御坂「――――私は私、よね」 (59)
I walked.
And then,I saw me in front of myself.
But,it wasn't really me.
Watch out. The gap in the door……
it's a separate reality.
The only me is me.
Are you sure the only you is you?
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ここは常盤台中学女子寮の一室だ。
……そう思っているのは自分だけだろうか。
美琴は目の前にある鏡を覗き込む。
顔が映る。
整った綺麗な顔立ちだ。
美琴は鏡の中の自分へゆっくりと手を伸ばす。
その指先が鏡に触れる。冷たい感触が伝わると同時に、変化が起きた。
鏡に文字が刻まれていく。強引に刃物で刻み込んだような、酷く歪な文字が。
『I'm lost.Who are you?』
……ずぶり、と指が鏡の向こうへと沈み込んだ。
「……行け、ってことかしら」
美琴の体は鏡の中に吸い込まれるように消えていく。
体全てが消える前に、御坂はちらりと背後を振り向いた。
その部屋にはこの鏡以外、何一つなかった。
「―――見知った場所ね」
美琴は常盤台中学の廊下に立っていた。
だが美琴の知るそれと同じではない。
廃校になって何年も経つような、錆や汚れがあちこちに見える。
電気もろくに点いておらず、かなり薄暗かった。
壁を見る。張り紙がいくつか掲示されており、そのほとんどがどうでもいいものだった。
大覇星祭のお知らせ、委員の決め事、その他規則や行事など。
その中に一枚だけ、他と比べてもとりわけボロボロの古い紙が鉄の棒で一番目に入る位置に大きく縫い止められていた。
『Your truth is yours.You don't know anything,so I will be it.』
当然ながら、こんな張り紙は美琴の知る常盤台中学にはない。
「……It's mine.I will be your truth.……Who are you?」
ちょっとした仕返しを呟き、誰かへと問う。
元々返答など期待していないのか、美琴はそれきりでその場を去る。
すぐ近くで廊下は右に曲がっている。丁度その曲がり角の辺りの埃や剥がれた錆が何かに煽られるように転がっていた。
おそらくどこからか風が吹いているのだろう。
美琴がその出所を探ろうとその場を離れた後。
文字の書かれた古い紙を壁に固定していた鉄の棒が突然黒く染まり、腐り落ちた。
ひらりと紙が虚空を舞い、床へと落ちる。
その紙には文字が書かれていた。
『Seriously?』
美琴が曲がり角に差し掛かると、吹いていた風はぴたりと止まってしまった。
廊下の左右にはいくつものドアがあった。一番近くのドアを開けてみる。
錆付いた真鍮のノブを回し、中へ入る。
「……鏡、か」
目の前に薄汚れた鏡があった。
酷く狭い部屋だった。人間が二人も入ればそれで限界だろう。
鏡に映る自分を見つめる。常盤台中学の制服に身を包み、なんら変わりのない自分の顔がある。
「私は私、よね」
御坂美琴がそこにいる。
それを確かめた美琴は部屋から出ようと再びドアノブを回す。
「……あれ」
ノブが回らない。ドアが開かない。
不思議に思った美琴はふと背後を振り向いた。
鏡には文字が刻まれていた。
『I have question.』
「奇遇ね。私も同じよ」
再度ノブを回す。錆付いたドアは嫌な音をたてながらゆっくりと開いた。
他の部屋も調べてみる。しかしどこもおかしかった。
部屋に入れたのは最初の一つだけ。他はドアが開かなかった。
中にはドアが開き、中の様子は見えるのにそこに入った途端に気がついたら元の廊下に立っていたこともあった。
廊下の一番奥にはやはり古びたエレベーターがあった。
その近くにドアがある。あれが最後の部屋だろう。あそこはまだ調べていない。
近くまで歩いていくと、ボロボロで薄汚れた廊下に小さな綺麗なボールが転がっているのに気付いた。
そのボールは廊下から最後の部屋のドアへと転がっていき、ドアにぶつかって跳ね返る。
またドアに転がっていき、ぶつかり、跳ね返って、転がっていく。ひとりでに延々とその動きを繰り返していた。
美琴が更に近づいていくと、ボールがドアにぶつかった瞬間にドアが軋んだ音と共に開いた。ボールも部屋の中へと転がっていく。
「選択の余地なし、か」
開いたドアを覗き込む。ドアにはファンシーなデザインの汚れた札が掛けられていた。
中に転がり込んだボールを見てみる。ボールは動きを止めて静止していた。
もう一度札をよく見てみる。裏側には『My,dear……』と書かれていた。
次は部屋の中を確認してみる。入り口の正面には鏡が掛けられていた。
鏡を見る。何度見ても映るものは同じだ。御坂美琴だ。
そこにいる自分を見て、ふと美琴は何かに気付いて再びボールに目をやった。
「――――――――――ッ!?」
「ォ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そこにあったのは御坂美琴の頭だった。
首のない誰かが屈んでその頭を両手で持って、震えるような声をあげていた。
咄嗟に部屋を出、すぐ近くのエレベーターへ走ると扉は勝手に開いた。
閉まっていくエレベーターの扉の隙間から今の部屋を見る。ドアは閉まっていて、掛けられていた札は消えていた。
呆然とする中、目の前でエレベーターの扉が完全に閉まる。中にボタンは一つもなく、何もせずとも動き出した。
どうやら下へと降りていっているらしい。壁に背中を預け、ずるずるとその場に力なく座り込む。
「どうしてよ……なんで……」
視線をエレベーターの扉へとやる。そこには文字が刻み込まれていた。
『You're lost.Who am I?』
何もできずにただ座り込んでいると、やがてエレベーターは音もなく停止した。
やはり無音のままに扉が開く。御坂はゆっくりと立ち上がり、眼前を見据える。
同じような廊下だった。荒れ果て、薄汚れ、錆付き。そんな廊下に一定の間隔で綺麗な花がいくつも飾られていた。
エレベーターから廊下へと一歩踏み出そうとするが、そこで不意にバランスを崩して転倒しそうになる。
何事かと思い足元を見てみると、一部床が剥がれて捲りあがっていた。これに足をひっかけてしまったのだろう。
改めて顔を上げ、廊下を進む。いくつもの枯れ果てた花を見て、ふと思う。
「――――――――――――――まさか、ね」
御坂は右に曲がった廊下を進む。
やはり薄暗く、汚れ錆びた廊下には同じようにいくつかのドアが左右に見える。その全てが開いていた。
歩き出すと、床に転がっていたボロボロのラジオから突然音声が流れ始めた。
『3802910023』
流れる自分の声に、御坂はじっとそのラジオを凝視する。
『娘はいつも通りに起きて、いつも通りに挨拶したのよ。そしていつも通りに一日を送った』
御坂はすぐにラジオを無視し、一番近くにある部屋へと歩く。
だがその目前に立った瞬間。バタン!! と開いていたドアが突然閉まった。
「…………」
『そして娘は帰って、言ったの。「ただいま」って』
次の部屋へと向かう。……やはりバタン!! とドアは閉まった。
『でも、聞いてもらえなかった。そこで娘は思ったわ』
御坂はその部屋を諦め、次の部屋を見据える。
その瞬間、全ての開いていたドアが一斉にバタン!! と閉まった。
御坂が全ての扉の閉まった廊下を歩いていくと、
『最後まで話を聞きなさい』
ギィィィ……という軋んだ音と共に一箇所だけドアがゆっくりと開いた。
その部屋の中を覗き込んでみると、至るところに大量の人形が飾られていた。
人形の中には天井から吊るされているものも、壁に掛けられているものもある。
だがその全てが同一の人形だった。
「――――悪趣味ね」
呟いて、人形に若干埋もれながらもそれがあることに気付く。
鏡。
そこに映ったいつも通りの自分と目が合い、そして。
ギュルン!! と全ての人形の首が一気に回り、その全てが御坂を見つめていた。
何十もの人形が、その目が、ものを言わずただ静かに。
御坂が思わず息を飲むと、再びあのラジオの声が聞こえてきた。
『後ろを見なさい』
正面にある鏡に映った自分の顔には、目や鼻や口がなかった。
顔のない、のっぺらぼうになっていた。
『後ろを見るのよ』
言われて、御坂はただ従うしかない。
覚悟を決めるように、一気にバッ!! と振り向いた。
――――そこには、何もなかった。
ただ入ってきたドアと、廊下が見えるだけ。
おかしなものは一切見つからない。
「……何よ、なにもないじゃない――――――」
ふう、と息を吐いた御坂はゆっくりと向き直る。
きっと全ての人形がこちらを見たのも、鏡の中の自分の顔がなくなっていたのも気のせいだろう。
そう思い、再び前へと視線を戻す。
そこに。
目や鼻や口のないのっぺらぼうの。
小さな少女が立っていた。
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『青い林檎だからってそれを青いと言っては駄目。赤いかもしれないし、蜜柑かもしれない』
『そして娘は帰って、言ったの。「ただいま」って』
『3802910023』
水面に浮上するように意識は覚醒し始めた。
どうやらここはエレベーターの中らしい。
ふらつく体を何とか起こし、前方を見遣る。
閉まっているエレベーターの扉には、文字が刻まれていた。
『We are waiting……』
静かに扉が開く。目の前には薄汚れた廊下が伸びていた。
汚れた床には人形が散乱しており、その全てにおいて首が切断されていた。
歩く。右に曲がった廊下を進むとドアが二つと正面にはエレベーターが見えた。
壁には書き殴ったような文字と、一枚の絵が飾られている。
『She was made to leave the circle』
「……ははっ……」
力なく笑って、飾られた絵を見遣る。
それ以上の反応をすることはもうできなかった。
そこには自分と、一人の少年が描かれていた。
肩に手を回されて、体が密着していて、恥ずかしそうに、だが嬉しそうに笑っている絵だった。
きっと幸せなのだろう。楽しんでいるのだろう。十分にそれが伝わってくる。
「――――――本当に、もう……」
ふらふらと後ずさる。思わず顔を俯かせてしまう。
何かが割れるような、小さな物音が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げる。そこには一枚の絵があった。
一人の少年と、顔の部分に真っ黒な穴が空いている少女が描かれている絵だった。
ギィィ……と軋んだ音を立てて近くのドアが開いた。
中に入る。電源はついていないものの、正面には大きなテレビがあった。
しかしそれ以外のものは何もない。ただ、部屋の中にもドアがある。
どうやらもう一部屋あるらしい。ノブを回してみるが、ドアは開かなかった。
向こう側から水が漏れているのだろう、ドアの隙間からどんどんとこちらに水が流れている。
水溜りができるほどではないが、付近の床はすっかり濡れてしまっていた。
どうしたものかと考えると、ドアの近くの壁に覗き穴のような小さな穴が空いていることに気付く。
片目を近づけて覗き込んでみると、そこは生活感の溢れる部屋だった。
ベッドと机が二つずつあり、ぬいぐるみも見える。だが相当な間放置されていたように埃や汚れが酷かった。
もう少ししっかりと確認してみようと身を乗り出した、その時。
ギョロリ、と向こう側の覗き穴からこちらを覗く眼球が目前に現れた。
「――――――!!」
咄嗟に大きく身を引き、そのまま一歩二歩と後ずさる。
三歩目の足裏が床を踏むとぴちゃり、という水音が鳴った。
足元を見てみると、そこにある赤い水溜りが鏡として機能し、視線を下に向けている自身の顔が映っていた。
目や鼻や口のない、のっぺらぼうの顔が映っていた。
ザザザ、というノイズ音が突然響く。
はっとして振り返ってみれば、点灯していなかったテレビに映像が映し出されていた。
「……今度は何よ」
一人の少女が映っている。常盤台中学の体操服に身を包み、爽やかな汗を流しながら不敵な笑みを浮かべていた。
少女は走っていた。大きなグラウンドに姿を現し、そのままゴールする。
割れんばかりの拍手喝采が巻き起こり、グラウンドにいる選手たちや観客席からの大声が響いた。
『四校合同の借り物競争でしたが、やはりというか期待を裏切らないというか、常盤台中学の圧勝でした。
中でもトップ選手は他と比べて七分以上も差をつけた状態でのゴールという快挙を成し遂げ――――』
実況の声が聞こえる。どうやら借り物競争の時の映像らしい。
『――――、一位を獲得ayqpた御坂mjosf手はゴール後も体勢を崩ojpdhfなく、まだまだ余力をnksygeじさせる姿を見せjfhiapれました』
……何やら映像にブレが生じた。揺らぎは徐々に大きくなっていく。
やがて音声にもノイズが混ざり始めた。
映像のノイズは酷くなり、顔も認識できなくなっていく。
音声の方も加速度的に欠落していった。
『一緒nflnsfkもらったr協ハサ?悦buを労わるところも好印iヲ゚theb゙ィaiゥしたね。
この慧Cワカが名門常盤mosdsy撝の嗜みと言ったと渹メyaieェヨ#@か』
あまりの映像のブレに、もはや誰だか認識も出来なくなった少女が隣の少年と話している。
そして……あれは汗か何かを拭いているのだろうか。
よくは分からないが、少女が少年に何かしているのが分かる。
そこで映像は別のものへと切り替わった。
やはり乱れが激しいせいでろくに確認もできないが、少女が二人いるのは分かった。
おそらくは、一人がもう一人を背に庇うように立っている。
どんなところにいるのか、何かが激しく荒れているようにも見える。
『いXR゙广曚から。この子gjfe猤は・mlkヨue墲ホン腮だから。ただmiehiヲ゚ゥb゙ィゥaけよ』
そして、ブツッ――――と映像は唐突に消えた。
「――――――――――…………ああ、やっぱり。そう、なんだ」
愕然となった。そういう、ことだったのだ。
「でも、だって、じゃあ――――――――?」
テレビを見てみる。周辺機器は一つもなく、一切のケーブルが繋がっていなかった。
ふらふらとした足取りで部屋を出ようとする。
出入り口のドアには、文字が刻み込まれていた。
『You're lost.Who are we?』
「…………」
部屋を出る。首のない人形が大量に転がっている廊下にはもう一つのドアとエレベーターがある。
ふとエレベーターの方へと視線をやって、そして――――見た。
ズズズ、ズズズズ。巨大な斧か鉈、あるいは鎌か。
人間よりも大きなそれを持った白い何かが、こちらへ近づいてきていた。
三メートルはあろうかという白の巨体。
それに見合った巨大な刃、その引き摺っている刃先で床をガリガリと削りながら、悠々と迫ってくる。
削られている床の、その深い傷から、うねうねと何十何百という無数の蛆が湧き出ていた。
多分、大丈夫だろう。そう思ったから震えることも、硬直することもなかった。しかし……。
その場から一歩も動かず、ただ立っているだけ。
あれがその手に持つ刃を一度振るえばたちまち両断されてしまうだろう。
だが動かない。目と鼻の先ほどの距離を巨体が通過していく。
やがてそれは完全に過ぎ去り、曲がり角を曲がってどこかへと去っていった。
完全に体が固まっていた。ぶるぶると小さく全身が震えていた。止められなかった。
「――――分からないよ……」
先の部屋のものではない、もう一つのドアがいつの間にか開いていた。
中には大量の人形が飾られているのが見える。
だがその部屋は無視した。エレベーターの前に立つと、勝手に扉が開く。
中に入り、そして前へ向き直ると――――。
大量の人形が飾られている部屋に立っていた。
「……やっぱり駄目、か」
念のために振り返ってノブを回してみる。しかし開かない。
やはり選択の余地はない、ということだろう。
正面を見据える。
そこには一枚の大きな鏡が取り付けられていた。
その鏡には、何も映っていなかった。
ただそこには文字が刻み込まれているだけだった。
『Ours,mine! We don't give you!!』
鏡には、何も映っていない。
どこからか不意にラジオの音声が流れた。
『You are not』
ただそれだけの、たったの一言。
飾られている人形の中の一つがギロリとこちらを向いた。
『Who are you?』
ガリガリとその文字列が壁に刻み込まれていく。
また別の人形の首が回りこちらを見つめる。
『Who are you?』
ガリガリ、ガリガリ。テーブルや天井などに文字が刻まれていく。
違う人形がこちらを見る。ガリガリ。また次の人形がこちらを向く。ガリガリ。
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』『Who are you?』
『後ろを見るのよ』
『後ろを見なさい』
そこに――――――
――――――――――――いた。
「ったく。遅っそい!! もう一時間も約束の時間をオーバーしてるじゃないの!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。これでも、全速力で、走ったんだ。待たせて、悪い」
「どうせアンタのことだから、まぁた何か面倒ごとに首突っ込んでたんでしょ?」
「うっ……。全てお見通しで」
「それくらい分かるわよ。そんな短い付き合いじゃないんだから……。とにかくほら。これでも飲んで体落ち着けなさい」
「ありがたく頂戴いたします姫」
「なぁに馬鹿なこと言ってんのよ」
「……顔赤くなってんぞ」
「えっ、ウソ!?」
「ウソだよ」
「焼き払うわよ?」
「モウシワケゴザイマセン」
「だったら最初からそういうこと言うなっての」
「ぷはー! 生き返るな。いつもと比べてすげぇ美味しく感じるぜ。……ん? 手鏡なんて見て何してんだ?」
「アンタが馬鹿なこと言うから確認してんのよこの馬鹿」
「馬鹿馬鹿連呼しないでくださいこれ以上お馬鹿になったらどうするんですか!!」
「はいはい。とりあえず私の友達にアンタを紹介して、いやしたくないんだけど脅されてるから嫌々して、そのあとは顔を見せに一緒に病院に行きましょ」
「おう」
「……っていうか、か、顔……その……近いって……」
「え? ……!? す、すまん!!」
「……と、とにかく行きましょうか。あ、そうだ。36だけど」
「ん? 36がどうした?」
「だから、36よ。ほら。面白いことに気付いたみたいよ」
「……そうだな。それにしても洒落た手鏡だなぁそれ」
「まあ、学舎の園限定のモンだからね。欲しいけど買えない人にはかなりの高値で取引できるわよ」
そう言って、二人は手鏡を覗き込む。
その鏡の向こう側には、目や鼻や口のない、顔のないそれが手を鏡に押し付けてこちらを見ていた。
「……賑やかな一日になりそうだな」
「退屈はしないでしょ。これから会う友達は面白い子たちだしね」
「よし、それじゃレッツゴー!! だな!!」
「ふふっ、なにそれ」
手鏡をしまい、笑って、二人は歩き出した。
今日も楽しい一日になりそうだ。
ガガッ……ガガ……ピー……ガガガッ……ピー……
薄汚れた廊下に転がっているラジオから、あの音声が流れる。
『分からない? そうね、あれは自分で気付かないと意味がなかった』
『でもあれ以外のものまでいつまでも気付かずにあの中を彷徨われても迷惑。だから、ちょっと話をしましょうか』
『長ったらしい? 分かりにくい? 何を言ってるのか分からない? でしょうね』
『元々こんな話をするつもりもなかったし、分からせるつもりもなかったからわざとそうしてるのよ』
『「認識」って凄く大事なことだと思わない? もし林檎を指してそれを西瓜だと言う人間がいたとしても、それはおかしなことじゃない』
『その人間が生まれた時から林檎を西瓜だと教えられていればそれは紛れもない事実でしょうし、自分と他人で「赤」や「林檎」の定義が違っているかもしれない』
『そうでなくてもその人間がそう認識すればそうなるのよ』
『ええと、ほら。よく言うじゃない。「お前の中ではね」ってやつ。それがその人間の中で完結することもあれば、それが周囲に波及することもあるでしょう』
『でもちょっと困ったケースも起こり得るわけよ。別に林檎を西瓜だと認識し、その通りに歪んだ世界を見る程度ならまだいいわ』
『じゃあ、その対象が変わったら? 本来揺らぐことのない、根幹への認識が変わってしまったら?』
『たとえば、そうね――――アメリカ人の人間がいるとする。その人はずっと自身をアメリカ人だと認識していて、またそうである自身を肯定しているわ』
『その人はとても愛国心が強いの。アメリカの誇りを持って国歌を歌い、愛する母国のために軍へ入り、アメリカのために戦ってきた』
『そんな人間が、ある時突然自分はイタリア人だと言われたらどう? その人のアメリカ人としてのアイデンティティは短時間の間に築き上げられたものじゃない』
『幼少期からの長い時間を経て熟成され、肯定され続けたもの。今のアメリカ人としての自分である自分が偽者だと言われても』
『たとえアメリカ人としての心が誰かに埋め込まれたものだったとしても、自身がそうであると認識している限り突然に降って沸いた新たなアイデンティティにそう簡単に乗り換えられるものじゃないわね』
『けどね、これならまだマシな方』
『あれは違った。世界は主観でしか見ることができない。何をするにも基準には自分という存在がある』
『自らの自己への認識が狂い、自己の確定ができなくなったものは崩壊を起こす』
『自分である自分ではなくなった自分は乗り上げる岸を求めて漂流を始めた』
『そうなってしまえばもう自分の全てが疑わしくなる。そしてそもそも、それ以前の疑問さえ浮かんでしまう。いえ、正確には突きつけられた』
『「自分が流れ着く先は、そもそも本当に岸なのか?」……ってね』
『ほら、それでも自分という存在は確かにある。「われ思う、故に我あり」ってやつね』
『でも……「あなたは誰か」と聞かれて、一応の答えすら出せない状態では自分を保てないわけよ』
『「あなたは誰か」と聞かれたら、名前を言う。完璧ね。子供ですと言う。合格よ。男ですと言う。問題ないわ。アメリカ人ですと言う。OKよ。西洋人ですと言う。いいじゃない』
『けど、それ以前の枠組みさえ確定できないのであればどうしようもない。そこに放り込まれてしまったら詰み同然。どこにも帰着できなければ彷徨い続けるしかない』
『自分は、自分が認識していた自分ではない。これは認識の問題ではなくただの真実よ。だって、自分がいたでしょう?』
『それでも自分は自分を紛れもなく自分であると確定していた。その自己認識が崩壊した時、自分は――あれの場合は、出口のない迷宮を彷徨うことになる』
『つまり逆に言えば――――分かるわよね? それを示すものが二つほどあったはずよ』
『面白いことに気付いた人もいたようだけど――――それでは50点。ねえ、本当にそれだけ?』
『そして。色々なものがあったでしょう。ええ、確かに中には特に意味のないものもあったはずよ』
『でもほとんどはたった一つを告げていた、意味していたんじゃないかしら?』
『分かるはずもないものもあれば、とても明快なものもあったはず』
『因果律、って言葉があるわよね? 結果があれば必ずそれに先立つ原因があるっていう』
『そういうところも、あったはず』
『ああ――――長話が過ぎたわ。まあ、わざとこねくり回して、小難しくして、長ったらしくしているんだけど』
『やろうと思えば数行で伝えられるだろうし。分からせるつもりがないのね、基本的に。中には分かる人もいるのかもしれないけれど』
『もしも分かった人がいるのなら、是非聞かせてもらいたいわね』
『ともあれ。だから、さ。……「認識」っていうのは大事なことなの』
『さあ、鏡を見て』
『そこにいるものと向き合って』
『私なのは私だけ』
『アンタなのは、本当にアンタだけ?』
『そもそも――――。アンタは、本当にアンタなの?』
『ほら、鏡の向こう側から問いかけてるわよ』
『Who are you?』
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