小鳥「静夜」 (15)
12月25日、夜。
トップアイドルである765プロの皆は年末年始の特番の収録にひっぱりだこ。
私はそれを事務所のテレビ画面越しに見ながら、今日も遅くまでお仕事です。
「この番組で皆が出ている番組は終わりね~」
画面には貴音ちゃんが歌っている姿が映し出されていました。
クリスマス特別衣装に身を包んだ貴音ちゃんが、優雅に歌い踊っています。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419767250
「うん、衣装もバッチリ決まってる。パーフェクトだわ!」
無事に番組を見届け、テレビの電源を切ると、時刻はもう22時前。
仕事は殆ど終わっているし、後は明日に回しても良さそうね。
折角のクリスマスも、こうして仕事で終わろうとしているのは、やっぱり何だか悲しい気がします……。
とは言え、年中無休の芸能事務所においては、忙しい事は良い事。
皆が頑張っている姿が何よりのクリスマスプレゼントかなって。
そりゃあ、私だって素敵な男性とおしゃれなレストランで食事して、それから……って事に憧れはありますけれど、でも、それよりも今は皆が頑張って輝く姿を見ていたい。そう思うんです。
クリスマスが終われば、残るはニューイヤーライブ。
それまではみんな仕事にレッスンにと大忙しです。
帰ろうと、パソコンをシャットダウンしたところで、事務所の扉が開いた事に気づきました。
プロデューサーさんかしら……?
そう思い入口の方へ目をやると、ビニール袋を手に持ったあずささんが立っていました。
「あずささん!? どうしたんですか……?」
今日は竜宮小町でお昼から収録、夕方から生番組のあと直帰だったはずなんですが……?
扉の前に立つあずささんは、普段通りのにこやかな表情です。
「折角のクリスマスなのに、家で一人なのも寂しいので来ちゃいました」
そう言って袋から一本の瓶を取り出して、私に見せてくれました。
深い緑に黒のラベルが貼ってあるのが見えます。
いわゆるシャンパンというやつですね。
「って、帰ろうと思ったら迷子になって、たまたま事務所の近くを通っただけなんですけどね」
どうやら直帰するつもりでここに着いてしまったようです。
あずささんらしいというかなんというか。
にこにこと微笑みながら給湯室へ消えたあずささん。
その後を追うと、食器棚からワイングラスを取り出し、間仕切りで区切られた応接間へ。
「音無さんもご一緒しませんか?」
2つ並べられたワイングラス。
どうやら最初から逃すつもりは無いようです。
「ふふっ、それじゃあ遠慮なく」
私が答えると、あずささんの表情がぱあっとより明るくなり、鼻歌交じりでシャンパンの栓を抜き始めました。
オープナーをくるくると回し、コルク栓を引っ張ると、甲高く心地よい音が室内に響きます。
「それじゃあ音無さん、はい」
瓶の口をこちらに向けられたので、グラスをあずささんの方に寄せ、そこへ傾けられた瓶から薄ピンクのシャンパンが注がれていきます。
「わっ、綺麗な色ですね」
あまり目にしたことのない色のお酒に、気分が高揚してきました。
私のグラスに注いだあずささんがそのまま自分のグラスにも注ごうとしていたので、瓶を受け取って、私が注ぎます。
「まぁ、すみません音無さん」
折角の場で、あずささんに手酌なんてさせられません。
とくとくと注がれる音が耳に心地よく、注がれるシャンパンから立ち上る香りが、早く飲みたいという気にさせますね。
バレない程度に自分のグラスよりも多めに注ぎました。
お互いグラスの脚を持ち、胸の前まで持ち上げ、グラスを軽くぶつけると、ちんっ、と澄んだ音が静かな所内で響き、薄ピンクの液体が揺れ動きます。
「「乾杯」」
同じタイミングで言葉を発したのがおかしくって、顔を見合わせ、笑ってしまいました。
「普段の事務所はとっても賑やかなのに、こうしていると、とっても静かですね」
微笑みながら事務所内を見渡し、あずささんがぽつりとつぶやきます。
「最近は皆忙しくなったから、前に比べると、日中も静かになっちゃいましたね」
今年一年を振り返り、私がそうこぼすと、あずささんの表情が途端に翳りました。
「そうですよね……。私達はお仕事で皆に会えますけど、音無さんはここに残らなきゃいけないんですよね……」
私はここに一人になることを悪い事だとは思っていないけれど、あずささんはその事に対して何か思うところがあるようです。
気にしなくていいんですけどね……。
「この事務所が静かだってことは皆が頑張ってくれているって事なんですよ、あずささん?」
それに、全く皆に会えないわけじゃありません。
むしろ、画面を通して、皆の頑張っている姿を見ることができる、これって、とっても素敵な事だと思うんです。
「皆の姿は、ここで欠かさずチェックしてますから。だから、気にしないでください」
俯くあずささんの頭に軽く手を置き、努めて優しく動かします。
「音無さん……?」
あずささんは突然頭を撫でられた事を不思議に思ったのか、私の方へ視線を上げました。
つぶらな瞳が、私の目を捉えています。
「そんな顔しないでください。ここで皆の姿を見ることが、私の活力なんですから」
頭を撫でながら、あずささんへと言葉を紡ぐ。
「それに、誰も見ていない方がいっぱい盛り上がれますから!」
少しだけおどけてみると、あずささんは途端に吹き出し、その表情に笑顔が戻ってきました。
うん、やっぱりあずささんは笑顔が一番似合いますね。
……まぁ、曇らせたの私なんですけど。
「あ……」
手を頭からどかし、ふと目線をあずささんから窓へ移すと、外にはちらほらと雪が舞っていました。
「え? まぁ……!」
それに気付いたあずささんも窓の方を向き、そして雪に目を奪われています。
二人で外を眺め、ただグラスを傾ける。そんな静かな時間。
「綺麗ですね……」
ぽつりと私の口からそんな言葉が溢れます。
それに返答はありません。
でも、首を小さく。けれど確かに縦に振るのが見えました。
それだけで、私の頬も緩んでしまいます。
「今年は、色々ありましたね……」
長い沈黙の後、あずささんが懐かしむように切り出しました。
今年一年、確かに色んな事がありましたね。
プロデューサーさんが来て、みんなが忙しくなって、そして、トップアイドルに近づくことが出来て。
アイドルの皆としては、とても充実した一年だったんじゃないかなって、そう思います。
「でも、まだもうちょっと今年は続きますからね?」
そう、年明け最初のニューイヤーライブまで、765プロにお休みはありません。
大きな会場なので、週が開けたら小屋入りして場当たりして。
その間もお仕事はありますから、みんな本当に正念場です。
「それが終わったら、またこうやって一緒に飲んでくれますか?」
微笑みを湛えながらあずささんが窓から視線を移さず、そう言いました。
こんな静かな時間を一緒に過ごせるなら、むしろ大歓迎です。
けれど、それを言葉にはせず、ただ小さく、首を縦に振るだけにしました。
窓の外では変わらずしんしんと雪が振り続けています。
電車が止まる前に帰らなくちゃだけど、もう少しだけ、このまま……。
おわり
終わりです。
クリスマス大遅刻。
来年はもっとあずピヨが増えますように。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。
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