伊58「は!?休み!???」 (38)
―――先先日から唐突に出撃回数が減り不審に思っていた伊58の耳に飛び込んできたもの
―――それは『潜水艦によるオリョール海への継続的出撃作戦の一時休止』
―――すなわち、事実上の休暇の報せであった!!!
伊58「にわかには信じがたいでち……」
伊58には信じられなかった。
提督はあんなことを言っているが気休めに過ぎず、どうせ明日の朝になればまた出撃なのだと思わずにはいられなかった。
いくら恨み言をぶっ叩き並べても改善されることのなかった連続出撃。
1にオリョクル2にオリョクル、寝ても覚めてもオリョオリョクルクル、3、4もオリョクル。
泣いても笑っても潜り続けた泥沼の……いやオリョ沼の日々からそう簡単に開放されるわけがないという考えが体中を支配しているのだった。
伊58「そんなはずないでち…………ゴーヤは明日からまたオリョクル、潜り続け撃たれ続け回収して帰るだけの人生」
伊58「……いや、艦生?よくわからないでち。生きるってなんなんでち」
伊58には信じられなかった。
これから休暇という事実も、
改めて休暇を前にすると具体的な休み方のプランの一つも思い浮かばないというもう一つ事実も、
両方とも信じられなかったのだった。
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御存知の通り、伊58を程よく中破させお腹を撫でつつ休暇を全うしてもらうスレ。
伊58は苦悶していた。
端的に言うと休暇を甘く見ていたのだ。
意味がわからなかった。
潜水艦に特別に持たされたオリョクルブザーによって毎日飛び起きていた伊58にとって
自分の意志で起きる時間を決められるという事実はベッドの上で苦悶するに十二分に足るインパクトだった。
そもそも……
伊58「あれ……、ゴーヤ、いつもどうやってベッドから降りていたっけ」
ベッドからの降り方がよく思い出せない。
いつもはどうやって降りていたのか、毎度毎度熱した鉄板から逃れるかの如くベッドから降りていたのでよく思い出せない。
伊58「そうだ、まずは身体を起こさなきゃ……」
伊58がベッドから降りて床に立つのはそれから30分の時間を要した。
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マルロクマルマル
間宮食堂
伊19「ひっさしぶりの休暇なのね~」
伊168「なんだか逆に落ち着かないわ」
伊8「それ、わかるかも」
伊58「…………」フラフラ
伊58「…………」
伊19「あっ、ゴーヤ……」
伊168「なんかフラフラしてるわね」
伊8「こっちきて、一緒に朝ごはん」
伊58「あ、…………ハァ……」フラフラ
伊58「うん……わかった…………、ッッ!」ガンッ
伊58(小破)「」
伊19「うわっ、なにもない所でこけてるの!」
伊168「ちょっと、どうしたの?」
伊58(小破)「い、いや、……ちょっと歩き方忘れちゃっただけでち」
伊8「ゴーヤ、寝ぼけてるの?」
間宮「はーい、ゴーヤちゃんたちおはよう」
潜水艦ズ「おはようでち」
間宮「今朝は洋食と和食選べるけど、どっちが良い?」
伊58「あー…………」
伊168「じゃあ、私洋食でお願いします」
伊19「イク洋食がいいのー!」
伊8「私も洋食で」
間宮「了解したわ~」
間宮「あとは…………ゴーヤちゃんは?和、洋?」
伊58「えっと……」
間宮「……?」
伊58「うーん…………」
伊8「どうしたの?」
伊58「……」
伊58「じゃあ、和食でおねがいでち」
間宮「はーい、ゴーヤちゃん和食ねー」
伊58「…………」モシャモシャ
伊58「…………」モシャモシャ
伊8「え、えっと」
伊168「ご、ゴーヤ?凄いぼーっとしてるけどどうしたの……」
伊58「あっ……うん」
伊19「なんだかゴーヤ今朝からずっと変なのなの、なにかあったのね」
伊58「……うーん」
伊19「せっかくのお休みにそんな顔してると幸せ逃げちゃうの」
伊58「お休み…………そう、お休みなんだね、今日」
伊8「そうだよ。今日は久しぶりのお休み」
伊168「一体何時ぶりなのかしら?」
伊58は困っていた。
今日が休みだと言われてから色々なことが空回りしているからである。
部屋から出るだけで凄く時間がかかったり、食堂に来る道中いろんなことが頭に浮かんで考えがまとまらなかったり。
今朝からずっと不思議なモヤが頭を包んでいるように。
それに間宮食堂のご飯が美味しい。
この食堂のご飯は毎日食べていたはずだった。
でも、こうやってご飯の味をしっかりと感じることはまるで前世の記憶のように寂しくも温かく感じられてしまった。
昨日だって一昨日だって、ここでご飯を食べていたはずなのに。
もうずっとずっと食べていなかったかのような気持ちになっていた。
伊58「ゴーヤ、なんだか実感沸かなくて」
休みってなんだろう
◆伊58、休みを知る
当たり前のことが当たり前じゃなくなることを人間の世界では非日常というらしい。
今までそこにあったものが無くなったり今まで普通に出来ていたことができなくなったりすること。
当たり前が当たり前じゃなくなること。
私達艦娘にとってもきっとそれが非日常なんだと思う。
例えば……
『昨日食べたご飯の味』が思い出せないことは今にして思えばゴーヤの日常だった。
でも、明日のゴーヤは多分『昨日食べたご飯の味』をきっと思い出せる。
つまり、今日のご飯の味はゴーヤにとって非日常と日常の重要な転換点。
私は伊58。
伊号型潜水艦という潜水艦の心を持った艦娘で…………ってよく分からないよね。
でもこれも私にとっては日常なんだよ。
昨日も一昨日も私は伊号型潜水艦の伊58だったし、きっと明日も明後日もそうなんだと思うしね。
今は大規模な別作戦があるからっててーとくから休暇を言い渡されちゃった。
これが私にとっての非日常。
そして、最大の難関。
お休みを貰って初めての朝は緩やかに過ぎていった。
潜水艦の皆とご飯を食べた。明日の自分にとっての昨日のご飯。
間宮さんのご飯はどれも美味しくて、お味噌汁の味は心が暖かくなった。
島風「しまかぜがいっばーん!ごちそうさま間宮さん」
間宮「はーい、お粗末さまでした。早く食べるのも良いけど味わって食べるのも重要よ?」
島風「フッフーン、しまかぜは味覚の処理も超速だから大丈夫なんだよ」
連装砲ちゃん「せやで」
間宮「あっ、潜水艦のみんなも食べ終わったかしら?」
伊168「ごちそうさまでした」
伊8「美味しかった」
伊19「なの!」
島風「あれ?潜水艦ズだー。今日はゆっくりだね?いつもの早さはどうしたの?」
伊58「お休みをもらったんでち」
島風「へぇーー!めっずらしーね!じゃあねー!」スタタタタ
連装砲ちゃん「ほな」スタタタタ
伊8「行っちゃった」
伊58「行っちゃったね……」
伊19「あいかわらずとっても自由なのね」
伊58「あはは……」
島風ちゃんはとても自由な艦娘だった。
それなりの大所帯であるうちの鎮守府の中でもとりわけて自由でマイペース。
駆け抜けるフリーダムというあだ名もあるらしいけど、本人がそれを知っているかは謎でち。
ゴーヤが帰投する時にたまに鎮守府内を走り回っているところを見かけることもあるかな。
伊58「このあと……どうしよう」
伊8「私は部屋で本が読みたい、かな」
伊168「出撃続きで満足に本も読めてなかったもんね」
伊19「イクはどこかに遊びにいきたいのー」
伊58「ゴーヤは……」
私にとって今日という日は特異点。
何も予定がなくて、何をすればいいのかもわからない。
頭を振ったらからんころんと音がするほど何も思いつかない。頭がピーマン。つまり空っぽ。
何かが起こるときはいっつも突然よね。こんな急にお休みだなんて……。
そして、これもまた突然だった。
スタタタタタタ
スタタタタタタタタタタッ
島風「びゅーーーーーん」シュンッッ
ズゴアッ
伊58「うべっっ」ズドォッ
伊168「何!?なんか通り過ぎた!?」
伊8「ソニックブーム……!!?」
伊19「ご、ゴーヤちゃんが吹っ飛んだの!!」
伊58(中破)「一体何が……で……でち……」バタリ
疾きこと島風の如し……
鎮守府を一周して帰ってきた島風の起こした衝撃波が直撃したゴーヤは、何が起こったかよく分からないうちにふっ飛ばされていた。
島風「ばびゅーーーん」
連装砲ちゃん「堪忍な」
駆け抜けるフリーダムは今日も自由に鎮守府に吹き荒れる。
島風(鎮守府周回5週目)「ばびゅびゅーーーん」スタタタタ
島風「って……あれ?」
伊58(中破)「」チーン
気づいたらゴーヤは入渠ドックの中にいたでち。
目を開けると島風ちゃんがゴーヤのことを心配そうに覗きこんでいた。
普段から半分閉じているような不思議な目(いわゆるジト目)をしていると思っていたけど、よく見ると結構大きくてくりくりとした目をしているように感じられた。
島風「あ、起きた」
島風「ごめんねゴーヤちゃん、しまかぜがはやすぎちゃって(衝撃波で)蹴飛ばしちゃったみたい。当たった感触はなかったんだけど……」
伊58「……?……??」
正直この瞬間は事態を把握しきれていたなかったでち。
気がついたらドックの中。
気がついたら島風ちゃんの大きな瞳。
よくわからないままその瞳と見つめ合うだけの時間が流れて……
島風「んーー、大丈夫?」
ふわっと島風ちゃんの香りが漂ってくる程度まで顔がよせられた時、ようやく私は我に返った。
伊58「うひゃぁ」
なんともへんてこな声が出た。
聞いたところによれば、島風ちゃんも今日はお休みらしい。
出撃も無く有り余った元気に任せて鎮守府を爆走していた所、運良く(運悪く)通りかかったゴーヤに衝撃波がズドン。
そもそも衝撃波とは何事か、速いと自負するだけはある島風ちゃんだけど只者ではなさ過ぎるのでは?
事態の把握が出来た所で島風ちゃんは
島風「ごめんね……。怪我大丈夫だった?」
謝罪と共にゴーヤのことを気遣ってくれているようだった。
自由な艦娘として知られていようとも、島風ちゃんはいい子なんだな。
伊58「大丈夫だよ。気づいたらドックだったし……、それに、なんだかここも落ち着くしね。職業病かな?」アハハ
島風「あはは」
伊58「…………」
島風「……」
我ながらあんまり笑えない冗談だと思ったでち。
伊58「島風ちゃん」
島風「……んー?なぁに」
伊58は、会話が途切れた後もなんとなくそばに居てくれる島風ちゃんに質問をしてみる。
伊58「島風ちゃんは、お休みの日ってなにしてるの?」
スマンかった。もう無理だ。
またいつか伊58のお腹を撫でるために帰ってくる
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