関裕美「た、短篇集?」 (20)

モバマスSSです。
地の分を含むのでご注意ください。
ネタ尽きたら終わるのでそんな長くならないです。

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『笑顔のお裾分け(物理)』

正直に言えば、私は目つきが良くないと思う。
実のところ、これは緊張しているからだけど、他人から見れば殆ど見分けが付ない。
今となっては大分ましになった気がするけど、根っこは昔の私のまま。

「……な、なんか怒ってるか?」

引き攣った顔のプロデューサーさんが目を瞬かせて呻くように尋る。
怒ってない。これは怒っていない顔だけど。……多分。

例え、プロデューサーさんが目に隈を創り、机に突っ伏していても。
デスクの端にはスタドリの瓶が転がり、企画書と書かれた書類にプロデューサーさんの涎が掛かっていてるけど。

「やっぱりなんか怒ってないか!?」

怒ってない。これは怒っていない顔だよ。
明らかに徹夜明けといった風貌の彼に私が口やかましく苦言を呈するのは間違い……なんだと思う。
お仕事だから。きっと私たちに関するお仕事。感謝をするのはともかく怒ることなんて私にはとても出来ない。

「ちょっと顔がーーぐぎゅ」

彼のほっぺたを摘み、左右に引き伸ばす。
……男の人のほっぺたってもっと硬くてごつごつしているのかと思ったけど意外にやわらかくて少しびっくりする。
新鮮な感覚。

「うぐぎゅぎゅ……やっはりおこっへ」
「笑顔のお裾分けです」
「ふぇ」

そう、これはただの笑顔のお裾分けであって怒っているわけではないのだ。
かれこれ十分ほど頬を引き伸ばしてから私は満足した。
尊厳がなんとかと項垂れるプロデューサーさんを横目に小さく笑います。

「じゃあちょっと外回りに……」

じっとプロデューサーさんにただただ視線を向け続けます。

「や、やっぱ仮眠取ってくるわ」
「うん。おやすみなさい」

今日は朝からちょっと役得だったかもしれない。

『冗談』

「おっはにゃー!」

バァン!と勢い良く扉が開かれて、みくさんが扉から顔を覗かせる。
私が少し慌て気味に人差し指を唇に当ててソファーで眠るプロデューサーさんにもう片方の手を向ける。

「にゃ? Pチャン寝てるの?」
「……疲れてたみたい」
「にゃふふ。Pチャンに悪戯し放題?」
「一時間千五百円です。……な、なんて?」

ふと気づくと、みくさんがなぜか呆けた表情をしていた。

「ヒロミチャンが冗談を言うなんて……これは事務所が潰れるにゃ……」
「ひ、ひどくない……?」

そんなにお堅いイメージを持たれていたのだろうか。
持たれてない。持たれてないと思う。持たれてないよね?
や、やっぱり私の顔硬い? 

「……ほっぺたをこねれば一緒に表情も柔らかくなるかな?」
「……みく、その真面目な顔で冗談を言うのはやめた方がいいと思う」

あ、あれ……?

『死ぬまで頑張ります』

私の事務所はお世辞にも大きな事務所とは言えないけど、絶賛躍進中……だってプロデューサーさんが言ってた気がする。
プロデューサーさんの絶賛躍進中だからきっと話半分くらいでそこそこ頑張ってるくらいなんだと思う。

そんな訳だから、時々新人のアイドルさんが来ます。
現に私とプロデューサーさんの前には新人さんが二人。

「島村卯月、十七歳です!私、精一杯頑張りますからよろしくお願いしますっ!」
「あぁ、これからよろしくな」
「同じく日野茜、十七歳です!! 好きな食べ物はお茶です!!!」
「お、おう……」
「ダメですよ、プロデューサー!! プロデューサーもお若いんですからそのフレッシュさを私と一緒に爆発させましょう!!」
「若い……? 俺が、か……?」

……プロデューサーさんが若いかと言ったら明言を控えたいかも。
島村さんは胸の前で両拳を握り、それに追随した。

「はい! プロデューサーさんはとってもお若いです!」

プロデューサーの口元が笑みの形に歪む。

「プロデューサー! レッスンですか! 走りますか! 走りましょう! 走ります!!」
「おう!」
「頑張りますっ!」

扉を開け放ち、三人が外に飛び出した。
……なんでやねん。

私はスマートフォンを取り出し、みくさんにダイヤルを繋ぐ。

「……もしもし、みくさん。事務所に来る前に薬局で筋肉痛用の湿布とか買ってきてくれないかな。……うん。……うん。明日はきっとプロデューサーさん動けないから。明日は事務所でトランプ大会? ……いいんじゃないかな。どうせなんにも出来ないし、親睦も兼ねて」

『筋肉痛のその日に』

そこには亡者が居た。
その掌に握られていたカードは周囲に散乱し、うつ伏せになり、脚を湿布まみれにした青のジャージを着た男が倒れている。
……残念ながら彼、プロデューサーさんの姿は酷いものだった。

「……Pチャン……トランプ弱すぎない?」
「あ、あの……プロデューサーさんはその、惜しかった、気がします!」

卯月さんの無理やりなフォローで傷口が広がったのかプロデューサーさんの瞳から光が消えた。

「ていてーい! にゃぁにゃぁ! フルコンボだにゃぁ!」
「脚を遊び半分で突くなぁ!」

筋肉痛の脚を庇うように手を広げたプロデューサーさんが涙目で叫ぶ。
いい年してお馬鹿なことをするからだと思う。

「あら?」

どこか、後ろから涼やかな声がした。

「あっ、楓さんお帰りなさい」
「ふふっ、プロデューサー。湿布だらけのジャージ姿、初めて見ます。少し可愛らしいですね」
「いや、お恥ずかしい」

……なんだろう、これ。
本当に恥ずかしいとばかりに頬を掻くプロデューサーさんを見て軽くイラっとした。

「……ていてぃっ」
「うがっ!?」
「ヒロミチャンには負けないにゃ! にゃっにゃっ!」
「……ていてぃっ」
「にゃあにゃあ!」
「え、えと……私も頑張ります! え、えいっ!」
「が、頑張らなくていいからっ! お前らぁっ!」

ちょっと気が晴れた。
余は満足じゃ。……な、なんて……?

『ランニング』

アイドルは体力勝負だ。一部の例外を除いて、これだけは必ず必要になる。
……ってプロデューサーさんが言ってた。
という訳で今、私は事務所までの道を走っている。

「……な、なんでプロデューサーさんまで走ってるの?」
「プロデューサーたるもの体力は必須だからな」
「……で、本音は?」
「……この間みたいに情けないのはちょっと……」

私と並走しながら目を逸らして答えるプロデューサーさん。

「前もこんなこと言って走ってたよね。その時はどのくらい保ったっけ?」
「い、一週間」
「四日だよ」

瞬間、瞳を泳がせて一気に走る速度を上げるプロデューサーさん。

「大人の男の歩幅の大きさを思い知れ!」
「あっ、大人気ない! プロデューサーさん大人気ないんだ!」
「なんとでも言えっ!」

それに釣られるようにして、私も走る速度を上げる。
なんとなく、こんな大人に負けたくない気がした。



 ◇



「あ、あの……なんでプロデューサーさんが朝からソファーで倒れているんでしょう?」

僅かに目を見開いて私に尋ねる卯月さん。

「すいません、ちょっと分からないです」
「うーん、そうですかぁ」

勝った! ふふん、今日は勝ったよプロデューサーさん。

一旦ここまで。

乙にゃー
裕美チャン愛を感じるにゃあ
(日記の人っぽいにほひがするが、さて…)

>>10
(なんで分かるの……?)

『例えばこんな、ありすでれ』

「いいですか。プロデューサー。私は貴方を認めた訳じゃないんです」

私とは違う、癖のない真っ直ぐな髪。
私とは違う、ぱっちりとした綺麗な瞳。でも、今となっては羨むことはない。
……な、なーんてきっぱり言えたら良かった気がするけど、完全にないとは言えない。例えば私がああだったらという想像は時折今でもしてしまう。
でもそれは昔私が考えていたような、自分を否定することではなくなっている……と思う。なくなってたらいいな。……うぅ、こういう自信のなさで微妙に情けなくはなる。

視界の端で彼女、ありすちゃんの端正な眉が釣り上がった。
私と同様にみくさんも若干呆れたような視線をありすちゃんとプロデューサーさんに向けている。

「そ、そうです! プロデューサーにはちょっとだけ、ちょっとだけ恩がある、気がします。だからその分だけは返してあげます」
「お、おぅ」
「きちんと私の話を聞いていますか? これもプロデューサーが話を聞かない向こう見ずなのが悪いんです。だから……その、ですね」
「なんだ?」
「お、大人になるまで! わ、私が大人になるまではプロデューサーが一人前になるお手伝いをしてあげます! その頃には私はきっともっと凄くなってますから! 大人になるまでです!」
「大人になるまでか。それは心強いな」
「……そうでしょう?」
「あぁ」

一瞬だけ、ありすちゃんの表情に陰りが浮かんだ気がする。
聞き取れないが、口元がもごもごとしている。

「……ぃぇ、その……プロデュ……ももっと凄く……ったらもうちょっとだけ……大人になっても……」
「もうちょっと大きく喋ってくれ」
「なんでもないです! もうっ!」

そっぽを向くありすちゃんと頬を掻くプロデューサーさんの姿が少しだけ微笑ましく見えた気がする。

「これは……事案発生かにゃ?」

その言葉に微笑ましく見えていたプロデューサーが一瞬で巨悪に変化した気がする。
……薄々そんな気もしてたけど今は聞きたくはなかった気がするよ。

『ありし日のありす』

「橘ありすです。……名前はあまり好きじゃないです。他の呼び方で呼んでください」

彼女はお人形のようで、なぜかむっつりとした表情をした女の子だった。

ありすちゃん。……じゃなくて橘さんと言えばいいのだろうか?
私が一人静かに思い悩んでいると、顎に手を当てた楓さんが小さく呟いた。

「……あーちゃん。じゃああーちゃんで。よろしくね、あーちゃん」
「いえ、全然よろしくないと思うんですけど」
「……じゃぁ、ありちゃん?」
「なんかそのうち事務所の基盤を喰い荒らしそうなあだ名でみくは驚愕の一言にゃ」
「人を白蟻扱いしないでください!」
「……あーちゃん。これが最近の若い子の感覚なのか。あーちゃん、よろしく頼むよ」
「ふふふっ。プロデューサーも私よりちょっと上なだけじゃないですか」
「ははは、いや、子供に囲まれてると変に年寄りぶる癖が付いてしまうんですよね」

子供扱いされて、少しだけ面白くない。
都合のいい時だけ子供と大人を分けるプロデューサーさんはズルい気がする。

「……あーちゃん、いや、あーにゃん……あ、これダメなやつな気がする。みくのアイデンテティとなにか踏み荒らしてはいけないなにかに踏み込んだ気がするにゃ……」

『子供のままじゃいられない!』

ありすちゃんの澄んだ瞳が私を真っ直ぐに見上げてくる。

「大人になるってどういうことなんでしょうか?」
「な、なんで私?」
「いえ、裕美さんはなんとなく日頃から思い悩んでそうな気がしたので」

なんなんだろうか。その直感は。
確かに日頃から思い悩んで居ないのか、と言われると自信がないけど。

ふと、どこかから視線を感じた。
ありすちゃんの背後数メートルから卯月さんがこちらに向けてきらきらと輝く視線を向けていた。……混ざりたいのかな。多分混ざりたいんだよね。

「卯月さんとかに聞いてみたらどうかな? 楓さん除いたら年上さんだしね」

なぜか途端にありすちゃんは幼いその表情に戸惑いを浮かべた。

「……卯月さんは、その。悪口じゃないんですけど、形状記憶合金みたいな精神性というか、折れ曲がっても半日経ったら元に戻っているような末恐ろしさがあるような気がします」

ありすちゃんの後方で膝を突いて項垂れる卯月さんを茜さんがご機嫌な表情を浮かべて引きずって行くのにそっと黙祷を捧げた。
確かに半日後にはいつもどおりの卯月さんに戻っていそうなので、あながち間違っていなさそうなのがなんとも言えないところだった。

『子供のままでもう少し』

車を走らせる音が車内に響く。
少し小さくなった芳香剤の匂いだけがただただ辺りを漂っている。

「ねぇ、プロデューサーさんも子供の頃早く大人になりたかった?」
「どうしたんだ、いきなり」
「……ありすちゃんに聞かれた」
「……そっか。そりゃあれだよ。あれだよ。アイドルは生き急ぐ職業だからな」
「そうなの?」
「そりゃ、な。一握りの人を除いてアイドルで居られる期間なんてのは限られてるからな。それにあれだよ。誰だってなにかのきっかけでふと、一人暮らしをしてみたくなったり……ってそれもまだ早いか」
「なんとなく、分かる気がする」
「子供の頃はそれなりに甘えられる、それって案外貴重かもしれないが……」

ふと、プロデューサーさんは大仰なため息を吐いた。

「子供は大人になりたくて、大人は子供に戻りたいって世の中だからな」
「……戻ってみたい?」
「ちょっとだけな。いや、どうせなら青年期くらいに戻って若手敏腕イケメンプロデューサーして名を馳せてモテモテになりたい」
「それって敏腕くらいしか原型残ってないよね」
「な、なぁ……。イケメンは……? イ、イケメンは……?」
「……」
「……」
「きちんと前見て、事故起こさないでね」
「あっ、はい」

ミラーに映るプロデューサーさんの色を失った瞳が少しだけ面白くて笑いがこみ上げてくる。

「私は、もうちょっとだけ子供で居ていいかな」
「あと十年くらいまでなら許してやろう」
「……それは、逆に長すぎるよ」

冗談めかしたその言葉が、どうしてだか冗談に聞こえなくて、また小さく笑った。

おわり。
なんか変な設定入れたり境遇変えたから話が小さく纏まりすぎたかも。
ここまで読んで頂けて感謝。

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