提督「なに? RINGだと?」 (87)

他スレから影響を受けた

提督「ようこそ我が鎮守府へ。歓迎する」

憲兵「歓迎だと? 君は何か罪を犯していると告白しているつもりか」

浜風「市民が憲兵を歓迎するところは犯罪者の前だけですものね。他の場所では厄介者扱いで、ゴミ漁りのホームレスとおしゃべりでもしてろという態度です」

提督「反対だよ。ここには何の犯罪もない。だからこそ君たちを歓迎できるんだ。憲兵と浜風はいつも通り仲良しだな」

憲兵「………それで仕事の話だ。こんな夜からとはついてない」

提督「ああ。確か少し前に持ってきた最新装置のプロトタイプのことだったな―――――」


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鈴谷「おーい、熊野こっち、こっち!」

熊野「鈴谷、屋内で大声を上げるなんて、はしたないですわ」

鈴谷「えー? 別にいいじゃん?」

熊野「全く、鈴谷ももう少し淑女としての自覚を」

鈴谷「あー! 今はそんな話は後にしよ! 席をとったのにメニューも開かず注文を待機させるのはレディーとしてダメでしょ?」

熊野「………それもそうですわね」

鈴谷「ん、じゃあ、私はマカロンアイスでお願いしまーす!」

熊野「私はローズヒップティでお願いしますわ」

鈴谷「熊野さー、ここって一応間宮なんだよ? おやつに紅茶ばっかりだと怒られるよ?」

熊野「あなただって人のことは言えませんわ」

鈴谷「でも、アイスじゃん。間宮っぽいものだからセーフ、セーフ」

熊野「全く。ローズヒップはお肌にも良いし、免疫力も上がるのでしてよ? 妊婦さんなんかにもうってつけのものですわ」

鈴谷「熊野、妊娠してんの?」

熊野「してませんわ!」

鈴谷「熊野だって大声あげてるじゃん!」

「見て、熊野さんだわ」ヒソヒソ

「本当だー。あれだよね、この鎮守府の高練度艦の中で唯一ケッコンしてない人だよね」ヒソヒソ

「売れ残りってやつね。お嬢様みたいに気取ってるからねえ」ヒソヒソ

「美容には人一倍気を使って内心焦っているんじゃないかしら」ヒソヒソ

鈴谷「………あー、熊野?」

熊野「何かしら?」

鈴谷「あんな奴らの言う事なんて気にしないでね? 提督が会議で不在だからって好き勝手に言ってるだけだよ」

熊野「………気にしてませんわ。だから、スプーンを置いてまで左手を隠すのはやめてくださる? せっかくのアイスが溶けてしまいますわよ? そちらの方が気に障りますわ」

鈴谷「………ごめん」

熊野「………」

鈴谷「………」

執務室

提督「―――――なるほど。これで深海棲艦の動きを封じれるわけか」

浜風「はい。今までは四肢のいずれかを切断するしかありませんでしたが、このエリミネーターによって、そんな野蛮なことをする必要もなくなりました。戻すこともできるのでうるさい団体も無視できます」

憲兵「ふん。野蛮も洗練もあるものか。戦争している時点でそんな二分法に何の意味がある」

提督「まあ、そう言うな。幸福のためには陰では野蛮さが必要なんだ。私は満足している。それで、これは安全なんだろうね?」

浜風「はい。人体に被害はありません。存分に使用してデータを取ってください」

憲兵「つーか、なんだこの指輪の数は? 知恵の輪でも造る気か?」

浜風「知恵の輪には向いてない素材です。どれもかしこも完全な円形ですから、結びつかせることができませんよ」

憲兵「結婚の象徴にはふさわしいものだ。恋人達の会話が何故楽しいのか。それはお互いが自分のことしか話さないからだとは言うが、この自己完結の象徴はまさにそれを表している」

提督「あー、それはだな」

バタバタバタ バターン!

鈴谷「提督! なんで熊野には指輪を渡さないの!?」

提督「なんだ。鈴谷か。驚かせるな。というか今は会議中で艦娘の立ち入りは禁止してただろ?」

鈴谷「しらない! てゆうか、艦娘もいるじゃん!」

浜風「どうも」

提督「彼女は別なんだ。それで、急にどうしたんだ? 指輪がどうした」

鈴谷「だから、なんで熊野には指輪を渡さなかったの!?」

提督「それは、こちらにも事情が」

鈴谷「事情ってなに? 指輪はそんなに有り余ってるじゃん! 視力検査でもするの?」

憲兵「くっくっく、随分と難易度の高い検査表もあったものだ。答えがないんだからな」

浜風「それに大きさもほぼ同じです。一列に並べても能力を比較できませんね」

鈴谷「ちょっと黙っててもらえますか?」ドンッ

提督「一応精密機械もあるから、そんな暴れないでくれ」

鈴谷「こんなのよりよっぽど熊野の方が繊細だよ!」ガンッ

提督「ああ、ああ。分かった。要件を聞こう」

鈴谷「わかってないよ! さっきも熊野ってばそれで馬鹿にされたんだよ!」

提督「それは以前にも聞いた。だから注意をした」

鈴谷「注意だけで人の口に戸が立てられるなら苦労はない! ねえ、なんで?」

提督「なにがだ?」

鈴谷「熊野と提督ってまだ近海攻略中だった初期の段階からの仲なんでしょ?」

提督「そうだ。この鎮守府初の重巡で、長い付き合いだ。いち早く練度が最高になった艦娘だ」

鈴谷「じゃあ、なんでケッコンしないの?」

提督「それは断られたからだ」

鈴谷「断る?」

提督「そうだ。何か勘違いなさっているのではありませんかってね」

鈴谷「そんなの………そんなの嘘に決まってるじゃん! 熊野と長い付き合いなら、それぐらいわかれ! もういい! こんな奴と熊野が結ばれなくて良かったよ!」

バタン!

提督「やれやれ。すみません。会議を中断してしまって」

浜風「大丈夫です。装置はあれぐらいで壊れるはずもありません」

憲兵「別にいいけどよ。さっきの奴は指輪をつけてたな」

提督「そうですよ。全くあれがケッコン艦の言葉とはね」

浜風「言われるのが嫌ならば、さっさと渡せば良いだけです。こんなに指輪があるのです。一つあげたところで何の問題もありません」

提督「そうもいかないんです。熊野は特別ですから」

憲兵「特別?」

提督「そうです。特別な感情を抱いている。つまり、愛している」

浜風「愛ですか」

憲兵「お前には無縁の言葉だ。知らないのも無理はない。乳を揉ませてくれたら、今夜ゆっくり教えてやる」

浜風「知っています。そして死ね」

憲兵「………熊野を愛しているんなら、尚更なぜ指輪を渡さない?」

提督「先程も言ったが、断られたんだ」

浜風「しかし、それは彼女特有の性格ゆえの発言だったのでしょう? それを理解しなかったのですか」

提督「いや、わかっていたさ。だが、それでも渡せなかった」

浜風「なぜです」

提督「愛ゆえにってやつだ」

浜風「?」

憲兵「こいつにとって恐ろしいことは熊野に嫌われることだ。だから、ケッコンカッコカリの指輪を受け取り拒否されても、任務のためだといって無理に渡すことができなかったわけだ」

浜風「しかし、その拒否は嘘だと分かっていたのですよね」

憲兵「そうだな」

浜風「ならば」

提督「分かっていても踏み出せない一歩というものはある。私にとってそれが熊野への指輪だった」

憲兵「例えば、幅二十センチの板が床に敷かれていて、それを渡れって言われたら浜風はどうする?」

浜風「渡ります。簡単なことですから」

憲兵「今度はその同じ板が断崖絶壁に架かっている場合だ。それでも渡れるか?」

浜風「条件が分かりません。自重で折れるかもしれませんし、板が崖から外れるかもしれません」

憲兵「………折れないし、板は固定されており、突風もない。先程渡った時と同じ条件だ。ただ場所が異なるだけだ。それでも渡れるか?」

浜風「渡ります。同条件ならば失敗する見込みはありません」

憲兵「………」

浜風「………どうしました?」

憲兵「いや、そこは「ふえぇ、怖くて渡れないよぉ~」と答えて欲しかった」

浜風「これは模範解答のあるテストだったのですか?」

憲兵「違うけど。………まあ、普通は如何に簡単に思えることでも失敗の深淵が暗いほど足がすくむものなんだよ。そして、こいつはまんまと愛の深淵を覗いてしまったってわけ」

提督「指輪を一番最初に渡したかったんだけどね。そこは他の娘に譲っちゃった」

浜風「それでその熊野は被害を受けていますけど、それで良いのですか?」

提督「良くない。しかしだな、事情は少し複雑なんだ」

浜風「複雑ですか」

提督「そうだ。現状だと、ただ指輪を渡すだけでは熊野の立場は恐らく改善されない」

浜風「どういうことですか? 熊野は唯一ケッコンしていないから、被害を受けているのではないですか?」

憲兵「女の陰口が原因を除去するだけでなくなるわけないってことだ。今渡したところで、「唯一ケッコンしていない艦娘」から「一番遅くに選ばれた魅力のない艦娘」ってラベルに移行するだけだ」

浜風「悪意にも慣性が働くものなのですか」

憲兵「まあ、女の本性を嘆く前に、一番の原因はその悪意の動き出しを止めなかった提督だがな」

提督「そう言われると何も言い返せないな。熊野の状況に気づくのが少し遅れたんだ」

浜風「なぜです? 人間は愛する対象をいつも気にかけるものではないのですか?」

提督「それはなんというか………」

憲兵「一度断られた身だ。意図的に避けていたところがあったんだろ。そして、より難しくなった再度のケッコン申し込みを先延ばしにし続けたところか。同情するぜー」

提督「………そういうわけで、何とも立ち回りが難しいことになっていたんだ」

浜風「難しい? ただあなたにとって熊野が特別だと周りが思わず納得するようなことをすれば良いのではないですか?」

提督「ああ、それは私も真っ先に思い浮かんだことだ」

浜風「それでは問題にどのように対処する気ですか?」

提督「ああ、これだ」

浜風「これは? 指輪ですか。ケッコンカッコカリとは違うようですが」

提督「結婚だ。仮ではなく本物のな」

憲兵「現在の法体系では艦娘との結婚はカッコカリ以外に認められていないぞ」

提督「そうだな。だが、それは熊野が艦娘だから障害になっているに過ぎない」

浜風「それはつまり」

提督「熊野を退役させる。これで解決だ」

憲兵「艦娘の同意を得られるならば、それも可能のはずだ」

浜風「しかし、それがまさに困難となるはずです」

提督「ああ。だが、存外簡単にことが進むかもしれないとも思っている」

浜風「困難の袋小路に迷いこんでしまうなら、リングアウトが最善の時もあります。良い結果に至ることを願っています」

提督「ありがとう。では、行ってくるよ」

バタン

憲兵「場の責任者が客を置いていくとはどういうことだ」

浜風「恋は相手が魅力的だからではなく、自分が狂いたいからするものですから」

憲兵「………まあ俺たちがここに残る理由はない。帰るぞ、浜風」

浜風「そうですね」

提督「あ! 鈴谷! ちょうどいいところに!」

鈴谷「げぇ! 提督!」

提督「なんだ潰れたカエルみたいな悲鳴をあげて」

鈴谷「………さっきあんなことがあったのに、よく私の前に出てこれるね」

提督「ああ。あれは不幸な人間関係の捻れなんだ。それだけで人を避けていたら、何もできないだろ?」

鈴谷「………熊野に対してはそれだけで臆病になるのに」ボソッ

提督「よく聞こえなかった。もう一度」

鈴谷「何も言ってない! それで何の用なの?」

提督「熊野がどこにいるか知っているか?」

鈴谷「………なんで?」

提督「これだ」

鈴谷「これは………そう。なるほどね」

鈴谷「………この時間帯なら埠頭にいるはずだよ」

提督「埠頭? なんでそんなところに、最近は肌寒くもなってきたのに」

鈴谷「誰かのせい」

提督「そうか。それで鈴谷はなんで熊野と一緒にいないんだ? いつも一緒だったじゃないか」

鈴谷「熊野は方向音痴だからね。………でも最近は微妙な感じなんだよね」

提督「………」

鈴谷「私は熊野の先を越しちゃったわけだし、なんだか何を言ってもダメな気がするんだよね」

提督「熊野がそんなことを気にするとは思わない」

鈴谷「私もだよ。でも、やっぱりダメ。私がダメ。指輪をつけると世界が変わるって言うけど、本当だったね」

提督「すまない。配慮が足りなかったようだ」

鈴谷「謝らないでよ。これを受け取ったのは私の意志なんだから」

提督「後悔していているのか?」

鈴谷「………さあねえ。そんなのわかんないよ」

鈴谷「………私のことはいいじゃん。それより早く行ってあげたら? こうしている間にも熊野は自分の体を抱いて辛うじて暖をとっているんだからさ」

提督「そうだな。………鈴谷も来るか?」

鈴谷「最低。指輪を渡しにいくのに、他の女を同伴させるって本当に最低」

提督「………すまない」

鈴谷「だから、なんで私に謝るの。さっさと行った、行った」グイグイ

提督「押すな、押すな」

鈴谷「さっさと告ってビンタの一発でも貰ってこい!」

埠頭

熊野「………………はあ」

提督「ここにいたのか。熊野」

熊野「ひゃあ!?」

提督「悪い。驚かせたか」

熊野「………提督? 何の御用ですの?」

提督「熊野はここで何をしていたんだ?」

熊野「私が先にお尋ねしたのですが。………そうですわね。夕日を見てましたわ」

提督「一人でか?」

熊野「私以外の誰かが目に止まりまして?」

提督「いや、いないな」

熊野「ふん、ですわ」

提督「………隣り、いいか?」

熊野「ご自由に」

熊野「………」

提督「………」

熊野「………それで、何の御用ですの?」

提督「ずっと考えていたんだ」

熊野「何をですの?」

提督「熊野のことだ」

熊野「それは、まあ、なんとも陳腐な口説き文句ですわね。私のことより気の利いた台詞の一つでも考えていた方が良かったのではなくて?」

提督「あ、いや口説きたいのではなくて、いや口説きたいとも言えるのかもしれないが………」

熊野「わかっていますわ。………私を取り巻いている状況のことでしょう?」

提督「そのことはすまないと思っている」

熊野「どうして提督がお謝りになるのでして? 拒絶したのは私であって、ですからその結果を引き受けるのは当然私ですわ」

提督「しかし、真意を理解していながら行為できなかったのは私の責任だ」

熊野「………ふふ、提督は謙虚な振りして、意外と、いえ意外ではありませんか、自己陶酔の傾向が強いかたですわね」

提督「………どういうことだ」

熊野「だって、そうでしょう? 女性から拒絶の言葉が出れば、普通の男性はそのまま受け取りますわ。しかし、提督はそれを嘘と断定しているんですもの。すとーかーの思考ですわ」

提督「いやいや! だって、お前はあの時………っ!」

熊野「静かに。鶏よりせわしなく冠を曲げないでくださいまし。別に提督の私への洞察が間違っていたとは言いませんわ。ただ、それに責任を感じると言うならば、いささか傲慢だというだけでしてよ?」

提督「………悪かったな。出過ぎた責任感だった」

熊野「そういう素直なところは嫌いじゃありませんわ」

提督「どうも。だがな、苦境にある娘を救いたいと思うのは私の勝手なはずだ。これを受け取ってくれ」

熊野「これは指輪? しかも、………なるほど、これですのね」

提督「熊野、私と結婚してくれ」

熊野「………」

提督「………」

熊野「これは受け取れませんわ」

提督「! ………どうして?」

熊野「どうして? 理由なんて特に思い浮かばないのだけれど、強いて言うなら提督のプロポーズは私を見下していないとできないものでしたので、カチンときたのでしてよ?」

提督「そんな、私は、君を見下してなんか………」

熊野「提督は最初に私から責任を奪おうとしていましたね。私の現状は自分のせいだと。それが拒否されると、今度は困っている艦娘を助けたいという動機でもって、この指輪を渡してきました。この指輪には当然のように私を助けるなんて含意があります」

提督「………」

熊野「まるでこの私が弱者で自分ではどうしようもないみたいな言い草に聞こえて非常に不愉快ですわ! この熊野を舐めないでくださるかしら!」

提督「言葉が悪かったのなら謝る」

熊野「言葉の問題じゃありませんわ。たといあなたがどれほどまっすぐな言葉でプロポーズしてきても、私の答えは変わりませんわ」

提督「俺のことが嫌いか?」

熊野「………何かにすがらなければ何もできない提督のことは嫌いですわ。執務室にある大量にある指輪。丁度いい指輪を探しているとのことで収集していたようですけど、明らかに私への告白を先延ばしにするための口実に過ぎませんわ。私が分からないとお思いで?」

提督「いや! あれは、本当に………! ………いや、なんでもない」

熊野「何かしらの理由をつけて、その行為を当為にしなければ何もできない。しなければならないと義務的に行う告白にどんな心があるというのでして?」

熊野「それにあなたはまさか私がこの指輪をはめる意味を失念したわけありませんわよね?」

提督「………ああ。君は退役せねばならない」

熊野「そもそも私は退役するつもりなんてありませんわ」

提督「なぜだ」

熊野「………もう夕日は沈みましたわね」

提督「そうだな。今日は満月だ」

熊野「月見というのもお洒落なことですけれども、今日は気分じゃありませんわ。私は先に帰らせてもらいますわ。ごきげんよう」

数日後

鈴谷「ちょっと提督、いつまでそうしてんの?」

提督「………いや、だってさー」

鈴谷「また指輪の数が増えてんじゃんか! 何してんの!?」

提督「………あれだけ強く拒絶されたら落ち込むのも仕方ないだろ?」

鈴谷「でも、振られたってわけでもないんでしょ? 熊野も提督に気があると思う」

提督「だから、困ってるんだよ。正直まだ嫌われていた方がどうにかなった。なまじ好意的だから、どうしようもないんだよ」

鈴谷「なんでさ? 両思いなら簡単じゃん」

提督「両思いの状態だとして、それでも私の告白は拒絶されたんだぞ? 一般に拒絶の原因は嫌悪だ。だから告白の成就はそれを克服すればいい。だが、熊野にはその原因がないんだ。好感度を稼いで告白という王道が不可能なんだよ。何をすればいいんだ」

鈴谷「原因は提督の態度だったんでしょ? ならそれを直せばいいだけじゃん」

提督「いやいや、態度って言われてもな。正直、私の意識外だったところを熊野は突いてきたんだ。治そうと思って治るものでもないだろ」

鈴谷「それでも」

提督「それになんというか、仮に治せたとしても、うまくいくか分からない。疑り深い女に愛を疑われている気分だ。証拠を提示できない性質のものだから、いくらこっちが用意周到でも疑いの余地が生じてしまう」

鈴谷「それでも何もしないのはダメでしょ」

提督「だから何もできないんだって」

鈴谷「アプローチをかけ続ければいいじゃんか」

提督「それはできない。問題は熊野への告白だけじゃないだろ? 熊野を取り巻く陰湿さも問題なんだ」

鈴谷「………」

提督「今の状況で考えなしにアタックしてみろ。「愛されない艦娘」という悪口はなくなるかもしれないが、今度は「提督を袖にする艦娘」という悪評がつく。しかも、今度は嫉妬という明確な悪意が上乗せされる。それならば、まだ今の哀れみある調子の悪口の方がいい」

鈴谷「でも、熊野ってば意地っ張りだから、そういう哀れみってのを嫌いそう」

提督「熊野じゃなくても哀れみを受けて、いい気になる奴なんていないさ。だが、鈴谷、お前が一番知っているはずだ。熊野は嫉妬される方が嫌だと」

鈴谷「そりゃあ、熊野のあのプライドの高さは持ち前のものだからね。何か理由があって自信たっぷりなわけでもないし」

提督「そうだ、あいつの自信には何の根拠もない。そして、それだからこそ誇り高いんだ。熊野の崇高さに理由なんてものを与えるのはそれに泥を塗ることだ。そして嫉妬の眼差しはまさしく熊野の気品に傷を付けるものだ」

鈴谷「倒錯的だよねえ。普通は何か経験を積んで自信を付けるはずなのに、熊野は裏付けされた自信を拒否して、ただ虚空を背に自分を全面的に信頼しているんだからさ。そしてこれこそ真の自信、真の光と言わんばかりの態度だし」

提督「それだからこそ私は彼女を好きになったんだがな。折れることを知らない不撓不屈の矜持。その光に近づきたかった。そして、現状はまさにそれゆえに苦労しているわけだ」

鈴谷「どうするつもり?」

提督「あの失敗の原因が私にあるにしろ熊野にあるにしろ、ここまで困難な状況に陥っているのは、熊野の特殊な現状のためだ。しかし、私が下手に動くと、熊野との関係が一歩も進まないのに、立場だけが悪くなるという事態になりかねない」

鈴谷「いくら熊野が周りを気にしないっていっても状況を知らないわけでもないしね。今の提督から何を言われても、熊野の状況を見ての言葉と捉えてしまうんだろうね」

提督「だから、熊野の客観的立場を改善しないことには何もできない」

鈴谷「………ふーん。じゃあ私に任せてもらえるかな」

提督「なんだと」

鈴谷「別にそんな驚いたふうにしなくてもいいよ。私の前でわざわざそんなことを言うってことは私にどうにかしろって言ってるもんでしょ」

提督「………何をする気だ」

鈴谷「別に。ただ直接かたをつけに行くだけ」

提督「それを熊野が望むとは思えない」

鈴谷「それでいいじゃん。私は誇りとか矜持ってのはよく分からないけど、今の熊野はなんだか強情って感じがするんだよねえ。なんかいつもの柔らかさがないっていうかさ。いや、まあいつも自信満々でうるさいんだけどね。それでも、必要なら自分を曲げることもあったんだ。今はそれがないんだよねー」

提督「お前は自分から面倒を引き受けるような奴だったか?」

鈴谷「ひどくない? 流石に妹のためなら鈴谷も頑張るよ。ついでに提督のためにもね」

提督「熊野から怒られるぞ?」

鈴谷「熊野がそもそもの原因なのに私が怒られる義理はありませーん」

提督「そうか」

鈴谷「案外すぐに熊野は指輪を受け取りにくると思うよ。私を止めるためにね」

提督「そうなると良いがな」

§

熊野「あの提督? よろしいかしら」

提督「熊野か」

熊野「………鈴谷になにを吹き込みましたの?」

提督「………」

熊野「私の陰口を叩いていた人たちに喧嘩を売るようなことをしでかしましてよ? 普段の鈴谷からは考えられないことですわ」

提督「妹思いのいいお姉ちゃんじゃないか」

熊野「冗談じゃありませんわ! 私のことなのに鈴谷まで被害を被るかもしれませんのよ!」

提督「心配をかけ過ぎたんだろうな」

熊野「………あなたちの狙いは分かっていますわ。ですから、それを果たしにきましたわ」

提督「………」

熊野「指輪を受け取りに参りましたわ。いえ、そちらではなく、こちらでお願いしますわ」

提督「こっちはカッコカリの指輪だぞ? あの時から何度か渡そうとしたが頑なに拒んできたやつだ」

熊野「構いませんわ。今まで拒絶していたのは、拗ねていただけ。一番最初になれなかったからですわ」

提督「………」

熊野「それにむしろ、ここではカッコカリしかありえませんわ。私から来るこんな状況でその結婚指輪の方を受け取るなんて考えられませんわ」

提督「そうか。では、指輪をはめる。指を出してくれ」

熊野「………一つお願いがあるのだけれど」

提督「なんだ」

熊野「私を演習遠征に出させてくださる?」

提督「それまたなんで」

熊野「鈴谷の力を借りて解決なんて嫌ですわ。私が練度を上げて誰も文句が言えないようにさせてあげますわ」

提督「時間がかかるぞ」

熊野「それでもですわ。それからのことはその時に考えましょう。私達には時間が必要のようですから」

提督「………わかった。では、遠征に行ってこい」

熊野「最強も今時のレディの嗜みですわ」

§

鈴谷「ねえ、提督いつ熊野は帰ってくるの? もう数週間は見てない気がするんだけど」

提督「さあな」

鈴谷「もう指輪は集めなくていいの?」

提督「ああ。執務もあるしな。これを頼む」

鈴谷「あいよ」

提督「………」

鈴谷「どうしたの? 提督?」

提督「いや、ちょっと近くないか?」

鈴谷「えーそうかな?」

提督「ちょっと離れてくれ、やりづらい」

鈴谷「あー! もしかして照れてる? うりゃりゃー!」ギュー

提督「やめろ、やめろ」

鈴谷「提督、御飯食べに行かない?」

提督「御飯? どこに行くつもりだ。間宮か?」

鈴谷「うーん、今日は街に行かない?」

提督「外出か」

鈴谷「うん。最近穴場の喫茶店を見つけたんだー。そこに行こうよ」

提督「………ならば、この仕事をさっさと終わらせないとな」

鈴谷「ほーい」

鈴谷「ここだよ! 穴場!」

提督「いくら騒々しい街中といえども、どうしてか空虚な場所というものはできるものだが、まさにこういうところを言うんだな」

鈴谷「そうでしょ! そうでしょ! 最近、適当に歩いてたら見つけたんだけど、こういう場所を見つけると嬉しくなるものだよねえ。なんか選ばれた者しか入れない扉を開いたみたいな?」

提督「選民思想みたいだな」

鈴谷「まあ誰になにで選ばれてるのかはわかんないんだけどね。とりあえず場所だけで特別になれるんだから、この店の立地はいいと思うよ」

提督「ただし経済的には悪い立地だ。どこぞの艦娘ならば「地に富める者が天の国にいくことは駱駝が針の穴を通るより難しい」と言って、経済と神秘のトレードオフ関係に言及しそうだな」

鈴谷「店内も落ち着いた感じで、雑誌書籍やパズルゲームなんかもあるんだよ」

提督「客の回転率は無視だな」

鈴谷「その分、お客の満足感は高くなるんじゃないの」

提督「回転率が低いほど満足度が増えるのならば、ファストフードは全滅するだろ。回転率だけで善し悪しは決められんさ」

鈴谷「そういえば、この前、金剛さんに「日本人はリーダーシップに富んでマス! 一年で国のトップが四人も交代するなんて英国では考えられないネ!」って言われたんだ。これも回転率の誤謬なのかな」

提督「いや、まあ確かに回転率の高低はその内実には関係しないとはいえ。というか、金剛、あいつも妙に冷笑的なところがあるよな」

鈴谷「え? そうなの? 外国の艦娘はみんなあんな感じじゃないの? ビスマルクさんだって「なんですって!? フッセルの『危機書』がこんな小さい文庫本一冊ですって!? ヤーパンの土地が狭いからこその縮小努力ね! そのうち頭も鶏並みに小さくするんじゃないかしら」って日本とのカルチャーショックを受けてたよ」

提督「あいつはただの派手好きだ。棒倒しで棒が右に倒れただけで「これは国が右に傾いている証拠だわ! ここはもう落ち目だわ!」と騒ぎ立てるんだからな。悲観的な終末論者が一番世の中を楽しんでるんじゃないかと思う時がある。というか、鈴谷って金剛やビスマルクと仲が良かったのか」

鈴谷「まあね。………熊野はあんなんだから、気質が外国艦に合うらしいんだ。それに付き合ってたらね」

提督「そういえば、最近お前が紅茶を飲んでいるところを見てないな。今日もコーヒーだしな」

鈴谷「………まあ、そういう気分の時もあるでしょ」

提督「夜寝られなくなっても知らんそ」

鈴谷「寝れなくなったらどうしようかな。ひとりの夜は暇だから鈴谷が提督のピロートークに付き合うってのはどうよ」

提督「何を馬鹿なことを」

鈴谷「えー? 別にいいじゃん。鈴谷だってこれをつけているんだからさ」

提督「それは戦力増強のためのものだ。深い意味はない」

鈴谷「熊野のも?」

提督「何が言いたい」

鈴谷「別に言いたいことなんてないよ。ただ不思議な感じだなって」

提督「不思議?」

鈴谷「だって同じ形のものなのに意味が違うんだもん。私のは戦力の証として、熊野のは愛の証として」

提督「聞こえが悪いな。鈴谷を愛していないわけではない」

鈴谷「そうね。こんなものはただ縁がついた穴だもんね。穴の善し悪しで愛が決まるなんて馬鹿げてるよね? 提督?」

提督「………随分とシニカルな物言いだな。金剛が拗ねている時みたいだ」

鈴谷「金剛さんの穴は提督にとってどうなのかな。愛に溢れているの?」

提督「やめろ」

鈴谷「なんで?」

提督「………なんでもだ」

鈴谷「………ふーん」

提督「………今日はもう帰ろう。鈴谷はここ何週間か馴れない執務をずっとこなしてきたんだ。疲れが溜まっているだろ」

鈴谷「提督、こっちの書類の整理は終わったよ」

提督「ああ、ご苦労。それにしても仕事が早くなったな」

鈴谷「へへーん。鈴谷は学習も早いんです。ちゃんと褒めてね」

提督「すごいぞ。鈴谷」

鈴谷「それじゃ足りないしぃ」

提督「どうすればいいんだ」

熊野「はあ、やっと遠征が終了しましたわ。ひと月ぶりですわね。嵐に見舞われ帰投が遅れましたわ。でも練度は上々にあがりましたし、その甲斐はありましたけれど」

「なぜまたがってくる」

「いいから、いいから」

「顔を胸に埋めるのが褒美なのか」

「………これだけじゃないよ」

熊野「扉が開いていて、中から声が漏れてますわ。まったく提督ったらずさんなのですから」

提督「………っん!?」

鈴谷「んぅ………はぁ、あむ……ん、れる……んぐ、ぷはあ」

熊野「………」

提督「………急だな」

鈴谷「………えへへ。まあ、まあ。ご褒美、ご褒美。よいしょっと」

提督「何事もなかったかのように隣りに座るな」

コンコンコン

提督「………入れ」

熊野「熊野ですわ。只今帰投しましたわ」

鈴谷「………」サッ

熊野「………」

鈴谷「………チーッス! 熊野、久しぶりだね」

熊野「ええ。鈴谷、提督にご迷惑をかけてなかったかしら?」

鈴谷「………うん。ばっちし! もう書類仕事も完璧だし、熊野より役に立つかもねえ。にひひ」

熊野「そう。それなら良いのだけれど」

提督「………熊野は遠路はるばるの帰還だ。疲憊しているだろ? 入渠するか?」

熊野「………」

鈴谷「そうだよ。熊野お風呂入ってきたらいいじゃん! レディは常に健康に気を使うんでしょ?」

熊野「………そうですわね。全身エステ、フルコースでお願いするわ」

§

鈴谷「………はあ」

浜風「ため息を吐いてどうしましたか?」カチャカチャ

鈴谷「………なんであんたがここにいんのよ」

浜風「歩いてたら見つけたんです。ここはいいところです。地に富める者が天の国にいくことは駱駝が針の穴を通るより難しいとは言いますが、それを如実に表しているような雰囲気です」

鈴谷「あんただったのか」

浜風「何がです」

鈴谷「なんでもないよ」

浜風「そうですか」カチャカチャ

鈴谷「………さっきから何やってんの?」

浜風「知恵の輪です。三つの輪をバラせばクリアなのですが、これが意外と難しいです。一つを外したかと思うと、他の二つがより深く絡まり合ってしまいます」カチャカチャ

鈴谷「それ単純なものじゃん。………ちょっと貸して。ここをこうして……カチャカチャ……ほら、簡単に外れた」

浜風「すごいです。二時間やっても解けなかったのですが、ここまであっさりクリアするとはあなたはパズルのプロですね。しかし、自分で解きたいので、元に戻してください」

鈴谷「二時間って………憲兵付きの艦娘って暇なんだね」

浜風「そうでもありません。このあと憲兵と待ち合わせがあります」

鈴谷「へー、デート?」

浜風「憲兵を男性、私を女性としてみなせばデートですね」

鈴谷「どこに行くの?」

浜風「美術館です」

鈴谷「え? 仕事じゃなくて、本当にデートじゃん!」

鈴谷「………ふーん。それで待ち合わせの二時間前から喫茶店の知恵の輪で時間を潰してたんだ? 意外にカワイイところもあるんだね。もっと冷たい娘だと思ってたよ」

浜風「はい。九時に待ち合わせです」

鈴谷「………今って十時なんだけど」

浜風「はい」

鈴谷「いやいや! 知恵の輪で遊んでる場合じゃないじゃん! 遅刻! 遅刻!」

浜風「問題ありません」

鈴谷「問題ないってどういうことよ」

浜風「憲兵の信条には「デートには二十分遅れていけ」という項目があるからです」

鈴谷「あんたは一時間遅れてるんだけど」

浜風「はい。しかし、憲兵も私のことを知っているので「あいつは俺が遅れることを知っているから、遅れてくるはずだ」と考え更に遅れてきます」

鈴谷「それを考慮して更にあんたは遅れているってこと?」

浜風「はい。そして、あなたは何か勘違いしているようですけど、待ち合わせの時間は正確には昨日の九時です」

鈴谷「本当にあんたたちは何してんのよ!」

鈴谷「まあ、あんたが暇人なのはわかったわ」

浜風「暇じゃないです。予定があります」カチャカチャ

鈴谷「あんたはスケジュールに押されてるんじゃなくて、スケジュールを押してんでしょうが。暇人のやることだよ」

浜風「それでは、今から暇人をやめます」カチャカチャ

鈴谷「まあ、待ってってば。何故か相席になったんだからさ、これも何かの縁。私の話も聞いてよ」

浜風「嫌です」

鈴谷「なんでよ」

浜風「メニューがまだブレイクファーストだからです」カチャカチャ

鈴谷「写真がサンドイッチだらけのメニューのどこが悪いのよ」

浜風「こんなところに朝早く一人でやってくる艦娘、しかもあなたみたいな娘が私に聞かせたい話があるといいます。まず愉快な話ではありません。一日の序盤で既に何か話題にしたいくらい面白いことを経験している可能性は低い。となると、連日抱え込んでいる話題になりますから」

鈴谷「連日抱え込んでいる面白い話かもしれないじゃん」

浜風「悲劇の前では喜劇の寿命なんてものはハツカネズミ以下です。あなたが話そうとしているのは悩み事であって、私にはひどくつまらないことです。あなたの悩みが「艦載機を飛ばすとその爆音で南極のペンギンが驚いてひっくり返るんだけど、どうしたらいい」でしたら興味が惹かれますが」

鈴谷「なによそれ。別に暇なら聞いてもいいじゃん」

浜風「いいえ。あなただってつまらない話しかしない人とは話したくないはずです。そして、現状あなたはそのつまらない人なのです。このメニューがサンドイッチで彩られている限り」

「あの、午前十時を過ぎたので、朝食メニューは終了です。ご注文はこちらのランチメニューでお願いします」

鈴谷「………………変わったわよ」

浜風「お話をお伺いします。お昼ならば、あなたの話題に愉快なストックの可能性が生じます」

鈴谷「………あんたのことが一番面白い話題だと思うよ。まあ、いいや。聞くのね? それなら―――――」

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