくとしましょう……

「叢雲さん、大胆なのです」

「羨ましい……もっと私にも頼ってほしいのに」

「これが一人前のレディのたしなみとでも言うのかしら…

「違うと思うよ」

 皆さんお二人の話で盛り上がっている様です。

 少しは息抜きになっているみたいなので、良かったですね。


 とりあえず評判は上々ということで、気を良くしていた所に、

「青葉さん」

 聴き覚えのある声音が背後から聞こえてきました。

 声の調子は穏やかで、ともすれば気品すら感じられる程です。

 でも、私は振り返りたくありません。

 だって、振り返ったら……

「青葉さん」

 右腕を掴まれました。

 そのまま後方に腕を引っ張られ、強引に振り返えさせられます。

 そこには、

「ちょっと、執務室までいいかしら?」

 般若の如き表情を浮かべた叢雲さんが、右手をサムズアップしながらこちらを見据えていました。


 まずいです。

 命の危機を感じて振りほどこうと試みますが、腕には万力の様な力が込められていて離れてくれません。

「なんでですかー昨日の事は記事にしてないから問題ないじゃないですかー」

「それ以外が大問題なんです!! まるで私達が人目をはばからずにいちゃついている様な書き方を……
 そ……それに、私が酔っぱらってる時に、あんな醜態を……」

「あれ、自覚なかったんですか?」

「なんですって?」

 殺意すら感じられる程の鋭い眼光を向けられます。

 あまりの恐ろしさに、足が勝手に後ずさりました。

 司令官、いつもこんなものを向けられてるんだ……

 それにしても、鳳翔さんのお店での出来事は覚えていない様ですね。

 自分が誰かに甘えてる姿は見られたくないって事なんでしょうか。

 そんな所もご夫婦で一緒なんて、さすがです。

「なるほどー。別に良いんじゃないですかー夫婦なんですし。それに、鳳翔さんも可愛いっておっしゃってましたよ?」

「だーーーもーーーいいから早く来る!」

「いだいいだい!! 着いてきますから引っ張らないでー」


 この後、執務室で叢雲さんに散々とっちめられました。

 司令官も側に居たんですが、手を差し伸べてくれる事はありませんでした……ひどいです。

 折檻が終わった後、逃げる様に執務室を後にしたんですが、ドアの外には大勢の艦娘が集まっていました。

 記事の真相を確かめに来たんでしょうが、まさか執務室に直接来るとは思いませんでした。

 結局は叢雲さんの一喝で、蜘蛛の子を散らす様に去っていきましたが……

 みなさん、楽しそうな顔をされていました。

 散々な目に遭いましたが、当初の目的である緊張緩和には一役買えたみたいですね。

 結構好評みたいなので、ほとぼりが冷めた後に第二弾を企画しようと思います。

 さてさて、まずは大規模作戦の攻略が先ですね。

 私も気合入れていきましょう!

 以上、青葉でしたー。


終わりです。

気が付いたら冬イベも終盤ですね。
これから攻略される方、ご武運をお祈りしています。

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