男「僕の初恋」(122)

僕の初恋は、まだ終わっていない

そう思いたい

明日終わるかもしれないけど

本当は3年前に終わっているのかもしれないけれど




僕には幼馴染が居る

『幼』と言う名前の女の子

保育園の頃からずっと一緒にいた女の子

隣の家に住んでいた女の子

仲良くなったきっかけは

幼稚園で同じ組になった時だ

僕の持っていたお菓子を彼女が欲しそうに見ていたので分けてあげた

そんな事だった

それから彼女は僕の後ろについて歩くようになった

お菓子を持っていれば、半分にして分けてあげた

彼女はいつも元気いっぱいにお菓子を頬張った

手を繋ぐようになったのは、彼女があまりに転ぶからだ

いつもはしゃいで走りだし、何もない道で転ぶのだ

絆創膏だらけの手足を見て

僕と手を繋げば、走らなくなるし、転ばなくなるだろう

手を繋ぎ始めたのはそんな理由だった

結局彼女が転ぶクセは中学に入るまで治らなかったけど

それをわーわーとはやし立てたのは

クラスメイトの男子達だった

でも僕らは手を繋ぐのをやめなかった

その頃の僕は冷やかされていた事が理解出来ていなかったのだ

彼女はどう思っていたのだろう

今となってはわかりようも無い事だが



窓と窓との行き来が始まったのは小3の頃だ

ある朝、窓の向こうから声がした

『おーい。窓開けてー』

カーテンと窓を開けると、ベランダの縁に立っていた彼女が

僕の部屋に、僕の胸にいきなり飛び込んできた

僕は必死で受け止めたけれど、重みに耐え切れず

後ろにひっくり返った

驚いてポカンとしていた僕を見て、彼女が笑いだした

つられて僕も笑ってしまった

少し頭を打った痛みも忘れて


僕が自分の部屋の窓から、彼女の部屋のベランダへ

飛び移る様になったのもすぐだった

ある日、彼女が僕の部屋へ飛び移るところをウチの両親に知られた

いつもの様に飛び移ってきた彼女を受け止め

よろめいて倒れた時、母が部屋に入ってきたのだ

抱き合って倒れている僕らを見て、慌てていた

どうしてそうなったのかを話すと、怒られた

2階のベランダから窓へ飛び移るなんて危ない事だ

大事な友達が怪我をしてもいいのかと

散々言われた


でも僕らは聞かなかった

それからもベランダと窓の行き来は続いた

一度だけ窓からの出入りを止めようと言った事があった

彼女が怪我をしたら嫌だな、と思ったからだ

すると

『大好きな男君と、一秒でも早く遊びたいから!』

と、言われ僕は黙ってしまった

だって僕も同じ事を思っていたから

この飛び移り移動法は

彼女の両親ももちろん反対した

けれど、一度言いだしたら聞き分けがなくなる彼女の性格を知っていたので

諦めて窓の下に立派な生け垣を作ってくれた

結局一度も落ちる事は無かったけれど

生け垣のお陰で、お互いの両親に許された気がしてホッとしていた

それまでも、それからも

僕らの生活は変わらなかった

お互いの部屋を行き来し、遊んだり勉強したり

お互いが傍にいるのが当たり前で

そんな空気が心地よくて

いつまでも続くと思っていた



中学に上がると、僕らにはお互いに親友が出来た

僕には友

彼女には幼友

とても仲良くなった僕らは4人で遊ぶ事が多くなった

2人で遊ぶ時間が無くなった訳ではなかったけど

友や幼友の家で遊ぶ時は少しだけ寂しいと思っていたのも

今ではちょっと恥ずかしい思い出だ

中2の秋、修学旅行の時だ

班毎の自由行動の時、僕たちは京都で迷子になった

最初はここは日本なんだから、道行く人に聞けばなんとかなる

と、言っていた友と幼友も

道を聞いてそれでも集合場所へたどり着けないと言う事が

3度続いた頃には参りきっていた

次はお前が聞け、いいやあんたが聞きなさいよ、と言い合っていた2人も

30分程も彷徨い歩いていると、だんだん険悪な雰囲気になってきた

今でも2人の間にはあの時の様な空気が漂う事がある

でも決まってその後、仲良く笑い合うのだ

喧嘩する程仲が良い事の典型的な例だと思う

それまでは何とかなるだろうと楽天的に考えていた僕も

集合時間を10分も過ぎた頃

さすがに不安になって振り返った

彼女が不安そうな顔をしていた

そんな顔はしてほしくない

その一心で、行動を起こした

『多分こっちだ!』と叫んでダッシュ

兎に角がむしゃらにダッシュ

その僕に3人が続く

深い考えがあった訳じゃない

ただ、彼女に不安な顔をして欲しくなかったのだ

所詮中2の考える事、とても浅はかだったと今でも反省しているが

暫く走っていると偶然クラスの皆と合流出来た

友と幼友は必死に言い訳していたが

結局4人共担任に怒られた

でもあの時の、クラスの皆と合流した時の

彼女のホッとした顔は今でも忘れられない

修学旅行から帰ってすぐ

2人でお互いの親に強請って、携帯電話を買ってもらった

それまで彼女と電話で話す事などなかった

窓さえ開けば、直接話せるからだ

しかし修学旅行の迷子には参った

参りきっていた

電話さえかけられれば、道に迷わずにすんだのにと思ったからだ

二人で色違いの同じ機種を選んで買って貰った

僕らが携帯を手にしたのと同時期に、友と幼友も携帯を持った


彼女とは意味もなく、メールのやり取りをした

上手い事が言えたら、すぐ解った

隣の家から快活な彼女の笑い声が響いてきたから

結局この携帯電話で彼女と通話をした事は一度も無かった

家に居る時はメールの返事が急いで欲しければ、窓を開ければ直接聞けたし

外ではほとんどいつも一緒に居たので、通話する機会が無かったからだ



中学の3年間はほとんどと言っても良い程、4人で遊んだ

『2人って、もう夫婦みたい』

友と幼友にそう言われた時、物凄く恥ずかしかった

何故だろう

他のクラスメイトに何を言われても別になんとも思わなかったのに

2人に言われると凄く照れてしまった

彼女は嬉しそうに笑っていた

その顔を見てさらに照れてしまっていた

今にして思えば僕はこの頃から彼女の事を少しは意識していたのかもしれない

親友以上の感情を持っていたのかもしれない

そして、友と幼友の間に流れる雰囲気に憧れていたのかもしれない

そんな2人に言われたからこそ、照れてしまったのかもしれない

今にして思えば、だけど



皆で仲良く過ごした3年間の中で

彼女とほとんど会えなかった時期がある

中3の夏休みだ

夏休みに入って暫くして、彼女が遊びに来なくなった

彼女は家に居なかったのだ

窓もカーテンも締め切ったまま

メールしても返信はほとんど無かった

後でその理由を知ったのだが、その時は理解出来なかった

急に隣りのベランダへの距離が遠くなった気がした

夏休みも終わりに近づいた週末

彼女からメールが来た

2人だけで夏祭りに行こうというお誘いのメールだった

もちろんオーケーというメールを打つ手が震えていたっけ

嬉しさと不安で震えていたっけ

祭りの夜、会場入口で待ち合わせた

生まれて初めて、彼女と家の外で待ち合わせをした

約束時間の30分前に会場に着くと

彼女はすでにそこに居た

浴衣を来て、顔は沈みがちで

僕が声をかけると、彼女はちょっと引きつった笑顔で言った

『やっ!なんだか久しぶりだねっ!』


僕は何も言わずに彼女の手を取った

左手で、しっかりと彼女の右手を握った

どこかに行ってしまわないように

その時はそう思った

出店を回っている間はほとんど会話が無かった

手だけはしっかり握って離さなかった

しばらく会場を回った後、2人だけの秘密基地に向かった

神社の裏手の獣道をしばらく進んだ所にある秘密基地

今でもこの場所だけは友にも幼友にも言っていない

小4の頃作った2人だけの秘密基地

やがて花火が始まって

夏の夜空を綺麗な大輪の花が覆い尽くす頃

彼女が花火ではなく、僕の事を見ているような気がした

でもそれを確かめるのが怖くて、僕は夜空を見上げるばかりだった

言いたい事があるなら言ってくれるだろう

何故家に居なかったのか

何故メールの返信が無かったのか

聞きたい事は沢山あった

でも、僕は何も聞かなかった

言いたくないなら言わなくていい

言いたい事があるならいつでも聞く準備は出来ていた

だから、彼女の口から言葉が出るのを待った

花火が終わって暫くしても、彼女は何も言わなかった

2人で暫く星空を見上げていた

手は繋いだままだった

祭りが終わり、30分も夜空を見ていただろうか

突然彼女が告げた

遠くの町へ引っ越す事を

同じ高校には行けない事を

あと半年程で、こうして手を繋ぐ事も出来なるなる事を


僕は頭の中が一気に真っ白になった

いつも、いつでも僕の隣で、笑ってくれる彼女が

居なくなる?

全然実感がわかなかった

彼女の声が遠くで響いていたが、何を言われたのか覚えていない


放心した僕を彼女が引っ張って、家路についた

いつものコンビニでアイスを2つ買って帰った

久しぶりに彼女が玄関から僕の家に上がった

一緒にアイスを食べながら、夏休みの間の事を話してくれた

彼女は親の都合だからしかたない、とか

実は親に反抗してプチ家出していたんだ、とか

実は幼友の家にお世話になっていて

幼友と一緒に親を説得する方法を考えていた、とか

色々試したそうだが、全部失敗したそうだ

中学3年生は思った以上に子供だ

自分一人では何も、本当に何も出来ない

彼女もそれを実感したそうだ


それから、引っ越した先の志望高には成績が足りていないと言われた

実は僕も彼女の事が気になって勉強をサボっていたので

その時点で志望校に成績は足りていなかった

『明日から本気出す!』

2人で決意した



それからの日々はあっと言う間に過ぎ去った

毎日2人で勉強に勤しんだ

ベランダと窓での行き来は続いた

週末は友と幼友も一緒に勉強会を開いた

息抜きと称して多少は遊びにも行ったが



夏休みも終わり、二学期が始まった頃から僕は彼女の写真を撮る事が多くなった

親のお下がりで小さなインスタントカメラを貰ったからだ

フィルム代は中学生の財布には厳しい物だったが

僕は出来る限り彼女を撮った

部屋の壁に下げられた大きなコルクボードが、彼女や友や幼友の顔で埋まる

どれも笑顔の写真だった

最後に撮ったのは

彼女が受験の為に、2日間だけ大阪に行く事になり

その大阪行きの新幹線のホームで撮った一枚だった

見送る僕に向かって、新幹線に乗車する直前

『カメラ持ってる?』

と、言ってきた

もちろん、と鞄からインスタントカメラを取り出す

不意に彼女が顔を寄せて来た

僕は初めて自分に向かってシャッターを切った

すぐに彼女は新幹線に乗り込む

ポラロイドの真っ白な画面にぼんやりと絵が浮かんできたが

絵が出る前に、彼女の乗った新幹線は発車した

大きく手を振り、彼女を見送る

2日後には帰ってくるのに

こんな事は大げさだ

わかっていたけど、新幹線が見えなくなるまで、僕は大きく手を振っていた


上手に枠に収まった顔写真は2人とも満面の笑顔だった

受験を終えて帰ってきた彼女に見せると

とても気に入ってくれた

写真の縁をとっておきのマスキングテープで囲ってくれた

他の写真とは違う特別な一枚が

僕の部屋のコルクボードの中央に貼り付けられた

僕らの勉強会はそれなりに効果があった

4人とも、無事に志望校に合格出来たからだ

僕と友、幼友の3人は同じ高校に

彼女は関西の女子高に


ここではっきりと道は別れてしまった

別れの日が迫る中

僕らはこれでもかと言う位、遊び回った

受験が終わってから彼女の引越しまでの3週間

それまでの勉強で溜まったストレスを発散させるように遊び回った


その間、一つだけ答えが見つからない事があった

僕は別れの日、一番大切な親友に何を言えるだろうか、と言う事



引越し前日の深夜

いつもの様に、彼女が部屋に飛び込んで来た

寒い夜だったので、急いでホットココアを作り、彼女に手渡す

彼女はココアをちょっとずつ飲みながら

ずっと何かを言いたそうにしている様に見えたが何も言いわなかった

顔を伏せて、ココアの入ったマグカップの縁を指で弄っていた

僕が何かを言うのを待ってるのかな?と思って彼女を見ていると

不意に彼女が顔を上げた

しっかりと目が合った

彼女は何か言いそうだったが結局言わずに

目をそらし、また俯いた

そしてそわそわと指を動かしていた

一瞬だけ目が合った彼女の顔は真っ赤だった


まるで恋する乙女の様だと思った

その時不意に気付いた

夏の終わり頃から始まった

勉強の合間に、遊びに行った先で

彼女の取ったおかしな行動の理由

それは僕に想いを伝えるためだったんだと

思い返せば、思い当たるフシはいくらでもあった

あの一見おかしな行動は、たぶんそうだったんだ

その時僕は初めて彼女を異性として意識している事に気付いた


『僕はこの人の事が親友としてではなく、異性として大好きなんだ』


これが恋なんだ、僕の初恋なんだと気付いた

でもその時、それが解った所で何が出来ただろう

目の前で、もじもじしながらココアの入ったマグカップを揺らしている彼女に

僕は何を言うのが正解だったのか


次の日には別れが待っているのに

そんなの急過ぎる

いや、彼女にとっては急な話ではなかったはずだけど

僕が言わなきゃ

頭では解っていても、言葉が出なかった

急に恥ずかしくなって、言葉が出なかった

ずっと一緒に居たのに

空気を吸う様に、吸った空気を吐く様に会話出来ていたはずなのに

散々悩んだ挙句に僕の口から出た言葉は

『別に一生の別れって訳じゃないし』

『いつかまた会えるよ、きっと』

『幼は僕の一番の』

続く言葉を口に出すのに数秒かかった


『友達だから』


そんな言葉だった

それが中3の僕の精一杯の言葉だった

一番の友達だと告げる事が精一杯だと思った

彼女を傷つけたくなくて、ひねり出したその言葉は

結局彼女を泣かせてしまった

彼女は強がりを言っていたけど、確かに僕の言葉で傷ついた

こんなはずでは無かったのに

本当に伝えたかったのはそんな事じゃなかったのに

窓からベランダに、最後の飛び移り移動を終えた後

彼女は振り返り軽く手を振り、言った


『おやすみなさい』


この時の彼女の顔を、僕は一生忘れない

部屋に入りガラス戸とピンク色のカーテンを閉めるのを見送った後

僕は一晩中ベッドの上で悶えた

罪悪感と自己嫌悪の気持ちで一杯だった

この時の自己嫌悪は今でも続いている



翌日

彼女が引越す日

親同士が挨拶をしている中、僕らは無言だった

何か言わなきゃとずっと考えてた

前夜泣かせてしまった彼女に向けて

せめて最後に一言

徹夜で、悶えながら考えた

彼女が部屋に戻ってからずっと

でもその時の僕は何も思いつかなくて

親同士の挨拶がどうやら終わりそうで


気がついたら左手を差し出していた

いつもそうしていた様に、手を繋ぎたくて

クラスメイトに冷やかされたけどやめなかった

手を繋ぐ事が、その時の僕に出来る精一杯だと思った

彼女は一瞬ビックリした顔をしたけど

その直後、両手で僕の手を握って来た

しっかりと

どうやら握手だと思ったらしい

握手でも良いと思い、僕も握り返した

その手の温もりを感じながら、僕は一つの決心をしていた

いよいよ最後の時

僕の口から出た言葉は

『じゃあ、またね』だった

彼女は言った

『うん、またね』

お互いさよならは言わなかった

彼女とその家族が乗る車がどんどん遠ざかる

僕は見えなくなるまで手を振っていた

3年後の事を考えながら


3年後、高校卒業時の僕は18歳

進路の選択もきっと自由に出来るはずだ、と思っていた



高校に入学してからの毎日は

あの窓とベランダを見上げながらの登下校だった


彼女の家の門柱に表札は無く

通りに面した柵には『借家』と書かれた看板が括りつけられていた


彼女が引っ越してから、1ヶ月程は

毎日窓を開けて、彼女の部屋を見ていた

ピンクのカーテンが閉まったきりの、彼女の部屋を

まだ彼女が住んでいるんじゃないか

あの窓の向こうから、声を掛けてくるんじゃないか

そんな事を考えていた


『おーい。窓開けてー』


寝ていると、そんな幻聴が聞こえる始末だった

その度、カーテンを開けて隣家を見たが

真っ暗なベランダが見えるだけだった


こんなにも彼女の事が好きだったのかと思い知った

そして恐らく

彼女にずっとこんな思いをさせていたのだろうという事も思い知った

そう思うとたまらなく胸が苦しくなった

彼女の声が聞きたいと思った

でも、電話はしたくなかった

電話する事で、何かが壊れてしまう様な気がして


結局電話をする事は無かった

彼女からも電話は無かった

同じ事を考えてくれていたら良いなと思った



高校生活は概ね快適だった

僕と友と幼友は相変わらず仲良しだった

そんな彼らの雰囲気が変わったのは高校1年の初夏

幼友が急に友にくっつく事が増えたのを僕は見逃さなかった

僕は気付かないフリをしたが、向こうから言ってきた

付き合うことにしたんだ……と

何故か申し訳なさそうに

彼女が引っ越して、落ち込んでいる僕に気を遣かおうとしたらしい

そんな事は気にしなくて良いのに

僕は大切な親友2人の幸せを心の底から祝福した


3人で色んな所に遊びに行ったし、勉強会もした

他のクラスメイトとも遊ぶ時間が増えた

でも僕の心にはぽっかりと穴が空いたままだった

なにより左手が寂しかった



一度だけ、友から彼女を作れば?と言われた事がある

それを傍で聞いていた幼友は怒り出した

あの子の気持ちを考えた事があるのかと

凄い剣幕だったので、珍しく友が謝罪した

僕は彼女を作るつもりがない事をはっきりと宣言した

それを聞いて、友は憮然とした顔を、幼友は笑顔だった

実際、高校の3年間で一度だけ、女の子に告白された事があった

ほとんど面識のない子だったけど、いきなり呼び出されて告白された

でも僕の心にはまだ彼女への想いが強く強く残っていた

僕の左に立つのは

僕が右手を引くのは

彼女であって欲しいと思っていたので

丁重にお断りした



僕は高3の夏休みに計画を実行しようと決めていたので

普段は勉強に精を出した

お陰で学力テストはいつも割と上位だった

中3の夏休み明けから冬にかけて、彼女と一緒に必死に勉強したお陰だと思いたい

それに合わせて短期間のバイトをする様になった

小遣いもなるべく使わない様にした

全ては計画の為に

彼女とは月に1・2度、メールでやり取りするくらいだった

素っ気ない近況を報告するだけのメールのやり取りだった

彼女は友達と部活を作ったりして

高校生活を謳歌している様だった


彼氏は出来たのかとは聞けなかった

幼友に来ていたメールにも、男女交際の件については何も無かったそうだ

高3の夏休みに入る頃

僕は行きたい大学を自由に選べる位の学力はあった

友と幼友は早々に進路を地元の同じ大学に決めていた

僕だけがまだ決めていなかった

何故なのかを問い詰められた僕は2人に計画を打ち明けた


僕は大阪まで彼女に会いに行くつもりだった

それが中3の冬、またねと言って彼女を見送った時に決めた計画


僕と彼女は付き合っていた訳ではなかった

でも確かにあの日、すれ違ってしまったけれど

僕と彼女の間にそれは在った

彼女も同じ事を想っていたと思いたかった

だから確かめに行こうと決めていた


本当はすぐにでも確かめたかったけど

携帯電話で、メールで聞くのは嫌だった

ちゃんと彼女の顔を見て、直接聞きたかったのだ

もちろん彼女に迷惑をかけるかもしれないとも思った

もし彼女に付き合っている彼氏が居たなら

久しぶりに親友の顔を見に来ただけだと言って誤魔化せばいい

もし彼女が誰とも付き合っていないのなら

その時は……彼女と同じ大学に行きたいと思っていたのだ


それが中3の時、僕が考えた計画

僕の一方的な想いで、彼女を3年間も縛りたくなかったので

進路の事等、先の話は全くしなかったし

待っていてくれとは言えなかった


僕が彼女に対してどう言う感情を持っていたのか

僕より2人の方が良く解っていたようだ

2人とも嬉しそうに話を聞いてくれた

その計画を聞いた友は

『いいじゃん、それ!付き合うぜ、親友!』

僕の肩を叩き、大阪見物に行こうぜと言ってくれた


『あんたらだけじゃ、あの子の家の場所もわからならいでしょ』

普段は止める役の幼友も珍しく乗ってきた

幼友は彼女の家の場所を正確に知っていた

手紙のやり取りをしていたそうだ

僕は彼女の家の住所を知らなかったので正直助かったと思った

いざとなったら、サプライズは無しで直接メールで聞くつもりだったから


彼女に会いにいく計画は

1人旅から3人旅に変更になった

受験生にとっては1日も無駄にできないはずの夏休み初日

幼友の家に集合して会議した

いつ行くのか、泊まる宿はどうするのか等々

出発は3日後、宿は友の親戚の家に厄介になると決定した

1泊2日の大阪旅

3人で旅行

久しぶりに彼女に会える

これでワクワクしない訳がない

その後、夏休みの課題を片付ける計画だけ立てて

その日は解散となった

3日後

新幹線のホームに僕らは居た

一泊なので少しの着替えだけ持って

一応お土産に東京バナナなんか買って

友と幼友は浮かれていた

僕はずっと緊張しっぱなしだった

ガチガチに緊張していた僕を2人がからかった


新幹線で新大阪へ

そこからさらに電車を乗り継ぎ20分ほど行った町に

彼女の家はあった

普通の住宅街で、僕が考えていた様な大阪らしさはなかった

やがて幼友が示す彼女の家

表札を確認して、緊張が増す

そんな僕を尻目に

幼友がチャイムを押した

ほどなくして玄関を開けてくれたのは、彼女のお母さんだった

最初はポカンとした顔をしていたおばさんも

すぐに喜んで家に上げてくれた

結局僕の緊張は空振りに終わった

彼女は部活の合宿とやらで、1週間の旅行に出ており家に居なかったのだ

ホッとするやら悔しいやらだった

幼友は特に悔しがっていた

そこでおばさんの口から告げられた衝撃の一言


来年の3月からまたよろしくね、と

ん?

僕らが3人そろって固まっていると

あまりに驚いた顔をしていたのだろう

おばさんが心配してくれた

そして本当は彼女に直接聞きたかった事だったけれど

僕が2年半悩んでいた事は、おばさんの次の一言で解決した

『あの子……前に住んでた家に戻る事、みんなに言ってないの?』

寝耳に水だった

『もしかして東京の大学に進学希望って事も伝えてない?』

それも寝耳に水だった

まだ志望校は決めていないみたいだけど、と付け足された

呆気にとられている僕たちに、おばさんが続けて話しかけてきた

ひょっとしたらサプライズを考えているのかもしれない事

だから今の話聞かなかった事にしてくれる?と

でも正直僕は上の空だった


彼女が、あの家に戻ってくる!!

喜びが身体中を駆け巡った

僕らにそれを知らせなかったのは

やはりサプライズ好きな彼女の計画なのだろう

変わっていない様で、安心した

東京の大学に進学希望

それを聞いた幼友が僕に言った

『あんたの志望校、私達と同じで良いよね?』

喜び浮かれていた僕の返事を聞く前に、携帯電話を触り始めた

幼友は急いで彼女にメールをしていた

僕たち3人が同じ大学を第一志望にしていると送信したそうだ

3分程で彼女から返信があった

それを見た幼友がニヤリと笑っていた

どんな返信があったのかは教えてくれなかった

おばさんもニコニコしていた

そして

大学受験の時は、あの子一人で町に戻ると思うから

もし会ったらよろしくね?と

はい、もちろん

もちろんそうします


結局その日の晩ご飯は彼女の家でご馳走になった

おじさんは帰りが遅いらしく、会うことはできなかった

おばさんにお礼を言い、今日僕らが来た事は内緒にしてもらった

彼女の家を後にして、宿泊先の友のおじさんの家に向かった

道すがら僕は浮かれっぱなしだった

少なくとも友に浮かれている事を突っ込まれるくらいには

でも友も、幼友だって結構浮かれていたと思う

翌日

帰る前に道頓堀でお好み焼きを食べた

新幹線の中では3人ともぐったりしていた

ほぼ徹夜で今後についての話をしていたからだ

僕はやっぱり気持ちを確認したいと思ったので

もう一度大阪に、彼女に会いに来たいと話したが

幼友に反対された

半年後には確実に自分たちの町に戻ってくる事

彼女は間違いなく僕らと同じ大学を受ける事

だから無理して会いに来なくても大丈夫だと断言した

そして

僕がずっと抱えている自己嫌悪の元になった、あの日の夜の事に触れ

『あの時はあんたにとって急にだったかもしれないけど、今度はまだ半年あるでしょ』

『だから、あんたの3年分の想いをちゃんとあの子に告げてあげて』

と言われてしまった

僕には幼友が何故そこまで断言出来るのかは解らなかったけど

幼友と友が信じろと言ったので、僕は信じる事にした

2人の親友の事を

彼女の事を

それは僕の願いでもあったから



僕の進路が決まってからも3人の勉強会は続いた

秋に受けた模試の結果は3人ともA判定だった

担任からはもっと上を目指せと言われたが

当然僕は志望校を変えなかった

友と幼友も同じ事を言われたようだが、同じく志望校に変更は無かった

アルバイトはしなくなった

そしてあっと言う間に受験シーズンになった



受験前日

朝から幼友の家で作戦会議が行われた

何の会議か

ずばり、僕がどうやって彼女に告白をするかと言う事だった

大学受験を明日に控える高校3年生がする事なのか疑問だったが

2人は受験よりこっちの方が大事!と断言してくれた

正直ありがたい

僕一人だと部屋でうんうん唸って一日過ごしたと思うから

2人はしきりに告白のシチュエーションにこだわれと言ってきた

さらっと言うなんてとんでもない

ロマンチックに、一生の思い出になるように

とにかく凝ったシチュエーションを作れ、と

そんな事言われても、さっぱり見当も付かない

会議は紛糾した

どうやら友から幼友への告白はあまりロマンチックではなかったみたいだ

ああでもない、こうでもないと意見が飛び交う中

幼友に、思い出の場所とか無いのかと聞かれた

真っ先に思い浮かんだのはあの秘密基地だ

中3の夏、彼女と一緒に花火を観た、あの場所だ

思い当たる場所がある、と言うと2人がグイグイ突っ込んできた

どこなのか?と、1時間ほど問い詰められたけれど僕は口を割らなかった

だってあの場所は僕と彼女の大切な場所だから

『あんた達、いい加減にしなさいよ』

幼友のお母さんから注意されたのは7時を回った頃だった

余裕があるのは解るけど、さすがに帰って明日に備えなさいと言われてしまった

正論だと思ったので、会議はそこで終了になった

結論として、彼女に会ったらまず落ち着いて、自分の気持ちを正直に伝える

それが8時間にも及んだ会議の結論だった

一番重要な所がふわっふわなままだった

帰り道、少しだけ2人の秘密基地に寄った

すっかり暗くなった夜空を一人で見上げた

幼い頃2人で頑張って作った秘密基地は

今では随分と小さく感じる

彼女が引っ越してからも、僕は度々一人で基地に行っていた

太い木の枝で囲った僕らの秘密基地は

改修に改修を重ねて、今でもちゃんと存在していた

明日、僕の初恋は終わるのだろうか

彼女と会えば、はっきりするだろう

例え失恋したとしても、後悔しないように

必ず告白する

そんな事を考えながら

あの夏の日、花火を見上げた場所で

暫くの間、夜空を見上げていた

少しの間、そうして居たかったから



いつものコンビニに寄って

あんパンとうまい棒2本とチロルチョコを2個買った

会計待ちしてると店長のおばあちゃんが声をかけてきた

『男ちゃん、明日もおいで、ね?』

すっごくニコニコしながらそう言った

明日も?はい、多分来ると思いますけども


会計を済ませてコンビニを出た

俯きながら家路につく

歩いて3分の道のりをゆっくり歩いた

電柱なんかにぶつからないように気をつけながら

おばあちゃんは何故

明日もおいでと行ったんだろう

今まで、またおいでねと言われた事はあるけど

明日もおいで、と具体的に言われたのは初めてだった

ちょっと驚いた

理由を考えながら歩いたが結局結論は出なかった

気付くと家の前だった




そんな訳で家に帰ってきた

時計を見ると9時前だった

母にちょっとだけ注意をされた

部屋が汗臭いから換気した方が良いと言われた

……言うほど臭いのかな?

と、母の顔を見るとニヤニヤしている

絶対すぐに窓を全開にした方が良いとまで言う……ニヤニヤしながら

この顔は何か企んでいる顔だ

普段ならその企みを看破するまで問い詰める所だが

それどころではないので今日はスルーする

取り敢えず、ホットココアを作り、それを持って自分の部屋へ向かう

二階の部屋への階段をゆっくり上がりながら考える

明日、受験会場で彼女に会ったらどんな顔をするのか

そもそも彼女は本当に僕らと同じ大学を受験するのだろうか?

幼友は絶対に大丈夫と断言したが、そう思った根拠はどこにあったのか

受験するとして会場で会えるのか?

探し回る?回るとしたら受験の前?後?

メールして待ち合わせが一番確実だけど

彼女がサプライズにしてる事をメールでバラす訳にもいかないし

向こうがが見つけてくれるかもしれないし

……考えれば考える程、気持ちが落ち着かなくなる


僕の初恋は、まだ終わっていない

そう思いたい

明日終わるかもしれないけど

本当は3年前に終わっているのかもしれないけれど


結局うんうん唸りながら部屋に入ると机にココアとコンビニ袋を置き

部屋の電気を点ける

脱いだコートをベッドに投げやって、椅子に座って一息つく

コルクボードに貼り付けられた、僕と彼女の特別な一枚に目が行く

そうだ

そもそも今の彼女はどうなっているだろう?

メールでのやり取りで僕は自分の写真を送らなかったし

彼女からも写真の添付は無かった

僕は高校に入ってから結構身長が伸びたが、彼女はどうだろう

すぐに解るだろうか?

一目で解るだろうか?

3年も暮らしていれば、訛りもあるのだろうか?

第一声が関西弁だったら笑ってしまうかもしれない

ふふ、それはそれで面白いかも

彼女が『もうかりまっか』と聞いてきたら、やっぱり僕の返しは

「おーい。窓開けてー」


男「なんでやねん!?」

つい口から変な言葉が出て、僕は椅子から転げ落ちてしまった

起き上がってカーテンの閉まっている窓を見る

じっと見る

今、確かに窓の向こうから声が聞こえた

聞き間違うはずもない、彼女の声が聞こえた


何故?

試験は明日なのに?

いや、ひょっとして今のは空耳?

彼女に会いた過ぎて、また幻聴が聞こえたのかな?

瞬間、何故か閃いた

さっきの母のニヤケた顔が思い浮かぶ

窓を開けて換気しろと言った母は

この窓の向こうに彼女が居る事を知っていたのかもしれない

期待で胸が膨らむ

心の準備は全然出来ていない

でももう自分の目で確かめずには居られない

手のひらは一気に吹き出た汗でぐっしょりだ


話したい事が沢山あるんだ

だけど、最初に言う事だけはちゃんと決めてあるんだ

3年前のあの晩に、あの別れ際に、言いたくて、でも言えなかった言葉

君を傷つけないようにと、必死に飲み込みこんんだ

たったの3言


もし窓の向こうに、彼女が居なかったとしても

もう叫ばずには居られない

もし窓の向こうに、彼女が居たとしても

もう叫ばずには居られない


彼女が居たとしたら驚くだろうか?

喜んでくれる?

怒る?

哀しむ?

僕の初恋は、今日、今から、終わるのだろうか

それは失恋かもしれないし、そうじゃないかもしれない


一息ついて覚悟を決める


机の横のコルクボードの上で、彼女の写真が揺れた気がした



そして僕は震える手でカーテンを引き開けた



おわり

これで終わりです
読んで貰えたら嬉しいです

このSSは
幼馴染「あの窓が開けば、また」
幼馴染「あの窓が開けば、また」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/internet/14562/storage/1385488748.html)
の、男目線版でした

次スレは
幼馴染「お風呂だ!ワッショイ!ワッショ…」ガラッ 男「……」ゴシゴシ
ってタイトルで立てると思います

では。

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