八幡「餞の詩」 (78)
『比企谷くん、明けましておめでとうございます。元気にしていますか?
今年の六月、結婚することが決まりました。』
八幡(高校時代の恩師から、そんな風に書かれた年賀状が届いた)
八幡(平塚静という名前の横には、見たことも聞いたこともない男性の名前が書かれている)
八幡「誰か早くもらってあげて、って冗談はもう言えないな」
八幡「おめでとう、平塚先生」
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―――比企谷八幡、高校三年の冬。卒業式の一週間前
八幡「先生、平塚先生。起きてください」
平塚「……ん?」
八幡「ん、じゃないですよ。何で職員室で堂々と居眠りしてるんですか」
平塚「いや、最近あまり寝れてなくてな……。すまん」
八幡(困ったような顔で先生は苦笑する)
平塚「それでどうした、比企谷。君たちはもう自由登校だろう」
八幡「……あー、家にいても暇だったので」
平塚「そうか。だが暇なら暇で、君はわざわざ学校に来るような人間じゃないだろう」
八幡「……その通りすぎてびっくりです。小町が弁当忘れてたので、届けに来ただけっすよ。そのついでに、顔を出しとこうかと」
平塚「なるほどな。だけどもう少し、何もなくても顔を出しなさい。寂しいじゃないか。由比ヶ浜と雪ノ下はわりと頻繁に来るぞ」
八幡「そすか。……まあ、できるだけ来ますよ。暇なら」
平塚「来る気がない人の言い方だぞ、それは」
八幡「さすが先生、お見通しで」
平塚「はっはっは、相変わらず可愛げのないやつだ。まあ、そんなところが可愛いんだけどな」
八幡「………」
平塚「そんな拗ねたような顔をするな。いや、照れているのか?」
八幡「知りません。それじゃ先生、さようなら」
平塚「ああ」
八幡(軽く手を挙げて、俺は職員室を出た)
―――
八幡(職員室を出て廊下を歩いていると、小町を見つけた。二人の一年生らしい女の子と一緒だ)
八幡「よう」
小町「あっれー、お兄ちゃん何で学校いるの?」
八幡「弁当だよ、お前玄関に置いてたぞ。ほれ」
小町「わーありがとうお兄ちゃん大好き!今の小町的にポイント普通!」
八幡「普通なのかよ」
小町「うん!あ、そうだこちら私のお兄ちゃん」
八幡(一年生の女の子たちはぺこりと会釈してくる)
八幡「……ども。じゃあな、小町」
小町「うん。じゃねーお兄ちゃん!」
―――その夜。八幡の部屋にて
八幡(……もう卒業まで、一週間か)
八幡(携帯を手に取り、先生のくれた長文メールを読み返す)
八幡(暇があればこんなことをしていたりする、最近の自分は)
八幡(どうかしていると思う)
八幡(大学合格を報告しに行ったとき、泣かれたときは引いた。でもやっぱり嬉しかった)
八幡(生徒の前で普通に煙草を吸うし、昔のアニメについて熱く語るし、高そうな2シーターのスポーツカーなんかに乗ってるし、そこらの男よりよほど恰好が良い)
八幡(別に好みじゃないのに、いつの間にか好きになっていた)
八幡(でも、言えないし言うつもりもない)
八幡(先生の迷惑にしかならないことは承知しているからだ)
八幡(あと少しで、会うこともなくなる。そうしたらいつかきっと忘れることができる)
八幡(単純かつ簡単な解決策だ。時の流れは最強の武器だからな)
八幡(あと、一週間)
―――翌日、総武高校
八幡(別に昨日平塚先生に言われたからってわけじゃないが、今日も俺は高校に来ていた)テクテク
八幡(というか、借りっぱなしだった図書室の本を返しに来ただけだが)テクテク
一色「せーんぱい、だーれだっ」パッ
八幡「……相変わらずあざとい奴だな、一色」
八幡(いきなり「だーれだっ」なんてしてくるあざとい後輩はこいつくらいしかいない。なんなら知り合いの後輩というのがこいつしかいないまである。どうなんだ俺の高校生活)
一色「相変わらずつまんないリアクションするせんぱいですねー。あと別にあざとくないですよう」
八幡「それがあざといんだよ、アホ」
一色「うわアホって言ったー。言ったほうがアホなんですよー」
八幡「小学生かお前は。てか何で授業中の時間に廊下歩いてんだよヤンキーかよ」
一色「違いますー体育なのに体操服忘れたから教室に自習しに戻るだけですー」
八幡「やっぱアホじゃねえか」
一色「うざっ!先輩うざ!」
八幡「やめろ傷つく」
八幡(一色は楽しそうにあははと笑った)
一色「はあー…。先輩とこんな馬鹿な会話できるのも後ちょっとですねえ」
八幡「……まあな」
八幡(卒業したらきっと、会うことはないだろうしな)
一色「……ちょっと早いですけどせんぱい、色々とお世話になりました」
八幡「おお。……なんか素直だな、どうした」
一色「私はいつだって素直ですよ、先輩の前では」
八幡(一色は悪戯めいた瞳でこちらを見た)
八幡「あざとい奴だお前は。……こちらこそ少し早いけど、元気でな。推した俺が言うのもなんだが、最近は意外にちゃんと生徒会長やれてると思うぞ」
一色「ちょ、今のって口説いてましたか一瞬引いたけど冷静に考えるとありです付き合っちゃいますか?」
八幡「……ばーか、冗談で言うなよ。本気にして振られるところまで一瞬で想像したぞ今」
一色「ちぇー、ばれちゃいましたね。先輩ごときに。……残念」
八幡(そう言って一色は寂しそうに笑った)
一色「それじゃあせんぱい、ばいばい」
―――放課後、職員室にて
平塚「……驚いたな。本当に今日も来るとは思わなかった」
八幡「先生がもう少し顔だすように言ったんでしょ」
平塚「言われたからって素直に顔を出すような人間じゃないだろう、君は」
八幡「たしかに、その通りですけどね」
平塚「まあ、なんにせよ嬉しいよ。そういえば、大学のアパートとかは決めたのか?確か一人暮らしするんだろう、比企谷は」
八幡「一応決めましたよ、この前。できれば実家から通いたかったんですけどね。親が一回経験してこいって言うもんだから」
平塚「親御さんの気持ちも分かるよ。経済的に問題がないのなら、一度は経験しておいて損はないと思う。ましてや君は専業主婦志望なんだろう。家事を鍛えるいい機会だぞ」
八幡(そう言う先生の瞳は楽しそうに笑っている)
八幡「そんなもんですかね。俺としては小町と離れるというだけで寂しさに死ぬ気もしますが」
平塚「はは、君らしいな。まあ、最初の一か月くらいはホームシックになるかもしれない。でも、すぐに慣れるさ。楽しいところだぞ、大学は。彼女でも作って謳歌するといい」
八幡「……彼女の前に、友達ができるかどうかも怪しいですけどね」
平塚「そんなに不安になることはない。君の高校生活が証明しているさ。なんだかんだで君を好いてくれる人間は、意外といるものだよ」
八幡「そうならいいですけどね。……先生は、大学の頃ってどうでしたか?」
平塚「うん?私か……。そうだな、嫌なことや辛いことも多々あったが、何故だろうな。もう一回あの頃に戻りたいって、思うことがある。きっと、特別な時間だったんだろう」
八幡(遠くを見つめるようにして語るその顔に、夕陽が差し込む。先生があまり見せることのない顔だった)
八幡(とても綺麗な、大人の女性の顔だった)
平塚「……どうした、そんなにこちらを見つめて。顔、赤くないか?」
八幡「……さあ、夕陽のせいじゃないっすか」
平塚「そうかもな。外はまだ寒いのに、少し日も長くなってきたな」
八幡「……そうっすね」
八幡(平塚先生は穏やかに笑っていた。できれば、最後に会うときもそうやって笑っていてほしいと思う)
―――卒業式の前日。その夜
由比ヶ浜「それじゃあヒッキーばいばーい!また明日ね!」
雪ノ下「比企谷君、また明日」
八幡「おう、気をつけてな」
八幡(由比ヶ浜が企画した奉仕部での軽いパーティーをした。卒業前夜祭ってやつだ。明日は明日で卒業式が終わってからクラスの打ち上げがあるけどな)
八幡(三人でこうして遊ぶのも、きっとこれが最後だった。口にはしなかったが、多分それを三人とも分かっていた)
八幡「楽しかったな……」
八幡(素直にそう思える。胸を覆う寂しさはあるが、本当に楽しかったという気持ちもまた本心だ)
八幡(なんとなく、素直に家に帰る気持ちになれなかった。高校からの帰路というのも明日を除けばこれが最後だ)
八幡(少し寄り道していくか……)
―――東京湾河口にある橋の上
八幡(少し寄り道とか言ってな。全然少しじゃねえ)
八幡(それでも足は自然と向かっていた。自然とここに来てしまった)
八幡(いつだったかここに平塚先生から連れてこられて以来、ちょくちょく足を運ぶようになってしまった。新都心の光を見ながら、ぼうっと考え事をしたりしてな)
八幡(先生。平塚先生。明日は卒業式。明日で最後なんだ)
八幡(こんな自分が心底気持ち悪いのに、心は考えることをやめてくれない)
八幡(今日、パーティーを始める前。学校で二人きりになった時に、由比ヶ浜が言っていたことを思い出す)
由比ヶ浜『ヒッキー。……ヒッキーって、先生のこと好きだよね』
八幡(驚いた。決して誰にも悟られないように振る舞ってきたつもりだったから)
八幡(だが、由比ヶ浜のその声は確信を持っていて、俺は否定する気持ちにならなかった)
八幡『ああ。……知ってたのか。気づかれてるとは、思わなかった』
由比ヶ浜『気づくよ、ずっと見てたんだもん』
八幡(由比ヶ浜はたははと照れくさそうに笑った)
由比ヶ浜『……ねえ、言わないの?』
八幡『言うつもりはない。言ったところで、どうにかなるとも思えないしな。お互い気まずくなるだけなら、言わんほうがいいだろ』
八幡(よく漫画やドラマでは、気持ちを伝えることはとても美しくて素晴らしいことのように語られ賞賛される。それはそれで正しい。だが同じくらい、世の中には伝えない方が良い気持ちもたくさんある)
八幡(言う勇気もない弱虫なだけだろ、なんて第三者の勝手な言い分だ。伝えない方が勇気が必要なんだ。その気持ちと付き合い続ける勇気が)
由比ヶ浜『……そうかもしれないね。私には分からないや。でも』
八幡(由比ヶ浜は眉尻を下げて、困ったように笑っていた)
由比ヶ浜『私は、そんな風にヒッキーが辛そうなの、嫌だな……』
八幡(辛そう、か)
八幡(たしかに、今はそう見えるかもしれない。でも、もっと時が経てば人はそれを思い出にして風化できる)
八幡(折本の時もそうだったしな)
八幡(俺はきっとこうして生きていくんだろう。これから先も)
八幡(そろそろ帰るか、と思って腰を上げた時だった。不意に、後ろから声がかけられた)
平塚「こんなところで何してるんだ、比企谷」
八幡(驚いたように目を丸くした平塚先生がそこには立っていた)
八幡「せ……先生こそ。どうしたんすか」
八幡(思わず、自分の声が震えているのが分かった)
平塚「いや、私はなんとなくな。海を見たくなって来ただけだ。……明日が来るのが、少し寂しいからかもな」カチ、シュボ、スパー
八幡(そう言って先生は煙草に火をつけた。相変わらず、恰好良い。手つきが熟練している)
平塚「比企谷は、どうしたんだ」
八幡「いや、俺もそんな感じっす」
平塚「そうか、似てるな。私たちは」
八幡「そっすかね……」
平塚「似てると思うよ。きっと。……なあ、比企谷。何か、言いたいことがあるんじゃないか?」
八幡(心臓がドクンと跳ねた。なんで分かった。悟られないようにしていたのに)
平塚「君は隠し事が得意そうな顔をしている割に、意外と下手だな。分かるよ。今は奉仕部の先生でも、担任の先生というわけでもないけど、やっぱり君は私の愛すべき生徒だからな」
平塚「言ってみなさい」
八幡(平塚先生のその表情は、やっぱり穏やかに笑っていて。いつものようにじっと見守ってくれていて)
八幡(自分がいつから、平塚先生に心底惚れてしまったのかは分からない)
八幡(ウェディングドレス姿を見たときか、文化祭の直後に諭してくれたときか、奉仕部が冷え切っていたときに説教をしてくれたときか)
八幡(あの時も先生は今みたいに煙草の香りをさせていた)
八幡(あと十年早く生まれていて、あと十年早く出会っていたら、きっと俺はあなたに心底惚れているんだと思う。あの時は、そんなことを思っていたのに)
八幡(こんなに、心の底からあなたに惚れてしまうなんて、思わなかったのに)
八幡(自分の喉が震えているのがわかる。瞳から熱いものが流れ落ちそうなのを懸命にこらえる)
八幡(恥ずかしくて、今すぐにここから消えてしまいたい。でも)
八幡(熱い言葉が喉からあふれるのを、もう俺は止めることができない)
八幡「先生。……平塚先生」
八幡(先生はそんな俺を、黙って見ている。ハッと何かに気づいたように、気づいてしまったかのように悲しい顔をして。それでもただ俺の言葉を待っている)
八幡「俺は、あなたのことが好きです」
八幡(言った。自分の顔は今きっと、無様に歪んでいるだろう。なんて、ガキなんだ。こんなにガキな自分なんて、この人にだけは見せたくなかった)
八幡(こんな子供じみた、幼稚な自分なんて。見られたくなかったのに)
平塚「ありがとう。……すごく嬉しい。本当に」
八幡(先生はひどく悲しそうな顔をしてそう言った。俺の頭をなでるように伸ばした手は、途中でだらんと下ろされた)
平塚「……すまない、比企谷。私は君の気持ちには応えられない」
八幡(今、消えた。俺と先生の間にあった暖かくて優しかった師弟関係は全て白紙のものと化した)
八幡(なんて、あっけない。言葉一つ、一瞬で消え去る脆い関係だろうか)
八幡「……そすか。返事、ちゃんと答えてくれてありがとうございます」
八幡(涙は流れていない。どうにか堪えたはずだ)
八幡(むしろ、先生の方が泣きそうな顔をしている)
八幡「じゃあ、先生。また、明日」
平塚「……ああ。また、明日」
―――翌日。卒業式直後
八幡(最後のSHRも終わり、廊下は様々な表情をそれぞれに浮かべた生徒たちで賑わっていた)
八幡(不意にその中で、よく知った顔を見かけた)
八幡「よう、雪ノ下。……答辞お疲れさん」
雪ノ下「あら、比企谷くん。どうもありがとう」
八幡「……なかなか、良かったと思うぞ」
雪ノ下「へえ、あなたにもあの答辞を良いと思えるくらいの感性はあったのね。意外だわ」
八幡「お世辞ってやつだよ」
雪ノ下「そう。……少し涙ぐんでいたの、見てたわよ」クス
八幡「ば、ばか違うぞ。あれだ、戸塚の泣いてる姿があまりに可愛すぎて感動して泣いてたんだよ」
雪ノ下「それはいったい誰に対して何の言い訳をしているのかしら……。本当、あなたらしいわ」クスクス
八幡「……そうかい」
八幡(そして雪ノ下は黙った。その瞳は静かにこちらを見ている)
雪ノ下「……比企谷くん。卒業、おめでとう」
八幡「……ああ、雪ノ下もおめでとう。なんだ、その……ありがとな。二年間、色々」
雪ノ下「お礼を言うときはもっと具体的に言うべきよ、比企谷くん。……でも」
八幡「ん?」
雪ノ下「……私も、ありがとう。比企谷くん」
八幡(雪が解けて、春がくる。そう感じさせるような、微笑みだった)
八幡(それじゃあ、また。そう言って、雪ノ下は歩いて行った)
八幡(何をするでもなく廊下を眺めていると、隣にふと気配を感じた)
由比ヶ浜「……やっはろ、ヒッキー」
八幡「……よう」
由比ヶ浜「ヒッキー、卒業おめでと」
八幡「お前もな。おめでとう」
八幡(やはり、由比ヶ浜だった。先ほどまで三浦達と抱き合って泣いていたからか、その目は少し赤い)
由比ヶ浜「あはは、ありがとー。……いい卒業式だったね」
八幡「よく分からんけど、まあ。良かったんじゃねえの」
由比ヶ浜「うん。いろはちゃんの送辞も、ゆきのんの答辞も、感動して泣いちゃった」
八幡「ああ。見てたよ」
由比ヶ浜「み、見てたの!?」
八幡「だってお前、普通に号泣してんだもん。見るっつーの」
由比ヶ浜「もう、勝手に見んなし!……恥ずいじゃん」
八幡「……あっそ」
由比ヶ浜「素っ気ないなあ……。ヒッキー結局ずっとそうだったね、私には」
八幡「そうか?まあ、お前だから別にいいかってな」
由比ヶ浜「どういう意味だし!……もう。……ねえ、ヒッキー」
八幡「なんだ」
由比ヶ浜「先生に……言ったんだね」
八幡「……ったく、本当にお前はよく見てんな。なんなの?俺のこと好きなの?」
由比ヶ浜「きもい。ていうか本当に気持ち悪いから」
八幡「そりゃ失礼」
八幡(なんか最後の日だっていうのに当たりきつくないっすか。いや、俺が悪いんだけど)
八幡(由比ヶ浜はジトーとした目でこっちを見つめていたかと思うと、不意に微笑んで、顔を俺の耳元に近づけた)
由比ヶ浜「でもね。……好きだよ、ヒッキー」
八幡「な……!」
由比ヶ浜「えへへ、今まで言わせないように避けてたでしょ!でも、もう言っちゃったからね!」
八幡「……ビックリしすぎて死ぬかと思ったぞ、おい」
由比ヶ浜「えっへっへー。……すぐに答えてなんて言わないよ。いつまでかかってもいいよ。ヒッキーが避けてたから言わなかったけど、もう待てなくなっちゃった。ごめんね」
八幡「……」
由比ヶ浜「どうしても、言っておきたかったんだ。それだけ!じゃあまた後でね!」
八幡(由比ヶ浜は急に照れたのか、顔を赤く染めてまた三浦たちの方に走って行った)
八幡(本当に、何もかも見抜かれていたんだな。……由比ヶ浜、お前はやっぱ凄い)
八幡(由比ヶ浜は俺に伝えた。なら、俺がいつまでもこの気持ちを引きずり続けるわけにはいかない。きっと今のままじゃ、彼女についてちゃんと考えることなんてできない)
八幡(最後まで間違えたままじゃ、終われない)
八幡「先生」
平塚「……やあ、比企谷。まだ学校に残っていたんだな。……卒業おめでとう」
八幡「うす」
八幡(平塚先生は部室の窓から外を眺めていた。先ほどまでは女子生徒達に周りを囲まれてもみくちゃにされていたから、少し白衣が乱れている)
平塚「…………」
八幡(先生は悲しそうな顔でこちらを振り返った。こんな顔をさせているのが自分だと思うと、申し訳ない)
八幡「…………」
八幡(でも、そんなふうに悲しい顔をして。泣きそうになりながら、きっちり振ってくれた先生だから。そんな先生だからきっと俺は好きになったんだ)
八幡(だったら、俺たちの終わり方はこうじゃない。こんな終わり方で、恩師に仇をなすように傷つけっぱなしで。関係を壊して終わったりするのはベターじゃない)
八幡(いつだって、最善ではなくとも次善を選び続けてきた比企谷八幡ではない)
八幡(最後まで、きっちりと俺らしく。それがきっと、先生に対するせめてもの―――)
八幡「……ところで先生、何歳でしたっけ」
平塚「……なんだ急に。どうした」
八幡「いや、先生いつか後悔しそうだなーって話ですよ。自分で言うのもなんですが、俺ほどの優良物件はきっともう二度と現れないと思いますよ。特に先生の年齢だと」
平塚「んなッ!?今、そんな話をするか普通!?」
八幡「いやいや。先生なにか勘違いしてないかなーって。本当は先生からお願いしてもいいくらいですよ、俺レベルになると」
平塚「……ふん、ガキンチョが生意気を言うな。十年男を磨いてから出直して来い!」ドスッ
八幡「あてて……。先生の鉄拳制裁、いつかきっと問題になりますよ」
平塚「私はしても大丈夫な奴にしかやらんから問題ない」
八幡「へいへいそうですか。……いつか、絶対後悔させますからね」
平塚「言ってろ」クス
八幡(平塚先生は不敵に笑うと、奉仕部のドアを開いた)
平塚「じゃあな、比企谷。……元気で」
八幡「……先生も、元気で」
八幡(さっき言ったこと、逆なんです、先生。あなたみたいな良い女には、多分俺はもう一生出会えないんです)
八幡「さようなら、平塚先生」
八幡(まだ、出来たばかりの思い出は痛む。でも、これでいい。こうして俺は生きてきた)
八幡(これからもきっとこういう風に生きていく。俺はそんな自分のことを好きになれると思う)
八幡(奉仕部の窓からは、咲き誇る桜たちが見える)
八幡(そして今になって少しだけ、涙がこぼれた)
終
エピローグ
―――現在。八幡の住んでいる部屋
八幡(年賀状にプリントされている写真には変わらず綺麗な平塚先生と、温和そうな顔をした体格の良い男性が写っていた)
八幡(お似合いの二人だ。そう思う)
八幡(幸せそうに笑っている先生が、素直に嬉しい)
八幡(それだけで良い。それだけで良いんだと思う)
prrr,prrr,prrr
八幡「はい、比企谷です」
由比ヶ浜『あ、ヒッキー!?今日のデートなんだけど、何も食べてこないでね!私お弁当持っていくから!』
八幡(やたら気合の入った声だ。自信作なんだろう)
八幡「はいよ。時間は約束通りで大丈夫か?」
由比ヶ浜『うん、大丈夫!楽しみにしててね!』
八幡「ああ」
八幡(電話を切ってから、自然と顔が綻ぶ)
八幡(先生、俺にも恋人ができました)
八幡(今度もし会った時にはそんな報告をしよう。相手が由比ヶ浜だと知ったら、驚くだろうか。そして、先生の結婚をできる限り祝福しよう)
八幡(どうかあなたが、幸せに彼と暮していきますように)
八幡(それだけで良い。それだけで、良い)
八幡(さて、今日は付き合って一年目の記念日だ。由比ヶ浜に何をあげるかは決めているが、喜んでくれるだろうか)
八幡(俺はバッグに指輪の箱が入っていることをもう一度確認してから、部屋を出た)
完
おつ
こういうのもいいね
>>45,46
読んでくれてありがとうございましたー
この後に餞の詩っていうグッドモーニングアメリカってバンドの曲を聞くとさらに切ない。
それだけでいい、で胸にくる。
おつおつ
1の書く空気感すげえ好きだわ
他にも何か書いたことある?
ID多分変わってるけど1です
読んでくれた人、感想くれた人本当にありがとうございましたー
>>63
他には、
いろは「…あれ?もしかして比企谷せんぱいですか?」
いろは「せーんぱい♪」八幡「………」ペラ、ペラ
いろは「せんぱーい、そろそろ千葉ですよー。起きてくださーい」
八幡「君といるーのーが好きでー後はほとんど嫌いでー」
とか書いてました
>>65
見たことあるタイトルばかりだった
読んでみるわ
このSSまとめへのコメント
これ名作じゃん。
スレタイ読めなかったけど( ;∀;) イイハナシダナー
泣きそうになった
…泣いてねえよこれは心の汗だよ!
作者さんGJ!!
ああ、何かグッと来たでこれ。スレタイも凝ってていいな
たまらない良作だよこれ
いや、、、まじで
書いてるもの全ていい感じのだな
この人の作品良作ばっか
この独特の空気が好き
他の作品も同様
餞(はなむけ)
これだから日本は好きだ