男「少し早いけど、夜桜でも見に行くか。」(91)

~週末 自宅~

男「今週も仕事疲れた~。(そろそろ桜も咲き始めたし、見に行きますか。)」

~目的地へ 徒歩移動~

男「(ちょっと遠いけど、お酒飲むし…コンビニで他に何買おう…。)」

~コンビニ~

店員「いらっしゃいませ~。」

男「(ビールと…おつまみ…いなり寿司…あと…だんご)」

店員「ありがとうございました~。」

男「(店員さんかわいかった♪)」

~目的地へ 徒歩移動~

男「(遠いな…咲いてなかったらどうしよう…)」

男の目指している目的地の桜は、小さな神社の周りに植えられた数本の桜。
その神社の近くに有名な桜の名所があるのだが、男は人の多い場所での花見を嫌い、その神社に毎年足を運んでいる。
その神社も一応夜はライトアップして人を呼ぼうと試みるのだが、やはり名所の桜にはかなわず、来るのは近所の人や男同様静かに桜を眺めたい人がちらほらと行き交うだけだった。

男「(でもまぁ咲いてても三分咲きぐらいかな…)」スタスタ

男「(今日の所は下見ということで…)」スタスタ

男「(お酒が飲めればそれでよし!!なんつって…)」スタスタ

男「(別にそこまでお酒好きじゃないし…こういうのって気分だし…)」スタスタ

男「(桜見ながら酒飲んでる自分に酔うyo…なんつって…)」スタスタ

男「(……1人で黙々と歩いてると変なことばっかり心の中で言っちゃう…)」スタスタ

~日が沈み あたりは暗く 夜の始まり~

男「(そろそろ見えて…あっ見えた!)」スタスタスタスタ

男「(やっぱり三分咲きぐらいだ…。意外にも何人か歩いて見てる…週末だからかな…。)」ホッ

人の多い所が嫌いな男だが、なぜか男は何人かの花見客を見てホッとしていた。

~神社 裏手~

男「(さすがに飲み食いしてる人は居なかった…)」シュン

男「(まぁここなら人にも見られないし、気にせず始めますか。)」

神社の裏手には一本だけ桜の木が植えてあり、ライトアップもされているが、そこまで見にくる花見客は居ないため、男にとって絶好の花見スペースだった。

男「それじゃカンパ~イ」カポシュ

男「…。」グビグビ

男「プハァ~」

男「…。」オツマミポリポリ

男「(桜綺麗だねぇ…あっ…月も出てる…風流だねぇ…。)」

男「(…とはいえ、1人じゃなんもやることないな…。)」グビッ

男「(家出るとき、誰か誘おうかと考えたけど、三分咲きじゃ誰も来ないだろうし…)」ポリッ

男「(まぁそんなこと考えてたって仕方ないな…桜…桜…)」グビグビ

男「(…そういえば、桜の木の下には死体が埋まってるって言うよな…)」

男「(あの花のピンク色は死者の血を吸い上げたからだとか…ホントなら事件だな…)」ブルブル

男「(…って俺…全然花見に集中してねぇ…)」ガクッ…

?「あの~すいません…。」

男「うわっ」ビクッ!!

声のした方に振り向くと、巫女の衣装を着た女性が立っていた。

巫女「あっ…すいません。」アセアセ

男「あっ…はい。なんでしょうか?」

巫女「いえ、この神社でお花見されるなんて珍しいな~と思いまして。」

男「えぇ…静かに花見が出来るんで毎年来てるんです。(キレイな人だな~…でもこの神社に巫女さんなんていたっけ…?)」

巫女「そうでしたか…。…少しお隣よろしいですか?」

男「えっ…はい、どうぞ。お仕事は大丈夫なんですか?」

巫女「今日はもうおしまいです。お隣失礼しますね。」

巫女「まだ桜の方は咲き始めで、少し物足りないですね。」

男「これからですよ。毎日見に来て日に日に咲いて満開になるのを見るのが毎年の楽しみなんです。」

巫女「男さんて渋いんですね。」

男「いやいや、桜も好きなんですが…花よりだんごって感じで…」

巫女「それでも桜を眺めて、四季の移り変わりを楽しめるというのは素晴らしいことです。」

巫女「春の足音はすぐそこまで来てますけど、やっぱり夜は少し冷え込みますね。」ブルッ

男「…もしあれなら一緒に飲みませんか?酔えば気にならなくなりますよ?」

巫女「(…お酒はちょっとマズいかも…でも、勧めてくれてるし…)」

男「…おつまみ終わっちゃったんですけど、いなり寿司とだんごなら…。」

巫女「少しだけ…いなり寿司も下さい。」

男「それじゃどうぞ。」ガサゴソ

袋から缶ビールといなり寿司を取り出す。

巫女「あっすいません。(わぁ、いなり寿司だぁ。)」

男「まぁ桜でも食べながら、飲んじゃって下さい。」

巫女「…?」キョトン

男「あっ桜でも見ながら…でした…。飲みすぎたみたいです。」アセアセ

巫女「…。」パカッ…パクパク

男「…。(あれっ、先にいなり寿司…?お腹に何か入れてからってことか…。)」

巫女「…。」パクパク…

男「…。(あれっ二個目…すごくおしとやかに食べてて絵になる…。)」

男はそれ以上見るのも失礼と思って、桜を眺めた。

巫女「…。」パクパク…カポシュ…グビッ…

男「…。(食べてるときしゃべらないんだ…なんか間が持たない…。)」

巫女「…。(あっやっぱり…お酒…。)」



男「(静かになった…。食べ終わったのかな…。)」

カシャン…カラカラ…シュワシュワ~

地面に缶ビールが落ちる音がした。男は巫女の方へ目線を移す。

巫女「…。」

巫女はいなり寿司の空き容器を膝に抱え、黙ったままうつむいていた。

男「巫女さん…?」

男は様子をうかがうため少し近づいて、ある異変に気づいた。
男「巫女さん…頭…あと…シッポ…?」

男「…えっ~と…いかんな…飲み過ぎて、おかしな幻覚が…」

男「巫女さん、大丈夫ですか?もしかしてお酒ダメでしたか?…お水買ってくるんで少し待っててくださいね。」スッ

男は水を買いに行くため立ち上がり、巫女に背を向ける。

ガシッ…グイッ…

男「うわっ…」バタッ

巫女に腕を掴まれ引っ張られたために、体は半回転、巫女と対面になるようにしりもちをつく。

男「いったた…。…巫女さん?」

巫女は男に這い寄り、赤らめた顔を男の顔のすぐそばまで近づけた。

巫女「私…役立たずなんでしょうか…誰からも認められなくて…周りのみんなは着実に成果を出してて…私…どうしたらいいのか…。」

男「いや、巫女さん、落ち着いて…」

巫女「…も…いっそ…こと…落ち…ぶれ…、化け…狐に…いろんな…惑わし…て…悪い…こと」ボソボソ

男「(何か言ってる…)」

巫女「キス…しましょう…。」ニヤニヤ

男「はいっ…!?」

巫女「問答無用です。行きます。」

男「あっいや、ちょっと待ってって…うわっ…。」ギュッ

強く目をつむり、覚悟を決める男。

チュッ…

男「…。」

男はゆっくりと目を開ける。

男「…えっ…キツネ?」

男「…えっと…。」

男はキツネを横に降ろし、体を起こす。キツネは眠っているらしく動きだす気配がない。

男「(いい加減、酔ったせいにしてないで現実見ないと…)」


男は、巫女服から頭だけ出しているキツネを見て、現状の把握に努めている。

男「(まぁ現実見たとして、キツネに化かされた…ってことだよな…結論が非現実的すぎる…)」

男「(とりあえず、神社の裏で男、ビール、巫女服、は他人に見られたらヤバい…)」

男「(まぁそれらしいことになりかけたから、ヤバいもなにも…)」

男「(…片付けて急いで帰るか…)」

男は周りのゴミを袋にまとめる。

男「(問題はキツネと巫女服…化かされたとはいえ、寒い中放置はかわいそうだな…悪さしようとした感じでもなかったし…。酔わせて眠らせたの俺だし…。)」

男「(巫女服このまま置いてくのも後々噂になって明日以降ここに来れなくなる…)」

男「家に連れてくか…」ハァ…

キツネを巫女服に包み、袋のようにして持ち上げ、その場をあとにした。

~翌日~

チュンチュン…

キツネ「(ん…頭痛い…)」ズキズキ
キツネ「(ここ…どこ…人間の家の寝室?…誰もいない…)」キョロキョロ

キツネ「(昨日は確か…そうだ…男の人と桜見てて…なんだっけ…?)」

キツネ「(…記憶ないから分からないけど、あの男の人の家かな…?どちらにせよ…人間の家で、この格好じゃマズい…)」アワアワ

シュワ~ン

女「(これでよし!!)」エッヘン

女「(この家の人に話聞きにいかなきゃ…テレビの音するから、このドアの先かな…)」ガチャ

男「(あっ起きてきた…扉開けられるって事はやっぱり化けられるんだ…)」

女「…おはようございます…。」ソロ~

男「…あっおはよ~…って、ちょっと!!」

女「…はっ…はいっ…」ビクッ

男「…あっいや…服が…」ドキドキ…

女「…えっ…あっ…すっ…すいません…」ヒュッ、バタン!

女「(あぅ…頭痛いし…寝起きだったから…)」ハキハキ

女「(でも女の人だって思ってもらえてるみたいだし、まだ大丈夫だよね…)」ピシッ

ガチャ

女「先程は失礼しました…おはようございます。」

男「あぁ、おはよう…。まぁちょっとそこに座ってもらって…。ちょっと話したいことがあるんで…。」

女「…?はい、わかりました。」ストン

男「あなたキツネですよね。」

女「…。(えっ…バレてる…)」ダラダラ…

女「えっいや……はい…キツネ…です…。」シュン…

女「でもなんで、私がキツネだってバレたんでしょうか…昨日お酒を頂いてから、記憶がなくて、今もボーッとしちゃってて…やっぱりその間…?」

男「あっまぁ…それであの場所でキツネに戻っちゃって、そのままにするのもってことで、家にね。」

女「あっ…ありがとうございます…」

男「んでベッドの横にキツネのあなたを寝かせたんだけど、今あの時の巫女さんで出てくるから…まぁドア開けるために人に化けるのは想定してたけど、まさか近くに置いておいた巫女服を着ずに出てくるとは思いませんでしたよ…。」

女「すっ…すいません(よく考えればキツネの姿で寝てたんだから、部屋で暴れたり、ドア引っ掻いた方が自然だったんだ…。)」

男「んで俺も色々聞きたいことあるんだけど、一番聞きたいことは…俺に化けて近づいた目的ってなんですか?」

女「…それは…。」
女「…神…様に…なるため…です。」ボソボソ

男「えっ?」

女「…神様になるためです!」

男「はっ?」

女「お稲荷さま。キツネの神様です。その神様になるための試験があるんです。」

女「神様になることがキツネの世では誇りとされてるんです。」

女「神様になるための条件…人間界に馴染み、人の願いを叶え、人に幸せを与えること。」

女「その試験…桜が咲き始めるころスタート…その次の年の桜が散るまでが期限。神様になれる試験は生涯一度きり。」

女「そして昨日…男さんに出会って寂しげに桜を眺めていらしたので、お声をかけたのです。どうしたのかな…何か悩みがあるのかな…もしあるなら力になってあげたいな…って…」

男「…はぁ…なるほど…。じゃあ、あなたもその試験を受ける年になったから、神様になるために動いていた…ってこと?」

女「いえ、もうすぐ…試験期間が終わります…」シュン…

女「条件さえクリアすれば、その時点で試験官役の神様に呼ばれて神様になれるんですが…」

女「周りのキツネさんたちは着実にこなして神様になっていって…」

女「あるキツネさんは試験前から人間界におりて仕事に就いて成績を残したり…」

女「あるキツネさんは犯罪者を捕まえたり…」

女「あるキツネさんは…」

男「ん、それで、あなたは人間界でなにを…?」

女「私…なかなか人間の方と馴染むのが苦手で…」

女「それでも、私なりに色々…」
女「道を渡れないで困ってるおばあさんを渡らせてあげたり…荷物持ってあげたり。」

女「お店で迷子になった子を迷子センターに連れて行ったり…。」

女「…狭い通路ですれ違いになるとき、道を譲ったり…。」

女「…それから…えっと…えっと…。」

男「ようするに…神様になれるレベルのすごいことが出来なかったわけですか…。」

女「…はい…私もそれじゃダメだと思って巫女のアルバイトを始めたんですが、長続きしなくて…失敗ばかりで、迷惑かけちゃったし…」

男「キツネの世界も色々大変なんですね…。」

女「…。試験終了まであと数日…。まだなれてないキツネさんは諦めて山に戻ったり…。最初から神様になる気がないキツネさんは人間界で人間を化かして騙して生きています。」

女「神様になれず山に戻っても神様になれなかった役立たずとして扱われて…」

女「辛くなって自殺…もしくは生きるために人間界に行って人間を化かして騙して…」

男「…。」

女「…私も…さすがに、もうダメかな…なんて…」

女「昨日も神社の近くの名所に行って困ってる人は居ないかとか悩んでる人はって探したんですけど…」

女「今年から試験を始めた新しいキツネさんたちがたくさん居て…みんなの方がスムーズに動いてて…そこを逃げ出すように離れたんです。」

女「もぅ何もしないで、山にも帰らずに死んでしまおうかな…って考えながら…住みかにしてる所に帰る途中、あの神社を見つけて…あなたに…。」

男「…あなたの目的…人を助けて幸せにする…あなたは昨日俺が悩み抱えてるんじゃないかって近づいてきた…ですよね…」
女「…。」コクッ

男「俺はさ…これといって特に悩みはないんだ…てことはさ…今のあなたにとって、俺が力になることはないんだよね?」

女「…はい…昨日今日とお世話になりました…そろそろ失礼しますね…ご迷惑おかけしてすみませんでした…。」スッ

男「あっいや、違う…そうじゃなくて…」

男「あなたと試験の間に俺は無関係で不必要な人間だけどさ…話聞いて、なんか手助け出来ないかなとかさ…余計なお世話かもしれないけど…。」

女「いえ…余計なお世話なんて…ありがとうございます。でも…もう諦めました…私は神様になれる器じゃなかったんです…」

女「一年間のあいだに人間界で色んなことがあって人の温かさにも触れて…今もこうして私を気遣ってくれる人も…」

女「思い残すことは何もありません。死ぬのは怖いですけど、人間を騙して生きるなんてことはもっとしちゃいけないんです。」

男「あきらめんなよぉぉぉ~」(マツオカ風)

女「はっはい!」ビクッ

男「シジミもトゥルルってがんばってんだよ~」(マツオカ風)

女「えっ…シジミ…?」

男「まぁあれです…死ぬのは絶対ダメですよ。…試験も最後まで諦めないこと。」コホン

男「もし試験に落ちたら、いつでも家に来てください。キツネのエサ代くらいなら出せますから。」

女「…。」ジワッ
女「ありがとう…グスッ…ございます…。」ウルウル

女「私…ガンバりますね。」フキフキ
女「男さんに元気貰ったので、困って元気ない人に分けてきます♪」

男「その調子。また何かあったらいつでもどうぞ。」ニコッ

女「ありがとうございます!」ペコッ

もしあれなら、この家を住みかにしてもらっても構わないと男は提案したが、それでは男さんに気を遣わせてしまうと丁寧に断りを入れ、女は家を出ていった。

~夕方~

ガバッ

男「ありゃ…寝ちまってた…まぁ色々あったし、疲れてたからな…」

男「(あいつ上手くやってるかな…)」

男「(気にしても仕方ないし、桜見に行くか…)」

~目的地へ、徒歩移動~

男「(あいつも来るかな…でもまた会おうって話はしなかったし…力になるって言った時、その言葉に甘える様子もなかった…)」

男「(まぁ俺があいつにしてやれることはないし…きっとあいつも自分のことだから1人でやりたいんだろうな…)」

~コンビニ~

店員「ビールが二点、オレンジジュースが一点、お茶が一点、おつまみが二点、いなり寿司が二点、お団子が一点、合計で~…。」

男「(べっ…別に、来なくったって全部自分で食べるからいいんだからね///…なんつって…)」

~神社 裏手~

男「(あいつは来てない…か…まぁ桜を見に来たんだから居ても居なくても一緒だよな…)」

男「桜、昨日より咲いて四分咲きくらいかな…」カポシュ…グビッ

~数時間後~

男「そろそろ帰らないと…」

次の日も、そのまた次の日も男は桜を見に行ったが、女が姿を見せる事はなかった…。

そして桜も日を追うごとに咲き乱れ花見客の目を楽しませていた。

~夕方 自宅~

男「今日あたりが見頃のピークかな…」

男「(あいつは今頃どうしてるんだろう…)」

男「(神様になれたんだろうか…それとも…)」

男「(あ~!!考えてても仕方ない…満開の桜見て何もかも忘れよう。)」

それでも男はコンビニでキツネが食べる分まで買い込み神社へ向かった。

数日の間、家にも神社にも姿を見せなかった相手なのだから、もう止めてしまおうかと男は自問自答もした。

キツネの話が本当ならば試験の終了は桜が散るまで。

男はそれまで神社に通って、コンビニでキツネの分まで買って、待ってみようと思った。

~神社~

男「あ~やっぱり満開の桜はすごいな…。」

咲き始めは花見客自体少なく、飲み食いするのは男だけで、静かだったが、今日は数本の桜のしたに人が集まり楽しげな話し声が響いていた。

~神社 裏手~

男「(良かった…ここには誰もいない…)」

男「(誰もいない…)」

男「はぁ…。」

遠くから笑い声が小さく聞こえてくる。男は桜の木の下に腰を下ろしビニール袋をあさる。

男「あ~、なんで俺は…」ガサゴソ…ヒョイ…カポシュ…グビグビッ

男「ぷはぁ…キツネなんだよ…キツネなんだけどさ…」

男は桜を見上げる、ライトアップされ闇夜に幻想的に浮かぶ満開の桜、夜空には月が輝き、時間の流れを忘れさせる。

男「(1人で花見するのは嫌いじゃない…むしろ好きなんだ…。)」

男「(でも…キツネ…いや…キツネが化けた女…出会ってからさ…)」

男「(1人で桜を見てるのが辛すぎる…)」ポロッ…

男「(何泣いてんだ俺…。)」ゴシゴシ

男は涙でぼやけてしまった桜を見るのをやめ、うつむき膝を抱え丸くなる。

男「(神様になれるように、力になってやりたかった…神様になれなくても、死なないように、悪い道に進まないように、守ってやりたかった…。)」ポロポロ

男「(キツネなのに…好きになっちまった…もう一度会って話がしたい…。)」ポロポロ

?「…さん…男さん……起きてください。」

男は聞き覚えのある声で目を覚ます。泣いてそのまま寝てしまったらしい。
男は顔を上げる。

巫女「あっ…お目覚めですか?こんな所で寝たら風邪を引いてしまいますよ…って、目が少し腫れてますけど大丈夫ですか?」

男「…。」…ジワッ…ポロポロ

女「わっ…どうしたんですか男さん。」オロオロ…

男「…。」ポロポロ…

女「男さん…落ち着いて…。あっ、分かりました。お酒飲み過ぎたんじゃないですか?近くに自販機あるので、目覚ましに缶コーヒー買ってきますね。少しならお金ありますから、ちょっと待っててくださいね…。」

男「…あっいや…。一緒に行きます…もう待つのはイヤなんで…」ゴシゴシ

女「?」

男はずいぶんと寝ていたらしい…。他の花見客はすでに1人もおらず、時計は午前をさしていた。

缶コーヒーを買った2人は神社の裏手に戻った。

男は缶コーヒーを飲み気持ちを落ち着かせる。

男「さっきはごめん…。飲みすぎなんかじゃないんだ。あなたの事を考えてて…。」

男「あなたがどうなったのか、連絡がなくて不安ばかりが大きくなって…。もしかしたら死んでしまったんじゃないか…なんて…。」

巫女「私の事心配してくださっていたのですね…連絡出来なくてすみませんでした。」

巫女「…あなたはとても優しい方で、私を助けてくれようとしてくれましたよね。正直私はその言葉に甘えたかった。…でもあなたは優しすぎて、私を助ける代わりに自分を犠牲にしてしまいそうな…そんな気がしたんです。」

女「あなたに会って勇気や元気を頂きました。だから…あなたを苦しめたくないと思って、あなたの家を出て、連絡はあえてせずに試験のためだけに動いてました。」

女「それがあなたを逆に苦しめていたみたいで…本当にすみませんでした。」

女「今日も男さんに会うのは少しためらったんですが…お会いしたのは正解だったみたいですね…。」

男「俺もこのまま会えないのは辛いだけだったから、来てくれて本当にありがとう…。」

女「…それで、今日あなたに会いに来たのは、よくしてくださったお礼と…お別れの挨拶のために…」

男「…。」ピクッ

女「試験の終了。桜が散るまで…少し早まってしまいました…。もう日付が変わってますから…今夜の0時…。私は強制的に合否判定を受けます。」

女「男さんと連絡を取れなかった数日間…これといった成果は出せませんでした…。」

女「男さんと約束。自殺や人を騙して生きて行く事はしないので安心してください。」

女「男さんに会うのも今日で最後です。私は山に帰ろうと思います。心配してくれてありがとうございました。人間のみなさん…男さん…大好きです。これからも忘れません。」

あっ…巫女と女がごちゃごちゃだ…スマン…。

男「…。」
男「…期限が0時までなら今夜一緒に花見は出来るよね?最後に俺の願いとして、一緒にこの場所で花見をしてほしいんだけど…。」

女「…分かりました。お別れ間際なので、ちょっと寂しいお花見になっちゃいそうですね…。」

男「…ありがとう…。」

女「それじゃあ明日のために帰りましょうか、明日は絶対来ますから安心してくださいね。」

男「…ありがとう…それじゃ明日。」

女「はいまた明日。」


2人は神社の前で手を振り別れた。

~翌日 夕方~

男「(今日が試験の最終日、神様になれないから…山に戻る…そんなの…)」

男「(…連絡ない間もずっと考えてたけど、これなら…神様になれるか…)」ガサゴソ

男「よし、行くか…」

~神社 裏手~

桜の花びらが夜風に舞いヒラヒラと地面に降る。
地面は桜色の絨毯を敷いたよう。
女は桜の木にもたれ上を向き降る花びらを眺めていた。近づいた男に気づき振り向き微笑む。

男「お茶とお団子。食べましょうか。」ニコッ

女「はいっ!」ニコッ

2人は桜の木の下で桜を見上げながら話し始める。

男「今日で最後なんですね…。」

女「…はい…大変お世話になりました。」ペコリ

男「…あのさ…これであなたと会うのも最後だから…これから俺…変なこというけど…気にしないで聞いてくれるかな?聞き流してもらっていいから…」

女「はい、いいですよ。」

女は男を見つめる。男は桜を見上げたまま話し始める。

男「俺さ…女に化けてるあなたのことが…好きになっちゃったみたいでさ…2人でこうして桜を見てる時間とかがすごく心地いいんだ…。」

男「本当のあなたはキツネなんだって分かってるんだけどさ…」

男「それでも今隣にいるのは、人を幸せにしようと努力する心優しい女性にしか思えないんだ…」

男「それで…~」

女「男さん…」スッ

チュッ…

男「…なっ…。」

女「男さん、私も男さんのことは大好きです。でも私はやっぱりキツネ…あっ一応メスなんですよ///」

女「コホン…男さん…別れの前にそんなこと言われると私も辛くなります。」

男「だったら一緒に家に…俺が守るから。」

女「男さん…私は、この一年を通して、常にこの姿で生活をすることも出来るようになりました。一生この姿で居ることも…。」

女「でもやっぱり私はキツネ…試験でもないのに、この姿で人間界で生活するというのは、私に関わる全ての人を騙すことになるんです。」

男「…ごめん。」

女「謝らないでください。」

男「…。」

女「…私からのお願いです。最後はお互い笑顔でお別れしましょう。いいですか?」

男「…うん。」

女「約束ですよ。」

女は小指立てた手を男の前に出す。それに男は小指を絡める。

女「ゆ~びき~り~げ~んま~んうそついた~らはりせんぼんの~ますっ♪」

女「それじゃお団子、食べていいですか?」キラキラ

男「あっ…食べましょうか…。」

そしてまた2人は桜を見上げる。

男「…。」モグモグ
女「…。」モグモグ

男「昨日…山へ帰るって…」

女「男さん…約束…」

男「今笑顔で送り出してもさ…」

女「…。」

男「人間界に残るのも、山に帰るのもダメならあとは…」

男「あなたはまだ神様になりたいんですよね?時間はまだあるんですよね?」

男「神様になる条件は、人の願いを叶え、人に幸せを与えること、だったね?」

男「さっきあなたとした約束…どうも守れそうにないです。」スッ

男は立ち上がり懐から酒と包丁を取り出す。

女「男さん…一体どうしちゃったんですか…!?」

男「花見をしにきた男が…」

男「酒に酔って…」ゴクゴク

男「死ぬ気もないのに、誤って近くにあった包丁で腹を刺してしまった。」グサッ

女「男さん!!」

桜色の絨毯が赤く染まっていく。

女「男さん!あなたはなんてことを…。」

男「すいません…誰か…呼んできてくれますか…?」ハァハァ…

女「分かりました。呼んできます。絶対死んだらダメなんですからね!!」

男「あぁ、死にたくないから、頑張ってみますね…」ニコッ…ハァハァ…

~病院 病室~

男「…ん…ここは?…病院か…あ゙~腹痛い…気を失ってたのか…」

ガラガラ

医者「あっお目覚めでしたか。」

医者「怪我の方は少し深いですが命に別状はありません。理性を失うほどお酒を飲むのは今後ないようにお願いしますね。」

男「すいません以後気をつけます…。あと今何時か教えて頂けますか?」

医者「え~っと23時です。」

男「あとここまでの記憶がないんですけど誰が私をここへ?」

医者「女の人の声で公衆電話から連絡があったんですよ。神社の裏で血を出して倒れている人が居るって…。」

医者「それで救急車が到着して、あなたが倒れている所まで神社の巫女さんが救急隊を案内してくれたみたいなんだけど、そこから巫女さんがどこかに行ってしまって…」

男「そうですか…。分かりました。ありがとうございます。」

医者「それじゃあ私はこれで。しばらく入院で安静にしてくださいね。」

男「はい、すいません。」

ガラガラピシッ…

男「(…試験終了前に消えたってことは神様になれたってことでいいんだよな…?)」

男「(…無理やりこじつけでこんなことしちゃったけど、あいつは神様になりたがってたし、これでよかったんだよな…?)」

男「(じゃあな、キツネ…俺はお前に化かされて幸せだったぜ!)」


タッタッタッ…

女「(誰か…誰か…男さんが…)」ハァハァ…

女「(…誰も居ない…こうしてる間にも、男さんは…嫌っ…誰か…)」グスッ…

女「(あっ…公衆電話…)」


ガチャ…

女「これでいいんだよね…急いで男さんの所に戻らないと…」
タッタッタッ…

~神社 裏手~

タッタッタッ…

女「男さん!今救急車呼んだのでもう少しの辛抱で…男さん?男さん!!目を開けてください!!死んだらダメって、あなたが言ったんじゃないですか!!」グスッ

女「死んじゃ嫌です…男さん…聞こえてるんですか…?目をあけてくださいよ…」ポロポロ

男「ス~ス~…」

女「…?」
女「(…寝てるだけ…?)」

ピ~ポ~ピ~ポ~

女「隊員さんこっちです。」

隊員a「連絡と誘導ありがとうございます。あとは私たちにお任せください。担架用意しろ。」

隊員b「はい!」

女「あの…男さんは大丈夫なんでしょうか…」

隊員a「呼吸も脈拍も異常はないし、出血もそれほどではないので助かると思いますよ。」

女「そうですか…よかった…」

隊員b「担架持ってきました!」

隊員a「よし、それじゃあ救急車まで運ぶぞ…」

ガチャ…ガチャガチャ…バタン…

隊員a「もし心配でしたら同乗も出来ますが…」クルッ
隊員a「あれ…居ない…」

~天界~

?「試験終了ギリギリの合格…まことに見事であった。」

女「(あれ…あっ…そっか…私男さんのおかげで…)」

女「はい…ありがとうございます。大稲荷神さま…。」

大稲荷神「お主は神様になる権利を与えられたのだぞ?なぜ暗い顔をしておる?」

女「いえ、神様になれることは大変嬉しく思っています…。」

大稲荷神「…とまぁ、今みたいな口調じゃ、みんな萎縮しちゃって本音が聞けないから、今からこんなんでいかせてもらうね。」

女「…!!」

大稲荷神「やっぱり君も神様にはなりたくない感じ?正直に言っちゃって構わないよ?」ニコッ

女「…君も…というと?」

大稲荷神「つまりさ、君と同じように神様になるのをためらうキツネが過去にもいたわけですよ。」

大稲荷神「頭のいいキツネは試験開始数日で合格をもらい何の迷いもなく神様になった。」

大稲荷神「頭脳派は効率よく合格を目指すから最低限の人との関わりしかしない…」

大稲荷神「だから神様になると多くの人々に機械的にスムーズに幸せを与えられる。」

大稲荷神「神様になるのをためらうキツネの場合は合格するのは決まって試験の後半以降。」

大稲荷神「人と関わりまくって小さい悩みも対応して合格するから後半以降になっちゃうんだよね。」

大稲荷神「ためらっても、だいたいは神様になってそれなりの活躍をするんだよね。」

女「…それでは、どちらにせよ神様になるしかないんですね…」シュン

大稲荷神「いや、基本的には本人の…本狐の自由って事にしてるんよ。」

大稲荷神「神様になる権利を捨てて山に戻るも、人間を騙して生きるも、世の中には必要な悪もあるから、俺は咎めはしないし。」

大稲荷神「ただ自分でやったことに責任を持たなきゃいかんよね。山に戻ってひどい目に遭って自殺したのは、自分でやったこと、可哀想だけど俺は救済出来んよ。」

大稲荷神「人間騙して生きてるキツネも、被害者の人間が俺に祈れば、キツネに罰を与える。」

大稲荷神「って話が横道にそれまくりだわ…。」

大稲荷神「んで君は神様になるのをためらってるようだけど、神様になりたくないならどうしたい?」

大稲荷神「(いつもためらってるキツネにはコレを聞くけど、大体は神様にしてくださいで終わるんだよなぁ…)」

女「…もし…大稲荷神様のお力で私の願いを叶えて頂けるなら…私を人間にして欲しいです…」

大稲荷神「おぉ了解。」

女「えっ…」

大稲荷神「人間にしてやればいいんだろ?今の君の姿でいいか?」

女「えっと…そんな簡単に了承してもらえると思わなかったのですが…」

大稲荷神「まぁ結構大変だけど願いは叶えてやらんとな。さっきも言ったが責任持てよ?やっぱり戻してくださいはナシだからね。」

女「はい!!ありがとうございます。」

大稲荷神「あとな、さっきの話で神様になるのをためらったキツネ達ってのはさ、大概君と同じように人間の世界で、いい思い出や居場所を見つけたから、神様になるのをためらったんだ。」

大稲荷神「だから一応、神様になったけど、やっぱり人間になりたいって奴は人間にしてやることにしてるんよ。」

大稲荷神「この場で人間になりたいって言ったのは、君が初めてだったから感動したわ。」

大稲荷神「一応男と君のやりとりも見てるからさ、まぁお似合いなんじゃねぇか?あの男には、あんま無理すんなってよく言っとけ?」

女「はい!!」

大稲荷神「そんじゃ始めるぞ、目を閉じろ。次に目を開けたら、君は人間の女で男の病室に居るかんな?」

大稲荷神「そいじゃ、じゃあな。」

~病室 朝~

チュンチュン

女「…きてください…さん…」ユサユサ

女「起きてくださ~い、男さ~ん」ユサユサ

男「ん…っておいっ!!なんでまだっ…チュッ…ングング…」

女「…はぁ…エヘッ…帰ってきちゃいました///」





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