もしかしなくても百合
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ちく、たく。ちく、たく。
暗闇に滲むようなオレンジの電気灯の下、ふと見てみれば、もう11時を回ろうかという頃合いだった。
あまり広くは無い相部屋の、そのスペースを無駄にはすまいと、なるだけ二人の趣味に合致するようにして選んだ家具。取り立てて聞ける音が、その一つであるアンティーク風の時計が刻む秒針の音だけになってからもう暫く経つ。
この時間、いつもなら寝ているのは私で、こうして秒針の音に耳を傾けているのは彼女の方なのだけれど、今日のところの彼女は珍しく夜更かしを諦めたようだった。
とどのつまり、それだけ強い眠気に襲われたという事でもあるので、こうしているときばかりは、普段眠りの浅い彼女も、随分と深く気持ちよさそうに眠るものだ。
して、そうと知れたならば、その時の私は決まって狸寝入りを決め込んで、彼女が眠ったのを確かめるや、こうして少しだけ夜更かしをしてみせる。
「……飛鳥ちゃん」
返事はない。
反応して身動ぎをしたように見えたのも、きっとびくびくと神経質になっているせい。
───だって、こんな時でもなければ、彼女の顔をじっと見つめているなんて、とてもできそうにはなかったから。
ゆったりとした寝息に合わせて揺れる寝顔を眺めているだけでも、相当に神経をすり減らすような、うまく寝付けないような気分になって、もし次の瞬間に目を覚まされたりしたら、などと考えると早晩寝てしまったほうが良いかとも思われる。
しかしそれでも───きれいな肌と、ばさばさと長いまつげと、ほんのりと香るような髪の毛と、薄い唇と、いつになく無防備なその顔から目を離すことはどうにもできなかった。
まさしく手が届く位置。
ふと思いついて、何をしようというわけでもなく手を添えようとしてみたのと、「…ん」と、何を取り繕うわけでもない声を漏らして、寝返りを打った飛鳥ちゃんの顔が向こうに消えるのはほぼ同時だった。
安価↓
1.今日はこのまま寝る
2.行動指定
「ぁ…」
なんて、自分でも随分と情けない声が出たと思う。
寝返りを打ったから向きが変わった、というだけではなくて、それだけ半身分彼女の温もりも遠ざかるのがわかった。
その時に、おあずけにされたと形容したくなってしまったのは、随分と身勝手なことだと思う。けれど、思ってしまったものは思ってしまった物で、ともすれば悪戯されたような気分にもなり、せめて寝返り一つ分の距離は詰めておかなければ気が済まなかった。
その時、弾みで彼女の横腹に手が触れたけれど、それぐらいでは寝息を乱す事もない。少し気になって、呼吸と共に背中が膨らむのが感じられるくらい迫ってみても、同じ。
…本当によく寝ている。
私はこうするだけでもほんの少し鼓動が強まったりもするのに、あなたはいとも事も無げに。───寝ているのだから当たり前だと言うのもそうだ。
だけど、それが普段の振る舞いに重なって見えたりもしたのだから、こんな時ぐらい少し意地悪をする気持ちが生まれていても許してほしい。
そっとおなかに腕を回して、蠱惑的ですらある香りのする首元まで顔を寄せて、ほんのり赤ら顔で飲み下す息一つ。
「…我等の魂が、永劫の誓いの下、共…にあらんことを…」
少し、調子に乗りすぎていたかも知れない。或いは、気付いて欲しかったのかも、とやってみてから思い付く。
羞恥を覚えるにはもう遅い。聞こえていたらどうするつもりだ、とは思えど、瞬間的にかっと熱くなった頭では、飛鳥ちゃんの反応の機微を伺うまでには至れなかった。
情けない真似をしたという自己嫌悪と、そのままの羞恥心に苛まれればそこまでが限度で、少しすると私は取り繕うように背中を向けて、気持ち丸まった姿勢で己を抱いた。
それから己を落ち着けて、自分も眠りに入るまでに、彼女二度目の寝返りでこちらに寄せてくるような事がなかった事だけが、最後の幸いだった。
もしこれが原因で寝坊しても、飛鳥ちゃんが起こしてくれる。…けど、その時はどう言い訳をしよう。
意識がある内の最後の思考は、そんなものだったように思える。
※
結論から言って、それは杞憂だった。 多少寝る時間が短くなったところで、そうそう影響が出るわけでもない───いつか似たような話をしたとき、それは若いからだ、とわざとらしく渋い顔を作った早苗さんが言っていたけれど。
目が覚めたとき、少しだけ寒いなと感じたのは、傍に居てくれていた温もりが、一足先にベッドから抜け出していたかららしい。
何か物置がするので、下の段をすっかり荷物置き扱いした二段ベッドの上から頭を傾けてみると、ちょうど飛鳥ちゃんがジャケットを翻すようにして袖を通すところだった。
何気ない挙動も妙に様になっていると思えて、無為にときめいてもみる。と同時、寝たふりをしていれば飛鳥ちゃんが起こしてくれるかな、とぼんやり抱いていた思いは、彼女がもう出かける格好をしていると知れれば後ろめたさの内に消え入った。
そうしていると、ベットが微かに軋む音に気がついたのか、飛鳥ちゃんはジッパーを締めながらこちらを振り仰ぐと
「おはよう、蘭子」
と言って、ふっと笑いかけてくれた。
不意を突かれた思いでどきりとして、耳のあたりまで急に熱が
上ってくるのがわかる。
「…わ、煩わしい太陽ね!」
と返した返事は、意識しなければ上擦ったり詰まったりしていただろう。
…こうして、何でもない時に、不意に笑いかけてくるのは何時までも慣れそうにない。
飛鳥ちゃんはそう頻繁に顔色を変えたりはしないから、こういうときには卑怯だ。ついでに、隣にいると私がいちいち顔を赤くするのがよくわかってたりもするのだろうか。
そんな私の気を知ってか知らずか、どちらにせよ何でもないような横顔を向けて飛鳥ちゃんは続ける。
「知ってるだろうけど、今日ボクはこのまま現場に行くから…朝食に付き合えないな、ごめんね」
そんなことで謝らなくてもいいのに。とは思えど、微妙なところで口から出るには至らなかった。
代わり───と言うわけでもないが、「構わぬ、貴女の覇道を乱す物は無いわ」と告げると、くすりと苦笑した飛鳥ちゃんは、そのまま後ろ手を振ると「じゃあ、行ってくるよ」と言って部屋から出て行く。
───昨日のこと、本当にバレていないだろうか、と今更に思い付いたのは、そうして閉じた扉が飛鳥ちゃんの印象を掻き消した後だった。
瞬間、すんでのところで相手に気付いて、泡を食って退いたのはお互い様であったらしい。
「ひゃっ…」
「わっ……」
跳ね上がる思いで体を振り、思わず裏返った自分の声に重なって、幽かで霞むような声が耳に届く。
「ごめんなさい」と反射で告げようとして、一瞬、そこで相手の顔を認めた私は、喉まで出掛かっていたそれを飲み込んだ。
とて、代わりに何か言う言葉を思いついていたわけでも無かったので、言葉に詰まったその場での先手は相手に譲る事になったけど。
「あ、…ら、蘭子ちゃん…だぁ…」
小梅ちゃんは、ぶつかりそうになった私の顔を見つけて、半秒もしないうちに顔を笑みの形に歪めると、もう一度体を倒して、そのまま私の胸に飛び込んできた。
「ひあっ…!?」
「ふぇ、へへ…」
不意打ちも不意打ちだったので、瞬間的にかっと情けない声を出す以外、どうしていいか分からなかった。
多分、数秒間ほどそうしていて、いい加減恥ずかしくなってきたという頃になると、小梅ちゃんはあっさり私から離れて、
「ご、ごめん、ね…?蘭子ちゃん、…顔色、ころころ変わって、お、面白いから…」
なんて事を、遠慮もせずに言ってみせる。
人で遊ばないで欲しい、というようなことでも言っておこうかと思い付いたけど、「生きてる証拠だね」。と余計に付け加えられた言葉を聞いた私は、思いがけずぞっとして、またそこで固まって。
そうして───恐らく青くなっていた私の顔を見て、また小梅ちゃんは面白そうにしているんだから、随分と好きなようにされているものだと思う。
そうこうしている内、小梅ちゃんはそのままくすくす笑っていたのを、仕切り直すように吹き消すと、そこでようやく「おはよう」と言った。
「ふぅ…む、煩わしい太陽ね」
「あ…き、今日は…飛鳥ちゃん、一緒…じゃないんだね…」
「うむ、太陽の使者に導かれ、遥かなる旅路へと…」
「…えっと、うん…じ、じゃあ…今日は一人…?…ご、ごはんのこと、だけど…」
──特に意識はしていなかったけれど、このままだとそういうことになるのだろうか。
尤も、向こうに行けば、適当に仲のいい子を見つけて、混ぜてもらうようなつもりでもあったけれど。
「…そういうことになる、…かな?」
と、どこか曖昧に言ってみる。
すると小梅ちゃんは、その顔を少しだけ───多分、嬉しそうにしたように見えたのも一瞬、袖の下に隠れた手を私のそれに添えてきた。
「じ、じゃあ…一緒に、た、食べよ…?」
※
小梅「お、おまたせ…」
幸子「全く!カワイイボクを差し置いて何を…って」
輝子「フヒ…お、おはよう。蘭子ちゃん…、…そ、そうか、飛鳥さんは…み、美玲さんと一緒だな…」
蘭子「うむ、煩わしい太陽ね!」
そのまま食堂に向かって朝食を受け取ってきた時までは、てっきり二人で食べるような気分になっていたりもしたけれど、付いていった先には幸子ちゃんと輝子ちゃん。
そういえば、そう頻繁に話すような二人ではないかも知れない、と思い付いて───だからというわけでもないけど、小梅ちゃんの隣に座るつもりでいた私は、そこで、やおら振り向いた小梅ちゃんに呼び止められた。
小梅「あ……蘭子ちゃん、は…そ、そこでもいい…?」
そう言って、小梅ちゃんが袖だけの指で指定したのは、幸子ちゃんと輝子の向かいの席で。
四人でテーブルを囲むのだから、収まり良く小梅ちゃんと二人でそこに座るんだろうなと思っていたので、特に拒否することもなかったけれど、そこで意外だったのは、小梅ちゃんが私を一人にして向かい側に回ろうとしたことだった。
幸子ちゃんと輝子ちゃんも概ね似たことを考えていたのか、微かに怪訝げな目を小梅ちゃんに注いでいたけど、小梅ちゃんはそれをそれとなく受け流すと、今度は二人に促して二人の間に挟まって───私から見て真正面に位置するように座る。
すると見る限りでは三人がこちらを向いているような格好になって、途端に心細くなり始めた自分を見つけた。
わざわざ何のつもりなんだろう、と思って小梅ちゃんの方を見てみれば、何か満足げな笑みを浮かべる小梅ちゃんの顔がそこにあった。
それっきり何も言おうとしないので、ちょっぴり不気味に思ったしまったのは、きっと彼女が普段から私を驚かせたりして遊んでいるからだと思う。
幸子「何なんですか?藪から棒に」
輝子「フ、フヒッ…な、なんだ蘭子ちゃんが…ぼ、ボッチみたいだ…ぞ?…どうせなら、…わ、私が…」
言いたいことは概ね──輝子ちゃんを身代わりにしようと言うのは違うけど───二人が言ってくれたので、私は目だけでそれに追従しておいた。
小梅「…えへへ、…ごめんね?…ちょっと…や、やってみたかったの…」
何を。と主語を欠いていたけれど、要するにもったいぶっているらしかった。
「カワイイボクのご飯が冷めちゃうんですけど」と、口を尖らせた幸子ちゃんの言葉を一端置いた小梅ちゃんは、両手をぽすんと一つ鳴らすと、少し楽しそうに言った。
小梅「し、白坂小梅の、びっくりどっきり…お悩み、そ、相談質ー……!」
蘭子「へっ…」
幸子「……?」
輝子「…あ、ああ…そういうこと、か…」
にこにこしてる小梅ちゃんを眺める三人の内、私と幸子ちゃんは何がなんだか、という体で小首を傾げていたけど、輝子ちゃんだけは何か合点が行ったような声を出していた。
幸子「な、なんですかボクを差し置いて?仲間外れにしてません!?」
輝子「あ、あれ、幸子ちゃん…?あ、そ、そうか…」
小梅「あ…お、落ちついて…?説明、するから…ね?」
流石に袖をまくって箸を持った小梅ちゃんに促されると、幸子ちゃんは不承不承と目で言いながらお味噌汁の具に手を付け始めた。
結局、ペースは小梅ちゃんに握られているらしい。
サラダを摘まんだ輝子ちゃんにしても、自分からは話そうとせず、小梅ちゃんに流れを任せようという体。
心細く三人に対面する状況も変わりなく、私にできるのは、気の紛らわしついでにスクランブルエッグを口に運ぶ事ぐらいだった。
小梅「…実は…え、えっと……、…蘭子ちゃん、さっき、難しい顔…してた…よね?」
蘭子「ふぇ…?」
さっき、と言ったら多分、廊下で会った時の事を話しているのだろうか。でも、あの一瞬でそこまで見られるものだろうか───とは思いはしたけど、恐らくそういう顔をしていた事実は事実。
否定してしきれず、そういうものかとの思いが胸の中に滲んで、話を断ち切ってまで…という程度には至らない。
小梅「…あの、あの、ね…?蘭子ちゃん、最近見てて、ずっと…そういう感じなんだ……だから、悩みでも、あ、あるのかなって…思って」
輝子「…い、いや、何…私は、たまたま、そういう話を、き、き聞いたなって、だけなんだ。……だから、幸子ちゃんを、仲間外れにとかじゃ…ご、ごめんな…」
幸子「まあ、ボクは懐も深いので?輝子さんが気にする事じゃありません、流石ボクはただでさえカワイイのに罪作りなことです!」
輝子「そ、そうだな、カワイイ…」
小梅「うん…カワイイ…」
蘭子「は、話はそれで終わりなのかっ?」
ねむけ やばい
この四人だと名前無しでも判別できるなと思った今日この頃
小梅「あ…う、うん…ごめん…」
小梅「それでね?…ら、蘭子ちゃん、悩んでる事とか…あったら、力になれない、かなって…」
幸子「…それで、ボクたちは?」
輝子「さ、三人寄れば………なんだっけ」
…こちらからすれば、全く突飛な話ではあったけど、どうやら随分前から心配をかけてしまっていたらしかった。
それでわざわざ機を見計らってこんなことを始めてくれるのだから、とうとう申し訳なさで胸がいっぱいになって、体がちょっと縮こまるのがわかる。
そんな話の心当たりはと聞かれれば、もう一つしか無い。
相談に乗ってもらう──という程ではなくとも、話をしてみるだけでも、多少は気が楽になったりするものだろうか?
安価↓2
1.詳細をぼかして相談する
2.いっそのこと全部暴露する
3.引かれるのが怖いから相談しない
…飛鳥ちゃんに向けている想いが恋なんだなって気付いたのは、もうずいぶんと前の事になると思う。
一般的に、色々精神的に不安定な時期であるらしいから、そうやって起こった勘違い。時間が経てばどうにかなるとも思っていた。
けど、そんな希望は希望でしか無くて、どころか日に日に重みを増す感情がおなかの底で渦巻いて、身が裂かれるような気持にもなって。
その間、ずっと飛鳥ちゃんは傍にいてくれた。
単に相部屋に振り分けられたからだとか、一種に仕事をすることが多いからだとかだけじゃなくて、誰よりも親しい友人として、一番近くでいろんな感情を共有してくれた。
一番近く。本当に近く。まったく労せずとも、全てに手が届くほどの距離で。
それが一番辛かった。
手を伸ばせばすぐ届く。あちらから伸びてくる手もある。だけど、迂闊に伸ばしてはいけないし、迂闊に応えてもいけない。
だって、そうした瞬間にこれまで積み上げてきた記憶の全てが穢されて、腐り落ちてしまうから。
この情熱をむき出しにした時、一番傷つくのは、誰でも無くあの人に他ならないから。
小梅ちゃんは力になりたいって言ってきた。
たぶん、私の悩みが同性愛なんてショッキングなものとは思いもしないで。
でも、少しだけ楽になってもいいのかな、なんて思いつくと、ある程度仲が良いから割り切ってくれるだろうだとか、他人の恋慕に口を出すほど無粋な人間じゃないだろうとか、大丈夫、みんな良い子だからだとか、何処からともなくそんな理屈が溢れ出てきて、そのまま濁った鬱積を押し上げようとしてくる。……
蘭子「私……、」
…ずっと何か切っ掛けを欲しがってて、それが彼女の言葉だったと言うだけの話。
一息吸って、周りの気配を探ってみる。
小声で話せば、そうそう大事にはならないかな、と思われた。
「……―――飛鳥ちゃんのことが…すき…」
一番まっとうな反応を示したのは、幸子ちゃん。
間が悪くお冷に口に付けていたのが災いして、ぎょっと目を剥いてごほっと短く咽て、それから見開いた眼をそのまま白黒させて、私と他の二人へ交互に視線を注いだ。
輝子ちゃんにしても大きなリアクションを取るという事は無かったけど、何かしら驚いてはいるらしく、やり場を失った視線を幸子ちゃんと交差させているようにも見えた。
幸子「っ…あの、それって…どっちの…?」
輝子「さ、幸子ちゃん…あ、あんまり声、出すと…」
幸子ちゃんはそうして何かを問おうとしたけど、ばつの悪そうな私の顔が何よりの答えになっていたらしく、いつの間にか浮いていた腰を慎重にと椅子へと押し戻した。
それもそうなるだろう。唐突もいいところだ。
この反応を見てみれば後悔もして然るべきだっただろうけど、だからと言って一度出た言葉は戻ってこない。
真っ赤にしたらいいのか、真っ青にしたらいいのかわからない顔を俯けた私は、最後にそっと言いだしっぺの小梅ちゃんを見遣って、そこで肩透かしを食らったような気分を味わった。
小梅「……」
ちらりと見遣った小梅ちゃんは何やら難しい面持ちになっていて、そこにまんまると埋まった瞳でじっと私の事を見つめていた。
言い出す前からある程度は覚悟していた、というのかまでは知れず、ただ瞳の奥になにかを押しとどめたようにしながら。
今日はここまで
しかしこの蘭子ちゃんテンションが安定しねえな
無言の重圧をどう受け止めていいか分からず、思わず息の詰まった私。
ちょっぴり怖くもあったその瞳に吸い込まれる思いを味わって、何秒とも知れぬ沈黙を漂いかけた私に、おずおず体の輝子ちゃんが顔を覗かせてきたのは、小梅ちゃんが何やら呟きかけたときだった。
輝子「ええと…?そ、その…し、しし親友とか、そういうのじゃ、な…無い…、んだな…うん」
蘭子「う、うむ…ん」
輝子「そ、そうかごめん…な、なんか、そういうの…よく、わからな…」
幸子「そのこと飛鳥さんは知って…ていうか、どう……ああれ?あんまり聞きすぎない方が良いんですか?これ?」
輝子「……ど、どう違うんだ?…トモダチ…あ…まゆさんみたいに、なっちゃうのか?」
幸子「誰かに話したりしてませんよね?あ、ていうか、ボク達に話しちゃっても良かったんですか…!?」
蘭子「あ、えっと、あの…その…」
小梅「…え、えと、蘭子ちゃん、こ、困ってる、から…お、落ちつこう…?」
幸子「……ご、ごめんなさい」
輝子「そ、そうだな…いっぱい話されると、困っちゃうよな…わか、わかるぞ…フヒ」
小梅ちゃんがそう控えめな声で言うと、二人は変に力の入った顔をきょとんと見合わせた後、気まずそうに腰を落ち着けて、何か誤魔化すように水を口に含めた。
ひそひそ声でも騒がしいのが分かったのか、視界の端からちらちらと突き刺さる視線があったのが私を妙な気分にさせた。
そうして、いつまで気まずくしているのかはわからなかったけど、小梅ちゃんが何をするともなくお米を口に運ぶのを見るや、私たちもそれに続き、形だけでも朝食を再開する。…味が少し遠のいて感じるのは、きっと気のせいじゃない。
幸子「…小梅さん、どうするんですか?言いだしっぺですよ」
朝食を摂るポーズを周りからの隠れ蓑にしながら、幸子ちゃんは言う。
いつも得意げなペースを崩そうとしないのに、いちばん複雑な表情になっているあたり、やはり根はかなり真面目な方なのだと思わせた。
同じことを考えているらしい輝子ちゃんの視線も受け、そうして話題を向けられた小梅ちゃん―――いつの間にかけろっとした顔に戻っている―――は、一度箸を止めてから、一息手を顎に沿わせる仕草をしてから、言う。
小梅「や、やっぱり…放っておけない…な……ら、蘭子ちゃん、話だけでも、だめ…?」
なんて、上目遣いになりながら。
そんな、気を使ってくれるだけでも嬉しいのに。
小梅ちゃんに応える前に、幸子ちゃんと輝子ちゃんにも視線を飛ばしてみると、二人ともそれとなく話を聞く姿勢を作っていてくれてるのも嬉しかった。
口を滑らせたと言ってもあながち間違いではないし、もっと拒絶されても不思議では無かったから。
…だったら。
と、少しだけ踏み出してくる勇気が湧いたように思える。
蘭子「…わ、私は…飛鳥ちゃんが…好き」
今度は、声は抑えても、曖昧にはしないように。
同時に、視線をじっくりとこちらに目を据えた小梅ちゃんが目玉焼きの黄身を潰すのが分かった。
輝子「…ところで、さ…」
―――と、輝子ちゃんがふと口を挟んで、神妙な面持ちを作っていた幸子ちゃんが「っなんですか?」と不意撃たれたように表情を砕いたのはその時。虚を突かれたのは私も同じだった。
弾かれて向いた私たちの視線から気持ち分だけ目を逸らして、輝子ちゃんは頬を掻く。
輝子「……い、いや…場所、変えないのかな……って…」
幸子「……」
蘭子「…、わ、我が宮殿に招待してくれようか」
※
幸子「お邪魔しますよ」
輝子「フヒ…じ、邪魔するぜ…」
小梅「…蘭子ちゃんの部屋…」
蘭子「よ、ようこそ…く…クク、ただで帰れると思わない事ね…」
相談に乗ってもらうのは私だから、せめて場所を用意するのは私であるべき。
三人を招いたのはそんな発想でだったけれど、思えばこうして寮の部屋に人を招くのは初めてかもしれない。
幸子「では、早速ですが」
と、切り出すのは食事の内にだいぶ余裕を取り戻したらしい幸子ちゃん。
何もと言わず床敷きの上で正座になろうとしたのが見えたので、ちょっぴり慌ててクッションになるものを用意してあげた。
幸子「あっ…フフーン、良い心遣いですよ!…では、蘭子さん。相談するからには整理するものを整理しましょうか」
後ろでこくこくと頷く小梅ちゃんと輝子ちゃんの姿も視界に捉え、少し畏まった気分になった私は、取り敢えず一息を吸ってみる。
これから話すことを考えれば顔が赤くもなりかけ、もう一息落ち着く時間を取りたいような気にもなったけど、それも忍びなく。私は詰まる喉から言葉を押し出すようにして、説明を始めた。
蘭子「…私は、飛鳥ちゃんに…し、至上の………あ、愛…」
小梅「…熊本弁だと、む、難しい…?」
蘭子「ぅ……恋、だと思う…」
幸子「それは…まあ、はい」
小梅「えっと、えっと…あ、飛鳥ちゃん、は…そのこと、し、知ってる…?」
蘭子「…まだ…魂の融合には至らず、我が魔力は矛先は知らぬわ」
輝子「融合…そうか…フ、フヒ…」
幸子「何です?」
輝子「や、…な、何でも…」
小梅「じ、じじゃあ、片想い…?」
蘭子「ええ…飛鳥は我に邪なる念を覚えてはいない……たぶん」
幸子「………ふーん」
私が弱々しく付け加えると、何か含ませた声を漏らした幸子ちゃんがちらと部屋の脇の方を見遣る。
何事かと思ったわけではないけど、それを追ってみると、猫も寝れないほどにケースと荷物の詰まった二段ベッドの下段を撫でたと知れた。
幸子「…片想い」
小梅「…友達?」
輝子「わ、私もよく、トモダチと…ね、寝るぞ…フヒ…」
蘭子「…うぅ」
…これは、セーフだもん。
輝子「ら、蘭子ちゃん、じゃあ飛鳥さん…とは、親友、な…なんだな?」
蘭子「…うん」
輝子「ど、どのぐらい、し、親友なんだ?…あれ…変、変な…聞き方だな…」
どのぐらい、と言われても。
というのが正直な所ではあったが、それをそのまま処理するわけにはいかない。
どのぐらい…普段の接し方…の度合いでも例に出せばいいのだろうか?
蘭子「えっと…」
蘭子「二人で…置物とか、お互いの服とか見たり…」
蘭子「たまに、お揃いのもの買ってみたり…」
蘭子「…、疲れてると、膝を貸してくれたり…あげたり…」
小梅「…惚気…?」
幸子「…そういうこと、しますか?」
輝子「き、キノコに膝は、無いな…」
蘭子「…ぅ、これは、まだ…違うのぉ…」
少し踏み込んだスキンシップをしてることぐらい、分かってる。
でも、これは私が飛鳥ちゃんの優しさに甘えてるだけだから…
流石に寝る
蘭子「…なにをやっても、飛鳥ちゃんにとっては友達だから…」
気持ち赤くなった顔を俯けて、ぽつり。
人付き合いが活発な方じゃない飛鳥ちゃんだから、相当に仲が良い方だという自負はある。けど、だからこそ、それが限界であるというのがありありとわかる。
彼女が鈍感だとかそういう訳ではなく、ただ前提にそういう発想を持っていないだけ。
幸子「…ふぅ、む…」
と、否定とも肯定ともつかない声を出す幸子ちゃん。
つくづく微妙な話に巻き込んでしまったとの実感が生まれて突き刺さり、申し訳ないと胸中に重ねる。
小梅「…でも…わ、私も、見てて仲良い友達…としか、思わなかったから…そう、かな…」
幸子「ボクのカワイさを分けてあげられたら解決するんですけど」
輝子「ええっと…蘭子ちゃん…」
輝子「もう少し、大胆に…とかは、違うのか…?…その、ぎ、ギリギリセーフ…みたいな…?」
蘭子「えっ?」
輝子「……あ、えっと…ご、ごめん、自分でも、よくわかってない…」
小梅「で…デート、してみる…とか…?か、カップル…ぽい、感じで」
幸子「飛鳥さんとはよく出かけてますよね?」
蘭子「うむ、我等の魔を高める装具を求め、幾度となく翼を馳せるわ」
輝子「じ、じゃあ…普段行かない、ば、ば場所で…?」
幸子「例えば…」
安価↓2:デートするなら?
幸子「………ゆ、遊園地」
輝子「あ、飛鳥さんと…蘭子ちゃんで……?」
小梅「……」
幸子「ボ、ボクがいくらカワイくても苦手な発想くらいありますよ!」
幸子「ていうかなんですか、普段行かない場所ってそういうことじゃないんですか!」
輝子「…お、落ち着いて…」
遊園地、と言われて思ったのは、飛鳥ちゃんは行きたがるだろうか、と言うことに他なら無かった。
普段のクールであり続ける彼女の姿を思い浮かべ、拒否されてしまうだろうかと思うも一瞬、彼女はあれでニヒリストになりきれてない部分があるとも思い当たる。
されば、うまく刺激してあければそのまま楽しんでもくれるだろうか?
その思考が返答を鈍らせる一方、脳裏に浮かんでは消えるのは、私の横で一日を過ごす飛鳥ちゃんのそう想像図。
コーヒーカップなんか一緒に回してくれるかな、遊園地の食べ物を二人で分け合ったりしてもいい。少し遅くなると、観覧車でロマンチックを演出できたりもするかも知れない…
蘭子「飛鳥ちゃんと、遊園地……え、へへ…」
小梅「気に入った…みた、い?」
幸子「ぃ…ほら、当然ですよ、ボクの発想なんですから」
輝子「じ、じゃあ、決まり…」
そうと決まったならば、色々と内容を詰めていこう―――。
というのは、もはや誰が先に切り出すかという問題でしかなかった。
言ってしまうのならそれは幸子ちゃんで、私の思考が現実に戻ってきたのを見計い、「それじゃあ」と口を開きかける。
と、瞬間、何ともなく目を泳がせていた小梅ちゃんが、いきなり「あっ」と何やら気が付いたような声を発したのはその時だった。
輝子「な、なな…?」
小梅「や、えと…時間…」
幸子「えっ?」
と、小梅ちゃんの袖に促されてアンティーク風の時計に目を飛ばした二人の顔が、途端にぎょっとしたものに変わる。
幸子「あっ…と、いくらカワイくても時間は絶対です」
輝子「フヒッ…!ぬ、ぬくぬく…してられねー…ヒッ…」
蘭子「天使の歌声か?」
幸子「あ…それわかんないです……っとにかくボクと輝子さんはもう出なきゃいけません」
輝子「ご、ゴメンな…」
蘭子「何を!それは我が台詞ぞ」
それだけを言った二人は、お邪魔しました、声を残すと二人で部屋から出て行ってしまった。
それほど急ぐ体ではなかったのがこちらにとっての救いであったが、それならばそうと言ってくれれば良かったのに。
そういえば、今日のところは別に小梅ちゃんと三人で一緒というわけではなかったということか。
小梅「うーん、…じゃあ、わ、私も…お暇しようか、な…?」
と、二人を見送った目を時計に傾げて、小梅ちゃんは誰に言うともなく呟く。
そのままやおらと立ち上がろうとするので、私は慌ててその背中を呼びとめた。
蘭子「…我が友、今日は……えと、ありがとう…」
小梅「…えっとね、蘭子ちゃん…わ、私でよかったら…いつでも、相談してね…?」
そのまま扉の外に向かいかけた顔をこちらに振り向けて、小梅ちゃんはにこりともつかないように笑った。
そんなの悪い、と言いかけて、やめる。
かと言って何か代わりの言葉を思いついたわけでも無かったので、「…うん」とだけ返しておくと、今度こそそれとはっきりわかる笑みが返ってきた。
*
飛鳥「…時に、美玲。ひとつ聞かれてはくれないかな?」
美玲「んく…なんだよいきなり、びっくりするだろッ!」
休憩というよりは、次の準備待ちと言うような時間。水もすでに摂った後だったけど、微妙に中身の残ったペットボトルがなんか気持ち悪くて、体に流し込んでいた時だった。
いつからか遠くをじっと見ていたり、そう思ったら目を閉じていたり。そうして延々とぼんやりしていた───きっと再開までずっとそうしているんだろうとばかり思っていた飛鳥の奴が、急にウチに話しかけてきた。
…ぶっちゃけウチはコイツの話が苦手だ。
だって、時々スゴく意味わかんないモン。
蘭子と二人で居るときなんかは、無駄に頭を使うハメになるし…。
飛鳥「…なんでさ、特段大声出してもないよ」
って、そこはアスカと言うとおりだったけど、こっちは変に頭を使わないで済むかなって安心してた部分もあるから───って言うのはスゴく失礼だって分かってたから、流石に言わなかった。
美玲「何でもいいだろッ!…そんな事よりなんだ、わかりやすく言ってくれよな」
飛鳥「ああ、そうだね…大丈夫、俗世的な話さ」
そう言うと、飛鳥は薄く苦笑した。
…そのゾクセテキっていうのがすでに難しいって、分かってるのかいないのか。
飛鳥「んっ…じゃあ、美玲。一つ質問だ」
美玲「んー…」
飛鳥「……傍から見て、ボクと蘭子ってどう見える?」
それを言うまで飛鳥は薄い笑いを崩さなかったけど、ウチの相槌から1秒くらい間をおくと、とたんに困った顔になって言った。
何気に珍しい飛鳥の隙のある顔だったから、ウチは正直きょとんとした。
他とは言えば、カッコ付けてエスプレッソ飲んだときとか、子供にエクステ引っ張られた時とか、それぐらい。
ともあれ、飛鳥からこんな顔を引き出せるとかあんまり思ってなかったから、ウチは途端に飛鳥に親近感が湧いたみたいに思って──。
美玲「どうって…」
美玲「…カノジョ。」
──冗談を言ってみる気分が、どこからか湧いてきたんだ。
飛鳥「…そういう冗談はよしてくれ」
すると、なんて言いながらとびきりに苦い顔をするんだから、なんだ、コイツにもこういうところあるんじゃないか。
数秒でかなり人間味を増したように見える飛鳥の顔。
その珍しさと、湧いてきた可愛げと、ウチのちょっぴりの達成感に免じて、ここは冗談だということにしておいてやった。
飛鳥「普通に、普通にだ…」
美玲「ってか、なんでだ?蘭子と喧嘩でもしたのか?」
なんて、言ってはみたけど、あの二人が喧嘩するとこなんてあんまり想像できない。
ずっと仲良くしてるし、そのくせ二人の領分に関してはきっちり線引きをしてるし…「カノジョ」だって、一割ちょっぴりぐらいはそう思ってなかったワケじゃないし。
まあ、だからこその悩みということかも知れないケド。
飛鳥「…そうだね、勿体ぶるのはやめよう」
って言って、飛鳥は指を組み合わせると、ちょっと考えるような、躊躇うような間を置いた。
勿体ぶらない、と言うならとっとと喋っちゃえばいいのに、なんなんだ。
もしかしてコイツシャイなのか?
なんて気持ちを胸のあたりで押し留めて、飛鳥の複雑な横顔を眺めていると、ついぞ決心したように目を開けた飛鳥の言葉に、ウチは口が開いた。
飛鳥「………蘭子が最近……その、よそよそしいんだ」
美玲「はっ………」
可愛いなコイツ。
美玲「…ぷッ!」
飛鳥「な、何がおかしい…」
美玲「何が?…うははっ!」
飛鳥「何がおかしい!」
何って、まるでさびしんぼの発言だぞ、それ。
ウチに詰め寄ってくる飛鳥の顔が恥ずかしそうに赤くなっていたのを見るに、多少の自覚はあったのだろうけど。
美玲「あははっ!寂しいのかッ!」
飛鳥「話が飛んでいる!誰もそんな事は言ってない!」
そうやって必死になって否定するのが余計にそういう認識を加速させているって、コイツ気付いてないのかな?
普段一人になりたいとか言い出してふらっと蒸発したりするくせに、いきなりこんな事言い出すんだから笑うなって方が無理だった。
まァ、流石に何時までも笑ってやるのが可哀想だっていうのが理解できないほど、ウチは不器用ではなかった。
周りの視線が今日に集まってたのもムズムズしたし。
いい加減笑い声を飲み込んで、それでもつり上がる両頬を強張らせたウチは、飛鳥のムスッとした顔に視線を戻した。
美玲「ひひっ!…で、よそよそしいってどんなのなんだよ?」
飛鳥「何か隠し事をしているような…いや、それ以前に挙動が不審だ」
美玲「へー…ウチは何も知らないぞ…そもそもオマエに分からない蘭子の事がウチに分かるわけないだろッ」
飛鳥「ぅん、褒め言葉として受け取っておこう」
美玲「せめてもっと蘭子と仲良いヤツに聞けよなー…ラインでも飛ばしてさ」
飛鳥「…、…あの文化…機能か?…はあんまり好きじゃなくてね…」
なんて、クラスにいるボッチの言い訳みたいな事を言って、飛鳥はどっか遠くを見つめ始めた───んだけど、黄昏る飛鳥に水を差すみたいに飛鳥のケータイが声を出して、飛鳥の体をぴくりと跳ねさせた。
音から聞くに、件のラインで。
飛鳥「…蘭子だ」
…受け取る分には問題ないのか。
飛鳥「少し待ってくれ…」
って、飛鳥はすっかり意識を携帯に向けた声で言う。
少し除け者にされた気分、と言うほどウチはメンドクサいヤツじゃないけど、すっかり二人の世界に入ってしまった飛鳥だったなら、ウチはすっかり興味の当て所を失った気分で視線を泳がせた。
そうして流した視線の先、向こうのスタッフの人達の作業も、おおかた終了の目処を見ているように見えた。
確か、パンクファッション特集とか言ったっけ。
ウチとしてはそういう言葉で飛鳥のスタイルと一括りにされるのはそれなり以上に引っかかる所もあったけど、飛鳥はなんか難しい言葉を言っていた。
理解できたところだけを噛み砕くと、よく知らない人達にとっては大雑把な方が受け入れやすいとか、そんなの。
要約だけ聞けばなにも難しい話をしていないようにも思えるのに、飛鳥の奴、どうしていちいち耳慣れないような言葉にしちゃうんだろ───なんて言ったら、これまた長い台詞が返ってきそうだ。
…そう言えば、飛鳥にしろ蘭子にしろ、ラインとかメールでもあんな調子なのか?
ふと思いついて、ウチが飛鳥の手元をちらりと見ようとしたのと、「あ、ほら美玲。こういうのだよ」って言った飛鳥がスマホの画面を見せつけてきたのはほぼ同時だった。
映っていたのは、普通の女の子らしい口調で休日の予定を聞いてる蘭子と、なんか無愛想な文面の飛鳥とのやりとりと───。
美玲「……『遊園地、行きたい』…」
飛鳥「前までなら蘭子はこういう誘いしなかったさ、こういうのはボクの世界観には合わないって知ってる筈だから」
美玲「ふーん…」
まァ、蘭子はともかく、飛鳥がそういう場所に行くって言うのは確かに想像し辛い。
この誘い方だと、飛鳥と二人っきりで行くつもりか?
飛鳥「どういうつもりなんだ…」
たかだか遊びの誘いで、どういうつもりも何もないだろ。ってい言葉を押し留めて飛鳥の顔見て、ウチは飛鳥と蘭子で遊園地に行く様子をちょっと想像してみた。…
美玲「……ぷッ!」
飛鳥「…怒るよ」
ゴメン、無理。
美玲「く、ぷ…ご、ゴメンってッ…!」
飛鳥「まったく…美玲。キミは少し遠慮を知るべきだ」
なんて、飛鳥は眉間の皺を深めて言う。
いけないな、これからすぐに撮影だっていうのに。
美玲「…で、なんだよ、セカイカンが大切だから蘭子の誘いは断るのか?」
飛鳥「冗談。そこまで無粋になるかはまた別の話さ」
そうして何やら肩を竦めた後、飛鳥はしばらくして気恥ずかしそうな手を口元に添えて、「他ならぬ蘭子の誘いであるし…」と、どこか遠い声で付け加えた。
…あ、今ノロケやがったな。コイツ。
ふっとそう思いついた刹那、やっぱり一つ茶化してやろうかとも思いついたけど、向こうの方から届いてきたスタッフの呼び声がウチらを射止めて、それどころじゃあなくなったんだ。
飛鳥「…じきに始まるか、仕方ない」
多分。仕方ないなんて言ったのは、しばらく休んでいたいからとか、ウチともう少し話していたいからとかじゃなくて、ただ単にそういう台詞を吐いてみたくなったからだったんだろう。
その証拠に、やれやれ体の言葉を選んだ割には随分と素直に立ち上がる物だったし、待ちくたびれたというのが声音やれからそこはかとなく伝わってきた。
蘭子との通話を急ぎで終了させつつ、すくと立った飛鳥。
その背中は、休憩前と比べて少しだけせっかちになっていると見えた。
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