友人「よう、こないだ借りた千円を返すよ」
男「お、忘れてなかったか」
友人「ほらよ」ピラッ
男「……ん!? ちょ、ちょっと待てよ!」
男「この千円札、いくらなんでも汚すぎるだろ!」
男「しわくちゃだし、シミもついてるし、ところどころ破れてるし……」
男「今、財布の中に他にも千円札あったし、わざと汚いの選んだだろ!」
友人「ハァ? なんだよ、細かいこという奴だな」
友人「別に使えないほど汚いわけじゃないし、かまやしないだろうが」
友人「昔っからそうだよな、お前って。どうでもいいことをグチグチとさ……」
男「なんだと!?」
男「いいか!?」
男「いっとくけど、お前のやったことはこういうことだ」
男「野菜をくれっていわれた八百屋が、捨てる予定だったクズ野菜を売るようなもんだ」
男「こんなもん、文句いうに決まってんだろうが!」
友人「いやいやいや、そのたとえは全然たとえになってないだろ」
友人「なんで金の貸し借りの話が、野菜の売買の話になってんだよ」
男「相手にわざと汚いものを渡すって点では、まったく同じだろ!」
友人「いーや、全然ちがうね」
友人「お前ってさ、よくたとえ話を持ち出すけど、いっつもピントが合ってないんだよな」
友人「なんつうかさ、サッカーやるっつってんのに、バット持ってくるみたいな感じ」
男「いや、サッカーやるっていってるのに、バット持ってくるバカはいないだろ」
友人「だから、それだけお前のたとえはズレてるってたとえだよ」
男「金の貸し借りと野菜の売買は、サッカーと野球ほどズレてねえだろ」
男「極端なたとえ出して、言い負かしてやりました、みたいなツラすんなよな」
男「そのたとえなら、たとえば野球とソフトボール、ぐらいが的確だろ」
友人「いや、野球とソフトボールって結構違うぜ?」
友人「野球のピッチャーはオーバースローだけど、ソフトボールは下手投げだし」
男「いやいや、プロ野球にもアンダースローのピッチャーいるだろ」
友人「ほとんどいないだろ! そういうのを例外っつうんだよ」
友人「野球とソフトボールじゃ、似てるけど少し違う、のたとえには不適切だよ」
男「じゃあ、どんなたとえが適切だってんだよ」
友人「そうだな……たとえば木星と土星、とか」
友人「どっちもでかいし、ガスの惑星だけど、土星には輪があるって違いがある」
友人「これなら似てるけど、少しだけ違うな~って感じするだろ?」
男「……あのさ、いっとくけど木星にも輪はあるからね?」
友人「そんぐらいさすがに知ってるよ!」
友人「だけど、土星の輪のがでかいし、木星に輪があるイメージはあまりないだろ!」
男「イメージぃ? そんな抽象的なこといわれてもな」
男「いくらイメージがどうのこうのいっても、木星にも輪がある事実は覆らないだろ」
友人「だからそういうことをいってんじゃねえっての!」
友人「輪がある惑星といったら、やっぱ土星だろ?」
男「いや、そんなことねえよ。木星だって海王星だって天王星だって輪はあるもの」
男「たとえばさ、ニキビがいっぱいある人と、少ししかない人がいる」
男「だけど、どっちも“ニキビがある人”には変わりないだろ?」
男「そういうことなんだよ。イメージなんか関係ないの」
友人「いや、納得できねえよ! 量ってのはやっぱり重要だろ!」
友人「今のお前のたとえに乗るなら、前者は“ニキビがいっぱいある人”で」
友人「後者は“ニキビが少ししかない人”なんだよ。同列には語れねえよ」
男「だけど、ニキビがあるって点ではまるっきり一緒じゃん」
友人「いやいや、量が違えばやっぱりそれはもう違う話になっちゃうんだよ」
友人「お前さ、もし定食屋でご飯大盛り頼んだのに普通盛りで来たら怒るだろ?」
友人「全然量が違うじゃねえか、ってなるだろ?」
男「いーや? 別に?」
男「だって俺、少食だし。そもそも大盛りなんか頼んだことないもの」
友人「だからお前の食べる量がどうこうじゃなくて、一般論としてだよ!」
男「ほら、また一般論とかほざく」
男「俺とお前の二人しかいない場で、イメージとか一般論とかいわれても意味ないから」
友人「きたねーよ、お前は!」
友人「オレのたとえは適切なのに、そうやって少食だから……とかいって逃げてさ」
男「汚くないだろ。俺を納得させられないお前が悪いんじゃん」
友人「いーや、汚い!」
友人「ボクシングの試合なのに、キックをするぐらい汚い!」
男「は? なんで口喧嘩やってんのに、いきなりボクシングが出てくるんだよ!」
友人「お前が反則してるってことに対するたとえだよ!」
男「まぁ、仮に審判や客にバレないように相手に蹴りを入れる方法があるとして……」
男「それをやるのは、立派な戦術だと俺は思うけどね」
友人「んなことねーよ。見てる奴がいないからって、ルール違反はすべきじゃねえよ」
友人「でなきゃ、ゴルフなんか成り立たないだろ。イカサマし放題だ」
男「すればいいんじゃねえの? 勝つためなら」
友人「しちゃダメだろ!」
友人「世の中、暗黙の了解ってもんがあるだろ!」
友人「どんなに仲がいい者同士でも、これだけはやっちゃダメ、みたいなことがさ」
男「んなことねえよ。本当に仲がよかったら、なにしたってかまわないだろ」
友人「そうか? たとえば、オレがお前から金を借りたとする」
男「おう」
友人「で、オレがくしゃくしゃの札で金返してきたら怒るだろ?」
男「怒るかよ、そんな下らねーことで。どんだけ心狭いんだよ」
友人「オレはその立場だったら怒るね。こんな汚い金で返すんじゃねえって――」
友人「…………!」ハッ
男「…………!」ハッ
友人「…………」
男「…………」
友人「……さっきは悪かった」
友人「正直いって、汚い札だからちょうどいいと思ってお前に渡しちまったんだ」
男「いや、俺の方こそごめん……」
男「俺が札が汚いだのなんだのとゴネなきゃ、終わってた話だったのに……」
友人「――いや、悪いのはオレだ!」
友人「オレが汚い千円札を渡したのが、そもそもの始まりだったわけで……」
男「そんなことねえって!」
男「使えないほど汚いわけじゃないし、千円札には変わりないんだからな」
男「ちゃんと金を返してもらったのに、イチャモンつけた俺が悪かったんだ」
友人「いやいや、たとえば二つの国が戦争になって、どうにか和睦したとする」
友人「そういう場合、不利な条約を結ぶはめになるのは、きっかけを作った方だろ?」
友人「だからオレが悪いんだよ」
男「いやいや、個人の争いを国同士の戦争にたとえるなよ」
男「たとえば……」
……
……
……
おわり
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