爽「私がプレゼント」咲「えっ?」 (32)

10月27日。

いつもと同じ、なんてことのない日の筈だった。

玄関のドアを開けた瞬間、彼女を目にするまでは―――――。


爽「よっ」


咲を視界に入れるとにこりと微笑む。

少女はその名の通り、実に爽やかに咲に手を振った。

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咲「爽さん…?どうしてうちに?」

そこには北海道にいるはずの爽が佇んでいた。

それも大きな花束を抱えて。

それをまるで映画のワンシーンのように咲の前へ差し出す。

爽「誕生日おめでとう。どうしても一番に祝いたくてさ」

咲「それは、どうも…」

真紅のバラがかさりと手元で音を鳴らす。

どうしてこの花にしたのだろう。これではまるで告白のようだ。

……いや、爽にはきっと他意がないのだろう。

ドラマや映画にでも感化されたんだろう。

だからこれはただのプレゼントなのだと、無理やり咲は納得した。

咲「このためにわざわざ北海道から来たんですか?」

爽「そうだけど?」

どこか機嫌の良さそうな爽は口角を上げる。

咲「それは…ありがとうございます。でも私、今から学校に行かなきゃいけないんです」

折角来てもらったのに申し訳ない、と咲は眉尻を下げる。

が、爽は相変わらず機嫌良さそうに口を開く。

爽「今日、咲の学校は創立記念日でお休みだろ」

咲「なんで知ってるんですか。…部活があります」

爽「ああ、それなら問題ないぞ」

そう言ったと同時に咲の携帯がメールの着信音を鳴らす。

どうぞ、と爽に促され確認する。

新部長のまこからだった。

『咲、誕生日おめでとう。今日は特別に部活休んでもいいぞ』

とまるでタイミングを図ったようなメールが送られていた。

咲「………」

爽「どうやら予定はなくなったようだな」

咲「…爽さん、部長に何か言いました?」

爽「それは企業秘密」

咲「何ですかそれは」

呆れた咲が半眼で爽を見つめていると、後ろからガチャリと扉の開く音がした。

界「咲?誰かいるのか?」

咲「あ、お父さん…」

爽「咲さんの友人で獅子原爽といいます。今日、咲さんをお借りしたいんですが、外泊させてもよろしいでしょうか?」

咲「は!?」

界「おお、どうぞどうぞ。咲、野暮なことは聞かないから、何なら大人の階段上っちゃっても気にしないからな!」

外泊なんて聞いてない。

そう文句を言おうとした咲の言葉を食い気味に父は言葉を被せる。

咲(いやいやいや。大人の階段ってなに!?)

咲(私たちそんな関係じゃ…爽さんも何で否定しないの!?)


咲の心情は大荒れであったが、実際は口をぱくぱくさせながら爽と父を見比べるだけで。

驚きのあまり言葉がでない娘に何を思ったのか。

界「ふっ。咲の奴照れてるな」

などと微笑ましげに笑っていた。



そうして訳のわからないまま爽に手を引かれ。

咲は家を出て行ったのである。


*****

東京駅

爽「咲、いつまでむくれてるんだ」

手を引かれて歩く咲の頬は膨れており、目は爽から逸らされたままである。

咲「爽さんは強引です。いきなり新幹線に乗せてこんな遠くまで連れてきて…」

咲「それに、お父さんも変な勘違いしてましたし」

爽「…あながち勘違いじゃないんだけどな」

咲「?何か言いました?」

爽「いや、なんでもない」

含みを持った笑いを浮かべる爽に咲は首を傾ける。

爽「それより、咲にプレゼントがあるんだけど」

咲「え?さっきの花束じゃないんですか?」

爽「まぁあれもプレゼントなんだけど…あっちはおまけ。本命はこっち」

そう言って爽は自身の顔を指差す。

咲「えっ、と…爽さんがどうかしたんですか?」

爽「だから、私がプレゼント」

咲「え?」

咲(爽さんがプレゼント…?)

想定外の言葉に咲は目を丸くする。

予想通りのリアクションだったのか、爽は楽しそうに頬を緩ませた。

爽「今日一日私を好きにできる権利」

咲「一日好きに…?」

爽「そう。奢らせるもよし。無茶振りもいいぞ。ああ、それから」

ふと頬に手が伸び、するりと添えられる。

優しいその手付きに何故か色めいたものを感じ、咲は思わず一歩引いた。

しかし爽はそんな咲に構わず更に一歩詰め、耳元に唇を寄せる。


爽「―――――いやらしいことをしてもいいぞ?」


その瞬間、ボンッと音が鳴るほど咲の頬は真っ赤に染まった。

咲「な、ななななな、なにを…っ!」

わなわなと震える咲に、爽は至極楽しそうに微笑んでいる。

からかわれたのだと気付いた咲は爽をキッと睨み付けた。

咲「からかったんですね!?」

爽「あはは。咲は可愛いなあ」

本当にどきどきしてしまったなんて、恥ずかしすぎる事実に咲の目尻に涙が滲む。

すると何故か爽は微かに頬を赤らめながら、咲から視線を外した。

咲「爽さん…?」

爽「…そういう顔を見せんな」

咲「そういう顔って…酷くないですか?爽さんがさせたのに」

さすがに今のはムッとくる。

爽「いや、そういう意味じゃない。でも…そうか、私がその顔にしたのか…」

片手で顔を覆いながらポツリと呟かれる不可解な言葉に、またしても咲は首を傾けた。

今日の爽はなんだかおかしい。

意地悪な冗談を言ってみたり、顔を赤くさせたり。

咲「爽さん、もしかして具合悪いんですか?」

爽「は?」

咲「だってさっきから様子が変ですし」

だとしたら帰った方がいいのではないだろうか。

そう思ったのに、何故か爽にはーっと大きなため息をつかれた。

咲「…なんですか」

爽「いや。咲は手強いなと思って」

咲「意味がわかりません」

爽「今はいいよ、それで。さ、そろそろ行こうか」

なんだか納得しきれないものの、爽に手を引かれるまま咲も歩き出した。


*****



咲「ここは…?」


辿り着いたのはお洒落なカフェだった。

促されるまま席に着けば爽がメニューを見せてくれる。


爽「ここ、紅茶のシフォンケーキが有名なんだ」

咲「紅茶…」

爽「咲、紅茶好きだって言ってただろ」

紅茶と聞いた途端に輝き出す咲の瞳に爽はくすりと微笑む。

咲「はい。凄く美味しそうですね」

爽「だろ。私もそれ頼もうっと。あとアールグレイをひとつ。咲は?」

咲「私もそれで…ケーキ爽さんも食べるんですか?」

爽「いけないか?」

咲「いえ、そんなことはないですけど…」

程なくすれば、美味しそうなシフォンケーキが香りの良い紅茶と共に運ばれてきた。

咲「いただきます」

ケーキを一口サイズに切り、口の中に入れる。

その瞬間にふわりと溶けるような食感と紅茶の香りが口いっぱいに広がる。

あまりの美味しさに自然と咲の頬は緩んでいく。

くすりと笑う気配に視線を上げれば、爽が頬杖を付きながら咲を見つめていた。

咲「爽さん?どうかしたんですか?」

爽「いや。美味しそうに食べるなと思って」

咲「あ、あんまり見ないで下さい。それにしても、爽さんが甘いもの食べるなんて意外です」

爽「そうか?」

咲「前に会ったとき、甘いものは苦手だって言ってましたよね」

爽「うん。…まあ、心境の変化かな」

そう言うと爽は咲の方に向けて手を伸ばした。

指先が咲の唇に触れ、親指の腹でそのままゆっくりとなぞっていく。

咲「爽…さん?」

ドキドキと早まる心臓に、爽にまで音が伝わってしまうのではないかと思った。

爽の瞳が真っ直ぐに自分を捉え、視線を外すことを許さない。

何だこれは。

自分でもわからないほどの動揺に咲は混乱していた。

固まってされるがままになっていると、やがて指は離れていく。

爽の指先には咲の唇に付いていたのであろう生クリームが付いていた。

それを口に含んで、舌で軽く舐めてみせる。

爽「ん…甘い」

指先を舐める赤い舌から咲は目が離せなかった。

さっきから心臓が煩い。

爽「咲。顔が赤いぞ?」

ニヤリと口角を上げる爽に、今度こそ咲の顔は真っ赤に染まった。

だってこんなの反則だ。

そんな色めいた仕草を見せられたら、きっと誰だってこうなってしまうだろう。

そうに決まってる。だから仕方ないのだ。

と誰に言うでもなく咲は心の中で言い訳をした。


咲「…やっぱり今日の爽さんは変です」

爽「咲といるから浮かれているのかもしれないな。じゃ、次に行こうか」

咲「次はどこに行くんですか?」

爽「着いたら分かる」


*****

咲「ここは!」


目の前に佇むは大きな図書館。

童話から専門書まで様々な分野の本がズラリと並ぶ図書館に咲は目を輝かせる。

爽「気に入った?」

咲「はい!」

目に見えるほどテンションを上げた咲が本棚の奥の方へと消えていくのを見つめながら。

爽は適当な本を手に取り空いている席へ腰を降ろした。


時間が経つと咲も目当ての本を見つけ爽の隣に座る。

集中している咲は本の世界に没頭してしまうので、その横顔を眺めていたとしても気付くことはない。

茶色の髪に陽の光が当たりキラキラと反射している。

綺麗だな、と爽は目を細めた。

白くまろい頬が、長い睫毛が、大きな緋色の瞳が。

彼女の全てが美しく、愛らしく、綺麗だと思う。

惚れた欲目なのだろうか。

本を支える咲の細い手に、爽はそっと自身の手を重ねた。

咲「さ、爽さん!?」

爽「静かに。周りが気付くから」

しっ、と空いた手の人差し指を口許に持っていけば。

黙ってこくこくと素直に頷く咲は動揺しているのだろう。

爽の手を振りほどけば良いだけだということにも気付いていないようだ。

それをいいことに、爽はするりと指先を絡めていった。

麻雀を打つ時に、間近で見ていた咲の手。

その形のいい手は触り心地も滑らかで気持ちが良い。

恥ずかしげに伏せられる瞳が、爽を誘惑しているかのように色っぽい。

爽「なあ、咲。今日ホテルを取ってるんだ」

咲「…!!」


だから、そろそろ私の相手してよ―――――


耳元で囁かれる甘い声。

逃れる術なんて、咲には持ち合わせていなかった。



*****


咲「こんな高級ホテルに泊まるなんて、一生ないと思ってました」

爽「大袈裟だな」

咲「大袈裟じゃないですよ!」


都内の有名ホテルの最上階。

所謂スウィートルームという所に、爽は予約を入れていたのだ。


広々とした部屋に咲の視線はきょろきょろとせわしなく左右する。

やたら豪華なソファやテーブルにベッド。

ジャグジー付きの大きな浴槽は二人で入ってもスペースが余りそうだ。

爽「咲」

突然爽が咲の手首を掴んだ。

爽「もうすぐ今日が終わるけど、私にしてほしいことないの?」

咲「えっ…あれ本気だったんですか?」

爽がくれたプレゼント。

爽を好きに出来る権利。

すっかり冗談だと思い込んでいた咲は目を見開く。

爽「うん。本気だよ」


―――――だから、何でも言って。


耳元で吐息混じりに囁かれる。

まただ。この妙に甘い空気が咲は苦手だった。

今日はこの空気になるとろくなことにならない。

しかしそう思う心とは別に、咲の心臓は音を早めていく。

爽「ほら…ないの?」

今度は正面から。

唇が触れるほどの距離で覗き込まれる。

生暖かい吐息が咲の唇を掠めていく。


―――――キス、したい。


何故か咲はその時そう思ってしまった。

爽はそれを察したかのように、また囁いてくる。

爽「咲、言って?」

促されるまま、咲はゆっくりと唇を開いた。

咲「き、キス…したいです…」

その返答に爽は満足そうに笑みを浮かべる。

唇に柔らかい感触が重なるまで時間はかからなかった。

ゆっくり、しっとりと重なるそれに瞳を閉じる。

そのまま湿った何かが咲の唇を割るように艶かしく蠢く。

誘われるまま唇を開けば熱い舌が潜り込み、咲の舌を捕まえた。

咲「んっ…、ふ、ぁ」

くちゅり、と音を立てながら角度を変え何度も重なる。

次第に息が苦しくなる。

何もかも持っていかれてしまうような激しいキスに咲の力は抜けていった。

咲「ん…はぁ…っ」

爽「大丈夫か?」

腰の砕けた咲は、爽に支えられながらベッドまで連れられていく。

どさり。

ベッドに横たわる咲に影がかかった。

咲「爽、さん…?」

爽「我慢してたけど、もう限界だ。なあ咲…私のこと好き?」

咲「…好き、なんだと思います」

爽「やっと自覚してくれたか。私も好きだよ。だからこのまま―――――」



―――――食べてもいい?


そう誘惑する唇に、再び咲は口を塞がれた。

この人から逃れることなんて、きっと出来ない。


するりと服の中に伸びる爽の指先。

その感触に目を閉じながら、咲は体の力を抜いていった。


カン!

咲生誕SSでした。
恭咲とどっち書こうか迷ったけど、最近マイブームな爽咲で。
なんもかんも本誌での爽がカッコよすぎるのが悪い。

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