リヴァイ「全く、うるせぇ奴等だ」(16)
ふっ、と吐いた息が白い。随分と寒くなってきた。リヴァイはそう感じ寒々とした外を見遣った。
もう年の瀬も近いこの時期、皆がうるさくなる。
今年も集まって飲むから絶対忘れるな。
面倒臭がってすっぽかすなよ。
あと○日後だからな。
本当にうるさい。お陰でここ数年、リヴァイは己の誕生日を忘れたことがない。いや、忘れさせてくれない。
感謝すべきなのだろう。祝ってくれる仲間がいることに。
だが如何せんうるさい。何日も前から毎日言われるのだ。リヴァイは辟易していた。
ここに来て始めの1、2回を逃げようとしたことが尾を引いているのかもしれない。
あんな昔のことなど引きずるな、と知らず舌打ちをした。
そして今日も今日とて声を掛けられる。
騒がしい食堂に入ろうとすると中から髭面のやたらでかい男が行く先を塞いだ。
「リヴァイ、25日は空けておけよ。立派なパーティーを開いてやる」
「何がパーティーだ。酒を飲みたいだけだろうが」
「そう言うな、ゲルガーが楽しみにしている」
「酒好き野郎じゃねぇか」
「奴だけじゃない」
「やはり俺は酒の肴か」
喧騒を背に少々声を大きくしたミケに確認され、リヴァイは悪態で返す。
ミケは悪態を気にも止めず話が終わると肩を叩いて食堂を後にした。
リヴァイはそれを流してざわついている食堂へと足を踏み入れた。
明くる日もまた声を掛けられる。
演習用の森でリヴァイはメガネの奇行種にやかましく呼び止められた。
「やあ、リヴァイ! 25日、忘れてないよね!? ねぇ!?」
「うるせぇ。聞こえてる。お前らが毎日のように言いやがるから忘れたくても忘れられねぇよ」
「それは良かった! 私は幹事だからさ、当日本人がいないとか困るんだ!」
「……人集めてるのか?」
リヴァイは少し嫌そうに眉間にシワを寄せて訪ねた。
「いいや? 誕生日知ってる奴で来たい人は私の所においでって感じだよ?
それとも大々的に集めた方がいい? チラシ貼ったり、回覧板みたいなの作る?」
「いらねぇ。やめろ」
これ以上話すと面倒臭そうだ、とハンジから少し距離を取った。
立体機動の演習の休憩中だった為、リヴァイが離れると近くにいた兵士がハンジに疑問をぶつけている。
リヴァイは特に気にせず、休憩明けの演習の流れを頭に浮かべていた。
その次の日も声を掛けられる。
「リヴァイ、25日だが食堂でやるからな」
「いつも食堂だろうが。俺の時だけでなく」
今日はエルヴィンに会場について念を押されていた。廊下を歩いている最中に後ろから、だ。
エルヴィンとリヴァイが連れ立って歩くと廊下にいる兵士は固い表情で敬礼をしていった。
そして後ろから順にさざめいていく。
「なんだってお前らは毎日毎日飽きもせず確認しやがる。俺はボケジジイじゃねぇぞ」
リヴァイはいい加減苛ついて舌を打ちながら憎まれ口を叩いた。
「さて? 何の為だと思う?」
疑問に疑問で返すエルヴィンは顔を前に向けたまま視線だけリヴァイへと流している。
「……知らねぇよ」
俺を逃がさず酒盛りの肴にするつもりだろうが、という悪態は引っ込めておいた。
どういう理由であれ、自分を祝おうとしていることが分かっているからだ。
「まあ、恒例行事だと思って諦めてくれ。そのかわり良い酒を用意する」
笑顔でそう言うとエルヴィンは執務室の扉を開いた。
良い酒。いつも用意されるリヴァイ好みの酒で値段もそれなりのものだ。
あれにありつけるのであればまあいいか、と書類を受け取る為、エルヴィンの後を追った。
誕生日、といえばリヴァイの脳裏に母が浮かぶ。
幼い頃に成す術もなく病気で亡くしてしまった母親だ。
『リヴァイ、今日はお前の誕生日だよ』
『リヴァイ。生まれてきてくれてありがとう』
『愛してるよ、リヴァイ』
この年になると面影もだいぶ朧気だ。思い出す言葉も細部は合っているのか自信がない。
忘れたくはないのに。
誕生日とはいっても質素な暮らしだった。
大したものは用意できなかっただろう。
何を貰ったか用意してくれたかはあまり覚えていないが、いつも感じていた愛情だけは覚えている。
その時のリヴァイはそれだけでも充分だった。
母が亡くなり現れたのはケニーだった。
後に切り裂きケニーと言われる人物だと知ったがどうでもよかった。
母とどういう関係の者だったのか未だにわからないままだ。
会って数年後にはリヴァイから去っていった。
そんな彼からはやはり誕生日を祝われたことはない。
いつ生まれたかなんて聞かれたことも言ったこともなかった。
『おい、チビ。ナイフがクソみてぇにボロボロだな』
『仕方ねぇ、これ使え』
ポイッと無造作に投げられた鞘付きのナイフ。慌ててそれを受け取った。
奇しくもその日はリヴァイの生まれた日だった。
そのことに気づいたのはその日、ナイフを抱えて短い眠りに入る直前だった。
――あのナイフはどこにやっただろうか?
ふと思ったがその後を生き抜くのに精一杯だったリヴァイはいつ手放したか思い出せなかった。
ケニーが去ってから地下街でいつのまにか窃盗団の頭に据えられ仲間もいつのまにかできていた。
仲間といっても深く関わったのは数人だ。
特にファーラン、イザベルの二人は関わりが深かった。
共に暮らしてもいた。
イザベルは兄貴、兄貴と慕い、ファーランは自分に一目置きつつも対等に話してくる男だった。
そんな二人がリヴァイを放っておくはずもなく、
イザベルに誕生日をしつこく聞かれ白状させられるとそれを知ったファーランが祝いの席を設けた。
結局それから毎年無理矢理祝われるようになった。
面倒ではあったが喜ぶ二人を見て悪くはない、と思っていた。
そうして誕生日に悪い思い出が少なかった所為なのか、
現在嫌がらせのように毎日確認されても悪態をつきつつ受け入れていた。
リヴァイの誕生日当日。食堂は飾り立てられていた。
幹部三人は特にそこまで発注していなかったがリヴァイを慕う者達が任意で人を集い、張り切ったようだ。
これは眉間のシワが深くなりそうだ。
三人は笑顔でそう思った。
リヴァイが食堂に入ると三人の予想通り眉間にシワが寄せられた。その目は呆れたようにも見える。
飾り付けた部下達がリヴァイの様子に一瞬「やり過ぎたか!?」と緊張を走らせた。
「リヴァイ、凄いだろ!? これみんなが頑張ってくれたんだよ」
すかさずハンジがフォローに入る。
「…………ああ、すげぇな」
「だろ? 綺麗だよね」
その「すげぇ」にはいろんな意味が込められているようでもあったがハンジによって“凄く綺麗”に変換された。
怒ってはいないようだと飾り付け隊は胸を撫で下ろした。
「リヴァイ兵長、後片付けは10人程で、明日には本日の朝より綺麗になるよう手配しています」
敬礼をしながら必ず言っておかなければならない事と判断したエルドがリヴァイに報告をした。
それに満足そうにリヴァイは頷く。
「エルドは抜け目がないな」
「そうだな」
ミケがエルドを誉めるとこれもまた満足そうに同意する。
エルドはリヴァイの下に付くことも多い。リヴァイの潔癖をよく理解している部下の一人だ。
「ほら、いいから始めようぜ! さっさと座れよ、リヴァイ」
少し離れた席からゲルガーの声が飛ぶ。ゲルガーは近くにいたリーネに頭を叩かれた。
「あんたね、主役を急かすんじゃないよ」
「早く飲みてぇんだよ」
酒好きの彼は頭をさすりながら愚痴を溢した。
新兵はリヴァイ兵長にあんな事を言って大丈夫なのかと怯えたが、リヴァイが黙って席に移動しているのを見てほっとする。
「では始めようか。リヴァイを祝して乾杯」
「リヴァイ、おめでとう!!」
エルヴィンが短い音頭を取ると古参兵と中堅どころが祝いの言葉に心を込めつつもてきとうに発し、さっさと飲み始めた。
新兵や入ってそう経っていない兵士はしばしうろたえたが先輩から飲めと促され遅れながらも声を合わせて祝す。
「リヴァイ兵長、おめでとうございます!」
そしてその杯に口をつけ始めた。
リヴァイはそんな兵士達をぼんやりと見ながら毎度よく集まるものだな、と酒を片手に考えていた。
古参兵や中堅はリヴァイの誕生日を知っている為、酒飲みたさで勝手に集まってくる。
新兵なんかはいつの間にか自分の誕生日を知っており、おずおず参加する。
何故知っているかをうっすらと理解しつつもわざわざ参加するとは暇なのか、とリヴァイは酒をあおった。
そんなリヴァイをそっと見つめる目が六つ。エルヴィン、ミケ、ハンジだ。
リヴァイは人のいるところがさほど嫌いではなさそうだと三人は思っていた。
積極的に関わってはいかないが、楽しげにしている様を眺めているのは存外悪くないと感じているようだ。
そう察した幹部三人はそれとなく誕生日を周知させ、来られる者を集めていた。
リヴァイも押し掛けられ、祝われるのはこそばゆい思いもあるだろうが満更でもないはずだ。
リヴァイを慕う者は少なくない。
新兵の中にはリヴァイに憧れている者がおり、他にも祝えて喜んでいる者がいる。
その者らが年に一度しかないこの日を知らず逃し、後に知り、落胆させてしまうのは次が必ずしも約束されていない、
殊の外低いとも言える調査兵団ではあんまりではないかという思いもあった。
しかし大っぴらに参加者を募るとリヴァイが嫌がる為、
数日前から少々大きめの声でリヴァイに確認するという回りくどい行動に出ていた。
あまり良い方法とは言えないが、周知すると共にリヴァイの“忘れた”などという逃げ道を断ち、
心置きなく来れるようにできる。
リヴァイにとっては憂鬱な数日となってしまうことは当日の良い酒と贈り物、
皆の良い笑顔で許してもらいたいものだと三人は思う。
とはいえ毎年憂鬱な数日のお詫びも兼ね、できるだけリヴァイの気に入る物を三人は捧げている。
「ほら、リヴァイ」
「リヴァイ」
「はい、リヴァイ」
「――誕生日おめでとう!」
エルヴィン、ミケ、ハンジから次々と贈り物を渡され、三人から祝いの言葉を掛けられる。
「……ああ」
眉間にシワが無いということはやはり“悪くない”と感じてくれているようだ。
そう思った三人は笑みをこぼした。
その微笑みを横目で見ながら茶番に付き合うのもそう悪くはないかとリヴァイは新しく注がれた酒を手にした。
終
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