京太郎「リア充は」ハギヨシ「爆発しろ」 (162)
<京太郎の場合>
京太郎「の、和。麻雀部のクリスマス会の後予定あるか? もし予定が空いてたら俺に付き合ってくれ!」
和「クリスマス会の後ですか? そうですね……」ピピピ
京太郎(け、携帯で予定を確認してる! 脈ありか? 脈ありか!?)
和「……」ピッ
京太郎(……電話?)
和「あ、ゆーきですか? クリスマス予定空いてますよね? 違いますよ。クリスマス会の後です」
和「……はいはい、そうですよ。私もゆーきと一緒で独り身です。ゆーきのこと言えません。言わなきゃダメなんですかこれ。それじゃあいつものところで」ピッ
和「須賀君、ごめんなさい。クリスマスは予定が入ってました」ペッコリン
京太郎「断るにしてももう少し手加減してくれませんかね!?」
和「何のことですか?」クスクス
京太郎「これでも勇気出したんだぜ? 断るにしてもさぁ」シクシク
和「そうですね。私も普通ならこんなことしません」
京太郎「そんなに嫌だったか?」シクシク
和「いえ、むしろ気心知れてるからこそですよ」クスッ
京太郎「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ!」
和「確かにそうですが、友達は裏切れませんのではっきり断った方がいいかなと」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419423321
京太郎「裏切る? ……あ、優希が独り身だからってことか? 2人同時に恋人なんて出来ないって! だから俺と付きあおう!」
和「いえ全然違います。まあそれでなくともフラれるとわかってる相手と付き合いたくはないですし」
京太郎「じゃあ裏切るって……うん? フラれる? 和が俺に? 和が俺をフるの間違いだろ?」
和「フラれる、ですよ。多分半年くらいは持つでしょうけど」
京太郎「???」
和「全くわかってなさそうな反応ですね。まあ予想通りですけど」クスクス
京太郎「和が何考えてるのかさっぱりわかんねえ」
和「とりあえず私が須賀くんの誘いを断ったってことだけわかってくれれば大丈夫です」
京太郎「ああ、なるほど。……いや、ぜんぜん大丈夫じゃねえってそれ」ハァ
和「そこは諦めてくれると助かります。大体、フラれたって言ってますけどそんなに落ち込んでないじゃないですか」
京太郎「いやいや、すっげー落ち込んで……あれ、言われてみれば思ってたよりは……?」ブツブツ
和「ふふっ。それでは須賀くん、また明日部活で。これからもいつも通り接して貰えると嬉しいです」
京太郎「おう、当たり前だろ?」
和「当たり前ですか」
京太郎「何か変なこと言ったか?」
和「いえ、何でもありません。また明日」クスクス
京太郎「ああ、また明日」
京太郎「……はー、フラれたかー」
京太郎「裏切るってなんだよ意味わかんねー」
京太郎「フラれるとわかってる相手と付き合いたくないってなんだよー。こちとらこれが初めての告白だぞー」
京太郎「うぁー」ゴロン
京太郎「……」
京太郎「やっぱ軽そうに見えるのか? この髪だししょうがねえと思うけど、半年以上同じ部活なんだし本気だってわかってくれると思ったのになあ」
咲「こら、和ちゃんがそんなふうに思ってるわけないでしょ」
京太郎「だってそうじゃなきゃ半年でフラれるなんて変なこと言うわけ……さ、咲!?」ガバッ
咲「京ちゃんこそ半年以上も一緒にいたのに和ちゃんのことわかってないじゃない。和ちゃんは見た目だけで判断したりしないよ。まして同じ部活の仲間なんだから」
京太郎「うっ……それは確かに俺が悪かった……じゃなくて! お前いつからいたんだよ!?」
咲「ついさっき。京ちゃんがベッドに寝っ転がったところから」
京太郎(よ、よかった。告白してるところは見られてなかったんだな。フラれたところなんて見られたくないしな)ホッ
咲「京ちゃん和ちゃんにフラれちゃったんだって? 残念だったね」フフッ
京太郎「知ってんのかよ!」
咲「別に隠すようなことでもないでしょ?」
京太郎「どっちかと言わなくても隠したいことなんだけど!」
咲「まあ最初に知られるのが私でよかったじゃない」
京太郎「あー……まあ他のやつに知られるよりはいいか。特に竹井先輩とか優希とか滅茶苦茶からかってきそうだし」
咲「優希ちゃんはからかったりしないんじゃないかなあ」
京太郎「んーまあそうか。ちなみに竹井先輩は?」
咲「竹井先輩は……うん、まあ」
京太郎「無理してフォローしようとしなくていいと思うぞ。……それでフラれたって聞いて何しに来たんだよ? 俺のこと慰めてくれたりすんの?」
咲「うん。クリスマスを一人寂しく過ごすことが決定した可哀想な京ちゃんに、私の買い物に付き合う権利を与えましょう」
京太郎「そりゃ光栄だ」グリグリ
咲「痛っ!? 痛いよ京ちゃん!」キャー
京太郎「喧嘩売ってんのか! てか一人寂しく過ごすわけじゃねえから! 麻雀部のみんなでパーティーするだろ!」
咲「それ入れちゃうの?」
京太郎「入れなかったら、お前だってクリスマスを一人寂しく過ごすことになるからな」
咲「こ、細かいこと気にしないでよ!」
京太郎「全然細かくねえと思うんだけど……まあいいや。買い物? なんでクリスマスに行くんだよ」
咲「好きな作家さんの本がちょうど24日に発売するの」
京太郎「そりゃよかったな」
咲「うん。だから京ちゃんも付いてきて?」
京太郎「なんでだよ」
咲「だって……クリスマスに1人で本屋さん行くのはちょっと……」モジモジ
京太郎「お前もそういうの気にするんだな」
咲「クリスマスに1人で本を買うなんて寂しいやつだって思われるのは嫌なの!」
京太郎「別に誰も気にしねえって」
咲「私が気にするのっ」ムー
京太郎「はいはい。ったく、それで俺に付き合えって?」
咲「うん。……ダメ?」
京太郎(……そんな顔されたら断れねえっての)フー
京太郎「まあ1人でいてもカピの世話くらいしかすることねえし。いいよ。付き合う」
咲「ほ、ほんとに?」
京太郎「こんなことでわざわざ嘘言わねえよ」
咲「ありがとう、京ちゃん!」
京太郎「お礼とかいらねえって。……そういえば去年もクリスマスに本買いに行かなかったっけか? あれ、その前も……?」
咲「ま、毎年クリスマスに本を出してる作家さんなの!」
京太郎「へえ。そんな作家もいるのか」
京太郎(なんかキザっぽいけど女子には人気出そうだな)
咲「そ、そうなの! だから付き合って貰ってるだけなんだからね!」
京太郎「わかったよ。それじゃ今日は帰るか」
咲「う、うん!」
京太郎「……はぁ。ほんとは和とクリスマスの約束をして一緒に帰る予定だったのに、何が悲しくてお前と帰ってんだろ」
咲「フラれたからじゃない?」
京太郎「……フラれた直後の幼馴染相手に容赦ねえな」ウッ
咲「人のことからかっておいて容赦されようってどうかと思うよ」
京太郎「冷てえなあ」
咲「京ちゃんが悪いんでしょ。大体フラれたことをネタに人をからかわないでよ。反応に困るんだから」
京太郎「いいだろ別に。というかあれだけばっさり切り捨てといて反応に困るも何もあるのかよ」
咲「困ってるの! ……でも、思ったより元気そうで安心した」
京太郎「……もしかして心配してくれてたのか?」
咲「……失恋って、私はしたことないけど、想像しただけでもすごい苦しいから。だから京ちゃんも辛いんじゃないかなって」
咲「別に心配ってほどじゃないけど……」ゴニョゴニョ
京太郎「そっか。ありがとう。まあでも、自分でも意外だけど思ってたより全然落ち込んでないんだよ。俺って切り替え早いのかもな」
京太郎「俺も和も、明日からもいつも通りでいようって約束したから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」
咲「いつも通り……京ちゃん、大丈夫なの?」
京太郎「ん? 何がだよ」
咲「いつも通り。出来るのかなって」
京太郎「お前なあ。俺はフラれたからって露骨に和に冷たくするような男じゃねえぞ」
咲「それはわかってる。京ちゃんがそんなことするなんて思ってないよ」
京太郎「それじゃなんなんだよ?」
咲「……ううん。何でもない。2人がいつも通りならそれでいいよね。気にしないで」
京太郎「途中で止められるとすっげえ気になるんだけど!」
咲「何でもないのっ」フフッ
京太郎「そういう笑いされると余計気になるんだって!」
咲「本当に何でもないから! ほら、早く帰ろう」
京太郎(和も咲もなんなんだよ……)ブツブツ
――クリスマスパーティー――
久「さて、そろそろお開きにしましょうか」
京太郎「ようやく終わった……」
優希「こら犬! ようやく終わったとはどういうことだじぇ! 私たちとのパーティーがつまらなかったというのか!?」
京太郎「麻雀で負けたやつが勝ったやつの言うことを聞くなんてのを延々とやってりゃ嫌にもなるわ! いくつタコス作ったと思ってんだ!」
久「須賀くんほとんど最下位だったわね。ダメよもっと強くならなきゃ」クスクス
京太郎「麻雀歴1年以下の素人が、団体戦全国1位の面子を相手にしてんですよ! 手加減してくれてもバチは当たらないでしょ!?」
久「ダメよ、それじゃ須賀くんのためにならないじゃない」
京太郎「言うこと聞くのとそれなんか関係あります!?」
久「それはほら……真剣さの違い?」
京太郎「そこは嘘でも言い切って欲しかったです」
和「まあいいじゃないですか。須賀くんはちゃんと強くなってますよ」
京太郎「……まあ最初の頃に比べれば戦えてるなって感じはするけどさあ」
まこ「ほうじゃのう。何度か1位にもなってたじゃろ」
京太郎「ほんとに何度かですけどね」
和「自分で言うのもなんですが、女子のトップクラスを相手にしているんですから十分凄いと思いますよ」
京太郎「そ、そうかな。いや、俺もよく勝てたなとは思ったんだけど」テレテレ
優希「そこで最下位だったのどちゃんに、お茶淹れてくれとか無難な命令しか出来なかったのはヘタレてて流石だったじぇ」
咲「染谷部長のときもおんなじだったよね」
京太郎「うるせーよ! 麻雀部の良心枠に言えるのなんてこのくらいだよ!」
咲「良心枠?」
優希「良心的な人しかいないのに変なこと言う奴だじょ」
京太郎「どの口が言うか」
久「3人共漫才はその辺にしておきなさい」
京太郎「漫才じゃないですよ! そもそも竹井先輩が……」
久「だからやめなさいって。これから咲と買い物に行くんでしょう? 2人きりで」
まこ「ほう、クリスマスイブに」ニヤニヤ
優希「2人っきりで」ニヤニヤ
和「買い物ですか」ニヤニヤ
咲「へ、変な顔しないでよ」アセアセ
京太郎「そうだぞ、毎年この日に出る本買うのに付き合ってるだけだから。変な勘違いするなよ?」
久「毎年クリスマスイブにねえ」ニヤニヤ
咲「た、竹井先輩!」
久「わかってるわよ。邪魔なんてしないわ。それじゃ私たちは先にお暇しましょうか」
まこ「そうじゃな。さーてこれから店の手伝いじゃ」
和「それじゃ行きましょうか、ゆーき」
優希「おう! クリスマス限定タコス楽しみだじょ!」
和「あれだけ須賀くんの作ったタコスを食べてまだ食べるんですか……?」
優希「タコスは別腹だじぇ」
和「別腹にしか食べ物が入ってない気がするんですが」
優希「細かいことは気にするなっ!」
京太郎「みんな先に帰っちゃったな。まったく、変な勘違いしてきて……特に和はなんなんだ」
咲「そ、そうだね」ドキドキ
京太郎「まあいいや。俺たちも行こうぜ。駅前のでかい本屋だっけ?」
咲「そ、そうだね」ドキドキ
京太郎「おい、咲?」
咲「えっ!? な、何!?」
京太郎「どうした? お前までなんか変だぞ」
咲「な、何でもない! えっと、このまま直接じゃなくて、一回家に帰って、着替えてから駅前に集合しない?」
京太郎「え? なんでだよ。遠回りになるじゃん」
咲「ほ、ほら。制服で2人でいると高校生のカップルって周りから見られそうじゃない?」
京太郎「私服でも変わらなくないか?」
咲「学生だなって思われると注目集めそうで嫌なのっ」
京太郎「ふーん? まあ咲が私服のがいいならそうするか」
咲「ありがとう。じゃあ集合は1時間後に駅前で」
京太郎「了解。それじゃ早く帰ろうぜ」
咲「うんっ」
――駅前――
咲「京ちゃんお待たせ」
京太郎「時間ピッタリだな。少し早く来ると思って……た……」ドキッ
咲「? ……あ、もしかしてこの服? 今日は寒いから白いダッフルコート着てみたんだけど……ど、どう?」
京太郎「どうって……」
京太郎(い、今まで着たことない服いきなり着てくるなよ! 不意打ちだこんなの!)ドキドキ
京太郎「……まあいいんじゃねえの?」
咲「むーつまんない反応」
京太郎「咲の服装に一々感想なんて持ったりしねえって」
京太郎(よく似合ってる、なんて恥ずかしくてこいつに言えるか!)
咲「嘘でも似合ってるって言ってくれればいいのに」
京太郎「んなこと嘘なんかじゃ言わねえよ」
咲「そんなんじゃ女心を掴めないよ」
京太郎「嘘ばっか言う奴よりいいだろ。ほら、早く買いに行こうぜ」
咲「エスコートよろしくね」フフッ
京太郎「お任せくださいお姫様」スッ
咲「なにが姫だ。というか京ちゃんやめてよ」
京太郎「おや、お気に召しませんか?」ニコッ
咲「……そ、外でやらないでよ」カアァァ
京太郎「うっ……つ、ついいつものノリで。悪い」カアァァ
咲「ほ、ほら! 走って!」グイッ
京太郎「お、おい! こっちのが目立つって」タタタッ
咲「ここから早く離れたいのー!」タタタッ
咲「はぁ……はぁ……。あー疲れた」
京太郎「結局本屋まで走って来ちまったな」
咲「もう、あんなことしないでよ。おかげで汗かいちゃった」パタパタ
京太郎「走ったのは咲だろ。……ってかそういうのやめろよ」
咲「そういうの?」パタパタ
京太郎「あー……冬だし厚着だから別にいいんだけど、なんとなく目のやり場に困る」カアァァ
咲「えっ!? きょ、京ちゃんの馬鹿! 変なこと言わないでよ!」カアァァ
京太郎「お、お前があんなことするからだろ! ほら、さっさと本買おうぜ」グイッ
咲「お、押さないでよ。京ちゃんはそこで待ってて!」
京太郎「は? なんでだよ?」
咲「変なこと言う人は付いてきちゃダメ」
京太郎「俺は何のために付いてきたんだよ……」
咲「いいからここで待ってて! ……帰っちゃやだよ?」
京太郎「帰らねえよ。ここにいるから買ってこい」
咲「うんっ!」トテトテ
京太郎(あいつ1人と思われるのが嫌だったんじゃなかったっけか?)
京太郎(……まあいいか。ただ待ってんのもあれだし、ちょっと回ってみよう)
……
…
咲「あ、京ちゃん!」
京太郎「悪い、待たせた」
咲「待たせたじゃないよ! 帰っちゃったかと思った。待っててって言ってたのに……」グスッ
京太郎「ちょっとその辺気になって見てきたんだよ。悪かった」ポンポン
咲「むー。頭さわらないでよ」
京太郎「ああ、悪い」
咲「……じゃああったかい飲み物奢ってくれたら許してあげる」
京太郎「自販機でいいか?」
咲「京ちゃんのセンスに任せます」
京太郎「よし、あっちの方に自販機あったからそれでいいな」
咲「うわっ。本当に自販機で済ます気だ」ジトッ
京太郎「任せたのはお前だろ」
咲「女の子の遠慮した言葉を真に受けるのって、男の子としてどうなの?」
京太郎「幼馴染とは遠慮しない関係だと思ってるから問題なし。ほら、行こうぜ」テクテク
咲「もーしょうがないなぁ」テクテク
京太郎「ほんとカップルばっかだな」
咲「クリスマスの駅前だからね」
京太郎「こういうカップル見てるとどう思う?」
咲「どうって?」
京太郎「要するにムカついてくるかああなりたいと思うか」
咲「何その2択」
京太郎「いや、俺は基本ムカつくんだけど女子はどう思うのかなって」
咲「ムカつくんだ……」
京太郎「俺は和にフラれたのになんでお前らは! って思うんだよ。しょうがねえだろ」
咲「まあこの辺りにいるカップルの相手は和ちゃんじゃないからね」
京太郎「冷静に突っ込まれると困るなー」
咲「……でもそうだね。私もムカつく……っていうか嫉妬しちゃうことはあるかも」
京太郎「え? 咲もそう思ったりすんの?」
咲「聞いてきたの京ちゃんじゃない」
京太郎「ムカつくって言って、何言ってるのってツッコまれるの待ってた」
咲「そんなことだろうと思った」
京太郎「それよりどういうときにムカついたりするんだ? 咲って基本嫉妬とかしなさそうだし、いつもってわけじゃないんだろ?」
咲「あんまり言いたくないけど……例えば相手があんまり私の気持ちをわかってくれないときとか」
咲「そういうときに気持ちが通じあってそうなカップル見てると、少し嫉妬しちゃう」
京太郎「……え? 相手って、お前恋人いんの!?」
咲「え!? ち、違うよ! 何言ってるの!? 恋人なんているわけないでしょ!?」
京太郎「びっくりした……紛らわしい言い方するなよ」
咲「全然紛らわしくないよ! 大体恋人がいたら京ちゃんについて来てなんて頼まないよ!」
京太郎「あーそりゃそうだな。気持ちがわかってくれないって恋人に限らねえし、和か優希のことか……」
京太郎(一瞬咲に恋人がいるのかと思っちまった。んなわけねえよな。咲に恋人なんて……)
咲「……ううん。それも違うよ」
京太郎「え?」
咲「和ちゃんのことでも優希ちゃんのことでもないよ」
京太郎「え? ……ま、まさか好きな奴でもいるのか!?」
咲「秘密」
京太郎「な、なんでだよ?」
咲「京ちゃんには関係ないでしょ。それに女の子に好きな人がいるかどうかなんて聞かないでよ」
京太郎「……そりゃそうだけどよ」
京太郎(なんだよこの態度……ほんとに好きな奴いたりするのか?)チラッ
京太郎(……まあ別に咲に好きな奴がいてもどうでもいいんだけど……なんか落ち着かねえ)ガリガリ
咲「あ、あれ? ねえ京ちゃん。あれ」
京太郎「ん? なんだよ。……あれ、師匠?」
咲「師匠? いや、そうじゃなくて、ほら、りゅーもんさん」
京太郎「うおっ!? 師匠が龍門渕さんと一緒にいる!」
咲「え? 師匠ってあの執事さん? ……ってわわっ。こ、こっちに来るよ」
透華「宮永さん、お久しぶりですわね」
咲「ど、どうもこんばんは」ペッコリン
ハギヨシ「須賀くんもお久しぶりです。宮永様とご一緒ということは清澄高校の生徒だったのですね」
京太郎「師匠こそ龍門渕の執事だったんですね」
ハギヨシ「……何度か申し上げていると思うのですが、出来れば師匠と呼ぶのはやめていただけないでしょうか」
京太郎「す、すみません。つい」
透華「あら、ハギヨシが言っていた須賀くんとはこの方ですの。まさか宮永さんの恋人とは思いませんでしたわ」
ハギヨシ「ええ、世間は狭いですね」
咲「こ、恋人!?」
透華「クリスマスイブに2人でデートなんて、恋人以外のなにものでもないじゃありませんの」
咲「ち、違います! 京ちゃんとは単なる幼馴染で、今日は買いたい本があるから付いて来てもらっただけです!」
京太郎「そうですよ。咲の買い物に付き合わされてるだけです」
ハギヨシ「おや、それは失礼いたしました。とても仲睦まじそうに見えたものですから」
京太郎「幼馴染ってこんなもんですよ」
透華「2人は幼馴染なんですの。でも幼馴染とはいえ、それだけで2人きりでクリスマスに出かけるというのは……」
京太郎「本当にそれだけですって。咲がわがまま言うからですよ。俺はこいつのことなんてなんとも思って――」チラッ
咲「むー。わがままって何なの?」プクー
京太郎「つ、ついて来いって言ったのはお前だろ!」ドキッ
京太郎(クリスマスの雰囲気のせいか? なんか今日は咲のこと妙に意識しちまう)ドキドキ
京太郎「そ、それにクリスマスで2人でデートなんて言ったら、ハギヨシさん達だってそうじゃないですか」
咲「名家のお嬢様とその執事の恋……素敵ですね」
透華「……恋だなんて、そんなものではありませんわ」
京太郎・咲「え?」
透華「これから龍門渕でクリスマスパーティーを開くのですが、そのとき一たちに渡すプレゼントを買いに来ただけです」
ハギヨシ「私はそのお供に」
京太郎「え、ええー……?」
ハギヨシ「須賀くんたちと同じですよ。クリスマスに2人でいるからといって恋人とは限りません」
ハギヨシ「ましてお嬢様と私は主と執事なのですから」
透華「まあ私達も勘違いしましたし、おあいこというところですわね」
咲「は、はぁ」
京太郎(じゃあなんで2人は腕組んでるんだ……?)ジーッ
透華・ハギヨシ「?」ピッタリ
透華「……もしかして腕を組んでいるのを不思議に思ってますの?」
咲「え、ええと……はい。恋人じゃないならしないんじゃないかなと……」
ハギヨシ「これは雪が凍って滑りやすくなっている場所があるので、お嬢様の安全のためにしているだけですよ」
京太郎「あー確かに夜はこの辺も滑りやすいとこありますね」
ハギヨシ「ええ。先程もお嬢様が足を滑らせてしまいましたので、それからこのようにしております」
透華「もう、ハギヨシ。恥ずかしいからそういうことは言わないでくださいまし!」
ハギヨシ「これは失礼いたしました」クスッ
咲「足元が不安定だからしてたんですね。びっくりしちゃいました」
透華「ええ、そのためです。……ですから他の意味はないのです。他には、何も」チラッ
咲「……?」
京太郎「ハギヨシさん、変なこと思ってすみませんでした」
ハギヨシ「いえ、この様子だけ見ればそう思われるのも無理はありませんから」
咲「……」
ハギヨシ「おや。透華お嬢様、そろそろ戻りませんと時間が」
透華「あら、もうそんな時間ですのね。それではここで失礼致しますわ」
ハギヨシ「宮永様、須賀くん。どうぞよい聖夜を」
咲「い、いえ。こちらこそ失礼いたしました」
京太郎「ま、また会ったらよろしくお願いします」
透華「今度の大会は負けませんわ! 原村和にも伝えておきなさい!」オーッホッホッ
咲「は、はい! でも私たちも負けません!」
透華「ふふっ。頼もしいですわね。それでこそ我が宿命のライバルのいる高校!」
ハギヨシ「お嬢様」
透華「わ、わかってます! それではまた大会で会えることを祈ってますわ!」オーッホッホッ
咲「あはは……」
京太郎「嵐みたいな人だったな」
咲「さすがりゅーもんさんだね」
京太郎「でもびっくりしたなー。腕組んでたからてっきり付き合ってるのかと思っちまった」
咲「うん」
京太郎「まあハギヨシさんが龍門渕さんと付き合うわけないよな。あれだけ執事らしい執事見たことねえし」
咲「他の執事さん見たことあるの?」
京太郎「言葉の綾だよ」
咲「何それ」クスクス
咲「……でも私はちょっと違うと思うな」
京太郎「ん? 何がだよ」
咲「多分付き合ってないのはほんとだと思うけど、りゅーもんさんもハギヨシさんも、お互い意識してるんじゃないかな」
京太郎「ええ? 全然そう見えなかったけどなあ」
咲「りゅーもんさんはハギヨシさんと何でもないって言うとき、さり気なくハギヨシさん見てたり言いづらそうにしてたりしてたし」
京太郎「……言われてみればしてたかもなあ」
咲「ハギヨシさんは……よく分からないけど、何となくりゅーもんさんと何でもないって強調しすぎてた気がするの」
京太郎「ほうほう」
京太郎「……なあ、言ってもいいか?」
咲「どうぞ?」
京太郎「龍門渕さんもハギヨシさんも、ほとんどお前の想像じゃねえか!」
咲「そうだけど! でも何となく分かるの!」
京太郎「めちゃくちゃじゃねえか!」
咲「まあハギヨシさんはちょっと自信ないけど……でもりゅーもんさんについては間違ってないと思うよ」
京太郎「なんでだよ?」
咲「女の子だもん。恋する女の子の気持ちくらい分かるよ」
京太郎「そんなもんかねえ」
咲「そうなの。それに京ちゃんでも分かることがあるじゃない」
京太郎「え? なんだよそれ」
咲「2人ともあんなに幸せそうだったんだよ? お互いのこと大切に思ってるに決まってるよ」ニコッ
京太郎「……」
咲「な、なにか反応してよ」
京太郎「いや、まあ確かにな。2人ともすげー幸せそうだった」
咲「でしょ? もう、変な間置かないでよ」
京太郎「すぐ答えるのも癪だったんだよ」
咲「何それ!」ムー
京太郎(いい顔してて見とれてたなんて言えねーよ!)
京太郎「でもそうか、あの2人両思いなのか……」
咲「予想だけどね」
京太郎「……リア充爆発しろ!!」
咲「な、何急に」
京太郎「だってハギヨシさんあれだけカッコよくて家事も運動も何でもできるのに、さらに恋人がお嬢様だと!? なんだそれ!」
咲「カッコよくて何でもできる人だからむしろ釣り合ってるんじゃ……」
京太郎「だから爆発なんだよ! くそ、もう師匠とは呼ばねえ!」
咲「それは普通に喜びそうだね」
京太郎「……まあハギヨシさんならしょうがねえか。凄すぎて嫉妬しようとも思わねえ」ハァ
咲「すっごいイケメンだもんね。その上家事も運動も出来るんだ……」
京太郎「運動については人類超えてるからな。瞬間移動とか普通にするし」
咲「……京ちゃん、何言ってるの?」
京太郎「頭のおかしい人みたいな目で見るな! お嬢様に呼ばれましたとか言って、本当に目の前から消えて突然戻ってくるんだよ!」
咲「あ、そういえばりゅーもんさんが指を鳴らした瞬間、どこからともなくハギヨシさんが現れたことがあったような気が……」
京太郎「ハギヨシさん人間やめてるな……」
咲「まるで少女漫画のヒーローを体現したみたいな人だね」
京太郎「少女漫画のヒーローでもやり過ぎだと思うけどな……」
京太郎「……咲もやっぱハギヨシさんみたいなが人好きなのか?」
咲「え? うーん、あれくらい完璧な人だと少し気後れしちゃうかなあ」
京太郎(なんだ、そうなのか)フゥ
京太郎「まあ、確かに咲は麻雀以外ポンコツだもんな。ハギヨシさんとじゃ全然釣り合わねえ」アハハ
咲「むっ。ハギヨシさん本人には気後れしちゃうけど、ハギヨシさんみたいな人は好きだよ」
京太郎「なんだよそれ?」
咲「りゅーもんさんにやってたみたいに、女の子のことを気遣ってくれる人ってカッコイイと思うから。京ちゃんはそういうの絶対やらないよね」
京太郎「お前にやったってしょうがないだろ」
咲「そういう相手によって態度を変えるところが良くないの」
京太郎「何だそりゃ」
京太郎「……ちなみにそういうのに憧れとかあったりすんの?」
咲「そういうの?」
京太郎「あーほら、足元が滑るから手を差し出されるとか」
咲「……」
京太郎「咲?」
咲「……やってもらいたい、かな?」エヘヘ
京太郎「……ふーん」
咲「ほら、私ってよく転んだりするから。そういうの見て、さり気なく気にしてくれる人がいたらドキッとしちゃうかも」
京太郎「そうなのか」
京太郎(誰か知らねえしほんとにいるのかわかんねえけど、好きな奴にやってもらうとこ想像してんのか?)イラッ
咲「……ねえ京ちゃん、機嫌悪い?」
京太郎「別に。んなことねえよ」
咲「……そう」シュン
京太郎(なんだよその顔……あーまずったな)
京太郎「……さっき龍門渕さん、クリスマスパーティーのプレゼント買いに来てるって言ってたよな」
咲「え? うん、そうだったね。麻雀部のみんなの買ってるのかな」
京太郎「わざわざ商店街に来て歩きまわってるくらいだし、きっとそうなんだろうな」
咲「私たちもパーティーでプレゼント交換したけど、それぞれ全員分買ってきたほうがよかったかな?」
京太郎「いや、普通の高校生の小遣いじゃちょっとキツイだろ。それにプレゼント交換ってワクワクして楽しいし」
咲「そうだね。初めてやったけど結構楽しかった」
京太郎「まあでもさ。プレゼント交換って、特定の誰かに対してプレゼントを渡すってことは出来ないわけだ」
咲「うん、そうだね。……さっきから急にどうしたの?」
京太郎「あーまあ要するに。俺が買ったプレゼント、咲じゃなくて染谷部長が受け取ってただろ?」
咲「あ、あの栞、やっぱり京ちゃんだったんだ」
京太郎「おう。なんとなく俺のプレゼントは咲のところ行くんじゃないかと思って栞にしたんだけど、そうでもなかったな」ハハ
咲「……」
京太郎「でまあ、その。毎年咲にクリスマスプレゼント渡してただろ? それで今年だけ渡さないってのもなんとなく気持ち悪いんだよ」
咲「?」
京太郎「だから……その、ほら。メリークリスマス。プレゼントやるよ」スッ
咲「……えっ?」
京太郎「早く受け取れよ! こうやって改めて渡すと恥ずかしいんだよ!」カアァァ
咲「う、うんっ。これ、開けていい?」
京太郎「ああ」
咲「栞じゃない……ネックレス?」
京太郎「本読むのもいいけどさ、こういうのしてみても似合うんじゃねえかと思って、咲が本屋行ってるとき買ってみた」
咲「つけてみていい?」
京太郎「一々聞かなくていいっての」
咲「えと、こうして、後ろで留めて……あ、あれ? 留められない」
京太郎「ああもう、仕方ねえな。ほら、後ろ向けよ」
咲「うん」
京太郎「……よし、留まった。もういいぞ」
咲「ありがとう。……どう? 似合う?」クビカシゲ
京太郎「っ!」ドキッ
京太郎「……あー、まあうん。似合うんじゃねえの。というか買ったの俺だし似合わないなんて言わねえよ」
咲「そっか。……えへ、えへへへ」ニヤニヤ
咲「京ちゃんっ! ありがとう!」ニコッ
京太郎「……喜んでくれたみたいでよかったよ」カアァァ
咲「……あ、でもどうしよう。私京ちゃんに何も買ってない」サアァァ
京太郎「いいよ別に。俺が買いたかったから買っただけだし」
咲「でも!」
京太郎「本買ったんだからそんな金ないだろ?」
咲「うぅっ」
京太郎「……それにほら、さっき咲に少しキツく当たっただろ。そのお詫びとでも思ってくれりゃいいよ」
咲「……ううん。それはやだ」
京太郎「は?」
咲「京ちゃんからのクリスマスプレゼントをお詫びなんかで貰いたくないもん。だからそれは嫌」
京太郎「気にしすぎだって」
咲「だから別のお返しを……そうだ。京ちゃん、夕飯ごちそうさせて」
京太郎「夕飯か。まあごちそうしてくれるっていうなら是非」
咲「ありがとう。じゃあ腕によりをかけて作るから楽しみにしててね!」
京太郎「おう。楽しみにしてるぜ」
咲「このままうちに来る? それとも一旦家に帰る?」
京太郎「って今日かよ!?」
咲「クリスマスプレゼントのお返しだもん、今日じゃなきゃ。今日ならちゃんと準備もしてあるし」
京太郎「いや、だって咲のお父さんとかいるんだろ? クリスマスに行くのはちょっと……」
咲「仕事で遅くなるみたいだから気にしないで大丈夫。……それに1人で食べる夕飯は寂しいから、京ちゃんが来てくれると嬉しいな」
京太郎(んなこと言われたら断れねえよ! つーかこいつ親が遅くて2人きりになるのに俺を誘うって全然俺のこと意識してねえんだな。……いや俺もしてねえけど!)
京太郎「わかったよ。ごちそうになる」
咲「やった! えへへ、期待してね京ちゃ――わっ!?」ツルッ
京太郎「っ! このバカ!」ギュッ
咲「……あ、ありがとう京ちゃん」
京太郎「ったく、足元見ろよ。あぶねえだろ」
咲「う、うん。……その、京ちゃん」
京太郎「なんだよ?」
咲「て、手をまだ握ってるから、そろそろ離して……」カアァァ
京太郎「……」ギュッ
咲「きょ、京ちゃん?」
京太郎「……この辺滑りやすいみたいだし、お前見てると危なっかしいから、帰るまでこのままでいいか?」
咲「ふぇっ!?」
京太郎「いいだろ別に。次転んだときは間に合わないかもしれねえし」
咲「で、ででででも誰かに見られたら!」アワワワワ
京太郎「暗くなってきたし誰も気にしねえって。……それに咲、こういうの好きなんだろ?」
咲「!」カアァァ
京太郎「……このまま咲の家に行くことにするから、早く帰ろうぜ。腹減ってきた」スタスタ
咲「きょ、京ちゃん。急に歩き出さないでよ!」ワワッ
京太郎(咲が好きな相手が誰か知らねえけど、とりあえずそいつより先に手は繋げたのかな)
京太郎(咲がこういうの初めてだったりしたら悪いとは思うけど……)チラッ
咲「あうぅ……」カアァァ
京太郎(……もし咲がそいつにこういう姿を見せたらと思うとなんかムカつくし)
咲「きょ、京ちゃぁん。恥ずかしいよ」カアァァ
京太郎「離したら転ぶだろ」
京太郎(……でも、咲が実際に好きな相手とするとき俺とやってたからって気にさせちゃ悪いしな。フォローはしとくか)
京太郎「咲」
咲「な、何?」ドキッ
京太郎「俺とこうやって手を繋いでるからって気にしなくていいからな」
咲「え?」
京太郎「ただ単に転んだら危ないからやってるだから。変に気にするなよ」
咲「……」ピタッ
京太郎「咲?」
咲「……京ちゃんのバカ!」
京太郎「え!? なんで!?」
カンッ!
<ハギヨシの場合>
ハギヨシ「旦那様の方のパーティーの準備はこれで完璧ですね」
ハギヨシ「後は……杉乃さん」
歩「は、はい!」
ハギヨシ「お嬢様たちの方のクリスマスパーティーの準備は進んでいますか?」
歩「はい! でも飾りとかは用意だけしかしてませんけどいいんですか?」
ハギヨシ「ええ。実際の飾り付けは私がしますから、準備だけしていただければ大丈夫です」
歩「でも結構量ありますよ? 私も手伝います」
ハギヨシ「量があるからこそですよ。それより、お願いしていた調味料の買い出しはどうなってます?」
歩「あっ! す、すみません、忘れてました! 急いで行ってきます!!」タタタッ
ハギヨシ「お願いします。……さて、それでは始めましょうか」
一「ちょっと待ったー!」
ハギヨシ「国広様。どうなさいましたか?」
純「飾り付けは俺たちがやるから、ハギヨシは透華の世話でもしててくれ」
智樹「手出し無用」
ハギヨシ「井上様に沢村様まで。……しかし皆様、今日はお嬢様とクリスマスパーティーをするのでお休みのはずです」
ハギヨシ「普段はメイドであっても本日は客人。お客様に準備をさせることなど出来ません」
純「わかってねえなハギヨシは。その準備をするってのがいいんじゃねえか」
ハギヨシ「準備をするのがいい……ですか」
一「ほら、お祭りとかも準備が一番楽しいっていうでしょ? 自分たちでするパーティーだから、準備も自分たちでしたいんだ」
ハギヨシ「なるほど」
智樹「実は透華にはもう言ってある。ハギヨシさんは手伝わないようにと言っていた」
ハギヨシ「透華お嬢様のご命令でしたら、私が手を出すわけには参りませんね」
ハギヨシ(飾り付けが必要ないとなれば……少し早いですが料理の下準備に入りましょうか。パーティーが早まらないとも限りませんし)
一「あ、もしかしてまた別の仕事しようと考えてる?」
ハギヨシ「おや、わかりますか」
一「ハギヨシさんはいっつも仕事のことばっかり考えてるからね。でもダメだよハギヨシさん。実は透華からここで待ってもらうようにって言われてるんだ」
ハギヨシ「お嬢様が?」
一「うん。直接頼みたいことがあるんだって」
ハギヨシ「頼みごとですか。一体どういった頼みごとなのでしょう?」
純「それは直接聞いてのお楽しみだ」クックッ
智樹「……あ、来たみたい」
透華「ハギヨシ! 買い物に行きますわ! 付き合いなさい!」バンッ
ハギヨシ「お買い物でございますか。しかし後2時間もすればパーティーが始まってしまいますがよろしいのですか?」
透華「ええ、構いません。その……」チョイチョイ
ハギヨシ「?」ソッ
透華「今日のパーティーに必要なものを買い忘れてしまいましたの」ヒソッ
ハギヨシ「そうでございましたか」クスッ
透華「わ、笑わないでくださいまし!」
ハギヨシ「これは失礼いたしました。しかし、それでしたら早く行ったほうがいいでしょうか」
透華「そうですわね。早く行きましょう」
ハギヨシ「私にお申し付けくださればすぐに買ってまいりますが」
透華「ふぇっ!? え、えっとそれは……」アセアセ
衣「落ち着けとーか。お前は何のために買い物に行くのだ」
一「純くん、衣はいつの間に来てたの」ヒソヒソ
純「透華にくっついて来たんだろ。多分」ヒソヒソ
智樹「小さくて気付かなかった」ヒソヒソ
衣「貴様ら聞こえておるぞ!」
透華「そ、そうでしたわ。コホン、私が買いに行くものは私自身が買わなければ意味がありませんの」
透華「あなたに頼むよりずっと時間がかかってしまいますが、それでも人に頼むわけには参りませんわ」
ハギヨシ「そうでございましたか。浅慮をお許し下さい」
透華「構いませんわ。それでは行きますわよ」
ハギヨシ「はっ。ただその前にいくつか指示を出して参りますので、少々お待ちを」
透華「ええ、分かりました」
ハギヨシ「なるべく早く伝えてまいります」シュン
衣「相変わらずあやつの本気の動きは消えているようにしか見えぬな。何なのだあれは」
純「というか本当に瞬間移動してんじゃねえの? 走ってるならオリンピックで金メダルどころじゃねえだろ」
一「金メダルより瞬間移動の方が凄いと思うけど、感覚が麻痺しちゃってるね」アハハ
一「それで今回はどのくらいで戻ってくると思う?」
智樹「今日はクリスマス。指示も多くなるはずだから5分はかかると思う」
透華「何を言ってますの。ハギヨシがなるべく早く伝えると言ったのですから、長くても30秒ほどで戻ってきますわ」
純「いや、さすがにそれは。30秒じゃ何も伝えられね――」
ハギヨシ「お嬢様、大変お待たせいたしました」シュン
純「うおおっ!?」ビクッ
透華「30秒と待ってませんわ。さ、早く参りましょう」ツカツカ
ハギヨシ「はっ」
純「……なあ。30秒で指示って出来るもんなのか?」
一「メモに指示を書いて渡したんじゃないかな。にしてもどうやって書いたのかって感じだけど」
衣「あやつばかりは衣にも理解が出来ん」
――商店街――
透華「さすがに人が多いですわね」
ハギヨシ「クリスマスですから」
透華「……カップルが多いですわね」
ハギヨシ「クリスマスですから」
ハギヨシ(意識していると思われてはまずいのであえて聞きませんでしたが、2人きりで買い物とは……)
透華「私たちもカップルに見えるのでしょうか」
ハギヨシ「僭越ではございますが、兄妹のように見えるのではないでしょうか」
透華「髪の色が違いますわよ?」
ハギヨシ「染めていると思われるのではないかと」
透華「……まあそうですわね。変なことを聞きましたわ」
ハギヨシ「いえ」
ハギヨシ(……動揺を抑えられたのは我ながら見事ですね。先に2人きりだと意識していてよかった)
ハギヨシ(動揺しやすいお嬢様が平然としていることから見ても、おそらく単なる雑談だったのでしょう。気付かれてしまうわけには参りません)
透華「……ところでハギヨシには恋人などいたりしますの?」
ハギヨシ「……恋人ですか」
ハギヨシ(畳み掛けられるようにこんな質問をされるとは……! 少し言葉に詰まってしまったことを気付かれなければ良いのですが……)
透華「ええ。あなたであれば恋人の1人や2人、いてもおかしくないと思うのですけど」
ハギヨシ「私に恋人などと。私には執事の仕事がありますので、恋人を作る暇などありません」
透華「……確かにいつもあなたのお世話になりっぱなしですわね。よろしければ今度長期の休暇を取れるようお父様に掛け合いますわ」
ハギヨシ「いえ、時間を作ることが出来ないのは私の責任ですので。現に父は龍門渕に仕えながら母と結婚しております」
透華「あなたのお父上が優秀な執事であることは知ってますわ。けれどあなたも十分に優秀な執事です」
透華「そのあなたを恋人を作る暇がないなどという状況に置かせていることは、龍門渕家の恥ですわ。ですからちゃんと休暇を取りなさい」
ハギヨシ「……お嬢様。私は今はまだ恋人を作ろうなどと考えておりませんし、それに龍門渕に仕えることは私の生き甲斐でもあるのです」
ハギヨシ「ですから、どうかそのようなことをおっしゃらないでください。今の私には執事として働く事こそが喜びなのです」
ハギヨシ(……それに、休暇をいただいたところでお嬢様から離れてしまっては仕方がない。……こんなこと、口が裂けようとも言えませんが)
透華「あなたの主としてその言葉は嬉しいですけれど……」
ハギヨシ「それに衣様など、私のお仕えする方は、まだ目を離すわけには参りませんので」
透華「……そうですか。わかりましたわ。まったく、あなたも大概頑固ですわね」フゥ
ハギヨシ「恐縮です」
透華「……ところでハギヨシ。その衣などのなどには他に誰が入りますの?」
ハギヨシ「おや、そのようなことを言いましたでしょうか」ニコッ
透華「言いましたわ! その表情は私のことを言っているということでよろしいですわね!」
ハギヨシ「そのようなこと、私は一言も申し上げておりません」
透華「もう、ハギヨシなんか知りません! 早く長期休暇でもなんでも取るがいいですわ!」
ハギヨシ「失礼いたしました」クスクス
ハギヨシ(納得していただけてよかった。……しかし、これほど強く恋人を作るよう言われるとは)
ハギヨシ(兄に恋人がいないことを恥じる妹のような感情なのでしょうか。お嬢様に慕われているという自負はありますが、やはりどこまでも親愛の情なのでしょう)
ハギヨシ(兄のように慕っていただけるということは、無論、執事として身に余る光栄ではありますが……少しつらいですね)
透華「ハギヨシ? どうかしましたの?」
ハギヨシ「いえ、何でもございません」
透華「……そうですの」
ハギヨシ「ところでお嬢様。ここへは何を買いに来られたのですか?」
透華「一たちにプレゼントを買いに来ましたの」
ハギヨシ「プレゼントでございますか? しかし先日プレゼント交換用にと買われておられたのでは」
透華「ええ、買いましたわ。ですからあれはみんなで楽しむプレゼント交換用として。今日は買うのは一人ひとりに対して日頃の感謝を込めてです」
ハギヨシ「そうですか……」
透華「何か気になることがありますの?」
ハギヨシ「いえ、お言葉ではございますが、お嬢様からだけプレゼントを渡してしまわれると、衣様たちが気にされてしまうのではないかと」
透華「ああ、そのことでしたら心配ありませんわ。部長として部員に感謝の気持ちを伝えるのは当然のことですわ」
ハギヨシ「なるほど……私は部活動をしたことがないのでわかりませんが、部長というのはそういった役割もあるのですね」
透華「ええ。まあプレゼントまで渡すのは別かもしれませんが、それは私の器の大きさですわ!」オーッホッホ
ハギヨシ「このハギヨシ感服いたしました。それで私の役目は荷物を持つことでございますか?」
透華「そのような荷物持ちをさせるだけでしたら、わざわざあなたに頼みませんわ」
ハギヨシ「? それでは何を致せばよろしいのでしょうか」
透華「その……どんなプレゼントを渡せばいいか、相談に乗って欲しいのです」
ハギヨシ「……既に決めておられていなかったのですか?」
透華「じ、時間がないのはわかってますわ! ただ何がいいのか考えていたらこんな時間になってしまって……」
ハギヨシ「……承りました。微力ではございますが、なんなりとお申し付けください」
透華「頼りにしてますわ!」
…………
………
……
…
透華「ふう。なんとか揃いましたわね」
ハギヨシ「ええ、きっとみなさん喜んでくださいます」
透華「あなたのお陰ですわ。ありがとう、ハギヨシ」
ハギヨシ「私は何もしておりません。選ばれたのは全て透華お嬢様ですよ」
透華「まあ、あれだけ人の選ぶものに注文をつけておいてよくいいますわ」
ハギヨシ「目立つのがお好きでない方もいらっしゃいますので」
透華「あの帽子もあの服も、きっと智樹に似合いますのに」
ハギヨシ「似合うかどうかと本人の好みはまた別です」
透華「意地悪ですわね……クシュンっ!」
ハギヨシ「日が落ちてきて寒くなってきましたね」ハッ
透華「そうですわね」ブルッ
ハギヨシ(……失態ですね。透華お嬢様と2人きりだということを過剰に意識するあまり、お嬢様が服を着込んでいないことに気付かないとは)
ハギヨシ(透華お嬢様はあまり時間がかからないと思い用意されたのでしょう。にも関わらず私は時間をかけさせこのような時間にまで……)
ハギヨシ「お嬢様。すぐに防寒具を用意してまいりますので、ここで少々お待ちを」フッ
透華「え? は、ハギヨシ!?」
透華「……もう、折角厚着にしないようにしましたのに」ボソッ
ハギヨシ「お待たせいたしました」
透華「相変わらず速いですわね。これは……手袋とマフラー?」
ハギヨシ「お嬢様。これほど寒くなるまで気付かず申し訳ございません。これで暖をお取りください」
透華「……この手袋とマフラーはあなたが買ってまいりましたの?」
ハギヨシ「はっ。お嬢様に対して不相応なものではございますが、気温が低くなっておりますので、何卒つけていただければ」
透華「……いえ、あなたが選んでくれたのですもの。是非つけさせてもらいますわ」パサッ
透華「暖かいです。デザインも気に入りましたわ。ありがとう、ハギヨシ」ニコッ
ハギヨシ「恐悦至極にございます」
ハギヨシ(大切なお嬢様を凍えさせるところでした。反省しなければなりませんね)
透華「ですがこんなプレゼントを貰ってしまっては悪いですわ」
ハギヨシ「プレゼントなどと。これはただ私の不徳を補うためのものです。そのように思われる必要などございません」
ハギヨシ(……クリスマスに手袋とマフラーを渡す。これはプレゼントと思われても仕方がない、というか当然ですね)
ハギヨシ(下心などなく買ったものですが……このようなところから気付かれてしまわれるのは拙い)
透華「そういうわけには参りませんわ。……実は部屋にハギヨシのためのプレゼントを用意してますの。帰ったら渡しますわ」
ハギヨシ「私にプレゼント……ですか?」
透華「そんなに意外な顔をしなくでもいいでしょう? 一たちに感謝の気持ちとしてプレゼントを渡すのですから、あなたに渡しても不思議ではありませんわ」
ハギヨシ「……無常の喜びにございます」
透華「受け取る前にあまり喜ばないでくださいまし!」カアァァ
ハギヨシ「お嬢様が選ばれたものは至高の品に違いありませんので」
透華「言っても無駄でしたわね。まあ期待してなさい」
ハギヨシ「はい」
透華「帰ったらすぐに渡しますわ。……ですから今ハギヨシからプレゼントされて、慌てて用意したわけではありませんの! それをよく理解なさい!」
ハギヨシ「はっ」
ハギヨシ(……なぜわざわざ強調されるのでしょう?)ハッ
ハギヨシ(私のプレゼントに下心を感じられたから? あくまでこれから渡すプレゼントは、あらかじめ用意した感謝の気持ちとしてのものであると釘を刺すために)
ハギヨシ(妙なことは考えないようにという意味ですね。……迂闊な行動はしないよう気をつけなければ)
透華「あなたより先に用意していたんですのよ! この間麻雀部のみんなで買いに行って――ひゃっ!?」ツルッ
ハギヨシ「お嬢様!!」ガシッ
透華「あ、ありがとうございます」
ハギヨシ「いえ、お気をつけ下さい」
透華「……手、暖かいんですのね」
ハギヨシ「これは失礼いたしました。すぐに離して――」
透華「いえ、構いませんわ。それよりもっと……」ギュッ
ハギヨシ「……お嬢様?」
透華「なんですの?」ギュッ
ハギヨシ「お戯れはおやめください」
透華「戯れではありませんわ。また今のように足を滑らせては危ないじゃありませんの」
ハギヨシ「……それでしたら、手を繋いでいればそれで十分です。何も腕を組まずとも……」
透華「ハギヨシから貰ったマフラーと手袋で暖まりましたが、それでもまだ少し寒いですわ。こうしていれば少しは寒さをしのげるから、腕を組んでいるのです」ギュッ
ハギヨシ(からかわれているのか言葉通り暖を取るためなのか……半々というところでしょうか)
ハギヨシ(……あまり強く拒絶してしまっては、それこそ意識していると思われてしまいますね。この辺りが退き時でしょう)
ハギヨシ「かしこまりました。ご随意になさってください」
透華「ええ、もちろんですわ」ギュ-
ハギヨシ(お嬢様はまったく動揺されていませんね。気軽にこういうことをされるということは、やはり私はどこまでも兄なのでしょう)
ハギヨシ(これ以上を望むなど許されることではありません。お嬢様の無防備さに心を惑わされないようにしなければ)
透華「……おや。ハギヨシ、あそこにいるのは宮永咲じゃありませんの?」
ハギヨシ「確かに宮永様でいらっしゃいますね。隣には男性が……」
ハギヨシ(あれは須賀くんでしょうか。恋人が欲しいと言っていましたが、見つかったようですね)
透華「やはり宮永咲ですの。我がライバルの所属するチームのエース! 来年も当たるでしょうし話しかけない手はありませんわね。行きますわよ!」
ハギヨシ「はっ」
ハギヨシ(デート中に話しかけるなどあまりよろしくはないでしょうが……私も須賀くんと話してみたいですし、止めるのはやめておきましょう)クスッ
透華「宮永さん、お久しぶりですわね」
咲「ど、どうもこんばんは」ペッコリン
ハギヨシ「須賀くんもお久しぶりです。宮永様とご一緒ということは清澄高校の生徒だったのですね」
京太郎「師匠こそ龍門渕の執事だったんですね」
ハギヨシ「……何度か申し上げていると思うのですが、出来れば師匠と呼ぶのはやめていただけないでしょうか」
京太郎「す、すみません。つい」
透華「あら、ハギヨシが言っていた須賀くんとはこの方ですの。まさか宮永さんの恋人とは思いませんでしたわ」
ハギヨシ「ええ、世間は狭いですね」
咲「こ、恋人!?」
透華「クリスマスイブに2人でデートなんて、恋人以外のなにものでもないじゃありませんの」
咲「ち、違います! 京ちゃんとは単なる幼馴染で、今日は買いたい本があるから付いて来てもらっただけです!」
京太郎「そうですよ。咲の買い物に付き合わされてるだけです」
ハギヨシ「おや、それは失礼いたしました。とても仲睦まじそうに見えたものですから」
京太郎「幼馴染ってこんなもんですよ」
透華「2人は幼馴染なんですの。でも幼馴染とはいえ、それだけで2人きりでクリスマスに出かけるというのは……」
京太郎「本当にそれだけですって。咲がわがまま言うからですよ。俺はこいつのことなんてなんとも思って――」チラッ
咲「むー。わがままって何なの?」プクー
京太郎「つ、ついて来いって言ったのはお前だろ!」
ハギヨシ(幼馴染ですか。仲の良さが伝わってきて微笑ましいですね)
京太郎「そ、それにクリスマスで2人でデートなんて言ったら、ハギヨシさん達だってそうじゃないですか」
咲「名家のお嬢様とその執事の恋……素敵ですね」
ハギヨシ(はたから見ればそのように見えるのですか。……まあもっとも)
透華「……恋だなんて、そんなものではありませんわ」
京太郎・咲「え?」
透華「これから龍門渕でクリスマスパーティーを開くのですが、そのとき一たちに渡すプレゼントを買いに来ただけです」
ハギヨシ「私はそのお供に」
ハギヨシ(お嬢様は少しもそのようには思っていらっしゃらないようですが)フゥ
京太郎「え、ええー……?」
ハギヨシ「須賀くんたちと同じですよ。クリスマスに2人でいるからといって恋人とは限りません」
ハギヨシ「ましてお嬢様と私は主と執事なのですから」
透華「まあ私達も勘違いしましたし、おあいこというところですわね」
咲「は、はぁ」
咲・京太郎「……」ジー
透華・ハギヨシ「?」ピッタリ
透華「……もしかして腕を組んでいるのを不思議に思ってますの?」
咲「え、ええと……はい。恋人じゃないならしないんじゃないかなと……」
ハギヨシ(ごもっともですね。勢いでとはいえ明らかに不自然です)
ハギヨシ(……しかし、何を言おうと不自然とはいえ、お嬢様の名誉のためには言い訳をしないわけには参りませんね)
ハギヨシ「これは雪が凍って滑りやすくなっている場所があるので、お嬢様の安全のためにしているだけですよ」
京太郎「あー確かに夜はこの辺も滑りやすいとこありますね」
ハギヨシ「ええ。先程もお嬢様が足を滑らせてしまいましたので、それからこのようにしております」
ハギヨシ(我ながら空々しいことを言っていますね……須賀くんが信じていそうなのが救いですが)
透華「もう、ハギヨシ。恥ずかしいからそういうことは言わないでくださいまし!」
ハギヨシ「これは失礼いたしました」クスッ
咲「足元が不安定だからしてたんですね。びっくりしちゃいました」
透華「ええ、そのためです。……ですから他の意味はないのです。他には、何も」チラッ
咲「……?」
京太郎「ハギヨシさん、変なこと思ってすみませんでした」
ハギヨシ「いえ、この様子だけ見ればそう思われるのも無理はありませんから」
咲「……」
ハギヨシ(宮永様の様子が気になりますね……恋愛ごとについては女性のほうが遥かに聡いですから、気付かれてしまったのでしょうか)
ハギヨシ(時間も迫っていますし、あまり長引かせないほうが良さそうですね)
ハギヨシ「おや。透華お嬢様、そろそろ戻りませんと時間が」
透華「あら、もうそんな時間ですのね。それではここで失礼致しますわ」
ハギヨシ「宮永様、須賀くん。どうぞよい聖夜を」
咲「い、いえ。こちらこそ失礼いたしました」
京太郎「ま、また会ったらよろしくお願いします」
透華「今度の大会は負けませんわ! 原村和にも伝えておきなさい!」オーッホッホッ
咲「は、はい! でも私たちも負けません!」
透華「ふふっ。頼もしいですわね。それでこそ我が宿命のライバルのいる高校!」
ハギヨシ「お嬢様」
透華「わ、わかってます! それではまた大会で会えることを祈ってますわ!」オーッホッホッ
咲「あはは……」
透華「あなたの話していた須賀くんは清澄高校の生徒でしたのね」ギュッ
ハギヨシ「ええ、私も驚きました」
透華「あら、そう言って実は来年のために清澄高校の内情を探ろうとしていた、などということはありませんの?」
ハギヨシ「申し訳ございません。そこまで気が回りませんでした」
透華「冗談ですわ。あなたが同性の友人を作るだなんてそうそうありませんもの。大事になさいな」
ハギヨシ「ありがとうございます」
透華「……ところであの2人は幼馴染だと言ってましたわね」
ハギヨシ「ええ、言っていました」
透華「あなたはどう思います?」
ハギヨシ「どう、とは?」
透華「もう、鈍いですわね! あの2人が本当に単なる幼馴染なのか、それとも付き合っていて照れ隠しでああ言っているのか、どちらだと思います?」
ハギヨシ「そういうことでしたか。そうですね……宮永様は須賀くんのことを意識しているようでしたが、須賀くんの様子を見る限り恋人ではなさそうかと」
透華「私もそう思いましたわ。ただ、あの様子を見ると付き合うのも遠くはなさそうですわ」
ハギヨシ「ええ、須賀くんは恋人が欲しいと言っていました。胸の豊かな女性が好きとのことでしたが、宮永様も可愛らしい女性です」
ハギヨシ「須賀くんに宮永様の気持ちが伝われば、そのうちに付き合うこともあるでしょう」
透華「そのうちに、というほどではないと思いますわよ? 須賀くんも宮永さんのことを意識していましたもの」
ハギヨシ「……?」
透華「あら、わからないというような顔ですわね」
ハギヨシ「申し訳ございません。私には須賀くんが意識しているとはわかりませんでした」
透華「まあおそらくまだ自覚もない程度だとは思いますけど、それでも目を見ればわかりますわ」
ハギヨシ「そうでございましたか」
透華「鈍感な男の子が、幼馴染も女の子だということに気づいて意識し始めてしまう……王道ですわね」
ハギヨシ「リア充爆発しろ」
透華「!?」
ハギヨシ「……と、沢村さんでしたら言いそうな関係ですね」
透華「と、突然何を言い出すのかと思いましたわ。ハギヨシもそういう言葉を使いますのね」ドキドキ
ハギヨシ「ちょうどよい表現が他にございませんでしたので」
透華「そうかしら……? まあいいですわ」
ハギヨシ(……他に好きな女性がいるならともかく、幼馴染から好意を向けられていて、自分も意識しているにも関わらず恋人が欲しいなどというとは)
ハギヨシ(私とは酷い差ですね。……まあ、そもそも透華お嬢様と私は主従の関係ですから、須賀くんと宮永様と違うのは当たり前なのですが)
透華「……ハギヨシ。私達も宮永さんと須賀くんと同じように幼馴染ですわね」
ハギヨシ「辞書のような定義で言うのであれば間違いなく」
透華「主と執事として出会わなければ、私達もあの2人のような関係になっていたのでしょうか」
ハギヨシ「……」
ハギヨシ(今の関係ではあの2人のようにはならないということを前提にしていますね。ということは単なる雑談のようなものでしょうか)
ハギヨシ(特に意識をされているわけではないのでしょうが、こうも続けて男として見られていないと思い知らされると少し堪えますね……)
ハギヨシ(……ともあれ、返事はしなければなりませんか。まあ、この質問であれば正直に答えても問題はないでしょう)
ハギヨシ「僭越ではございますが、須賀くんと宮永様のようにはならないであろうと愚考いたします」
透華「……そうですの。それはなぜです?」
ハギヨシ「確かに私は幼少の頃よりお嬢様に仕えており、出会った頃から主従の関係でございました」
ハギヨシ「ですが、私がお嬢様にお仕えし続けているのはただ雇われているから、などというわけではございません」
ハギヨシ「私がお嬢様にお仕えしているのは、透華お嬢様のことを心よりお慕い申し上げているからなのです」
透華「ふぇっ!?」
ハギヨシ「たとえどのような出会い方をしようとも、あなたが龍門渕透華である限り、私はお嬢様にお仕えするでしょう」
ハギヨシ「私はお嬢様にお仕えするために生まれてきたのだと幼少の頃より思っています。その思いは今も変わっておりません」
ハギヨシ「もしお許しいただけるのであれば、あなたのお側で一生お仕えさせていただきたいと、そう思っています」
ハギヨシ「ですから、たとえ主と執事として出会わずとも、お嬢様と私は須賀くんと宮永様のようにはなりません」
ハギヨシ「……それに人の関係というものは、単に出会いだけで決まるものではございませんよ」ニコッ
透華「」
ハギヨシ「……お嬢様? 透華お嬢様?」
透華「あ、あなたはそういう台詞を平気で言いますのね」
ハギヨシ「そういう台詞とは……?」
透華「慕うという言葉はそう気軽に使っていい言葉ではありませんわ」
ハギヨシ「……もし、誤解させてしまっていたら申し訳ないのですが、慕うという言葉には尊敬するという意味もございます」
透華「紛らわしいですわ! 素直に尊敬していると言いなさい!」
ハギヨシ「申し訳ございません」
ハギヨシ(まあ、尊敬しているという意味だけ、とも言ってはいないのですが)フゥ
透華「わざとじゃありませんの? もう、ハギヨシがそんなことを言うものですからビックリしましたわ」
ハギヨシ「失礼いたしました」クスッ
透華「あっ、今笑いましたわね! やっぱりわざとからかったんですのね!」
ハギヨシ「何かの見間違えですよ」フフッ
透華「いじわるするハギヨシは嫌いですわ」プイッ
ハギヨシ(これくらいで誤魔化すことは出来たでしょうか。そろそろ謝罪いたしましょう)
ハギヨシ「お嬢様に嫌われてはこのハギヨシ生きて行けません。どうかお許し下さい」ペコッ
透華「……一生仕えると言いましたわね」
ハギヨシ「はっ」
透華「許すも何も私はもとよりそのつもりですわ。ですから、先に死ぬなんて許しません。生きて行けないなどと簡単に言うものではありませんわ」
ハギヨシ「肝に銘じます」
透華「あそこに時計が。……もうこんな時間ですのね」
ハギヨシ「国広さんたちの準備も後少しというところでしょうか」
透華「ええ。そうですわね。ハギヨシ、早く帰りましょう? パーティーが始まってしまいますわ」
ハギヨシ(……やはりこのように言われましたか。意識されていないことはわかっていますが)
ハギヨシ(意識をされているなら、こんな腕を組んでいるというシチュエーションで早く帰ろうなどと言わないでしょうから)
透華「ハギヨシ?」
ハギヨシ(少しでも長く愛しい人と触れていたいという心をまったくわかろうとしない。そんなお嬢様がたまらなく愛おしい)
ハギヨシ(ですからせめて、お嬢様が相応しい相手を見つけるまで。その時まではこの想いを胸に抱く身勝手をお許し下さい)
ハギヨシ「いえ、なんでもございません。ですが足元が滑りやすくなっております。あまり急いでは危のうございますよ」
透華「……そうですわね。あなたの言うとおりゆっくり帰りましょう」
ハギヨシ「はい。ご心配なさらずともお嬢様がお戻りになられるまで、パーティーが始まることはありませんよ」
透華「わかっておりますわ。……それでは会場まで、しっかりとエスコートなさい?」
ハギヨシ「承知いたしました。透華お嬢様」ニコッ
透華「!」バッ
ハギヨシ(……顔を伏せてしまわれた。警戒させてしまいましたでしょうか。知られるわけには参りませんし、これ以上疑念を抱かせないようにしなければ)
ハギヨシ「ところでお嬢様。エスコートする場合もう少し離れるのが通例ですが、いかが致しましょう」
透華「なっ! このままで結構です!!」
ハギヨシ「お、お嬢様?」
透華「ふんっ!」
ハギヨシ(……なぜ突然不機嫌になられたのでしょう?)
カンッ!
咲と透華の分も今日書くつもりだったけど、間に合わなかったのでここまでで
年内には2人の分も終わればいいなと思ってます
京太郎・ハギヨシ「「リア充ども爆発しろ!!」」
周囲の面々『てめーらがそれを言うかっ!?』
つまりはこういうことか…
クリスマスはとっくに過ぎましたがとりあえず咲の分だけ投下します
「の、和。麻雀部のクリスマス会の後予定あるか? もし予定が空いてたら俺に付き合ってくれ!」
心臓が鷲掴みにされたような気がした。
京ちゃんが和ちゃんのことが好きなことは知っていた。
けれど実際に聞いたその言葉は、部室に入ろうとしていた私を固まらせるのに十分だった。
その後も何かしゃべっていたようだけど私の耳には届かない。
京ちゃんが取られちゃうとか、これからどうしようとか、どんな顔で話せばいいんだろうとか、そんなことばかりが頭に浮かんでは消えていた。
混乱した私の頭を覚醒させたのは、和ちゃんのこの言葉だった。
「とりあえず私が須賀くんの誘いを断ったってことだけわかってくれれば大丈夫です」
……京ちゃんがフラれた!
心の底から喜んでしまって思わずガッツポーズ。けれどその直後自己嫌悪に陥った。
仮にもずっと一緒だった幼馴染の不幸を喜んでしまうなんて。思ったより自分は心の狭い人間のようで嫌になる。
……それでも、想い人が自分より遥かに魅力的な親友の恋人にならなかったという事実は、自己嫌悪に陥った暗い気分を相殺して余りあった。
後は部室の中に入るタイミングだ。
和ちゃんが京ちゃんの誘いを断ってからも何ごとか喋っていたようだが、あいにく歓喜と嫌悪を繰り返した頭には何を喋っていたかまったく記録されていない。
今はどういう状況なのかとドアに耳を近づけようとした時、突然にドアが開いて和ちゃんが中から出てきた。
「……咲さん? 何をしているんですかこんなところで」
「え、ええと……」
まずい。これ以上なく最悪のタイミングで顔を合わせたせいで上手い言い訳が浮かばない。
なんと言おうかとまごついていると、和ちゃんは何か納得したようにため息をついてドアを閉め、私を部室から5mくらい引き離した。
「今のを聞いてましたね?」
「ななな、何のことかよくわからないよ……?」
我ながら嘘を付くのが下手だと思う。案の定和ちゃんにはまったく通じていなかった。
「そういうのはいいですから。どこから聞いていたんですか」
「こ、怖いよ和ちゃん」
怒った和ちゃんは部で一番怖い。だけど今日の和ちゃんはその3割増しで怖かった。
その原因が私の下手な誤魔化しであることは明白なので、素直に本当のことを喋ることにした。
「どこからっていうか、聞こえたのは京ちゃんが告白したところと和ちゃんが断ったところだけだよ。
他にも喋ってたと思うけど、頭に全然入ってこなかったから、聞いたのはその2つだけわかんない」
盗み聞きするつもりはなかったんだよと続けたけれど、和ちゃんはそんなことはどうでもいいとばかりに首を振って答えた。
それじゃあなんで怒ってるんだろう。その考えがまとまるより速く、和ちゃんは再び口を開いた。
「聞いてなかったのなら大丈夫です。それじゃあ速く須賀君のところに行ってあげてください」
「京ちゃんのところに? でも落ち込んでると思うし……」
「だからこそですよ。私が元気づけるわけにもいきませんから」
和ちゃんがそれを言うんだ……。まあ確かに、和ちゃんが元気づけられないのはそのとおりだと思うんだけど。
「……まあそれに、そこまで落ち込んでもないと思いますが」
「え? 何か言った?」
「いえ、なんでもありません。それより私は先に帰ってますね」
「あ、う、うん」
「それではまた。上手くいくことを祈ってますよ」
「あ、ちょっと待って!」
「なんですか?」
立ち去ろうとした和ちゃんを呼び止める。
和ちゃんは速く帰りたそうだったけど、これだけは聞いておかないと。
私が京ちゃんを好きなことは和ちゃんも知っている。
もし京ちゃんを振ったのがそういう理由なら、和ちゃんこそ京ちゃんのところに行くべきだ。
そんなことを和ちゃんに伝えると、和ちゃんは即座に否定した。
「違います。須賀君のことは友人としては好きですが、男性としては好きじゃないです」
あまりにも見事な切り捨てようで、何も言葉を返せなかった。
ここまで簡潔に否定されると逆に清々しい。
「後はまあ、いずれフラれるとわかっている相手と付き合いたくないというのもありますが」
「フラれる? 和ちゃんが京ちゃんに? 和ちゃんが京ちゃんをフるの間違いでしょ?」
「フラれるですよ。半年くらいは持つかもしれませんけど。しかし本当に同じ反応ですね……」
和ちゃんの言うことは難しくて、私にはよく理解が出来ない。
1つだけわかったのは、和ちゃんは私のことを気遣って京ちゃんをフったわけではないということ。
……それならいいかな?
落ち込んでるときになんてちょっと卑怯かもしれないけど、それくらいは許されていいはずだ。
今度こそこの場から立ち去る和ちゃんに手を振って、私は京ちゃんのところへ足を向けた。
部室のドアを開けると京ちゃんはベッドの前で何事か呟いていた。
あ、ベッドに寝転んだ。
どうやら私のことには気づいていないらしい。折角なのでいきなり声をかけて驚かせることにしよう。
私は京ちゃんに気付かれないように、死角を辿ってそっと京ちゃんのそばへと忍び寄った。
「やっぱ軽そうに見えるのか? この髪だししょうがねえと思うけど、半年以上同じ部活なんだし本気だってわかってくれると思ったのになあ」
京ちゃんの喋っていることが分かるくらいまで近づくと、京ちゃんは虚空に向かって和ちゃんにフラれた愚痴をこぼしていた。
本気で言っているわけではないだろうけど、和ちゃんが京ちゃんのことを軽そうになんて見ているわけがない。
声をかけるならこのタイミングだろうと思い、いまだに私に気付かない、鈍い京ちゃんのひとり言に加わるように声をかけた。
「こら、和ちゃんがそんなふうに思ってるわけないでしょ」
「だってそうじゃなきゃ半年でフラれるなんて変なこと言うわけ……さ、咲!?」
急に声をかけられたことに驚いたのか、京ちゃんは目を見開いて私の方を見た。
そんな京ちゃんの様子がおかしくて思わず笑ってしまう。
それからは私が京ちゃんをからかうようにして会話を続けた。
うん、いつも通りに喋れてる。
普通にしゃべることが出来るのか不安だったけれど、存外京ちゃんとしていたやりとりは体に染み付いていたようだ。
本当はいつも通りじゃないほうがいいのかもしれないけれど、それはやめておいた。
上手い方法が思いつかなかったし、もしぎこちない喋り方になって京ちゃんに逆に気を使わせてしまったら、元気づけに来た意味がない。
「……それでフラれたって聞いて何しに来たんだよ? 俺のこと慰めてくれたりすんの?」
そうだよ。と素直に答えるには私の勇気が足りなかった。
もし拒絶されてしまったら立ち直れそうにない。
だから本当の気持ちは誤魔化すようにして答える。
幸い私と京ちゃんは幼馴染だ。不審に思われずに京ちゃんを元気づけようと誘う口実はいくらでもある。
今回はちょうどクリスマスだから、毎年誘ってる買い物を今年も誘おう。
そう思って京ちゃんを買い物に誘うと、京ちゃんからはグリグリで返事をされた。
元気づけようとしている女の子にやることじゃないと思う。京ちゃんひどい。
京ちゃんは中々返事をしようとしない。
あまり気が乗らないのか私1人で買い物に行かせようとさえする。
確かに私が買い物に行きたいからって言ってはいるけれど、少しくらいは一緒に行きたいのだという想いを汲んでくれてもいい気がする。
なんといってもクリスマスイブなのだから。1人で本を買いたくないというのも半分は本音だった。
「はいはい。ったく、それで俺に付き合えって?」
長い交渉の末、ようやく京ちゃんが態度を軟化させた。
口では嫌そうに言っているけれど、こういう反応をしてくれるときは大体OKしてくれるのが京ちゃんだ。
「うん。……ダメ?」
私がこう言って付き合ってくれるようにせがむと、京ちゃんはため息を一つついた後、付き合っていいと言ってくれた。
毎年誘っていることをいい加減覚えてくれてもいいのにと思うけど。
……まあ、覚えていたら覚えていたで焦っちゃいそうなんだけど。
「……そういえば去年もクリスマスに本買いに行かなかったっけか? あれ、その前も……?」
ほんとに覚えてた!?
どうしよう。もし私が京ちゃんのことが好きだから誘っているのだと気付かれてしまうと、関係がぎこちなくなってしまうかもしれない。
鈍い京ちゃんが気付くなんて思っていなかったので、とっさにいい言い訳が思い浮かばない。
かと言って間が開いてしまえば、それはそれで不審に思われてしまう。
しかたない。多少強引ではあるけれど、ようやく頭に浮かんだ理由を言ってみよう。
「ま、毎年クリスマスに本を出してる作家さんなの!」
我ながら酷い言い訳だ。和ちゃんのときにも思ったけれど、私は嘘をつくのが向いていないらしい。
「へえ。そんな作家もいるのか」
信じてくれた!?
言い訳が通じて嬉しいはずなんだけれど、悲しくなるのはなんでだろう……
「……はぁ。ほんとは和とクリスマスの約束をして一緒に帰る予定だったのに、何が悲しくてお前と帰ってんだろ」
帰り道。京ちゃんがいきなり人のことを煽ってきた。
売られた喧嘩は買わなければ。
私たちは売り言葉に買い言葉で、まるでいつものようにじゃれあった。
京ちゃんがフラれたことに触れていいものかどうか迷っていたけれど、京ちゃん自身が先に言ってきたので助かった。
反応に困るも何もあるのかと京ちゃんが言ってきたけど、困らないわけがないじゃない。
「……でも、思ったより元気そうで安心した」
「……もしかして心配してくれてたのか?」
言葉の代わりに頷きで返事をした。
京ちゃんが和ちゃんに告白しているのを聞いたときは本当に苦しかった。
本当に失恋をしたわけじゃないのにあれほどつらかったのだ。本当に失恋してしまった京ちゃんがどれほどつらいのかなんて想像もできない。
だから心配するのなんて当然だ。私は京ちゃんの幼馴染なのだから。
「そっか。ありがとう。まあでも、自分でも意外だけど思ってたより全然落ち込んでないんだよ。俺って切り替え早いのかもな」
「俺も和も、明日からもいつも通りでいようって約束したから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」
「いつも通り……京ちゃん、大丈夫なの?」
思わず聞き返してしまった。フラれた直後にいつも通り接するなんて、少なくとも私はできそうにない。
そうするよう努力はするだろうけど、約束なんてとてもじゃないが無理だ。
もちろん私が引きずりやすいのかもしれないけど、京ちゃんだってつらいはずだ。
そういう意味で聞き返したのだけど、京ちゃんの返事は的はずれなものだった。
「お前なあ。俺はフラれたからって露骨に和に冷たくするような男じゃねえぞ」
そんなことわかってるとすぐに返したけれど、京ちゃんは何のことを言っているのかわかっていなさそうだった。
とぼけているのかなと思ったけど、表情を見る限りそんなことはなさそうだ。
色々と疑問は尽きないけれど、部外者があんまり深く聞くようなことでもない。
「……ううん。何でもない。2人がいつも通りならそれでいいよね。気にしないで」
これでこの件は終わり。そもそも2人がいつもの通りでいてくれるのなら私だってそのほうが嬉しいのだ。
京ちゃんはまだ聞きたそうにしていたけれど、私が口を割りそうにないのですぐに諦めた。
その後は普段通り、家につくまでお互いに軽口を叩き合っていた。
---------------------------------------
「さて、そろそろお開きにしましょうか」
「ようやく終わった……」
「こら犬! ようやく終わったとはどういうことだじぇ! 私たちとのパーティーがつまらなかったというのか!?」
クリスマスパーティーが終わると、愚痴を吐いた京ちゃんが竹井先輩と優希ちゃんから批難されていた。
王様ゲームのようなことを麻雀でやっていたのだから、必然的に一番多く命令されていた京ちゃんが疲れたのは当然だ。
京ちゃんも2人もそれをわかっているからふざけあっているだけで、要するに麻雀部の日常風景だった。
「まあいいじゃないですか。須賀くんはちゃんと強くなってますよ」
「……まあ最初の頃に比べれば戦えてるなって感じはするけどさあ」
「ほうじゃのう。何度か1位にもなってたじゃろ」
その証拠に染谷部長と和ちゃんが京ちゃんのフォローをしている。これもいつものことだ。
京ちゃんはというと、染谷部長と和ちゃんにフォローされてデレデレしている。……京ちゃん。
「そこで最下位だったのどちゃんに、お茶淹れてくれとか無難な命令しか出来なかったのはヘタレてて流石だったじぇ」
「染谷部長のときもおんなじだったよね」
少しだけイラッとしたので、優希ちゃんと一緒に京ちゃんをいじるのに参加することにした。
京ちゃんが和ちゃんに変な命令をしなかったのは嬉しいことで、本当はヘタレなんて思っていないのだけれど。
私と優希ちゃんが京ちゃんをからかっていると、竹井先輩からストップがかかった。
竹井先輩は笑顔だった。とてもとても笑顔だった。
……あれは人をからかおうとしているときの笑顔だ。
「だからやめなさいって。これから咲と買い物に行くんでしょう? 2人きりで」
予想通り、竹井部長はいい顔をしてそんなことを言い出した。今度は私まで巻き添えだ。
周りを見ると優希ちゃんと和ちゃん、それに染谷部長まで竹井先輩と同じ顔をして私たちのことを見ていた。
「へ、変な顔しないでよ」
「そうだぞ、毎年この日に出る本買うのに付き合ってるだけだから。変な勘違いするなよ?」
私は焦って止めさせようとしているのに、京ちゃんはどこ吹く風といった感じでまったく気にした様子がない。
少し寂しいけれど、ついこの間和ちゃんにフラれたばかりなのだ。私のことを意識しろというのも酷だろう。
ただそれでも、私と京ちゃんの間にある温度差がちょっとだけ悲しかった。
他のみんなは気を使ってくれたのか、二言三言言葉を交わすと、気を使ってくれたのか先に帰ってくれた。
残されたのは私と京ちゃんの2人だけ。
……どうしよう。京ちゃんと2人きりだ。
よくあることなのだけれど、つい意識して緊張してしまう。
「おい、咲?」
「えっ!? な、何!?」
「どうした? お前までなんか変だぞ」
上の空で京ちゃんの話を聞いていたら、京ちゃんに変に思われてしまった。
いけないいけない。せっかく2人きりでいられるんだからしっかりしなきゃ。
「な、何でもない! えっと、このまま直接じゃなくて、一回家に帰って、着替えてから駅前に集合しない?」
考えていた台詞を伝える。クリスマスに2人きりでいるんだもん。少し遠回りでも制服じゃなくて私服でいたい。
京ちゃんはやっぱりそのまま行くつもりだったみたいだけれど、強引に説得して納得させた。
なんだかんだ言いながらも付き合ってくれる京ちゃんはやっぱり優しい。
「ありがとう。じゃあ集合は1時間後に駅前で」
「了解。それじゃ早く帰ろうぜ」
「うんっ」
今日も帰り道は2人きりだ。1時間後にはまた会うけれど、とりあえずは帰り道も満喫しよう。
集合場所には早めに着く予定だったのだけど、このままだとギリギリになりそうだ
着る服は昨日のうちに考えておいたのに、直前になって迷ってしまった。
あれこれ悩んでいたけれど、結局は昨日選んだのと同じ服になった。
こんなことなら最初からそうしておけばよかったな。そうすれば京ちゃんを待っていられたのに。
そんな益体もないことを考えながら集合場所につくと、そこには既に京ちゃんがいた。
「京ちゃんお待たせ」
「時間ピッタリだな。少し早く来ると思って……た……」
京ちゃんの様子が少しおかしい。
時間に遅れたわけじゃないので怒っているわけでもなさそうだ。
なんでかなと思った目線を辿ると、京ちゃんは私の服を見ているようだ。
今日のコートはおろしたて。京ちゃんもまだ見たことないはずだから、見たことない服で驚いているのかもしれない。
似合ってるとか思ってくれてたら嬉しいな。違ってたら恥ずかしいけど、勇気を出して聞いてみよう。
「……あ、もしかしてこの服? 今日は寒いから白いダッフルコート着てみたんだけど……ど、どう?」
不自然じゃないかな。京ちゃんはなんて言ってくれるかな。
ドキドキ。ドキドキ。心臓の音がうるさいくらいに聞こえてくる。
「どうって……まあいいんじゃねえの?」
期待していた反応はしてくれなかった。
でもまあ半分くらい、そうだろうと思っていた。だって京ちゃんだもん。
京ちゃんは幼馴染に女の子にするような反応はしてくれない。
つまんない反応とか、嘘でも似合ってるって言って欲しいとか言ったけれど、京ちゃんは決して言ってはくれなかった。
予想はしていたので傷ついたりはしなかったけれど、少し悔しい。
「エスコートよろしくね」
「お任せ下さいお姫様」
女の子扱いさせようと思ってエスコートをしてねと頼んだら、京ちゃんは私を姫扱いしてきた。
学校ではたまにやることだけれど、外でやるのはちょっとどころではなく恥ずかしい。
思わず私が学校でするようなリアクションをしてしまったのも悪かったのだろう。京ちゃんは私がやめてと言っても続けてしまった。
私はさすがに周りの目が気になり、京ちゃんに外では止めるよう伝えた。
京ちゃんはようやく気づいたようで、顔を真っ赤にさせている。きっと私も真っ赤だろう。
そう思うとすぐにこの場から離れたくなったので、京ちゃんの手を引っ張って、全速力で本屋へ向かった。
本屋に着いた頃にはすっかり息が上がっていた。
京ちゃんはほとんど疲れた様子を見せていないので、自分の運動不足を痛感する。
全速力で走ったせいで体中が熱く、冬の夕方だというのに汗をかいてしまっている。
本屋の中は暖房が効いているだろうから体を冷まさないと。
そう考えて服の胸元をパタパタさせて空気を入れ替えていると、なぜだか京ちゃんが私の方をジッと見てきた。
「そういうのやめろよ」
「そういうの?」
京ちゃんが何を指して言っているのかわからず聞き返すと、京ちゃんは言葉に詰まりながらもこう答えた。
「あー……冬だし厚着だから別にいいんだけど、なんとなく目のやり場に困る」
一瞬で全身が沸騰した。
今までそういう目で見られたことはなかったから、こんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。
本当なら喜んでもいいところなのかもしれないけど、今の私にそんなことを考える余裕はない。
結局京ちゃんに変なこと言わないで! と毎度お決まりのような返事をするのが精一杯で、それどころか店の中に入らないでと言ってしまった。
恥ずかしくてこれ以上京ちゃんの顔を見ていられなかったからなのだけれど、我ながら情けないなとつくづく思う。
本屋に入ってから、京ちゃんには1人と思われるのが嫌で誘った、と言っていたのを思い出す。
口実だということがバレないか少し不安になったけど、京ちゃんはしてもそんなことを気にするほど細かくないし大丈夫なはずだ。
お目当ての本は入ってすぐに見つけたけどすぐには買わない。沸騰した頭を冷やすために、少し店内を見回ってから買うことにしよう。
店内をふらついていると頭が冷静になってきた。いつもより人は少ないけれど、カップルの数はずっと多い。
そのせいだろうか。いつもは本屋に来ると落ち着くのに、今日はなんだかそわそわする。
「……そろそろ戻ろうかな。京ちゃんも寒いだろうし」
店内を一回りすると頭も冷えた。京ちゃんを寒空の下で待たせてしまったことに、今さらながら罪悪感を覚える。
速くお目当ての本を買って戻ってあげなきゃ。
京ちゃんを誘う口実ではあったけど、欲しい本があるというのは本当だった。
本の内容は幼馴染の男女の恋愛話。何となく自分に重ねてしまって、あらすじを見たときから気になっていた。
京ちゃんと一緒に中に来てあらすじを説明したら少しは意識させられたかな。今さらだけど少し後悔した。
「あれ……? 京ちゃん……?」
本を買って京ちゃんと別れた場所に戻ったけど、そこに京ちゃんはいなかった。
まさか、帰ってしまったのだろうか。……違う、まさかなんかじゃない。
師走の終わりの長野はとても寒い。こんな中に1人待たされるのは十分怒る理由になる。
まして私は京ちゃんを1人と思われるのが嫌で誘ったと言っているのだ。
京ちゃんがやることはやったと思って帰ってしまっても全然不思議じゃない。
いつもの京ちゃんなら連絡くらいしてくれると思うけれど、この寒い中待たされたのだから、意趣返しとして連絡しないのは十分考えられる。
念の為周りを見てみよう。きっと帰ってしまっただろうけど、もしまだ近くにいるのなら――
「あ……」
人混みの中、頭一つ分高い金色の髪の毛の男性が見えた。
見間違えるはずはない。あれは私の幼馴染。須賀京太郎だ。
「京ちゃん!」
「悪い、待たせた」
京ちゃんが戻ってきてくれた。そのことが嬉しくて思わず目がうるむ。
いけない、京ちゃんに気付かれないようにしないと。普通は幼馴染が戻ったくらいじゃ泣いたりしない。
いつかは私の気持ちに気づいてほしいけれど、今はまだ気づいて欲しくない。
だから何でもないように振る舞わないと。そう思っていつものように返事をする。
「待たせたじゃないよ! 帰っちゃったかと思った。待っててって言ってたのに……」
「ああ、悪い」
最後の方は声が震えてしまった。それでも京ちゃんは気づかなかったみたいで、悪かったと言って頭をポンポンとしてくれた。
その行動に驚いて悪態をついてしまったことは不可抗力だと思う。本当は嬉しかったけれどそれを伝える勇気はなかった。
「……じゃああったかい飲み物奢ってくれたら許してあげる」
本当は許すも何もないのだけれど、いつもの、京ちゃんの思っている私ならこういうはずだから。
私の言葉を聞いた京ちゃんは、いつものように、幼馴染にするような反応をしてくれた。
京ちゃんに上手く返事できるか不安だったけれど、やってみたら自然に話せた。我ながら幼馴染らしい返事を出来ていたと思う。
クリスマスだし女の子らしく扱って欲しいなとも思ったけれど、京ちゃんとこんな風に話すのが楽しくて、これはこれでいいかなと感じてしまった。
遠慮しない関係は悪くないんじゃないかと思う。
「ほんとカップルばっかだな」
「クリスマスの駅前だからね」
「こういうカップル見てるとどう思う?」
「どうって?」
駅前に差し掛かったところで京ちゃんがこんなことを言い始めた。
どういうつもりで言っているのだろう。
……もしかして、私たちもカップルに見えるかどうか気にしてるのかな。
もしかして、京ちゃんも私のこと意識してくれてるのかな。そんな淡い期待が胸をよぎる。
心臓の鼓動がうるさいくらいに聞こえてきて、胸が高鳴るのを感じた。
「要するにムカついてくるかああなりたいと思うか」
高鳴った胸が一瞬で落ち着くのを感じた。
反射のように返した何その2択という私の言葉に、京ちゃんは俺はムカつくんだけど私がどう思うのかと聞いてきた。
いくらなんでも他にあると思う。クリスマスにカップル見てムカつくって!
聞けば京ちゃんは和ちゃんにフラれたのがまだ悔しいらしい。でもそれは比較するのがおかしいと思う。
駅前の人混みを軽く見渡しても、和ちゃんほど可愛い人もスタイルのいい人も見当たらない。多分長野中を探してもそうそういないはずだ。
性格まではわからないけれど、和ちゃんだって性格はとてもいいのだ。
そんな相手にフラれたからといってカップルに嫉妬するのは、八つ当たりどころではないと思う。
私の返事に京ちゃんは納得したように前を向いた。単なる軽い話題程度だったのだろう。
それでも私は話を続けようと思った。
私は全然京ちゃんに相手にされていないのだ。
カップルを見て羨ましいなと思うこともよくある。それが嫉妬になってしまうことも少なからずあった。
「……でもそうだね。私もムカつく……っていうか嫉妬しちゃうことはあるかも」
私が気持ちを吐露すると、京ちゃんは意外そうに私を見た。
……確かに、嫉妬するなんて私のキャラじゃないなとは自分でも思う。もちろん、京ちゃんみたいに嫉妬するわけではないけれど。
そんなことを考えながら京ちゃんと話を続けると、どんなときにムカつくのかと聞いてきた。
京ちゃんが鈍感なときだよと言ってしまおうかと一瞬考えたけれど、さすがにそんな勇気はなかった。
だけど何も言わないのも癪だ。今日はクリスマスだし、少しだけ、ほんの少しだけ勇気を出してみよう。
「あんまり言いたくないけど……例えば相手があんまり私の気持ちをわかってくれないときとか
そういうときに気持ちが通じあってそうなカップル見てると、少し嫉妬しちゃう」
例えば今とか。
……そう言おうと思ったけど、そこまでは言えなかった。
京ちゃんが私の気持ちを分かってくれないから嫉妬するなんて、そんなのほとんど告白だ。
いくら鈍い京ちゃんでも気づいてしまうに違いない。それは少し怖かった。
……まあ。今の私の台詞で気づいてほしいとも思っているのだけど。我ながら面倒くさいことを思っているなと思う。
京ちゃんはというと、信じられないことを聞いたような目で私を見ていた。
ま、まさか! 私が京ちゃんのことを言っているってバレちゃった!?
ど、どうしよう。まだ心の準備が出来てない。本当に気付かれるなんて思わなかった。
もし断られちゃったら、なんてネガティブな感情が私の心に広がり始めた頃、京ちゃんが口を開いた。
ま、待って! 私まだ聞くのが怖――
「……え? 相手って、お前恋人いんの!?」
……全然気づいてなんかいなかった。的外れもいいところだ。
体の熱が急速的に冷えていくのを感じつつ、私は半ば反射的に京ちゃんに言い返していた。
「え!? ち、違うよ! 何言ってるの!? 恋人なんているわけないでしょ!?」
「びっくりした……紛らわしい言い方するなよ」
ぜんっぜん紛らわしくないと思う! というかいくらなんでも恋人がいるかなんて聞かないでよ!
私がどれほど前から京ちゃんのことを好きでいるのか、全然伝わっていないんだなと、今さらだけど思い知らされた。
だいたい恋人がいたら、クリスマスに男子と2人きりで買い物なんて、するわけがないことくらいわかって欲しい。
私がそれを京ちゃんに言うと、京ちゃんは私の言った相手とは和ちゃんや優希ちゃんのことだと思ったみたいだ。
正直もうそれで良かったのだけれど、ちょっと悔しいのでもう少し粘ってみることにした。
「……ううん。それも違うよ」
「え?」
私の最後の粘りは、思いの外京ちゃんの気を引けたようだ。
今までと全然違った目で私のことを見ている。
せっかくだしこのまま続けてみよう。
「和ちゃんのことでも優希ちゃんのことでもないよ」
「え? ……ま、まさか好きな奴でもいるのか!?」
「秘密」
京ちゃんとは言えない。さりとて他に適当な知り合いもいない。
仕方なしに秘密と答えたのだけれど、意外と京ちゃんが食いついてきた。
……な、なんで急に食いついてくるの!? 適当に言っただけだから、あんまり深く聞かれても困るのに……。
京ちゃんには悪いけどしょうがない。男の子なら言い返せないことを言って諦めてもらおう。
「京ちゃんには関係ないでしょ。それに女の子に好きな人がいるかどうかなんて聞かないでよ」
しつこく聞かれてボロが出て、なし崩し的に告白なんてことになったら目も当てられないので、少し冷たくしてみることにした。
効果は覿面。京ちゃんはすぐに引き下がってくれた。
……ただ、その代わり京ちゃんの機嫌が目に見えて悪くなってしまった。
それとなく伝えようとしすぎちゃダメだね。少し反省。
少し気まずいまま歩いていると遠くの方に見覚えのある人がいた。あれはりゅーもんさんだ。
隣にいるカッコいい人は確か龍門渕の執事の人だったと思う。何もかも完璧にこなす人で、名前は……なんだったっけ。
と、ともかく! 2人は腕を組んでピッタリくっついて歩いてた。その様子は凄く絵になっていて、恋人だらけのこの場所でも一際強い存在感を放っている。
「あ、あれ? ねえ京ちゃん。あれ」
「ん? なんだよ。……あれ、師匠?」
りゅーもんさんがいたことを伝えようと京ちゃんに話しかけると、京ちゃんが耳慣れないことを言い出した。
師匠だなんて、いつの間にか誰かに弟子入りしていたのだろうか。
とりあえずよくわからないので、スルーしてりゅーもんさんがいることを京ちゃんに教えてみると。
「うおっ!? 師匠が龍門渕さんと一緒にいる!」
なんて言って驚いていた。どうやら師匠というのはあの執事さんらしい。……京ちゃんの人脈がわからない。
そのあたりのことを京ちゃんに詳しく聞こうとしていたら、向こうからりゅーもんさんたちが歩いてきた。
な、なんでデート中にわざわざ私たちのところに!?
いきなりのことで少し慌ててしまう。
落ち着かないとと思ったけれどそんな暇もなく、りゅーもんさんが目の前まで来てしまった。
「宮永さん、お久しぶりですわね」
「ど、どうもこんばんは」
「須賀くんもお久しぶりです。宮永様とご一緒ということは清澄高校の生徒だったのですね」
「師匠こそ龍門渕の執事だったんですね」
「……何度か申し上げていると思うのですが、出来れば師匠と呼ぶのはやめていただけないでしょうか」
「す、すみません。つい」
とりあえずはりゅーもんさんに挨拶をしてみた。京ちゃんと執事さんの会話を聞いてみると、どうも2人はかなり親しそうだ。
りゅーもんさんの話を聞くと、ハギヨシさん(りゅーもんさんが名前を言っていたのだ)は京ちゃんのことをりゅーもんさんにも話しているらしい。
主と執事の会話の種にまでなるなんて、と京ちゃんとハギヨシさんの仲の良さに驚いていたら、りゅーもんさんがとんでもないことを言い出した。
「まさか宮永さんの恋人とは思いませんでしたわ」
「ええ、世間は狭いですね」
「こ、恋人!?」
こここ恋人なんて! た、確かにいつかそうなれればって思ってるけど今の私たちは単なる幼馴染で!
顔が赤くなっていくのを感じる。だ、ダメだ。こんなところ京ちゃんに見られたら、私の気持ちが気付かれちゃうかもしれない。
そんな私の内心をよそに、りゅーもんさんはクリスマスイブに2人でデートなんて恋人以外のなにものでもないと言ってくる。
確かに私もそう思うし、デートならいいなと思っているけれど、京ちゃんにとってこれはデートではないのだ。
だから私も京ちゃんとは単なる幼馴染で、買い物に付き合ってもらっているだけだと答える。すると京ちゃんもそれに同意した。
……本当は、買い物に付き合っているだけじゃないと言って欲しかったな。
ともあれ、ハギヨシさんはこれで納得してくれたようだ。
りゅーもんさんはまだ納得していなかったようだけど、それには京ちゃんが反論していた。
「本当にそれだけですって。咲がわがまま言うからですよ」
ただ、ちょっとその反論は聞き過ごせなかった。わがままと思われるのはさすがに心外だ。
「むー。わがままって何なの?」
少し頬を膨らませてそう言うと、京ちゃんは慌てて話を逸らした。
「つ、ついて来いって言ったのはお前だろ!
そ、それにクリスマスで2人でデートなんて言ったら、ハギヨシさん達だってそうじゃないですか」
いつもならもっと言い返して来るはずだけれど、今日はなぜかそうされなかった。
そのことがちょっと気になったけれど、京ちゃんが話を逸らした先の、りゅーもんさんたちの関係のほうが気になったので、そちらの方に乗ることにしよう。
「名家のお嬢様とその執事の恋……素敵ですね」
本心からの言葉だった。少女小説が現実に飛び出してきたような、おてんばお嬢様と完璧な執事の恋愛。
こういう設定の小説を読んで憧れたことは何度もあったから、この2人が恋人だと知って何となく胸が高鳴った。
憧れの存在が目の前に現れたようなものだ。こんな恋をしてみたいなんて思ってしまうのは仕方ない。
けれど、その憧れの存在から想像もしない言葉を聞かされた。
「……恋だなんて、そんなものではありませんわ」
え? と思わず京ちゃんと2人で聞き返す。
どうやらクリスマスパーティーで部員に渡すプレゼントを買いに来た……ということらしい。
ハギヨシさんは主と執事なのだから、2人でいるからといって恋人とは限らないと言っている。
……いやいやいや。誰がそんなことを信じるというのか。
クリスマスに恋人じゃない2人が出歩くことはあるだろうけれど、腕を組んでピッタリくっついている2人が恋人じゃないわけがない。
そんなことを思いながら2人を見ていると、りゅーもんさんが何かに気づいたように口を開いた。
「……もしかして腕を組んでいるのを不思議に思ってますの?」
誰だって気になるに決まってる。恋人じゃないなんて言われても説得力がまるでない。
さすがにそのまま言うわけにはいかないので、オブラートに包んでなぜ腕を組んでいるのか尋ねてみる。
「これは雪が凍って滑りやすくなっている場所があるので、お嬢様の安全のためにしているだけですよ」
ハギヨシさんがそう答えた。
ああなるほど……いやいやいや!
一瞬納得してしまいそうになったけれど、それだけのために腕まで組むのはどう考えてもおかしい。
そう問い詰めようかと思ったけれど、私より先に京ちゃんが口を開いた。
よし、ここは京ちゃんに任せよう。
「あー確かに夜はこの辺も滑りやすいとこありますね」
納得しちゃった!?
……確かに2人とも腕を組んでいる以外は本当に恋人っぽくはないけど。だからといって京ちゃんは納得するのが早過ぎる気がする。
とはいえこれで私に味方はいなくなってしまった。
りゅーもんさんとハギヨシさんは、京ちゃんに話を合わせて仲睦まじそうにしている。
……しょうがない。私も話を合わせることにしよう。
正直そこまで追求したいわけでもないし。あんまり深く聞くのはよくないよね。
本当に恋人じゃないのなら単なる迷惑になっちゃうし。
「足元が不安定だからしてたんですね。びっくりしちゃいました」
「ええ、そのためです。……ですから他の意味はないのです。他には、何も」
そう言ったりゅーもんさんは、どこか寂しそうな目をしてハギヨシさんを見ていた。
さっきまでとは全く違う目。京ちゃんは全然気づいていないみたいだけれど、私には分かる。
これはきっと私がするのと同じ目だ。叶わぬ恋を胸に秘めた女の子の目。
腕を組むほどの仲のりゅーもんさんが、そんな目をすることは不思議だったけれど。
「ハギヨシさん、変なこと思ってすみませんでした」
「いえ、この様子だけ見ればそう思われるのも無理はありませんから」
ハギヨシさんの気持ちはあんまりわからないけれど、りゅーもんさんを大切にしていることだけはよくわかった。
それが恋愛感情なのかどうかは定かじゃない。それでも想い人からお姫様のように扱われているのは羨ましかった。
それにまあ、根拠はなにもないけれど、ハギヨシさんはりゅーもんさんが好きなんじゃないかなと思う。
ハギヨシさんが感情を表に出すような人にはあまり見えないけれど、今日はよく笑っているような気がするから。
りゅーもんさんたちとはその後すぐに別れた。
別れ際には雪辱を誓われて、最後まで嵐のような人だった。
「でもびっくりしたなー。腕組んでたからてっきり付き合ってるのかと思っちまった」
「うん」
付き合ってないというのは同感だ。
「まあハギヨシさんが龍門渕さんと付き合うわけないよな。あれだけ執事らしい執事見たことねえし」
「他の執事さん見たことあるの?」
「言葉の綾だよ」
「何それ」
やっぱり京ちゃんと私の考えは違うみたいだ。
京ちゃんはハギヨシさんが執事だから、恋愛感情なんて持ってないって思ってるみたい。
私はきっと2人は想い合っていて、それでもすれ違っているんじゃないかと思う。
そんなことを京ちゃんに伝えてみると、京ちゃんは信じられないといったような反応をした。
予想通りの反応なので、私なりの根拠を言ってみる。
「りゅーもんさんはハギヨシさんと何でもないって言うとき、さり気なくハギヨシさん見てたり言いづらそうにしてたりしてたし」
「……言われてみればしてたかもなあ」
「ハギヨシさんは……よく分からないけど、何となくりゅーもんさんと何でもないって強調しすぎてた気がするの」
「ほうほう」
どうやら納得してくれたようだ。思っていることを伝えるのが苦手だったけれど、少しは改善してきたのかな。
まあもっとも、私と京ちゃんは単なる一方通行だから、私の憧れる関係の2人は想い合っていて欲しいという願望が、多分に入ってはいるけれど。
「……なあ、言ってもいいか?」
京ちゃんは言いたいことがあるらしい。
言いたいことは伝えたつもりだけれど、まだ聞きたいことがあったようだ。
私は京ちゃんに先を促してみた。
「龍門渕さんもハギヨシさんも、ほとんどお前の想像じゃねえか!」
真っ向から否定された!? 納得してくれたと思ってたのに!
……まあ確かに、半分ほどは私の想像であったことは否定出来ない。
「まあハギヨシさんはちょっと自信ないけど……でもりゅーもんさんについては間違ってないと思うよ」
それでもりゅーもんさんがハギヨシさんを意識しているのは間違いないと思う。
私だって女の子だから。恋をしている女の子がどんな顔をするかくらいは分かるつもりだ。
ましてりゅーもんさんは、きっと私と同じように片思いをしているのだから。
そう言った私の言葉には京ちゃんは反対しなかった。女心はよくわからないということなんだろう。
でも女心がわからなくても、京ちゃんにだって分かることがあるはずだ。
すぐ目の前で、あの2人を見ていたのだから。
「2人ともあんなに幸せそうだったんだよ? お互いのこと大切に思ってるに決まってるよ」
この台詞に対する京ちゃんの反応は。
「……」
無反応だった。
うぅ……感動したとか言われることを期待したわけじゃないけど、せめて茶化してくれないと恥ずかしい。
沈黙に耐え切れず京ちゃんになにか言ってよと急かしてみる。
「いや、まあ確かにな。2人ともすげー幸せそうだった」
京ちゃんも同じ感想を持ってくれたみたいだ。なら変な間を置かないで欲しい。
「すぐ答えるのも癪だったんだよ」
「何それ!」
京ちゃんは意地悪だ。
「でもそうか、あの2人両思いなのか……」
どうやら私の言葉にちゃんと納得してくれたようで、感慨深げにそう呟いている。
あくまで予想だということを伝えたけれど、聞こえているのかいないのか、突然京ちゃんは叫びだした。
「リア充爆発しろ!!」
「な、何急に」
率直に言ってドン引きした。クリスマスに何を言い出してるのこの幼馴染は。
「だってハギヨシさんあれだけカッコよくて家事も運動も何でもできるのに、さらに恋人がお嬢様だと!? なんだそれ!」
むしろだからこそお嬢様と恋人になれるんじゃないかと思う。いや、まだ恋人じゃないと思うけど。
そう言い返すと京ちゃんはすねたようにもうハギヨシさんのことを師匠とは呼ばないと言い出した。ハギヨシさんもそうして欲しいと言っていた気がする。
それでもう落ち着いたのか。京ちゃんは一つため息を付いた。
「まあハギヨシさんならしょうがねえか。凄すぎて嫉妬しようとも思わねえ」
京ちゃんは納得したようにそう言った。今までの叫びは本気で言っていたわけじゃなかったみたい。
その後はハギヨシさんの話題になった。さっきは聞き逃していたけれど、ハギヨシさんは家事も運動もできるらしい。
イメージ通りとはいえ本当に理想を体現したような男性だ。そういえば瞬間移動みたいなことをしてたこともあったっけ。
人間やめてるなという京ちゃんの言葉は実際そのとおりだと思う。
「……咲もやっぱハギヨシさんみたいな人が好きなのか?」
急に京ちゃんがそんなことを聞いてきた。……ここまで伝わっていないのかと思うと少し傷つく。
なんでこんなことを聞いてきたのかわからないけど、私じゃハギヨシさんにはどう考えたって不釣り合いだ。
「え? うーん、あれくらい完璧な人だと少し気後れしちゃうかなあ」
「まあ、確かに咲は麻雀以外ポンコツだもんな。ハギヨシさんとじゃ全然釣り合わねえ」
そう言って京ちゃんは笑った。
分かってくれたのはいいけれど、人に言われると少しイラッとする。
黙っているのも癪なので少し言い返すことにした。
「むっ。ハギヨシさん本人には気後れしちゃうけど、ハギヨシさんみたいな人は好きだよ」
「なんだよそれ?」
「りゅーもんさんにやってたみたいに、女の子のことを気遣ってくれる人ってカッコイイと思うから。京ちゃんはそういうの絶対やらないよね」
「お前にやったってしょうがないだろ」
「そういう相手によって態度を変えるところが良くないの」
「何だそりゃ」
珍しく女の子らしく扱って欲しいと言ったのに、馬耳東風に聞き流された。少し遠回りすぎたかな。
こういうときは、やっぱりハギヨシさんみたいに気遣って欲しいなと思ってしまう。
まあ京ちゃんは和ちゃんに告白して失恋したばかりだから、そんなこと思っていられないのかもしれないけれど。
「……ちなみにそういうのに憧れとかあったりすんの?」
「そういうの?」
「あーほら、足元が滑るから手を差し出されるとか」
今の会話の流れでこれは、一体どういう意図なんだろう。
……今度和ちゃんにやろうとしてるのかな? いや、さすがにそこまで諦めは悪く無いと思うんだけど。
まあ京ちゃんが私にそんなことを聞くわけ無いから、多分女の子一般のことを聞いてると思う。
思うけど、あんまり私のことを気にされないのもつらいので、私がどう思ってるかを言っちゃおう。
これで少しは私のことを気にしてくれたらいいな。
「……」
でも憧れかぁ……京ちゃんが私に手を差し出してくれるなんて、中々想像できないけど。
……うん、本当にされたらきっとびっくりするくらい嬉しいだろうな。
たまに手を引っ張ってくれたりはするけど、転びそうなときとかに優しくしてくれることは今までないし。
「咲?」
あ、ちょっと考え過ぎちゃった。速く答えてあげなきゃ。
「……やってもらいたい、かな?」
「……ふーん」
「ほら、私ってよく転んだりするから。そういうの見て、さり気なく気にしてくれる人がいたらドキッとしちゃうかも」
「そうなのか」
私が答えると、京ちゃんは不機嫌そうに顔を背けた。
……怒らせちゃったかな?
機嫌が悪いか京ちゃんに聞いてみると、京ちゃんはぶっきらぼうにそんなことないと言ってきた。
うぅ、やっぱり怒ってるよう……
そうだよね。私のことを聞きたかったわけじゃなかったんだよね。
「……さっき龍門渕さん、クリスマスパーティーのプレゼント買いに来てるって言ってたよな」
俯いていると京ちゃんが突然話題を切り替えた。
私も速く別の話題に移りたかったので、相槌を打って返事をした。
でもなんで急にこんな話をしだしたのだろう。返事をしながら少し不思議に思う。
プレゼント交換以外にプレゼントを買っておけばよかったとか、そういう話じゃないみたいだし。
「プレゼント交換って、特定の誰かに対してプレゼントを渡すってことは出来ないわけだ」
「うん、そうだね。……さっきから急にどうしたの?」
さすがに気になったので聞いてみた。
話題を切り替えるにしてもなんでこんなことを聞かれているのかわからなかった。
「あーまあ要するに。俺が買ったプレゼント、咲じゃなくて染谷部長が受け取ってただろ?」
「あ、あの栞、やっぱり京ちゃんだったんだ」
染谷部長が開けたプレゼントを見たとき、何となくそうじゃないかと思ったのを覚えている。
今年は京ちゃんからプレゼントはもらえないと思うと少し寂しかった。
「おう。なんとなく俺のプレゼントは咲のところ行くんじゃないかと思って栞にしたんだけど、そうでもなかったな」ハハ
京ちゃんがそんなこと思ってくれてたんだ。嬉しい。
「でまあ、その。毎年咲にクリスマスプレゼント渡してただろ? それで今年だけ渡さないってのもなんとなく気持ち悪いんだよ」
「?」
「だから……その、ほら。メリークリスマス。プレゼントやるよ」
「……えっ?」
京ちゃんが私にプレゼント? 今年はプレゼント交換があったのに?
まさか、私のために買ってくれたのかな? でも一体いつの間に?
頭のなかが混乱してる。全然状況が理解できない。
「早く受け取れよ! こうやって改めて渡すと恥ずかしいんだよ!」
「う、うんっ。これ、開けていい?」
京ちゃんが急かすようにそう言ったので、私は慌てて受け取った。
早速だけど開けてみる。
京ちゃんからは毎年栞を貰っている。今年はどんな栞だろう。
……あれ?
「栞じゃない……ネックレス?」
「本読むのもいいけどさ、こういうのしてみても似合うんじゃねえかと思って、咲が本屋行ってるとき買ってみた」
アクセサリーなんて自分でも全然買わないのに。
ネックレスをするのなんて初めてだ。
これはフラワーモチーフかな。嶺上開花が得意だから合わせてくれたのかななんて期待してしまう。
つけた姿を京ちゃんに見せたくて、つけていいか聞いてみたらいちいち聞くな、なんて言われてしまった。
速くつけて京ちゃんに似合うかどうか聞いてみよう。
そう思ってつけようとしてみたけれど、初めてだからか緊張しているからか中々留められない。
は、速くつけなきゃダメなのに! 焦れば焦るほど手が震えてきちゃう。
「ああもう、仕方ねえな。ほら、後ろ向けよ」
見かねた京ちゃんが助けてくれた。
貰ったプレゼントを付けるのまで助けてもらうなんて……
自分自身にちょっとショックを受けているけど、それでも京ちゃんの優しさは嬉しかった。
「ありがとう。……どう? 似合う?」
早速京ちゃんに聞いてみる。京ちゃんがどう見てくれているのか知りたかった。
京ちゃんは私が質問すると同時に目を逸らして、俺が買ったんだから似合わないなんて言わねえよと言いながら、似合うって言ってくれた。
何言ってるの。京ちゃんなら、自分が買ったものだって似合わなければ似合わないって言うはずじゃない。
だから京ちゃんは、ちゃんと似合ってるって思ってくれてるんだ。
「そっか。……えへ、えへへへ」
ああ、ダメだ。頬が緩むのを抑えられない。鏡はないけれど、だらしない顔をしていることが自分でもよくわかる。
だけどこれはしょうがないと思う。京ちゃんが私にネックレスを買ってくれて、京ちゃんが私に似合うって言ってくれたのだ。
大好きな人からプレゼントを貰って、そんなことを言われて、どうして喜ばないでいられるだろう。
……あ。しまった、一番大事なことを言い忘れていた。
これだけは絶対に忘れちゃいけない、大切な言葉。
「京ちゃんっ! ありがとう!」
「……喜んでくれたみたいでよかったよ」
「……あ」
京ちゃんからプレゼントを貰って浮かれていたけれど、とんでもないことに気がついた。
「でもどうしよう。私京ちゃんに何も買ってない」
今年はプレゼント交換だけで終わりだと思っていたから、京ちゃん用のプレゼントは何も買っていなかった。
京ちゃんはちゃんと私の分も用意してくれてたのに、なんで私は……!
浮かれ気分から一転、血の気が引くのを感じる。
「いいよ別に。俺が買いたかったから買っただけだし」
「でも!」
「本買ったんだからそんな金ないだろ?」
「うぅ」
京ちゃんは気にするなって言ってくれている。
でも違う。私だけ貰って悪いと思っているとかじゃなくて、私が京ちゃんに何かあげられなかったことが嫌なんだ。
ただまあ、本を買ってお金がないのも事実であって……
「……それにほら、さっき咲に少しキツく当たっただろ。そのお詫びとでも思ってくれりゃいいよ」
京ちゃんはそんな風に言ってくれた。
でもこのネックレスを買ったのは本屋に行っているとき買ったと言っていた。
それなら元々お詫びで渡すつもりじゃなかったはずだ。
何より。
「……ううん。それはやだ」
「は?」
「京ちゃんからのクリスマスプレゼントをお詫びなんかで貰いたくないもん。だからそれは嫌」
京ちゃんがプレゼント交換の他に、私だけのために買ってくれたクリスマスプレゼント。
それをお詫びで貰ったことになんて、絶対したくなかった。
京ちゃんは気にしすぎだって言ったけれど、絶対私の気持ちはわかってないと思う。
とにかく何かお返ししないと。
「だから別のお返しを……そうだ。京ちゃん、夕飯ごちそうさせて」
我ながら良いことを思いついたんじゃないかと思う。
これなら食材は家にあるから、今からだって大丈夫だ。
「夕飯か。まあごちそうしてくれるっていうなら是非」
「ありがとう。じゃあ腕によりをかけて作るから楽しみにしててね!」
「おう。楽しみにしてるぜ」
「このままうちに来る? それとも一旦家に帰る?」
「って今日かよ!?」
京ちゃんを誘ってみたらなぜか驚かれた。
今日じゃなきゃいつだと思ったんだろう。
「クリスマスプレゼントのお返しだもん、今日じゃなきゃ。今日ならちゃんと準備もしてあるし」
「いや、だって咲のお父さんとかいるんだろ? クリスマスに行くのはちょっと……」
お父さんがいるかどうかなんて気にしていたらしい。
別にいたって気にしなくていいのに。京ちゃんならお父さんもよく知ってるんだから。
それに今日なら、京ちゃんがそのことを心配する必要はそもそもないし。
「仕事で遅くなるみたいだから気にしないで大丈夫」
クリスマスだというのにお父さんは仕事だった。
私はみんなでパーティーをする予定だったし、もう高校生だし、仕事の都合ならしょうがないとは思う。
思うけれど、それでもクリスマスに1人きりの夕ご飯は少し嫌だった。
「……それに1人で食べる夕飯は寂しいから、京ちゃんが来てくれると嬉しいな」
だからこれは、誘い文句でも何でもなくて、ただ純粋に私が京ちゃんにして欲しいことだ。
「わかったよ。ごちそうになる」
私の懇願に京ちゃんは折れてくれた。
よかった! これで京ちゃんと夕ご飯を食べられる!
京ちゃんとクリスマスに2人で食事をするのは初めてだ。
「えへへ、期待しててね京ちゃ――わっ!?」
京ちゃんがOKしてくれたことが嬉しくて、足元をよく見ていなかった。
だから地面の雪が凍っていたことに気付かず、足を滑らせてしまった。
体を支えるのはもう無理だ。せめて頭だけはぶつけないようにしないと――
「っ! このバカ!」
「……あ、ありがとう京ちゃん」
足を滑らせた直後、京ちゃんが私の手を掴んで助けてくれた。
あのままだったら頭をぶつけていたかもしれない。危なかった……
京ちゃんは足元をちゃんと見ろよと怒ったように言ってきた。
そうだよね。いくら嬉しかったからって、雪が積もってるんだから気をつけないと。
……それで、て、手はいつ離してくれるんだろう。もう大丈夫なんだけどな。
べ、別に嫌なわけじゃないけど!
「……その、京ちゃん」
「なんだよ?」
「て、手をまだ握ってるから、そろそろ離して……」
少し勿体無いなと思いながらもちゃんと言った。京ちゃんにも聞こえたはずだ。
だけど京ちゃんは中々離してくれない。それどころか今までよりも少し強く握ってきた。
な、なんで!? すぐ離してくれると思ったのに、なんで逆に強く握ってくるの!?
「……この辺滑りやすいみたいだし、お前見てると危なっかしいから、帰るまでこのままでいいか?」
何言ってるの京ちゃん!?
てて、手を握るだけでも緊張するのに、帰るまでなんて無理だよ!
「いいだろ別に。次転んだときは間に合わないかもしれねえし」
「で、ででででも誰かに見られたら!」
誰かに見られたらなんて言い訳だ。
ただ京ちゃんに手を握られていること、それだけで緊張してしまって耐えられそうにない。
「暗くなってきたし誰も気にしねえって。……それに咲、こういうの好きなんだろ?」
……このまま咲の家に行くことにするから、早く帰ろうぜ。腹減ってきた」
ダメだって言っているのに、京ちゃんはそのまま歩き出した。
無理やり手を離させることも出来ず、私も引きずられるように歩き出す。
こんなに強引な京ちゃんは初めてだ。いったい何があったんだろう。わけがわからない。
手を繋いだまま歩くのはとても恥ずかしかった。
周りの人がみんなこっちを見ているような気がする。
冬だというのに顔が熱い。きっと今までにないくらい真っ赤になっているはずだ。
京ちゃんの顔も赤くなっているのか気になるけれど、私の少し前を歩く京ちゃんの顔が赤くなっているかはよくわからない。
こんなことになった元凶の京ちゃんはあれからずっと黙っている。それどころか私のことを見ようともしない。
一度恥ずかしいと訴えたけれど、離したら転ぶだろと言うだけで手を離してはくれなかった。
手を繋いでるのに全然私のことを気にしてくれない。
それでも、歩く速さだけは私に合わせてゆっくりとしたものだった。
「咲」
「な、何?」
急に京ちゃんが声を出したので少し驚いた。
一体何を言われるんだろう。わずかばかりの期待に胸が高鳴る。
「俺とこうやって手を繋いでるからって気にしなくていいからな」
「え?」
「ただ単に転んだら危ないからやってるだから。変に気にするなよ」
……今日は何度も期待を裏切られたから、そうなんじゃないかという気はしていた。
それでも、それでも今回ばかりは初めて強引に手を繋がれたり、ずっと黙っていたりして期待していたのだ。
いくらなんでも酷いと思う。
そう思った私は足を止める。急に手を引かれた京ちゃんは何ごとかとこちらを向いた。
「……京ちゃんのバカ!」
「え!? なんで!?」
驚愕の声を上げた京ちゃんを無視するように、今度は私が京ちゃんの手を引っ張って歩き出した。
3度目ともなればさすがの私でも怒りたくなる。
今度は私が前に出て家まで京ちゃんを引っ張ろうと思ったけれど、悲しいかな歩幅が違う。
すぐに京ちゃんに追いつかれてしまった。
「どうしたんだよ咲?」
「京ちゃんなんか知らな――!」
手を繋いでから初めて見た京ちゃんの頬は、赤く染まっていた。
一瞬見間違いじゃないかと思ったけれど、手を繋ぐ前は確かにこんなに赤くなかったのを覚えている。
……京ちゃんも、緊張してくれてたんだ。何も喋らなかったのも、きっと緊張してたから。
「よくわかんねえけど機嫌直せって」
「……うん! おいしい料理作るから期待しててね!」
「お、おう……ほんとどうしたんだ? 急に機嫌悪くなったり良くなったり……?」
何でもないのと返事をして、私は前を向き直した。
京ちゃん、今度は期待してもいいよね?
私のこと、ちゃんと女の子としてみてくれてるって。
いつか好きになってくれるかもしれないって。
カン
透華の分も一緒に投下しようと思いましたがいつになるかわからないのでとりあえず咲の分だけ。
2014年内は無理でしたが2014年度中には何とか。
セルフ保守
書く気はあるんです
ようやく終わったので投下します
透華の京太郎への呼称が須賀くんから須賀さんに変わってますが、なんとなくこっちのがしっくり来たので変えてます
「協力して欲しいことがありますの」
ソファーに腰を掛け話を聞いているのは、衣、一、純、智樹。麻雀部の仲間にして家族のような私の親友。
クリスマスパーティーを数時間後に控えた今日この日に、私は覚悟を決めて切り出した。
「……今日、ハギヨシと2人きりになる手伝いをして欲しいんですの」
言った。言ってしまった。
クリスマスにこのようなことを言ってしまえば、私がハギヨシのことを好きだということを悟られてしまうはずだ。
今まで完璧に隠していた気持ちだ。みんなを驚かせてしまうかもしれない。反対されてしまうかもしれない。
それでも、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ。だって、彼女たちは私の親友なのだから。
「あーはいはい。わかったわかった」
「というか遅いよ透華。なんでこんなギリギリに言うのさ」
「リア充爆発しろ」
「そう言うでない。ようやくとーかがその気になったのだ。言祝いでやろうではないか」
……あら? 思っていた反応と違いますわね。
というかまるで、私がハギヨシを好きだということをずっと前から知っていたかのうような――!?
「あ、あなた達!? も、もしかして前から私の気持ちを!?」
「隠せてたと思ってた方が驚きだよ」
あれほど完璧に隠していたのに、まさか知られていたなんて。
……やはり親友ですから、分かってしまうのでしょうね。
「言っておくけどハギヨシさん以外の屋敷の使用人はみんな知ってるからね」
「なあっ!?」
そ、そんなバカな!?
ハギヨシと話すときに赤面する癖は直しましたし、声だって上ずらないようにしたはず!
一たちならともかく、他の使用人にまで知られているはずは……
「ハギヨシさんと話すとき距離が露骨に近いんだよ。50cmもないよねあれ」
「ハギヨシが衣の給仕を先にしたからって不機嫌になるのもやめろって。今んとこハギヨシは衣のメイド何だからよ」
「実は前に衣から相談も」
「智紀! そのことは言わぬ約束であったであろう!」
心当たりがありすぎた。
お、おかしいですわね。そのくらいならバレないと思ってやっていましたのに……
「まあそういうわけだから、ボクたちとしてはようやく素直になったなぁって感じだよ」
「……ま、まあ確かにそれなら話は早いですわね」
閑話休題。
コホンと咳払いを一つして話を本題に戻す。
そうだ、考えてみればハギヨシを好きだということを説明する手間が省け、最初から協力してくれると言っているのだ。
決してマイナスのアクシデントではない。……私の羞恥を除けば、ですが。
「今日ハギヨシとふふ、2人きりで買い物に行きたいからその手伝いをしてくださいまし」
「つまりデートに行きたいからお膳立てをしろってことだね」
「で、デート!? そ、そういうわけでは……ないようなあるような」ゴニョゴニョ
「そんで告白でもすんのか?」
「こここ告白!? す、するわけないじゃありませんの!」
「なーんだつまんねえ」
「喪女にそんなことを頼むなんて……やはり爆発」
「智紀、素直に祝福せぬか」
こ、このままだといつまで経っても話が進みませんわ。
強引にでも話を進めなければなりませんわね。
「と、ともかく! 協力してくれますの!? してくれませんの!?」
「そんなのするに決まってるじゃん」
「……そ、そうですの?」
てっきり反対されると思っていたので肩透かしを食らった気分。
当然協力するという一の言葉に、他のみんなも同調するように頷いている。
「要するにハギヨシがやってるパーティーの準備を止めさせればいいんだろ? 楽勝楽勝」
「大船に乗ったつもりでいて」
気軽に引き受けてくれる親友たち。
……ちょっと軽すぎるような気がしますわ。これでも覚悟を決めて頼んでいるんですのよ!
まあ協力してくれるだけでもありがたいのですけど……
「とーか。ハギヨシを誘うのはとーかの役目であるぞ」
「わ、分かってますわ」
そうだ。どう協力してくれるのかなんて心配をしている場合ではない。
私がハギヨシを誘わなければならないのだ。ああ、考えただけで心臓が爆発してしまいそう。
……やっぱり来年まで待ちましょうか。
「透華? 今変なこと考えてない?」
「そそそ、そんなことありませんわ!」
「そう、ならいいけど。本当は心の準備をさせてあげたいんだけど、時間がないから早速ハギヨシさんに言ってくるからね」
「い、今からですの!? せ、せめてもう少し待って……」
「だーめ。ハギヨシさんといられる時間が少なくなっちゃうよ?」
うっ……それは困る。
せっかく勇気を出して誘おうとしているのだ。どうせなら少しでも長く一緒にいたい。
「納得はしたみたいだね。それじゃ純くん、ともきー。行こうか」
「おう」
「わかった」
「衣はとーかを落ち着かせてから行く故、頼んだぞ」
衣に落ち着かせると言われるのは複雑な気分ですわね……
もちろんありがたいのですけれど。
「む? 今何か良からぬことを考えておらぬか」
「気のせいですわ」
さすがに鋭いですわね。おとなしく好意に甘えましょう。
扉の向こうでハギヨシたちの話し声が聞こえる。
爆発しそうだった心臓はもうだいぶ落ち着いた。
これならちゃんとハギヨシを誘うことが出来るはずだ。
クリスマスにハギヨシを誘うからといって、決して慌ててはならない。
私がハギヨシを慕っているということをハギヨシに知られてしまったら、きっとあの真面目な執事のこと。龍門渕を去ってしまうに決まってる。
いつも通り、平然と、買い物に付き合えと言えばそれでいい。
「うん。直接頼みたいことがあるんだって」
一の声が聞こえる。そろそろ入るべきだろうか。
……いえ、やっぱりもう少し待って――
「とーか」
弱気になる私の心を見透かしたかのように、衣が私を諭す。
たとえ見た目が幼くとも、衣はやはり私たちの中で一番のお姉さんだ。
そう。今さら後戻りなんて出来ない。
私のすべきことはただ一つ。勇気を出してハギヨシを誘うこと。それだけだ。
覚悟を決めて大きく息を吸う。
ドアノブに手をかけドアを勢い良く開ける。
大きく吸った息を大声に変えて、私はいつもの様にハギヨシに命令をした。
「ハギヨシ! 買い物に行きますわ! 付き合いなさい!」
「お買い物でございますか。しかし後2時間もすればパーティーが始まってしまいますがよろしいのですか?」
私の決意を意に介さぬように、ハギヨシはいつもの通りの対応をする。
察してしまわれるのは困るのだけど、それはそれとして少し悲しくなる。
ともあれハギヨシの言うことはもっともだ。迷った挙句こんな時間になってしまった。
だからもちろん、そう言われるのも想定済み。
手の動きでハギヨシを近くに寄らせ、用意していた言い訳をハギヨシに囁いた。
「今日のパーティーに必要なものを買い忘れてしまいましたの」
「そうでございましたか」
私の言葉にハギヨシは微笑みを返す。
少女の失敗を見守るようなその笑顔は、私のことを妹のようにしか見ていないと言われているようだった。
少し寂しくなったが、ともあれ納得はしてくれたようだ。
それならば早く街に行かないと。
そう思った私がハギヨシに早く行きましょうと促すと、ハギヨシが想定外の返答をした。
「私にお申し付けくださればすぐに買ってまいりますが」
「ふぇ!? え、えっとそれは……」
きゅ、急になんてことを言いますの!? これでは私の計画が!
とはいえハギヨシが言うのはこの上ない正論だ。
買うものが決まっているならばハギヨシに頼んだほうが圧倒的に早い。私が付いて行く必要などないのだ。
混乱した頭では私がハギヨシと2人で買い物に行く理由なんて思いつかない。
一体私はどうすれば……
「落ち着けとーか。お前は何のために買い物に行くのだ」
衣の言葉で落ち着きを取り戻す。
そうだ、私が買い物に行く目的はハギヨシと2人きりになりたいから。
買い物に行く理由なんて考える必要はない。私がそうしたいといえばハギヨシは従ってくれるのだから。
冷静さを取り戻した私は、なるべく平静を装って、ハギヨシに命令を下す。
「私が買いに行くものは私自身が買わなければ意味がありませんの
あなたに頼むよりずっと時間がかかってしまいますが、それでも人に頼むわけには参りませんわ」
「そうでございましたか。浅慮をお許し下さい」
私が言ったでまかせの言葉をハギヨシは素直に受け入れる。
本当に納得しているのか、違和感を覚えているのか。どちらかは分からないが気にせず私は命令を続ける。
「構いませんわ。それでは行きますわよ」
「はっ。ただその前にいくつか指示を出して参りますので、少々お待ちを」
私がそのハギヨシの申し出を了承すると、ハギヨシはなるべく早く伝えると言い残して私の前から姿を消した。
多少強引だったが何とか上手く行った。一つため息をついて緊張をほぐす。
主従関係を振りかざしたようだけれど、ハギヨシの嫌がることをさせているわけではないのだからきっとセーフだろう。
そんなことを考えていると一たちが会話しているのが耳に入る。
なんでもハギヨシがどのくらいで戻っているのかと話しているようだ。
5分はかかると智樹が言っている。
一体何を言ってますの。ハギヨシがなるべく早く伝えると言っているのだから、5分もかかるわけがありませんのに。
「何を言ってますの。ハギヨシがなるべく早く伝えると言ったのですから、長くても30秒ほどで戻ってきますわ」
当然のように言ったその台詞に、純が苦笑しながら反論をしてくる。
「いや、さすがにそれは。30秒じゃ何も伝えられね――」
「お嬢様、大変お待たせいたしました」
純が反論を言い終わる前にハギヨシが戻ってきた。指示を伝えに行ってから20秒と少しだろうか。
純は何か凄いものを見てしまったかのように驚いている。
なんで驚いているのかしら。ハギヨシが私にした約束を守らないなんて、そんなことありえませんのに。
「30秒と待ってませんわ。さ、早く参りましょう」
急かすように歩き始めた私にハギヨシは付き従う。
後ろで純たちが何か言っているようだったけれど、その内容は耳に入らなかった。
商店街には人が大勢いた。さすがはクリスマス。カップルばかりだ。
ハギヨシに意識させようと、それとなくカップルが多いと伝えてみたが、分かっていないのかそれともあえて無視しているのか、軽くあしらわれてしまった。
……このくらいは予想していましたわ。こんなことで諦めてはいられません!
「私達もカップルに見えるのでしょうか」
今度は直接、言いたいことを言った。今日は積極的になろうと決めたのだ。
もちろん、動揺はしないように細心の注意を払っている。
私がハギヨシを好きだと気付かれないようにしながら、ハギヨシに私を意識してもらわなければならない。
そのためにはこの程度のことで動揺してしまうなど論外だ。
「僭越ではございますが、兄妹のように見えるのではないでしょうか」
それなりに勇気を出した発言は、あっさりと切り捨てられてしまった。よりにもよって兄妹なんて!
苦し紛れに髪の色が違うと言ってみたけれど、染めていると思われてると一蹴されてしまう。
……まあハギヨシが妹のようにしか思ってくれていない、というのはわかっていましたわ。
だからこそ今日は2人きりになったんですもの。今日頑張ればいいのです!
折れかけた心を鼓舞するように自分に言い聞かせる。
ともあれ、この話題はこの辺りが引き際だろう。
変なことを聞いきましたと言って話を打ち切ると、ハギヨシはいつものように短い返事で答えた。
「……ところでハギヨシには恋人などいたりしますの?」
カップルの話題が終わったところですかさず恋人がいるのかと質問する。
今日の私は一味違いますわ!
「……恋人ですか」
さすがのハギヨシもこの質問には言いよどむようだ。
好機と思い、畳み掛けるように言葉をつなげる。
「ええ。あなたであれば恋人の1人や2人、いてもおかしくないと思うのですけど」
「私に恋人などと。私には執事の仕事がありますので、恋人を作る暇などありません」
執事の仕事があることを言い訳に使われてしまった。
主としてそれを言われるとどうしても弱い。四六時中そばに置いているのは私が望んでいるからなのだ。
「……確かにいつもあなたのお世話になりっぱなしですわね」
ハギヨシが恋人を作らなくてもいいと思ったままでは、私のことを意識するしない以前の問題だ。
まずは恋人を作れるような環境を整えなくては。そのためには自由な時間を持ってもらうことから。
「よろしければ今度長期の休暇を取れるようお父様に掛け合いますわ」
「いえ、時間を作ることが出来ないのは私の責任ですので。現に父は龍門渕に仕えながら母と結婚しております」
「あなたのお父上が優秀な執事であることは知ってますわ。けれどあなたも十分に優秀な執事です。
そのあなたを恋人を作る暇がないなどという状況に置かせていることは、龍門渕家の恥ですわ。ですからちゃんと休暇を取りなさい」
少し強引だったかしら。……いえ、これくらい強く言わなければハギヨシは分かってくれませんわ。
そう、まずは休暇を取らせること。仕事中でなければ私のことも単なる主として見るのをやめてくれるはず――
……はっ!? ハギヨシが休暇を取ってしまったら、ハギヨシが屋敷にいる理由がなくなりますわ!?
屋敷にいなければ私といることも少なくなってしまって、恋人も外で誰かいい人を見つけてしまうかも。
ま、まずいですわね。でも今さら撤回するなんて出来ませんわ……
「……お嬢様。私は今はまだ恋人を作ろうなどと考えておりませんし、それに龍門渕に仕えることは私の生き甲斐でもあるのです。
ですから、どうかそのようなことをおっしゃらないでください。今の私には執事として働く事こそが喜びなのです」
取り返しの付かないことを言ってしまったと悩んでいると、ハギヨシは私の悩みを吹き飛ばすようなセリフを返してくれた。
ホッとする一方、やはり恋人を作る気はないのだと思うと少し残念。
ともあれここで簡単に引いてしまうのは龍門渕透華ではない。ハギヨシにきっと怪しまれてしまう。
ハギヨシに警戒させないためにも、もう少しだけ粘ってみよう。
「あなたの主としてその言葉は嬉しいですけれど……」
「それに衣様など、私のお仕えする方は、まだ目を離すわけには参りませんので」
思った通り、ハギヨシは自分の意見を変えることはなかった。
こういう頑固なところはハギヨシの美点であり欠点だが、今回はそれがよい方向に働いてくれた。
私は内心で感謝をする。
……それはそれとして聞き捨てならなかった言葉がありましたわね。
問いたださないわけには参りませんわ!
「……ところでハギヨシ。その衣などのなどには他に誰が入りますの?」
「おや、そのようなことを言いましたでしょうか」
「言いましたわ! その表情は私のことを言っているということでよろしいですわね!」
「そのようなこと、私は一言も申し上げておりません」
涼やかな笑みを浮かべてとぼけるハギヨシ。
そんな姿もいちいち様になっていてなんだか悔しい。
長期休暇でもなんでも取ってしまえと捨て台詞を叫ぶのが精一杯だった。
ハギヨシはその捨て台詞を聞くと、どこか遠くを見るようにして考え込んだ。
何を考えているのか少し遠回しに聞いてみたけれど、ハギヨシには何でもないとはぐらかされてしまった。
……恋人を作ることを真剣に考えているのでしょうか?
そうだとすれば嬉しいですけれど……ちょっとだけ、寂しいですわね。
先程していた遠くを見るような目は、きっと私のことなど写していないのでしょうから。
「ところでお嬢様。ここへは何を買いに来られたのですか?」
不意にハギヨシが質問をしてきた。
そのうちに聞かれるだろうと予想したけれどついに来た。
出発する前に言われていたら答えに窮したいたはずだが、いつか聞かれたときのため、ちゃんと答えは用意してある。
「一たちにプレゼントを買いに来ましたの」
用意していた言葉を淀みなく発する。
プレゼント交換のためのプレゼントはもう買ってあることはハギヨシも知っているが、部長として感謝の気持ちを伝えるために買うのだと言えば、ハギヨシはきっと納得してくれるだろう。
それに、一たちにそれぞれプレゼントを買うのは単なる言い訳のためではない。
今日突然言った私のわがままに快く協力してくれた親友たち。
彼女たちに感謝の気持ちを表したいというのは紛れも無い本音だった。
私の気持ちが本音であることが伝わったのか、最初は疑問に思っていたハギヨシもすぐに納得してくれた。
「このハギヨシ感服いたしました。それで私の役目は荷物を持つことでございますか?」
納得してくれたハギヨシは、少々的はずれなことを言い出した。
荷物持ちをさせるためだけに、パーティーの準備を止めさせてまでハギヨシを連れてくるなど、そこまで私は身勝手ではない。
「それでは何を致せばよろしいのでしょうか」
「その……どんなプレゼントを渡せばいいか、相談に乗って欲しいのです」
「……既に決めておられていなかったのですか?」
「じ、時間がないのはわかってますわ! ただ何がいいのか考えていたらこんな時間になってしまって……」
「……承りました。微力ではございますが、なんなりとお申し付けください」
「頼りにしてますわ!」
プレゼントが決まっていないというのは、半分本当で半分嘘。
ある程度目星は付けてある。それについてハギヨシがどう思うか聞いてみたかった。
まあ、要するに。2人で買い物を楽しむにあたって、一番盛り上がりそうなものがそれだったのだ。
……プレゼントを送るんですもの。口実にすることくらい、許してくれていいですわよね?
「なんとか揃いましたわね」
「ええ、きっとみなさん喜んでくださいます」
「あなたのお陰ですわ。ありがとう、ハギヨシ」
一たちへのプレゼントを買い終えほっと一息つく。
普段の買い物では黙って控えているハギヨシが、今日は忌憚なく口を出してくれた。
それがとても新鮮で、すごくすごく楽しかった。
一たちとする買い物も楽しいけれど、好きな相手とのそれはまた格別だった。
「私は何もしておりません。選ばれたのは全て透華お嬢様ですよ」
ハギヨシは笑いながらそう嘯く。
まったく、何もしていないなどと何をいっておりますの。
あれほど私の選んだものに注文をつけてきたのは初めてですのに。
もちろん、それだけ真剣に考えてくれていると思うと嬉しいのですけれど。
「まあ、あれだけ人の選ぶものに注文をつけておいてよくいいますわ」
「目立つのがお好きでない方もいらっしゃいますので」
「あの帽子もあの服も、きっと智樹に似合いますのに」
「似合うかどうかと本人の好みはまた別です」
ハギヨシが私の軽い嫌味を飄々と受け流す。こんなやりとりがとても愛おしい。
あまり嫌味を言うのは良くないと思いつつ、やめるのが惜しくてついつい言ってしまうのだ。
本気で言っているわけじゃないことは、きっとハギヨシも分かってくれているとは思うのだけれど。
「意地悪ですわね……クシュンっ!」
日が落ちてきて寒くなったからか、くしゃみをしてしまった。
ハギヨシの目の前でしてしまったと思うと恥ずかしい。
……ですが、これはこれで狙い通り。
くしゃみをするつもりはなかったけれど、いずれにせよ防寒対策を万全にしなかったのはこのため。
寒くなってきたといって、ハギヨシと密着しても不自然ではない状況にすることが目的!
まさに完璧な作戦ですわ!
「お嬢様。すぐに防寒具を用意してまいりますので、ここで少々お待ちを」
心のなかで高笑いをしていると、ハギヨシが防寒具を用意してくると言って忽然と姿を消した。
……え?
た、確かに考えてみれば、私が寒そうにしていればハギヨシが防寒具を用意するなんて、当然あり得ることでしたわ……。
ああもう、なぜ私はこんな大事なところで抜けてしまってますの!
「もう、折角厚着にしないようにしましたのに」
ともあれ今さら悔やんでも仕方ない。
恨み言をぽつりと呟いて、ハギヨシが戻るのを待った。
「お待たせいたしました」
風のように消えたハギヨシは5分と経たずに戻ってくると、手袋とマフラーを差し出した。
見たことのないデザインをしていて、両方とも真新しい。
すぐ仕えるようにするためか、値札も包装もされていないけれど、どちらも新品であることに疑いはない。
……もしかして、ハギヨシが買ってきてくれましたの?
期待に胸を膨らませながら、恐る恐るハギヨシに尋ねる。
「はっ。お嬢様に対して不相応なものではございますが、気温が低くなっておりますので、何卒つけていただければ」
ハギヨシは頭を下げてそう答える。
どうしよう。こんな形でもらえるなんて予想もしていなかった。
嬉しくて、嬉しくて、気持ちを上手く伝える言葉が思い浮かばない。
混乱をした頭のままハギヨシに断って手袋とマフラーを身につける。
大好きな人のくれた手袋とマフラーは、今までつけたどんなものよりも暖かく感じた。
「暖かいです。デザインも気に入りましたわ。ありがとう、ハギヨシ」
頭に浮かんだ感謝の言葉をそのまま伝える。
あわよくば私のことを意識させるような言い方を出来ればよかったのですけれど。
手袋とマフラーの暖かさで沸騰しそうな頭では、そんな器用なことは叶わなかった。
私の稚拙な感謝に、ハギヨシは大人の余裕をもって応えた。
……ハッ!? よ、喜んでいる場合ではありませんわ!
家にハギヨシのためのプレゼントを用意していましたのに、このまま渡してしまうとハギヨシからプレゼントを貰ったから、慌てて用意したように思われてしまうじゃありませんの!?
どうしましょう……と、とりあえず、今のうちに言っておけば、慌てて用意したとは思われないはずですわ。
言うべきことを決めて、ハギヨシに話しかける。
ハギヨシはプレゼントと思わなくていいなどと言っているが、そんな訳にはいかない。
「実は部屋にハギヨシのためのプレゼントを用意してますの。帰ったら渡しますわ」
言い訳じみた言い方だけれど、本当のことなので仕方がない。
それにまあ、この後ハギヨシと離れなければ、プレゼントを貰ったから買いに行ったわけではないことは分かってくれるはずだ。
私の言葉を聞いたハギヨシは意外そうな顔をしている。
そんなに意外だと言いたいのでしょうか。まったく失礼ですわ。
「そんなに意外な顔をしなくでもいいでしょう? 一たちに感謝の気持ちとしてプレゼントを渡すのですから、あなたに渡しても不思議ではありませんわ」
「……無常の喜びにございます」
一たちと同じようにプレゼントを渡すのだということを伝えると、ハギヨシは大袈裟に感謝の意を表した。
……というか大袈裟すぎますわ! そんなに大したものじゃありませんのに……
受け取る前にあまり喜ばないでと伝えたが、ハギヨシは更にハードルを上げてくる。
……こうなると何を言っても仕方ありませんわね。
「言っても無駄でしたわね。まあ期待してなさい」
そう言って会話を打ち切ると、ハギヨシはにこやかに相槌を打った。
そうだ、最後に念押しをしておきませんと。
ハギヨシから貰ったからお返しとして渡すわけではなく、本当に最初から用意していたのだと伝えなければ。
万一誤解されていては嫌ですもの。
「帰ったらすぐに渡しますわ。……ですから今ハギヨシからプレゼントされて、慌てて用意したわけではありませんの! それをよく理解なさい!」
「はっ」
「あなたより先に用意していたんですのよ! この間麻雀部のみんなで買いに行って――ひゃっ!?」
突然体が傾く。傾く直前の感触からすると、どうやら凍った地面に足を滑らせてしまったようだ。
話をするのに夢中で足元を見ていなかった。
せめて手を出して頭を打たないようにしないと――
「お嬢様!!」
ほとんど出したことのない大声を上げて、私の大好きな人が助けてくれた。
滅多に見せない焦った顔をしている。不謹慎だけれど嬉しい。
私を抱く手が暖かい。思わず口に出してしまうと、気づいたハギヨシが離れようとした。
それは嫌だった。熱に浮かされた頭のまま、逃げようとするハギヨシの左腕に、右腕を絡めて捕まえる。
「……お嬢様?」
ハギヨシの声で頭が覚める。顔から火が出てしまいそう。
それでも今さらハギヨシの腕を離すことなんて出来ない。
私がハギヨシを意識していることを知られては、ハギヨシが私のそばに居てくれなくなるかもしれないから。
何でもないかのように振る舞って、ただ足を滑らせないためにしているのだと思わせなければ。
「なんですの?」
「お戯れはおやめください」
「戯れではありませんわ。また今のように足を滑らせては危ないじゃありませんの」
「……それでしたら、手を繋いでいればそれで十分です。何も腕を組まずとも……」
「ハギヨシから貰ったマフラーと手袋で暖まりましたが、それでもまだ少し寒いですわ。こうしていれば少しは寒さをしのげるから、腕を組んでいるのです」
口から言い訳が次々と出てくる。
我ながらどれだけハギヨシと離れたくないのかと、他人事のように感心する。
「かしこまりました。ご随意になさってください」
「ええ、もちろんですわ」
ハギヨシは私の言い訳に意外と早く納得した。
焦った様子はまるでない。やはり単なる子供の戯れと思われているのだろう。
……まあ、この際それでいいですわ。
抵抗しないハギヨシに甘えて、さらに体を密着させる。平静を装うのは忘れずに。
ハギヨシの体温が伝わってきて暖かい。
体をハギヨシに預けるようにして、歩みを進めた。
腕を組んだまま商店街を歩いていると、前方に見覚えのある姿を見かけた。
隣にいる男子に見覚えはないけれど、あれはまさしく宮永咲!
「……おや。ハギヨシ、あそこにいるのは宮永咲じゃありませんの?」
「確かに宮永様でいらっしゃいますね。隣には男性が……」
ハギヨシに確認しても間違いはないようだ。
我がライバル、原村和の所属するチームのエース。話しかけない手はない。
腕を組んだまま、ハギヨシを引っ張って宮永咲の目の前へと進む。
「宮永さん、お久しぶりですわね」
「ど、どうもこんばんは」
「須賀くんもお久しぶりです。宮永様とご一緒ということは清澄高校の生徒だったのですね」
「師匠こそ龍門渕の執事だったんですね」
宮永咲に挨拶をする私の横で、ハギヨシが隣の男子に挨拶をしている。
ハギヨシの交友関係に私の知らない相手がいたことに少し驚いたが、すぐにその相手に思い至った。
確か夏頃から料理などを教えていると言っていた須賀という男子がいたはずだ。
龍門渕以外での友人ということで珍しく思ったことを覚えている。
ハギヨシとも気さくに話していて、仲の良さを感じさせる。
……しかしまあ、世間とは狭いものだ。まさかハギヨシの友人が清澄の生徒で、しかも宮永咲の恋人とは。
「あら、ハギヨシが言っていた須賀くんとはこの方ですの。まさか宮永さんの恋人とは思いませんでしたわ」
「ええ、世間は狭いですね」
どうやらハギヨシも知らなかったようだ。
相手の事情にあまり深く立ち入らないというのはハギヨシらしい。
執事としての分をわきまえてのことなのでしょうが、友人相手にそれは良し悪しですわね。
そんなことをハギヨシの方を見ながら思っていたら、何やら宮永咲が慌てた様子で返事をした。
「こ、恋人!?」
「クリスマスイブに2人でデートなんて、恋人以外のなにものでもないじゃありませんの」
顔を朱に染めた宮永咲に、当然だと言葉を返す。
……まあ、私とハギヨシはデートじゃありませんけど。
「ち、違います! 京ちゃんとは単なる幼馴染で、今日は買いたい本があるから付いて来てもらっただけです!」
「そうですよ。咲の買い物に付き合わされてるだけです」
恋人ということを慌てて否定する宮永咲と、平然と答える須賀さん。
非常に分かりやすいというかなんというか。
なんとなく宮永咲には親近感を抱いてしまいますわね。
ハギヨシの仲睦まじそうに見えたという言葉にも、須賀さんは幼馴染はこんなものだと落ち着いて答えている。
「2人は幼馴染なんですの。でも幼馴染とはいえ、それだけで2人きりでクリスマスに出かけるというのは……」
ちょっとした助け船のつもりで、単なる幼馴染じゃないのではないかとからかうように聞いてみる。
幼馴染の男の子に好意を全く気付かれていないというのは、まるで自分とハギヨシのようで放ってはおけなかった。
「本当にそれだけですって。咲がわがまま言うからですよ。俺はこいつのことなんてなんとも思って――」
「むー。わがままって何なの?」
「つ、ついて来いって言ったのはお前だろ!」
微笑ましいやりとり。思わず顔がほころびそうになるけれど、それより須賀さんの視線が気になった。
なんとも思ってないという言葉の語尾を濁しつつ、隣にいる幼馴染のことを見る姿が、なんとなく、彼女を意識しているようなそんな気がした。
顔を膨らませて拗ねた幼馴染にうろたえる様子もそんな考えを強くさせる。
助け舟なんて出す必要もなかったというわけで、正直羨ましい。
「そ、それにクリスマスで2人でデートなんて言ったら、ハギヨシさん達だってそうじゃないですか」
「名家のお嬢様とその執事の恋……素敵ですね」
矢を向けられた須賀さんは私たちの方に話をそらす。今度はこちらの番ということか。
もっとも、そう聞かれることは予想していたし、答える言葉も決まっていた。
「……恋だなんて、そんなものではありませんわ。
これから龍門渕でクリスマスパーティーを開くのですが、そのとき一たちに渡すプレゼントを買いに来ただけです」
「私はそのお供に」
私の台詞に続くようにハギヨシが淀みなく答える。
疑問の声を上げる須賀さんには、ハギヨシが念を押すように主と執事なのだから恋人ではないと伝える。
「……」
ハギヨシの説明にまるで納得がいかないといった視線を向ける2人。
疑惑の視線の先は私達の組んでいる腕。
「……もしかして腕を組んでいるのを不思議に思ってますの?」
「え、ええと……はい。恋人じゃないならしないんじゃないかなと……」
一応聞いてみるとやはり腕を組んでいるということを気にしているようだ。
まあ、疑問に思うのは当然。
というか恋人として見て欲しくてやっているのだ。恋人に見えないようならそれこそ意味がない。
本当は恋人だと言ってしまいたいのだけれど、それを言ったらハギヨシは即座に離れてしまうだろうから言うことは出来ない。
「これは雪が凍って滑りやすくなっている場所があるので、お嬢様の安全のためにしているだけですよ」
どう返事をしようか考えている間にハギヨシが答える。
きっとお嬢様の恋人に見られてしまうなど、お嬢様にご迷惑をかけてしまうとでも考えているのでしょう。
「あー確かに夜はこの辺も滑りやすいとこありますね」
かなり不自然な言い訳だけれど、須賀さんは信じているようだ。
ハギヨシが彼にとって信頼できる人物なのだということが垣間見えて、自分のことではないのになんだか嬉しい。
「ええ。先程もお嬢様が足を滑らせてしまいましたので、それからこのようにしております」
「もう、ハギヨシ。恥ずかしいからそういうことは言わないでくださいまし!」
ハギヨシの言葉に合わせるように続ける。
茶化すように言うのは私の気持ちを知ってか知らずか。
びっくりしたという言葉を受け流すように聞きながら、無意識にハギヨシのことを見てしまう。
「おや。透華お嬢様、そろそろ戻りませんと時間が」
ぼうとしていた私にハギヨシが声をかける。
まだすぐに帰らなければならないという時間ではないが、そろそろ帰りのことを気にし始めたほうがよい時間だった。
今夜はハギヨシと2人きりのクリスマスという滅多にない機会ですし、もう切り上げましょう。
目の前の2人も、2人きりでいたほうが嬉しいはずですわ。
「あら、もうそんな時間ですのね。それではここで失礼致しますわ」
「宮永様、須賀くん。どうぞよい聖夜を」
「い、いえ。こちらこそ失礼いたしました」
「ま、また会ったらよろしくお願いします」
最後に原村和に対する宣戦布告を伝えるよう言って、私とハギヨシはその場を立ち去った。
「あなたの話していた須賀さんは清澄高校の生徒でしたのね」
腕をギュッと抱きしめ直してハギヨシに声をかける。
「ええ、私も驚きました」
「あら、そう言って実は来年のために清澄高校の内情を探ろうとしていた、などということはありませんの?」
「申し訳ございません。そこまで気が回りませんでした」
からかうようにそう言うと、ハギヨシは恭しく頭を下げる。
ハギヨシといえども知らないことはあるだろうし、何より私がこんな形で情報を得ることを喜ばないのは承知しているはずだ。
だから須賀さんとは純粋に友人になっただけなのだろう。もちろんそんなことは分かっている。
そんな分かりきったことをあえて口に出したのは、徐々に徐々に、話題をつなげていきたいからだ。
「……ところであの2人は幼馴染だと言ってましたわね」
「ええ、言っていました」
まずはここから。
あの2人は幼馴染だと言っているが、ハギヨシはどう思っているのだろう。
そう尋ねるとハギヨシはオウム返しのような反応をする。
もう、なんでこういうことには察しが悪いんですの!
「もう、鈍いですわね! あの2人が本当に単なる幼馴染なのか、それとも付き合っていて照れ隠しでああ言っているのか、どちらだと思います?」
「そういうことでしたか。そうですね……宮永様は須賀くんのことを意識しているようでしたが、須賀くんの様子を見る限り恋人ではなさそうかと」
ハギヨシも宮永咲が須賀さんを意識しているということは気付いているようだ。
まあ、あれは見ていれば誰だってわかりますわね。
「私もそう思いましたわ。ただ、あの様子を見ると付き合うのも遠くはなさそうですわ」
「ええ、須賀くんは恋人が欲しいと言っていました。胸の豊かな女性が好きとのことでしたが、宮永様も可愛らしい女性です。
須賀くんに宮永様の気持ちが伝われば、そのうちに付き合うこともあるでしょう」
好きな女性のタイプまで話すような仲なんですのね。
須賀さんは巨乳好きらしいですが、もしかしてハギヨシも智樹みたいに大きいほうが……
……ハッ、そんなことは後回しですわ!
「そのうちに、というほどではないと思いますわよ? 須賀くんも宮永さんのことを意識していましたもの」
気を取り直して会話を続ける。
ハギヨシは私の言葉によくわからないというような顔をした。とても珍しい。
聞くとやはり須賀さんが宮永咲を意識しているとはわからないということだった。
「まあおそらくまだ自覚もない程度だとは思いますけど、それでも目を見ればわかりますわ」
「そうでございましたか」
私の言葉をハギヨシは素直に受け入れる。
須賀さんとは私より親しいのだから、元々何か感じていたことがあるのかもしれない。
「鈍感な男の子が、幼馴染も女の子だということに気づいて意識し始めてしまう……王道ですわね」
そしてこれでようやくお膳立てが終わり。
あの2人のことは申し訳ないけれど話のきっかけに使わせてもらった。
次のハギヨシの反応を待って、次から本題に――
「リア充爆発しろ」
!? は、ハギヨシ!? あなた何言ってますの!?
ハギヨシが突然およそイメージに合わない台詞を発したせいで硬直してしまった。
智樹が言うのであれば驚きもしないが、ハギヨシがリア充や爆発しろなどと言い出すとは露ほども思っていなかった。
それ程にショックだったのだろうか、などと考えていると。
「……と、沢村さんでしたら言いそうな関係ですね」
「と、突然何を言い出すのかと思いましたわ。ハギヨシもそういう言葉を使いますのね」
「ちょうどよい表現が他にございませんでしたので」
「そうかしら……? まあいいですわ」
本人が言うには智樹なら言いそうだということで言ったらしい。
他にちょうどよい表現がないというのも理由だそうだ。
決してそんなことはないと思うのだけれど、あまり踏み込むのも怖いのでやめておく。
ポジティブに考えれば、ハギヨシも女性と付き合うことに興味を持っているということ。
それは私にとっては願ってもないことで、これから本題を話そうとしている私の背中も押してくれた。
「……ハギヨシ。私達も宮永さんと須賀くんと同じように幼馴染ですわね」
「辞書のような定義で言うのであれば間違いなく」
そう、私とハギヨシは紛れも無く幼馴染だ。
もちろん主と執事の線引きはあったが、それでも小さい頃からお互いのことはよく知っている。
だからそう、聞きたかったのは、もし私とハギヨシが主と執事でなかったのなら、あの2人のようになっていたのかということだ。
「主と執事として出会わなければ、私達もあの2人のような関係になっていたのでしょうか」
あの2人のように仲睦まじく、もっと言えば恋人に。
直接には言わないけれど、言外にそんなことを匂わせて。私はハギヨシに迫る。
ハギヨシは考え込むようにしていて、なかなか返事をしない。
さすがのハギヨシも即答は出来ないのだろうと思い、ハギヨシの腕に顔を押し付けるようにして待つことにする。
もし拒絶されたらもうこんなこと出来ませんし、いいですわよねこれくらい。
「僭越ではございますが、須賀くんと宮永様のようにはならないであろうと愚考いたします」
「……そうですの。それはなぜです?」
予想していた中で、もっとも想像したくなかった答えがハギヨシの口から告げられる。
そう言われる可能性が高いだろうということはわかっていたけれど、実際に聞くのは崖から突き落とされたようでつらい。
これで最後と思ってハギヨシの腕を強く抱きしめていたけれど、このまま続けていると惨めな気分になってしまいそうだ。
腕を離してしまおうか、そう考えたところでハギヨシが続きを口にした。
「確かに私は幼少の頃よりお嬢様に仕えており、出会った頃から主従の関係でございました。
ですが、私がお嬢様にお仕えし続けているのはただ雇われているから、などというわけではございません。
私がお嬢様にお仕えしているのは、透華お嬢様のことを心よりお慕い申し上げているからなのです」
「ふぇ!?」
おおおおお慕い申し上げているなんて突然何を言ってますの!? 変な声が出てしまったじゃありませんの!
振ったと思わせてからのこれなんて上げ下げが激しすぎますわ!
こ、これは告白と思っていいんですの!? いいんですわね!
突然のことに慌てる私に、ハギヨシは落ち着いて言葉を続ける。
「たとえどのような出会い方をしようとも、あなたが龍門渕透華である限り、私はお嬢様にお仕えするでしょう。
私はお嬢様にお仕えするために生まれてきたのだと幼少の頃より思っています。その思いは今も変わっておりません。
もしお許しいただけるのであれば、あなたのお側で一生お仕えさせていただきたいと、そう思っています。
ですから、たとえ主と執事として出会わずとも、お嬢様と私は須賀くんと宮永様のようにはなりません。
……それに人の関係というものは、単に出会いだけで決まるものではございませんよ」
一生お仕えするだなんて! これはもう告白を通り越してプロポーズで……仕える?
お、落ち着きなさい、龍門渕透華。ここで先走ったら全ておしまいですわ。
ハギヨシが意識しないで慕うと言っているのなら、告白だなんて勘違いもいいところ。
まずはハギヨシがどういうつもりで言っているのか確認してからでも遅くはありませんわ。
「あ、あなたはそういう台詞を平気で言いますのね」
「そういう台詞とは……?」
「慕うという言葉はそう気軽に使っていい言葉ではありませんわ」
これで気軽に使っているわけではございません、とでも言ってくれれば最高なのですが……
「……もし、誤解させてしまっていたら申し訳ないのですが、慕うという言葉には尊敬するという意味もございます」
「紛らわしいですわ! 素直に尊敬していると言いなさい!」
やっぱり!! やっぱりそうでしたのね!
先走って告白だと思い込まなくて正解でしたわ。……でも、期待した分少し落ち込みますわね。
まあ、愛しているという意味ではなかったのは残念でしたが、ハギヨシの口から私を慕っていると聞けたのは嬉しいのですけれど
そんなことを考えていると、ハギヨシは誤解をさせたと謝罪をしてきた。
私はなるべく自然に、すこし拗ねたようにして返事をする。
「わざとじゃありませんの? もう、ハギヨシがそんなことを言うものですからビックリしましたわ」
「失礼いたしました」
「あっ、今笑いましたわね! やっぱりわざとからかったんですのね!」
そうは言ったけれど、おそらくわざとではないのだろうと思う。
ハギヨシは私のことをからかうようなこともたまにするけれど、それでも好きとかそういうことでからかうことはないはずだ。
からかうわけではなくあえて私に意識させるため、という可能性も無くはないですけれど、それは期待のしすぎというものでしょう。
ハギヨシは笑っているように見えたのは、何かの見間違えだとやはり笑いながら返事をする。
私もいじわるをするハギヨシは嫌いだと答える。
お互いに本気で言っているわけではなく、予定調和のような会話だ。
「お嬢様に嫌われてはこのハギヨシ生きて行けません。どうかお許し下さい」
「……一生仕えると言いましたわね」
じゃれあうような雰囲気を終わらせるようにハギヨシは頭を下げる。
生きていけないなどと大袈裟だけれど、ハギヨシは大真面目に言っていそうだ。
乙女の純情を弄んだ罪は重いとしても、さすがにそんなことまで望んではいない。
「はっ」
「許すも何も私はもとよりそのつもりですわ。ですから、先に死ぬなんて許しません。生きて行けないなどと簡単に言うものではありませんわ」
私に嫌われた程度のことで生きていけないだなんて言われては困る。
だって、ハギヨシにはずっと私のそばに居てもらいたいのだ。
私にとってハギヨシがどれほど大切か知っているのかいないのか。
ともあれハギヨシは恭しく頭を下げると、私の言葉を肝に銘じたと答えた。
一々大袈裟だとは思ったけれど、きってこれはハギヨシの性分なのだろうと思い直し、返事の代わりにハギヨシの腕を強く抱きしめた。
「あそこに時計が。……もうこんな時間ですのね」
「国広さんたちの準備も後少しというところでしょうか」
時計を見ると屋敷を出てから1時間半。あと少しでパーティーの始まる予定時刻だ。
言ってしまった後少し後悔した。
もうこんな時間だなんて言ったら、ハギヨシは早く帰るよう促すに決まっている。
現に後少しで準備が終わると言って、言外に屋敷に戻るよう訴えている。
ハギヨシと2人きりの時間が終わってしまうのは名残惜しいけれど、無視するわけにもいかない。
落ち込んだ声にならないように気をつけて、早く屋敷に戻るよう言うことにした。
「ええ。そうですわね。ハギヨシ、早く帰りましょう? パーティーが始まってしまいますわ」
するとハギヨシは少し複雑そうな顔をした。私の前でそんな顔をするのは珍しい。
もしかしたら早く戻ると言わせたのはいいけれど、今になって私と離れるのが惜しくなったのかもしれませんわね!
……まあ、そんなことはないのでしょうけれど。
馬鹿なことを考えるのはやめて、なかなか返事をしないハギヨシに声をかける。
「ハギヨシ?」
「いえ、なんでもございません。ですが足元が滑りやすくなっております。あまり急いでは危のうございますよ」
ハギヨシは意外にも急いでは危ないと言ってきた。
……本当に私と離れるのが惜しくなったのかしら?
なんて、そんなわけありませんわね。先程私が転んでいたのを思い出したのでしょう。
ともあれこれはチャンスですわ。なるべくゆっくり帰るようにしましょう!
「……そうですわね。あなたの言うとおりゆっくり帰りましょう」
「はい。ご心配なさらずともお嬢様がお戻りになられるまで、パーティーが始まることはありませんよ」
「わかっておりますわ。……それでは会場まで、しっかりとエスコートなさい?」
「承知いたしました。透華お嬢様」
そう言ってハギヨシは私に笑いかける。
今日も何度か見た表情。けれどこのときはなぜだか凄く恥ずかしくて、思わず顔を伏せてしまう。
期待していないと自分に言い聞かせたはずなのに、どこかで期待をしていたようだ。
正直腕を組むことに慣れてきていたのだけれど、一瞬で初めてしたときのような、恋人になったような気分に戻ってしまった。
屋敷に帰るまでの残り数十分。
ハギヨシとこうしていられることが何より嬉しい。
「ところでお嬢様。エスコートする場合もう少し離れるのが通例ですが、いかが致しましょう」
「なっ! このままで結構です!!」
だというのにこの執事は離れてはどうかと言い出した。
そんなもの一秒たりとも迷うこと無く、却下に決まってますわ!
なぜ人がいい気分の時にこんなことを言い出すんですの!?
ハギヨシは戸惑ったような声を上げたが、答えるつもりはない。
代わりに腕を力いっぱい抱きしめることで抗議をした。
……先程は感情的になってしまいましたが、ハギヨシとしてはああ言うのが当然でしたわね。
だからといって納得するわけではないけれど、言い過ぎてしまったかもしれません。
謝ったほうがいいでしょうか。でも腕を離したくはありませんし……
……いえ、ハギヨシを傷つけたかもしれないのなら、謝るほうが大切ですわ。
せっかく2人きりなのですから、気まずいままよりは楽しいほうがいいですし。
「ハギヨシ、さっきは言いすぎましたわ。あなたが嫌なのでしたら腕を離しても構いませ――」
「嫌などとそんなことはありません!」
「……え?」
「……! い、いえ。失礼しました」
嫌なら腕を離してもいいというと、ハギヨシが珍しく声を荒らげて否定した。
私に対してこんな言い方をするなんて、私が危ない目にあったときを除けば初めて。
少し……いや、かなり驚いた。呆気にとられてハギヨシの顔を見ると、これまた珍しくバツの悪そうな顔をしている。
どうやらハギヨシは失態だと思っているようだ。
執事としては無理もないですわね。
でも私は、ハギヨシが私とくっついていることが嫌ではなく、むしろ好んでいるということが分かって嬉しい。
もちろんひとりの女性として見てくれているわけではないのでしょうけれど、それでもそばにいたいとは思ってくれているわけですもの。
「ふふっ。ハギヨシの意外な一面を見てしまいましたわ。たまにはこうして出かけるのもいいですわね」
「……」
ハギヨシは聞こえないふりをして前を向いている。
執事としてはあるまじき態度だけれど、今は主従の関係でいたいわけではないからそれでよかった。
今日はいつものハギヨシと心地よい時間を過ごし、いつもと違うハギヨシの姿を見ることも出来た。
勇気を出して積極的になって良かったですわね。明日からもこの調子で頑張りますわ!
いつもと違う私を見せて、いつもと違うハギヨシを見つけて。
そうしていれば、いつか私のことを好きになってくれますわよね。ハギヨシ?
カン
だいぶ季節外れになりましたがこれで終わりです。
年内どころか年度内も無理でしたがご勘弁を。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません