モバP「藤原肇とかいう地上に舞い降りた天女」 (92)




P「――これがデビュー当時の写真ですね」

ちひろ「わあ、懐かしいですね。この作務衣姿」

P「これが桜祭りの写真で、こっちは一緒に釣りに行ったときのやつですね」

ちひろ「ほうほう……」

P「そして、こないだライブの写真です」

ちひろ「おおー」

P「こうして並べると、いろいろやってたんだなって思いますね」

ちひろ「いやあ、それにしても」


ちひろ「肇ちゃん、綺麗になりましたねえ」


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P「そうですね。こうして比べてみると見違えるようだ」

P「肇、だいぶ変わりましたね」

ちひろ「最初は笑顔もぎこちない感じでしたけど」

ちひろ「今は優しい顔するようになって、これなんか本当に天女みたいですよ」

P「天女、ですか」

ちひろ「ええ、これもPさんのプロデュースの賜物じゃないですか?」

P「いや、俺は別にそんな……」

P「肇が自分で努力して、成長していっただけです」


ちひろ「あら、珍しく謙遜するんですね」

P「まあ、肇は最初から目指すアイドル像をしっかり持っていましたから」

P「俺はその後押しをしていただけですよ」

P「ほとんど何もしてないです」

ちひろ「ふうん?」

ちひろ「そうですかねえ……」


P「ところで、さっきの写真、天女みたいだって言いましたよね」

ちひろ「え、あ、はい。これですね」

P「カメラマンも俺も、何にも注文つけていないんですよ。それ」

ちひろ「え?」

P「どういうポーズで、どんな表情でとかって、なんにも言ってないんです」

P「肇の好きなようにやらせたんですよ、全部」

ちひろ「へええ、それでこの出来ですか?」

ちひろ「凄いですね、肇ちゃん」

P「肇の中で、確固としたイメージができてるんですよ。きっと」

P「だから、こっちで口出しするようなことは何一つありませんでした」


ちひろ「はー、そこまで……」

P「実際、肇は驚くほど成長していますから」

P「俺のほうがついていけてないくらいで」

ちひろ「ふふっ、文字通り雲の上の存在になってしまいそうですね。肇ちゃん」

P「雲の上の……」

ちひろ「天女だけに、ですよっ」

P「……」

ちひろ「あ、あれ?」

P「そうですね」

P「遠くに行ってしまいそうな感じがしますね」

ちひろ「……Pさん?」


P「いや、なんでもないです」

P「そろそろ仕事に戻りましょうか。写真整理も終わらせないと」

ちひろ「えっ、まだ仕事されるつもりなんですか?」

ちひろ「私はそろそろお暇しようかと思っていたんですが……」

P「あ、ちひろさんはいいですよ。俺はもうちょっとやっていきます」

ちひろ「相変わらず熱心ですねえ」

ちひろ「では、そんな熱心なPさんには差し入れを置いておきましょう」

P「おっ、ドリンクですか?」

ちひろ「いえ」

ちひろ「熱ーいお茶を、いれておいてあげますよ」

P「なんだ……」ガッカリ


――
――――

カタカタ…

カタカタ…ッターン

P「ふー」

P「こんなところか」

P「資料、これで全部かな……あっ」

P「そうだ、ポスター。ポスターどこ置いたっけ」


P「確かあっちの机に……」ガサゴソ

P「お、あった」


ガツッ


P「ん?」


ガシャン!


P「え」


P「あ、湯呑が落ちて……」

P「あー、やっちまった」

P「大丈夫かな。割れてたり――」



P「」



P「これ、肇からもらった……」


――翌日――
――


ちひろ「いやあ、やめておいたほうがいいんじゃないですかね」

P「そうでしょうかね。まだ使えますよ」

ちひろ「だってほら、ここのところなんて……」


肇「おはようございます。Pさん、ちひろさん」

P「うわっ」バッ

P「は、肇か。お、おはよう」

ちひろ「もう、Pさん。隠しても仕方がないじゃないですか」

ちひろ「肇ちゃんだって、こんな状態の使ってほしくないですよ。きっと」

肇「……? どうかなさったんですか?」


P「いや、その」

ちひろ「これですよ。これ」

肇「あ、この湯呑……」

肇「まだ使ってくださっていたんですね。ありがとうございます」

肇「ふふっ、なんだか懐かしいですね」

ちひろ「これ、肇ちゃんが作ったものなんですよね?」

肇「はい」

肇「デビューしてまだ間もないころ、Pさんにお贈りしたものです」


肇「都会に来たばかりで、右も左もわからなかった私に」

肇「Pさんすごく良くしてくれて……」

肇「だから、少しでも感謝の気持ちが伝われば、と思って」

P「……」

肇「でも、今見ると焼きが甘いですね。色もちょっと――」

肇「あっ」



肇「これ、欠けてる……?」


P「すまん、肇!」

P「実は昨日、俺の不注意で落としてしまって」

P「そのときに、多分……」

肇「……」

肇「ひびも、入っていますね」

肇「これは、補修は厳しいかもしれません」

P「う」

P「申し訳ない……」

肇「あ、いえ、そんな、謝らないでください」


肇「でも、そうですか、ひびが……」

肇「やっぱり、まだ未熟だったということでしょうね」

P「?」

ちひろ「どういうこと? 肇ちゃん」

肇「いえ、普通はそんなに割れたりしないものなんです」

肇「結構丈夫なんですよ。備前の焼き物は」

肇「投げても割れないなんて、言われるくらいなんです」


ちひろ「へー、そうなんですね」

肇「だから多分、これは私の腕の問題なんです」

肇「もっときちんとイメージを形にできるよう精進しないといけませんね」

肇「Pさん、すみませんでした。お怪我はありませんでしたか?」

P「いや、そんな……。どう見てもこれは俺の瑕疵だよ」

P「せっかくプレゼントしてくれたのに、すまない」

肇「いいんです」

肇「形あるもの…って言うじゃないですか」

肇「きっとこれが、この陶器の運命だったんですよ」


P「……」

肇「だから、そんな悲しそうな顔しないでください」

肇「私にとっては、そっちのほうが何倍も辛いですから」

P「……」

ちひろ「ほら、Pさんっ」

P「うん」

P「そうだな。ありがとう、肇」

肇「はいっ」


ちひろ「じゃあ、元気に仕事にもどりましょうか!」

P「ああ、肇はインタビューが入ってたよな。一人で行けるか?」

肇「はい、いつものところですよね? ちょっと準備してきますね」


タタタ…


ちひろ「よかったですね。Pさん」

P「ええ」

ちひろ「ところで、どうしますか? この湯呑」

P「うーん……」


P「ちょっと、捨てないで取っておいてもらえませんか」


――――
――



P「……」

ちひろ「Pさん、私はそろそろ帰りますが……」

ちひろ「何やってんです? 湯呑とにらめっこなんかして」

P「いえ」

P「流石に未練がましすぎますかね」

P「これじゃ肇に嫌われそうだ」


ちひろ「あらら、まだ引きずっていたとは……」

ちひろ「よほど思い入れがあるんですね」

P「まあ、そうかもしれません」

P「ちょっと色々、考えていたんです」

ちひろ「……私でよければ、お聞きしますよ」

P「え?」

ちひろ「この湯呑にまつわるエピソード、なにかあるんでしょう?」


P「別に、そんな面白い話じゃないですよ」

ちひろ「それでも構いませんよ。ここで吐き出しておいてください」

P「吐き出す?」

ちひろ「はい。それですっぱり忘れましょう」

ちひろ「このままうだうだ引き摺られたら、業務に支障をきたしちゃいますから」

ちひろ「そしたら私も迷惑しちゃいますもんね」

P「……ちひろさんは厳しいなあ」

ちひろ「ふふっ、よく言われます」


――

P「……前に、仕事の都合で肇の実家にお邪魔したことがあったんです」

ちひろ「肇ちゃんの実家って、岡山のですか?」

P「はい。そこで肇の祖父にお会いしまして」

P「そのときにこの湯呑について話したんです」

P「それを思い出してました」

ちひろ「噂のおじいちゃんですか」

ちひろ「頑固な方だとは聞いていますが……」


P「そうですね、寡黙な方でほとんど話はしませんでした」

P「多分、会話らしい会話はそのときだけだったと思います」

ちひろ「ほうほう」

ちひろ「それで、おじいちゃんは何と?」

P「まず、湯呑のお礼を言ったんです」

P「あんなちゃんとした湯呑を作れるなんて、肇はすごいですね。って伝えました」

P「そしたら、呟くような声で」


P「“焼き物を見る目は無いようだ”って」


ちひろ「そう言ったんですか? 肇ちゃんのおじいちゃんが?」

P「はい。こうも言ってました」

P「“お世辞にも、あれは良い出来じゃない。完璧にはほど遠い作品だ”、と」

ちひろ「へえー、そんなことを……」

ちひろ「おじいちゃん、肇ちゃんには甘いという印象があったんですけどね」

P「そこは職人ですから、こと陶芸に関しては妥協しないということなんでしょう」

P「それは理解できます、でも……」

P「そのときはなんだかむっとしてしまって――」


P『確かに技術的には未熟かもしれないですけど、俺は好きですよ』

P『肇の表現したいものが何なのか、俺にはちゃんと伝わってきますから』


P「――って言い返してしまって」

ちひろ「おー、言いますねえ」

P「今思うと恥ずかしいですけど……まあいいです、それは」

ちひろ「それで、どうなりました?」

P「それでお終いです」

ちひろ「は?」

P「会話はお終いです。しばらくじっと俺のほうを見つめて、それ以降は一言も」

ちひろ「え、それだけですか」

P「はい」


P「でも、帰りの電車で肇が熱っぽく話してきたんです」

P「おじいちゃん、とても機嫌がよかったって」

P「Pさんについていくよう、改めて言われたって……」


ちひろ「へええ、どういうことなんでしょう」

P「さあ、俺にもわかりません」

P「何故なんだろうって、今考えてました」


P「……」

ちひろ「……」


P「これで話はお終いです。帰りましょうか」

ちひろ「え、あ」

P「この湯呑は、まあ家で保管しておきますよ」

P「一応形は留めていますしね」

P「明日からは、あまり考えないようにしましょう」

ちひろ「そう、ですね」

P「じゃ、事務所の電気落としてきますね」


ちひろ「Pさん、私のほうで蒸し返すようでアレなんですけど」

P「はい?」

ちひろ「Pさんは今でも言えますか?」

P「何をですか」

ちひろ「肇ちゃんのおじいちゃんに言ったこと、今でも言えますか?」

P「言ったこと……」


P『肇の表現したいものが何なのか、俺にはちゃんと伝わってきますから』


P「それは――」

ちひろ「……あ、そんな深く悩まなくてもいいんです」

ちひろ「ちょっと頭に浮かんだだけですから」

ちひろ「それじゃあ、私は失礼しますね」

P「え」

ちひろ「Pさん」

ちひろ「肇ちゃんは、日々成長してますからね」

ちひろ「ちゃんと、ついていかなきゃ駄目ですよ」


P「はい?」

ちひろ「ではっ、戸締りよろしくお願いします」


ガチャ バタン


P「なんなんだ、まったく」

P「……」

P「俺も、帰るか……」


―――――
――

チュンチュン…


P「……なんか、寝不足だな」

P「あれ、事務所空いてる?」

P「ちひろさん、もう来ているのかな」


ガチャ

肇「あ、Pさん。おはようございます」

P「あれ? 肇? なんでこんな早く……」

P「ってか、か、鍵は?」

肇「早く来たいからって、昨日ちひろさんにお願いしたんです」

肇「そしたら、快く貸してくださって」

P「何やってんだ、あの人は……」


P「それで、どうしたんだ?」

P「予定じゃ今日の仕事は10時からだったような……」

肇「それは、その……」

肇「Pさんに、お渡ししたいものがあって」

P「俺に?」

肇「はい、あの」

肇「これを……」


P「これは、桐箱?」

P「……まさか」

肇「はい。あのままじゃ不便かなって思って」

肇「家から新しいものを持ってきたんです」

P「そっか」

P「新しい、湯呑か」

肇「はい」

肇「自分でいうのもなんですけど、今回のはうまくできたと思うんです」

肇「イメージ通りに、形作れた気がして」

P「……イメージ、通りに」


肇「Pさん?」

P「あ、ああ。そうだな、ありがとう……」

P「えっと、これ、昨日の今日で用意したのか?」

肇「えっ?」

P「いや、こんなすぐに新しいの持ってきてくれるとは思わなくてさ」

P「いつ作ったんだろうって、ちょっと不思議だったんだ」


肇「それは……」

P「実家から取り寄せたのか? にしても早いよな」

肇「……いえ」

肇「これは、夏休みに岡山に帰省した時に作ったものです」

P「夏休みに?」

肇「はい、それからずっとこっちで保管してました」

P「ふうん」


肇「……もっと早くお渡し出来たらよかったのですけど」

P「?」

肇「どうしてでしょうね。機会はいくらでもあったはずなのに」

肇「結局、今日までかかってしまいましたね」

P「えっと、これ……」

P「最初から俺に渡すために?」

肇「はい」

肇「Pさんにお贈りするために作ったものです」


P「そうか、それは……嬉しいな」

肇「ふふっ、また同じような湯呑で代わり映えしないんですけどね」

肇「でも、その方がかえってわかりやすいかと思って」

P「わかりやすい?」

肇「その……」

肇「以前のものと比較して、どう変わったか」

肇「この数年の私の成長が、伝わるんじゃないかと思って」


P「なるほどな」

P「肇の成長が、か」

肇「といっても、やっていたのはアイドル活動ですから」

肇「陶芸の腕は、以前と変わっていないんですけど……」

P「はは、まあそうだよな」

P「こっちきてから、レッスン漬けの毎日だったもんな」

肇「ふふっ、そうですね」


肇「そう考えると、今更かもしれませんね」

P「ん?」

肇「わざわざ湯呑を作って伝える必要なんて、無いのかもしれませんね」

肇「私を成長させてくれたのは、他ならぬPさんなんですから」

P「……そう、かな」

肇「だから、自分でも不思議なんです」

肇「なぜ、これを作ろうと思ったのか」

肇「どうして、Pさんにお渡ししなきゃと思ったのか」


P「……」

肇「変ですよね」

肇「一番近くで見ていてくれたのは、Pさんなのに」

P「それは……」

肇「あっ、でも前のよりも出来はいいと思います」

肇「今できる、精一杯を注げた気がするんです」

肇「あの、よろしければどうぞ、開けてみてください」

P「……」


肇「Pさん?」

P「……その前に、ちょっといいかな」

肇「?」

P「肇はさ」

P「最近、すごく綺麗になったよな」

肇「えっ」

肇「き、きれい?」

P「ああ、綺麗になったと思う」


肇「えっと、あ、ありがとうござます」

肇「ど、どうしてそんな突然……」

P「いや、こないだ過去の資料を整理してたらさ」

P「今までのライブやイベントの写真が、いっぱい出てきたんだ」

肇「写真が、ですか?」

P「そう、肇のデビュー当時の写真もあったぞ」

肇「な、なんだか少し恥ずかしいですね」


P「過去の写真と見比べてみて、改めて感じたよ」

P「肇、成長したなって」

肇「本当ですか?」

P「ああ、数年前とは見違えるようだ」

肇「ふふっ、そう思っていただけたならうれしいです」

肇「これもすべて、Pさんのおかげですね」

P「……」


P「天女みたい、だってさ」


肇「えっ?」

P「ちょっと前に撮影しただろ。ビルの屋上で、摩天楼を背景に」

P「あの写真、ネットに出回って少し話題になったんだよ」

P「“地上に舞い降りた天女のようだ”ってさ」

肇「天女、ですか……」

P「誰が言ったか知らないけど、うまいこと言うもんだよ」

P「俺も、そういう風にしか見えなくなったからな」

P「天女みたいだな、って」

肇「……」


P「……肇は成長したと思うよ。それは本心だ」

P「でもな、それが俺のおかげかって言われると」

P「ちょっと違うんじゃないかって、思うんだよ」

肇「そんな……」

P「最近、よく考えるんだ」

P「俺は、肇にきっかけを与えただけなんじゃないかって」

P「それこそ、どっかの伝説じゃないけど」

P「俺はただ、羽衣を拾っただけの存在なんじゃないかってさ」

肇「そんなこと……」


P「プロデューサーのくせに、何を無責任なって思うよな」

P「俺もそう思う。でも……」

P「少し、怖いんだ」

肇「怖い……?」

P「肇、さっき言ったよな」

P「この湯呑は、イメージ通りにできたって」

P「今できるすべてを注げたって」

P「俺はそれを見るのが、少し怖いんだ」


肇「……」

P「ごめん。何言ってんのかわかんないよな」

P「実際、俺だって何が言いたいのかよくわからない」

P「ただ、今はさ」

P「これを開けて中を見る勇気がないんだ」

肇「……」

P「変な話だよな」


肇「……おじいちゃんに言われたんです」

P「?」

肇「これを作ったとき、おじいちゃんに言われたことがあるんです」

P「おじいさんが……」

肇「はい」

肇「いつもは技術的なことがほとんどなんですけど」

肇「そのときだけは、作品の出来には何も触れないで」

肇「一言、こう言ってきたんです」


肇「“Pさんとは、ちゃんと心を通わせているか”と」


P「心を……」

肇「私、何も答えられませんでした」

肇「唐突だったから、とっさに返答できなかったのもあるかもしれません」

肇「でも、それだけじゃなくて――」

P「……」

肇「思えば、それが気になって」

肇「今までこれを渡せずにいたのかもしれませんね」


P「そっか」

P「あのおじいさんがね……」

P「全部お見通しというわけだ」

肇「……」

肇「でも、Pさん。でもですよ」

肇「それでも私は今日、これを持ってきたんです」

肇「Pさんに、見てもらうために」

P「肇……?」


肇「昨日、Pさんが欠けた湯呑を大事そうに持っているの見て」

肇「このままじゃいけないって、思ったんです」

肇「このままじゃ……」

肇「ごめんなさい。何がいけないのかは」

肇「うまく言葉にできないのですけど……」

P「……」


肇「そう、Pさんは私のこと天女みたいだっておっしゃいましたよね」

P「あ、ああ……」

肇「私はそんな風に、自分をイメージしたことはないんです」

肇「私は、誰の力も借りずに飛べるような強い存在じゃないんです」

P「お、おう……?」

肇「私は、そうです。私は……」


肇「私はきっと、ここにある湯呑そのものです」


P「え? ゆ、湯呑?」

肇「はい」

肇「この湯呑は、単体では立つこともままなりません」

肇「誰かに支えられて、きちんと立たせなければ」

肇「途端に落ちて、床に転がってしまうことでしょう」

P「う、うん……?」

肇「それだけじゃありません」

肇「陶器はその本質を理解する人がいなければ、価値を持ちません」

肇「真価を発揮してくれる人がいなくては、輝けないんです」

P「……」

肇「アイドルとしての藤原肇が皆さんの目にどう映っているのか、私にはわかりません」

肇「でも、私は、私自身は」

肇「自分のことを、この湯呑と同じようにとらえています」


P「……」

肇「Pさん、私は一人じゃ駄目なんです」

肇「いままでだってそうでした。Pさんがいなければ……」

肇「私はアイドルとして、ステージに上がることはできなかったでしょう」

肇「そしてそれは、これからだって同じです」

肇「だから、だからPさんと……」


肇「Pさんと一緒でなくちゃ、駄目なんです」


P「肇……」

肇「……」ハッ

肇「す、すみません。私、何言ってるんでしょう」

肇「ごめんなさい。矢継ぎ早にこんな……」

P「……いや」

P「……」

P「この湯呑が、か」

P「ずいぶん近くにいたもんだ」


肇「Pさん?」

P「俺は今まで、何を見てたんだろうな」

P「天女だなんて、勝手に祀り上げて」

P「担当アイドルを見失ってるんだから、世話ないよな」

肇「……」

P「おかしな話だ。肇はここにいるのに」

P「そう言われるまで気付けないなんて」


肇「……」

P「なんとなくだけどわかったよ。俺の馬鹿さ加減にさ」

P「すまないな。頼りないプロデューサーで」

肇「いいえ。そんなことありません」

肇「Pさんは私の大事な、大事な人です」

P「……」

P「ありがとう、肇」

P「俺さ。これ、開けてみるよ」


肇「えっ」

P「きちんと向き合うことにする。肇とも」

P「肇が何を表現したいのか、何をイメージしたいのか」

P「今の俺じゃわからないかもしれない」

P「でも、きっとまた隣に立つから」

P「必ず、追いつくからさ」

P「……それでもいいかな、肇」


肇「……はいっ」

肇「私のほうこそ、よろしくお願いします、その――」



肇「これからも、ずっと――」



―――
――


ガチャ

ちひろ「おはようございまーす」


P「……ちひろさん、今何時だと思ってるんですか」

ちひろ「あ、Pさん。おはようございますっ」

ちひろ「肇ちゃんはどうしましたか?」

P「とっくに仕事に行きましたよ、もう」


ちひろ「そうですか。……少し遅かったですかね」

P「アイドルに事務所の鍵渡して、自分は社長出勤とは」

P「どういうことなんですかね。まったく」

ちひろ「ふふふ、まあそう怒らないでくださいよ」

ちひろ「でも、良かったじゃないですか」

P「何がですか」

ちひろ「その分、いつもより有意義な朝を過ごせたんじゃないですか?」


P「なっ……」

ちひろ「顔にそう書いてありますよ」

P「まさか、全部知ってて……」

ちひろ「さて、どうでしょうかね……あっ」

P「?」

ちひろ「Pさん、ひょっとしてそれ」

ちひろ「肇ちゃんからのプレゼントですか?」


P「ええ。朝持ってきてくれたんですよ」

P「新しい湯呑だそうです」

ちひろ「わー、私見たいですっ。見せてくださいっ」

P「どうぞ」

ちひろ「おおーすごい。これも肇ちゃんの手作りですか?」

P「はい。夏休み中に作っていたそうです」

ちひろ「ふうん……でも、これ」


ちひろ「前のとはだいぶ、趣が違いますね」


P「そうですね」

ちひろ「あ、Pさんもそう思いました?」

P「はい」

ちひろ「こう、なんていうんでしょうね。こういうの」

ちひろ「前のよりもっと……」


ちひろ「……うーん。私じゃうまく表現できないな」

ちひろ「Pさんは、どんな印象を持ちました?」


P「俺ですか? 俺もうまく言えないですけど……」

ちひろ「それでもいいですよ」

ちひろ「今のPさんの感想を、聞かせてください」

P「……」

P「そうですね」

P「以前のよりも、なんだか――」





P「――かわいい感じが、しますよね」




―終わり―


後はおまけ




カランカラン…


店員「いらっしゃいませ。おひとりですか?」

P「あ、いや」

P「えっと、あそこの席いいですか?」

P「多分、知り合いだと思うんで……」

店員「あっはい。かしこまりました」


肇「……」ジー…


P「……何か面白い飲み物でもあったか?」

肇「あっ。す、すみません、まだ決まってなくて……」

P「いや、注文を取りに来たわけじゃないんだが……」

肇「えっ?」

肇「」


肇「P、Pさんっ?」


P「よかった。やっぱり肇だったか」

P「変わった格好してたから、少し不安だったけど」

肇「ど、どうしてここに……」

肇「あっ」

P「?」


肇「……いえ。違います」

P「え」

肇「わ、私は肇などでは……」

P「……ほおー」


P「そうですか、それは失礼しました」

P「知り合いと良く似ていたので、勘違いしてしまいました。すみません」

肇「あ……」

P「よくよく考えてみれば、肇がこんなところにいるはずないよな」

P「かわいいカフェに、一人お忍びで来るなんて、なあ」

肇「え、え?」

P「眼鏡も帽子もオシャレにきめて、違和感なく溶け込んでるなんて」

P「とてもあるはずがないよな」


肇「えと……」

P「あんまりいつもと違うから、思わずドキッとしたのにな」

P「すごいかわいいなって、一瞬ときめいてしまったよ」

肇「か、かわ……」

P「まあ、別人だったわけだけど」

肇「……」


肇「その、Pさん。す、すみません」

肇「あの、私……やっぱり肇です……」

P「……」

肇「……」

P「うん」


P「知ってた」


―――
――――


肇「……」プク

P「肇さん。からかっていたことは謝罪しますので……」

P「どうかご機嫌を直していただけないでしょうか」

肇「……」プク

P(フグみたいになっとる)

P(……どっちかというとリスかな)


肇「……?」

P「あ、いえ。なんでもないです」

P「おっ、このパンケーキとかすごくうまそうじゃないか?」

P「どうだろう、肇。これとか頼んでもいいかな」

肇「……」チラッ

肇「……」ジー…

P(すごく興味ありそう)


肇「……あの、Pさんがよければ、頼んでもいいですよ」

P「お、ありがとう。じゃあこれ頼もう」

P「あと、飲み物どうしようか。なんかたくさん種類あるけど」

肇「えっと、そうですね……」

P「メニュー見る?」

肇「あ、ありがとうございます」

肇「……」ジー…

P(めちゃくちゃ真剣だ……)


肇「……Pさんは、ホットコーヒーですか?」

P「うーん、そうだな」

P「ここはあえて、こっちにしようと思う」

肇「こ、これですか?」

P「変かな」

肇「いえ、でも、すごく甘そうですよ。クリームも乗ってて……」

P「いいよいいよ。せっかくこういうとこ来たんだからさ」

P「ちょっと趣向を変えてみるのも、悪くないだろう」


肇「趣向を……」

P「そう、いつもコーヒーじゃつまんないしな」

P「何事も挑戦してみるもんだ」

肇「挑戦、ですか」

P「ああ、肇もチャレンジしてみるといい」

P「なんたって今日は俺がいるからな。なんでもどんとこいだ」

肇「……はいっ。じゃあ、私もちょっと冒険してみますっ」


P「よし、決まったか。じゃ店員さん呼ぶぞー」

肇「はい。あの、Pさん」

P「ん?」

肇「ありがとうございます。私を見つけてくれて」

P「なんだ、いきなり」

肇「いえ、なんとなく……」

肇「今日は私、イメージを変えてみたんです」

肇「普段着ないような服を着て、帽子かぶったりして」

肇「少しだけ不安だったんです。溶け込めているか」


P「確かに、だいぶイメージが違うからな」

P「まあでも、問題なく溶け込めていると思うよ」

肇「ふふっ。そう言っていただけるとうれしいです」

肇「それでも、Pさんは私を見つけてくださいましたよね」

P「そうだな」

肇「どうして、私だってわかったんですか?」

P「……さあ、なんでかな」

P「俺が肇のプロデューサーだからかな」


P「もしくは……」


肇「もしくは?」

P「……ま、まあいいじゃないか」

P「理由なんてどうだってさ」

肇「そうですか? ちょっと気になります」

P「と、とにかく」

P「無事見つかったんだから、それでいいんだよ」




P「――見つけられるように、なったんだからさ」



陶器市に行って、一緒に大皿を選びたいアイドルNO1です。

html依頼してきます。

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