男 「今日は大学も休講ですし、河川敷の方まで散歩しましょうか」
女 「…」コクン
男 「最近やっと春らしい天気になってきましたね」
女 「…」
男 「お、草野球やってる」
女 「…」
男 「けっこう歳のいったおじさんもいるんですね。あ、打った」
女 「…」
おばさん 「こんにちは」
男 「こんにちは、かわいいワンちゃんですね!」
女 「こん…にちは」
おばさん 「ふふふ、ありがとう」
男 「女さん、ほらお揃いですよ」
女 「…」
女 「…」ポリポリ
男 「女さん、痒いですか?」
女 「…」コクリ
男 「じゃあ、向こうの橋を越えたところにある公園でトイレに入りましょう」
女 「…」
男 「最近だと危ない遊具はすぐ撤去されてしまうから、さみしい公園ですね」
女 「…」
男 「…よし、人もいないし急いで入ってください」
女 「…」
男 「さすがに公園の男子トイレはそんなに綺麗じゃないですね」
女 「…」
男 「じゃあこの個室に入って」
女 「…」
男 「今はずしてあげますからね」カチャカチャ
女 「…」
男 「あー…あせもが出来てる。こんど首輪の裏にメッシュ加工してあげますね」
女 「…」ポリポリ
男 「痒いですか」
女 「…」コクリ
男 「そうだ!絆創膏はってあげます。前にTVでかゆみが静まるって言ってました」ゴソゴソ
女 「 」ドン
男 「いたっ」
女 「 」ガチャガチャ
男 「あー、逃げちゃダメですよ女さん。はい絆創膏」グイッ
女 「…」
男 「よし、じゃあ首輪もまいて、マフラーで隠して、出来ました!」
女 「…」
男 「じゃあもう出ましょう。くさいですし」
女 「…」
男 「そうだ女さん、ブランコ乗りましょう」
女 「…」
男 「さすがにちょっと小さいですね」
女 「…」ユラユラ
男 「…」ユラユラ
男 「女さん」ユラユラ
女 「…」ユラユラ
男 「今日のお夕飯は何にしますか?」ユラユラ
女 「………」ユラユラ
男 「野菜とかはけっこういろいろ残ってましたけど」ユラユラ
女 「…生春巻き」ユラユラ
男 「いいですね。でも、それだとちょっと遠いスーパーに行かなくちゃ」ユラユラ
男 「いつもだったら車で行きますけど、ここから近いし歩いて行ってみますか?」ユラユラ
女 「…そのために…」ユラユラ
男 「車じゃ途中で逃げれませんものね」ユラユラ
女 「…」ピタ
男 「よーっし!じゃあ行きましょうか!」
男 「歩いてここの商店街まで来たのもひさしぶりですね」
女 「…」
男 「やっぱり休日だと人が多いな…女さん、手を」
女 「…」
男 「女さん」
女 「…」
男 「手をつなぎましょうね」ガシ
おばあさん 「あれ、女ちゃん?」
女 「!…惣菜屋のおばあちゃん…」
おばあさん 「ひさしぶりだねぇ。いつも買いに来てくてたのに秋頃に急に来なくなったから
心配してたんだよ?」
女 「…」
おばあさん 「でも、余計な心配だったみたいだねぇ。彼氏さんかい?」
女 「…」
男 「あはは、照れるな」
女 「…あちゃ…けて」
男 「女さんはよくこの店に?」
おばあちゃん 「ええ。かぼちゃコロッケが好きでよく買って言ってたんだよ」
男 「じゃあ、せっかくだしかぼちゃコロッケ二つください」
おばあちゃん 「ちょっと安くしてあげるねぇ」
男 「ありがとうございます」
女 「…」
男 「女さん、ちょっといいですか」
女 「…」
男 「こっち、この廃ビルの中です」
女 「…?」
男 「ここの3階…」
女 「…」
男 「ほら、ここから見てみてください!」
女 「…」
女 「……!」
男 「懐かしいですね、女さんが住んでたアパート。ここからだとよく見えるんです」
男 「女さん、座って」ハンカチファサッ
女 「…」スッ
男 「…」ギュッ
女 「…」
男 「女さん。大好きです」
女 「…」
男 「ねえ女さん」
女 「…」
男 「女さん」
女 「…」
男 「女、さん」
女 「…」
男 「あの日、いつものように僕はここからあなたを見ていました」
女 「…」
男 「でも、どうしてもあなたと話したくて、僕を見て欲しくて」
女 「…」
男 「あの日、僕はあなたの部屋に行きました」
女 「…」
女 『痛い』
女 『苦しい』
女 『息が、できない』
女 『なんで、なんでこんなことをするの』
女 『逃げ出したいのに』
女 『下半身が熱い』
女 『もう出さないで』
女 『意識が遠く』
女 『いやだ』
女 『死にたくない』
女 『死にたくない』
女 『死にたくな』
男 「日が暮れてきましたね、もう行きましょうか」
女 「…」
男 「生春巻きの材料を買いに行きましょう」
女 「…」
男 「女さん」
女 「…」
男 「生春巻きの皮って、この水で戻すやつでいいんですか」
女 「…」コクン
男 「ネギとかはあったし、エビも冷凍の買ったし、ほかに何買います?」
女 「…」カラカラ
男 「お酒ですか?女さんお酒弱いじゃないですか」
女 「…」
男 「女さん、もう缶ビールの箱買いはしなくていいんですよ。僕もそんなに飲みませんし」
女 「…」
男 「こっちのりんごのチューハイにしましょう。これ好きでしたよね?」
女 「…」
男 「女さん、すっかり暗くなっちゃいましたね」
女 「…」
男 「さすがに、もう草野球も終わってる」
女 「…」
男 「もう少しあったかくなったら、首輪を隠す方法も考え直さないといけませんね」
女 「…」ギュッ
男 「女さん」
女 「…」
男 「…ねえ、その首輪をとったら、あなたは別の男を探しに行ってしまいますか?」
女 「…」
男 「こんなにあなたを縛っているのに、まだ首輪がないとダメですか?」
女 「…」ポリポリ
男 「ただいま」
女 「…ただいま」
男 「やっぱ、まだ夜は冷え込みますね~、生春巻きとコロッケなら、もう一品あったかい汁物が欲しいです」
女 「…味噌汁。インスタントのだけど」
男 「せっかくいろんな味噌が楽しめるお徳用買ったのに、赤味噌のばかり残っちゃってますね」
女 「…白味噌がいい」
男 「じゃあ僕は赤味噌で」
男 「生春巻きって初めて食べました」
女 「…」モグモグ
男 「かぼちゃコロッケも美味しいですね。」
女 「…」モグモグ
男 「女さんは味噌汁は白味噌派ですか?」
女 「…信州味噌」ズズズ
男 「赤味噌も悪くない」ズズズ
ジャアアアア
男 「余った冷凍エビはどうしましょうか」ゴシゴシ
女 「…明日、エビチャーハンにする」バシャバシャ
男 「いいですねえ…」ゴシゴシ
女 「…」バシャバシャ
男 「…女さん、また次の休みも散歩行きましょうね」ゴシゴシ
女 「…」バシャバシャ
男 「…」キュッ
女 「…うん」
男 「女さん、はずしますよ」カチャカチャ
女 「…」
男 「じゃあ、入りましょうね」
女 「…」
男 「…ふーっ。ぼく、大学卒業したらすぐにお金稼ぎますから。そしたらもっと大きなお風呂がある家に引っ越しましょう」
女 「…」
男 「お風呂あったかさが骨身にしみる…」
女 「…」
男 「…(さすがにもう、あいつの手の痕は消えている)」
女 「…」バシャッ
男 「女さん、首輪ないからって逃げちゃダメです。風邪ひきますよ」
女 「…」ズブズブ
男 「…(あせも、赤くなってて痒そうだな)」
男 「お風呂上がりのお酒もいいものだ…」
女 「…発泡酒だけどね」
男 「女さんだってチューハイじゃないですか」
女 「…」ポチ
ニュースキャスター 「~~~、~~~~~~~、~~~~」
男 「動物園でパンダが生まれたらしいですよ」
女 「…かわいいね」
男 「次の休日、動物園でもいいかもしれませんね」
女 「…うん」
男 「電気消しますよ」
女 「…」
男 「…」カチ
女 「…」
男 「…」
男 『ビルから彼女とあいつが住んでいる一室を覗く』
男 『小さな喧嘩の声は、やがて暴力の音へと』
男 『最初は、大学で右目を腫らした彼女が気になったから』
男 『そのうち、彼女をあいつから助けなくてはという使命感から』
男 『そしていつの間にか、彼女そのものに惹かれていた』
男 『あの日、勢いで飛び込んだ僕の目の前で、彼女はあいつに犯されながら首を絞められていた』
男 『とっさに近くにあった置物であいつの頭を殴り、そのまま恐ろしくなって逃走』
男 『僕が彼女を遠くから見ているだけだったのも幸いして、最後まで犯人は謎の強盗ということになった』
男 『あいつが大学をやめて、彼女はやっと解放されたと思っていたのに』
男 『それは僕の独りよがりで』
男 『彼女はただ、寄り代をなくしただけだった』
女 『私の新しい寄り代はあの人を奪った恐ろしいストーカーで』
女 『私を助けてくれた命の恩人で誠実な人で』
女 『私は誰かに「無理やり拘束されて」いないと私を保つことができないのに』
女 『私は』
女 『私、は…』
女 『…』
男 「おはようございます、今日もいい天気ですよ」
女 「…」
男 「ねえ、女さん。僕昨日の夜考えたんですけど」ガバッ
女 「…!?」バサ
男 「…」ギュウウウウウウウウ
女 「…グ、カハッ」
男 「ん」パッ
女 「ガ、ゲホゲホッ!!」
男 「鏡どうぞ」
女 「…」
男 「ほら、首輪みたいに手の跡が残りました」
女 「…」
男 「これで、逃げないでくれますよね?女さん」
女 「…」
女 「…」
男 「また消えたらつけ直してあげますからね」
女 「…」
男 「朝ごはん食べられそうですか?」
女 「…うん」ニコニコ
終わり
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