【遊戯王DM】「消えた……」(26)

色々とお待たせしております
先ほどスレで告知した過去作品です

数年ほど前に書いた遊戯王の同人小説です
分かる方は楽しんでもらえたら幸いです

タイトル:千切れた雲

一応 進行中の小説リンク:fleur de… - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1409975292/)

「ちぇっ、判定失敗か。やっぱ獏良設定値高すぎだって全然勝てやしないよ。ほい、お前の番」
「ふふふ、僕に勝とうなんて十年早いよ御伽君」
 遊戯達がファラオの墓に行っている間、客船でTRPG(テーブルトークRPG)をやって時間を潰している獏良と御伽。
 御伽のターンを終えて獏良はダイスを受け取ろうとするがその瞬間、不意に獏良の動きが止まり、受け取り損ねたダイスが数個床の絨毯に散らばる。
「おい、どうしたんだ?」
 動きを止めたまま動かない獏良の様子を不審に思った御伽がその顔を覗き込む。
 その顔は蒼白で、獏良は眼を見開いたままファラオの墓のある大地の方に視線を飛ばす。
 この部屋に窓は無いのでかの地は見えないが、獏良はそれを求めるように二歩三歩歩みを進め、肩を落とした。
「消えた……」
「何がだ?」
「上手く言えない。でも、大事な物……」
 絨毯にダイスを転がしたまま御伽は不可思議な言動を発する獏良を見詰めて首を捻る。

「はあ? 言ってる意味が全くわからねーよ。一体どう言う……おいっ獏良!」
 しばらく立ち尽くしていた獏良だったが、不意に踵を返すと部屋を飛び出して行く。

 後には訳が分からず呆然と立ち尽くす御伽だけが残された。

――居ない居ない居ない。どこにも居ない!
 自分とずっとそばにいたはずのあいつの気配が忽然と消えてしまった。

“あいつ”を探しまわるように獏良は客船の廊下をかけずり回る。
 訳が判らぬまま走り続け、気が付けば自室のベッドの縁に膝まづいていた。

 激しい喪失感に涙が止まらない。
 胸にぽっかりと大きな穴があいたような感覚に堪らず毛布を乱すように掴んで大きく深呼吸をしてみるが、
ざわついた気持ちは収まらず、ベッドに顔を埋めて硬く目を閉じるもそこには何も無い闇が広がるばかりだ。

 見慣れたあの姿は見えない。
“闇”昔恐れていた闇はいつの間にか怖れるだけのものではなくなっていた。

 それがいつの間にか怖れるものでは無く、心安らぐものへとなっていった。
 寧ろ愛おしいものへと変わっていた。

 何故だろう?
 答えは簡単だ。
 あいつが――もう一人との自分とも言えるバクラが居たからだ。

消えた存在を手繰り寄せるように過去に思いを馳せて見る。
今の獏良の知る闇にはいつも傍らにあいつがいた。

 小さな頃……父さんがあのリングをお土産に買ってきた日からあいつは僕の中に住みついた。
でも、今までは自分の中に何かが『居る』という感覚だけで、何が起こっているのかよく分からなかった。

あのリングを付けた日から気が付けば僕の周りから友達が消え、問題児扱いされ、
結果学校を転々とする羽目になって童実野高校にやって来た。

 きっとまたここには長くは居られないだろうという漠然とした絶望を抱えて……。
 そしてまたある日、僕は何故か学校に居る夢を見た。

 僕は時折夢を見る。夜の学校に佇む夢を。
 そしてそこにはいつも誰かがいた。

(またこの夢か……)
 ぼんやりとした意識の中で思う。

 見慣れた悪夢。見ている時は認識しているけれど、でもいつもは朝になると忘れてしまう。
 けどその時は違った。誰かの中から遊戯君や城ノ内君達が居るのが見えた。

(解る)
 ああ、こいつはまた僕から友達を奪うのかと絶望的な気持ちでその光景をぼんやりと見詰めていた。

 そして気が付けば僕は人形の姿で遊戯君達と対峙していた。
 戦いの方法は馴染みあるTRPG。

 舞台は皮肉にも僕が作ったジオラマの上。

 そこで訳が分からないまま戦わされ、見上げればそこには僕の顔があり、知らない人間が僕の顔で喋っていた。
 そう――この時が初めてハッキリとあいつの存在を認識した時だった。
 そうか、こいつが全ての元凶だったか。

(憎らしい)
 こいつがこうやって僕は大事な物を奪われて行ったのと思うと怒りで腹が煮えたぎった。

 しかしその時の僕は人形の身。
 動こうとしても叶わずあいつの思いのままに動かされるばかりで何もできない。

 そして自らの手で遊戯君達を追い詰めている。
 何て屈辱だ。

 そして今度は僕の命さえあいつの手の中に握られている事も聞こえた会話で理解した。
 この戦いに負けたら僕は一体どうなるのだろう?

(今の僕の身体はあいつに支配されている。もしかしてこのまま僕の身体をも奪おうと言うのか?)

――そんなの嫌だ!
 だがそう思ったのもつかの間だった。

 気が付けば遊戯君達が僕とあいつを追い詰め始めていた。
 感じる。あいつも焦り始めている。

(遊戯君、早く僕を解放してくれ!)
 そして激しい攻防の末、遊戯君の攻撃が僕の作ったゾーグの身体を貫いた。

 あいつは焦ってダイスを振るが、出た目はファンブル。
 その瞬間僕の身体が自由になった。
 そのまますかさずあいつの方に向かうと、ダイスを握る左手を貫いてやった。

「遊戯君、今のうちに早く!」
 僕があいつの動きを封じている内に遊戯君の魂が封じ込められた駒が近づいて来るのが見え、そこで僕の意識は途切れた。

 何かみんなと言葉を交わしたような気もするが、あまり覚えてはいない。
 気が付くと自室でいつものように寝ていた。

 僕が貫いたはずの左手も何事も無かったかのように無傷だった。

(あれは夢だったの? ポカンとしながら周囲を見回すと、
ベッドの傍らに壊れたゾーグと駒達が転がっていた。

 僕は壊れた駒の一つを拾い上げると、小さく微笑んだ。
 悪夢の終わりの予感に……。
 
 それからは曖昧だったあいつ――バクラの存在をハッキリと認識できるようになった。
 そりゃ勿論最初からコミュニケーションが取れていた訳じゃない。

 僕も先日の件があったし、バクラも傲慢で我侭で意地っ張りで、
何かと言えば悪口ばかり叩くもんだから鬱陶しくてしょうがなかった。

 バクラの住処であるあのリングを外して学校に行ってやった事も何度かあったけど、
気が付くと僕の胸元に戻って来ているのでその内諦めて好きにさせることにした。

 最初はお互い口を利く事はほとんどなかったが、遊戯君達と行動するようになってから
少しずつバクラの態度が柔らかくなっていった。


 遊戯君達との行動は利害の一致や、敵としてだったが、数千年の間まともに人と触れ合って来なかったバクラの心に多少変化を起こしたようだ。
 気が付けば僕もバクラの悪口に慣れていった。

『ったく一日中座ってばっかで厭きねぇのか? まるでカビ癖ぇ墓守の置きものだぜ』

(勉強するのが学生の仕事だからしょうがないだろう)

『勉強? 仕事? 何それダッセー。もしかして真面目に働いてお金貰って生活しようとか思ってんのか?』

(それの何が悪い)

『そんなことしなくても欲しいもんは奪えば良い。勉強なんかお貴族様に任せておけば良いんだよ。それに比べたら盗賊は良いぜ。力さえあれば金銀財宝、女、食い物、何でも手に入る。お前もやれば良いのによ。俺の力を使えばワケないぜ?』

(お前の時代と一緒にするな。今は食糧一つ手に入れるのも警備が厳しいんだ。そもそも人の物を奪うなんて人の事を考えて無さすぎる)

『人の事なんか知った事かよ! 俺さえよければ良いんだ。お前は真面目すぎてつまんねー』

(つまらなくて結構。授業の邪魔をしないでくれ)

『けっ。偉そうに。俺はいつでもお前の身体を乗っ取れるって事を忘れるなよ?』

(はいはい)
 バクラはそう言いつつも必要外に僕の身体を乗っ取る事は無かった。

 ある日の夜だった。

 遊戯君達と行動するようになって僕がバクラにうなされる事はほとんど無くなり、
ようやく安らかな眠りを手に入れた頃。

 いつものように僕等は夢の中でも一緒で何をするでも無くボーっとしていた。
 基本的に僕等に会話は無い。

 あっても喧嘩になるからだ。
 暗闇の中お互い背を向けあって蹲っていたが、ふと振り返るとバクラと目が合った。
 バクラは獏良と眼が合うと慌ててそっぽを向いてしまったが、ふと興味が沸いて話しかけてみた。

「僕に何か言いたい事でもあるの?」
「別にねーよ」

「じゃあなぜ僕の方を見ていたの?」
「たまたまだ。お前が俺を認識してから前ほど勝手が利かなくなってお前ウゼーと思ってるだけだ」

「退屈なの?」
「誰かさんのせいでな」

「一人は寂しい?」
「はぁ? さびしい? なんだそれ。そんなもの、俺は知らない。
俺は一人気ままに生きるのが好きなんだ。他の奴の事なんか知った事か!」

「じゃあエジプト時代も一人だったの? 昔は盗賊だったんだろ? 盗賊って一人で出来るものなの?」

「出来るわけねーだろ。あの仕事はチームワークが命なんだよ!」
「じゃあ仕事が成功してた時はどうしてたの?」

「そりゃ決まってるだろ。宴だ宴。可愛いネーチャン呼んでみんなで杯交わし合ってさ。
上手いもん食って……あ、そうそう、アビドってのがまた愉快な奴でさ、くだらねーギャグばっかり言って小突かれて……はっ!」

 バクラはそこまで語ったところで気恥かしそうに押し黙った。
 どこか気まずそうに頬を染めているバクラの様子を微笑ましく思いながら獏良は話を続ける。

「なんだか楽しそうだね。人からものを奪うのは良くない事だけどさ。それって何年くらい前の話?」

「さあな。2千年くらいまでは数えてた気がするけど、
途中で面倒くさくなって気にするの止めた。多分4千年くらい?良くわかんね」
 そう言ってバクラは耳の後ろを掻いた。

「そっか」
「て言うかいつの間に何で俺の横に座ってるんだ? 距離近けーよ。もっと離れろ」

「え、この方が話しやすいし」
 獏良はそう言ってバクラの膝に手をかけて顔を鼻先まで寄せて微笑んだ。

「ちょ、言ってる傍から寄ってくるなよ。だから俺はお前と仲良くする気はねーっつの!」

 バクラはからかうように身をすりよせる獏良を振り払うと、じっとりとした眼で睨み返す。

「でも君は僕が居ないと何もできないよね。僕の身体があって初めて動けるんでしょ? だったら、
僕と仲良くしておいた方が良いんじゃないかな?」

 獏良の言葉に一瞬ポカンとするバクラだったが、我に返ると歯を剥いて獏良の胸元を掴み上げた。
「言ってくれるじゃねーか。俺はいつだってお前の身体を乗っ取る事が出来るって解ってて言ってるんだよな?」

「無計画に乗っ取ってもまた遊戯君達にやられちゃうだけだと思うけど?」
「うっ……」
 笑顔で弱いところを突いて来る獏良に言葉を詰まらせるバクラ。

 確かに先日遊戯と戦った時、能力を持っているのは遊戯だけなのにも関わらず、
獏良を含めた彼等のチームワークに負けている。

 そもそも無暗に動いたところで今のところバクラに何の得は無い。
 言い返す言葉が見つからないのか、バクラはむくれて唸るように獏良を睨みつける。

「決まりだね」
 獏良はそれを承諾と受け取ったのか、そんなバクラの傍らに身を寄せると頬に軽くキスをした。

「?!」
 バクラはとっさに獏良を突き飛ばすと、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。

「いきなり何をしやがる!」

「痛ててて。突き飛ばす事も無いだろ? 何って友愛のキスだよ。折角友達になった記念にと思ってね」

「記念? 俺はお前と友達になるなんて一言も言ってねーぞ変態野郎!」
 そう言ってバクラは獏良に口付けられた所を念入りに袖で拭う。

「でも否定もしなかったよね。あと変態って言う事も無いだろう? あのぐらい君の世界でも普通だったろ?」

「だとしても残念ながら俺は男にキスされる趣味は無いもんでね。
ふん、お前のような奴と友達だなんてまっぴらごめんだ。もう帰れよ。そろそろ朝だぞ」

 バクラはそう言って獏良に背を向けると、闇の中に消えて行く。
 そして気が付くと獏良は目覚ましの音で目を覚まし、身体を起こすと小さく微笑んだ。

 それからもバクラの口の悪さは変わらなかったが、段々キツイ毒を吐く頻度は減って行った。
 獏良はそんなバクラの変化が嬉しかった。

 何だかんだ言ってバクラも獏良の事を気に入り始めているようだった。
 それを実感する度に頬が緩む。

(何笑ってるんだよ)
 何かを感じ取ったバクラが不機嫌そうに突っ込む。

『ああ、今日のお昼、何食べようかと思ってね』
 適当な理由を付けて誤魔化してみる。

 身体を共有しているとはいえ、思考までは共有されないようだ。
 きっと獏良が考えている事を知ったらバクラはまた火がついたように喚くだろうな、と思いを馳せてみたりしてみる。

 バクラは否定するが、獏良はそれを照れているのだと感じている。
 何だかんだでバクラは話しかければ普通に応えてくれるようになったし、
最近は自分から昔の話もしてくれるようになって来た。

 だから今は何気に寝るのが楽しみになっている。
 寝ている間は2人だけの時間だから。

(おい)
『何?』

(今日の昼飯は何を食べるつもりなんだ?)
『サンドイッチかな』

(ああ、あの薄いパンに具を挟んだやつか。他には?)
『それだけだけど?』

(っっかー。お前は子猫か。もっとちゃんと食えよ。そうだ、肉食え肉。そんなもんだけじゃいざという時に力が出ないだろ)
 思いがけないバクラの気遣いの言葉にキョトンとする獏良。

『君が僕を気遣う何て一体どうしたの?』
(別に気遣ってねぇよ。俺が動きたい時にそんなヒョロヒョロした身体じゃまた負けちまうだろ。それに、俺は身体が無いから
食べ物の味とかわかんねーけど、お前が美味そうに食ってるとこっちも何か食べてる気がして何か気分良いんだ。だからもっと食え)

『ふぅん……そうか、わかった』
 この日は購買でいつもの3倍の食材を買って食べた。

 普段よりも大量に食べて苦しかったけど、バクラがそれを見て満足そうにしていたので獏良も何だか嬉しかった。
この日からバクラは暇があれば何かを食べるようになった。

 獏良がバクラと過ごすようになって色んな事があった。
 戦いの中で獏良は身体を乗っ取られている間に利用されて命を落としそうになったりする事もあったし、
バクラが目的のために人を陥れようとする姿勢に反発して喧嘩になる事も少なくなかった。

 ハッキリ言ってバクラは酷薄で残忍で残虐だ。
 そう言う部分は好きではないが、だからと言って獏良はバクラを心底嫌いになる気になれなかった。

 その冷たい上辺の奥に寂しさや悲しみが儚く揺らめいているように見えて放っておく気にはなれないのだ。
 バクラは人との正しい触れ合い方を知らないのだろう。

 どんなに悪態をついていてもそれはきっと人を寄せ付けないためのパフォーマンスだ。
 怯えた猫が威嚇するのと一緒だ。獏良にはそう思えてしょうがなかった。

 だから獏良は夜が待ち遠しくて堪らない。
 夢の中が唯一バクラを生身の人間として抱ける時間だったから。

 そして触れるたびにその寂しい魂を少しでも癒す手立ては無いかと考えながら。
 そんな日々を過ごす内、気が付けば最初は獏良が傍に寄る事さえ嫌がっていたバクラも、
諦めたのか慣れたのか抱きついてもむくれる事はあっても文句は言わなくなっていた。

「なあ、お前男に抱きついて何が楽しいんだ?」
 じゃれつく獏良に不機嫌そうな声を出すバクラ。

「いや、何か前と変わったなって思うと楽しくて。前だったら今にも僕を殺しそうな勢いで怒ってたのにさ」
 ニコニコと語る獏良にバクラはこれはもう何を言っても無駄だと思ったのか呆れたように溜息を吐いた。

 宿主が危険な同居人に懐いている。どこか不思議な関係。
でもそんな日々は長くは続かなかった。

(おい、お前もエジプトに行け。あいつ等もじきに向かうだろうからそれに付いて行くんだ)

『どうしたのいきなり』
 美術館で遊戯君達が去っていくのを横目石板の前までやってくるとにバクラは静かに言い放った。
 今までになく真剣な様子に獏良は息を飲む。

(遊戯の中に眠る魂が過去に向かった。俺も追う)

『え、過去? どう言う事? それに僕にそんなお金は……』

(きっとあの社長が何とかしてくれるだろ。俺達は選ばれし者なんだからよ。そしてこれがきっと――)
 バクラが不意に言葉を途切れさせる。

『何、どうしたの?』
 歯切れの悪いバクラの言葉に獏良は怪訝な様子で訊き返す。

(いや、何でもない。兎に角準備をしろ。俺は先に行く)

『先にって、どう言う……うっ!』
 まばゆい光が専念リングから放たれ、気が付くと獏良の中からバクラの気配が消えていた。

「バクラ?」
 静かになった千年リングに話しかけてみるが反応は無い。
 良く分からないまま一人取り残された獏良は呆然とその場に立ち尽くしかなかった。

 そしてエジプトへ――。

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」
 遊戯達に、バクラが消えた千年リングを渡すと一抹の不安を感じながらも獏良は遊戯達を笑顔で見送った。

(また、戻ってくるよね……)
 確証の無い希望を胸に船に残るしかない自分の立場を獏良は悔やんだ。

 残されついでに客船を巡ってみる。ちょっとした気晴らしだ。無駄に豪華な船には
何でも揃っていて、どんな長旅でも暇つぶしには事欠かない造りになっている。

 そして食事も。

 ビュッフェ形式に並べられた豪華な料理をおもむろに皿に盛ると食べ始める。
 特にお腹は空いていなかったが、美味しい物でも食べていれば離れていてもバクラが喜ぶ気がしたのだ。

 獏良は基本的に野菜の方が好きだが、バクラと一緒に過ごすようになってから肉を食べる事が増えた、
 皿に盛った大きな肉に齧りつくと何故か今まで過ごしてきた日々が脳裏を駆け巡り頭を振って振り払う。

(これじゃあいつが戻って来ないみたいじゃないか)
 獏良は皿に盛った食べ物を無理矢理胃に詰め込むと、重たい腹を抱えて自室に戻り横になる。
 眠っても今は誰もいないと解っていながらも静かに意識を閉じた。

 そして御伽とまた暇つぶしに遊んでいる時にそれは起こった。
 居なくても感じていた存在感が完全に途切れるのを感じた。

 御伽を置いて部屋を飛び出して無駄と思いつつ船をかけずり回って、自室に逃げ込んでみるが、気配は全然感じられなかった。
 間も無く遊戯達が戻ってきたが、遊戯の胸元には千年パズルは無く、獏良の中にバクラの気配が戻ってくる様子もなかった。

「お帰りなさい。遊戯君、バクラは……」

「ちゃんと倒したよ。後……僕の友達も帰って行ったよ……」
 寂しそうに項垂れる遊戯。

 バクラを失った事は哀しいが相方を失って悲しいのは遊戯も一緒。
 彼等が居なくなるのは最初から決まっていた事だった。

 特に遊戯から聞いたバクラの目的はとても危険なものだった。
 放っておけばこの世の理さえも壊しかねない程の――。

「そう……」
 獏良は軽く目を伏せると感情を押し殺すように返事をした。

 遊戯達の話を聞いても獏良にとっても相方を失った喪失感の方が強かった。
 そっとみんなの傍から離れると、船頭に向かって歩き出す。

 向かいながら二人で過ごした日々がいやでも溢れ出て来る。

――肉食え肉。みてるこっちが腹が空いちまう。

――おい、あのキラキラしたのは何だ? げーせん? 何だそれ。

――そういう時はだな、このカードとこのカードを使えばコンボになるぞ。

 バクラの存在を認識してから二人で過ごした時間は短いものだったが、獏良にとってはかけがえの無い時間だった。
 喧嘩もしたが、獏良はバクラを愛していた。

 そして何だかんだ言いながらバクラも獏良を受け止めてくれていた。
 夢の中、腕を伸ばすと獏良の白い肌と絡み合う褐色の肌の感触が今もこの身体に残っている。

 でももう触れ合う事は永遠に出来ないのだ。
 船頭まで来ると欄干に凭れかかって水平線を眺めてみる。
 果てしない異国の水平線と潮風が気を紛らわしてはくれないかと思ったが直ぐに涙が滲んで見えなくなってしまった。

(さよならさえ言えなかった。言わせてもらえなかった)
 美術館でバクラが良い書けた言葉はきっと、

――これが最後になる。

 と言いたかったのだろう。

 今回の戦いが自分の生死を分ける事が解っていたのだ。
 最後まで言わず言葉を濁らせたのはバクラはバクラなりに獏良の事を想っていたからなのだろうか?

 それも今は分からない。
 そうだったと思いたい。

 もう答えてはくれないが、確かにバクラは存在していた。
 不意に船が動き出した。早速もう帰るらしい。

 ふと空を見上げると、真っ青な空に浮かぶ大きな雲が風に絶たれて二つに割れた。
 ああ、離れてしまった雲達は二度と一緒にはなれないのだ。

(まるで僕達みたいだな)
 フワフワと離れて行く千切れた雲に獏良は何となく自分達の関係を重ねた。

 形はあるようで無いのが何となく似ていると思った。
 夢でしか触れられない不思議な同居人。

 でも、バクラは確かに存在していたのだ。

 そして繋がりも2人の中に確実に存在していた。
 身体の奥のどこか深い場所に……。

(バクラ、誰が何と言おうとも僕は君を忘れない。酷い事もたくさんされたし、喧嘩もしたけど、君は大事な僕の相棒だったよ)

「さよなら、僕の大切な片割れ――」
 お互いに刻みつけ合った何かを思い出し手繰るようにシャツの胸元を掴むと、溢れ出る涙を拭う事もせず届く事の無い別れの言葉を呟き、
獏良はそのまま遠ざかっていくエジプトの黄色い岩肌に覆われた大地が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。

                         終

ありがとうございました
失礼します

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