美玲「ウチはアイドルになりたいッ!」 (53)
モバマスSS
※オリキャラ・オリ設定アリ注意
早坂美玲(14)
宮城出身
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平和。
といってさしつかえないいつもの事務所。
「へェ……」
美玲はソファに寝転がってファッション雑誌を眺めていた。
「ただいまー」
そこに帰ってきたのはプロデューサーである。
「おー、美玲。おはよう」
「んむ。おはよ、プロデューサー」
プロデューサーはてきぱきと荷服をほどくとすぐにPCを立ち上げたが、作業には移らずに書類を読み出した。
「サイキック☆お茶汲み!」
ひとりで騒ぎながら裕子が彼のデスクにマグカップを置く。
お茶汲みといいながら運んできたのはコーヒーである。
「おかえりなさいプロデューサー!」
「おうありがとな苦いッ!」
「あれ? 美味しくなるように念力を送ったんですけどね」
「次からはやめてくれ」
「なー。ちょっと」
騒いでいたふたりに美玲がぽいと投げかけた。
「ん?」「どした」
「こいつとこいつ、どっちがいいと思う?」
美玲は雑誌に載っている服装を示した。
「おしゃれはわかりません!」
「いやアイドルなんだからもうちょっとがんばれよ。といっても裕子はこの路線じゃないか」
座り直した美玲のかざした雑誌をじっくり見て、プロデューサーはふむ、と頷いた。
「早く言えよッ」
「ああ。こっちのほうはまとまっててバランスがいいな」
「あっそう」
「けど、美玲に似合うのはこっちだな」
「はッ!? そ、そんなの聞いてないしッ!」
慌てる美玲にかまわず見立てを述べるプロデューサー。
「まず色合いが美玲の好みに合ってるし、フードが大きいのもいい。耳もついてるしな。
いま美玲が持ってる服ともだいたいマッチするだろ。うん、可愛いと思うぞ」
「うるさいッ!」
言い終わる前に美玲が雑誌で彼の頭をはたいた。
「おーすごいですねプロデューサー!」
ぱちぱちと拍手する裕子にプロデューサーは苦笑した。
「まったく……でもな、こんなふうに美玲が相談してくれるなんて、最初の頃からは想像もできないよなぁ」
「相談なんかしてないぞッ!」
「? どういうことですか?」
「あ、そうか。裕子が入ったのは最近だもんな。知らないのも当然だ」
「ウチをムシすんなッ」
「そうだな、最初に美玲と会ったのは――」
――――
―――
――
都内某駅前通り。
若者の多い往来をプロデューサーは歩いていた。
徹夜明けでぼうっとしていた彼は、いつもなら道行く人々をようく観察するのだが、それもできずにいた。
しかし、それでも彼はある少女に目をひきつけられた。
はっとするようなショッキングピンクのパーカー。
ハートマークの入った眼帯。
プロデューサーはふらふらと少女に近付いた。
彼女も彼に気付いて、最初に訝し気な顔をし、それから露骨に嫌悪感を剥き出しにした。
「なんだオマエ…怪しいヤツだな…早く帰りたいからそこどいてよ!」
幸か不幸かプロデューサーはまともに回らない頭のおかげで少女の舌っ足らずな罵倒に委細かまわず、自分の思ったことを告げた。
そしてそれは彼にとって常であったが、
「君、アイドルにならないか?」
スカウトの言葉であった。
「はァ?」
あまりに突拍子のないせりふに素っ頓狂な声をあげる少女。
「うん、素材は充分。運動は得意? ここらへんに住んでるのか? なにかクラブに入ってる?」
「なんだか余計怪しいぞオマエ!」
「ああすまない、俺はシンデレラガールズプロダクションというアイドル事務所のプロデューサーだ」
名刺を差し出して彼は名乗った。
たどたどしくそれを受け取った少女は、目を通してからそのまま彼を睨みつけた。
「う、ウチを騙そうったってそうはいかないからな! こんな名刺、いくらでも作れるんだろッ!」
「おいおい、頼むから声を落としてくれよ。通報されてしまう」
その言葉とは裏腹に彼は至極落ち着いた態度である。
徹夜明けでそう見えただけかもしれないが。
「ウチをどうしようってんだッ」
「うちの事務所に入ってみないか? もちろんデビューを目指してだけど、あとで辞めてもかまわないし、ひとまず体験コースって感じで……」
「ま、待って! 待てってば!」
遮られてプロデューサーは立て板に流れていた水を止める。
「なんだ?」
「なんだじゃなくッて! ウチがアイドルとかありえないだろ…何言ってんだ…なんでもいいからどけよ!」
「ありえなくなんてない。君は可愛い。ひとを惹き付ける魅力がある」
大まじめな顔でそういう彼に少女は頬を紅潮させてわたわたした。
「なッ、なに言って……ひ、ひっかくぞッ!」
「君はアイドルをやるべきだ。俺に君の魅力をもっと見せてほしい。一度考えてみてくれ」
話し掛けたときと同じようにいきなり、それじゃ、とだけ言って彼は唐突に立ち去った。
少女はしばらく立ち尽くしていたが、時計を見て慌てて走り出した。
「美玲」
そうっと家の玄関にはいった少女は呼ばれてびくりとした。
広い玄関ホールに彼女の父親が厳めしい表情をして立っている。
「あ…ただいま帰りました。父様」
目も合わせずにへにゃりとした様子の少女はプロデューサーの前のときとは別人のようだ。
眼帯も外し、格好もビビッドなパーカーなどではなく、白いブラウスに青灰色のカーディガン。下は濃紺のロングスカートである。
「どこに行っていた?」
お行儀のいいローファーを脱ぐこともせずに少女はもじもじとした。
「ぴ、ピアノの楽譜を…買いに行っておりました」
父親は眉根を寄せたまま、
「最近、帰宅が遅い。楽譜など買いに行かせればよい。お前が家から出る必要はない」
少女はしゅんとした。
父親はさらになにか言おうとしたが、
「旦那様。お夕飯の支度ができました」
メイドにそう声をかけられ、「うむ。今行く」と返事をした。
「美玲。お前は早坂の娘だ。それを忘れるな」
それだけ言い捨てて、父親は踵を返した。
少女は黙ったまま自分のつまさきを見つめている。
「お嬢様。お荷物をお持ちいたします」
先ほどのメイドが少女が持っていた高価なバッグを持とうとするが、
「いい。母様は」
「奥様は部屋で休んでおられます。体調が優れないようで…」
「そう」
取り立てて興味もなさそうに少女は頷き、靴を脱いだ。
「晩ご飯はいつもどおり部屋に運んで」
「かしこまりました」
小さな小さな少女をメイドは見送った。
晩。
少女は自室で名刺をもてあそんでいた。
ふざけた男だった。
挨拶も前置きもなく勧誘してくるなんて。
君は可愛い――そんなまっすぐな言葉をかけてくるなんて。
思い出して恥ずかしくなる。
そして、同時に嬉しくなる。
家では大人しい服ばかり着させられている。それから解き放たれて、あの若者の街で自分の好きな格好をするのが、少女の数少ない楽しみだった。
ちらりと、その服がはいったバッグを見遣る。
あの格好は少女の心のままであるがゆえに彼女自身である。
ありのままの自分を認められる――。
それがこんなに嬉しいことなのだと、少女は痛いほど思い知った。
「……アイドル、か……」
そんな喜びを、もっともっと得られるかもしれない。
親が決めた『早坂美玲』ではなく、少女自身として輝く。それはなんという幸せなのだろう。
しかし。
――お前は早坂の娘だ。それを忘れるな
少女に自由はなかった。
彼女は首輪を付けられケージに入れられた愛玩動物であり、野を自由に駆け回ることは許されていないのだ。
アイドルなんて、なれっこない。
少女の父親が、それを許すわけもなかった。
今日は以上 アニメ前からの書き溜めなのでアニメPではないことに注意
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