しかばねの王様とオニのお姫様 (95)
この世界には大きく分けて二つの種がある。
一つは人間、魔物と呼ばれる化け物に怖れながら暮らす弱い種だ。
まあ中には化け物より強い奴、化け物を狩って生きてる奴もいる。
魔法なんていう奇っ怪なものを扱う奴もいるが、それもまあ少数だ。
もう一つの種は魔族、こっちは魔物なんかよりもずっと凶悪だ。
生まれながらに魔法を使える奴なんてざらにいるし、素手で岩を砕くくらいわけない。
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まず人間なんかが太刀打ち出来る奴らじゃないだろうな。
勿論、言葉も話せれば人間とさほど風貌が変わらない奴もいる。
中身はまったく違うけどな。
俺は前者、弱い弱い人間だ。
化け物と戦える強さもなければ、魔法なんて使えやしない。
ただの人間、人間の中の人間さ。
それとあちらさん、魔族にも国や政治があって、魔王と呼ばれる王様もいる。
そこら辺は人間と変わりない、違うのは強い奴が偉いってことだ。
そんで、今現在の魔王。
一番強くて頭の切れる奴が人間と和平を結んでくれたお陰で、世界は平和だ。
もう魔族に怯えて暮らすこともなくなったわけだ。
和平が結ばれて随分経って、今じゃ魔族領に住む人間もいる。
俺もその一人だ。
ああ、両親と兄弟は人間領で暮らしてる。
俺が魔族領に行くと決めた時、そりゃあ反対されたけど事情が事情だったんだ。
あまり裕福じゃないし、弟は体が弱いしで、色々と大変で金が必要だった。
そんな時、人間領に来ていた魔族の姫様に気に入られ、私の家で働かないかと誘われたわけだ。
庭仕事や掃除、メイドみたいなもんだったが給料がかなり良かった。
俺はすぐに反発する両親を説得して、姫様の屋敷で働くことにした。
うまい話しには裏がある。
そんな馬鹿でも知ってる言葉を忘れて、目の前の餌に飛び付いた。
これが俺の人生で最初で最後の大失敗だった。
庭仕事も掃除もすることはなかったが、金はきちんと故郷に送られている。
じゃあどうやって金を得ているかって、それは……
「あなたの瞳は本当に綺麗ね」
目玉を舐められた。くそっ、相変わらず気色悪い。
声に出して言いたいが声は出ない、俺は、この女に声を奪われた。
だから魚みたいに口をぱくぱくさせるだけ、間抜けなもんだ。
どうやって金を得ているかだったな、簡単な話し、この女の玩具になることだ。
言っておくが好んで玩具になったわけじゃない、玩具にさせられたんだ。
玩具って言っても特殊な玩具だ。
皮膚灼かれたり剥がされたり、鞭で叩かれたり爪剥がされたり、肉削られたり。
まあ色々やられた。
どうもこの鬼姫って女は、痛めつけるのが大好きな変態らしい。
本当の意味で、毎日が苦痛だった。
苦痛なんてもんじゃない、激痛だな。
傷付けておいて魔法で治すってんだから余計に質が悪い。
死にたくても死ねないんだからな。
舌を噛み切ろうとしても出来ないようにされちまったんだ。
魔法、まったく忌々しい力だ。
「その目で見つめられると、ぞくぞくするの」
睨んでんだよ、変態女。
小さい頃から気にしてた目つきの悪さを褒めてくれたのが、この変態女だ。
この女の何も知らなかった頃は、それはそれは嬉しかった。
何しろ綺麗だし肌は真っ白、腕なんか凄く細くて、守ってやりたくなった。
こんなにも美しい女性がこの世にいるのかと思ったもんさ。
「わたし、男と二人きりになるなんてないのよ。あなただけ…んっ」
耳の中に舌を入れるな、そんなこと言われても全然嬉しくないんだよ。
絶世の美女が、今じゃただの変態女だ。
男ってのは、本当に単純で馬鹿な生き物だよなぁ。
自分の馬鹿さ加減、愚かさが情けなさすぎて涙が出る。
阿呆だよ、阿呆。
「あなたは、わたしの物。あなたがいれば何も要らない」
だったら真っ当な愛情表現をしろ、舐めるな噛むな、服を着ろ変態。
くそっ、また始まった。
何をされても欲情なんかしないのに、魔法一つでこのざまだ。
「あなたを愛してる。さあ、ちょうだい」
狂ってる。
痛めつけて、傷付けて、愛してるって囁いて、肌を重ねる。
いくら口汚く罵っても、この女のには聞こえない。
肌も爛れて髪は焼かれて頭皮は丸出し、一見すれば死体みたいな様だ。
こんな姿にしておいて愛してるだと、気狂いの変態め、さっさと死んじまえ。
「んっ…そうよ、その目がたまらないの」
よがってんじゃねえ、さっさと終わろ。
俺は何もしない、ぶん殴ったって悦ぶだけだからな。
「あっ…出てる……んっ…」
出てるんじゃなくて『出させた』んだろうが。
俺はあちこち痛くてそれどころじゃないんだよ。
さっさとどけ、こら。
「あっ…もう少し余韻に浸らせてくれてもいいじゃない。いじわるね」
黙れ屑、終わったんならさっさと出て行け。
大体、そんな風に頬を膨らませて拗ねたって全然可愛くないんだよ。
寧ろそんな風に出来る精神がおぞましい。
「こんなに愛しているのに、あなたはいつになったら愛しくれるの」
死ぬまで、いや死んでも有り得ない。
お前を愛する、そうなったら俺もいよいよ終わりだよ。
いや、もう終わってるようなもんか。
「まあいいわ、また来るから。ふふっ、またね」
ーーーー
ーーー
ー
鬼姫が出て行って痛みが収まった。
これも魔法。
自分がいない間は痛みをなくし、此処へ来たら痛みを与える。
痛みに慣れさせない為の手段だ。
魔法ってやつは本当に便利だよな。
強い者には優しくて、弱い者にはやたら厳しい。
それが俺の魔法に対するイメージ。
俺がもし魔法を一つだけ使えるのなら……そうだな。
あの変態鬼姫を殺す魔法で、今すぐに殺してやりたい。
首絞めても悦ぶし、馬乗りになって殴っても悦ぶ。
人間なら死ぬほどの痛みでも、あの女には快楽にすぎない。
だから、俺は何もしない。
わざわざ悦ばせたくもないからだ。
たがその抵抗すら鬼姫には快楽だ。
俺が拳を握り締めて堪える様が、鬼姫にはたまらないらしい。
何をしても、何もしなくても、鬼姫に悦楽を与える。
結論、俺は弄ばれていずれ気が狂って死ぬ。
そりゃあ一矢報いたいとは思う。
でも相手は魔族、その見込みはない。
これが現実、抗いようのない現実なんだ。
人間の俺には、鬼姫に傷一つ付ける手段もない。
今日はこのあたりで、たぶん早めに終わると思う
※※※※※
嗚呼、退屈だわ。
彼との時間が唯一の時、幸せなひととき。
今日も彼は変わらなかった。
本当に愉しかった。んっ、まだ奥が熱い。
でも、今は退屈。
父が魔王に尽くした。
だから、わたしは裕福な暮らしを約束されている。
魔族領の内乱を『力』で抑えたのは、わたしの父。
現魔王の思想に共感して、戦いに身を投じ命を落とした愚かな父。
哀れよね。
自分の為に力を使えば良かったものを、誰かの為に使うなんて。
どんなに賞賛されようと、利用されたことに変わりはないのに……
まあいいわ。
わたしはそうならない、わたしの力はわたしの力。
誰の為でもない、わたしだけの力。
蹂躙、支配、終わりない争い。
それが魔族のあるべき姿なのに、人間と和平を結ぶなんて有り得ない。
弱者は滅び、強者が生きる。
弱者を踏んで強者が立つ、それが世界のあるべき姿。
だから今日、わたしは魔王を殺す。
わたしより弱い者が上に立つのが気に入らない。
わたしより弱い者が世界を回すのが気に入らない。
だったら好きにする。
わたしの好きなように壊して壊して、終わらない争いを始める。
平和呆けした魔族の目を覚ましてあげる。
暇潰しに過ぎないのだけれど、それはそれで面白そうよね。
嗚呼、早く彼に会いたい。彼の瞳が見たい。
あの瞳、あたしを憎む瞳。
どれだけ痛みを与えても、甘い快楽を与えても消えない憎悪。
あの瞳が、たまらない。
だからこそ精一杯『愛して』あげたい。
思い出すたび、身震いする。
奥が疼く。
「どうなさいました」
彼の声を与えた部下が言う。
これでわたしは彼の声を忘れずに済む。
「なんでもないわ」
「そろそろ到着するようです、もう少しの辛抱です」
彼の声がすぐ側にある、心が昂ぶる。
あんまり喚くものだから、声を奪って部下に与えた。
これは駄目ね、ますます彼に会いたくなってしまう。
愚かな魔王様、早くこないかしら。
身体が疼いて仕方がないの、だから早く殺させてくださいな。
こんな感じで書いてきます
彼の命、その宿命
彼の命、その宿命 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416151250/)
こんなのも書いてるので、良ければどうぞよろしく
催眠は使えるのか
※※※※※
あれから、彼がわたしの手を離れてから数ヶ月経った。
魔王を殺したのが知れると、魔王傘下の魔族が大挙として現れた。
あの軍勢を前にした時はほんの少しだけ興奮したけれど、彼には及ばない。
殺しても殺しても、血を浴びて真っ赤になっても……
最後の一人の懇願する顔を見ても……
魔王の城の天守に立っても……
結局何をしても、わたしは満たされなかった。
あの時、わたしの屋敷の前に出来た血の流れ。
赤い川は少しだけ綺麗だった。
名のある魔族も、あの川を作る一部でしかない。
彼の血の一滴にも劣るけれど、夕陽も相まって素敵な景色だった。
最近はめっきり来なくなって、わたしから出向いて殺しに行く。
わたしは確かに強いけれど、『魔族』ってこんなに弱かったのかしら。
泣き喚いて助けを請う姿は醜かったらない。
あの時、わたしの屋敷の前に出来た血の流れ。
赤い川は少しだけ綺麗だった。
名のある魔族も、あの川を作る一部でしかない。
彼の血の一滴にも劣るけれど、夕陽も相まって素敵な景色だった。
最近はめっきり来なくなって、わたしから出掛けて殺しに行く。
わたしは確かに強いけれど、『魔族』ってこんなに弱かったのかしら。
泣き喚いて助けを請う姿は醜いったらない。
そんな無様な姿も、彼なら様になるのかしら。
いえ、彼なら助けてなんて言わない。
きっとあの瞳であたしを睨みつけて、首に手を掛けるに違いない。
彼が人間としてでなく、魔族として生まれていたら……
あら、素敵だけれど想像出来ないわね。
「鬼姫様、もうじき到着するようです」
突然の彼の声に胸が高鳴る。
声の主が部下であることは分かっていても、鼓動が早くなる。
でも、それも長くは続かない。
今日は久しぶりにわたしを殺しに来た者と戦わなくてはならない。
それも魔族ではなく『人間』
彼以外の男、彼以外の人間。
屑、塵芥。
「俺が始末します。鬼姫様が出る必要はありません」
彼の声で話すにあたって、彼と同じように話すよう命令した。
その方が、耳心地が良い。
まだぎこちないけれど、彼女は良くやってくれている。
わたしを、楽しませる為に。
「いいえ、遠路はるばる来てくれたんだもの、わたしが出ないと失礼だわ」
戦いを挑むからには、それなりの勝算があるのだろう。
でなければ一人でわたしに挑むなんて有り得ないもの。
魔王傘下の魔族の残党と手を組んで、苦労して苦労してここまで来たんだもの。
人間からは『勇者』などと呼ばれているらしいと部下から聞いた。
挙げ句、魔族でさえ勇者なんて屑に頼る始末。
魔族としての誇りもないのかしら。
希望の象徴で平和をもたらす者……
そんな感じだったかしら。
本当に馬鹿馬鹿しい。
人間を滅ぼすのはもう何年か後にする予定だったのに……
と言うより、彼と会うまでの暇潰しとして残しておくつもりだった。
「鬼姫様、そろそろ」
「ええ、行ってくるわ」
荒れ地に立つ屑を見て、わたしは天守から飛び降りた。
すると、背後から彼の声。
「俺が来るまで死ぬなよ、鬼姫」
戦いに赴く度に言わせている台詞。
他はぎこちない部下も、これだけはさらりと言えるようになった。
わたしはふわりと浮いて、振り向かぬまま微笑する。
彼の姿を思い浮かべながら緩やかに落下する。
目を閉じて、愛を囁く。
「わたしは死なないわ。あなたに会う、その時まで……」
催眠も攻撃の一つとして考えてるようです
ーーーー
ーーー
ー
そんな小さな喜びも、屑によって消されてしまった。
優しげな眼差し。
その奥には、自分が特別な存在だという自負が見える。
自負じゃないわね、ただ傲慢なだけ。
勇者なんて呼ばれて、その名に酔っているのかしら。
哀れだけれど、本人に自覚はないのよね。
世界を救うなんて言って、人々の為に奔走して……馬鹿みたい。
自分の本質も見えない、こんなちっぽけな存在が、勇者。
少しでも興味深いと思ったのは、やはり間違いだったみたい。
落胆と怒り。
「さ、早く済ませましょう」
「いいだろう」
此処まで来てつまらない真似をしたのなら、どうしてやろうかしら。
あら、何かしら。何かがくる。
魔力、人間の許容量を超える魔力が収束してる。
いえ、あれは魔力じゃない。
なるほど、人々の『希望』とは良く言ったものね。
何千万のそれが、屑に力を与えている正体。
まったく下らない。
そんなものに頼らなければ戦えないなんて、愚かだわ。
「まどろっこしいのは嫌いなの、早くぶつけなさい」
「人々の願いを喰らえ、鬼姫」
屑がわたしの名を呼んだ。
彼以外の声がわたしの名を呼んだ。
渾身の力で放たれた希望を消し去り、わたしは屑の腕を触れずに千切った。
「何故、何故だ。何故通じない」
うるさいわね。
確かに発想は面白いけれど、その程度でわたしを殺せると思っていたのかしら。
救いようのない生き物ね。
希望なんてものより、確かに存在しているものが勝っただけよ。
何千万の人間が命を捧げたのなら、わたしを倒せたかもしれないわね。
「なら、一体どうやって」
「愛よ。何千万の希望より、たった一人の男への愛」
「そんな馬鹿なこッーーー」
もう訊きたくないないから、わたしは首を刎ねた。
人間って、わたしを苛立たせるのが上手いのね。
でも、少し嬉しいわ。
何千万の者が託した『希望』
それを、わたしの『愛』が砕いたのだから。
わたしがどれだけ彼を愛しているのかが分かったんだもの。
「あら、珍しい」
少しうっとりとしていて、視線に気付かなかった。
遠方に狼が見えた。
もしかしたら、ずっと見ていたのかしら。
あの刺すような瞳、彼に似ているわね。
近付こうとした時、わたしの魔力を察知したのか、狼は消えた。
※※※※※
勇者だったか、随分呆気ないな。
まあ『人間』ならあんなもんだろうさ。
でもなるほど、あんな魔力の使い方もあるわけか。
でもあれじゃあ弱いな、もっと確実に『鬼姫』を殺す方法があるはずだ。
くそっ、憎いと思いながら鬼姫のことばかりを考えてる。
例え魔法でも、この憎しみは消せないだろうな。
大体、何が愛だ。
変態嗜好の気狂い女の愛なんて、肥溜めの中の死体みたいなもんだ。
あの女の愛を形にしたら、とんでもないことになるんだろうな。
……気持ち悪い。
まあいい、狼を通して見たあれは参考になった。
問題はどうやって改良応用するかだ。
魔力を集めてぶつける、それは通じない。
そもそも、受け継いだ魔王の力は鬼姫に劣るわけだしな。
いや待て、確か魔王は俺を魔族と勘違いしていた。
ーー憎悪は魔力に似ている。
そうだ、確かにそう言っていた。
いや、ただの憎悪じゃない。
俺が持つのは『鬼姫への憎悪』だ。
それは俺の核、力の根源。
殺したい、痛みを与えたい、消えない傷、絶対の死……
あの女を、滅ぼしたい。
魔力だけじゃあそれには届かない。
もっと別の、俺そのもの、鬼姫……
そうか、これなら殺せる。
これは俺にしか出来ず、鬼姫しか殺せない『魔法』だ。
鬼姫に対してだけ、必ず成功する。
狼も無事に帰ってきたし、そろそろ行くこう。
ぼろ切れ羽織った死体が、狼の背に跨がって山を下りる。
そういやこの前、魔族に協力頼まれたっけ、断ったけど。
俺を屍の王なんて言いやがって、俺は人間だってんだよ。
俺は誰かの為に戦うわけじゃない、俺の為に戦う。
誰かを救う為でもない、ただ鬼姫を殺す為に戦う。
だからこそ、鬼姫を殺せる。
あと1、2回で終わると思う
ーーーー
ーーー
ー
まだ城が見えないってのに、血と腐った肉の臭いがする。
俺同様、狼も顔を顰めてる。
でもまあ、随分と慣れたもんだ。
環境に適応する力ってのも中々馬鹿に出来ないな。
ちゃんと人間やってた頃なら、間違いなく吐いてただろう。
今や声がなくても会話出来るし、魔物なんて虫けらみたいに殺せる。
以前なら怖くて怖くて仕方がなかった化け物を、一瞬で殺せる。
力を得て、試して、殺した。
どこまで出来るのか、想像出来る範囲外のことすら可能になった。
今なら鬼姫の居場所まで転移出来るだろう。
それなのにわざわざ狼に跨がって移動するのには訳がある。
きっと考える時間が欲しくて、そして、悩みたかったんだろうと思う。
鬼姫と出逢って、魔族領に来た。
度重なる拷問と性交。
鬼姫に人生を狂わされ、死体みたいな姿にされた。
そう、人生……人生だ。
俺はもう、人としては生きられない。
きっと人だと認めてもらえないだろう。
そんで、爺さんに魔力を貰った。
今じゃあ、屍の王なんて呼ばれてる……
あの魔族が言っていたように、最早俺も魔族なんだろうか。
お供に狼、他に仲間はなく、肉を剥き出しにした醜い姿。
魔王の如き魔力を持ち、数多の魔物を葬る怪物。
屍を生む屍、屍に立つ屍。
それが、魔族から見た俺らしい。
俺は身を守ってただけだってのに、酷い言われようだ。
確かに魔法を試したし、魔物を殺して喰ったりもした。
あの『魔族』が、化け物を見るような目で俺を見た。
醜いと、得体の知れない魔だと、おぞましいと思ったのだろう。
まあいいさ、何とでも思うがいい。
全ては生きる為にしたことだ。
大体、今更魔族と協力して、仲良しこよしで鬼姫を倒そう。
そんな風には絶対思えないからな。
どいつもこいつも信用出来ない、信用出来るのは狼だけだ。
醜い化け物と昼夜を共に過ごし、夜は俺を包んでくれた。
魔法で懐かせたわけじゃない。
この狼は、自ら俺といることを望んでくれた。
人間、魔族。
果ては世界がどうなろうが、俺にはもう、どうでもいい。
ただ一つだけ、許せない存在がいる。
ほら、見えてきた。
魔族であり、化け物の頂点、鬼姫様だ。
あの女、人間の俺と初めて出逢った時と同じ着物を着てやがる。
当然、それを分かってて着てるんだろうな。
俺は出逢った時の姿には戻れないってのに、あの糞女。
狼、お前はもう戻れ。
分かるだろ、お前はこんな所にいては駄目だ。
此処には、俺と鬼姫だけでいいんだ。
ほら、もう行け。よし良い子だ。
今まで、ありがとう。
「お帰りなさい、お別れは済んだのかしら」
ああ、終わったよ。
もう此処には、俺とお前の二人だけだ。
「ええ、二人きり。わたし、この時をずっと待っていたのよ」
そうかい、それはそれは有り難いな。
お前がいつ山に来るものかと、不安に思ったこともあったんだ。
俺がお前を殺せるようになるまで待ってくれて、本当に良かった。
「あら、てっきりわたしが恋しくて戻って来てくれたと思ったのに」
ふざけるなよ変態女。
今じゃあお前が笑う度に殺したくて仕方ないんだよ。
美しさなんてもんは、一切感じない。
気持ち悪いんだよ、犬畜生にも劣る屑が。
「酷いわね、こんなに愛しているのに」
ーーなるほど、お前は本当に救いようのない変態だな。
その着物、俺の皮膚で造ったのか。
どこか違うとは思ったが、よくそんなもん想像出来るな。
「だって、あなたを傍に感じられるんだもの」
長い黒髪を震わせ、頬を赤らめながら己の女を弄る。
抜いた指はてらてらと光っていて、糸を引いた。
変わってない。
いや、あいつは生まれながらに『そう』だったのかもしれない。
まあいい、俺は終わらせに来た。
愛する男の皮膚で着物を作る変態、俺をこんな姿にした張本人。
俺はお前を滅ぼす為に此処へ来た。
「なら、声を返すわ。悲しいけれど意志は固いようだし。最期、なのよね」
「……ああ、最期だ。俺はお前を殺す」
長い間使ってなかった為に上手く声が出なかったが、何とか口にした。
眼前に立つ鬼姫は、心底嬉しそうな顔で、笑っている。
事実、嬉しいんだろう。
自分の趣味嗜好、歪んだ愛情を、鬼姫は否定しない。
あれは、そういう女だ。
「さあ、ちょうだい。あなたの全てを、魅せて」
俺は俺に集中した。
力の根源に潜って、俺と繋げた。
俺そのもの、肉ではなく、精神。
俺を俺たらしめる物。
ごく簡単に言えば、命ってやつだ。
鬼姫を『想う』憎悪は、どこの誰にも負けやしない。
想いと命を繋いで、俺自身が、魔法になる。
そして、言うんだ。まだ保っていられる内に……
鬼姫にしか通用しない、魔法の言葉を……
「さあ鬼姫、俺のー想いーを、受け取ってくれ」
おわり
読んでくれた人、ありがとう
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