キョン「涼宮ハルヒは憂鬱?」ハルヒ「涼宮ハルヒは憂鬱!」 (17)

 今日も今日とて涼宮ハルヒは憂鬱であった。

 窓際の一番後ろの自席でアンニュイなオーラを振りまきながら窓の外を眺めている。別段変わった光景ではない。
むしろ、涼宮ハルヒのこういう姿の方がクラスメイトにしてみれば見慣れたものである。

「……はぁ」

 ハルヒが溜め息を一つこぼす。

 その溜め息には何が詰められているのやら。希望やら幸せやらではないとここに断言しよう。何でそんなことがわかるんだって?
どこかの超能力者の言葉を借りるとするのなら、わかってしまうのだから仕方ない。

 まったく。その憂鬱のおかげで一体どれほどの人が迷惑を被っているんだろうね。
まぁ、その最たるが至近距離でそのオーラにあてられている俺だったりするのだろうが。
今回もあのニヤケ面の超能力者はしたり顔で涼宮さんを不機嫌にさせないようになんて言ってきやがるんだろうな。

 いい加減腹立つからハルヒの頭でもひっぱたいて特大の閉鎖空間でも発生させてやろうかとか思ってしまう。
あのふざけたニヤケ面が引きつる様はさぞかし痛快であるだろう。

 しかし、きっと俺はその痛快な様を見ることが出来ないだろう。
その面を拝む前に俺がハルヒに顔面を陥没させられ、愉快な顔面に早変わりってわけだ。
世の中というものは実に上手くいかないもんだ。

 しかしながら、涼宮ハルヒにしてみればこの世で上手くいかないなんてことはないんだろうね。
本人が気付いていないだけで、宇宙人も未来人も超能力者も居るわけだしな。

 さてさて、今回は一体全体どういうわけで不機嫌なんだろうか。
俺の精神衛生上良くないので、ここいらで探りを入れてみるか。

「今日はどうしたんだ?」

「うるさい。黙ってて」

 ゼロセコンドで一蹴。聞く耳持たずってのを体現してるようだ。これじゃあ話がまったく前に進みやしない。
入学当初のほうがよっぽど長く会話が続いたような気がする。
まぁ、あの頃と今は状況がまったく違うのだが。

 けれども、それに対する俺の感想ってのは変わらない。
思わず口に出して肩を竦めそうになるのを我慢して心の中で呟く。
 
やれやれ。

 さて、午前中の授業をうつらうつらしている内に昼休みになってしまった。
これじゃあ何のために学校に来ているのかわからない。

 しかし、そんなことは今更というものだ。

 ハルヒは何時も通り授業終了とともに猛ダッシュ。学食方面にへと消えていった。

 俺はというと相も変わらずに同じみの面子で飯を囲んでいる。

「しっかしよー」

 おそらく本日の弁当のメインであろう唐揚げを頬張りながら谷口が口を開いた。

「涼宮も不機嫌なのに飽きないよな。キョンとつるみだして大分マシになったとはいえ、やっぱ不機嫌な時も少なくないし」

「そうかな? でも、キョンと一緒に居るときはよく笑ってるって感じだけどね」

 豚のしょうが焼きを食いながら国木田が相づちを打つ。

「そんだけ仲がいいってのに付き合ってないんだろ?」

 聞き飽きた質問に肩を竦める。どうしてこいつは俺とハルヒをくっつけようとするのかね。
俺とハルヒは惚れた腫れたの間柄ではない。

「キョンは涼宮さんのことは恋愛の対象としてはみてないの?」

「さぁ……どうだろうな?」

 俺は言葉を濁す。そのことについてまったく何も考えていないわけではない。
谷口や国木田にこういう話題を振られる度に俺はハルヒについて考える。

 傍若無人天上天下唯我独尊ではあるのだが、古泉が称したように魅力的ではあるとは思う。
何よりポニーテールがよく似合う。

 それは冗談としてもハルヒは十分すぎる程に女の子である。性格面に難が無いとは言い切れないがそれでもおつりがくるほどにな。
しかし、可愛いといって誰も彼も恋愛の対象になるかといえばノーと答えざるを得ない。

 佐々木がそのいい例だ。

 まぁ、別にハルヒのことを恋愛の対象として見ていないということじゃない。
あくまでも一般的な意見としてだ。

 実際のところ、それに対しての答えはもう出ている。
それに気付かないふりをして問題を先送りにしているだけなのだが、
こうやって意識してしまっているわけで、もうそろそろはっきりさせなければならない時期に差し掛かっている。

 別にハルヒではないが、そのことを考えると憂鬱になる。

 まったくどうしたものかね。

 嫌な予感は的中するらしい。昼飯の時に近々はっきりさせなければ思った矢先に俺はハルヒに呼び出された。
鈍感と揶揄され、それについて否定する材料を持ち合わせない俺でも今から何があるのか簡単に想像がついた。

 指定された場所に行くと既にハルヒはそこにいた。
はた目にわかるほどに緊張し、いつものハルヒに比べ格段にしおらしい。

 あのハルヒが、だ。

「ねぇ、キョン。今好きな人とか気になってる人っている?」

「……好きかはわからんが、気になってる人ならいる」

「あたしの知ってる人?」

 肯定。

「それってみくるちゃん?」

 否定。

「じゃあ、有希?」

 さらに否定。

「……」

「……」

 互いに沈黙。お互いに気持ちに察しはついている。だが、そこから先に進めない。最初の一歩を踏み出すことを躊躇っている。ぬるま湯のような関係に戻れないことは明白だ。それを後悔しないのだろうか。

『やらないで後悔するよりもやって後悔するほうがいい』
 嫌な言葉だ。その言葉を思い出すたびに脇腹が痛むような気がしてならない。そして、今は胸がキリキリと痛む。
「なぁ、ハルヒ」
 口を開く。そこから先に何を俺は言えばいいのか。
「……付き合うか」
 考える前に口が動いていた。
「……うん」
 呼び出されたのは俺なのに。そんなことをふと思った。しかし、それはあっという間に霧散する。やんわりと微笑んだハルヒに見とれちまったからだ。それが恥ずかしくて次はハルヒをまともに見ることができない。
 だがしかし、それも……悪くないさ。

 今日も今日とてあたしこと涼宮ハルヒは憂鬱だった。

 原因はわかりきっている。窓際の一番後ろに座ってるあたしの目の前にある背中。

 コイツがあたしの憂鬱の原因。

 ……どうもあたしはコイツのことが好きらしい。

 恋愛なんてものは一種の病気だと公言してやまないあたし。確かにこれは病気である。
何でもない仕草にさえドキッとしてしまうのだ。コイツの一挙手一投足にあたしの心は翻弄される。

 どうしてこんなやつにと思う。しかしながら、それは惚れた弱味ということらしい。

 悔しいのでつっけんどんな態度をとってみた。あたしの胸がキリリと痛んだ。

 何やってんだろう。

 窓の外に目をやる。どこまでも広がっている青空。

 呼び出してふたりっきりで会ってみよう。

 あたしはおもむろに机につっぷした。今から恥ずかしくて死にそうである。

 そして、自分が自分で思っていた以上に乙女であることに気が付き、苦笑をもらすのであった。

終わり

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