クローズド・ライフ (2)

妻が居なくなったことを知ったのは、離婚の話が持ち出されてから一ヶ月後のことだった。
失踪に初めて気づいたのは、俺と妻の間にいた一人娘の紗江(さえ)。
今は、俺だけがあの家を出て少しばかり離れた場所に或る安いアパートの一室に住んでいる。
紗江は妻と二人でしばらく生活していたようだが、生活する時間の違いからか殆ど顔を合わせるようなことは無かった。
それは俺がまだあの家に居た時からそうであったが、俺が居なくなった事によって増々話をする機会なんてものが無くなったらしい。
失踪にしばらく娘が気づかなかったのも無理からぬ話だったのだ。

電話の音がする。

紗江「あ・・・もしもし?パパ?」
俺「・・・紗江か。ママから連絡するなって言われてないのか」
紗江「いや、言われたけど・・・ていうか、そんなこと言ってられる場合じゃないんだって」
俺「何かあったのか」
紗江「最近ママを見てないの」
俺「見てないって・・・いつもそんなもんだろうが」
紗江「ううん、パパは知らないだろうけどママ最近本格的に昼の仕事に就職しようとしてて」
俺「昼の仕事なんか無理に決まってるだろ。あいつは夜働くことしかしたことないんだから」
紗江「そんなの知らないけど!とにかくママとはちょくちょく顏あわせることがあったの!でも最近全然見ないし、気になって電話しても出ないからなにかあったんじゃないかって思って」
俺「・・・。それで、警察(ポリ)には言ったのか」
紗江「私警察なんて連絡したこと無いし・・・なんか怖いからしてない。それにもしかしたら私の思い過ごしなのかもしれなかったらって考えちゃうし」
俺「それじゃあ、警察より先に俺に電話かけてきたのか」
紗江「パパだったらもしかしたらママの行方知ってるかもしれないし・・・」
俺「勿論こっちには来てないし、あいつの顔すら見てないよ」
紗江「え・・・どうしよう・・・ママもしかしてなにか事件に巻き込まれたのかもしれない」
俺「・・・紗江、今何処に居る」
紗江「家だけど・・・来てくれるの?」
俺「あぁ、とにかく話は俺がそっちについてからだ。家に居ろよ」



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この家には一ヶ月前まで住んでいたはずなのに、玄関を開けて入ったときの家の匂いはまるで知らない人間が住んでいる家に来たかのようだった。
それは家だけでなく、紗江もそうだった。
玄関で顔を合わせた紗江は、俺を見るなりおびえた目つきをしていた。
妻がなにか物騒なことに巻き込まれたのかもしれないという不安からだろうか、それとも家庭を崩壊寸前まで追いやった俺への恐怖なのだろうか。
それは紗江自身にも分からないことかもしれない。勿論俺にだって分からない。
紗江のそんな視線を受けた俺の頭の中には何故だか昔の幸せだった頃の家庭がありありと浮かんでは消えていった。
何もかもクソッタレの泡となって消えていきやがるのだ。
あれ程幸せに満ちていた食卓には今や死んだ目をした人間二人が座るだけのただぽっかりとした空間しか無い。

俺「ママが居なくなったことに気づいたのはいつだ」
紗江「・・・先週くらいからあんまり見かけないなとは思ってたんだけどここ二三日まったく見ないからそれくらいだと思う」
俺「その間、お前、どうやって暮らしてたんだ?自炊でもしてたのか」
紗江「私、部活あったしそれに家事とかあんまりやんないから・・・友達の家でご飯食べさせてもらったりしてた」
俺「そうか」

紗江は椅子から立ち上がり冷蔵庫まで歩いていき、ミネラルウォーターを取り出した。
一ヶ月しか離れていなかったというのに、紗江は着実に大人びていると感じられた。ショートカットで目元に小さなほくろがあり薄い唇はツヤツヤとしていて、胴よりも足が長い。
17年近く一緒に過ごしてきたが、紗江をちゃんと観察した気がしたのは初めてだった。

紗江「パパもなにか飲む?」

そんな紗江の問いかけに俺は思わず

俺「酒かなにか無いか」

と答えてしまった。だが、紗江は嫌がる顔もせず冷蔵庫の中から缶ビールを取り出すと俺の前に置いた。
紗江がペットボトルを机において座り直したので、俺は話を続けることにした。

俺「それで・・・最近なにか変わったことは無かったか?」
紗江「離婚以外でってこと?」
俺「・・・そうだな」
紗江「さっきも言ったけど、就職活動かな。結構急いで就職したがってた」
俺「今の仕事になにか不満でもあったのか?」
紗江「いや、そんな話は聞かなかったけど。パパは聞いてないの?」
俺「いや、特には。お互いにあまり過干渉しないのが結婚の前提だったからな」
紗江「そんな約束してたんだ。知らなかった」
俺「・・・就職活動以外にはなにか無かったか?思い出せるだけ思い出せ」
紗江「わかんない。私だってママとちゃんと話したのパパが出て行ってからだし」
俺「・・・」
紗江「それで、これからどうすればいいんだろ」
俺「警察には電話してないんだよな?」
紗江「うん」
俺「そうか・・・じゃあ俺が探す」
紗江「本気で言ってる?」
俺「警察はこういう誘拐とか失踪の類いは見つからないとそれでおしまいだからな。それに・・・」
紗江「それに?」
俺「いや、何でも無い」

俺は缶ビールを開けて一気にあおった

俺「あいつの部屋には入ったか?」
紗江「ううん、警察とかが来たときに荒れてたらアレかなと思って何にも触ってない」
俺「なら俺が荒らすがいいか」
紗江「うん・・・」

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