堀木正雄「うわっはっはっは!」
ヒラメ「うわっはっはっは!」
太宰治「うわっはっはっは!」
メロス「うわっはっはっは!」
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葉蔵「……そんな可笑しいの」
堀木「当ったり前だろ? お前、今まで自分が何やってきたか思い出してみろよ!」
太宰「不覚ながら笑ってしまったよ。わが創造物とはいえ、こんな言葉を口にするとは!」
メロス「いやはや、往年の勢いはなくても、さすがは太宰世界の魔王だけのことはある! 教科書に載っただけで有名になった私なんかとは大違い!」
ヒラメ「うむ、『女のいないところ』は、確かにありましたな。ですが『自演のないところ』となると、これはどうでしょうか……」
竹一「ワザ、ワザ」
葉蔵「!」
ここは津軽。
見上げれば、低く垂れこめる雲。ひしひしと近づく夕闇が、そんな暗い雲の色を一層濃くしていくようです。
肌に突き刺さらぬばかりに横なぐりの寒風が吹き荒れる雪原を、この自分、大庭葉蔵は一人で歩いておりました。
そう、自分は「自演のない世界」を求めて旅立ったのでした。
この世界はすべて、自演だけで成り立つ紙の楼閣。
それが、この27年を生きて悟った真実だという気がいたします。
結果というものはすべて最初から決まっており、自作自演を繰り返して筋書きをなぞる以外、どんな突拍子もない出来事もありはしないのです。
人が人を殺すのは、殺すべくして殺すようずっと以前から準備されていたのであって、そこには最初から、偶然などが入り込む隙間はなかった。
よく「不慮の事故」などと言ったりしますが、本当に不慮なのでしょうか?
もののよく分かった人なら、いずれ何かが起きると予想していたようなことが、世の中にはたくさんあると思います。
要するに何かの理由で誰かが準備し、座りのいい格好に落ち着くよう按配されるのです。
そして、「どういう格好が座りがいいのか」などという問いは、往々にして野暮だとか言われ、遠ざけられたりします。
ヒラメって誰だっけ
思いだせん
世の中がそういうものであるという認識は、皮肉にも自分のような人間には好都合でした。
一か八かの可能性に賭けて乾坤一擲の勝負を挑むなどというのは、あまりに恐ろしいことで、笑いに紛らしてしまわずにはおれません。
結果として自分はお道化という自演に惑溺し、下手をすれば他人が向けてきかねない切っ先をどうやって避けたものかと、怯えながら暮らす人間となりました。
そんな自分が「自演のないところに行く」と言い出したのですから、堀木正雄のような人間なら、チャンチャラ可笑しいと思うのも無理はないでしょう。
でも本当に自演のない、わざとらしさがいっさいない世界を求めようとした時、人はどこにたどり着くのか。どこに、たどり着かざるを得ないのか。
そんなことを考え考え、深い雪に足を取られながら歩いていた時でした。
後ろから誰かが近づいてくるようです。
テツには書き置きなどしてこなかったので、自分を追いかけてくるはずなどないのですが。
>>4
東京で葉蔵の世話を焼く骨董商
ヒラメはあだ名で本名は渋田
堀木「おい色魔! 待てよこの野郎」
なんと、追いかけてきたのは堀木でした。
あの男ほど、この津軽の雪原に不似合いなものはありません。
振り向くと、一面の白銀世界に汚点のように浮いている堀木が、白い息を吐きながら近寄ってきます。
手には一升瓶をぶら下げておりました。
堀木「せっかく手土産持って見舞いに来てやったってのによ。出掛けてるってんで外に出てみりゃこんなところを歩いてやがった。風邪ひくぞ」
葉蔵「……僕に何の用?」
堀木「そりゃお前、『自演のないところ』へ行くんだろ。景気づけだよ」っ一升瓶
葉蔵「景気づけなんていらないよ。また、同じこと繰り返すだけなんだから」
堀木「何だと気でも触れたか…… てか、とうに触れてたんだよな」
葉蔵「しかし君が手土産なんて珍しいね。この世の終わりが近いのかな」
堀木「聞いたふうなこと抜かすなよ。酒のアント(対義語)は?」※
葉蔵「涙」
堀木「違うだろ。涙は酒のシノニム(同義語)だよ」
葉蔵「君ならそう言うだろうね。でもこれは譲れないよ」
堀木「田舎暮らしのせいで無駄に頑固になりやがったな。じゃあ涙のアントは」
葉蔵「ヘノモチンだよ!」
※「人間失格」に出てくる言葉遊びで、何かの名詞の対義語を言い当てる。
「喜劇名詞」「悲劇名詞」に分類するやり方もある。
堀木「……急にでけぇ声出すなよ。びっくりするじゃねえか。……ところでよ、俺も行っていいか」
葉蔵「行くって、どこへ?」
堀木「そのよ、自演のないところってやつだ」
葉蔵「どういう風の吹き回しだい? 君みたいな人間が来たって、何の得にもなりゃしないよ」
堀木「ほう。随分分かりきったようなこと言うじゃねえか。お前は俺の何を知ってる」
葉蔵「もう、十分過ぎるくらい分かってるよ!」
堀木「だからでけぇ声出すなって。だいたいな、お前どこへ行こうってんだ? 自演のないところの当てってのがあるのか?」
葉蔵「足の向くままさ。天の命じるところに従って歩くだけだ」
堀木「それで目指す場所が見つかるのか?」
葉蔵「見つからなきゃ、野垂れ死にするまでだ」
堀木「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな。だがな、いい歳した人間が出かけるんだったら、行き先が決まってなきゃ困るぜ? ほれ、あれを見ろ」
堀木の指さす方を見ると、雪を掻き分け掻き分け、一人の男が近づいてまいります。
雪道に慣れていないのか、大層苦しそうに息をして、顔は赤くなっておりました。
メロス「いやー、雪の中を歩くのがこんなに大変だとは思いませんでした。これなら故郷の炎天下を走る方がまだ楽だ」
堀木「シチリア島に雪なんか降らねえだろうからな。まぁ、ご苦労さん」
葉蔵「よく来たね…… ここに不似合な人間っていったらやっぱり君が一番だな。津軽なんかに何の用」
メロス「そりゃあ、葉蔵さんに用があったからに決まってるじゃないですか。うぅ~寒」ガタガタ
葉蔵「僕に?」
メロス「そうですよ。この前はつい先生に釣られて笑っちゃいましたけど、よく考えてみたら笑い事じゃありません」
メロス「私が必死の思いで走り抜いて友との信義を守ったことまで、自作自演だなんて言われちゃ立場がありませんからね!」
メロス「そんなに自演のないところへ行きたいっておっしゃるんなら、私の故郷へぜひご招待したいと」
堀木「なんでもよ、シチリア島でこいつを記念したイベントが開催されるんだって」
メロス「名付けて『メロス杯鉄人トライアスロン大会』。ディオニス王の主催です」
太宰「そうだ。葉蔵君にはそこに出場してもらう」
葉蔵「先生いつの間に!」
太宰「私は神出鬼没にして不死身なのだ! さて葉蔵君。君はこの大会に出場し、メロス君が走ったのと同じコースを、同じ条件下で完走してもらわなければならない!」
葉蔵「そんな無茶な」
太宰「言い訳無用! だいたいねぇ、この世界が自演ばかりだと言って背を向けるのは君、思い上がりだと思わないのか? 自演のないガチの世界を知りたいってんならいい機会だ。もう逃げられんぞ、走ってもらう」
メロス「セリヌンティウスの役は、彼が務めます」
竹一「ワザ、ワザ」
葉蔵「……他に参加者は?」
太宰「君と竹一。この二人だけだ」
葉蔵「ええ!?」
メロス「毎年、それにふさわしい人を選んで私が味わった苦難を追体験してもらおうと」
葉蔵「僕のどこがふさわしいの……」
堀木「頑張れよ色魔! 俺も現地で応援するからな!」
葉蔵「君も来るのか?」
堀木「だからさっき行くって言ったじゃねえか」
葉蔵「何をしに?」
堀木「高みの見物に決まってんだろ。そんでシチリア女と美味い酒を飲む」
葉蔵「……大方そんなことだろうと思ったよ」
太宰「話は決まったな! じゃあ支度支度!」
こうして自分は、メロス君の故郷シチリア島で走らされる羽目になりました。
なんでも、メロス君が走ったのと同じ40キロのコースを、完全に同じ条件下で走破するのだそうです。
それだけで先が思いやられ、目がくらむ思いがしました。
テツがカルモチンと間違えて買ってきた下剤(ヘノモチン)の後遺症もまだ治まっておりません。
そうでなくても、この恥の多い生涯を、酒浸り、モルヒネ浸りで送ってきた自分に、あの太陽のごとく健全なメロス君と同じ偉業を達成せよというのですから、太宰先生はまさに鬼、夜叉羅刹が人間の姿でこの世に顕現したと言っても言い過ぎではないでしょう。
しかも、メロス君と固い友情で結ばれたセリヌンティウス君の役柄を、こともあろうに竹一が務めるのです。
これも、人間失格である自分のような者が過ごしてきた生涯の、必然ともいうべき帰結なのでしょうか。
まあ、どんな醜態をさらすことになるのか。
いいのです。
いっさいは過ぎていきます。
自分は他人事のような気分で、遠くイタリアはシチリア島にやってきたのでした。
~~シチリア島・シラクスの王城~~
ディオニス「おおメロス、無事に帰ってきたか。日本の津軽はどうであった」
メロス「あんな寒いところはありません。これは日本の土産です」っ一升瓶
ディオニス「日本の酒か! 後でゆっくり味わうとしよう。……それからおぬしらは、……メロスの友人じゃな?」
葉蔵「大庭葉蔵です」
堀木「堀木正雄です」
竹一「ワザ、ワザ」
葉蔵「すいません、こいつこれしか言わないんで」
ディオニス「大庭葉蔵というのは貴公か」
葉蔵「はい」
ディオニス「うむ! メロスの友の名に恥じぬ走りを期待しておるぞ! さて、大会の詳細は既に存じておるであろうが、とにかくメロスと同条件で走るのだ。おぬし、妹はおるのか」
葉蔵「いえ」
ディオニス「いなくても構わん。明日の夕刻からスタート地点で、妹の婚礼に擬した大宴会を開催する。そこで徹底的に飲んで食ってもらい、翌朝の未明以降に出発するのだ。絶対に、フライングをしてはならん」
葉蔵「メロス君の条件を満たしてなかったら、どうなります?」
ディオニス「おぬしは失格。とはいえ、人質役になる、その…… 何と言ったかな」
葉蔵「竹一」
ディオニス「そうそう、竹一とやらの命を取ろうってわけじゃない。おぬしと同様、参加賞を貰えなくなるだけでな」
葉蔵「参加賞?」
ディオニス「そうだとも! ああ申し遅れておった、日没までにゴールインして、人質役と熱い抱擁を交わしたならば、このシチリア島への永住権と生涯の生活費、そして島一番の美女を進呈するのだ!」
堀木「よかったな色魔!」
ディオニス「人質役が受け取るのは2番目の美女だ。まぁ、無理にこの国に永住せんでもいい、日本に帰るのなら山ほどの土産と来年の招待券を持たせてやろう。ただし…… 帰ったら大会のPRをよろしく頼むぞ」
葉蔵「はあ…… 何だか至れり尽くせりですね」
メロス「だからって油断したらいけませんよ! 失格したら帰りの旅費は自分持ちですからね! ガチで勝ちに行ってくださいガチで!」
堀木「何だと!? 失格したら色魔、お前に払ってもらうぞ!」
ディオニス「では、大会の審査委員を紹介しておこう」
太宰「俺が審査委員長だ!」
セッカチピンチャン「ピンチャンだよぉぉぉぉぉ!!!」
ノンキ和尚「シチリアはええところじゃのう……」
ヒラメ「あなたこれから、いったいどうするつもりです? 今後の方針は!」
葉蔵「悪い予感しかしない……」
ガチで勝ちに行く。
これほど、この自分に縁遠い話があるでしょうか。
恥の多い生涯を通じて、自分はただの一度たりとも、本気で勝ちに行ったことなどありません。
自分を取り巻いている世界は、人々が面白おかしく自作自演しながら作り上げた、いわば見世物小屋でなければなりませんでした。
もしも生きるための本気の勝負がそこに紛れ込んだりしようものなら、自分はあっと叫んで一目散に逃げ出すしかないのです。
自演のないところへ行く。
いつもの調子でお道化を言ったつもりでした。
しかし世の中には聞き流してもらえない言葉があるらしいことを、さすがに学んだはずだったのに、どうやら長年の酒やらモルヒネやら、ヘノモチンやらで、そのへんの線引きも曖昧模糊としてしまったのでしょう。
自分は脳病院へ入れられたほどの、廃人です。
廃人ならば、何を騒いでも所詮はうわ言と放置されると思っていたのは、やはり自分が浅はかだったのです。
それにしても、何を考えて自分は雪の中を歩き出したのか。
肝心の自分が、自演なしには生きていけない人間だったはずなのに。
例の情死事件すら、きっと世間は、自演と見て疑いもしていないのです。
女が死に、恥ずる気色もなく生き延びたこの自分を、気の毒な阿呆だと許している。
そして自分は、漫画家として「上司幾太」というふざけた筆名を選びました。自分とはまさしく、そういう人間でした。
そんな恥知らずの甘えも、時には見逃してもらえないことがあったのでした。
翌日、メロス君の家がある村で、まだ日が高いうちから前夜祭を兼ねて豪勢な宴会が開かれました。
結婚して間もないメロス君の妹は大層な美人で、笑顔を絶やすことなく宴席を駆け回り、もてなしに遺漏ないようつとめていました。
自分はふと考えました。これまで自分の生涯で、このメロス君の妹ほどに美しく、気立てもよい女性に巡り合ったことがあっただろうか?
あえて挙げるならヨシ子でしょうが、彼女とて、この妹君の旭日(きょくじつ)のような美しさの前では、明け方の半月みたいに霞んでしまいます。
それ以外を思い出していけば、どれも立ち枯れたカキツバタのような女しか浮かんでまいりません。
自分はそんな女たちを引き付け、無抵抗に受け入れたのでした。
何事も、水の流れと人の身はといった調子でしたから、まさしく、何をくよくよ川端やなぎと、今の自分に落ち着いたのです。
からごろもきつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ。
こんな自分を見れば業平も渋い顔をせずにはいられないでしょう。
損な役回りを引き受けたもんだ。
自嘲を肴に地元の葡萄酒をあおっていると、これもまた大層酔っ払った堀木が絡んできました。
堀木「おい。さっそく色魔の本領発揮だな。あの新婚さんに色目使いやがって」
葉蔵「君は僕をそんなふうにしか見ないね」
堀木「お前! 人をどれだけ笑わせりゃ気が済むんだよ。だが真面目な話、あれはお前と住む世界が違うからな。これは言っておくぞ」
葉蔵「分かってるよ」
堀木「分かってりゃいいんだ。ったく、掃き溜めに鶴じゃなくて、花園にヒキガエルだな。お前のことだぞ」
葉蔵「君らが引っ張ってきたんじゃないか。ねえ君」
堀木「何だよ」
葉蔵「自演のアントは」
堀木「……そんなもん、『ガチ』に決まってんだろ」
葉蔵「月並みだなぁ」
堀木「月並みで結構だよ。脳病院に入るような奴の発想についていけるかよ」
葉蔵「君も変わったねぇ。昔はそんな無粋な人間じゃなかったはずだ。認めないよ、ガチなんてのは」
堀木「やめろ。酒がまずくなる」
葉蔵「言いなよ。ガチ以外で自演のアントは」
堀木「うるせえ。てめえで勝手に考えろ。……おおディオニス王! シラクスはしかしなんと素晴らしいところでございましょう! 酒は美味いし女性は美人ばかり! 草木の一本に至るまで王の善政を言祝いでいると感じ入った次第で!」
執拗に堀木に求めた答えは喉元まで出かかっていましたが、自分は口にしませんでした。
そしてなぜなのか、口に出した瞬間の幻が、酔った目の中に浮かんだのです。
死。
楽しげに酒を酌み交わしていた人々の動きが止まり、沈黙が場を支配しました。
宴席に居合わせた者すべてが酒杯を手に持ったまま凍り付き、自分を見ているのです。
無表情に、死んだ魚のような目で。
咳払い一つない完全な静寂。
そして永遠に続くかのような静止。
しかし幻は幻でした。
現実では堀木はディオニス王に露骨なおべっかを使い、王は迷惑そうに苦笑し、メロス君は妹とその亭主と談笑し、先生はセリヌンティウス君相手に講釈を垂れ、ヒラメはゲロを吐いていました。
誰も自分に関心を持っている者などおりません。無理もないでしょう。
自分はとうに終わった人間。
黙って座っているだけでもそれが人には伝わるのだと分かると、むしょうに哀しくなり、浴びるように酒をあおりました。
そして意識を失くしました。
~~翌朝~~
葉蔵「うう……頭痛い…… こんなひどい二日酔いは久しぶりだ」
メロス「お目覚めですか」
葉蔵「君は…… ここで何してるの」
メロス「葉さんがフライングしないように見張ってるんでるよ。まあ水でも」っ水
葉蔵「ありがとう」グビ
メロス「昨夜は葉さん途中で寝ちゃいましたねぇ。残念でした。あれから大盛り上がりだったんですよ!」
訂正
>>21
「見張ってるんでるよ」→「見張ってるんですよ」
・・・・・・・・・・・・・・
~~前夜、宴たけなわ~~
太宰「本人が潰れちゃったのをいいことに、では葉ちゃんの物まねコーナー!」
堀木&メロス「ウォォ~~~!!」
太宰「まずメロスから」
メロス「は、じの、おおいぃぃ、しょぉうがいをぉぉぉ、おく、って、きま、したぁぁぁ」(無理矢理ハスキーヴォイス)
堀木「ギャハハハハハハハハハ!!!!」
太宰「お前少しうるさいよ。じゃ堀木」
堀木「恥の……多い生涯を……送ってきました」(無理矢理沈痛な面持ち)
太宰「その『……』は何だ」
堀木「哀愁がにじみ出てませんか?」
太宰「ふざけてるだけだろ。次は?」
メロス妹「は、恥の多い生涯をっ、送ってきましたっ!」ポッ
堀木「きゃわゆいいいいいいいい!!!」
ディオニス「恥の多い生涯を、送ってきました!」(ドヤ顔)
堀木「王様だと無駄に風格があり過ぎですよ!」
ディオニス「まあ、無駄でもないがな」
太宰「だめだめ。俺が手本見せてやる」
一同「お?」
太宰「恥の多い」「生涯を」「送ってきました」キッパリ
メロス「洒落になってねぇぇwwwwwwww」
堀木「やばいっすよ先生wwwwwwww」
セリヌンティウス「はぁー。恥の多い生涯を、ま、送ってきましたかね」フッ
メロス「お前、軽過ぎだろ。葉ちゃん怒るって」
セリヌンティウス「今どきの若者なんてこんなもんよ。弟子よ、お前何書いてるんだ?」
フィロストラトス「額に入れて飾ったらどうでしょう」っ色紙
はぢのおおい
しょうがいを
おくってきました
よーぞー
一同「ギャハハハハハハハハハ!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・
メロス「……てな具合でしてね」
葉蔵「」
葉蔵「人をオモチャにするのがそんなに面白かったかい?」
メロス「そりゃあもう!」
葉蔵「っぷ…… ちょっと吐いてくる」
ゲロゲロ
メロス「大丈夫ですか?」
葉蔵「うう…… たぶんまた吐くと思うけど」
メロス「私の時よりはるかにひどい二日酔いですね」
メロス「ところで重ねて注意しておきますけど、日没前にゴールインできても竹一が『ワザ、ワザ』って言ったら葉さんの負けですからね」
葉蔵「あいつがそれ以外の言葉口にするのかな……」
メロス「『ガチ、ガチ』とか言えば、葉蔵さんの勝ち。さて、東の空が明るくなってきましたね。私の時とは全然違っていい天気だ。いつスタートしても結構ですよ」
葉蔵「だめ。あと10分寝かせて」
メロス「そりゃ、どれだけ寝てても構いませんけど。後で取り返すのが大変なだけで」
葉蔵「ねえメロス君」
メロス「何でしょう?」
葉蔵「君さ、途中で挫折しかけたよね」
メロス「ああ、ありましたね」
葉蔵「その時にさ、やっぱり、『ここで少し心が折れたふりをすりゃ、俺のドラマも真実味が増して箔がつくだろ』とか考えなかった?」
メロス「……いくら葉さんでも、今の言葉は聞き捨てなりませんね。撤回してください」
葉蔵「ごめん。謝るよ」
口では詫びを言いながらも、感情を押し殺しているようなメロス君の無表情を見て、自分は内心ほくそ笑んでいました。
彼がどんな反応を示すか見たくてたまらず、メロス君を刺激するのを承知で口にしたのです。
脳病院に入れられてからというもの、この種の投げやりな図々しさというか、図太さが身に付いたのは確かです。
どちらにしろ、終わってしまった人間の退屈しのぎでしかないのですが。
なんだかんだ言って、自分はベッドに1時間ほどぐずぐずしてから出発しました。
久しぶりに飲んだ葡萄酒が美味かったせいか、底なしに飲んでしまった報いが五体をがんじがらめにしていて、外へ出るなり目まいに襲われる始末です。
走り出してすぐに気分が悪くなり、道端にその日二度目のゲロを吐きました。
太陽はその勢いも盛んとなり、ギラギラした日差しを浴びてほんの5分も走らないうちに汗だくになりました。
袖なしのシャツと半ズボンという軽装にもかかわらず、これほどにも発汗を強いられるとは。
自分は、大嫌いだった体育の時間の現実を、まるで前世のことのように忘れていたのです。
さて、この日の催しは住民に周知されていたようで、沿道では詰め掛けた観衆がしきりに声援を送り、小旗を振ってくれているのですが、本当に申し訳ないことに自分は廃人なのです。
廃人の情けない走りが晒しものになっているようで、いたたまれないことといったらありません。
「葉ちゃん頑張れー!」
「ファイトォー!」
それでも、よろよろ走っているうちに頭痛も引いて、昨夜の酒が少しずつ抜けてきたのを実感できるようになりました。
走るというのはいいもんだな、などと思う余裕も生まれました。
暑い中にも、時折吹き付ける風が心地よく感じられたりもいたします。
(日本へ帰ったら、こうして時々走ったりしてみようか)
そういう、身の程知らずな思い付きにとらわれたのも束の間。上り坂となると、たちまち足が進まなくなりました。
息が切れて、その場に膝を着いてしまいました。
前を見ると、坂が羊腸と丘の上へ続いております。
(あれを上るのか。アルプス越えを前にしたカルタゴの兵士の気分だ)
(……いいや。千里の道も一歩からと言うではないか。まだ正午まで間がある。一歩一歩の積み重ねが大事……)
自分は立ち上がり、走るのはあきらめて歩き出しました。
それにしてもこの暑さ。
メロス君の時より条件がいいとはとても思えません。
丘を越えるまでにまた一回吐き、しばしうずくまってから立ち上がりました。
ようやく下りに入ってからは、少し楽になったと感じられ、調子に乗って足を速めました。
そしてしばらく走っているうちに、目の前に川が現れたのです。
(え…… 昨夜は雨なんか降ってなかったのに、この濁流は何だよ)
川岸に立て札が立っていて、こう書かれています。
『メロスは濁流を泳ぎ切った。よって、同条件を設定するため水源地のダムから水を放流する。上流の橋を使った場合は失格とする! 以上 大会事務局』
百匹の大蛇のように荒れ狂う濁流とはこういうものかどうか知りませんが、とても自分には泳ぎ渡れるどころか、足がつくかどうかも定かではありません。
何を隠そう、自分は泳げないのです。
さあどうしたものか。でもこの時、頭というより体で感じたことがありました。
(この暑さだ。水の中に入ったら気持ちよくならないかな?)
そう。
コペルニクス的発想ではありませんが、横着者の思い付きというのはどうしてどうして、馬鹿にできないところがあるのです。
自分は恐る恐る、水の中に足を入れてみました。
するとそれが、火照ったふくらはぎにひんやりと心地よいではありませんか。
自分は足元に注意しながら、さらに腰まで水の中に進み入りました。
濁流といっても、体ごと持っていかれるほど激しいものではありません。
たちまち、メロス君が挑んだ濁流がそんなにも大層なものだったのか、あれは多分に自分を英雄視させたいがための誇張だったのではと、不届きな思い上がりが頭をかすめたりいたしました。
(ああ、でもこの水は気持ちがいい。昨夜の酒を体から洗い流してくれるようだ……)
頭から水をかぶってみて、ますますそう実感しました。
おまけに水の勢いは次第に衰え、胸まであった水かさも、いつの間にやら膝の上ほどになってしまったときには、かえって物足りないように感じたくらいです。
そうやって難なく対岸に上がると、その先は峠道です。
時刻はとうに正午を過ぎていましたが、上り坂を駆け上がる力などありません。
先だってのように足腰に鞭打って、這うようにして峠に着きますと、次の難関、山賊が待ち構えておりました。
山賊1「待て」
葉蔵「ああ、皆さんだね。あんたたちと戦わなきゃいけないの?」
山賊2「戦えとは言わない。持ち物全部置いていけ」
葉蔵「別にいいけど」
山賊3「命までもか?」
葉蔵「うーん。まだ死にたくはないな」
山賊1「……そうあっさりした態度じゃ困る。そこに棒切れが落ちてるだろう?」
葉蔵「これ?」
山賊1「そうだ、それを拾って俺たちと戦え、『正義のためだ!』とか何とか言って!」
自分がその棒切れを拾い上げますと、さっそく山賊の一人が「うっ、やられたあ」とか叫んで倒れます。
もう一人の山賊が、まるで蠅でも止まるかと思うようなゆっくりした動作で棍棒を振り下ろし、自分がよけましたら、これまた随分と大げさな叫び声を発してバッタリ倒れたのでした。
最後の一人は「ひいい、お助けを」などと言って、走り去ってしまいました。
子供時分、下男たち相手に演じたお道化芝居の方がまだ念が入っていたと思うような馬鹿馬鹿しさでした。
何のことはありません。
これでは、メロス君山賊相手に大活躍の段を、極めていい加減に再現したアトラクションではありませんか。
こんなので竹一が「ガチ、ガチ」などと言ってくれるのか。
でも彼らがお膳立てしたことですから、自分は黙って受け入れる以外にない。
そう考えて、また走り出しました。
そう、ただでさえこの暑さなのですから。
その先の下り道は一気に駆け抜けたいところでしたが、足はふらつき、耐え難い暑気にやられて、とうとう倒れ込んでしまいました。
普段運動などしない人間の哀しさ、ついに力を使い果たしてしまったのでした。
それでも、おおよそ行程の3分の2は踏破したわけですから、昨日までの自分には想像もつかない奮闘ぶりと言ってよいでしょう。
あのメロス君が全力で走り切った行程の3分の2。
それだけの距離を、このお道化崩れの廃人が走り、メロス君には力及ばず敗れ去った。
もういい。
一度は脳病院に収容された、人間失格の自分には十分過ぎるくらいの努力をしたのだ。
でも、……もう津軽には帰りたくない。
そう思った瞬間、あれほどやりきれなかった午後の日差しが、なんともかけがえのないものに感じられたのでした。
ああ。
自分は自分自身を裏切り、周囲の人々を裏切り、そして今、このシチリアの太陽をさえ裏切ろうとしている。
いいではないか。自分はずっとそういう人間だった。
これからもそういう人間として、厚顔無恥に生を繋いでいくのだ。
堀木にしろ先生にしろヒラメにしろ、帰りの旅費は勝手に工面するがいい。
そうやって草むらの上に仰向けに寝そべり、薄ら笑いを浮かべて目をつむっていたところ、昨夜の宴席にいたメロス君の妹の顔が唐突に瞼の裏に浮かんでまいりました。
(27年積み重なってきた自分という人間の穢れが、ついにこの土地にも流れ出し、あの人の足元にも届くのだろうか?)
その時、実に不思議なことが起こりました。
愚か者の足に力がみなぎり、自分は立ち上がったのです。
間に合わねばならぬ。
自分は、真実を示さねばならぬ。
生涯に最初の、もしかしたら最後になるかもしれぬ真実を示さなければならぬ。
いいや、それと引き換えにこの命が尽きて何の悔いがあろう。
自分はとうに終わった人間。失うものなど何もない。
メロス君には友の信頼があった。
もとより自分には、そんなものはありはしない。
でも、自分は走り出してしまった。
(走り出してしまった者には、走り出した責任があるのだ。俺は、走り出したことの真実を、示さねばならないのだ!)
それから自分は、風になりました。
夕日が沈むのを追いかける風に。
野原の宴席をぶち壊し、犬を蹴飛ばし、伝説の英雄にでもなったかのように疾走したのです。
蹴飛ばされて文句を言う者はおりません。
あれが今回の走者、大庭葉蔵というのは誰もが知っていて、自分は罵声ならぬ声援を背後に聞きながら、死にもの狂いで走りました。
シラクスの塔が見えてきたところで、喀血しました。
しかし、東京で雪の上に日の丸を描いて以来、喀血に驚く自分ではありません。
まだ間に合う、自分は足に最後の鞭を入れてゴール地点を目指しました。
すると、並走して話しかけてくる者がおります。
ヒラメ「あなた、いったいどうしたんです? 死ぬつもりですか? 血を吐いてるじゃないですか!」
葉蔵「いいじゃない死んだって! あんたも厄介払いできるだろう?」
ヒラメ「冗談じゃありませんよ! こっちの身にもなってください。私がついていながらあなたに死なれたんじゃ、ご一統様方から何言われるか分かったもんじゃない!」
葉蔵「申し訳ないね」
ヒラメ「本当にあなたという人は…… 全く、変なところで依怙地になるんだから。いいですか? はっきり言いますけど、世の中万事自作自演なのはご自分が一番分かってるでしょ?」
葉蔵「分かってるつもりだったね!」
ヒラメ「ですよね! だったら自演でなかったら何になります? そういうのをね、『モグリ』って言うんですよ! 違いますか?」
葉蔵「それで大いに結構だよ!」
ヒラメ「困った人だ…… ならご存分に、気の済むまで走りなさい、わたしゃ知りませんよ!」
ヒラメは後ろに遠ざかっていきました。
何か恐ろしく、大きいもののために走っている──そう言ってもよかったのでしょうか。
間に合う間に合わぬが問題でなかったのは確かです。
沿道から声援を送る観衆の中から、一人の可憐な少女が飛び出してきました。
少女「葉蔵さんあなた、どうして真っ裸ではないのです?」
葉蔵「確かに暑いが、裸になるほどでもないからね」
少女「でもそれでは、メロスさんの時みたいに、私がこのマントを着せてあげられないじゃないですか!」っマント
葉蔵「気持ちはありがたい。だが生憎僕は、メロス君のような健やかな肉体を持ち合わせていないのでね。こんな貧相な裸体を皆さんに見せつけては申し訳ないよ」
少女「では、どうあっても真っ裸にはおなりにならないのですね?」
葉蔵「ああ。そんなわざとらしい真似はできない」
少女「わざとらしいですって!?」
葉蔵「そうだ、わざとらしいよ!」
少女「ひどい! 本当に分からず屋さんなんですね!」
少女も離れていきました。
仕方がない、メロス君の時とはだいぶ事情が違う。
自分はそのように理解していました。
今回は行く手を塞ぐ群衆もおらず、自分は遮るもののない道を、歓呼の声に包まれて命の限り前進するのみなのです。
そして自分はメロス君と同じように、まさに夕日の最後の一片が消える間際に会場に駆け込んだのでした。
自分は満場の拍手で迎えられました。
会場となったスタジアムの奥に、仰々しく磔柱に縛られた竹一がおります。
堀木「やったな色魔!」
ディオニス「間に合ったか、よくぞ走り通した! では、人質と抱擁を交わしてくれ!」
葉蔵「竹一。僕は真実を通した。どうか認めてくれ。生まれて初めて、僕は本気で戦った。違うかい?」
竹一「」
葉蔵「どうなんだ?」
竹一「ワザ、ワザ」
葉蔵「」
ディオニス「残念じゃったのう。帰りの旅費は自分持ちじゃ。まぁ、よく頑張った」
メロス「よかったら来年も来てくださいね!」
堀木「残念だったな。だが俺たちの旅費は借金してでも工面しろよ…… おい色魔?」
葉蔵「ククククク……」
ディオニス「何が可笑しい?」
葉蔵「皆さん。お忘れのようですね。この僕が、太宰世界の魔王だということを!」
メロス「! しまった……」
堀木「? どっかから注射器取り出しやがったぞ」
太宰「む!? いかん! あれはカルモチンとモルヒネの混合薬! だめだ、それを奴に投与させてはならん、絶対に! 止めろぉぉ!」
葉蔵「もう遅い!」ブスッ
ゴゴゴゴゴゴ……
ヒョォォォォォォ……
群衆男1「風が出てきたな」
群衆女1「寒い……」
群衆男2「見ろよあの黒雲! あんなの、生まれて初めてだぜ!」
群衆女2「……雪? こんな季節に雪が降りだすなんて!」
兵士「王様あれを!」
ディオニス「何? いつも美しい地中海のコバルトブルーが!」
メロス「みるみるうちに灰色に染まって……」
堀木「これじゃあ真冬の日本海だァ!」
太宰「ヘノモチンで封印していた力が解き放たれてしまったか……」
葉蔵「ふふふ。だから僕を、こんな場違いな土地へ連れてくるべきではなかったのです。すべては僕を甘く見ていた、あなた方の責任!」
ヒョォォォォォォ……
群衆男1「風が出てきたな」
群衆女1「寒い……」
群衆男2「見ろよあの黒雲! あんなの、生まれて初めてだぜ!」
群衆女2「……雪? こんな季節に雪が降りだすなんて!」
兵士「王様あれを!」
ディオニス「何? いつも美しい地中海のコバルトブルーが!」
メロス「みるみるうちに灰色に染まって……」
堀木「これじゃあ真冬の日本海だァ!」
太宰「ヘノモチンで封印していた力が解き放たれてしまったか……」
葉蔵「ふふふ。だから僕を、こんな場違いな土地へ連れてくるべきではなかったのです。すべては僕を甘く見ていた、あなた方の責任!」
堀木「うわ…… なんて吹雪だ、一寸先も見えねえ…… お前、このシチリア島を津軽に変える気かよ!」
葉蔵「何とでも言いたまえ! さあ吹き荒れろ吹雪! 太陽と青空のシチリアを、雪と氷の中に閉ざしてしまうがいい!」
ディオニス「ああ、止めてくれえ、この吹雪を止めてくれえ!」
堀木「おい、竹一が凍えてるぜ! 歯の根が合わなくなってガチガチ言ってる!」
竹一「ガチ、ガチ」
葉蔵「だから遅いって」
ビョオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・
ディオニス「ああ、わしの町が、シラクスが、雪に埋もれていく…… 神よいったい、これは何の罰なのですか!?」
葉蔵「ふははははははははははははは!!!」
今は自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、いっさいは過ぎて行きます。
完
追記
原作への限りないリスペクトを込め、「脳病院」「廃人」等の記述はそのまま使用いたしました。
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