双子姉妹の怪異譚2 (62)


双子姉妹の怪異譚
双子姉妹の怪異譚 - SSまとめ速報
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[Fake Became a Fact, Fact Became a Fake.]






 [大学周辺のとあるバーガーショップ]


男「いらっしゃいま――」

妹「おっすおっす」

男「……」

男「いらっしゃいませー」

妹「やあやあ、男君。ここでバイトしてたんだねー」

男「ご注文はお決まりでしょうか?」

妹「どうしてそんなに他人行儀なのさ」

男「どうしてここでバイトしてることを……」

妹「まあ、風の便りってやつだよ」

男「……」

妹「あ、それと姉が『退屈なんだけど』だって」

男「あのね……。俺にどうしろって言うんだ……」

妹「姉は素直じゃないからねー。男君の顔が見たいんだと思うよー」

男「え……!?」

妹「どうしたの?」

男「いや、なんでも……」

妹「ま、たまには研究室に来てよ」

妹「私も退屈だしさー」

男「え……!?」

男「あの、自分たちの研究は……」

妹「あ、私このセット一つ!」

妹「ドリンクはストロベリーシェイクねー。よろしくぅ!」

男「か、かしこまりました――」



マネージャー「それじゃ、男君は上がっていいよー」

男「ありがとうございます」

男「お疲れ様です! お先に失礼します!」

男「……」

男「ふう……」


 俺はとある大学に通う一年生。
 世間一般の学生と同様……授業に、バイトに励む毎日。
 夏休みもとうに終わり、学祭までは特にこれといったイベントもなく……平凡な日々を送っていた。
 今更だけどサークルに入っておけば良かったな……。


男(平凡、かぁ……)


 そんな俺であったが……一つだけ奇妙な出来事に遭遇した。
 怪異――そう呼ばれる不可解な現象に。
 最初から思い起こせば色々と長くなるので割愛するが……俺はとある廃墟で女の子と遭遇した。
 女の子は俺たちの勝手な想像が生み出してしまった虚像であり、いじめを苦に自殺した少女の幽霊で、いじめた人間へ復讐するためにやって来る……というような役柄を与えられてしまった悲しき存在であった。
 女の子がそんな役を演じてしまう前に――俺は行動に出る。

 そして辿り着いたのが、大学の民俗学研究室。
 そこには怪異を研究している双子の姉妹がいた。
 艶やかな長い黒髪を持つ姉と、鮮やかな栗色の長髪を持つ妹。
 俺は二人へ助けを求めた。
 そうしてなんやかんやで――無事に事態は収束。

 それからは……。
 姉妹に目をつけられてしまった俺は、二人からのマークを受けていた……。
 別段用事などあるわけでもないのに……あの研究室へ呼びつけられたり。
 それで行ってみれば、とりとめのない話が延々と続いたり。
 迷惑まではいかないけれど、謎である。
 こんな俺の何が面白いのか……。
 以前「あなたといると怪異が起こりそうな気がする」なんて言われたような気がするが……それってまずいことだと思うんだけど。

 とにかく、謎の双子姉妹は俺の「日常」というありきたりな料理にスパイスを与えていた。



男(さて、帰るかな)

マネージャー「お疲れー」

男「お疲れ様です!」

マネージャー「いつもの、お持ち帰り?」

男「えーと……。今日は店内でお願いします!」

マネージャー「オッケー」

男(そう、バイト終わりの恒例)

男(照り焼きチキンバーガーとポテトを買って帰る)

男(今日はここで食ってから帰るか……。夕飯どうすっかな)

男(妹さんはさすがにもう帰ったか)

男(バイト先も特定されてしまうなんて――恐るべし)

男(二人には言ってなかったはずだが……)

マネージャー「お待たせ!」

男「ありがとうございます!」

マネージャー「出来立てだよー」

男「うおー、ありがとうございます!」

マネージャー「お疲れねー、ごゆっくり!」

男「はい、お疲れ様です!」

男(さて、席は――)


 怪異とは私たち自身――俺の記憶に居座る言葉。
 なぜかそれが思い出されて。


男「あれ……?」


 横一列に続く客席、その奥。一番奥の席。


男(あれは……)


 見知った女性が座っている。


男「女さん……?」


 それは、同じクラスの女さん。
 特に親しいわけでもないが、クラスメイトとして関わりがある。
 長い黒髪を後ろでまとめて、いわゆる「ハーフアップ」のような髪型である。
 身長は女性の中では高い方で、スラリとして美しい姿勢。
 どこか気品を漂わせ、妖しい魅力も持っている。
 少しだけ、あの双子姉妹の姉さんと似ているような……そんな雰囲気。
 彼女が店の奥に座っていた。



男「……」


 目が合った。
 目が合った以上、無視するわけにはいかない。
 会釈して返す。


男「……?」


 しかし……。どこか様子が変だ。
 妖しい魅力――とは言ったが、性格はそんな雰囲気と真逆である。
 サバサバとしていて、頼れる姉貴。
 女さんはそんな性格で、人望も厚くクラスでは中心的な存在だ。
 そんな彼女が、ぼーっと虚ろな表情をしている。
 確かに目が合った……。
 それなのに、女さんは何も反応しない。


男「あれ……。女さん!?」


 俺の会釈をスルーして、そして女さんはおもむろに、実にゆっくりとした動作で立ち上がった。
 そうして俺の目の前を華麗に通り過ぎ……店を出て行った。


男「え……!?」


 全く予想外の出来事に、俺は立ち尽くすしかなかった。
 特に何かしたわけでもないのに、知らず知らずの内に嫌われていたのか――そんな考えがジワリと滲む。
 でも……。そんなきっかけなど皆目見当がつかない。
 マネージャーさんの一声があるまで、俺はただ茫然と立ち尽くしていた。





 [翌日]


男(はぁ……。必修の授業じゃん)


 あんなことがあって……その翌日。
 二限目は必修の授業であった。
 同じクラスの女さんとは顔を合わせることになる。
 自分が何かやらかした訳でもないのに、この気まずさは何なんだ。
 今日は後ろの席に座ることにしよう……。


男「あ、課長……。おはよー」


 後ろに座っていた友人の課長(課長っぽいから、という理由でつけられたあだ名が定着した)に声をかけて、彼の隣に座る。


課長「どうした? 今日はやけにテンション低いなー」

男「あー、それがさ……」


 昨日の出来事を説明しようとして、俺は女さんの姿を探す。


DJ「もう、女さん酷いよー」


 その時だった。
 友人のDJ(B系ファッションをしていてDJっぽいからそう呼ばれている)の声が教室内に響いた。


課長「あいつ、何やってんだ?」


 何が起こったのか……。
 DJは女さんと何やら話し込んでいる。
 そこそこ広い教室なので会話の内容さえ分からないが、DJの様子を見る限り……穏やかではない。


男「……」


 そしてひと悶着起こしたDJは、俺たちの方へ歩いてくる。


男「おい、どうしたんだよDJ」

課長「女さんに何かしたのか?」

DJ「いやー、それがさ……」


 何やら困惑しているDJ。
 理解が追いつかない、狐につままれた――まさにそんな表情だった。


DJ「おかしいな……」


 DJは一度時計を見て、まだ授業まで僅かに時間があることを確認する。
 そして、おもむろに語り出した。



DJ「俺、昨日駅前で女さんを見かけてさー、それで挨拶したんだよね」

男「おう」

DJ「確実に目も合ってた」

課長「ほう」

DJ「なのに、女さんったら完全シカトで」

DJ「ぼーっとしたまま……どっか行っちゃったんだよ」

DJ「酷くね?」

男「――!?」

課長「お前の人違いじゃねーか?」

DJ「ちげーよ。ほんとにあれは女さんだった」

男「お前……。それ何時くらい!?」

DJ「俺が四限終わって帰ってたときだから……」

課長「まあ、五時とかその辺だろーな」

男(五時……)

男(俺が女さんを見たのは夜だ)

男(一体どういうことだ?)

男「それで、女さんは何て?」

DJ「その時間帯、そこにはいなかった――だってさ」

課長「やっぱりお前の人違いじゃねーか」

DJ「ちげぇーって! あれは確かに女さんだった!」

DJ「この俺が女の子の顔を間違えるわけないだろー!」

課長「ほんとかよー」

DJ「マジだよマジ!」

男(……)

男(これじゃまるで――)


 俺のケースと同じじゃないか……。
 一体どういうことだ?


男「あのさ……」


 俺も昨日の出来事を話そうとしたが――ちょうど、授業開始のチャイムが鳴り響く。
 結局その場では言い出せずに、時間は流れていった……。






 [またある日、男のバイト先]


男「いらっしゃいませ!」

姉「あら、奇遇ね」

男「……」

男「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

姉「どうしてそんなに他人行儀なのかしら」

男「……」

男「どうしてこの場所を……」

姉「風の便りってやつよ」

男(なにこのデジャヴ)

姉「最近あなた、研究室に来ないじゃない」

姉「うちに所属してるのに……。サボりかしら」

男「え?」

姉「え?」

男「いや、所属って……」

姉「あら、冗談よ」

男(冗談に聞こえないんですが……)

男「だって……。別に研究室に用事はありませんし」

姉「退屈なんだけど」

男「自分たちの研究をして下さい」

姉「それが起こらないのよ――怪異が」

男「だからって……。俺を暇つぶしの道具にしないで下さい」

姉「あら。そういうわけではなくってよ?」

男「……」

男「とにかく、自分たちの研究くらい自分たちでやって下さい」

姉「こういうお店にはあまり来ないんだけど」

姉「何かお勧めはある?」

男「ちょっと……」

姉「そうね……。この『ダブルバーガー』のセットにしてもらえるかしら」

姉「ドリンクはシェイクのストロベリーね」

姉「お願い」

男「か、かしこまりました……」



男(終わった――)

マネージャー「今日も、いつもの?」

男「あ、はい……。今日も店内でお願いします」

マネージャー「はいよー」

男(もう姉さんは帰ったか)

男(姉さんまでここへ来るとは)

男(俺、軽くストーキングされてる気分なんですがそれは……)

マネージャー「はい、お待たせ! お疲れさん」

男「ありがとうございます、お疲れ様です!」

男(さて、今日は――)

男「――ッ」


 その光景を見たとき……真っ白になった。
 照り焼きチキンバーガーとポテトを載せたトレーを落としそうになったが、紙一重のところで我に返り、踏みとどまる。


男(あれは……。女さんだよな?)


 以前と同じ、あの奥の席。
 そこに、女さんが座っていた。
 前と同じような姿勢、虚ろな視線。
 まるで置き人形、陳列されたマネキンのように。
 女さんがそこにいた……。


男「……ッ」


 視線が合う。
 会釈する。
 しかし――


男「女さん……!」


 機械のようにゆっくりと立ち上がり、そのまま俺の目の前を通り過ぎる。


男「女さん!?」


 もう一度声をかけるも、それは決して届かずに……店内に流れるBGMに虚しくも掻き消された。



 [翌日] 


男(はぁ……。俺、完全に嫌われているのかな)


 大学、必修の授業。
 何もしていないはずなのに、謎の罪悪感を覚える。


男(どうか顔を合わせることがないように……)


 教室……。後ろ側から入って、そのまま一番後ろの席へ。


男「おっす……」

DJ「おう、男か。うぃっす」

男「おう」

DJ「なんだ? 随分テンション低いな」

男「それがさ……」


 話すしかあるまい――遂に俺もあの事について話そうと思った。
 疑問の感情が大部分を占めているが、苛立ちを感じていないと言えば嘘になる。
 早くこのモヤモヤをスッキリさせたかったのだ。


課長「女さん、あのさ……」


 ところが、その時。


DJ「あいつ、何やってんだ?」

男「課長……」


 何列か前の席……女さんと思われる後ろ姿に声をかける課長。


課長「――ッ」


 難しい顔をしている。
 声のトーンは低い。
 これは……。まさか。


DJ「おい、男!?」


 ある種のひらめきが脳裏をよぎって、そうして俺は何気なく二人のもとへ歩み寄った。


課長「マジ? 確かに見かけたんだけど……」

女「うん。その時間、そこには絶対いなかった」

課長「マジか……」

男「どうしたの?」

課長「男か……。いや、それがさ……」

女「昨日の五時頃、私が駅前に立っていた――らしいんだけど」

男「らしい?」

女「うん。だけど私は……その時間は駅にいなかった」

課長「俺、女さんに声をかけたんだけど……。スルーして駅の中へ行っちゃったんだ」

男「――!!」



女「おかしいな……。私は昨日、サークルに顔を出していた」

女「終わって、帰る頃には八時近くになっていたから」

女「その時間は駅にいるはずがないんだけど」

男「じゃあ――○○にはいた?」

女「○○?」

男「うん。俺のバイト先のバーガーショップなんだけど」

男「昨日、女さんはそこへ行った?」

女「いや、行ってない」

女「そして……そのお店は今、初めて聞いた」

女「そこはまだ行ったこともないけど……。どうして?」

男「おかしいな……」

男「俺、確かに昨日……バイト先で女さんを見た」

女「え……?」

課長「マジ!?」

男「うん。あれはバイトが終わったときだから……。夜の十時だった」

男「それに、実は……この前も見たんだ」

男「バイト先で」

男「同じ時間帯だった」

男「俺も女さんがいたから、会釈したんだけど……」

男「スルーして行っちゃったんだ」

女「それは……」

女「二人とも、ふざけてるわけではないよね?」

課長「うん」

男「もちろんだよ……」

男「あれは確かに女さんだった」

男「二度も間違えるはずがないよ」

男「俺がバイト先で女さんを見て」

課長「俺は駅前で……」

DJ「――そして俺も駅前で」

男「DJ……」

女「でも、私はその時間その場所にはいなかった。絶対に」

女「なんなら、サークルの仲間に確認してみようか?」

女「アリバイはある」

男「いや……。女さんがそんな嘘をつくはずがないし」

男「信じるよ……」

課長「だったら、俺たちが見た女さんは一体」

DJ「なんなんだ?」

男(俺だけならまだしも)

男(三人が見たっていうことは)

男(単なる錯覚でもないだろう)

男(でも、本人は『絶対違う』と言っている)

男(サークルに参加していた――というアリバイもあるし)

男(一体どういうことだ……!?)


 [民俗学研究室]


男「――ということがありまして」

姉「……」

妹「へぇー」


 放課後、民俗学研究室。
 まさかとは思ったが……一応、何か怪異めいた予感を覚えてここへやって来た。
 こんな短期間で二度も摩訶不思議な事態に遭遇するとは……。俺は貧乏神か何かにとり憑かれているのではないか。


妹「それって、ドッペルゲンガーってやつ?」

男「ドッペルゲンガー?」

姉「ええ。あなたも聞いたことはあるでしょ?」

男「ああ、まぁ……」

男「自分と瓜二つの……もう一人の自分が現れるってやつでしょ?」

姉「ええ」

妹「他にも、同じ人物が同時に複数の場所に現れたり、自分がもう一人の自分を見たり――そういう現象だね」

姉「ダブル……なんて呼ばれていたりもするみたいね」

妹「ダブル――そういえば、私と姉もダブルだね」

男「いや、それは意味が違うだろ……」

妹「あれ、面白かったなぁ」

男「あれ?」

姉「ちょっと、話を脱線させないで」

妹「高校生のときなんだけど」

妹「私と姉が入れ替わったら、果たして他の人間は気付くのか――」

妹「そんな実験がしてみたくて」

妹「私は黒髪のカツラを被って、姉は茶髪のカツラを被って」

妹「私は姉のクラスの授業に、姉は私のクラスの授業に出たんだよね!」

男「いや、さすがに声とか口調とか仕草で気付かないか?」

妹「そしたら……」

妹「みんな気付かなかったんだ!」

妹「あれは愉快だったなぁ」

妹「その後先生に怒られたけど」

男「当たり前だろ……。二人とも何やってんだよ」

姉「……」



姉「それで、あなたと友達二人が女さんを見たってことだけど」

姉「対する女さんは、その時間その場所には絶対にいなかった」

姉「そして女さんには『サークルに出ていた』というアリバイがある」

姉「そういうことだったわね?」

男「うん。女さんは嘘をつく必要がないし」

男「それは絶対だと思う」

男「だけど……。俺だけならまだしも」

男「二人も女さんらしき人間を見たってこと……」

男「そして、いずれのケースも『何も言わずにこちらの呼びかけも無視してどこかへ行ってしまった』ということ」

男「おかしい……」

妹「本当に、女さんって人で間違いはなかったんだね?」

男「ああ……。あれはどう見たって女さんその人だった」

男「俺だけならまだしも……二人の人間が同じような体験をしている」

男「これは一体どういうことだ……」

妹「なるほどねぇ」

姉「あなた、MRIでもとってきたら?」

男「おい」

姉「っていうのは冗談よ」

男「……」

姉「確かに、これがあなただけだったら『頭がおかしい』で済むけれど」

男「おい……」

姉「複数の人間が見間違える可能性は低い」

姉「私たちのように双子でもない限りはね」

妹「女さんに姉妹はいるの?」

男「それは……。分からないな」

姉「そうね……」

姉「これは怪異かもしれないし」

姉「単なる見間違いかもしれない」

男「そんな……」

妹「ドッペルゲンガーという現象自体も、怪異に分類することもできるけど……」

妹「脳の錯覚と言われれば否定できないしね。ぶっちゃけ」

男「まあ、そうだけどさ……」



姉「……」

姉「さすが私の助手よ。男君」

男「は?」

姉「あなたといれば怪異が起こる――私の目に狂いはなかった」

姉「いい働きをしたわ。助手の男君」

男「……」

男「は!?」

妹「ドンマイ、男君」

妹「姉の助手にされちゃったね」

男「いやいやいやいや!!」

姉「男君」

姉「それであなたはどうしたいの?」

男「どうしたい……って」

男「極端過ぎるけど、別に死ぬわけではないし……」

男「ただ、このモヤモヤを晴らしたいってのはあるけど」

妹「死ぬ――確かドッペルゲンガーと本人が出会ってしまうと」

妹「もしくは本人が自分のドッペルゲンガーを見てしまうと……死ぬ」

妹「そんな噂もあるね」

男「物騒なこと言うなよ……」

姉「そうね。これは研究材料にさせてもらうわ」

男「おい……。ひとごとだと思って」

姉「とりあえず、今は経過を観察しましょう」

男「おい……」





 [そして、数日後]


DJ「さーて、飯にしようぜ!」

課長「そうだな」

男「食堂行くかー」

女「ねえ――ちょっといいかな?」

男「女さん……。どうしたの?」

女「実はさ……」

女「私の友達が、三人みたいに『私を見た』って言ってきたんだ」

男「――!?」

DJ「マジ!?」

課長「ほんとに!?」

女「うん」

女「でも……」

男「その時間、女さんはそこにいなかった――ってこと?」

女「うん……」

女「嘘じゃない……! 信じて!」

男「まぁまぁ、落ち着いて!」

男「女さんは何も悪くないから……」

女「ごめん。取り乱した……」

女「数日前の夜の九時頃、○○駅で私を見たって」

女「でも、その時私はサークル終わりで帰宅していて」

女「その場所に用事なんてなかった」

女「私はその駅から何個か離れた○○ってところに住んでいるから……」

男「だから、女さんがその駅で降りることはない」

男「そこにいるのはおかしい……。そういうことだね?」

女「うん。私はその駅に降りたことなんてないし」

女「降りる用事もなかった」

男「そっか……」

女「それに……」

男「まだ何かあったの!?」

女「同じ駅から通っている友達がいるんだけど」

女「その娘が……」

女「今日の深夜一時頃、私を見たって……」



男「それって……」

女「もちろん私は……その時間は家にいた」

男「その友達はどこで見たって言ってたの?」

女「たまたま近くのコンビニへ行ってたんだって」

女「そしたら……。私がコンビニの前を通り過ぎて行ったって」

女「声をかけたんだけど、無視してどこかへ行っちゃったって」

女「そんなはずはないの!」

女「そのコンビニも私の住んでいる場所から離れたところだし」

女「なにより、私はその時間家で授業の課題をやっていたから」

女「外を出歩いているはずがないの!」

男「そんな……」

DJ「……」

課長「……」

女「ねえ、私がおかしいのかな……?」

女「それともみんなが私をからかっているの……!?」

女「答えてっ!!」

男「あ、ちょっと!!」

DJ「ちょっと……!! 落ち着いて女さん!!」

課長「まぁまぁ!! 深呼吸しよう深呼吸!!」






姉「なるほどね」


 あれから、民俗学研究室。
 これはさすがにまずい……ということで、俺は女さんを連れて双子姉妹のもとへ相談しにやって来た。
 そうして、今までのいきさつを全て語り終えたところで……。


女「私は一体どうなるの……?」

姉「申し訳ないけれど、それは分からないわ」

妹「女さんは、もう一人の自分を見たことはある?」

女「そんなの……あるわけないじゃん」

女「でも……」

男「でも?」

女「実は私、昨日夢を見たんだ」

男「夢?」

女「うん……。真っ白な空間に私が立っていて」

女「それで……。もう一人の私が現れたの」

男「……」

女「もう一人の私はナイフみたいな刃物を持っていて」

女「ゆっくりと近づいてくる」

女「私は身動きができずに……逃げることができない」

女「そして最終的に、もう一人の私は私を殺そうと刃物を振りかぶって」

女「そこで夢から覚めた……」

女「怖いよ……」

女「私、どうなっちゃうの!?」

男「まぁまぁ!! 落ち着いて!!」

男「大丈夫……。大丈夫だから」

男「俺たちがついてる」



姉「そうね」

姉「それほどの人間が女さんを見たということ」

姉「しかし、女さんはその場所にはいなかったということ」

姉「これは怪異と言っても間違いではないでしょう」

妹「というか、怪異そのものだね」

男「ドッペルゲンガー……ってやつなのかな?」

姉「ええ」

妹「ねえ、そういえば気付いたんだけど」

男「どうしたの?」

妹「その、もう一人の女さん」

妹「徐々に本人へ近付いてきてない?」

男「……!!」

女「そんな!!」

姉「確かに」

姉「以前はこの大学周辺、その最寄り駅だったけれど」

姉「次は○○駅」

姉「そして女さんの住んでいる場所の近く」

姉「確実に近づいているわね」

女「そんな……!! 怖いよ!!」

男「大丈夫……。落ち着いて」

男「女さんに姉妹はいる?」

女「私に、姉妹は――」


 何故かそこで、幾ばくかの沈黙。


女「いない」

女「姉や妹はいない。兄ならいるけど」

男「なるほど……。それじゃあ、姉か妹と見間違えたって可能性はないわけだね」

姉「……」

妹「……」



姉「突然だけど――あなた自身のことについて聞きたいの」

女「どうして?」

姉「これは怪異かもしれないし、そうでないかもしれない」

男「いや、さっき『怪異で間違いない』って」

男「怪異としか言いようがないよ」

姉「あなたには以前言ったはずよ」

姉「怪異とは私たち自身――そのようにね」

男「それって……」

妹「怪異は人間という存在があってこそ起こるもの」

男「それも聞いたけど……。ってことは……」

女「私が悪い――そう言いたいの?」

姉「違うわ。あなたは何も悪くない」

姉「ただ、この怪異が起こるきっかけ……そのスイッチを」

姉「あなたが知らず知らずのうちに押していた」

姉「その可能性も否定できないの」

妹「だから、それを判断するためにはもっと情報が必要なんだ」

妹「良かったら、あなたのことをもっと知りたい」

女「……」

女「知りたいって、どんなこと?」

姉「そうね」

姉「先程言ったことだけど――怪異が起こるきっかけ」

姉「それがあなたの精神状態と密接に関係しているかもしれないの」

女「精神……状態?」

妹「うん」

妹「何か、過去に嫌なことがあったとか」

妹「ちょっとしたことじゃなくて……本当にトラウマになるような」

妹「そういう体験をしたとか」

妹「あるのかな?」

女「……」

妹「言いたくなかったら……ごめんね、思い出させちゃって」

女「いや……」


 長い沈黙。


女「ないよ……。ない」

女「そんなことは経験してない」

姉「……」

妹「そっか……。分かったよ」

妹「野暮なことを聞いちゃって、ごめんね」



男「――ごめん」

姉「どうしたの?」

男「精神状態と関係しているかもしれない」

男「それって、どうしてそう言えるんだ?」

姉「それは」

姉「もしあなたが『後ろに誰かが立っている』って感情に囚われ始めたら」

姉「どうする?」

男「どうする……って?」

姉「あなたは振り向くでしょう」

姉「でも、そこには誰もいない」

男「つまり、どういうことだ?」

姉「それでもまだ『後ろに誰かが立っている』って感情が消えなかったら?」

男「怖いな……」

姉「そのうち、本当に誰かが立っている……その姿が見え始めるかもしれない」

姉「いるかもしれない……という仮定から、いるという確定に変わるかもしれない」

姉「そうさせるのが、人の精神状態なのよ」

男「なるほどな……」

男「思い込みってやつか」

男「でも、俺たちは確かにこの目で見たわけだし」

妹「うん。だからこの怪異は」

妹「女さんの精神状態から生まれた可能性がある……ってことかもしれないね」

妹「もちろん、女さんのせいではないよ?」

妹「女さんが考えもしないところで、自然と生まれた可能性もあるし」

女「……」

女「いや、私は『もう一人の私がいる』なんて考えたことはない」

女「こんな事態に陥るまでは……」

女「だから、あなたたちが言ってた『自分自身の感情が何かを生み出させる』という説には当てはまらないはず」

女「もう一人の私を見たのは、私以外の人間なんだから」

姉「そうね」

姉「だったら、原因は何か他のところにあるのかもしれない」

女「原因を探るより……対策を考えた方がいいんじゃない?」

女「もし、もう一人の私が本当にいたとして、それが徐々に私のもとへ近付いているなら」

女「あんな夢を見た後だと……怖いよ」

姉「ええ。対策を講じるのはもちろんよ」

姉「けれど、原因やきっかけが分からないと、対策も立てようがないわ」

男「そうだな」

女「……」



女「ごめんなさい。今日はここまでにしたい」

女「色々と疲れてしまって……」

妹「うん」

男「そうだね……。ちょっと休んだ方がいいね……」

姉「そうね」

姉「だけど、最後に一つだけいいかしら?」

女「なに?」

姉「兄がいるって聞いたけど、その方に会わせてもらうことって……できるかしら?」

女「どうして?」

姉「別にあなたを疑っているとか、そういうわけではないの」

姉「ただ、どうしてもさっきの『感情が生み出させた』って説が本当に間違っているか」

姉「その確認がしたくて」

姉「だから……あなた自身のことについて、客観的な事実が知りたいのよ」

女「何で兄に私のことを聞くの?」

姉「あなたが気付いてないようなこと……客観的なことを知っているかもしれないと思ったからよ」

姉「その事実が原因かもしれないし」

女「……」

女「分かった」

女「兄の連絡先、教えるよ」

女「もし本当に会うなら、私からこのことについて話しておくから」

女「だけど、兄はいつも仕事で忙しいし……会えるかどうか分からないけど」

姉「だったら――あなたと昔から付き合いのある、あなたのことをよく知っている友人は?」

女「高校の知り合いなら、この大学にもいるけど」

姉「その人の連絡先は?」

女「まあ、知ってるけど……」

姉「それじゃ、もし良かったら……兄さんとその知り合いの連絡先を教えてもらえると助かるわ」

姉「そして、あなたもね」

女「……」

女「うん。分かった」



 [それから――]


男「ふう……。これは難しいな」


 女さんが出て行った後の研究室。


男「それにしても、何で女さんのことを他の人間に聞こうとしたんだ?」

男「さっき訳は言ってたけど」

男「本当にあの理由なの?」

姉「ええ。そうよ」

姉「だけど……。違う理由もある」

男「それって?」

妹「もしかしたら、女さんが嘘を言っているかもしれない」

妹「そういうこと?」

姉「ええ」

男「嘘って……。嘘をつく必要がないでしょ」

姉「ええ……。そうね」

男「……?」

妹「でも、確かに気がかりだよね」

男「気がかり?」

妹「うん。男君の『姉妹はいるのか』って質問のとき、妙な間があったよね?」

男「確かに……。でも、それに何の関係が?」

姉「そして、あなたは『思い込み』とも言った」

男「……?」

男「うん」

姉「もしも、万が一の話だけど」

姉「女さん、彼女が嘘をついていたら」

姉「嘘、本人も嘘だと気付いていないような嘘を……知らず知らずについていたら」

男「それって……?」

姉「つまり、自分でも気づかないうちに思い込みをしていたら」

姉「刷り込みをしていたら――ってことよ」

男「刷り込み……」

姉「ええ。本来は『嘘』であったはずの物事が、何かのきっかけがあって『真実』と刷り込まれてしまった」

姉「もしそうだったなら……そのきっかけは刷り込まれた後の本人には分からないはずよ」

男「だから、客観的な事実を知っている人間に女さんのことを聞いてみる――ってことか」

姉「ええ」

妹「それじゃ、さっそくアポ取ってみる?」

姉「そうね。だけど――」

男「だけど?」

姉「一つ、考えがあるの」


 [姉妹サイド――数日後の休日、とある喫茶店]


姉「突然で申し訳ありません」

姉「貴重な時間を割いて下さり、ありがとうございます」


 休日のとある喫茶店。
 物静かな店内にドアベルの音が響き、一人の男性がやってくる。
 どこか気品を漂わせる、洒落たファッションに身を包む男は……女の兄である「女兄」であった。


女兄「僕も休みだったから、構わないよ」

妹「本日はよろしくお願いします」

女兄「こちらこそ」

姉「こちらがメニューです」

女兄「ありがとう」

女兄「とりあえず、アイスコーヒーでいいかな……」



女兄「それで――妹のことについて聞きたいということだったけど」

姉「はい」

女兄「理由は彼女から聞いたけど……。電話で」

女兄「それにしても、にわかには信じられないね」

女兄「悪ふざけ――というわけではないようだけど」

姉「もちろんです」

女兄「それで……。君たちは一体何者なんだい?」

女兄「霊媒師……とか?」

姉「いえ。私たちは別に霊媒師でも拝み屋でもありません」

妹「お金もいただいておりません……。もちろん」

女兄「それなら……」

女兄「妹から珍しく電話がかかってきたから、『どういう風の吹き回しだ?』なんて思ったけど」

女兄「まさか『もう一人の私が私を殺しに来るかもしれない』なんて言われるなんて」

女兄「ふざけているのかと思ったけど」

女兄「どうやらそうでもないらしい」

女兄「失礼だけど、君たちを頼るより病院へ行った方がいいと思って、そのようにすすめたけれど」

女兄「あぁ……ごめん。それで、なんだっけ?」

姉「はい」

姉「私たち二人は別に霊媒師でも拝み屋でもありません」

姉「ただ、そのような不可解な事象を大学で研究している者です」

姉「その中で、しばしばそのような現象に遭遇した者から相談を持ち掛けられることがありまして」

女兄「それで、妹は君たちのもとへ駆け込んだ――というわけかい?」

姉「はい」

妹「どうにかしてこの事態を収めて欲しい……そのようにお願いされたので」

妹「このように、対策を講じるため原因を探っている……ということです」

女兄「なるほどね」

女兄「いきさつは分かった――それで、僕は何をすればいいのかな?」

姉「はい。原因を知るために、いくつかお尋ねしたいことがあるのですが」

女兄「ああ、いいよ」

姉「ありがとうございます」

姉「ですが……その前に、これまでの経過を簡単に説明いたします」



 [男サイド]


男「今日はありがとうございます」


 同時刻、別の喫茶店――男は女の高校時代からの知人「女友」と面会していた。
 女友は女と出身高校が同じであり、たまたま進学先の大学も一緒だった。


女友「いえ……。それで話って」

男「それは、先日のメールの通りで」

女友「女さんについての相談事……ですか?」

男「はい」

男「突然なんだけど……女さんについて教えて欲しいことがあるんだけど」

女友「それは、どうして?」

男「いやぁ……。新聞会の友人が、大学の情報誌に掲載するインタビューの一つを任されて」

男「それに相応しい学生を探しているんだ」

男「それで俺に『候補探しを手伝ってくれ』なんて頼んできてさ……。だから女さんが相応しいと思って」

女友「あの、女さんに直接聞けばいいんじゃ……」

男「それは……」

男「もちろん女さんにも色々と聞いているけど、客観的な意見が欲しくてね!」

男「高校時代はどんな生徒だったか――とか、そういう情報が欲しいんだ!」

男「良かったら教えてくれるかな?」

女友「は、はい……。私で良ければ」

男「ありがとう! お願い――」



 [再び、姉妹サイド]


女兄「なるほどね」

女兄「妹の友人が妹を見かけた」

女兄「しかし、その時間妹は確かに別の場所にいた」

女兄「そんな事例が日ごとに増えて」

女兄「その、君たちが言うもう一人の妹は、本当の妹へ近付いている」

女兄「加えて、妹が不吉な夢を見た……ということか」

女兄「確かに、見間違いではないんだね?」

姉「はい。女さんと瓜二つの存在を複数の人間が見かけています」

姉「しかし、その存在は声をかけても応答せず……どこかへ行ってしまう」

姉「いずれも、そのようなパターンです」

女兄「なるほどね……」

妹「その上で、いくつか質問があります」

女兄「うん、いいよ」

妹「女さんには、女兄さんの他に兄妹(姉妹)はいますか?」

女兄「……」

姉「……」

女兄「そうか……」

女兄「ごめん、一ついいかい?」

姉「どうぞ」

女兄「なぜ、兄妹の存在を確認する必要があるんだい?」

姉「先程あなたが『病院をすすめた』とおっしゃっていた通り……これは女さんの精神的な疾患である可能性もあります」

女兄「しかし、その話を聞く限り……妹はもう一人の彼女を見ていない」

女兄「病気を疑うなら友人たちの方だと思うけど」

姉「はい。しかしこのように表すこともできるかと思います」

姉「女さんが、自分でも知らない間に不可解な現象を生み出してしまったのかもしれない」

女兄「どういうことだい?」

姉「精神的な疾患である可能性もあるし、またはオカルト的な現象かもしれない」

姉「いずれにしても、女さん自身が深く関わっている可能性が高いということです」

姉「ですから、女さんについて知る必要があるのです」

姉「兄妹の有無から、家庭環境から、友人関係なども」

女兄「妹がもう一人の妹を生み出してしまった――そう言いたいのかい?」

姉「はい」

女兄「信じられないね」



姉「……」

妹「それで、他に兄妹はいらっしゃるんですか?」

女兄「なるほど……。いや、もしその説を前提にして推測していくならば」

女兄「心当たりがない……というわけでもないんだ」

姉「……」

妹「もしよろしければ、話していただくことは……」

女兄「少し長くなるけど、いいかい?」

姉「もちろんです」

女兄「まず、僕たちの家のことから説明しよう――」

女兄「僕たちは……別に自慢するわけではないけれど、世間一般で言うところの『金持ち』の家庭に生まれた」

女兄「そのおかげで僕たちは何一つ不自由なく暮らすことができた――物質的な意味では」

姉「物質的?」

女兄「そう。精神面はその限りではなかった」

女兄「教育熱心ってやつさ」

女兄「別にそれが悪いというわけではない……。おかげで僕も、こうして好きなことをして生きる技術を学ぶことができたわけだし」

女兄「ただ……度が過ぎていた部分もある」

妹「度が過ぎていた?」

女兄「ああ……。競争主義と言えば分かるだろう」

女兄「とにかく僕たちは競争させられたんだ」

女兄「何かにつけて比べられた」

女兄「優秀な成績を収めれば、その分報酬や称賛が与えられる」

女兄「しかし、それができなければ……厳しい躾が待っている」

女兄「そんな家庭で育ったのさ……。僕たちは」

女兄「だから、あの娘にとっては辛かっただろう」



姉「あの娘?」

女兄「ああ……。妹、女のことさ」

女兄「妹は僕たちの中では一番出来が悪かった。僕たちの中ではね」

女兄「世間で言えば平均より遥かに上だったけれど……。だけど、僕たちの中では一番下だった」

女兄「その理由だけで……妹は両親から厳しくされた」

女兄「周囲からの視線も冷たかった……」

女兄「だけど、僕たちにはどうすることもできなかったんだ」

女兄「競争を強いられたせいで、僕たちの関係もギスギスしていたから」

女兄「例え兄妹であろうと、他の人間をフォローしている余裕なんてなかった」

姉「僕たちの中では――ということは」

女兄「ああ……。もう察しがついていると思うけど」

女兄「僕たちにはもう一人、兄妹がいた」

妹「……!!」

姉「それは……」

女兄「彼女は『女姉』といってね……。長女だった」

姉「それはつまり……」

女兄「僕が一番上で長男、女姉が長女……そして女は次女で一番下、末っ子だ」

妹「つまり、三人兄妹だったということですか?」

女兄「そう、三人兄妹だった」

女兄「そして『心当たり』ってことだけど――」

女兄「あれは僕が高校生のときだったかな」

女兄「女姉が、交通事故で亡くなったんだ」

姉「……」

妹「……」

女兄「彼女は僕たちの中で一番優秀だった」

女兄「そんな彼女が亡くなって……もちろん僕は、僕たちは筆舌に尽くし難い悲しみに打ちひしがれた」

女兄「しかし、心の片隅では……こんなことを口にしてはいけないが」

女兄「ライバルが減った――という思いもあった」

姉「……」

妹「……」

女兄「僕は兄妹で一番優秀な人間になったんだ……」

女兄「そして、妹へ向けられる視線は更に厳しくなった」

女兄「女姉はあんなに優秀だったのに」

女兄「女姉が生きていれば」

女兄「そんな言葉が、直接妹へ浴びせられたんだ」

女兄「だけど僕はどうすることもできなかった……。最低な兄だよ」

女兄「しかし、妹は変わった」



姉「変わった?」

女兄「ああ……。女姉の死をきっかけに」

女兄「姉の生き写し――とでも言おうか」

妹「生き写し?」

女兄「ああ……。妹は姉そのものになってしまったんだ」

姉「それは……どういう意味で……?」

女兄「髪型などの容姿から、口調、仕草、立ち振る舞い……そして勉学の成績から運動のそれまで」

女兄「全て姉に似せるようになったんだ」

女兄「もちろん、僕は彼女へ問い詰めた」

女兄「しかしその時にはもう……女は女姉へ変わっていた」

女兄「何があったのかは分からない……」

女兄「ストレスが爆発したのか」

女兄「それとも自分が『姉の代わりになる』とでも思ったのか」

女兄「並大抵の努力では女姉に追いつくことはできなかったはずだ」

女兄「しかし……。妹はものの見事にそれをやってのけた」

女兄「生きた心地がしない……。僕は恐怖さえ感じていた」

女兄「死んだはずの女姉が蘇ったみたいで」

女兄「それくらい……妹は変わってしまったんだ」

女兄「長くなったけど……心当たりがあるとすれば、これしかないだろう」

姉「そうですか」

妹「女さんは言っていました――私には姉や妹はいない、と」

女兄「そうか……。僕も妹へ尋ねたことがあったんだ」

女兄「君は女姉ではなく、女という人間だろうってね」

女兄「そしたら彼女はこう答えた――何を言っているの、私は女姉よ。事故で亡くなったのは妹の女でしょう?」

女兄「ってね」

女兄「それからは……僕はもう恐ろしくて、妹を避けるようになっていた」

女兄「こんな事態に陥っておきながら……何もしてあげることができなかった」

女兄「お願いだ――金ならいくらでも出す」

女兄「こんなことをお願いできる立場でないことは分かっているが……」

女兄「妹をなんとかして救ってあげられないだろうか……」



姉「……」

妹「お金はいりません」

姉「そして私たちは、カウンセラーでもお医者さんでもありません」

姉「あくまでもこの不可解な現象、怪異を知る者として」

姉「それを調査、解決することだけのために行動します」

女兄「……」

姉「私たちもご覧の通り、双子の姉妹ですから」

姉「多少なりともお気持ちは理解できます」

妹「だけど……。家族の問題を解決できるのは家族しかいません」

妹「家族の問題は……お兄さんであるあなたが、女さんへ声をかけてあげて下さい」

女兄「……」

姉「その上で、協力していただきたいことがあります」

女兄「協力……?」

姉「はい。私に一つ、考えがあります」





 [場所は変わって、姉妹の家]


男「……」


 二手に分かれて女さんを知る人物から色々と話を聞くことができた。
 そうして俺は女友さんと別れて……その直後のこと。
 姉さんから連絡が入り、俺たちは駅前で落ち合った。
 それで姉さんと妹さんの「ついて来て」の一言でどこかへ案内される。
 やがて着いた先は――


男「この趣がある日本家屋は……」

姉「ああ、私たちの住まいよ」

男「え、えぇ……!?」


 都会のど真ん中、彼方には目まぐるしく成長し続けるビル街が見える。
 そんな街の片隅、両脇を林に囲まれた小道を抜けると……そこには、情緒ある日本家屋がひっそりと佇んでいた。
 遥か昔に貴族だとか華族だとかが住んでいたお屋敷……なんて言われても違和感はない。
 そんな佇まいだった。


男「お邪魔しまぁす……」

姉「はい、どうぞ」

妹「ふわぁー……。疲れたよぅー……」

男「あの、御家族の方々は……」

妹「いないよ」

男「――は!?」

姉「ここはまぁ……別荘みたいなものだから」

男「は?」

妹「おーい、おーい……。男君、固まっちゃった」

男「あの、お二人は一体何者なのでしょうか――」

姉「まぁ、とりあえずソフォーにかけて?」

男「は、はい……。失礼します」

妹「疲れたぁー」



 [数分後]


姉「とりあえず、それぞれが得た情報を整理しましょう」

妹「だねー」

男「う、うん……」


 そうして俺は女友さんから聞いた話を、二人は女兄さんから聞いた話を発表し、情報の整理に努めた。


男「なるほどね……」

男「とりあえず、今回の怪異には女さん自身の感情と女さんの家庭事情が深く関係している……ということか」

姉「ええ」

男「女友さんが言っていたのは――」

男「女さんはどうやら変わってしまったらしい――という話を聞いたことはある」

男「ってことだった」

男「つまり、二人の話から考えると」

男「高校に入った時には、既に女さんは変わっていた」

男「だから、出身中学が違う女友さんは噂という形でしか知らなかった」

男「ということになるね」

妹「だね」

男「女さんは容姿端麗、成績優秀、品行方正、運動神経抜群……それに人望も厚く中心的存在だった」

男「それは今も変わらず」

男「しかしそれは、あくまでも『変わった後』の女さんだった……」

姉「ええ。そして私たちは女兄さんからお願いされた」

妹「女さんを助けてくれ……ってね」

男「でも、なんだか虫が良すぎるというか……。複雑というか……」

姉「ええ。女さんにどのような心境の変化があったのかは分からない」

姉「だけど、姉の死をきっかけに様々な思いが複雑に絡み合って」

姉「そうして結果的に変わってしまったのでしょう」

妹「姉が死んでしまったのは自分のせいではないのか」

妹「それとも……亡くなるべきだったのは自分の方ではないのか」

妹「私は誰にも求められていない」

妹「自分なんて生まれてこなければよかったんだ」

妹「だったら――私なんていらない」

妹「私は姉になる……。事故で亡くなったのは女、妹の方だ」

妹「そんな感じで、自分を追い詰めてしまったのかもしれないね」



男「……」

男「姉になろうとして、やがて生き写しと言えるほど完璧な存在になった」

男「姉そのものになった」

男「そうしていつしか、『事故で亡くなったのは妹の方だ』という刷り込みが発生して」

男「女という人間は女姉になった」

男「……」

男「今回の怪異は一体……」

姉「ハッキリと言い切ることはできないけれど」

姉「もう一人の女さん……その存在は」

姉「女さんが自身を追い詰めた結果生まれてしまった、女さんのもう一つの人格」

姉「もしくは、本来の女さんそのものか」

姉「あとは……女さんに何かを伝えたくて現れた女姉さんかもしれないわね」

男「何かを伝えに……?」

妹「うん……。まあ、現時点で確定することはできないけどね」

男「まあ……確定はできないけど、原因らしきものは分かった」

男「後は、解決策だね」

姉「ええ」

妹「うん」

男「でも、一体どうすれば……」

姉「それなんだけど」

男「……?」

姉「あなたと、可能であればあなたの友人にもお願いしたいことがあるんだけど」

男「お願いって、それは……」

姉「それは――」





 [数日後、男のバイト先]


マネージャー「お疲れー」

男「お疲れ様です、今日も店内で――」

マネージャー「いつものね」

男「はい、お願いします」

男(それにしても――姉さん、とんでもないことを思いついたな)



 [男の回想]


男「ドッペルゲンガー捕獲作戦!?」

姉「ええ」

男「いや、そんな『当たり前でしょ?』みたいな顔をされても……」

妹「なるほど、そういうことか」

姉「ええ」

男「……?」

姉「この際、どちらが本物の女さんか決めてもらいましょう」

男「どういうこと?」

姉「もう一人の女さんが現れた」

姉「その存在はやがて本物の女さんへ近付きつつある……」

男「いや、ドッペルゲンガーと本人が出会ってしまうとまずいんじゃ……」

姉「それはあくまでも噂の話よ」

姉「この問題を解決するには、女さん自身が手を下す必要がある」

姉「そう思わない?」

男「まあ、確かに……。でも、危険なんじゃ……」

姉「だから、まずは女さん以外の人間がドッペルゲンガーと接触する」

妹「それを男君や男君の友達に頼むってこと?」

姉「ええ」

男「えぇ……!?」

姉「そして、もう一人の女さんへ挑戦状を叩き付けるのよ」



男「挑戦状!?」

姉「そう――タイトルマッチよ」

男「――は?」

姉「女というタイトルを賭けた一本勝負」

姉「その勝敗でどちらが本物か決めてもらいましょう」

妹「ドッペルゲンガー……女さんのもう一つの人格」

妹「もしくは、女さんがどこかへ追いやってしまった、本来の女さんという存在」

妹「そうじゃなければ……女さんのことを心配して現れた女姉さん」

妹「いずれにしても、女さんが何かのきっかけで生み出してしまったと思われるもう一人の存在」

妹「それを一本勝負で解決してしまおう――ってことか」

姉「そうね」

男「あの……。荒療治過ぎない!?」

姉「でも、これが一番手っ取り早い方法だと思う」

男「それは……」

姉「もちろん、噂とはいえ……本人と合わせるのは危険かもしれない」

姉「だから、私たちが勝負の立会人となるのよ」

男「立会人?」

姉「ええ。女兄さんも含めた私たちが立会人になるの」

姉「そのタイトルマッチの挑戦状を、もう一人の女さんへ渡して来て欲しいの」

男「マジか……。そんな都合よく見つかるかなぁ」

男「一応、友達にもお願いしてみるけどさ……」

姉「ええ。頼むわ」

姉「既にこの作戦は女兄さんへは伝えてある」

姉「あとは、女さんへ伝えるだけよ」

姉「それは私たちに任せて」


 [回想終了]


男(そんな無茶な……)

男(とりあえず、一旦落ち着こう……これでも食べて)

男(いつもの席は空いてるかな――)


 店内、奥の席を目指す。
 チラリと目に入るのは、以前ドッペルゲンガーが座っていたあの席……。


男(さすがにいるわけ――)

???「……」

男(って、いたああああ――!?)


 以前見かけたあの席に、今日も座っている女さん。
 いや、もう一人の女さん……ドッペルゲンガー。
 まさかこんなに都合よく姿を見せるとは……。


男(いや、待てよ……)


 スマートフォンをポケットから取り出し、念のためと思って聞き出した女さんの電話番号を入力。彼女へ電話をかける。


男「もしもし――」

女「男君? どうしたの?」

男「あの、そこにいる女さんは……本物の女さんだよね?」

女「あの、どういうこと?」

男「いや……。俺、今バイト先にいるんだけど」

男「そこに、女さんがいるんだよね」

女「……!?」

女「ホントに!?」

男「ああ、間違いない」

男「もう一人の女さんが……いる」

女「そんな……」

男「とりあえず、念のためもう一度聞くけど」

男「俺が今電話している女さんが、本物の女さんで間違いないね?」

女「……」

女「うん」

男「分かった」

男「ありがとう。女さんは一応そこから動かないでね」

男「それじゃ」

女「あっ――男君!?」


 電話を切る。


男(姉妹にも連絡しておいた方がいいか……?)

男(いや……。せっかくのチャンスだ)

男(やるしかない――)


 通学用に使っているデイパックを漁り、挑戦状を取り出して。


男「あの……。女さん?」


 試合開始。


???「……」


 もう一人の女さんは、以前と同じく虚ろな表情でゆっくりと立ち上がる。
 そして、俺の横を通り過ぎて行った。


男「女さん!?」


 逃がすわけにはいかない。


男「すみません! やっぱり持ち帰りで!」

マネージャー「え!? どうした!?」

男「持ち帰りの紙袋お願いします!!」


 彼女を見失う前にトレーを片付け、バーガーやらポテトやらを持ち帰り用の紙袋へ詰め込んだ。
 そして、それを乱雑にデイパックへ押し込んで。


男「女さん……!!」


 もう一人の女さんを追いかける。
 店を出て、夜の路地へ消えて行く彼女……。


男「女さん!!」

 これじゃストーカーだ。
 しかし、ここへ来て引き返すわけにもいかない。
 彼女の背を目がけて猛ダッシュ。
 グングンと距離は縮まる。
 彼女は逃げる素振りは見せない……。

男「女さん!!」

 そして――肩を掴んだ。

???「……」

 もう一人の女さんは、そこでようやく立ち止まる。
 そしてゆっくりとこちらへ振り向いて……。

???「一体何ですか!? さっきから」

男「え?」

男(しゃべったああああ!?)

男「あ、あの……」

???「人違いじゃないですか? 前もありましたよね? こんなこと」

男「えっと……」

???「いい加減迷惑です」

男「あの……。あなた、女さんですよね?」

???「違います」

男「え!?」

???「違います」

男(ど、どういうことだ!?)

???「それでは――」

男「あ、待って……!!」

 いや、間違いない。
 どこからどう見ても、あれは女さんだ。もう一人の女さんだ。
 つまり、彼女のドッペルゲンガーだ。
 俺の間違いではない……はずだ。
 だったら、どうすれば……。
 このチャンスを逃すわけにはいかない……。


男「もしかして」

男「あなたは――女姉さんですか?」

???「……」

男(立ち止まった!?)

???「どうして……その名を?」

男(当たった!!)

男「やっぱり……。そうでしたか」

女姉「どうしてあなたが、私の名を?」

男「私は、ある人物に頼まれて」

男「これをあなたへ渡しに来ました」


 挑戦状を手渡す。


女姉「これは……?」

男「詳しく話せば長くなりますが……」

男「女姉さん、あなたは妹の女さんに会いたい――違いますか?」

女姉「どうしてそれを……」

男「あなたは妹に会って、彼女をどうするつもりですか?」

女姉「あなたには……関係ない」

男「いずれにせよ、私たちが彼女のもとへ案内します」

女姉「どういうことです?」

男「その紙に書いてあることが全てです」

男「今週の日曜日、その時間に○○公園へ来て下さい」

男「場所は分かりますか?」

女姉「いや……」

男「分かりました。それでは○○(男のバイト先)で待ち合わせしましょう」

男「私が案内します」

女姉「どうして……」

男「そこに行けば、全てが分かります」

男「それでは――日曜の午前9時に○○前に集合で」

男「待ってます」


 俺の役目は終えた。
 なんとか無事に遂行することができた。
 あとは姉妹と、それから女さん本人に任せるしかない。
 問題の解決は、女さん本人の意思にかかっている……。


 [翌日、大学にて]


男「――ってことがあってさ」

DJ「なるほどねー」

課長「ほうほう……。これはまた一大スクープだな」

男「だから、まあ……お前たちにも『協力してくれたお礼を言わなくちゃ』って思ってさ」

DJ「いや、結局俺たちは何もしてねーだろ」

課長「おう。もう一人の女さんを見つけたのはお前だったわけだし」

DJ「それにしても――なんだか複雑な話だな」

課長「ああ……」

男「プライベートなことだから、他言無用で頼む」

DJ「もちろんだ」

課長「うむ」



 [一方、民俗学研究室]


姉「ごめんなさいね、急に呼び出して」

妹「ごめんねー」

女「いや、大丈夫だけど……」

姉「単刀直入に言うわ」

女「……?」

姉「女さん、いや――女姉さん」

女「――ッ!?」

女「兄に聞いたの……?」

姉「ええ」

姉「少し厳しいことを言うかもしれないけど……聞いて欲しいの」

女「……」

姉「あなたは、女姉さんではないわね?」

姉「あなたは、女さんという人間のはずよ」

女「違う……。私は女姉よ……」

姉「しかし、あなたは女という人間を完全には否定していない」

姉「そうでしょ?」

女「……」

妹「女さんは、女さんという人間を否定して……いつしか自分は女姉さんだと思い込むようになった」

妹「姉のようになりたかった」

妹「いや……。そこにどんな想いがあったかは、私たちが無闇やたらと推測するわけにはいかないけど」

女「違う……。違う! 私は女姉だ!」

姉「でも――あなたは女という名前も受け入れている」

女「……!!」

姉「あなたは、女という存在はなかったことにしたかった」

姉「そして、姉の代わりに……姉そのものになることを望んだ」

姉「その結果、あなたは女姉になることができた」

姉「けれど――あなたは、女という名前を名乗っている」

姉「姿、形、気持ちは女姉になることができても」

姉「名前だけは変えられなかった」

姉「つまり、あなたはまだ……心のどこかで『私は女だ』と思っている」

姉「女という存在を完全に捨てることができなかった」

女「……」

女「違う……! 違う!」

女「私は……。私は……」

妹「――女さん」

女「……!?」

妹「あなたは――あなたは一体誰なの?」



女「――ッ」

女「わた……しは……」

女「私は……」

女「私は……!! 私は、誰……!?」

女「教えて……。私は一体、誰なの!?」

妹「……」

姉「それを決めるのはあなたよ」

姉「これを――」


 一枚の挑戦状が、女へ渡される。


女「これは……!?」

姉「どちらが本物の女さんなのか」

姉「いえ――女姉さんなのか」

姉「真実はあなたの手で掴みなさい」

姉「一本勝負よ」

妹「あなたたち兄妹は競争の中で生きてきた――そうだよね?」

妹「なら、最後だって勝負で決めたいよね?」

女「……」

姉「私たちが立会人になるわ」

姉「あなたの兄も来てくれるはずよ」

姉「そこで、全ての決着をつけましょう」

女「……」

姉「あなたなら、真実を掴めるはずよ」





 [そして――決戦の日]


男(これで良かったのかなぁ……)

男(いわゆる決闘罪になるんじゃ……)

男(でも、姉さんは『ボクシングの練習ってことにすれば問題なしよ』なんて言ってたし)

男(どうするつもりだろう……)

男「――ここが、決戦会場です」

女姉「……」


 決戦当日。
 俺はバイト先で女姉さんと待ち合わせをした。
 彼女が来てくれるか不安だったけれど……女姉さんは時間通りに姿を現した。
 そして会場となる公園へ彼女を連れてやって来たわけである。


男「みんな、揃ってますね」


 都会の中に佇む、大きな公園。
 その片隅、芝生の広場。
 双子姉妹、女さん、女兄さん……そしてDJと課長の姿もそこにはあった。


女姉「女……!!」


 女姉さんは女さんの姿を見つけて、みんなのもとへ走って行く。


男(あとは……みんなに任せるしかない)

女「あなたは……」

女姉「女……なのね」

女兄「信じられない……。これは……」

DJ「女さんが、二人!?」

課長「夢じゃ、ないんだよな……」

姉「さあ、後はあなたたち兄妹で決着をつけて」

妹「これをどうぞ――」


 差し出されるヘッドギア、16オンスのボクシンググローブ、まだ型がついてない、おろしたてのマウスピース……。


女「これは……」

男(さすがにこれは……)

姉(話し合いでどうこうできる問題でもないでしょう?)

男(いや、確かにそうかもしれないけど……。強引過ぎるんじゃ)

姉(拳と拳で語り合う――ってやつよ)

男(脳筋過ぎる……)

姉(競争で生きて来たなら、最後も競争で決めましょう)

男(これでいいのかなぁ……)

姉(なんとかなるわよ……。きっとね)



妹「とりあえず、時間は三分で」

妹「それから一応、三ラウンドまでにしておきます」

妹「あとは、お好きにどうぞ」

妹「男君、ジャッジ頼むね」

男「は!?」

姉「審判、お願い」

男「もう、訳が分からない……」


 終始無言で、女さんと女姉さんはヘッドギアとグローブとマウスピースを装着していく……。
 何か思うところがあるらしく、二人とも勝負には乗り気なようだ。


男「それじゃ、俺が審判をやります」

男「ルールはさっき言った通りで」

男「あとは……蹴りはなし、肘打ちや頭突き、掴むのも同様になしで」

男「俺がダウンと判断したら、すぐに止めますから」

男「それでは……準備はいいですか?」

女「……」

女姉「……」

男(なんだよこれ……)

男「いいですね?」

男「それでは、両者距離を取って」


 妹さんから差し出されたストップウォッチを構えて――


男「ファイッ!!」


 本物を決める闘いが始まった。






 闘いが始まる。


女「馬鹿――」

女姉「……」

女「お姉ちゃんの、馬鹿!!」


 ボフッ。


女兄「女……」


 鈍い音を立てて、拳は女姉さんの顔面へ吸い込まれていった。
 お姉ちゃん――その口調は、いつもの女さんのものとは思えなかった。
 いや……これが本来の女さんの姿なのかもしれない。
 姉を前に、本来の女さんの性格が蘇ったのかもしれない。


女「馬鹿……!!」


 ボスッ。


女姉「……」


 テレフォンパンチを思い切り女姉さんへぶつける女さん。
 対する女姉さんは、ただ棒立ちでなされるがまま……それを受けていた。
 これでは最早、サンドバックもかくやという有様である。
 しかし、女姉さんは後退することもなく……殴られても微動だにしなかった。


女「馬鹿……!!」

女姉「……」

女「馬鹿!!」

女姉「……」

女「何で死んじゃったの――お姉ちゃん!!」

女姉「――ッ!?」


 ドスッ。


女姉「……ッ」


 会心の一撃。
 その叫びは、ただただ悲痛であった。


女兄「……」


 固唾を呑んで見守るギャラリー。
 俺も、ただ呆然と眺めることしかできなかった。


女「何で……死んじゃったの!?」

男「そこま――」

姉「続けて」

男「――!?」


 気付けば、ストップウォッチは三分を過ぎていた。
 しかし姉さんは続行するように促す。
 もう、見守ることしかできない。



女「私は……ただ普通になりたかっただけなの」

女「ただみんなと……みんなと仲良く……したかっただけなのに」

女「みんな馬鹿……みんな、何も分かってない!!」

女「私も……何も分かってなかった……」

女姉「……」

女「どうしていなくなっちゃったの……」


 多分、恐らく……誰のせいでもない。
 この兄妹には何の責任もない。
 親が悪かった……そう言い切ることもできない。
 俺たちには分からない。
 その答えは……誰にも分からない。


女「普通に、他の人と同じように暮らしたかっただけ……」


 答えは、彼らが見つけるしかない。


女「私は何のために生きてきたの?」

女「私は……私は一体誰なの!?」


 その答えも、自分自身で見つけるしかない。
 きっと彼女もそれを分かっている。
 ただ――言葉が、確証が欲しかったのかもしれない。


女姉「女……」

女姉「――ッ!!」


 ドスン。


女「……!?」


 重い、重い一撃が女さんへふりかかる。
 ダウン――女さんは崩れ落ち、芝生の上で大の字になった。


女「ウッ……。うぅ……」


 嗚咽が漏れる。
 掠れた声。


男「だ、大丈夫!?」


 二人の間へ割って入る。
 意識はある……。
 女さんへ歩み寄る女姉さん。
 追撃はまずいと思って制止するが、彼女はゆっくりと首を横に振った。
 そうして俺の制止を潜り抜けて、マウスピースを吐き出す。
 やがて、倒れる女さんのもとへしゃがみ込んだ。



女姉「ごめんね……。女」


 心なしか、彼女の声も掠れているように感じた。


女姉「今まで寂しい想いをさせたね」

女「お姉ちゃん……」

女姉「私と、それからお兄ちゃん……あなたのことを助けてあげられなかった」

女兄「……」

女姉「あなたの辛さに気付いていながら、何もしてあげられなかった」

女「……」

女姉「そうだよね」

女姉「私たちは、他の人と同じように」

女姉「仲良く、平凡に暮らしたかった」

女姉「どこにでもいる兄妹でいたかった」

女姉「どこにでもいる……兄妹で」

女姉「いたかった……んだよね」


 女さんの顔に、温かな滴が落ちる。


女「お姉ちゃん……」

女姉「もう、我慢しなくていいの」

女「お姉ちゃん……?」

女姉「あなたは――あなたのままでいいの」

女姉「あなたは私じゃない。あなたは女」

女姉「私になる必要なんてないの。私の幻を追いかける必要なんてないの」

女「……」

女姉「だから、どうか……」

女姉「あなたらしく生きて」

女姉「それだけを伝えたかった……ずっと」

女「私は、私のままで……」

女「女で、いいの……?」

女姉「もちろんよ」

女姉「でも……。お姉ちゃんにはまだ敵わないね」


 嗚咽に混じった、いたずらな微笑み。


女「ふふっ……」

女「いつか、絶対超えてみせる」

女「私として……女という人間で、お姉ちゃんを追い抜いてみせる」

女「それで……いいんだよね?」

女姉「……」


 何も言わず、微笑みながら首肯する。


女「ありがとう……。大好きだよ」

女姉「うん」

 僅かな沈黙。

女兄「女姉……。それに女」

女兄「本当に、本当にごめん……」

 兄妹が、やっと一つになった。
 兄妹の絆は、ここに来てようやく修復された。

女姉「行かなくちゃ」

 しかし……。
 女姉さん、その人は……事故で亡くなった存在。
 ここにいる彼女が何者なのか、それは誰にも分からない。
 幽霊か、幻か、夢か……分からない。
 ただ一つ言えることは、伝えたいことは伝わった……ということ。

女「やだよ。行かないで」

女兄「ようやく叶ったんだ……。これからも一緒にいよう……!!」

女姉「それはできないの……。そうしたいけど」

女姉「私という人間は、あの時事故で亡くなったの」

女姉「だから、あるべき場所へ戻らなきゃ」

女「行っちゃやだよ!」

女兄「どこへ行くんだ……!? 行かないでくれ」

女姉「ごめんね」

女「だめ……!! 行かないで!!」

女姉「ありがとう」

 彼女は立ち上がり……虚空を仰いで。

女姉「大好きだよ」

女「お姉ちゃん!!」

女兄「女姉……!?」


 消えた。


男「……」

姉「……」

妹「……」

DJ「マジかよ……」

課長「消えた……?」

 消えた。一瞬で。
 まるでテレビの電源が落とされたかのように、一瞬で。
 誰もが目を疑った。しかしそれは夢でも幻でもなく、現実だった。

女「うっ……。うぅ……」

女兄「そんな……」

 この世界に残された者の義務、責任、意味。
 生きる意味……その答えは永遠に見つかることはないかもしれない。
 しかし、俺たちは生きていかなくてはならない。
 自分なりに意味を見出さなければならない。
 それが、この世界に残された者の存在意義か。

女「……」

女「ありがとう……」

 その言葉は、高く澄み渡る秋空へ消えていった……。
 果たして、彼女の想いは届くのだろうか。届かないのだろうか。
 押し殺しても漏れる泣き声は、ただ静かに流れていく。


 [そして、時間は流れ――]


 今日も今日とて、民俗学研究室へ。


男「これで良かったのかなぁ」

姉「それ、口癖になってない?」

姉「まあ――強引だったのは否めないけど」

妹「ゴリ押しそのものだったね」

男「……」

姉「解決したことだし、結果オーライよ」

男「何だったんだろうなぁ……。あれは」

姉「分からないから、怪異というのよ?」

男「う……」

姉「でも、分かったことと言えば――」

妹「もう一人の女さんは、ドッペルゲンガーなんかじゃなかった」

妹「ってことだね」

姉「ええ」

男「むしろ、ドッペルゲンガーだったのは女さんの方だった……ということか」

姉「まあ、そうとも言えるわね」

妹「もう一人の女さんは、女さんの姉である女姉さんだった」

妹「そして女さんは、女姉さんの死をきっかけに……彼女そのものになると決めた」

妹「世界が姉を求めるならば、私という存在はいらない――みたいな」

妹「真意のほどは分からないけどね」

姉「ええ……。そして女姉さんは、そんな女さんへ『あなたはあなたでいい』と伝えるために、この世界に現れた」

姉「そういうことね」

男「ああ」

妹「なんか――人間って難しい生き物だね」

男「……?」

姉「そうね」

姉「誰もが意味を求めるけれど」

姉「それが本当に、真実なのかは分からない」

姉「人は一人では生きられない。だけど、生きる意味は一人で見つけなくてはならない」

姉「結局、自分で見つけるしかないのね」

妹「――生きる意味も、何もかも」

妹「それは競争によって得られるのかもしれないし」

妹「平和な日常の中で見つかるのかもしれない」

妹「今回の場合は……」

男「競争か?」

姉「いや……」

男「……?」

姉「どうでしょうね?」

男「……」


男「そういえば――女さんから電話があってさ」

妹「うん」

男「改めてお礼がしたいって」

妹「別に大丈夫なのにねー。お気持ちだけで」

姉「こういうときのあなたの態度って、それとなく上からなのが気に食わないわね」

妹「まぁーまぁー、それで?」

男「……」

男「まぁ、飯でも奢らせてって……」

姉「それはいけないわ。奢りじゃなくていいって伝えておいて?」

妹「おおー、太っ腹! ゴチになろうよ!」

姉「うるさい」

妹「ええー……」

男「まぁ、とにかく……そういうことらしいから」

男「二人にも改めて連絡が来ると思うよ? そろそろ」

姉「まぁ、その時になったら決めましょう」

妹「奢りー! やったぁ!」

姉「違うからね」

妹「……」

妹「ほんと、姉って妹の気持ちが分からないよねー」

姉「……」

姉「妹も、姉の気持ちは分からないものね」

妹「……」

姉「姉より優れた妹など存在しないのよ」

妹「……」

妹「決め台詞でも言ったつもり?」

姉「あなた、わたしの名を言ってみなさい?」

妹「……」

妹「これは許せませんなー」

妹「決着つけようか?」

姉「望むところよ」

妹「よーし男君、審判お願い」

男「ああああ!! 落ち着いて!!」

姉「落ち着いているわ。自分でも不思議なほどに」

妹「奇遇だね。私もだよ」



男「あああ!! ほら、もう三限始まるから!!」

男「二人も授業あるでしょ!?」

姉「しょうがないわね……。また後にしてあげるわ」

妹「逃げるんだ……。ふーん」

男「ああ!! もう、こりごりだ!!」

男「怪異も、それからこの研究室も」

男「俺は帰らせてもらうから!!」

姉「あら、ダメよ」

男「え?」

姉「あなたはこの研究室の一員になったんだから」

妹「ちなみに、『辞めるのは許されない』ってこの人が言ってたよ?」

男「おい……」

男「俺は……もう……」

男「逃げる!!」

姉「あっ――待ちなさい!!」

妹「待てー」



 [必修の授業、教室]


男「ふぅ……。逃げ切った」

DJ「おっす」

男「おっす……」

DJ「なんだ、やけにテンション低いな」

男「ああ、それは……」

課長「こいつ、あの双子姉妹に追いかけられてたぞ?」

DJ「えぇっ、マジ!?」

DJ「――死ね」

男「何だよ『死ね』って!!」

DJ「あんな美人に追いかけられるなんて……。死ね」

男「あのな、こっちは大変なんだぞ……」

男「それにDJは女の子の知り合い一杯いるだろ?」

男「彼女だって」

DJ「いねーよ! 馬鹿!」

課長「お前ら落ち着け」

DJ「そうだ――男、あの二人の連絡先教えてよ!!」

男「えぇ……。まあ、いいけど」

DJ「何でそんなに嫌そうなんだよ!?」

男「俺が後で何か言われそうだからさ……」

男「教えるのは教えるけど、どうなっても知らないかんな……」

DJ「ほらほら、早く!!」

課長「ったく……。DJは女関係では節操ないよなー」

DJ「うるせ――」


???「ねえ!」


 その時、聞き覚えのある声。
 どことなく弾んでいて、明るい。




男「女さん?」

DJ「お、おお……」

課長「え……」


 その姿を一目見たとき、思わず言葉を失った。
 あの女さんが――


女「あれ? どうしたの?」

男「お、おお……」

女「ああ――これ?」


 以前は腰の前辺りまで伸ばしていた長い髪の毛を……バッサリと切っていた。
 肩ほどで切り揃えたショートヘア―をサラリと払って、少し気恥ずかしそうに。


DJ「めっちゃ似合ってるよ!! かわいい!!」

課長「うむ……!!」


 DJの歓喜の声が教室に響き渡る。
 その声で周りの人間がこちらに注目して、女さんは更に頬を赤く染めた。
 キョロキョロと周囲を一瞥し、肩を竦ませる。


女「あの……。この前はありがと」

男「いや、俺たちは何も役に立てなくて……ごめん」

DJ「おう……」

課長「うん……」

女「そんなことは……。ごめんね、迷惑ばかりかけて」

男「いいや」

男「それより――色々と、大丈夫?」

女「……」


 少しだけ、自嘲気味に笑って。


女「大丈夫だよ」


 そして、快活に……満面の笑みを見せる。


男(これが本来の女さん――ってことなのかな)


 彼女は変わった――いや、本来の彼女へ、女という人間へ「戻った」のかもしれない。
 これが本来の女という人間なのかもしれない。
 その証拠が、この髪の毛。
 ありのままの私で――そのような決意の表れなのかもしれない。
 女姉さんになりきっていた、その頃の女さんも魅力的といえば魅力的だった。十分に。
 しかし……こちらの方が、生き生きとしていて遥かに素敵だ。
 どこか妖しさを放ち、サバサバとしていた姉貴から……健気で、ヒマワリのように明朗快活なボーイッシュガールへ。
 こちらの方が、彼女らしいのかもしれない。



女「あの、みんなには迷惑かけたし――」

男「奢りじゃなくて大丈夫だよ」

女「え!?」

男「って、姉さんと妹さんが言ってた」

男「まぁ、でも……。区切りを入れたいって気持ちもあるし」

男「みんなで、食事でも行きますか!」

DJ「おう! いいねそれ!」

課長「そうだなっ!」

女「――ッ!!」

DJ「飲もうぜ!!」

男「お前もまだ未成年だろ?」

DJ「固いこと言うなって!」

課長「お前、ここに新聞会の人間がいるんだが」

女「ふふっ!!」

女「みんな――」

女「ありがと!!」


 その笑顔は、その場の空気を華やかにするような……そんな美しいものだった。
 どうやら彼女は、生きる意味というものをどこか一部でも掴んだらしい。
 生きる目的を見つけたらしい。
 それは誰かのものではない、彼女だけのもの。
 彼女だけが持っているもの。


男「それと――」

女「……?」

男「その髪型の方が、俺は好きかな……」

女「――ッ!!」

女「あ、ありがと!」

DJ「おい――死ね」

男「何だよ『死ね』って!」

課長「お前ら落ち着け」








 余談になるが……あの決戦の後、女さんと女兄さんは改めて、女姉さんのお墓参りへ行ったそうだ。
 幽霊だとかそういう存在が実在するかは分からない。しかし、こんな奇跡も起こるなら……幽霊という存在も、案外悪くないのかもしれない。

 ただ――もう当分、こんな目に遭うのはまっぴらだ。
 今になって、怪異という現象はあの双子姉妹のことを言うのではないのかと……そう思えてきたのであった。




 終





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