菜々「ウサミン星で逢いましょう」 (42)


【モバマスSS】です


 



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 古ぼけたビルの一室で、若い男が初老の男に言った。

「ここも、もうそろそろ潮時じゃないんですか」

「あぁ?」

「掃除はきちんとしているようですけれど、内装自体はおんぼろじゃないですか」

「ふん。風格があっていいだろうが」

「新しい事務所ビルに来ればいいのに」

「こっちに慣れてるんでな」

「せめて、老朽化した建物を取り壊して、新しく建てたらどうです?」

「このほうが仕事がしやすい」

「その仕事自体も、こっちじゃ殆ど無いんでしょう? アーカイブ管理だけじゃないですか」


「それでも立派な仕事だ」

「懐かしのアイドルとか、リバイバル企画の版権確認とか。別に古いビルにこだわることないでしょうに」

「やかましい、若造が」

「いや、貴方にそれだけの実績があることは皆認めているし、若造呼ばわりも仕方ないとは思いますけれどね」

「だったら、黙って帰れ」

「そろそろ前線は引退したらどうなんですか、お義父さん」

「まだまだ俺は現役だ」

「社長なんだから、もっとでんと構えてくださいよ」

「これが俺のやり方だ。お前は余計なこと言わずに自分の仕事をちゃんとやっとけ」

「お義母さんだって心配してますよ、年甲斐も無く張り切りすぎだって」


「なんだ、やっぱりまゆの差し金か」

「……その通りですよ。お義母さんはお義父さんのことを心配してるんですから」

「帰って、俺のことは心配するなと伝えろ」

「でもねえ、お義父さん……」

「やかましい。そもそもお前は自分の仕事があるだろう」

「それはそうですけど……」

 お義父さん、と呼び始めたせいか、若い男の口調は砕けていく。

「今なら、お前んとこの怠けアイドル……諸星を引っ張り出す手口を教えてやらんでもないが」

「え、本当!?」

「あれの母親の相方も、かなりの怠けもんだったからなぁ。なんで母親よりそっちに似たんだか……」


「それって、杏さんときらりさん?」

「十年早いぞ、諸星さんと双葉さんだろうが」

「あ、すいません」

 若者は駆け出しの頃からある意味可愛がられた身である。内輪では、どうしても甘えが出てしまうようだ。

「まあ、良いわ。で、教えてやるからさっさと帰れよ」

「わかったよ、お義母さんにはテキトーにうまいこと伝えますからね」

「諸星はな……別の若手……少々頼りない奴と無理矢理くっつけてユニット作らせろ、面倒見始めたら自然と前に出てくるぞ」
「その辺りは、やっぱりきらりの娘だよ」

「別の若手……」

「今の若手なら……あー……うん、星や森久保が最適だろ、ほら、行ってこい」

「わ、わかった、あ、そうだお義父さん、これ。お昼のお弁当。ついでに届けろって言われて」


「サンドイッチと牛乳か、悪くないな」

「牛乳はいつもの、及川さんとこから」

「おお、ありがとよ」

「それから、パンは大原さんとこで買ったやつ」

「大原ベーカリーなら間違いないな」

「じゃあ行きますけど……」

「まだ何かあるのか?」

「そろそろ潮時だって言うのは、俺の意見でもあるんですよ」

「帰れ」


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 昔馴染みの事務所ビルに、昔馴染みの美人が二人。


「うあ」

「むぇ……見事にかび臭いにぃ」

「駄目だ。ここは健康に悪い、帰ろう」

「杏ちゃん、もう少し待ってね。Pちゃんいるはずだから」

「きらり、私たちカビ吸ったら結構洒落になんないよ? いい歳だよ?」

「ホントに危ないところだったらぁ、ちっちゃいPちゃんが私たちを呼んだりしないよぉ」

「それはそうだけどさ」

「だいたーい、カビ吸ったくらいで気にしてたら、杏ちゃんはカップ麺と冷食の食べ過ぎでとっくにいなくなっちゃってる」

「……きらりがちゃんとご飯食べさせてくれたからねぇ……うん、久しぶりに食べたいね」


「うふふふ、じゃあ今日はぁ、きらりがご飯作ってあげゆ」

「ホント? よし、それじゃあ早速買い物に……」

「まーだ、帰っちゃ駄目ぇ」

「くっ……バレたか」

「ん? 誰か来ゆ?」

「誰かって、Pじゃないの」

 誰だ、玄関開けっ放しにしてやがるのは。

 そんな声が聞こえて扉が開く。

「……なんだ、きらり、杏、もう来てたのかい」

「Pちゃんはぴはぴ?」


「うわー、こんな歳で言うのもなんだけど、老けたねぇ、特に頭」

「おう、はぴはぴ。それから杏はうるせー、他人様のこと言えるかっての。ところで、ウチのがまた世話かけたようだな」

「いやいや、こっちこそ」

「ちっちゃいPちゃんも頑張ってるよ」

「仕事の内容は聞いたが、こんなところでインタビューだって?」

「そりゃあ、ここだから」

 杏の言葉を補足するきらり。

「懐かしのデビューの地で、インタビューだにぃ」

「……バカ婿が、無理矢理ここ使わせる気か……まあ、仕事は仕事だからよ、それはしっかりやらせてもらうが」

そこでふと、きらりの手元に目を留める。


「……懐かしい物持ってきたな……蛙玉だったか?」

 杏が嬉しそうに答える。

「カエダーマだよ。ほら、昔、私がきらりにあげたカエダーマ人形バッグだよ」

「カエダーマだったか、そいつの名前」

「きらりが唯一持ってるカエダーマだからね」

 杏が現役時代お気に入りにしていたくたくたウサギ人形。ライブでは杏の身代わりに、バラエティでも杏の身代わりに。
 いつしかファンの間にも浸透し、杏の代わりにカエダーマが出てきても気づかぬふりして応援するのが真の杏ファン、とまで言われていたのだ。

 カエダーマと言えば杏、杏と言えばカエダーマ。
 だから、杏でなくきらりがカエダーマ人形バッグを持っているというのは、当時を知っている者にすれば驚きだろう。
 きらりが杏にバッグをもらったことを知っているのは、当時事務所にいたアイドルたちとPだけなのだから。


「ま、とりあえず荷物そこ置いて、今のうちに確認だけしとくぞ。こっち来てくれ」

「はーい」

「カエダーマちゃんは、ここで待っててね」

 きらりは机の上にバッグを置いた。
 そして三人が動き始めるとインターホンが鳴る。時計を確認するP。

「インタビュアー連中にしちゃ早いな」

 デスクに近寄りインターホンに手を伸ばし、その動きが止まった。

「どしたの?」

「にょわ?」

 近づいた二人も、インターホンカメラの画像に気づくと動きを止める。

 顔を見合わせる三人。


「……俺の記憶が正しければ……」

「あ、いや、杏も同じだよ」

「きらりも」

〝あのー、こちら、シンデレラプロ、ですよね?〟

 画面の向こうで問いかけるのは、紛うことなき安部菜々の姿。

 当時の、全盛期の、自称十七才の頃の、安部菜々。ウサミン星人安部菜々の姿。

「あの姿……おい、アイツマジでウサミン星人だったのか」

「いや、普通に考えたら娘じゃないの? さすがに本人じゃ……ないよね?」

「菜々さんにそっくりすぎゆ……」

 顔を見合わせていた三人は、誰からともなく頷く。


「少なくとも、関係者ではあるんだろうな」

「あれで無関係だったら怖いよ」

「むぇ……菜々さんのお子ちゃまかにぃ」

「あのー」

 ドアを開けて入ってきたのはどう見ても安部菜々。

「……ウサミン、なのか?」

「ウサミン……」

 菜々そっくりの少女は『ウサミン』と言われると、躊躇うように立ち止まる。

「伯母さんが昔そう呼ばれていたって聞きました」

「伯母さん?」


「はい」

「君の名前は?」

「菜々です。あ、伯母さんと同じ名前なんです」

「この事務所に、何の用かな?」

「田舎から出てきたんですけど、この町に来たら、ここへ行って伝えて欲しいことがあるって伯母さんが」

「伯母さんが、か……」

「きっと私を見たらびっくりするはずだからって」

 杏ときらりは揃って頷いた。

「うん、ビックリした」

「驚きー、て感じ」


「……もうこんな時間か。杏、きらり、二人とも、今のうち着替えとけ」

「んー、別に普段着でいいけどなぁ」

「だーめぇ、杏ちゃんもちゃんとカッワイイお着替え持ってきてるんだからぁ」

「おお、きらりがだんだんあの頃の口調に戻っていくよ」

「杏ちゃんもぉ、人のこと言えなーいないよ」

「そういうやりとりはインタビューまで取っておいて、いいからさっさと着替えてこい」

「ういー」

「むぇー」

 部屋を出ようとした二人は菜々とすれ違い、

「あ、諸星さん」


 菜々がきらりに声を掛ける。

「にょわ?」

「バッグ、忘れてますよ」

 何故か杏が答えた。

「また戻ってくるから大丈夫だよ」

「そうですか」

「それにしても、よくわかったね」

 杏が立ち止まり、菜々を見上げていた。

「え?」

「ううん、なんでもない。さ、行こう、きらり」


 二人を見送ったPも、なにやら首を傾げている。

「詰めの甘さっつうか、どっか抜けてるとこは変わってねえな」

「あの、なにか?」

「いや、なんでもない。それで、菜々からの伝言ってのは?」

「はい」

 居住まいを正した菜々は、しっかりとPを見据え、言った。

「Pさん、ウサミン星に連れて行けなくて、ごめんなさい」

「ごめんなさい、か」

「伯母は、それが心残りだと常々言ってました」

「菜々本人は、もうこっちに来られないのか」


「はい。身体を悪くして……」

「そうか」

 ふとカレンダーを見て、Pは続けた。

「伯母さんとは仲が良かったのかい?」

「はい。同じ名前が珍しいって、可愛がってくれました」

「……メルヘンデビュー」

「え?」

「だったら、知ってるよな、君の伯母さんのデビュー曲」
  
「え、ええ」

「菜々……君の伯母さんのことだから、君に振り付けとかも教えてるんじゃないだろうか」


「え」

「つまり、君はこの唄、歌って踊れるんじゃないか?」

「え、あの」

「明後日」

「はい?」

「田舎に帰らなきゃならないんだよな? 君は」

「はい」

「だったら、いつまでこっちにいられるんだ? 明後日くらいまでは余裕有るだろ?」

「え、あ、それくらいなら」

「じゃあ明後日だ。もう一度来てくれないか。そして、メルヘンデビュー、歌ってくれないか」


「ええっ!?」

「頼む。伯母さんもそのつもりで君に教えたんじゃないか?」

「えーと……それは」

「伯母さんのプロデューサーやっていたおっちゃんの頼みだと思ってさ」

「あー、でも……」

「そうでもなきゃ、寂しくて色々考え込んでしまう」

「なんです?」

「どうして、初めて見た人が諸星きらりだとわかったのか」

「あ、貴方が名前を呼んでいたから……」


「いやいや、俺はきらりとしか呼んでない」
「現在のきらりと杏の姿をテレビか何かで見たことがあるとしても」
「どうしてカエダーマバッグがきらりのものだとすぐにわかったのか」
「当時の関係者なら、知っているかも知れないがね」
「伯母さんは、そんな細かいところまで伝えていてくれたんだ」

「……」

「俺が言っているのは、ただ、伯母さんの物真似をしてほしいって頼みだ」

「……驚かないんですね」

「菜々は俺にウソをついた事なんて一度も無いさ、年齢以外はね」

「あの、ちょっと、それは」

「菜々が言うんなら、本当にあるんだよ、ウサミン星は」

「……ええ、ありますよ。ウサミン星は。菜々伯母さんの言うとおりに」

「ああ、菜々の言うとおりに」


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 ん、ああ、なんだ。誰かと思えば助手じゃないか、久しぶりだな?

 ウサちゃんロボ? 当たり前だ、ちゃんと全部健在だ。バージョンアップだってしてるさ

 は? 明後日までに全部整備しろって? 無茶言うな、いくらなんでも……

 なに? 私が無理なら、息子らに頼むって?

 おいおい、あのひよっこ共にウサちゃんロボが扱えるわけないだろう

 ふざけるな、私がやる

 ……そうか。

 いや、みなまで言うな。理由は聞かないよ。わかりきったことだからな

 まさか、この期に及んでウサミン星存在の確たる証拠が見つかるなんて

 ふふ、そういうことだろ? 


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 二日後の事だった。

 池袋インダストリー本社からかつてのシンデレラプロまでの道で、ちょっとした騒ぎがあった。

 社長直々に十数台のファンシーなロボを引き連れてパレードをしていたのだという。

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「こんにち……え」

 約束通りやってきた菜々は、部屋の中へ入った瞬間絶句する。

 うさー うさー うさー
 うさー うさー うさー

「……ウサちゃんロボ……」

「久しぶりのウサミンバックダンサーチームだ、ロボたちも喜んでいるさ」

「あき……池袋博士?」

「ウサミン……の姪になるのか。二日でメンテナンスを仕上げるのは、流石に堪えたぞ」

「すいませんでした」

「それはいい、だが、帰ったらウサミンに……君の伯母さんに言っておけ」


「はい」

「私にもロボにもお別れの挨拶一つ無かった……私はいいが、ロボが可哀想だ」

 うさー うさー うさー
 うさー うさー うさー

「ロボちゃん……」

 うさー うさー うさー
 うさー うさー うさー

 ロボたちは喜んでいる。
 まるで菜々本人にお帰りなさいとでも言っているように、菜々を取り囲んでいる。

「ロボちゃん、今日もお願いします!」

 うさー!

「ようこそ、皆さん! ウサミンのライブへ!」

 晶葉とPはソファに座った。

 いつの間にかきらりが、杏が、まゆが、みくが、当時を知る皆が揃っている。

「ウサミン特別ライブのはっじまりでーす!!」

「特等席ですね」

 まゆの言葉に、Pは頷いた。

「ああ、特等席だ」

 唄が始まると、Pは思い出す。
 
 最後の日……菜々と別れた最後の日の言葉を。

 
 
 ――そろそろ、お別れです


 ――帰らなきゃ、いけないんです

 ――菜々の故郷に……ウサミン星に


 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!

 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!

 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!


 ――ウサミン星人は、地球にもう長くいられません

 ――地球にいる間、アイドルでいる間、とても楽しかった

 ――だけど、もし、すぐに戻ってくることができたならもう一度……


 ♪キュート・キューティ・キューティクル♪ 

 ♪電波でOK 受信でOK

 ♪ウサミン ウサミン グルコサミン


 ――ウサミン星を、見せてあげたかった

 ――ウサミン星に、一緒に行きたかった

 ――貴方と、ウサミン星で逢いたかった


 ♪全力OK 笑顔でOK

 ♪ウサミン ウサミン ドパドパミン


 ――さようなら、Pさん


 ♪ウサミンパワーで メルヘンチェンジ みんな大好き

 ♪好き好き大好き うー どっかーん!



 ――ごめんなさい……

 思い出が、オーバーラップする。

 Pは気づいた。

 これは、思い出じゃない。

 今、この瞬間、自分だけに聞こえる声。
 いや、自分たちに語りかけている声。

「……謝る事なんてないだろう」

 ――Pさんにウサミン星を見せること、出来ませんでした

「バーカ」

 Pは呆れたように首を振る。

 微笑むまゆ。

 
 
 
 

「安部菜々が歌っているのなら……」

  
 
 
 

「そしてそれを聞くファンがいるのなら、そこはウサミン星ですよ」

 
 
 
 
  


 二人は……聴衆は皆、優しくうなずいた。

 菜々は一瞬何かも忘れたように棒立ちとなり……うなずき返し、再びマイクを握りなおす。

「ようこそ、皆さん! ウサミン星へ!」


 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!

 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!

 ♪ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!


 
 それは安部菜々の最後の、そして、最高のライブパフォーマンスだった。


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 古ぼけたビルの解体現場で、若い男が初老の男に言った。

「結局、取り壊すんですね」

「まぁな」

「何か、あったんですか?」

「なんだ?」

「お義母さんも、諸星さんも双葉さんも、久しぶりに会った前川さんたちもなーんか隠してるような……」

「別に、何もねえよ」

「はぁ……ところで、もういいんですか?」

「……ビルの話か?」

「あんなに、取り壊さないぞって頑張ってたのに」

「宇宙最高のアイドルが約束を果たしてくれたからな。もういいんだ」

「へ?」

「……お前も、あんなアイドルに会えるといいな」

 若い男はただ、首を捻るだけだった。



 以上、お粗末さまでした


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