撫子「私たちみんなの妹」 (32)
休日の昼下がり。
今日の大室家はとても静かだった。なぜなら櫻子がいないからだ。
櫻子がいないことに加えて、櫻子とよく喧嘩するひま子もいなければ、櫻子とよくもめる花子もいない。中学生二人は友人の家にお呼ばれして朝から出かけているのと、花子も急な誘いがあって昼ごろに家を出た。
今日この家にいるのは、私・大室撫子と……おとなしいお客さんがもう一人。
楓「撫子お姉ちゃん、眠いの?」
撫子「ん……ああ、ごめんね」
ひま子の妹、楓が来ている。
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楓「眠かったらおひるねした方がいいの♪」
撫子「うーん……ちょっとだけ寝ようかなぁ。用事があったら叩き起こしてくれていいから」
楓「や、やさしく起こすの」
今日の古谷家は親が出かけているらしい。しっかり者のひま子がいるから大丈夫ということなのだろうが、当のひま子に昨日お友達の誘いが来たそうだ。
そこでは「妹が一人になってしまうのでちょっと……」と断ったらしいが、櫻子が「楓はうちのねーちゃんに任せればいいよ」と勝手な提案をし、しかしちゃんと二人で私の元にお願いに来たので、了解の旨を伝えた。
私は家から出るほどの用事もないし、花子もいるから問題ない。だが、花子もついさっき電話が来て友達に誘われたのだそうだ。「行ってもいいかな……」と上目使いで頼む可愛い妹を誰が断ろうか、後は私に任せてよと花子も送り出してあげた。
ということで、今は楓と二人っきりなのである。楓はおりがみで遊んでいるが、暖かい午後の日差しと昨晩の軽い夜更かしもあって、私はついに睡魔に負けた。
ソファの上で横になる。本当に眠いときには数分でもいいから寝た方がいいのだ。5分程度でも寝ればシャッキリできる。
しかし、楓が紙を折る優しい音と、机の上に置いてあるおやつのたまごボーロの懐かしい甘い香りは私に大きなリラックス効果をもたらし、少し目を閉じるだけのつもりがしっかりとした本眠へいざなわれてしまった。
責任もってあずかってるんだから寝ちゃいけない……でも楓は櫻子より賢いから少しくらい寝てても平気かも……そんな葛藤を繰り返しながら、私の意識は午後のひだまりに溶けこんでいった。
――――――
――――
――
―
―――夢を見た。
赤ちゃんを抱く夢。
それは私の初めての妹だった。
ひとりぼっちだった私が、ずっと欲しかった妹。
いつも私についてきてくれて、とっても元気に育った妹。
櫻子。
場面が切り替わって、今度は二人の女の子が目の前に現れた。
元気な子と、大人しい子。
櫻子とひま子だ。
出会った当初の二人は本当に仲が良かった。
私は二人のおねえちゃんになった気持ちでいた。
「ひまちゃん、今度私も、おねえちゃんになるんだよ!」
「そうなの?」
「もうすぐ妹が生まれるんだって!」
嬉々として話す櫻子。
景色が切り替わり、また私は赤ちゃんを抱いている。
私の両隣には、この赤ちゃんをだっこしたいとせがむ櫻子とひま子がいる。
赤ちゃんを見ながら櫻子を見ると、ああこの子もついこの前までは同じような赤ちゃんだったのにと、懐かしい気持ちになる。
そのきらきらした可愛い目は、櫻子と私の輝きを両方取り込んだかのようだった。
それが花子だ。
そして花子が使っていたベビー用品が、古谷家へ何品か渡った。
私が幼い花子を抱いて、櫻子がひま子の手を引いて、生まれたばかりのその子にあいさつをした。
ひま子が嬉しそうに抱きあげる。
櫻子が赤ちゃんごとひま子を抱いて、一緒に喜んでいる。
まだよくわからなそうな花子が、不思議そうにその光景を見ている。
私にとっては、もう四人目の妹。
それが、楓だった。
~
声が聞こえる。
優しい声だ。
「うん……うん、今おひるねしてるの!」
ああ、幼いころのひま子によく似た声だ。
この子の方が、ひま子よりも元気かもしれない。
そして、しっかりものだ。
「……え? うん、たぶん大丈夫なの!」
心優しいひま子に似て、元気な櫻子にも似て、しっかり者な部分は、もしかして私に似てくれたのかもしれない。
たくさんの恵みを受けて生まれてきてくれた、私たちの妹。
「楓はね、楓っていうの。うん……わかった、じゃあ待ってるの!」
~
とてとてと可愛い足音が聞こえる。
小さくて柔らかい手が、私を揺り動かす。
「おねえちゃん、撫子おねえちゃん!」ゆさゆさ
撫子「ん……あ、楓……?」ぱちっ
楓「撫子おねえちゃん、ちょっと起きてほしいの!」
撫子「あーごめんごめん……ふああ、一時間くらい寝ちゃったのか。もっと長く寝た気もするけど」
楓「あのね、ちょっと前にお電話が来てたの。撫子おねえちゃんの携帯に」
撫子「あーそう、電話ね、電話…………」
撫子「……え? 電話?」
楓「うん、でもその時は撫子おねえちゃんおねんねしてたから、楓が代わりにお話したの!」
撫子「え……誰から?」
楓「やえのさんって人なの。でも電話の向こうにはそのほかにも何人かいたみたいなの」
撫子「やえのさん……」
寝ぼけている私はまだ、事態をはっきり飲み込めていない。
やえのさん……八重野さん……
撫子「……って、ええっ!? 美穂!?///」
楓「それでね、撫子おねえちゃんはおひるね中だって言ったら、今から皆でこのお家に来るっていってたの」
撫子「皆で……!? この家に……!?」
楓「お電話がきたのが30分くらい前だから、そろそろ来ると思うの!」
撫子「そろそろ……みんなが……来る……!?」はっ
ぴんぽーん
撫子「っ!!」ぎくっ
楓「あっ、たぶん来たの!」
撫子「あーーあーあーいい! 私出るから、楓はここにいて……?」
楓「?」
撫子(やばい、なんでこんなことに……!)たたたっ
撫子「……はい」ぴっ
『なっでしっこちゃ~ん♪』
『『あーそーぼー♪』』
撫子「…………」
静かな大室家に、櫻子よりうるさい子たちがやってきてしまった。
~
楓「こんにちはなの♪」
「「「 か~わ~い~い~~~!!! 」」」
撫子「…………」
美穂「小さいのにすごいしっかりした子よねえ、電話の応対も完璧だったもの!」
めぐみ「とても6歳とは思えないよね~」
藍「めぐみよりしっかりものかもね」
めぐみ「ええっ!?」
撫子「……何しに来たの?」
美穂「え~そんなの決まってるじゃない!」
藍「楓ちゃんのお守りをしてる人がのんきにお昼寝してるって聞いたから……」
めぐみ「私たちが代わりに楓ちゃんの面倒を見てあげようと思って!」
撫子「…………」はぁ
美穂「ダメじゃない撫子、幼稚園児を預かっておいて居眠りなんてしてたら、危ないわよ?」
撫子「楓は賢いから大丈夫だよ……」
藍「でもその様子だと、ほんのついさっきまで寝てたみたいね?」
めぐみ「それじゃあ私たちが来た方が安全ってもんでしょ~」
楓「な、撫子おねえちゃん……楓めいわくかけちゃった?」
美穂「そーんなことない! 撫子はいつだってウェルカムガールなんだから」
撫子「なに、皆は今日一緒に遊んでたの?」
藍「それが偶然なのよねぇ」
美穂「私が普通に歩いてたらね、道の向こう側からすっごい可愛い子が歩いて来るのが見えて、わー可愛い子だな……って見てたらそれ藍だったのよ!」
撫子「何それ……」
藍「で、偶然会った場所がめぐみのバイト先の近くで、時間もちょうどよかったしお店行ってみない? って誘ったの」
めぐみ「私もちょうどバイトしてたからさ、そこに二人が入ってきて……もうすぐバイト上がるから待っててねって頼んだんだー」
美穂「それなら撫子も呼んで皆で遊ぼうって思って電話してみたら、まさかの楓ちゃんが出てくれたから……」
藍「じゃあ撫子のおうち行っちゃいましょうってなったの」
撫子「事情はわかったけど……私には楓もいるし、今日はみんなと遊べないよ?」
美穂「あら、撫子は遊べなくても楓ちゃんと遊ぶから別に平気よ」
撫子「…………」
藍「あら、折り紙やってたのね?」
めぐみ「たまごボーロ懐かしいなあ」さくさく
撫子「こら! それ楓のやつ!」
楓「大丈夫なの、楓もいっぱい食べたからおすそわけなの!」
美穂「まあまあ! 楓ちゃんは怖い撫子お姉ちゃんと違って優しいわねぇ」なでなで
撫子「誰が怖いって!?」
めぐみ「ひーー! それがこわいんだよ!」
撫子(まったくこの子たちは……)
~
美穂「ほら、くす玉の完成よ♪」
めぐみ「すごっ!!」
楓「こ、こんなの初めて見たの!」
美穂「私、おりがみだとくす玉しか作れないのよね」
撫子「すごすぎるでしょ……紙12枚も使って、ちょっとした民芸品レベルでしょ」
藍「こうやって遊んでると、小さいころを思い出すわねえ」
撫子「ところでさ、夜にはうちの家族も楓の家族もここに帰ってくるから、それまでには皆も帰ってね?」
藍「そうね。突然来ちゃった私たちも私たちだし、長居はしないわ」
美穂「じゃあ帰るまでにいっぱい楓ちゃんと遊ばないとね~♪」
楓「撫子おねえちゃんのお友達、みんな楽しいの!」
めぐみ「あぁ、よくできた妹さんだ……」うっうっ
撫子「……なんで泣いてんの」
美穂「じゃあこのくす玉楓ちゃんにあげるから、代わりにお姉さんたちの質問に答えてもらおうかな~」
楓「しつもん??」
めぐみ「撫子お姉ちゃんのこととか聞きたいな~」
撫子「か、楓に変なことさせんな!!///」ぺしっ
めぐみ「あたっ! べ、別に変なことじゃないでしょ!?」
藍「楓ちゃんは撫子お姉ちゃんのこと好き?」
楓「もちろんだいすきなの!」
撫子「何聞いてんの……///」
美穂「まあまあ、そんな変なこと言ってないじゃない?」
楓「撫子おねえちゃんは楓のおねえちゃんみたいだけど、お母さんみたいなとこもあるし、お父さんみたいなところもあるの♪」
めぐみ「あ~わかる~」
撫子「なんでわかるんだよ……」
美穂「信頼が厚いのねぇ」
藍「櫻子ちゃんや向日葵ちゃんがいるから、余計に大人っぽく見えるのかしらね」
めぐみ「私たちと12歳も離れてるんだもん、そうだよねえ」
美穂「撫子を動物で例えると何みたい?」
楓「ライオンのおかあさん!」
「「わかる~~!」」
撫子「わかるか!?」
めぐみ「撫子を色で例えると?」
楓「みずいろ!」
「「わかる~~~!!」」
撫子(私には……わからん……!)
――――――
――――
――
―
藍「それじゃあ撫子、またね」
めぐみ「楓ちゃん、また一緒に遊ぼうね~!」
楓「ばいばいなの!」
美穂「昼寝したからって、夜更かしはダメよ? ちゃんと早起きしなさいね」
撫子「お母さんかアンタは……そんなのわかってるよ」
めぐみ「じゃあね~♪」
ぱたん
撫子「…………」
楓「楽しい人たちなの!」
撫子「そうだね……」
楓「……撫子おねえちゃんごめんなさい。楓が勝手にでんわ出ちゃったから、急にこんなことになっちゃって……」
撫子「なっ……! か、楓が謝ることなんか何にもないよ。寝てる私が悪かったんだから」
楓「楓、めいわくなことしてない?」
撫子「なーんもしてないよ。私が電話出たって、たぶんあの子たちは勝手に来ちゃってたと思うし」
楓「そ、それならよかったの……♪」
撫子「……ふふ」
撫子「楓は、幼稚園で友達できた?」
楓「ようちえんはおともだち、いっぱいいるの!」
撫子「そっか……楓は良い子だから、きっといい友達たくさん作るよね」
楓「撫子おねえちゃんは、いい人にいっぱい囲まれてるね!」
撫子「えっ……?」
楓「櫻子おねえちゃんもいるし、花子おねえちゃんもいるし、みほおねえちゃんとかのおともだちもいるし……撫子おねえちゃんの周りはいつもにぎやかなの!」
撫子(…………///)
楓「楓も、撫子おねえちゃんみたいになれるかなぁ……」
撫子「……なれるよ。なんたって楓は、私たちみんなの妹なんだから」なでなで
楓「えへへ……///」
撫子「早く楓が大きくなったとこ、見てみたいな」
楓「じゃあ、いっぱいたまごボーロたべて大きくなるの!」
撫子「そうだね。今度また買ってきてあげるよ」
楓「撫子おねえちゃんは、やっぱりお母さんみたいなの♪」
撫子「……ライオンのお母さんだっけ?」
楓「らいおんさんみたいに、かっこいいの!」
撫子「……がう」ぱくっ
楓「わぁ♪」
撫子(……楓が大きくなるまでは、私もお母さんとして見守っていかなきゃね)
楓「そういえば撫子おねえちゃん、さっきのひとたちのだれが "かのじょさん" なの?」
撫子「は!?///」
楓「あれ、ちがった……?」
撫子「かっ、かかか楓……どこでそれを……///」
がちゃっ
櫻子「ただいまー!」
楓「あっ、お姉ちゃんたちおかえりなの!」
櫻子「あれ、二人とも玄関で何してるの?」
撫子「ああいや……たまたまここにいただけだよ」
向日葵「ごめんなさい撫子さん、楓のことありがとうございました」
撫子「いやいや、こっちこそありがとうみたいな所はあるけど……」
向日葵「?」
櫻子「楓、ねーちゃんと一緒にいてもつまんなかったろ? 私が帰ってきたから私と遊ぼう!」
楓「そんなことないの、すごく楽しかったの!」
向日葵「……えっ、このくす玉なんですの!? 撫子さんこんなの作れたんですか!」
撫子「そ、それは私じゃなくて……///」
~fin~
ありがとうございました。
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