剣士「呪いの剣争奪戦が始まる……!」(191)

ある山の頂上に、一本の剣が刺さっていた。

この剣を手にした者は世界一の力を得ることができる。
しかし、資格なき者はその身を焼かれるのみ。

この伝説が幾多の剣士をこの山に招き、無数の争いを生んできた。



いつしかこの剣は「争いを呼ぶ剣」として恐れられるようになり、
山そのものも封鎖され、人々から忘れ去られていった。



ところが、今再びこの剣をめぐる争いが巻き起ころうとしていた──

─ 山のふもと ─

大商人「ようこそ、諸君! よくぞ集まってくれた!」

大商人「大金を払って、入山許可を得たかいがあったというものだ!」

大商人「今やあの剣の伝説を信じている者などだぁ~れもおらんが」

大商人「私の話に耳を傾けてくれた君たちだけはちがう!」

大商人「君たちはいずれも、あの呪いの剣を引き抜くに相応しい戦士である!」

大商人「あの剣を引き抜いた者には莫大な賞金を与えることを約束しよう!」

大商人「さぁ、あの呪いの剣の伝説に終止符を打とうではないか!」

大商人の演説を見つめる、一人の若い剣士。

剣士「…………」

剣士(たしかに……ここに集まってる剣士はどいつもこいつも一流っていっていい)

剣士(というか二流三流なら、こんなところには来ない……)

剣士(なにしろ、今は各国の小競り合いが絶えない戦乱の世だからな……)

剣士(こんな夢みたいな話を追うより、目の前にいくらでも仕事は転がってるんだ)

剣士(おそらく大商人の狙いも、あの剣の力を使って)

剣士(この戦乱に乗じてなにか金儲けを企んでるってとこだろうな)

剣士(さて、どんな剣士が来ているのか……)チラッ

一人目 暗黒剣士──



剣士(光沢すらない黒い鎧を身につけ、各国で暗躍を繰り返してると聞く)

剣士(なるほど、禍々しい気配を放っている……)





二人目 曲刀剣士──



剣士(普通、剣はまっすぐだが、えらくひん曲がった剣を持ってるな)

剣士(いったいどんな剣技の持ち主なんだか……)

三人目 盲目剣士──



剣士(全盲なのに剣士をやるなんて……俺にはとても信じられない)

剣士(おそらく音を聞いて敵の位置を把握する、なんてことをしてるんだろうが……)





四人目 女剣士──



剣士(まさか、女がいるとは思わなかったな)

剣士(どことなく上品そうで可愛いな……っと、俺はなにを考えてるんだ)

五人目 大剣士──



剣士(でかい剣だな……。俺の身長ぐらいあるじゃないか)

剣士(あんなもんで斬られたら一発で終わりだな。スキもでかそうだが)





六人目 眼鏡剣士──

剣士(あの眼鏡は度が入ってるんだろうか、伊達なんだろうか)

剣士(ハッキリいって弱そうだが……頭脳で戦うタイプか?)

七人目 殺剣士──



剣士(コイツは……戦いと殺しが好きな生粋の殺人鬼と聞く)

剣士(今は大人しくしてるが……できれば戦いたくない相手といえる)





八人目 杖剣士──



剣士(あの杖……仕込み杖だな。杖と見せかけて、中にはしっかり刃が詰まってる)

剣士(温厚そうな顔をしているが、警戒はしておこう)

九人目 兄剣士──

十人目 弟剣士──



剣士(アイツらは双子か……そっくりだな)

剣士(この二人が波状攻撃なんか仕掛けてきた日には、頭が混乱しそうだ)

十一人目 鎖剣士──



剣士(奴が持つ剣には鎖が仕込まれてて)

剣士(柄と刃を分離して変幻自在の攻撃を行うとか……強豪だな)





十二人目 格闘剣士──



剣士(今日来てる剣士で、最大の体格を誇っている)

剣士(運動能力も体格に比例して高いんだろう……顔も自信に満ちている)

十三人目 仮面剣士──



剣士(この中で唯一、素顔を隠した剣士……)

剣士(単なるファッションなのか、なにか理由があるのか……)





十四人目 ヒゲ剣士──



剣士(たくましい黒ヒゲに、傷だらけの手足……)

剣士(いかにも歴戦の兵、って感じだな。俺もこんな風に年をとってみたいもんだ)

十五人目 短剣士──



剣士(アイツの剣、ダガーっていっていいサイズだ)

剣士(軽さと短さを生かして、素早く相手に斬り込むタイプってとこだな)





十六人目 鎧剣士──



剣士(白銀の鎧を身に付けた剣士、か……)

剣士(おそらく、どこかの国の騎士かなんかだったんだろうな)

十七人目 槍使い──



剣士(世界的な槍の名手が、なんでこんなところに……!?)

剣士(まぁ……槍の使い手が剣を欲しがったってかまわないけどさ)





十八人目 無剣士──



剣士(アイツのウワサは知っている)

剣士(刃がない、柄だけの剣を使うらしい……。妖術使いだったりして……まさかな)

十九人目 鏡剣士──



剣士(鏡のようによく磨かれた剣を使うっていうけど……なんかキザだ)

剣士(見た目もどことなくナルシストっぽいな、アイツ)





二十人目 剣士──



剣士(参加者は俺も含めて20人!)

剣士(なんとしても、この俺が呪いの剣“争いを呼ぶ剣”を引き抜いてみせる!)

大商人「さて、準備はよろしいかな?」

大商人「君たち20人が仲良しグループでないことは、私にもよぉく分かっている」

大商人「よって、この地点から一斉にスタートしてもらうというのも妙な話だ」

大商人「ケンカになられても困るしねぇ」

大商人「幸い、この山には入り口になりそうな箇所がいくつもある」

大商人「まずは君たち20人──」

大商人「各自バラバラの地点からスタートするということでいかがかな?」

大商人「もちろん、強制はしないが……」

大商人の提案に異論は出なかった。

しかし、その場にいる剣士は全員分かっていた。



剣士(ケンカになられても困る?)

剣士(笑わせるな……分かってるくせに)

剣士(これからこの山で始まるのは……壮絶な争奪戦だ!)

剣士(この場で戦いが始まったら、大商人も巻き添えをくいかねない)

剣士(だから、あえてスタートだけルールを作り、皆を引き離したんだ)



これから、殺し合いが始まると──

集まった20人はみなバラバラになり、剣士もまた自分のスタート地点を決めた。

剣士(俺だって腕には自信があるが、殺し合いは好きじゃない)

剣士(なるべく、戦わずに頂上までたどり着きたいもんだが……)

剣士(弱気は禁物! 気持ちを切り替えろ!)

剣士(呪いの剣争奪戦が始まる……!)

ザッ……!



剣士、スタート!

本日はここまでとなります

宜しくお願い致します

剣士が山に入ってから、およそ30分──

ガサッ……

剣士(今のところ、誰とも出会わない)

剣士(もう少しペースを上げたいが、危険すぎるか……?)

チャラッ……

剣士(鎖の音!?)

ヒュバァッ!

剣士の背後から、鎖に繋がった刃が飛んできた。

ドカァッ!

刃はとっさにかがんだ剣士の真上を通り、木に激突していた。

剣士「!」バッ

鎖剣士「外しちゃったか……ま、しゃーない」ジャラッ…

鎖剣士「よっと」クンッ

鎖剣士の得物は──柄と刃が、長い鎖で繋がった剣。

剣をヌンチャクにしたような代物である。

鎖剣士「さて……と。ライバルは一人でも減らしたいからね」ジャラ…

鎖剣士「オイラと遊んでもらうよ~ん」ヒュンヒュン…

剣士「ぐっ……!」チャキッ



剣士VS鎖剣士、戦闘開始──

ほぼ同時刻──

殺剣士「ふもとでオマエを見てから──」

殺剣士「オレはオマエをず~っと、ずっとずっとつけ狙ってたァ!」ハッハッ…

殺剣士「もういいだろォ?」ハッハッ…

殺剣士「こ、こ、こここ、こ、コロすゥゥゥゥゥッ!」

暗黒剣士「殺す、か」

殺剣士「?」

暗黒剣士「“殺害”などただの通過点に過ぎぬ……」

暗黒剣士「通過点如きに快楽を見出す獣に、私は倒せはしない」

殺剣士「? ──どォいう意味だァ!?」

暗黒剣士「すぐに分かる……。さぁ、来るがいい」

殺剣士「ひひっ、ひっ、ひゃあぁおおおぉぉぉぉっ!!!」ダッ

暗黒剣士(一撃だ……)

ドバンッ!

暗黒剣士「ん……?」

暗黒剣士の脇腹が、黒い鎧ごと深々と切り裂かれていた。

暗黒剣士(あれ? い、いつ攻撃されたんだ!? なんて速さ……!)

暗黒剣士「いでえええっ! 腸が、腸が出てるゥゥゥ!」ニュルッ…

暗黒剣士「し、しまわなきゃ──」モゾモゾ…

殺剣士「なんだ……弱いな、オマエ」

暗黒剣士「ま、待ってく──」

ズシャッ……! ゴロン……

暗黒剣士の首が転がった。

殺剣士「雰囲気にダマされたなァ」ハァ…

殺剣士(オレは金も剣もどうでもいい、強いのを殺せればいい)

殺剣士(強いの……いるといいなァ)ザッザッ…

暗黒剣士、死亡──

場面は剣士と鎖剣士の戦いに戻り──

シュバァッ!

剣士「くっ……!」

鎖剣士「うまくかわすじゃんか!」

鎖剣士「だぁ~けど、オイラの剣は変幻自在!」ヒュンヒュン…

鎖剣士「蛇のように動く鎖を介し、アンタを四方八方から切り刻む!」

ヒュバッ! ヒュババッ!

鎖剣士に操られた刃が、剣士に幾度も襲いかかる。

剣士「くっ!」ザザッ…

剣士(リーチも長いし、軌道も読みにくい! 本当に大蛇と戦ってるような感覚だ!)

鎖剣士「ほら、どんどんいくよ~ん!」ヒュンヒュン…

ヒュバァッ!

剣士(なら、鎖を斬ってしまえば!)ダッ

剣士は柄と刃を繋ぐ鎖に、狙いを定める。

鎖剣士(当然、そうくるよな)ニヤ…

鎖剣士(だけどね、鎖ってのは揺れ動くもんなんだ)クイッ

剣士「だあっ!」シュバッ

ユラッ……

鎖はくねりと曲がり、剣士の刃から逃れた。

剣士「くっ! 外れた!」

鎖剣士(そう簡単に斬らせはしないよ~んだ)

鎖剣士(だけど……オイラも決め手に欠けてるのは事実……)

鎖剣士(こいつ、一度見せた攻撃には即対応してくるし、長引くとめんどい!)

鎖剣士(まだオイラの剣に慣れてない今のうちに、一気にキメる!)

鎖剣士「んじゃ、そろそろマジでいっくよ~」ヒュンヒュン…

鎖剣士「そらっ!」

シュバッ! ヒュババッ!

速度を上げ、蛇のように襲いかかる刀身。

間合いを詰めようとしても、鎖剣士は巧みに剣を操作してそれをさせない。

剣士(攻撃はかわせるようになってきたが、こっちも全く近づけない!)

剣士(いっそ剣を投げつけるか……?)

剣士(いや、もし外したりハジかれたら丸腰になる……危険すぎる!)

剣士(だが、こんな蛇のように動く剣を仕留めるには──)

剣士(蛇……そうか!)

剣士「来い……!」スゥ…

剣士は剣を上段に構えた。

上段の構えは通常、振り下ろしの一撃で敵を斬るための構えであるが──

鎖剣士(なんだ? まだ距離はあるのに、どうする気だ?)

鎖剣士(そうか、こいつあの構えから勢いをつけて剣を投げる気だな~?)

鎖剣士(ならこっちも飛んでくるであろう剣に警戒しつつ……一気に仕留める!)ジャラッ…

ヒュオッ!

鎖剣士の刃が、剣士の胸めがけて蛇行しながら飛んできた。

剣士「そこだっ!」ビュオッ

ガキンッ!

グサァッ!

剣士の振り下ろした一撃で、鎖剣士の刃が地面に突き刺さった。

鎖剣士(しまっ──)

鎖剣士(こいつ、剣を投げてオイラ本体を狙うつもりだと思ってたけど)

鎖剣士(オイラの剣の“刀身そのもの”を狙ってやがった!)

剣士「だああああっ!」

鎖剣士(ぐっ、抜けない!)グッグッ…

ザシィッ!

鎖剣士「ぐあっ……!」ドサッ…

剣士「ふうっ……」

剣士「蛇を捕まえる時は、胴体や尻尾じゃなく頭を掴め、っていうからな」

鎖剣士が浴びた一撃は、致命傷ではなかった。

鎖剣士「待てよ……!」グッ…

鎖剣士「なぜだ……なぜオイラを殺さない!?」

剣士「…………」

剣士「アンタは……どうしてこの呪いの剣争奪戦に参加したんだ?」

鎖剣士「妙なこと聞くんだな……。ま、いいや、答えてあげるよ」

鎖剣士「そりゃあもちろん、世界一の力を手に入れたいからだ!」

鎖剣士「なんたって“争いを呼ぶ”とまでいわれるほどの剣……」

鎖剣士「この戦乱の世、いい武器はいくらあったって困らない!」

鎖剣士「腕に自信があるのなら、挑戦してみたくなるのは当然だろう!」

剣士「やっぱり、そうか。そうだよな」

鎖剣士「そうか……って、アンタはちがうのかよ?」

剣士「俺は、逆なんだよ」

鎖剣士「逆……?」

剣士「俺は呪いの剣を“争いを呼ぶ剣”だとは思っていない」

剣士「むしろ、その力があれば戦乱に傷ついた人々を救えるかもしれないと思ってる」

剣士「俺はあの剣を“争いを鎮める剣”として、活躍させたいんだ」

剣士「それが……俺が今回の戦いに参加した理由だ」

剣士「だから……出来る限り争いは殺さずに鎮めたい」

鎖剣士「甘い、甘いよ……」

鎖剣士「そんなんじゃ、とてもこの山を生き残れないよ……」

剣士「俺は生き残ってみせる」

剣士「その傷、しばらくは動けないだろうが」

剣士「きちんと止血しとけば死ぬこともないはずだ。じゃあな」ザッ…



鎖剣士(ハハッ……まさか死なずにリタイアすることになるとはね~)

鎖剣士(オイラの完敗だ……)

鎖剣士(アイツなら……もしかしたら、呪いの剣を引き抜けるかも、な)

「連鎖反応」という言葉がある。

剣士と鎖剣士の戦いに決着がついた瞬間──

全く異なる場所にいる剣士同士が、次々に出会い、戦いを開始する。

まるで、神かなにかがヨーイドンの合図でも鳴らしたかのように……。



大剣士「テメェ、今なんつった!?」

短剣士「そんなバカデカイ剣、デカイだけで何の役にも立たないっていったのさ」

大剣士「なるほど、死にてえようだな!」ズウン…

大剣士「テメェの小さい剣と体、まとめてぶった切ってやるよ!」

短剣士「やれやれ声もデカイのかい。なら、そのノドかっ切ってあげるよ!」チャッ

格闘剣士「ウオオオオオッ! かかってきやがれッ!」

仮面剣士「では遠慮なくいかせてもらおうカ」



眼鏡剣士「フフフ、ボクにはあなたの弱点が分かっていますよ」

盲目剣士「お、期待してるよ!」



曲刀剣士「女よ、命をもらおうか」

女剣士「あたしはなんとしても剣を手に入れるの! だれが命を渡すもんですか!」

参加者の一人、杖剣士──

杖剣士「さてと、ぼくはどっちに進むべきかな?」

杖剣士「…………」スッ…

パタッ

杖剣士「こっちか。いつもありがとう」スタスタ…

彼は定期的に、仕込み杖である剣を地面に倒す。

そして、剣が倒れた方角に進むのである。

敵の気配に気づき、槍を構える槍使い。

槍使い「……出てこい」ヒュバッ

兄剣士「さすがだな、この距離から気配に気づくとは」チャキッ

兄剣士「しかし、なぜこの戦いに槍の名手であるアンタが参加している?」

槍使い「……呪いの剣の争奪戦ならば、当然優れた剣士が集まる」

槍使い「剣に対する槍の強さを明確に示すには、絶好の機会だと思ったのでな」

兄剣士「酔狂なことだ」

兄剣士「まぁいい、出会ったからには始めよう。一対一だ!」チャキッ

槍使い「…………」スッ

キィンッ! ギンッ! ガキンッ!

槍使いと兄剣士が互いの得物で打ち合う。

すると──

バッ!

木の上から降ってきた弟剣士が、槍使いに斬りかかった。

キィンッ!

弟剣士「ちぇっ、防がれちゃった」スタッ

兄剣士「やるな……」

槍使い「やはりな……。一対一であるはずがないと思っていた」

兄剣士「ん? なにいっている? これはれっきとした一対一だ」

兄剣士「だって我ら兄弟は一心同体なんだも~~~~~ん! なぁ~?」

弟剣士「はいっ、お兄様!」

槍使い「…………」

そして、また一組──

ヒゲ剣士「うぬが無剣士か」

ヒゲ剣士「どれ、剣を抜いてみよ」

無剣士「はいはい」サッ

ヒゲ剣士(本当に刀身がない、柄だけの剣……!)

ヒゲ剣士(いや、あんなものが剣と呼べるのか!?)

無剣士「…………」シュッ

ヒゲ剣士「!」ピクッ

ヒゲ剣士(今、なにかをした!? なんだ!?)

ヒゲ剣士「いざ、尋常に勝負!」チャキッ

無剣士「もう終わってんよ、オッサン」

ヒゲ剣士「なんだと!?」

無剣士「俺、アンタみたいなオッサン嫌いなんだよね~」

無剣士「力と技を地道に磨く? みたいな? アホくさ……化石かよ」

ヒゲ剣士「ワシを侮辱する気かァ!」

無剣士「あ~……うっさいから、死んでね」ヒュッ

ブシュゥゥゥ……!

次の瞬間、ヒゲ剣士の首から、血が噴き出した。

ヒゲ剣士「がっ……!?」ブシュゥ…

無剣士「オッサン、アンタもう時代遅れ。ってわけで、とっとと死んじゃってね~」

ヒゲ剣士(な、なにが起き……)グラッ…

ドシャッ……!

今回はここまで
次回へ続きます

盲目剣士VS眼鏡剣士──

眼鏡剣士「でやぁっ!」シュッ

盲目剣士「そっち!」

ザシッ……!

眼鏡剣士「ぐ……!」

盲目剣士「ん~……どした? 私はまだ本気を出してないよ?」

盲目剣士「弱点が分かってるんだろう?」

眼鏡剣士「いわれなくても……突かせてもらいますよ」

眼鏡剣士(あなたと斬り合いながら、ボクはいくつかの細い木に切れ目を入れ)

眼鏡剣士(倒れやすくしておいた!)

眼鏡剣士(今、それを一気に倒す!)シュバッ



ドザザザザッ……!



ドミノ倒しのように、何本もの木が激しい音を立てて倒れる。

盲目剣士「!」ピクッ

眼鏡剣士(ふふふ、あなたは耳を頼りに敵と斬り合うんでしょう?)

眼鏡剣士(しかし、この轟音ではボクの場所は分からない! ──終わりだ!)

足音を殺し、眼鏡剣士が盲目剣士に斬りかかる。

ドシュッ……!

一撃を入れていたのは──

眼鏡剣士「かはっ……!」ガクッ

盲目剣士「残念!」チッチッ

盲目剣士「私はね、耳を頼りに戦っているわけじゃないよ」

眼鏡剣士「なんだって……!?」

眼鏡剣士「じゃあ、どうやって戦ってるんだ!?」

盲目剣士「強いていうなら……“勘”かな? カ、ン!」

眼鏡剣士「勘……!?」

盲目剣士「しかし、キミもいいセンいってたよ! まだまだ強くなれる!」

盲目剣士「キミはどうやら眼鏡をかけてるようだけど」

盲目剣士「レンズを黒く塗りつぶせば私みたいになれるかも、なぁ~んて」

盲目剣士「じゃ!」ビッ

ザッザッザッ……

盲目剣士、頭脳プレイをものともしない勝利。

女剣士VS曲刀剣士──

女剣士「いくわよ!」ダッ

キィン! ギィン! カキィンッ!

女剣士(くっ、あの曲がった刃にさばかれて、斬り込めない!)

曲刀剣士(女にしてはできる……が、しょせんは女。吾輩の相手ではない)

曲刀剣士「首を……もらう!」

ビュオッ! ギィンッ!

首への鋭い一撃を、かろうじて防ぐ女剣士。

女剣士「きゃあっ!」ドサッ

曲刀剣士「剣ごと斬るつもりだったが、いい剣を持っているな」

曲刀剣士「女……なにゆえにキサマはこんな戦いに参加した?」

女剣士「呪いの剣の力を手に入れて……世界を平和にするためよ!」

女剣士「それに、優れた剣士同士がこんな風に殺し合うなんて……間違ってる!」

女剣士「もっと……違う力の使い方があるというのに!」

曲刀剣士「愚かな……なんという甘い考えだ」

曲刀剣士「女……キサマはここで死ね!」チャキッ



「させんぞっ!」

ギィンッ!

割り込んできた第三者によって、曲刀は食い止められた。

曲刀剣士「何者……!?」

鎧剣士「ここからは私が相手だ!」ザッ…

曲刀剣士「無粋な奴め……まぁよかろう」

曲刀剣士「こんな甘っちょろい小娘相手では、物足りなかったところだ」

ヒュアッ!

ギギギンッ! ガキンッ! キィンッ!

曲刀剣士(全身を鎧で固めているのに、なんというスピード!)

曲刀剣士(只者ではないな、コイツ!)チャッ

曲刀剣士「ならば、吾輩も本気を出そう」ギュルッ

曲刀剣士がまるで自身の刀のような、曲線を描くステップを繰り出す。

女剣士「な、なにあれ……まるで踊ってるみたい!」

鎧剣士「異国には、曲刀と曲線の動きを駆使する剣技があると聞いたことがあります」

鎧剣士「おそらく、彼はその剣技の使い手……」

曲刀剣士「そのとおり、吾輩はこの舞であらゆる敵を倒してきた」ギュルルッ

曲刀剣士「呪いの剣とやらを手に入れれば、吾輩の舞はさらに完璧なものとなるであろう」

曲刀剣士「ジャマはさせん、ゆくぞ!」ギュルッ

ギィンッ! キンッ!

ギャンッ!

曲刀剣士の独特な剣技に、鎧剣士は追い詰められていく。

鎧剣士「くっ……!」

鎧剣士(初めて体験する剣だ……読みにくい!)

女剣士「……頑張って!」

鎧剣士「!」

鎧剣士(そうだ……私とて負けられない理由がある!)

鎧剣士(私には、守らなければならない人がいるッ!)

鎧剣士「だああああっ!」

キキキンッ! ギィンッ!

曲刀剣士「ぬうっ!」ギュルッ

鎧剣士(ステップに惑わされず、攻撃に移る一瞬を見切れば──)ブンッ

ガギィンッ!

鎧剣士(私のパワーで、攻撃をハネ返せる!)

曲刀剣士「なんだと……!?」ヨロッ…

鎧剣士(そして──)

ザシュッ!

曲刀剣士「ぐがっ……!」ドサッ…

鎧剣士(体勢を崩した一瞬──攻撃チャンスが生まれる!)

曲刀剣士「ぐっ……くそぉっ……」

鎧剣士「命までは奪わん」

鎧剣士「これは戦争ではないし、戦えなくなった者を討つつもりはない」

曲刀剣士「ぐうっ……」

鎧剣士「──さて、姫様!」クルッ

鎧剣士「やはりここからは私が同行します! 危険すぎる!」

女剣士「そうね、少しあなどってたみたい。護衛をお願いするわ」

女剣士「なんとしても、あたしたちであの剣を手に入れるのよ!」

鎧剣士「はいっ!」

ザッザッザッ……



曲刀剣士(姫、だと……?)

曲刀剣士(いや、今の世、身を落とした王侯貴族など珍しくも、ないか……)

曲刀剣士(どうりで甘いわけだ……二人揃って、な)

格闘剣士VS仮面剣士──

格闘剣士「セイイィッ! ドリャアッ!」

ギィンッ! キィンッ! ガキィンッ!

仮面剣士「…………!」

格闘剣士による、拳につけた刃でのラッシュで、仮面剣士は防戦一方。

仮面剣士「強いナ……大したものダ」

格闘剣士「当然だ!」ムキッ

格闘剣士「格闘技の達人であるオレが、そのまま刃を得たのだからな!」ジャキンッ

格闘剣士「この世にオレより強い者など存在しないのだ!」

仮面剣士「フム……」

仮面剣士「ならバ……」スゥ…

仮面剣士が構えを変える。刃の切っ先がまっすぐ格闘剣士を向いている。

すると──

格闘剣士「ぬっ!?」ビクッ

激しく動いていた格闘剣士の体が、突如止まってしまった。

仮面剣士「我が秘剣……。オマエはもう動けんヨ」

格闘剣士「体が動か……どうなって……ガハァッ!」ゲボッ

吐血する格闘剣士。

仮面剣士「もってあと30秒といったところダロウ」

格闘剣士「ち、ち、ちくしょう! な、なにを……しやがったァ!」ダッ…

このままでは終われない、と突撃を決行するが──

シュバッ!

格闘剣士は、あっさりと斬り捨てられた。

仮面剣士「我が秘剣の前にはどんな戦士も無力ダ……」

仮面剣士「ククク……ククククク……」

大剣士VS短剣士──

大剣士「どおおりゃあああっ!」

ブオンッ! ブウンッ!

大剣士「このチビ助が! ちょこまかと逃げ回りやがって!」

短剣士「なにいってんのさ。当てられない方が悪いんだよ」

短剣士「今までの相手はよっぽどノロマだったんだろうねぇ~」

大剣士「んだとォ!」

大剣士の渾身の一撃。

ブワォンッ!

しかし、短剣士はあっさりかわすと──

シュパッ……

大剣士「あがぁ……」ブシュゥゥゥ…

短剣士「頸動脈ゲット~」

短剣士「じゃあね。生まれ変わったら、その大振り癖を直すんだね」クルッ

短剣士(さて、先を急がないと……)

大剣士「直す……かよ……」ブシュゥゥゥ…

短剣士「え?」



ボッ!!!



大剣士が真横に振り抜いた最期の一撃が、短剣士の胴体を真っ二つにしていた。

短剣士「ぐげっ……!」

ボトッ…… ドチャッ……

大剣士「ガハハッ! ざ、ざまあみやがれ……」

大剣士「ざまあ……み、や……」ドサッ…

まもなく、大剣士も出血多量で息を引き取った。

兄剣士・弟剣士VS槍使い──

兄剣士「ゆくぞ、槍使い! 弟よ、準備はオーケーかぁ~い?」

弟剣士「うん、お兄様!」

二手に分かれ、左右から槍使いを攻撃する兄弟剣士。

槍使い(一糸乱れぬ連携……。みごとなコンビネーションだ)

槍使いも槍を巧みに動かし、二人の攻撃を受け流す。

ギンッ! ギギンッ!

兄剣士「ふん、やるな……」

弟剣士「ごめんね、お兄様! ボクが足を引っぱってしまって……!」

兄剣士「バカをいうんじゃなぁ~い! お前のせいなんかではなぁ~い!」

槍使い「私の“回し”と“払い”は槍の使い手の中でトップクラスだ」ブオンッ

槍使い「ゆえに私の防御は全方位に対応できる」ビュオオオン…

見せつけるように、槍を高速回転させる槍使い。

兄剣士「なるほどな……挟み打ちしても効果は薄いようだ」

兄剣士「よぉ~し……」チラッ

弟剣士(うん……)チラッ

兄弟剣士は横に並び、左右にフットワークを始めた。

バババッ! バババッ!

槍使い「!」

そっくりな剣士二人が左右に目まぐるしく動く。

大抵の対戦相手は、この異様な光景に惑わされ、スキを作ってしまう。

だが、フットワークする兄弟剣士の体が重なった瞬間──槍使いが動く。

槍使いは惑わされなかったのだ。

槍使い「私の“突き”はまちがいなく──」

槍使い「槍の使い手としてはトップだッ!」



ズドォッ!!!



槍は前方にいた弟剣士の剣と心臓を貫き、真後ろにいた兄剣士に達する寸前であった。

弟剣士「ごふっ、お、お兄、さ、ま……」ドサッ…

兄剣士「弟っ!」

兄剣士「弟ォ~~~~~~!」

槍使い(もし弟が剣で防御していなければ、二人まとめて倒せていただろう……)

槍使い(兄を守るため、か……みごとな反応だった)

槍使い「さぁ、残るはお前一人──」

兄剣士「弟ォ! 弟ォ~~~~~!」グシュッ…

兄剣士「目を開けてくれェ~~~~~!」

槍使い「…………」スッ…

槍使い(最愛の弟を失い、戦意をも失ったか……)

槍使い(これ以上、戦う意味はないな)

槍使いは泣きじゃくる兄剣士を殺すことはせず、頂上を目指すことにした。

残された兄剣士は、10分ほどでようやく自分を取り戻した。

兄剣士「うっ、うっ、うっ……」グスッ…

兄剣士「そうだ、弟を埋めてやらなきゃ……」グシュッ…

すると──

ボワァ……

兄剣士の前に、自分そっくりの人間が現れた。

兄剣士「……なんだ? だれだあれは?」

兄剣士「そうか、弟だな! お前、生きてたのかぁ~!」グスッ…

兄剣士「よかったぁ~」スタスタ…

兄剣士「そりゃそうだよなぁ~! あんなヤツにつよ~いお前が殺されるわけが──」

ザシュゥッ!

兄剣士「え……?」ブシュッ…

ドサッ……

弟が生き返ったと思っていた兄剣士は、一撃のもとに斬り捨てられた。



兄剣士を葬ったのは──

ガサ……

鏡剣士「ミラー剣術“ドッペルゲンガー”……愛する弟とともに安らかに眠りたまえ」

兄剣士が見ていたのは、鏡剣士の剣が映した自分自身の姿だったのだ。

鏡剣士(フッ……やはり私の剣技は美しい……)

鏡剣士(私の剣に映っている私もまた、美しい……)

鏡剣士「!」ピクッ

鏡剣士(なんだこの殺気は?)

ガササッ!

殺剣士「おやァ?」

殺剣士「なにやら泣き叫ぶ声がしていたから、来てみたら──」

鏡剣士(殺剣士!)

鏡剣士(私としたことが、厄介な奴に見つかってしまったものだ……)チャキッ

殺剣士「お~……オマエも強そうだなァ! 殺していいか? いいよな?」ハッハッ…

殺剣士「あ~……」ビクビクッ

鏡剣士に一目惚れしたかのような目つきで、殺気を高める殺剣士。

殺剣士「コロしてやるゥ! コロしてやるぞォォォォォ!」

鏡剣士「フッ……いっておくが、死ぬのはキミだ!」

鏡剣士「ミラー剣術“サンライト”」ピカッ

殺剣士「!」

鏡剣士は日の光を反射させ、殺剣士の目に直撃させた。

鏡剣士「今だ!」シュッ

ギィンッ!

鏡剣士の一閃を、なんなく防ぐ殺剣士。

いや、防ぐどころではなかった。

鏡剣士「ぐ!」ブシュッ…

殺剣士「チィィ……コロせなかったか! クゥ~~~~~ッ!」ギリッ…

鏡剣士(あの状況からみごと反撃しておいて、悔しがっている!)

鏡剣士(こいつ、常軌を逸しているのは性格や殺気だけでなく、剣術もか!)

鏡剣士(まともな術では倒せないようだね……なら!)

殺剣士「次だ、次がんばればイイ! コロすゥゥゥゥゥ!」

鏡剣士「キミの殺気、そのままお返ししよう」スゥ…

殺剣士「?」

鏡剣士「ミラー剣術“リフレクション”」ギラッ…

殺剣士「!?」

鏡剣士の剣によって、殺剣士の殺気がそのまま自分自身に反射される。

殺剣士はこれまで他者に向けていた殺気や殺意を、自分で受けるはめになってしまった。

殺剣士「ウッ、オオッ!」

殺剣士「オオオオオオオオオオオオ~~~~~!?」

殺剣士「コロされる!? コロされてしまうゥゥゥゥゥ!」

鏡剣士「これほどの殺気……自分で受けるのは初めてだろ? つまり免疫がないはず」

鏡剣士「もはや、キミは廃人になるしかないのさ……グッバイ」

だが、鏡剣士の思惑に反し、殺剣士は笑っていた。

殺剣士「サイッコーだァ! た、たまらん! こんなの初めてだァ!」ゾクゾクッ…

鏡剣士「な!?」

殺剣士「お返しに、コロすゥゥゥゥゥッ!」

鏡剣士「う、うわぁっ! ──ひいいっ! く、来るな──」

ドシュッ!

鏡剣士は剣ごと、急所を切り裂かれてしまった。

殺剣士「……あ」

殺剣士「あんな面白い体験は久々だったのに……」

殺剣士「もっとジックリと殺してやるべきだったか……」



鏡剣士の死によって、呪いの剣争奪戦に残っている者は、残り9名となった。

さて、その頃──

杖剣士「次はどっちかな、と」

杖剣士「…………」スッ…

パタッ……

杖剣士「こっちか」

杖剣士「さっき珍しいキノコも手に入れたし、順調だな~」スタスタ…

─ 山のふもと ─

隊長「大商人様、そろそろ頃合いかと」

大商人「うむ……そうだな」

ズラッ……

集まっているのは、大商人の私兵隊。

隊長と五名の隊員は、いずれも精鋭と呼ぶにふさわしい実力を持つ。

大商人「今頃、奴らは派手に殺し合っておるはずだ」

大商人「呪いの剣などという、わけの分からんもののためになぁ……」

大商人「奴らの中には多額の賞金がかかっている者も多い」

大商人「死んでいた者がいたら、残らず死体を回収するのだ!」

隊長「もし、生きている者がいれば、もちろん──」

大商人「ふむ、そういうことだ。残らず死体に変えてやれ」ニィ…

大商人「この戦乱の世の中……。多くの粗悪品の傭兵が出回る世の中……」

大商人「最も金になるのは“強さ”よりも“実績”だ」

大商人「どのぐらいの強さがあるかより、何をやったか、が重視される」

大商人「名だたる20名もの剣士を、一網打尽にしたとなれば……」

大商人「お前たちの値はそれこそ計り知れないものになる!」

大商人「ひとりひとりチマチマ殺ったところで、インパクトは薄いしなぁ」

大商人「宣伝はより目立つように! ……商売の基本だな!」

隊長「賞金首を大量に手に入れ、しかも宣伝材料をも得る……一石二鳥ですな」

大商人「うむ、奴らの首の値だけでこの争奪戦にかかった費用は十分取り戻せるしな」

大商人「しかも、うまく武力を売り込めば、どこかの国に取り入ることもできる!」

大商人「そして──」

大商人「いずれはその国をも財力によって裏から操り、乗っ取り」

大商人「この戦乱の世に商人の商人による商人のために国を作り上げる!」

大商人「いずれは、一商人に過ぎなかった私が世界の一端を握ることとなぁる!」

大商人「想像しただけで笑いが止まらんわ!」

隊長(さまざまな勢力が入り乱れ、次々と戦争の英雄といわれる人間が誕生し)

隊長(どの国のどんな権力者も、明日の戦況さえ読みかねているという時に……)

隊長(すでに戦乱が落ちついた後の自分の地位を見据えているとは……)

隊長(恐ろしい方だ……)

隊長「では出発いたします」

大商人「うむ、頼むぞ」

大商人「くれぐれもいっておくが、無理に奴らの戦闘に介入するな」

大商人「“実績”にお前たちが手を下したという事実は必要ないのだ」

大商人「奴らの死体そのものの方が重要なのだからな」

隊長「はっ、心得ております!」



隊長「頼むぞ、お前の鼻で奴らの死体を全て見つけ出すのだ!」

猟犬「グルル……」クンクン…





大商人による私兵の投入で、呪いの剣争奪戦は新たな局面を迎えることとなる。

今回はここまで
次回へ続きます

剣士に敗北した鎖剣士は、ようやく動けるぐらいにまで回復していた。

鎖剣士「この体じゃ登山はキツイ……。やっぱり剣は諦めて、下山するか……」

ところが──

鎖剣士「!」ピクッ



ズラッ……

隊長「鎖剣士、だな?」

鎖剣士「なんだアンタら? オイラになにか用かい?」

隊長「なぁに簡単な用件だ……すぐ済む」

隊長「死んでもらう」

鎖剣士「へっ、あの大商人め……そういうことか」

鎖剣士「何が狙いかは知らねえが、最初からオイラたちを殺すつもりだったってわけか」

鎖剣士「この傷じゃ勝ち目はねぇし、せめて痛くないように殺して──」

ヒュンッ!

不意を突き、隊長に刃を投げつける。

キィンッ!

鎖剣士「!」

隊長「かなりの重傷だというのに、なかなかいい不意打ちだったぞ」

隊長「さすがはこの争奪戦に参加しただけのことはある」

隊長「では……用件を済ますとしようか」

隊長「全員、かかれっ!」

鎖剣士「オイラを……なめるなよォ!」

鎖剣士といえど、傷ついた状態で一対六では勝負にならなかった。

ドザァ……

鎖剣士「ぐ、あぁ……」ググッ…

隊員A「しぶとい奴め」

ドシュッ!

トドメを刺され、鎖剣士は絶命した。

隊員A「こいつはどうします?」

隊長「死体を運ぶのは手間だ。防腐処理とマーキングだけしておけ。後で回収する」

隊員A「はっ!」

隊長「引き続き、残る剣士の捜索にかかる! 一人残らず回収するんだ!」

猟犬「グルゥ……」クンクン…

兄弟剣士に勝利し、頂上を目指す槍使い──

槍使い「…………」

槍使い(少し前から、山全体の空気が変わった……)

槍使い(もしや、新手が山に入ったか……?)

槍使い「!」ハッ

ヒュバァッ!

不可視の斬撃が、槍使いの首を狙う。

しかし、警戒を強めていた槍使いは本能的にかわすことができた。

槍使い(なんだ、今のは……)

無剣士「ンだよ、かわしてんじゃねえよ」

槍使い「お前は……(たしか、無剣士だったか)」ザッ…

無剣士「アンタもしょせんは時代遅れタイプっしょ?」

無剣士「二度目はないよ。とっとと死んでね~」

無剣士「ふんふ~ん」ヒュヒュッ

無剣士が刀身のない剣を振り回す。

槍使い「…………」グッ…



一般的な戦士であれば──

ここで無剣士がどんな攻撃をするか見極めようとするだろう。

相手が何をするかも分からない状況で、うかつな攻撃は死を招く。

そう、普通ならばそれが正解である。



槍使い(だが──)

槍使い(私の突きは世界最強! 何かをする前に、射抜くッ!)

ギュオッ!

無剣士「な!」

ズドォッ!!!



無剣士「げ、はっ……! こ、こんな……」グラッ…

槍使いの突きは、無剣士の心臓を貫いていた。

ドザァ……

槍使い「…………」

槍使い(剣の柄から、うっすらと細く透明なワイヤーが出ている)

槍使い(そうか、これが“刃のない剣”の正体というわけか)

槍使い(もし、山全体の空気が変わらず私が警戒を強めていなければ……)

槍使い(もし、私が突きを出さず、後手に回っていれば……)

槍使い(私の首はこのワイヤーの餌食になっていただろう)

槍使い(しかし、その“もし”は起こらなかった……私の勝利だ)

槍使い(さぁ、もうすぐ頂上だ)ザッ…

同じ頃──

盲目剣士「うへぇ~、すごい殺気!」

盲目剣士「まるで私の目が見えるようになったかのようだよ! こりゃたまげた!」

殺剣士「オマエは強い」

殺剣士「おそらく……オレが今まで出会った中で一番だ」

殺剣士「だから……こ、こここ、こ、こ、こ」ビクビクッ

殺剣士「コロすゥゥゥゥゥッ! オレ、オレがァァァ! ──ガァッ!」ダッ

盲目剣士「……こりゃ難敵だね」

ビュアッ! ガキンッ!

殺剣士の一閃をなんなく弾き返す盲目剣士。

キィン! ギィン!

ザシュッ!

先に一撃入れたのは、盲目剣士だった。

殺剣士「おうっ……!」ヨロッ…

殺剣士「痛い……。オマエ、本当に見えてないのかァ……?」

盲目剣士「ああ、見えてないよ」

盲目剣士「私は生まれた時から、ずっと暗闇しか知らないんだ」

シュババッ! キィン!

殺剣士「見えてないのに……つ、強いィ……!」



ならばなぜ、盲目剣士は戦えているのか。

それは、彼自身の鋭敏に発達した肉体や神経による恩恵、に他ならない。

常に全身の全感覚が、周囲の情報を取り入れ続けているのだ。

もちろん、こんな膨大な情報処理を、意識的にできるわけがない。

盲目剣士の体は、半ば本人の意志から離れて行動しているともいえる。



──本人が自分の動きを「勘によるもの」と感じてしまうほどに。



盲目剣士「そっち!」

ザシュゥ……!

激しい攻防の末、殺剣士の肩を盲目剣士の剣が切り裂いた。

殺剣士「ギィヤァァァァ……!」ザッ…

盲目剣士「お、当たった!」

殺剣士の肩から血が噴き出す。

盲目剣士(今のは手ごたえある感触だった……けど!)

殺剣士「グ……!」

殺剣士「こ、これだァ……!」

殺剣士「痛いし、熱いし、血ィ出てる……すっごくイイ!」

殺剣士「あ~……」ビクッビクッ

盲目剣士「!」

殺剣士「こ、こここ、こ、こっ、ここっ、コロすゥゥゥゥゥッ!」

盲目剣士(まだ……やれるのか! いや、むしろ殺気は高まって──)

殺剣士「コロすッ!!!」

盲目剣士「!?」ビクッ

殺剣士の尋常ではない殺気に、盲目剣士の鋭敏な五体が反応してしまう。

盲目剣士(なんだこれは!?)

盲目剣士(彼の……彼の殺気しか感じない! 彼はどこにいるんだ!?)

盲目剣士(いや……ハッキリと見える……!)

殺剣士「コォォォロすゥゥゥゥゥッ!!!」



ズバンッ!!!



殺剣士の剣が、盲目剣士の左肩から腰までをバッサリと叩き斬った。

盲目剣士(楽し、そうな……彼の顔、が……)

ドチャッ……

死闘の末、盲目剣士を斬り殺した殺剣士。

殺剣士「…………」

殺剣士「……んはぁっ」ブルッ…

殺剣士「よかった……」

殺剣士「やっぱり、今日はここに来てよかった……」

殺剣士「目ェ見えないのに、あんな強いとか……いいわァ……」ポッ…

殺剣士(さて、さらに上を目指せばもっと強いのに会えるかも……)チラッ

殺剣士(……いや)

殺剣士(ここはむしろ──)ギロッ

その目は、山の下を向いていた。

その頃、杖剣士は──

杖剣士「え~と、次はどっちだ?」スッ…

パタッ

杖剣士「こっちかぁ~」

杖剣士「もうそろそろ頂上だな」

杖剣士「おっとと、石につまずきそうになった」

順調に山を登っていた。

剣士もまた、頂上まであと少しというところまできていた。

剣士「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

剣士(もう少し、だ……)



すると──

剣士「!」

槍使い「!」

剣士(槍使い……! こんなところで出会うなんて……!)

槍使い「ふむ、身のこなしで分かる」

槍使い「……お前がかなりの使い手だとな」ブオンッ

槍使い「いざ勝負」スッ…

剣士「受けて立つ!」チャキッ

剣士(もうすぐ頂上だってのに、こんな強敵と当たることになるとは!)

剣士(剣では槍に不利……というが、俺は何度も槍の使い手に勝ってきた!)

剣士(ただしそれはせいぜい、一流や二流って相手だった)

剣士(それに比べてこいつは──まちがいなく超一流!)

剣士(勝てるか……!?)ジリ…

槍使いのスキのない構えに、冷や汗をかく剣士。



勝利の女神はどちらに微笑むのか──

そして、女剣士と鎧剣士も頂上に近づいていた。

女剣士「ハァ、ハァ……」

鎧剣士「大丈夫ですか、姫様!」

女剣士「ええ、平気よ……」

女剣士「なんとしても、あの剣を手にしないと……!」

女剣士「そして、こんなバカげた殺し合いも終わらせるの……!」

鎧剣士(姫様は優しいお方だ……)

鎧剣士(絶大な力を持つ剣の力で、戦乱にあえぐ人々を救おうと考えておられる……)

鎧剣士(だから私は、なんとしても姫様を守り抜く!)

鎧剣士が気配に気づく。

鎧剣士「何者か!」

仮面剣士「……バレちまったカ」ガサッ…

仮面剣士「まぁイイ。頂上まであと一歩だが、ここでキミたちはリタイアダ」チャキッ

鎧剣士「そうはいかん!」チャキッ

鎧剣士「我々はなんとしても、頂上まで登るのだ!」

鎧剣士「姫様は下がっていてください」

女剣士「分かったわ……気をつけてね!」

鎧剣士と仮面剣士の戦いが始まる。

私兵隊も着々と仕事をこなしていた。

隊長「全員、止まれ」

隊長「状況を整理する」

隊員A「今のところ……確認、処置を施した遺体は全部で11体」

隊員A「鎖剣士、暗黒剣士、大剣士、短剣士、鏡剣士、兄剣士、弟剣士、格闘剣士」

隊員A「曲刀剣士、ヒゲ剣士、眼鏡剣士、です」

隊員B「うち、鎖剣士、曲刀剣士、眼鏡剣士は我々の手で殺害しましたがね」

隊長「残り9体か、順調だな。では引き続き──」

猟犬「…………」ブルブルッ…

猟犬「ワン、ワン、ワォォォォンッ!」

隊長「──む」



殺剣士「戻ってみてよかったァ……」ザッ…

殺剣士は私兵隊の存在に感づき、山を下りてきていたのだ。

殺剣士「やっぱりこの山は、イイ……」

殺剣士「強そうなのが、ひいふうみい……6人もいる」

殺剣士「6人も殺せる……」

殺剣士「コ、コ、コロせるゥゥゥゥゥ!」



隊員A「なっ……!」

隊員B「殺剣士……! わざわざ山を下りてきたのか……!?」

隊長「うろたえるな!」

隊長「狂犬め……キサマの懸賞金はこの山にいる剣士の中でもずば抜けて高い」

隊長「ここで狩らせてもらう」

ここまでとなります
次回へ続きます

隊長「フォーメーションを組め! 一気に討ち取るぞ!」

バババッ!

隊長を含めた六人が、殺剣士を囲む。

次の瞬間──

バシュッ!

隊員A「──え?」

殺剣士「囲まれるまで待ちきれなくて、斬っちゃったァ……ゴメン」

隊員Aの両腕、肘から先がなくなっていた。

隊員A「う、うわぁぁぁぁぁっ!」

ズバンッ!

隊員Aの顔面が真っ二つになった。

殺剣士「一人目ェ~」

隊長(バカな……とんでもない速さだったぞ! コイツも傷を負っているのに!)

猟犬「キャンキャン、キャンッ!」スタタタッ

殺剣士に怯えて、逃げ出す猟犬。

隊員B「あっ、コラァ!」

隊員C「放っておけ! フォーメーションを崩すな!」

殺剣士「イヌは……どうでもいっか。それよりもやっぱりオマエたちだ」ハッハッ…

隊員B「おのれ、我々を見くびるなよ!」

隊員C「狂犬め!」

殺剣士「コロすゥゥゥゥゥゥッ!!!」

隊員B&C「!?」ビクッ

ドバッ! ザクッ!

隊員BとCも、あっという間に斬殺された。

隊員D「ウソだろ……!? 俺たちは大商人さんの私兵でも精鋭中の精鋭なんだ!」

隊員D「あんなイカれた奴に……!」

隊員E「隊長、指示をください! ──隊長ッ!」

隊員E「…………?」

隊員E「あ、あれ隊長がいないぞ!?」キョロキョロ

殺剣士「逃げたヤツより……今いる奴だなァ~」

隊員D「ちくしょう……! 隊長め、俺たちを見捨てて逃げやがったァ!」



ザシュッ……! ズシャアッ……! ギャアァァァ……!

全速力で山を駆け上る隊長。

隊長(すまんな、お前たち……)

隊長(隊員が一人やられた瞬間、俺には分かってしまったのだよ)

隊長(あの殺剣士は規格外だ! たとえ俺でも歯が立たん!)

隊長(まさか、あれほどの怪物だったとは……!)

隊長(だが、このままでは終わらんぞ!)

隊長(こうなれば……呪いの剣の伝説にすがるしかあるまい!)

隊長(俺があの呪いの剣を手に入れて、残る剣士を全滅させてくれる!)

隊長(これも任務を遂行するためだ、許せよ……)

タッタッタ……

剣士VS槍使い──

槍使い「はあっ!」

ボッ! ボボッ! ボッ!

槍使いの突きのラッシュに、剣士は全く懐に入れない。

剣士「ぐうっ……!」

剣士(やはり……今までに戦った槍の使い手とは比べ物にならない!)

剣士(だが、このぐらいの速さなら、斬り込むスキはある!)

剣士(呼吸を整えるために、ラッシュが途切れる一瞬──)

槍使い「…………」ススッ…

剣士(今だっ!)ダッ

剣士(い、いやっ……!?)ビクッ



ビュオッ!!!



槍使い全力の“世界一の突き”が、剣士の寸前で止まっていた。

剣士(なんてスピードと迫力だ……! もう一歩踏み込んだら死んでた……!)

剣士(これが……世界トップクラスの槍技!)

槍使い「見せかけのラッシュに引っかからなかったか、さすがだ」ブウンッ

槍使い(やはり、この争奪戦に参加したのは正解だった)

槍使い(よき剣士に会うことができる……)ニッ…

剣士(笑っていやがる……)ゴクッ…

ビュッ! ボババッ! ボボッ!

速さを増したラッシュに、剣士は近づくこともできない。

槍使い「どうした、逃げるだけか?」

剣士(挑発には乗らない! 逃げるのをやめたら、待つのは死だ!)

槍使い(乗ってこんか……ならば、私も)ピタッ…



両者、動かなくなった。

剣士(槍使いの真の恐ろしさは、おそらく本気であろうさっきの“一撃”だ)

剣士(あれをどうにかできるかで、全てが決まる!)

槍使い(いい面構えだ……)

槍使い(“一撃”で仕留める!)



シ~ン……



……

…………

………………



槍使い(踏み込むッ! ──今ッ!)

“世界一の突き”が放たれる。



ビュオッ!!!



キィィィンッ!

かろうじて剣士が刃で受けるが、体ごと弾かれてしまう。

剣士「ぐおっ……!」

槍使い(いや、ちがう! これは──)

剣士「うおおおおおっ!」ギャルッ

槍使いの突きを受けた勢いを利用して、斬りかかる。

剣士(直線の動きには、回転の動きで対抗するッ!)

槍使い(カウンターかッ!)

バキィッ!

槍使いは伸び切った槍を即座に横方向に払い、剣士の頭に一撃を浴びせた。

槍使い「残念だったな──」

しかし、剣士はひるんではいなかった。

剣士(まだッ!)ギロッ

槍使い「────!?」

槍使い(コイツ、最初からこの一撃は喰らうつもりでッ!)

剣士(飛ぶなよ、意識……今斬れなきゃ、負けるッ!)グンッ…

ズシャッ!

槍使い「ぐおぉっ……!」ガクッ

槍を落とし、膝をつく槍使い。




一撃で決めるという決意と、一撃はもらうという覚悟──

今回は後者に軍配が上がった。

剣士「アンタに“本気の突き”を、二度出させる展開になったのはラッキーだった……」

剣士「あんなの初見でどうにかできるもんじゃないからな……」

槍使い「勝負に“もし”は、ない。お前の……勝ちだ」

剣士「……んじゃ、俺は行くよ」

槍使い「…………」

槍使い「ひとつだけ……いわせてくれ」

剣士「?」

槍使い「何かを一度見る、ことが有利になるのは戦いだけに限らない……心して行け」

剣士「ありがとう!」



剣士(ぐっ……頭がまだグラグラするが──急がないと!)ヨロッ…

鎧剣士VS仮面剣士──

キィンッ!

鎧剣士の剣技は、仮面剣士を一歩も二歩もリードしていた。

仮面剣士「チィッ……」

鎧剣士「そろそろ決めさせてもらう!」ジャキッ

仮面剣士「それはどうかナ……?」

仮面剣士は刃を鎧剣士に向けた。

格闘剣士を倒した時と同じ、剣の先端を相手に向けた構え。

仮面剣士「我が秘剣……受けてみヨ」

鎧剣士「!」

チュインッ!

鎧剣士は飛んできた“何か”を弾いた。

仮面剣士「ナ……!?」

女剣士(なにが起きたというの!?)

鎧剣士「やはり……私が昔戦ったことのある部族と同じ構えだった」

鎧剣士「……吹き矢を得意とする部族と」

女剣士「吹き矢……!?」

鎧剣士「ええ、さっきの仮面剣士の構え……」

鎧剣士「あれは剣の構えではありません。吹き矢の構えです」

鎧剣士「つまり、仮面剣士の剣は、剣でもあり矢を放つ筒でもあるのです」

鎧剣士「そして……仮面をつけているのは剣をくわえるところを隠すため……」

鎧剣士「矢には、おそらく猛毒が塗られているのでしょう」

鎧剣士「これが奴の“秘剣”の正体です!」

仮面剣士「ククク、見事ダ……」

仮面剣士「だが、タネが分かったところでワタシには勝てないヨ!」

フヒュッ! フヒュッ!

再び小さな矢が鎧剣士を襲う。

だが──

キンッ! キンッ!

鎧剣士「無駄だ……。“秘剣”でなくなった今、私には通用しない」

仮面剣士「くうっ……!」

仮面剣士「だったら──」サッ

女剣士「!」ビクッ

仮面剣士「こっちの女を先に──」

鎧剣士「させぇんっ!!!」



ズシャアッ!



怒りの剣が、仮面剣士を仮面ごと叩き斬った。

仮面剣士「げ、ハッ……!」ドサッ…

鎧剣士「姫に手を出す者は、この私が絶対に許さん!」

鎧剣士「さぁ、姫様……参りましょう!」

女剣士「うん!」

─ 山頂 ─

争奪戦はいよいよ最終局面を迎えようとしていた。



杖剣士「やっとこさ着いた……あれが“争いを呼ぶ剣”か」

杖剣士「すごい力を発している……。ぼくの剣とは大違いだな」

杖剣士「おっと、その前に──」スッ…

パタッ

杖剣士の剣は、呪いの剣とは逆方向に倒れていた。

杖剣士「やっぱり……」

杖剣士「ぼくには剣を引き抜く資格がない、ということか……」

杖剣士「だけど、ぼくにそれをたしかめさせるつもりで、ここまで導いてくれたのかな」

杖剣士「どうも、ありがとう」クルッ

ザッザッザッ……




こうして、杖剣士は山頂から去っていった。

残るは五人──



剣士「あと少しだ……俺が剣を引き抜く!」ザッザッ…



殺剣士(上に行けば……まだ強い奴を殺せるチャンスがあるはず!)ダダダッ



鎧剣士「姫様、ようやく山頂が見えてきました!」

女剣士「ええ!」ハァハァ…



隊長(俺が剣を引き抜いて、剣士どもを皆殺しにしてくれる!)ザッザッ…

今回はここまで
次回へ続きます

─ 山頂 ─

杖剣士が去ってから15分後──三人の剣士が同時にたどり着く。



剣士(よし、頂上だ!)ザッ



鎧剣士「姫様、あと少しです! さ、手を!」グイッ

女剣士「うん……!」ヨロヨロ…



剣士(あの二人は……!)

鎧剣士「む……」

女剣士「あなたは……!」

剣士(鎧剣士と女剣士! ……この二人、仲間同士だったのか!)

剣士(走って先に剣を引き抜くことはできるかもしれないが──)

剣士(ここは正々堂々と……!)

剣士「アンタら……鎧剣士と、女剣士だよな?」

剣士「どうやら俺たちが一番乗りらしい……勝負だ!」

鎧剣士「!」

鎧剣士(先に引き抜こうと思えば、できるかもしれんというのに……)

鎧剣士「望むところ!」ジャキッ

鎧剣士「姫様、下がっていてください。おそらくこれが最後の戦いとなるでしょう」

女剣士「ええ……!」スッ…

どちらが呪いの剣を引き抜くか決めるべく、両雄が向き合う。

鎧剣士「最初に聞いておきたい……あの剣を引き抜く目的は?」

剣士「なんで、そんなことを聞く?」

鎧剣士「キミがやろうと思えば、走ってあの剣を引き抜くこともできただろう」

鎧剣士「だが、やらなかった」

鎧剣士「そんな男の目的を、ぜひ聞いてみたくなったのだ」

剣士「…………」

剣士「俺は元々戦災孤児でね。剣だけで世の中を渡り歩いてきた……」

剣士「そんな中で、戦火に苦しむ大勢の人々を見てきた」

剣士「だが、あの剣があればその力でそういう人たちを救えるかも……と思ったのさ」

鎧剣士(姫様とまったく同じことを……)

鎧剣士(できれば戦いたくはない……が、姫様のため!)

鎧剣士「私は、とある王国の騎士だ」

鎧剣士「察しはつくだろうが、後ろにいるあの方に、私はお仕えしている」

剣士(現役の騎士……! つまり、後ろの女剣士は……貴族、あるいは王族……!)

鎧剣士「我々はこの戦乱の世を救う手段を求めて、国から旅立った」

鎧剣士「そしてあの剣が手に入れば……本当に力があるのならば──」

鎧剣士「その力で人々を戦や略奪から守れると考えたのだ!」

鎧剣士「我々とて目的のためには引けぬ! ──いざ!」ジャキッ

剣士「望むところだ!」



ギィンッ……!

剣士「でやぁっ!」

鎧剣士「はああっ!」

キィンッ!

ガキンッ! キィン!

激しい剣の打ち合い。形勢はやや剣士が不利。

剣士(くっそ、槍使いの一撃で動きがにぶくなってる!)

鎧剣士(本調子ではないようだが……手加減はせん!)

鎧剣士(姫はあの剣で、一人でも多くの民を救おうとしているのだから!)

ガキィンッ!

鎧剣士のパワフルな一撃で、剣士が大きく吹き飛ばされた。

剣士「ぐあっ……!」

剣士(まだ手がシビれてる……)ビリビリ…

剣士(騎士の剣ってのは、様式美に染まっているところがあるが、派手で力強い!)

剣士(しかもコイツ、鎧で全身を固めてるくせに速い!)

剣士(さすが……王国の要人を一人で護衛してるだけのことはある!)

鎧剣士「ぬああっ!」

ガゴォンッ!

剣士「くうっ!」ビリビリ…

鎧剣士(この男の剣技、オーソドックスではあるが、したたかさも兼ね備えている)

鎧剣士(おそらく、かなりの数の実戦をこなしてきたのだろう)

鎧剣士(スキを見せれば、たちまち逆襲を許す恐れがある!)

鎧剣士(押してはいるが、油断大敵!)

白熱する剣士と鎧剣士の戦い。

ギィンッ! キィンッ! キンッ!

剣士「ハァ、ハァ、ハァ……」

鎧剣士(疲れてきてはいるが、この男は長引くほど力を発揮するタイプ!)

鎧剣士(ここで決めねば、危険だ!)ザリッ…

鎧剣士が斜め上に剣を振りかぶる。彼が所属した騎士団に伝わる、攻撃に特化した構えだ。

剣士(決めるつもりか……!)



いよいよ二人の勝負が決しようという──その時であった。



山頂に“四人目”が現れた。

ザッ……!

現れたのは、殺剣士から逃れてきた私兵隊の隊長であった。

隊長「ほう……どうやら間に合ったようだな」ニィ…



剣士(なんだアイツは!? あんな奴いたか!?)

鎧剣士(参加者の中にはいなかった顔だが……)



困惑する二人を尻目に、隊長が目ざとく状況を確認する。

隊長(おそらくは──)

隊長(あの女剣士は、剣士か鎧剣士、どちらかのパートナーで)

隊長(今まさに、あの二人が呪いの剣をめぐって決闘しているということか!)

隊長(チャンスだ!)

隊長(今なら──俺があの呪いの剣を引き抜ける!)

隊長(そうすれば、この場にいる奴らはもちろん、殺剣士をも倒せるはずだ!)

隊長(なにしろ、世界一の力を得るというのだからな!)

隊長が呪いの剣を引き抜こうと走るが──

女剣士「させないわっ!」チャキッ

隊長「むっ!?」

キィンッ!

隊長の前に立ちはだかったのは女剣士。

女剣士も食い下がるが──

キィンッ! キンッ! ガキンッ!

隊長「ちいっ!」

隊長(いつ殺剣士が追ってくるかもしれんのだ! こんな小娘に手こずってられん!)

隊長「どけえっ!」ブンッ

ガキィンッ!

女剣士「あくっ……!」ドサァッ…

隊長「剣を引き抜いたら、すぐにトドメを刺してやる! そこで倒れていろ!」



鎧剣士「姫様ぁっ!」

剣士(くそぉ、あんな奴に横取りされるなんて!)

山頂の中心で、妖しく輝く呪いの剣──

隊長(大商人様はこの剣の力を信じていなかったし、俺もそうだったが──)

隊長(間近で見ると分かる! この剣は恐ろしい力を持っている!)

隊長(この剣を使えば、ここにいる奴らはおろか殺剣士にだって勝てる!)

隊長(そして……大商人様の下で俺も権力を握ってみせる!)

隊長「さぁ、今こそ俺の手で引き抜いてやろう! 呪いの剣よ!」

隊長「大商人様が、商人の国を築き上げるための力となるのだ!」



ガシィッ!

隊長の右手が、呪いの剣を掴み取る。



呪いの剣争奪戦の勝者は、私兵隊隊長であった。

ボワァッ……

隊長「え?」



ボワァァァァァッ!!!



剣から出た炎が、隊長の全身を包み込む。

隊長「!?」

隊長「な、なんだ!? 俺の体が──」

隊長「うあああああああっ!!! な、なんでええええええっ!!?」

隊長「うおああああああああああああっ!!!」



ボワァァァァァ……!

シュゥゥゥ……

隊長「あ……あ、あ……」プスプス…

隊長「あぁう……」グラッ…

ドサッ……

剣によって、隊長は焼き尽くされてしまった。



鎧剣士「も、燃えた……!」

剣士(どういうことだ……! アイツじゃ実力が足りなかったってことなのか!?)



しかし、彼らにそんなことを考えているヒマはなかった。

“最後の一人”が現れたのだ。



ゾクッ……

剣士&鎧剣士「殺剣士……!」



殺剣士「おやァ? 三人も残っててくれたなんて……」

殺剣士「三人も残ってるなんて……よ、よかった……」

殺剣士「まだ楽しめる……まだ殺せる……」ググッ…

殺剣士「こっ、ここっ、こここ、こっ、ここ、こっ、こっ……」ビクッビクッ

殺剣士「コロすゥゥゥゥゥッ!!!」



剣士(なんだ……!? ふもとで見た時は、こんなもんじゃなかった!)

鎧剣士(とてつもない殺気だ……! この男、人間なのか!?)



暗黒剣士、鏡剣士、盲目剣士、私兵隊と、数々の強敵を仕留めた殺剣士。

彼の殺気はさらに一段と凶悪さを増し、研ぎ澄まされていた。

殺剣士の凶相を目の当たりにした鎧剣士が、一つの決断をする。

鎧剣士「……剣士よ」ボソッ

剣士「!」

鎧剣士「キミにも分かるだろう? ヤツは危険だ……危険すぎる!」

鎧剣士「そして、ヤツの実力ならば……まちがいなく呪いの剣から認められる!」

鎧剣士「もしそうなってしまったら……どんな惨劇が起こるか想像もつかん」

鎧剣士「二人で……殺剣士を倒すぞ!」ジャキッ

剣士(たしかに……一対一でとても勝ちを見込める相手じゃない……!)

剣士「……分かった!」チャキッ

争奪戦で進化してしまった“怪物”を退治すべく、二人の剣士が手を組んだ。



殺剣士「二人がかりだとォ……!?」

殺剣士(どうやったら、あの二人を同時に相手できるかなぁ、なんて考えてたら──)

殺剣士(あっちから二人で来てくれるなんて……)

殺剣士(ツイてる……! 今日のオレはツキまくってるゥ!)

殺剣士「いいのだろうか! こんなにツイていて!? た、たまらん!」

殺剣士「ああ、あ、あ~~~~~……」ビクビクビクッ

殺剣士「こぉ~……こ、こここ、こ、こっ、ここ、こっ」ググッ…

殺剣士「コロすゥゥゥゥゥゥッ!!!」

ギュアッ!



鎧剣士「来たぞっ!」

剣士(速いッ!)

殺剣士「コロォォォすゥゥゥゥゥッ!!!」

ギィンッ! ガンッ! キィンッ! キンッ! ガギンッ!

凄まじい速さで、二人を同時攻撃する殺剣士。

鎧剣士「ぬうっ……!」

剣士「くあっ……!」

剣士と鎧剣士のコンビネーションは、息が合っていないというわけではない。

むしろ、即興にしては上出来といえる。

なのに──

殺剣士「もっと、もっと、もっとォ、攻めてこいィィィッ!」

ガギギィンッ!

剣士&鎧剣士(防戦一方!)

鎧剣士(これほどの男がいたとは……!)

鎧剣士(なぜ、これほどの強さを持ちながら、このような狂人に……!?)

鎧剣士(いや、狂人ゆえにこれほどの強さを持ちえたのか……!?)

剣士(くそっ……受けるだけで精一杯だ!)

剣士(殺剣士の体にも疲れやダメージはあるようだが、全然ものともしてない!)

剣士(頭が吹っ飛んじまって、そういう余計なもんを感じないんだろうな、きっと!)

キィンッ! ギィン! ガガガッ! ギャリッ! ギィンッ!

殺剣士(個々の強さは、あの目ェ見えてないヤツのが上だけど……)

殺剣士(コイツらも悪くない! むしろイイ! いいぞォ~~~~~!)

殺剣士(楽しいィ~~~~~~~~~~!)

ギャリィンッ!

ザシィッ! ビシュッ!

剣士「ぐあっ……!」

鎧剣士「ぐっ!」

殺剣士「コロす……コロす……」ハッハッ…

剣士「犬みたいな呼吸しやがって……」

剣士(信じられない……! どんどん動きのキレが増している!)

殺剣士「クォロォォォォすゥゥゥゥゥッ!!!」ギュオッ

ガィンッ!

剣士「ぐうっ!」ビリビリ…

バキャァンッ!

鎧剣士「ぐ、があっ……!」メキメキ…

白銀の鎧を砕く、強烈な一撃が炸裂した。

剣士「大丈夫か!?」

鎧剣士「ああ、致命傷ではない……」ヨロッ…

鎧剣士(……勝てぬ)

鎧剣士(もし、我々が敗れれば、姫様も亡き者にされるだろう……)

鎧剣士(──ならば!)

鎧剣士「剣士……!」

剣士「…………?」

鎧剣士「私がヤツを食い止める。キミが……あの呪いの剣を引き抜いてくれ!」

剣士「!」

鎧剣士「キミの方が私よりも速く動けるはずだ……頼む!」

鎧剣士「キミならば引き抜ける! 引き抜ければ……ヤツとて倒せるはずだ!」

剣士「アンタは死ぬぞ!」

鎧剣士「かまわん! 姫様をお守りすることが私の全てだ!」

鎧剣士(この男ならば、剣を悪用することはないだろう)

鎧剣士(いや、それどころか……姫と志を同じくしているのだから)

鎧剣士(きっと姫様とともに、この世界を光で照らしてくれるはずだ!)

鎧剣士(姫様のためならば──私は喜んで捨て石になろう!)

鎧剣士「さぁ、行け!」

剣士「……死ぬなよ!」ダッ



殺剣士「おやおやァ~? 逃がすかァ!」ダッ

キィンッ!

鎧剣士「ここは絶対に通さん!」ザッ…

殺剣士「いい目になったなァ、オマエ……」ニィィ…

自身の誇りと姫の命を剣士に託し──鎧剣士が決死の戦いに挑む。

鎧剣士「殺剣士よ……参るッ!」ジャキッ

鎧剣士「だああああっ!」

キィンッ! ビシュッ!

殺剣士「!」ブシュッ…

殺剣士「オレの血ィ~……ちぃ~、ちちちっ、ちち、ちぃ~、ちち、ちちち」

殺剣士「超ォ~……楽しいッ!」

ガギギンッ! ギンッ! ザシィッ!

鎧剣士「ぐ、あぁ……っ!」




剣士(やられてる……! だが、振り返るな!)タッタッタ…

ついに、剣士が呪いの剣と対峙する。

剣士(これが、呪いの剣……)

剣士(手にした者は世界一の力を手に入れられるという、争いを呼ぶ剣……!)

剣士(だが、俺はこの剣を“争いを呼ぶ剣”とは思わない!)

剣士(この剣を正しく使えば、争いを鎮め、人々を守ることだってできるはず!)

剣士「剣よ……! “争いを鎮める剣”よ! 俺はそれを成し遂げてみせるッ!」

剣士「頼む……力を貸してくれェッ!」



ガシィッ!



剣士の右手が、呪いの剣を力強く握り締めた。

剣士(これは──)ピクッ

ボワァッ……



ボワァァァァァッ!!!



剣士「うっ、うわぁぁぁぁぁっ!!!」



山頂の中心に、真っ赤な炎が燃え上がる。

先ほどの光景が、また繰り返されただけであった。



剣士「くあっ! うあぁっ! ぐわあぁぁぁぁぁ……!」

剣士「お、俺じゃ……」プスプス…

剣士「ダ、ダメだった、の……か……」プスプス…

剣士「おれ、じゃ……」グラッ…

ドザァッ……

呪いの剣の前に、剣士もあえなく倒れた。



鎧剣士(バカな! 彼の実力でも引き抜けないというのか!?)

鎧剣士(であれば、私でも無理……! つまり、引き抜けるのは──)

殺剣士「オオァッ!」シュバッ

ザンッ……!

鎧剣士「ぐごぁっ!」ドザッ…

殺剣士「アイツ、強かったのに……燃えちまった。もったいない」

殺剣士「だけど、燃える剣か……。オレも燃えんのかなァ?」

燃える剣士の姿に、好奇心を刺激された殺剣士が動く。

鎧剣士「い、いかん……!(ヤツが引き抜いてしまったら……!)」

殺剣士「おお~、古くさいけどよさそうな剣だなァ~」ザッザッ…

殺剣士「オレも燃えちまうのかな? どうなんのかなァ?」ザッザッ…

鎧剣士「や、やめ、ろ……!」ググッ…







「やめておきなさい、殺剣士!」

今回はここまで
次回へ続きます

殺剣士を止めたのは、女剣士だった。

殺剣士「オマエは……?」

女剣士「いっとくけど、あなたじゃ焼け死ぬだけよ。前の二人みたいにね」

鎧剣士「姫様、お逃げ下さい! その男は危険です!」ググッ…

女剣士「今までは自信があったとはいえ100%とはいかなかったけど──」

女剣士「あの二人が焼け死ぬのを見て、やっと決心がついた、というか確信できたわ」

女剣士「この剣を引き抜く資格があるのは──あたしだけよ」

女剣士「こんなことなら、さっさと引き抜いておけばよかった」

殺剣士「ハァ~?」

殺剣士「オマエ、オレより弱いだろうがァ……」

女剣士「いいから、見ててちょうだい。どいて」ドンッ

殺剣士「…………!」

鎧剣士「ひ、姫様……!?」

女剣士「これね」

女剣士はすでに二人を燃やした剣を──

ガシッ!

あっさりと掴んだ。





殺剣士「おお……!?」

鎧剣士「ひ、姫様ァァァッ!!!」

女剣士(馴染む……よく馴染むわ……)





≪うむ……≫

≪おぬしこそ、我を持つに相応しい心を持っておる……≫

≪さぁ、引き抜くがよい……≫





女剣士「……やっぱりね」

ズルズルッ……

驚くほどあっさりと、呪いの剣は引き抜かれた。



女剣士「ふ~ん、なかなかいい剣ね」ギラッ…

殺剣士「オマエ、やるなァ……」ニィィ…



鎧剣士「…………!」

鎧剣士(姫様がご無事なのは、嬉しいが──)

鎧剣士(いったい、なぜ!? ……剣士でさえ引き抜けなかったのに!)

鎧剣士(いや……しかし!)

鎧剣士(たとえ、あの剣があっても……姫様では殺剣士に勝てん……!)

鎧剣士(殺剣士の強さは、剣や鎧がどうこうというものではないのだ!)

鎧剣士「姫……今、参り、ます……!」ググッ…

女剣士「さてと、さっそくだけど、殺剣士! あなた……あたしに力を貸しなさい!」

殺剣士「!?」

殺剣士「なにをほざいている? なんでオレがオマエなんかに……」

女剣士「あたし、あなたみたいな人に会えてホントに嬉しいのよ!」

女剣士「本当はあたし、こんな争奪戦はすぐに終わらせて」

女剣士「もっと大勢の剣士を味方に引き入れる予定だったの」

女剣士「集まった剣士のレベルが予想以上に高くて……そうはいかなかったけど」

女剣士「だけどあなたがいれば、百人力……いえ千人力、万人力だわ!」

女剣士「ここまでたどり着けないような人たちや」

女剣士「焼け死んだ二人なんかいらないくらいよ!」



鎧剣士「ひ、姫様……!?」

鎧剣士「なにをおっしゃっているんですか、姫様!」

女剣士「あなたがなぜ、そこまで戦いと殺しに快楽を見出してるのか……」

女剣士「病気か、信念か、生まれつきなのか……」

女剣士「ハッキリいって、そんなことはどうでもいいし、興味もないわ」

女剣士「だけど、このまま気ままに単独で戦いに明け暮れたところで──」

女剣士「いつかどこかで限界が来て、みじめにくたばるのがオチってところよ」

殺剣士「…………」

女剣士「だけど、あたしに従うのなら話は別よ!」

女剣士「強い者を……何百人でも、何千人でも、いいえ何万人でも!」

女剣士「好きなだけ殺させてあげるわ!」

殺剣士「!!!」



鎧剣士「姫……様……!?」

鎧剣士「姫様ァッ!」

女剣士「あら騎士。すっかり忘れてたわ、ごめんなさい」

鎧剣士「あなたは……あなたは! 世界の平和のために……人々を救うために……」

鎧剣士「力を欲していた、のではなかったのですか……!?」

女剣士「そうよ」

女剣士「あたしはこれから、世界をひっくり返す大戦争を巻き起こすの!」

女剣士「今、各地で起こってる小競り合いなんかとはわけがちがう……」

女剣士「何千、何万……いいえ、何十万、何百万と人が死ぬようなのをね!」

女剣士「そして、このあたしが──世界を統一するのよ!」チャキッ

剣を天に掲げる女剣士。

彼女の姿は、後光が差したかと錯覚するほどに輝いていた。



鎧剣士「ああ、ああああ……」

殺剣士「…………」

殺剣士は自然とひざまずいていた。

殺剣士(なんなんだ、この気持ち……)スッ…

殺剣士(この女の力か、あの剣の力か……。ええい、なんでもイイ! どうでもイイ!)

殺剣士(女剣士につけば、オレはもっともっと殺せるのだからなァ……)

殺剣士「オレの剣とオレの力……アナタに捧げる……」ザッ…

女剣士「ありがとう、頼りにしてるわ」

女剣士「これからあなたは、あたしの命令で人を殺すのよ!」

殺剣士「ハイ……!」

殺剣士の目は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかであった。



鎧剣士(あああ……)

鎧剣士(姫様の持つ高貴なカリスマ性と、あの剣の妖力が合わさった“風格”が……)

鎧剣士(あの怪物すら、あっさりと従えてしまった……)

鎧剣士(そうか……やっと分かった)

鎧剣士(呪いの剣の正体は、紛れもなく“争いを呼ぶ剣”だった!)

鎧剣士(あの剣は……争いを起こし、世界を平和にするための剣!)

鎧剣士(そして、それを引き抜けるのは……)

鎧剣士(世界統一を、本気で成し遂げようとしている人間のみ……!)

鎧剣士(私も、殺剣士も、引き抜こうとすれば、体を焼かれていただろう……!)

鎧剣士(今日集まった人間の中で、いや全世界中で“資格”を持つのは──)

鎧剣士(おそらくは姫様しかいない!)

鎧剣士(今の慢性化し、弛緩した戦乱の世で、本気で世界統一など考えている人間など)

鎧剣士(いるわけがないのだから……!)

女剣士「それじゃ、さっさと山を下りるわよ」

女剣士「生き残っている剣士がいたら、仲間になるよう説得したいしね」

女剣士「ならないのなら、殺しなさい」

殺剣士「ハイ!」

女剣士「山を下りたら、あの大商人を味方につける!」

女剣士「最初に焼け死んだ人は、おそらく大商人の兵でしょうね」

女剣士「きっとこの争奪戦をおとりにして、なにかを企んでたにちがいないわ」

女剣士「ふふっ、なかなかのキレ者だわ!」

女剣士「大商人の知恵と財力があれば、かなりの兵をかき集められるはずよ」

殺剣士「従わなかったら?」

女剣士「斬ってちょうだい」

殺剣士「ハイ!」

女剣士「兵を集めたら、国に戻ってクーデターを起こす!」

女剣士「お父様なんかにかじ取りを任せておけないしね」

女剣士「幽閉するか……あるいは殺剣士に始末させた方が手っ取り早いかも」

女剣士「国の全権を掌握したら、いよいよ本格的な統一戦争の始まりよ!」

女剣士「周囲の国々も、あたしが本気で攻め込んだらきっと驚くでしょうね」

女剣士「そしたら、あなたも思う存分、殺しを楽しめるわよ!」

女剣士「強い者だけといわず、逆らうのなら弱い者もガンガン殺しなさい!」

女剣士「いいわね!」

殺剣士「あ、ああ、ああ、あァ~……」ビクビクッ

殺剣士「アリガトウございますゥゥゥゥゥッ!」

思い出したように、女剣士が鎧剣士に振り向く。

女剣士「ところで、騎士」

女剣士「あなたはどうする?」

鎧剣士「!」

鎧剣士(あの眼差し……私に対して、もはやなんの感慨も浮かべてはいない……)

鎧剣士(当然だ……。兵としてならば、私より殺剣士の方が遥かに役に立つ……!)

鎧剣士(もしここで拒否すれば……姫様はなんの迷いもなく──)

鎧剣士(殺剣士に、私を斬らせるだろう……!)

鎧剣士(姫様──)

姫『あたし、しょうらいは騎士とけっこんするの!』

姫『はやく平和な世の中になればいいのにね……』

姫『あたし、この国がだぁ~い好き! もっと豊かな国にしたいわ!』

姫『騎士……あたしと一緒に世界を平和にする力を探しに行きましょう!』



鎧剣士「ああ、あ……あ……」

十数年、姫のそばに居続けた鎧剣士──騎士の目からは涙があふれていた。

姫の成長を喜ぶ涙か、それとも──

鎧剣士「わ、わわ、私も……」ポロッ…

鎧剣士「私も……お供、しゃせて……下さい……!」ポロポロッ…

女剣士「よかった! 伴侶はあなたみたいに優秀で扱いやすい人にしたかったのよ!」

女剣士「新しいのを探すのは、手間がかかるしね」

鎧剣士「ひ、姫さまにそういってもらえるなら……う、嬉しいで、す……」

女剣士「さて……残るはあなたね」チャキッ

女剣士が、刃先を向けた先には──



槍使い「…………」

女剣士「あなたはどうする? この呪いの剣を奪い取ってみる?」

槍使い「いや……私はこの争奪戦の最後を見届けにきただけだ」

槍使い「お前たちと敵対する資格もないし、力も残っては、いない……」ザッ…

槍使い「それに……ここでお前に従わねば、その二人を私に差し向けるという顔だな」

女剣士「ふふっ、かもしれないわね」

槍使い「……従おう。これも、運命なのかもしれん」ザッ…

槍使いも、女剣士に屈服するしかなかった。

女剣士「さぁ、山を下りるわよ! 最初のターゲットは大商人!」

殺剣士「ハイ!」

鎧剣士「姫様の行くところ……どこまでも……」ヨロッ…

槍使い「…………」チラッ

山頂から出る寸前、槍使いは焼かれて倒れている二人を見つめた。

槍使い(剣士よ……残念だったな)

槍使い(だが、もし……あの二人のうち、最初に燃えたのが剣士でなければ……)

槍使い「…………」

槍使い(どちらにせよ、もう会うことはなかろうが、な)

ザッザッザッ……



この後、女剣士は覇道を突き進むこととなる。

……

…………

………………

杖の先が、倒れている剣士の胸を突く。

ドンッ……!

剣士「ごぶっ……!」

剣士「ハァ、ハァ……」ガバッ

杖剣士「おお、やはり鍛え方がちがうね」

杖剣士「ぼくは山を下りてたんだけど、この剣がやっぱり戻れと倒れるから」

杖剣士「戻ってみたら……きみが焼けてたもんでね」

杖剣士「おせっかいを焼かせてもらったよ」

剣士「そうだ……! 俺は死んだはず……!?」

杖剣士「うん、死にかけてたよ。もう少しおそかったら、死んでたかもねぇ」

杖剣士「もう一人の方は、残念ながら死んでいたけど……」

杖剣士「きみはかろうじて生きていた」

杖剣士「おそらく剣を握って燃える瞬間、身を引いたんだろう」

杖剣士「その一瞬が、きみの命を救った」

杖剣士「ただし、右腕のただれはひどくて、切断せざるをえなかった」

剣士の右腕は、杖剣士によって切断、処置されていた。

剣士「…………」

剣士「人が燃えるところを……一度見たのが、きいたんだろうな……」



槍使い『何かを一度見る、ことが有利になるのは戦いだけに限らない……心して行け』



剣士(あの言葉をもらってなきゃ……死んでただろう)

剣士「助けてくれてありがとう……。おかげで命を拾えたよ……」

剣士「だが……俺はもう……」

杖剣士「もう?」

剣士「俺は呪いの剣を“争いを鎮める剣”として活用しようとしたが──」

剣士「剣には認められなかったし……」

剣士「この体じゃ、争いを鎮めるとか、弱い人々を救うだとか、できるわけない……」

杖剣士「そうかな?」

杖剣士「たしかに、きみがこの戦いで得たものは、なあんにもない」

杖剣士「戦い、傷つき、疲れ、焼かれ、腕を失っただけ……」

剣士「…………」

杖剣士「だけど、あの剣を引き抜けなかったということは」

杖剣士「きみにはあの剣などなくても、目的を達する力があるということじゃないかな?」

杖剣士「あの剣は、たしかに恐ろしい力を秘めている」

杖剣士「あの剣を抜いたのが誰かは知らないが、おそらく目的を成就するだろう」

杖剣士「剣の力によってね」

杖剣士「だけど、きみなら……剣などなくても目的を達成できる」

杖剣士「きみが剣を引き抜けず、生き残ったのは、きっとそういうことなんだろう」

杖剣士「大火傷を負い、右腕を失うことにはなったが、ね」

剣士「ハハ……ポジティブシンキングの極みだな」

剣士「だけど……ちょっとだけマシになったよ」

杖剣士「そういってもらえると、ぼくも嬉しいよ」

杖剣士「へこまれたままじゃ、助けたかいがないからね」

しばらく、休息した後──

剣士「さて、と……それじゃもう行こうかな」スクッ

剣士「杖剣士、もしまた会えたら、アンタには必ず借りを返すよ」

杖剣士「なに、気にしなくていいよ」

剣士「命を助けられておいて、そうもいかないって」

会釈をして、剣士が山を下りようとする。

杖剣士「…………」

杖剣士「ちょっと待ってくれ」

剣士「ん?」

杖剣士「もし、ぼくの持っているこの剣(つえ)が──」スッ…

杖剣士「この山に刺さっていた剣と対を成す、“争いを鎮める剣”だとしたら」

杖剣士「きみは欲しいかい?」

杖剣士「もっとも対を成すといっても、この剣自体にさほど力はなく」

杖剣士「鎮めるべき争いに持ち主を導く、という程度のことしかできないけどね」

杖剣士「少なくとも、きみにはピッタリの剣のはずだ」

剣士「…………」

剣士「たしかに欲しいけど……俺は自分の力でやってみるよ」

剣士「さっき、そう決意したばかりだしさ」

杖剣士「どうやら無粋な質問だったようだね。さぁ、行くといい」

剣士「それじゃ、またどこかで……」

ザッザッザッ……



杖剣士「…………」

杖剣士(ぼくは昔、彼と同じように剣一本で人々を救いたいと考えていた)

杖剣士(そして……この剣を手に入れた)

杖剣士(この剣はぼくを争いのある場所に的確に導き──ぼくは戦い続けた)

杖剣士(しかし、今の戦乱の世……)

杖剣士(いくら人を救ってもキリがなく、ぼくはいつしか嫌気が差してしまった)

杖剣士(そして、ぼくの心を感じ取ったこの剣も変質し……)

杖剣士(この剣は“ぼく自身に降りかかる争いを鎮める”ようになった)

杖剣士(この剣がある限り、もうぼくが他人と争うことはない)

杖剣士(だけど、ぼくにも戦いというものに未練があったのだろう)

杖剣士(ぼくはあえて、この呪いの剣争奪戦という争いに身を投じた)

杖剣士(結局ぼくは誰とも戦うことはせず、争いも鎮められず──)

杖剣士(“争いを呼ぶ剣”も到底ぼくに扱える代物ではなかったけど……)

杖剣士(もうぼくが、剣士として表舞台に立つことはないだろう)

杖剣士(最後に、この剣がぼくを引き返させてあの剣士を助けさせたのは、もしかして)

杖剣士(彼なら……ぼくがやめてしまったことを、諦めたことをやってくれる、と)

杖剣士(この剣が導いてくれたのかもしれないな……)

おぼつかない足取りで、山を下りる剣士。

剣士「おっとと……」ヨタッ…

剣士(まだ右腕があるような感覚がある……早く慣れないとな)

剣士(それにしても、杖剣士のさっきの話はホントだったのかな?)

剣士(やっぱり、あの杖もらっておけばよかったかも……)

剣士(でもいいや。俺は自分の剣でやってやる!)

剣士(この争奪戦で犠牲になった剣士たちのためにも……!)




──────

────

──

“呪いの剣争奪戦”が終わった後の出来事──





女剣士こと姫は、大商人をパトロンとして迎え入れることに成功する。



大商人の財力で大勢の兵を雇い入れた彼女は、故郷に戻りクーデターを決行。
実父である国王を暗殺し、“女王”となり国の全権を握る。

驚異的な早さで軍備を整え、各国への侵攻を開始した彼女の軍勢に、
半ば堕落していた戦乱に慣れ切った者たちが面食らったことはいうまでもない。



これこそが後の世に「統一戦争」と呼ばれる、十年間の戦いの始まりである。

女王軍の進撃は苛烈を極めた。



中でも女王自ら編成したという精鋭軍の強力さと残虐さはすさまじく、
他国からは「悪魔よりも残酷で無慈悲な軍団」と恐れられた。

精鋭軍の中心的存在であった殺剣士は、
統一戦争中に単独で一万人以上殺害したともいわれている。

同時に、女王の側近であった騎士率いる騎士団の統治能力は優秀であり、
制圧・平定後に反乱が発生することはほとんどなかった。



この「アメとムチ」の使い分けこそが、
彼女の統一戦争がスムーズに運んだ主要因といわれている。

そして、戦争勃発から十年後──



女王は世界を統一し、全世界に“女帝”として君臨することとなった。
側近であった騎士を夫に迎え、親政を開始する。

剣を掲げた彼女の威光に逆らえる者は一人もいなかった。
彼女は文字通り、世界一の力を手に入れたのだ。



なお、世界統一とほぼ同時期に、武力面での功労者である殺剣士は謎の変死を遂げた。
公式発表では事故死とされているが、
女帝の命による暗殺とも、目的を失ったことによる自決とも噂されている。





そんな彼女たちの輝かしくも血にまみれた歴史の裏で──

─ 小屋 ─

右腕がなく、全身傷だらけの歴戦の勇士といった風貌の剣士。

隻腕剣士「行ってくるよ」

妻「あなた、今日はどちらへ?」

隻腕剣士「西の町を、兵士崩れの野盗集団がたびたび荒らしてるらしい」

隻腕剣士「女帝によって世界が統一されて久しいけど──」

隻腕剣士「真の平和はまだまだ遠いってことさ」

妻「気をつけてね……あなた」

隻腕剣士「すまないな……いつも心配ばかりかけて」

妻「いいのよ……。あなたのやりたいことを分かってて、一緒になったんだもの」

隻腕剣士「ありがとう」

隻腕剣士「だけど……同じ志を持つ仲間も増えてきた! 心配ないさ!」

娘「いってあっしゃーい」

隻腕剣士「ああ、行ってくる!」ザッ…

隻腕剣士(俺にはあの呪いの剣を引き抜くことはできなかったけど──)

隻腕剣士(俺にだって自分の剣ぐらい、ある!)

隻腕剣士(左腕とこの剣がある限り──俺は戦い続ける!)





世界各地を渡り歩き、力なき人々を守る一人の剣士がいた。

歴史に名を残すことこそなかったが、

彼の活躍は「隻腕の英雄」の伝説として、末長く語り継がれることとなる。





                                   ─ 完 ─

これで完結となります
ありがとうございました!

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