勇者「え?僕が勇者ですか?」 (51)
勇者「うーん……困りますね」
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勇者「今月にあげなければいけない原稿がありまして」
勇者「今とても良いペースでかけているところなのですよ」
勇者「え?そんなものは後にしろ?」
勇者「困った方だ。思いついたときにしか書けない思いついたものは書けない。今しか思いつけないから今書く」
勇者「書物を生業とする者は鉄則ですよこれ」
勇者「痛っ!」
勇者「なんでたたくんですか!!」
勇者「……とにかく、僕じゃなくて他をあたってください。勇者になりたい方は沢山いますでしょう適している方も」
勇者「僕を見なさい」
勇者「弱そうでしょう?」
勇者「えぇ、見た目通りの弱さですよ。魔法を少々使える程度で、剣なんて持つことさえできません」
勇者「ま、私の剣は、このペンですから。筋肉なんて必要がないのです」
勇者「痛っ!叩かないで!」
勇者「別にあなたの筋肉にいったわけではありませんよ」
勇者「えっ?ちょっとまって」
勇者「そのロープはなんですか?」
勇者「……嫌ですよ」
勇者「絶対いきませんからね!!」
勇者「にげっ……!?」
勇者「うおおおああ!!はなせぇええ!」
勇者「ぼ、僕は勇者なんてやらないからなぁ!!」
王「よくきたな勇者よ」
勇者「もう勇者扱いですか……」
王「そうぼやくな。私とて、信じられんのだからな。おぬしのようなもやしが勇者の神託を受けたなど」
勇者「ひ、酷い言われ様ですね。否定できませんが悔しいです」
神官「あなたも突然のことで頭がいっぱいでしょうが、事態は深刻なのです」
王「うむ」
神官「隣国ではすでに8名の勇者が神託を授かり、北の大地に門を構える魔王討伐へ向けて出発しています」
神官「一方わが国では、あなたでやっと2人目という、致命的なまでの神官の力不足」
勇者「なるほど。あなたが無能なわけか」
神官「まあ、ざっくりいってしまえば」
王「神官がこのものしかおらんからな。仕方ない」
神官「一刻も早く、成果をあげられる勇者をわが国からも輩出しなければ、隣国との交渉が難航してしまいます」
勇者「それで、急いで私を旅立たせようと」
神官「ええ。 」
勇者「待ってください。おかしい点が2つ」
勇者「まず僕は成果をあげられる勇者になり得ません。その点はすでにお分かりのはずです。急いで旅立たせたとしても、僕は無駄に早く死ぬだけです」
神官「確かに」
勇者「もう一つ。わが国から旅立った勇者は、隣国の8名に引けを取らぬ武勲を打ち立ててきたと聞いております」
勇者「幹部魔族の1人を倒したお話も耳にしました。その実力は隣国の勇者1人1人よりも遥かに高いはず。数では負けていても、彼一人で十分のはずでは?」
神官「……ええ。彼は完璧な勇者でした」
神官「強さ。人望。愛国心。全てを併せ持ち、愛され、必ず魔王を倒すと、全国民に信頼を受けていた」
神官「しかし、そんな彼も……」
勇者「……ま、まさか」
勇者「情報は僕のような民間人には回って来ないが、裏ではそのような事態に……」
神官「さすがは物語を綴ることが生業なだけありますね」
神官「そう……」
神官「彼は最果ての街で町娘と駆け落ちし、現在行方不明なのです」
勇者「ぶっっっっ!!」
勇者「か、駆け落ち!?」
勇者「嘘でしょう!?」
神官「彼には常に我々と意思の疎通が出来るよう衛兵をつけていました。その衛兵からの情報です。間違いない」
勇者「な、なんてことだ……由々しき事態には変わりなかったが、理由がロマンチックすぎる」
王「事態は一刻を荒らそうのだ勇者よ」
王「このような事実が触れ回る前に、新たな勇者を立てなければならんのだ」
王「神託を受けていなければ勇者にはなれぬ」
王「形だけでもいい。神官に地獄のような修行を課し、新たに神託を授けさせるから、それまで勇者として旅立ち持ちこたえて欲しいのだ」
神官「え?」
勇者「神官さんに地獄を課すことにはむろん賛成ですが……」
勇者「僕が勇者として旅に出ても国の恥さらしになるのではないでしょうか。魔物と戦闘もしたことがありません」
神官「え?」
王「案ずるな。なんとかなる」
勇者「なりませんよ!」
王「一応最高の兵士、軍曹をつけるから死ぬことは避けられるはずだ」
王「軍曹。参れ」
勇者「…………おぉ」
軍曹「失礼します陛下」
勇者「……身長はおいくつでしょうか」
軍曹「3m25㎝だ」
勇者「人じゃない……」
王「軍曹はこう見えても大剣の達人だ。そんじょそこらの砦の魔族なら1人で殲滅できるだろう。おそらく隣国の勇者より全然強い」
勇者「どう見えても達人ですしあり得ない強さしてますね」
勇者「……でもこの方と一緒なら僕は戦わずにすむかも知れない」
王「隅っこで書物でもしてろ」
勇者「そうします」
勇者「分かりました」
勇者「この国の由々しき事態に僕だけがワガママを言うのも、一国民として恥に思いますし、書物も出来そうなので、旅に出ます僕!」
勇者「軍曹さん!よろしくお願いします!」
軍曹「任せろ。血祭りにあげてやる。早く外の世界で暴れたかったんだ」
王「うむ。決まってよかった」
王「軍資金、備品などは軍曹に渡しておこう。すぐ準備に取り掛かり、明朝には出発するのだ」
王「明後日の新聞にはデカデカと載せるからな。新たな勇者出発の朗報を!」
王「国民からの期待は前勇者にまだ集まっているだろうが、新たな希望としての重責に襲われるだろう」
王「だが気にせず進め!必ず新たな強くてカッコいい勇者を後から送り出す!」
勇者「色々複雑ですが……少しの間の辛抱ということですね」
勇者「待っていてくれ……僕の新作を
心待ちにしている読者たちよ……」
勇者「この経験も糧として書に込めてみせる。止揚させてみせるよ僕は!」
勇者「いくぞ!」
こうして、勇者の旅は始まった
眠ります
勇者「さて、始まりの草原に来たわけですが」
勇者「軍曹さん。この先どうしたらいいと思います?」
軍曹「うむ。勇者へ与えられた任務、行動予定を記した手帳がある。これを参考に旅路を決めよう」
勇者「なるほど。そのようなものが」
勇者「計画性を持って旅に出られそうで安心しました」
勇者「えー、なになに……」
勇者「最終の目標は、やはり魔王討伐ですか。ふむ。次点の目標として、四天王の撃破、拠点の奪還、有事の際要請に応じての守護任務……なかなか多いですね」
軍曹「お前専用の手帳ではないからな。ルールブックみたいなものだ」
勇者「出来そうにないことばかりで読むのが辛くなってきました」
軍曹「目標は無視して、最低限、勇者として行わなければならない活動をすればいい。よく見てみろ、書末に王から直筆で宛てられているだろう」
勇者「書末に……」
勇者「お、これですね。なになに……」
王「まずは東の国へいき、東王へ挨拶しなさい。東王は前勇者の駆け落ちを知る数少ない人物だ。新たな勇者として東王を安心させ、外交への影響が無いようなんとかしろ」
勇者「僕が!?」
軍曹「どうした」
勇者「い、いえ、少し前勇者と王に苛立ちが」
勇者「なぜ僕が外交問題を解決しなければいけないんだ……」
勇者「東の国へ行き、東王への謁見を済ませよとの事でした」
軍曹「なるほど。東の国か……」
勇者「僕は国内を出たことが無いのですが、遠いのですか?」
軍曹「徒歩で4ヶ月くらいだな」
勇者「ぶっっっっ!」
勇者「よ、4ヶ月ですか!?遠い!!」
軍曹「その間に鍛えてやる。安心しろ」
勇者「何一つ安心出来る要素がないのですが」
勇者「馬車や連絡船を使用しましょうよ!僕の行動範囲なんて半径100mが限界です」
軍曹「そんなものは存在しない」
勇者「へ?」
軍曹「魔王の手によって、世界全土各地に魔物が配備されている。国土内や街は護ることが出来ても、その道中の安全は保障されていない。馬車産業なんてものはお偉いさん専用のものだ」
勇者「なんと……そこまで手が回っているとは。無知ゆえに節操のない話をしてしまいました」
軍曹「案ずるな、徒歩で4ヶ月なら、走って2ヶ月だ。眠らなければ1ヶ月でつく」
勇者「分かりました、歩きましょう。ちゃんと眠って走らず歩きましょう」
眠ります
歩き始めて2週間
勇者「はあ、はあ……な、なんというペースでしょうか……」
勇者「徒歩というより競歩に近い……」
軍曹「なかなか歩けるようになってきたな。もやしの割に頑張るじゃないか」
勇者「軍曹さん普通に置いていくから」
軍曹「これも稽古の一環だ。少し体力がついてきただろう」
勇者「確かに前よりも息切れをおこしにくくなったかもしれません」
軍曹「そろそろだな……」
勇者「そろそろ?」
軍曹「あぁ。まずは最低限の体力を身につけて貰ったんだよ」
軍曹「実践に向けてな」スラッ
勇者「えっ?ちょ、ちょっと待って下さい、なぜ大剣を抜くのですか!?」
軍曹「気にするな」
勇者「ちょっ!!!なぜ僕に……!!」
軍曹「ふん」
ズガァァンンン!!
勇者「おおおおおああ!?!?」
勇者「だ、大地が割れた…ぁ…!?」
魔物「ギャオオオ!」
軍曹「出てきやがったか。予想通りだぜ」
勇者「痛っ!着地が出来ないっ!」ズシャッ
軍曹「勇者!見とけ!これが実践だ!」
勇者「え!?魔物!?」
勇者(確か地中に潜むタイプの魔物ですねアレは!硬い殻を持つことが特徴で、並みの剣士では殻を割ることが出来ないため、関節を狙うのが定石だったはず!)
軍曹「説明ありがとよ!!」ブンッ
ガギャッッンンッッ!
魔物「ギャオオオ!?」ブシュァッ
勇者「なっ!?殻ごと叩き割った!?」
魔物「ギャオオオ!」グネグネ
軍曹「ちっ、まだ頭部は動けたか」
軍曹「消え去れぃ!!」カッ
バゴォオオオン!!!
勇者「どわぁぁあ!!」
シュウウウ……
軍曹「……やり過ぎたか」
戦闘後 ちょっと落ち着いてから
軍曹「とまぁ、あれが実践訓練だ」
勇者「……」ボロボロ
勇者「何一つ参考に出来ない……」
勇者「軍曹さん、僕にあのような戦闘は無理です。大剣など持てませんし、最後の魔法はなんですか?辺りが吹き飛んだんですけど。僕も含めて」
軍曹「最後のアレか。ありゃ爆烈魔法の上位だ。抑えたつもりだったんだがな、やり過ぎた」
勇者(爆烈魔法も使えるんですか……大剣でぶった切って魔法で吹き飛ばす……ベルセルクのガッツかこの人は)
勇者「軍曹さんで魔王倒せそうですね」
軍曹「やってみなきゃ分からんな」
勇者「それは無理だ、とか言わないんですね……」
勇者「それはそうとして、軍曹さん、相談があります」
軍曹「どうした?筋トレについてか?」
勇者「違います」
勇者「2週間……僕はペンを握っていません。歩き詰めで、脳も正常に機能せず、思考することさえ出来ませんでしたから、筆を起こすことなど考えつきすらしませんでした」
勇者「ペンを持たぬ僕など、存在していても、世界にとって意味がない……」
軍曹「お前の本そんな売れてないけどな」
勇者「しかし!」
勇者「今まさに、軍曹さんの戦闘から素晴らしいインスピレーションが降りてきました!すぐにでも文字に起こしたいのです!お時間を下さい!」
軍曹「……よかろう」
勇者「あ、ありがとうございますッッ!」
勇者「では早速執筆するために簡易机を作らなければ……」
軍曹「歩きながらな」
眠ります
さらに1ヶ月後
東の国まであと1/3
勇者「……のよう……選ぶ…………煌めく風に……髪……」カキカキ
軍曹「本当に歩きながら書くとは。変人だな」
勇者「…………むっ!!」
勇者「お、降りてきました……ぁあ!!」
勇者「集中ッッ!」カキカキカキカキカキカキ
軍曹(……出やがった)
軍曹(謎の集中モード。こうなったこいつの書くスピードは凄まじい。この俺でさえこいつのペンを止めることは出来ないように感じてしまうほどの、気迫だ)
軍曹(……思えばここまでの戦闘でもそうだった)
軍曹(こいつは1度集中した状態に入ると、凄まじい力を発揮する)
前回の戦闘の時
軍曹「ぉぉ……」
魔物abcdefghi「ゴォアア!!!」ズラッ!
勇者「な、なんという数でしょうか。10体近くいますよ!」
勇者「怪力系の魔物が群れを成すなんてことは稀なはずなのに!」
軍曹「ふん、臆するな。ただのデカブツ集団。速攻でカタをつけてやる」ガシャッ
軍曹「そこでみとけ!!」ダンッッ
ズバッァ!ザシュッ!ドゴッ!ドガァァンン!!
魔物たち「ゴォアアァァ!?」
勇者「ま、マジで怪物ですね。何をどう鍛えたらあの大剣が棒切れのように震えるのでしょうか」
「へっへっへっ……」
勇者「!?背後から不敵な笑い声がッッ!?」
勇者「な、何者ですか!?」
ボス「作戦通りだぜぇ……」ヌゥン
勇者(で、デカい……!あそこの魔物たちよりも遥かに……!)
ボス「子分どもにデカい方を任せ、俺は貴様を担当する。そして貴様を人質に奴を[ピーーー]。我ながらナイスな作戦だ」
ボス「選びな、もやし野郎。今、死ぬか人質になるか」
勇者「……くっ!こいつ……!」
勇者(軍曹さんの戦闘は流石にまだおわらなさそうです。それに、こいつの作戦なのか、かなり離れた場所まで移動してしまっています。いくらあの人でも、一瞬でここまで来るのは……)
ボス「なげぇよ、もやし野郎!!」ブンッッ
バゴォオオオンン!!!
勇者「うわぁ!!?」ドザァッ
勇者(な、なんてパワー……!こんなの食らったら……死にます!!)
ボス「あんまり遅えと殺しちまうぞ?うん?」
勇者「……!!」
勇者(こ、ここで僕が死んでしまったら……せっかく貴重な実経験をもとに記してきた資料たちを、新作に活かせなくなる……!新作を書けないということは僕にとって死ぬほど辛い!!)
勇者(何としてでも……この場を切り抜けなければ……!!)
勇者「きっ、決めました!」
ボス「おう、聞かせてみろや」
勇者「……殺されるくらいなら、抵抗します。死力を尽くして」
ボス「……いい度胸だ。もやし」
ボス「死にサラセェえええ!!!」ブンッッ
勇者(……集中ッッ!!!)
勇者(こいつが振り回す棍棒はよく見れば木でできています。おそらく軽さと武器としての体積の広さから選択しているのでしょうが……)
勇者「とぉう!」バッ
ボス「ぬぅ!?、」スカッ
勇者(軽いとはいえあの大きさ、振りかぶらなければ振り回すことは困難!集中し初動をしっかりと見極めれば……)
ボス「避けるんじゃねえ!」ブンッッ
勇者「はっ!!」サッ!
勇者(避けることは可能ッッ)
勇者「僕はこんなとこでは死なないぞ……!!」
ボス「クソもやしがぁあ!!」バゴォオオオンン!!!
軍曹「ふん、これで全部か。やけに逃げ回りやがるせいで時間を食ったな」
軍曹「さて、あいつは……」
軍曹「!!」
軍曹(あれは……ここらのボスかなんかか?やけにデカい怪力系の魔物だ。襲われてるじゃねえか)
バゴッ!
勇者「いゃぁぁ!」ゴロゴロッ
ズガッ
勇者「・っ!危ない!」サッ
ブンッッ
勇者「とぉう!」ババッ
軍曹「ほぉ……良い動きしてるな。怯えてなにも出来ないかと思っていたが、存外肝が座ってたか」
ボス「はぁ……はぁ……ちょこまかうぜえんだよ!!戦うなら闘えやクソもやし!」
勇者「ゼェゼェ……!な、何を言っているのです。今まさに戦っているでしょうが!死力を尽くして!」
ボス「避けてばっかじゃ戦ってるとは言えねえんだよ!!」グワァッッ
勇者(大きく振りかぶった!!)
勇者(か、回避態勢に……!)
ザシュッッッ!
ボス「がぁッッ!?」ブシュッ
軍曹「良くやったな、勇者」
軍曹「良い動きしてたぞ」
勇者「ぐ、軍曹さんんん!!」
軍曹(これが最初の事例だ。このときからこいつから才能のようなものを感じるようになった。戦闘時、まだこちらから攻めることは出来ないようだが、戦うことは十分できる)
勇者「……ここに……!す……はな……!」カキカキカキカキ!!!
軍曹(……鍛えたら化けるかもしれんな。前勇者のように)
東の国 とある宿屋
「……」ペラ……
「…………」
「……今回もなかなか良いな」
バタァン!
付人「たっだいま〜〜!」
「うるさいのが帰ってきたか。扉は静かに開けろ」
付人「わりーわりー。なかなか良い食材が売ってたからさ、ウキウキしちゃって」
付人「なに?またお前本なんか読んでんのか?」
「……別に良いだろう。好きなんだから」
付人「いつも同じ著者だよな。確か名前は……」スッ
「あっ、優しく扱えよ!」
付人「えーと、なになに……奥付によると……ってお前これ隣国の出版じゃん!」
「本に国境なんか関係ないっ!」
付人「勇者ともあろうものが、愛国心がたりねぇんじゃねえの〜笑」
女勇者「……勇者と本も関係ない」
女勇者「この方の本は他の本にはない魅力があるんだよ。なんというか、こう……文章から感じられる勢いとか迫力には、鬼気迫るものを感じる。読んでいるこっちも、身体が熱くなってくるんだ」
付人「へぇ〜。この旅が終わったら、隣国でも行ってあってみればいんじゃね?すぐ会えるだろ」
女勇者「ば、バカなことをいうな!私なんかが会って何を話すというんだ。本を介して、この方の意識に触れられればそれでいい……」
付人「……熱烈だねえ」
付人「まあ、なんにせよ旅がしっかり終わればの話さ。他の勇者も頑張ってる。特に隣国の勇者には先手を取られっぱなしだ」
付人「ぼちぼちがんばってこーぜ」
女勇者「あぁ、勿論だ。平和のためにな」
眠ります
東の国 門前
勇者「あぁぁぁぁ……あぁ……」ズリズリ
勇者(こ、ここが……東の国……)
勇者「やっ……と……着いた……」バタッ
軍曹「久々に来たなー。相変わらず無駄にデケェ門だ」
軍曹「ん?おい勇者、何してる」
勇者「な、なにしてるって……見ての通り限界が……」
勇者(あれから3週間……なんだかんだでほぼ休み無しで駆け抜けさせられました)
勇者(道中の魔物をなんとか退けながら、戦闘を重ね時には怪我もしました。しかし、走りながら治癒魔法をかけるという矛盾した行為を強いられたおかげで今僕の体力魔翌力はゼロです)
軍曹「まぁ、良くやったよお前は。途中死ぬんじゃねえかと思うことが何度かあったが、お前なんだかんだ生き残ってるしな」
勇者「全ては……新作の……た……」ガクン
軍曹「気絶したか」
軍曹「とりあえず宿屋に運んでやるか。精のつくものを食わせねえと身体も強くならねえ」ガシッ
女勇者「ふぅ、やっと帰ってこれたか。なかなか厳しい任務だった」
付人「本当厳しいかったわ……魔翌力すっからかんだもん俺」
女勇者「すまんな。接近戦でかなり傷を負ってしまったから、回復をしてもらわねばあそこのボスには勝てなかった。ありがとう」
付人「気にすんな、僧侶の仕事なんてそれくらいしかねえし」
付人「って、門前にえらくデカい男がいるぞ。3メートル越えてんじゃねえか?」
女勇者「……一人担いでいるな。旅人か?」
付人「顔も厳ついし剣もバカデケェし……ベルセルクのガッツかよ」
付人「関んねえのが吉だ。早く東王様に報告して、宮殿の飯にありつこうぜ」
女勇者「……あぁ」
女勇者(あの男……どこかで……)
宿屋
軍曹「ここがこの国で一番デカい宿屋か。いいサイズだ」
主人「おお。これまたデカい人がきたもんだ。あんたもいいサイズだよ」
軍曹「大人2人で一部屋貸してくれ。あ、あと飯を頼む。こいつに腹一杯食べさせないといけない」
主人「連れは小さいんだね。分かった、203号室を使ってくれ。飯は《トリプルステーキのマッシュルーム添え》でいいかい?それが一番性のつく料理だ」
軍曹「トリプルの響きがいいな。それにしてくれ」
主人「よしきた、20分もあれば出来る。寛いでいな」
203号室
勇者「……はっ!!」
勇者「こっ、ここは……?」
軍曹「起きたか。お前、魔翌力体力を使い切って倒れたんだよ。ここは国内の宿屋だ」
勇者「運んでくれたんですね。ありがとうございます」
勇者「……ここ、色々とモノが大きい宿屋ですね。……金魚鉢らしきモノに容れられている生物が金魚の50倍くらいあります……」
軍曹「俺が休めるベッドがある宿屋なんてなかなか無いからな。うし、準備しろ、飯を食うぞ」
勇者「ご飯があるのですか!?」
軍曹「用意してもらった。お前の疲弊しきった身体を直し鍛え上げるには肉がベストだからな、全部食えよ」
勇者「余裕ですよ!今の僕の胃袋はブラックホール並みです!!こう見えても大食らいなんですから!」クワッ
軍曹「……ベッドに這いつくばってる姿勢からそんなに勇まれてもな」
飯
勇者「うっぷ……もう食えない……」
軍曹「おいこら。ブラックホールどうした」
勇者「す、すみません……まさかこんなサイズで出てくるなんて……巨人族の料理かと思いました」
主人「情けないねえ。連れの方の食いっぷりを見習いなよ」
主人「はい、おかわりのごはん」ゴト
軍曹「ありがとうよ」
勇者「元々の自分のぶんと僕が残してしまったぶんに加えて、おかわり3杯目とは。胃袋も化け物ですね」
軍曹「食える時食っとかねえとな。こんな時代だ」
軍曹「お前も後悔しねえように食っとけよ」ガツガツッ
軍曹「多分、これから厳しい任務が与えられるからな」
勇者「えっ?」
勇者「……ここに来て任務ということは、東王様から言い渡されるということですか?」
軍曹「そういうことだ。お前の容姿・経歴、うちんとこの勇者事情、自身の持つ性格、この3つから見て、東王は確実にお前の実力試しを任務として下す」
勇者「……なるほど。当然といえば当然なのでしょうか」
勇者(僕らの国のいわば弱みを握っているといえる東王様。弱みを知っているということは、付け入る隙を伺えるってことだけど、その点をこちらが過剰警戒して東王様との外交に消極的になってしまえば、マイナスな点も多い。納得のいく妥協点が無ければ、お互いの欺瞞は晴れないでしょう……)
勇者(僕を試し、本心は別としても、形だけでも納得したすれば、ある意味の約束になる。そちらの新たな勇者は信用出来るという理解の器を示し、加えて弱みを知る強みを押し出すことが出来る)
勇者「東王様は……とても強かなかたなようですね」
軍曹「は?何を勘違いしてんだ?」
勇者「へ?」
ねむります
東の国
「……ほう。勇者が来たのか」
大臣「はい。軍曹殿もおられます。通しますか?」
「もちろんだ。前勇者の失態……それなりの者を寄越してきていることを期待しよう」
「応接間へ通せ」
大臣「はっ」
勇者「……軍曹さん」
軍曹「あ?どした」
勇者「……なんですかこの応接間。我が国と違いすぎではないでしょうか」
軍曹「この国の王様がこういう方針なんだよ。気にするな」
勇者「はぁ……」
勇者(正直に申し上げますと、とても普通な応接間なのです。別段装飾も豪華ではなく、高そうなよくわからない芸術品が飾られているわけでもありません)
勇者(ここが国の中心であり王の住む場所だなんて、信じられないほど普通)
勇者(外観もそうでした。まさか城ではなく一軒家で3階建だなんて。それなりの大きさでしたが、我が国の王宮と比べると、1/10ほどしかありません)
勇者「……こんな簡素な所に住む王様がいるのですね」
軍曹「会ってみりゃ分かるぞ、どんな方なのかな」
大臣「大変お待たせいたしました。東王様が参られたので……」
勇者「は、はい!」
「待たせたな……勇者、軍曹」
「私が、東の国の王、東王だ」
東王「すわったままでいいぞ」
勇者「はっ、お初にお目にかかります、勇者と申します」
軍曹「久しぶりだな、東王さん」
東王「軍曹、お前は変わっておらんな。この場では窮屈だろう」
軍曹「ふ、気にしないでくれ。宮殿よりこっちの方が落ち着く」
勇者(こ、このかたが東王様……)
勇者(なんと言えば良いのか……途轍もない圧力を感じさせる方ですね。軍曹さんより少し年齢は上のように見えますが、思っていたよりも若い)
東王「……君が新しい勇者か」
東王「前勇者よりも……かなり頼りなく見えるが大丈夫なのか?軍曹よ」
軍曹「んー……それは俺の口からは話し辛いな。口が上手くねえからよ」
勇者(!?軍曹さん!?)
勇者(ここは形式だけでも東王を安心させなければいけないのではないでしょうか?!)
東王「ほお。なるほどな……。勇者よ、前勇者のことは知っているか?」
勇者「は、はい、我が国王からお聞きしました」
東王「ならば、すべての話が早く進むな」
東王「……そちらの国との外交において、前勇者の存在はとても大きかった。前勇者はこの東の国でも絶大な信頼を民から集めていたし、何より国家間を越えた献身性を民に示していた」
東王「私はそこに惚れていたのだよ。国において何よりも大切なのは民の存在だ。国とは面積でも宮殿でも御役人たちでも、私でも無い。民だ。その民たちを護るために、自ら前線へ繰り出し、滞在している間、数多くの任務を遂行してくれた」
勇者(やはり、とんでもない方だったんですね)
東王「勇者よ。私は民を守り、繁栄させる為ならどんなことでもする覚悟がある。我が身がどうなろうとも、死するときまでこの身を捧げ続けよう」
勇者(……)
東王「前勇者は、私と通ずるものが確かにあった。残念な結果に終わってしまったものの、この国で見せた『想いの強さ』は本物だったと、誰もが認めている。他国の王である私でもだ」
東王「勇者よ……」
東王「国と国を超え、世界のために、献身する覚悟はあるか?」
勇者「……!!!」
勇者「そ、それは……」
勇者(僕に……そんな覚悟があるわけない……ただ選ばれたから……だというのに)
軍曹「まあまあ、東王さん。さっき言った通りだ」
東王「?なにがだ、軍曹。私は今勇者に問うている」
軍曹「……俺も勇者も、口が上手いタイプじゃない。前みたいに行こうぜ、東王さん。俺らもあんたの信頼が必要なんだ」
軍曹「試練を与えてくれ」
軍曹「それで信頼させてみせる」
東王「……軍曹よ。前と同じ、なように行くと思うのか?」
東王「これでも人を見る目はあるつもりだ。彼は、強さという点で明らかに前勇者より劣っている」
東王「試練というチャンスを与えても、確かにいい。だが、甘くはせぬぞ」
勇者「……」
軍曹「……勇者、お前はどうだ」
勇者「ぼ、僕は……」
軍曹(完全に東王に呑まれたな……まあ無理もねえ。求められるモノが、うちの王様とは違い過ぎるんだ、東王は)
軍曹(腕っぷしで国民からの信頼を勝ち取り、善政の為に死力を尽くしてきた男だ。この男から信頼を得ることは、簡単じゃない)
勇者(……良い作品を世に出したい。それだけが、今までの僕の願いでした)
勇者(なぜこんなことに……新しい勇者が神託を授かるまでの辛抱だと思っていたのに……)
コンコン
東王「む、大臣か?」
ガタッ
大臣「東王様、失礼します。女勇者様と付人様がお戻りになりました」
ねむります
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