腹痛──
読んで字の如く、腹が痛いことを指す単語であるが、
本格的に腹痛が襲いかかってきた時のあの苦しみは、筆舌に尽くしがたいものがある。
あの恐怖感、あの焦燥感、あの孤独感。
まさに我々の最も身近に潜む生き地獄といえるだろう。
そして、腹痛に襲われた人間は、その多くが神にすがるといわれている。
そう、祈るのだ。
トイレ──
男「はうぅぅぅ~……」ギュルルル…
男(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!)
男(こんなに腹が痛いの、久々……いや生まれて初めてかも!)
男(いてぇよぉ……)
男(腹ん中でハリネズミが暴れてるような……そんな痛みだ!)
男(陣痛の痛みを10とすると……これはきっと15ぐらいはあるな! うん!)
男「はうぅっ!」ギュルルル…
男「ハァ、ハァ、ハァ……」ダラダラ…
男(汗やべぇ……。冷や汗っつうのか? 脂汗っつうのか?)
男(どんどん出てくる!)
男(額とか、さわってたしかめるまでもなくビショビショになってんよ~)
男(汗のせいで、体冷えたら、ますます腹痛くなるんじゃ……)
男(いてぇ、いてぇよぉ……)
男(なんで? なんでこんなことになった? 俺がなにしたってんだ?)
男(変なもの食った? 消化不良? 寝冷え? それともなにか病気?)
男(どれも思い当たるけど、どれも思い当たらん)
男(あ、ダメだ……原因を究明しようとすると、ますます腹が……)
男(ハリネズミが、ハリネズミがぁぁぁ……)
男(チクチクすんなぁぁぁ……)
男(落ちつけ! 冷静になるんだ俺!)
男(とりあえず、痛みを抑えることだけを考えろ!)
男(ゆっくり、深呼吸だ……)スーハー…
男(おお、痛みが……痛みが鎮まっていく!)スーハー…
男(…………)
男(が、駄目っ……!)ギュルルル…
男(いだだだだだっ! あががががががっ!)ギュルルル…
男(深呼吸で腹痛がおさまりゃ、苦労はせんわなぁ……)
男(つうか、腹式呼吸まがいのことしたせいで、ますますひどくなってきた!)
男(汗もますます出てくるし……)
男(これは……ヤバイんじゃないか? 実はとっても重症なんじゃないか?)
男(このままここで死んでしまうんじゃないか……?)
男(きゅ、救急車……呼ぶ?)
男(だけど呼んで、来るまでの間に治っちまったら最悪だ!)
男(救急隊員が怒りのあまり、俺に腹パンを……)
男(なんて下らない妄想してたら、また痛みが……! あだだだだ……!)ギュルルル…
男(ああ……どうしてこんなことになったんだよ)
男(そりゃ俺、決して優れた人間じゃないけど)
男(だけど、こんな目にあうほど悪いことだってしてないはずだぜ?)
男(安全運転するし、落ちてる財布は届けるし、席だって老人にゆずる!)
男(あ、だけど、こないだ100円玉拾ってネコババしたな……)
男(硬貨って汚いから、あの時ついたバイキンが俺の腹の中に入って……)
男(あだだだだだ……!)ギュルルル…
男(ダメだ! 思考で痛みをごまかそうとしても、結局腹痛にたどり着く!)
男(どうあがこうがバッドエンド……!)
男(ああ……あああああ……どうかお願いです)
男(この苦しみから解放されるなら! どんなことでもします!)
男(だからお願いします、神様!)
男(痛みを、痛みを、消して下さい!)
男(神様、助けてぇ~~~~~~~~~~!!!)ギュルルルルル…
脂汗まみれの男の祈り、果たして届くのであろうか!?
天界──
神「知るか」
天使「ず、ずいぶん冷たいんですね……神様」
神「当たり前だ」
神「この人間、普段は神なんか信じておらん。むしろ無神論者を気取っている」
神「天に届くほどの強烈な祈りも、あくまで一時的なものにすぎん」
神「仮に助けてやったところで」
神「神に祈ったことなど、トイレから出ればすぐさま忘却の彼方」
神「なぁんだ大したことなかったんだと、腹痛の苦しみさえ忘れる」
神「こんな人間、わざわざ私が助けてやる価値などない」
神「どうせ、あと2~30分もすれば便が出て、回復するだろうしな」
天使「……そういうものですか」
トイレ──
男「はぁ~……出たぁ~……! スッキリしたぁ~……!」パァァァァ…
男(なんかこう、体内にたまってた悪いもん全部出せたって感じだ)
男(ケツはまだヒリヒリするけどな……)
男(下痢すると、なんでこんなにケツ痛くなるんだろ)
男(たしか下痢って、かなり強い酸性かアルカリ性だったからって昔教わったな……)
男(ま、もうどうでもいいや)クイッ
ジャァァァ……
その後──
友人「ううう……」ギュルルル…
男「どうした?」
友人「いや、なんか腹の調子がさ……」
男「んなもん、正露丸飲めば治っちまうよ! 腹痛くらいでだらしねーな」
友人「あ、ああ……」
友人「でもなんかこう、神様にもすがりたくなる痛さなんだよ……」
男「神なんかこの世にいやしねーよ!」
男「信じる者は己だけ! 神にすがるなんてのは弱い奴のすることさ!」
天界──
神「な?」
天使「……みごとなまでの変わり身っぷりですね」
天使「さっきまでは人生の終わりといわんばかりに苦しんでたのに……」
神「人間とは、しょせんこの程度のものなのだ」
神「まともに付き合っていては、余計な仕事ばかりすることになるぞ」
天使「はい……よく分かりました!」
神「さてと……では女神と食事会の約束をしていたのでな。少し出てくるぞ」
天使「行ってらっしゃいませ!」
──
────
──────
男「あうぅぅ……」ギュルル…
男(な、なんだこの痛み!? こんな痛み、生まれて初めてだ!)
男(まるで腹ん中で、硫酸でできたスライムが暴れ回ってるような……)
男(ト、トイレへっ!)ダダダッ
トイレ──
男(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!)ギュルルル…
男(神様……助けて下さい!)
男(この痛みを消し去って下さったら、今後どんなことでもいたします!)
男(神を永久に信じます! 神のために生きます! いえ、神のために死ねます!)
男(どうか……どうかぁぁぁ……!)
男「!」パァァ…
男(な、なんだ!?)
男(ホントに一瞬で痛みが消えちまったぞ!? ぶり返してくる気配もない!)
男(まさか、ホントに神様が……!?)
男(いや……まさかな……)
男(大した腹痛じゃなかった……ただそれだけのことさ……)
天界──
神「…………」
天使「神様、どうして今日はあの人間を助けたんです?」
神「うむ……」
神「実はな、先日女神が作ってくれたメシがあたってしまい」
神「女神ともども“腹痛”なるものを初体験したのだが」
神「あれほど苦しいものだとは知らなかったものでな……」
神「これからはバンバン助けていこうと思う!」
天使(神もしょせんはこの程度ってことか……)
おわり
週末お腹を壊してしまったので腹痛SSを書いてみました
これからの季節は食べ物に気をつけましょう
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