俺ガイルのSSです。
今更ですが、キャラ崩壊注意。
前々回:結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432456542/)
前回:結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」雪乃「勘弁してくれないかしら」
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」雪乃「勘弁してくれないかしら」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432826925/)
短編集:結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「短編集?」
※本編とのストーリー上の繋がりはありません。
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「短編集?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553278/)
余談ですが、ツイッターで感謝のやっはろーと呟いてくれると少し喜びます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440082972
原作 やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。③
①こうして平塚静は新たな戦端の口火を切る。
目を開くと、そこは見知らぬ天井だった。
八幡「……ここは?」
目覚めたばかりで意識は朦朧としていたが、今俺がいるこの部屋に見覚えがないことはすぐに分かった。
ここはどこなんだ……?
今の自分の置かれている状況を把握しようと、身体を起こして周りを見渡す。
俺が寝ていたのは清潔感のありそうな白いベッドだ。
そして部屋も全体的に白い感じで、そして周りにはよく分からない機械やなんやらが置かれている。その道具の一つから俺の身体に何かチューブのようなものが繋がっていた。点滴か何かだろうか。
点滴……?
そこまで考えて、ようやくこの部屋が病院の一室であるということに気が付いた。
そうかそうか、ここは病院だったのか。
……いや、待て。なんで俺病院にいるのん?
俺は今入院している状況なのだろうか。入院するのは、去年由比ヶ浜の犬を助けて車に轢かれた時以来だ。
あ、そうだ。由比ヶ浜だ。今ので思い出した。俺は由比ヶ浜に殴り飛ばされて、天井に突き刺さったんだった。
おそらく、その後病院に運ばれたのだろう。
改めて自分の身体の感覚を確かめてみると、確かに節々が少々痛むような気がする。とはいえ、その程度だ。特にどこかが動かなくなっているとか、そういった感じはしない。
由比ヶ浜に殴られて結構な勢いでコンクリの天井にぶっ刺さったと思ったのだが、この程度で済んでよかった。葉山との修行がなかったらまちがいなくあの世に行っていただろう。
本当に死ななくて良かった……と自分の命の無事を喜んでいると。
???「んん……」
という誰かが漏らした吐息が聞こえた。
この部屋に俺以外の誰かがいるのだろうか、とその吐息が聞こえた方に視線をやる。
その誰かとやらはすぐに見つかった。というか、ベッドのすぐ側にいた。
見れば綺麗な黒髪の人間が、俺が寝ているベッドに突っ伏して寝ている。
なんでこいつは、この病室内にいて、そして何故そんなところで寝ているのだろう……?
八幡「……起きてるのか?」
俺は控えめな声でそう問いかける。しかし帰ってきたのはすぅという気持ち良さそうな寝息だった。どうやら本格的に寝ているらしい。
見たところ女性のようだったので、どう対応すればいいか少々考える。これ肩とか揺すった方がいいのかな。実は起きてて触った瞬間にきゃー痴漢! とか叫ばれないよね?
でもこんなところで寝てるってことは、俺に関係のある奴だよな? ここ見たところ個室っぽいし。
どう起こそうか逡巡していると、俺が何か行動に起こす前にその人間が再び吐息を漏らしながら身体を起こした。
俺が起こすまでもなく、自分で目を覚ましたらしい。よかった、これで俺が痴漢で逮捕されることもなくなった。
身体を起こしたその人間──女性のようだ──の様子を窺うと……あれ、こいつ見たことがあるっていうか……。
八幡「雪ノ下?」
雪乃「……あれ、私、いつの間に寝て……比企谷くん!?」
なんと、ベッドに突っ伏して寝ていたのは雪ノ下だった。そういやその艶やかな黒髪どっかで見たなーとか思いましたよ。
その雪ノ下は眠気眼をごしごしと擦った後、俺の顔を見るとその目を大きく見開いた。そして一筋、頬に涙が伝う。
え、なんでこいつ泣いて──
雪乃「良かった……無事だったのね……!!」ガバッ
八幡「なっ、おい雪ノ下!?」
と同時に、がばっと雪ノ下に抱き付かれてしまった。近い近い良い匂い近いって!
待って、なんでいきなり泣きながら抱きついてきたんだ!? ここには由比ヶ浜がいるわけでもないのに!
雪乃「ひぐっ……ぐすっ……比企谷くん……死んじゃうかと思った……」
八幡「ああ……」ナデナデ
嗚咽交じりの雪ノ下の言葉を聞いて、そりゃそうだと思い直す。
まぁ、普通はあの由比ヶ浜の腹パン食らって天井突き刺さったら死ぬと思うよな。
実際はこうやって割とピンピンしてしまっているのだが。嫌だなぁ、あの由比ヶ浜に釣られて俺もちょっとおかしくなっちまってるような気がするなぁ……。
八幡「俺は平気だって、雪ノ下」ナデナデ
雪乃「えぐっ……本当に生きてて良かった……」
その後、あまりに身体に問題がなかったので、その日の夕方には退院出来てしまった。
いや、自分で言うのもなんだけど、あんなことがあったのに一日で退院ってどうなんだろうか。まぁ無事に越したことはないのだけど。
ところで、どうして雪ノ下は俺の病室で寝ていたのだろう?
× × ×
目を開くと、そこはいつも見覚えのある天井だった。
ていうか、俺の部屋だ。
昨日は夕方のうちに退院出来てしまったので、夜は普通に自宅で寝たのだった。
己の体調などを確かめてみるが、特にこれといった問題があるようには感じない。至って健康体である。
いっそ少しくらい怪我していれば入院したまま学校をサボることも出来たのであろうが、命にも身体にも問題がない以上普通に学校に行かねばならないし、それに友達がいない俺は学校を休むとその間のノートやらなんやらを写させてもらうことが出来ないのだ。よって必然的に出席率は上がる。
しかたねぇなぁ、とベッドから降りた。
よしっ、今日も一日がんばるぞい。
部屋を出てリビングに向かうと、ちょうど妹の小町が朝食の支度を終えていたところだった。
小町「あ、お兄ちゃんおはよう……体、大丈夫なの?」
八幡「おう小町、おはよう。特に問題ねぇよ」
共働きの両親は既に家を出ており(俺が入院したっていうのに、顔を見せなかったどころか心配のメールひとつすら寄越してくれなかった)、リビングには俺と小町だけ。
エプロン姿の小町が朝食を並べるのを終えると、手を合わせていただきますと言ってから朝食に手をつける。
しばらく朝食のスコーンに舌鼓を打っていると、小町が話を切り出してきた。
小町「ねぇ、お兄ちゃん」
八幡「あん?」
小町「本当に大丈夫なの?」
あ、何が? 目が? これが腐ってるのは元からよ?
小町「だって、天井に突き刺さったって言ってたじゃん……」
あ、そっちか。
ちなみに、入院する羽目になった経緯に関しては小町には伝えてある。由比ヶ浜に殴られて天井に突き刺さったって。最初は信じてくれなかったけど。
八幡「……だから、大丈夫だって言ってるだろ」
小町「そんなことがあって大丈夫だっていうのが、すでに大丈夫じゃないと思うんだけど……」
それは少々否定しがたい。正直に言って自分自身が一番驚いている。しかし実際に無事なんだから仕方がない。……もしかしてあれでも多少は手加減してくれていたりするのだろうか。天井に突き刺さっている時点で手加減もクソもないとは思うが。
小町「お兄ちゃん、最近変だよ? 五月に入った辺りからかな……」
あっ、それ由比ヶ浜が部活に入った頃だ。
小町「妙に頼もしくなってきたというか、カッコよくなってきたというか。んー。とにかく変っ!」
褒められているのか嫌味を言われているのか判断に悩むところだった。
八幡「まぁ、最近蒸し暑いからな。腐りやすいんだろ、目とか性根とか」
こんな腐った目でも長い付き合いがあると、それなりに愛着が沸くらしい。もはや俺のアイディンティと言えるだろう。
小町「んー。でも、最近お兄ちゃんの目もまともになってきちゃった気がするんだよね」
アイディンティクライシスに陥ってしまった。
八幡「だったら別にいいだろうが……」
つか、まともになってきたのに変というのはおかしいだろ。変化の変と言えばまちがってはいないのだろうけど、そもそも俺変わったとは思ってないし。
ちらと時計に目をやると、もういい時間だ。そろそろ学校に行かないと。俺は残りのスコーンをコーヒーで流し込むと小町に声を掛ける。
八幡「俺、そろそろ出るけど」
小町「あ、小町も一緒に行く」
もむもむとリスのように目いっぱいスコーンを頬張り、小町がいそいそと着替え始めた。だからここで着替えんなっつーの。
八幡「先、外出てるぞ」
ふわーい、という小町の間延びした返事を背中に受けながら玄関へと出ると、むわっとした梅雨時独特の空気がまとわりついてきた。
職場見学以来、青空を見た覚えがなかったが、これが由比ヶ浜の不機嫌による異常気象だと知ったのはだいぶ後になってからであった。
× × ×
じめじめとした空気が校舎の中にわかだまっている。登校ラッシュの昇降口は人が密集していてなおさら不快指数が上がっていた。
昇降口で上履きに履き替えて顔を上げると、見知った巨体が視界を覆った。
結衣「あ……」ゴゴゴゴ
何やら禍々しいオーラを纏っていた由比ヶ浜結衣は、戸惑った様子で視線を逸らす。登校ラッシュの時間なのに俺の周りに誰も人がいないなーって思ったらお前のせいかい。
しかもそのオーラの影響のせいなのか、なんかまた異世界への扉が開いてしまって『きゃあああああああ!!』あ、やべ。近くにいた生徒が一人巻き込まれてしまった。俺は瞬時に異世界に飛び込むと、その生徒の手を引いてすぐに異世界を脱出し、それからまた他の人が巻き込まれないうちにその異世界への扉を閉じた。ふぅ、今日も朝から働いてしまった。
いろは「あ、ありがとうございます……」
八幡「次からは気を付けろよ」
いろは「は、はい……カッコいい……」ポッ
助けた亜麻色の髪の女生徒は深々と頭を下げてお礼を言うと、足早にそこから立ち去っていった。俺はそれを軽く見届けると、由比ヶ浜に向かっていつも通りに声を掛けた。
八幡「うす」
結衣「……あ、うん」
それきり会話はなく、鞄を背負い直す。もう前みたいに由比ヶ浜が俺に対してやかましく挨拶してくることも優しく(?)してくることもない。
オーケー。超クール。完全にリセットできている。
もう前にこのSSを書いたのもかなり昔の話なので忘れている方も多いだろうが、俺は前の職場見学の際に犬を助けたことは気にしなくて良いと関係のリセットを図ったのである。もっと詳しいことは原作2巻を読んで欲しい。
リセットすることで俺は心の平穏を取り戻し──てないじゃん。今日も朝から異世界に飛び込む羽目になってるじゃん。ダメじゃん。もしかして原作ならともかく、このSSの由比ヶ浜との関係をデリートすることって出来ないんじゃないだろうか。デリートする前にデッドする羽目になりそうなんだけど。
× × ×
無味乾燥な六限目が終わった。
俺は実直で勤勉な学生なので、授業中は誰とも話すことなく、無言で過ごしている。
ちなみに六限目はオーラルコミュニケーションの授業だったので隣の席の人と半ば強制的に英会話をしなければならなかったのだが、始まった瞬間、由比ヶ浜がまた異世界からデーモンの召喚を行ってしまったので、魔物と拳のコミュニケーションを取る羽目になってしまったのだ。葉山の助力がなかったらちょっと危なかったな。さすが攻撃力2500。悪魔族ではかなり強力な力を誇るだけはある。
そんなことを思い返していると、帰りのホームルームが終わった教室内では「これぞ青春!」といわんばかりの他愛もない喧騒が繰り広げられていた。
そして、その中でも一際大きな声で賑やかにしている連中がいる。
大岡「今日顧問休みとかサッカー部ほんと羨ましいわー」
戸部「やっべ、お前ら今日部活とかマジウケんだけど。え。どーするー? 今日、どーするー?」
三浦「まかせるー」
ふと見やれば葉山たちが男女六人+由比ヶ浜入り乱れ、車座になってだべっていた。
ちらと目をやると、その中にいた由比ヶ浜と目が合う。
八幡「…………」
結衣「…………」
存在を認識し合っているのに、言葉は出ず、ただその挙動をうかがうようにそっと覗き合う。
葉山「じゃあ、久しぶりにダーツでも行こうか」
三浦「隼人が言うならそうするー♪ ほら、結衣行くよー」
戸部「えっ」
大岡「あっ……じゃあ俺、部活行くから。頑張れ」ポンッ
大和「俺も、ラグビー部あるから。頑張れ」ポンッ
戸部「ちょっ」
結衣「……え、あ、……うん! 今行く!」ゴウッ!!
しかし俺と由比ヶ浜の間で何かコミュニケーションを取る前に、三浦に呼ばれた由比ヶ浜ははっと顔を呼ばれた方に向けた。そしてそのままグループについていこうとする。俺の横を通った時、ふと、その歩調が鈍った。
迷ったのだろうか。このまま三浦たちと行くべきか、それとも奉仕部へ行くべきか。
まぁ、あいつは優しいからな。……いや、数々の臨死体験を思い返すと本当に優しいのか疑問に思う点はあるけど、とりあえずまぁ、あいつは優しいからな。そういうことにしておかないとこのSS進まないから。
俺はそんな優しい由比ヶ浜に気を使わせないために、そっと教室から立ち去った。
……そういや、あいつダーツに行くとか言ってたけど大丈夫なのだろうか。まぁ葉山いるしなんとかなるか。
× × ×
特別棟の四階。窓も壁もない奉仕部の部室では雪ノ下雪乃がいつもと同じく部室の最奥で平素と変わらぬ冷めた表情で……いや冷めてない。なんかすっごいニヤけた表情で雑誌のような物を読んでいた。雪ノ下にしては随分と珍しい表情だ。
そして、いつもなら文庫本を読んでいることが多い雪ノ下が雑誌を読んでいるというのもこれまた珍しい。
一体どんなものを読んでいるのだろうと気になって覗いてみると、なんとゼクシィだった。……最近の女子高生は、意識するのがお早いんですね。
雪乃「……あ、比企谷くん!?」
俺がやってきたことに気が付いた雪ノ下は慌てふためきながら、ばっと読んでいた雑誌を背に隠した。
そんなにそれを読んでいるところを俺に見られたくなかったのだろうか。
雪乃「その、これは平塚先生の忘れ物で……!!」
八幡「ああ、そうなのか」
雪乃「え、ええ、そうなのよ……」
よくよく考えてみればそっちの方が自然だった。しかしこの部室に置いていくなよ。
でもまぁ、あの人も最近由比ヶ浜絡みでの気苦労が絶えなさそうだからなぁ。本当に過労死を迎えてしまいそうだから、早く誰か貰ってあげてよぅ!!
雪乃「……由比ヶ浜さんは、来ていないようね」
その持っていた雑誌を自分の鞄に入れると(……平塚先生の忘れ物じゃなかったか?)、雪ノ下がそう言った。
八幡「ああ、なんか三浦たちとどっか遊びにいったぞ」
雪乃「……そう」
近くの椅子に座りながらそう返すと、雪ノ下はほっと安堵したように息をついた。どこか嬉しそうにも見える。天敵の由比ヶ浜が来なくて正直喜んでいるのかもしれない。
俺はどうだろうか。
もし由比ヶ浜が部室に来たとしても、俺は今朝と同じような態度をきっととるだろう。
こういう空気になったときの結末はよく知っている。
お互い、なんとなく距離を取って。なんとなく交流が途絶えて、そして、なんとなく二度と会うこともなくなる。ソースは俺。
小学校の同級生も、中学校の同級生も、皆そうして会うことはなくなった。由比ヶ浜ともたぶんそうなるのだろう。
……あれ、雪ノ下が由比ヶ浜の帰還を望んでいない上に俺も由比ヶ浜との交流途絶えたら、この作品完結するくね?
そんなメタっぽい考えが脳裏を横切った、その時であった。
平塚「おい、比企谷。どういうことだ」
唐突に、廊下の方から俺に向けて責めるような声が飛んでくる。
振り向いてみると、そこに立っていたのは件の気苦労の絶えない独身アラフォ……アラサー女教師、平塚先生だった。
八幡「いきなりなんですか……」
いきなりどういうことだと言われても、こちらもどういうことだと思うしかない。
平塚先生の様子をうかがってみると、なんかもう疲れと怒りとあとなんか諸々が混ざった、一言で言うと複雑な表情を浮かべていた。
平塚「なんですか、じゃないだろう。先ほど街中で由比ヶ浜が目撃されたと通報が入ったのだが、どうして部室に来ていない?」
通報て。何、もしかして由比ヶ浜の監視員って街中にいたりすんの?
八幡「いや、どうしてって言っても……理由は知らないんですけど」
平塚「理由がどうであれ、由比ヶ浜をこの部室に留めておくのが君たち奉仕部の役目だ」
そういえばそんな設定もあったような気がする。
ここ、奉仕部は紆余曲折を経て、あの暴走したら何が起こるか分からない由比ヶ浜の監視という仕事も請け負っている。ていうか日本のお偉いさんから無理矢理押し付けられた。
だが、それは何故だかは知らないが由比ヶ浜がこの奉仕部を気に入っていて、そしてこの奉仕部にずっといてくれたから出来ていたことだ。
由比ヶ浜が奉仕部に来なくなってしまえば、俺たちに出来ることはない。
しかし平塚先生がこちらを睨みつける視線は厳しい。
平塚「もしも由比ヶ浜が奉仕部を辞めてしまって毎日街に遊び歩くようになってみろ。今日は葉山が付いているようだが、もしもいなければ何が起こるか分からないんだぞ」
八幡「それを俺たちに言われても……」
平塚「だから比企谷、雪ノ下。君たちに命じる。次の月曜日までに由比ヶ浜をこの部室に連れ戻したまえ」
八幡「ええー……」
いくら政府の云々が絡んでいるからとはいえ、必死過ぎやしないだろうか。
ちなみに雪ノ下の方はもっと露骨に嫌そうな顔をしていた。これでは由比ヶ浜を連れ戻すことに協力してくれるとは思えない。
平塚「もしも連れ戻せなかったら政府の権限をフル活用して君たちを拘束する」
八幡「お、横暴だ……」
そんな権限があるくらいなら、それで由比ヶ浜を捕まえてもらいたいものだ。
平塚「では、今日の部活はこれまで。さぁ、確保する算段でも考えたまえ」
だが、俺の言葉は届いていないようだ。とーどけーとーどけー、おーもいーよとーどけー。
そのまま俺と雪ノ下は平塚先生に無理矢理部室を追い出された。
二人して鞄ごとぺいっと部室の外に投げ出されると、ぴしゃりと部室の扉が閉まる。そしてさっさと部室の鍵を掛けてしまった。
そしてくるっと身体を回すと、俺と雪ノ下のことを見やる。
平塚「いいか、比企谷、雪ノ下。奉仕部は遊びではない。この学校の、ひいてはこの千葉、もしかしたら日本中の平和を守る部活となっている」
八幡「あの、責任重過ぎて耐えられる気がしないんで辞めていいですか」
平塚「この後ブタ箱に直行したいのならいいだろう」
職権乱用にも程があるだろう。
平塚「さぁどんな手段を用いても構わない、早いうちに由比ヶ浜を奉仕部に連れ戻せ。健闘を祈る」
そう言い残すと、カツカツと廊下に足音を鳴らしながら去っていってしまった。
後には、ぽかんとしている俺と雪ノ下の二人が残される。
八幡「あー……どうしような」
雪乃「どうしようと言われても……」
現状、由比ヶ浜は奉仕部に戻る気があるのかは怪しい。
どうにかして由比ヶ浜のモチベーションを上げなければならないのだろうが、ぽんと上手い方法を思いつくことはない。
でもまぁ、なんとかしなければならないのだろう。なんとか出来なかったらなんか御用になりそうだし。……あれって冗談で言ってたんだよね? あ、でも前に戸部たち警察のお世話になってたことあったわ。マジで言ってるのか。
はぁ、と軽いため息をついてから雪ノ下の方に顔を向けた。
八幡「まぁ、あれだ。なんか由比ヶ浜が戻ってくる方法考えるしかねぇな」
雪乃「……どうやらそうするしかないようね」
そう言った雪ノ下の表情はとても暗い。
しかし気が進まなくともやらねばならないということは理解しているのだろう。すぐに何か考えるような仕草を取った。
俺もさすがにタイーホされたくはない。なんか案を考えないといけないだろうな。
雪乃「……ねぇ、比企谷くん。あの、その、よかったらこの後、私の家で作戦会議を──」
八幡「ぱっとは思い付かないな。まぁなんか考えたら連絡するわ、じゃあな」
雪乃「あっ……うん、さようなら……」
雪ノ下に別れを告げてから、俺は自転車のある駐輪場を目指して歩き始める。
さて、どうやって由比ヶ浜のことを奉仕部に連れ戻せばいいのか。
失敗すればブタ箱行きという、あまりに理不尽な任務が始まった。
どうもです。
この前まで めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」八幡「はい?」というSSを書いていたら思った以上に長引いた為、このSSも随分と間が空いてしまいました。
ということで久しぶりの再開になります。今回は3巻分をなんとか書き終えたいと思います。よろしくお願いします。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
扉直ったんだな。良かった良かった
>>25
しまった、なんで施錠してんだろう。
これはこちらのミスです、すんません。
②やはり一色いろはとの青春ラブコメは……あれ、戸塚は?
横暴な命令を受けて二十分後、俺は駐輪場で途方に暮れていた。
実は俺としては、由比ヶ浜が奉仕部に戻ってくることに異論があるわけではない。
なんだかんだ言っても、あいつ個人は良い奴だ。犬を助けた云々に関してもリセットをかけて適切な距離を置けているはずだし、あとはそれを維持できれば問題ないわけで。
では、どうやって由比ヶ浜のモチベーションを引き出すか。……あとついでに雪ノ下にどうやって協力させるか。
ただ連れ戻せったって首に縄をかけて引っ張ってくるわけにもいかんし──そもそもそんなことをすれば命の保障はない──戻ってくださいって言ったところでそれで以前のような雰囲気にはならんだろう。気まずい空気のままで連れ戻してもまた奉仕部から離れてしまうかもしれないし……。
あれ、以前の雰囲気ってどんな感じだったっけ。もしかして多少気まずい空気になったところであんま大差ない?
まぁ、いいや。とにかく出来るだけ今の由比ヶ浜との気まずい空気を解消しつつ、かつ奉仕部に連れ戻さなければならない。ほら、さもないと俺と雪ノ下の将来が危ないことになりそうだし。
まさか政府上層部に目を付けられるというのも中々レアな経験だろう。いやそんな経験はしないでいいんだけど。
どうしたものかとしばし考えてみるが、答えは出てこない。謝る? いや、でも俺別に悪くねぇしな……。
雪ノ下にも案を貰いたいところだが、果たして由比ヶ浜を連れ戻すという任務にやる気になってくれるかは怪しいところだ。
どんよりとした表情でがしがし頭を掻いていると、不意に声をかけられた。
葉山「比企谷か?」
振り返ると、そこにいたのは大天使戸塚──じゃなくて、葉山隼人だった。あれ、おかしいな、原作のこのシーンでは戸塚がはにかんでたはずなんだけどな……。
まぁ、いいや。このSSの葉山良い奴だし。俺は手を挙げてそれに応える。
八幡「よう」
葉山「やぁ。今から帰るところか?」
八幡「ああ。……あれ、お前三浦とかと遊びに行ってたんじゃないのか?」
ふと、放課後の教室でのやり取りが思い返された。確かこいつ、三浦とか由比ヶ浜たちとダーツにでも行くとかうんたら言っていたような気がする。
俺がそう尋ねると、葉山は苦い笑みを浮かべながら答えた。
葉山「ああ、実はちょっと結衣がね……それの後処理のために、平塚先生に話をしに来たんだ」
あっ(察し)
今のだけで大体察しがついてしまった。……まーた平塚先生のSAN値が削れるのか。あれだけ横暴な命令を受けた直後ではあるが、少し同情してしまう。
葉山「それにその途中で戸部も巻き込まれてしまってね、今は病院だ。優美子たちにはそっちの付き添いに行ってもらったよ。……姫菜の前で良い所を見せたかったんだろうけど、少々無茶が過ぎたんだ」
へーそりゃ大変だ。……戸部って誰だったっけ。原作3巻時点だとあいつとの接点薄すぎてろくに思い出せないんだけど。
葉山「……結衣と、何かあったのか?」
八幡「は? どうしたんだいきなり」
唐突にそんなことを聞かれたので、思わず聞き返してしまった。
葉山「優美子に誘われたからって、結衣がそっちの部活じゃなくてこっちに付いてくるなんて少し変だなって思ったんだ。それに、今日一日結衣の様子もおかしかったしね」
八幡「はーん。でもまぁ特に何もねぇぞ」
葉山「……そうか」
そう呟くように漏らすと、葉山は軽く俯いた。
葉山「何があったかは知らないけど、今の結衣は少々心配だ……もしも何かあったら言ってくれ、力になるよ」
八幡「だから何もねぇっつってんのに……」
しかし本当にこいつお人好しだな。由比ヶ浜や俺に対してそう接することが出来る人間などこの世にそうはいないだろう。
……いや、そこまで出来るからこそのトップカーストなのかもしれない。
八幡「……まぁ、由比ヶ浜関係で何かあったら頼むかもしれん」
葉山「ああ、いつでも言ってくれ」
そう言いながらにこりと微笑む葉山の口元で、歯がキラッと光った。なんなのこのイケメン。思わずちょっとどきっとしちゃっただろうが。
人に頼るという選択肢を長年絶ってきていた俺から頼るかもしれんなんて言葉を引き出しただけはある。マズイ、このままでは本当に葉山ルートに直行してしまいそうで怖い……いや本当に。
なんか色々と俺の青春ラブコメがまちがおうとしている……と危惧していると、葉山がそういえば、と話を切り出してきた。
葉山「別件の話になるけど、いろはが君に助けられたんだってね」
八幡「いや、誰だか知らねぇんだけど……」
なに、そのいろはって。いろはにほへと~ってやつ?
葉山「今朝、結衣のあれに巻き込まれた女の子なんだけど、君が助けたんだろう?」
八幡「……ああ、あの子か」
記憶の中を漁り、今朝あったことを思い出す。そういえば朝になんか異世界に飛ばされかけていた女の子を一人助けたような気がする。
なんかそれくらいだったら日常茶飯事になってきてて、今朝の話だって言うのにすっかり記憶の底に埋まってしまっていた。
八幡「それがどうかしたのか」
葉山「その子、サッカー部の後輩でマネージャーなんだ。それについて礼を言いたかったんだ。ありがとう」
八幡「いや別にいいけど……」
へぇ、あの子は葉山たちサッカー部の後輩だったのか。
そういえば確かにそれなりに可愛い容姿をしていたような気がする。なるほど、サッカー部みたいな有名な部活には可愛いマネージャーがついてくるんだろう。ははっ、別に羨ましくなんかないんだからねっ!
葉山「それで、いろはがもう一度直接お礼を言いたいって言ってたんだ。よかったら、今度ちょっと時間を貰えないかな?」
八幡「いや、本当に別にいいんだけど……」
別に異世界に飛び込むくらいなら大したことじゃないし。いや本当に異世界に飛び込もうが、魔物と戦おうが、由比ヶ浜本人とやりあうより何千倍もマシなのだ。この前の由比ヶ浜の腹パンに対しても、全く反応出来なかったし。
そんな話をしていた時だった。
いろは「あれー、葉山先輩じゃないですかー?」
どこからか、間延びしたような声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方を振り返ってみれば、そこにはどこかで見たような亜麻色セミロングの女子生徒がいた。そのまま葉山の方へ向かってぱたぱたと小走りでやってくる。
いろは「今日部活休みなのにどうしたんですかー……あれ、その人って……」
葉山「やぁ、いろは。丁度良いところに。彼が話をした比企谷だ」
いろは「あっ、やっぱり……」
えっ、待って。何、話って。一体どんな話をされてるの、俺は。
ちょっと不安になりながら二人のやり取りを眺めていると、女子生徒の方がこちらの方を向いてにこりと笑みを浮かべた。
いろは「今朝は本当にありがとうございましたー。意味分かんないあれに巻き込まれちゃって、もうダメかと思いましたよ~」
八幡「あ、ああ……」
思い出した、この子、丁度今話をしてた、今朝助けた後輩さんとやらだ。
見た目の印象こそぽわりとしていたが、どこか先輩である葉山や俺に対しても距離を感じさせない馴れ馴れしさ、もとい人懐っこさを感じさせる。
ついでに言うと物理的な距離も近かった。俺と数十センチほどしか離れていない位置まで近付かれたので、つい一歩後ずさってしまう。
いろは「わたし、一色いろはって言います。よろしくお願いしますねー」
八幡「ああ、俺は比企谷八幡だ」
さて、お礼とやらもこれで済んだだろう。また今度時間を取る手間も省けてよかった。俺はそろそろ帰宅しようと、二人に背を向ける。
八幡「んじゃ、俺はそろそろ──」
いろは「あっ、待ってくださいよー」
その場を立ち去ろうとした瞬間、俺の腕が力強く引かれた。なになになんなのん? と振り返ってみれば、一色が俺の腕を取っていた。いやいや、なんなのいきなり。
一色は上目遣いで俺の顔を見つめながら、口を開いた。
いろは「良かったら、その……お礼ということで、この後一緒にお出かけしませんか?」
八幡「え? いや、そこまで気ぃ遣わんくても……別にいいし」
いろは「いえいえ、全然お礼し足りませんし!」
本人がいいと言っているんだから別にいいだろうが。
しかし遠まわしにとは言えそう断っているのに、一色は俺の腕から手を離してくれない。
ちょっと? 例え単なるコミュニケーションの一種のつもりでしかないつもりでも、そうやって異性とスキンシップを取ろうとするのやめてくんない? 変な勘違いしちゃったらどうするつもりだ。
葉山に助けを求めるように視線をやると、軽く咳払いをしてから一色に対して声を掛けた。察しが良くて助かる。
葉山「あー、いろは。比企谷にも用事があるだろうし……」
いろは「あ、葉山先輩も一緒に行きませんかー?」
葉山「あ、ああ、そうだな……俺は用事を済ませてからなら良いんだけど……」
おう、結構ぐいぐい行くね、この後輩。
葉山「……比企谷は、どうする?」
少し困ったような笑みを浮かべたまま、葉山がそう問いかけてきた。
ううむ、別に用事があるわけじゃないんだが……正直に言って、初見の女子と出かけるっていうのがハードル高過ぎんだよ。
それに察するに……多分、この一色は助けてもらったということで、少し俺に対して変な憧れを持ってしまっているのだと思う。
けれど、それは幻想で勘違いだ。
俺はたまたまあの場に出くわして助けたというだけに過ぎない。
俺は決して憧れを抱かれるような人間ではないし、それにほぼ上位互換の葉山もいるのだ。
一緒に出かけたところで、きっと失望させてしまうだけだろう。
由比ヶ浜の犬を助けた時のことを思い出す。
そう、たまたまそこに居合わせただけなのだ、俺は。
今回のそれもそう。
偶発的な事故で変な感情が芽生えてしまっても、きっとそれはまちがっていると思う。
そんな勘違いは早々に解くに限る。
八幡「あのな、一色。俺は──」
いろは「先輩、一緒に行きましょうよー」
八幡「…………」
まるでおねだりをするような甘えた声を出しながら俺の腕をぶんぶんと振り回している一色を見てると、なんか気が抜けてきた。数行前までのシリアスな雰囲気を返して。
はぁ、と軽くため息をついた。どうやら一色は引く気はないみたいだし、ここで断るのはあまり得策と言えなさそうだ。仕方が無い。
あまり気は進まないが、一緒に出かけて、そしてその場で勘違いを解くしかあるまい。
八幡「……分かったよ」
いろは「わぁ、ありがとうございます! 葉山先輩も行きますよね?」
葉山「ああ、じゃあ俺も行こうかな……その前にちょっと平塚先生に用事があるから、それが終わってからな。そんなに時間は掛からないと思うから、少し待っててくれ」
いろは「分かりましたー。じゃあここで待ってますねー」
こうして、何故か俺は葉山とその後輩の三人でお出かけをすることになったのであった。
……こっちも色々不安だけど、それよりこれから由比ヶ浜の件について報告される平塚先生は無事で済むんだろうか。そっちの方も不安になってきたぞ……。
RPGの方の4000文字を書くのは何日も掛かるけど、こっちの4000文字は数時間もしないで書けるし本当に楽だなぁとかとか。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
× × ×
葉山「すまない、待たせたね」
昇降口の方から爽やかな声が聞こえてきた。
その声の主の方を向くと、葉山が手を挙げながらこちらに向かって歩いてきている。
携帯を取り出して時間を確認してみると、先ほど葉山が離脱してからまだ十分と経っていない。そんなに時間は掛からないという言葉に偽りはなかったようだ。平塚先生大丈夫かしら……。
だがしかし、体感的にはもっと経っているように感じていた。
なんでかというと。
いろは「あー、葉山先輩~」
この子のせいである。
八幡「……」
一色の意識が葉山に向かい、ようやく解放されたと密かに安堵のため息をつく。
はぁ、疲れた。本当に十分経ってないのかよ。一時間も二時間も経ってただろ、今の。
葉山がいなくなった後、一色があれこれと絡んでくるから対応する羽目になっていたのだが、それがもう本当に大変だった。
いや? だって? ほら? こういうなんか女子高生らしい女子高生と長時間(編注:十分も経ってません)喋ることとか滅多になかったし? 雪ノ下と由比ヶ浜は普通の女子高生とは違うから例外。
いろは「別に全然待ってませんよー?」
葉山「そうかな。じゃあ行こうか」
いろは「ほら、先輩も行きましょうよ~」
八幡「お、おう……」
適当に対応していれば俺に対する興味も消え失せると考えていたのだが、意外にも一色はずっと俺に対して話しかけてくるのをやめてこなかった。
あれー、おかしいなー。今までの経験談からすれば、女子高生なんて基本的にちょっと素っ気無い態度で返せばこいつつまんねーなーと判断されて関わってくるのをやめるはずなんだが。
まぁ、いい。まだ焦るような時間じゃない。
もう一緒に出かけること自体をキャンセルすることは出来なさそうだし、ならば今日中に一色の勘違いを解ければいい。
いろは「じゃあどこに行きましょうか~?」
葉山「そうだな……比企谷は、どこか行きたいところとかあるか?」
八幡「……えっ、俺? あっいや、俺は別にどこでも」
びっくりした……こういうグループ行動とかで人に意見聞かれる経験とか無かったから、俺に話しかけてきてるって気が付くのに数秒掛かった……。
葉山「じゃあムー大陸の方に行こうか。色々遊べるところあるし」
いろは「あ、いいですねー」
ふむ、ムー大か。良いチョイスだ。あそこならゲーセンにカラオケ、ボウリングにビリヤード、果ては居酒屋まで完備してるからな。居酒屋は行かないけど。叩かれたくないし。
まぁ、あそこに行けば何で遊びたくなってもなんとかなるだろう。俺もあそこのゲーセンとカラオケにはよく行ってるしな。麻雀とかクイズゲーとか。特に麻雀の方とか、この前まで某美少女麻雀漫画とコラボしてたし。決勝行けなかったけど。
葉山「じゃあ行こうか」
そう言うと、並んで歩き始める葉山と一色。その二人から数歩離れた位置で、俺も自転車を押しながら後に続いた。
学内でも有数のイケメンである葉山と、まぁ一応見た目はそれなり以上に可愛いように見える一色の二人が並んでいる姿は、端から見るとそれなりに絵になる構図なのだろう。
後ろから見ても、まるでお似合いのカップルのように映った。
っつーか、一色さん、さっきまであんなに俺に話し掛けてたのに葉山が来た瞬間にそっちに掛かりっきりですかそうですか。
いや、別に? 分かってたことだし? 葉山くんイケメンだし? そりゃあ俺と葉山だったら葉山取るよね。それにこういう集まりで俺だけ存在忘れられるとか、まぁいつものことだし。
いろは「っていうことなんですかねー? 先輩はどう思いますー?」
忘れられてなかった。
あれ、もしかしてこの子いい子とちゃうのん?
八幡「あ、いや、すまん。ちょっとぼーっとしてて聞いてなかったわ」
いろは「もう、先輩ってばー」
しかしあれだな、この子コミュニケーション能力高いな。俺と葉山の上級生二人に囲まれても物怖じしないどころか、逆に人懐っこく話し掛けてくるとは。なんていうか得するタイプの性格だ。
同時に、このふんわりほわほわ系女子には気を付けろと俺の中の警報が鳴り響いている。
それは何故なら──え、このSSそういうSSじゃないから省略しろって? そういう自分語り要らないって? だーもう分かったよしゃーねぇなぁ。
それでは拙者の自分語り、この辺で失礼させていただくである。ドロン。
ところでSSって何の略? スーパーシスター?
× × ×
駅のロータリーを抜けてムー大の駐輪場に自転車を置くと、待ってくれていた葉山と一色の二人と合流した。
いろは「じゃあ、どこから行きましょうかねー?」
葉山「とりあえずゲーセン辺りからかな……比企谷もそれでいいか?」
八幡「え? ああ、別に」
さっきもそうだったけど自分に意見聞かれるとか貴重な経験過ぎてマジビビる。今日ほんと貴重な経験のバーゲンセール状態である。俺にまでわざわざ話振るとかほんと葉山いい奴だな。顔もイケメンだし心もイケメンだし声もイケメンだ。生徒会でハーレムとか作れちゃいそう。
とりあえず葉山の言う通り、ゲーセンから見ることにした。
エレベーターで上に上がり、ホールに足を踏み入れると、ゲーセン特有の音の洪水がわっと襲い掛かってくる。
手前の方にあるクレーンゲームコーナーを見つけると、一色がたたっとそれに駆け寄った。
いろは「わー、これとか超可愛くないですかー?」
葉山「そうだね」
クレーンゲームの筐体の中のぬいぐるみを指差しながら一色がきゃるんと可愛らしい声でそう言うが、多分あれそう言ってるワタシ可愛いアピールなんだろうなー。
そんな葉山と一色の後を追いながら、辺りのクレーンゲームの景品を見渡す。おっ、ラブライブのフィギュアの新作か。こっちはパズドラで、あっちはそに子か。んで、これは……またワンピか。最近ゲーセンのプライズコーナー見るたびにワンピの新作あるよな。白ひげ海賊団の幹部みたいなのまできっちりフィギュア化されてて、他になんかなかったのかとか思っちゃう。でも出来は毎回めちゃくちゃいいから欲しくなるんだよな……。
しばらくそんな感じでぶらぶらと歩いていると、一色がとててとこちらに向かって歩み寄ってきた。
いろは「せんぱーい、プリクラ撮りませんかプリクラー」
八幡「プリクラ? いや俺はいい、葉山と二人で撮ってきたらどうだ?」
とりあえず誘われたら断る。これぼっちの反射的行動ね。
しかしそう断ると、一色の表情がまるで捨てられた子犬のように曇っていった。
いろは「えー……わたしはぁー、先輩とも撮りたいなぁー……とかとか」
八幡「いや、そういうのいいって……お前、葉山の方が気になってんじゃねぇのか」
俺がそう言うと、一色はほえ? とばかりに首を傾げる。
八幡「……お前、葉山のこと……どう思ってんの?」
もしこの予想が当たっていればどう考えても俺邪魔だしなんか理由付けて帰ろうかなーという考えを持ちつつ尋ねると、一色はぽかーんと口を開けたあと、慌てた様子で頭を下げた。
いろは「な、なんですかもしかして口説いてるんですかちょっとまだ葉山先輩と迷ってるのでまた今度にしてもらっていいですかごめんなさい」
迷ってるって何、迷ってるって。このふわぽわビッチめ。
八幡「そうじゃねぇよ……。単純にどう思ってるか聞きたかっただけだ。俺お邪魔だったら帰るし」
いろは「ええ? あーいや、どうなんでしょうねぇ~。私的にはかなり好きっぽい感じですけどー。だからって別に、先輩がお邪魔ってわけじゃないですよ?」
人差し指を顎に当てながら曖昧な答え方をしてきた一色だったが、まぁ多分この様子だと葉山に好意を持っているのだろう。
そこで俺が変に由比ヶ浜のあれから助けてしまったもんだから、変な迷いを生み出してしまった。
だが、あんなものはただの偶発的な事故でしかなく、それは俺自身を肯定し得るものにはならない。
そんな迷いは早々に打ち切ってしまわねばなるまい。
八幡「あのな、一色……俺は葉山みたいに出来た人間じゃ」
そう言いかけた時であった。
ゴウッ!!
八幡「!!?」バッ
葉山「!!?」バッ
俺と葉山が同時にエレベーターや階段のある方を振り向く。
今、確かにあちらの方からとんでもない圧力を感じたような……。
いろは「? どうしたんですか、二人とも」
葉山「あ、いや……気のせいだったみたいだ」
八幡「あ、ああ……気のせい……だよな?」
結衣「あ、隼人くんに……ヒッキー!?」ゴウッ!!!
八幡「気のせいだって言ってくれよバーニィ!!!」
なんでお前ここにいんだよ!! 戸部の病院の方に行ったんじゃなかったのかよ!!
三浦「結衣、どうしたん……隼人!?」
海老名「は、隼人くん……? た、助けて……」ゼェゼェ
葉山「ゆ、優美子? 姫菜?」
その巨体の後から、三浦とメガネを掛けた女子……海老名さん、だったか? の二人の姿が現われた。
三浦の方は葉山の姿を見つけると慌てて駆け寄り、海老名さんは……由比ヶ浜と同行してて疲れたのだろうか、ぜぇぜぇと肩で息をついている。
三浦「隼人、なんでここに……」
いろは「葉山先輩どうしたんで……ひぃっ!? あの大きい人って、確か……!!」
三浦「お、女!? 隼人、用事で学校に戻るって言ってたけど、まさか」
葉山「あ、いや、いろはとは偶然会っただけで……それより戸部のところに行ったんじゃ」
三浦「別に入院したのを見送って時間空いただけだから遊びに来ただけ。それより隼人、そこの女は──」
おお、葉山がなんか三浦に問い詰められてる。もしかしてリアル修羅場だろうか。いや、葉山と三浦が付き合ってるのかどうか全く知らんけど。
その二人のやり取りから目を逸らすと、ふと前にいた由比ヶ浜と目が合った。
結衣「あ、ヒッキー……」
八幡「……よう」
結衣「う、うん……」
それで会話は打ち止めになり、朝の昇降口で会った時のような気まずい空気が流れる。
……気まずい、か。普段人と会話などしない俺が、他人との間に沈黙が流れただけで気まずいと感じることが、我ながら少々意外であった。
それはきっと、相手があの普段騒がしい……どころじゃないような気もするが、まぁ騒がしい由比ヶ浜であるからだろう。こんなにしおらしい由比ヶ浜も初めて見た。
さて、どうしたもんかと考えていると。
いろは「は、葉山先輩はあの怖い人となんか話し始めちゃったし……せ、先輩!」
八幡「い、一色?」
あの修羅場の空気に耐えかねたのか、一色が助けを求めるような声でこちらにたたっと駆け寄ってきた。
瞬間。
ゴウッ!!
八幡「!?」
何か気まずく感じていた空気が、さらに重苦しく変わったように感じる。
な、なんだ、この感じは……今までに感じたこともないような圧力だ……。
結衣「へ、へぇ……ヒッキーは、女の子と遊んでたんだね……」ゴウッ!!
いろは「ひぃぃ!! た、助けてください先輩!!」ダキッ
八幡「お、おい、くっつくな!」
近いし柔らかいしなんかどことなくいい匂いがするから!!
結衣「…………」ゴッ!!
八幡「あ、あれ、由比ヶ浜?」
腕に絡み付いてきた一色を振り解こうとしていると、由比ヶ浜の後ろの空間に何か歪みが──って、よりによってこんな人の多いゲーセンで異空間への扉を開こうとしてる!?
マズい……校内であれば、生徒もほとんどが慣れてきたので、何かあったら即避難するという行動を取ってくれるようになりつつあるのだが、さすがにこのような公共の場でそれは望めないだろう。
となれば──速攻でカタを付けるしかない!!
八幡「葉山!」
葉山「ああ。優美子、姫菜、隠れていてくれ。優美子たちは俺が守る」
三浦「う、うん……」ポッ
八幡「一色、下がってろ!!」
いろは「は、はい……や、やっぱりカッコいい……」ポッ
ダッと地面を蹴る音が二回聞こえた。俺と葉山は素早く由比ヶ浜の後ろに回りこむと、強く気を込めた掌底打ちを扉に向かって打ち放つ。ガコンッという衝撃音と共に、確かに扉を閉めることが出来たという手ごたえを感じた。軽く葉山と目を合わせてこくんと頷くと、再び地面を蹴ってその異空間だったところから離脱する。すると、扉が閉められた影響か、すぐに異空間への次元の裂け目も閉じていった。ここまで五秒ほど。
葉山「腕を上げたな、比企谷」
八幡「馬鹿言うなよ、お前にはまだ全然敵わねぇよ」
海老名「これが……戦いを通じて芽生えた友情!? ぶ腐っ!!」ブハッ
優美子「ちょっ、海老名、擬態しろし」
見たところ、一般人や建物への被害はなさそうだ。よかったよかった。
八幡「一色、お前も怪我とかは──うわっ」
いろは「こ、怖かったですよー! せんぱーい!!」ダキッ
八幡「だから離れろっつーの……あ、そうだ由比ヶ浜は……」
結衣「……あはは、そうだよね……そっか、なんで気付かなかったかなー。あたし、空気読むのだけが取り柄なのに……」
言葉の真意は分からないが、その言葉の後半に対しては頑固としてNOを叩きつけていきたい所存でござる。空気を叩き付けるのは確かに得意っぽいけど。ソニックブームとか。
結衣「……ごめん」ダッ
三浦「あ、結衣!?」
ちらと俺と一色を見やってから、由比ヶ浜は身を翻して出口に向かって(ドスンドスンドスンドスン!!!)走り去っていってしまった。一般客が「え、今の地震?」「ってか、今あっちにすごいのいなかった?」などと口々にしてるがどうでもいい。
それにしてもなんだ、あいつ……もしかして、何か変な誤解をしていないだろうか。
いろは「せ、せんぱ~い……」グスッ
あとこっちの誤解も解きたかったんだけど……なんか、余計に誤解が深まった気がする……。
× × ×
葉山「やっぱり、結衣と何かあったんじゃないのか?」
八幡「……」
一色たちを見送った後、駅に残った葉山に駐輪場で会った時と同じ質問を投げかけられた。
八幡「……別に、お前には関係ねぇよ」
葉山「何かあったことは、否定しないんだな」
ぐっと言葉に詰まる。何か言い返そうにも何も口から出てくることはない。
葉山「それに、関係なくはないよ」
八幡「は?」
思わず聞き返しながら葉山の顔を見ると、えらい真剣な表情でこちらを見つめ返してきた。
葉山「結衣も……君も、俺は友達だと思ってるんだ」
八幡「は?」
さっきと全く同じ反応を返してしまった。
俺と……葉山が、友達?
そんなことがありえるわけがない。
かたやぼっち、かたやトップカーストのイケメンリア充だ。本来ならこうやって関わってるだけでもあってはならないバグだというのに──友達なんて、あるわけない。
しかし、こいつは言うのだ。
友達だと思ってるんだ、と。
葉山「友達が困っているのであれば、助けたい……そう思うのは自然だろ?」
八幡「いや、知らねぇよ。友達、いたことねぇし」
葉山「そうか……じゃあ俺は、君たちを助けたいと思ってる。これでどうかな?」
八幡「……バカじゃねぇの」
はぁ、とため息が漏れた。こいつ、ここまで良い奴だとなんかの病気じゃねぇのかとまで思う。
けれど──こいつならちょっとは信用してもいいじゃないのか、と思っている俺がいるのも、また事実であった。
八幡「……なぁ、葉山」
葉山「なんだ?」
八幡「……女の機嫌を直すのって、どうすべきなんだ?」
どうしよう、結衣さんの出番が少ない原作3巻分、面白いほど筆が止まる。面白くないけど。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
③雪ノ下雪乃はやっぱり猫が好き
八幡「こ、小町! これ見ろこれ! 東京わんにゃんショーが今年もやってくるぞ!」
朝刊のチラシチェックをしていると、その中にひときわ輝くフォントを見出した。
思わず、がばっと掴み出して高々と掲げてしまう。
それに反応した小町が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら腕を勢いよく天井に向かって突き出した。
小町「うっそ! ほんとにっ! やったぁ! お兄ちゃんよくぞ見つけ出した!」
八幡「はははっ! もっと褒め称えろ!」
小町「きゃーステキー! お兄ちゃんステキー!」
昨日葉山に聞いた、由比ヶ浜の機嫌を直すための作戦の準備もあったが、それは明日でもいいだろう。
今日は、この東京わんにゃんショーに行くしかない!!
八幡「よし、行くぞ小町!! 東京わんにゃんショーへ!!」
小町「おーっ!!」
とまぁそんな感じではしゃいでいた、その時。
ガチャリ、と寝室へと繋がる扉が開かれる音がした。
母親「……うるさい、バカ兄妹。くたばれ」
母親が泥人形テイストで寝室から這い出てきて、呪いをぶちまけた。ボサ上でずり落ちたメガネ、その下には消えそうにない隈を刻みつけている。
八幡「す、すいません……」
俺が誤ると、母親はうむと小さく頷いて、寝室へ戻っていく。また長き眠りにつくつもりらしい。……キャリアウーマンって大変だなぁ。
寝室の扉に手をかけたところで母親がくるりと振り返った。
母親「あんた。出かけんのはいいけど、車に気をつけんのよ。小町と自転車の二人乗りなんてすんじゃないよ」
八幡「わかってるよ。小町を危ない目に遭わせんなっつーんだろ」
両親の小町への愛情はとても深い。それに引き換え長男のほうといえば、そうでもないらしい。今だって母親は俺の顔を見て深いため息を吐いている。
母親「はぁ……バカだね、あんたの心配してんの」
八幡「…………えっ」
不覚にもうるっと来た。まさかそんな風に心配してもらえてたなんて……。
ただまぁ多分今の俺なら、車に轢かれる程度なら大丈夫なんだろうけど。まさか車との衝突程度が由比ヶ浜のマッハパンチや異世界からやってきた魔物の一撃より大きいとは思えない。思い返すとこの二ヶ月近くで俺は一体何回死に掛けているのだろうか。嫌な成長の仕方をしてしまった。
小町「バスで行くからそんな心配いらないよー。あ、だからバス代と、あとお昼代ちょうだい!」
母親「ええ? しょうがないねぇ……」
八幡「あ、あの、お母さん。ぼくも、行くんですけど……」
母親「あら、あんたの分までいるの?」
いくら俺でも、まだ徒歩でバスに追いつけるほど早くは──いや、信号混んでれば追いつけるかなぁ。でもまぁ面倒なので普通にバス使いたいです。
母親が財布から取り出して手渡してきたのは交通費として三〇〇円、昼代として一〇〇〇円だった。俺のいつもの昼代が五〇〇円なのに何故小町がお願いすると一〇〇〇円換算になるんですか、お母さん。
小町「ありがと! んじゃ、行こ。お兄ちゃん」
八幡「おお」
母親「はい、いってらっしゃい」
気だるそうに俺たちを送り出すと、母親はまた寝室へと消える。おやすみ、母さん。
そして俺は家を出るとき全身の筋力を振り絞り、ドアを思い切り閉めた。
この騒音、君に届け! おはよう、親父!
このSSだと一行も出てきてないけど、とりあえず安眠を妨害してやるぜ!
× × ×
家からバスを使い十五分ほどかけて、「東京わんにゃんショー」の会場である幕張メッセまでやってきた。
東京わんにゃんショーなのに千葉でやっているから注意が必要である。間違えて東京ビッグサイトとか行きかねない。
会場はそこそこの数の人が入っていた。中にはペットを連れてきている人もいる。
それなりに盛況なので、どちらともなく手を握る。別に仲良しデートなわけではなく、昔から子供二人で出かけることが多かったのでその名残だ。
小町は鼻歌交じりに俺の手をぶんぶん振り回す。脱臼しそう。
小町「わー、お兄ちゃん! ペンギン! ペンギンがたくさん歩いてるよ! 可愛いー!」
八幡「ああ、そういやペンギンの語源ってラテン語で肥満って意味らしいぞ。そう考えるとあれだな、メタボサラリーマンが営業で外回りしてるみたいだよな」
小町「わ、わー。急に可愛く思えなくなってきた……ん?」
ピタッと、ぶんぶん振り回していた手を止めた。ああ、なんか会話のチョイスまちがえたみたいでごめんね……と心の中で謝罪をしそうになったが、小町が手を止めた原因は俺の会話ではないらしい。
見れば、小町は何か先のほうにあるものを見つめているようである。なんだ、何か珍しい動物でも見つけたのかと、俺もそれに釣られて小町の視線の先に目をやった。
インコだのオウムだのといった派手派手しい極彩色の世界が広がっている中、ぴょこぴょこと揺れる黒髪が視界に入る。
その黒髪は、この鮮やかな色のお祭りのような世界の中でも、ひときわ輝いて見えた。
……あれって、もしかして。
小町「あれって……雪乃さん?」
小町も気付いたらしい。
というか、あれだけ目立つ奴もそうそういないので、結構な注目を集めていた。
で、その雪ノ下といえば、キョロキョロと辺りを見渡した後、何かを決心したようにぱたっとパンフレットを閉じると颯爽と歩き始めた、壁に向かって。
八幡「おい、そっち壁しかねぇぞ」
雪乃「!!?」
見かねてつい声をかけてしまう。すると、めちゃくちゃ驚いたような表情で雪ノ下ががばっと振り返ってきた。
雪乃「ひひひひきゃ……比企谷くん!?」
かみましたよね、今。
八幡「お、おう……」
雪乃「どうしてここに……来……て……?」
だんだんと声が小さくなっていき、その言葉は最後まで続かなかった。どんな時もキッパリと物事を言うこいつにしては珍し──くもないなぁ、このSSだと。まぁいいや。メタ発言って多用すると叩かれるし。ちなみに何もしなくても叩かれてる。
とりあえずどうしたのだろうと雪ノ下の顔を窺うと、俺と小町と間の辺りを見つめているようだ。何、もしかして俺と小町の間で繋がっている千葉の兄妹の絆の存在に気付いちゃった?
雪乃「……比企谷くん、どうして小町さんと手を繋いでいるのかしら……?」
気付いたのは絆じゃなくて、物理的に繋がっている手のことだったらしい。そういえばさっきからずっと繋ぎっぱなしだったわ。
八幡「いや、単に人が多いからはぐれないようにと」
雪乃「そうなの…………羨ましい…………」ボソッ
後半の方に何か小声で呟いたような気がしたが、いかんせん騒がしい幕張メッセ内だ。別に難聴でもなんでもないが、さすがに今のはなんと言ったか聞こえなかった。
八幡「雪ノ下、今なんて」
小町「雪乃さん、こんにちはー」
雪乃「小町さん、こんにちは」
聞きそびれた言葉を聞き直そうとするのと同時に、小町がぱっと俺の手を離して雪ノ下に向かっていってしまった。まぁいいや、別に何か重要なことだったらもう一度伝え直してくれるであろう。
雪乃「……比企谷くんは、小町さんとここに?」
八幡「ああ。俺は妹と毎年来てるんだよ」
小町「うちの猫と会ったのもここなんですよー」
雪ノ下は俺と小町を交互に見てから、透明な笑顔を浮かべた。まただ。以前にもこんな表情をしていたことがある。たぶん。
雪乃「……相変わらず仲が良いのね」
八幡「別に、年中行事みたいなもんだよ」
雪乃「……本当に、仲が良いのね……!!」ギリッ
おかしい。先ほどと同じ笑みなのに、何故か冷や汗を掻いてしまうほどの圧力を雪ノ下から感じる。
八幡「お、おう……それじゃ、俺らはこの辺で……」
その圧力から逃れようと、背を向けて別れの言葉を口にする。何故かは知らないが、これ以上ここにいると身が危険だと防衛本能が警報を鳴らしていた。
八幡「じゃ、行くぞ小町」
小町「ちょい待ち」ガシッ
雪乃「待ちなさい」ガシッ
両肩を掴まれた。……馬鹿な、全く体が動かない……!!?
小町「雪乃さん、せっかく会ったんですし、小町たちと一緒に回りませんか?」
雪乃「え、ええ……でも、お邪魔じゃないかしら……」
小町「そんなことないですよー、雪乃さんと一緒の方が小町楽しいですし」
雪乃「そう……。なら、一緒に回りましょうか」
そう言いながら、雪ノ下がほんのりと頬を赤らめながら俺の顔を窺ってくる。ははは、そんなに赤くなるまで俺の肩を強く掴まなくてもいいじゃないか。さっきから雪ノ下に掴まれっぱなしの肩、なんかミシミシいってるんだけど。
雪乃「何か見たいものはある?」
ちらっちらっと俺の顔と手に持ったパンフを交互に見合わせる。よく見るとそのパンフの猫コーナーにでっかく赤丸がついていた。……ああ、なるほど、猫が見たいのね。
八幡「あー、そうだなー。猫が見たいなー、猫がー」
雪乃「!!!」
わざとらしくそう言ってみると、雪ノ下の表情がぱあっと明るく輝きだした。わっかりやすい奴だなぁ……。
しかし突然はっと何かに気付いたような顔になると、ごほんごほんと誤魔化すように咳払いをし、きりっとした表情に切り替わった。遅いよ。
雪乃「ええ、そうね。猫以外の選択肢はありえないわ。猫を見に行きましょう。猫を」
八幡「お、おう……そうだな」
しかし川……川なんだっけ? さんの深夜バイトを止めるための作戦の際にうちの猫のカマクラを会わせた時にも感じたが、やっぱこいつ猫好きなのかにゃ。今も目を輝かせてどこか遠くを見ているし。ちなみにその先にあるのは猫ゾーンじゃなくて壁です。お前の胸にも標準装備のやつ。ちなみに川なんとかさんならあれからムキムキになることもなく無事に帰ってきました。
八幡「じゃ、行こうぜ小町」
小町「はいはーい」
小町、雪ノ下の二人と並んで、猫ゾーンへと向かう。
そこに行くまでの道中にも、様々な珍しい動物が展示されていた。
例えば、鳥ゾーン。鷲や鷹、隼といった雄々しい姿をした鳥たちがそこにはいた。
例えば、小動物ゾーン。ここはハムスターだのウザギだのフェレットだのといったペットが集まっている。
例えば、犬ゾーン。犬がいっぱいいる。このゾーンに足を踏み入れた瞬間、横を歩いていた雪ノ下がぴくっと反応した。
八幡「どうかしたか?」
雪乃「いえ……」
雪ノ下は歩調を緩めるとそのままゆっくり俺の背後に回り込み、先に立たせる。ちょこん、と俺のシャツの端を摘んでいた。
──ああ、犬か。こいつあんま得意じゃないんだっけ。
八幡「一応言っておくが、ここ子犬ばっかだぞ」
雪乃「子犬のほうがちょっと……。『ワンッ!』ひっ!」ガシッ
八幡「おおうっ!?」
驚きのあまり、なんか変な声が出た。
犬に吠えられると同時に、雪ノ下ががばっと俺の腕に組み付いてきたのだ。あの、近い近い痛い近い関節極まってる。
八幡「お、おい、雪ノし『ワンッ!』『ひっ!』(ガシッ!!)俺の腕が逆方向に曲がってぎゃあああああああああっ!!!」
いくら多少は鍛えたとはいっても、やっぱり関節技は極められると痛い。普通に痛い。
小町「ほほう、これはこれは……なんだか面白そうな展開に……」
八幡「あの、小町ちゃん? 面白がってる暇があるんだったら助けてね?」
左腕を雪ノ下にへし曲げられそうで物理的にヤバいとか、雪ノ下自体が零距離でくっ付いてくるから精神的にヤバいとか、あとあとなんか色々ヤバい。何がヤバいってめっちゃヤバい。ヤバいがゲシュタルト崩壊を起こしててヤバい。
ワンワン吠えているのをなんとかすれば雪ノ下も離れてくれるだろうかと思い、そのワンワン言ってる犬を捜すと、なんと足元に駆け寄ってきていた。
八幡「雪ノ下、ちょっとこの犬捕まえるから離れてく……」
雪乃「い、いいい、い、ぬが……」ギューッ
だが、足元まで犬がやってきていてパニックになっているのか、雪ノ下は俺の言葉など耳に入っていないようだ。
むしろ俺の腕にかけている力がどんどん強くなってきているというか、微かに主張しているあれが思い切り押し付けられていてさっき壁とか思ってマジごめんというか、締め付ける力が強過ぎてなんかだんだん血が止まってきつつあるようなというか……。
???「ちょ、ちょっとサブレ! って、首輪ダメになってるし!」
どうしようかと考えていると、(ドシンドシン!!!)どこからかそんな声が聞こえてきた。この犬の飼い主のものだろうか。だとすれば(ドシンドシン!!!)早々に引き取ってもらいたいのだが──うん? さっきの声、どこかで聞いたことがあるなというか、(ドシンドシン!!!)なんか地面が揺れているような気がするような……。
結衣「サ、サブレ! ごめんなさい、サブレがご迷惑を」ドシンドシン!!
──その日、人類は思い出した。
──あいつに植え付けられた恐怖を。
──異世界に囚われた屈辱を。
一瞬、走馬灯の代わりにそんなナレーションが脳裏を掠めた。三浦辺りに是非声を務めてもらいたい。
雪乃「ゆ、由比ヶ浜さんっ!?」ガシッ
雪ノ下が俺の腕にしがみつく力をさらに込めてきた。やめてくれ、いざという時に俺が逃げられない。ちなみに小町はいつの間に逃走でもしたのか、視界の範疇には見当たらなかった。
結衣「へ? ゆ、ゆきのん?」
その巨体を見紛うことなど有り得る訳がない。間違いなく由比ヶ浜結衣だ。
結衣「え。え。あれ? ヒッキー? と、ゆきのん?」
由比ヶ浜は俺と雪ノ下を交互に見て「え? え?」と混乱していた。首を振るう度に突風が起きて周りの人やら動物やらが騒がしくしているので、ほんともう大人しくしてて欲しい。
八幡「よ、よう……」
結衣「あ、う、うん……」
俺と由比ヶ浜の間にとても微妙な沈黙が流れた。この前葉山たちとゲーセンで出会った時と同じだ。
そんな微妙な空気の中、俺の足元にいた犬がひゃんと鳴く。そしてそのまま由比ヶ浜の元へと向かっていった。
……もしかして、あの犬って由比ヶ浜の飼い犬か? なんか本人のイメージに対してえらい普通なミニチュアダックスフントのような……ってあの犬、俺が入学式の時にかばった犬か。
結衣「……あ、あー。えっと……」
由比ヶ浜は戻ってきた犬の頭を優しく撫でながら、視線を彷徨わせた。あいつ、自分とこの犬ならあんなに優しく撫でられるんだな……。犬がいるおかげなのかどうか分からないが、今日は異世界への扉を開くことも変なオーラを出すこともない。あいつ犬連れて登校してきてくんないかな……。
結衣「えっと……ヒ、ヒッキー……この前はいろはちゃんとデートしてたのに、今日はゆきのんとなんだね……」
雪乃「ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら」ギリッ
おっと、俺の左腕の感覚が完全に消え去ったと思ったら雪ノ下サンあなたのせいでしたか。
八幡「いや、別にデートってわけじゃ」
結衣「ご、ごめんね! なんか邪魔しちゃったみたいで……」
あいつ、なんか変な誤解してないか。俺が雪ノ下か一色と付き合ってるとかそんな感じの。最悪二股かけてるとまで思われてる可能性まである。少し考えればそんなことはありえないとすぐわかるもんだが。
結衣「じゃあ、あたしもう行くから……」
八幡「あ、待ってくれ由比ヶ浜」
結衣「……え?」
誤解は誤解。真実ではない。ならそれを俺自身が知っていればいい。いつも誤解を解こうとすればするほど悪い方向に行くしな。もう諦めた。
だから別にその誤解はどうでもいい。由比ヶ浜を呼び止めたのは別件だ。
八幡「ちょっとなんつーか……話、あるから。月曜日に部室に来てくれねぇかな」
結衣「……あー、あはは……あんまり、聞きたくない、かも……。その、今さら聞いてもどうしようもないっていうか手も足も出ないっていうか……」
声音は柔らかく、困ったように笑いながら言ったが、そこには明確な拒絶があった。
ちなみにこの時、サブレがこの場にいなかったら俺の命の保障はなかったということを知るのは、これよりずっとずっとずっと先のことである。
八幡「まぁ、あれだ……お前が奉仕部からいなくなるのは俺としても困るっていうか……せめてその前に、一回話をしたい」
結衣「…………ん」
由比ヶ浜は肯定とも否定とも取れない鈍い反応を返す。ちらりと、どこか訝しげな視線を俺と雪ノ下に向けたがそれもすぐに逸らしてしまう。そしてぐるんと踵を返して由比ヶ浜はサブレと共に去って(ドスンドスン!!)『きゃっ、地震!?』『大きくないか?』いった。大丈夫かなぁ、他の動物たち逃げたりしないかなぁ。
巨大な背中がどこかに消えていくまで見送っていると、左腕にしがみついたまんまの雪ノ下が問いかけてきた。もう左腕の感覚ないから全く幸福感とかない。もったいなさすぎる。
雪乃「ねぇ……由比ヶ浜さんに話って何かしら」
八幡「例の由比ヶ浜を奉仕部に連れ戻すための話だ」
そう言ったのにも関わらず、雪ノ下の表情にはどこか疑問が残っていた。もしやとは思うが、次の月曜日までに由比ヶ浜を奉仕部に連れ戻さないといけないということを忘れていやしないだろうか。
八幡「……お前さ、六月十八日ってなんの日だか知ってる?」
雪乃「六月十八日……? いえ、これといって特別有名な日じゃなかったと思うのだけれど」
まぁ、知らないよな。俺もこの前初めて知ったばかりだし。
八幡「あー……なんかさ、由比ヶ浜の誕生日らしいんだ」
雪乃「そうなの……どうして、比企谷くんがそれを知っているのかしら」
八幡「葉山が教えてくれたんだよ」
この前のゲーセンからの帰り道で聞いた、由比ヶ浜の情報と葉山の案。
うまく行くという保障はどこにもない。けれども、何もしなければ由比ヶ浜が奉仕部に戻ってくることはないだろう。
そうなれば俺と由比ヶ浜はおそらく二度と関わることもなくなるだろうし、そして俺は多分サツのお世話になる。後者の方は理不尽過ぎる。
八幡「まぁ、そこでだ……由比ヶ浜の誕生日を祝ってやりたいんだ。まぁ色々あったとはいえあいつ悪い奴じゃねぇし……打算的な考えもぶっちゃけるなら、それがきっかけで奉仕部に戻ってきてくれるならラッキーみたいな」
雪乃「なるほど、そういうことだったのね……」
……そういえば、女子……由比ヶ浜を普通の女子扱いしてもいいのかは分からんが、女子への誕生日プレゼントとかってどうやって選べばいいんだろうな。
多分俺一人で選んでもろくなことにならんだろうし……ここは、女子である雪ノ下に意見を伺うのが一番だろう。それに今回の件はこいつも無関係ではないわけだし。
八幡「なぁ、雪ノ下」
雪乃「な、なにかしら……」
声をかけると、雪ノ下は未だ俺の左腕を掴んだまま、潤んだ瞳で上目づかいに俺を見た。その頬は桜色に染まっており、艶やかな唇は緊張しているのか小刻みに震えているように見える。
女子を誘うのは正直恥ずかしいのだが……まぁ今回は背に腹は変えられないだろう。意を決して、俺は口を開く。
八幡「その……付き合ってくれないか?」
その後、色々あった末に俺は地獄巡りをする羽目になるのだが、それはまた別のお話。
このSS、ガハマさんが出ないとちょっとスペック高い八幡とデレのんのただのラブコメになるくせに、次回のららぽ編ガハマさん一切出てこないぞ。どうすんだよこれ。書かないと4巻以降のお話書けないから書くけど。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
④ちゃっかり比企谷小町は画策している。
日曜日。
梅雨の晴れ間とも呼ぶべき晴天……ではなく、梅雨の時期にしてもやりすぎだろと突っ込まざるを得ないほどの豪雨だった。昨日は普通に晴れていて、天気予報では今日も晴れだと言っていたというのに。
天気の崩れやすい時期とはいえ急すぎる。また誰かが由比ヶ浜の機嫌を損ねでもしたのだろうか。あいつお天気ボックスかよ。
とはいえ、昨日雪ノ下を呼び出した本人が雨だからといって引きこもるわけにもいかない。幸い、交通機関が止まるほどではなかったし。ただ千葉駅って大雨降るとすぐに沈没するんだよな……帰りは平気かしらん。
それよりこんな雨の中、雪ノ下を呼び出してしまって申し訳なかったかな……と一人ごちていると、後ろから声をかけられた。
雪乃「お……お待たせ」
瞬間、雨のせいでじめっとした空気が、爽やかな風を引き連れた少女に吹き飛ばされる。
そんな風を引き連れながらゆっくりと歩いてきたのは雪ノ下雪乃。どうもこいつクラスの美少女になると、歩くだけで空気をも変えることが出来るらしい。なにそれずっこい。由比ヶ浜なんて歩くだけで地面を揺らすのに。
フェミニンな印象を与える柔らかそうな生地のスカート、そして休日のスタイルなのかいつもより高い位置で括ったツインテールが風をはらんでふわりと踊っていた。
八幡「……別に、たいして待ってねぇよ。つうか悪いな、こんな雨の日に呼び出しだして」
雪乃「別に雨が降ったのはあなたのせいではないでしょう」
八幡「まぁ、そりゃそうだが」
そう返しながら、俺はきょろきょろと周囲を窺った。今日同行することになった小町はコンビニに行っているはずである。
そのコンビニの方を見やると、丁度小町が自動ドアから出てきたところだった。およ、と雪ノ下の姿を確認するとぱたぱたと小走りで戻ってくる。
小町「雪乃さん、こんにちはー!」
雪乃「こんにちは、小町さん」
ちなみに今日小町が同行している理由は、由比ヶ浜の誕生日プレゼントを選ぶ際に俺と雪ノ下じゃろくなものを選びそうにないので、こういうのに慣れてそうな小町にアドバイスを頼んだためである。
戻ってきた小町は雪ノ下の側に駆け寄ると、何やらこそこそと耳打ちをし始めた。
小町「すいませんねぇ、雪乃さん。うちの兄が気が利かなくて……小町、お邪魔でしょうに……」
雪乃「いえ、そんなことはないわ……その……二人きりになっても、どうすればいいか分からないし……」
小町「あーもう雪乃さん可愛いなぁ……大丈夫です! 妹の名にかけて、必ずなんとかしてあげますからね!」
八幡「お前ら、何の話してんだよ……」
小町と雪ノ下が顔を近づけてひそひそ話を始めてしまったので、早くもハブにされてしまった俺は肩身が狭い。
あのね、俺のことをちらちらを見ながらそういう風にひそひそ話をされるとまるで俺の悪口でも言っているように見えるからやめてね? どうせ秘密話をするならもっとさりげなくやって欲しい。
小町「んー? お兄ちゃんには関係ないから大丈夫だよー? じゃあ行きましょう!」
雪乃「ええ」
だったら俺のことをちらちら見るのやめろや。別にいいけどね。小学生の頃から慣れてるし。小学生の人の目の前でかつ絶妙に聞こえる声量でひそひそ話を始める率は異常。ソースは俺。
まぁ、どうも小町は雪ノ下に懐いているっぽいので、その点に関してはよかった。俺と違って小町は大体の人と上手くやれる社交性を持っているとはいえ、俺と同じくあまりコミュ力に優れているとは言えない雪ノ下とも仲良く出来ているのはさすがと言えるだろう。伊達に俺のことを世話し続けていない。
またなんか話し始めた小町と雪ノ下のちょっと後ろを歩きながら、改札口へ向かう。
今日の目的地は千葉の高校生がデートスポットによく使うと噂の、みんな大好き東京BAYららぽーとである。
ちなみに東京と名が付いていても住所は千葉県船橋市だ。この前の東京わんにゃんショーといい東京ディスティニィーランドといい東京ドイツ村といい成田国際空港と名を変える前の新東京国際空港といい、千葉県のやたらと東京を名乗りたがる率は異常。どんだけお前ら東京コンプレックス患ってんだよ。市川とか浦安辺りの奴とかの一部に至っては、自分は東京都民とか言い出すからな。売国民ならぬ売県民かっての。
あとついでに東京ディスティニィーランドとディスティニーランドの表記間違い率も異常。どれくらい間違っているかというと、俺ガイルアニメ公式HPでもウィキペディアでも漫画版『@comic』3巻でもグーグル検索の候補でもディスティニーランドって出てくるレベルに間違われているほどだ。ただしディスティニー単体で呼ぶ時はディスティニーで合っている模様。ついでにリゾートの名前もディスティニーリゾートであって、ディスティニィーリゾートではないらしい。以上、今日の覚えても絶対に使えない俺ガイルトリビアコーナーでした。
そんな一人トリビアコーナーで遊んでいると電車がやってきたので、残りの二人と一緒に乗り込む。
外は雨でも、電車内はそこそこの混雑具合だ。俺たちはつり革につかまって五分ほど揺られていた。
電車に乗る前までと同じく、小町はやたらと雪ノ下に話しかけている。
小町「雪乃さんはもう何を買うか決めたんですか?」
雪乃「…………一体、何を買えというのかしら」
雪ノ下の悲壮感溢れる呟きに、俺も小町も残念ながら同意するしかなかった。
あの巨人、一体何をプレゼントすればいいんだ……?
由比ヶ浜の趣味なんざ全く分からねぇしなぁ……。あれでも意外と普通に女子高生らしいことを喋ってることがあるが、仮に由比ヶ浜が普通の女子高生だとしても何をどうすればいいのか全く分からない。
八幡「ま、まぁ……店内見て回って考えようぜ……」
雪乃「そうね……」
俺たちのららぽなら、もしかしたら由比ヶ浜に合う物だって置いてあるかもしれないしな。うん、そう信じるしかない。俺たちが信じるららぽを信じろ。
小町「う、うわー、外いい天気だなー」
暗く重苦しくなった雰囲気に耐えかねたのか、小町が唐突に窓の外を見始める。
しかし外はどう見てもどしゃ降りの大雨だ。こいつももしかしたら現実逃避をし始めてしまったのかもしれない。
今日は苦労しそうだ。
× × ×
南船橋駅から出て、歩道橋を渡り終えると、ショッピングモールの入り口に辿り着いた。
構内の案内板を見ながら雪ノ下が考えるように腕を組んでいる。
雪乃「驚いた……かなり広いのね」
小町「はい、なんかですね、いくつにもゾーンが分かれてるんで目的を絞ったほうがいいですよ」
詳しい大きさまではよくわからないが、近隣でも最大級のショッピングモールだけにぶらぶらと歩いているとそれだけで一日が終わってしまう。ここで遊ぶ際にはコースをきっちり考えておかなければならないようだ。
八幡「なぁ小町、どの辺が女子にウケいいとこなんだ」
小町「お兄ちゃん、最初から小町に丸投げなんだね……」
まぁそのために小町を呼んだんだからな。俺がこの地図見てもサイゼとかマックとかサイゼとかしか分からねぇし。
小町「まぁ、小町の見立てだと多分ここら辺を押さえとけば問題ないんじゃないかなと思うよ。……普通の女子なら……ね」
八幡「……じゃあ、とりあえずそこ行くか」
再び暗くなりかけた雰囲気を払拭するように、小町の指差した方へと向かい始める。
その女の子っぽいゾーンはここから二つ三つ先に行った区間にある。
行きかがり上、俺を先頭に進んでいるが、普段こうした大型ショッピングモールには来ないのでどうにも道に自信がない。
右を見たり、左を見たり、ときょろきょろ辺りを見渡していると、横に雪ノ下が並んできた。
雪乃「……色々あるのね」
八幡「そうだな」
雪ノ下の言う通り、辺りには色々なショップが立ち並んでいた。雑貨とか雑貨とか雑貨とか。雑貨関係のショップ多過ぎね? ていうか雑貨の定義の範囲広過ぎね? 友達と同様に定義があやふやなものはいまいち信用できん。
雪乃「こうして並んで歩いていると……その……デートみたい……というか……」ボソッ
八幡「小町、こっちこのまままっすぐでいいんだよな?」
そうこう歩いているうちに分岐点に辿り着いた、道を確認するために小町へ振り返る。
が、そこにいるのは知らない人の群れであった。
八幡「あ、あれ?」
見渡してみても小町の姿は見えない。もしかしてはぐれてしまっただろうか。これだけの人混みだと仕方がないのかもしれない。いつものように手握っておけばよかったかな。
八幡「雪ノ下、ちょい待っててくれ」
雪乃「デート……え、あ、分かったわ……」
合流するために、小町に電話してみる。
だが、小町が出る気配はない。一分ほど待ってみても出なかったので、俺は諦めて電話を切った。
八幡「出ねぇな……」
電話をポケットにしまってから雪ノ下のいた方向を振り返る。が、今度は雪ノ下がいない。おいおい迷子続出し過ぎだろと思ったが、雪ノ下の姿はすぐに見つかった。近くの店に並んでいる変なパンダのぬいぐるみを真剣な表情でぐにぐにしている。
あれは東京ディスティニィーランドの人気キャラクター、パンダのパンさんだ。詳しい説明は原作3巻をよろしくお願いします。
八幡「雪ノ下」
声をかけると、はっと何かに気付いたような表情になり、頬をぼっと赤らめ、そしてばっとそのぬいぐるみを棚に戻し、クールに髪を払ってこちらに視線をやった。この間わずか三秒。
雪乃「にゃにかしら」
何も突っ込まないでやるのが人の優しさという奴であろう。
八幡「……あー、小町の奴、どこかに行っちゃったみたいでさ……電話にも出ねぇし」
雪乃「あら、そうなの……? ……もしかして……小町さんが言ってたのって、これが……?」
言うと、雪ノ下は顎に手を当て、何かを考えるような仕草を取った。何か、小町の向かった先の心当たりなどがあるのだろうか。
八幡「なぁ、小町どこ行ったか知ってるか?」
雪乃「……いえ、分からないわ。何か気になるものでも見つけたのではないかしら。さすがにこれだけの品があると、ついつい見入ってしまうものも、あるわよね」
八幡「ああ、お前みたいに」
雪ノ下が棚に戻したパンさんのぬいぐるみに視線をやると、雪ノ下は唐突に咳払いをした。
雪乃「っとにかく。小町さんも最終目的地はわかっているわけだし、そこで落ち合えばいいでしょう」
八幡「まぁ、それもそうか……」
俺は小町に「電話しろバカ。先行く」とメールを送ると、先へ進むことに──
八幡「?」
雪乃「……」
──しようと思ったが、雪ノ下の視線は先ほど棚に戻したパンさんのぬいぐるみに注がれている。
……もしかして、あれ買うつもりだったのかな。なるほどな。
八幡「あー……ちょっとお手洗い行ってくるから、ここで待っててくれ」
雪乃「わ、分かったわ」
そう言いながら、そそくさと店から離れる。
少し離れてからくるりと振り返ってみると、雪ノ下が先ほどのぬいぐるみを抱きかかえてレジに向かっている姿が見えた。
その光景が微笑ましくて、つい口元が少しだけにやけてしまった。
× × ×
八幡「悪いな、待たせた」
雪乃「大丈夫よ、それでは行きましょう」
当たり前のように雪ノ下の荷物にパンさんのぬいぐるみがはみ出ているビニール袋が追加されていたが、そこにはあえて突っ込まないでおく。
そのまま雪ノ下と並んで歩き始めて数分ほどすると、周囲の雰囲気が明らかに変わった。
ここら一帯が、おそらく小町の言っていた女の子ゾーンなのだろう。確かに、いかにも女の子女の子しているような感じだ。
服屋にアクセサリーショップ、靴下専門店にキッチン雑貨、そしてもちろんランジェリーショップ。俺にとってはとっても居心地の悪い異空間が広がっている。
さーて何を買おうかー……と思った時、そういえば小町のアドバイスがなきゃロクに選べないことに気が付いた。そういやあいつからまだ連絡来てねぇな。
八幡「悪い、ちょっと小町に電話してくる」
雪ノ下にそう言ってから道の端によって電話を掛けてみる。すると、今度はようやく出てくれた。
小町『はいはーい』
八幡「あ、お前今どこいんだよ。もう着いたぞ。待ってるから早く来いよ」
小町『え? ……あー。小町買いたいものいろいろあるからすっかり忘れてたよ』
八幡「妹の頭がここまで残念になっていたとは……。お兄ちゃん、ちょっとショックだよ」
まさか、ここまで記憶力が悪かったなんて。なんて思っていたら。電話の向こうからものすごい馬鹿にした感じのため息が聞こえてきた。
小町『……ふっ、お兄ちゃんにわかれっていう方が無理か。まぁ、いいや。小町あと五時間くらいかかりそうだし、なんなら一人で帰るから、後は二人で頑張って!』
八幡「いや、ちょ、ちょっと待てって!」
小町『何、雪乃さんと二人っきりだと緊張する? 心配しなくても大丈夫だよー……どう見ても、脈アリだし。ちゃんとエスコートするんだよー?』
八幡「は? お前何言って(ブツッ、ッツーッツー)あんにゃろ、電話切りやがったな……」
人の話の途中に話を切るんじゃありません、まったく。それに可愛い女子中学生をこんな混雑したところに一人にするのは本気で心配なんだが……ナンパとかされないだろうかと思うと気が気でない。
っつか、脈アリって何がだよ。そりゃ脈くらいあるよ。じゃなきゃ死んでるよ。俺の心臓、まだドクンドクンと動いてるよ。心なしかいつもより早いような気がするけど。小町が心配すぎて。
はぁ、と軽いため息をつきながら携帯をしまうと、俺は雪ノ下に向き直った。
八幡「小町はなんか買いたいものがあるらしい。で、あとは丸投げされた」
雪乃「そ、そう……じゃあ、私たち二人きり……というわけね……」
八幡「え? ああ、そうなるな……」
女の子スペースらしい派手な光の証明の反射のせいか、桃色に染まった顔をぷいっと反らす雪ノ下。
妙な沈黙が俺たちの間に舞い降りてきた。いかんいかん、と変な間を破るように少し大げさに咳払いをしながら、奥の方を指差す。
八幡「まぁあれだ、この辺が女子の好きそうなジャンルだってのはわかったんだし、あとは俺たちでなんとかしようぜ」
雪乃「そ、そうね……」
しかし俺も雪ノ下も、あまり一般的な感性というものとは縁遠い。これでどうプレゼント選びをすればいいのか──と思ったけど、由比ヶ浜自体が一般的じゃないし、なんかもうあんま細かいこと気にしない方がいい気がしてきた。
試しに手近にあった服屋へと入る。中に入ってから雪ノ下とは別れて物を見繕おう……としたのだが……。
女性客(ジー……)
女店員(ジー……)
八幡「…………」
したのだが、これはとてもじゃないが耐えられそうにない。
他の女性客や店員からの視線が痛い。それはもう虫を見るかのようだ。レディースコーナーでの男性客(※ただしぼっちに限る)というのはここまで警戒される対象なのか……。
女店員「あの、お客様……。何かお探しですか?」
八幡「あ、いや、その……す、すいません」
思わず謝ってしまった。しかし店員さんの警戒は解けない。ていうか、ぶっちゃけると完全に不審者を見る目だった。
そのままあたふたしているところに、救いの手が差し伸べられた。
雪乃「比企谷くん……。あなた、何をしているの? まさか……こんなところでナンパでもしようとしたのかしら……!?」ギリッ
八幡「どんなところでもやらねぇよ! つーか、なにもしてねぇんだけどな……」
雪ノ下から俺はナンパするようなキャラに見られていたのだろうか。そんな度胸があるわけない。なんなら授業で隣の女子と英会話をしなければならない時ですら話しかけられないレベル。
女店員「あ、彼女さんの付き添いだったんですね。ごゆっくりどうぞ」
雪乃「かっ、かかか、彼女っ……!? そ、そんなんじゃ」
八幡「あー……行くぞ、雪ノ下」
慌てふためいて冷静さを失った雪ノ下の手を引いて店から出ていく。店の外に出てからようやく店員さん方の警戒の対象から外され、緊張が解けた。
雪乃「ほ、他の人から見ても……その……そういう風に見られるのかしら……」
八幡「じゃねぇの。男女が二人でいるだけで勝手にカップル認定するだろ」
俺も高校生の男女が二人でいるのを見るたびに心の中で呪詛を唱えまくってたし。
八幡「しかしあれだな、俺ってそんなに不審かな……」
いくらレディースのコーナーとはいえ、あそこまでガチガチに警戒されるとは思わなかった。店員さんだけじゃなくて他の女性客の視線も痛かったし。また学ばなくてもいいことを学んでしまった。
雪乃「どうやら、男性の一人客は警戒されるようね。……見た限り、その……男性客は皆……カップルだったようだし」
なるほどな。女性・カップルゾーンってやつだな、プリクラと一緒だ。この世界線だと戸塚とプリクラに行ってないけど。しかしそうなると俺がここにいてもできることは何もない。もう一度果敢にチャレンジする勇気は俺にはない。
八幡「……じゃあ、俺あっちの方にいるから」
言いながらちょっと離れたベンチを指さした。そのままそのベンチに向かおうとした時、くいっと袖を掴まれた。
振り返れば、雪ノ下が上目遣いで俺の顔を見上げている。
雪乃「待って」
八幡「……なんだよ」
一瞬飛び跳ねた鼓動を抑えながら短く返すと、雪ノ下は俺のシャツの袖をちまっと握ったまま、ぷいっと顔を背けた。
雪乃「そ、その……私、自慢ではないけれど、あまり一般的とは言えない価値基準を持っているのよ」
八幡「自覚はあったんだな……」
雪乃「だから、その……一緒にいてくれると……助かる、のだけれど……」
雪ノ下はすごく言いづらそうに顔を下に伏せていた。足もとに向けられた視線がそわそわと忙しなく動く。
……もしかしてこいつ、意外と由比ヶ浜へのプレゼント選びを真剣に考えていたのか。普段あれだけ由比ヶ浜のことを苦手そうにしていたものだから、あまり乗り気ではないかもしれないと思っていたのだが、認識を改める必要があるのかもしれない。
とはいえ、さっきみたいな店員の警戒の視線を集めるのはもう勘弁して欲しい。
八幡「まぁ、手伝ってやりたいのはやまやまだけど、店の中、入れないしな……」
そう答えると、雪ノ下はしばらく何かを考え込み、そして小さく口を開いた。
雪乃「し、……仕方がないわ……その……、カップルなら、男性客でも警戒されないのよね」
八幡「ん? そうだな……さっきの反応を見る限り、そうかもしれんな」
雪乃「な、なら、そうね……ならば……私の……恋人、のように振舞えばいいのではないかしら……」
八幡「は?」
思わず聞き返すのと、雪ノ下が俺の腕に組み付いてくるのは同時だった。
八幡「あ、おい」
雪乃「……別に、初めてじゃないのだからいいでしょう」
初めてではない、というのは前に川崎のいるバーに行った時の話だろうか。確かにあの時も恋人の振りをしながら潜入したが。
雪乃「……何か不満でも?」
八幡「別に不満はねぇよ」
雪乃「そ、そう……」
確かに恋人の振りをするってのは初めてってわけでもない。それに、そうすればあの店員の警戒からも解かれるだろうし、俺も店の中に入ることは出来るだろう。……だからと言ってくっつく必要まではないと思うが。
まぁ、あくまで振りだしな。あんまり深く考えなくてもいいのだろう。
腕を組む雪ノ下のほのかな体温を感じながら、次の店に向かって歩き始めた。
八幡「んじゃ、行こうぜ」
雪乃「え、ええ……」
ぴったりとくっつく側の雪ノ下からはとても良い匂いがしたが、当然ながらその感想は喉の奥にしまいこんだ。
× × ×
次に入った服屋からは意外なくらいにスムーズに物事が進んだ。
雪ノ下とくっついて歩いていれば他の店員や客から変な視線を向けられることもないし、警戒して離しかけられることもない。至って普通に商品を捜すことが出来た。
だが、問題はそこではなかった。
もっと根本的なところに問題があることに、俺はもっと早く気が付かなかったのか。
八幡「……由比ヶ浜のサイズに合いそうな服、ねぇな……」
そう、そもそもあのデカブツが着られそうな見つからなかったのだ。何故もっとその考えに至らなかったのだ、俺は……。
普通のレディースの店にあいつが着られるほどの大きい服があるわけねぇだろうが……!
雪乃「……そうね、見つからないわね」
俺の腕に組み付いたままの雪ノ下がそうポツリと漏らす。そういやこいつも気が付いてなかったのか……。
八幡「ねぇもんはしょうがねぇな、別の何かを捜すか」
とはいっても、そうぽんぽんと別の何かというものは考え付かない。とりあえずぶらぶらと歩きながら、辺りのショップを見渡した。
雪乃「由比ヶ浜さんが好きそうなものとか、どんなものが趣味なのかとか、全く知らないわね……」
八幡「……チェス盤をひっくり返すか。あいつの好きそうなものを選ぶ、っていう前提から覆した方がいいかもしれない」
雪乃「確かに、相手の得意分野で争っても勝ち目は薄いものね。勝つためには逆に弱点を突かなければ……」
プレゼント選びすら戦いとかお前の一族アマゾネスかよ。と思ったけど俺も普段の授業とか部活動とかもほとんど戦いでした。由比ヶ浜とか異世界から呼び出した魔物とかと。
八幡「ま、弱点を突くというか、弱点を補うようなものはありかもな」
あいつの弱点ってなんなのか知らないけど。あるなら是非教えて欲しい。……力の加減が出来ないとか? きょうせいギブスでも渡すか?
雪乃「そうね、そういうことなら……」
何か思いついたのだろうか。雪ノ下は俺の腕を引っ張りながら次なる店を目指す。
服屋のはす向かいにあるランジェリーショップの前で立ち止まった。のは俺だけで雪ノ下はその横のキッチン雑貨の店へ向かおうとする。……が、俺とくっついている以上、俺が止まると自然と雪ノ下も止まる。ランジェリーショップの前で。
雪乃「……ひ、比企谷くん、その、そういうのはちょっと……まだ早いのではないかしら……」
八幡「誤解だ!」
いやまぁ立ち止まったのは事実ですけども。
しかしさすがに雪ノ下といる時にランジェリーショップの前にいるのは恥ずかし過ぎるので(一人でいる時でも当然恥ずかしい)、さっさと次の店へ向かおうとする──が、今度は雪ノ下が動かなかった。
雪乃「そ、その……比企谷くんは、こういうのが趣味なの……かしら……」
八幡「おーけー雪ノ下、早く次の店へ行こう」
半ば強引に雪ノ下を引っ張りながら、横にあったキッチン雑貨屋へと向かう。いや、ほんと誤解なんだ。恋人と下着売り場に行くとか淡い夢とかマジで持ってないから。あとついでに由比ヶ浜へのプレゼントに下着を選ぶつもりも全くないから。つかそもそもあいつのサイズに合うのここにもないだろ。
閑話休題。
キッチン雑貨店にはフライパンや鍋といった基本的な調理器具の他、パペットマペットみたいな鍋つかみとかマトリョーシカを模した食器セットのようなファンシー系アイテムが取り揃えられている。ねぇねぇウシくん。なんだいヒキガエルくん。誰がヒキガエルだよクソッタレ!!
八幡「なるほど……確かにこれは由比ヶ浜の弱点だな」
由比ヶ浜は料理が下手だ。下手っつーか料理の際に器具をぶっ壊したり竜巻を起こしたりするんだが。いやぁ、あの時のクッキー作りは本当に大変でしたね……。あのクッキー作りが俺の人生のターニングポイントになってしまったのは否めないだろう。
さすがにこの店で雪ノ下と恋人の振りをする必要はないと思うので一旦離れると『あっ……ひ、比企谷くん……ぐすっ……』棚に並んでいる便利グッズや調理器具などを物色することにした。
うは、なにこの鍋の蓋。ツマミの部分が開いて調味料入れられるなんて、超魅了されるんですけど。やだ俺バカみたい。
ホームセンターとか一〇〇円ショップもそうだけど、こういったガジェットやツールは見てるだけでもテンションが上がる。
雪乃「比企谷くん、こっち」
呼ばれて、行ってみるとそこにいたのはエプロン姿の雪ノ下雪乃だった。
くるっとワルツでも踊るかのように一回転してみせると、ふわりとエプロンとスカートが翻り、一瞬童話の妖精かと見間違えるかのような錯覚を受ける。
ちらっと俺の顔を見上げると、ちょこんと可愛らしく小首を傾げた。
雪乃「どうかしら?」
八幡「どうって言われてもなぁ……すげぇよく似合ってるとしか」
雪乃「にゃっ、にゃにを……ありがとう、でも私のことではなくて、由比ヶ浜さんにどうかしらという意味よ」
一瞬、猫の言葉が聞こえたような気がしたが空耳だろう。
八幡「それは由比ヶ浜には合わないだろ。……サイズが」
雪乃「それもそうね……」
納得したように軽く息を吐くと、雪ノ下はエプロンを丁寧に畳んで胸に抱えた。
八幡「つか、なんでエプロンなんだ」
雪乃「はじめてのクッキー作りの時、由比ヶ浜さんに合うエプロンがなかったでしょう。だから、それもありかと思って」
そういえばそうだったような気もする。しかしあのクッキー作りは他にインパクトのある出来事が多過ぎたからなぁ……あいつのエプロンの有無とかぶっちゃけ記憶の片隅にすら残ってない。残っている記憶は、家庭科室がぶっ壊れたとか竜巻が起こったとか戸部が巻き込まれて瀕死の重態になったとかそういうことばっかりだ。いや、ほんと初対面からすげぇことしかやってねぇなあいつ……。
八幡「まぁ服じゃなくてエプロンなら、まだ由比ヶ浜でもつけられるサイズのものもあるかもしれないな」
雪乃「そうね」
言いながら、エプロンのコーナーを見渡す。一つ気になった物があったのか、雪ノ下はそれを手に取った。
八幡「なんだそれ……超でかいな」
雪乃「5XLサイズね……。これなら由比ヶ浜さんでも付けられるかしら」
その薄いピンクを基調としたエプロンは、男の俺でも身に余ると思われるほどに大きいものであった。なにあれ、アメリカにたまにいそうな超でかい奴用? その割にピンク色とかマジで需要なさそうなんだけど……。
しかし由比ヶ浜にならなんとか合いそうだ。服と違ってエプロンはサイズがピッタリである必要もないだろうしな。
雪ノ下はそのピンクのビッグエプロンと、先ほどつけていた黒のエプロンの二つを抱えてレジへと向かった。
八幡「なんだ、そっちのエプロンも買うのか?」
雪乃「え、ええ…………あなたが、似合ってると言ってくれたのだから…………」
八幡「?」
後半の方は小声になってしまってほとんど聞こえなかったが……衝動買いだろうか。まぁ、買い物にはよくあることだよな。
ほら、本屋に行くと新しいラノベ開拓したくなるじゃん。で、気が付いたらめっちゃ買ってるの。そんな経験をしたことがある人も、世の中結構いるだろう。
そんな衝動買いが、後の人生を変えることもたまにあるんだけどな。
× × ×
俺はペットショップでグッズを買い、会計を済ませる。
雪ノ下といえば、ケージにいる猫の方に真っ直ぐ突撃していった。まさに猫まっしぐらというやつである。
ケージの方に向かうと、口元に柔らかい笑みを湛えながら猫を撫でたりもふったりしている雪ノ下の姿があった。
あまりに真剣な様子で猫を撫でているので声をかけづらかったが、足音で俺の存在に気が付いたのか、首だけこちらを振り返った。
雪乃「あら、早かったのね」
八幡「悪い」
もう少し猫をもふりたかったんだろうな……。ごめんよ、気が利かなくて……。
雪乃「何を買ったの? だいたい想像はつくけれど」
八幡「まぁ、お前が思ってるもんだよ」
雪乃「そう…………以心伝心ね」
雪ノ下の口元がにやりと笑った。正解したことが嬉しかったのだろうか。
時計を確認すると、時間はだいたい二時といったところだ。意外と長い時間を過ごしてしまった。さくっと買ってさくっと帰るつもりだったのに。
八幡「用事も済んだし、帰るか」
雪乃「え……」
八幡「ああ、悪い。まだなんか行きたいとこあったか」
雪乃「えっと……その、見たいところがあるというわけでは……ないのだけれど……」
帰宅を切り出したが、雪ノ下の態度はいまいち煮え切らなかった。軽く俯いてしまい、もじもじと何か言いづらそうにしている。
……あれかなぁ、さっきのパンさんのぬいぐるみみたいに何か買いたいものはあるけど、自分ひとりだと辿り着ける自信がないとかかなぁ。この子、結構な方向オンチの気ありますしね。で、それを言い出しづらい、と。
……まぁ、どうせ帰ってもやることがあるわけでもないし、時間はそれなりにある。それにわざわざ休日に来てもらったんだし。雪ノ下の用事にも付き合ってもいいか。
八幡「あー……そうだな、あともう一周してみないか」
雪乃「!!」
ぱあっと雪ノ下の顔が輝いた。なんだお前それ可愛いな。しかしそれにしても本当に分かりやすい奴である。
雪乃「そ、そうね。せっかく普段来ないようなところに来たのだし、色々見て回るのもいい経験になるかもしれないわね」
早口でそうまくし立てたが、その表情はどこか綻んでいるように見える。そんなに何か買いたいものか見たいものでもあったのか。
八幡「じゃ、適当にその辺見て回るか……」
そう言いながら歩き始めると、横に雪ノ下が並んでくる。こいつが見たそうなところってどこかなぁ……。
適当に歩いている道中、家族やカップル向けのゲームコーナーがあった。が、特に用事もない。さっさと通りすぎてしまおうとしたとき、雪ノ下がぴたっと足を止める。もしかしてここに来たかったのか?
八幡「どした? ゲームでもしたいのか?」
雪乃「ゲームに興味はないわ」
そう答えるものの、雪ノ下の視線はクレーンゲームに釘付けになっている。その視線の先を追ってみると、そのクレーンゲームの台の中には見覚えのあるぬいぐるみが入っている。
もちろん、パンダのパンさんであった。
八幡「……やってみるか?」
雪乃「結構よ。別にゲームがしたいわけではないもの」
(訳:ただぬいぐるみが欲しいだけだもの)
俺は変なコンニャクでも食ったんじゃないだろうかというくらい、雪ノ下の言わんとすることを翻訳出来てしまった。
……なるほどな、あれが欲しいのか。ちらと財布の中身を確認すると、丁度小銭が結構残っている。試しにやってみっか。
八幡「ちょっと待ってろ」
雪乃「え?」
クレーンゲームの台まで向かって、財布から取り出した百円玉を投入する。すると、「ふええ……」と間抜けな機械音がした。
雪乃「比企谷くん……?」
八幡「俺のウルテクを見せてやろう」
ボタンを押して、クレーンをぬいぐるみの少し後ろの方に引っかかるような位置に移動させる。この手のゲームのクレーンの固定力は非常に弱い。馬鹿正直に掴もうとしても欠片も持ち上がらないというのは、少しでもこういったゲームを経験したことのある奴ならば分かるだろう。
ならばどうすればいいか。答えはぬいぐるみを縦に持ち上げようとするのではなく、ズラすように少しずつ前に移動させることだ。
降りていったクレーンが「ふええ……」と言いながらぬいぐるみの後ろ足の方を掴みあげようとする。な、なんだこのクレーン、なんか鳴き声可愛いな……。
八幡「……ジャスト」
そしてクレーンちゃんは「ふええ……」と言いながら上の位置に戻る。当然、後ろ足の方を引っ掛けただけではぬいぐるみを掴みあげることは出来ない。だが、足を持ち上げられたぬいぐるみは前の方に向かってごろんと回転した。良い感じに上手く引っ掛けられたのか、思ったよりゴールまで大きく近付いてくれた。
雪乃「比企谷くん……もしかして、こういうの得意なのかしら……」
八幡「いんや。小町にせがまれて昔よくやったけどろくに取れた試しがねぇ。やるのも久しぶりだ」
だが、今の一回目の結果は上々だ。多分、葉山との修行で空間把握能力がめちゃくちゃ鍛えられたからと思う。少し間違えると死ぬ環境だったからな……。あとは引っ掛けどころが良かったとか、純粋に幸運に助けられたのもあるだろう。
そして追加の百円玉を投入。狙うは尻尾の辺り。そして「ふええ……」とクレーンがその狙い通りの位置に移動してくれ、そのまま尻尾を掴みあげようとする。当然持ち上げることは適わないが、前の方に動いてはくれた。
そして数度、追加のコインを投入。ふええぇぇ。ふええぇぇ。ふええ……。ごとっ。おっ、取れた。五〇〇円で取れたのなら上々だろう。俺、こんなにクレーンゲーム上手かったんだな……今度ひとりでもプレイしに来ようかな……。
筐体の払い出し口からパンさんのぬいぐるみを取りだすと、俺は雪ノ下に向かって押し付けた。
八幡「ほれ、やるよ」
雪乃「え?」
目をぱちくりとさせて、雪ノ下は手に持ったパンさんのぬいぐるみと俺の顔を交互に見る。だが、その直後にそれを押し返してきた。
雪乃「こ、これを手に入れたのはあなたでしょう」
八幡「まぁ、あれだ……。礼と思って受け取ってくれよ」
雪乃「礼?」
八幡「まぁあれだ、わざわざ休日に付き合ってくれた礼だ」
そう言いながら、押し返されたぬいぐるみを再び雪ノ下へと突きつける。そのまま雪ノ下の腕の中へとぽすっと納まった。
雪乃「そ、そう……」
雪ノ下は自分が抱き留めたぬいぐるみに視線を落とす。そして、ちらっと俺を見た。
雪乃「礼、と言っても……今日の由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを渡そうと言うのも全部あなたから言い出してくれたことだわ。私は由比ヶ浜さんを部に連れ戻そうにも何も思いつかなかった。ずっとあなたに助けられっぱなしよ」
八幡「いいから受け取れ。俺、これいらんし」
こいつも大概真面目というか、頑固というか、ああ、違うな、これは偏屈というやつだろう。
しかしこんな些細なお礼程度でどうこう言われても仕方がない。ていうかそれを俺が持ち帰るわけにもいかん。
雪乃「…………。分かったわ、そこまで言うのなら受け取るわ。……その、ありがとう」
八幡「ん」
それに、そんなふうに大事そうに抱きかかえられちまったら返せなんて言えねぇよ。
と、俺が微笑み混じりで見ていたのに気づいたんだろう。少し照れたように顔を背ける雪ノ下、その頬がわずかに朱に染まっている。
雪乃「……似合わないかしら。こういうのは戸塚くんのほうがイメージに合うものね」
八幡「まぁ戸塚には確かに似合いそうだけど」
戸塚とぬいぐるみなんて、あんぱんと牛乳くらいのベストマッチじゃねぇか。まぁこの作品内であんぱんと牛乳に縁があるのは実は4コマ版の三浦だったりするんだけど。
まぁそれはさておいて、さっきもパンさんのぬいぐるみ買ってたよな、こいつ。
八幡「パンさん、好きなんだな」
抱きかかえたパンさんの頭を愛おしそうに撫でるその姿は、まるで授かった赤子を撫でる母のようにも見えた。いや自分で言うのもなんだが、その例えはどうなんだ。
俺のそんななんの気になしに口を突いて出た言葉に、パンさんのぬいぐるみに顔をうずめた雪ノ下はこくんと頷く。
雪乃「……ええ。昔、誕生日プレゼントでパンさんの原作をもらったのよ。そのせいで一層愛着があるのかもしれないわ。……だ、だからその、……取ってもらえて」
陽乃「あれー? 雪乃ちゃん? あ、やっぱり雪乃ちゃんだ!」
無遠慮な声が雪ノ下の言葉を遮った。
その声がした方向を、俺と雪ノ下が同時に振り向く。
すると、目の前にいたのはとんでもない美人だった。その美人は友達と遊びに来ていたのだろうか、後ろにわらわらといた男女数名に「ごめん、先行って」と拝んで謝るような仕草を送る。
雪乃「姉さん……」
八幡「は? 姉さん? は?」
さっきまでの無防備な表情とは打って変わって慄然とした様子の雪ノ下と、目の前にいる女性を見比べる。
確かに見た目はそれなりに似ているようだ。だが、どこか違和感を覚える、ような……。
陽乃「こんなところでどうしたの? ──あ、デートか! デートだなっ! このこのっ!」
雪乃「でっ、でででデートだなんて、そ、そんな」
そんな姉のからかいに対して、雪ノ下は慌てふためいてしまった。おい、そんなに動揺するなよ。見てるこっちまでが動揺しちゃうだろ。
陽乃「……んー? 雪乃ちゃんってそんな反応する子だったっけー? ……まぁいいや、それよりあれ雪乃ちゃんの彼氏? 彼氏?」
雪乃「ちっ、ちがっ……! へ、変なことを言わないでちょうだい……」
陽乃「ありゃ、違うの? ……にしても、雪乃ちゃん、なんか変わったねぇ……?」
そんな雪ノ下の様子に対して、雪ノ下の姉は顎に人差し指を当てながら首を捻っている。ああ、そうか。姉ということは、俺が奉仕部で初めて会った時のやたら尖った時の雪ノ下を知っているわけか。そういえばそんな時代もありましたね。
そのまま姉の視線が俺の方に向く。すると、にこりと笑みを携えながらその艶かしい唇を開いた。
陽乃「雪乃ちゃんの姉、陽乃です。雪乃ちゃんと仲良くしてあげてね」
八幡「はぁ、比企谷です」
名乗られたので名乗り返す。どうやら姉の名は雪ノ下陽乃という名前らしい。ちぃ覚えた。
陽乃「比企谷……。へぇ……」
陽乃さんは一瞬だけ考えるような間を取り、俺の爪先からてっぺんまでざっと流し見た。そして、その視線が俺の目を捉える。
陽乃「……君、もしかして結構デキるね?」
八幡「──!!!」
その刹那、背筋がぞっとするほどの寒気が襲い掛かってきた。
改めて陽乃さんの姿を見直す。先ほどから感じていた何か……。もしかして、陽乃さんも葉山などと同じ、別格の存在なのかもしれない。いや、最初に覚えた違和感はそれだけじゃないけど。
八幡「……あなたは、一体」
俺の中の警戒値はマックスを飛び越えている。この人はヤバい。そう俺の中の本能が告げている。由比ヶ浜や葉山、別世界の魔物などを相手に抱いた感じとはまたベクトルの違うヤバさだ。
陽乃「ふーん、あの時の子が……こんなに変わって、それで雪乃ちゃんと関わりを持つようになったのかー……運命の悪戯って面白いなぁ……」
八幡「…………」
陽乃さんの独り言の意味は何一つ理解出来なかったが、警戒は解かないまま身構える。
陽乃「……比企谷くんね。うん、よろしくね♪」
が、陽乃さんがにっこりと微笑むと先ほどまで存在していた緊張感が嘘のように霧散する。
幻術か……? いや幻術じゃない。気のせいでもない。その証拠に、自分の掌の感覚を確かめると、手汗でびっしょりと濡れていた。
雪乃「……特に用がないのなら、私たちはもう行くけれど」
再び雪ノ下の声が絶対零度の如く冷える。その様子は、まるで初めて会った時の雪ノ下のようだ。あの時の氷の女王が、今ここに再び顕現していた。
陽乃「えー、わたし、雪乃ちゃんの彼氏ともうちょっとお話したーい」
雪乃「だっ、だからっ、か、彼氏とか……そういうのじゃ……」
あ、またいつもの雪ノ下に戻った。忙しいやっちゃな。
陽乃「んー、本当になんか前までの雪乃ちゃんじゃないみたいだなぁ。ねぇねぇ彼氏さん、君が雪乃ちゃんを変えたの?」
八幡「いや、彼氏じゃないすけど」
陽乃「お、君もムキになっちゃってぇ。雪乃ちゃんを泣かせたりしたらお姉ちゃん許さないぞっ」
陽乃さんは「めっ!」と俺を窘めるように人差し指を立てると、それを俺の頬に押し当ててぐりぐりとしてきた痛たたっ。ちょっ、痛ぇっーの、近い、近い近いいい匂い!
ぱぁん!
が、それも長くは続かなかった。今の鳴った音が雪ノ下が陽乃さんの腕を叩いた音だと気がつくのに、数秒の間が必要だった。
雪乃「姉さん……、それ以上の冗談はやめなさいッ……!!」
雪ノ下は苛立ちを隠そうともしない目線を陽乃さんに向かって突き立てる。そしてがばっと俺の腕に抱きつくようにしがみつくと、陽乃さんから距離を取るように引き離した。だからお前も近いっつーの。なに、姉妹揃ってそういうものなの?
陽乃「…………へぇ」
一瞬、雪ノ下に叩かれた自分の腕を見つめる。その時の目はおぞましいほどまでに冷えていた──が、すぐに先ほどまでの微笑みに戻ると、ちろっと桜色の舌を出して謝ってきた。
陽乃「あーん、ごめんね、雪乃ちゃん。お姉ちゃん、ちょっと調子乗りすぎたかも」
雪乃「…………」
それに対して、雪ノ下は怒りと侮蔑を込めた睨みを返すだけだった。ついでに俺の腕を締める力も強まっていた。痛い。
だが、陽乃さんはくすっと笑うだけでその拒絶を跳ね除けると、にやりとした表情を俺に向ける。
陽乃「比企谷くんね……うん、ちゃんと覚えた」
そのセリフはいつかどこかで出会いそうなほんわか先輩のもののような気がする。
陽乃「うんうん、比企谷くん。今度、お茶しようね」
そして目線が俺から雪ノ下へとスライドした。
陽乃「そして雪乃ちゃん……は、なんだか別人みたいになってるけど……まぁいいか、青春してるみたいだし」
雪乃「……比企谷くん、行くわよ」
陽乃さんの言葉には返事せず、俺の腕を引っ張ってその場から離れようとする雪ノ下。俺も特に抵抗せず、そのままされるがままについていく。
最後にちらりと首だけ動かして陽乃さんの方を振り向くと、ばいばいと胸の前でこちらに向かって手を振っていた。
陽乃「じゃ、雪乃ちゃん、比企谷くん……『またね』!」
八幡「…………」
別れの挨拶をすると、陽乃さんは俺たちの向かっている方向とは逆の方に向かってとててと去っていく。
……気にしすぎなだけかもしれないが、今の「またね」とはどういう意味なのだろうか。知り合いの姉なんて、普通そうそう再開する機会もなさそうに思えるんだが。
八幡「お前の姉ちゃん、すごいな……」
思わずそう漏らすと、俺の腕にしがみついたままの雪ノ下が頷く。もう離れてくれてもいいような気がするけど、なんとなく自分からそう言い出すのは憚れた。
雪乃「姉に会った人は皆そう言うわね」
いや、多分だが、俺の言うすごいと、一般大衆の言うすごいはだいぶ違うと思う。
雪乃「容姿端麗、成績最高、文武両道、多芸多才、そのうえ温厚篤実……およそ人間としてあれほど完璧な存在もいないでしょう。誰もがあの人を褒めそやす……」
八幡「はぁ? そんなのお前も大して変わらんだろ。遠まわしな自慢か」
俺がそう言うと、雪ノ下はぽかんとした顔で俺をふり仰ぐ。
雪乃「……え?」
八幡「俺がすげぇっつってんのはあの、何? まるで葉山みたいな……いや、あれよりすげぇ強者のオーラっつーか……」
上手く言語化が出来ない。ある程度肉体面の修行はついていても、知識面はまだまださっぱりだ。
雪乃「……私と姉さん、葉山くんは幼馴染だから」
八幡「あ、そうなの?」
前に葉山が奉仕部に来たときに、雪ノ下と葉山に何か関係がありそうに見えたのはそのせいか。ていうか、やっぱり陽乃さんと葉山って関係あるのか……じゃあ、あのヤバそうな感じは多分的中してたな。
八幡「……お前の姉に勝てる気はしなかったよ」
雪乃「……そう」
見た目は雪ノ下に似ている美女だが、物理的な戦闘ですら勝てる気が一切しなかった。それほどのオーラを感じたのだ。
八幡「あとはまぁあの強化外骨格みてぇな外面だな。あんだけヤバそうな中身してんのに、それを取り繕うだけの外面を保ててるってのはすげぇよあれ」
雪乃「そうね。仕事柄、様々な挨拶回りとかに連れ出されることが多かったから……その結果出来たのがあの仮面よ。よくわかったわね、さすがだわ」
八幡「ああ、親父に教えられてるんだ。うさん臭い女には騙されるなって。昔それで騙されてローン組まされてたし」
まぁ今回の陽乃さんに関しては、親父の英才教育とか関係無しに気が付いてしまっただろうが。マジかよ親父役に立たねぇな。
それに、気が付いたのは、葉山との修行で鍛えられた感覚だとか、親父のクズを育てる英才教育だとか、そういうのだけが理由じゃない。
八幡「それにさ、お前と顔が似てるのに、笑った顔が全然違うだろ」
雪乃「──っ」
俺は本物の笑顔を知っている。媚びたり、騙したり、誤魔化したりしない、本物を。
言うと、横にいる雪ノ下が向こう側に顔をやってポツリと声を漏らした。その表情を窺うことは、俺には出来ない。
雪乃「そんなことを言われたら…………我慢、出来なくなっちゃうじゃない」
そして、こちら側に振り返る。どこか、吹っ切れたような、そんな印象を与える表情をしていた。
雪乃「ねぇ、比企谷くん……また、一緒にお出かけしてくれないかしら」
八幡「あん?」
反射的に聞き返してしまった。雪ノ下は変わらず、こちらの目を真っ直ぐに射止めるように見つめている。
雪乃「また、一緒にお出かけしましょう、と言ったのよ」
八幡「あ、ああ……別に、いいけど」
雪乃「そう。……それなら、嬉しいわ」
上機嫌そうにそう言うと、にこりと微笑みを浮かべた。……やはり、こうして見ると、陽乃さんの浮かべていた笑顔とは明らかに何かが異なって見えた。
雪乃「……帰りましょうか」
雪ノ下が小さな声で言い、俺は頷く。
腕を引かれながら、並んで駅まで歩いていった。
それからは一言も交わすことなく、家路へと着く。
電車内でも、俺も雪ノ下も、口を開くことはなかった。だが、距離だけはぴったりとくっついたまま。
降りる駅に着くと、俺と雪ノ下が同時に席を立つ。
改札を抜けた先で、雪ノ下が一瞬立ち止まった。
雪乃「私、こっちだから」
そう言って南口を指さす。そして、先ほどまで俺の腕に絡み付いていた腕がするりと離れていった。
八幡「ああ。じゃあ」
そう答えて俺も北口へと向かおうとした。
その背中に小さく声をかけられる。
雪乃「比企谷くん」
振り返ると、雪ノ下がくすっと口元に笑みを浮かべた。
雪乃「今日は楽しかったわ」
八幡「……俺もだよ」
雪乃「また……来られるといいわね」
八幡「そうだな」
深く考えることもなく、俺は短くそう返した。
雪乃「……それじゃ」
こちらに小さく手を振ると、身を翻して雪ノ下は歩き出した。もうこちらを振り返る素振りも見せない。
結局、俺は雪ノ下が完全に見えなくなるまで、ただその背中を見送っていた。
やめて! 由比ヶ浜さんの特殊能力で、比企谷くんが焼き払われたら、隣にいるざいなんとかくんまで燃え尽きてしまうわ!
お願い、死なないで比企谷くん! あなたが今ここで倒れたら、残された私たちはどうすればいいの!?
意識はまだ残ってる。これを耐えれば、遊戯部に勝てるのだから!
次回、「比企谷死す」。大富豪スタンバイ!
間が空いて申し訳ありません。
書き溜めしてから、また来ます。
ディスティニィーランドとディスティニーランドの下りはワロタ
正直原作での「ディスティニィーランド」がミスっててアニメ化・漫画化の際に修正しただけじゃないかな
原作内でも単体とかリゾートのときには「ディスティニー」というのはちぐはぐでおかしいし
外来語というかカタカナ表記で「ニィー」になる単語でまず見ないし
(『ニィーと笑った』みたいな擬態語ならあるけれど)
ひょっとしたら原作でも2版3版とかで修正してたりな
細かいお話にはなりますけども。
>>142
>渡航?@watariwataru
>あくまでディスティニィーランドです(確認 #oregairu
原作者様のツイッターで『ディスティニィーランド』表記は確定している模様。
ただ、7.5巻のチバデミーでは結衣がディスティニーランドと答えていたり、11巻の水族館デート前の地の文でディスティニーリゾート表記(9巻だとディスティニィーリゾートでした)していたりと、ちょこちょこ間違っているところが見受けられますね。
単体だとディスティニーなのは、19刷3巻でディスティニィーランドとディスティニー版と使い分けていた所がソース。
やばいそろそろ二ヶ月経つ……
一応書き溜めは進んでいるので、もうしばらくお待ちいただけると幸いです。
⑤それでも材木座義輝は荒野に一人、慟哭す。
月曜日。英語でいうとMONDAY。つづりの覚え方はモンデーだ。
わりとリアルに学校休みたかったのだが、ノートやプリントを代わりにとっておいてくれる存在がいるわけでもないし、まぁ由比ヶ浜関連でも色々あるので、嫌々ながらも学校へ向かう。
朝のHRぎりぎり、教室の前にまで向かうと、クラスメイトたちが廊下に出ていた。なんだなんだと教室の中を窺うと、なんだか禍々しい亜空間が広がっており、その中心では由比ヶ浜がなんだか不機嫌そうにしている。
そしてその亜空間では、葉山と……あと一人、青みかがった黒髪のポニーテールを揺らした女子……名前なんて言ったかな……川……川端さんだっけか? の二人が、その亜空間次元をなんとか押し留めようと、悪戦苦闘していた。
俺の気配にでも気が付いたのか、中にいた葉山と川崎の二人が同時にばっと廊下の方を振り返った。あ、思い出した。あっちの女子の方は川崎だ。
葉山「比企谷! ちょうどいいところにきた、手伝ってくれ!」
川崎「今日のは、一段と厳しいね……」
八幡「いやいや、何やってんのこれ」
葉山「話は後でだ!」
いきなり亜空間が広がってる教室で、何の説明もなく手伝えと強要される俺って結構可哀想な立ち位置だと思わない?
まぁ、もういいけどね。慣れてるし。説明もしてもらうまでもない。どうせ由比ヶ浜がまたなんか変なオーラでも出したか何か説明の付きづらいイレギュラーな事態を起こしたのだろう。
肩にかけていた鞄を雑に廊下に放り出すと、教室の中に飛び込んで葉山たちの元へと向かう。
川崎「……」
途中、こちらの方を向いた川崎と目が合ったが、すぐにぷいっと顔を背けられてしまった。今は目の前の状況を何とかする方が先決だということだろうか。
ところで、どうして川崎がここに普通にいるのか。その答えは簡単である。
どうも前に由比ヶ浜の感謝のやっはろー修行に連れていかれて以来、川崎もまた葉山や俺と同じように由比ヶ浜のよく分からない力に対抗する術を得てしまったようなのだ。
俺はその場にいたわけじゃないので詳しいことは分からないのだが、川崎本人が前に、「強くならなかったら、死んでた……!!」と随分と恐ろしいものを思い出すような顔で話をしてくれたことがある。すごく気持ちは分かる。何故なら、俺も強くなっていなければ死んでいる環境に身を置いているからだ。
まぁ、何はともあれ、それ以来川崎もこのクラスの新しい戦力として、時々一緒に戦ってくれてるようになったりしてるのだ。
葉山「川崎さん、比企谷。一斉に押し返すぞ!」
川崎「分かった」
八幡「了解」
三人で同時に亜空間へと飛び込む。すでに次元が歪みつつある。このまま手を打たなければ、この教室はおろか地球まるごとが危うい。
かくして、何故か俺は朝のうちから世界を救う戦いに身を投じる羽目になってしまった。
× × ×
世界が終わるかどうかの瀬戸際の戦いをどうにか終わらせ、その後普通に授業を受け、そんなこんな過ごしていたらいつの間にか放課後だった。
もはやすっかり世界の危機すら日常になってしまった。今なら地球を守るヒーロー達の気持ちも分かる。多分あいつらも同じ社蓄の血が流れてたんだと思う。
ホームルームを終え、奉仕部の部室に向かうと、その部室へ向かう廊下の途中に全ての元凶の元が立っていた。
まぁ俺が呼んだんだけど。
しかし中に入ろうとはせず、扉の前ですーはーと深呼吸を『ゴウッ!!』『うわっ、竜巻だ!』いやもうほんと深呼吸だけで竜巻起こすの勘弁して欲しい。
八幡「……なにしてんだ、お前」
結衣「うひゃあ!」
軽く竜巻を打ち消しつつ声を掛けると、由比ヶ浜はびくんと肩を震わせた。
結衣「あ、ヒ、ヒッキー。や、やーその、なに? 空気がおいしかったから、というか……」
気まずそうに視線を逸らす由比ヶ浜。
八幡「…………」
結衣「…………」
二人して沈黙。
お互い視線を合わさぬよう、そっと顔を伏せる。と、扉のない部室の中に雪ノ下がいるのが見えた。え? 扉がないのに、この前平塚先生が部室の扉の鍵を掛ける描写があったじゃないかだって? いやなに? 平塚先生疲れすぎてて幻覚でも見えちゃったんだよきっと。
まぁそれはさておいて、どうやら由比ヶ浜は中に入るのをためらっていたらしい。
無理もない。一週間もいなかったのだ。
学校でもアルバイトでも急に休んでしまうと次にどんな顔をして行ったらいいかわからないものだ。俺もバイトを出来心でサボったら、あまりの気まずさに二度と行かなかったという経験が三回ほどある。いや、一度も行かなかったのも含めれば五回かな。
しかし一週間サボってたことに気まずさを感じるくらいなら、普段俺に三途の川を渡らせかけたことについても少しは気にしてほしい。
八幡「……ほれ、行くぞ」
どうせ奉仕部の部室に扉はない。廊下を歩いていればそのまま部室の中に入れる。由比ヶ浜は最初何か言おうとしていたが、俺が歩き出すとそのままついてきた。
雪乃「由比ヶ浜さん……」
俺たちが部室に入ると、雪ノ下がぱっと顔を上げた。突然由比ヶ浜が入ってきても特に驚いた様子はない。先ほど廊下で竜巻を起こすなり何なりの騒ぎがこの部屋にまで聞こえていたのだろうか。
結衣「や、やほー。ゆきのん……」
弱弱しく挨拶をする由比ヶ浜からは普段のような覇気は感じられない。一方で雪ノ下は、少々肩を震えさせながらもこくんと頷いて挨拶を返した。
雪乃「こ、こんにちは……」
おお、おそるおそるとはいえ、あの雪ノ下が由比ヶ浜に普通に返事した。この前のわんにゃんショーで会った時でもガクブルだったのに。
由比ヶ浜を部活に連れ戻すという依頼を遂行するつもりはあるようだ。
結衣「う、うん……」
由比ヶ浜は軽く頷くと、いつもの席に座った。おお、椅子も壊れてなければ地震も起きていない。
こんな挨拶やら着席だけでも、雪ノ下や由比ヶ浜の成長が見て取れるな。
結衣「あ、あーっと。ヒッキー……、話が、あるんだよね?」
八幡「ああ」
二日前の土曜日。東京わんにゃんショーで偶然出会った際に、話があると呼んだのだ。
八幡「そのだな、俺たちの今後のことでお前に話が、」
結衣「や、やー。あたしのことなら全然気にしないでいいのに。や、そりゃ驚いたというか、その、ちょっとびっくりしたっていうか……。でも、そんな全然気を使ってもらわなくても大丈夫だよ? むしろ、どちらかというといろはちゃんの方が平気なのかなーとか、とか……」
いろは? ああ、一色のことか。はて、どうしてここであいつの名前が出てくるのだろうか。もしかして一色も近日誕生日だったりするのだろうか。
八幡「ああ、まぁ、なんだ。その……」
うまい言葉が思いつかない。なんせ女子の誕生日なんて祝ったことないからな……。男ならある。祝いに行ったのに何でお前来たんだよみたいな雰囲気を出されたけど。
そしてただ祝うだけじゃない。由比ヶ浜には今後も部活に戻ってきてもらいたいのだ。そのためには、どう言葉を尽くそうか……。
結衣「や、ほんと、気遣わなくていいからさ、その、もう、二人でいた方がいいんじゃないかって」
言葉に詰まっていると、由比ヶ浜がやや早口でそうまくし立ててきた。二人でいた方がいい? それは部活のことか。
いや、それは困る。俺たちはなんとしてでも由比ヶ浜を部活に連れ戻さなければならない。
それは平塚先生の依頼のためということでもあるのは否定しないが──俺個人としても、なんだかんだ、こいつらと過ごす日々を、悪くないと思ってしまっているのも確かだ。
八幡「いや、由比ヶ浜。俺はお前にもいてもらいたい、というかだな」
結衣「え!? あ、え、それって二股じゃ……」
うん? 何か微妙に会話がかみ合っていないような……。
もしかして話が通じていないかもしれないと思い、確認を取ろうと口を開こうとした。その時だ。バタバタ! と騒がしい足音が廊下から響き渡ってきた。扉のないこの教室には外の喧騒がダイレクトに入ってくる。
なんだなんだ、まさかこの辺で鬼ごっこでもやっている奴でもいるのか。そう思ったが、その音は徐々にこの部室に近付いてきているようだった。
思わず振り向いてみると、黒い大きな影がぬっと伸びてきた。
材木座「うおーん! ハチえもーん!」
八幡「材木座か……。っつーか、その呼び方やめろ」
影の正体は材木座義輝。六月も半ばを過ぎたというのに黒いコートに身を包み、あまりの暑さにふうふう肩で息をしながら俺の肩をがしっと掴んできた。
材木座「ハチえもん、聞いてよ! あいつらひどいんだよ!」
(中略)
とりあえず何があったかというと。
材木座がゲームで煽った相手が同じ学校の人間で、そいつとゲームで決着をつけることになったのだが、材木座の腕では勝てないということでそれをどうにかしてほしいという、クズもここまでくるといっそ清清しいレベルの依頼をぶん投げられたのであった。詳しくは原作三巻を読んでね! アニメだと未収録エピソードだからアニメ組も是非!
八幡「じゃ、行くか……」
色々あって、結局俺たちはその材木座の相手とやらがいる遊戯部の部室へと向かうことになってしまった。なんでやねん。
振り返ってメンバーを確認する。由比ヶ浜の方をちらちらと見ながら微妙に距離を取ろうとする材木座。俺の少し後ろに雪ノ下。そして、由比ヶ浜は少し居心地悪そうにちょっと離れた場所に立っている。
八幡「……お前は、どうする?」
由比ヶ浜は行きかがり上ついてきているような、そんな雰囲気を感じて念のために確認する。ここで由比ヶ浜に帰られるのは困るのだが、ここ最近部室に来ていないこともあって気まずさもあるだろう。無理についてこさせる必要もない。
結衣「い、行く……」
きゅっと自分の腕を抱いて(バキッボキッ!!)今あいつ自分の腕からすごい音してなかった? 平気? 骨を鳴らす音と言うよりは骨を砕いた音のように聞こえたんだけど。
結衣「行く、けど…………ねぇ、ヒッキー彼女いないの?」
死ぬほど脈絡のないことを聞かれた。おい、「けど」って逆説の言葉だぞ。前後の関係おかしくなっちゃうだろ。
八幡「や、いねぇけど」
結衣「そ、そうなんだ……あ、で、でもさ。ゆきのんとかいろはちゃんとかと出かけてたりしたじゃん? あれは?」
八幡「一色の件は葉山の付き添いみてーなもんだし、東京わんにゃんショーで雪ノ下と一緒にいたのは小町が誘ったからだ。話はそれだけならもう行っていいか? 材木座がやることなくて窓の外見始めたし」
結衣「ま、待ってちょっと待って。じゃあ二人は別に付き合ってたりとかしないの?」
八幡「そんなわけねーだ(ガッ!!)ろ…………ッ!!」
モモカンって知ってる?(地域によって呼び名は変わるらしいけど)
あの太ももに膝蹴りする奴。あれ綺麗に入るとすっげー痛いよね。今しがた雪ノ下にやられて久しぶりに思ったんだけど超痛い。
雪乃「確かに今は付き合ってたりはしてないわ。…………今はね」
ヤバいっ……太もも超いてぇ……。誰だよ太ももに膝蹴りをするっていう発想を最初にした奴。鬼か悪魔かちひろだろ……。
結衣「あ、ごめんごめん! なんでもないんだ。じゃあ行こっか」
そう焦ったように……そして、何故かどこか嬉しそうな顔で言うと、由比ヶ浜は遊戯部の扉の前に駆け寄った。
そして、数度ノックをすると(ドォンドォンッ!!!)『ひぃぃぃいいい!!!』『なんだぁぁぁ!?』「おい由比ヶ浜、お前ちょっと下がってろ」「え? あ、ごめん」
由比ヶ浜を下がらせると、代わりに俺が遊戯部の扉を軽めにノックする。
八幡「あー……すんません、入っていいすかー」トントン
すると、『は、はいぃぃ……』と震えた声が返ってきた。まぁ無理もない。中の遊戯部の奴らには悪いことをしたな。
多分入ってもいいという意味だと思うので、そのまま戸を開いた。
部室の中に入るとそこにあったのはうずたかく積まれた箱、本、パッケージ。それらがまるで壁のように、あるいは衝立のように聳えたち、迷宮を作り出していた。
下手をすればすぐにでも崩れてしまいそうだったが、どうやら先ほどの由比ヶ浜のノック(?)によって崩壊する自体は免れていたようだった。よかった……また変に弁償とかする羽目になったらまた平塚先生の白髪が増えるところだった。
八幡「おい由比ヶ浜。お前そこらのものに変に触るなよ」
結衣「う、うん……」
部室の奥の方に向かってみると、男子が二人、そこにいた。俺の姿を見つけはてなマークを頭上に浮かべ、そして俺の後ろにいる由比ヶ浜の姿を見つけて目を丸くしていた。いや、なんかほんともうごめんね。
八幡「邪魔して悪い。ちょっと話があるんだけど」
結衣「……」ゴゴゴゴゴゴ
相模「ひぃぃ!」
秦野「い、命だけは!!」
すごい誤解を受けていたが、仕方がないといえば仕方がないだろう。
八幡「あー……、こいつは別に関係ないんだ。命もその他も取るつもりはないから、まずは安心してくれ」
秦野「ほ、本当ですか……?」
八幡「ああ」
多分。
俺がそう言うと、遊戯部の二人はほっと胸を撫で下ろす。そして再び顔を上げると、「では、何のようですか?」と疑問を口に出した。
八幡「おい、お前ら。この材木座さんになめたクチきいたみたいじゃねぇか。──いいぞ、もっと言ってやれ」
材木座「あ、あれー? は、ハチえもん!?」
材木座がこっちに縋るような視線を向けてくるが、全然可愛くない。
八幡「……まぁ、なんだ。君らこの男に用あんだよな?」
材木座「ふはははははは! 久しいな。昨日はずいぶんと大きな口を叩いてくれたが、今さら公開しても遅いぞ! 人生の先輩として、そして高校の先輩として──そこの由比ヶ浜殿にお灸を据えてもらおう!」
結衣「えっ、あ、あたし?」ゴッ!!
秦野「ひぃぃ! ま、まさか剣豪さんがあの歩く災厄とコネがあっただなんて!」
八幡「あんまりふざけんのやめろ」バキッ
材木座「ひでぶっ」
さりげなく由比ヶ浜を武器として利用しようとしていた材木座を拳で黙らせる。
こいつ、例の感謝のやっはろーを食らって以来由比ヶ浜のことを苦手にしていたはずなのに、今日ついてくるのに何も異論を挟まなかったのはこうやって利用しようとしてたからか……。由比ヶ浜の場合、ガチで洒落にならないからやめて欲しい。
八幡「とりあえずマジで由比ヶ浜には何もさせないし、この馬鹿の言葉には何も耳を貸さなくていい。んで、俺ら奉仕部っつー、要はお悩み相談室なんだけど、材木座が君らともめたっていうから解決に来たんだが……えーっともめたのは、どっち?」
気軽な感じで尋ねると、片方がおずおずと手を挙げた。
秦野「あ、俺です。一年の秦野です。こっちは……」
相模「一年の相模です……」
八幡「で、こいつとゲームで対決するって話らしいんだけどさ、君、格ゲー強いんだろ? それだと、やる前から勝負見えてるし、他のことにしないか?」
我ながら無茶苦茶な提案をしていると思う。当然のことながら彼らは難色を示した。頷かないということは緩やかな否定だ。
八幡「せめて、他のゲームにするとか。こんだけあるんだし」
俺は周辺に積まれたゲームの山を指して言った。
秦野「それなら……まぁ」
相模「いいですけど……」
秦野「でも、変える以上何か見返りがないと……」
まぁ、向こうにも一つ妥協してもらっている。あっちが条件を出してきて釣り合いをとるのは自然なことだろう。
八幡「じゃあ、材木座の土下座でいいか? 負けたら俺が責任もって【調子に乗ってましたすいません】って謝らせるから。なんならそれの写真撮ってツイッターに投稿しても良い」
もう面倒くさくなってきたのでそれでいいや。材木座は「え? 俺が?」とか素に戻って言ってたが、お前に拒否権ねぇだろ。
相模「どうする?」
秦野「んー、どうしようか……ん、あれ」
遊戯部の二人の視線が、こちらに向いた。いや、見ているのは俺じゃない。俺の近くにいる他の奴だ。
雪乃「……なにか?」
二人の視線の先にいたのは、雪ノ下雪乃だ。二人がその姿を見つけると、こそこそとなにごとか囁き合う。
秦野「あ、あれって二年の雪ノ下先輩じゃ……」
相模「た、たぶん……」
おい、マジかこいつ。雪ノ下って結構有名人なのか。まぁ、見た目だけは良いからな。謎めいた感じといい、学年を超えた人気があっても不思議じゃない。その実、割とポンコツだったりするんだけどな。
秦野「……分かりました。お受けしましょう」
しばらく二人で何かを話し合った後、そう言って承諾してくれた。何を相談していたのかは知らないが、こっちとしては何があっても材木座が土下座するくらいで失う物など何もないから、依頼さえ解決出来ればどうでもいい。
八幡「すまんな。じゃあ、やるゲームは任せる」
秦野「なら……どうせならみんなで出来るものにしましょう」
相模「みんなが知ってるゲームを、ちょっとだけアレンジします」
材木座「ふむ、して。そのゲームの名は?」
材木座が問う。すると、二人して眼鏡をくいっと上げた。ちらりと雪ノ下の方に視線が向かったような気がしたが、気のせいだろうか。
秦野「ダブル大富豪ってゲームをやろうと思います」
言い方こそ普通だったが、彼らの眼鏡が怪しく光っていた。
× × ×
しゃっ、しゃっ、とカードをシャッフルする音がする。ヒンドゥーシャッフルと呼ばれる、最もメジャーなシャッフルだ。ちなみにカードゲームだと他にディールシャッフルとファローシャッフルを混ぜるのが通例だが、スリーブをつけていないトランプだとディールはともかく、ファローはかなりの難易度を誇る。何故ならカードの端と端が引っかかって上手く混ぜられないからだ。しかしディールは時間が掛かるので、トランプをやる際は大体ヒンドゥーだけで済ませるのが普通なのだろう。リフルシャッフルは出来るとかっこいいけど、そのシャッフルはカードを痛めるZE☆
さて、大富豪だ。大貧民とも呼ばれるトランプでのカードゲームである。
秦野「あの、大富豪のルールは大丈夫ですよね?」
波多野の遠慮がちな声に俺たちは頷く。由比ヶ浜が首を縦に振ると風が巻き起こったが、辛うじて部室の積み上げられたゲームは崩壊しなかった。意外とガッチリしてんのな。それと、雪ノ下だけははてなと首を捻っていた。
雪乃「やったことないわね……ポーカーなら嗜みがあるのだけれど」
相模「あ、一応ルールの説明します」
相模が簡単に概要を述べていく。
相模「その1、」
ふむ。
相模「原作、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。③をお読みください」
八幡「全部丸投げしやがった!!」
まぁ、このSS一応原作既読者向けなんでね? アニメしか見てなくてSSを読んでる人も、アニメも原作も見てないけど俺ガイルSSを読んでる人もいるかもしれないけど、もし原作を持ってないなら是非買って欲しいかなって、八幡思うな!
秦野「もしくは、漫画版のやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。@comic4巻でも俺たちの活躍が見れるんで、そっちでもいいですよ」
八幡「やかましい」
相模「そういえば、今度@comicの新刊も出ますよ」
八幡「だからやかましい」
っつーか、大富豪のルール分からないなら、このSSを見ているそのパソコンかスマホかなんかでググってくれ。基本的にカードを出して手札を0枚にしたら上がりっていうシンプルなルールだから。ハンドレスコンボを決めて、満足しようぜ!
とりあえず雪ノ下には俺がひときしり大富豪のルールを教えた後、ローカルルールの確認に入った。
大富豪においてはローカルルールこそが勝敗を分けるといってもいい。基本ルールに付随してくるローカルルールには多種多様なものがあり、それらを組み合わせることで戦略性は跳ね上がることになる。
八幡「初心者もいるし、代表的なものだけでいいだろ。千葉ローカルでいいか?」
相模「あの……千葉ローカルってどんな感じですか?」
相模が少し心配げに聞いてくる。え? 千葉ローカルで伝わんねぇの?
八幡「そうだな。革命、8切り、10捨て、スペ3、イレブンバック、階段系があり。都落ち、縛り、ジョーカー上がりはなし。そんなところか」
結衣「あ、あたしの学校もそんな感じだったかも」
材木座「ふむう。5スキと7渡しはなしか……」
雪乃「比企谷くん、説明を」
隣にいる雪ノ下が上目使いでこちらを見上げながらそう問うてきた。ああ、そうだ。伝わってること前提で話を進めていたが、雪ノ下が大富豪未経験者だった。なので、一つずつ注釈を加える。もし大富豪のローカルルールに関して疎いSS読者がいるのであれば、原作を読むか各自でググってもらいたい。これ原作書き写すの結構めんどくせぇんだよ。ただし原作と違って階段系はありです。
雪ノ下は説明を聞きながら、時折こくこくっと頷いていた。まぁ、実際にやってみないとこの感覚はなかなか掴めない。やってみるのが一番手っ取り早いだろう。
秦野「ローカルルールはそちらの要望を飲みます」
相模「なので、ダブル大貧民のルールも飲んでもらいます」
心底どうでもいいが、秦野は大富豪呼び派で、相模は大貧民呼び派らしい。これ俺ガイル豆知識検定一級レベルになると出てくる問題だから、みんな覚えておこうな。俺はもう忘れた。
秦野「といってもルール自体は普通の大富豪と同じで」
相模「違うのは、ペアでやる点です」
八幡「ペア? つまり、二人で相談しながらやるってことか?」
俺が問うと、遊戯部ペアはまったく同じタイミングで首を振る。
秦野「いいえ。一ターンごとに交代で手札を出してもらいます」
相模「相談するのは禁止です」
……ということは、敵の考えだけでなく、パートナーの思考も読みながらゲームをしなきゃならないのか。案外戦略性があるな……。そうなると、問題はペア選びだが。
雪乃「それなら……んんっ、そうね。比企谷くん、それなら私と」
材木座「八幡! この我についてこい!!」
八幡「えぇ……」
材木座とは組みたくないなぁ……。
そんな俺の思考が顔に出ていたのか、しゅっと材木座が俺の側に寄ってきた。あの、あんまり近寄らないでくれない? お前そのコートのせいなのか声のせいなのかは知らないんだけど暑苦しいんだよ。
材木座「頼む、八幡。……万が一にでも、あの歩く災厄と一緒のペアになりたくない……」
俺に耳打ちをしてきた材木座の表情は鬼気迫るものだった。……よほど、かつてあの感謝のやっはろーを食らったのがトラウマになっているらしい。仕方がないといえば仕方がないが、その怯えっぷりは度を越えているように見える。
八幡「しかしなぁ……」
それだと今度は雪ノ下が由比ヶ浜とペアになる。あいつも相当由比ヶ浜に苦手意識を持っているはずだ。もしもここで雪ノ下と由比ヶ浜が仲違いでもしようものなら、今度こそ由比ヶ浜は奉仕部に戻ってこないだろう。
となれば、ここは俺と由比ヶ浜がペアを組むのが一番。雪ノ下には本当に申し訳ないが、材木座と組んでプレイしてもらうしかない。
と、俺が由比ヶ浜を見ると、ばっちり目が合ってしまった。
結衣「ゆ、ゆきのん、一緒にやろ!」
雪乃「え、あ。……そうね」
おっと、予想よりスムーズに雪ノ下が承諾してしまった。……まぁ、それならいいか。きっと雪ノ下も由比ヶ浜との仲を深めたいと思っているのだろう。
それにこれはあくまでただのトランプゲームだ。由比ヶ浜とペアを組んだからといって危機があるわけでもない。もしもこれが二人三脚とかなら全力で止めにかかるが、大富豪ならば特に問題もなかろう。
さて。雪ノ下・由比ヶ浜ペアが決まったことで俺のペアも自然と決まる。いつもの余った者どうしで組むパターンだ。それは材木座も重々承知なのか、すっと俺の前の立つと背中越しに声をかけてくる。
材木座「八幡。我に、ついてこれるか?」
八幡「お前由比ヶ浜と組ませるぞ」
材木座「調子に乗ってしまい申し訳ありません」
なんか大富豪をするまでもなく土下座して謝っちゃってるんだけど、これ秦野に向けたら解決してくんねーかな……。
× × ×
秦野「では、これより遊戯部と奉仕部によるダブル大貧民対決を始めます。勝負は五試合。最終順位で勝敗を決します」
おい、お前さっき大富豪って呼んでただろうが。なんでいきなり大貧民呼びに切り替わってんだよ。俺ガイル豆知識検定の問題成り立たなくなっちゃっただろうが。
それはまぁさておき、とうとう始まったダブル大富豪。特に問題はなく、順当にカードを消費していた。
材木座「ははははっ! ずっと我のターン! ドロー! モンスターカード!」
材木座だけがうるさい。
材木座「我はクラブの10を召喚!(パチパチ)このクラブの召喚に成功した時、誘発効果で手札一枚を墓地に捨てる!(パチパチ)我はカードを15枚伏せ、優先権を放棄!(パチパチ)何もなければ、エンドまでどうぞ……」
わー、シャカパチうっぜぇー……。なんて思うのは初心者のうちだけで、慣れると別になんてことない行為だ。今では対戦動画を見る度になんでシャカパチに過剰反応するコメントで溢れるのか不思議に思うほどである。
八幡「俺もよくやってたぜ、詰めデュエル」
雪乃「詰めデュエル? 初めて聞く言葉ね」
雪ノ下が不思議そうな顔で聞いてくる。
八幡「詰め将棋みたいなもんだ。友達いなかったからな」
雪乃「詰め将棋は友達いない人用の将棋ではないのだけれど……」
あ、そうなの? てっきり一人用将棋だと思ってた。
材木座「我もデッキ二つ用意してよくやった。ギャザリングとかは今とても熱くなっているところだが、やる相手がいないのだ……」
材木座も急激にテンションを落として、俺に手札を渡す。そうなんだよな、最近某MTGはスタン落ち直後だったりプロツアーで日本人が優勝したり某ソシャゲ会社がスポンサーについたりと、TCG業界の中でも際立って熱くなってるところなんだよな。まぁTCGって対人戦を基本としてるから一緒にやる友達がいないと楽しくないんだけど。
材木座「あとはムービックから出ているプレシャスメモリーズも熱いぞう?」
そうそう、俺ガイル続もプレメモに参戦するんだよ。お前らもう予約したよな? 俺は勿論スリーブごと予約した。12/4に発売だからよろしくな。
材木座「ま、どうせ我は書き下ろしイラストも用意されてないんだろうけどな……」
と思ったらいつの間にか材木座が意気消沈していた。そんな落ち込むなよ。俺だって前回はSRに収録されなかったんだぜ? 戸塚はサインまで用意されたのにな……。
騒いでいた材木座が静まると、その場は沈黙に包まれた。ただ手札からカードを抜きとるシャッと言う音と、場に置くぺちっという音だけがする。
雪乃「私の手番ね」
材木座、秦野と来て、雪ノ下にターンが回る。大富豪は初めてとのことだったが、ルールはあらかた理解したらしい。相変わらずこういった理解力はずば抜けて高い奴だ。
雪乃「……2を出すわ」
八幡「!?」
雪ノ下が出したカードは、まさかの2。大富豪においてはジョーカーを除けば最強のカードである。
場に出ていたカードは、材木座が出した10と秦野が出したジャック。これを流すために序盤から2は早急過ぎやしないだろうか。
相模「パスです」
八幡「俺もパス」
手札にジョーカーがあるわけでもないので、2に対抗出来る手段はない。大人しくパスを選択する。
すると場のカードが流れ、雪ノ下は由比ヶ浜に手札を渡した。
雪乃「えーっと……よろしく」
結衣「うん、任せてっ」
何故か手札を渡す雪ノ下の表情が引きつっていた。はて、まだ由比ヶ浜に苦手意識が残っているのか、はたまた別の理由か……。
結衣「じゃあ、続けてあたしのターンだね」
雪ノ下が出したカードで場が流れたので、親は同じペアの由比ヶ浜になった。椅子に座った(壊れてない。よかった)由比ヶ浜の周りのオーラがなんだか凄い。由比ヶ浜にいる雪ノ下が一歩後ずさった。
結衣「……ねぇ、ヒッキー。階段ってありなんだっけ」
八幡「ああ、今回のルールでは採用してるな」
由比ヶ浜の質問にはそう答えた。階段とは、同じマークで数字が続いていればいっぺんに場に出せるルールだ。(地域差あり)
もしかして手札に階段が揃っているのだろうか。階段に対しては階段でしか帰せないのにも関わらず、俺の手札に階段は揃っていない。うーむ、これは今回の由比ヶ浜ペアに場を流されてしまうだろうか……?
なんてことを思っていると、由比ヶ浜が手札から大量のカードを一気に抜き取って場に出した。階段はマークと数字が揃っていれば何枚でも一気に出せる。
なるほど、これを出すために先ほど雪ノ下は2を出して場を流したというわけか。序盤から勝負に出てきたな。
そうして由比ヶ浜が場に出したカードは全部13枚。おいおい階段にしては随分と多……。
待て。
13枚ッ!!?
『♡3 ♡4 ♡5 ♡6 ♡7 ♡8 ♡9 ♡10 ♡J ♡Q ♡K ♡1 ♡2』
結衣「恋する乙女は一直線 ‐ハートオブザロード‐!!!」ゴウッ!!!!!
八幡「ぐああああああああっ!!!」バリバリバリ!!!
材木座「ぬわああああああああっ!!!」バリバリバリ!!!
秦野「ぎゃあああああああああ!!!」バリバリバリ!!!
相模「があああああああああ!!!」バリバリバリ!!!
由比ヶ浜がカードを叩き付けた瞬間、俺たちに電流が走るッ!!
ぐはっ……、い、今のは一体……!?
説明を求めるべく秦野たちの方を向くと、ふらふらになりながらもメガネをきらりと反射させた。
秦野「ぐっ、がっ……こ、これは闇のデュエルですからね……強い役を出されたら電撃が走るくらい普通ですよ……」
相模「そ、そうそう……くっ……、デュエルも麻雀も鉄骨渡りも、基本的に電撃を浴びせられるものです」
何故だろう、パラレルワールドの俺も麻雀で電撃を浴びせられているような錯覚を受けた。気のせいだろうか。
八幡「ぐっ……」
雪乃「ひ、比企谷くん!? 大丈夫……?」
しかしまさか13枚の階段とは……。同じマークが全て手札に揃っていたという事である。
まさか、由比ヶ浜のやつ、物理的な力だけじゃなく豪運的な意味でも相当抜き出ているということか……!?
それにおまけに遊戯部が勝手に仕掛けた電流ルールが組み合わさったことにより、平和であったはずの大富豪が突如超絶危険なゲームに成り果ててしまった。
見れば、材木座は息も絶え絶えになっていたが、雪ノ下は特に別状なさそうだ。由比ヶ浜が上がったんだから、同じペアの雪ノ下へのダメージは無いということか。さすがにこの威力の電撃を雪ノ下に浴びせるわけにはいかない。不幸中の幸いだ。結果論だが、雪ノ下は由比ヶ浜とペアで良かったかもしれない。
さて、同じく電撃を浴びせられた仕掛け人の遊戯部はと言えば。
秦野「くっ、これなら合法的に電撃を浴びる雪ノ下先輩が見れると思ったのに……」
相模「ま、まさかあの歩く災厄、運までズバ抜けているなんて……!!」
オーケー、あいつらの心配は一切しなくてもいいらしい。俺も材木座も大概なクズだが、こいつらも同情のしようもないガチのクズだった。
秦野「だが、負けるわけにはいかない……遊戯部の名にかけて……!!」
相模「どうしても……電撃を浴びせられる雪ノ下先輩が見たい……!!」
遊戯部の二人を殴り倒してこの場からさっさと撤退しようと思ったのだが、どうもこの闇のデュエル、終わるまで抜け出せないらしい。よく分からない力が働いている。くそっ、遊戯部お前らなんか変なパズルでも完成させただろ!!
結局その後は雪ノ下が残りのカードを出して上がり、続いて俺・材木座ペア、秦野・相模ペアの順に上がりきった。
くっ、こんなのをあと四回戦もやらなきゃならんのか。……なんで材木座の尻拭いのために、こんな目に遭わなければならないのだろう。
秦野「くっ……まずは、カードの交換を」
しかも二回戦目からは大富豪のルールで、前回のゲームでビリになり大貧民になったペアは強いカードを二枚大富豪となったペアに渡さなければならない。
……断定は出来ないが、おそらく由比ヶ浜ペアの手札は今回もとんでもないことになっているはず。それに加えて、遊戯部からさらに強いカードを二枚渡されるのだ。俺たちではとても太刀打ち出来ないような手札になっているに違いない。
結衣「これで交換終わりだね」シュッ
雪乃「……」ヒクッ
見れば、手札を確認した雪ノ下の顔が若干引きつっている。やはりあの手札の中身はヤバいことになっていそうだ。
このままでは再び、あの電撃が──
『♣1 ♦1 ♠1』
結衣「三人の英雄達 ‐トリプルエース‐!!!」ゴッ!!!
八幡「があああああああああああっ!!!」バリバリバリッ!!!
喧しい衝撃音と共に、凄まじい威力の電撃が俺たちを襲う。
先ほどの13枚の階段に比べれば若干威力はマシなような気がするが……電撃は電撃だ。十分に痛いし熱いし痺れる。
材木座「ぐ、ぐぅぅぅ……」プスプス…
身体中から黒い煙を出して呻いている材木座。俺はまだ平気だが、こんなのを五回戦もやっていたら材木座が心配だ。遊戯部の方はどうでもいい。自業自得だ。
『♡8 ♣8 ♦8 ♠8』
結衣「8×4 ‐エイト・フォー‐!!!」ゴッ!!!
八幡「待ってそれは制汗剤じゃ(バリバリバリ!!!)ぎゃあああああああ!!!」
結局、二回戦目もほとんど由比ヶ浜・雪ノ下ペアが無双して一位で上がり。
当然といえば当然のことだ。
由比ヶ浜たちの手札は強過ぎる。俺たちの手札では由比ヶ浜たちが出すカードより高い数字のカードを出すことはほとんど出来ない。故に、ろくに抵抗も出来ないまま由比ヶ浜たちの手札は0になってしまうのだ。
秦野「がはっ……こ、こんなことになるなんて……」プスプスプス
相模「歩く災厄をナメてたね……」プスプスプス
あの馬鹿共はさておいて、このままでは材木座どころか俺の身まで持たないかもしれない。
八幡「お、おい……この電撃っぽいの、解除出来ないのかよ……」
秦野「ふ、ふふっ……闇のゲームは一度始まってしまったら、途中で降りることは出来ないんですよ……」
やっぱり途中で解除するのは出来ないのか。よりによって由比ヶ浜を相手にしてる時にそんな変なもん始めるんじゃねぇよ。
っていうかどうやってそんなもん出来るようになったんだよ。やっぱり変なパズルを完成させたんじゃないだろうか。
しかし困った。遊戯部が電撃を受けて苦しむのはどうでもいいが、普通に俺が辛い。あと少しだけ材木座も心配。
だが、どうにかしようにもこれは大富豪だ。ペアでやるという点で普段とは違う部分はあるものの、基本的に配られた手札が勝敗を決する。
つまりなんとかしたくても、由比ヶ浜より劣る手札を配られ続ける限りどうしようもないのだ。
その手札の強さが僅差であればプレイングによって勝敗を左右することもあるだろうが、俺たちと由比ヶ浜の手札の質の違いは、プレイングでカバー出来る範囲を軽く飛び越えている。
ただでさえそんな絶望的な状況で、さらに大富豪特有の勝者と敗者の手札入れ替えの件もある。正攻法で由比ヶ浜たちに大富豪で勝つのは不可能であると断定してもいい。
八幡(……なら、どうする……?)
材木座「ハ、ハチえもん……助けて……」
このまま黙って電撃を受け続けるのか? いや、それを避けるための方法を考えるべきであろう。
しかし、正攻法で勝つのは不可能だと先ほど自身で否定したばかりだ。
ならば、どうすればいいか。
答えはたった一つの冴えた方法。
八幡(イカサマ……!!)
それしかあるまい。正攻法で勝てないならば、不正をする以外に勝ち目は無い。
由比ヶ浜ペアに行くカードは確実に強い。それはもう疑いようがない。じゃあ、それと自分のところのカードを入れ替えることが出来れば?
一矢報いることくらいは出来るのかもしれない……。
八幡「……」
これから三回戦目。再び大貧民となった秦野がトランプをトントンと机の上でまとめている。
秦野がそのトランプを三組のペアに配る時が勝負。由比ヶ浜たちの前に配られたカードを、俺たちの前に配られたカードを一瞬で入れ替える。
当然、簡単ではないだろう。目の前にあるカードを気付かれないように入れ替えるなんて芸当、普通なら無理に決まっている。
だが、思い出せ。この数ヶ月の特訓を。机の上にある手札の入れ替えくらい、大したことではないはず──!!
秦野「じゃあ、手札配りますね……」
自分で闇のゲームだかなんだかを仕掛けておいて、自分で電撃を受けてややふらついている秦野。その動きは少々鈍い。
その秦野がカードを由比ヶ浜たちの前に置いた瞬間、俺はバッとその手を伸ばした。
そして、自分のところのカードと入れ替えようと──
結衣「やっはろ──!!」バキッ!!
八幡「ぐあああああああ!!」ドシャアッ!!
──まぁ、無理ですよね。
結衣「……あ、ごめんヒッキー! ヒッキーがあたし達のカードを取ろうとしてたように見えたから思わず殴っちゃったけど、ヒッキーがそんなことするわけないよね?」
八幡「お、おう……俺がそんなことするわけねぇだろ……」ガクガク
結衣「そうだよね! ごめんねヒッキー!!」
さすがに無理ですわ。ていうか相手由比ヶ浜さんですやん。どうやったって物理的なイカサマは阻止されるに決まってますやん。
結衣「えいっ、革命! もいっかい革命! 大富豪って楽しいよね!!」
八幡「ぎゃあああああああ!!」バリバリバリ!!
結局、それ以降も由比ヶ浜の進撃を止めることは適わず。
五回戦、全てで由比ヶ浜・雪ノ下ペアが大富豪になり、俺たちはひたすらに電撃を浴び続ける羽目になったのであった。
……こんな大富豪は、まちがっている……。がくっ。
× × ×
秦野「あの、すいませんでした……」プスプスプス…
相模「二度と調子乗らないです許してください……」プスプスプス…
俺、材木座と同様に電撃をひたすらに浴び続けた秦野と相模は自責の念を浮かべながらそっと頭を下げる。正直言って土下座でも許したくないレベルなのだが、俺もこいつらを折檻できるほど体力が余っているわけではない。さっさと帰りたいので、ここはこれで許してやろう。
材木座「あ、うん……」プスプスプス…
秦野と揉めていたという材木座も俺と同じ考えだったのか、そう言って許しを出した。……まぁ、多分謝ったのは材木座とのトラブルの件じゃなくて、全く別のことだと思うんだけど。
材木座「は、八幡……我はもう帰る……」
八幡「お、おう……気を付けて帰れよ……」
そう言って材木座は鞄を拾い上げると、蛇行するように廊下をふらつきながら帰り始めた。さすがに電撃のダメージが残っているのだろう。あいつ、あんなんで帰れるのかなぁ……。
結衣「ゆきのん、一緒にやってくれて、ありがとね!」
雪乃「え、ええ……」
一方で全ての原因、由比ヶ浜結衣は、俺たちのことは気にした風もなく雪ノ下と何か会話を繰り広げていた。少しは気にして欲しい。
秦野「……噂に聞くより、ヤバい人っすね」
八幡「だろ? あれと関わるとろくな目にあわねぇんだ」
ため息混じりにそう返す。しかし今度は相模がやや冷めた顔でこちらを見た。
相模「いや、先輩たちも結構ヤバいと思うんですけど……」
八幡「な、おいお前、超常識人に向かってなんつーことを」
雪乃「それはどこの文化圏の常識なのかしら……。あなたもすでに変人か超人かの域に達してしまっていると思うのだけれど……」
秦野「いや、そこの二人と付き合いがある時点で雪ノ下先輩も結構おかしいような……」
秦野にそう突っ込まれてしまったが、雪ノ下はふっと微笑みを浮かべた。
雪乃「そうね……もしかしたら、私までおかしくなってしまったのかもしれないわね。なんだかんだで今日、楽しかったもの」
八幡「ええ……」
あの一方的殺戮ショーを楽しかったと言えるのであれば、それは確かにおかしくなったと言えると思うが。
だが、それら全ての原因は、まちがいなくあいつにある。
八幡「おい由比ヶ浜。俺も雪ノ下もどっかおかしくなっちまったみてーだぞ。お前のせいだ」
結衣「ええ!? あたしのせい!?」
えっ、なんでそんな素で驚けるの?
八幡「まぁ、だから、なんつーの? 今更お前がいなくなると逆におかしくなるっていうか、なんていうか、違和感があるっていうか……とりあえず奉仕部に戻ってきてくれると、助かるんだけど」
結衣「……う、うんっ!」
こうして、過程はまぁ色々あったにせよ、なんとか由比ヶ浜を奉仕部に連れ戻すことに成功出来たのであった。
⑥ようやく彼と彼女の始まりが終わる。
部室に着いて、ふと窓の外を見ると、夕日が東京湾へゆっくりと沈んでいくところだった。東側は薄い藍色を流したように夜の幕を引こうとしている。
八幡「ったく……酷い目に遭った」
材木座のよく分からんワガママと奉仕部の下心と由比ヶ浜パワーの組み合わせのせいで、随分と痛みつけられてしまった。未だに身体の節々が痺れているような気がする。
結衣「でね、この前すれ違った人にすっごい叫ばれてね、びっくりしちゃった」
雪乃「至って正常な反応だと思うのだけれど……」
まぁ何はともあれ、由比ヶ浜がこの部活に戻ってきてくれる気になってくれたことは良かった。これで平塚先生に政府に報告されてブタ箱行きになることもなかろう。
……ってか、仮に由比ヶ浜を連れ戻すことに失敗してたら、マジで捕まっていたのだろうか。ジョークだと信じたいが……でも戸部達が本当に連行された過去があるからなぁ。
そういえば、さっきの大富豪以来……というか、今日になってからか? どうも雪ノ下と由比ヶ浜の距離感が縮まってきたように感じられる。由比ヶ浜を連れ戻すということで、何か心境の変化があったのだろうか?
なんにせよ、この依頼を通して仲良くなれたのであればそれはいいことなのだろう。
雪乃「けど、どうしようかしら……。せっかくケーキを焼いてきたのに」
……おう、そこまで気を利かせてたのか。由比ヶ浜を連れ戻すことが出来なかったら逮捕される可能性があったかもしれないとはいえ、この前まであんなに苦手そうにしていた相手にケーキまで焼いてくるとはなかなかやる。
それとも、何か由比ヶ浜への認識が変わるような出来事があったのだろうか。
結衣「ケーキ? なんでケーキ?」
八幡「お前の誕生日が今日だからだろ……」
結衣「え……ヒッキーとゆきのん、あたしの誕生日覚えてくれてたんだ……」
覚えてたっていうか、葉山から聞いただけなんだけど。
とはいえ、すでに時間は最終下校時刻に差し迫ってきている。今からケーキを食べようにも、切り分けた辺りでチャイムが鳴ってしまうのではないだろうか。……いやどうだろう、由比ヶ浜なら一口でワンホール食えるんじゃね?
一瞬、試してみたい衝動に駆られたものの、頼んだら殴り殺されそうなのでやめておいた。
雪乃「でも、今日は無理そうね」
結衣「じゃあさ、外行こ。外」
二人「「え」」
突然の提案に、俺と雪ノ下の声が重なった。だが、由比ヶ浜はお店の予約とかあたしがやっとくから気にしない気にしないと言いながら胸をドンと(ドゴォォォン!!!)叩いた。違う。俺たちが心配しているのは予約とかそういうのじゃない。
八幡「……普段三浦たちとも出かけられてるなら、平気か?」ヒソヒソ
雪乃「警戒を怠らなければなんとかなるかもしれないわね……」ヒソヒソ
結衣「ん? どしたの、二人とも」
八幡「あ、いや、なんでもない」
さすがにお前を連れて外出は危険じゃないかと話し合っていたとは言えない。
八幡「まぁ、それよりなんだ、一応プレゼントみたいなのもあるんだが」
結衣「え。プレゼントまで!?」
由比ヶ浜が目をきらきらと輝かせて俺たちを見つめる。同時に、周りの空気がビリビリッと震えたような気がした。喜びを表現しているのは分かるが、その度に空気を震わせるのはやめていただきたい。
結衣「あ、あはは。まさかヒッキーがプレゼント用意してるなんて思わなかったなー。その、こないだから、ちょっと……微妙だったし」
俺と由比ヶ浜の目が合う。だが、俺も、由比ヶ浜もすぐに逸らしてしまった。
こないだ、というのは間違いなく職業体験のあの日のことを指しているのだろう。
俺は自分の鞄の中から小さな包みを取り出すと、由比ヶ浜へとすっと無造作に差し出した。
八幡「……いや別に、誕生日だからってわけじゃねぇんだ」
結衣「え?」
(中略)
雪乃「……私は平塚先生にこの件についての報告をしてこないといけないから」
思い出したようにそう言うと、雪ノ下はそっけなく踵を返した。あとの教室には俺と由比ヶ浜の二人だけが残される。
由比ヶ浜はちらちらと俺の様子を見ながら、一人でタイミングを計り、そっと確かめるように話かけてきた。
結衣「えっと、その、よ、よろしくお願いします」
自己完結な台詞のあとに、なぜかぺこりと頭を下げられた。
八幡「あ、ああ……」
何がよろしくなのか、全然わからん。
だが、人生何が起こるか分からんものだ。このよく分からん化け物の由比ヶ浜とは実は一年前から縁があり、そしてこうやってよろしくされる関係になってしまうとは。
苦笑していると、俺の背中をちょいちょい(ドガッ!!!)『ぐあああああっ!!』と由比ヶ浜がド突いてきた。
結衣「……ね、これ開けていい?」
八幡「……ああ、うん……いいんじゃねぇの……」
気が付けば俺は教室の端にまで弾き飛ばされていた。背中を軽く突かれただけでこれか……。あれか。よろしくっていうのは、これからも俺を傷つける機会も多いだろうけど、これからもよろしくっていう意味か。なんて鬼畜なんだ。
しかしなぜか俺の渡したプレゼントの包み紙はごく普通に開くことは出来たようだ。なんでだろう。なんでその包み紙は優しく開けるのに俺のことは優しく接することが出来ないのだろう。
結衣「わぁ……」
俺が渡した黒いレザーの首輪を取り出すと、由比ヶ浜がなんだか嬉しそうにそれを見つめた。多分喜んでいただけたのだろう。周りの空気どころか、この校舎丸ごと震えてるし。
結衣「……あ、でもこれ」
しかし、その地震もどきのような震えは数秒もしないうちに止まった。そして由比ヶ浜は教室の端で無様に倒れこんでいる俺の方を向くと、なんだか気まずそうな顔をした。やっとぶっ飛ばしたことに気が付いてくれたのだろうか。
結衣「これ……あたしの首には、サイズ的につけられないと思うんだけど……」
あ、違うんかい。謝罪とちゃうんかい。
ていうか、お前がつけられないのは当たり前だ。だってそれは──
八幡「いや……、それ、犬の首輪なんだけど……」
結衣「へ?」
由比ヶ浜の顔が見る見るうちに赤くなる。ついでに纏っているオーラも赤くなった。
結衣「──っ! さ、先に言ってよ! バカっ!」
そう叫ぶと由比ヶ浜は部室の真ん中に置いてある長机を掴むと、俺に向かって振り下ろし──
八幡「ってあっぶねぇぇぇえええ!!!(ドッシャァァァン!!!)由比ヶ浜! それは人に向かって振り回すものじゃありません!!」
結衣「ほんっとうにもう……ヒッキーのバカーッ!!」ヒュッ!!
八幡「お前が勝手に勘違いしたんじゃ(ゴウッ!!!)あぶなあああああああああい!!!」
たとえ、俺と由比ヶ浜の繋がりが一度終焉を迎え、そしてまた始まりを迎えたとしても。
どうやら、このバイオレンスな日常に変わりはなさそうだった。
結衣「待って、ヒッキー!」ドダダダダッ!!
八幡「お前のその手にあるの何!? ロッカー!? なんでそんなの片手で掴めるんだよっつか投げるなぁああああああ!!」ドンガラガッシャーン!!
完結させる努力だけはしようと思います
もうちょっとだけ続きます
このSSまとめへのコメント
このSS好き(^-^)
RPGの方を放り出した時点でこっちが完結する未来は潰えた