藤原肇「遠くにありて思うもの」 (24)
おじいちゃんがスマホに換えたそうです
お母さんが教えてくれました
「肇とLINEしたいらしいで」
って
上京してから1年と少し
少しはアイドルらしくなれたかもしれません
歌もダンスもお芝居も、少しだけ上手に
それから……
土の匂いのしない、私の両手も
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新しいお友達もできました
東京で生まれ育った人、私と同じように、ふるさとから出てきた人
みんな優しくて、みんな素敵で
そしてみんな、本気で
生まれた場所も、年齢も、人にはよっては国籍さえも違うのに……
アイドルになりたい、という思いだけは、みんな同じです
「頑張っていれば夢はかなう」と思っていた私は、自分よりももっと頑張っている人たちを見て戸惑ってしまいました
いつかおじいちゃんが言っていた言葉を思い出しました
「頑張っとるなんて思うのは甘えじゃ」
って
「好きなことやっとるじゃ。頑張るとか努力するのは当たり前じゃろう」
って
おじいちゃんは名を知られた陶芸家で、備前焼の人間国宝に選ばれるのは間違いないそうです
「そんなチャラチャラしたもんになるな」
そう言って、私の上京に一番反対したのはおじいちゃん
「窯の具合が気になるけぇ」
岡山駅から旅立つ日、窯のせいにして見送りにこなかったおじいちゃん
たぶん、だけど……
一番寂しがってたおじいちゃん
1年と少しが過ぎて、私より後から事務所に入った人がCDデビューしていきます
嬉しいけど、やっぱり悔しい
もっとレッスンしなきゃって
もっともっともっと
「お前は真面目すぎるからなぁ」
って、プロデューサーにも言われました
たまにおじいちゃんと同じこと言うんですよね、プロデューサー
違うのは、岡山弁じゃないってことくらい
訂正
1年と少しが過ぎて、私より後から事務所に入った人がCDデビューしていきます・
嬉しいけど、やっぱり悔しい・
もっとレッスンしなきゃって・
もっともっともっと・
「お前は真面目すぎるからなぁ」・
って、プロデューサーさんにも言われました・
たまにおじいちゃんと同じこと言うんですよね、プロデューサーさん・
違うのは、岡山弁じゃないってことくらい
岡山出身のアイドルもいます
赤西瑛梨華ちゃんと、乙倉悠貴ちゃん
「ぜったいうらじゃの方が賑やかじゃもん!」
「ぜっったい天領まつりですっ!ハートランド倉敷もあるしっ!」
って言い争ってる二人
「備前焼まつりもいっぱい人がくるんよ?」
とは言えませんでした……
いえ、楽しいんですよ?備前焼まつりも
標準語に慣れて、田んぼが無いことにも、土の匂いがしないことにも慣れて
少し変わった私と、根っこのところでは何も変わらない私がいて
嬉しくて泣いたり、悔しくて泣いたりする私もいて
もうすぐ17歳になる、岡山生まれの私がいます
赤穂線伊部駅を降りると、備前焼伝統産業会館
駅の反対側には、備前陶芸美術館
不老川を越えて20分も歩けば、懐かしい土の匂い
私のおうち
私の帰る場所
いまある私を育ててくれた場所
5月14日
つまり、今日
小さな小包が届きました
開けてみると、中にはマグカップ
備前焼の、素朴なマグカップ
ふるさとのあの景色みたいに、素朴でいとおしい、備前焼の……
すぐにお母さんに電話をかけました
「マグカップ届いたよ」
「おじいちゃんが焼いたんよ。肇にって。誕生日プレゼントかもしれんなぁ」
「6月15日で、誕生日」
「照れくさいんじゃろ、誕生日に送るんわ」
あぁ、なるほど
って納得してしまう私
そういう人だな、って
私のおじいちゃんは
その日の夜
雪乃さんからもらった紅茶を点てていると、スマホが鳴りました
「おじいちゃん?」
おじいちゃんからの、LINEの通知
『為せば成る為さねばならぬ成る業を 成りぬと拾つる人のはかなき』
「信玄……?」
時代劇とか歴史小説も好きなんですよね、おじいちゃん
土をこねるおじいちゃん
窯の具合が気になって眠れないおじいちゃん
「先生」と呼ばれているおじいちゃん
私に名前を付けてくれたおじいちゃん
優しくて怖くて、だけどやっぱり優しいおじいちゃん
慣れないスマホに向かって、慣れない手つきで文
字を打ち込んでいるおじいちゃん
私に送る文章を考えて、考えて、だけど自分の言葉を伝えるのは恥ずかしかったおじいちゃん
何十年も「頑張ってきた」人
『マグカップ届いたよ。ありがとう』
それだけしか返せなかったのは、紅茶がマグカップを温めたから
部屋中にあの懐かしい匂いがひろがったから
泣いてしまいそうだったから
10分後、おじいちゃんから返信
『そうか』
たった3文字が、また私を泣かせようとします
「うん」
これはひとりごと
マグカップを両手に包みながら
私はいま東京で、たぶん幸せ
たくさんの仲間と、泣いたり笑ったりできるから
悔しくてもそれ以上の「おめでとう」を贈ることができる人たちがいるから
送られてきた小さな小包
マグカップを包んでいた新聞紙
ゆっくりと指を動かしました
もう土の匂いはしなくなったけど、私はきっと大丈夫だから
『マグカップを包んでた山陽新聞、おじいちゃんが読んだんよね。
岡山の匂いがしたよ』
送信してから、深呼吸
どんな返信がきても泣かないように
マグカップからは紅茶の香り
そしてやっぱり、土の匂い
『ふるさとは、遠くにありて思うもの』
だけどこんなに、近くにある
私の両手に包まれて
お し ま い
終わりです
いまさらですが、アイドルマスターシンデレラガールズ、藤原肇のSSです
短いですが読んでくれてありがとうございました!
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