肇「私とあなたの三分間戦争」 (23)


・藤原肇ちゃんのSSです

・短いです

・大丈夫です



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「藤原」

僕の事務的な響きを持った呼びかけに彼女、藤原肇はやわらかく微笑んで「はい」と短く返事をした。

漆を塗ったように艶やかで綺麗な黒髪を揺らしながら駆け寄ってくるその姿。
愛らしいというより綺麗だと形容する方が合うとおもう。

それと同時に事務所内なのだからもう少し落ち着いてこちらに来ればいいのに、とおかしさが腹の奥から沸騰したお湯のようにふつふつと湧いてきた。

そういう意味では愛らしい、というのが正しいのかもしれない。


「なんでしょうか、プロデューサーさん」

彼女は声も流麗で、聞く人の鼓膜をやさしく揺らす。
僕は歌の仕事を勧めるも、まだ私には早いですとの一言で逃げられてしまう。
何度か玉砕するうちにこちらが先に根を上げてしまい、そのときが来るまで気長に待つことにした。

年齢のわりに丁寧すぎると感じる口調は尊敬する祖父の影響だと言っていた。
彼女の実家は岡山にあり、陶芸一家。
自身も祖父を師としてその年齢まで器を焼いて過ごしてきたとのことで、跡を継げと言われたと聞いた。

しかし彼女が選んだのはスポットライトで照らされた光り輝く道。


陶芸を悪く言うわけではないが、はっきり言って真逆の世界だ。
芸術とエンタメ、似て非なるふたつ。

なぜアイドルになろうとしたのか。

その答えは数ある公式を使って解く必要なんてない、至ってシンプルなものだった。


「憧れの世界に挑戦することにしました」

オーディション会場で何人から何度も聞いた言葉。

しかし彼女が放った短く、力強い真っすぐな言葉は他のそれとは異なり、僕の胸を撃ち抜いた。
理由はわからない。
ただ言葉にできない妙な説得力みたいなものがあったように、不思議と彼女から目が離せなくなった。

「本当にっ……嬉しい、です」

緊張でなのか椅子に縮こまるように座っていた彼女に合格を伝えると、全身の力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。
そして顔をようやくあげたかとおもうと、目いっぱいに涙をためて、つまりながらも喜びの言葉と謝辞を述べた。


落ち着いてから自分が担当になるということを伝えると、深々と頭を下げるので、ついこちらも同じように下げた。

「真面目そうな方でよかったです」

そう言われたが、反射的な行動だったという事実はまだ伏せたままだ。
たとえ伝えたとしても僕に対するその評価は変わることはないんだろうが。


「えっと……なにか用があったんじゃないんですか?」

「あぁ、いや、呼んだだけ……」

「よ、呼んだだけ……ですか」

「そう」

しばらく僕の隣でこちらにじっと見ているとおもったら、いつの間にか頬を膨らませてこちらに抗議するような視線を飛ばしてきた。

いまの時代、膨れっ面で拗ねる十六歳がいるのかと驚くと同時に、普段の大人びた彼女の姿を知っているだけに変に魅力的に見えた。
これでも視力検査ではすべて見えるほど目はいい。
睡眠もきちんととっているので冴えきっている。

少なくとも僕は正常だ。


「むぅ……プロデューサーさんはすぐからかうんですから」

普段、冗談とか人をからかうなんてことは滅多にしない。
なのに彼女に対してついやってしまう。

「それに私のことは名前で呼んでくださいってお願いしたじゃないですか」

あぁ、そうだった。
言われて思い出した。

彼女の肇という名前は祖父がつけたと聞いたことがある。
女性らしくない少し堅さを感じる名前だと言ったあと、少しはにかみながら宝物のひとつだと教えてくれた。
僕も綺麗でいい名前だと言った。


「ちゃんと呼んでくれないと次は返事しませんから」

随分とささやかな抵抗をする。
あまりにも子供じみていて、おかしくて、つい口元を押さえて小さく笑ってしまった。

落ち着いて見えていても彼女はまだ十六の学生。
平日は制服を着て学校に行き、放課後は友達と一緒に街へ繰り出す。
それが普通だ。
アイドルである以上、普通でいることは無理にしても、同時にひとりの少女であることには変わりない。

いびつな存在だ。
おかしな世界だとおもうが僕も彼女もここにいるのはそれぞれの意志であり、自らが望んだ結果。


しかし、一回りも歳の離れた娘を名前呼びするのはいささか抵抗がある。
まるで思春期の男子のようで、背中に綿を出し入れされているような感覚に襲われる。

「どうせなので私もPさんって呼ばせてもらいますね。だってフェアじゃないですから」

少し古風なところを感じさせる彼女の口からフェアなんて言葉が出るのが、焼き魚にケチャップをかけるような奇妙さが見えてしまって、どうしようもなく滑稽で。
声を押し殺して肩を震わす僕に彼女は迫力なく怒っていたみたいだったが、その言葉は右から入ってそのままの形状で左に抜けていった。

ひとしきり普段使わない腹筋が痛くなるほど笑い、視線をあげる。
すると不満と大きく顔に書いたような表情をした担当アイドルがそこにいた。


少しやりすぎたかと反省するも、やはり彼女の不服顔は愛らしさがある。
チワワが吠えてもあまり怖くないように。

もちろん本気で怒っているわけではないだろうが。

「もう、Pさんなんて知りませんっ」

そう言って腕組みして顔を背ける。
視線を合わせようとしてもそれと同時に動かれて、いつまでも僕の視界に映るのは彼女の背中。

エアコンの動作音が聞こえるほどの静寂が訪れた。
自らが作った空間とはいえ、なんとも居心地の悪い空気が漂う。


藤原、と呼びかけるも応答はなし。

彼女は頑固だ。
それも自他共に認めるほどの。

祖父譲りのものらしく、彼女の両親と話したときも、大変でしょう、なんて笑って言われたことがあった。
そのときはかわいいものですよ、なんて他愛ない返事をしたものだがどうだろう。

いまになってもその感想は変わっていない自分がいるのがまたおかしい。


「私の悪いところです。治したいのですけどなかなか……」

以前そう僕に相談してきたことがあった。
自分でもどうにかしたいと考えているようでも、石の角を丸くするには手間も時間もかかる。
その方法が水流でも人の手でも同じこと。

焦ることはない。
すっかり硬化し形状が決まってしまっている僕とは違って、彼女はまだどうにでも変化ができる柔軟さがある。

事実、当初は固かった表情が日を重ねるたびにやわらかくなってきているのだから。


長い息を吐く。
心臓が脈打つリズムと呼吸のズレを合わせる。

たった短い言葉を口にするだけだが、ひびひとつ入れられるものじゃないので何度も布で包む必要がある。
彼女の大切な宝物を扱うわけだから。

相変わらず視界には背中があり、こちらが「合言葉」を伝えない限りこの硬直状態を変えることは難しそうだ。


こうなってしまうと僕の負けだ。

降伏宣言をしよう。

見えない白旗を高く掲げる。

勝負をしているつもりはお互いないだろうけど。


整った鼓動と呼吸。
なぜか乾いている口内から水分を絞り出し、喉奥すぐまで来ていたものをほんの少し押し戻した。

二秒間の沈黙ののち、僕はゆっくりと口を開く。


「肇」

漢字にして一文字。

ひらがなに直してもたった三文字の言葉を、初めて紡いだ。


おまけ

モバP(※以下P表記)「藤原」

肇「……」ツ-ン

P「藤原?」

肇「……」

P「ふじわ……あ、そうか……」

肇「……」チラッ

P「ん?」

肇「……」プイッ


P「……肇」

肇「……はいっ」

P「……」

肇「ふふ。いじわる、しちゃいました」

P「……肇」

肇「はい」ニコニコ

P「肇」

肇「はい。どうしたんですか?」

P「肇」

肇「そう何度も呼ばれると、なんだかくすぐったいですね」テレテレ


P「藤原」

肇「はい……あっ」

P「ふふ」

肇「……」

P「肇」

肇「……もう、Pさんなんて知りませんっ」プイッ


はじめにもどる


おわり


大体カップラーメンが出来上がるくらいの時間で読める大丈夫な肇ちゃんでした
肇ちゃんの焼いてくれた器じゃなくて、肇ちゃんの上に納豆かけて食べたい

乙、貴方はも納豆Pじゃない
肇Pか沙紀Pを名乗るんだ

おつ!
いい肇ちゃんだ!

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